教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房

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チャンネル桜の蛸壺会議

Takayama 1(左  / 高山正之 )
  保守派論客と称される知識人の中には、常識に欠ける人が珍しくない。今週、チャンネル桜で大東亜戦争についての討論会があったけど、出演者の知的レベルがあまりにも低いので驚いた。とりわけ酷いのは、小堀桂一郎や高山正之、田中英道、岩田温であった。彼らは大東亜戦争を検討するにあたり、日本の「自存自衛」を強調していたが、これは戦後になってから偽装保守が吹聴した言い訳である。もし、我が国の自存自衛を考えるなら、東南アジアにある西歐の植民地支配を攻撃せず、満洲を狙うソ連に向かって進撃すべきであった。つまり、「南進」という愚策を捨て去り、真に重要な「北進」へと舵を戻すべきであったのだ。

  ところが、小堀・高山・田中・岩田の四氏は、歐米諸国の人種差別を理由にして、日本軍の南進を正当化していたのである。南進や海軍の害悪については、中川八洋先生が『大東亜戦争と「開戦責任」』(第三章)と『山本五十六の大罪』(pp.225-253)で詳しく述べているから、ここでは立ち入らない。ただ、我々は大東亜戦争の本質を確認すべきだ。先の大戦は日本の独立や安全の為ではなく、祖国を英米とぶつけて疲弊させ、あわよくば壊滅的状態に持ち込み、共産主義革命を実現したいと願う左翼分子の画策であった。日本の軍部や政界、官界、学界などに潜む反日分子は、自分達が司令塔になって社会の隅々までをも支配したい、出来ればソ連の傘下に入って官僚主導の統制経済や全体主義を実現したいと望んでいたのだ。

  現在の日本人からすればアホらしく思えるけど、経済を知らない武闘派軍人や議会を嫌う革新官僚からすれば、自分達の命令通りに動く統制社会は素晴らしい。エリート意識の強い大蔵官僚とか観念型の中堅軍人は、自分の知能・知識で社会を設計できると思い込む。つまり、知的設計主義(intellectual constructivism)に流れる傾向が強い。共産主義に憧れる連中というのは、だいたいが試験秀才で、自惚れ屋というのが定番だ。彼らは「難しい試験に落ちた庶民は、優秀な俺たちの云う事を聞いていればいい!」という傲慢な態度に出やすい。しかし、生身の人間が暮らす社会を理性で設計なんて考えは最初から間違っている。だいたい、莫大な数の材料や商品を、役人が一つ一つ計画し、合理的に生産して流通させて行くことは現実的に有り得ず、失敗するのがオチだ。実際、ソ連の計画経済は破綻し、従った民衆が塗炭の苦しみを味わったじゃないか。

  保守派知識人の議論は本質と周辺部分をごちゃ混ぜにして議論するから、一般国民は何が何だか分からなくなる。日米開戦となった時、なるほど普通の日本人は祖国のためと思って闘ったし、アメリカの理不尽な圧力に対して怒っていたことも確かだ。しかし、その一方で、ソ連とその手先となった日本人が、日本を英米と戦わせ、漁夫の利を得ようと謀っていたのも事実である。近衛文麿や昭和研究会に集まった左翼知識人、「良識派」を装った海軍の極悪人である米内光政、陸軍の松村知勝・作戦部長、浅田三郎・情報課長などを思い出せば察しが付くだろう。本来なら、チャンネル桜に出演する言論人は、政府や軍部に蔓延る赤い人物を炙り出す役目を担っているのに、それを故意に避けているのか、それとも頭が悪くて見抜けないのか、ことさら国民の目を西歐の人種差別に向けさせる。こんな論調は一種の陽動作戦だ。

  外国人工作員にとって、反日左翼とボンクラ保守を操るのはいとも簡単。日本人が好む「エサ」を目の前にばらまけば直ちに食いつき、好きな方角に誘導できるからだ。日本人は本質的に西歐白人に憧れ、彼らと対等になりたいと望むから、その願望が打ち砕かれてしまうと、理性を失った変質者になってしまう危険性がある。戦前の日本人を見ていると、まるで「俺が愛していると告白したのに、あの女め、俺様に肘鉄を喰らわしやがった。おのれぇ~、刺し殺して家に火をつけてやる !!」と憤慨するストーカーとそっくり。西歐人の白人至上主義とか植民地支配を非難する人ほど、白人に対する横恋慕が強い。だいたい、イギリス人やフランス人がアジアないしアフリカを征服したからといって、なぜ日本人が「解放」の天使になる必要があるのか? 何千、何万もの日本人が失う生命と、だらしないアジア人の独立が釣り合うとは思えない。たとえ、征服されたアジア人が日本の犠牲で白人支配から抜け出せても、我が国が帝國陸海軍を失い、米国の属州になってしまうのなら、何の為の戦争なのか分からなくなる。日本人は武士の伝統があるから「独立不羈」を渇望するが、アジア人は隷属が“自然状態”となっているので、独立しても少し時間が経つと、再び誰かの支配下になって元の木阿弥だ。第一、マレー人やインド人、ビルマ人、フィリピン人が真に自国の独立を望むなら、まず自分自身で強くなってから蹶起すべきで、日本人が流血を伴って支援すべき事柄ではない。

Colonial rule 1Colonial rule 2









(左: 西歐支配下のアジア人  / 右: 帝国時代のアフリカ人 )

  そもそも、安全地帯にいる作戦参謀や政治家が、前線の若者に向かって「可哀想なフィリピン人やビルマ人のために、女房子供、両親兄弟を諦めて命を懸けてください」と言えるのか? 一般の兵卒は、大切な家族、郷里の先輩後輩、親友、祖国、皇室のためなら歯を食いしばって戦うが、見ず知らずの南方土人を救うために、自分の命を「鴻毛」の如く考えることはない。機関銃を知らず鉛筆くらいしか持たない知識人は、勝手な「アジア人像」を拵えて、「アジア解放の大義に基づく聖戦」とか「東亜の新秩序」なる宣伝文句を口にするが、普通の日本人がアジア人に接すれば、「何だ、こいつらは !」と生理的な拒絶反応を抱いてしまうだろう。例えば、漢文の教科書に登場する支那人は、君子とか詩人、大人(たいじん)といった立派な人物なのに、大陸で目にする支那人は、詐欺師よりも悪質な嘘つきで、弱者に対して残酷、強者に対して卑屈であったりする。朝鮮人の場合は、もう救いようがないアカンタレで論外。小便で洗顔し、糞で作った薬を飲むような賤民には、なるべく近寄りたくない。

  日本国内で東南アジアを論じる知識人は、現地人の実態に触れず、もっぱら西歐白人に虐げられた憐れな東洋人と位置づける。しかし、実際に南方へ出向いた日本人には、違う感情が渦巻いていた。例えば、シンガポールには日本企業から派遣されたビジネスマンとか、ひと稼ぎしようと目論む商売人が結構住んでいた。当時の日本人居留者は、主に二つのグループに分かれていたという。一つは、「グダン族」と呼ばれる人々で、三井物産や台湾銀行、横浜正金銀行、日本郵船の支店などに勤めるエリート社員たちだ。もう一つは、「下町族」と呼ばれる人々で、南洋に骨を埋めるつもりでやって来た流れ者たちである。この移住者たちは、これといった学歴も無く、総領事やエリート社員たちとは違った世界に住んでいたようだ。つまり、一流企業に勤める「グダン族」とは口をきくような間柄ではなく、気心の知れた者同士で寄り添い合う庶民である。

  ただし、ほとんどの在留邦人は南洋に移り住んでも、おしなべて「日本的生き方」を貫こうとした。なぜなら、彼らは日本に帰っても幸せになれぬ人を除いて、誰しも日本に帰ることを希望していたからである。特に、エリート社員の日本人は、常日頃から「純粋なる日本人」を心掛けていたそうで、「現地の“土人”とは違うんだ」という意識が強かった。「グダン族」にはカイゼル髭を生やし、西洋帽子を被っていた者もいたらしい。中には、五つボタンが附いた詰襟の洋服を着ていた者まで居たというから驚きである。太陽が照りつけるインドシナの気候で、この服装だとかなり暑かったんじゃないか。現在でも、きちんとした服装を心掛けるサラリーマンは、真夏でも背広を着込んで山手線に乗ったりするけど、日本の気候でイギリス人紳士を真似るなんて馬鹿げている。敬虔なピューリタンでもないのに、ダーク・スーツを身に纏う日本人は滑稽だ。蒸し暑い日本なら、アロハ・シャツの方がよっぽどいい。

  もっとも、「南洋」支店に“飛ばされた”「本土族」の中には、「場末」に左遷されたと歎く者もいたそうで、日本人の見栄をかなぐり捨てて、だらしないステテコ姿になっていた人もいたようだ。しかし、選良族であれ下町族であれ、在留邦人が共通して持っていたのは、華僑や土民とはちがう「一等国民」という矜持(プライド)だった。スポーツを楽しむ時も、エリート社員はテニスやゴルフに興じ、下町族は野球や武道、相撲大会などを開いていたそうだ。確かに、立派な帝國海軍を持つ日本人には、アジア人とは違った上流意識があり、自分の身に何かあれば祖国の戦艦が助けてくれるという安心感と自慢があった。だから、「俺たちはヨーロッパ人の支配に甘んじている南洋土人なんかとは同類じゃない。日本は一等国だ。こんな茶色い連中と一緒にされては困る」と思っていた。こんな調子だったから、いくらインテリどもがアジア人との連帯を叫んでも、現地の日本人には通じなかったのである。

  世界の情勢に直面するとき、日本人の精神は矛盾と欺瞞に悩まされる。西歐列強のアジア支配に危機感を覚えてアジア民族との連携を考えるが、実際のアジア人を見ると、「こんな奴らが本当に頼りになるのか?」と不安になるし、「科学技術や生活水準で劣った民族」にしか思えないから、対等な民族とは考えない。むしろ、日本人にとって「お荷物」になる可能性の方が高いと見なしてしまう。実際、台湾は蛮族が棲息する島国だったし、朝鮮は乞食より貧乏なエタが住む後進国だった。日本の周辺を見渡すと、本当に情けない国ばかり。日韓併合なんて、腐った鶏肉を食べたようなものだ。いざ、朝鮮民族を統治してみると、支配による利益より、民度を高めるために投じた資金の方が大きく、税金の無駄遣いという後悔の方が強かった。今では常識になっているが、朝鮮半島に注ぎ込むお金があるなら、東北地方の日本人に投資した方がよっぽど有意義である。日本の議員や官僚は、幕府側についた日本人を無視するかのように、碌でなしの朝鮮に立派な学校や道路、橋、ダム、発電所など建設するんだから、冷血漢としか言いようがない。また、朝鮮に大量の税金を注ぎ込むことで、南満洲の防禦策が手薄になり、対ロシア戦略にとってマイナスとなった。

白人を憎むコラムニスト

  日本の保守派言論人は、こうした生々しいアジアを語らず、矢鱈と西歐白人に敵意を燃やす人が多い。例えば、ジャーナリストの高山正之は異様なくらいアメリカに憎悪を抱くが、日本の国益を考えればアメリカ人を味方につけた方が賢いはずだ。チャンネル桜の討論会に出演した高山氏は、セオドア・ローズヴェルト大統領が「白人の重荷」となる朝鮮を日本に押しつけたと憤る。(高山正之 / 藤井厳喜、 「新・大東亜戦争肯定論」、『WiLL』8月増刊号p.24) しかし、朝鮮半島を併合したかったのは、伊藤博文や陸奥宗光らを嫌った山縣有朋たちの一派だ。そもそも、なぜ伊藤博文が暗殺されたからといって、あの愚劣な朝鮮を吸収せねばならないのか? それに、伊藤が暗殺されたとき、兇弾の入射角度に疑問が湧き上がったが、なぜか調査は行われずうやむやにされてしまった。これはどう考えてもおかしく、普通なら納得できない。いくら何でも、総理大臣になった元勲が殺されたというのに、科学的検証が中止されたのだから、裏に何かあると思われても仕方ないだろう。筆者は陰謀論に組しないが、こうした“いかがわしい”事件が起きた場合、たいてい内部犯行という線が濃厚だ。(案外、伊藤を邪魔に思っていた山縣の差し金だったりして。)

Theodore Roosevelt 1Ito Hakubun 2Mutsu Munemitsu 1Yamagata Aritomo 1








(左: セオドア・ローズヴェルト   /    伊藤博文    /    陸奥宗光    /   右: 山縣有朋 )

  高山氏は米国のフィリピン領有にも怒っていたけど、米国海軍がフィリピンに駐留することで我が国の背後が安全となったから良かったじゃないか。原始的なタガログ族とかイロカノ族を日本が統治したら、税金の浪費にしかならず、日本国民の方が搾取されてしまうだろう。でも、高山氏は日本がフィリピンを占領した方が国益に適うと考えているようだ。アメリカ白人に対し私怨でも抱いているのか、 高山氏は米国がハワイを占領・併合し、フィリピンまでも支配して、日本包囲網を構築したと述べていた。しかし、アメリカ国民に我が国への領土的野心があったのか? 合衆国政府にさえ日本占領の意思はなく、それどころか帝國海軍に対する脅威の方が強かった。日本だって米国との対決は望んでおらず、昭和天皇が英米との友好を望まれていたことは有名だ。日露戦争で苦労した帝國陸軍に至っては、ロシアが一番の敵であり、北進が伝統的な基本方針だったはず。しだかって、日本が英米を敵に回すのは愚の骨頂である。逆に、アメリカやブリテン、オーストラリアと組んでロシアに対抗するのが正論だ。「白人がアジア諸国を蹂躙したから、奴らを叩きのめせ !」というのは幼稚な書生論で、日本の国家戦略を考える大人の意見ではない。

  討論で熱弁をふるっていた高山氏は、西歐白人の植民地支配を激しく非難していたが、インドネシアやビルマ、インド、フィリピンが白人に征服されると、具体的にどんな被害が日本に及ぶのか教えてもらいたい。フランス人がベトナムを支配し、オランダがインドネシアで御主人様になってもいいじゃないか。日本の戦国時代を思い出せば分かると思うが、強い軍隊を持つ武将が他の領地に攻め込むのは当り前だった。現在の日本人は西歐列強の植民地を一方的に非難するが、植民地経営はそれほど儲からず、却って何かと出費が嵩むし、現地人の叛乱が起これば鎮圧部隊を派遣せねばならぬから、ひと苦労だ。日本人は根が真面目だから気付かないが、ビルマ人やインド人に手こずる英国の苦境は日本にとって好都合。中立的な日本が「善意の第三者」を演じて、叛乱軍と話をつければイギリス人に「貸し」を作ることができるし、現地人も非白人の日本人なら面子を保つことが出来るので妥協の余地が生まれてくる。日本の保守派知識人は無邪気にインドやビルマの独立を後押しするが、そうなると日本の重要性が減ってしまうので、我々にとってはマイナスだ。

  韓非子的な考え方になるけど、イギリス人に厄介者を持たせ続けて、「悩みの種」を増やすことは、日本人への依存度を高めることになるから、我々にとっては得策である。異民族支配に多額の税金を使う英国は、極東地域にまで艦隊を派遣する余裕が無くなるので、必然的に我が国と組もうとするはずだ。そこで、一流の諜報組織を持つ英国と昵懇になれば、日本にとって有益な情報が流れてくるから、我が軍の将兵の命が助かる場合も出てくる。また、オーストラリアを攻撃して反日感情を高めるなど暴挙としか言いようがなく、オーストラリアの白人を取り込んで英国社会に浸透する方が得である。西歐の上流社会にはお金を浪費するボンボンが多く、体面を保つためにお金で寝返る奴もいるから、そうした馬鹿を利用して人脈を開拓し、良質な情報を掴んだり、日本側にとって都合のいい情報を流すことも可能となるはずだ。「白人はケシカラン !」と興奮する高山氏は幼稚で、日本の為に友好関係を結ぶ方が遙かに賢明である。

Franklin Roosevelt 1Herbert Hoover 2Hamilton Fish 1









(左: フランクリン・ローズヴェルト  /  中央: ハーバート・フーヴァー / 右: ハミルトン・フィッシュ )

  日本人は戦艦や戦闘機の製造・開発になると才能を発揮するが、宣伝戦や心理戦になると極端に能力が低下する。高山氏は合衆国政府の対日政策やアメリカのマスコミ界を糾弾するが、当時のアメリカ国民にはグローバリストが少数派で、自国優先主義に賛成する国民の方が多かった。したがって、日本政府は米国内の社会主義者や介入主義者を標的にした対外工作を実行すべきだった。日本の味方になりそうな保守派議員と民間団体を取り込み、彼らに赤いグローバリストを批判させれば対日戦争は回避できたし、米国内にジャパン・ロビーをつくれたはずだ。日米開戦となって日本兵が大量に死ぬことを考えれば、世論工作に大量の資金を投じた方が安上がりである。日本はローズヴェルト大統領や赤いニューディーラーに反対する保守的な大学生やキリスト教徒を育て、ハーバート・フーバー元大統領やロバート・タフト(Robert A. Taft)上院議員、ハミルトン・フィシュ(Hamilton Fish)下院議員、ジョン・W・ブリッカー(John W. Bricker)上院議員、ヘンリー・スタイルズ・ブリッジ(Henry Styles Bridge)上院議員などの政治家と連携すればよかった。特に、アメリカの内部には保守的な民衆党員が多かったので、ソ連を支援するようなユダヤ人官僚とか共産主義にかぶれたピンク左翼の正体を暴いて、民衆党員同士を反目させることも出来たはずである。

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(左: ジョン・ブリッカー  / 中央: ヘンリー・スタイルズ・ブリッジ /  右: ロバート・タフト)

朝鮮人並の感情論

  とにかく、アメリカ人やヨーロッパ人を酷評する高山氏の表情を見ていると、何らかの個人的な恨みでもあるのかと邪推したくなる。「白人だから悪い」とか「アメリカ人は根っからの悪党だ」との前提で国際政治を判断すると、物事の本質が見えなくなる。たとえ、日本人を嫌うアメリカ白人がいたとしても、どんな魂胆で反日言論を展開しているのか分からない。単に挑発的な記事や刺戟的なネタを書いて注目されたい記者かも知れないし、外国からお金をもらって故意に反日論評を書いているのかも知れないのだ。そもそも、日本人を称讃する良識的な記事より、残虐な日本人をテーマにして特集を組んだ方が編集部のウケがいい。また、アメリカの一般国民は驚くほど無知だから、嘘のような記事でも簡単に信じてしまう癖がある。

  高山氏が念頭に置く「アメリカ白人」とは、日本を貶すことで快感を得る下郎のジャーナリストか、地理を勉強したこともない底抜けの馬鹿、白人であること以外に自慢が無いクズ、「日本批判なら問題なし」と思っているリベラル派とかじゃないのか。産経新聞社時代、高山氏はロサンジェルス支局に勤めていたというが、どのようなアメリカ人と接触し、如何なる情報を貰っていたのか? 優秀なジャーナリストであれば、上質なネタを仕入れるために、ワシントンの政界やウォール街に詳しいアメリカ人と個人的に親しくなるはずだが、高山氏には何人くらい現地の友人がいたのか? もし、白人の友人が一人もいなくて、アジア系やヒスパニック、黒人ばかりだとネタが偏ってしまう危険性がある。アメリカで良質な情報を得ようとすれば、やはり上流階級にコネを持つ白人の存在が不可欠で、上院・下院議員はもちろんのこと、連邦政府の高級官僚、ペンタゴン勤務の軍人、政党の中堅職員、国際金融業界や軍需産業に顔が利くビジネスマン、大手シンクタンクの上級研究員などの人脈が必要だ。ジャーナリストが情報源を隠すのは分かるけど、高山氏は過去にどんな人物と会っていたのかを告白すべきだろう。

  これは筆者の勝手な推測だが、高山氏には個人的に親しいアメリカ白人が居なかったんじゃないか。日本での取材なら、仕事を離れた場所でも人脈を築くことができる。それに、いくら口の堅い官僚や議員といえども、長く付き合っていれば情が湧いてくるから、時折、上等なネタをリークしてくれるし、酒場で雑談しながら内部情報を聞き出すことも可能だろう。しかし、アメリカだと日本国内のように簡単ではない。まず、言葉と容姿が違うから、西歐系アメリカ人に近づくのが難しいし、たとえ接触できても親しくなるまでが大変だ。だいいち、高山氏にアメリカ人を籠絡するほどの英語力があるとは思えない。外人訛りの発音だと聞き取りづらいので、日本人と話していると鬱陶しく思うアメリカ人は結構多いのだ。でも、いくら日本人記者だからとはいえ、プロのジャーナリストであれば、「道具」としての英語は身に付けておくべきだろう。最もキツイのは、日本人に興味の無いアメリカ人を振り向かせるために、ユーモアのセンスを磨き、アメリカ人が好みそうな笑い話やジョークを予め仕込まねばならない事だ。落語家のように普段からネタ話を練習し、英語であっても流暢に披露できるよう準備せねばならない。官僚の留学なら気楽だが、民間企業から派遣される日本人は、現地で人脈を広げるために相当苦労する。

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(写真  /  貧乏時代の朝鮮人)

  これは言いづらい事だが、白人の植民地支配にケチを附ける高山氏を眺めていると、日本を激しく罵る夜郎自大な朝鮮人に見えてくる。外国の歴史や冷徹な国際政治を知らない朝鮮人は、国内で勝手な意見を吐くことで有頂天になるが、いざ日本に留学してみると、自分の愚かさと視野の狭さに気づくことがある。朝鮮の若者は同胞の教師から「日帝は朝鮮人の国土や文化、名前、言語を奪った。しかも、日本兵は朝鮮の少女を攫って性奴隷にしたんだ」と習う。ところが、先進国の日本に留学し、一次資料を調べてみると、朝鮮人教授の話が嘘っぱちだと分かる。また、アメリの名門校に留学すると、朝鮮人など全く相手にされず、朝鮮が何処にあるのかも知らないアメリカ人が多い事に驚く。朝鮮が「世界五大文明の一つ」という“歴史”は明らかな妄想である。

  日本にやって来て目が覚める朝鮮人はまだマシな方で、日本語が苦手で日本人との交流が少ない朝鮮人は、思い出に残るような喜びを味わえず、日本人の友人すら作れず日本を去ることになるる。こうした朝鮮人は、日本での孤独感や屈辱感を抱いたまま帰国するので、朝鮮に戻ってからも反日言論を繰り返し、冷たかった日本人への復讐に燃えてしまうのだ。もし、憧れの日本で優しい友人を持ち、日本人との親睦を通して朝鮮の過去を調べれば、朝鮮人の不甲斐なさに気付き、一方的な反日史観に疑問を抱くようになるだろう。高山氏はふて腐れた朝鮮人と似たような心情を抱き、邪悪なアメリカ人を主流とする合衆国を思い描いている。確かに、合衆国政府の閣僚や補佐官などには、他国を征服し、裏から操って覇権を握ろうとする連中がいるのも事実だが、その一方で、米国の介入主義と帝国主義に反対する保守派が少なくない。

Robert E. Wood 1(左  /  ロバート・E・ウッド)
  とにかく、国際社会は弱肉強食の世界で、認識の甘いボンクラ国家が強国の餌食になってしまうのは常識だ。もし、米国が宣伝工作で日本の権益を脅かすなら、日本も米国社会に(第五列の)工作員を浸透させ、ワシントンの政界を攪乱すればいい。高山氏は支那人を使った反日宣伝を非難するが、それなら我が国も保守的アメリカ人を買収して、民衆党政権に反撃を企てればよかった。日本の知識人は米国の心理戦を批判するばかりで、積極的な対策や攻撃を提案しない癖がある。1930年代とか40年代には、国際介入を目論むグローバリストに反対する保守派がいたから、日本政府は国内優先主義(アメリカ・ファースト)の勢力を支援すべきだった。例えば、共和党系の軍人であったロバート・E・ウッド(Robert E. Wood)将軍、シカゴの名門家族出身で「シカゴ・トリビューン」紙の発行者であったロバート・R・マコーミック(Robert Rutherford McCormic)、毛沢東の共産党に反対していたウィリアム・ノウランド(William Knowland)上院議員、「ミスター・リパブリカン」と呼ばれたロバート・タフト上院議員、さらにネバダ州の有力者であったパトリック・マッカラン(Patrick A. McCarran)上院議員、ミシシッピー州の大物ジェイムズ・イーストランド(James Eastland)上院議員などを加えてもいいだろう。

Robert McCormic 1William Knowland 1Patrick McCarran 1James Eastland 2







(左: ロバート・マコーミック  / ウィリアム・ノウランド  / パトリック・マッカラン  / 右: ジェイムズ・イーストランド )

  感情的にアメリカを批判する高山氏は、パワー・ポリテックスを知らない朝鮮人と同じで、もし、高山氏が軍事大学の教授や欧州貴族の外政官を前にして、自説を披露すれば大爆笑間違いなしだ。地政学や核戦略を勉強する日本人が高山氏を見れば、同胞として恥ずかしくなり、「日本では言論の自由があるので、ああいう人も存在可能なんです」と言い訳するしかない。昭和初期における日本の軍事力や経済力、ソ連の侵掠的脅威、庶民の生活水準を熟知している人は、英米との衝突を避けるべきと考えるはずだ。亡くなった岡崎久彦大使は、若い頃から歴史に詳しく、戦後ケムブリッジ大学で英国の教養人と接触した外政官だから、日英の格差をよく判っていた。しかも、特命全権大使として活躍し、自衛隊の装備や米軍との関係にも精通していたから、アングロ・サクソンとの協調が日本の安全保障になると確信していた。

  戦前もそうだったが、敗戦後の日本人は戦国時代の思考を忘れている。生死を賭けた戦(いくさ)に邁進した大名たちは、決戦はもちろんのこと、小競り合いにまで細心の注意を払い、敵陣の籠絡、情報攪乱、内部分裂の工作活動などにも熱心だった。秀吉や家康は「戦わずして勝つ」ことを狙って、他の武将を自陣に寝返らせたり、スパイを送り込んで偽情報を流していたという。心理戦に長けた秀吉は猜疑心も強く、軍師の黒田官兵衛にさえ疑念を抱き、豊臣家の安泰を考えていた。家康の方も用心深く、自分の軍事力が強大になるまで辛抱を貫いた。若い頃は今川家や織田家に服従していたし、秀吉が天下人になれば、その傘下に入って機会を伺っていたんだから狡猾だ。領地と家臣を守る為に、家康は多くの屈辱に耐え、将来を見据えていたから凄い。中国の覇者だった毛利家も「おしん」の典型で、德川時代に領地を激減され、萩に暮らす羽目になっても爆発しなかった。德川家のイジメによく200年以上も堪えたものである。支那事変の頃の日本人も、世界情勢を考慮して、どの国と妥協して、如何なる同盟を組み、誰を敵とするかを考えるべきだった。高山氏が好きな「植民地解放の為に西歐と戦う」という戯言(たわごと)を秀吉や家康が聞いたら、「この、たわけ者 !」と怒るに違い。戦国武将なら必ずや英米を味方につけ、ロシアの東進に対抗しようとするはずだ。戦争は国家の命運を賭けた外政だから、軽率なスローガンで始めてはならない。「歐米諸国の植民地統治を完全にひっくり返したから、政治的に勝ったのは日本だ」(上掲対談 p.21)と発言する高山氏には附ける薬が無い。米軍の補助部隊に零落れた自衛隊を毎日見る自衛官に意見を聞いてみたいもんだ。




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