教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
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  8月25日、共和党の大物議員であったジョン・シドニー・マケイン3世(John Sidney McCain III)が脳腫瘍のため81歳でこの世を去った。彼の死は党派を超えた悲しみとなり、いつもは民衆党贔屓のジャーナリストさえマッケインの昇天を歎き、各テレビ局がこぞって彼の葬儀を放送したので、日本でも多くの国民がその放映を目にしたはずだ。葬儀には軍人や議員だけでなく、歴代の元大統領も出席したから、まるで国葬のような雰囲気に包まれていた。ところが、一人だけ重要人物が欠けていたのだ。それはドナルド・トランプ大統領である。

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(左: ジョン・マケインの柩  / 右: ドナルド・トランプ )

  「トランプ憎し」のマスコミは、大統領のイメージを貶める絶好のチャンスと思ったのか、「偉大なる上院議員の葬儀に欠席するとは何事か !!」と大激怒。リベラル・メディアは「人間としての器が小さい頑固者」という印象を世間に与えるべく、悲しみの表情を浮かべるバラク・オバマやビル・クリントンの姿を映した。間抜けなアメリカ国民は、反対政党の議員であっても、その死を悼む元大統領に感動していたが、オバマの偽善は有名で、カメラを前にすれば鰐の涙を流すことができるし、アカデミー主演男優賞を獲得できる程の腕前を持っている。クリントンに至っては「いつものこと」だ。女房のヒラリーに浮気がバレれば何度でも否定できるし、愛人と恋人を手玉に取るくらい朝飯前。女房、愛人、娼婦を相手にしても、「君だけを愛している!」と平然と口にできるし、目薬無しでも同じ涙を何度も流せる。「飾りじゃないのよ、涙は」と歌うのは井上陽水と中森明菜くらいだろう。オバマとクリントンとって涙は大衆向けのサービスだ。

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(左: 葬儀に参列したオバマ夫妻とブッシュ夫妻  / 右: 葬儀に参列したクリントン夫妻とチェイニー夫妻 )

  偽善がプンプン臭うクリントンやブッシュ、オバマに比べたら、「俺は葬儀に行かないぞ!」と言い切るトランプの方が清々しい。本心を偽って教会に赴き、柩(ひつぎ)の前で涙ぐむなんて、誰もが厭だろう。選挙のために参列する議員の方がよほど薄汚い。嫌いな奴の葬儀には出ないという信念を貫くトランプは、ある意味、男らしいんじゃないか。生前、マケイン上院議員は同じ党に属していても、悉く大統領と意見を異にし、移民問題に関しては政敵に等しい存在であった。というのも、マケインは共和党議員であったが、外国人の受け容れに関しては民衆党寄りで、亡くなったエドワード・ケネディー上院議員と親しかった。日本ではあまり報道されないが、ケネディーは矢鱈と移民に優しく、不法移民まで庇う極左議員。たぶん、溺れる女を見棄てて自分だけ助かった“例の”スキャンダルを常に気にしていたから、マスコミに叩かれぬよう、いつも彼らの御機嫌を伺っていたのだろう。朝日新聞に擦り寄っていた宮澤喜一を思い出せば分かるはずだ。この元総理は「徴兵逃れ」という後ろめたい過去を持っていた。

闇に葬りたい過去を持つ英雄

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(左: 負傷したマケイン  /  右: 解放されたマケイン)

  実は、この卑劣なケネディーと馬が合ったマケインにも、人には触れられたくない過去があったのだ。マケインが政界に進出できたのは、不運にもベトナム戦争で敵軍の捕虜となり、恐ろしい苦難に堪えて帰国を果たした「英雄」だったからである。ところが、彼の輝かしい「過去」には暗い影があった。時は、1967年10月26日、海軍パイロットのジョン・マケイン少佐は「A-4スカイホーク(Skyhawk)」に搭乗し、任務遂行を図ったが、その途中で北ベトナム軍の攻撃を受け、ソ連製の地対空ミサイルで撃墜されてしまった。ところが、脱出時にヘマをやらかしたのか、彼は片脚と両腕を負傷することになった。一般の日本人は事情を知らないから、彼の捻れた腕を見て、「拷問でかなり痛めつけられたんだなぁ」と勘違いする。これは明確な証拠に基づく話ではないが、ある帰還兵の話によれば、マケインは治療を受けるため、北ベトナムに軍事情報を提供したそうだ。そして、彼が介護されたギ・ラム病院には、ベトナム人民軍の総司令官たるヴォー・クエン・ザップ将軍まで訪れたらしい。

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(左: パイロット時代のマケイン  / 右: ヴォー・グエン・ザップ )

  ベトナムで捕虜となったアメリカ兵の間では、マケインが鄭重な「もてなし」を受けたという噂が飛び交っていた。なぜなら、マケインは下層階級の兵卒と違って、海軍兵学校を出た軍人一家の息子で、人質としての価値が非常に高い囚人であったからだ。彼の父親は太平洋艦隊司令官のジョン・S・マケイン・ジュニア提督で、祖父は第二次世界大戦でウィリアム・ハルゼイ提督(Adm. William Halsey)のもとで空母を指揮したジョン・S・マケイン・シニア提督である。こんな家系のお坊ちゃんと判れば、北ベトナム軍とソ連の軍事顧問は拷問などせず、至れり尽くせりの待遇を与えて味方にしようと考えるはずだ。ベトナム人やロシア人にとって、生け捕りにしたアメリカ兵を嬲(なぶ)り殺しにするなんて造作も無いことで、場合によったら、ロシアン・ルーレットの余興を開いて賭の対象にするだろう。しかし、独裁国の諜報員は狡猾だ。捕虜の有効利用を考える。ロシアの軍事顧問は捕まえたマケインを好待遇で寝返らせ、「苦難に耐え抜いたヒーロー」に仕立てあげてから、「渋々ながら」を装って米国に送り返す。この作戦の肝はね拘留期間である。ベトナム軍は彼を即座に返却せず、五年半「ハノイ・ヒルトン(ホア・ロア収容所の別称)」に引き留め、「英雄神話」を作らねばならない。ベトナム側の脚本だと、マケインは「仲間の解放を優先したため、帰国が遅れたエリート軍人」、則ち、自己犠牲を厭わない英雄なのだ。

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(左: ジョン・マケイン・シニア  /  ジョン・マケイン・ジュニア / ジョン・マケイン3世 /  右: ジョン・マケイン4世)

  日本人はアクション映画の影響が強すぎて、フィクションと現実の区別がつかないから、捕虜生活の実態が分からない。人気映画の『ランボー』ではベトコンに捕まったジョン・ランボーが凄まじい拷問に耐え抜くシーンがあったけど、実際の戦争では有り得ない。あんなの嘘。尋問されれば直ぐに答えた方が賢い。ここではあまりに残酷なので具体的に書けないが、アジア人の肉刑に耐え抜くアメリカ人などいないだろう。もし、解放されてもボロボロの身体となり、片輪になって還ってくるだけだ。ハノイの収容所にぶち込まれていた捕虜の一人にデニス・ジョンソン(Dennis Johnson)というアメリカ兵がいて、彼は脚を骨折していたが、ベトナム人から治療を受けることはなく、そのままであったという。ジョンソンによれば、マケインはいつも皆と隔離されており、髭を剃り、清潔な服を着せてもらって、快適な生活を送っていたそうだ。解放された時のマケインを見れば、「やけに健康そうだなあ」と疑問に思ったアメリカ人もいたんじゃないか。

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(左: ボブ・スミス  / 中央: ボブ・ドーナン / 右: アル・サントリ )

  カンボジアで極秘作戦に従事していたジャク・マックラム(Jack McLamb)によれば、マケインが拷問されたという形跡は無いらしい。ベトコンは大切なマケインをコードネーム(「ソングバード / Songbird」)で呼んでおり、この九官鳥は32本のプロパガンダ・フィルムに出演したそうだ。ソ連の諜報機関(GRU)から派遣されたロシア人将校は、「ハノイ・ヒルトン」に泊まっているアメリカ人捕虜の尋問を行っていたが、その際、通訳担当の少年「T」が同伴したそうである。マケインの尋問にも「T」が通訳を務めたそうで、もし、ソ連がマケインを「エージェント」にしていたというなら、1969年12月から1973年3月まで収容されていた彼の生活記録が残っているはずだ。運命の女神は残酷なのか、それとも気紛れなのか、マケインにとって悪夢となる1991年が訪れた。冷戦に敗れたソ連が崩壊し、多くの機密書類がKGBとCIAの間で交換されたという。ところが、上院の外交委員会で権力をふるうマケインは、執拗に機密ファイルを封印し、戦争捕虜を取り戻すチャンスを潰してしまったのである。これは実におかしい。誰よりも捕虜を救出したいマケインが、なぜ捕虜奪還の情報を遮断し、被害者家族の邪魔をしたのか? マケインの妨害工作に多くのアメリカ人家族が憤慨し、ボブ・スミス上院議員(Sen Bob Smith)やボブ・ドーナン下院議員(Rep. Bob Dornan)、元議会スタッフのアル・サントリ(Al Santoli)などが不満と疑念を述べていた。

Tracy Usry 1(左  /  トレイシー・アスリ)
  1991年、ベトナムでの戦争捕虜に関する上院の公聴会が開かれ、帰還兵であるトレイシー・アスリ(Tracy Usry)が呼ばれて証言を行っていた。彼はアメリカ人捕虜が定期的にソ連の諜報将校から尋問を受けていたと述べたが、これに憤慨したマケインは、しばしば彼の証言を遮り、捕虜がソ連の将校から尋問を受けたことは無い、と反駁したそうだ。ところが、元ベトナム軍のブイ・ティン大佐によれば、そうした尋問は実際に行われていたそうで、彼はアスリの証言を肯定し、マケインの反論を斥けた。当時、共産党内部で要職に就いていたティン大佐は、ソ連の政治局から発せられる電報や書類を読むことができる身分だったから、ソ連の軍人が尋問する場面を目にしても不思議ではない。

Bui Tin 1(左 / ブイ・ティン )
     マケインの議事妨害には眉を顰めたくなるが、彼がティン大佐と抱き合う姿はそれ以上に驚きだった。まるで旧友にでも再会したように、マケインは証言席の方に歩み寄り、曾ての憎き敵を温かく抱擁したのである。いくら何でもこれはおかしい。五年以上も自分を苦しめたベトナム人に対し、罵詈雑言どころか、一発も殴らず、感動の抱擁なんて、あまりにも寛大すぎるじゃないか。シベリアで生き地獄を味わった日本兵が、戦後にロシア軍将校と和解し、笑顔で抱き合うなんて想像できない。ソ連の犬に成り下がった日本人なら別。まぁ、普通の日本兵なら怒りで全身が震え、たとえ人前であろうとも、渾身の力を込めて殴りかかるだろう。

  アメリカのテレビ局はマケインの葬儀を放送し、彼に同情的なジャーナリストや政治家を番組に招いて、故人の素晴らしさを語らせていたが、戦争捕虜の家族を招いてマケインの「悪行」を暴露させることはなかった。民衆党の上院議員ならともかく、共和党の議員が亡くなったからといって、あんなにも大袈裟な特集を組むのは解せない。いくら欠席したトランプを貶めたいからといって、リベラル派のマスコミが「保守派」の共和党議員を心から称讃するのか? 確かに、マケインは外政に関しては「カタ派」に見えたが、内政面ではリベラル派の偽装保守であった。民衆党のジョセフ・リーバマン上院議員と同じタイプの政治家と思った方がいい。マケインを偲ぶのであれば、「ハノイ・ジェーン」と呼ばれた女優のジェーン・フォンダと一緒に論評すべきだ。両者ともベトコン側の宣伝係となり、その過去を封印して人気者になったことで共通している。フォンダはエアロビックスで注目を集め、CNNの創設者であるテッド・ターナーと結婚できた。マケインはヘンスリー家のご令嬢シンディーと結婚し、政界に進出してアリゾナ州の大御所になった。(シンディー夫人の父ジェイムズ・ヘンスリーが創設した「ヘンスリー(Hensley Beverage Company)」社は、アメリカの大手飲料メーカー。)

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(左: ジョン・マケインとシンブィー夫人  /  右: 反戦活動家のジェーン・フォンダ)

  日本のマスコミは本当に怠慢で、マケインが大統領候補になった時でも、彼の過去に言及することはなかった。もっとも、オバマのドス黒い過去すら触れずに「パス」なんだから、マケインの謎を見逃しても不思議じゃない。これは少々不謹慎だが、もしトランプが数年後に亡くなったら、米国のマスコミはどんな特番を放送するのか? もしかしたら、マケインよりも格下に扱い、放送時間も微妙に短縮するかも知れない。また、トランプを心から憎むCNNやCBS、PBSなどが、どんなゲスト・コメンテーターを用意するのか見物である。まさか「偉大な大統領が亡くなり、本当に残念です」とは言えまい。たぶん、遺族に対する同情でお茶を濁すんじゃないか。一方、トランプだって負けてはいないだろう。強気のトランプなら遺言で、「オバマとブッシュだけは呼ぶな !」と釘を刺すかもしれないぞ。おそらく、ヒラリー・クリントンも排斥されるだろうが、彼女だって行きたくはない。たとえ葬儀に招待されても、ヒラリーなら仮病を理由に欠席するんじゃないか。アメリカのリベラル派はトランプの死去に対し「アホが死んで良かった!」とそっぽを向くだろうが、故人を偲んで哀悼の辞を述べるのは、意外にも安倍総理とプーチン大統領だったりしてね。ついでに言うと、アメリカとの友好を維持したいのであれば、日本人は横須賀基地の近くにトランプ像を建てるべきだ。米国に慰安婦像を建てる朝鮮人と、合衆国大統領の記念碑を建てる日本人の「どちら」が立派なのか、アメリカ人によ~く考えさせればいい。外務省の役人に外交を任せるとロクなことにならないから、日本の庶民が日本人らしく振る舞った方が良いときもある。




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