教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


好評発売中 !

ロスチャイルドが仲介役になった

Charles de Gaulle 7Vichy France 1












(左 : ロンドンで「自由フランス」の宣伝を行うシャルル・ド・ゴール将軍   /  右 : フランスに誕生したヴィシー政権)

  先週、チャンネル桜を観ていたら、近代史家の林千勝(はやし・ちかつ)が我那覇真子(がなは・まさこ)の番組に出演し、日米戦争や歐洲の歴史について語っていたので結構楽しかった。林氏は『近衛文麿 野望と挫折』の続編として、『日米戦争を策謀したのは誰か !』を出版し、近衛の背後で何が起こっていたのか一般国民に伝えている。筆者からすると「久しぶりにロックフェラーやロスチャイルドの話かぁ~」という感じだった。なぜなら、筆者も大学生の頃、国際金融や歐米の外政を勉強する一環として、ロックフェラー家やロスチャイルド家の歴史を調べた事があるからだ。ただし、筆者はフリーメイソンとかイルミナティーとかの娯楽ネタを含んだ「陰謀論」は嫌いで、基本的には金銭欲や権勢欲に基づいた現実政治の方に興味がある。また、ユダヤ人に関して知りたければ、エンターテイメントで創られるオカルト的な書籍より、ちゃんとした歴史書とか学術論文の方がいい。例えば、ダニエル・ガットウェン(Daniel Gutwein)の『The Divided Elite』は第一次世界大戦前後の英国におけるユダヤ人の実情を知る上で大いに役立つ。(ただし、この洋書は一般の図書館で見かけないので、読みたい人は高いけど自腹で購入するしかない。)

  近衛文麿の正体や謎の「自殺」を丹念に調べた林氏は、近衛を動かしていた連中に話を進め、世界政治を操るロスチャイルド家や有力な国際金融資本家、歐米に潜む共産主義者などに言及していた。しかし、我那覇氏には基礎的知識が足らないのか、丁寧な説明を聞いていても、いまイチ理解していないように見えた。まぁ、普通のお嬢さんだと、歐米史は複雑怪奇で分かりにくいし、人物名や地名にも馴染みが無いから、大筋を説明するだけでも一苦労だろう。たとえ、学校で世界史を習っていても、第一次世界大戦以降の歴史は「時間切れ」のため、重要な事件と年号を覚えるだけで、焦った教師が親切心からプリントを渡してサっと流す程度だ。したがって、一般人にとって、現代史は血なまぐさい戦争と難しい専門用語が“てんこ盛り”の暗黒史に過ぎない。こんな教育状態で、ドイツやフランスの軍人とか政治家、英米仏独に張り巡らされたロスチャイルドの人脈を説明するなんて無理。長年ブリテンに住み着き、各界にはびこるユダヤ人を紹介するとなれば、一年でも足りないくらいだ。

  とにかく、林氏がロスチャイルド家の影響下にあるフランスの政治家に言及すると、我那覇氏は無邪気な鳩みたいに「えっ、そうなんですか?」と驚いていたが、フランス史を多少学んだ者なら苦笑してしまうだろう。日本人には実感が無いが、フランスはアメリカやブリテンと等しくユダヤ人にとっての楽園だ。フランス革命で旧体制が破壊されると、ケットーに閉じこもっていたユダヤ人は一斉に流出し、各界に進出した。政界も例外ではなく、首相になったレオン・ブルム(Léon Blum)や内務大臣のジョルジュ・マンデル(Georges Mandel)、司法大臣に就任したアドルフ・クレミュー(Adolph Crémieux)は日本でも知られている。(マンデル内相の本名は「ルイ・ジョルジュ・ロスチャイルドLouis-Georges Rothschild」というが、フランス・ロスチャイルド家とは違う家系に属しているという。)

Leon Blum 1Adolphe Cremieux 1Raymond Aron 2Marc Bloch 1










(左 : レオン・ブルム  /  アドルフ・クレミュー   /  レイモン・アロン   /  右 : マルク・ブロック )

  ちなみに、日本では「フランス人」として紹介されている知識人でも、素性は「ユダヤ人」という人物は結構多い。例えば、政治学者のレイモン・アロン(Raymond Aron)や歴史家のマルク・ブロック(Marc Bloch)、世界的に有名な社会学者のエミール・デュルケム(Émile Durkheim)もユダヤ人だった。昔、村松剛教授が贔屓にしていた作家で歴史にも詳しいアンドレ・モロワ(André Maurois)もユダヤ人で、本名は「エミール・ソロモン・ウィルヘルム・ヘルツォーク(Émile Salomon Wilhelm Herzog)」というから、直ぐにユダヤ人と判る。最近だと、NHKなどのマスコミが持て囃すエマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)やフランス政府の政治顧問を務めたジャック・アタリ(Jacques Attali)、左翼学者が大好きな哲学者のジャック・デリダ(Jacques Derrida)やシモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil)もユダヤ人だ。

Emile Durkheim 1Andre Maurois 1Jacques Derrida 1Simone Weil 2











(左 : エミール・デュルケム  /  アンドレ・モロワ  / ジャック・デリダ  /  右 : シモーヌ・ヴェイユ)

  話を戻す。政治家や商売人を問わずユダヤ人というのは政財界にコネを持っていて、イギリス人やフランス人にとっても便利な存在だ。時は、1940年5月。ドイツ軍の進撃は破竹の如く凄まじかった。英仏軍はダンケルクまで撤退を余儀なくされ、フランス軍は壊滅寸前。ドイツ人からすれば、パリまでは指呼の間といったところで、あと数週間で占領できる。ブリテンの首相となったウィンストン・チャーチルは、この状況に直面して意気消沈。失敗続きの劣等宰相チャーチルは、自分じゃ何も出来ないけど、フランス軍には何とかして奮闘してもらいたいと思った。そこで、この碌でなしは陸軍大臣のアンソニー・イーデンと相談し、早急かつ秘密裏にフランス側の首脳と接触しようと考えた。しかし、ブリテン側はフランスのポール・レイノー(Paul Raynaud)首相と内務大臣のジョルジュ・マンデルに、どうコンタクトを取ったらいいのか分からない。チャーチルとイーデンは正規の外交ルートを使っては危険と判断したので、別の方法で迂回しようと試みた。

Winston Churchill 1Anthony Eden 1Georges Mandel 2Paul Raynaud 1










(左 : ウィンストン・チャーチル  / アンソニー・イーデン  / ジョルジュ・マンデル  /  右 : ポール・レイノー)

  すると、イーデンが友人であるモリス・ド・ロスチャイルド(Maurice de Rothschild)の事を想い出す。モリスはフランスの上院議員だし、主要な政治家にも顔が利く。早速、イーデンはこのユダヤ人男爵に電話を掛け、会談の意図を説明したそうだ。数日後、ブリテンの指導者達はパリに向かい、お忍びでリッツ・ホテルに入る。モリスは極秘会談のために私的な晩餐会を提供し、自らホストを務めたという。この密談の結果、英仏の首脳はある一人の陸軍大佐をロンドンに送ることにした。フランスがナチ・ドイツに降伏しても、その支配に抵抗すべく、ブリテンに設立された「自由フランス」を率いることが出来る指導者、そして非凡な才能と鋼鉄の意思を持つ軍人、すなわち若き日のシャルル・ド・ゴールであった。案の定、一ヶ月ほどでレイノー内閣は倒れ、背が高く傲慢とも思えるド・ゴール大佐がロンドンに「逃走」し、形だけの「フランス亡命政府」を樹立したのである。


Charles de Gaulle 3Maurice de Rothschild 1Philippe Pétain 1










(左 : シャルル・ド・ゴール  / 中央 : モリス・ド・ロスチャイルド  /  右 : フィリップ・ペタン)

  レイノー政府の後を引き継いだフィリップ・ペタン元帥は、直ちにヒトラーとの休戦を要求し、対独講和を主張するヴィシー政権が誕生した。一方、ペタン元帥とそりが合わなかったモリス・ド・ロスチャイルドは、イングランドに移住しようと考える。だが、ド・ゴールは彼の訪英に反対だ。なぜなら、この将軍は自分がロンドンに亡命した経緯を知るユダヤ人を煙たがっていたからだ。つまり、チャーチル達の策略でロンドン行きを命じられた過去を皆に知られたくなかったのである。ド・ゴール将軍にしたら、「あのモリスが誰にバラすか・・・」と不安で堪らない。たぶん、モリスなら自分がお膳立てした密会を自慢げに吹聴したことだろう。こうなりゃ、ロンドンへの移住を邪魔するしかない。

  そこで、ド・ゴール将軍はモリスを丸め込み、バハマのナッソウに向かわせることにした。こうして脳天気なモリスはバハマに渡り、そこで約一年半、兄のジェイムズが送ってくれる資金を頼りに、優雅な亡命生活を送ったそうだ。ただし、彼はドイツによって「国家の敵」と指定され、フランス国籍はもちろんのこと、地元に残してきた財産を没収され、終身刑まで宣言されたという。彼の親戚も財産没収の被害に遭ったけど、アート・コレクターとしても有名だったモリスには我慢のならない仕打ちであった。彼は美術品だけではなく、父から相続した豪邸、例えばフォーブル・サントノレ通りにあるホテルやセーヌ・エ・マヌルにある城「シャトー・ダルマンヴィリエール」もナチスにより略奪されたのである。(Herbert R. Lottman, The French Rothschilds : The Great Banking Dynasty Through Two Turbulent Centuries, Crown Publisher, New York, 1995, p.231.)

Maurice de Rothschild HoteldePontalbaLionel Rothschild on throne










(左 : フォーブル・サントノレ通りにあるホテル・デ・ポンタブラ  / 右 : ロスチャイルドの風刺画 )

  フランス人は建前上、ナチ・ドイツの占領を恨んでいるが、ナチスの反ユダヤ政策に関しては憤慨しておらず、むしろ歓迎したくらいで、協力する者がいても不思議ではなかった。そもそも、フランス人はユダヤ人が大嫌い。愛国者になればなるほど、ユダヤ人がデカい顔をして快適に暮らしていることに腹が立ってくる。当たり前だけど、フランスはフランス人の国であって、ガリツィアやロシアの如きユダヤ人が群れるゲットーじゃない。この賤民を排斥する点において、フランス人とドイツ人は利害を共有していた。フランス人もユダヤ人を「血統」で分類ており、ヴィシー政権は1940年にできた3月10日法で容赦なくユダヤ人を排除していたという。

Pierre Masse 1(左  /  ピェール・マセ)
  例えば、上院議員のピェール・マセ(Pierre Massé)の懇願は門前払いだった。彼は軍からユダヤ人が追放されるという知らせを聞くと、ペタン元帥に対して抗議文を送りつけたという。その書簡の中で、彼は自分の兄が第36歩兵連隊の中尉であったこと、さらにこの兄が1916年ドゥオモンで戦死したことを述べていた。さらに、娘婿が第14連隊に属する陸軍中尉で、1940年5月にベルギーで戦死したことや、第23連隊の中尉である甥のJ・F・マスも1940年に戦死したこと、息子のジャックも第62大隊に属し、1940年6月に負傷していることなどを告げていた。(Suzan Zuccotti, The Holocaust, the French and the Jews, University of Nebraska Press, Lincoln and London, 1993, p.59.) しかし、ヴィシー政権は情に流されず、ユダヤ人のピエール・マスを逮捕し、ダンシー(Dancy)の収容所へ送ってしまった。ユダヤ人歴史家のスーザン・ズコッティによれば、マスは次にアウシュヴッツの収容所へと移され、恐ろしい「ガス室」で殺されたそうだ。(上掲書 p.60.) 毎回嫌になるけど、何でユダヤ人は科学的検証や反対尋問を経ない「噂話」を「歴史的事実」にしてしまうのか。全民族でバラバラにプロパガンダ(政治宣伝)を行うんだから、ユダヤ人というのは本当に恐ろしい民族である。

  シャルル・ド・ゴール将軍がユダヤ人に対し、実際どのような「本音」を持っていたのか分からないが、彼の「自由フランス」にはユダヤ人が群がっていた。例えば、レオン・ブルムの元アドヴァイザーで左翼エコノミストのジョルジュ・ボリス(Georges Boris)はド・ゴールに近づき、経済問題の補佐官になった。そのほか、彼は週刊誌『ラ・マルセイエーズ』の編集者となり、政治プロパガンダの担当者にもなったそうだ。戦後、首相をはじめ国防相や財務湘を務めたミシェル・ドブレ(Michel Jean-Pierre Debré)もド・ゴールのもとへとせ参じたユダヤ人の一人である。元々彼はヴィシー政権に仕えていたが、ドイツの迫害を受けレジスタンスに転向したという。戦後の国連体制で「人権」思想の毒をばら撒いたルネ・カシン(René Cassin)もド・ゴールの側近となり、法律顧問に納まったユダヤ人である。レオン・ブルム政権で財務湘になったピェール・メンデス・フランス(Pierre Mendès-France)も、これまたユダヤ人。彼はヴィシー政権下で逮捕され、六年の禁固刑を宣告されるが、何とかしてフランスを脱出し、ロンドンのド・ゴールに合流したそうだ。こうした側近に囲まれたことから、ヴィシー政府のフランス人はド・ゴールを「ユダヤ人の従順な召使い」と揶揄したらしい。

Georges Boris 1Michel Debre 1René Cassin 1Pierre Mendes France 1










(左 : ジョルジュ・ボリス  /  ミシェル・ドブレ  /  ルネ・カシン  /  右 : ピェール・マンデル・フランス )

  一旦、ユダヤ人が根を張った国では、ユダヤ人を無視・排斥して政治を行うことはできない。彼らは“本能”的に結束し、敵対する異民族と戦おうとする。ただ、それは剣や銃を交える闘争でなく、銭と筆を用いた謀略戦だ。ブリテンもそうだけど、フランスでは政界の裏側に有力なユダヤ人がウヨウヨいる。林氏がどの程度ユダヤ人について調べたのか分からないが、追及してゆくうちに歴史の「泥沼」に嵌まってしまう可能性が高いから気をつけた方がいい。ユダヤ人に関する資料を眺めると、その膨大さに目が眩んでくる。「汗牛充棟」なる言葉があるけど、歐米の図書館はよく床が抜け落ちないものだ、と感心してしまう。




人気ブログランキング