教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


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戸籍を抹殺したい左翼勢力

  大抵の日本人は、日本人の親から生まれ、日本で育ち、日本人と結婚して日本人の子供を持つ。そして、命が尽きると日本の土に還り、家族が恋しくなるのか、盆暮れ正月にひっこり現れたりする。日本人は家族のような国家を築いてきたので、異邦人の集落というのは滅多に無く、多少なりとも皆が知り合いだ。ところが、日本を恨む連中は、公職に就いても自分の素性を隠すことが多い。自分が何処で生まれ、誰の子供なのか、つまり、どんな両親を持っているのか、どんな祖父母がいるのか、といった情報を「プライバシー」の楯で曖昧にし、決して明らかにしないのだ。もし、政治家や裁判官、警察官、公務員になろうとする者が、故郷や両親を公表できない人物だったら、我々は得体の知れない不安に包まれ、疑心暗鬼の生活を送ることになるだろう。だって、どんな思想を持つ人物なのか判らぬ奴が、公権力を握るなんて恐ろしいじゃないか。

Hashimoto 1  セーレン・キルケゴールやフリードリッヒ・ニーチェの哲学を学んだ人でなくても、「ルサンチマン(憎悪・憤慨 / ressentiment)」という言葉を聞いたことがあるはずだ。人間というのは自分が隠したい事をバラされると、その屈辱を一生忘れられず、「あの野郎 !」と何度も想い出すので、バラした人間を心の底から恨むようになる。(デイヴィッド・ヒュームが言ったように、人は理性よりも感情に支配されてしまうのだ。) 去年、元大阪府知事の橋下徹は、日本の戸籍制度に文句を付けたことがある。というのも、彼には苦い経験があるからだ。橋下氏が府知事から大阪市長になったとき、佐野眞一と週刊朝日が彼の出自を調べ、被差別部落出身であることや父親がヤクザであるとの恥部を暴露した。これに激怒した橋本市長は裁判を起こし、佐野氏と朝日側は和解金を払うことで訴訟を収めたが、恥ずかしい過去を暴かれた橋下氏が、その怒りを鎮めたとは思えない。彼が戸籍制度に反撥を覚えるのは、個人的な怨念を持っているからだろう。

  橋下氏は徹底的に戸籍制度を嫌っている。彼は雑誌に投稿した文章の中でこう述べていた。

  ・・・現戸籍における本籍地や出生地の記載は被差別地域を確認すること意外に使い道がありません。本人の本籍地は簡単に変えることができますが、本人の出生地や祖先の本籍地・出生地は延々と付いてきます(戸籍を遡って検索できます)。そして本人の出生地や祖先の本籍地・出生地は今の日本社会において提出を求められることがないのに、ずっと戸籍に記載が残ったまま。・・・・この不要な戸籍記載こそが、悲惨な差別問題を引き起こしているにもかかわらずです。(橋下徹 「日本の戸籍は差別助長のツールだ」、 PRESIDENT Online, 2018年2月28日)

  忌まわしい過去や恥ずかしい家系を背負いながら生きている橋下氏からすれば、日本の戸籍制度は憎しみの対象でしかない。橋下少年にしたら、まるで生まれたときから出生地と血筋が入れ墨のように刻印されているようなものだ。何度洗っても、どんな学校を卒業しても、弁護士や政治家になっても、決して消えることがない烙印となれば、自然と悔し涙が流れてくる。日テレの法律番組で一躍有名人になったのに、週刊朝日に家系をバラされたんだから、橋下氏が日本社会を恨むのも当然だ。しかし、一部の者が不満を抱いたからといって、日本社会に必要な制度を撤廃するのは間違いなんじゃないか。日本という文明国を構成する人間の素性が謎のままで、どんな人物が隣に住み、試験に合格しただけで役所に入って権力を行使するなんて、考えただけでも不気味である。人間というのは野生動物とは違い、誕生日を祝ったり、結婚式を挙げることもあれば、葬式を行って命日を暦に刻んだりする、極めて異質な生物だ。ましてや、日本国民ともなれば、単なる地上の人間ではなく、先祖代々「日本」を支えてきた特別なメンバーで、皇室と常に苦楽をともにしてきた高尚な民族である。ゆえに、我々と同じ先祖を共有しない朝鮮人といったアジア人は、いくら日本国籍を取っても「日本人」にはなれない。

  戸籍にイチャモンをつけるのは、昔から左翼が用いてきた手口である。「天皇制研究会」とツルんでいた福島瑞穂は、弁護士時代から結婚制度や戸籍制度を呪っていた。福島と同じく、皇室を心から憎む極左活動家の佐藤文明は、戸籍を天皇の「臣民簿」と罵る。

  ・・・戸籍簿は「日本臣民簿」、つまり天皇・皇族に支配されている家来達の登録簿なんですね。別な言い方をすれば「皇民簿」と呼んでもいいと思います。(佐藤文明 「象徴天皇制にとって戸籍とは何か」、戸籍と天皇制研究会 編 『戸籍 解体講座』 社会評論社1996年 p. 21.)

  日本の伝統や文化を憎む佐藤は、「家」を大切にする日本人に恨みを抱く。彼は天皇制イデオロギーと「家族国家観」を絡めて批判し、世帯主という発想や家父長制を皇室攻撃に用いていた。日本人が敬愛する陛下を憎む佐藤は、なぜ天皇に権威があるのか、その理由を説く。家では父親、すなわち戸主が偉い。女房子供は逆らえないほどだ。しかし、天皇はその戸主より偉い。戸主はその家の氏神とか祭祀を継いで家を守っている。そして、この氏神を遡ってゆくと、天皇の祖先である「皇祖」に辿り着く。氏神様よりもっと上の本家として天皇家があるから天皇は偉い人になる、というのだ。(上掲書 p.29.参照) 佐藤によれば、天皇制は人民を支配するためのイデオロギーで、戸籍は隷属化された民衆の登録簿になるらしい。皇室撲滅を目指す左翼は、日本人をロシアにいた農奴のように扱っているのだ。

  ちなみに、この佐藤文明は戸籍廃絶ばかりではなく、在日鮮人の指紋押捺にも反対する活動家だった。しかも、彼を囲む面子がこれまたすごい。まだ息のあった社民党のお陰で衆議院議員となれた保坂展人(ほさか・のぶと / 世田谷区長)、土井たか子の古株秘書として権力をふるっていた五島昌子、朝鮮人を熱心に支援する極左学者の田中宏(元一橋大学教授)など、ゾッとするような人物が亡くなった佐藤を偲んでいる。

  一介の左翼人弁護士から社民党の党首にまで出世した福島瑞穂は、前々から結婚制度や戸籍制度に恨みを抱いていた。「女性の権利」を守ると嘯く福島は、女性が結婚するとなぜ夫の戸籍に入らねばならぬのか、どうして夫の姓にしなければならないのか、と文句を垂れていた。彼女は婚外子の件にも触れて、戸籍が如何に差別的なのかを説く。(上掲書 pp.112-115.) 福島によると、日本国民を「個人単位」にすることで、婚外子による戸籍の汚点や、夫婦同姓による不便さ・煩雑さから「自由」になれるという。福島は「身分登録は個人カードにすべし」と述べた川島武宜、並びに、それを支持した我妻栄に言及し、砂粒のような日本人を理想とする。ここでは述べないが、我妻栄は本当に極悪人で、日本人を懲らしめるための占領憲法ができたことで大喜びだった。この極左学者は明らかな確信犯で、憲法に従う民法を利用して、日本人の精神をズタズタにし、国家を内部から崩壊させようと企んだのである。それなのに、東京大学や植民地大学の学生は、読解力がないのか、それとも暢気だから気づかないのか、その真相は分からない。一般的に、日本人はマスコミとか世間の“評判”に弱いから、「我妻先生は民法の泰斗なんですよぉ~」と聞けば、「えぇっ~、そうなんだ~。じゃあ、一生懸命、勉強しなきゃ !」と思い込む。恐ろしい内容を含んだ講義なのに、その意図を疑わず、簡単に洗脳されてしまうんだから、日本の学生はどんな優等生でもボンクラだ。特に、法学部の卒業生は健康な狂人になっているから、「お気の毒」としか言い様がない。

立身出世を遂げた苦労人、アレグザンダー・ハミルトン

Alexander Hamilton 2(左  /  アレグザンダー・ハミルトン)
  他人に自慢できない家族を持っていても、それを克服して偉大になった政治家は少なくない。例えば、アメリカ合衆国を建てた父祖の中でも、初代財務長官となったアレグザンダー・ハミルトンは驚くほどの苦労人で、その生い立ちは特筆に値する。( 興味がある人は「Willard Sterne Randall, Alexander Hamilton : A Life, Harper  Collins Publishers, New York, 2003」を読んでみてね。) 彼の幼少時代を語るなら、先ずその母親レイチェル(Rachel)について述べねばならない。アレグザンダーによれば、母方の祖父はジョン・フォセット(John Fawcett)なる医者で、フランス出身のユグノーであったらしい。ジョンの妻、すなわちアレグザンダーの祖母はメアリー・アピングトン(Mary Uppington)なるイギリス人で、ジョンと結婚する前、既に二人の子供を産んでいたそうだ。結婚に伴い、フォセット夫人は合計七人の子供をもうけるが、生き残ったのは二人の娘だけで、アンとレイチェルの姉妹である。結婚前に生まれた姉のアンはのちに、ジェイムズ・リットン(James Lytton)という裕福な農園経営者と結婚する。

  フォセット夫妻は西インド諸島にあるネーヴィス島で小さな砂糖農園を営むが、ある時期、謎の病気が島全体に蔓延し、ほとんどの草木が枯れてしまい、住民は次々と島を離れてしまう。さらに不運は重なるようで、フォセット夫妻には口論が絶えなかった。意思が強く、そのうえ機転が利くメアリー夫人は、リーワード諸島の裁判所に離婚を求めた。二人の間に和解が成立すると、彼女は夫の財産に対する権利を放棄し、僅かな年金をもらうことだけで離別することにしたそうだ。彼女は娘のレイチェルを連れ、セントクロワ島で人生を再スタートさせようとした。

  そこに、ヨハン・ミカエル・ラヴィーン(Johann Michael  Lavien)という「デンマーク人」が現れる。彼は衣服を扱う雑貨商で、野心を抱いてセント・クロワ島に着くと、小さな砂糖農園を購入したそうだ。レヴィーンは裕福ではなかったが、それを隠すように派手な衣装に身を包み、金持ちの結婚相手を探していたという。この煌(きら)びやかな服装に惑わされたのが、レイチェルの母メアリーである。彼女は16歳の娘を21歳も年上のレヴィーンに嫁がせることにした。未来の息子アレグザンダーによれば、若きレイチェルはレヴィーンとの婚姻に乗り気ではなかったが、母の希望なので渋々従ったらしい。まだ10代の花嫁はピーターという息子を産み、この子だけがレイチェルの嫡出子となった。

  若くて美しい女性を嫁にしたラヴィーンには、人には明かさない“怪しい”側面があった。「レヴィーン」というのは、セファルディム系ユダヤ人が持つ「ラヴィン(Lavine)」という氏名の変形で、ハミルトンの伝記作家達は彼をユダヤ人と推測している。スペインの「マラーノ(Marrano / 偽装キリスト教徒のユダヤ人)」もそうだけど、ユダヤ人というのは素性を隠して「ヨーロッパ白人」のように暮らすから、実に油断がならいな。もし、メアリーがラヴィーンの正体を知っていたら、決して娘を嫁に出すことはなかっただろう。というのも、当時、ユダヤ人との結婚なんて論外だから、年頃の娘を賤民に紹介する親なんてまずいなかった。

  こうした憶測はピーターの「洗礼」からも由来する。奇妙なことに、ピーター・ラヴィーンは23歳の時に“こっそり”とキリスト教の洗礼を受けたのだ。おそらく、親爺のヨハンは隠れユダヤ教徒で、幼い息子をキリスト教徒にしたくなかったのだろう。だが、ヨーロッパ人のコミュニティーで生活するとなれば、「無宗教」でいることは難しいし、「どうしてキリスト教徒ではないのか?」と尋ねられれば答えに詰まってしまう。だから、商売や生活のために、名目上でもキリスト教徒になっていた方が得だ、と考えたのかも知れない。これは在日朝鮮人が日本に帰化するのと同じ理屈だ。「生活上便利だから」というのが鮮人の発想で、この第三国人どもは運転免許証を取るような感覚で日本国籍を手にする。

  砂糖農園を経営して「ひと財産」を築こうとしたラヴィーンであったが、利益よりも借金が増えてしまい、彼は妻の財産を食い潰してゆく。1750年頃には、夫婦の生活が険悪となり、レイチェルは家を出ようと試みた。しかし、プライドを傷つけられたレヴィーンは、女房を懲らしめる目的で姦通罪をでっち上げ、デンマークの法律を利用すると、彼女をクリスチャンステッドの牢獄に放り込んでしまったのだ。身の毛もよだつ監獄に入れられたレイチェルであったが、夫の期待を裏切り、数ヶ月の囚人生活にもめげなかった。恐ろしい上に孤独な生活を強いられたレイチェルであったが、離婚の意思は変わらず、釈放された後、彼女は息子のピーターを捨ててラヴィーンの元を去る。しかし、彼女は正式な離婚ができず、恥知らずの淫売という汚名を背負ったまま暮らすことになった。

  新たな生活を始めたレイチェルは、スコットランドで上流階級に属するセイルント出逢う。カンバスキース(Cambuskeith)系ハミルトン家に育ったジェイムズ・ハミルトン(James Alexander Hamilton)こそ、アレクサンダー・ハミルトンの実父ある。このジェイムズは毛並みが良く、彼の母エリザベス・ポロック(Elizabeth Pollock)は準男爵の娘であったそうだ。ただし、ジェイムズは四男であったから、長子相続の恩恵には与れず、グラスゴーで徒弟修行を終えた後、西インド諸島へと移り住むことになった。案の定、大地主のお坊ちゃんには商才が無く、農園事業を興しても失敗続き。兄のジョンは周囲に内緒で弟の尻拭いをしていたそうだ。息子のアレグザンダーによれば、父ジェイムズは「プライドが高すぎた」らしい。だが、この父には怠け癖があったらしく、頭脳明晰で努力家の息子とは対照的だ。それでも、ジェイムズの性格には非の打ち所が無く、立派な態度を有する紳士であったという。確かに、商売人の家庭から見ればジェイムズは駄目男だが、当時の貴族や紳士は貪欲なビジネスマンとは程遠く、どちらかと言えば「武士の商売」をするような人々であった。

  正式な離婚ができぬまま独り身となったレイチェルは、チャールズタウンでジェイムズとの生活を始め、内縁関係だったが正式な夫婦のように装っていた。二人の間にはジェイムズ・ジュニアとアレグザンダーが生まれる。この息子達は英国領の島で生まれたことで、ジョージ二世に忠誠を誓うブリテン国民となれた。弟のアレクサンダーは母親の資質を受け継いだのか、鋭い知性と素晴らしい容姿に恵まれていた。彼は華奢な体つきであったが、薔薇色の頬に、赤みがかった茶色の髪、透き通った青い瞳を持つスコット人であったらしい。そして、彼の頭脳は無類の読書好きで磨かれることになる。ただし、彼は「庶子」ということで、アングリカン系の学校に入れず、正式な教育を受けなかったそうだ。その代わり、家庭教師について勉強したという。たぶんユダヤ人教師の指導によるものだろうが、アレグザンダーはヘブライ語を習い、モーゼの十誡を暗記したそうだ。また、フランス系の母親から教えてもらったのだろうが、彼は流暢にフランス語を喋ることができたので、政界に入ってからベンジャミン・フランクリンやトマス・ジェファソンのように苦労しながらフランス語を学ぶ事はなかったという。

  後のアレグザンダー・ハミルトンからは想像できないが、彼の少年時代はとても不幸で、小さいのに心労が絶えなかった。父親のジェイムズは商売が上手く行かず、のちに妻と子供を残して家を離れ、彼がアレグザンダーに会うことは二度となかった。父を失った13歳のアレグザンダーは、もう片方の親も失うことになる。1768年、レイチェルは高熱にうなされ、嘔吐や腹部膨満に苦しみながら38歳の若さで息を引き取った。だが、孤児となったアレクサンダーには更なる不幸が待ち構えていた。

  母親は他界したが、その借金は無くならず、請求書が山のように届いたそうだ。しかも、あのヨハン・レヴィンが亡き母の遺産を狙いにやって来たのである。レイチェルと別れた後、レヴィンは別の女性と懇ろになり、同棲生活をしていたという。彼はこの女と結婚するため、急に離婚訴訟を起こし、自分が有利になるようレイチェルを恥知らずの淫婦に貶めたそうだ。また、彼は自分の財産も確保しようと考えていた。もし、自分が死んだらレイチェルに財産が渡ってしまうので、ラヴィーンは息子のピーターだけに相続権が移るよう手配し、彼女の「私生児」が相続人にならぬよう法的な手続きを済ましていた。この強欲なラヴィーンは根っからの下郎で、ジェイムズ・ジュニアとアレクサンダーを「私生児 / 淫売の子供(whore-children)」と呼んでいたという。生涯、アレグザンダー・ハミルトンがこの男を憎んでいたのも無理はない。

  レイチェルが死んだことを知ったラヴィーンは、彼女の「非嫡出子」から財産を奪おうと考えた。裁判所は三人の子供のうち、誰が相続人になるのかを検討したそうだ。そこで、ラヴィーンはジェイムズとアレクサンダーを「密通」によって生まれた庶子と罵倒し、息子のピーターのみを正式な遺産相続人と主張したのである。この主張が功を奏したのか、裁判所はアレグザンダーとジェイムズを相続人とは認めず、全財産はピーター・ラヴィーンのものとなった。父親を別にするピーターは、レイチェルが残した“ささやか”な財産を全て持ち去り、貧しい孤児となった弟にビタ一文たりとも与えることはなかったという。こうした屈辱を味わったアレクサンダーは、不幸にめげず、キングズ・カレッジに進学し、戦争が起きると砲兵中隊の隊長となった。さらに、ジョージ・ワシントンの副官として従軍し、二階級も特進して陸軍中佐となった。退役後、弁護士となったハミルトンが合衆国憲法の起草に携わり、初代の財務長官となったのはご存じの通り。

  橋下徹の恨みを語る際に、アレグザンダー・ハミルトンの例を挙げるなんて馬鹿げているけど、二人の違いは背負った不幸の「質」にある。なるほど、ハミルトンは「非嫡出子」で世間からの冷たい目に晒されたが、その血筋はスコットランド貴族に連なり、父親は不甲斐ない経営者であっても上流階級の紳士だ。ハミルトン家は美しい丘に建つ城「ケリロー・キャッスル(Kerelaw Castle)」を所有し、幼いジェイムズはこの豪邸で過ごしていたという。不貞をはたらいた淫売と侮辱されたレイチェルだって、フランス人の父とイギリス人の母から生まれた貴婦人だ。しかも、地元の男性を惹き付けるだけの知性と美貌があったから羨ましい。確かに、アレグザンダー・ハミルトンは貧しい少年時代を送ったが、名門の家系に属し、美しい肉体を受け継いでいたからラッキーだ。

  これが、朝鮮人だと全く違ってくる。日本に住み着く在日朝鮮人は闇市で儲けた第三国人とか、犯罪や悪徳にまみれたゴロツキなんだから、その子孫が先祖を自慢することはできない。しかも、朝鮮半島に住んでいた先祖は悪臭漂う貧民で、大半が「白丁」か「奴卑」の如き下層階級だ。支那人は露骨に朝鮮人を「濊族(わいぞく)」と呼んでいたんだから酷い。つまり、「ケダモノみたいに汚くて臭い奴ら」という意味である。たぶん、昔の朝鮮人は鼻が曲がるほどの悪臭を漂わせ、不潔極まりない連中であったに違いない。でも、日本の学校では一切教えないから、本当の朝鮮史は闇に葬られている。帰化鮮人が筆者のような日本人を嫌うのは当然で、拙書『支那人の卑史 朝鮮人の痴史』を目にすれば、怒りに震え全ページを破り捨て、炎の中に叩きつけるに違いない。日本に住む支那人や朝鮮人にとって恐ろしいのは、隠蔽された過去を知る日本人である。

  とにかく、帰化したアジア人や被差別部落出身の者が、戸籍制度に不快感を持つのは不思議じゃない。恥ずかしい家族や卑しい血筋は本人の努力で消すことができないからだ。橋下徹が日本社会に反撥を感じるのは、日本人が祖先から脈々と流れる血統を大切にし、それを子孫に伝えようとするからだろう。この有名弁護士には、いつも疎外感と屈辱感が付きまとっている。彼には根本的なところで日本を愛する気持ちが無い。橋下が口にする「愛国心」などは人気取りの方便であり、まともな日本人なら斥ける類いのリップサービスだ。「たこ焼きが美味しいから」とか、「阪神タイガースの本拠地だから」大阪が大好き、というのと同じである。

  伝統的社会を改造しようと企む橋本や反日活動家は、不満を持つ国民を焚きつけて大きな潮流を作り、慎重な検討を経ずに法律を変えようとする。「何も考えず感情で動く馬鹿を利用しろ !」というのが左翼の合い言葉で、御用学者とエージェントで固められたテレビ番組を無警戒に観る国民は、本当に愚かだ。まともな国民はコメンテイターの意見を鵜呑みにせず、「何か裏があるんじゃないか?」と疑った方がいい。いくら地上波テレビといっても、その本質は新興宗教の勧誘番組と同じだ。悪党が狙うのは必ずしも金銭だけとは限らない。日本人の精神を操って利益を得る者だって居るんだぞ。

 


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