教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


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消費税アップに利用された坊や

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  安倍政権は消費税アップを以て日本経済を沈めることにしたようだ。通常、増税を掲げて選挙を戦うのは愚策だが、どうやら輿論調査で惨敗がなさそうだと判ったらしい。確かに、現在の野党を見てみれば、どいつもこいつもポンコツで、とても国民の人気を得るようには思えないから、自民党の執行部は「まぁ、安倍政権の人気は“まずまず”だから、大丈夫なんじゃないか・・・」と高を括っているのだろう。もちろん、消費税アップを嫌って非自民に投票する国民もいるから、自民党の候補者に「死傷者」が出るのは免れない。でも、その数は微々たるもので、自民党の幹部連中は政権崩壊まではない、と踏んでいるはずだ。ただし、財務省とその協力者となっている議員たちは、「安倍に嫌なこと(増税)をやらせて、お払い箱にすればいいだけさ !」と思っている。「総理一年、アイドル二年で使い捨て」というのが通説だから、安倍総理を小馬鹿にする財務官僚からすれば、「7年も続いたんだから満足だろう !」と言いたいのかも知れない。

  総理大臣の安倍晋三に対する世間の評価は様々である。百田尚樹や櫻井良子みたいな「すり寄り派」や盲目的な「安倍応援団」は、未だに“保守派議員”という幻想に酔っている。安倍氏がどれほど反日政策を断行しようとも、「安倍首相はトランプ大統領と仲がいい」とか、「対ロシア外交でうまくやっている」、「中国包囲網で米国と協調路線を取っている」といった点を取り上げ、安倍政権に対する批判が無い。一方、反自民を掲げる左翼分子は、端っから安倍氏を嫌っているから、何をやろうが評価せず、あること無いことをゴチャ混ぜにして総攻撃だ。彼らにあるのは「自己愛」ばかりで、日本の将来を憂う「愛国心」は微塵も無い。立憲民主党の枝野幸男や辻元清美、福山哲郎、蓮舫、佐々木隆博の顔を見れば解るじゃないか。

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(左 : 枝野幸男  /  辻元清美  / 福山哲郎  / 右 : 蓮舫  )

  今では保守派からも糾弾される安倍総理だが、そもそも彼の正体はいったい何なのか? 一般国民には自民党内部の詳しい事情は分からないし、判断材料となる証拠や裏話も摑めないから、明確な判断はしづらい。ただ、幾つかの推測はできるから、その内の三つを挙げてみる。

① 安倍晋三は元々が左翼で、「保守派議員」というのは有権者を騙すための仮面であったという説。拉致事件に関心を示したのは、愛国者をアピールするための手段で、攫われた邦人を救出するつもりはなく、全国的人気を博するための演技。「憲法改正」も単なる“掛け声”に過ぎず、最初から実現不可能と分かっていた。岸信介に言及したのは、「祖父の志を受け継ぐ孫」を宣伝すめためで、自主憲法制定はどうでもいいと思っている。

② 総理に就任する前は改憲をしたかったが、自民党内からの反対や抵抗が意外に強く、改憲勢力を集めているうちに「これは無理」と悟って断念した説。第一回目の消費増税は“嫌”だったけど、財務省と財界からの圧力が強すぎて反対できず、やむなく実行。増税による景気の腰折れを目にして後悔するが、「どうしようもなかった」と言い訳する。前回の失敗を悔いているが、またもや財務省の奸計に引っかかって第二回目の増税を了承してしまう。入管法改正やアイヌ新法、水道民営化、LGBTに関する保守派国民からの反撥は知っているが、「政権維持のためには仕方ない」と自分に言い聞かせて、参議院選挙に臨んでいる。

③ 「単なる馬鹿」説。支持者からの非難は理解しているが、党内の古株議員や族議員、支那人や朝鮮人の手下、高級官僚を前にすると、「お説ごもっとも」と述べて賛成してしまう。側近から「消費増税は危険です」と助言されても、「財務省と財界がOKと言っているだから大丈夫なんじゃないの」と斥け、恐ろしい結果を予測できない。自分では「保守派」のつもりだが、周囲から見れば「良家のお坊ちゃん」程度。露骨に言えば、知能が低い木偶の坊。愛想が良くて親しみやすいが、決断力に欠け強靱な意志が無い。退任後、「どこで間違ったのか?」と迷い、「なんで、こんなに批判されるのか !」と嘆くタイプ。

  筆者は茶の間で安倍政権の方針を眺めているだけだけなので、はっきりしたことは言えないが、どうも安倍総理は政権維持のために自民党左派や売国奴議員の要求を飲んでいるようにしか見えない。もちろん、安倍氏が進んで二階俊博や菅義偉に協力し、“営業保守”という仮面をつけている事は否めないし、根っからの詐欺師ということも考えられる。問題なのは、安倍総理の言行不一致で、国民に表明した信念と実際の行動が大きくズレていることだ。そういえば、安倍氏はウィンストン・チャーチル首相が連合国を勝利に導いた事を引き合いに出して、次のように述べていた。

  チャーチルは若い頃から、すぐれた伝統と文化をもつ大英帝国の力を維持するには、国民生活の安定が不可欠だと考え、社会保障の充実を唱えてきた。安全保障と社会保障、── じつはこれこそが政治家としてのわたしのテーマなのである。確たる信念をもち、たじろがず、批判を覚悟で臨む ── あらたな決意だった。(安倍晋三 『美しい国へ』 文春新書、 2006年、 p.41.)

  この本を読んだ国民は、「えっ、こんな事を言っていたの?!」と驚いてしまうが、『美しい国へ』は第一次安倍内閣の平成18年に出版され、当時、安倍総理は「美しい国づくり」を看板にして保守層の期待を背負っていた。しかし、現在はどうか? 「美しい国づくり内閣」どころか、見るもおぞましい「亡国へと導く醜い内閣」となっている。とりわけ、移民導入の罪は赦しがたく、安倍総理は後の歴史家から「日本人撲滅を実行したA級戦犯」と糾弾されるに違いない。安倍総理は著書の中で少年時代を振り返り、東京オリンピックが行われた昭和39年(1964年)、日本は輝いていたと回顧している。だが、入管法の改正により外人労働者が激増し、従来の日本的風景が消え失せ、国家を構成する「人間」の質までもが危機にさらされている。祖父の岸信介が現在の日本を目にしたら 卒倒するんじゃないか。江戸時代、徳川幕府により毛利家の領地は減らされ、廃藩置県で長州藩は消滅した。しかし、萩に住む領民は日本人のままで、貴族院議員になった毛利の殿様も日本人のままだった。ところが、安倍総理は祖国を「アジア人ランド」に変えようとしている。故郷の長州にもアジア人が増えてくるから、中国地方だって支那人の侵略を免れず、文字通り「チャンコロ地方」になってしまうだろう。また、日本での就職を求めて朝鮮人が流れ込めば、あちこちに長州力(本名 / 郭光雄)みたいな朝鮮人がはびこり、スポーツ界や藝能界のみならず、他の分野も朝鮮人の縄張りになる虞(おそれ)もある。

  安倍総理は吉田松陰が好んだ孟子の言葉、「自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば千万人といえども吾(われ)ゆかん」を引用し、自分なりに熟慮し、間違っていないと確信したら断固として前進する、と息巻いていた。(上掲書 p.40.) だが、実際は違っている。例えば、安倍氏は内心「嫌だなぁ」と思いつつも、財務省と自民党の圧力を受けて消費税を5%から8%に上げてしまった。 案の定、消費は低迷し、日本経済は成長せず、国民の気分は落ち込む一方。側近には「やらなきゃ良かった」と愚痴をこぼしていたという。それなら、いっそのこと消費税を5%に戻せばいいのに、今度も財務省に屈して、消費税を10%に上げましょうと宣言するんだから正気の沙汰とは思えない。一度目の誤りは悲劇だが、二度目の誤りは喜劇である。何しろ、前回の失政の反省をして、再び失政を繰り返そうとするんだから、「馬鹿」としか言い様がない。「安倍さんは頭がいい」と褒めていた日下公人先生は、この醜態をどう考えているのか? 

  保守派国民の多くは安倍氏の変貌に失望し、憤慨する者に至っては「安倍降ろし」を叫んでいる。だが、困ったことに、「誰を以てポスト安倍にするのか」という難問がある。なるほど、保守派国民が団結すれば、この裏切者を追放するのは可能だろう。しかし、次の総理になる者が実力派左翼の菅義偉であれは、安倍氏よりも更に左旋回になるし、石破茂などは論外だ。じゃあ、小泉進次郎になるのか、と言えば、いくらなんでも閣僚を経験せずに、直ぐ総理大臣にするなんて無謀である。マスコミは大喜びになるが、日本はコメディアンが大統領になったウクライナじゃない。(ポロシェンコに代わって大統領となったウォロディミル・ゼレンスキーはユダヤ人の両親を持つ喜劇役者である。ちなみに、ポロシェンコを支援したヴィタリ・クリチコもユダヤ人で、彼は弟のウラディミールと共に世界的に有名なプロ・ボクサーだ。日本でも人気が高く、WBCやWBOの元世界チャンピオンだった。引退後は政界に進出し、キエフ市長になった。)

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( 左 : ウォロディミル・ゼレンスキー   /    右 :  ヴィタリ・クリチコ )

誰に投票していいのか分からない

  保守派国民の何割かは、消費税アップを推進する自民党に叛旗を翻し、他の政党に投票するかも知れないが、どの候補者に入れたらいいのか戸惑う者も出てくるはずだ。参議院選挙で安倍政権を拒絶するのはいいが、自民党以外の政党を見たとき、「どれも嫌だ !」と思う人は結構いると思う。自民党の代わりとして日本維新の会に投票する人もいるけど、維新は関西を地盤とする地域政党だから、関東や東北、九州、四国に住む有権者には縁が無い。それに、極悪人の鈴木宗男が入党し、参院議員選挙に出馬する予定なんだから吐き気がする。では、自民党を見限り、仲良しの公明党に投票するのか、と言えばこれも「NO」だ。「死んだって創価学会に入れないぞ」と踏ん張る人もいるから、これも駄目。いくら貧乏になっても池田大作は拝めない。なら、「他はどうだろう?」と見渡しても、背筋が寒くなるばかり。左翼政党はもっと酷く、立憲民主党や国民民主党じゃ悪夢の再来だ。とりわけ、国民民主党には“あの”小沢一郎がちゃっかり顔を並べており、まだ性懲りも無く政権交代を目指している。山本太郎と離れたら、枝野幸男にくっ付くなんて。小池百合子が「誰と寝たっていいじゃない」と言えばまぁ赦せるが、小沢が言えば気持ちが悪い。共産党や社民党に至ってはもう論外。こんな政党に投票する奴は、日本が滅んでもハッピーという「マニアック」集団だ。昔を忘れられない白髪の元運動家や、現実無視のクルクルパー、皇室を呪う反日主義者というのが大半である。

  こうして野党を眺めてみれば、まともな国民は投票所に赴くのが馬鹿らしくなるだろう。日本を愛する保守的国民の悲劇は、自民党が反日政党になったことではなく、自民党に代わる選択肢が無い、という惨状である。現在の小選挙区制だと、中選挙区制とは違い、自民党から出馬する候補者はたった一人で、自民党支持者はアホでもアカでも党が押しつける人物を支持するしかない。もし、嫌なら別の候補者に入れるべきなのだが、田舎だと「自民対共産の一騎打ち」とか、「自民、公明、立憲民主から一人選ぶ」といった残酷な選挙となる。「選挙」とは名ばかりで、色違いの毒薬を選ぶようなものである。あたかも、魔界の食堂に入ったような気分だ。激辛の「地獄ラーメン」とかならいいけど、メニューに載っている料理が、「ウジ虫のパエリア」とか「ウンコ入りのカレー・ライス」、「砒素をトッピングしたピザ」という珍品ばかりなら、どれも注文したくない。

  マスコミに踊らされた国民は選挙権をもらって「デモクラシー万歳 !」と喜んでいるが、大衆政治となれば議員の質が低下するのは目に見えている。烏合の衆が政治家を選ぶとなれば、その当選者が持つ資質は平均以下になるのは必然で、民衆は自分が投票した人物に失望する。日本人はみんなから選ばれた代議士よりも、家柄で行政官となる武士の方を尊敬するから面白い。堕落した現在の日本でも、ある程度の判断力を備え、愛国心に燃える有権者はいると思う。ただ、そうした良質な国民は各地に散らばって住んでいるから、確固とした票田にはならない。(オウム真理教みたいに僻地に集団移動するなら別。) もし、多く居たとしても、当選させる程の数じゃないし、有徳の士が出馬してくれるとも限らない。

Harold Mackinder 1(左  /  ハロルド・マッキンダー)

  昔なら、各藩にお殿様がいたから庶民は安心して政治を任せることができた。藩主は普段から優秀な家臣を育成し、危機が来ればその中から適切な人物を抜擢することで、藩の維持・改革を実行することができた。また、一旦緩急となれば命懸けで領民を守る。武士なら平時でも有事を考えるから頼もしい。「有事は無い」という前提で政治を行う現在の国会議員とは大違い。地政学で有名なハロルド・マッキンダー卿(Sir Harold John Mackinder)が言っていたけど、真の政治家が持つ最も大切な資格は、その予見能力にあるそうだ。(H.J.マッキンダー 『デモクラシーの理想と現実』 曽村保信訳、原書房、1985年、 p.228.) 武士は軍事・外政のプロだから、常に国防や兵器開発、国力増進に敏感なのは当たり前で、諜報活動や謀略工作に関しても抜かりがない。利権目当ての国会議員とは格が違うというより、次元と種族が違っている。

  敗戦後の日本では悪平等がはびこり、僅かに残っていた武士の気風までもが「軍国主義」と共に一掃されてしまった。「デモクラシー」といっても、その実態は身分制度を破壊した残骸の上に立つ平等主義だ。権力を付託された代議士といっても、大半は“卑しさ”と“無能”を特徴とするタカリ屋に過ぎない。庶民はマスコミに扇動されやすいが、政界の現状に関しては案外冷静な意見を持っている。たとえ、自分が選んだ代議士でも、滅多に尊敬することはなく、心の片隅で「高給を貪る木偶の坊」と蔑んでいるのだ。不甲斐ない政治家に失望した国民は、「誰か素晴らしい候補者はいないものか」と嘆くけど、民衆政治の時代では「無いものねだり」となってしまう。だいいち、有能な人物は政治家を目指さない。実力が認められる業界で活躍する逸材は、愚民を相手にしたドブ板選挙なんてやらないし、女房子供まで巻き込んで有権者に頭を下げるなんて嫌だ。しかし、一般人には国家の経綸を担うエリートが必要となる。マッキンダーによれば、本来、格別に優れた頭脳の持ち主がやるべきことは、その周囲の人々をリードして、できるだけ彼らの心的負担を軽くしてやることにあるという。(上掲書 p.229.) ところが、今の日本では逆。選ばれた議員は国民に余計な負担を掛け、経済を悪化させた上に、アジア人を輸入して、社会の基盤まで破壊しようとする。本当に悲しくなるけど、末期的症状としか言いようがない。

  安倍総理は夏野剛との「ヤラセ会談」を行い、「消費税でもらったお金は少子高齢化対策や子育て支援に充てます」とか、「増税のによるダメージは様々な対策で軽減します」と暢気な戯れ言を述べていた。だが、まともな国民からすれば、「これから失政を断行するので勘弁してね !」と言っているようにしか聞こえない。そもそも、消費税をアップして景気を悪くするなら、最初からしなけりゃいいじゃないか。税負担を重くして一般国民の生活を苦しめ、将来の展望を暗くした後で、「教育の無償化により家計の負担が軽くなります !」と言われたって嬉しくない。夏野氏との対談では、お得意の「外交」とやらをアピールしていたが、安倍総理が実質的に行った「外交」といえば、アメリカに追随しただけじゃないか。つまり、トランプ大統領に気に入られ、「米国と一緒に支那や北鮮と対決します」と示しただけで、日本が自主的に何かをした訳じゃない。自民党は「安倍外交」を宣伝するが、「F35ステルス戦闘機を105機購入します」と言えば、誰が日本の首相を務めても米国からの評判は良くなる。それよりも、安倍総理には日本の国防を考えているのか、と問いたい。消費税アップで日本経済を窒息させるより、兵器開発で国内の製造業を活気づけ、日本の技術力をアップさせた方が賢明じゃないか。

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(左 : 「長州の英雄」高杉晋作 / 岸信介 / 「長州の恥」になった安倍晋三 / 右 : 「長州の政治家」と認められない菅直人 )

  夏野氏との対談で安倍総理は憲法改正への意欲を示していたが、正常な国民なら「参議院選挙で失敗して改憲なんて出来るのか?」という疑問が湧いてくる。もし、参院選挙で惨敗すれば、憲法改正どころか、安倍政権の崩壊となる可能性が高い。総理退陣後、安倍氏は長期政権を築いたことを自慢するだろうが、彼のしたことは日本経済を衰退させ、日本人の活力を奪い、忌まわしい多民族社会を誕生させ、亡国への道を整備しただけである。結局、安倍氏は首相になった祖父と外務大臣の父を持つ“お坊ちゃん”に過ぎなかった。彼は『美しい国へ』の結びに、「この国を自信と誇りを持てる国にしたいとう気持ちを、少しでも若い世代に伝えたかった」から本を書いたと述べている。(p.232) しかし、デフレ不況を悪化させた首相が、若者に「自信と誇りを持て」と発破をかけても無駄だろう。もし、こうした日本に住むことを喜ぶ若者がいるとしたら、それは安倍氏が招いたアジア人労働者である。本人の言い訳が何であれ、「アジアからの貧民が希望を持てる国」というのが、安倍総理がもたらした「日本」の姿である。長州の国民は菅直人を斥け、彼の「騎兵隊内閣」を笑っていたけど、彼らは「長州の恥」となった安倍晋三をどう思っているのか。国士であった岸信介なら、「申し訳ない」と世間に謝り、巣鴨に座敷牢を作って反省するかもね。




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