教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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支那人は日本人と根本的に違う異星人

  安倍晋三総理大臣は、長期政権を達成したと喜んでいるが、実際は時間をかけて祖国を滅ぼそうとする国賊に見えてくる。なぜなら、彼は保守派議員を自称していたが、実際は積極的に亡国政策を推し進める左翼で、「仕方ない」という背景もあったが、日本を“種族的”に改悪した張本人。しかも、天皇陛下を習近平に売り飛ばす売国奴ときている。これじゃあ、首相であった祖父、岸信介も死にたくなるじゃないか。もう死んでいるけど、墓場から蘇って愚かな孫を殺し、「天子様に申し訳ない」とお詫びして自害するかも。何しろ、社会主義にかぶれた革新官僚とはいえ、岸信介は誇りある長州の政治家だ。ちょっとくらい左翼に傾いても、祖国と皇室を裏切ることはない。「長州の恥」になるくらいなら、腹を掻っ捌(さば)いて名誉を守るだろう。

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(左 : 岸信介  / 中央 : 安倍晋三  /  右 : 菅直人 )

  ところが、孫の晋三はお坊ちゃん育ち。祖父に憧れても、やっていることは菅直人と同じ。長州の有力者は山口県生まれの菅直人を「長州出身の総理大臣」とは数えないが、いずれ安倍総理をも「長州閥」から外したくなるだろう。いくら腐った自民党にいるからといって、一国の宰相が元首を敵国に売り渡すなんて、「それでも日本人か!?」と怒鳴りたくなる。一度目でも赦せなかったのに、再び陛下を差し出すなんて、とても信じられない。朝廷との縁が深い毛利家なら、たとえ宿敵の德川家でも同盟を組んで、安倍討伐軍を派遣するぞ。長州藩には高杉晋作の「正義派」まであったから、「朝敵の安倍政権を倒せ!」という檄文が飛び交ってもおかしくはない。

Miyazawa 1Jiang Zemin 3(左 : 宮沢喜一 / 右 : 江沢民)
  平成の初め、天安門事件後の北京政府は、国際的孤立に悩んでいた。そこで、目を附けたのが日本で、国家主席の江沢民は自民党の竹下派を動かし、天皇陛下のご訪問を命じたから、勤皇派の国民は大騒ぎ。でも、当時の首相は小沢一郎に担がれた宮沢喜一で、傀儡政権なのは一目瞭然。豪腕幹事長の御機嫌取りを笑顔で行っていた宮沢喜一は本当に醜かった。あれほど卑屈な態度が似合っている男も珍しい。しかも、この総理大臣は、同世代から馬鹿にされる「徴兵逃れ」だった。何しろ、祖父の小川平吉は司法大臣を務めたこともある衆院議員。娘の「こと」はオヤジに泣き、「息子の喜一を救ってちょうだい!」と泣きついた。すると、孫の喜一は不思議なことに「有能な青年」と判断され、大蔵省で銭勘定の役職に配属された。

  一方、「これ」といったコネが無い同世代の若者は、有無を言わさず徴兵で前線送り。彼らは役所で命拾いをすした喜一を横目に、「ジイさんの差し金かぁ~」と羨む。戦後、喜一は池田勇人や吉田茂の“小姓”となり、田中派にゴマをすって総理大臣となる。この男の自慢は、東大法学部を卒業し、英語の雑誌や新聞を読めることなんだって。(アホらしいけと、ホントの話。) もし池田や吉田が生きていたら、「まさか、あいつが宰相になるなんて・・・」と絶句したことだろう。朝日や毎日新聞は暗に「お前の恥部を書き立ててもいいんだぞ」と脅し、青くなった宮沢は左翼メディアに媚びを売る。米国のエドワード・ケネディー上院議員と同じく、恥ずかしい過去を持つ政治家は、マスコミを敵に回したくないから、必要以上にリベラル派路線を突き進むものだ。したがって、北京政府の御心を忖度する朝日新聞が「天皇訪中」を囁けば、宮沢が反対する訳がない。それに、宮沢にとって天皇陛下を売り飛ばすなんて“お茶の子さいさい”だ。当時、筑波大学で教授を務めていた村松剛先生は、滅多なことでは署名活動に参加しなかったけど、宮沢の悪事に激昂し、陛下の売却に猛反対されていた。もしも、友人の三島由紀夫が生きていたら、刀を持って宮沢に斬りかかったかも知れないぞ。森田必勝(もりた・まさかつ)ならやりそうだけど。

  現在の知識人は大半が軍事音痴だけど、昔はそうでもなかった。佐久間象山とか大村益次郎はもちろんのこと、吉田松陰や勝海舟も孫子の兵学を学んだ知識人。戦略や戦術を語らせたら超一流ときている。東大や京大のボンクラ学者とは月とスッポン、同日の談ではない。一般の日本人は「戦争」と聞けば、白兵戦や銃撃戦、戦車や空母を用いた「熱戦」を頭に思い描くが、「冷戦」が主流となった近代では、大衆を動かす心理戦、人海戦術を交えた宣伝戦、通信手段を麻痺させるサイバー戦などが重要性を帯びている。こうなると、陰謀に長けたユダヤ人や支那人、ロシア人にとっては非常に有利だ。アジア大陸で鍛えられた老獪な民族は、水面下での頭脳戦が得意で、買収とかハニートラップはお手のもの。防諜組織がある西歐だって浸蝕されているし、お花畑の日本で行う陰謀に至っては、赤子の手を捻るよりも簡単だ。

Chinese 111(左  /  陽気な支那人)
  外国人労働者の流入は、防諜組織にとって悩みの種だ。大量の移民受け容れれは、当然、その中にスパイや工作員、潜在的な協力者が紛れ込む。支那人や朝鮮人の工作員は、ヤクザみたいに看板を掲げて事務所を構えない。彼らは合法的にダミー会社を作り、政治献金を通して日本の議員を籠絡し、ついでにカネと女に弱い高級官僚をも抱き込む。また、日本国籍を取ったスパイは、ヌケヌケと日本各地の不動産を買い漁り、「いざ」という時に備えて拠点を築く。山林や田畑の買収まで、外国勢力による日本の侵略は着々と進んでいる。とりわけ、人口侵略は致命的だ。例えば、沖縄で日本人の女と結婚すれば、日本国籍の取得は容易だし、その混血児は将来の「忍び」となり、霞ヶ関や永田町で権力を握るか、自衛隊に入って将校になる。これが無理なら、「人権派弁護士」になって自衛隊の基地に対する嫌がらせとか、国防軍創設への妨害、アジア人の権利擁護と移民推進に精を出す。日本で生まれ育っても、日支混血児や日鮮混血児は、日系日本人の仲間とならず、逆に我が国を貶める「内なる敵」へと変貌する。支那人は手始めに北海道や沖縄を制覇し、徐々に本土を乗っ取ろうとするから危険だ。

  温室育ちの日系日本人は、支那人に対する認識が驚くほど甘い。排斥することに罪悪感を覚えてしまうので、ちょっと人権を持ち出されれば、すぐ警戒心が薄くなる。何度も言うが、支那人というのは、“根本的”に我々と違うのだ。アメリカに住み着いた支那移民を見てみれば分かるけど、この狡猾で粘り強いアジア民族は、悪性腫瘍の如く繁殖し、移住先の社会を蝕(むしば)む。そのうえ、現地人の風習や伝統を変えようとするから質(タチ)が悪い。彼らは異民族の弱点を見抜くことに優れ、針ほどの隙間にサッと滑り込み、駱駝が通過できる程の大きさにまで広げてしまうのだ。しかも、一般人なのにスパイの素養を身につけている。というのも、普段の生活が詐欺師の訓練になっているから、容易に他人を騙すことができるし、「心を痛める」という習性が無いのだ。天性の素質なのか、それとも親からの伝承なのか、支那人は騙されぬよう常に警戒心を怠らない。ゼニや利益のためなら何でもする。アメリカ人のベテラン詐欺師が述べていたが、一番手こずるのは支那人らしい。彼らは猜疑心が強いから、ウマい話に直ぐ飛びつかず、用心に用心を重ねて話を聞く。それと対蹠的なのは日本人。平和な島で安逸を貪る特殊民族は、ネギを担いだ鴨よりもチョロい。

策略に長けた支那人

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(左 : 米国に移住した支那人労働者  /  右 : 支那移民を描いた風刺画)

  日本人は根本的に心が優しいから、危険な民族でも徹底的に排除できない。鼻水を垂らして泣き叫ぶ朝鮮人や、床にしがみつく支那人を見てしまうと、つい仏心が出てしまい、つまみ出すことに躊躇(ためらい)を感じてしまうのだ。しかし、国家の安全を確保するには、時として非情な行為に出なければならない。たとえ、それが日本人の倫理に背いても、将来に禍根を残すよりマシである。現代に生きる我々が“平穏な日々”を過ごすため、目の前の臭い物には蓋をし、厄介事は20年ないし30年後の子孫に押しつける、というのは無責任だ。たとえ、支那人や朝鮮人、東南アジア人が「人権無視だぁぁ~」とわめいても、強制的に排除する方がよっぽどいい。左翼学者やマスコミは多民族・多文化共生を称讃するが、こんな雑種社会はクラッカーよりも脆く、国民の結束など絵に描いた餅である。「多民族共生」というスローガンは、民族対立へのスパイスだ。同質社会こそ真に強い。

  我々は書物の中で描かれる支那人しか想像しないので、生身の支那人を解らない。実際の支那人は“どこか”不気味で、心の底に闇を抱えている者が多い。彼らを相手にした時、「信用」は命取りとなる。いつ裏切られるか予想できないから、「親友」になっても不信感は拭えない。支那人街で見かける移民や観光客を目にしただけでも判るじゃないか。日本人は昔から支那の古典を読んできたが、その理解は表面的で、「これは昔の話」と笑ってしまうのが常。だが、支那人の本質は数千年間変わっていないのだ。色々な例がありすぎで困ってしまうが、有名なエピソードを一つ挙げてみたい。

 皆様ご存じ、司馬光 の『資治通鑑』第294巻、補巻第五十八、漢紀五十にある話は、漢文の先生から聞いたことがあるだろう。高校生のよい子のために紹介すると、以下のような内容だ。

  晋の霊公(れいこう)は、熊の掌(て)を食べた時、よく煮えていなかったので、料理人を殺してしまった。これを知った趙盾(ちょうとん)は、霊公の暴挙を諫めたので、霊公は一旦矛先を納めた。しかし、この場では矛を納めたものの、霊公は刃向かった家臣に対して腸(はらわた)が煮えくり返っていた。そこで、この怒り狂った主君は、趙盾のもとに次々と刺客を送り込んだ。ところが、どれも失敗。逆に、霊公は趙一族の趙穿(ちょうさく)から反撃を喰らい、殺されてしまうのだ。

  数年後、趙盾が世を去ると、霊公の寵臣であった屠岸賈(とがんか)が諸将と謀って趙盾の息子、趙朔(ちょうさく)ら一族を誅殺した。殺された趙朔の妻は晋の君主である「成公」の姉ときている。当時、彼女は子供を身籠もっていた。主君の仇討ちを成し遂げた屠岸賈であったが、内心、趙一族の復讐を恐れていたので、もし、この妊婦が男の子を産んだならば、必ずや亡き者にしてやろうと考えていた。悪い予感というのは当たるもので、彼女は男児を産んでしまう。これは一大事。そこで、趙朔の友人であった「程嬰(ていえい)」と二人の食客、公孫(こうそん)と杵臼(しょきゅう)は密談し、ある一計を案じた。彼らは他人の赤ん坊を手に入れると、美しい服を着せて、山中に隠したそうだ。

  しばらくすると、程嬰は山から下りてきて、諸将のもとへと赴いた。曰わく、もはや趙氏の遺児をみてやることができない。だから、誰かが大金をくれるというのなら、その幼児が何処に隠れているのか、教えてやろうじゃないか、と持ちかけたそうだ。これを聞いた諸将は大喜び。さっそく、程嬰を先頭にして山へと向かい、彼らは子供を守っている公孫と杵臼を捕らえた。拘束された杵臼は、趙氏の遺児を殺さぬよう懇願したが、諸将は耳を貸さず、杵臼と一緒に子供を殺してしまったそうだ。ところが、これは程嬰たちの策略で、本物は別の場所に匿っていたという。十五年後、「趙武(ちょうぶ)」として成長した趙朔の遺児は、屠岸賈の一味に復讐すべく、軍隊を派遣して彼らを皆殺しにたそうだ。

  どうだろうか。大した策略じゃないが、「替え玉」を用いた詐欺といったところだろう。でも、公孫と杵臼は「どこ」で赤ん坊を手に入れたのか? 支那大陸では貧乏な親が子供を売ったり、悪党が子供を攫ったりするから、「代用品」は容易に購入できる。(興味のある人は、拙著『支那人の卑史 朝鮮人の痴史』のp.127を読んでね。) ここで注目すべきは、敵を騙すため、支那人が堂々と演技を披露することだ。普通の日本人だと、嘘がバレるんじゃないかと不安になるから、相手から見破られやすい。それに、隠した赤ん坊がどうなるのか、「殺されちゃうのかなぁ」と憐れむので、途中で計画を断念したりする。たぶん日本人なら、趙武をどこか遠い片田舎の百姓に預け、養父には赤ん坊の素性を打ち明けず、「今は面倒な赤ん坊だが、やがて成長すれば、畑仕事の手助けにはなるからさ!」と説き伏せ、「そこを何とか・・・」と頼むんじゃないか。それに、あの広大な支那大陸だ。仮に、北京で「お尋ね者」になっても、福建省の厦門とか、広東省の広州、あるいは湖南省の奥地にまで連れて行けば発見されないだろう。

  次に紹介したいのは、死んでからも復讐を遂げる支那人の話だ。

  昔、「衛」という国に「呉起(ごき)」という兵法に通じた人物がいた。以前、彼は曾子(そうし / 孔子の弟子)に学び、「魯」の君主に仕えたという。ある時、「齋」という国が魯に攻め込んだので、魯の君主は呉起を将軍にして迎え撃とうとした。しかし、呉起は齋出身の妻を持っていたので、魯の主君と人々に忠誠心を疑われたそうだ。すると、指揮官になって名を上げようと欲した呉起は、自分の妻を殺して主君の猜疑心を晴らした。そして、軍隊を率いた呉起は、齋に攻め入り、見事、敵軍を打ち破ったという。(それにしても、出世のために女房を殺すなんて、支那人というのは異常な精神の持ち主だ。)

  齋を倒して武勲を誇る呉起であったが、魯の人々は彼の陰口を叩くようになった。曰わく、呉起という男は、残忍で疑り深い奴だ。アイツの家は裕福だったが、官職に就こうと色々なところを廻ってみても、さっぱり職に就くことができなかったじゃないか、と。郷里の人々は彼を馬鹿にし、大いに笑ったそうだ。しかし、呉起は黙って我慢する輩(やから)じゃない。彼は自分を誹謗する者30人を殺し、母に別れを告げるや、その故郷を後にしたという。(「孫子呉起列伝」第五、『和譯 史記列傳』上巻、玄黄社、明治44年、p.31.)

  呉起は残忍な性格を持っていたが、戦(いくさ)上手で、人心掌握にも長けていた。彼は軍の統率者になっても、お公家さんのような振る舞いはせず、将兵と苦労を共にしたそうだ。支那の権力者というのは、他人の精神を操るのが実にうまい。例えば、兵卒が負傷したり病気になったりして、脚に「疽(そ / つまり膿<うみ>」ができると、呉起はその「ただれた箇所」を口で吸って治してやろうとしたそうだ。当然、脚の膿を吸ってもらった士卒は感感激し、これを聞いた彼の母親も呉起の温情に心を動かされ、大泣きしたそうだ。(上掲書 p.32.)

  日本人がこうした美談を耳にすれば、「立派な大将だなぁ」と感心してしまうが、これは孫子や韓非子をマスターする支那人なら誰でも知っている心理学だ。というのも、膿を吸ってもらった兵卒は、恩に報いようと必死になるし、他の兵卒も立派な指揮官のために頑張ろうとする。こうなれば、軍全体の士気が高まって勢いがつくし、自分の評判も上がるから、一石二鳥だ。権力の座に就いた支那人は、他人をうまく利用して最大限の利益を得ようとする。一方、単細胞のバカは「使い捨ての駒」になったことに気づかず、命を落とすことが多い。

  話を戻す。呉起が「魏」を去って、「楚」に走り、悼王(とうおう)に仕えていた頃の事だ。悼王はかねてから呉起が賢人だと聞いていたので、自国に逃れてくると、彼を宰相の地位に就けた。期待通り、呉起はその手腕を発揮する。彼は法を徹底し、無駄な役人をなくそうとした。さらに、遠縁の王族を排除する一方で、戦闘員を手厚く養うことにしたそうだ。こうして政治改革を断行する呉起であったが、彼の運命は好転するどころか、却って暗雲が立ち籠める結果となってしまった。楚に仕えて二年が経った頃、何と、ケツ持ちの悼王が亡くなってしまったのだ。後ろ盾をなくした呉起は窮地に追いやられる。

  どんな国に仕えても、行政改革で腐敗役人や厄介者を追放すれば、その分だけ恨みを買うことになるのは必定だ。叩き出された楚の王族、貴族、大臣は積年の怨みを晴らそうと、崩御の後に叛乱を起こし、呉起を襲撃した。復讐の矢面に立たされた呉起は、「これまで!」と観念し、何を考えたのか宮中へと逃れた。宮中の中には、悼王の遺体があり、呉起はその上に被さるように倒れ込んだ。「呉起の野郎、殺してやる!」と息巻く連中は、王様の遺体なんか眼中にない。「やっちまえ!!」とばかりに興奮する暗殺集団は、呉起に向けて矢を打ち放つ。当然、この宰相は多数の矢を受けて絶命するのだが、放った矢は亡き悼王の体にも刺さっていたから、さあ大変。

  悼王の葬儀が終わると、太子の粛王(しゃくおう)が即位した。そこで、この新国王は宰相を呼び寄せ、呉起を射殺し、王の遺体に矢を放った者すべてを誅殺せよ、と命じたそうだ。この処刑命令により、70家族くらいの者達が命を失ったという。(上掲書 pp.35-36.) 支那では、一人が罪を犯せば、連座制で一族皆殺しが普通なので、相当な数に上ってもおかしくはない。支那の一族といえば大家族であるから、両親兄弟はもちろんのこと、祖父母や従兄弟、伯父叔母、再従姉妹(はとこ)、親戚の赤ん坊や子供、高祖父とか玄孫まで、「罪九族に及ぶ」らしい。つまり、九親等まで悉く殲滅、というから何とも凄まじい。我々は日本に生まれて本当に良かった。

  この話で刮目すべきは、死を悟った呉起が復讐を太子に任せたことだ。日本の武士だと踵(きびす)を返し、「是非に及ばず!」とか「返り討ちにしてやるぞ!」と叫んで斬りかかる。例えば、室町末期の足利義輝(よしてる)の最期は有名だ。三好三人衆と松永久通が率いる軍勢に取り囲まれた義輝は、徹底抗戦を決意した。そこで、この将軍は薙刀(なぎなた)を持って奮闘したというが、一説には、自分の周囲に数本の刀を用意し、襲ってくる敵兵をバッタバッタと斬り殺したらしい。というのも、一振りの刀で斬れる数は限られているので、持っている刀が刃こぼれすると、次の刀を摑み、再び反撃にかかったそうだ。しかし、多勢に無勢。観念した義輝は、部下に火を付けるよう命じ、寝殿にて自刃したという。

  策略だけに長けた青白い支那人は、武力を以て立ち向かうことができない。だから、土壇場になると見苦しく、それでも悔しいから、他力本願で仕返しを謀る。せめて、最期くらいは潔く観念し、辞世の句でも詠めばいいけど、支那人だとそんな発想は全く無いし、問答無用で首を刎ねられるのがオチだ。だから、支那人は滅多に諦めない。たとえ、最大のピンチとなっても、何とか生き延びようと考える。例えば、悪事をはたらいた官僚が、政敵に追い詰められたとする。ところが、この焦った役人は、意外な事を思いつく。「お願いだ。この世の別れに桃が食いたい」と懇願し、1%以下の逆転劇に期待するのだ。もし、襲ってくる奴が自惚れ屋の馬鹿だと、「まあ、いいだろう。喰わせてやる。ちょっと待ってろ!」と余裕を見せるから、その瞬間にチャンス到来となる。彼の部下が季節外れの果実を持ってくる間、この役人は相手を懐柔し、何らかの取引を提案したりする。支那人は欲の皮が突っ張っているので、「確かに、ただ殺してはもったいないなぁ。もし、こいつの話が本当で、もっと儲かるなら、命だけは助けてやってもいいかなぁ~」と計算するので、処刑が延期される場合がある。「討死」とか「玉砕」というのはアホがすることで、頭のいい支那人は絶対選ばない。

  こうした狡猾な支那人が大量に移民してくれば、お人好しの日本人なんかイチコロだ。直ぐに丸め込まれ、骨までしゃぶり尽くされてしまうだろう。長期滞在や結婚を通しての帰化に成功した支那人は、次々に子供をもうけ、一族の繁栄を日本で成就する。そして、日本で生まれ育った支那人二世は、堂々と選挙に出馬し、地方議員や国会議員になれば、権力の座を独占しようとするはずだ。また、別の者は大学教育を受け、司法試験に合格して裁判官や検事になるし、真っ赤な奴は左翼弁護士になって、同胞の移民を助け、更なる勢力拡大を目指す。支那系国民は自衛隊にも浸透するから、防衛大学校の校長はもちろんのこと、陸海空の幕僚や方面軍司令官の補佐官になったりする。さらに、防衛省に潜り込んだ支那系官僚とグルになる可能性もあるから、日本の防衛機構はシロアリの住処と化す。想像したくないが、このまま多民族社会が発展すれば、宮内庁の長官とか、内閣官房長官、内閣法制局長官、財務省事務次官、日銀総裁などにも、日支混血児が就任する虞(おそれ)がある。将来、北京を訪問する日本の外務大臣が、「劉」とか「周」といった名前の持ち主じゃ、背筋が寒くなるよねぇ~。もしも、立憲民主党の「謝蓮舫」が祖国の台湾を訪問したら、現地の台湾人は「国民党の議員が来たぞ!」と勘違いするんじゃないか。(案外、この「誤解」は間違いじゃなく、蓮舫は「日本人」に扮した北京政府のエージェントだったりしてね。)

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(左 : カナダの支那系国民  /  右 : オーストラリアに移住した支那人家族)

  大半の日本人は、支那人やアジア人移民が日本国籍を取得すれば、「日本人」みたいになると思っている。しかし、これは大間違い。「Big No」どころじゃなく、「狂気」×「愚行」の100乗だ。たとえ、日本人の母親から生まれても、支那人の血が混じれば「支那人」にしかならない。黒人と白人の混血児が「白人でない」のと一緒。したがって、支那人やアジア人との混血児が増えたからといって、日本人の「増加」とはならず、むしろ「減少」と考えるべきだ。支那人の血統に属する子供は、自然と異邦人になる。彼らは自分のアイデンティティーに悩み、「俺の親は支那人だ。よって、俺は完全な日本人じゃない。日系土人が支那人を毛嫌いするのは民族差別だ。それに、土人どもが崇拝する天皇なんか、絶対に認めないぞ ! あんなの穀潰しじゃないか! どうして、あんな奴に税金を使うんだ?」と、彼らは憤る。いくら日本の学校で教育を受けても、所詮、アジア系混血児は無意識的に劣等感を抱く。彼らが日系人のナショナリズムに反撥を覚えてしまうのも無理はない。多民族主義者は日系人に対し、やがて移民の子は日本に「同化(assimilation)」するんだ、と吹聴するが、そんなことはないだろう。こんなヨタ話は、教科書の中でのみ通用する妄想だ。意識は肉体に従うものである。異民族を大量に受け容れた、ブリテン、フランス、ドイツ、カナダ、オーストラリアの惨状を見れば判るじゃないか。

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(左 : 外国に住む支那人家族   / 右 : 米国で働く支那人クーリー  )

  日本の保守派は「防禦」のみに専念し、「攻撃」にまで頭が回らないから、支那人に敗北するんじゃないか。ボクシングだって、ディフェンスばかりじゃ勝てないだろう。積極的な攻撃が勝利への鍵となる。支那人や朝鮮人に対して情けは無用。可哀想に思えても、決して容赦しないのが鉄則だ。左翼が何と言おうとも、「支那人や朝鮮人は嫌い !  厭な奴らと一緒に暮らす義務は無い! そんなに奴らが好きなら、お前らが支那や朝鮮に移り住め!」と言ってやればいい。どうして彼らは支那人街や朝鮮部落に自宅を構えないのか。日本の左翼は日系人の排外主義を糾弾するが、自分の支那嫌いや朝鮮蔑視は棚に上げているから狡い。昭和の頃には毛沢東の支那を称讃する進歩的文化人が多くいたけど、日本国籍を捨てて支那へ移住した知識人なんて聞いたことがない。朝日、岩波、NHK、東大に居坐るチャンコロ屋は、死ぬまで日本にしがみついていたから、案外、彼らの方が熱心な日本愛好者なのかも知れないぞ。



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