教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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災いをもたらす外来生物に情けは無用 !

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  前回、歐米諸国で差別される支那人を取り上げたが、我々は他国に住み着く支那人に対し、別の角度からも考察して冷静に判断せねばならない。先ず第一に、あの支那人が「差別」を受けたからといって、なぜ我々が心を痛める必要があるのか? そもそも、支那人の方が何千年も前から、他人や異民族を差別しているじゃないか。彼らは自国でウィグル人やチベット人を迫害し、臓器を摘出したり、牢獄に閉じ込め、更には公然と大量虐殺を行っている。しかも、これに抗議する者は少なく、ほとんどの支那人は黙認するか無視するかのどちらかだ。日常生活での差別も当たり前で、他人が道路に倒れていても知らぬふり。たとえ介護する者がいても、それは泥棒の類いで、意識の無い通行人を助けるわけじゃない。「大丈夫ですか?」と言いながら、その懐やポケットに手を突っ込み、金目の物はないかと探す始末。たとえ財布が無くても、腕時計やブレスレット、指輪などがあればシメたもの。意識を取り戻さないうちに、急いで奪って逃げてしまう。

  一般の日本人は遠慮して言わないが、支那人には他人への「思いやり」なんて微塵も無い。もし、黒人の間にコロナウィルスが拡散し、黒い旅行者が武漢や上海の病院に収容されたと聞けば、支那人は黒人を見つけ次第、「俺に近づくんじゃない ! この黴菌野郎!!」と罵るはずだ。支那人には人道主義とか人権意識なんて更々無く、「親切」というのは身内だけに適用される徳目だ。この暗黒大陸には「昔から国民が受け継ぐ世襲の権利」というものはゼロ。というより、支那人の理解を超えているから、木星での嵐みたいなものである。ところが、日本の政治家は支那人に首ったけ。自民党の二階俊博なんか、日本の安全より支那に対する「愛情」の方が上回っているのか、子分の小池百合子に命じて防護服を習近平様に献上するそうだ。そして、京都や静岡、大分市、鹿児島市、熊本市などに潜むチャンコロ屋も、赤い幹事長に倣ってマスクや防護服を提供するらしい。これから日本で感染者が増えるというのに、支那人の心配をしているんだから、もう馬鹿としか言い様がない。ところが、絶大な権力を誇る菅義偉も「支那人ファースト」なんだから、まともな国民は天を仰ぎたくなる。この左巻き官房長官は、「困ったときこそ真の友」と述べて北京政府を支援するそうだ。普通の日本人だと「この売国奴 !」と叫びたくなるが、自民党の重鎮は「支那利権」にどっぷりと漬かっているから、その旨味を手放せないのだろう。

  日本の一般人は、ヨーロッパで支那人が差別されていると聞けば、「やっぱり、白人は人種偏見の持ち主だよなぁ~」と思ってしまう*(備考)。 確かに、ヨーロッパの白人は有色人種に対して根強い偏見を持っている。しかし、差別は世界中至る所でで蔓延し、何もヨーロッパにだけに限った感情ではない。日本人は熱心に歐米社会の事情を勉強するから、どうしても白人の差別意識に敏感になってしまう。つまり、好きな外国人だから嫌われると激昂し、ストーカーのように“恨み節”となってしまうのだ。例えば、もし、日本人女性が来日した真っ黒のガーナ人や髭面のトルコ人と面会し、「あなたはそんなに美しくない。私の国にはもっと魅力的な女性がたくさんいる」と言われれば、「じゃあ、日本に来ないで、あなたの故郷に留まればいいでしょう !」と言い返すはずだ。そして、二度とガーナ人やトルコ人とは接触しないし、彼らの国を旅行することもないだろう。第一、元々興味の無い国だから、1、2週間もすれば彼らの侮辱を忘れ、「どうでもいい」過去となるんじゃないか。

  (備考) 日本人の「反西歐感情」や「白人嫌悪」は、冷戦時代にロシア人や支那人から植え込まれた意識で、ここでは詳しく解説できないが、大まかに言えば、「単純な馬鹿」を利用する謀略・思想戦の一環だった。保守派国民の一部には、大東亜戦争で負けた悔しさから反米感情を抱く者がいたし、知識人の中には歐米に留学した時に馬鹿にされたことを恨み、その私的な怨念を公的な憤慨に変えて「反骨の知識人」を演じていたものだ。英米と日本を衝突させて、漁夫の利を得たスターリンを思い出せば解るのに、日本人の大半は未だにその策略に気がつかない。戦後、これを知って反省したのが、三田村武夫の本を読んだ岸信介。隠れ共産主義者に人種的憎しみを吹き込まれた学生や右翼は、「アジアは一つ ! 西歐帝国主義を打倒せよ !」とか、「白人に対抗すべく黄色人種で団結しよう !」と叫んだ。しかし、それが如何に愚かな考えだったかは、皆様ご存じの通り。ただし、西尾幹二などは今でもチャンネル桜でわめいている。もう、極東に派遣されたロシア人工作員と赤い協力者の笑い声が聞こえてくるじゃないか。

  日本人はヨーロッパでの差別事件を殊さら非難するが、それなら、日本人でパキスタンとかシリア、アラビア、タジキスタン、チェチェン、エリトリア、ナミビア、ガボンの社会を詳しく調べ、各国が持つ二千年間の歴史を勉強したことがあるのか? 普通の日本人だと、「トルクメニスタン」とか「モーリタニア」の社会について質問されても答えられないし、地図上で何処にあるのか示すことすら出来ない。以前、ある高校生や大学生にネーデルランドにおけるスリナム移民の話をしたら、「スリナムって何ですか?」という質問を受けたことがある。筆者が「南米にある国で、ガイアナの隣だよ !」と教えても、「へぇ~、そんな国あったんですかぁ~」と初耳みたいな反応であった。筆者がたまたま無知な青年を相手にしたのかも知れないが、疑う人は試しに近くの工場か商店街に行って、中高年のオッちゃんやオバちゃんに尋ねてみよ。たぶん、「そんなの知らない」と答えるはずだ。なぜなら、興味が無いから。一般の日本人は、プロ野球選手の出身校や打率、俳優の恋愛遍歴、アイドル歌手のゴシップ、ゲーム・ソフトの種類に関しては驚くような知識を持っているが、ユーラシア大陸の歴史とか宗教に関しては驚くほど疎い。

  日本人が持つ外国への知識は偏っており、アフリカにはほとんど興味を示さず、どんな歴史があったのかさえ関心が無いのだ。アメリカ人やイギリス人の虐殺行為を知っている人でも、アフリカでの残虐行為や独裁政治については勉強せず知らぬ顔。アフリカには“とんでもない”暴君が次々と出現し、話を聞くだけでもウンザリする。例えば、ジンバブエのロバート・ムガベ(Robert Mugabe)大統領やウガンダのイディ・アミン(Idi Amin Dada)大統領は悪名高く、日本人でもその残虐性を耳にしたことがあるだろう。赤道ギニア共和国では共産主義者のフランシスコ・マシアス・クゲマ(Francisco Macias Nguema)が権力を握り、反体制派を粛清して恐怖政治を敷いていた。しかし、1979年8月、彼は甥のテオドロ・オビアン・ンゲマ(Teodoro Obiang Nguema)による軍事クーデタで失脚する。そして、権力の座を失った独裁者は、裁判に掛けられて処刑となった。ただし、妻と子供はクーデタの前に北鮮へ亡命していたという。ところが、このテオドロも権力の亡者で、国民に個人崇拝を強要し、連続当選を遂げて未だに大統領だ。さらに呆れるのは、「良心的リベラル派」のオバマ大統領が、ミッシェル夫人を伴ってこの極悪人を訪問し、一緒に記念撮影と洒落込んでいたことである。まぁ、オバマ自身がマルキストだからしょうがない。

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(左 : ロバート・ムガベ  / フランシスコ・マシアス・クゲマ  / オマー・アル・バシャー  /  右 : サニ・アバチャ )

  アフリカには他にも独裁者があちこちにいて、チャドのイドリス・デビー(Idriss Deby)とかスーダンのオマー・アル・バシャー(Omar Al-Bashir)などが直ぐ目に浮かぶ。軍事クーデタでナイジェリアの政権を握ったサニ・アバチャ(Sani Abacha)将軍も、普通に圧政と暴政を楽しみ、支配下の国民は塗炭の苦しみを味わっていた。ところが、天罰が下ったのか、1998年6月4日、アバチャ将軍は“心臓発作”で急死。彼が亡くなったとの“悲報(吉報)”を受けた国民は大喜び。恐怖に怯える民衆は、“天の恵み”なんじゃないかと欣喜雀躍。しかし、どうも、この軍人独裁者は「暗殺」されたようだ。作家で法律家のマックス・シオロン(Max Siollun)によれば、三人のインド人娼婦と“寝転んで”いる時、誰かが林檎(一説には「アップル・ジュース」)に毒を仕込んだらしい。また、別の憶測によれば、売春婦との「悦楽」を継続するため、彼はよくバイアグラ(Viagra)を服用していたので、その過剰摂取による心臓発作なのではないか、と考えられている。いずれにせよ、独裁者の死は国民から歓迎されていた。

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(左  :イドリス・デビー  / 中央 : イディ・アミン  /  右 : テオドロ・オビアン・ンゲマ )

  脱線したので話を戻す。なるほど、西歐人は差別心が強いが、その一方で、異邦人を容易く受け容れてしまう性質を持っている。実際、あれだけの移民や難民を受け容れてしまうのは、異邦人を拒絶できない「良心」を持っているからだ。ドイツ人はトルコ人やアラブ人を受け容れて人種的に変質してしまったし、スウェーデンはもうボロボロの状態で目を覆いたくなる程の惨状だ。例えば、道端に手榴弾が落ちていて、それが何であるか判らず、一般人が拾ってみたら大爆発、という事件まであり、それによる死亡者や負傷者が各地で出ている。なぜかと言えば、東歐からの移民が闇ルートで武器を密輸するからだ。紛争で余った中古兵器がストリート・ギャングに渡り、その“とばっちり”で庶民が被害者になっているというわけ。日本人も自国を外人から守ることができない「お人好し」の民族で、日本は世界で最も「侵掠されやすい愚劣国」となっている。

歐洲に浸透する支那人

  歐洲のマスコミによれば、支那人はフランスのみならず、イタリアでも差別されているという。だが、支那人の行動様式を知る日本人が聞けば、「まぁ、仕方ないだろう」と突き放すんじゃないか。確かに、理不尽な差別もあるから、現地の支那人が抗議するのは分かる。例えば、ヴェネチアでは支那人の観光客が唾を吐きかけられたし、トリノでは疫病の保菌者と罵られたそうだ。ミラノでは、母親達が学校に通う子供に対し、「支那人のクラスメイトに近づいちゃ駄目よ」と言い聞かせたらしい。("Chinese communities warn of Italy racism over virus", France 24, 31 January 2020.) 3万人の支那人がいるミラノに暮らし、現地の支那人ビジネス組合に属するフランチェスコ・ウーは、こうしたイタリア人の態度に激昂し、「無知と潜在的差別が入り交じった行為だ」と反撥していた。

  しかし、イタリア人の立場からすると、これはやむを得ない。イタリア人には国内に留まった支那人と、故郷から戻ってきた支那人の区別はつかないし、たとえ、目の前の支那人が一度も武漢や上海に行ったことがなくても、彼の家族や親戚が支那へ渡航し、封鎖前に帰国したとすれば、二次感染の危険性はある。実際、支那大陸では、ウィルスに感染した子供が自覚症状のないまま生活し、周囲の者にウィルスをまき散らしていたという事例もあるのだ。一般的に、支那人は同族で集まることが多いし、春節のお祝いになれば、親戚、友人、隣人を集めて大宴会だ。しかし、その中に誰か一人でも罹患者がいると、夕食やマージャンをしている最中に飛沫感染が起こり得る。そうなれば、あっという間に同席者は感染だ。むしろ、支那人の実態を知る同胞の方が警戒するんじゃないか。それに、一般のイタリア人には、どの支那人が大陸に渡航し帰ってきたのか判らないから、全ての支那人がウィルス感染者に見えてしまうのだ。そもそも、武漢に家族や親戚がいるイタリア人って、総人口の何割を占めるんだ? そんなのは、イタリア国籍を取得した「支那系イタリア人」くらいだろう。

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(写真  / 風光明媚なイタリアの街 )

  もう一つ、イタリア人が支那人を嫌う理由は、その移民労働者の数にある。2018年の時点で、イタリアに住む支那人の総数は約30万人だという。しかし、支那人が集まるのは金儲けができる楽園で、ミラノやローマ、フィレンツェといった都市部だ。とりわけ、被服産業が盛んなプラートには支那人が多い。「プラート(Prato)」は古代エトルリア人が住んでいた地域で、緑豊かなトスカーナ州に属するファッショナブルな都会である。このトスカーナ地方にはフィレンツェを始めとして、ピサ、リヴォルノ、ルッカ、アレッツォ、ピストイアといった風光明媚な街があるので、日本人観光客にも人気のスポットだ。

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( 写真 /  イタリアに移住した支那人と毀損した街並み)

  ところが、この御洒落なプラートに温州人が大量に移住し、汗臭い支那人が働く工場が現れた。支那人というのは砂糖に群がる蟻、あるいは鮮血に反応する鮫の如き民族なので、銭の音にも敏感だ。かつて、イタリア人少年の「マルコ」は母を訪ねて三千里の旅をしたが、支那人は子供でも銭を求めて三万里以上を歩く。彼らは言葉や風習が違っても気にしない。豊かな生活を渇望する貪欲なジプシーだ。たとえ、遠いヨーロッパでも仲介業者に頼めば、JTBよりも素早く移住の手配をしてくれる。しかし、2005年、イタリア政府は支那移民の“奇妙”な生態に気づく。千人以上の支那人が移民登録を済ませたのに、たったの三人しか死亡者がいないのだ。確かに、この死亡者数はおかしい。そこで、プラートの地方当局は、もしかしたら、支那人マフィアが遺体処理をする代わりに、死者の旅券をもらったんじゃないか、と推測した。(Daniel T. Max, "The Chinese Workers Who Assembled Designer Bags in Tuscany", The New Yorker, April 9, 2018.) たぶん、移民ビジネスを展開する闇業者の連中は、こうして得た旅券を新たな入国者に販売し、不法入国の仕組みを作っていたのかも知れない。イタリア人の役人だと、支那人の顔は皆“同じく”見えてしまい、本人と他人を識別・区別できないから、支那人マフィアはこの「盲点」を突いた訳だ。

    日本でもそうだが、第三世界からの移民は、先進国の労働者にとって強力なライバルとなる。何しろ、後進国の生活水準は低いから、下っ端の労働者は3K職場でも平気だし、低賃金でも文句を言わず黙々と働き続ける。特に、支那人は「労働者の権利」よりも「1ドルでも多い給料」を求めるから、長時間労働でも受け容れるし、残業代がつけば夜勤だってOKだ。とにかく、イタリアの労働条件を知った支那人は驚いた。イタリア人は1年に7週間の有給休暇を貰え、5ヶ月間の育児休暇もある。これなら、支那人が殺到しても不思議じゃない。日本だと、42万円の「出産一時金」とか「児童手当」、「児童扶養手当」が貰えるうえに、たった三ヶ月間の滞在で「国民健康保険」に加入できる。たとえ、事故や急病で倒れても、直ちに救急車でERに運ばれ、高度最新医療を受けることができるんだから、もう地上における天国だ。支那大陸には生き地獄しかないのに、嫌いな日本に来ると貴族的生活が待っている。一方、日本人の患者は、余計な支那人が来院したせいで長時間待たされ、看護婦さんも患者が増えて忙殺状態。大勢の患者を押しつけられた医者だって、黴菌と過労で倒れてしまいそうだ。

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(左 :  ダニエル・T・マックス / 右 : イタリア当局のガサ入れを受けた支那人の工場 )

  イタリアでも支那人の長時間労働や低賃金、違法操業は問題となっていた。支那人の工場を取材したダニエル・T・マックス記者は、ある支那人経営者に話を聞いてみた。13歳の時に温州からイタリアへ移住した「エンリコ(仮名)」は、大勢やって来る支那人のライバルをものともせず、プラートで工場を営んでいる。彼は一度もプラートを去る気は無かったらしい。エンリコは異国の地で一旗揚げようと鼻息を荒くする。イタリア人は1日7時間か8時間しか働かないが、支那人は非常に“勤勉”なので、彼の工場では12時間労働を目指すそうだ。(つまり、支那大陸からの家畜的人間を奴隷にして、目一杯搾取するつもりなんだろう。)

  支那人が所有する製造工場は、不法移民を使って違法すれすれの勤務をさせているので、しばしば行政の査察を受けるそうだ。しかし、こんなガサ入れは屁でもない。たとえ、支那人従業員が捕まっても、長期間の勾留はごく稀だし、支那国民であるとの確固たる証拠が無いから、支那へ送還する事は不可能。低賃金労働者を支那から密輸するブローカーは、「商品(支那人の不法移民)」を目的地に届ける時、身分がバレる書類は全て破棄させる。そうすれば、仮に逮捕されたとしても、何処の誰だか判らないので、地元の移民局は追放したくても追い払うことができない。確かに、福建語とか広東語を話しているから「支那人」と推測できるが、北京政府に対して「証拠」を提示できないから、支那へ送還すことができないのである。

  こうして警察の摘発を封じ込める支那人は、用心しておとなしくなるどころか、益々大胆となり、更なる利潤を求め、「外人労働者」を輸入しようと考えた。支那人が経営する地下工場は、「ユニクロ」も青くなるほどのブラック企業で、温州人よりも安いシリア人とかパキスタン人、セネガル人を雇っている。支那人が経営する工場だから仕方ないが、工場労働者の扱いは本当にむごい。重労働なのに、月給はたったの1,200ユーロほどで、他にこれといった特典や福祉は無い。それなのに、従業員の監視役にあたる班長は、工員に向かって「もっと手早く作業をこなせ! もたもたしてないで生産性を上げろ !」と叱り飛ばす。だが、班長の怒鳴り声が響く職場は、震えるほど寒く、まるで強制収容所みたいになっている。

「メイド・イン・イタリー」はイタリア人による製品だ !

  日本人はブランド品が大好きだ。フランス産のワインとかイタリア製の靴、イギリス人の仕立屋に作らせた背広、スイスのマイスターが作った腕時計など、高値であっても喜んで買っている。しかし、それは熟練の職人が丹精を込めて作っているという“前提”を信じているからで、薄暗い地下室で“いかがわしい”支那人が作っているからではない。しかし、イタリアのブランド品メーカーは、“言いにくい”事情を抱えているようで、密かに支那人労働者を“当て”にしているそうだ。建前上、「クロエ(Chloé)」、「バーバリー(Burberry)」、「フェンディ(Fendi)」、「プラダ(Prada)」、「サン・ローラン(Saint Laurent)」、「シャネル(Chanel)」といった有名ブランド・メーカーは、品質管理を徹底していると公言するが、何割かのパーツを下請けに作らせている。先ほど紹介したエンリコの工場では、「プラダ」のブリーフケースや「ドルチェ & ガッバーナ(Dolce & Gabbana)」のショルダーバッグを作っているそうだ。ただし、全部ではなく、委託を受けて幾つかのパーツを作っているだけ。

  それでも、全部が職人技による製品なのか疑わしい。「ルイジ」という別の支那人も、下請け工場を経営しているそうで、「グッチ(Gucci)」の商品に使われるパーツを作っているそうだ。ただし、彼が雇う支那人はイタリア人の職人と違って、かなりの低価格で仕事を請け負っている。例えば、ある繊維製品を作るのに、1m当たり15ユーロのコストが掛かっているという。しかし、ルイジの会社が何メートル作ろうが、依頼主は10ユーロくらいしか払わない。別の皮製品を作っても買い叩かれるだけで、適正な価格は期待できないという。

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(写真  /  イタリアの工場で働く支那人労働者)

  TVジャーナリストのサブリナ・ジアニーニ(Sabrina Giannini)は、支那人のいかがわしい工場を取材する中で、グッチの仕事を引き受けるイタリア人の話を聞いたそうだ。この職人はグッチからの依頼を受けて1個24ユーロでバッグを作ることになったが、その手間賃では割が合わないので、彼はその仕事を支那人の下請け業者に廻したそうである。支那人の工場なら、従業員(職人?)は1日14時間も働くし、賃金だって彼の半分だ。ところが、こうした闇工場で作られた「ブランド品」は、市場で800ドルないし2,000ドルの値段で販売されているという。グッチの本社はサブリナの取材を“間違った情報”に基づく誤報と反論し、製造現場の実態を示す証拠は何も無いと言い放った。グッチは自社のサプライ・チェーンに気を配り、下請け会社にも注意を怠らないそうである。

  しかし、近年、有名な大手メーカーは、アウトソーシングする際、そうとう神経を尖らせている。なぜなら、劣悪な条件と低賃金で、支那人労働者がこき使われ、長時間労働を強いられていると暴露されたからだ。こうした違法操業はイタリアで社会問題となり、行政当局は摘発を強化するようになった。だが、そこは“やはり”支那人。対策には“抜かり”が無い。支那人の工場経営者は、イタリア政府の検査官を懐柔するため、イタリア人のビジネス・パートナーを確保し、工場の中にも数人イタリア人社員を配置しているそうだ。こういった状態にしておけば、検査官が踏み込んでも無茶なガサ入れはしないし、問題が発覚しても適当なところで妥協してもらえる。つまり、支那人が交渉役になるよりも、イタリア人の相棒に対処してもった方が得、という訳だ。

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(左 : イタリアに住み着いた支那人の移民  /  右 : 「イタリア人」になったつもりの支那人)

  支那人の製造業者が現れたことで、イタリアの職人は危機感を募らせている。「イタリア製」という「ブランド力」は、イタリアの職人が長い時間を掛けて地道に積み上げてきた実績である。したがって、イタリア人は支那人による「イタリア製」を認めない。いくらイタリアで作っていても、それが支那人の手による代物なら、それは「支那製品」とすべし、との主張だ。皮製品を手掛けるシモーナ・イノセンチという女性職人は、支那人の流入に腹を立てていた。廉価な労働者が入ってきたせいで、バッグを作っていた彼女の夫は競争に負けてしまい、挙げ句の果てに職を失う破目になったという。シモーナは支那からの新参者に苦言を呈していた。「彼らは模倣し、複製品を作るだけで、オリジナルの物は何一つ作らないのよ。支那人は猿みたいだわ!」(上掲記事)

  確かに、支那人はコピー商品を作らせたら天才だが、オリジナル作品を求めれば凡庸と判る。ただし、模造品にもバラツキがあって、巧妙な贋作から杜撰なパクリ商品まで様々。例えば、支那人が「フナッシー」のような“ゆるキャラ”グッズを作ると、さらに“ゆるい”偽物となり、何がオリジナルなのか判らず、「これ、何かの新キャラ」と思えてしまうことがある。(ある意味、逆に「オリジナル作品」となったりして。) これより酷いのは、フランスのブドウ畑と老舗のワイン・メーカーを支那人が買収することだ。日本人が「フランス産のワイン」と聞けば、熟練のフランス人が芳醇な葡萄酒を作っていると勝手に想像する。だが、もし、支那人の経営者が廉価な同胞を雇って、水虫だらけの素足で葡萄を踏みつけ、「高級ワイン」を作っていたら、どう思うのか? たぶん、無料の「ボジョレ・ヌーヴォー(Beaujolais nouveau)」と聞いても、気持ち悪くて飲めないだろう。「ロワール(Loire)」地方の香りじゃなく、足裏の臭いがしてきそうで、ゾっとする。

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(左 : イタリアの警察官と衝突する支那人  /  右 : ヨーロッパを旅行する支那人観光客)

  支那人が「メイド・イン・イタリー」の商品を作ると、イタリアのブランド・イメージを損ねるばかりか、イタリア人社会にも損害を与えるそうだ。支那人が大量に雪崩れ込んだプラートでは、地元のイタリア人が大激怒。曰わく、「支那人は我々の街にギャングの抗争と犯罪に加え、ゴミを持ち込んだ」、と。確かに、支那人が住み着くと街は汚くなり、全体の治安が悪くなる。支那人がうろつくだけでも吐き気がするのに、そのうえ犯罪まで持ち込むんだから、イタリア人が不満を爆発させるのも当然だ。支那人による害悪を挙げれば切りが無いけど、幾つか言うと、まず支那人の工場経営者は、従業員の福祉・厚生を守らず、違法操業のし放題。さらに脱税なんて当たり前。支那人の経営者が動かす裏金は、約50億ドルとも言われ、支那の銀行を通して本国に送金されたそうだ。貯め込んだ資産の大半は、税務申告されていないビジネスの“上がり”で、偽ブランド商品やバーゲン製品、適当に作った衣料品などを売って儲けたヘソリクらしい。

  支那人というのはユダヤ人と同じタイプで、魅力的な外国を見つけると、そこにタカって死に物狂いで努力し、夢のような大金を儲ける。たとえ、地元民から嫌われようがお構いなし。「武士は食わねど高楊枝」なんてのは、誇り高い日本人だけが実践する徳目だ。「利益最大、経費最小」が支那人のモットー。イタリアの一般人は、支那人が学校や病院の維持管理を負担しないで、その利益だけを享受すると非難していた。しかし、支那人の方から見れば、外人にも公共施設を使わせたり、高級な行政サービスを低料金で提供するイタリア人が間抜けなだけだ。支那人は自分が快適な生活を持てればそれでいい。彼らはイタリアに住んでも、自分達の風習を変えることはせず、勝手に支那人社会を作るし、自由気ままな行動を取る。イタリア人も呆れていたが、彼らは「箱型自動車」のバン(van)に乗って工場を次々と巡り、バンドエイドからタンポン、鶏肉までを売り歩く。しかも、バンの後部には、ちゃんと炊飯器まで置いているのだ。さぁ~すが、支那人。臨機応変、準備万端だ。

Zhang Nai Zong 2(左  / 張乃忠 )
  チャイナタウンの出現に腹を立てるイタリア人は、支那人がちゃんと税金を払っていない、と憤るが、彼らは別の「税金」をきちんと納めている。ただし、税務署ではなく暴力団に。2018年1月、プラートを拠点とするチャイニーズ・マフィアのドンにして、「ゴッド・ファーザー(padrino)」とも呼ばれた「張乃忠(Zhang Naizhon)」がイタリアの警察に捕まった。治安当局によれば、プラートにある支那人工場の八割が張の組織にシャバ代(庇護料)を払っていたそうで、イタリアで勢力を伸ばす張は、麻薬の密売や売春、賭博にも手を染めていたらしい。一方、プラートの支那人は、張の逮捕を支那人に対する“嫌がらせ”と考えていた。ある支那人の工場主は、警察の“ガサ入れ”を受けた際、自前の拳銃を警官に向けたそうだ。しかし、これは後に「オモチャの拳銃」と判明した。

「支那人」と「仲間」になってしまう恐怖

  色々述べてきたが、支那人を受け容れると本当にロクな事がない。彼らを輸入する企業は儲かるかも知れないが、その弊害は甚大で、“とばっちり”を受けるのは、いつも庶民の方である。(一体、何割の一般人が支那人をもとめているのか? ) 安倍政権に潜む売国奴議員や日本を嫌う左翼議員は、観光業者の利益を優先して個人の観光客を入国させたが、一般国民は「いつ武漢肺炎に罹るかわからない」と不安な日々を過ごしている。しかも、日本は支那大陸に次いで第二位の感染者数を誇っているのだ。この患者数により、歐米諸国は日本を「感染地域」と判断し、日系日本人までを“危険外国人”と見なすようになった。イタリア人やフランス人は、日本人と支那人との区別が付かないから、ヨーロッパを旅行する日本人を目にすれば、「あっ、ウィルス保持者だ!」と思うし、子供連れの母親は“あの東洋人”に近づかないよう我が子に諭す。したがって、日本人観光客はイタリアのブテックに入店すれ、周囲の客から妙な目つきでジロジロ見られるし、在仏の日本人留学生も、食堂や電車の中で理不尽な差別に遭う可能性がある。

  こうした差別や偏見を外国で味わえば、「なんで私を黴菌みたいに扱うの!」と腹立たしくなるが、日本人は徐々に支那人や朝鮮人と融合し、「アジア人」となっているから仕方がない。一般の日系人は自分を「アジア人」とは思っていないが、歐洲や北米では支那人や朝鮮人の「仲間」と思われやすい。実際、大勢の支那人や朝鮮人が日本国籍を取得しているから、彼らは歐米で「日本人」と見なされている。例えば、イタリアの街角で立ち小便をしたり、道端に痰を吐き捨てる支那人でも、日本の旅券を持っていれば、現地の住民は「何だ、あの日本人は !  そこら辺に小便や痰をまき散らしやがって! さっさと、国へ帰れ !」と激怒するに違いない。また、帰化朝鮮人がアメリカの大学に留学し、白人からの差別に耐えかねて、「アイゴォォ~」と銃の乱射を行えば、「日本の大量殺人鬼」として報道されるだろう。現地の日本人は苦々しく思うけど、事情を知らないアメリカ人は、「日本人と付き合うのはやめておこう。彼らは危険だから、会っても話さないようにしなきゃ」と考えるはずだ。

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(左 : オーストラリアに帰化した支那人家族  /  右 : カナダ人になった支那人)

  しかし、日系日本人の駐在員や留学生は、アメリカの友人に対し「いやいや、あれは帰化鮮人で、日本人じゃないんだ。一緒にされては困るよ !」と反論するだろう。ところが、CNNやPBSといった米国のメディアは犯人を「日本国籍者」と伝えるから、普通のアメリカ人は「日本人の犯罪者」と思い込む。また、フランスやイタリアで日本の旅券を持った帰化支那人が、滞在中にウィルスに感染し、どこかで病気を発症すれば、現地のテレビや新聞は「日本人旅行者が陽性反応 !!」と書き立て、「日本人には気をつけよう !」と仄めかすはずだ。歐洲に暮らす日本人は憤懣やるかたないが、ヨーロッパ人には日系人と支那系日本人との区別はつかないし、帰化支那人が日本の旅券を持って“やりたい放題”なんだから、どうすることもできない。

  だいたい、日本政府が気軽にアジア人に国籍を与えるから余計な問題が起こるのだ。普通の日本人は国内で生活している間は、どれ程の支那人が帰化しているのか判らない。しかし、一旦、外国に派遣されたり、旅行をした時、初めて「あいつが日本人?! おい、嘘だろう~!」と嘆くし、「何で、支那人と一緒にされるんだ!」と憤る。日系人の駐在員や留学生は、フランスやイタリア、ドイツ、ブリテンでアヒルみたいに話す支那人を見れば、「大声で喋る下品な奴らだなぁ~」と思うが、まさか自分の「同胞」になっているとは思わない。たぶん呑気な日本人は、現地で見かける“がさつな”支那人を「関係ないアジア人」と思っているんじゃないか。だから、近づいてきた支那人が、ぎこちない日本語で「ワタシも日本人です !」と自己紹介すると、ギョっと驚く。対応した日本人は、「そんな、まさか !」と心の中で呟くが、本物らしいパスポートを目にして卒倒する

  昔、昭和52年にフジテレビは「世界名作劇場(カルピス子供劇場)」の枠で、『あらいぐま ラスカル』を放送した。主人公のスターリングが「友達」にした「ラスカル」は、とても可愛らしく、オープニング・ソングで「神様、ありがとう~。僕に友達をくれ~て」という歌詞があったので、日本の子供は「そうだよなぁ~。あんなペットがいたらいいなぁ~」と羨ましく思ったものだ。幼くして母を亡くしたスターリングは、偶然出逢ったアライグマを保護して「ラスカル(やんちゃ坊主)」と名付ける。二人は幸せな日々を過ごすが、いつしか別れる事に。やはり、相棒となったラスカルは野生動物で、人間とは住む世界が違うのだ。最終回でスターリングは、大きくなったラスカルを自然に戻すべく、ボートで湖を渡り、“親友”を森に放す。しかし、スターリングは解っているが、哀しさで涙が出てくる。子供向けのアニメだったけど、このシーンは非常に印象深く、感動的であった。(制作会社がドイツ版にした『ラスカル(Rascal der Waschbär)』は必見で、妙に登場人物と声優が合っていた。とにかく、ドイツ語を話すスターリングが驚くほど自然なのだ。ただし、「ラスカル」の声が野沢雅子さんかどうかは不明。そもそも、ドイツ人の声優に代えても無意味。また、主題歌が変更されていたから残念。日本版の方がいい。)

  アニメの「ラスカル」と別れるのは辛いけど、支那人と離別するのは嬉しい。だいたい、彼らが「日本国民」となっても、我々の「仲間」じゃない。それに、支那人は野生のアライグマよりも酷い、本当の「ラスカル(rascal / 卑しいクズ)」だ。この異邦人はズル賢くて人々に害を及ぼす。アライグマは狂犬病を媒介するが、支那人はウィルスをまき散らし、日本人を悩ますばかり。だから、我々は支那人と別れる時、ちっとも悲しくない。むしろ、清々する。できることなら、支那人をロケット花火に括り附けて、暗黒大陸に飛ばしたい。(日本式「ICBM」と称してもいいんじゃないか。核弾頭じゃなくて、棄民の支那人が附いているから効果的だ。) もし、大量に送還するとなれば、海上輸送がベストなので、北鮮からボロ船を購入し、日本海に放り出したい。たぶん、対馬海峡辺りで沈没するから手間が省けて一石二鳥だ。ついでに、支那人に媚びる二階俊博や河村建夫、菅義偉、林芳正、近藤昭一、辻元清美なども、船に詰め込んで東シナ海に流してやりたい。それが駄目なら、尖閣諸島にやって来る支那の工作船に預けるのも一計だ。我々が注意すべきことは、「支那人に情けを掛けてはならない」ということである。支那人はできる限り排斥し、武力を用いてでも追い返すのが一番。疫病と支那人は、北京政府に返品すべし。これなら、送料は楽天みたいに無料(タダ)にしてもいいぞ。



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