教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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安倍晋三とは何者なのか?

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(左 : 安倍晋三  /   中央 : 安倍晋太郎    /  右 : 岸信介)

  先月は武漢肺炎の拡大で連日大騒ぎ。毎年、この時期になるとワイドショーは花粉症の話題で暇つぶしとなるが、今年はそれどころではないらしい。民放各局は支那人の入国禁止に触れたくないのか、非難の矛先を安倍総理に向けて誤魔化している。そもそも、支那大陸で不気味なウイルス感染が発生したのに、日本政府はボケ~と国境を開き、支那人観光客を迎え入れていたんだから、顎が外れるほど唖然とするじゃないか。

  普段、NHKや民放は「国民のため」を標榜して政府批判を繰り返すが、それは左翼仲間の利益になる場合のみで、どうでもいい一般国民の利益を考えてのことじゃない。もし、一般人の安全を考慮するなら、野党議員が真っ先に「支那人の入国禁止と排除」を訴えるはずだ。しかし、それは全くなかった。なぜならば、マスコミと国会議員にとって、支那人や朝鮮人は日本人より“大切”なお客様であるからだ。もし、日本人を“第一に考えてしまうと、支那人や朝鮮人が困るから、こうした排斥はできない。そこで、マスコミは隔離されたクルーズ船の乗客に焦点を当て、視聴者が支那人の入国続行に気づかぬよう取り計らっていた。地上波テレビは特番を組み、「陽動作戦」を取って注意をそらした。つまり、国民の関心を船内に閉じ込められた乗客や、オタオタする政府の失態へと導き、疫病の元になる支那人を透明人間にしたのだ。

  日本人の安全なんて“どうでもいい”マスコミは、「お客様」の支那人が“無事”日本へ避難したことを確認すると、今度は安倍政権への総攻撃に舵を取った。本来なら、与党の失策を追求しない野党議員も一緒に批判すべきなんだが、それは同志への攻撃となるから、わざと控えている。ただ、今回だけは、安倍政権を支援する保守派国民も堪忍袋の緒が切れた。どんな親友でも、安倍総理を庇いきれない。というより、票田となる支持者ほど強い憤りを感じているのだ。ここまでくると、安倍氏の化けの皮が剝がれてしまい、もう退陣要求の弾丸しか見えない。既に、憲法改正といった夢は木っ端微塵に吹き飛んでしまったし、東京五輪さえ中止か延期の可能性が濃くなっている。おそらく、安倍総理と側近の議員は、「何としても、オリンピックだけは開催したい」と願っているから、各小中学校に休業を求めたり、イベントや集会に自粛を呼びかけているのだろう。でも、これは納得できない。だいたい、支那人の入国を未だに許しながら、日本人には忍耐を強いるなんて、一体どういう神経をしているのか?

  保守派言論人も安倍総理への非難を激化させている。が、そもそも、一般有権者は国防の最高司令官を念頭に置いて選挙に臨んでいたのか? 昭和の頃から、「軍事と外政は票にならない」が議員の常識で、いくら重要事項でも、「マッカーサー憲法を廃止せよ ! 日本独自の憲法制定すべし !」とか、「国防軍の創設を急げ !」、「現実主義に基づくパワー・ポリティクスを考えろ」、「日本の名誉を守る対外政治を実行せよ」といった演説は大衆受けにならない。当選を目指す候補者なら、有権者が喜ぶ「補助金の鷲摑み」や「福祉の充実」を叫ぶはずだ。そして、目出度く当選したら、「支持母体」となってくれた人々に充分な“恩返し(特殊利益)”を与え、新たな「利権漁り」に邁進する。二階俊博のようなベテラン議員が典型例で、再選ごとに利権が増大し、地元での権威と政界での権力が絶大となる。どれだけ国益を損ねても、選挙区の利益を確保すれば安泰だ。政治家の心得は、常に有権者の御機嫌を取ること。そうすれば、地元民は「大先生」と崇めてくれるし、選挙となれば熱心に応援してくれるものである。だから、二階は江沢民に媚びても“お構いなし”と赦されるし、小姓の如く習近平に阿(おもね)っても、「二階先生は紀州の大御所様」という扱いに変わりはない。自民党の幹事長は駿府城の家康と大違いだが、北京政府が“ケツ持ち”になっているので、安倍内閣を裏で操ることができる。

  それにしても、ここ数年、安倍総理の政策は悉く日本の国益に反している。安倍政権の誕生に寄与したチャンネル桜でさえ、安倍総理の裏切りに激怒したから、今や倒閣運動の一歩手前にまでなっている。確かに、支那人の入国を許せば、国内でウイルスが蔓延するのは最初から分かっていた。でも、安倍総理は支那に媚びる反日議員や外務省、および財界の重鎮たちに反抗できず、支那人をブロックすることができない。安倍総理は支那陣営の要求に従うことが自分の利益に繋がると考えていたが、感染者の数が激増すると顔面蒼白となった。焦った安倍総理は、何としても東京五輪を開催すべく、四月の末までに「武漢肺炎の終息宣言」を出したいのだろうが、これは相当難しい。公平に見れば、安倍総理だけが悪い訳じゃないんだが、目先の利益を得ようとしたら、自分の政治生命を危うくしてしまった所に安倍氏の「愚か」がある。まぁ、安倍総理が退陣するのは自業自得だが、その“とばっちり”を受ける国民は堪ったもんじゃない。一般国民は消費増税だけでも青色吐息なのに、加えてウイルスの流行なんだから、ダブル・パンチを喰らったみたいだ。何の保証も無い個人商店のオヤジなんか、肺炎よりも赤字で死んでしまう恐れが高い。

冷酷な現実を知らないお坊ちゃん総理

  安倍総理の姿を見ていると、本当に「お坊ちゃん」だなあ、と思えてしまう。日下公人(くさか・きみんど)先生は安倍総理の外交や内政を優しく褒めているが、筆者からすると党内の要求を次々に呑んで苦境に陥っているとしか思えない。つまり、長期政権を維持するため、菅義偉や二階たちの命令に従っていたら、何時の間にか左翼政権になっていた、という訳だ。安倍総理が隠れ左翼なのか、それとも単なる馬鹿なのかよく分からないけど、安倍政権は着実に我が国を腐蝕させている。移民の流入が國體変質の導火線となっているし、緊縮財政は内部崩壊への起爆剤となっているのだ。安倍総理に関する評価は色々あるが、案外、自民党内の左派議員を宥め、売国的財界の言うことを聞いているうちに、左翼内閣になってしまったというのが真相なのかも知れない。

  麻生財務大臣もそうだが、安倍晋三総理は代議士の家庭に生まれた三代目の“若旦那”である。「岸信介の孫」というブランドを看板にして総理大臣になったものの、その力量は乏しく、得意なのは“愛想”の良さと、“毛並み”の良さくらいで、確固とした信念は無い。安倍氏を眺めていると、スペインの哲学者ホセ・オルテガ(José Ortega Y Gasset)の言葉が頭に浮かんでくる。彼は祖先の偉大さを継承できず、その重みに押しつぶされそうな世襲貴族を批判していた。

  彼は生まれ落ちたときに、突然、どういう訳か分からぬまま、富と権力を持っている自分を発見する。そうした財産や特権は自分に由来するものではないから、彼は精神的にそれと何の関係も持たない。つまり、先祖の抜け殻を生きているだけだ。(オルテガ 『大衆の反逆』 桑名一博 訳、白水社、1991年 p.146.)

Ortega Y Gasset 1(左  / ホセ・オルテガ )
  この偉大な思想家が述べたように、貴族の相続人として生きることは、他人が持つ生の抜け殻を用いなければならないということである。ちなみに、オルテガが口にする「生」というのは、「自己実現のための戦い」とか、「努力」という行為を指す。彼は続けて言う。「私が自分の生を実現させるに当たって直面する困難こそ、まさしく私の能力を目覚めさせ、行動を引き起こすものなのだ」、と。(上掲書 p.146) 安倍晋三という宰相は、祖父が築いた名声と父親(晋太郎)が拵えた地盤を継承する“お坊ちゃん”に過ぎない。「ええとこのボンボン」には梟雄が持つ狡猾さや大胆さが無いから、支那人の手下からちょっと脅されると直ぐ怯む。例えば、安倍氏は女系論に反対して尊皇派を自称したが、党内から圧力を受けると簡単に屈服し、天皇陛下を習近平に売り渡そうとしたじゃないか。でも、本人は皇室支持者だと思っている。靖國参拝を忌避しても愛国者だし、「拉致被害者を取り戻す」と繰り返せば頼もしい国士のままだ。常識的に考えれば、「ヤルヤル詐欺」の常習犯で、「営業保守」の頭目と分かるが、安倍氏は積極的に皇室の撲滅を叫ばないから、「非左翼」という分類になっているし、祖父の血筋で尊皇派の長州人と見なされている。

  安倍氏が保守派国民に好かれたのは、その物腰が柔らかく、笑顔で保守派の意見に同調したからだ。しかし、熱心な支持者はやがて安倍氏の裏切りに気づく。種苗法や水道法の改悪に加え、アジア移民を輸入しようと決めたのだから当然だ。安倍政権は北海道や沖縄が支那人の侵略に遭っていても平気で、どんどん支那人を呼び込もうと謀っている。日本は“日系日本人”で成り立っているのに、その根本的要素を変えてしまおうとすんるだから極悪としか思えない。支那人労働者が定住すれば、やがて帰化申請をするのは目に見えているし、日本人と結婚すれば日支混血児も誕生する。とりわけ、支那人が国籍取得に成功すれば、故郷でウイルスに晒されている親兄弟、再従姉妹、曾孫に曾祖父母を日本に呼び寄せ、日本の高度医療を受けさせようと考えるはずだ。一人の支那人に帰化を許すと、百人の支那人が日本に定住するなんて馬鹿げている。しかし、「人権」に弱い日本国民は拒絶できない。ウイルスの保菌者でさえ大歓迎なんだから、支那人の肉親となれば無条件で入国パスだ。

  国会には二世や三世の議員が実に多い。安倍総理はもちろんのこと、対抗馬の石破茂は鳥取県知事で自治大臣だった二朗の息子だし、野田聖子の祖父は建設大臣を務めた野田卯一、世耕弘成の祖父弘一は経済企画庁の長官を務めた。華麗なる一族に生まれた岸田文雄は、父の文武と祖父の正記が共に衆院議員で、従兄弟には宮沢洋一がいる。胡耀邦の御機嫌取りだった中曾根康弘は、簡単に靖國の英霊を捨てた卑劣漢。その息子である中曾根弘文は参院議員となり、風見鶏的態度はオヤジ譲り。彼は創生「日本」に属する一方で、二階派の「志帥会」に入って澄ましている。さらに、弘文の息子である康隆までが衆院議員となっており、日韓友好を謳っている始末。まさしく、親子代々のアジア主義者だ。ちなみに、康隆の母親である真理子は、文科省事務次官を辞めた前川喜平の妹。つまり、いかがわしい「ガールズ・バー」で貧困女性調査を行っていた高級官僚が、若手議員の伯父さんという訳だ。

  小泉進次郎の家系はもっと有名で、曾祖父の又次郎は刺青を彫った逓信大臣。小泉家の養子となった祖父の鮫島純也は防衛庁長官を務め、カーチス・ル・メイ将軍に勲一等旭日大綬章を与えた人物。ル・メイに仕えたロバート・マクナマラ元国防長官が告白した通り、上司のル・メイは「戦争犯罪」と知りつつも、東京、大阪、名古屋といった日本の都市部を空爆し、大勢の民間人を焼き殺した。これこそ、本当の「ホロコースト」なんだけど、歐米人はユダヤ人の方を憐れんでいる。小泉家の娘婿となった純也が、鹿児島のどんな家系に生まれたのか、謎のままだけど、彼は奇妙なほど在日朝鮮人の帰国事業に熱心だった。地元の神奈川に在日朝鮮人が多く住んでいたからという説明もあるが、帰国協力会の代表委員を務めるなんて異常である。しかし、総理大臣になった息子の純一郎も密かな朝鮮贔屓。ハマの純ちゃんは野中広務に賛同し、朝鮮銀行に1兆3600億円もの税金を投入して救済した。だが、北朝鮮に拉致された邦人には冷たく、外務省の田中均に従い、帰国者を北鮮に戻そうとしたそうだ。まるで帰化鮮人のような発想である。

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(左 :  カーチス・ル・メイ /中央 : 「小泉」の姓を名乗った鮫島純也  / 右 : 小泉又次郎 )

  かつて、文藝春秋社に勤めていた堤堯は、安倍晋三を「岸信介の孫」ということで高く評価していたが、実際の安倍晋三は祖父の「抜け殻」を身に纏った「坊ちゃん」だった。オルテガは貴族階級の否定論者ではないが、相続人の資質に懸念を抱いていた。

  世襲貴族だと、生を使ったり生の努力をすることがないので、彼の全人格は次第に輪郭が曖昧になって行く。古い貴族に見られる独特な愚鈍化である。(上掲書 pp.146-147.)

  安倍総理は自分が創り出したわけでもない身分で出世を遂げた。しかも、時代が味方をしたので追い風となっていた。当時、保守的国民はまっとうな指導者を望んでいたが、政界には保守派のポープがほとんど存在せず、長老は朱色か深紅で、中堅議員はピンクが大多数。自民党の大物といったら森喜朗や福田康夫みたいな議員ばかり。翻って、野党を見渡せば民主党か共産党といった最悪の代替物しかない。だから、「戦後レジームからの脱却」とか「憲法改正」を訴える安倍晋三は“立派”な議員に見えてしまう。でも、品の良い「晋三坊ちゃん」は、巣鴨プリズンで飄々としていた昭和の妖怪じゃない。討幕運動に奔走した長州人の気概は微塵も無く、あるのは八方美人の調整能力だけ。『ドラゴンボール』のシェンロンだって、お願い事は三つまでなのに、安倍総理は何個でもOKだ。しかし、安倍氏が叶えた願い事のツケは、全部一般国民が払う破目になっていた。日本の責任内閣制では、議員じゃなく国民が責任を取ることになっている。東京ディズニーランドでは、ドナルドダックスやミッキーマウスすら休業状態で、元気なのは厨房の鼠と閑古鳥だけである。

  安倍総理を批判することは容易いが、本質的な問題はこうした議員を輩出する国民にある。日本人は身分社会と武士階級を廃絶して、「ヤッター、民主主義の時代が到来したぞ !」と喜んだが、民衆から選ばれた議員は凡庸な武士よりも遙かに酷かった。人質を取った日本赤軍に脅されれば、福田赳夫は「何でも言うことを聞きます!」と降伏し、犯人の釈放とお金をプレゼント。人権擁護の左翼議員は、北鮮に女子供を拉致されても「気づかないフリ」をして「臭い物に蓋」で、「問題の先送り」を選択して責任回避。もっと卑劣な議員は、「被害者を帰してくれれば大金を差し上げます !」と言い出す。大地震が起これば総理大臣が狼狽するし、原発が危ないとなれば火力発電と太陽光を当てにする始末。国民の質も劣化するばかり。国会議員の選挙なのに、実際は永田町で奔走する地方議員の排出となっている。地元優先の議員が作る公約には、日本の国防なんか一切無い。むしろ、記載すればマイナスで、仮にあっても“附け足し”ていど。国家の安全は誰かがやってくれるだろうとタカを括っている。普段は反米でも、困った時は米軍頼り。

  オルテガは大衆を人類史が生んだ「甘やかされた子供」と考えた。文明史に通じたオルテガによれば、この甘やかされた子供は、相続人として振る舞う以外には何もしない相続人であるそうだ。(上掲書 p.145) 豊で快適な先進国に生まれた「子供」は、冷酷な国際政治や軍事問題、様々な利害が錯綜するリアル・ポリティックスに興味は無い。というよりも、複雑すぎて理解できないというのが実態だ。大衆は才幹(ウィルトゥー)が必要とされる政治には関心が無く、娯楽や賭博、セックス、グルメ、スポーツといった分野を人生の主要な仕事にしたがる。一般人は文明がもたらした素晴らしい道具や薬などに囲まれて暮らしているが、その道具や薬を発明したり、維持・発展させることが如何に大変なのかを分かっていないのだ。国家運営に関しても同じ態度を示し、国家という組織が如何に不安定なものかを理解できないでいる。

  よく脳天気な若者や左翼老人が「戦争反対 !」と街中で叫ぶが、それは予備知識や経験を持たない者でも気軽に発言できる「正義の呪文」であるからだ。政治学では“現実的”に考えることが重要で、机上の空論は危険である。国家が本当に丸腰になれば、奴隷の道しか残っていないのだ。いくら軍事学の素人でも、外国での紛争や民族浄化を目の当たりにすれば、真剣に考えるだろう。さらに、戦場での爆発を経験するか、挽肉になった兵卒の遺体に触れば、「平和憲法を守れ~」といった掛け声が、どれほど馬鹿げた発言なのか解るはずだ。もし、正常な国民が真の平和を望むなら、敵を威嚇できる強い軍隊を持たねばならない。また、現実的に考えれば、軍人を養成するのは本当に大変だし、近代兵器の開発・維持・配備を具体的に考えたら睡眠時間が足りなくなってくる。さらに、本番で軍隊を用いるには、事前の情報収集が必須となるし、熱戦ばかりではなく心理戦や謀略工作にも備えねばならない。本来、大学教育を受ける者は、卒業後の職種に関係なく、こうした国家的優先事項を勉強すべきなんだが、現在の大学は肩書きと階級を創る工場と化している。指定された参考文献と教科書さえ覚えればOKで、愛国心や判断力はゼロでもいい。

  敗戦後の日本は高学歴社会となったが、大金を払って高等教育を受けた若者は、大抵、満足した「お坊ちゃん」か、暇つぶしに時間をかける「お嬢ちゃん」になっている。オルテガはこの「満足したお坊ちゃん」を「自分がしたいことをするために生まれてきた人間」であると評していた。投票権を“自動的”にもらった大衆は、親元にある子供と同じである。家庭内で大切にされる子供は、あらゆる事が許される。たとえ大きな罪を犯しても罰せらることはない。悪戯をしても大目に見られてしまうのだ。ところがもし、社会や街中で同じ事を行えば、たちどころに罰せられ、事によったら刑務所行きだ。オルテガによれば、「お坊ちゃん」というは、家の外でも家の内と同じように振る舞うことができると信じている人間であるそうだ。(上掲書、p.150) 

  日本人は有事を考えていないから、国会議員の選挙を人気投票としか思っていない。温室の中でテレビを観ている日本人は、どんなに外国で大量殺戮や武力紛争が勃発しても、自国だけは絶対大丈夫と思っている。根拠は無いけど、信仰に近いから、具体的に考えないし、想像する切っ掛けすら感じていないのだ。こんな調子だから、総理大臣が軍の最高司令官であるとは考えない。もし、自分が一等兵になると思えば真剣に考えるけど、徴兵制度が無い日本では、国防なんか漫画と同じで、娯楽部門の一つとなっている。しかし、緊急事態が起きると国民の態度はガラっと変わって糾弾モード。大震災や疫病の流行となれば、「一体、政府は何をモタモタしてるんだ !」と文句を垂れる。でも、利益団体の代理人や支那人の手先は優秀な指揮官じゃない。モグラに空を飛べと要求するのは無理な注文だ。泥縄式の対策がせいぜい。ただし、暗黒大陸へマスクを献上するのは早かった。

  オルテガは国家を「選ばれた少数派によって組織され、構成された、人間集団」と規定した。(『無脊椎のスペイン』 オルテガ著作集 2、桑名一博 訳、白水社、1969年、 p.314) 確かに、今の日本も選ばれた者が国家の運営者となっている。ところが、その力量は平民の才幹を越えるものではない。むしろ、当選回数だけが自慢の凡人や、有害としか思えない左翼、ゼニだけ貰っている遊び人がほとんど。学校では、社会科の教師が議会制民衆政治を絶賛しているが、実際の日本における統治形態は官僚制衆愚政治だ。高等文官試験に合格したキャリア官僚は、エリート意識の権化で、「愚民がアホを選ぶから、優秀な俺達が国家の舵取りをしなきゃ」と思っているし、一部の国民も「大臣なんかお飾りで、実権は首相官邸の役人と事務次官が握っているんだから」と嘆いている。財務省や経産省の大臣といえども、AKBの末端メンバーと同じレベルで、実力が無ければ一年か二年でお払い箱の使い捨て。「特技」といったら、握手会で我慢することくらい。もしも国会で一人前のパフォーマンスを披露できれば上出来だ。

大衆は立派な人物を選ばない

  そもそも、大衆が優秀な政治家を選ぶなんて有り得ない。国民の過半数が候補者の知識や能力を吟味し、公約の中身を精査することはできないし、候補者自身も選挙民が出来るとは思っていないのだ。大衆はイメージだけで議員を選ぶ。アテナイくらいの小都市で、百人の家父長が有権者となり、国家の執政官を選ぶのであれば、責任感を持つ指導者が誕生するだろう。だが、烏合の衆が何万人も集まって、優秀な代議士を選ぶなんて無理。百万人の有権者が選ぶ政治家より、一人の有徳者が選ぶ為政者の方がよっぽどマシだ。

  例えば、島津斉彬は西郷隆盛を一本釣りしたし、老中の阿部正弘は上級武士を斥けて勝海舟を選んだ。山本権兵衛も慧眼の持ち主で、舞鶴鎮守府の東郷平八郎を連合艦隊の司令長官に大抜擢。海軍中将の日高壮之丞は憤慨し、「何で自分を差し置いて、舞鎮(まいちん)の東郷なんかを・・・」と山本首相に噛みついたらしい。ところが、結果は大成功。伊藤博文も国事犯の陸奥宗光を懐刀にしたから、日清戦争で大いに助かった。今の日本人なら絶対に「ムショ帰り」は選ばない。維新の功労者である大久保利通なんか、人望が無い上に根暗で威圧的だから、薩摩の庶民が代議士に選ぶことはマズないだろう。大山巌元帥はガマ蛙みたいな顔立ちであったから「ガマ坊」と呼ばれていた。もし、テレビ時代に出馬すれば、リチャード・ニクソンと同じ運命を辿ることになるだろう。幕末の志士には問題児が多い。伊藤博文は明治天皇に寵愛されたが、その藝者遊びが世間の非難を買っていた。また、盟友の井上馨は大の博打好きであったし、第二代の総理になった黒田清隆は酒乱ときている。乃木希典大将だって、ドイツに留学する前は洒落者で料亭の常連だった。

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(左 : 東郷平八郎  /  大山巌  /  井上馨  / 右 : 黒田清隆  )

  しかし、こうした人物は後々の世でも尊敬されており、未だに庶民から愛されている。たとえ選挙で議員とならなくても、明治の国士には実力があったから日本の利益になっていた。ところが、現代は大違い。何万票も獲得して「選良」となった議員でも、高い評価を受ける者は皆無。敗戦後で好評なのは吉田茂と岸信介くらい。一方、軽蔑すべき代議士は掃いて捨てるほどいる。社会党や共産党、公明党の議員は論外。自民党を眺めてみても実情は同じで、支那利権を開拓した田中角栄、「オヤジ」を裏切った竹下登、秘蔵っ子だった小沢一郎、金王朝に隷属した金丸信、支那人工作員を妾にした橋本龍太郎を見れば分かるじゃないか。保守政党を騙る自民党には、隠れ共産主義者も多く、石田博英は「フーバー」というコードネームを持つKGB のエージェントであったし、「新党さきがけ」の代表を務めた武村正義は根っからの共産主義者で、米国から「要注意人物」とされた危険人物。細川内閣の崩壊は武村の赤い人脈にあったという。

  長期政権を築いた中曽根康弘も極悪人で、フジ産経グループは「保守派」と持て囃したが、実際は支那人の手先だった。中曾根と昵懇だった園田直(そのだ・すなお)は、大の支那贔屓で、日中友好条約が締結されたのは彼が外務大臣の時である。当時の総理大臣は福田赳夫で、息子の康夫は支那人の良き理解者。中曾根の側近にはチャンコロ屋が多く、官房長官を務めた後藤田正晴は反軍思想の持ち主で、教科書問題にまで容喙した極左議員。支那人の下僕といったら河野洋平が直ぐ思い浮かぶけど、彼の父親である河野一郎はソ連の腰巾着だった。一郎は北海道の漁業利権で私腹を肥やす売国奴。鳩山一郎もソ連のシンパで、海軍将校のアンドレイ・ドムニツキーが世話した木偶の坊。北海道出身の鈴木宗男がロシアの代理人であるのは言うまでもない。ロシア人や支那人、朝鮮人の工作員が熱心に働きかけるのは、専ら自民党議員で、社会党や共産党の議員なんか放っといても靡くから、外国のスパイが勧誘で苦労することはなかった。

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(左 : 園田直   /   後藤田正晴  /   河野一郎    /   右 : 鳩山一郎 )

  度重なる失政で、保守派国民は安倍総理を見放したが、もっと悲惨なのは、安倍氏に代わる首相候補がどれも左翼であることだ。石破茂が総理大臣になれば、もっと支那贔屓に傾くし、菅義偉が昇格すれば北京政府は大喜びだろう。河野太郎が浮上すれば、習近平が裏から支援するし、恩義を感じた太郎はオヤジの路線へと戻るはすだ。「江の傭兵」と呼ばれた洋平の息子だけに、今度は「習の紅衛兵」になるかも知れない。可能性は少ないが、ひょんな事から岸田文雄が総理になれば、「坊ちゃん宰相」の交代だ。総理待望論が絶えない進次郎は計算高いから、今回の総理候補は辞退するだろう。何しろ、次の総理大臣は「貧乏くじ」と分かっているから、きっと“遠慮”するはずだ。もしも、政権交代で立憲民主党が与党になれば、必ずや大失敗を犯すから、そこを突けば「小泉劇場」シーズン2の幕開けとなる。テレビ局だってドル箱の「進ちゃんブーム」を仕掛けて、お祭り騒ぎにするはずだ。

  様々な野次を受ける安倍総理だが、彼にとって“唯一の救い”は、野党があまりにもだらしない事である。いくら安倍総理が酷くても、枝野幸男が総理大臣じゃ、国民はもっと憂鬱になってくる。安倍政権の支持率が一定のラインで止まっているのは、最悪の野党が存在するからで、選択肢の無い国民は安倍政権を黙認するしかない。政界における人材の枯渇はかなり深刻で、元気なのは財務官僚くらいだ。消費税が10%になったくらいで騒ぐ国民はまだ甘いぞ。財務省は最低でも消費税28%を目指している。筆者は竹下内閣の時、床屋の主人と雑談し、「将来的には、表皮税は30%くらいまで引き上げられるから、3%なんてまだ序の口ですよ」と述べたことがある。床屋のオヤジさんは、「えぇぇ~、そこまでなるんですかぁ?」と懐疑的な表情を浮かべ、悪い冗談として笑っていたが、今では青ざめている。もし、東京五輪の中止となれば、日本経済は壊滅的な状態となるから、安倍総理の退陣は確実だ。しかし、次の総理も悪夢の継承者だから、日本社会は負のスパイラルに陥って、奈落の底へと真っ逆さま。上皇陛下の体調もよくないから、今年の日本は本当に暗くなる。それに、たとえ日本人が不況のどん底から這い上がっても、地上では支那系日本人が大勢控えているから、景気回復でも楽しくないよねぇ~。

 


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