教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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黒人は疑われる !?

  武漢ウイルスが全世界に蔓延し、北米や歐洲でも多数の発症者や死亡者が続出して大騒ぎとなっている。確かに、ウイルスは目に見えないから、「何処で」「どのように」感染したかの判らないから不安である。山奥で修行している比丘(びく / 出家した人)なら別だけど、普通の人は毎日誰かと接触しているので、感染の危険性をなくすことはできない。したがって、感染した人は運が悪いとしか言い様がなく、無自覚のまま周りの人に移してしても、感染源の当人を責められない。休業を余儀なくされた自営業者は、今回の騒動を政府の失策として非難したいが、いまさら責めても仕方ないから、天災と思って諦めるしかないだろう。

  問題なのは、こうした国家的危機を国民が一体となって我慢できるかどうかだ。ワイドショーは所得保障の金額とか受給者の条件を云々しているが、経済恐慌が長引けば、必ずや国民の間に溜まった不満が爆発するはずだ。例えば、給付金の額が少ないとか、いつまで自粛要請を続けるのか、病院の治療体制は十分なのか、といった怒りが湧き上がってくる。日本が歐米諸国と違っているのは、比較的、国民の“同質性”が高く、一般人が理性的に行動することだ。アメリカやフランスだと、政府が外出禁止命令を出せば、それを破る国民が数多く現れてくるので、どうしても軍隊や武装警官が必要になってくる。しかし、日本だと国民が賢いせいか、自衛隊の出動はなく、自発的な自宅待機で辛抱するから凄い。歐米人はビックリするけど、同じ気風や慣習を共有する日本人には、武力による制御は不要で、却って反撥を強めてしまうので逆効果だ。

  日本人は花粉症の人が多いせいか、マスクをする人に対しての違和感が無い。しかし、歐米諸国だとマスクを着けて外出する人はほとんど居ないから、日本の光景は異様だ。もし、アメリカ人がマスクをした人間を見かければ、バイオ・テロの発生かと怪しんでしまう。ところが、今回のウイルス騒動では、さすがの歐米人も感染が恐ろしいのか、渋々ながらも装着する人が増えた。「マスクなんか無意味だし、馬鹿らしい」と思っていたアメリカ人も、マスクを着け始めたから、街中でも結構マスク姿の人が歩いている。

Aaron Thomas 1(左  / アロン・トマス)
  ところが、アメリカの黒人だと別の悩みが有るそうだ。黒人ジャーナリストのアロン・トマスは、CDC(疾病制禦センター)の勧告に従い、以前使っていたバンダナを顔に巻いて、マスク代わりにしたそうだ。そして、買い物をしようと雑貨店に入ったところ、周りからの冷たい視線を浴びてしまい、身の危険まで感じたらしい。(Aaron Thomas, "I'm a Black man living in this world. I want to say alive, but I also want to stay alive", Boston Globe, April 5, 2020.) どうやら、彼は“顔面を隠した黒人”ということで、「強盗犯」に間違われたそうだ。確かに、マスクをする慣習の無いアメリカで、白人がマスク姿の黒人を見れば、「犯罪者」と見なしても不思議じゃない。とりわけ、略奪強盗が多い都市部では、頭にフードを被った黒人なんか何となく怪しい。もし、顔を隠した黒人が入ってくれば、雑貨店のオヤジなどはレジスターの所で身構え、カウンターの下に隠したライフルを握ったりする。

  筆者も昔、ニューヨークにある「セブンイレブン」に夜遅く入ったことがあるけど、店内は黒人客ばかりで、ゾッとするような光景だった。1990年代だと、日本のコンビニと違って米国のコンビニは薄暗く、並べてある食品はどれもこれも魅力に乏しく、お金を出して買う代物じゃなかった。コンビニのドーナツなんて、砂糖まみれのスポンジみたいで、肥満になるための食品と変わりがない。店員は陽気な白人じゃなく、ほとんどが黒人かヒスパニックで、早く店から出たくなるような雰囲気。とてもコーヒーを飲みながらくつろげる場所ではない。ハリウッド映画では、朝鮮人が経営する雑貨店に、黒人のチンピラが押し入り、拳銃を向けて現金を強奪したり、店主と銃撃戦になったりと、案外リアルだ。土曜日の深夜になると、何となく嫌な予感がする。サギー・パンツの黒人なんかが入ってくると厭なもんだぞ。(「サギー・パンツsagging pantsまたは saggy pants」というのはダブダブのズボンで、ベルトのラインを下げて半尻を丸出しにするファッション。)

Black boys in Sagging PantsBlacks inAmerican city 2








(左 : 「サギー・パンツ」を穿いた黒人  / 右 : 貧しい黒人が多いゲットー地区 )

  話を戻す。テネシー州ナッシュヴィルに住むキップ・ディグズという53歳の黒人男性も、CDCのガイドラインに従い、顔にマスクを着けてウイルス感染に備えたそうだ。彼はお洒落なのか、ピンクや緑、青の色が混ざった布で顔を覆ったというが、それでも「黒人」なので、周囲の人から奇妙な目つきで見られてしまった。やはり、黒人はどの州でも不愉快な目に遭うそうで、一般人はおろか、警察官までもが、“差別”的な態度で黒人に接したそうだ。イリノイ州のウッド・リヴァーでは、医療用マスクを附けた黒人二名が、ウォルマートを出たところ、警察官に尾行されたという。しかも、この警官は二人を尾行した際、腰の拳銃に手を置いていたそうである。(Tracy Jan, "Two black men say they are kicked out of an Illinois Walmart for wearing masks. Others worry it will happen to them", The Press Democrat, April 10, 2020)

  後に、調査を受けた警察官は、店を出た二人に怪しい点があったので、職務質問しただけだ、と述べていたが、本心かどうかは判らない。まぁ、治安維持に努める警察官なら、怪しい黒人に注目するのは当然だ。黒人活動家や人権派弁護は、こうした尾行を「人種偏見だ!」と非難するが、警察官の職務質問で事件を未然に防ぐこともできるので、彼らを萎縮させるべきではない。もし、白人警官がマスコミの批判を懼れるあまり、怪しい黒人を見逃せば、兇悪な事件が増えることもある。アメリカの教養人や中流階級の白人は滅多に口にしないが、黒人やヒスパニックの連中に目を光らせる警官に感謝している。特に、白人が多い住宅地では、四六時中白人警官が巡回し、場違いなクルマを乗り回す黒人を見かけると停車させて、「何しに来た? お前はどこに住んでいるんだ? 免許証や自動車の登録証明書を見せろ!」といった要求をすることがある。もちろん、こういった職務質問は“嫌がらせ”という側面もあるが、こうした監視のお陰で「柄の悪い黒人」がうろつかないし、いかがわしい有色人種も白人地区を敬遠するから、高級住宅地の白人はパトロール警官に感謝してしまうのだ。

  色々な人種によって構成される国家では、人種ごとの共同体が形成され、種族や階級によって社会的な摩擦が起こる。アメリカは様々な人種が溶け合う「人種の坩堝(るつぼ)」と評されるが、それは学校で教えられる建前で、実際は人種で隔離された「サラダ・ボウル」みたいな社会だ。しかも、国民を内包する「坩堝」自体が溶けていたりするから、どうしようもない。シカゴやクィーンズ、ボルティモア、ワシントンD.C.といった都市部では、黒人地区やヒスパニック街、チャイナタウンが存在するから、中流階級の白人は有色人種を避けるべく、貯金をはたいて郊外に引っ越す。「チェスナットヒル」とか「チェビーチェイス」といった名前の開発地では、住民のほとんどが高額所得の白人か、知的産業や専門職に就く白人であったりする。たまに、裕福なユダヤ人とかアジア人が混ざっているけど、主流派は西歐系アメリカ人であるから、街並みはヨーロッパ風だし、清潔感もある。

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(左 : 街中に「アート」 が溢れる黒人地区 /  右 : 黒人生徒が主流の公立学校)

  一方、黒人やヒスパニックが多いゲットー地区では、みすぼらしい家屋が軒を連ね、街角には99セント・ショップといった雑貨屋、ジャンクフードしかない大衆食堂、売春婦とシャブ中がうろつく酒場がひしめいている。街並みも醜悪で、街路地の壁には下品な色使いのイラストや卑猥な言葉が書かれているから最悪だ。道端を歩くと、汁が滲み出た生ゴミが置いてあるし、夏場の地下鉄は悪臭で満ちている。こうした地域にあるとはいえ、曲がりなりにもアメリカの公立学校だから、本来なら「アメリカン・スクール」と呼べるはずなのに、まるで「アフリカン・スクール」と見間違えるほど黒人だらけ。筆者はニューヨークにある「ジャマイカン・スクール」という公立学校を覗いたことがあるけど、校庭で遊んでいた生徒は黒人やヒスパニックだけで、まさしくジャマイカにある学校と同じだった。

  アメリカでも武漢ウイルスが拡散したが、感染者や発症者に関するデータを見ると、地域や人種によって患者の数が違っていた。ウィスコン州選出のタミー・ボールドウィン(Tammy Baldwin)上院議員と他の民衆党議員16名はCDCに対し、どのような人々が武漢ウイルスに感染し、病院でどんな治療を受けているのかを報告せよと要求した。そして、彼らが患者の性別や人種、民族に関するデータを読んでみたところ、見逃せない特徴を発見した。例えば、ミルウォーキー郡における感染者を調べてみると、大多数がアフリカ系アメリカ人であったのだ。さらに、重篤となって死亡した患者56人の内、39名が黒人であった。何となく予想はされていたが、これは見過ごせない事実である。何しろ、ミルウォーキーの人口において黒人が占める割合は約27%なのに、感染者の半数が黒人であったのだ。リベラル派の議員が眉を顰めたのも無理はない。(Mary Spicuzza, "Sen. Tammy Valdwin and others call on CDC to release demografic information on coronavirus", Milwaukee Journal Sentinel, April 8, 2020.)

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(左 : ミルウォーキーに住んでいる黒人たち  /  右 : お洒落な黒人女性)

  人口割合に比べて、黒人に感染者や発症者、あるいは死亡者が多いのは、健康保険に加入していない低所得者が多く、知識不足の下層階級に加えて、合併症を引き起こす持病持ちがいるからなんだろう。だが、リベラル派の政治家にとったらアメリカの恥部に見える。衛生観念の薄い黒人だと、ウイルスに関する知識がないから、こまめに手を洗うことは無いし、不特定多数が触ったドアノブや手すりを握ってしまい、その手で顔を触ったりするから、知らず知らずのうちに感染してしまうのだ。また、黒人だとジャンクフードや冷凍食品、脂肪や糖分がてんこ盛りのスナック菓子を日頃から食べているので、どうしても肥満になりやすい。しかも、運動なんかせず、お酒をがぶ飲みするから、糖尿病や高血圧になったりするのも当然だ。もし、こうした黒人が武漢肺炎に罹れば、中年でも命を落とす危険性があるし、高齢者なら棺桶に直行でもおかしくはない。シカゴで118名の死亡者が出た時、その68%が黒人であったし、5000人の感染者を調べたら、52%が黒人であったという。でも、市の人口に占める黒人の割合は30%であったから、黒人の発症率は異常に高いと言える。(J. Edward Moreno, "Black, Latino communities suffering disproportionately from coronavirus, statistics show", The Hill, April 7, 2020.)

  アメリカというのは、人種や階級でバラバラになっているのが普通なので、日本のような「国民の絆」というものが無い。ヨーロッパも同じで、多少は同質性が高いけど、フランスやブリテン、ドイツを見れば判るように、異人種が大量に混ざっているから、国民の一体感はほとんど無く、もしあるとすればアフリカ人やアジア人が住み着かないド田舎くらいである。普段は世界市民や多文化主義を称讃するヨーロッパ人でも、武漢ウイルスが蔓延すると、支那系住民に対する「偏見」や「嫌悪」が頭をもたげてくるらしい。たぶん、日常生活では、平等主義を注入する学校教育に従い、異民族に対する嫌悪感を隠しているのだろうが、ウイルス騒動が口実になって鬱憤晴らしをしているんじゃないか。リベラル派のフランス人やイギリス人だって、本当は支那人との共存は嫌なんだから。

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(左 : フランスに住むアフリカ系移民  /  右 : ドイツに住むイスラム教徒の女性)

  容姿で分類される人種は重要で、普通の人間は似たような外見の人間に対して“より”多くの親近感を抱く。だから、ヨーロッパ人は支那人とネイティヴに対して違った反応を示してしまうのだ。もし、支那人の同級生や通行人が咳をしていれば、なるべく近寄らないようにするし、冷たい視線を注ぐだけで立ち去ろうとする。しかし、同族の国民が病気で苦しんでいれば、「だいじょうぶでいか?」と介護したくなるし、温かい言葉をかけて励まそうとする。また、政府が経済的に困っている同胞に給付金を与えようとすれば、「絶対反対」と声を上げる人は少ない。しかし、こうした受給対象者に外国人、つりわけ元兇となった支那人を含めるとなれば、異議を唱える人が出てくる。社会保障が大好きなフランス人やドイツ人でも、支那人やアラブ人、アフリカ人が税金の恩恵を受けていると、「なんで役所はあんな奴らにゼニを渡すんだ?」と不愉快になってしまう。勇気のある西歐人だと「同胞を優先しろ !」と叫ぶが、臆病な穏健派は本音を隠して表情を厳しくするだけ。でも、帰宅すれば「いいぞ ! その通り !」と拍手喝采だ。

  大学に住む左翼教授は移民社会を理想とし、文化的多様性を称讃したり、異民族との共生を奨励するが、そんな国家は「寄せ集めの雑居ビル」に過ぎない。ちょっとした不和が起これば一挙に総崩れとなる。同質性の高い共同体こそ強靱な社会で、一致団結で苦難を克服できるのだ。日本人は同種族でずっと暮らしてきたから、国家的危機の時に強かった。もし、日本が異民族で成り立つモザイク社会であったら、明治維新は成功せず、内乱が続いて分裂状態となり、西歐列強の餌食となっていただろう。また、大東亜戦争で敗北しても皇室が残ったのは、天皇陛下と臣民が同じ民族であったからだ。もし、オーストリア・ハンガリー帝国みたいに、無理矢理の民族構成なら、皇族は亡命するか虐殺されるかのどちらかだろう。もちろん、戦後の奇蹟的な復興は無いし、国内は朝鮮人や支那人の天下となっていても不思議じゃない。敗戦による苦難は日本人同士だから克服できたのだ。在日朝鮮人と一緒になって苦労するなんて冗談じゃない。

  武漢ウイルスによる不幸も、日本人同士なら何とか対処できるだろう。経済的に苦しくなった日本人を見れば、公金で援助することに異論は無い。マスクや消毒液があれば、優先的に病院へ渡すべきだろう。でも、補助金の受給者が支那人とか朝鮮人だと厭だ。彼らには祖国に帰ってもらいたい。たとえ、帰化した朝鮮人や支那人でも、日本で治療を受けたり、給付金の対象者になっていれば不愉快だ。日本人は根本のところでアジア人を嫌っており、彼らと融合することを拒んでいる。しかし、アジア人に国籍を配布したことで、日本は地理的に離れていても、肉体的にアジア大陸と繋がってしまった。出来れば、帰化した支那人の素性や移住の経緯を調べ、怪しい者から国籍を剥奪して強制送還すべきである。こうした措置を「酷い」と思う日本人は多いと思うが、国防というのは非情なもので、国家の安全保障は小学校の道徳では確保できない。国家の崩壊は外部からの攻撃よりも、内部の分裂や腐敗から起こるものである。



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