教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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迫り来る米支戦争?!

Chinese in mask 1Chinese in Japan 3








(左 : ウイルス感染を防ぎたい支那人  /  右 : 支那人の旅行者)

  トランプ政権が誕生したことで、米国と支那の経済戦争が熾烈となったが、武漢ウイルス騒ぎで更に焦(きな)臭くなってきた。支那大陸で発生したウイルス感染は、習近平が隠蔽したことで全世界にまで広がってしまい、歐米諸国の首脳と庶民は怒りを押さえつけることができない。訴訟社会のアメリカでは、激怒した国民が習近平の責任を追及しようと図っている。アメリカ人は無駄でも北京政府を訴え、巨額の賠償金をもぎ取ろうと考えていから凄まじい。大量の発症者と死亡者を出したブリテン人も同じ魂胆で、天文学的な賠償金を請求する構えだ。ところが、我が国ときら、マスクの配布と支給金の額でてんやわんや。情けないというか、アホらしいというか、官僚制衆愚政治というのは救いようがない。泉谷しげるじゃないけど、議員と民衆が一緒になって「カンカンノンノン、えじゃないか!」と唄っているみたいだ。(『ええじゃないか』は1981年に公開された時代劇映画で、今村昌平が監督を務めた失敗作。泉谷氏がテーマ曲を歌っていた。)

  最近、トランプ大統領は人気回復のためか、隠蔽工作を命じた習近平に何らかの「報復」を考えているようで、北京政府に「落とし前」を求めている。先ず思いつくのは、西歐諸国に貯め込んだ支那人の資産凍結だ。たぶん、米国は共産党幹部の家族や富裕層が隠した資産を炙り出し、没収可能なものから奪い取って行くつもりなんだろう。支那人の腐敗官僚どもは、何百億、何千億ドルもの資産を海外で保有しているから、格好のターゲットになっている。しかし、こうした不正蓄財は、支那人が如何に祖国を信じていないかの証拠である。大抵の支那人は人民元を信用しないばかりか、祖国の未来さえ信じていないのだ。だから、いつでも“脱出”できるよう、普段から準備を整えている。支那の庶民も同じだが、彼らはもっと身軽で、中華鍋を背負えばいつでもトンズラだ。さらに呆れてしまうのは、習近平の家族が一足先に祖国を捨てている事である。習近平の姉である齊橋橋(せい・きょうきょう)はカナダ国籍を持っているし、妹の齊安安(せい・あんあん)や弟の習遠平(しゅう・えんぺい)はオーストラリア国籍を有しているそうだ。(ちなみに、習近平の母親は齊心という後妻で、父親の習仲勲は最初、郝明珠という女性と結婚していた。たぶん、習近平の姉妹は母親の姓を名乗っているのだろう。習近平の過去については別の記事で述べたい。)

Xi Jingping with father and brotherXi Jingping & family(左 : 習近平の父親と弟  /  右 : 習近平の家族写真)
  支那問題を専門とする日本の大学教授や評論家は、米支の軍事衝突が起こったらどうなるのか、と心配したり、経済戦争で北京政府は崩壊するんじゃないか、と希望的観測を述べたりする。しかし、筆者なら「それがどうした?」と言いたい。なるほど、世界最強の軍隊を誇る合衆国と全面戦争になれは、支那軍に勝ち目は無く、惨敗は目に見えている。だから、敗戦となれば支那共産党の消滅は確実だ。でも、北京政府が解体されると、支那大陸は良くなるのか? 確かに、共産党による一党独裁は無くなるだろう。だからと言って、支那人が我々と同じような義務感や倫理観を持った“まとも”な民族に変身する訳じゃない。おそらく、政治・経済的な大混乱で難民が大量発生するだけだ。そして、この「受け皿」になるのが日本で、一番“とばっちり”を喰うのが日本人、と相場が決まっている。あの「おぞましい顔つきの支那人」が、何百何千万単位で押し寄せれば、日本各地は大パニックに包まれるに違いない。アングロ・サクソン人の可愛らしい少女なら自宅に引き取ってもいいが、図々しい支那人なんて真っ平御免だ。キンチョールを吹き掛けて追い返したくなる。

「売血商売」でエイズになる

China AIDS patientsChina AIDS village 2







(左 : エイズ患者となった支那人  / 右 : 「エイズ村」の住民 )

  昨年末から武漢ウイルスが支那で猖獗(しょうけつ)を極めているが、支那人の隠蔽体質は昔からあった。直ぐ思い出されるのは、売血によるエイズの蔓延である。2003年、河南省にある衛生局疾病制禦センターの副所長が、「国家機密漏洩罪」で逮捕されたけど、彼の“罪状”は河南省における「エイズ村」の実態を暴露したことにある。逮捕された副所長は、「河南省エイズ防疫に関する報告」を支那衛生部の元幹部に伝え、この元幹部がインターネットで公開したために“御用”となった訳だ。支那では正直者が馬鹿を見るのが普通である。公共のために行う「情報公開」というのは、私益の拡大か政敵の追放などに用いる手段でしかない。

  「エイズの蔓延」というのは恐ろしいが、その発生原因が如何にも“支那”らしいので、ちょっと紹介したい。この一件をかいつまんで言えば、貧乏人が自分の血液を売ってお金儲けを図ったが、採血の時に使われた注射針が使い回しにされたので、エイズの蔓延になってしまった、という顛末である。例えば、2001年、河南省蔡県で3万5千人が「有償献血者」となったが、エイズ感染者が7千人も出てしまった。ところが、この売血行為は翌年も行われ、4万8千人が献血をしたところ、1万4千400名のエイズ感染者が現れてしまったのだ。同県には「重大なエイズ感染村」が八つもあったそうで、感染者が100名以上、あるいはエイズによる死者が10名以上出た集落が80箇所もあったという。(湯浅誠 『中国社会のとことん深い闇』、ウェッジ、2006年、 p. 41) 支那は膨大な犠牲者を発生させたが、正確な統計を発表しない北京政府のせいで、実際どれだけの人が感染者になったのか判らない。専門家によれば、河南省だけでも10万人以上というから、支那全土でどれくらいだったのか、想像しただけでも背筋が寒くなる。

  そもそも、この売血販売はどのように始まったのか? きっかけは、1992年、河南省衛生局に劉全喜が局長として就任したことに端を発する。彼は「第三次産業を大いに発展させよう !」と呼びかけたが、同省は典型的な農業地区だ。鄭州とか開封といった一部の都市を除けば、ほとんどが農村である。歐米諸国による外資の進出はなく、これといった産業も無い。そこで、農業人口の多さに目をつけた劉局長は、「売血ビジネス」によって経済を発展させようと考えた。(如何にも支那人らしい発想だ。) 仮に、農民7千200万人のうち、2%が年に1回か2回、血液を売れば、省全体で大変な儲けになる。何しろ、血液を購入した製薬会社が支払う金額は、数十億元と見込まれたから、河南省の幹部達が受け取るリベートだって相当な額になるじゃないか。しかし、表向きは、「これで貧しい河南省が豊になれる !」というキャッチフレーズだった。(もう、呆れてしまうけど、日本人では考えられぬ発想だ。)

  支那人は金儲けとなれば動きが速い。劉局長が発する鶴の一声で血液センターが開設され、役人は農民からドンドン血液を吸い取った。「庶民の膏血(こうけつ)を啜る」、となれば支那人の右に出る者はいない。劉局長は、故郷の郾城(えんじょう)県にも衛生局の資金で血液センターを作り、妹に運営を任せたそうだ。さぁ~すが、支那人 ! 家族揃ってゼニ儲け。ところが、軍人も銭の匂いに敏感だから、「河南省に行けば大量の血液が手に入る」と考え、支那各地の血液関係機関が、「乳と蜜(milk and honey)」じゃなかった、「赤いジュース」が流れる河南省に殺到した。この大軍に湖南省の幹部は大喜び。利権拡大とばかりに、採取された血液の値段は跳ね上がり、400ccで240元(約3千360円)という金額になったそうだ。

  しかし、支那大陸で「ピンハネ(中抜き)」は当たり前。血液を搾り取られた庶民には、たった40元しか渡されず、差額の200元は幹部の懐に入ってしまった。確か、オールド・コミュニストは「民衆の搾取」に憤ったはずだが、支那の共産主義者は搾取階級になっていたのかなぁ~? (別荘に住むブルジョワの不破哲三に訊いてみよう。) こうして、1991年から1995年まで、河南省では役人の肝煎りで「売血ビジネス」が大繁盛。少なくとも、300万人が売血を行ったというから凄い。そればかりか、売血商売の関係者や省の幹部連中の中には、「売血成金」まで誕生したというから、一攫千金を狙う者はアメリカよりチャイナに行くべきだ。

  自分の血液を売った農民も一時的には潤ったが、エイズ感染という負の利益を得たから、全体として見れば大損したことになる。支那人に衛生観念を求めるのは、殺人鬼に道徳心を期待するようなものだから、最初から無理。だいたい、採血に用いた注射針をロクに消毒せず、何回も使い続けるんだから、どこかで感染症が発生するのは当然じゃないか。さらに、採血された血液は、重要な成分が分離されたあと、同型の血液同士で混ぜられ、売血者の体内に戻されたそうだ。日本人だと「えっ、そんな ! まさか ! あり得ない !」と驚いてしまうが、暗黒大陸の支那では何でも「有り」だ。案の定、支那ではエイズや肝炎が爆発的に広がってしまったという。これだから、聞いている方が馬鹿らしくなる。

  日本でさえ、貧しい家庭に生まれると大変なんだから、支那で貧乏人となれば不幸の100乗である。貧民がひしめく農村に、公衆衛生なんていう高級なシロモノは無い。支那人は感染者でも普通に結婚し、売春婦とも寝てしまうから、エイズが広まるのは時間の問題だ。さらに悲惨なのは、生まれながらの「エイズ患者」として育つ子供達である。1990年代後半になると、さすがに中央政府の医療関係者らも「まずい !」という声が出始めた。支那科学院や衛生部の専門家達は、感染の実態を把握し、エイズ防止センターを開設すべきである、と河南省に要請したが、劉局長は驚愕の言葉を口にする。「我が省でエイズが蔓延しているというのはデマだ。我が省に問題は無い!」と一蹴り。彼はエイズ防止の有効な措置を取らなかった。「腐敗」というのは支那人の宿痾(しゅくあ)で、何千年かかっても治らない水虫みたいだ。とにかく、背徳の官僚というのは劉局長ばかりではない。本来、エイズの拡大を阻止すべき医療関係者も、「血液ビジネス」の魅力に勝てず、無為無策のままであったというから、支那人には附ける薬が無い。(上掲書 p.44.)

  香港映画では無頼漢が幅を利かすと、何処からともなく正義の味方が現れ、カンフーを用いて悪党をやっつけるが、現実の支那では有り得ず、強い者か弱い者を叩きのめす。2003年、上蔡県楼村に住むある女性が、視察に訪れたWHOの専門家に、村で蔓延るエイズの実態を訴えようと準備を進めていたところ、県の役人からボコボコに殴られ、挙げ句の果てに逮捕されるというスキャンダルがあった。同年六月には、上蔡県の政府が村人を弾圧するという事件まで起きてしまった。上蔡県政府から派遣された600名の武装警察官は、エイズ患者が多数存在する孟楼村を襲撃し、村人に殴る蹴るの暴行を加え、手当たり次第に逮捕するという暴挙に出たそうだ。信じられないけど、勾留した村人の家屋まで壊したというから唖然とする。その理由は、「村民が不穏な動きを取ろうとしたから」という“でっあげ”だった。

  致命的なエイズといい、不気味なSARS(重症急性呼吸器症候群)といい、支那大陸ではしょっちゅう疫病が流行っている。疫病の研究者が世界各地で発生した黴菌やウイルスの発祥地を探ると、最終的に支那へ辿り着くそうだから、支那人は悪魔(ルシファー)の肋骨から生まれたのかも知れない。それなのに、我が国は支那人を大歓迎。さらに信じられないのは、日本政府が住民登録をしている在日外国人にも、10万円の給付金を配布することだ。テレビのワイドショーは渋々この事実を伝えたが、司会者は何事も無かったかのようにサラリと流すだけ。ゲスト・コメンテーターも意図的に触れず、金額の話題などに焦点をズラし、在日外国人への給付は無視。日本に在住する支那人は、78万6千241人(令和元年)もいて、南鮮人だと45万1千543人も住んでいるという。その他、ベトナム人やフィリピン人、ブラジル人などもいるから、実際、何割の外人に贈与されるのか分からないが、彼らに渡される給付金の額は莫大なものとなる。安倍政権は有り難くもないマスク配布で466億円も使っているのに、そのうえ、外国人にまで公金を渡すんだから、一体、安倍総理は何を考えているのか? もしかしたら、外人への給付金額に興味が無いのかも知れない。安倍氏は「国民の皆様に給付金を・・・」と公言していたが、在日外国人も住民登録をすれば「日本国民」なのか?

  とにかく、我が国には大量の支那人が住み着いている。定住者ばかりではなく、「旅行者」として入ってきた「潜在難民」まで含めれば100万人を越えてしまうだろう。恐ろしいのは、旅行者としてやって来た支那人が、「帰国するのは嫌だ」とゴネて日本に居坐ろうとすることである。支那大陸には不吉な未来しかないから、安全で快適な日本に定住しようという訳だ。日本人にとったら大迷惑だが、支那人には絶好のチャンス。支那人には愛国心など微塵も無いから、支那大陸が放射能汚染されようが、太平洋に沈もうがお構いなし。自分と家族さえ助かればそれで良い。マレーシアとかフィリピンの華僑を見てみれば分かるじゃないか。フィリピンに親子代々住み着く華僑は、フィリピン人としてのアイデンティティーなんか全く無い。支那人からすれば、土着のタガログ族やビサヤ族、イロカノ族などは野蛮な未開部族に過ぎず、彼らを“同胞”と思っている支那人がいたら、まさしくエイリアンだ。

  地上波テレビしか観ていない日本人は、ウイルス感染ばかりに気を取られ、有害な支那人が続々浸透していることに気がつかない。日本人はアジア人と離れて暮らしてきたから幸せだったのに、今では大量のアジア人と隣人関係になっている。一般の日本人は学校で多文化主義を仕込まれているから、支那人や朝鮮人といったアジア人が日本社会に“同化”すると思っているが、実際は違う。我々がアジア人に飲み込まれ、日本人が肉体的・精神的に変質してしまうのだ。このまま支那人が増え続ければ、支那人みたいな考えの日本人が増えてくるし、支那人の文化や風習を拒絶できなくなる。また、支那人との間に生まれた混血児は、たとえ日本語を流暢に話しても、どこか支那人らしい行動を取るから、“異質”な日本人となってしまう。日系日本人は微妙な仕草に敏感だから、支那系住民を「何か奇妙な人物」と見なし、距離を置こうと考える。こうなれば、日本社会は階級や民族でバラバラとなり、「国民の一体感」は「国民同士の猜疑心」に変貌し、昔からあった「日本人」というアイデンティティーも消滅してしまうだろう。

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(写真 : ブリテンに住むイスラム教徒 )

  日本人は未だに呑気で、日本の“アジア化”は無いと思っている。もし、そういった楽観を抱いている日本人がいるなら、移民や難民で変貌したブリテンを眺めてみるべきだ。ロンドンのタワー・ハムレッツ(Tower Hamlets)やノッティングヒル(Notting Hill)、サウスオール(Southall)、イーリング(Ealing)(Brixton)、バーミンガムのハンズワース(Handsworth)、レスターのベルグレイブ(Belgrave)、リーズのチャペルタウン(Chapeltown)、ブラッドフォードのマニンガム(Manningham)などは有色移民で溢れている。とても、アングロ・サクソン人の国とは思えない。まるで、アフリカやアジアにある雑居地域みたいだ。アジア人やアフリカ人は貧困や災難があれば、躊躇なく祖国を捨て、豊かな先進国に移り住む。人権思想で洗脳されたヨーロッパ人は、押し寄せてくる異民族を排除できない。結果として、不愉快な人種との共存となり、先祖が築いてきた社会は滅茶苦茶だ。日本も令和30年くらいになれば、多民族混淆社会が当たり前となるから、今のうちに日系日本人が住む「日本」を写真に収めておいた方がいい。30年後、家族でアルバムを開いたとき、「あぁ、この頃はまだ日本らしい日本だったなぁ~」と懐かしむはずだから。



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