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トランプに反撥するユダヤ人

Alt right Americans 1Jews 002







(左 : 「白人のアメリカ」を主張する右派のアメリカ人  / 右 : 「多様性のアメリカ」を主張する左派のユダヤ人 )

  先週、チャンネル桜が歴史修正主義をテーマにした討論会を放送し、ゲストの一人である筑波大学の掛谷英紀(かけや・ひでき)が、米国における人種問題と黒人暴動についてちょっと述べていた。掛谷氏は左翼思想と黒人運動を説明するため、若手知識人であるベン・シャピロ(Ben Shapiro)の著書を参考にしていたが、シャピロの保守主義には“胡散臭い”ところがあるので、そのまま信じるのは危険である。なぜなら、シャピロは伝統保守のアメリカ人から爪弾きにされた“偽装保守”の論客であるからだ。さらに、シャピロが嫌われた根本的な理由を挙げるとすれば、アメリカの歴史に対する個人的な反撥心であろう。

  基本的に、アメリカはイギリス人の国だから、ユダヤ人は最初から部外者で、この寄生民族が心からアメリカを愛し、アメリカの伝統を守ることは先ずない。だいたい、他人の祖先を必死になって守ろうとする居候がいるのか? シャピロの番組やインタヴューを聞いた日本人なら分かると思うが、確かに彼は典型的な神童で、物凄く頭が良い。彼は16歳で高校を卒業すると、UCLA(カルフォルニア大学)を20歳で卒業する。しかも、「優秀な成績で」だ。続いて、彼はハーヴァード・ロー・スクールに通い、2007年には弁護士の資格を取っている。さらに進んで、2012年、この若造は自分の法律コンサルティング事務所を開く。平等主義が強い日本では、シャピロのような若者は滅多に現れないが、ユダヤ人社会ではさほど珍しいことではない。

Ben Shapiro 004( 左 / ベン・シャピロ )
  こうした華々しい経歴に加え、掛谷氏はシャピロが左翼思想を手厳しく批判し、左翼分子から猛反発を受けているから「保守派」と考えているようだ。(註: 掛谷氏の専門は情報工学らしいから、政治思想や論壇事情に疎くても仕方がない。) だが、「西歐的アメリカ」を望む保守派からすれば、人種を基にした移民規制は必要で、それに反対するシャピロは支持できない。彼は移民規制に関する議論の中で、共和党支持者が南米人の流入に反対するのは、民族的変化(demographic change)ではなく、イデオロギー的変化(ideological change)を恐れているからだ、と述べていた。(Ben Shapiro, "Are Conservative Restrictionists Racist?", Townhall, November 13, 2019.) なるほど、共和党支持者の大半はヒスパニックの不法移民や彼らの政治的嗜好、つまり“民衆党贔屓”を懸念していると答えるが、心の底で思っている事は違うだろう。とりわけ、トランプ大統領を支持する白人層は、異人種の南米人が“ホームランド(「我々の国」という故郷)に”雪崩れ込むことを忌み嫌っている。しかし、不満を募らせる南部の白人でも、やはり世間体というか周囲からの批判を恐れているので、露骨な嫌悪感は表に出せない。もし、本音を口にしたら「KKKの隠れシンパだ !」と糾弾され、社会的地位を失ってしまうから。

  一方、ユダヤ人のシャピロにしたら、1924年の移民規制法にあるような人種差別は赦せない。勤勉で能力がある南米人なら受け容れるべし、というのがシャピロの見解だ。確かに、第二次世界大戦中、同胞のユダヤ人が味わった悔しさを考えれば、シャビロがヒスパニック移民に同情するのは“もっとも”だ。しかし、白人の共和党員からすれば、日常にある“ささやか”な幸せをぶち壊されるのは御免である。だいいち、言葉や風習が違う有色人種と混ざったことで良かったためしは一度もない。大抵は、下品な連中が“うろつく”ことで街の雰囲気が悪くなり、いつの間にか犯罪も増えている、というのが定番だ。その一方で、刮目すべきは民衆党支持を表明する高額所得者の態度である。彼らは「良心派」を気取って多民族共生を讃美するが、いざ、ヒスパニックや黒人が街に住み着くと、何気なく引っ越しを始め、貧乏人が近づけない郊外の高級住宅地に逃れたりする。中には警戒厳重な「陸の孤島」や「森の中」、あるいは「要塞化した共同体(gated community)」に“逃避”するから呆れてしまう。

  以前、ベン・シャピロはスティーヴ・バノン(Stephen Bannon)が運営する『ブライトバート(Breitbart)』に属していた。ところが、このニューズサイトが大統領候補となったドナルド・トランプを支持し始めると、急に不機嫌となり、袂(たもと)を分かつことになった。決裂の切っ掛けは、同僚のミッシェル・フィールズ(Michelle Fields)への「暴行事件」で、彼女がしつこくトランプに質問しようとしたので、選対本部長のコリー・ルアンダウスキー(Corey Lewandowski)がミッシェルの腕を摑んで阻んだというのだ。(後に彼女はSNSで、うっすらと出来た腕の“痣(あざ)”を公開していた。) しかし、ブライトバートの幹部達はトランプ陣営の「暴行事件」を咎めず、うやむやにしようとしたので、フィールズとシャピロはブレイトバートを辞めることにしたそうだ。

  表面上、シャピロは「トランプ寄りの方針」に憤慨して出て行ったことになっているが、本音は別のところにあったはずだ。つまり、彼はヒスパニック移民を排除しようと謀るトランプと、それを支持する白人右派に敵愾心を燃やしていたのである。(特にシャピロはリチャード・スペンサーの如き「オルト・ライトalternative right」の白人が大嫌い。これは2000年以上もの間、ユダヤ人が親子代々受け継いできた嫌悪感と危機意識である。常に「鼻つまみ者」という劣等感を持つユダヤ人からすれば、新興右派とネオ・ナチは紙一重に見えてしまうのだ。) おそらく、ユダヤ人のシャピロは、国境で追い返されるメキシコ人家族と、第二次大戦中に門前払いとなったユダヤ難民を重ね合わせているのだろう。実際、戦時中から移民や難民への門戸開放に熱心だったのは、政治家や民間人を問わず、ユダヤ系アメリカ人が圧倒的に多かった。

Steve Bannon 111Michelle Fields 2Corey Lewandowski 2Richard Spencer 01







( 左 : スティーヴ・バノン  /  ミッシェル・フィールズ  / コリー・ルアンダウスキー  / 右 : リチャード・スペンサー  )

Jamie Weinstein 5(左  / ジェイミー・ワインシュタイン )
  ちなみに、「ブレイトバート」に勤めていても、フィールズは“保守派”ジャーナリストとは言えず、どちらかと言えばリベラル派で、前の職場は左翼メディアの『ハッフィントン・ポスト(Huffington Post)』紙であった。(この新聞社は反日記事を掲載することで悪名高い。ここに属する日系の反日記者と朝日新聞が提携して日本を貶めている。) 彼女がトランプに反撥したのは個人的な事情もあったらしい。ミッシェルの父親はコメディー番組に出演したり、テレビ用の脚本を書いていたグレッグ・フィールズ(Greg Fields)で、その妻(ミシェルの母親)はホンデュラス出身の移民であった。それゆえ、ミッシェルはヒスパニック移民を排斥しようとするトランプに“個人的”な恨みを持っていたという訳。さらに、当時交際し、後に結婚した男性は、政治ジャーナリストのジェイミー・ワインシュタイン(Jamie Weinstein)であった。このワインシュタインもユダヤ人。彼は「ウィークリー・スタンダード(The Weekly Standard)」誌やニューズウィークの「デイリー・ビースト(The Daily Beast)」に寄稿するコメンテイターであったが、後に『ナショナル・リヴュー』へと移ることになった。転職したワインシュタインは饒舌なせいか、ナショナル・リヴューが運営するウェッブ・サイトで冠番組を持つようになった。(註 : アメリカ人は彼の名前を「ワインシュティーン」と発音するが、筆者は敢えて「ワインシュタイン」と表記する。「アルバート・アインシュタイン」の例と同じく、「ワインシュタイン」と呼んだ方がユダヤ人の名前のように聞こえるので、筆者は“わざと”後者の呼び方を用いている。)

  以前、当ブログで『ナショナル・リヴュー』に言及したが、この雑誌のスタッフには驚くほどユダヤ人が多い。(前編後編を参照) 保守派言論界の大御所たるウィリアム・バックリー(William Buckley, Jr.)が創刊した『ナショナル・リヴュー(National Review)』は、左翼全盛期のアメリカにおける保守派の牙城であったが、愛国派の執筆者がユダヤ知識人を批判するようになると、バックリーが“粛清(パージ)”を始めたので、優秀な保守派が去ってしまい、今では「保守」の看板を掲げるだけの左翼雑誌に落ちぶれている。(註: バックリーはアイリス系アメリカ人で、親子代々のカトリック信徒であった。) それにしても何故、バックリーがユダヤ人の擁護に走ったのかと言えば、先ず雑誌を支えるスポンサーを失いたくなかったからだ。もし、ユダヤ人を敵に回してしまうと、財界のパトロン達が離れてしまい、雑誌の経営が難しくなるし、自身の優雅な生活が続かなくなる。また、『ナショナル・レヴュー』を創刊した時、様々なユダヤ人に助けてもらったし、編集部にもユダヤ人をたくさん抱えていたから、ユダヤ人批判なんて端っからできない。例えば、バックリーは雑誌を創刊する時、ジャーナリストのウィリアム・シュラム(William Siegmund Schlamm)やフランク・マイヤー(Frank Strauss Meyer)に世話になったそうだ。

William Buckley 8William Schlamm 01Frank Meyer 02








(左 :  ウィリアム・バックリー  / 中央 : ウィリアム・シュラム  / 右 : フランク・マイヤー )

  日本人は肌が白い外人を見ると、みんな「ヨーロッパ人」と思いがちだが、西歐世界に住む白人にはトルコ人とかシリア人の他に、東歐のアシュケナージム系や南歐のセファラディー系ユダヤ人も含まれる。「アジア系」と思われるチェチェン人とかタタール系ロシア人も、アメリカに住むと「白人」扱いだ。ということで、ウィリアム・シュラムも一応「白人」の部類に入ってしまう。このシュラムはガリツィア(Galicia / オーストリア・ハンガリー帝国)出身の両親を持っていた。彼は如何にもユダヤ人らしく、10代で共産主義者となり、16歳の時、ロシアに招待されて革命の父ウラジミール・レーニンと面会したことがあるそうだ。その後、シュラムはウィーンで刊行される共産党系の新聞『Die Rote Fahne』のコラムニストになった。しかし、彼はオーストリアに留まらず、自由の国アメリカへと移住する。新天地に赴いた元共産主義者は、著名なヘンリー・ルース(Henry Luce)と出逢い、このメディア王が創った『Fortune』という経済雑誌や総合雑誌の『Time』、および彼が買収した『Life』誌に投稿するコラムニストになったという。

  一方、マイヤーはドイツ系ユダヤ人の両親を持つが、生まれたのは米国のニュージャージー州である。彼は改革派ユダヤ教の家庭に育ったが、これまた共産主義に惹かれてしまい、大学に通うと左翼思想に一層磨きを掛け日々を送っていたという。秀才のマイヤーはプリンストン大学に入学したが、途中で英国に留学するとこを決め、オックスフォード大学のベリオール・カレッジ(Balliol College)に編入した。さらに、彼はロンドン大学(London School of Economics)へと進むが、その共産主義活動を大学側に咎められ、渋々ながらも退学となる。泣きっ面に蜂だが、ついでに国外追放となってしまう。つくづく思うけど、ユダヤ人というのは習性なのか遺伝なのか、いまいちハッキリしないけど、異常なくらい学生運動や左翼活動に熱心な人種である。そんなに素晴らしい理想ならば、何も嫌いなヨーロッパやアメリカに住み続けないで、さっさと神様からもらった「カナンの地(パレスチナ)」へ戻ればいいじゃないか。イェルサレムなら邪魔な西歐人がいないから、ユダヤ人やアラブ人相手に思う存分暴れ回ることができるだろう。

  この共産主義者が保守主義へと“回心”したのは、大学の先生から叱られたからではない。マイヤーはフリードリッヒ・フォン・ハイエック(Friedrich August von Hayek)の名著、『隷従への道(The Road to Serfdom)』を読んだからだ。ハイエックとの邂逅(かいこう)でマルクス主義と訣別したマイヤーは、自由市場経済の支持者となり、やがてウィリアム・バックリーと出逢うことになる。政治哲学者のマイヤーは、バックリーの助言者的存在となり、『ナショナル・レヴュー』が創刊されると上級編集員となった。しかし、彼は伝統重視の保守派とは反りが合わなかったようで、保守派国民から人気を博していた大御所のラッセル・カーク(Russell Kirk)やロバート・ニスベット(Robert Nisbet)には一定の距離を保っていたそうだ。それでも、マイヤーが批判の相手としたのは、アブラハム・リンカンの研究で知られるハリー・ヤッファ(Harry Victor Jaffa)であり、二人は雑誌上で何度か論争を繰り広げていた。このヤッファも保守派のユダヤ人で、バックリーとは親しい間柄であったという。ユダヤ人同士が言い争うのは珍しくなく、ヤッファは「ネオコンの父」と称されるアーヴィン・クリストル(Irving Kristol)とも議論を戦わせていた。これが元でヤッファはリベラル派の知識人から毛嫌いされ、彼らのブラックリストに名前が載っていたそうだ。

Russell Kirk 01Robert Nisbet 2Harry Jaffa 2Irving Kristol 2







(左 : ラッセル・カーク  /ロバート・ニスベット   /  ハリー・ヤッファ /  右 : アーヴィン・クリストル )

  『ナショナル・レヴュー』の創刊に携わったユダヤ人の一人に、戦闘的保守派のマーヴィン・リーブマン(Marvin Liebman)がいた。彼はバックリーと親しく、家族ぐるみの付き合いであったという。この交際が切っ掛けで、ユダヤ教の家庭で育ったマーヴィンは、バックリーのカトリック信仰へと傾いて行く。最終的に、マーヴィンはキリスト教に改宗することにし、洗礼の時、バックリーが彼の代父(godfather)を務めたそうだ。しかし、マーヴィンには困った点が一つあった。それは、彼が同性愛者であった事だ。第二次世界大戦の時、彼は合衆国陸軍に入隊し、カイロに派遣されたことがある。しかし、マーヴィンは運が悪かったのか、上官に恋文の束を発見されてしまい、同性愛者であることがバレてしまった。ゲイであることが露見したマーヴィンは、上官により仲間の前で「間抜け」とか「フェラチオ野郎」と罵られ、最終的に「ブルー除隊(blue discharge)」の処分を受けることになる。(これは当時、往々にして同性愛者に対する処遇であった。) 「陸軍からの除隊」というが、マーヴィンの身分は、勇ましい歴戦の「軍曹」とか、敵を次々と倒す「狙撃手」じゃなく、厨房勤務の「料理人」であった。これじゃあ、何となくパート・タイマーの解雇みたいだけど、彼はちゃんと退役軍人の恩給は貰えたらしい。

Marvin Liebman 02(写真 : 左側の人物がマーヴィン・リーブマン )
  ユダヤ人の保守派には「元左翼」というのが多く、マーヴィンも若い頃は共産主義に心酔し、左翼組織の『アメリカ学生組合(American Student Union)』や『青年コミュニスト同盟(Young Communist League)』に所属していたそうだ。しかし、戦後、共産主義国がユダヤ人を厳しく扱ったことが報じられると、マーヴィンはソ連に激しい怒りを覚え、憧れの本店に嫌悪感を抱くようになった。さらに、彼はあるロシア人女性と出逢ったことで衝撃を受ける。彼女はソ連の強制収容所に投獄され、悲惨な目に遭ったそうだ。マーヴィンは彼女との会話からソ連経済が奴隷労働によって支えられていることを知り、共産主義へのロマンを捨てたらしい。マーヴィン曰わく、「完全な裏切」であったという。共産主義には幻滅したが、ユダヤ人への同胞愛は活きており、マーヴィンはシオニズムにのめり込んだ。1947年、彼はユダヤ人のテロ組織である「イルグン(Irgun)」に協力したし、「United Jewish Appeal」や「American Fund for Israel Institution」といったユダヤ人組織への奉仕も怠らなかった。しかし、マーヴィンが本当に熱心だったのは、「同性愛者を平等に扱う社会を!」という政治運動だった。『ナショナル・レヴュー』に投稿した記事によれば、「ゲイ、保守派、共和党員」であることはマーヴィンの中で矛盾せず、三つとも全て成立するそうだ。そんなら、ユダヤ教徒の間やシナゴーグの中で実践してくれ。同性愛者を嫌うガチガチのユダヤ教徒が、どんな反応を示すのか楽しみだ。

  ユダヤ人というのは本質的に言論活動が趣味なのか、保守や革新、左翼や右翼を問わず、関与する論壇で主要な地位を占めてしまう。『ナショナル・レヴュー』の編集に携わったユージン・リヨンズ(Eugene Lyons)とモリー・リスキンド(Morrie Ryskind)もユダヤ人であったし、バックリーの母校であるイェール大学で「自由アメリカ人青年(Younf Americans for Freedom)」という保守系団体の議長になったロバート・シャックマン(Robert Schuchman)もユダヤ人であった。『Freeman』という雑誌を創刊したフランク・チョドロフ(Frank Chodorov)もユダヤ人。彼は大学での保守思想を広める教育団体「Intercollegiate Studies Institute」を創設した“右派知識人”としても知られている。そして、この研究所の初代総裁を務めた人物は、友人のウィリアム・バックリーであった。

Eugene Lyons 1Morrie Ryskind 1Frank Chodorov 01









(左 : ユージン・リヨンズ  /  中央 : モリー・リスキンド /  右 : フランク・チョドロフ )

  保守派ユダヤ人として最も有名なのは、共和党の大統領候補になったバリー・ゴールドウォーター(Barry M. Goldwater)であろう。惜しくも、彼は1964年の大統領選挙でリンドン・ジョンソンに敗れてしまったが、当時は共和党の保守派にとり「希望の星」であった。後にカルフォルニア州知事と大統領になるロナルド・レーガンや保守論壇の女傑であるフィリス・シュラフリー(Phyllis M. S. Schlafly)もゴールドウォーターを熱心に応援していた。ちなみに、ゴールドウォーター陣営で法律顧問を務めていたのは、後に連邦最高裁の首席判事となったウィリアム・リンクィスト(William Rehnquist)である。このリンクィストは保守派の裁判官として知られているが、それもそのはずで、彼がハーヴァードの大学院で勉強したのはマイケル・オークショット(Michael Joseph Oakeshott)の政治哲学であった。英国人のオークショットは、合理主義に基づく社会改造や革命を批判した保守派の偉人で、生前の西部邁が称讃していた政治哲学者だ。現在の最高裁では珍しいが、リンクィストは北歐系アメリカ人で、彼の祖父母はスウェーデンからやって来たという。ガリツッア地方やポーランドからの下賤なユダヤ人とは違い、彼の祖先はキリスト教的道徳を大切にする好ましい移民であった。

Barry Goldwater 01Phyllis Schlafly 004Michael Oakeshott 01William Rehnquist 12








(左 :  バリー・ゴールドウォーター  / フィリス・シュラフリー  / マイケル・オークショット  /  右 : ウィリアム・リンクィスト )

  『ナショナル・レヴュー』を創設した一人であるラルフ・デ・トレダーノ(Ralph de Toledano)も、かつては左翼主義に染まったユダヤ青年であった。彼はセファラディー系ユダヤ人の家庭に生まれたが、やはり赤い思想に惹かれてしまい、「アメリカ社会党(Socialist Party of America)」のメンバーになってしまった。そして、急進派の青年は左翼の巣窟であるコロンビア大学に入る。彼はここを卒業すると、社会党の機関紙である『The New Leader』の編集員になったそうだ。しかし、ラルフは後に保守派へと転向し、リバタリアン系の知識人となった。「Alt-Right」の活動で有名になったポール・ゴットフリード(Paul Gottfried)も保守系ユダヤ人である。彼も若い頃、大学で左翼思想に触れているが、リベラル派にはならなかった。ただし、興味深いエピソードがある。ゴットフリードがイェール大学で博士論文を書いていた時、彼の指導教官であったのはフランクフルト学派の有名人、あのヘルベルト・マルクーゼ(Herbert Marcuse)であっのだ。もっとも、ゴットフリードはマルクーゼの講義を聴いても、師匠の教義には共鳴せず、その弟子にもならなかった。とにかく、耳にしただけでも恐ろしくなるが、極左教授の洗脳活動は実に幅広い。第二次大戦中、OSS(米国諜報組織)で働いていたマルクーゼは、戦後、コロンビア大学からハーヴァード大学に移り、ブランダイス大学やカルフォルニア大学サンディエゴ校で教鞭を執っていたが、イェール大学にも足を伸ばしていたとは。ホント、左翼分子は侮り難い。

Paul Gottfried 02Herberet Marcuse 1Ralph de Toledano 2









(左 :  ポール・ゴットフリード  / 中央 : ヘルベルト・マルクーゼ  /  右 : ラルフ・デ・トレダーノ)

  このように一人一人素性を調べてみると、保守派陣営に潜り込んでいるユダヤ人は相当多いと分かる。トランプが大統領になったことで良かったことは、ネオコンのような偽装ユダヤ人が炙り出されたことだ。「ブライトバート」からはシャピロばかりでなく、要職を占めていたジョーダン・シャクテル(Jordan Schachtel)とジャレット・ステップマン(Jarrett Stepman)も出て行った。辞任したシャクテルは同胞のメディアで活躍し、ホロコーストの「お涙頂戴話」で記事を書いていた。(Jordan Schachtel, "The Evidence Room : When Skills Are Used for Evil", Jewish Journal, June 26, 2019.)  他方、ステップマンはアメリカ社会に根強く残る反ユダヤ主義を糾弾し、ユダヤ人はアメリカの歴史に貢献してきたと述べていた。まぁ、“よそ者”とか“タカリ屋”として馬鹿にされるユダヤ人だから仕方ないけど、ステップマンは我慢がならないようで、独立戦争の時にはユダヤ人のハイム・サロモンが資金援助をしていたんだ、と自慢していた。(Jarrett Stepman, "America Has Always Been a Safe Haven for Jews. An Evil Killer Won't Change That", The Daily Signal, October 29, 2018.)  

Jordan Schachtel 02Jarrett Stepman 2








(左 : ジョーダン・シャクテル  / 右 : ジャレット・ステップマン )

  なるほど、「ユダヤ人だってアメリカ人だぞ !」と言いたいんだろうけど、ステップマンの主張には賛成できない。「貢献」と言っても、要するに、銭屋(金融家)のユダヤ人が他人の窮地につけ込み、お金を融通しただけじゃないか。ユダヤ人は昔から、他人の不幸や戦争に乗じて自分の利権を拡張しようとする。ドイツ人やイギリス人、フランス人、オランダ人も侵掠戦争や防衛戦争となれば、莫大な戦費がかかるので、どうしても借金することになる。そこへ都合良く裕福なユダヤ商人が現れ、つべこべ言わずお金を貸したり、気前よく資金を提供する訳だ。ヨーロッパ人の領主や君主に“貢献”するユダヤ人は、低金利での貸し付けや、借金の棒引きをする代わりに、何らかの“特権”を要求する。そして、お金に困った王様や貴族は渋々ながらも承諾することが多かった。こうしてユダヤ人は自らの地位を安定させ、ヨーロッパ各地に独自のネットワークを張り巡らしてきたのだ。

Matt Drudge 7(左  /  マット・ドラッジ)
  トランプ大統領に反撥したユダヤ人の中で、特に目を引くのは、マット・ドラッジ(Matthew Nathan Drudge)の“転向”である。日本人には馴染みが無いが、アメリカではかなりの有名人で、彼が発行する『ドラッジ・レポート』は保守派国民の中で評判が良い。ドラッジ本人によれば、昨年だけでも100億くらいの閲覧回数があったという。しかし、最近、彼は常連のお客を裏切り、進歩的左派に寄り添うようになった。(Spencer Neale, "Matt Drudge now firmly a man of the progressive Left", Washington Examiner, July 24, 2020.) 一応、ドラッジは「大統領が約束した国境の壁がまだ出来ていないじゃないか!」と腹を立て、反トランプに廻ったというが、本当かどうか怪しい。(Bob Norman, "Why did Matt Drudge turn on Donald Trump", Columbia Journalism Review, January 29, 2020.)  

Matthew Lysiak 1( 左 /  マシュー・リシャック)
  ドラッジの正体を調査したマシュー・リシャック(Matthew Lysiak)によると、ドラッジは「ユダヤ人」というアイデンティティーを強く意識しており、度々、イスラエルのテルアビブに旅行していたそうだ。トランプの再選の時期が迫っているので、様々な工作機関や反対陣営が動き出しているから、ドラッジの「転向」には何かあるんじゃないか? 裏舞台で外国の宣伝戦が行われていても、一向におかしくはない。もしかしたら、反トランプ陣営がドラッジに近寄り、彼を「切り崩した」可能性だってある。偽装保守のユダヤ人は地位が不動になると、チョロッと本性を現す。また、優雅な生活を維持するため、リベラル派の富裕層に寝返ることもある。通常、保守派知識人にはお金持ちが少ないが、商売上手のユダヤ人たるドラッジは別。彼はフロリダ州のエヴァーグレイズ(Everglades)に邸宅を構えるほどの「成金紳士」だ。日本のビジネスマンでもエヴァーグレイズの国立公園とか、マイアミの海岸で休暇を過ごした人もいるだろう。留学生でも分かると思うが、あの辺は本当に快適な地域だ。こんなリゾート地に220万ドルの豪邸を持っているんだから、ドラッジの思考様式が他の保守派と違っていてもおかしくはない。

  一般の保守派国民はドラッジの変節を「裏切りだ !」と糾弾するが、元々リベラル派の人物が「保守派」を装っていたという事例は結構ある。例えば、『ハッフィントン・ポスト』を創刊したアリアナ・ハッフィントン(Arianna Huffington)だって、カメレオンよりも早く保守派からリベラル派へと変身したじゃないか。このアリアナは英国経由のギリシア移民で、本名は「アリアドネ・アナ・スタシノポウロウ(Ariadne-Anna Stasinopoulou)」という。ギリシア系帰化人のアリアナは、1986年に共和党下院議員のマイケル・ハッフィントン(Michael Huffington)と結婚したから「ハッフィントン」を名乗っている。ギリシア人の名前より、英国風の名前の方がいいから、離婚した後も亭主の姓を保持しているのだろう。(アリアナは1997年に離婚している。)ちなみに、アリアナが『ハッフィントン・ポスト』を創刊する際に協力したのは、『ブライトバート』を創設した故・アンドリュー・ブライトバートであり、保守派の有名人であったマット・ドラッジである。

Arianna Huffington 01Michael Huffington 1Andrew Breitbart 2









(左 : アリアナ・ハッフィントン /  中央 : マイケル・ハッフィントン /  右 : アンドリュー・ブライトバート )

  それにしても、アリアナの変節は恥ずかしいというか、呆れ返るほどみっともない。1980年代、彼女は「共和党保守派もどき」を演じ、下院議長のニュート・ギングリッジや上院議員のボブ・ドールなどを支持していた。一時期は、あの『ナショナル・レヴュー』にも記事を寄稿していたから、一般の保守派国民は彼女を保守派と思っていた。やはり、一般人なんてチョロいものだ。彼女は有名になるにつれ、その政治的野心を剥き出しにし、2003年、カルフォルニア州の知事選に打って出るが、対抗馬にアーノルド・シュワルツネッガーがいたから蹴散らすことが出来ず、あえなく撤退となった。一般有権者からの人気を得ようとしたのか、それとも“本当の自分”に戻ったのか、アリアナは次第にリベラル派へとスタンスを変えていった。たぶん、元から左翼なんだろうが、出世のためにレーガン人気(保守派の勃興)に便乗したのだろう。

  掛谷氏の発言を切っ掛けに色々な事を述べてしまったが、チャンネル桜の視聴者のみならず、一般の保守派国民はアメリカ社会に興味を持っていても、その知識が乏しいので、ちょくちょく知識人から騙される。なぜなら、一応「保守派雑誌」と呼ばれている『正論』や『WiLL』、『Hanada』といったオピニオン誌が、目先の話題を追求するだけの週刊誌(月刊の同人誌)になっているからだ。月刊『Hanada』の花田紀凱編集長は、元々『週刊文春』の編集長なので、時事ネタを扱って部数を伸ばせばいいという考えだ。それゆえ、知的な記事を求める読者でも、いつの間にか凡庸な論調に慣れてしまい、気楽な記事しか読まなくなる。まぁ、『Hanada』は娯楽雑誌だからいいけど、問題なのは『正論』の凋落だ。編集長が上島嘉郎になってからは衰退が著しく、田北真樹子になったらもう廃刊前の『新潮45』と同じ状態だ。

  平成の頃から保守の言論界は徐々に落ちぶれてきた。こんな状態だから、チャンネル桜が掛谷氏を招くのも当然だし、彼がベン・シャピロに引っ掛かっても不思議じゃない。一般の視聴者は掛谷氏の解説に頷き、「さすが、掛谷先生すごい!」と大感激。「なんで?」と疑問に思う視聴者の方が圧倒的に少数派である。日本の総合雑誌は「米国の保守派がどうなっているのか?!」については無関心だし、購読者自身が幼稚になっているから救いようがない。これじゃあ、雑誌の中身が適当な政治記事で埋め尽くされていても当然である。保守派雑誌を買う一般人は、国内政治のゴタゴタと「韓国・中国けしらからん!」という特集記事を目にすれば満足なんだから、馴染みの無い話題は敬遠となる。こうした知的頽廃に気づけば、どうして櫻井良子なんかが未だに支持されているのかが分かる。「チョコプラ」の松尾じゃないけど、Ikkoを真似て「驚愕ぅぅ~!」と言いたくなるよねぇ~。

  


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