血統による民族の保存

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   第21世紀の歐米諸国と日本で顕著なのは、左翼による国家破壊と国民の質的変化である。先進国というのは、外敵からの直接攻撃に対しては断固として対抗するが、同国民が引き起こす内乱や合法的な文革に対しては頗(すこぶ)る脆い。なるほど、「ペンは剣よりも強し」で、核ミサイルを用いずとも国家は崩壊する。もし、伝統社会の転覆を謀る極左が教育界を牛耳れば、やがて赤く染まった子供達はデストピアに明るい希望を抱き、祖父母が残してくれた恩恵には見向きもしないだろう。それどころか、積極的に「親殺し」を実行する虞(おそれ)さえある。左翼ウィルスが国民の間に蔓延すると、それを治療するのは至難の業で、革命思想で精神が狂った若者は、戦慄のリスト・カットを快楽と見なし、手首だけでは飽き足らず、太股や脇腹、首筋にまで刃物を突き刺して喜ぶ。これに加えて、移民の流入となれば、絆を持たない異邦人や混血児が激増し、統一国家はバルカン半島へと変化するだろう。

  リベラル思想に汚染された人々には理解しがたいけど、国家の繁栄や安泰には連続した歴史が必要だ。進歩思想にかぶれた国民というのは、「改革、改革 !」と叫びながら段々と不幸になる。一方、「因習」と馬鹿にされながらも、民族の伝統や歴史を大切にする“古い国民”は、けっこう幸せになることが多い。例えば、王室や貴族を抹殺した国民は、根無し草の浮浪者となり、政変と革命を繰り返す。しかし、いくら政治体制を替えても、国家の凋落に歯止めが掛からず、気がつくと別の国家になっていたりする。ブルボン王朝を潰したフランスが衰退の泥道を歩み、スチュアート王朝を復活させたブリテンが繁栄したのを思い出せば解るじゃないか。国家というのは一種の生命体で、その國體は悠久の時間をかけて成長するものだ。共和国よりも君主国の方が、何となく安心感があるのもそのせいだろう。とまぁ、小難しく述べてしまったが、要するに国民が昔ながらの生活様式と訣別し、人々の容姿や人種が変わってしまえば、自国が異国になってしまう、ということだ。

  最近、フランスの有名女優、ナタリー・ドロン(Nathalie Delon)が亡くなったので、筆者としてはとても哀しく、「一つの時代が終わった」という気分である。小学生の時に観た『個人授業(La Leçon particulière)』はとても印象的で、「フォンタナ」という同棲相手を持つフレデリック(ナタリー)が「オリヴィエ(ルノー・ヴェルレー)」という青年と恋に落ちるストーリーは、子供にとっても興味深いストーリーであった。しかし、一番印象的なのは、オリヴィエがフレデリックとの将来を見出せず、彼女を元の鞘に戻そうと、喧嘩別れしたフォンタナに彼女の居場所を知らせ、何事も無かったかのようにフレデリックのもとを去るシーンである。悲しみを隠しながら、フレデリックに笑顔を見せるオリヴィエのラスト・シーンは今でも心に残っている。令和の小学生だと、「フォンタナという大人のパートナーがいるのに、若い男と情事を重ねるなんて」と非難するが、昭和の時代だと不倫も文化の一つであった。

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(左 : 「オリヴィエ」を演じたルノー・ヴェルレー / 中央 : 「フレデリック」を演じたナタリー・ドロン / 右 : ランボルギーニ・ミウラ )

  また、別の意味で印象的だったのは、フレデリックが運転していたフォンタナ(レーサーの恋人)のクルマが、あの「ランボルギーニ・ミウラ」であったからだ。このスポーツ・カーは美しいボディーラインを特徴とし、V12気筒のミッドシップ・エンジンを搭載したTP400の完成車である。ただし、ランボルギーニ社が手掛けたのはエンジンと骨組みだけで、ボディーのデザインは「ベルトーン社(Bertone)」のマルチェロ・ガンディーニが担当した。1967年から68年にかけてランボルギーニ社の新車が販売されると、そのデザインに魅了された世界中のカー・マニアは、こぞって購入を決めたらしい。クルマ好きの日本人も圧倒的なミウラのデザインに魅了され、1975年(昭和50年)に『少年ジャンプ』で『サーキットの狼』が連載されると、巷の子供達はこの漫画を貪るように読んでいた。

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(左 : アラン・ドロン / ナタリー・ドロン / 息子のアンソニー・ドロン /  右 : 孫娘のアリソン・ル・ボルジ)

  話が脱線したので元に戻す。ナタリー・ドロンの映像を久しぶりに拝見し、彼女とその子孫の写真をじっと見つめると、家系の重要性というか民族の連続性、ないし「血の遺産」という意義を改めて痛感する。なぜなら、ナタリーの孫娘であるアリソン・ル・ボルジ(Alyson Le Borges)は、祖母とよく似ているからだ。ナタリーの元夫は日本でも有名なアラン・ドロン(Alain Delon)で、二人の間には「アンソニー(Anthony Delon)」という息子が生まれている。このアンソニーがダンサーのマリー・エレーヌ(Marie-Hélène Le Borges)と付き合って生まれたのがアリソンだ。ただし、当時(1986年頃)のアンソニーは迷える青年で、父親になることを望んでいなかった。それゆえ、父親の自覚が無いアンソニーは、この娘を自分の子として認めていなかったそうだ。しかし、段々と愛情が芽生えてきたのか、2008年にアリソンを認知したことで二人はようやく和解した。

  フランス人というのは大革命でキリスト教を排斥し、伝統的生活を破壊したからなのか、極端な個人主義や左翼思想に深く陥っている。結婚もしないで同棲するカップルは多いし、たとえ結婚しても教会で式を挙げることはなく、役所に種類を提出して夫婦となる人々も少なくない。仲には同棲のまま子供をもうける者や、婚外子を産んで未婚の母を貫く者も多いそうだ。こんな塩梅だから、ケルト系白人の出生率が低下し、離婚する夫婦も多くなるのは当然だ。しかし、日本の知識人はフランスで結婚率が上がったとか、新生児の数が増えたと騒いでいる。が、それはイスラム圏から移民が流入したからで、決して西歐系のガリア人が増えた訳じゃない。

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(左 : ダンディーなアラン・ドロン /  アランとロミー・シュナイダー /  アランとナタリー・ドロン/  右 : アランとロザリー・ヴァン・ブリーメン)

  2019年8月に亡くなったアラン・ドロン(享年83)は、4人の子供や孫を残していたが、家族関係は複雑で、付き合った女性も様々だ。ドイツ人女優のロミー・シュナイダー(Romy Schneider)との仲は有名であるが、その交際中にアランはドイツ人モデルで歌手の「ニコ(Nico / Christa Päffgen)」と浮気をしてしまい、彼女は「アリ(Ari / Christian Aaron Boulogne)」という息子を産んでしまう。ロミーと別れたアランは、美人女優のナタリーと結婚し、アンソニーをもうける。しかし、その結婚も長くは続かず、彼は女優のミレール・ダルク(Mirelle Darc)と付き合ってしまう。

  ところが、この同棲関係も破綻を迎え、再び独身に戻ったアランはロザリー・ヴァン・ブリーメン(Rosalie van Breemen)と交際して二人の子を授かる。1990年にアノスカ(Anouchka)という娘が生まれ、1994年にはアラン・ファビアン(Alain Fabien)という息子が生まれた。これにより、アノスカはアランの孫娘であるアリソンの叔母となる。つまり、アノスカはアリソンよりも4歳下なんだけど、法律上は「姉」のようなアリソンの「叔母」となってしまうのだ。日本でも稀にこういうケースがある。とは言っても、アランからすればアリソンも娘みたいな存在で、彼女とアノスカは姉妹と呼んでもいいくらいだ。また、55歳くらいの頃に生まれた娘だから、アランがアノスカを溺愛してもおかしくはない。

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(左 : アラン・ファビアン・ドロン / 中央 : アノスカ・ドロン / 右 : アリソン・ル・ボルジ )

  アラン・ドロンの子供や孫を目にして思うのは、彼らが見事にアランの遺伝子を受け継いでいることだ。息子のアンソニーやファビアンが父親と似ているのは当然なんだけど、孫娘のアリソンも祖父とソックリの瞳を持っているし、祖母であるナタリーの面影を色濃く残している。これがもし、アランがギニア人女性と結婚していたら、アンソニーは黒人との混血児となり、そのアンソニーがベトナム人と結婚すれば、アリソンの容姿はどうなっていたことか。ナタリーだってアランと恋に落ちず、褐色のアラブ人と結婚すれば、生まれてくる息子はヨーロッパ人とは違った容姿になる。そして、二人の息子がパキスタン人と結婚して娘をもうければ、アリソンとは異なるタイプの「フランス人」となるだろう。

  フランス人はフランスで誕生した子供は誰でも「フランス国民」になり得ると考えるが、日本人は出生地主義(jus soli)ではなく血統主義(jus sanguinis)で国籍を考えるから、非ヨーロッパ系の混血児を「フランス人」とは思わない。これは日本人カップルについても当て嵌まる。例えば、津軽出身の日本人(夫)と名古屋出身の日本人(妻)がフランス国籍を取得し、パリで結婚し、娘をもうければ、その少女は「パリジェンヌ」と呼ばれるだろう。しかし、この夫婦が日本に帰国し、彼らの娘が日本の中学校に通い出せば、ちょっとした“問題”が生じてくる。なぜなら、日本人の中学生は、生まれながらの「フランス国民」である転校生を「フランス人」とか「パリジェンヌ」とは思わないからだ。法律はどうあれ、日本人夫婦の間に生まれた子供なら、何処で生まれようが「日本人」である。いくら、彼女がフランス人のようにフランス語を流暢に話し、フランス流のマナーを身につけようが、外見がコテコテの日本人なら「日本人」でしかない。

  大阪の子供は正直に育つので、黒谷友香みたいな女性なら、ぎりぎり「パリジェンヌ」と認めるだろう。しかし、山田花子みたいな少女だと絶対に無理。学校の悪ガキどもは「アホか !」と罵倒し、「どこがパリジェンヌやねん ! お前なんか宝ジェンヌにもなれへんわ !」と叱り飛ばす。「タカ&トシ」みたいに「歐米か !」と突っ込みを入れてくれれば、まだマシな方だ。普通の同級生は「サンドイッチマン」の富沢みたいに、「何言っているのかわからない」と笑ってしまうし、意地悪な子だと便所に連れ込んでシバきまくる。イジメられた少女は、気取ったフランス語を捨て去り、必死で大阪弁を学ぶことだろう。

Rene Martial 1(左  / ルネ・マルシア )
  脱線したので話を戻す。現在は出生地主義で外人に国籍を与えているフランスでも、昔は血統主義を基にして移民を選別ないし排除していた。悪名高いのは医学博士のルネ・マルシア(René Martial)、彼は公衆衛生の専門家であった。マルシア博士はフランスにやって来る東欧人や南歐人、および北アフリカ系の移民を入国させるにあたり、民族的特徴や健康状態、心理状態を調べ、フランスに同化できるのかどうかを審査しようとした。彼は個人を検査するにあたって、血統や血液の質を重視したので、後の知識人から「偽科学の医者」と糾弾されることになった。しかし、彼の懸念は正しく、アラブ人やユダヤ人、アフリカ人などを「同化困難な人種」と判別したことは、非難されても決して間違いではない。

  地理学者のジョルジュ・モコ(Georges Mauco)も「レイシスト」の烙印を押されて批判されているが、当時(1930年代)のアメリカでも優生学に基づく移民の選別は当たり前で、異民族の流入には反対論が多かった。最初、移民の選別に慎重だったモコも、ナチスの人種論に触発されて「科学的転換」を考えるようになり、奨励すべき移民と拒絶すべき移民を区別したそうだ。特に、彼はユダヤ移民に厳しかったから、ユダヤ知識人の恨みを買うことになる。例えば、ポーランド出身のスラヴ系労働者はOKだけど、ポーランド人を装って入ってくるユダヤ移民は駄目、としたからフランスのユダヤ人は猛烈にモコを憎んだ。日本人は暢気だから気づかないが、正体を明かさないユダヤ人の学者は、人道主義者の仮面を被って差別主義者のフランス人を咎める。だが、こうした「レイシスト」は祖国を異人種の波から守り、フランス人の肉体的変異を防ごうとしただけだ。

  1940年代、フランスはドイツに占領され、ヴィシー政権はユダヤ難民の帰化を取り消したり、ユダヤ系国民をナチスに引き渡したことで大々的な批判を浴びている。だが、フランス人が長年に亙る異邦人を追放することが、そんなに悪い事なのか? ドイツや東歐から非難してくるユダヤ人は、なぜフランスとかアメリカ、ブリテンを目指したのか? ユダヤ人差別が頻発するヨーロッパを避けて、エジプトやトルコに亡命すればいいじゃないか。もし、こうしたイスラム圏が厭なら、さっさとパレスチナに帰ればいい。ユダヤ人にとって故郷のイェルサレムは、異国のロンドンやパリよりも馴染みがあるはずだ。ヒトラーだってユダヤ人の帰還には賛成だったから、ドイツに住むシオニストの長老達と輸送の密約(Haavara agreement)を結んでいたのである。

  晩年のアラン・ドロンは愛国者になりたかったのか、右翼政党と目される「国民戦線」の支持を表明していた。たぶん、余生が長くはないと判っていたから、正直な気持ちを吐露したんだろう。もし、彼がまだ20代か30代の駆け出しなら、決して本音を吐くことはない。米国の名優マーロン・ブランドー(Marlon Brando)も晩年になってから、ハリウッドに跋扈するユダヤ人を批判していたが、もし若い頃であれば絶対に口にしないだろう。ユダヤ人の映画制作者がどんなに左翼でも、また穢らわしい小児性愛者や強姦魔、あるいは変態であっても、沈黙するのがハリウッドの掟である。米国の俳優は私生活でも演技が必要だ。たとえ、心の中で共和党に共感しても、表の顔では熱心な民衆党の支持者を装う。馬鹿らしいけど、生き抜くための智慧というは、所詮こんなものである。

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(写真  /  ワシントンD.C.に購入した邸宅)

  ケルト系のフランス人が祖国を「白人の国」に保ちたいと言えば、国内外の人道主義者から猛烈な批判を食らうだろう。ところが、意外にも黒人ですら白人だらけの社会を素晴らしいと思っている。例えば、人種問題になると目を輝かせるバラク・オバマは、活動家時代から大統領時代に至るまで、一貫して白人中心の西歐世界を非難していた。しかし、私生活ではちょっと違うみたいだ。それは、オバマが購入した邸宅を見れば分かる。ホワイトハウスを去ったオバマは、2017年、ワシントンD.C.に「豪邸(マンション)」を購入したが、これはシカゴの貧乏黒人が手にできる代物じゃなかった。何と、購入価格は810万ドルなんだって。(Emmie Martin, "The Obamas just bought an $ 8.1million mansion in Washington, D.C.", CNBC, June 2, 2017.) いやぁぁ~、さすが黒人と白人の格差を問題にする元大統領は違うねぇ~。シカゴに住む嘗ての仲間で、いったい何人がこうしたマンションを購入できるんだ? (米国でいう「マンション」は高層長屋じゃなく、「一戸建ての豪邸」を意味する。)

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(写真  / 「マーサズ・ヴァインヤード」に購入した豪邸 )

  さらに、慈悲深いオバマは女房子供のために奮発した。彼はマサチューセッツ州の高級住宅地である「マーサズ・ヴァインヤード(Marths's Vineyard)」に邸宅を買うことにしたのだ。約30エーカーの土地に1千175万ドルのお屋敷なんだから、ホント羨ましい。(Julia Wells, "President Obama Buys Home on Edgartown Great Pond", Vineyard Gazette, December 4, 2019.)  日本人の筆者にはよく判らないが、「エドガータウン・グレイト・ポンド(Edgartown Great Pond)」の附近には、どれくらい黒人やヒスパニックが住んでいるのか? まさか、裕福な白人ばかりが住む避暑地じゃないよねぇ~。たぶん、誰も近寄らない辺鄙な田舎なんだろう。でも、治安が良さそうだ。これは単なる憶測だけど、黒人が密集するブルックリンやボルチモアと比べたら、この干拓地は別世界なのかも知れない。余計なお世話になるいが、オバマの家族は黒人の隣人が居なくて寂しくないのか?

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(左 : オバマの家族  / 右 : バラク・オバマ大統領を愛するアフリカ人 )

  日本の大学教授やテレビの評論家は、観念論で移民排除やナショナリズムを否定するが、現実の世界に住む庶民は具体的な問題で頭を悩ませているる。例えば、地方の田舎に住む両親は、東京や大阪といった都会で暮らす息子や娘が心配で、どんな恋人を持っているのか、どういった素性の者と結婚するつもりなのか、と気が気じゃない。同じ会社で働く同僚とか、趣味のクラブで知り合った友人ならいいけど、ベトナムからの留学生とか、在日米軍の黒人兵だと卒倒するんじゃないか。また、たとえ日本国籍を有していても、横浜で生まれた華僑系の青年とか、不法入国者の家系に生まれた在日南鮮人、パチンコ屋で成功した帰化鮮人の娘だったリすると厭になる。確かに、生まれてくる初孫が朝鮮人や支那人ではガッカリだ。

  また、庶民にとって住宅の購入は、人生で最も大きな決断となる。なぜなら、数千万円の買い物となれば、銀行から借金をすることもあるし、ボーナスが減額されれば自宅を手放す破目にもなってしまうからだ。そうじゃなくても、30年ないし40年、あるいは死ぬまで暮らす「我が家」となれば、周囲にある商店とか病院、学校などが気になるし、どんな環境なのかも調べたくなる。目の前が墓場だと気が滅入るし、近くに工場や線路があるとうるさくて堪らない。同じ町内にアジア人コミュニティーが出現すれば、見る見るうちに不動産価格は暴落だ。さらに、子供が通う公立学校には移民の子供が増えて学力低下となる。そのうえ、不気味な外人が増えれば、商店街が寂れるか激変し、街の様子も一変するはずだ。高額所得者は高級住宅地に亡命するが、低所得の平民はアジア人の群れに埋もれて泣き寝入りである。人種平等を説くテレビ局の重役や国会議員の家族は、一体どんな地域に住んでいるのか? 高学歴・高所得の医者や弁護士は、埼玉県の西川口とか大阪府の西成区に自宅を建てるのか?

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(左 : レオン・ブルム / マンデス・フランス / クロード・レヴィ・シュトラウス / 右 : ジャック・アタリ )

  昔の日本人はフランスのパリを「華の都」と思っていた。しかし、現在のパリはバグダッドかイスタンブールみたいだ。道路沿いにはジプシーが作った掘っ立て小屋があるし、新たなドヤ街にはシリア人やイラク人の難民が住んでいる。さらに、アフリカの各地から黒い難民や移民も怒濤の如く押し寄せているから、昔ながらのケルト人を見つけることは困難だ。「右派組織」と称される「アクション・フランセーズ(Action Française)」が下火になると、フランスにおけるユダヤ人も大繁殖。過去を振り返ってみれば分かるけど、レオン・ブルム(Léon Blum)やマンデス・フランス(Pierre Mendès France))が首相となり、ハンガリーからやって来たニコラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)が大統領になった。学術界にもユダヤ人は多く、日本の左翼が大好きな哲学者のジャック・デリダ(Jacques Derrida)、人類学者のクロード・レヴィ・シュトラウス(Claud Lévi-Strauss))、人気作家のジャック・アタリ(Jacques Attali)、評論家のエマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)などが「フランスを代表する知識人」として紹介されている。やがて「日本を代表する知識人」も、日本風の名前を持った支那系3世や朝鮮系4世といった人物になるんだろう。日本の没落というのは、国民の変質から始まるんじゃないか。
 



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