「保守派」を装う詐欺的人物

  保守派国民というのは普段、日本人の常識を持ちながら暮らしているので、基本的には“まとも”な人々である。しかし、世の中には笑顔で近づく悪人や善人を装った詐欺師が多いので、自己防衛として多少なりとも猜疑心を持っていた方がいい。外国では学校や職場でも「危険」や「有事」が当たり前。その点、支那人は滅多に人を信じないから、詐欺師への注意を促す必要は無い。というより、支那人は詐欺師をも騙せる能力を持っているから大丈夫。アメリカの詐欺師も「支那人だけは難しいなぁ~」と諦めてしまう。一方、日本人は正反対で、大半が「ネギを背負ったカモ」といった感じだ。

  日本人は子供を“素直”に育てる傾向が強い。それゆえ、他人の言うことを鵜呑みにする事が多く、学校の教師が共産党のシンパでも、「先生の言うことは正しい」と心から信じてしまう。支那人に詳しかった岡田英弘によると、支那人は女房にさえ警戒心を怠らない。幼稚園から大学まで、他人を疑わずに育ってしまう日本人とは大違いだ。日本人は卒業後も、こうした心情を引き摺っているので、テレビや新聞に登場する「専門家」や「評論家」に直ぐ感化される。保守派国民は真面目だから、フジテレビがよく担ぎ出す櫻井良子に感動し、慰安婦問題や徴用工問題で毅然とした櫻井氏に拍手喝采だ。

櫻井良子 001(左  / 櫻井良子 )
  しかし、櫻井氏は本質的に風見鶏。時代の風を見極めて、どちらに進めば「得」になるかを常に考えている。ちょうど、小池百合子が政財界の潮流を測るように、櫻井氏も言論界の風潮を読んでいる。ある人物を査定するには、その過去を調べてみるのかいい。例えば、2003年、櫻井氏は加藤寛や堺屋太一と対談し、『諸君!』の紙上で「理想の内閣」を発表した。(『諸君!』2003年2月号 p.167.) 彼女は首相の欄で小泉純一郎の名を挙げ、総務大臣には北川正恭、防衛庁長官には石破茂、金融担当大臣と経済担当大臣に竹中平蔵を推薦していた。

  地上波テレビで重宝されていた北川正恭(きたがわ・まさやす)は、元々は自民党所属の衆議院議員。国政の選挙がくるしくなると、三重県知事に転職した。さらに、政界を去ると早稲田大学に天下り。しかし、彼の根本思想は左巻きで、地方分権を進めながら日本を解体しようと熱心だった。大前研一のアイソトープと思えばいい。だいたい、民主党の「マニフェスト」を称讃する元自民党議員がまともなのか? 櫻井氏が金融の専門家と評する竹中平蔵は、言うまでもなく米国財務省の飼い犬になって活躍した売国奴。この学者もどきの政商は、財務省のユダヤ人、ロバート・ルービン(Robert E. Rubin)とラリー・サマー(Lawrence H. Summers)の手下になって、我が国の富を献上し、米国の後ろ楯で「諮問会議」の大御所となった人物だ。(新生銀行の一件を思い出せば分かるだろう。) さらに、南部のパソナへ移ると経営者として辣腕を振るい、政府の財政諮問会議に陣取り、「人材の活用」とか「グローバル市場」を口にして、アジア人の輸入に大忙し。民間企業が必要とする「スタッフの派遣」といっても、その実態は「口入れ屋」の斡旋業に過ぎない。

Ishiba 99213(左  / 総理を狙う石破茂 )
  以前、雑誌の『諸君!』で「国防族」を自慢していた石破茂なんかは、ちょっとした利権で支那に阿る国賊だ。あの習近平を「国賓」として招きたいのは、如何なる理由からなのか? 普通の国民でも知っているように、石破は自民党の厄介者。何度、総理総裁を目指そうが、絶対に当選しない嫌われ者だ。その昔、調子に乗って自民党を離れたが、小沢の天下となった新進党に失望したのか、無所属が怖くなって舞い戻ってきた変節漢。河野洋平と同じ「出戻り党員」は、決して総理大臣になれないのが自民党の鉄則だ。いくら自衛隊をヨイショしても、その本性は隠せない。ところが、櫻井氏は違っていた。彼女は石破氏を防衛庁の長官に相応しい人物と思っていたのだ。櫻井氏の「御意見」は凄い。

  ここは石破長官の留任を強く希望します。安全保障の基本方針は間違っていないし、信念もある。(上掲対談、 p.178.)

  櫻井氏はフジテレビのBS番組や虎ノ門ニュースに出演し、「保守派の論客」として御意見を披露するが、昔の発言をどう考えているのか? まぁ、彼女は「安全な話題」で保守派論客を気取っていればいいんだろう。たまに『Hanada』や『WiLL』で安倍晋三にインタビューすれば上出来、と考えているんじゃないか。それに、彼女が登用される『WiLL』や『Hadada』、『正論』を購読するのは、善良だが警戒心の無い一般人。ちょいと国益に沿う発言をすれば、簡単に騙せる人々だ。たとえ保守派国民でも、オタク族じゃない限り、色々な雑誌に登場する評論家の記事や大学教授の過去論文を保存することはない。現在の論調が過去の意見と違っていても、それに気づく人は極わずか。大抵の日本人は、晩酌と睡眠で昨日の事すら忘れてしまうんだから。

安倍晋三の再登板?

Koizumi 9932( 左  / セクシーな小泉進次郎 )
  今年はオリンピックが終わると、衆議院選挙という季節が訪れる。自民党が現状を維持するのか、躍進するのか判らないが、もし「そこそこの結果」なら菅総理の続投だ。しかし、当選者の減少となれば「菅降ろし」が始まってしまうだろう。とはいっても、直ぐに代わりの総理は見つからないし、「期待の星」であるはずの小泉進次郎はまだまだ役不足で未熟な若手議員だから、党内で一目置かれる財務大臣とか幹事長の椅子は無理。だいいち、後援者のために二酸化炭素の削減や太陽光発電を推進するんだから、「何処を向いて喋ってるんだ?」と言いたくなる。最近でも、進次郎のバカ殿ぶりは健在で、「水と油を混ぜればドレッシングになる」との迷言を吐く。もしかしたら、「水」と「酢」を間違えたんじゃないのか?

  このお坊ちゃんは三月に、「プラスチックの原料って石油なんです。これ意外と知らない人がいるんです!」と述べて話題になった。大勢の国民が「そんなの知ってるわ!」と怒ったが、進次郎は以前つき合っていた女を念頭に話していたんじゃないか? クルクルパーの女と会話すれば、「えぇぇ~、そうなんだ ! 進ちゃん物知りぃぃ~。さすが慶應ボーイ !」と言って褒めてくれるから、「そうでもないよ!」と照れ笑い。進次郎は女房は、一応アナウンサーをしていたから、多少の基礎知識は持っているはず。16%の部類に入る人の方が珍しい。

  話しを戻す。最近、安倍晋三・前総理は復帰する魂胆があるのか、YouTubeにも目を向け、生田よしかつの番組や長谷川幸洋の番組に出演していた。生田氏の番組では自民党の平将明や木原誠二が同席し、長谷川氏の番組では高橋洋一が同伴していたので、どうも選挙に向けての宣伝らしい。チャンネル桜だと水島総社長や三橋貴明が厳しい尋問を行うから絶対に出ない。安倍氏が登場するのは、ヨイショしてくれる番組だけ。出演番組の中で、安倍氏は菅総理の支援を表明していたから、武漢ウイルスの厄介事を菅総理に丸投げするつもりなんだろう。たぶん、菅総理がボロボロになったところで「選手交代」を狙っているんじゃないか? 目下のところ、景気悪化とバイデン政権の混乱で現政権は相当苦労している。だから、今、総理に返り咲くことは安倍氏にとってマスナスでしかない。貧乏籤(くじ)は菅総理に背負ってもらうのが一番。それに、次期総理候補といっても、岸田文雄と河野太郎じゃ自民党員の支持は得られない。焦らずに再登板を延ばし、ライバルがコケるのを待っていた方が得策だ。

  たたし、安倍氏が復活しても、日本の経済や政治が健全になるとは思えない。たぶん、保守もどきの左翼政策が推進されるだけだ。口先は「保守」でも、行動は「左翼」というが安倍内閣の特徴である。安倍氏は「移民国家にしない」と述べていたが、企業が求める「研修生ならOK」では、実質的に移民導入と変わりがない。また、長谷川氏の番組で増税の件を訊かれた時、安倍氏は「三党合意で決まっていたことだから仕方なく増税に踏み切った」という趣旨の“言い訳”をしていたが、本当は財務省の圧力に抵抗できなかっただけだろう。これは単なる筆者の邪推だが、財務省の中には外国勢力の命令で動いているモグラが潜んでいるのかも。建前では「国家のため」とか「財政の健全化を図るため」、あるいは「徴税が楽だから」という理由を口にしているが、本当は増税で日本を弱体化させるのが目的なんじゃないか。

  安倍氏が野党顔負けの左翼政策に邁進するのも推進するのも見逃せない。一部の国民は「保守派を騙した詐欺師」とか、「何にでも気軽に賛同するお調子者」と批判し罵っている。だが、「与党内を纏めて長期政権を目指す」と決めたから、安倍氏は様々な反日政策を諒承したんじゃないか? 支那や朝鮮に阿(おもね)る公明党を宥め、自民党内の売国奴を味方につけるには、彼らの要求を飲むしかない。党内を安定させないと長期政権は不可能だ。自民党の議員には権勢慾と金銭慾はあっても、信念や国益なんか頭の片隅にもない。儲かれば支那人や朝鮮人の番犬になってもいい奴ばかり。安倍氏の本心が何処にあるのか判らないが、彼は父親の失敗や教訓を学んでいるはずだ。

  安倍晋三の父親である安倍晋太郎は、中曾根内閣の後継者レースにおける「ニューリーダー」の一人であった。しかし、総理の椅子をあと一歩にして亡くなってしまった。(他の次期総理候補と呼ばれたのは、竹下登と宮澤喜一。) 平成2年にソ連を訪問して帰国した後、晋太郎は体調が優れず、検査を受けたところ癌と分かったらしい。そして、この外務大臣経験者は1991年(平成3年)に逝去。父の秘書をしていた晋三は、1993年に衆院選に出馬し初当選する。父の晋太郎が中曾根康弘の後釜を狙っていた時、どうして本命になれなかったのか、椎名悦三郎の秘書官をしていた福本邦雄(ふくもと・くにお)に尋ねたという。晋太郎は彼に電話を掛けて「会ってほしい」と頼んだそうだ。

  この福本氏は誰かと言えば、日本共産党で理論的指導者となった福本和夫の長男。令和の若い共産党員が「福本イズム」と聞けば、「吉本の新人藝人?」と思ってしまうが、筆坂秀世の世代だと馴染みの人物。たぶん、山川均の「山川イズム」とか、フランクフルト学派のジェルジ・ルカーチやアントニオ・グラムシなどを一緒に思い出してしまうだろう。著名マルキストの息子は親爺とは別の道を歩み、産経新聞に入社する。しかし、ひょんなことから官房長官秘書として、椎名悦三郎のもとに派遣されたそうだ。

  話しを戻す。安倍晋太郎から電話をもらった福本邦雄は、赤坂プリンスの旧館で会うことになった。「自分が次の総理だ」と思っていた安倍氏は問う。(当時、あるニュース番組が色々な一般人に「次の総理は誰か?」というアンケート調査を行っていた。筆者の記憶に残っているのは、赤坂にある料亭の女将が発した回答で、「もちろん、安倍ちゃんよ!」という言葉だった。やはり、岸総理の後継者は女にモテる。)

  今まで、竹下さんとは兄弟のようなライバル関係でやってきた。私は、外務大臣を四回やった。彼は、幹事長をやった。それで、どうして俺にならない。みんな、九十パーセントは、私が後継になると思っていた。それが、自分にならないで、どうして竹下さんに行ったのか、どうも分からない。どう思う? それを聞きたい。(福本邦雄『表舞台 裏舞台ー福本邦雄回顧録』 講談社、2007年、p.131.)

  このように質問された福本氏は次のように答えた。

  それは、簡単なことだ、あなたが外務大臣を四回やって、名前は売れているし、岸さんの女婿だし、人柄もいいし、評判がいいことはよく分かっている。だけど、外務大臣を四回やって、それで有名になったなんて思っているのが、間違いなんだ。党っていうのは、組織なんだ。外務大臣を四回やって、海外ばかり行って、組織を握っていなかった。それが、あなたが後継者になれなかった一番致命的な欠陥だ。その間、片方はコツコツ組織にしがみついて、緻密に人間関係の網の目を張り巡らしていたじゃないか。あんたは外国に行って、女の子への土産を買って、女房に怒られたりなんかしていたじゅないか。だから、なれないです。(上掲書 p. 131.)

  同じ記者上がりの福本氏に窘(たしな)められた安倍ちゃんは、「ああ、やはりポイントは幹事長かね」と察したそうだ。(註 : 安倍晋太郎は政治家になる前、毎日新聞社に勤めていた。) 福本氏はスターリンの例を挙げ、いかに組織の掌握が重要であるかを説いた。あれだけ才能豊かなトロツキーが追放されたのも、共産党の中枢を握っていなかったからである、と。福本氏は晋太郎に“ダメ出し”をする。「あんたは、それを見ていないじゃないか。人がよすぎる。『安倍ちゃん、安倍ちゃん』と言われてね」と痛いところを突いた。すると、欠点を指摘された晋太郎は後に、「そうか、俺も幹事長に就任してみて、幹事長というポストは、オールマイティーだということが分かった」と述べたそうだ。

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(左 : 安倍晋太郎夫妻と幼い頃の寛と晋三   /  右 : 総理大臣になった安倍晋三)

  確かに、歴代の総理大臣には幹事長経験者が多い。田中角栄を始め、福田赳夫、中曾根康弘、竹下登、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗も幹事長になっている。そして、安倍晋三も祖父と同じく、自民党の幹事長になった。森・小泉内閣で副官房長官を務めた安倍氏は、小泉総理による異例の抜擢で、山崎拓幹事長の後任者となったのは周知の事実。(山拓は例のセックス・スキャンダルで沈没。ベッドの寝技に夢中だったヤマタク先生は、柔道六段の達人であっても、愛人の扱いになると初段程度だった。その点、YKKの小泉純一郎は無類の猥談好きだけど、愛人スキャンダルは発覚しなかった。ある意味凄い。)  一国の宰相を目指すなら、なるほど国民的人気も大切だが、やはり自民党の総裁になるには、党内での「気配り」や「利権配り」も得意でなきゃ。政治家にとって選挙は運命の分かれ道。選挙で絶大な権力を振るう幹事長職は、総理・総裁への地盤固めとなる。


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(左 : 支那人の愛人がいた橋本龍太郎  / 絶倫王の山崎拓  / 山拓さんの愛人であった山田かな子さん / 右 : 独身を貫いた小泉純一郎 )

  総理大臣を目指す政治家には、派閥の乾分(こぶん)を養うことも重要だが、自分を盛り立ててくれる知識人も必要だ。政界の重鎮は御用学者を侍(はべ)らせ、餌を与える代わりに、彼らを使って自分の宣伝係にしようとする。亡くなった渡部昇一先生が大平正芳の応援団に加わっていたように、自民党の領袖は意外と保守派の知識人を登庸する。(陣笠議員時代の橋本龍太郎は、選挙演説で竹村健一に助けてもらい、竹村氏の教え子みたいな関係だった。) 大平総理には東京大学の教授である佐藤誠三郎や学習院大学教授の香山健一、多摩大学の教授になった公文俊平が、主な「ブレーン(御側衆もどきの智恵袋)」になっていた。この集団には財界から、ウシオ電機の牛尾治朗(うしお・じろう)や秩父セメントの諸井虔(もろい・けん)などが加わっていた。

Ushio 001(左  / 牛尾治朗 )
  牛尾会長は既に現役を退いているが、この財界人は前々から政界に関心があった人物。彼は一時期、東京都知事を狙っていて、竹下登に支援を頼んだが、「日本青年会議所のお坊ちゃんは、お金持ちの二世が多いけど、根っこからの選挙戦を分かっていないから駄目だね」と斥けられた。そして、残酷なことに、牛尾氏が竹下登に懇願していた時、既に都知事候補は鈴木俊一に決まっていたそうだ。福本氏は牛尾氏が竹下に会った日、竹下から「鈴木俊一に決まっているから、そう伝えておいてくれ」と頼まれていたが、さすがに牛尾氏が可哀想で、本当の事を話せなかったそうである。(上掲書、p.154.)

  筆者は高校生の時、竹村健一の『世相を斬る』を毎週観ていたから、今でも牛尾氏のことはよく覚えている。牛尾氏は「日本青年会議所」の会頭や「臨時偽陽性調査会の専門委員、「経済財政諮問会議」の会長を歴任したから、知っている人も多いだろう。一番有名なのは、牛尾氏の長女が安倍晋三の兄である安倍寛の夫人になったことだ。報道によれば、安倍前総理夫妻は「藤ヶ谷ハイム」で母親と兄夫婦と一緒に暮らしているというから、結構親孝行な息子である。筆者はまだ父親の晋太郎が生きている時、たまたま安倍邸の前を通りがかったことがある。屋敷の前で立ち止まり、「将来、岸総理の孫も総理大臣になるのかなぁ~」と気軽に考えていたが、まさか本当になるとは! 当時、安倍晋三は父親の秘書を務めていたので、地盤を継ぐことは予想できたが、外務大臣や官房長官を飛ばして首相になるとは思ってもみなかった。

中曾根に蝟集する知識人

  脱線したので話しを戻す。「大平総理のブレーン」といえば聞こえがいいけど、所詮は幕府に縋る「お公家集団」みたいなものである。案の定、大平総理が亡くなると中曾根康弘に“譲渡”されたそうだ。(上掲書、pp.154-155.) この学者グループは中曾根の手許に渡ると、「世界平和研究所」の中心メンバーになる。「永田町の風見鶏」たる中曾根康弘は、1980年代の保守ブームに乗って「保守派の政治家」を演じていた。ハマコー(浜田幸一)さんから嫌われていた中曾根は、田中派を出し抜こうと大奮闘。「見栄え」を気にする中曾根は、カメラ映りを意識していたから、横目でチラっとモニターを覗く姿は、実に嫌らしかった。ロナルド・レーガンやマーガレット・サッチャーと一緒に記念写真を撮り、二人の「おこぼれ」に与ろうとしたが、結局は支那人のポチ犬でしかなかった。いくら「元海軍主計中尉」の看板を掲げても、その心は北京にあり、靖國神社の英霊よりも、友人である胡耀邦の方が大切だった。それゆえ、保守派国民は大激怒。応援団になっていた産経新聞や雑誌『正論』もマズいと思ったのか、大々的に持ち上げることを躊躇(ためら)うようになった。

Nakasone 11(左  / 中曾根康弘 )
  しかし、大勲位菊花章をもらった悪党は違う。中曾根は自分の影響力を保持したかったのか、「財団法人世界平和研究所」を設立する。「シンクタンク」といえば響きが良いが、ここに招かれた面子を知れば、「なぁ~んだ、やっぱり保守派のメッキ工場だったのか !」と直ぐ判る。雇われていた研究者には、東大や立教で教えていた政治学者の北岡伸一とか、東大教授から防衛大の校長になった久保文明がいた。政界を引退してからも、中曾根の「アジア好き」は変わらず、憲法改正と首相公選を執拗に説き、「東アジア共同体」も掲げて、日本を「アジアの一部」にしようと躍起だった。天皇陛下よりも“上位”の国家元首になろうなんて、本当にふてぶてしい奴だった

  この元総理は「東アジア共同体評議会」の会長も務めていたが、そこの理事長には、「日本国際フォーラム」の伊藤憲一が就いていた。学者としては三流でも、伊藤は政治家とのパイプ作りに長けていた。また、評議会のメンバーには、平和研究所の理事長を務める藤崎一郎(元駐米日本大使)がいる。彼は伊藤博文の玄孫としても有名だ。さらに、ウンザリするけど、この評議会には、しばしば政府の御用学者となっている東大の伊藤元重や、支那学を専門とし、アジア人に謝罪するのが大好きな天児彗(あまこ・さとし)早稲田大学教授も在籍していた。一般国民でも知っている通り、伊藤元重は消費増税に賛成し、大震災で苦悩する国民の前で復興増税を説いた冷血漢。こんな連中が「東アジア共同体」を宣伝しているんだから、本質的に鳩山由紀夫と変わらず、「同じ穴の狢(ムジナ)」である。

  まあ、世界平和研究所の初期メンバーも、保守派に転向した元左翼だから仕方がない。先ほど紹介した佐藤誠三郎は、佐藤健志(評論家)の父親として知られているけど、学生時代はマルキストで日本共産党に属していた。学習院大学の教授になった香山健一も、清水幾太郎と同じ転向組で、全学連の元委員長。しかも、共産主義者同盟を結成したバリバリの左翼。公文俊平も若い頃は左翼で、東大の助教授から多摩大学の教授になっていた。一般的には、国際大学GLOCOMが東京地検特捜から、贈賄・背任の容疑で捜査を受けた時、疑惑を持たれた人物として知られている。山内康英が1千万円を政治家への口利き料として渡したが、その支出を命じたのが所長を務めていた公文だ。また、リクルート事件が起きた時、公文は政府税調の特別委員を務めていたが、一万株を貰っていたことがバレて東大から追放される憂き目に遭った。多摩大学に逃れたのは、これが原因である。

  ついでに言えば、雑誌『諸君!』によく登場していた中嶋嶺雄も、学生時代には共産主義者で、東京外語大学で支那語を勉強した元左翼。60年安保世代の中嶋氏は、支那の社会主義や毛沢東思想共感していたそうで、東京外語大学にいた頃は、自治会の委員長を務めていた。(堤清二 / 中嶋嶺雄 「告白対談 共産主義に感謝する! 」 『諸君!』 1992年2月号、p.86.) 都学連の執行委員かつ全学連のオルグであった中嶋は、和歌山県の勤評闘争にも深く関わっており、自宅アパートの一部屋で細胞会議も開催したそうだ。ただし、共産党の北区地区委員会に入党届を出して党員になったが、トロツキストじゃないかと疑われて入党拒否になったという。やがて、共産主義を捨て去り、「保守派」に転向した支那学者であったが、中嶋氏の言論には「これ」といった切れ味もなく、退屈な言論人で人生の幕を閉じた。しかし、李登輝総統の人気にあやかったり、国際教養大学の学長にもなったから、一応、論壇での地位は安定していたようだ。

  「保守派知識人」に転向した元全学連といえば、多くの人は直ぐ西部邁の名前が思い浮かぶだろう。西部氏も安保闘争で活躍した元左翼。東大の「駒場村」を去って、保守派雑誌の『発言者』を刊行するが、そこに採用された知識人は、どれもこれも「保守派」とは“懸け離れた”異質な人々。例えば、西部氏と如何なる友情があったのか判らないが、文藝評論家の絓秀実(すが・ひでみ)がレギュラー執筆者だった。「10年に1人の逸材」と自称した宮崎哲弥は、目出度く日テレの御用評論家に転向した。その他、民主党政権が誕生すると、その応援団となった元大蔵官僚の榊原英資(さかきばら・えいすけ)、近代日本史を暗く語る保阪正康、代表作が無い憲法学者の八木秀次、「パンク右翼」を自称した福田和也など、「何だ、こいつら?!」といった面々が西部邁の取り巻きだった。なるほど、西部氏は居酒屋で議論する相手としてなら面白いけど、彼が引き連れる「仲間」には怪しい人人物が多い。ただし、あの冷酷な江藤淳よりはマシである。

産経新聞に招かれる御用学者

  テレビや雑誌に登場する大学教授や評論家といった連中は、資産形成や生活費のために言論活動をしているだけ。国民のためになる「危険な言論活動」は決して犯さない。産経新聞は『正論』といったオピニエン雑誌と連携し、「保守派メディア」を気取っていたが、一皮剝けば『朝日新聞』と同じである。亡くなった元産経新聞の社長、住田良能(すみだ・ながよし)には色々な疑問点があるけど、注目すべきは、住田氏が「社会思想研究会」で勉強していた時、彼の先輩が田久保忠衛(たくぼ・ただえい)であったことだ。田久保氏は時事通信社の記者や杏林大学教授を経て、産経新聞の「正論」メンバーになった。そして、彼は櫻井良子の「国家基本問題研究所」で副理事長となり、今でも政治記事を書いている。こうした「人脈」が築かれたので、産経の記者も研究所へ投稿する執筆者になっている。例えば、湯浅博や久保るり子、宮本雅史といった産経社員だ。

  でも、産経新聞には「何だ、これ?」と首を傾げたくなるような有名人も多く登庸されている。例えば、亡くなった猪木正道は赤い防衛大校長として有名で、中川八洋先生による暴露に怒っていた。凡庸でも肩書きが良ければいいのか、元外務官僚の岡本行夫、ロシアの専門家だが何となく怪しい木村汎(ひろし)や袴田茂樹、鈴木宗男と昵懇の佐藤優(まさる)、朝日新聞にいてもおかしくない論説委員の千野境子、昔、亡命したレフチェンコからKGBのスパイとバラされた山根卓二。彼のコードネームは「カント」であったが、本人は否定していた。2012年、松下政経塾に在籍していた支那大使館の一等書記官、李春光が支那人スパイと判明し、直ちに本国へ逃げ去った。その時、電話取材をしたのが産経記者の矢板明夫である。得意の支那語を駆使したのは評価するが、あまりにも甘い取材だったので、筆者は産経新聞に文句を言ったことがある。まぁ、色々な噂が絶えない住田社長が、元共同通信の左翼、あの辺見庸(へんみ・よう)を勧誘したくらいだから、産経新聞が左傾化しても不思議じゃない。

  産経新聞も所詮は商業メディアだから仕方ないけど、ゴマすり社員や空き缶識者が多すぎる。例えば、産経記者の阿比留瑠比なんかは、恥ずかしくなるほどの安倍晋三応援部員。『Hanada』や『正論』でもっと稼ぎたいのか、と思うほどのゴマすりだ。「正論新風賞」に輝いた小川榮太郎も、露骨なくらいの安倍贔屓。昼間でも皓々と光る提灯持ちだ。同じ賞をもらった三浦瑠麗なんかは、「どこが国際政治学者なんだ?」と思ってしまうテレビ藝人。そして、外務省の役人から「キャノングローバル戦略研究所」に天下った宮家邦彦も、産経新聞が拾った「出来損ない」である。宮家の言論は中身がスカスカで、話を聞き終わっても何ら記憶に残らない。同じく、安全な話題で「保守」を気取る櫻井良子も、喋っている内容が空き缶で、ちょっと賢い聴衆なら「何か新しいネタはないの?」と退屈するはず。でも産経新聞が櫻井氏を招くのは、知識が乏しい中高年の読者を想定しているからだ。それよりも、筆者が一番嫌いなのは、「正論大賞」を貰った日本財団の会長を務める笹川陽平(ささがわ・ようへい)である。彼はフィリピンに住む日比混血児に我が国の国籍を与えようと熱心だった。(「フィリピン在留2世の国籍取得、政府は勇断を」 2016日6月2日附の「産経新聞」。) 銭目当てのフィリピン人に貴重な日本国籍をバラ撒くなんて、笹川氏は一体どういう神経をしているのか?

  「産経新聞」の凋落は目を覆いたくなるほど激しいが、雑誌『正論』の衰退も著しい。たとえ残存しても、ウェッブ版の将来しかないだろう。たぶん、泥船となった産経からは、まともな社員が真っ先に辞めて行くんじゃないか。おそらく、政治家に媚びて生き残ろうとする者も出てくるだろう。正直な「保守派知識人」になると儲からないから、適当に保守派国民が喜ぶような記事を書けばいい。もし可能なら、幾つかのYouTube番組を渡り歩けば、そこそこの副収入を手にできるだろう。しかし、古森義久みたいな「アメリカ通」だと、知的な刺戟を得られないから、知能が高い国民はソッポを向く。だから、元産経の肩書きがあっても、ある程度、プロになるための勉強は必要だ。高山正之を観ていると、もう「ガス欠」状態と判るから、ちょっと気の毒になる。佐々木類の方がまだ新ネタを持っているんじゃないか。

Idada 001(左 / アイドル歌手みたいな稲田朋美)
  昔、「必殺仕置屋稼業」で津川雅彦さんが、町人の娘を誘惑して廓(くるわ)に売り飛ばす悪役を演じていたけど、単純な知識人は狡猾な政治家に利用されるだけだ。狡賢い「保守派の言論人」は適当な距離を保ちながら、「保守派」と見なされる政治家と付き合う。“ほのか”な提灯記事を書いて、裏の応援団になる奴の方が賢い。おそらく、こうした連中はLBGTの一件で没落した稲田朋美には近づかないが、まだ未来がありそうな高市早苗や萩生田光一、城内実にはタカるんじゃないか。(渡部昇一先生が利用されたとは考えたくないが、「日本のサッチャーになりなさい!」と励ましていた稲田議員の裏切りは酷い。恩人が亡くなったのを「軛からの解放」と思ったのか、稲田氏はウキウキと二階俊博に寄り添った。昇天された渡部先生はどう思っているのか?)
  

 
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