無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

映画・ドラマ評論

シャーロックは柔術が得意だった / イギリス紳士に求められる名誉と武力

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黒木 頼景
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面白くないフジテレビ

Jeremy Brett 12David Suchet 21







(左: ジェレミー・ブレット  / 右: デイヴィッド・スーシェ )

  この間、「チャンネル桜」を観ていたら、フジテレビの亀山社長が退任するというニュースを耳にした。低迷する現状の責任を取っての社長交替なんだろうけど、亀山氏の首を切ったところでフジテレビが復活するとは思えない。「楽しくなければテレビじゃない」とのキャッチ・フレーズを看板にしていた頃が懐かしい。今では「振り返ればテレビ東京」ではなく、テレ東の後塵を拝んでいる有様なんだから、泣きたくなるくらいの惨状であろう。藝能ニュースの又聞きだから確実な事は言えないが、フジのTVドラマは目を蔽いたくなるほど低視聴率らしい。ドラマ評論家によると、10%を下回るような作品が珍しくないという。(筆者はしばらく邦画のドラマを観ていないので、人気(?)ドラマに出ている役者の名前を聞いてもピンとこない。) それでも何とか放送しているんだから、こうしたドラマにも固定客がいて、毎回楽しみに観ている人もいるはずだ。たとえ、5%ないし2%になっても、何万人という視聴者数なんだから、モノは考えようである。

Tamura Masakazu 1Kusakari 3Kusakari 1








(左: 田村正和  /  中央と右: 若い頃の草刈正雄)

  筆者がフジテレビのドラマで思い出すのは、田村正和『乾いて候』といった時代劇なのだが、一般的には『古畑任三郎』なのかも知れない。ただ、個人的な好みで言えば、このドラマはそれほど面白くなかった。シーズン1は田村氏が主役だったので観ていたが、ゲスト俳優の鹿賀丈史と桃井かおりのエピソードだけは面白かったけど、他の回はどんなストーリーだったのかさえ覚えていない。ドラマの脚本家は三谷幸喜なのだが、キャラクター設定やドラマの筋は、明らかに『刑事コロンボ』からの拝借だと判る。ただし、田村正和を古畑役に据えただけマシである。やはり、主役を張れるだけの二枚目じゃなければ、大勢の観客を惹きつける作品にならない。もしも、主役を角野卓造や小林稔侍、古谷一行にしていたら、いくら有名俳優といえども作品じたいが地味になってしまうだろう。(田村氏に匹敵するのは若い頃の草刈正雄くらいかなぁ。特に、1970年代の草刈り氏は若い女性のアイドルだった。今でも、「あんなハンサム・モデルが亭主だったらイイなぁ~」と溜息をつく奥方も多いんじゃないか。でもいいじゃん、たっぷり生命保険を掛けているんだからさ。ただし、「えっ! 俺に別個の保険を掛けてたの?!」と驚く旦那さんがいたりして。現実は怖いよねぇぇ。)

ユダヤ人が演じる敏腕刑事

  三谷氏に真似された本家の『刑事コロンボ』には、薄汚なく冴えないユダヤ人が主役を務めていた。コロンボ刑事を演じたピーター・フォーク(Peter Falk)は、ユダヤ人の両親を持っていたので、イタリア系のようなユダヤ人俳優だった。ドラマではイタリア系の刑事となっている。フォーク氏はしつこい性格のキャラクターが実に良く似合っていた。彼自身、「乙女座のユダヤ人だから考え深いんだよ」、と述べていたそうだ。推理小説のドラマとして『コロンボ』を楽しむぶんには問題ないのだが、脚本家が描くプロットに時たま下層民の“妬み”や“僻み”見えてしまい、どうも気になってしょうがない。ほとんどの事件が専門職や管理職に就く“まともな”白人によって起こされ、その謎解きをヨレヨレのコートを着た南イタリア系の小男が行うのである。殺人を犯す者が白人男性なら、性格が冷酷で傲慢、場合によっては卑劣となっていた。もし犯人が白人女性だと、良心の呵責がない自分勝手なホワイト・カラーときている。まぁ、巧妙なトリックを使って完全犯罪を目指す悪党だから、もし黒人の殺人鬼にしたら「そんな知能犯はいないだろう」と視聴者が笑ってしまうし、「それならば」と現実を踏まえて、単なる黒人の兇悪犯にしてしまうと、肝心の物語じたいが成立しなくなる。「じゃあ、いっそのことユダヤ人にするか!」と頭を切り替えれば、今度は妙に生々しくなってしまい、危険なほどのリアル感が出てしまうので、ユダヤ人視聴者からの抗議が殺到するだろう。だから、当たり障りの無い白人に設定されてしまうのだ。

Peter Falk 2Richard Levinson 1William Link 2







(左: ピーター・フォーク  / 中央: リチャード・レヴィンソン  /  右: ウィリアム・リンク)

  それにしても、髪に“フケ”が溜まった、むさ苦しい「コロンボ」を誕生させた張本人は誰なのかと言えば、これまたユダヤ人の脚本家コンビであった。脚本を書いたリチャード・レヴィンソン(Richard Levinson)とウィリアム・リンク(William Link)によれば、コロンボのモデルはドフトエフスキーの小説である『罪と罰』に出てくる予審判事のポルフィリー・ペトロヴィッチ(Porfiry Petrovich)と、G.K.チェスタトン(Gilbert Keith Chesterton)が生み出したブラウン神父であるそうだ。でも、チェスタトンが描く神父と「だらしない格好」の刑事とではあまりにも違いすぎる。やはり、原作者の性格がキャラクター設定に反映されたのだろう。視聴者は誰がドラマを作ったのかをチェックすべきだ。これはよく知られた話だけど、1971年に放送された『コロンボ』の第一話は、若き日のスティーブン・スピルバーグが監督を務めたそうだ。

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(左: ドフトエフスキー  / 中央: G.K.チェスタトン  /   右: トレイシー・ネルソン )

  チェスタトンのブラウン神父は、米国のTVドラマ『名探偵ダウリング神父』のヒントにもなっていたくらい、歐米諸国では有名である。日本でもチェスタトンの著作は翻訳されているので馴染みの人も多いだろうし、NHKがこのドラマを放送したので、未だに覚えている人もいるんじゃないか。筆者も毎回観ていたので知っているし、とりわけシスター・ステファニー役を演じていたトレイシー・ネルソン(Tracy Kristin Nelson)が可愛かったので懐かしい。ドラマでは、この修道女が元不良少女という経歴を持っていて、ある事が切っ掛けで信仰心に目覚め、独身を誓う修道院に入った、という設定になっていた。彼女がダウリング神父と犯罪を捜査する時、違法賭博やギャング連中に詳しかったのも、こうした過去があったからである。ちなみに、トレイシーの父親は有名ミュージシャンのリッキー・ネルソン(Ricky Nelson)で、母親は女優と画家を兼ねていたクリスティン・ハーモン(Sharon Kristin Harmon)である。彼女は「NCIS」でギブス役を演じる人気俳優マーク・ハーモン(Mark Harmon)の姉である。彼女の母親、つまりトレイシーの祖母も女優であった。エリーズ・ノックス(Elyse Knox)がトレイシーのお婆ちゃんだったから、親子三代とも女優で、叔父さんもビッグ・スターという役者一家に生まれたことになる。

Tracy Nelson 31Rick & Kris NelsonElyse Knox 1Mark Harmon 2








( 左: シスター役のトレイシー  / 両親のリッキーとクリスティン・ネルソン   / 祖母のエリーズ・ノックス  /  右: 叔父のマーク・ハーモン )

  ユダヤ人の探偵で思い出すのは、アガサ・クリスティー原作の『名探偵ポアロ(Agatha Christie's Poirot)』である。ポアロ役は映画版の『地中海殺人事件』や『ナイル殺人事件』に出ていたピーター・ユスティノフ(Peter Ustinov)を思い出す人もいるだろうが、テレビ版のポアロを演じたデイヴィッド・スーチェ(David Suchet)を思い浮かべる人もいるだろう。ユスティノフは映画の『クォ・ヴァデス』や『スパルタカス』に出ていた俳優なので、印象に残っているかも知れないが、いったい何処の国民なのか分かりづらい。実際のところ、彼は英国で活躍したロシア系移民なのだが、その血統にはユダヤ人やエチオピア人が混じっていたという。日本では「英国人男優」と紹介されるが、彼の家系を見れば、何となく英国人じゃないということが解る。

Peter Ustinov 2David Suchet 3David Suchet as Lady BracknellDavid Suchet as Freud








(左: ピーター・ユスティノフ   /  「ポアロ」役のデイヴィッド・スーシェ /  女装のスーシェ / 右: 精神分析医「フロイド」役のスーシェ  )

  もう一方のスーシェ(「シューシェ」)にとって、ポアロは「当たり役」だった。英国のテレビで好評だったから、長いことポアロ役を務めていたし、本人も一番気に入っていたようだ。名前の発音だって役柄に合わせて、フランス語風にに変えていたくらいだ。しかし、彼の容姿はベルギー人にとったら屈辱的だった。ドラマの設定だと、ポアロはベルギー警察の元署長であったが、第一次世界大戦のとき、ドイツ軍がベルギーに攻め込んだので、英国へ亡命する破目になったのだ。そして、この避難先で探偵稼業を始めることになった訳である。でも、本当のベルギー人男優がポアロ役を射止めれば問題ないのだが、スーチェはユダヤ人の両親を持つブリテン系ユダヤ人俳優であった。

David Suche 5David Suchet in Executive Decision








(左: 「ポアロ」役のスーシェ  /   右: 「エグゼクティヴ・ディシジョン」でテロリストを演じたスーシェ)

  しかも、ヨーロッパ人らしからぬ外見を有していたので、ベルギー国民には不満の種だった。ピンと跳ね上がった口髭を持ち、額と頭は禿げ上がり、ずんぐりとしている上にお腹が出ている。これでは観ているベルギー人も野次を飛ばしたくなるだろう。テレビ局が「なんでベルギー人の探偵が、南アフリカから流れてきたユダヤ人なんだ?」との抗議を受けても当然だ。スーシェの父ジャックはリトアニア出身のユダヤ移民であったが、南アフリカに住んでいた。彼は開業医であったという。その父親、つまりデイヴィッドの祖父はあの“悲惨な”ユダヤ人定住区「ペイル(Pale of Settlement)」で暮らす賤民だった。デイヴィッドの母親ジョアン・パトリシアはアングリカン教会のキリスト教徒と見なされているが、血筋から言えばロシア系ユダヤ人の家族に属している。宗教がイギリス的でも肉体はユダヤ人という「ブリテン人」が多いから、日本人は彼らの素性に注意せねばならない。

嵌まり役を摑んだ英国人俳優

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(左: アーサー・コナン・ドイル   / 中央: アガサ・クリスティー   /   右: ジェリミー・ブレット版の「シャーロック・ホームズ」)

  イングランドの探偵小説といえば、まず誰でもアーサー・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle)の「シャーロック・ホームズ」を思い浮かべるんじゃないか。ドイルのホームズと比べると、アガサ・クリスティーのポアロはどうしても「格下」に見えてしまう。これは主にシャーロック・ホームズが英国紳士として描かれているからである。ポアロも冷静沈着で、鋭い洞察力と抜群の推理能力を持っているが、如何せん体型が中年太りのオっさんだから人気が出ない。一方、グラナダTVの『シャーロック・ホームズ』には、英国人男優のジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)が採用されていたのだ。彼はシェイクスピア劇で腕を磨いた実力派で、まさしくシャーロック・ホームズに最適の人物だった。彼の一挙手一投足は洗練されており、颯爽としたヴィクトリア朝ジェントルマンを彷彿させるような物腰だった。NHKの放送では、露口茂さんの吹き替えになっていたが、出来れば彼の肉声で番組を堪能した方がいい。(知らない人の為に言えば、露口氏は『太陽に吠えろ!』に出ていた「山さん」である。)

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(写真   /  「シャーロック・ホームズ」を演じるブレット )

  ジェレミー・ブレットはシャーロックを演じるために俳優になったような人物である。彼が上流階級のイギリス人に特有のアクセントで台詞を喋る姿が実にいい。一つ一つの言葉が耳に残るし、ドクター・ワトソンとの会話も軽快でユーモアに満ちていた。フロック・コートに身を包み、山高帽にステッキを持つブレットの出で立ちは“サマ”になっている。彼はしばしば難事件を解くために沈黙する。そして、謎が解けた瞬間にパッと見せる表情が、これまた絶品だ。依然として、何のことやら判っていないドクター・ワトソンに向かって、如何に自分が愚かだったかを語るシャーロックの演説は痛快である。スーシェの「ポアロ」も論理的思考と推理で事件の謎を解くが、答えを見つけて“はしゃぐ”姿は、太ったペンギンみたいだ。関係無いけど、ドラマの中では口髭を生やしたポアロが紅茶や食事を取るシーンが結構あった。しかし、彼が飲み物や食べ物を口にする度に、髭についたものをナプキンで拭き取る姿はイライラする。あんなチョビ髭なんか剃ってしまえばいいのに、とつい思ってしまうのだが、その髭がトレード・マークになっているから仕方がない。

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(左: 若い頃のジェレミー・ブレット   / ホームズ役のブレット  / 右2枚: ロバート・ダウニー・ジュニアと映画で「ホームズ」を演じるロバート )

  アーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズは人気小説だから、これまでも色々な役者がTVドラマや映画でその役を演じていたものである。例えば、2009年と2011年には、アメリカ人男優のロバート・ダウニー・ジュニア(Robert Downey, Jr.)がホームズ役を演じていた。しかし、彼がこの英国人探偵を演じると、ことのほか安っぽく見えてしまい、全くと言っていいほどイギリス紳士に見えない。どちらかと言えば、シカゴかボルティモアにいそうなチンピラである。事実、彼はリトアニア・ハンガリー系ユダヤ人の父を持つユダヤ系アメリカ人であり、気品と威厳に満ちた役が似合わない。このユダヤ人役者は実生活でコカインやヘロインの中毒犯となり、警察沙汰を引き起こしたことがある。そもそも、彼の父親からして麻薬中毒者だったというから、親子共々懲りない藝人だった。父親のロバート・シニアは俳優業と監督業を兼ねた人物で、人気TVドラマ・シリーズ「トワイライト・ゾーン」では監督を務めていたそうだ。ところが、このオヤジときたら、トンデモない親で息子に大麻を勧めていたというのだ。いくらなんでも、幼い息子にマリファナを許す父親ってどんな奴なんだ? 子供の頃から違法タバコを吸っていたんだから、大人になったロバート・ジュニアが麻薬中毒患者になっても当然だろう。ハリウッドには幼児性愛者を始めとして、ホモとかシャブ中とか、サド、マゾ、変態とか、本当に悪質な連中が多い。

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(左: ロバート・ダウニー・シニアと息子のジュニア  /  右: チャーリー・チャップリン)

  こんなロバート・ダウニー・ジュニアがこなせる役といったら、せいぜいチャーリー・チャップリンの役が限度だ。(日本でも彼の『チャーリー』はヒットしなかった。) 喜劇王チャップリンはジプシーの出自だから、ユダヤ人俳優には打って付けの役柄である。チャップリンはその独特なユーモア感覚と、時折見せる陰鬱な表情から、「ユダヤ人じゃないか?」と一般のユダヤ人から思われていた。しかし、確実なところは不明だが、どうやら彼の両親は旅芸人のジプシーであったらしい。(Damien Gayle, Was Chaplin born in a gypsy caravan in the West Midlands?, Daily Mail, 20 March 2012) だからこそ、血統を恥じるチャップリンは、なかなか自分の過去を明かそうとはしなかったのだ。(筆者にとってチャップリンは思い出深い役者で、高校生の時学校をズル休みして有楽町の名画座に赴き、『キッド』や『ライムライト』を観ていた。特に、『街の灯』は印象深く、街頭で花を売る盲目の少女を演じていたヴァージニア・チェリルは、今でも忘れられない。とは言っても、良い子のみんなは真似しちゃ駄目だよ。学校は大切なんだから。)

Virginia Cherrill 3Virginia Cherrill 1Charlie Chaplin 4









(左と中央: ヴァージニア・チェリル  /  右: チャップリン)

共演女優は美人でなきゃ

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(左と中央: レイチェル・マクアダムズ  /   右: ケリー・ライリー)

  リウッド版「シャーロック」でまあまあ良かったのは、アイリーン・アドラー役に抜擢されたレイチェル・マクアダムズ(Rachel McAdams)と、メアリー・モースタン役を演じた英国人女優のケリー・ライリー(Kelly Reilly)である。マクアダムズの方はハリウッド・スターだから日本でも有名だが、ライリーの方はあまり知られていない。筆者は個人的に好きなんだけど、彼女は作品に恵まれていなかった。例えば、米国に進出してABCの『ブラック・ボックス』の主演を果たしたが、これが大失敗でシーズン1を以て打ち切り。エグゼクティブ・プロデューサーにはアイリーン・ハイケン(Ilene Chaiken)と大御所のブライアン・シンガー(Brian Singer)が就いていたが、物語自体が暗くて魅力に欠けていたのだ。このユダヤ人制作者の二人が、主役のキャサリンにライリーを抜擢した事までは良かったが、彼女の恋人役に黒人男優のデイヴィッド・アジャラ(David Ajala)を起用したんだから、折角のドラマが台無しである。全く以て「馬鹿」としか言いようがない。多民族主義を宣伝したいことは分かるけど、英国人美女が恋する相手なのに、それが黒人なんて、これでは白人視聴者がワクワクするはずがないだろう。「X-Men」を手掛けたブライアン・シンガーは、ミュータント(変種の超人)や混血児が好きなんだろうが、お客さんの好みを考えるべきだ。

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(左: アイリーン・ハイケン  /  ブライアン・シンガー /  ケリー・ライリー /  右: デイヴィッド・アジャラ )

  最近ではBBCの『シャーロック』が好評で、主役のベネディクト・カンバーバッチ(Benedict T.C. Cumberbatch)は一躍トップ・スターとなった。でも、やはりジェレミー・ブレットの方が似合っている気がするんだけど、こんにちでは若々しいカンバーバッチの方に軍配が上がってしまうのだろう。「シャーロック・ホームス」には色々なバージョンがあるけど、三つのバージョンにはそれぞれ妖艶なアイリーン・アドラー(Irene Adler)が登場していた。印象深いのはジェレミー・ブレット版シャーロックに登場したアドラーだ。このキャラクターは『ボヘミアの醜聞』で見ることが出来る。オペラ座のプリマドンナを務めるアイリーン・アドラーは、かつてボヘミア国王とこっそり付き合っていた。しかし、ボヘミア国王はスカンジナヴィアの王女と結婚することになったのだ。そこで、アイリーンは王と一緒に撮影した写真を以て脅迫してきたのである。これが公表されれば婚約は破談となってしまう。そこで、困った国王はシャーロックを訪ね、そのスキャンダルになりうる写真を取り戻してくれと依頼したのだ。シャーロックはトリックを使って写真のありかを探り出すが、アイリーンを捕まえる事はできず、あと一歩のところで逃げられてしまう。結局、脅しを諦めた彼女は写真を返し、新たな婚約者と共に海外へ渡ってしまうのだ。

Benedict Cumberbatch 1Lara Pulver 2Gayle Hunnicutt 2









(左: ベネディクト・カンバーバッチ  / 中央: BBC版の「シャーロック・ホームズ」でアドラーを演じるララ・パルヴァー  /  右: ブレット版の「シャーロック」 でアドラーを演じたゲイル・ハニカット)

  このアイリーンを演じていたのが美人女優のゲイル・ハニカット(Gayle Hunnicutt)であった。彼女はテキサス生まれのアメリカ人女性であるが、英国の貴婦人役が良く似合っていた。アルフレッド・ヒッチコックじゃないけど、主役級の女優は美人にしないと映画が華やかにならない。ゲイル扮するアイリーン・アドラーは実に可憐だった。シャーロックが特別に「あの人」と呼ぶのも解る。普通の女性には心を動かさぬシャーロックも、アイリーンだけは心に引っ掛かる魅力があったのだろう。ちなみに、ダウニー版の映画ではレイチェル・マクアダムズが演じ、カンバーバッチ版では英国系ユダヤ女優のララ・パァルヴァー(Lara Pulver)が演じていた。パルヴァーは人気TVドラマ「スプークス(Spooks)」でMI-5の諜報員を演じた女優である。「スプークス」は確かBS-11で放送していたから、覚えている方も多いだろう。英国のスパイ・ドラマには、こういった重厚な作品があるものだ。日本の公安モノは子供ぽくって、観ている方が照れてしまう。やはり、日本の制作者が未熟なんだろうなぁ。

Gayle Hunnicutt 6Gayle Hunnicutt 7Gayle Hunnicutt 1








(写真  /  ゲイル・ハニカット)

格闘家だった名探偵

 Barton Wright 1(左  /  エドワード・ウィリアム・バートン・ライト)
  シャーロック・ホームズを観ていて気付くのは、この紳士探偵が格闘技をマスターしていたことである。日本の探偵モノ、例えば天知茂が演じた明智小五郎とか石坂浩二が演じた金田一京助など、推理力で悪党を捕まえるのだが、犯人との壮絶な挌闘シーンは無い。一方、シャーロックは宿敵モリアーティー教授に生死を賭けた戦いを挑んだことがある。ドラマでは瀧に架けられた橋の上で対決し、二人とも瀧壺の中へと落ちてしまうのだ。また、ホームズは酒場で聞き込みをしたとき、ゴロツキに絡まれたことがあるが、得意技で打ちのめしたこともある。ホームズが習得した技は、「バーティツ(Bartitsu)」と呼ばれる総合格闘技で、これが何と日本由来の武道なのだ。というのも、創始者のエドワード・ウィリアム・バートン・ライト(Edward William Barton-Eright)は日本に留学したことがあるからだ。彼は1895年(明治28年)頃、日本にやって来て、「寺島」という師範のもとで神傳不動流(しんでんふどうりゅう)を学び、講道館では柔術を習ったらしい。彼は3年間の滞在を終えて英国に戻ると他の武術を取り入れ、独自の武術を編み出したそうだ。この格闘技が「バーティツ」で、彼の名前である「バートン」と「柔術」を組み合わせて「バートンじゅうじゅつ」、略して「バーティツ」になったという。

  英国ではパブリック・スクールやオックス・ブリッジといった名門大学に通う青年たちは、身体を鍛えるためにボクシングを習う気風があった。ジェントルマンは悪漢を腕尽くで押さえつけねばならぬ、との考えがあったのだろう。受験勉強だけが得意なクイズ王の如き青瓢箪は、国家を統治する支配者に非ず、と思われていたのだ。つまり、英国のエリートは日本の武士に等しかった。来日したライトは我が国の伝統武道である柔術や合気道に驚いたはずだ。当時の日本には恐ろしく強い達人がいたから、何も知らない英国人が見ればびっくり仰天だ。だいたい、素手の者が刀を持った相手に挑むなんて狂気の沙汰である。ところが、丸腰の人間が相手の刀を取り上げたり、その腕をへし折ったり、と見事な技を披露していたから、日本人を小馬鹿にしていた西洋人が敬意を払ったのも頷けよう。ちょっと横道に逸れるけど、忌々しい北鮮の金正恩を見ていると、腕十字を決めて骨をへし折りたくなる。ホドリゴ・ノゲイラの「アナコンダ・チョーク」や高阪剛の「チョーク・スリーパー」で失神させるのもいいが、どちらかと言えば、アーム・バーで関節を「ボキ」っと破壊したり、マウント・ポジションからの鉄槌やエルボー(ひじ落とし)で鼻骨を潰したい。あの“ふてぶてしい”正恩の顔を目にすると、何故か「バックハンド・ブロー」で殴りたくなるから不思議だ。出来ることなら、鼻血を出す金の顔に膝蹴りを食らわせたい。きっと気分爽快で、最高だろうなぁ。(マニアックで分かりづらいけど、主旨は理解してね。)

Ruth Benedict 1(左  /  ルース・ベネディクト)
  もう一つシャーロック・ホームズを見ていて気付くのは、彼が名誉を重んじる紳士であったことだ。敗戦後、ルース・ベネディクトが『菊と刀』を出版し、日本人は「罪」の意識が薄いと批判していたが、英国紳士だって「罪」よりは「恥」の意識の方が強かった。ホームズは紳士の名誉に敏感だったが、彼に信仰心があったのかは疑問である。そう言えば、ドラマの中でホームズが聖書を勉強したり、教会で賛美歌を歌うシーンなんか無かったし、そもそも、こういった場面は必要ない。彼は無神論者ではなかったが、かといって信仰篤いキリスト教徒でもなかった。これは別の機会に述べたいが、ルース・ベネディクトはユダヤ人の学閥に属していたのだ。読者の皆様は「また、ユダヤ人かよ!?」と呆れてしまうだろうが、日本の大学教授が間抜け揃いだから、一般国民が無知になってしまうのだ。肝心な事を教えないのが我が国の学者が持つ特徴で、マスコミの左翼記者と同じ体質を持っている。筆者も嫌になってしまうが、歐米諸国の裏事情というのはドス黒いんだよねぇ。まぁ、とにかく、シャーロック・ホームズはイギリス人の役者が似合っている、ということだ。




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サムライを演じたフランス人 / アラン・ドロンの祖国は今・・・

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「国民戦線」を支援した人気俳優

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(写真  / アラン・ドロン )

  フランスで行われたマクロン対ル・ペンの一騎打ちは、「やはり!」と呟きたくなるような選挙結果であった。前者が投票数の約6割を獲得し、約4割弱ほど獲得した後者を破ったことになる。こうなったのも、フランスの国民はドイツ人と同じくらい左翼教育に染まっており、多民族・多文化主義を金科玉条のように考えているからだ。しかも、国民の大半が何らかの非西歐的な家系に属し、その先祖を辿れば外国人というケースが多い。異人種間結婚が普通で、ナショナル・アイデンティティーが十人十色という国家で、移民排斥を掲げるマリーヌ・ル・ペンが躍進し、決選投票にまで漕ぎ着けたんだから、負けたル・ペンの方が輝いていたと言えるんじゃないか。ただし、多数決原理の政治体制だから、彼女が負け犬であることには変わりがない。

  今のフランスを見ていると、一旦崩壊した国が如何に惨めであるかが判る。大革命で国家の心臓たる王室を撲滅し、王国を護って民衆を導く貴族まで殺しまくったフランス人には、恐怖政治と遠征での惨敗、政体の不安定さに、国威の低下という負のスパイラルが待っていた。かつてはカトリック教会の長女だっのに、今じゃ政教分離の「ライシテ(世俗化/laïcité)」で、教会には日曜でも閑古鳥が鳴いている始末。売却されてディスコに変貌した教会はまだ良い方で、維持費が掛かって邪魔だから解体される教会があるという。ゾっとするけど、これがフランスの現状だ。フランス人が自慢する「文化」は過去の遺物でしかない。悲しいことに、フランスの基礎を築き、その骨格を育て、文化を熟成させた君主政が無くなると、残った廃墟にはヘドロのような文化が堆積し、そこに芽生えるのは左翼思想という雑草ばかり。フランス人は怒るかも知れないが、日本人が憲政史を勉強する時に、國體を損ねた愚かな実例として挙がるのがフランスである。フランスはやることなすこと、ことごとく駄目だった。栄光あるフランス陸軍でさえ衰退し、外人部隊におんぶにだっこ。我が帝國陸軍と対峙したら仔犬も同然だったので、フランス人が悔しがるのも無理はない。フランスはスペインと同じく、太陽が沈んだままの帝國になっていた。

Brigitte Bardot 3Alain Delon 3Marine Le Pen 4








(左: ブリジット・バルドー  /  中央: アラン・ドロン /   右: マリーヌ・ル・ペン )

  今回の大統領選挙で特徴的だったのは、マクロン氏の抜擢より、国民戦線の健闘だった。マスコミの報道だと、この政党の支持者には「ネオ・ナチ」もどきの若者や失業者、下層階級の労働者が多いとされているが、隠れファンとして、フランスの現状に危機感を覚える知識人や有名人が含まれている。意外なことに、往年の映画スターであるブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)やアラン・ドロン(Alain Delon)が国民戦線支持を表明していたのだ。今の中高校生は知らないと思うけど、バルドーは1960年代のフランスを代表するセックス・シンボルで、女優業だけではなく歌手としても活躍をしていた才女であった。藝能活動では第一線を退いたが、動物愛護活動では有名で、家畜の屠殺に反対してベジタリアンになったそうだ。そんなバルドーは国民戦線に共鳴し、マリーヌ・ル・ペンがフランスを救うのだ、と期待していたようで、この女性党首を21世紀のジャンヌ・ダルクに譬えていたという。(David Chazan, Brigitte Bardot calls Marine Le Pen `modern Joan of Arc', The Telegraph, 22 August 2014)

Jean Marie Le Pen 2Marlon Brando 1Mel Gibson 3









(左: ジャン・マリ・ル・ペン  / 中央: マーロン・ブランドー /  右: メル・ギブソン )

  アラン・ドロンも国民戦線の綱領を理解したようで、全面的に支持すると公言していた。ドロンはル・ペン親子が孤独な闘いを続けていたことに感銘を受け、もう彼らだけではない事を告げたのである。(French legend Delon `supports' far-right, France 24, October 10, 2013) 有名人が「極左」政党を支援するのは普通だが、こうした「極右」政党を支持することには、かなりの覚悟を要する。左翼に分類されるなら、社会党でもマルキスト団体でもいいし、アナーキストになっても許されるだろう。しかし、国家の歴史や伝統を重視する保守系政党になると風向きが変わってくる。とりわけ、祖国を異質な民族から守ろうとすれば、業界から“干される”危険性まで考えねばならない。そう言えば以前、名優のマーロン・ブランドーが、CNNの「ラリー・キング・ライヴ」に出演し、ハリウッドがユダヤ人に支配されていると暴露した。というのも、彼は高齢で映画出演のオファーも無くなったから、“正直”に語ることができたのだ。アル中だったメル・ギブソンみたいに、まだ現役生活を続けているのに、ユダヤ人を批判するなんて軽率である。案の定、総攻撃を食らって撃沈。実際、ギブソンは業界から村八分にされ、失意のどん底だった。彼は親しい友人のジョディー・フォスターやゲイリー・オールドマンの助太刀で、勝ち誇ったユダヤ人に詫びを入れたそうだ。本当にユダヤ人の懲罰は恐ろしい。

クールな殺し屋は日本人がモデル?

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(左: と中央若い頃のドロン  /   右: アランとナタリー・ドロン )

  平成の今と違って、昭和40年代や50年代、西歐だと1960年代から1970年代の頃、「人気者」と評された俳優や歌手は本当に凄かったし、追っかけファンも多くて熱狂的だった。しかし、携帯やパソコンが普及した現在では、八百長記事が横行し、本当に人気があるのか、実際にファンがいるのか、とにかく怪しい藝人でいっぱいだ。ちょっと前、偶然にも朝のテレビ番組を観たところ、南鮮の「トゥワイス」という歌手グループが人気者になっているという話を聞いた。なんでも、日本の若者に多くのファンが居るそうだ。筆者は流行文化に疎いからよく解らないけど、そんな朝鮮人娘たちが人気者になっているとは思えない。(あくまでも筆者の勘だから、本当に高い人気を博しているのかも知れないよ。) ただ、フジテレビの番組だったから、眉唾物というか「宣伝」報道という側面が否めず、「ヤラセ」感が拭えなかったのも事実だ。渋谷の街頭では若い女の子達がキャーキャー騒いでいたが、何となく「仕込み」のファンじゃないかと疑ってしまった。なぜなら、よく詐欺師が「サクラ」の客を集めて一般人から大金を巻き上げることがあるからだ。例えば、ペテン師が実際は500円の壺なのに、5万円とか50万円と吹っかけて、高級品と紹介する詐欺商法があるからだ。仕込み客が一斉に「安い!」と叫びながら、続々とその壺を購入すると、カモの一般客までが釣られて「私にも一つちょうだい!」と欲しがり、大金を渡してしまうことがある。フジテレビはこの手法を採っているのかも知れない。

Alain Delon 4Alain Delon 2









  日本のテレビ局が持て囃す朝鮮人男優とは異なり、アラン・ドロンは日本でも本当にファンが多かった。昭和の頃だと、フランス映画というのはハリウッド映画とひと味違っていて、人間関係を濃厚に描く深みに特徴があったし、何処となく物悲しいフィナーレで幕を閉じる作品が多かった。アメリカの恋愛映画などはハッピー・エンドがほとんどで、最初から結末が予想できるから安心というか単純なものであった。現在はフランスで制作されてもハリウッド映画みたいな作品が主流だから、フランス映画の独創性は皆無に等しく、フランス語を喋る役者が演じているだけの亜流フィルムといったことろだ。世界市場で売り込むためのグローバル商品と化したフランス映画なんて意味が無い。これなら英語が得意なフランス人は、米国へ行ってハリウッド・スターになった方が利口である。

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(左と右: 映画でのアラン・ドロン  /  右:  マリー・ラフォレ)

  しかし、アラン・ドロンが出演したフランス映画には渋みがあった。彼の代表作である『太陽がいっぱい』は名作で、ハリウッドでもリメイク作品が制作されたほどだ。(筆者は子供の頃に本作を観て感動し、滅多に無いことだが、二、三回繰り返し観たことがある。) 粗筋を話すと以下の通り。貧しい青年のトム・リプリー(ドロン)は、大富豪の息子で友人のフィリップと一緒にヨットに乗り込んだ。しかし、ちょっとした口論でフィリップを殺してしまい、死んだ友人の体をロープで巻いて海に投げ捨ててしまう。すると、リプリーは裕福な「元友人」になりすまし、フィリップの恋人であったマルジュ(マリー・ラフォレ)まで自分の女にしてしまったのだ。まんまとフィリップにすり替わったリプリーは、浜辺で太陽を浴びながら幸福感に浸っていた。しかし、そこへ警察が現れたのである。運命の悪戯なのか、殺害したフィリップの遺体に巻いたロープが海中で船のスクリューに絡まっており、ヨットがマリーナに引き上げられた時、ロープの先に遺体が繋がっていたのだ。何も知らないリプリーは売店の女給に呼び出され、彼を待ち構える警官のもとへ向かうところでフィナーレとなる。観客だけが悲劇の逮捕を分かっているラストであった。

  ルネ・クレマン監督が手掛けた『太陽がいっぱい』は、1960年に公開された作品で、劇場でこの映画を観た日本人も多いだろう。たぶん、懐かしいと思う中高年の奥方もいるはずで、銀幕に映し出されるアラン・ドロンに見とれたという女性も多いんじゃないか。当時、彼の評判は相当なもので、フランスを代表する人気俳優であった。後に彼が来日すると、「サクラ」を用意しなくても本物のファンが殺到し、映画雑誌の『スクリーン』などは、ドロン氏の特集を組んだ程である。フランス国内では「演技力が今ひとつだ」と貶す批評家もいたが、日本人女性はそんな悪口に耳を貸さず、サングラスをかけ、くわえ煙草のハンサム男優にぞっこんで、眺めるだけでも充分だった。それに、彼が出演した作品はある程度成功し、人々の記憶に残る映画であったから、運の良い役者とも言えるだろう。例えば、チャールズ・ブロンソンと共演した『さらば友よ』とか『ボルサリーノ』、三船敏郎が共演者だった『レッド・サン』、ジャン・ギャバン(Jean Gabin)も出演した『地下室のメロディー』、レザー・スーツ姿のマリアンヌ・フェイスフル(Marianne E. Faithfull)が話題となった『あの胸にもう一度』などがある。

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(左: チャールズ・ブロンソン  / ジャン・ギャギン  /  アラン・ドロン /  右: マリアンヌ・フェイスフル)

  筆者としてはジプシーの悲哀を描いた『ル・ジタン(Le Gitan)』を推薦したいが、日本では一般的に『サムライ』の方が有名だろう。この映画でドロン氏は寡黙で律儀な殺し屋のジェフ・コステロを演じていた。このキャラクターは、実在したギャングのフランク・コステロ(Frank Costello)をモデルにしたという。今のアクション・ドラマでは珍しいけど、主人公のジェフは無言のまま“いつもの”仕事に取りかかった。どんよりと曇った空からは雨が降りしきっている。トレンチコートを羽織って、中折帽(fedora)を被ったヒット・マンは、路上に駐めてある他人の車に乗り込む。銀幕には、雨が滴り落ちるフロント・ガラス越しに、ジェフの冷静な顔が映し出されているのだ。彼は懐から鍵の束を取り出し、一つ一つハンドルの鍵穴へと差し込む。何本か試すうちに偶然にもエンジンがかかった。彼はゆっくりとクルマを運転し、さびれた街角のガレージへと消えて行く。ジェフがクルマから降りると、そこにはいかがわしい男が待っていて、即座にナンバー・プレートを付け替える。ジェフは馴染みの「修理屋」から何枚かの書類を受け取り、代わりに札束を無言で手渡す。余計な事を一切言わず、ジェフはその盗難車に戻り、何事も無かったかのようにガレージを後にするのだ。

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  改めて自分の「所有物」となったクルマを運転するジェフは、ある建物へと向かっていた。彼が建物の玄関を通って、ある部屋を訪ねると、そこには女性の姿があった。彼を迎えたのは息を呑むほどの美女。すなわち、ジェフの情婦ジャーヌであった。彼は別の場所で「仕事(暗殺)」をするので、ジャーヌにアリバイを頼んでいたのである。とまぁ、ドロンは口数の少ない冷静な殺し屋を演じているから、女性じゃなくても観ている者は彼の虜になってしまう。この映画は「ノアール・ギャング・スリラー(Noir gangster thriller)」と評される作品で、フィルムが微妙に青暗くなっており、独特の雰囲気を醸しだしていた。低予算で作られる最近のTVドラマと比較すれば判るが、テレビで放送される刑事モノとかサスペンス劇場などは、電気屋で購入したビデオ・カメラで撮影された素人作品かと思ってしまう。子供の学芸会を親が録画するんなら解るが、いくら何でもプロの映画人が作ったドラマにしては貧弱すぎる。やはり、劇場で観る微かに暗い映像は格別である。しかも、どこか暗い影を秘める役者のドロンには、哀愁漂う暗殺者が良く似合っていたので、一層ドラマに磨きがかかっていた。

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(左: レノー・ヴェルレー  / 中央: 映画でのベッド・シーン /  右: ナタリー・ドロン )

  『サムライ』で注目すべきは、ジェフの情婦を演じていたナタリー・ドロン(Nathalie Delon)の存在である。彼女は実生活におけるアランの妻で、当時はまだ駆け出し女優だった。ナタリーが有名になったのは、翌年に制作された『個人教授(Le leçon particulière)』に出演してからだ。この映画は筆者にとっても思い出深い作品で、まだ小学生だったけど、フランス人の哀しい恋愛劇に魅了されたものである。当時、ニコール・クロワジール(Nicole Croisille)が歌う『Where Did Our Summers Go』に感激したので、EP盤のレコードを買って毎日聞いていた。(レコードの針から伝わる、ちょっとした「雑音」が実にいい。ジャズも澄み切った音のCDより、ノイズの入ったレコード盤の方が「味」があったりするから不思議である。) この挿入歌を気に入ったのは、映画の最終場面と絶妙にマッチしていたからである。

  ちょっと物語を話すと、主人公のオリヴィエ(ルノー・ヴェルレー)は年上の女性フレデリク(ナタリー)と親しくなり、肉体関係まで持ってしまうが、彼女には中年男性の恋人フォンタナがいたのだ。二人は喧嘩して一時的に別れていたが、フレデリクの心はまだフォンタナの許(もと)にあった。それを察知したオリヴィエは、彼女が住む建物を訪れて帰ろうとした時、フォンタナに電話を掛け、フレデリクの居場所を教えたのである。電話を切ったオリヴィエは建物から出て、外に駐めてあった電動自転車に跨がった。彼が不意にその建物を見上げると、部屋の窓越しにフレデリックが立っていて、無邪気に笑みを浮かべていたのだ。フレデリクは「またね!」という軽い「さよなら」を口にしていたが、オリヴィエの深刻な別れには気づいていなかった。何事も無かったかのように去り行くオリヴィエ姿が痛ましい。愛する女性を諦めた表情は、観ている者にとっても辛かった。このラスト・シーンにクロワジールの歌声が響き渡るんだから、誰でも胸が締め付けられるような気持ちになるだろう。

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(左: ニコール・クロワジール  / 中央: 映画でのフレデリクとオリヴィエ  /  右: ナタリー・ドロン )

日本女性が憧れたフランス人の色男

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(写真   /  様々な時代のドロン)

  ハリウッド映画じゃないからメガ・ヒットにはならなかったが、『サムライ』は後の作品に影響を与えたそうで、ジョージ・クルーニーが孤高の殺し屋を演じた『ラスト・ターゲット(原題/ The American)』や、ライアン・ゴスリンがプロの逃がし屋に扮した『ドライヴ』などは、ジェフ・コステロをモデルにしていたそうだ。それにしても、なぜドロン演じる殺し屋が「サムライ」なのかいまいちピンとこないが、監督のジャン・ピエール・メルヴィル(Jean Pierre Melville)が大のサムライ・ファンで、様々な武具や刀のコレクションを持っていたからだという。フランス人の藝術家や知識人には、日本の武術や東洋の神秘に関心のある人がたまにいて、西洋の軍人とは本質的に違う日本の武人に興味を抱くそうだ。ただし、彼はユダヤ人で本名を「ジャン・ピエール・グランバック(Jean Pierre Grumbach)」というらしい。「メルヴィル」というラスト・ネームは、有名作家の「ハーマン・メルヴィル(Herman Melville)」から拝借したそうだ。

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(左: ジョージ・クルーニー  / 右: ライアン・ゴスリン )

  日本贔屓のユダヤ人は他にもいて、日本でも人気のある作家のアンドレ・モロワ(André Maurois)はフランス系ユダヤ人で、本名は「エミール・サロモン・ウィルヘルム・ヘルツォーク(Émile Salomon Wilhelm Herzog)」である。ちなみに、『源氏物語』を英訳して話題になったアーサー・ウェイリー(Arthur Waley)もブリテン系ユダヤ人で、本名は「アーサー・デイヴィッド・シュロス(Arthur David Shloss)」という。さらに言えば、日本の合気道を米国で広めたハリウッド・スターのスティーヴン・セガール(Steven Seagal)もユダヤ人で、彼の父親がロシア系ユダヤ人であったらしい。元「メガデス」のギターリストであるマーティ・フリードマンは米国生まれだが、大学に入って日本語を勉強したらしく、我々と同じくらい流暢に日本語を話している。彼は日本に移り住んで活動を続けており、NHKの音楽番組では、世良公則と一緒に「銃爪(ひきがね)」を演奏していた。その時、あの有名なダグ・オードリッチ(Doug Aldrich)も参加していて、マーティーと共にリード・ギターを弾いていたから、何とも豪華な組み合わせだった。とにかく、一見すると西歐人に見える日本通でも、実はユダヤ人だったという場合が多い。やはり、歐米諸国で不可思議な異国に興味を持つのは、根無し草のコスモポリタンなのかも知れない。

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(左: ジャン・ピエール・メルヴィル  /  アンドレ・モロワ/ アーサー・ウェイリー / 右: マーティ・フリードマン )

  アラン・ドロンが出演した映画には、他にも興味深い作品があるけれど、彼の全盛期は1970年代までで、80年代に入ると、TVドラマくらいしか良いオファーがなかった。それでも、スターはスターで、何かと言えば話題にされるし、結構人気もあったから、日本のマツダと契約して「カペラ」の宣伝役となり、テレビ・コマーシャルにも出ていた。ハンサム男優は歳を取っても魅力的で女にモテる。ナタリーと別れても女優のロミー・シュナイダー(Romy Schneider)と付き合っていたし、1987年にはオランダ人モデルのロザリー・ブレメン(Rosalie Breemen)と結婚した。彼女との間には、娘のアヌースカ(Anouchka)と息子のアラン・フェビアン(Alain-Fabien)をもうけている。特に、アヌースカは溺愛しているようだ。まぁ、年を取ってからの娘だからしょうがない。

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(左: ロミー・シュナイダー  / ロザリー・ブレメン  /  アヌースカ・ドロン  /  右: アラン・フェビアン・ドロン)

  でも、アランにはもう一人箱入り娘がいるのだ。ナタリーとの間には息子のアンソニー(Anthony Delon)が生まれていて、彼にはアリソン・ル・ボルジ(Alysson Le Borges)という娘がいるので、アランにとっては孫娘になる。美しい娘と孫娘をもってアランには笑顔が絶えない。そりゃ、アリソンみたいな孫がいれば嬉しくなるのも当然だ。もし、アランが彼女を連れて街中でも歩けば、事情を知らない他人が、「アランの奴、また愛人でも作ったのか? それにしても、今度の女は随分と若いんじゃないか」と呆れるだろう。色男だと60歳や70歳になっても、若い娘が近寄ってくるから、本当に羨ましい。ただ、彼の家族を見て思うのは、女房を選ぶ時にはその人種や民族に配慮すべき、ということだ。

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(左: 父のアランと娘のアヌースカ   /   右: 孫娘のアリソン・ル・ボルジ )

  もし、アランが歌手のドナ・サマー(Donna Summer)やジャネット・ジャクソン(Jannet Jackson)、女優のガボレイ・シディベ(Gabourey Sidibe)やオクタヴィア・スペンサー(Octavia Spencer)などと結婚したら、アンソニーのような息子は生まれないし、アリソンのような孫娘さえ望めないだろう。エルビス・プレスリーの孫娘として有名なライリー・キーオ(Riley Keough)だって、母親のリサ・マリーがマイケル・ジャクソンの精子で産んでいたら、あんな容姿にはならない。自分と同じ種族に生まれた子供や孫に囲まれたアラン・ドロンが、中東アジアや北アフリカの移民を歓迎しないのも当然だ。

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(左: アリソン・ル・ボルジ  /  ライリー・キーオ  /  オクタヴィア・スペンサー /  右: ガボレイ・シディベ )

  かつてアラン・ドロンに夢中になった日本のご婦人たちも、結構な年齢になっているだろうが、それでもドロンの映画をDVDで再び観賞すれば、若い頃の情熱が蘇ってくるかも知れない。たぶん、本棚か押し入れに所蔵する映画のパンフレットなんかを取り出して、アラン・ドロンの写真を眺めたりするんじゃないか。映画好きの奥様達がデニーズなどに集まって、昔話に花を咲かせたら、あっと言う間に時間が過ぎてしまうだろう。一旦、中高年のオバちゃんたちが井戸端会議を始めると、何時間でも居坐り続けるから、支店長は困ってしまうけど、彼女たちはお構いなしだ。

  ケーキやパイを頬張りながら、「あぁ~、私もアラン・ドロンみたいな相手と結婚していたらなぁ~」と歎く。

  すると、そばにいる「元」お嬢様が「うちの亭主ときたら、定年退職してから、いつも家でゴロゴロしているんだから、もう嫌になっちゃう」と愚痴をこぼす。

  それに対し、プリンを食べる友人が「そうよねぇ~。まったく邪魔なんだから。どっか行ってくれないかしら」と相槌を打つ。さらに追い打ちを掛けるように、もう一人のオバちゃんが、「やっぱり、男はハンサムでなきゃ。私も生まれ変わったら、二枚目と一緒になりたいなぁ」と溜息をつく。そして、「いい男がいたら、うちの旦那を捨てて、一緒にドロン”しちゃうかも!」と駄洒落を交えて現実不可能な夢を語り出す。

  日本のオバタリアンはロマンチストというか、図太い精神の持ち主というか、世界一タフな生き物である。こんな雑談がお開きになるのは、「あっ、ワンちゃんの散歩の時間だわ。もう帰らなくっちゃ!」というのが切っ掛けなんだから。そんな時、「旦那の夕飯は?」と聞きたくなるが、「冷凍庫にチャーハンがあるから!」という解答があるかも知れないので、何となく怖くなる。「俺もアラン・ドロンに生まれたかったなぁ」という亭主の小さなつぶやきが、やけに寂しい。
  


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