無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

映画・ドラマ評論

ターミネーターが終焉を迎える時

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黒木 頼景
成甲書房


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人種的配慮とフェミニズムが作品に盛り込まれる

Terminator 12Tim Miller 1












(左 : 新作『ダーク・フェイト』に出演したシュワルツネッガーとハミルトン  /  右 : ティム・ミラーとジェイムズ・キャメロン)

  人気シリーズの『ターミネーター / ダーク・フェイト(Dark Fate)』が、いよいよ今年の11月に公開されるそうだ。今回で第6作目となる大ヒット映画ではあるが、制作・総指揮権が原作者のジェイムズ・キャメロンに戻ったことで、彼が不在だった第3作から第5作目までのターミネーターは“無かったこと”、すなわち“別物”にされるらしい。(筆者は各作品を劇場で観たけど、第五作目の『ジェネシス』が最悪だと思っている。米国でも「失敗作」と見なされており、事実、興行成績は悲惨なものだった。) 総指揮を執るキャメロン氏は、『デットプール』のティム・ミラー(Tim Miller)を監督に抜擢し、新たな展開を加えて第2作目の「続編」を作ったそうだ。しかも、この新作には、目玉となる“売り”があって、あの「サラ・コナー」が戻ってきた。「元キャメロン夫人」として知られるリンダ・ハミルトンと、知事を退いて俳優業に戻ってきたアーノルド・シュワルツネッガーの二人が出演を承諾したことで従来のファンは大喜び。

  しかし、他の出演者を見渡すと何となく陰鬱になる。アメリカ人の熱狂的なファンはおろか、日本人の贔屓筋でさえ、「えぇぇ~、なんでこんなキャスティングになるの~?」と訝(いぶか)しむ。アメリカや日本の一般人は映画を批評する際、銀幕に映し出される俳優ばかりに目を奪われてしまうが、本当は「誰が企画したのか」、つまり「どんな人物がエグゼクティヴ・プロデューサーと脚本家になったのか」、「どんな理由で監督を選び、どのような方針で制作されたのか」を調べるべきなのだ。台本を渡される役者なんか、所詮、口笛で命令される犬か、サーカスの猿にしか過ぎない。もし、我々が映画を鑑賞した時、「あれっ ! 何か変だ! おかしい !」と思ったら、制作陣が誰なのかをチェックすべきだ。

    巷の雑誌やテレビ番組では、配給会社に雇われた“独立”系評論家が、最新作のターミネーターを素晴らしいとベタ褒めするが、そんなのは提灯発言でしかない。本音を口にする奴は業界で生きて行けないから、どんなに下らない作品でも「最高 !」と親指を上に立てて、「感動しました」「もう一度観たい!」と白々しい嘘をつく。だいたい、映画会社からプレミア上映会に招待された連中が本当の事を言うのか? 彼らはどんなに退屈な駄作でも、感想を訊かれればゴマを擂(す)る。口が裂けても「“つまらない”から途中で寝てしまいました !」なんて言えまい。一方、アメリカだと気骨のある評論家が僅かながら残っているから、新聞の批評欄に投稿した記事の中で、「お金と時間を無駄にしたい人なら、この映画をどうぞ」と辛口の意見を述べたりする。しかし、日本の評論家じゃ無理だろう。

  脱線したので話を戻す。まず、新たなメイン・キャストとなったのは、映画『ブレードランナー2049』とTVドラマ・シリーズ『Halt and Catch Fire』で注目を浴びたマッケンジー・デイヴィス(Mackenzie Davis)だ。彼女は人間により近い「強化人間(Enhanced Human Being)」として現代に送られたサイボーグという役柄である。おそらく、シュワルツネッガー氏が高齢なので、新たな主役が必要なんだろう。もし、今回のリブート(再興)作品がヒットすれば、デイヴィスを主役とした続編のターミネーター・シリーズが作られるはずだ。

Mackenzie Davis 5Linda Hamilton 3Linda Hamilton 7












(左 : マッケンジー・デイヴィス  / 右 : 若い頃と現在のリンダ・ハミルトン )

  それにしても、月日の流れとは恐ろしいものである。リンダ・ハミルトンは『ターミネーター2』で怯える母親から勇敢な戦士に生まれ変わり、観客から絶大な人気を勝ち得たが、今では亀のようにシワが増え、孫が数人いても不思議じゃない「おばあちゃん」になってしまった。1992年以降、目立った出演映画と言えば『ダンテズ・ピーク』くらいで、後は冴えない作品ばかり。TVドラマに出演してもチョイ役ていどで、話題になったことがない。彼女はTV映画の『Sex & Mrs. X』でジャクリーン・ビセット(Jaqueline Bisset)と共演したが、日本ではBSですら放映せず、存在さえ認知されぬ作品であった。よって、久しぶりに彼女を目にした日本のファンは、「えっ、あれがサラ・コナーを演じた同じ役者なのか!!」と驚く。かつて、『T-2』でクール・ビューティーの戦士を演じた女優が、今じゃ年金受給で暮らす前期高齢者みたいなんだから、「そんな・・・・」と嘆きたくなるじゃないか。しかし、映画の中では元気溌溂。機関銃やバズーカ砲をぶっ放して、往年のサラ・コナーを演じている。

Natalia Reyes 1(左  /  ナタリア・レイズ)
  新作『ダーク・フェイト』で「何でなの?」と疑問に思うのは、ジョン・コナー(エドワード・ファーロング)に代わって登場する「ダニエラ・ラモス」というヒスパニックの少女だ。今回は彼女がキー・パーソンとなり、新たな殺人マシーである「Rev-9」に狙われる少女となっている。まだ作品が公開されていないので何とも言えないが、段々と舞台が南米へと移り、役者にもヒスパニックが増えてきたから、「ターミネーターも時代の波には勝てないのか・・・」と溜息が出てくる。今回、「ダニエラ」に抜擢されたのは、「ナタリア・レイズ(Natalia Reyes)」というコロンビア人で、まだ「これ」と言った代表作は無い。まぁ、最近のハリウッドではヒスパニック系の観客数を見込んでいるのか、矢鱈と南米系の役者を用いている。確かに、エドワード・ファーロングも母方の血筋がメキシコ系なので、数パーセントはヒスパニックなんだろうけど、ロシア人の血が濃厚だから、『T-2』ではヨーロッパ系の白人少年のように見える。それに、当時、「何となくリンダ・ハミルトンと似ている顔つき」と言われたので、彼女の息子役に適していた。ところが、ナタリアだとメキシコ移民の娘みたいで、どちらかと言えば、テキサスかアリゾナでよく見かける、不法入国者の子供といった感じである。

  今回の新作で最も落胆するのは、新たなターミネーターである「Rev-9」を演じたガブリエル・ルナ(Gabriel Luna)だ。彼はメキシコ系アメリカ人で、以前の映画では大した役をもらえなかったが、TVドラマの『Agent of S.H.I.E.L.D.』に出演し、「ゴースト・ライダー」のロビー・レイズを演じて有名になった。『ダーク・フェイト』に登場す「Rev-9」には目新しい特徴は無く、強いて言えば機械の体が二つに分裂し、容赦なく標的を攻撃するといった程度。要するに、『T-2』でロバート・パトリック(Robert Patrick)が演じた「T-1000」の焼き直しに過ぎない。総指揮を執るキャメロンは、新鮮な俳優を抜擢したつもりなんだろうが、スクリーニ映るガブリエルを眺めていると、まるでハードウェア・ショップで大工用具を売っている店員か、自動車の修理工を見ている気分になる。

Gabriel Luna 1Gabriel Luna 3Robert Patrick 3Lee Byung-hun 3











(左 : 「Rev-9」を演じたガブリエル・ルナ  /  中央 : ロバート・パトリック  /  右 : イ・ビョンホン )

  ルナは冷酷な殺人マシーンを必死で演じているんだけど、彼の顔つきにはロバート・パトリックのような“クールさ”と“鋭さ”が無い。生まれつきの容姿だから仕方ないんだけど、やはり西歐系の俳優じゃないから、映画の中でトラックを運転すると、どうしても建設作業員か宅配業者にしか見えない。つまり、役者としてのオーラが無く、殺人鬼を演じていても、どこかしら滑稽で、ゾクゾクするような恐怖心が湧いてこないのだ。もし、オーストリア人やスウェーデン人の俳優を使っていれば、もっとマシなターミネーターになっていたかも知れない。だが、メキシコ人を使ってしまったから、明らかなミスキャスト。作品の質を考えない愚策である。そういえば、『ターミネーター / ジェネシス』では、南鮮人男優のイ・ビョンホン(李炳憲 / Lee Byung-hun)が殺人マシーンを演じていた。この第五作目を観た日本人なら分かると思うけど、朝鮮人のターミネーターなんて志村けんのコントに出てくる忍者と同じで、映画を台無しにする冗談でしかない。シリアスな場面なのに、李が出てくるとなぜか大爆笑。これなら高田純次の「ブラック・デビル」の方が、よっぽどマシである。

多民族主義のユダヤ人が制作陣の中に・・・・

  それにしても、なぜ『ダーク・フェイト』は“PC(政治的に正しい)”ドラマとなってしまったのか? もちろん、総責任者のジェイムズ・キャメロンが興行収入を優先させ、フェミニストにも媚びたせいなんだけど、彼の協力者や制作陣にユダヤ系の業界人が紛れ込んでいるからだ。例外として、キャメロンの側近に脚本家のチャールズ・エグリー(Charles Eglee)がいるのは理解できる。彼はキャメロンと一緒に人気ドラマ『ダーク・エンジェル』を創作した仲間だから、ターミネーター・シリーズで再びタッグを組んでもおかしくはない。ちなみに、彼は有名プロデューサーで、過去には刑事ドラマの『The Shields』、大ヒットしたクライム・サスペンスの『(Dexter)』、日本でも評判になった『ウォーキング・デッド(The Walking Dead)』、そして懐かしのTVドラマ・シリーズ『こちら、ブルームーン探偵社(Moonlighting)』をも手掛けている。このドラマは日本でも放送され、若きブルース・ウィルスとシビル・シェパードが出ていた。(ゴミ収集員から出世したブルースには、まだ髪の毛があって初々しかった。一方、美人女優を看板にしていたシビルの顔には、まだ深い「シワ」は無く、入念な撮影技術で隠すことが出来たのを覚えている。)

  ハリウッドには当初からユダヤ人が蝟集しているので、今さら『ダーク・フェイト』制作陣の中にユダヤ人を発見しても驚くには値しないが、やはり気になる。例えば、脚本に参加したデイヴィッド・S・ゴイヤー(David Samuel Goyer)だ。彼はミシガン生まれのユダヤ人だが、彼が10歳の時、両親が離婚してしまい、シングル・マザーとなった母親は子供達を連れてイスラエルへと移住した。数ヶ月間だったが、現地のヘブライ語学校に通ったデイヴィッドは、「俺はユダヤ人なんだ」という自己識別(アイデンティティー)を持ったらしい。(Michael Aushenker, 'Man of Action', The Jewish Journal, March 28, 2002.)  米国に戻ったデイヴィッドは南カルフォルニア大学に通い、在学中にもかかわらず脚本家としてデビューできた。ジャン=クロード・ヴァン・ダムの映画『ブルージーンズ・コップ(Death Warrant)』を制作したというから実にラッキーだ。

  デイヴィッドの周辺には、それほど多くのユダヤ人は存在しなかったが、それでもアメリカ社会の反ユダヤ主義には敏感だった。ヴァン・ダムの映画を撮影していた時のこと。あるエキストラ役の男が、「お前、ユダヤ人なのか?」と尋ねたので、デイヴィッドは素直に「そうさ」と答えた。すると、このエキストラは「ああ、そんな臭いがするよなぁ~」と馬鹿にしたので、激怒したデイヴッドはそいつの顔面にパンチを加えたという。こうした苦い体験を幾つか味わったからなのか、デイヴィッドは迫害や社会正義に関心があるそうだ。なるほど、歐米諸国に住み着くユダヤ人は、小さい頃から様々な嫌がらせに遭うことが多い。だから、彼らが映画業界に就職すると、意図的にイジメっ子だった西歐系の白人男性を悪党やゴロツキに描いたりする。たとえ“意図的”じゃなくても、無意識的に卑劣で傲慢なキャラクターをあてがったりするから、西歐系アメリカ人の中には「何だ、あのユダ公め ! あいつらに都合のいい映画ばかり作りやがって。ここはお前らの国じゃないんだぞ!」と憤慨する者も少なくない。

Charles Eglee 1David Goyer 1Billy Ray 2David Ellison 3










(左 : チャールズ・エグリー  / デイヴィッド・ゴイヤー  / ビリー・レイ  /  右 : デイヴィッド・エリソン)

  別の脚本家であるビリー・レイ(Billy Ray)も、これまたユダヤ人ときている。彼は大ヒット映画シリーズの『ハンガー・ゲーム』や、トミー・リー・ジョーンズが出演した『ヴォルケーノ(Volcano)』を手掛けている。でも、注目すべきは、プロデューサーのデイヴィッド・エリソン(David Ellison)だ。何と、彼は有名企業「オラクル社(Oracle Corporation)」の共同創設者(後のCEO / 会長)ラリー・エリソン(Lawrence Joseph Ellison)の御子息だ。大富豪のお坊ちゃまたるデイヴィッドには、破格の幸運が矢鱈と舞い込んできた。彼が手掛けた作品を並べると、本当に羨ましくなる。例えば、トム・クルーズ主演のヒット映画『ミッション・インポシブル / ローグ・ネイション』に加わると、続けて同シリーズの『ゴースト・プロトコール』や『フォールアウト』を担当した。また、トムが出演した別のヒット・シリーズ『ジャック・リーチャー(Jack Reacher)』もデイヴィッドの参加作品である。(彼は『トップ・ガン』の続編、『Top Gun: Maverick』のプロデューサーも務めているそうだ。)

Josh Friedman 3(左  /  ジョシュ・フリードマン)
  デイヴィッドが手掛けたヒット作は他にもあって、クリス・パインが出演したスタートレック・シリーズ『Star Treck Beyond』、トム・クランシー原作の「ジャック・ライアン」から派生したスピン・オフ映画『Jack Ryan : Shadow Recruit』、G.I.ジョー・シリーズの続編『G.I. Joe : Retaliation』などが挙げられる。まだ若いのに、駆け出しの頃からデイヴィッドにはチャンスが訪れていた。やはり、有力者の御曹司だと下積みの「新米」じゃなくて、周りからチヤホヤされる「サラブレッド」という扱いなのか? いいなぁ、お金持ちのユダヤ人って。

  今ひとつ素性が分からないのは、脚本家のジョシュ・フリードマン(Josh Friedman)である。たぶん、ユダヤ系なのかも知れないが、血筋を示す証拠が無いから筆者には断定できない。ただ、彼も業界では有名な制作者で、スティーブン・スピルバーグが企画し、トム・クルーズが主演した『War of the World』の脚本を手掛けている。ジョッシュはまた、TV版ターミーネーターのスピンオフ作品『サラ・コナー・クロニクル』でエグゼクティヴ・プロデューサーを務めていた。したがって、彼が『ダーク・フェイト』に参加したのは当然の人事なんだろう。

白人の主役が多すぎる !

  ハリヴッドには桃色リベラルから深紅の極左まで色とりどり揃っている。ジェイムズ・キャメロンが多民族主義に染まっていても不思議じゃない。とりわけ、世界市場を見据えた興行収入を考えれば、「ちょいとヒスパニックやアフリカ系の役者を増やし、ついでに女を主人公にした方がいいのかなぁ~」と考えてもおかしくない。そうじゃなくても、アメリカ国内には人種平等を声高に叫ぶ団体もいるから、なるべく「人種的多様性(racial diversity)」を強調した「優等生作品」にして、うるさい連中を黙らせた方が得策だ。例えば、カルフォルニア大学(UCLA)には、映像作品における人種問題を取り上げる研究グループがある。主要執筆者のダーネル・ハント(Dr. Darnell Hunt)やアナ=クリスチーナ・ラモン(Dr. Ana-Christina Ramón)は目尻を吊り上げ、「もっと有色人種の役者を増やせ ! どうしてアフリカ系やアジア系の主役を増やさないんだ ! 人種構成に偏りがあるから、誠にけしからん ! 白人役者を優先するレイシズム的映画だ !」と喧(やかま)しい。

Darnell Hunt 1Ana Christiana Ramon 1Amberia Sargent 1Debanjan Roychoudhury










(左 : ダーネル・ハント  / アナ=クリスチーナ・ラモン  / アムベリア・サージェント  /  右 : デバンジャン・ロイチョウドハリー)

  UCLAにのざる極左連中は、映画界やTVドラマ、報道局といった様々な部門における人種構成を調査し、『ハリウッド人種多様性報告』というレポートを公表した。例えば、2011~2016年に制作された映画を見てみると白人の主役が圧倒的に多く、エスニック・マイノリティー(要するにアメリカの「有色人種」)が異常に少ないという。

  具体的に言うと、白人の主役は2011年だと89.5%で、2016年になると少し減って86.1%となっている。一方、マイノリティーの主役は2011年に10.5%しかなく、その後ほんの僅かだけ増えて、2016年には13.9%になったそうだ。(Darnell Hunt, Ana-Christina Ramón, Michael Tran, Amberia Sargent and Debanjan Roychoudhury, Hollywood Diversity Report 2018 : Five Years of Progress and Missed Opportunities' , UCLA College Social Sciences, p. 14.) TVドラマ部門も似たり寄ったりで、白人の主役の方が多い。

  白人  2011年  85.3%  →→→   2016年  79.8%
  黒人  2011年  14.7%  →→→   2016年  20.2%

  こうした報告書は学術的な体裁を取っているが、その根底には人種憎悪が潜んでおり、ヨーロッパ系白人への嫉妬心が動機となっている。共同執筆者のアムベリア・サージェントやデバンジャン・ロイチョウドハリーを見れば判る通り、アメリカの支流民族に属さない者が不満をぶちまけているのだ。彼らは歐米の白人が持つ“自然な感情”や“本能的な同胞愛”を憎み、倫理・道徳や人権思想を以て精神改造に取り組もうとする。また、彼らの背後には、西歐人を心から憎むユダヤ人が控えているので鬼に金棒だ。「人種差別主義者」とか「白人至上主義者」というレッテルは、西歐系アメリカ人を黙らせ、隷属状態に突き落とすための印籠である。彼らは幼い頃から「白人を美しいと思ってはいけません !」とか、「黒人や茶色い肌の外国人を嫌ってはならない !」、「人種により容姿は違えど、本質的に人間はみんな平等です !」と暗示を掛けられている。だから、アメリカの白い子供達は小学生でも自己検閲をするよう調教されているのだ。もし、級友の中で「ゲルマン人あるいはアーリア人、アングロ・サクソン人と呼ばれる我々の祖先は偉大で美しい」と述べる者がいると、大抵の若者は「ネオ・ナチ供め !」と嫌ってしまうのだ。彼らは自分たちの拒絶反応が心理戦による大衆操作だとは思わない。

  多文化主義や人種的多様性が「主流」となったアメリカでは、黒人の「妬み」や「罵倒」「憎悪」「侮蔑」が正当化され、公の場でも承認される「呪い」となっている。白人が黒人を批判すると「レイシスト」になるが、黒人やヒスパニックとユダヤ人は、どんなに白人を責めても批判されることはない。特に、黒人の不満は「当然」と見なされている。例えば、日本でも有名な黒人男優のデンゼル・ワシントン(Denzel Washington)は、外国の観客に対して不満を述べていた。彼は次のように言う。

  私は国際市場での観客はレイシストだと思っている。一般的に、アフリカ系アメリカ人が主役を務めた作品だと、外国での興行収益は良くない。・・・しかし、ソニー・ピクチャーズは時々、国際市場での興行成績を度外視して、リスクを取ってくれるんだ。とりわけ、中規模予算の映画だとね・・・。(Roberto Pedace, 'International audiences may explain why Hollywood has a diversity problem', Business Insider, December 10, 2017.)

  なるほど、デンゼル・ワシントンの愚痴は理解できる。だが、ヨーロッパや日本の劇場だと黒人が主役では盛り上がらない。やはり、映画の主役というのは、「スター」のオーラを放ち、皆が憧れるような二枚目男優とか、可憐でセクシーな美人女優でなきゃ。高名なアルフレッド・ヒッチコック監督が言っていたけど、映画を成功させるには、先ずキャスティングに配慮せねばならない、と。つまり、ジェイムズ・スチュアートやグレイス・ケリー、ティピ・ヘドレン、ショーン・コネリーのような役者を主役に据えないと「ダメ」ということだ。

Denzel Washington 1James Stewart 2Grace Kelly 1Tippi Hedren 2









(左 : デンゼル・ワシントン  / ジェイムズ・スチュアート  /  グレイス・ケリー / 右 : ティピ・ヘドレン )

    「ビジネス・インサイダー」の記事にもあったけど、2014年に公開されたロマンティック・コメディー『魔法の恋愛書(Think Like a Man)』は、全米で9,150万ドルを稼いだが、外国ではたったの450万ドルにしかならなかった。何しろ、主役級の俳優がマイケル・イーリー(Michael Ealy)、レジーナ・ホール(Regina Hall)、ジェリー・フェラーラ(Jerry Ferrara)、ケヴィン・ハート(Kevin Hart)、テレンス・ジェンキンズ(Terrence Jenkins)、ロマニー・マルコ(Romany Malco)、ミーガン・グッド(Meagan Good)といった有色人種なんだから、大ヒットや話題作になるはずがない。2011年に上映された『ヘルプ~心がつなぐストーリー~(The Help)』も同様で、歐洲や日本といった外国市場では不評だった。ただし、この作品はアカデミー賞のドラマ部門を獲得し、国内市場で1億6,970万ドルを稼ぎ出している。それでも、海外市場では4,690万ドルの興行成績だったから、やはり失敗作と言っていい。

Michael Ealy 1Regina Hall 2Kevin Hart 1Meagan Good 2










(左 : マイケル・イーリー  / レジーナ・ホール  /  ケヴィン・ハート  / 右 : ミーガン・グッド )

      確かに、『ヘルプ』は主役にエマ・ワトソン(Emma Stone)やジェシカ・チャスティン(Jessica Chastain)といった白人女優を起用したが、彼女達に与えられた役柄は軽率で間抜けな白人娘でしかなく、“賢い”黒人メイドからアドバイスをもらうという設定だった。何とも現実離れしたキャラクター設定だが、こうした「立派な召使い」役には、黒人女優のヴィオラ・デイヴィス(Viola Davis)とオクタヴィア・スペンサー(Octavia Spencer)が抜擢されていた。要するに、この作品は「黒人の方が白人なんかより、よっぽど賢明なんだぞ」と諭す“教育映画”という訳だ。

Emma Watson 2Jessica Chastain 1Viola Davis 1Octavia Spencer 1










(左 : エマ・ワトソン  /  ジェシカ・チャスティン / ヴィオラ・デイヴィス  / 右 : オクタヴィア・スペンサー )

  「ターミネーター」シリーズは世界的にヒットした作品だから、今度の新作も話題となるに違いない。しかし、秀作だった『T-2』のファンからしてみれば、劣化したフランチャイズ映画に見えてしまう。だいたい、南米人や女性を登用すれば、マイノリティーの観客が増えるんじゃないか、と計算する根性が意地汚い。とはいえ、アメリカのヒスパニック国民は単細胞だから、おそらく「やったぁ~、俺達の仲間が増えたぞ !」と大はしゃぎするんだろうねぇ~。情けないけど、彼らはキャメロン達に馬鹿にされているとは気づかない。ヒスパニックやアジア人は絢爛豪華なCG映像を拝見するだけで満足する。彼らはスーパー・ヒーローによるど派手なアクションシーンだけ関心を示す。微妙な人間関係とか、複雑な脚本だとソッポを向く。だから、札束の数を最優先にする映画会社にとって、作品のクウォリティーなどは二の次、三の次、付け足し程度。会社の重役どもは、観客動員数と海外市場での成功しか眼中にないのだ。

  配給会社にとって、紙幣と観客の外見はどんな色でもいい。お札が緑でも、人間が茶色でも、銭はゼニだ。もし、黒人やヒスパニックが「もっと有色人種の役者を増やせ !」と要求するなら、適当に黒い男優や茶色い女優を増やしてやればいい。日本人でも、アメリカのTVドラマを見れば直ぐ判るはずだ。例えば、『ブラインドスポット』や『NCIS』、『ブラックリスト』、『クリミナル・マインド』のレギュラー出演者の中には、「無理やり押し込んだ」としか思えない役者がおり、白人だけで固めず、必ず黒人やヒスパニック、あるいは白人のように見えるユダヤ人を混ぜている。特に『ブラインドスポット』はリベラル思想が強烈に盛り込まれている。例えば、頭にスカーフを巻いたペルシア系の脇役や同性愛者のコンピューター技術者などだ。

  多民族主義者は烈火の如く怒るけど、ハリウッドのユダヤ人プロデューサーや左翼監督は、なぜか知らぬが、支那人男優とアフリカ人女優を主役にした恋愛映画を制作しない。 と言うより、作りたがらない。もし、リベラル派のユダヤ人制作者が、そんなに「平等主義」とか「社会正義」を標榜するなら、CBSやABCのドラマ担当者と交渉し、マイノリティー俳優を増やしてもらえばいいじゃないか。彼らはグァテマラ人やイラク人、マレー人、レバノン人、ギニア人の役者を集めて、『フレンズ』みたいなTVドラマを作るべきだ。人種の坩堝(るつぼ)たるニューヨークを舞台にしたラブ・コメなら、東部地域に住む有色人種が大勢観てくれるだろう。(ただし、白人の視聴者は馬鹿らしいので観ない。日本のスカパーやWOWOWだって不評と判っているから購入しないはずだ。)

Jews & Arabs 1Jews & Arabs 5










(左 : パレスチナ人女性に噛みつくユダヤ人男性  /  右 : パレスチナ人男性を威嚇するイスラエル軍のユダヤ兵)

     もし、三大ネットワークやケーブルTV局が断るなら、ユダヤ人の脚本家が同胞の大富豪から資金を集め、独自の民族融合ドラマを作るべきなんじゃないか。例えば、アフラブ人男性とユダヤ人女性の恋愛ドラマを作り、民族や宗教を基にした両家族の“諍い”や“苦悩”を描いたら話題になるぞ。さらに、主人公をリベラル思想の世俗的ユダヤ人女性に設定し、彼女の父親をイスラム教嫌いのユダヤ人にすれば、もっと面白い。何しろ、中東アジア系の家族が口にする罵倒や侮辱は凄まじいからねぇ~。強烈なのは、ユダヤ人の恋人役を黒人男性にすることだ。そうすれば、ユダヤ人の人種差別が浮き彫りになって興味を引く。特に、ユダヤ人の母親だと愚かな娘に向かって、「どうして動物(黒人)と結婚するの ! 私は黒い孫なんて見たくはないわ !」と喚くから、とても生々しく、リアルな作品となるだろう。日本人は「こんなドラマ本当に作れるの?」と不安に思うが、こうした台本を書くことはユダヤ人にとって難しくない。なぜなら、両親や親戚の会話を思い出せばいいからだ。

Tariq Modood 1Varun Uberoi 1(左 : タリク・マドゥード  / 右 : ヴァルン・ウベロイ )
     アメリカのTVドラマは多文化主義を唱える知識人、タリク・マドゥード(Tariq Modood)やヴァルン・ウベロイ(Varun Uberoi)が喜びそうなシーンが満載で、「包括的ブリテン人らしさ(Inclusive Britishness)」に等しい「あらゆる人種を含めたアメリカらしさ」なるメッセージが、ふんだんに盛り込まれている。現在のブリテンやアメリカでは、主流民族たるアングロ・サクソン人の活動領域が徐々に狭められていのに、彼らは異質な民族を排斥できず、むしろ「受け容れよ !」と強要されているのだ。祖先が築いた「ホームランド(故郷=祖国)」なのに、「自分の国」と言えないんだから、日本人から見ても哀れである。映画の中で、アーノルド・シュワルツネッガー扮する「T-800」は、ジョン・コナーを抹殺する任務を帯びていたが、制作の総指揮を執るジェームズ・キャメロンは、アングロ・サクソン人の天下を撲滅しようと図っている。アメリカの未来はターミネイターが支配するデストピアじゃなくて、西歐系白人が駆逐されたユートピアなのかも知れないぞ。
  



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娘の涙と父の勇気 / 戦場に赴く愛国者(後編)

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「パパ、行かないで !」と懇願する娘

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(写真  /  『パトリアット』に出演したスカイ・マコール・バートシアクとメル・ギブソン)

  日本と同じく歐米でも、軍人は愛する者を守るために戦場へ赴く。しかし、武器を取る愛国者は、大切な家族のもとに戻る事ができるとは限らない。むしろ、愛する者を残して天に召されることが多い。『パトリオット』でもこの葛藤が描かれており、主人公のベンジャミン・マーティン(メル・ギブソン)は家族を残して決戦に挑もうとする。彼にはエリザベスという妻がいたが、七番目の子供であるスーザンを産んだ後、病に冒され亡くなってしまう。幼くして母を失った末娘のスーザンは言葉を発することができなくなり、彼女がやっと話したのは、英軍の襲撃を受けた後、兄のガブリエルに対して口を開いた時だ。まぁ、物心ついた頃から母親が居ないというのは、幼い子供にとって耐えがたいことであるから、スーザンが心を閉ざしたのも不思議ではない。

  妻を亡くし鰥(やもめ)となったベンジャミンは、七人の子供を抱えて農園を切り盛りする。しかし、英国に対する入植地の反撥は日増しに強まり、その嵐はマーティン一家が住むサウス・カロライナへも押し寄せてきた。しかし、ベンジャミンは積極的に武器を取ろうとしない。なぜなら、彼は以前フレンチ・インディアン戦争に参加し、恐ろしい体験をしたので、二度とあのような辛い目に遭うのは御免だと思っていたからだ。ところが、長男のガブリエル(ヒース・レジャー)は血気盛んな若者だから、入植地の仲間を救うべく腕まくりをしてやる気満々。喜んで地元の軍隊に入り、イギリス兵をやっつけようとする。

  最初は消極的だったベンジャミンも、息子が英軍に囚われたり殺されたりしたので、次第に植民地軍に加担するようになった。「ゴースト(The Ghost)」なる渾名を持つマーティンは、植民地軍の大佐となり、地元の民兵を率いてイギリス兵を倒してゆく。ある時、英軍が彼の農園にまで押し寄せたので、戦に備えるベンジャミンは亡き妻の妹であるシャーロット(ジョエリー・リチャードソン)に子供達を託すことにした。義理の妹であるシャーロットはベンジャミンに思いを寄せ、やがて彼の妻となる。

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(左 : 「ガブリエル」役のヒース・レジャー  /  中央 : 「シャーロット」役のジョエリー・リチャードソン / 右 : ベンジャミン・マーティンとシャーロット )

  『パトリオット』のクライマックスは、両軍が激突する戦闘シーンにあるが、出征を前にした親子の愛情も見逃せないシーンである。特に、四歳になる末娘のスーザン(スカイ・マコール・バートシアク)が見せる表情が実にいい。入植地アメリカの独立を勝ち取るため、ベンジャミンは長男のガブリエルを伴って戦場に向かおうとする。新たな妻となったシャーロットの脇には、父を見送る子供達がずらりと並んでいた。「これが最後かも・・・」と思うベンジャミンは、愛すべき子供達一人一人に向かって別れを告げ、ギュッと抱きしめる。そして、シャーロットに後を託すベンジャミンは、彼女の唇にキスをした。これを見て、シャーロットに懐いている子供達には笑顔がこぼれた。

 次は、幼いスーザンの番だ。彼女の前に立ち、「グッバイ」と告げるベンジャミン。しかし、母親の死で口が利けなくなった少女は、人形を抱えたまま、険しい表情で父親を見つめている。それでも別れを告げようとするベンジャミンは、彼女の顔をのぞき込むように言葉を掛けた。ところが、スーザンは意外な反応を示す。いとしい娘を抱きしめようとするベンジャミンに対し、スーザンは後ずさりをして父を拒んだのだ。この態度に戸惑ったベンジャミンは無理強いをせず、微笑みを浮かべて諦めた。彼は馬に飛び乗り、息子のガブリエルと共に立ち去ろうとした。

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(写真  / 父と別れる「スーザン」を演じた スカイ・マコール・バートシアク)

  その時である。娘のスーザンは二、三歩前に出て、込み上げてくる感情を口にした。父と兄が遠ざかってしまうことに堪えきれぬスーザンは、勇気を振り絞って「パパ、行かないで !」と言葉を発し、泣きながら父の背中を追うように走り出した。この奇蹟の言葉を耳にしたベンジャミンは、すかさず馬を降り、娘のところに駆け寄る。彼は涙を流しながら走り寄る娘を固く抱きしめた。スーザンが「パハ、何処にも行かないで。約束して !」と懇願する姿を見れば、我々も胸が締め付けられ、自然と目頭が熱くなる。スーザンの顔をしっかりと見つめるベンジャミンは、「約束する。必ず帰ってくるから !」と言い聞かせた。「信じてくれるかい?」と父が問うと、スーザンは首を縦に振って答える。今まで喋ったことがないスーザンが話しただけでも嬉しいのに、彼女はその感情を素直に表した。ベンジャミンはどれ程喜んだことか。彼は何度も確認するようにスーザンを抱きしめた。

  娘を残して戦場に行かねばならぬ父親には、心臓が切り裂かれるほどの悲しみが押し寄せる。というのも、「もう二度とこの子に会えないんじゃないか・・・」という不安が頭をよぎるからだ。死への恐怖より別れの方が辛いこともある。しかし、軍人は祖国を守るため、家族のもとを去らねばならない。たとえ、子供達が孤児(みなしご)になろうとも、自分の生命を国家に捧げることが軍人の義務であり、子々孫々にまで語り継がれる名誉となるのだ。

祖国に殉じる自衛官と日本にぶらさがる帰化人

  こうしたシーンを見ても平和ボケの日本人にはピンと来ないかも知れないが、実際に戦闘を経験するアメリカの軍人には心に突き刺さるものがある。なぜなら、幼い子供を持つ海兵隊や陸軍の将兵は、「もしかしたら、自分も帰ることができないのでは・・・」という予想がリアリティーをもつからだ。事実、戦場ではさっきまで元気だった戦友が兇弾に倒れたり、爆発で命を失ってしまうことは珍しくない。敵の銃弾を喰らった戦友からは鮮血が止めどなく流れ出す。近くに居る仲間は彼を背負って現場を離れようとするが、敵の攻撃が激しくて自分も撃たれてしまう危険性さえある。それでも、戦友を見捨てることはできないから、必死で助けようとする。が、致命傷を負った兵士からは急激に生気が失われてゆく。衛生兵のところに連れて行く頃には、既に死亡しているという場合も少なくない。歴史教科書では、戦没者というのは「数」でしかないが、現実では一人一人が家族や友人を持つ「人間」である。ゆえに、たとえ一兵卒の死であっても、多くの人を不幸にするものだ。哀しいけど、戦場では1ドルもしない銃弾で一人の命が消えてまうから、実戦というのは誠に残酷なものである。戦争を決断する政治家は、自分の評判ばかり気にしないで、この「重み」を認識すべきだ。

  法的に「軍隊」が無い日本で、実戦を経験する者はほとんど居ないけど、少なくとも自衛官はちょっとくらい生死を考えたことがあるはずだ。たとえ、イラクやアフガニスタンに派遣されないとしても、訓練で実弾を使用する自衛官は、戦場で同じような弾が自分に向かって飛んでくると分かる。戦争では何が起きるか予測できないから、運が悪ければ百戦錬磨のベテラン軍曹でも即死となる。この現実を理解できれば、軍人となった者は、自分が何を守っているのか、真剣に考えるようになるだろう。大抵の軍人は「祖国を守るため」と答えるが、「どんな人間が住む国家なのか」という点にまで考えが及ぶ者は少ない。アメリカの海兵隊員や陸軍兵は星条旗ばかり見ているが、祖国の各地に住む「国民」を目にしたとき、どんなことを考えるのか? ちょっと頭のいい白人兵なら判るけど、「アメリカ国民」といってピンからキリまで様々である。南部の白人兵の中には現状に怒っている者がいて、彼らは街角にうろつく黒人やヒスパニック、金目当てでやって来たアジア移民、難民としてやってくるアフリカ人や中東のイスラム教徒などを「同胞」とは思っていないのだ。テキサスやジョージアに代々住んでいる白人は、自分たちの故郷と「仲間」を守るために軍人となったのであり、メキシコからネズミのようにやって来た密入国者のために闘っている訳じゃない。

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(左 : アメリカの軍人が守る子供たち  /  右 : 新たに「アメリカ国民」となった移民)

  有事の際に命懸けで日本を守ろうとする自衛官は、いったい「誰のため」に闘おうとするのか? 現在の日本には、個人的な都合で帰化する在日朝鮮人や、福祉をもらうために来日する支那人、日本国籍をボーナスと考えるインドネシア人介護師、水商売で来日し、そのまま居着いてしまったフィリピン人、貧困から抜け出すためにやって来るベトナム人など大勢いる。我が国の自衛官は、こうした移民を守るために、自分の家族を犠牲にできるのか? もし、イラクやアフガニスタンへ派遣された自衛官がゲリラに殺されれば、その女房子供は深い悲しみに包まれるだろう。夫を亡くした妻は子供を抱えて戸惑うし、父親を突然失った息子や娘はショックのあまり呆然となる。戦場での死亡となれば、その遺体は挽肉のようになっている場合もあるので、幼い子供たちは父親の遺体を見ることはできまい。場合によるけど、子供達は実感の無いまま親の葬儀に参列し、言いようのない悲しみだけを背負って父を見送る破目になる。

  死亡率の高い陸自の兵卒は、自分の妻や子供に辛い思いをさせても、アジア系帰化人のために命を犠牲にできるのか? 愛する我が子が「父(てて)無し子」になるのに、国籍目当てでやって来た支那人は、快適な環境で子孫を増やす。愛国心に燃えた立派な自衛官が大量に死んでも、何百万もいるアジア系移民は一人も戦場で死ぬことはない。中には、北鮮の工作員や人民解放軍に協力する「忍び(スリーパー)」すらいるのだ。有事の際、戦場に赴く自衛官は、泣きじゃくる幼い娘に向かって「お国のためだから・・・」と言えるのか? もし、娘から「パパ、行かないで !」と懇願されたら、どんな自衛官だって涙が込み上げてくるだろう。しかし、国家に殉じることを誓った自衛官は、それを振り切らねばならない。そして、たとえ自信が無くても、「きっと帰ってくるから。約束だ。ママと一緒に待っていなさい」と言い聞かせるんじゃないのか。

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(左 : フィリピンの子供たち  /  右 : 日本にやって来る支那人)

  一方、日本に潜り込んだ朝鮮人や支那人、フィリピン人、タイ人、ベトナム人の親子は、ぬくぬくと日本で暮らし、老後まで安全に暮らすことができる。自衛官の何名かは遺体か、片輪、ダルマ(手足を無くした状態)で帰ってくるのに、「元移民」は最新医療で元気そのもの、心配なのは糖尿病とか腱鞘炎くらいだ。日本人は外人に対して気前が良すぎる。だいたい、ゼニ儲けや快適な環境を求めてやって来る支那人が、体を張って国家に尽くそうと考えるのか? 支那人からすれば、せっかく「より良い生活」を求めて来日したのに、戦争で命を失っては意味が無い。命と銭があっての幸せだ。そもそも、日本人のために命を懸ける支那人なんて、未だかつて見たことがない。

  戦後の日本人は手放して「デモクラシー」とやらを称讃しているが、民衆政治が機能するには、その構成員が戦闘員でなければならない。自分の命と直結するからこそ、公民は祖国の政治を真剣に考えるようになる訳で、「国防は他人に丸投げ」じゃ「パンとサーカス」だけを求めるローマ人と同じで、アリストテレスやプラトンが恐れた衆愚政治への転落だ。米国の属州と成り下がった日本では、一般国民に軍事・外政の興味は無く、誰が防衛大臣なのか知らない者が多い。岩屋毅と聞いたって「誰なの?」と尋ねる国民がほとんどで、大臣となった議員に如何なる国家哲学や軍事知識があるのか判らない。過去には田中直紀が防衛大臣になったけど、軍事を全く解っていない素人だった。単に真紀子の亭主というだけで、政治家としての資質なんかゼロ。民主党の一川保夫に至っては、安全保障の素人を自認し、軍事に無知な者が就任すれば、シヴィリアン・コントロールと思っていたのだ。嘘みたいな話だけど、これが日本の現状である。自民党の林芳正も、なんで大臣になれたのか疑問に思う人物で、キャバクラとかマッサージ店に関してなら少し解るが、国防に関しては素人以下。

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(左 : ブルース・ウィルス  /  モニカ・ベルッチ /  タラジ・ハンソン / 右 : クィーン・ラティファ)

  日本人は自分が戦闘員にならぬ限り、政治を真剣に考えることはないだろう。自分の命や家族を犠牲にしまでも守りたい日本とは、如何なる国家なのか? 選挙権を有する日本人は、生野区(大阪)や大泉町(群馬)、新宿、荒川区、西川口(埼玉)、北池袋、新大久保などを歩いてみるべきだ。こうした地区に住むアジア人を見た後で、自分の命を危険に晒そうと考える者は、いったい何名いるのか? そういえば、2003年に『ティアーズ・オブ・ザ・サン』というアクション映画があった。海軍特殊部隊のウォーターズ大尉(ブルース・ウィルス)は、紛争地帯となったナイジェリアからリーナ・ケンドリックス(モニカ・ヘルッチ)という女性医師を救出する任務を受けたけど、助ける人物が美女だから観客は納得したものだ。もし、救出すべき女性がウッピー・ゴールドバークとかタラジ・ハンソン、クィーン・ラティファじゃ任務をキャンセルしたくなる。命を懸けるなら、それ相応の貴婦人でないとねぇ~。




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