無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

映画・ドラマ評論

太陽を盗んだ男と気概を無くした国家

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房

好評発売中 !

国家を恐喝した男

Sawada 7Taiyo 13





(左: 『太陽を盗んだ男』に出演した沢田研二  / 右: 刑事役の菅原文太 )

  どうもこのところ邦画がつまらない。なるほど、二、三十年前と比べれば映画の撮影技術は飛躍的進歩した。しかし、作品の質が高くなったのか、と言えば首を傾げてしまうのが現在の状況だ。最近の興行収益を見ると、上位はほとんどがアニメ作品となっている。最近だと、人気シリーズの『名探偵コナン』とか『ミニオン』『ドラえもん』などが上位を占め、その下に百田尚樹・原作の『海賊と呼ばれた男』が続いているらしい。確かに、子供向けの映画は親も一緒に観る破目になるから、どうしても入場者数が増えてしまうのだろうが、大人が楽しめるような邦画が少なくなっているのも事実だろう。「昔は良かった」とは言いたくないが、昭和の頃の方が映画やTVドラマを真剣に作っていたんじゃないか。こんにちの映画監督が怠け者という訳ではないが、前もって成功が約束された作品しか撮影できないのだろう。現在のTVドラマだと漫画か小説が原作となっており、それがヒットすれば映画になるといったパターンになっている。

  そもそも、2時間枠のTVドラマ程度の作品なのに、劇場用にしているんだから、観客数が伸びないのは当然だ。まともな大人は暇じゃないから観ないだろう。銀幕に映る役者が素人のお嬢ちゃんや、大根役者としか思えない人気アイドル歌手じゃ洒落にならない。例えば、いくら水谷豊が出演しているからといって、無料で放送しているTV版の『相棒』を、お金を払って劇場で堪能するのか? 失敗を恐れる配給会社と制作スタッフは、ある程度の観客数が見込める映画ばかりを作ろうとする。だいたい、アニメ化で充分の漫画を実写化にするなんて、素材の風味を殺すためにご馳走を作るようなものである。『進撃の巨人』や『ジョジョの奇妙な冒険』を実写化したって失敗するに決まっているじゃないか。それでも映画化にこだわるのは、他に映画用のオリジナル脚本を作れないからだ。要するに、博奕を打つことが怖い。失敗を恐れるあまり、未知の原作に大金を投資できないのだろう。今の映画会社は収益至上主義に陥ってしまい、無謀な「挑戦」よりも無難な「お仕事」を選んでしまうのだ。

Hasegawa 1Leonard Schrader 1Sawada 13









(左: 長谷川和彦   / 中央: レナード・シュレーダー  /  右: 沢田研二)

  昭和50年代は庶民文化の黄金期で、流行歌には特色とオリジナリティーがあったし、TVドラマにも名作が多かった。映画界にも意欲作が豊富で、ベテランから若手の監督まで、様々なジャンルに取り組んでいた。そんな時代の作品の一つに『太陽を盗んだ男』がある。これは1979年の作品で、監督は長谷川和彦。原作はレナード・シュレーダー(Leonard Schrader)が担当したが、映画化に当たり長谷川氏が共同脚本を務めていた。シュレーダーは日本に詳しいそうで、『男はつらいよ』の共同脚本を手掛けたほか、三島由紀夫の映画にも取り組んだことで知られている。『太陽を盗んだ男』という映画を思いたい出したのは、北鮮が存亡を賭けて核開発に邁進しているからだ。ご存じの通り、北鮮は貧しい小国だが、核兵器を持つことで日米を恫喝するキー・プレイヤーになろうとしている。たとえ通常兵器で劣っていても、最終兵器の核ミサイルを保持していれば米国による斬首作戦の抑止力になるし、日本国政府を脅すことも可能になる。したがって、北鮮は核開発を諦めない。金正恩は毛沢東を見倣っており、国民が飢え死にしようが核兵器を手にすると決めているのだ。

Taiyo 5( 左  /  原発を下見する城戸誠  )
  『太陽を盗んだ男』はフィクションだが、一個人が警察機構を脅迫できたという点で、国際政治に通ずるものがある。物語は中学校で理科を教える城戸誠(きど・まこと / 沢田研二)が、原子力発電所を襲って核燃料を強奪し、自分の部屋でプルトニウム型の原子爆弾を作るという設定になっている。映画の冒頭に城戸が東海村にある原発を下見する場面があり、獲物を狙う城戸の目つきが非常に印象的だ。彼は燃料を奪うために武器を調達しようと考えた。そこで、城戸は部屋にやって来る野良猫を捕まえ、催眠ガスの詰まったスプレーを吹き付けて、その効果を確認する。ある晩のこと、彼は老人に変装し、交番に勤務する警察官のもとへ赴くと、彼に催眠スプレーを吹き付けて拳銃を奪った。この巡査を演じていたのは水谷豊。

Ito 1Sawada 18







(左: 老兵を演じた伊藤雄之助  /  右: 人質となった城戸と山下 )

  怖ろしい計画を目論む城戸であるが、普段は中学校で理科を教える冴えない教師だ。受験勉強には必要の無い原子爆弾の話を授業で行ったりして生徒の不評を買っている。そんなダメ教師は生徒を連れた遠足でバスジャックに遭ってしまう。息子を戦争で亡くしたという狂った老兵がバスを乗っ取り、城戸を含めた生徒を人質にして江戸城(いわゆる「皇居」)へ迎えと命じる。伊藤雄之助が演じているこの老兵は、帝國陸軍の亡霊みたいな姿をしているのだが、なぜか最新式のアサルト・ライフルと手榴弾を持っていた。役柄は滑稽だが、ベテラン俳優の伊藤が演じると妙に板に付いている。ハイジャック犯の老兵こと山崎留吉は、駆けつけた警官隊に向かって、「天皇陛下に会わせろ !」と要求した。この時、犯人との交渉役を務めたのは、山下満州男(菅原文太)警部。彼は自ら進んで人質となり、捨て身の行動で老兵のライフルを掴み、山崎を逮捕しようとする。警察の狙撃隊はその瞬間を逃さず、犯人を撃ったことで山崎を取り押さえることができた。この事件が切っ掛けで、城戸は山下警部と顔見知りとなる。

禁断の兵器を手に入れる

Taiyo 3(左  /  核燃料を盗み出す城戸)
  クライム・サスペンスというのは、観客がいつの間にか犯人と一体化して、禁じられた悪を楽しむところに醍醐味がある。奪った拳銃を携帯して原子力発電所に侵入した城戸は、警備員に察知されたが見事プルトニウムを盗み出すことに成功した。たぶん、硝酸プルトニウム溶液だと思うんだけど、城戸は盗んだカートリッジからよく解らない紫色の液体を取り出し、化学処理をしてプルトニウム239を得ようとする。理科の宿題に取り組む良い子のみんなは、原子炉の燃料に使われる「天然ウラン(ウラン238が99.3%とウラン235が0.7%)」と「兵器級プルトニウム(Weapon Grade Plutonium)」の違いに気をつけてね。物理か化学の先生に訊けば、ウラン238が中性子を吸収して、陽子数92と中性子数147のウラン239となり、それがベータ崩壊を起こしてネプツニウム239となるんだ、と教えてくれるから。ちなみに、このネプニウム239(陽子数93と中性子数146)がベータ崩壊をして、原子番号94のプルトニウム239となるわけだが、なぜプルトニウム239の方がウラン235よりも核分裂を起こしやすいかについては、理科の先生に尋ねてね。でも、「うひひぃ、核爆弾の製造って面白いんだ !」と笑顔で説明してくれる先生って、親切なんだろうけどちょっと怖い。

Taiyo 7Taiyo 14






(左: プルトニウム球を作る城戸  / 右: 製造室になった自分の部屋で成功を喜ぶ城戸 )

  話を戻すと、狭い部屋で核爆弾を密造する城戸は、製造過程で致命的なミスを犯す。沈殿物を台所のオーヴンで加熱処理をしている時、つい野球中継に夢中になってしまったのだ。彼はオーヴンの中で炎が出ていることに気づかず、煙が出てたことで事態を認識し、急いで消火器を持ち出し鎮火に努めるが、油断していた城戸は被曝してしまう。それでも、彼は放射線を浴びていないと慢心して精製を続けた。そして、城戸はついに銀色に輝くプルトニウムの塊を作り上げた。原爆を手にした城戸は欣喜雀躍。彼は達成感に酔いしれていた。何しろ、単なる学校教師過ぎない一個人が、国家を揺るがすほどの最終核兵器を手にしてしまったのだ。背中に翼が生えて昇天しそうな勢いである。ただ可哀想なのは、部屋に入ってきた馴染みの野良猫が、戯れに金属プルトニウムの断片を嘗めてしまい、コロっと死んでしまうことだ。

Taiyo 4(左  / 核爆弾を作る城戸 )
  プルトニウムの球体を1個手にした城戸は、本物の爆弾と見本用の爆弾を作り、見本用にはプルトニウム球の代わりに梅干しとプルトニウムの断片を入れることにした。彼は本当の核爆弾を持っていることを証明するために、この見本を警察に送り届けようとしたのである。そこで、城戸は妊婦に変装して国会議事堂に入ると、議事堂内の便所に見本用の爆弾を置き、その場で警察庁に通報したのである。警察庁に呼び出された専門家の市川博士(佐藤慶)は、偽爆弾の中に仕込まれていた金属片を調べて驚愕する。本物のプルトニウム爆弾と解った警視庁長官は、変声器を使って電話を掛けてくる城戸に渋々ながらも従う。城戸は交渉役に山下警部を指名する。電話越しに山下から名前を訊かれると、城戸は大胆にも「九番」と名乗った。8つある核保有国に続く「九番目」の核保有者だからだ。調子に乗った城戸は、警察にふざけた要求を突きつけた。それは、いつも試合前に終了するナイター中継の延長だった。すると、彼の無理難題は承諾され、野球中継の延長がなされる。勝ち誇った城戸は満面の笑みを浮かべ、警察を屈服させたことに有頂天となった。

Ikagami 1(左  /  零子を演じた池上季実子)
  ところが、彼には一つ悩みがあった。怖ろしい爆弾を作ってはみたものの、それを以て何をしたいのかが分からなかったのだ。そこで、ラジオのDJをしている沢井零子(通称「ゼロ」/ 池上季実子)に電話を掛け、どんな要求が良いのかリスナーに募集させることにしたのだ。色々な提案がなされたが、結局、零子が述べた「ローリングストーンを招いてコンサートを開かせろ」という要求に決まってしまった。なぜなら、かつてストーンズのメンバーが大麻を所持していたので、それ以降ストーンズの来日公演が不可能となり、零子は苛立っていたからだ。リスナーの興味を惹くことしか頭に無いDJは、半ば「世紀の犯罪」を楽しむように日本国がストーンズを連れてこい、と要求したのである。左翼かぶれの長谷川監督は、零子を叛逆的な娘に設定していたのだ。匿名の電話を受けるDJの零子は、不審な城戸を追いかけているうちに彼を好きになってしまった。それゆえ、警察から犯人のモンタージュ写真作成に協力するよう頼まれても、城戸を特定するような写真にはせず、別人の顔を主張していたのである。

Taiyo 6(左  /  警察に脅迫電話をかける城戸)
  原爆製造のために高利貸しから金を借りていた城戸は、借金取りに付け回されたので、ついに5億円を警察に要求することにした。城戸が繁華街にある喫茶店を指定したので、山下警部率いる捜査班はそこで待機することになる。警察は犯人からの電話を受け取り、指図された通りに動くが、ある秘策を持っていた。一方、城戸は渋谷の東急百貨店から電話を掛け、現金引き渡しの方法を提示する。ところが、警察の逆探知にあって居所がバレてしまう。間髪を置かず百貨店の出入り口が警官隊によって封鎖され、城戸は店内から逃げ出すことができなくなってしまうのだ。変装用の髭を整える為にトイレに入った城戸は、鏡に映った自分の歯茎から血が出ているのに気づく。ここで彼は自分が被曝したことを悟る。動揺した城戸は便所の中で拳銃自殺を図るが、恐ろしさのあまり引き金を引くことができない。気を取り戻して山下警部に電話を掛けた城戸は、捜査チームに取引を持ち掛けた。すなわち、爆弾のありかを教えるから警察の包囲網を解けという要求だ。意外なことに、城戸が指定した喫茶店に爆弾が隠されていたのである。こうして、城戸は逃走と引き替えに“切り札”を失ってしまった。

何とも間抜けな追跡劇

  一般向けの娯楽映画には、荒唐無稽な設定や脚本が多い。零子と親密になった城戸は路上でマツダのRX-7を盗み、彼女を煽てて爆弾の保管場所を聞き出した。押収された爆弾は警察署ビルの屋上近くの部屋に保管され、そこには多くの刑事が詰め込んでいる。しかし、城戸は強行突入を図った。屋上からロープを垂らしたのか、そのロープを摑んだ城戸はターザンの如く足で部屋の窓ガラスをぶち破り、拳銃片手に飛び込んできたのだ。現在の我々なら、「えぇぇぇ! そんな無茶な ! あり得ない !」と呆れてしまうが、昭和の頃は何でも“あり”で許されていた。狭い部屋の中で銃撃戦を繰り広げ、城戸は傷一つ無く刑事たちをやっつけると、爆弾を奪い去って建物を後にした。こんな芸当ができるのは、X-メンのミュータントかターミネーターくらいである。シルヴェスター・スタローン扮するジョン・ランボーでも無理。普通なら城戸が銃弾の嵐を浴びて、蜂の巣になるのが関の山だ。

Taiyo 18Taiyo 22






(左: トレーラーを飛び越えるマツダRX-7 : トレーラーの裏にジャンプ台が見える  / 右: ジャンプして道路に着地したRX-7 )

  もっと凄いのは、クルマに乗った城戸と零子が、追跡してくる山下警部やパトカーの群れを振り切ったことだ。「ボニー・アンド・クライド」を意識したんだろうが、警察が道路を封鎖してしまえば一巻の終わりである。でも、そこは映画だから、主人公の逃走は不可能ではない。この逃走劇にはオマケが附いていて、零子は警察の犯人追跡をラジオで流すため、放送局にヘリコプターを用意させ、上空から仲間に指示を出して記録させたのだ。マツダRX-7のサンルーフから半身を乗り出して実況中継する零子は、逃走幇助に関する罪悪感が一切見られず、むしろ手に汗握る犯罪を楽しんでいるかのようだった

Taiyo 21Taiyo 17








(左: トレーニラーの車体に突っ込む山下警部のクルマ  /  右: トレーラーの下をくぐり抜ける山下のクルマ)

  このカーチェイスには度肝を抜く程のアクロバット走行があった。猛スピードで城戸が運転するRX-7は、交叉点で大型トレーラーと激突寸前となる。ところが、何故かクルマが空高くジャンプして、トレーラーの上を飛び越えてしまうのだ。映像をよく観ると、トレーラーの反対側にジャンプ台が隠されていて、それをRX-7が駆け上ってジャンプしたと判る。しかし、その直後に現れた山下警部のクルマは、何も無いトレーラーの車体下をくぐり抜け、その狭さゆえに屋根の部分とフロントガラスが剝がれてしまうのだ。観客は「あれ ! ジャンプ台が無くなっている !」と気づくが、そこは大目に見ているから野次を突っ込まない。でもさぁ、どうして素人の学校教師がスタントマン顔負けの運転ができるんだ? 信じられないけど、城戸の運転テクニックはA級ライセンスものだった。

Taiyo 1(左  / ヘリの搭乗ステップに摑まる山下 )
  不思議な事は他にもあった。激しいカーチェイスの末に、山下警部の車は横転し、燃料以上の大爆発を起こしてしまう。(撮影秘話になるが、山下役の菅原文太は爆発のタイミングが打ち合わせよりも早かったので、本当にビックリしたそうだ。たぶん、監督が臨場感を出すために、菅原文太を騙したんだろう。) 執念の鬼と化した山下警部は、クルマを失っても追跡を諦めない。警察の追跡を逃れた城戸と零子は、高飛び用のヘリが来たと思い、Rx-7でヘリの方へと向かうが、そのヘリには何故か山下警部がぶら下がっていた。監督による無茶な演出なんだろうが、役者は黙って従うしかない。山下警部はヘリの搭乗ステップに片手で摑まり、ぶら下がりながら拳銃を発砲したのである。すると、偶然にも一発の銃弾がRX-7のフロントガラスを貫き、助手席に乗っていた零子に当たってしまうのだ。

Taiyo 2(左  / 車内で瀕死の零子と城戸 )
     しかも、クルマは横転して走行不能となる。瀕死の零子は城戸に生き延びるよう言い残し息を引き取った。一方、山下警部は焦っていたのか、ヘリがまだ空を飛んでいるのに、無謀にも搭乗ステップから手を離し、30mないし40mの上空から飛び降りたのだ。我々なら「えぇぇっっ、そんな ! ちゃんと着陸してからヘリを降りればいいのに !」と考えてしまうが、長谷川監督は派手なアクションにこだわったのだろう。案の定、山下警部は地面に叩きつけられた。犯人逮捕を目的とする山下警部なのに、わざとヘリから飛び降りて脚を負傷するんだから、何とも間抜けな話である。それでも、激痛にもがき苦しむ山下警部は、城戸に向かって拳銃を発射する。しかし、所詮は無駄なあがきで、まんまと逃げられてしまう。

Sawada 8Sawada 4








(左: 絶命した零子  /   右: バッグに核爆弾を入れて逃走する城戸)

  もうメチャクチャなカーチェイスだが、これも昭和ドラマの特徴である。冷静に考えれば、山下がヘリに乗ってクルマを上空から追跡し、応援のパトカーに情報を与えればいいだけの話だが、それでは見せ場が無くなってしまうから駄目。問題の多い逃走劇であったが、そのシーンに流れてくるBGMだけは例外的に良かった。有名な井上堯之(いのうえ・たかゆき)が手掛けた曲だから当然なのかも知れないが、どことなく哀愁が漂うメロディーになっていて、激しい逃亡シーンなのに不思議なくらい静寂な雰囲気が漂っていた。また、必死で追跡を振り切ろうとする城戸であったが、彼の表情には悲壮感はなく、却って生命力に溢れていた。逮捕されるという恐怖より、「生きている」という実感が彼にはあったのだろう。奇妙なことに、城戸はテロ攻撃に関する目標が無い。むしろ、核爆弾という最終兵器を以て警察機構を脅迫する事にスリルを感じていた。おそらく、城戸は巨大な権力を相手とする事に「生き甲斐」を見出していたんじゃないか。禁断の兵器製造に情熱を注ぐ城戸にとって、学校の仕事なんて退屈極まりない。それよりも、大胆な犯罪で世の中を支配する方が性(しょう)に合っている。核爆弾こそが彼を権力者にする唯一の手段であった。こう考えれば、なぜ彼が目的の無い脅迫を続けていたのかが解る。

偶然が重なる運命

Sawada 5(左  /   山下刑事と挌闘する城戸)
  突っ込み所は色々あるが、映画はクライマックスへと向かう。城戸の要求が通ってローリングストーンズの来日公演が実現した。日本武道館で犯人を待ち伏せる山下警部のもとに、拳銃を隠し持った城戸が近づいてきた。新聞に銃を隠した城戸は、話があるから別の所に移動するよう山下に迫った。城戸はカバンに入れた核爆弾を抱え、山下と共に武道館近くの建物に入って行く。山下を屋上に連れ出した城戸は、彼に手錠を掛け問答を始めた。しかし、山下警部は城戸の隙を見て足元の石を拾い、反撃のチャンスを窺う。そして、城戸が油断した瞬間にタックルをかけて乱闘に持ち込んだ。激しく絡み合う二人だが、拳銃を持っていた城戸が明らかに有利だった。彼は山下に銃弾を数発撃ち込み、血塗れの山下は絶命寸前となる。

Sawada 19( 左 / 城戸を道連れにする山下 )
  しかし、瀕死の山下は最後の力を振り絞って城戸を抱きかかえた。山下は彼を道連れにするつもりで屋上から飛び降りたのである。ところが、運命の女神は城戸に微笑んだ。彼は建物の電線に引っ掛かって一命を取り留めたのである。(何ともラッキーというか、うまく出来過ぎている。) 一方、山下警部は路上に激突して即死。ビルから落ちる瞬間、城戸が手放してしまった爆弾も、これまた運良く木の枝に引っ掛かったので無事だった。この映画には“ちょくちょく”あり得ない展開があるけれど、昭和50年代の日本人は無茶な設定に慣れていたから、多少の「ウルトラC」には寛容だった。

Sawada 17(左  /  繁華街を歩く城戸)
  運良く危機を脱した城戸は、核爆弾を抱えて繁華街を歩く。爆弾にセットされた時計の秒針が音を立てて、時を刻んでいる。そして、轟音が響き渡るシーンで物語は幕を閉じた。実際に核爆弾が炸裂したのかどうかは定かではない。長谷川監督によると爆発していないそうだ。映画ファンとしては、キノコ雲が立ち上がる映像でラスト・シーンにして欲しかった。原作者のシュレーダー氏によると、当初は大金を摑んだ城戸が零子と逃亡に成功し、ブラジルかどこかの外国に高飛びするという脚本だったという。(最初のタイトルは「日本を強奪した奴(The Kid Who Robbed Japan)」であったそうだ。) しかし、そうした結末を長谷川監督が却下したので、当初のストーリーが変更されたそうである。

  たった一個の核爆弾で、個人が国家と対等になる、という恐怖が『太陽を盗んだ男』の主題となっている。これは北朝鮮についても当て嵌まる話で、貧乏国の北鮮が核ミサイルを保有することで、超大国のアメリカと同じ土俵に立つ事ができる。これだから、金王朝が核兵器開発に執念を燃やすのも当然だ。たとえ、通常兵器が貧弱でも、破壊能力が高い核兵器を手にすれば強国と対等なテーブルに着くことができ、自国の運命を“自分で”決めることができるのだ。米国の属州(保護領)になっている日本とは対照的である。確かに、我が国は物質的に豊かで、陸海空の通常兵器にお金をかけている。しかし、日本は独立国ではない。なぜならば、自分で自分の運命を決められないからだ。同胞を拉致されても、僅かな経済制裁しか対抗手段が無く、特殊部隊による奪還作戦とか軍事的な報復行動は端っから無い。拉致被害者家族が頼るのは、日本の総理大臣じゃなくて、宗主国の元首たる合衆国大統領。日本政府が出来るのは、北鮮に「経済援助」を貢ぐだけ。つまり、核兵器を持った怖い敵国に、厖大な税金を献上して慈悲を乞い、願わくば邦人を返していただければ、と土下座するのがせいぜい。日本人を拉致した廉(かど)で北鮮人皆殺し、なんて夢物語。しかも、国内には北鮮贔屓やその手下がウヨウヨしているから、「軍隊は違憲だ ! 核兵器保有に絶対反対 !」との世論が沸き起こるのは、火を見るより明らかだ。

  金日成や金正日の野望を受け継ぐ金正恩は、核兵器をネタに犯罪ゲームを楽しむ小僧じゃないぞ。金王朝は核兵器開発を絶対諦めない。核兵器こそ北鮮の命綱である。もし、米国と妥協して核兵器開発を断念した瞬間に、北鮮は国際政治の波に揉まれて消えゆく「捨て駒」になるはずだ。悔しいけど、北鮮には独立国の気概がある。一方、我が国は豊かな下僕が住む儚い楽園だ。もし、日本が核保有国になれば、南北朝鮮はおろか、支那やロシア、アメリカでさえ我々を侮ることが出来なくなる。日本が独立国となるのは、支那やロシアが譲歩する程の核兵器を保有した時である。日本を核攻撃すれば、自国も完全に消滅するという恐怖を、相手国が解った時、日本人は交渉の切り札を持つことになるからだ。とは言っても、日本国民に城戸のような度胸があればの話だが。今や日本人は「サムライ」じゃくなて、「憎みきれないろくでなし」程度。これじゃあ、「勝手にしやがれ」と言いたくなる。(今の高校生だとジュリーの名曲は知らないだろうなぁ。)
  


人気ブログランキング

「数学の神童」を演じた天才子役

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


好評発売中 !!


天賦の才に恵まれた少女

Mckenna Grace 11Chris Evans 2Chris Evans 6








(左: マッケンナ・グレイス  /  中央: クリス・エヴァンス/  右: 「ギフテド」で共演した二人)

  最近のハリウッド映画はどれもこれも精彩を欠き、わざわざお金を払って観る気がしない。でも、今年の夏は一つだけ驚いたことがある。まだ日本では公開されていない作品なんだけど、米国では今年の四月に上映された『ギフテッド(Gifted)』という映画がちょっとだけ良かった。この低予算映画は、数学の天才少女を巡る親権争いが全体の枠組みになっているのだが、その中核は親子の愛情を描いた物語である。大ヒット映画の『キャプテン・アメリカ』や『ファンタステック・フォー』を観た人なら分かるけど、少女の父親(実際は伯父)を演じていたのは、クリス・エヴァンス(Chris Evans)だ。(二枚目俳優は、どんな役をやっても「さま」になる。) そして、主役の少女を演じたのが、映画『ミスター・チャーチ』のイジー役でお馴染みのマッケンナ・グレイス(Mckenna Grace)だ。現在はTVドラマ『デジグネイテド・サヴァイヴァー(Designated Survivor)』に出演し、カークマン大統領の娘ペニー役をこなしているが、勉強と仕事の両立で忙しそうだ。

Kiefer Sutherland 1Kiefer Sutherland 1








(左: 「ジャック・バウアー」を演じたキーファー・サザーランド  /   右: 「カークマン大統領」を演じたサランド)

  日本での公開前に『ギフテッド』を観ようと思ったのは、大統領を演じるキーファー・サザーランドとマッケンナのシーンが微笑ましかったからだ。内政と対策に忙殺されるカークマン大統領が、夫人のアレックスと娘のペニーを気遣い、何かと家族を非常に大切にしているシーンは心が温まる。特に、副大統領の陰謀で暗殺未遂に遭ったカークマンが、第二弾を危惧するアレックス夫人の懇願で、息子と娘を「危険な」ホワイトハウスから遠ざけ、身内の安全を優先したことだ。家族と離れて暮らしたくはないが、不測の事態を避けるため、泣く泣く幼い娘と別れるカークマンには同情を禁じ得ない。大ヒット・シリーズのTVドラマ『24』では、サザーランド扮するジャック・バウアーが、御転婆娘のキムに手を焼き、次第に疎遠となってしまうけど、今回のドラマでは幼い娘だから父親に懐(なつ)いている。それに、アレックス夫人役のナターシャ・マッケルホーン(Natascha McElhone)がアイリス系美人だし、ペニー役のマッケンナも西歐系だから観ていて気持ちがいい。

24 Cuthbert 0002Natascha McElhone 5Dennis_Haysbert 1








(左: 「キム」を演じたエリシャ・カスバート   / 中央: ナターシャ・マッケルホーン  /  右: デニス・ヘイスバート )

  一方、『24』では「多民族主義」が満載で、黒人男優のデニス・ヘイスバート(Dennis Haysbert)がパーマー大統領役だったし、そのシェリー夫人にはペニー・ジェラルド(Penny Johnson Jerald)があてがわれ、後に大統領役に昇進する弟役のウェイン・パーマーには、チンピラにしか見えないデイヴッド・ウッドサイド(David Bryan Woodside)が起用されていた。これは明らかに黒人版のケネディー兄弟だ。愛国心を前面に押していた『24』であったが、そのプロデューサーには民衆党贔屓のユダヤ人が控えていた。映画業界で大御所になったハワード・ゴードン(Howard Gordon)、エヴァン・カッツ(Evan Katz)、ジョエル・サーノウ(Joel Surnow)を見れば誰にでも解る。シリーズの中でも彼らの政治的嗜好は明白で、米国の裏切者となった「チャールズ・ローガン大統領(グレゴリー・イッツェン)」は、いかにもリチャード・ニクソンみたいだったし、シーズン8に出てくる「アリソン・テイラー大統領(シェリー・ジョーンズ)」は紛れもなくヒラリー・クリントンを模していた。

Sherry Palmer 24 Woodside 11Gregory Itzin 1Cherry Jones 1







(左: ペニー・ジェラルド  / デイヴィッド・サイド・ウッド   / グレゴリー・イッツェン   /   右: シェリー・ジョーンズ)

  案の定、『ギフテッド』も世界市場を狙っていたのか、多民族主義の害毒に染まっていた。この物語では、7歳の小学一年生メアリー・アドラー(マッケンナ・グレイス)が初めて学校に登校し、その類い希なる数学の才能を発揮して、担任教師のボニー・スティーヴンソン(ジェニー・スレイト)を驚かせている。それもそのはず。彼女の母親ダイアンは優秀な数学者であったからだ。「だった」というのは、既に亡くなっているからだ。彼女はミレニアム・プライズ問題の一つである「ナヴィエ・ストークス方程式の解の存在と滑らかさ(Navier-Stokes existence and smoothness)」に取り組んでいた。しかし、精神的に圧迫され自ら命を絶ってしまったのだ。以前、日本の教育問題を論じたけど、数学者は難問に取り組んでいるために、不幸な人生を送る人が少なくない。本当に優秀な数学者は金銭や地位を求めず、神秘的な数字の世界に魅了され、世間からの評価を気にしないものだ。「何とか学会の理事長職」を欲しがる数学者は、探究心よりも野心に取り憑かれた俗人である。それはともかく、研究に没頭しながらメアリーを出産したダイアンは、自殺する前に兄のフランク(クリス・エヴァンス)に娘を預け、「普通の子供時代」を過ごすような「普通の女の子」にしてもらうよう頼んだそうだ。

Gifted 03Gifted 04






(左: 亡くなった母ダイアンの写真  /   右: 教室でメアリーに質問するボニー・スティーヴンソン先生)

  妹からの委託を受けた兄のフランクは、約束通り姪のメアリーを“普通”に育てようとした。ところが、そこにフランクの母、すなわちダイアンの母でもありメアリーの祖母にあたるエヴリン(リンゼイ・ダンカン)が尋ねてくる。彼女は息子のフランクに孫娘を明け渡すよう言い付けたのである。というのも、エヴリンはかつて英国のケムブリッジ大学で数学を専攻する研究者であったからだ。彼女は英国でフランクの父と出会って結婚し、米国に移り住んだという過去がある。結婚と育児で天職を諦めたエヴリンであるが、数学への情熱は失われていなかった。娘のダイアンとは人生観で対立し、長いこと疎遠になっていたが、ダイアンが亡くなり、遺児のメアリーを引き取りたくなったのだ。それに、孫が数学の天才児と判ったから、是非とも手元に置いてその才能を伸ばしたいと熱望するようになったのである。頭脳明晰なエヴリンにしたら、フロリダ州の公立学校で、凡庸な子供たちと一緒に授業を受けさせるなんて、偉才の抹殺にしか思えない。神童には、それ相応の環境が不可欠なのだ、という信念がエヴリンにはあった。

Gifted 05Lindsay Duncan 3









(左: 大学で勉強するメアリー   /  右: 祖母役のリンゼイ・ダンカン )

  しかし、メアリーと慎ましい生活を送るフランクは、上流階級の暮らしをする母の要求を斥けた。ボートの修理屋をしながら「娘」のメアリーを育てるフランクは、そもそも母親と反りが合わないようで、「母さん(Mom)」とは呼ばず、ファースト・ネームの「エヴリン」と呼んでいた。余談になるけど、スコット系女優のリンゼイ・ダンカンは、「エヴリン」という教育ママの役柄にピッタリで、感情を抑圧した冷たい感じの女性を見事に演じていた。それに、エヴリンが英国婦人という設定が、これまた良い。もし、彼女がイタリア出身とかメキシコ人だと、観客は白けてしまうだろう。ラテン系の母親が“冷静沈着に”怒るなんて想像できない。大抵は感情を剝き出しにして激怒するからだ。映画の中で面白かったのは、フランクと酒場でデートしていた担任教師のボニーが、彼の母親について尋ねたシーンだ。フランクが「俺の母親はブリティシュなんだけど」と語るや、ボニーは「ああ、ちょっと嫌な感じの人ってこと?」と聞き直した。フランクは「いや、イングランド出身ということさ」と説明したのだが、アメリカ人の頭には、キザでお高くとまったブリテン人というイメージがあるらしい。関係無いけど、英国の諜報組織がテロリストを捕まえて“いたぶる”とき、その拷問を「ブリティシュ・ホスピタリティー(British hospitality / 英国風の歓待)」と呼ぶ場合がある。虐殺を上品に行うイギリス人なら、唇や眉を一つも動かさず、極寒の中で冷たい鉄砲水を悪党に浴びせかけたり、ナックルを嵌めて捕虜を半殺しにできそうだ。

Gifted 02Gifted 13






(左: MITで数学の難問を解くメアリー  /  右: 酒場で話し合うフランクとボニー )

  フランクは妹に約束した通り、メアリーを公立学校に通わせるが、当のメアリーは初歩的すぎる「算数」に退屈していた。担任のスティーヴンソンが三桁とか四桁の掛け算を質問すると、メアリーは暗算で答えてしまう。「まさか !」と思ったスティーヴンソン先生は、さっそく電卓を手に取り検算する。すると間違いなく正解。しかも、メアリーは平方根まで判ってしまうのだ。そんなメアリーを知って、校長先生も奨学金が附く特待生を勧め、保護者のフランクに飛び級をさせてはどうかと持ち掛ける。しかし、フランクは頑固拒否。ところが、お婆ちゃんのエヴリンはメアリーを諦めなかった。裁判を起こしてでも孫の親権を握ろうと執念を燃やしていたのだ。裁判沙汰に引きずり込んだことで、エヴリンはメアリーをMIT(マサチューセッツ工科大学)に連れて行くことができ、自慢の孫娘を数学の教授に会わせることもできた。この数学者は黒板に書かれた数式問題を提示する。だが、じっと黒板を見つめるメアリーは答えようともしない。「難解すぎたのかしら」と落胆するエヴリンは、彼女の手を引いて帰ろうとした。だが、メアリーは「解けなかった」のではなく、問題自体に「ミス」を発見したので、わざと答えなかったのである。すると、前もって問題に「いたずら」を仕掛けていた教授は、その「罠」にきづいたメアリーに驚嘆し、すらすらと問題を解くメアリーに驚嘆する。「どうして最初から、答えなかったのか?」という質問に、メアリーは「誰も賢すぎる人は好きじゃないから」と答えていた。姪の鋭すぎる頭脳を披露したくなかったフランクが、常々メアリーに才能をひけらかすな、と言い聞かせていたらしい。

Gifted 23Gifted 01







(左: 数学の勉強に夢中で外出を厭がるメアリー   /  右: フランクと浜辺にでかけ、ボートで沖に出るメアリー)

  強固な意志は知的な女性の特質である。どうしても孫の才能を開花させたいエヴリンは、親権を獲得すべく白人の敏腕弁護士(ジョン・フィン)を雇って法廷闘争を挑んだ。対するフランクは黒人弁護士のグレッグ・カレン(グレン・プランマー)雇う。しかし、裁判はフランクに不利だった。母のエヴリンは裕福で立派な邸宅に住んでいる。一方、息子のフランクは“フリー”の修理屋で、安定した収入がなく、生命健康保険すら持っていないのだ。裁判では相手側の弁護士から、「あなたやメアリーが病気になったらどうするんですか?」と詰問され、医療費に困らない祖母と比較されてしまったのだ。この法廷ドラマの中で刮目すべきは、フランクが元ボストン大学の助教授で、哲学を教えていたことである。そう言えば、ドラマの冒頭で朝食のシーンがあり、学校へ行くことをグズるメアリーに対し、フランクが「アド・ナジィアム(ad nauseam)」というラテン語を口にしていた。(ギリシア語の「nausia」から由来し、英語で「nausea」と言えば「吐き気」や「船酔い」を意味する。) メアリーが「それ、何ていう意味?」と質問すると、ドヤ顔のフランクは「それを分からない者には学校が必要だなぁ」と述べて、彼女の不満を却下した。この「アド・ナジィアム」は、繰り返しずうっと議論して、もう話し合うのも嫌な状態を指して使う言葉である。つまり、フランクはメアリーに対し、「もう何回も学校に行く必要性を説いたよね !」と言いたかったのだ。

Gifted 08Gifted 21






(左: 浜辺でメアリーを肩車するフランク  /  右: 養父母からメアリーを取り戻しにきたフランク)

   メアリーとの平凡な生活を望んでいたフランクだが、遣り手弁護士を相手にして勝てるすばはなかった。そこで顧問弁護士のカレンは、近くにメアリーを留めておく妥協案を提示する。すなわち、第三者の養父母を見つけ、メアリーを託せばエヴリンに奪われずにすむ、とアドヴァイスしたのである。「そんなの嫌だ !」と断固拒絶するフランクだが、他に打つ手が無く、自宅の近くに住む養父母に預ければ、時々面会できるということで苦渋の決断を下すことにした。しかし、いざメアリーを手放すとなると、悲しくて仕方がない。それにメアリーも離れたくないとグズって癇癪を起こす。彼が養父母宅にメアリーを預け、「済まない」と謝りながらも家を去ろうとすると、メアリーは必死で「フランク!」と叫ぶ。フランクは断腸の思いで振り切ろうとするが、彼女の声が耳の内側で大きく響く。後ろ髪を引かれるフランクは言葉にできぬほど辛かった。胸が張り裂けるほどの哀しみだ。心臓をむしり取られる方がまだ痛みが少ない。

  平常心を装って日常の仕事をするが、居ても立ってもいられないというのがフランクの本音である。この先のストーリーは配給会社に悪いので話せないが、ハッピーエンドになることは誰にでも想像がつく。フランス映画だと悲惨な結末で幕が降りてしまう場合があるけど、ハリウッド映画なら100%幸せなラスト・シーンになる。お子様用「ハッピー・セット」に附いてくるアイスクリームや玩具のオマケと同じだ。物語の最初から判っていたけど、取り戻しにきたフランクが、悲壮なメアリーと対峙する場面は胸に突き刺さる。メアリーは自分を見棄てたフランクに腹を立て、彼の顔を両手で叩くが、最後は泣きじゃくって抱きつく。懺悔の念に駆られたフランクもメアリーを強く抱きしめるから、観ている方だって泣けてくる。心の底から「すまない、メアリー。もう絶対に離さないからな!」というフランクの決意が聞こえてきそうだ。やはり、子供は肉親の手で育てられるのが一番ということなんだろう。映画のクライマックスは秘密にするけど、そのヒントは、メアリーが飼っている片目のデブ猫フレッドと、母のダイアンが取り組んでいた証明問題にある。

Gifted FrdGifted 11








(左: 飼い猫のレッドを教室に連れてきたメアリー  /  右: メアリーに謝るフランク)

大人より子役の方が貢献した映画

  この作品の脚本を書いた人物は、あまり知られていないトム・フリン(Tom Flynn)である。だが、その監督は『アメイジング・スパイダーマン』を手掛けたマーク・P・ウエッブ(Marc Preston Webb)だ。(ちなみに、マークの父親は数学の教師であるそうだ。) 彼らには悪いけど、作品自体は何の変哲も無い平凡なストーリーで、粗筋を聞いただけで映画の展開を想像できてしまう。しかし、この作品が米国とカナダで2,480万ドルの収益(海外だと3,710万ドル)を上げたのは、何と言ってもメアリー役のマッケンナ・グレイスを登庸したことにある。もし、彼女が採用されず、他の子役だったらここまでの興行収入は無かったろう。『ギフテッド』はマッケンナ・グレイスが「一番の稼ぎ頭」と言ってもおかしくはない。たぶん、配給会社も認めるんじゃないか。

Tom Flynn 3Marc Webb 1Mckenna Grace 20







(左: ジョン・フリン夫妻  / 中央: マーク・ウエッブ /  右: マッケンナ・グレイス )

  とにかく、マッケンナの演技力がすごい。実際は10歳なのだが、7歳の小学生を見事にこなし、わざとらしい演技が無く、どの場面にも「自然な仕草」が滲み出ている。(NHKのドラマで白洲次郎を演じた伊勢谷友介が、人気の高い色男なのは分かるけど、主役級の俳優としてはイマイチだ。彼の演技はわざとらしかったし、白洲次郎のイメージに合わない。また、怖ろしい実話なんだけど、彼は「ジョジョ」の映画で空条承太郎を演じたそうだ。筆者は観てないから何とも言えないが、劇場に行かなくても「悲惨さ」が目に浮かぶ。) フランクに対し駄々をこねたり、学校の授業でムっとしたかと思えば、フランクと遊びに出掛け、無邪気に楽しむところなど、いかにも“子供らしい”動きだ。観ている者がいつの間にか引き込まれてしまうのも納得できる。もし、メアリー役がユダヤ人とか黒人の少女だったら、観客の感情移入は無いだろう。例えば、ウィル・スミスの娘であるウィロー・スミス(Willow Smith)が演じたら、黒人の観客は喜ぶかも知れないが、白人や日本の観客はそっぽを向くだろう。また、ハリウッドの左翼監督ならマイノリティーに配慮して、わざと数学が苦手なヒスパニックから役者を選んだり、アジア市場での観客数を増やすため、ベトナム人とか支那人の子役を採用するかも知れないぞ。でも、アメリカ人の観客はそんな政治映画に興味を示さないだろう。

Willow Smith 2Octavia Spencer 1A J Cook 2









(左: ウィロー・スミス   / 中央:  オクタヴィア・スペンサー /  右: A.J. クック )

  ハリウッドの映像作品には、「主役が白人なら、脇役は有色人」という法則がある。なるほど、『ギフテッド』ではフランク、メアリー、エヴリンのアドラー家が西歐系白人で固められていた。しかし、担任教師のボニー・スティーヴンソンは、ユダヤ人コメディアンのジェニー・スレイト(Jenny Slate)が務めていたし、メアリーの世話をするロベルタ・テイラー役には黒人女優のオクタヴィア・スペンサー(Octavia Spencer)がついていた。スレイトは日本で知られていないが、NBCのコメディ番組「サタデー・ナイト・ライブ」に出演していたお笑い芸人だ。個人的意見を言えば、下品な雰囲気を醸し出すスレイトを筆者は好きになれない。彼女はヒッピーの両親に育てられたユダヤ人娘で、教師役をするより、酒場のバーテンダーとか立ちんぼ娼婦の方が似合っている。ボニーは酒場でフランクと話すうちに彼と仲良くなり、メアリーとフランクが住む家で一夜を過ごす間柄になってしまう。だが、フランクほどのハンサム青年なら、もっと魅力的な恋人を持てたはずだ。なにもボニー役にA.J.クック(Andrea Joy Cook)とかケイティー・ロッツ(Caity Lotz)を採用しろとは言わないが、ちょっと気を利かせてアナベル・ウォリス(Annabelle Wallis)とかモリー・シムズ(Molly Sims)、ブレイク・ライヴリー(Blake Lively)なんかを採用すればいいのに、と思ってしまう。暗い感じのユダヤ人教師じゃ、学生運動に疲れた元左翼みたいで厭だ。

Caity Lotz 3annabelle-wallis-1Molly Sims 1Blake Lively 1








(左: ケイティー・ロッツ   / アナベル・ウォリス  / モリー・シムズ  /  右: ブレイク・ライヴリー )

  担任教師がユダヤ人というのはウンザリするけど、フランクが居ない時にメアリーを預かる世話人が黒人というのも変だ。普通、白人の親が雇うベイビー・シッターは、仕方なくヒスパニックの中年女性ということもあるが、白人女性というのが定番である。いくらロベルタが親切な隣人でも、自宅の鍵を預けるほどの関係にはならない。映画の中では、休日の夜に酒場でくつろぐフランクに代わって、ロベルタがメアリーを引き取り、音楽に合わせて踊ったり歌ったりするシーンがあるけど、アメリカ社会を知る者からすれば、どことなく腑に落ちない。まぁ、制作者としては黒人層にまで観客を増やしたいから、マイノリティーにおもねったキャスティングにしたのだろう。もし、西歐系アメリカ人の子守にしたら、「白人用の映画」になってしまうからだ。でも、本当に立派な映画を作りたいのであれば、有色人種に媚びたキャスティングをせず、素直に白人俳優だけの映画にすればいいじゃないか。日本人だって日本のドラマにアジア人役者が混じっていたら嫌だろう。アジア市場を狙うからといって、無理やり支那人や朝鮮人の俳優を配役にねじ込んだら気持ち悪い。朝鮮人の顔を銀幕で拝むなんて厭だ。只でさえ、藝能事務所による「ごり押し」が横行しているのに、不愉快な異民族の混入となれば、もう作品の毀損でしかない。ハリウッドの制作者は「多民族配役」で収益を上げようとするが、本来なら脚本家や監督の腕で勝負すべきなんじゃないか。白人だらけのキャスティングという理由でヒットしないなら、元からその作品に魅力が無く、最初からB級映画であったということだ。

Jenny Slate 4Hypatia 1Rachel Weisz 4











(左: ジェニー・スレイト  /  中央: ヒパティアの想像画 /  右: ヒュパティア役のレイチェル・ワイズ)

  この映画『ギフテッド』には、女子生徒に数学を奨励するという意図が隠されていたそうで、脚本家のフリンが主役を少女にしたのも、数学の天才は男子ばかりだから、という憶測も成り立つ。まぁ、歴史を繙けば、優秀な女性数学者だって結構多い。例えば、古代アレクサンドリアのヒュパティア(Hypatia)は有名だ。日本人でもレイチェル・ワイズ(Rachel Weisz)主演の『アゴラ(Agora)』を観た方も多いだろう。これは同性愛の監督アレハンドロ・アメナーバル(Alejandro Amenábar)が手掛けた作品で、キリスト教徒に対する悪意に満ちた内容となっていた。キリスト教の頑固な「狂信者」が、理性的な天文学者を迫害するというシーンを見ると、「また、ゲイや左巻きの連中が張り切っているのか !」と少々ウンザリする。他に思いつく女性と言えば、ロシア人数学者のソフィア・コワレフスカヤ(Sofia V. Kovalevskaya)とか、ユダヤ人のアマーリエ・エミリー・ネーター(Amalie Emmy Noether)、フィールズ賞をもらったペルシア人のマリアム・ミルザハニ(Maryam Mirzakhani)などだろう。(コワレフスカヤは東京図書から伝記が出ている。ミルザハニの方は最近亡くなった学者だから、雑誌などで追悼記事を読んだ人もいるだろう。)

Sofia Kovalevskaya 1Emmy Noether 1Maryam Mirzakhani 1Ada Lovelace 2








(左: ソフィア・コワレフスカヤ  /  アマーリエ・エミー・ネーター / マリアム・ミルザハニ  /  右: アウガスタ・バイロン )

  そう言えば、詩人のバイロン卿を父に持つエイダ・ラヴレイス(Ada Lovelace)伯爵夫人こと、アウグスタ・バイロン(Augusta Byron)も有名だ。彼女の家庭教師はウィリアム・フレンド(William Frend)という数学者兼牧師であった。個人的意見を言わせてもらえば、彼の随筆風著書『パトリオティズム(Patriotism)』がおもしろい。この本は第19世紀初めに出版された本なので日本の図書館には所蔵されていないが、とても興味深いので大学生にはお勧め。記憶が定かではないけど、米国のイェール大学にはあったと思う。ちなみに、フレンド牧師が世話した教え子の中には、人口論で有名なトマス・ロバート・マネサス(Thomas Robert Malthusがいる。英国のインテリ階級は広いようで狭い。

  余談になるけど、映画の『ギフテッド』を観てしまうと、日本人の父親の中には「あんな娘がいたらなぁ」と溜息をつく人がいるかも知れない。というのも、夏休みとくれば、我が子の宿題を見てやることもあるからだ。よせばいいのに、「たまには親らしくするか」と急に父親気分を発揮して、娘が取り組む数学問題に“ちょっかい”を出す。「中学生の数学なんて簡単さ !」と思いきや、解いて行くうちに自信喪失となってしまうこと多々ある。単純な計算問題ならいいけれど、図形問題や二次方程式となると怪しくなり、「あっ、パパはお仕事があるから、後はママに教えてもらいなさい」と言い聞かせて居なくなる。しかし、夜中に女房から「無責任じゃない。解らなければ邪魔しないで !! それに私、文系なんだけど!」、とキツく叱られたりする。善意から始まり、混乱を残すのがダメ亭主の日常だ。父親は黙って見守るのが一番。

Gifted 17Gifted 06






(左: ロベルタと一緒に踊るメアリー  /  右: 学校の友達と遊ぶメアリー)

  つくづく思うけど、数学の宿題に悪戦苦闘する子供を助けるのは至難の業だ。一度嫌いになった科目を好きにさせることは難しい。筆者が学生時代、小遣い稼ぎで中学生や高校生に英語を教えたことがあるんだけど、数学の話しになって手こずったことがある。意味も解らず数学を押しつけられた子が不憫だったので、気分転換に易しいギリシア数学の話をしたが、結局どうすることもできず解決にならなかった。大人だと平方根が無理数だと発見したピタゴラス学派に興味を示し、平方根の無理数を証明したテオドロス(Theodoros)とか、その弟子であるテアイテトス(Theaitetos)の業績に耳を傾けるだろう。ところが、数学の発展に感動しない子供だと、「そんなのつまらない!」と言い放つ。微分・積分・幾何学を理解すれば色々と便利だよ、と言い聞かせても駄目だ。もっと具体的に説明しようと、BS放送で使われるパラボラ・アンテナとか、タッチ・パネルの仕組み、クルマに搭載されるGPSシステム、ジョン・ネピア(John Napier)により広まった対数(logarithm)を引き合いに出し、色々な有益論を述べても、結局「受験数学」に行き着くから話が暗くなる。

Pythagoras 1Euclid 2Archimedes 1John Napier 1








(数学の天才たち  / 左: ピタゴラス  / ユークリッド / アルキメデス /   右: ジョン・ネピア)

  夏休みだからといって、普通の子供にひまわりの種を見せて、その配列とフィボナッチ数(Fibonacci numbers)の謎を語っても、「へぇ~」と答えるだけで心に響かない。翻って、美学としての算術に目を向け、「古代ギリシア人にとって数学は哲学を兼ね備えた宗教みたいなもので、秘伝の奥義だったんだよ」と語ってもチンプンカンプン。「ロゴス(Logos)」と「救世主(Soter)」を関連づけようが、「だから何?」と言い返されて撃沈だ。そう言えば、新約聖書を繙くと、ギリシア人を前にした使徒パウロの伝道活動があって、「私はあなたがたに神秘を告げよう」と語りかける場面がある。この「神秘」というのは英語で言う「ミステリー(mystery)」だ。(「第一コリント信徒への手紙」15章51節参照。) 元々は、ギリシア語の「黙っている」という意味で、名詞の「mu-sterion」はここから派生している。古代人にとって奥義は部外者に隠されていたから、ギリシア文化に通じた聖パウロは、イエズズの言葉が特別な秘儀であると伝えたかったのであろう。しかも、「無料」なんだから凄い。現代の我々にはピンとこないが、「生まれ変わり」や「永遠不滅の命」を信じていた当時の聴衆には、とても印象的であった。しかし、時間の流れを遅く感じる元気な子供には、魂の不滅なんて馬耳東風だ。翌週まで待てない「ドラゴンボール」の方が、よっぽど気になる。

Gifted 24












(写真  /  フランクに向かって朝食についての不満を漏らすメアリー / テーブルの上にケロッグ社のシリアルの箱がある)

  またもや脱線したので、元に戻す。アメリカ人の批評家からは辛口のコメントが寄せられていたけど、『ギフテッド』に対する観客の評価はそれほど酷くない。子役の笑顔は大人の心を和(なご)ませるから、あえて厳しい点数をつけないんだろう。それに、観客の方だって過大な期待を抱いていなかったはずだ。まぁ、7ドルか8ドルくらいのチケット料金だから、平凡なストーリーでも我慢できる。ちょっと面白かったのは、「スペシャル朝食」を作ってやったと豪語するフランクに対し、いつものシリアルを食べているメアリーが不満を漏らすシーンである。「特別」を期待していたのに、メアリーにはそれが見当たらない。すると、フランクはシリアルの箱をクルッとひっくり返し、「スペシャル」の意味を示した。何と、ケロッグの「スペシャル・オリジナル」コーンフレイクとなっている。そんなの詐欺に等しい。工場で大量生産されたソーセージなのに、「手作り風」と称するウィンナーと一緒じゃないか。とにかく、11月になったら劇場で公開されるそうだから、興味のある方はどうぞ。ただし、筆者は映画評論家のおすぎと違って、お金を貰っていない素人の平民だから、「つまらない ! 期待外れだ !」と怒って「ゼニ返せ !」と言わないでね。
  



人気ブログランキング
記事検索
最新記事
アクセスカウンター

livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ