無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

映画・ドラマ評論

一撃必殺のスナイパー / One Shot One Kill (パート1)

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黒木 頼景
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トム・ベレンジャーには軍服が似合う

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(左: 「ベケッ」役のトム・ベレンジャー / 右: 「カイル」を演じたブラッドリー・クーパー)

  合衆国海兵隊と言えば、真っ先に戦場へ送り込まれる斬込隊とか、恐れを知らぬ強襲部隊といったイメージがあるけれど、もう一つ「狙撃手」の集団という一面を持っている。理想を語るなら、如何なる階級の者といえども、海兵隊員たる者、それぞれが射撃の名手でなければならない。ひとたび敵兵を狙えば、確実に仕留める、「ワン・ショット・ワン・キル(One Shot One Kill / 一撃必殺)が海兵隊のモットーだ。こうした海兵隊の狙撃手(スナイパー)を扱った映画は多い。最近だと、クリント・イーストウッド(Clint Eastwood)監督が手掛けた『アメリカン・スナイパー』が有名だ。ブラッドリー・クーパー(Bradley Cooper)が主人公のクリス・カイル(Chris Kyle)を演じ、女優のシエナ・ミラー(Sienna Miller)がその妻タヤ(Taya)を演じていた。ちなみに、狙撃の名手クリス・カイルを演じたクーパーは、若い頃、軍人になりたくてヴァレイ・フォージ士官学校に入ることを望み、父親に進学の許可を尋ねたが、「駄目だ」と却下されてしまったそうだ。そこで、クーパーは「それなら日本行きを許してくれ」と懇願したという。なぜなら、彼は「忍者」になりたかったからだ。(Esther Lee, Bradley Cooper begged his dad to send him to Valley Forge Military Academy, The Philadelphia Inquirer,  April 17, 2013)

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(左: クリス・カイル / 中央: クリスと妻のタヤ / 右: タヤ夫人を演じたシエナ・ミラー)

  あのさぁ~、「少年よ、大志を抱け!」という言葉を実践するのは良いが、夢を抱く前に現実を直視せよ! 確かに、昔の伊賀や甲賀に物凄い忍者がいたけど、それは江戸時代までで、今の甲府や三重に行っても会えるのは、「忍者」の衣装を着た市役所の職員くらいだぞ。(「日光江戸村」は別だけど。) テレビに映る服部半蔵は男優の千葉真一(サニー千葉)だし、家康に仕えた本物の半蔵だって実のところ、スパイの棟梁か要人護衛官みたいなものだった。手裏剣を投げたり、「飯綱落(いづなおと)し」や「霞斬(かすみぎ)り」で相手を倒す「カムイ」は、白土三平の創造で、実在の忍者ではないんだぞ、クーパー君。猿飛佐助も架空の人物で、あおい輝彦は日本の役者。(映画『真田幸村の謀略』に出演していた。)

  千葉真一の「ジャパン・アクション・クラブ(JAC)」に入っている「忍者」も、ちょっと元気なアスリートに過ぎない。女の忍者だって実際は間諜ていどで、激しい斬り合いをしたかどうか怪しいものだ。おそらく、上戸彩みたいな可憐な少女はいないだろう。ちなみに、TVドラマ『影の軍団』に出てくる忍者は凄い忍術を使うけど、あんな派手な衣装で江戸の町を闊歩していたら目立ってしょうがない。(でも、乞食みたいな服装じゃドラマにならないかぁ。) これまた余談だけど、映画『百地三太夫(ももちさんだゆう)』で主演を果たした真田広之のアクションは凄かったなぁ。さすが、元JACのメンバーだけのことはある。子供番組『人造人間キカイダー』で「ビジンダー」を演じた志穂美悦子も、千葉真一と同じく『百地三太夫』で頑張っていた。当時、カンフー映画が流行っていて、倉田保昭がカンフーや空手の達人を演じていたのを覚えている。そこで「えっちゃん」も「女ドラゴン」という位置づけで、『百地三太夫』では真田広之に恋をする支那人娘を演じていた。しかし、あんな純情で謙虚な支那人女はいないだろう。やっぱり、カンフーが得意な日本人娘といった感じだ。(でも、今では長渕剛の奥方になって子供を持つ母親だ。既にアクション映画からは引退していて、現在は生け花が仕事になっているらしい。余計な事だけど、夫婦喧嘩になったらどっちが強いのかなぁ。亭主の蹴りをかわして反撃する奥さんて凄いぞ。)

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(左: 千葉真一 / 中央: 志穂美悦子とビジンダー役を演じた場面 / 右: 真田広之 ) 

  脱線したので話を戻す。1993年に『スナイパー(Sniper)』というアクション映画が制作され、日本では何故か『山猫は眠らない』という邦題で上映された。たぶん低予算映画で、ミリタリーおたく族に向けた娯楽作品のはずだったが、意外と観客に好評で、シリーズ第6弾まで作られたというから、予想外のヒットだった。でも、まともなのは第1作だけで、続編の第2作以降は駄作。よせばいいのに映画会社は二匹目のドジョウを狙ってしまったのだ。一発目で終わっていれば名作だったのに、二発目三発目を狙ってハズしたんだから、タイトルと違ってしまい皮肉な結果になってしまった。

  それでも、第一作目のトム・ベレンジャー(Tom Berenger)は素晴らしい。やはり、彼には軍服が似合う。以前、彼はオリヴァー・ストーン監督の大ヒット映画『プラトーン(Platoon)』に採用され、ロバート・バーンズ二等軍曹(SSgt)を演じていた。ウィレム・デフォー(Willem Dafoe)扮する人情派のゴードン・エリアス三等軍曹(Sgt)と対照的で、冷酷な鬼軍曹のロバート・バーンズを演じていたのが印象的である。本作では、トム・ベレンジャーが狙撃の名手「トマス・ベケット上級曹長(Master Gunnery Sergeant Thomas Bekett)」を演じていた。如何にも百戦錬磨のスナイパーといった威厳に満ち、冷静沈着、寡黙だが胸に熱き愛国心を秘めた軍人といった感じだ。

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(左: 「エリアス」役のウィレム・デフォー / 中央: 「バーンズ」役のトム・ベレンジャー  / 右: 「ベケット」役のベレンジャー)

  物語は斥候隊に属するベケット曹長が、パナマの反政府リーダーを暗殺する命令を受けるところから始まる。任務を帯びたベケットは、スポッター(弾着観測者)役のダグ・パピッチ伍長を連れてジャングルに向かった。(「スポッターspotter」とは、標的までの距離や角度、風向きなどを計算して、狙撃手が正確に仕留められるよう指図する役目の人。例えば、遠く離れた標的だと、弾道のズレを考慮しないと外れてしまう。詳しいことはまた後で。) ところが、任務遂行の途中でパピッチ伍長が謎の狙撃手に射殺されてしまうのだ。銃撃の中、やむなくベケット曹長は伍長の遺体を引き摺ってヘリに乗り込んだのである。

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(写真 / トマス・ベケット曹長とリチャード・ミラー)

  それから間もなく、ベケット曹長は上官に呼び出され、ある要人暗殺命令を受ける。今度のミッションは、コロンビアの麻薬王オチョアと連(つる)んだ反乱軍のミゲル・アルヴァレス将軍を抹殺することだった。そこで、上層部はベケットに新たな相棒のリチャード・ミラーを与えることにした。(ビリー・ゼインBilly Zaneがミラーを演じている。) しかし、ミラーは戦闘経験のある軍人ではない。確かに、ミラーは警察の特殊部隊(SWAT)に属する凄腕のスナイパーだが、ベケットからすればちょっと銃の扱いが上手い民間人だ。ミラーはジャングルでの斥候という苛酷な任務を理解しておらず、どことなく遠足気分。移動中の列車の中でミラーは上等なスカーフをベケットに見せびらかす。すると、ミラーから渡されたスカーフを手にしたベケットは、笑顔を見せていきなり列車の窓からポイっと捨ててしまうのだ。呆気にとられるミラーにベケットは鋭い表情を示して、任務遂行の覚悟を肝に銘じさせたのである。

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(左: 敵のヘリを狙うベケットとミラー / 右: ヘリからの攻撃を受けるベケットたち)

  経験豊富な軍人は臨機応変だ。ミラーは上官に命じられたルートを歩もうとするが、ベケットはあっさり却下して、独自のルートでジャングルを通過しようとする。進行の途中、彼らは原住民のインディオと遭遇するが、その中の一人はベケットと顔見知りであった。インディオ達は反乱軍ゲリラのアジトへ導くから、代わりに「外科医(エル・シリャアーノ / El Cirujano)」と呼ばれる男を殺してくれ、とベケットたちに持ち掛けた。この「外科医」は元CIAのエージェントで、拷問を専門とすることからインディオたちに憎まれており、今はアルヴァレス将軍の雇われ用心棒となっている。反乱軍のアジトへ向かう途中、偶然ベケットたちはゲリラ隊のボートに乗っている「外科医」に遭遇し、ミラーはライフルを抱えて彼に照準を定めるが、なぜか撃ち損ねてしまう。ミラーは「警告射撃」と言い訳をしていたが、実際は人間を実弾で殺すことが出来なかったのである。せっかく、「外科医」の頭を吹き飛ばすことが出来たのに、生身の人間を撃つことへの恐怖から、引き金を引く時に一瞬ためらってしまうのだ。結局、始末するはずだった「外科医」を逃した上に、同行したインディオの一人が命を失う破目になってしまった。インディオたちはベケットを責めなかったが、これ以上の協力はできない、と告げて引き揚げてしまったのだ。

  再び二人きりでジャングルを横断することになったベケットたちは、誰かにつけられていると察知するようになった。ベケットは知り合いの神父を訪ねようとするが、彼は既に拷問され殺害されていたのである。そこで、ベケットは追跡者をおびき寄せるためにある奸計を用いた。夜になるとジャングルの中は真っ暗だ。ミラーは眠気が差して、とうとうしている。しかし、追跡者のスナイパーは彼らを仕留めようと、ジャングルの一角から虎視眈々と機会を狙っていたのだ。息を殺して近づく狙撃手は、スコープを覗いて、ミラーに照準を定める。ところが、引き金を引こうとしたその瞬間。ベケットが放った銃弾がそのスコープを貫き、この暗殺者の目を撃ち抜いたのである。つまり、ベケットはミラーを囮にして、この追跡者をおびき寄せ、逆に仕留めてやろうと待ち伏せをしていたのだ。実は、この追跡者こそ、ベケットの相棒パピッチ伍長を殺したスナイパーであった。

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(左: ベケット / 右: ミラー)

  こうして険しいジャングルを抜けると、ベケット曹長とミラーは、ついにアルヴァレス将軍が根城とする牧場に辿り着く。そこには例の「外科医」エル・シリャアーノがいた。彼らは全身に草を巻き付けて、野原に溶け込みながら、匍匐(ほふく)前進で徐々に標的へと近づいたのである。しかし、ミラーは実戦になれていないので、身を隠すことが上手くなかった。案の定、彼は敵の護衛兵に勘づかれ、狙撃されようとしていたのである。これを見ていたベケットは仕方なく敵兵を撃ってしまう。ミラーは麻薬王を射殺することができたけど、二人は潜伏がバレて退却するしかなかった。何とかして彼らは逃げおおせたが、ベケットは引き返して将軍を抹殺すべしと主張する。ところが、ミラーはそれに異を唱えた。対立する二人は銃撃を交えるが、銃弾が尽きたミラーは争いを止めようとする。

  そうこうしているうちに、二人を捜索する敵のゲリラ部隊が近づいてきた。ベケットはミラーを助けようと、弾幕のカヴァーを張るが、銃創が尽きてしまい、仕方なく敵兵に投降する破目になった。ミラーが物陰から見ていることを知るベケットは、投降する際、銃を銃弾を一発ライフルから取り出し、こっそりと地面に落としていったのである。ミラーはその銃弾を拾うと、ベケットを救出しようと決心した。捕まったベケットはまな板の鯉というより、屠殺前の羊といったところだ。彼のもとには残酷な「外科医」が現れた。こんな野郎がする事はただ一つ。拷問だ。情け容赦の無い「外科医」は、ベケットを台に縛り付け、彼の右手を摑むと、その人差し指に「最後の別れ」を告げるチャンスを与えたのである。つまり、彼の指に引き金の部品を触らせてやったのだ。この「親切」を終えると、「外科医」はベケットの人差し指に、細くて丈夫なワイヤーを巻き付け、ワインのコルクでも開けるかのように、グルグルとねじり上げ、ベケットの指を千切れるほど締め付けたのである。

El cirujano 1(左 / 拷問を行った「外科医」)
  指を圧迫されたベケット曹長は、全身の血管と筋肉に衝撃が走るほどの激痛に悶えた。「絶叫」という表現が甘く感じるほどの苦痛である。暗殺命令の内容を聞き出そうとする「外科医」は、階級と名前しか言わぬベケットをいじめ抜く。それでも、指を攻められるベケットは同じ事を繰り返す。暗闇の中でミラーは、この拷問を見ていた。ミラーにとってはショックである。あの勇敢で男らしいベケットが、地獄の責めを受けて子供のように泣いているのだ。ゲリラ軍の拷問係にとっては、ハーグ陸戦条約もジュネーヴ条約も関係無い。白状させるためには、あらゆる手段を用いる。実際の戦争でも、拷問は生き地獄に等しく、一旦捕まればどんな英雄でも全部吐いてしまう。残酷な拷問に耐えてしまう映画のランボーなんて嘘だ。

sniper 10(左 / 狙撃手になったミラー)
  凄まじい拷問の末、ベケットは失神。しかし、再び意識を戻した時、ベケットはライフルを構えるミラーの存在に気づき、一発で仕留めるよう口を動かして、スコープを覗くミラーに指示を出す。そこで、ベケットは「外科医」をおびき寄せるために、口を割る素振りを見せた。しかし、良く聞き取れないので彼はベケットの顔に近づく。ベケットは自分の顔面と「外科医」の頭が重なったところを一発で撃ち抜けと、ミラーに伝えていたのだ。ところが、ミラーはベケットに従わず、「ワン・ショット・ワン・キル(一発で一殺)」の格言に従い、見事「外科医」の頭だけをぶち抜いたのである。ミラーはまさしくこの瞬間、真のスナイパーとなったのだ。

  ミラーは憔悴しきったベケットを助け出し、二人は味方のヘリコプターがやって来る合流地点に向かうことにした。しかし、敵兵の一群が救出地点まで追跡してきたのだ。そこで、右指が使えぬベケットは左手で拳銃を使い、ミラーを援護射撃して再びミラーを助けたのである。最終的に、二人はヘリに搭乗することができ、辛うじて生還することができた。かくて、恐ろしい試練を経たミラーは一端の狙撃手になれたという。

スナイパーを侮辱する有名人

  アメリカ人は一般的に戦争映画か大好きで、とりわけ特殊部隊を描いた作品は好評を博することが多い。やはり、世界最強の軍隊を持っているから、大規模な軍事作戦や極秘任務を主題とする映画にはリアリティーがある。最新の兵器を用いて敵軍をやっつけるシーンは圧巻だし、鍛え抜かれた海兵隊員が兇悪なテロリストを抹殺するれば気分がいい。ところが、日本だと自衛隊の戦闘を描くとなれば、現実離れしているから妙に嘘くさいし、肝心の政治家が幼稚なので、国家の命運を賭けた極秘任務など論外だ。憲法改正くらいで立ち往生している議員が、非常な軍事作戦など扱えるわけがない。

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(左: マイケル・ムーア / 中央と右: 映画「ハートブレイクリッジ」に出演したクリント・イーストウッド )

  軍隊モノ映画でよく採用される部隊は、何と言っても海軍特殊部隊(Navy SEALs)である。冒頭で紹介した『アメリカン・スナイパー』は、狙撃の達人クリス・カイルを描いた作品で、B級映画の『山猫は眠らない』と比べものにならぬくらいヒットしたそうだ。興行収入は1億500万ドルを突破したというから凄い。実在した海兵隊の凄腕スナイパーを基にした映画だから、観客にもリアリティーが伝わったのだろう。しかし、マイケル・ムーア(Michael Moore)監督は違った感想を持っていた。彼はツイッターで狙撃手を「臆病者(cowards)」と呼んだのだ。(Sarah LeTrent, Michael Moore calls snipers ‘cowards’ on Twitter, CNN, January 19, 2015) ムーア氏はテレビ局の取材でも答えていたが、狙撃手たちは離れた場所に隠れて、敵と直面することなく射殺するからだという。つまり、歩兵のように接近戦で銃撃を行って、敵兵を倒すようなことがないからである。だから、「スナイパーはヒーローじゃない」というのだ。

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(左: スナイパーの海兵隊員 / 右: 行軍中の海兵隊員)

  日本だと、ムーア氏は一般的に『ボーリング・フォア・コロンバイン』や『華氏911』などで知られる監督ていどだが、米国では銃規制を求める熱心な活動家でもある。彼はカトリック信徒といっても、教養と品性に欠けた下層左翼で、一連の作品を見ただけでも分かるだろう。中東アジアのテロリストと対峙するスナイパーを貶すなら、その前に彼自身がイラクやアフガニスタンに行って、兇暴なゲリラ兵と闘ってみることだ。ムーアのような弛んだデブは、1マイルも歩かぬうちに根を上げてしまうだろう。ライフルと銃弾だけでもかなり重いのに、他の装備を背負って野山を駆けずり回ることなど、普通の人間にはできない。行軍のしんどさを疑う者は、試しに20kgか30kgほどの背嚢を背負って30kmくらい歩いてみればいい。しかも、途中で殺される危険を覚悟しながらの歩行だからスリル満点だぞ。安全な国で軍人を馬鹿にすることは容易(たやす)い。アメリカの愛国者はムーア氏の発言を厳しく非難したが、そもそも、彼の批評はヒット作品への嫉妬じゃないのか。駄作続きの監督は「やっかみ」を表したのだろう。

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(写真 / スナイパーの海兵隊員)

  ムーア監督の釈明によれば、第二次大戦に参加した叔父さんの話を思い出して、ツイッターに悪口を書き込んだらしい。彼は戦闘の経験を積み重ねて発言した訳じゃなく、単に従軍経験のある親戚から聞きかじった話を、みんなに広めただけなのである。そもそも、左翼の映画監督が訴える「平和」とか「社会正義」なんて、たいていは胡散臭いもので、ソファーに寝転んで空想する綺麗事に過ぎない。例えば、ムーア氏は銃の無い社会を望んでいるようだが、銃が氾濫しているアメリカ社会で銃規制をすれば、一般人が銃を所持できないだけで、法律に縛られない悪党どもが一方的に有利になるだけだ。特に、闇市場では銃の価格が高騰するから、銃の密売人たちは儲かるだろう。もしかしたら、ギャングたちも銃規制に賛成するんじゃないか。押し込み強盗をする犯罪者は、丸腰の老夫婦を襲うのなんか簡単である。

  『アメリカン・スナイパー』にケチをつけたのは、ムーア監督ぱかりではなかった。俳優のセス・ローゲン(Seth Rogen)も映画を酷評し、クエンティン・タランティーノ監督の『イングローリアス・バスターズ』に譬えたのである。(Kelly Lawler, Seth Rogen, Michael Moore ignite ‘Sniper ’ debate, USA Today, January 19, 2015)  この映画の中では、ナチスのプロパガンダ・フィルムが流れており、時計台にいるドイツ兵が連合軍兵士を次々と射殺する場面があるのだ。ローゲンはこのドイツ人狙撃手による殺戮シーンを、イラク兵やテロリストを射殺するクリス・カイルの姿とダブらせたのである。たぶん、彼は冷酷に敵を撃ち殺すスナイパーに嫌悪感を抱いたのかも知れない。しかし、保守派のアメリカ人たちは激怒した。自国の将兵が恐怖に耐えて闘ったのに、それをナチスに譬えるなど言語道断。ローゲン氏は非難殺到に驚き、とたんに「オレはイーストウッドの映画が好きだ」とツイィートしたという。さらに、「オレの映画批評は政治的なものじゃないんだ。それに、祖父は退役兵なんだ」と述べ、決して軍人を軽蔑したんじゃない、と言い訳をしたかったらしい。

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(左: と中央セス・ローゲン / 右: 海兵隊員)

  まったく、情けない奴だ。最初、ローゲンは軽い気持ちで本音をつぶやいたんだろう。ところが、抗議の嵐が巻き起こった。ローゲンは顔面蒼白。即座に謝罪のツイィートを発信して、事態の鎮静化を図ったそうだ。(Seth Rogen apologizes for ‘American Sniper’ tweets, CBS News, January 22, 2015)  ムーアと同じく、セス・ローゲンも軍人に向かない碌(ロク)でなしのデブで、しかも左翼育ちのユダヤ人ときている。カナダ国籍者のセスによれば、彼の両親は「過激派のユダヤ人社会主義者」であるるという。彼はあるインタヴューの中で両親について語っていた。

  そうだなぁ、オレの両親は、多分そんなに過激じゃないけど、社会主義者だった。彼らはイスラエルのキブツで出逢ったんだ。お袋はソーシャル・ワーカーで、親爺は非営利団体で働いていたんだ。でも、二人とも此処では本当に存在しない形の社会主義を抱いていたから、アメリカ人の感覚からすれば、とんでもない過激派かもね。つまりさぁ、オレの家庭じゃ、「共産主義」てっのは恐ろしい言葉じゃないんだよ。(John Patterson, Comedy's new centre of gravity, The Guardian, 14 Sephtember 2007)

※「キブツ(kibbutz)」とは、ロシアや東歐から逃れてきたユダヤ人がイスラエルにやって来てつくった、農業を基盤とする社会主義的な共同体である。この集団に属する者は身分格差のない労働環境や共産主義的な理想を目指していた。
  
  1960年代や70年代の左翼学生を思い出せば分かるが、ユダヤ人にはやたらと左翼が多い。当時の在米日本人がキャンパスで暴れ回る学生を目にすると、外見的には白人らしい者でも、実はアシュケナージ系のユダヤ人だったりする。暴徒を率いる過激派学生がユダヤ人なんて「ざら」だった。こうしたゲバ棒世代の親に育てられたユダヤ人の記者や俳優が、変種の左翼になっていても不思議ではなかろう。ちなみに、日本人が荒れ果てたアメリカのキャンパス事情を知らないのは、左巻きのユダヤ人学生を暴露した書物が翻訳されていないからだ。興味のある人は、スタンレー・ロスマン(Stanley Rothman)とロバート・リヒター(S. Robert Richter)の共著『ラディカリズムのルーツ』でも読んでみることだ。日本の大学教授は低能児じゃなければ、ボンクラの給料泥棒だから、都合の悪い洋書だと紹介しない癖がある。高い授業料を払っている親と学生が気の毒だ。

  何か話がずれちゃったけど、日本人にもスナイパー映画を好きな人が多い。やはり、どことなく「職人技」という面が強いからじゃないのか。スナイパーには、雑念を取り払って標的にのみ集中し、一発で相手を仕留める醍醐味があるからね。『山猫は眠らない』はフィクションだけど、トム・ベレンジャーが扮したベケット曹長には実在のモデルがいたから、あながち全部が嘘じゃない。続編でその背景を紹介するつもりだが、やはりベレンジャーは寡黙な軍人がよく似合っている。もし、セス・ローゲンが演じて、マイケル・ムーアが監督の映画だったら誰も観ないよなぁ。観客はローゲンの腹にたまった脂肪を摑んで、グルグルと引きずり回したくなるもんね。




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大草原でプロパガンダが行われた / 異邦人に乗っ取られるテレビ局(パート2)

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異邦人支配のメディア界

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(左: かつて主流派だったアメリカ白人の子孫 / 右: 段々と主流派国民となるアメリカ黒人の祖先)

  日本の在京テレビ局は事実上、外国資本ないし外国勢力の手先によって支配されている。日本国民が毎日観ているマスメディアなのに、日本の国益を重視する番組が一つも無く、朝鮮人や支那人を擁護するプロパガンダ放送ならゴマンとあるからだ。これは、テレビ局の内部に学生運動上がりの左翼幹部や反日プロデューサーなどが居坐るからだが、本質的には支那人や南鮮人相手の商売をするスポンサーが背後に控えているからだろう。だから、テレビ局は日本人が支那人や朝鮮人に嫌悪感を抱くような報道はできないし、たとえ事実であってもスポンサーの手前、支那や朝鮮に不都合なニューズは握りつぶすしかない。しかし、インターネットが普及したせいで、情報の隠蔽が難しくなり、結局、庶民がテレビ局を見放すようになって、本来得るはずの広告収入が激減している。フジテレビなどは自業自得だ。「楽しくなければテレビじゃない」と謳っていたんだから、つまらないフジテレビが没落しても当然だろう。

  ところで、異邦人によるメディア支配といったらアメリカが本場だ。日本のテレビ局は、まだ辛うじて日本人が主導権を握っているが、アメリカの主要メディアはユダヤ人に牛耳られている。今では主流国民だった西歐系白人は、脳味噌を教育機関で改造されたうえに、毎日観ているTVドラマや報道番組で更に洗脳されているんだから哀れだ。アメリカ人の娯楽である映画も、多民族・多文化主義に汚染され、楽しいはずの劇場が更生施設か精神病棟のようになっている。つまり、黒人や少数民族に邪悪な仕打ちを行ってきた白人は、自分の身銭を切って、「お前たちは罪深き差別主義者なんだぞ」というプロパガンダ映画を観ているのだ。そして、ユダヤ人が盤踞するハリウッドはマイノリティーを賞讃する作品を次々と世に送っている。

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(左: 「ムーンライト」の黒人男優 / 右: 「フェンセズのワシントンとデイヴィス)

  最近の作品をちょっと覗いてみれば分かるだろう。例えば、1980年代の黒人を扱った『ムーンライト(Moonlight)』、デンゼル・ワシントン(Denzel Washington)とヴィオラ・デイヴィス(Viola Davis)が共演する『フェンセズ(Fences)』は、黒人家庭の葛藤を描いていた。『ヒドゥン・フィギュアーズ(Hidden Figures)』は、1950年代にNASAで活躍した黒人数学者のキャサリン・ジョンソン(Katherine Johnson)と黒人の同僚二名を賞讃する映画だ。さらに、禁断の愛を扱った『ラヴィング 愛という名前のふたり(Loving)』は、黒人女性と白人男性の異人種間結婚を禁じたアメリカ社会を糾弾する内容である。ハリウッドの左翼制作者は実写版のみならず、アニメ映画でも多民族主義を白人の子供たちに押しつける。『モアナと伝説の海(Moana)』ではポリネシア人酋長の娘が主人公で、茶色い肌のマウイ族たちが彼女を助けるべく活躍する。まさに多民族主義時代にふさわしいアニメだ。主人公「モアナ」の声を担当するのも南洋系で、アウリ・クラヴァルホー(Aui'i Cravalho)という少女が声優になっている。もはや、ディズニー・アニメは金髪碧眼の北歐系娘を主人公とはしないのだ。シンデレラや白雪姫なんて時代遅れ。ヒスパニックやアフリカ系の子供たちを惹きつけるため、白人みたいな顔附きの有色人種を主役とし、脇役のキャラクターも様々な人種を取り揃えている。グローバリストのユダヤ人制作者は、全世界の子供たちからお金を巻き上げようと汗をかいている。

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(左: アウリ・クラヴァルホー / 重宝されるハンサムな黒人男性 /  右2枚:  お払い箱になる西歐系女優のタイプ )

  こうした“おぞましい”傾向は、既に1970年代から始まっていたのだ。以前、『招かれざる客(Who's Coming to Dinner)』の異人種間結婚について書いたが、人気TVドラマ『大草原の小さな家(Little House on the Prairie)』でも白人視聴者への「矯正教育」がなされていのだ。

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(左: チャールズ・インゴールズを演じるマイケル・ランドン / 右: 長女のメアリーを演じるメリッサ・スー・アンダーソン)

  このドラマはNHKでも放送された長寿番組で、西部開拓時代のアメリカ人を描いた作品である。物語は白人家庭のインゴールズ一家が中心で、父親のチャールズと母親のキャロライン、長女のメアリー、次女のローラ、三女のキャリーが主人公を成している。今回取り上げるのは、第3シーズンの第18話『黒人少年ソロモン(The Wisdom of Solomon)』である。ドラマはミシシッピの農場で働くある黒人少年ソロモン・ヘンリーが、兄と母親に反抗して家出をするところから始まっている。(はっきりした年齢は分からないが、たぶん10歳に満たぬ少年だろう。) ソロモンは奴隷同然の毎日に耐えきれず、野良仕事に精を出す母親の制止を無視して農場から逃げてしまうのだ。彼はこれといった目的地も無く、偶然にもインゴールズ一家が住む街に流れ着いた。何も食べていないソロモン少年は空腹に耐えかねて、青空市場の八百屋で林檎を一つ盗もうとした。ところが、それを店主に見つかって捕らえられてしまう。すると、すぐ側で馬車に荷物を積んでいたチャールズ・インゴールが間に入って、この少年を救ったのである。

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(左: チャールズ・インゴールズ / 中央: キャロライン夫人を演じるカレン・グラッセル / 右: 娘のローラを演じるメリッサ・ギルバート )

  林檎泥棒で捕まるところを助けてもらったソロモンは、チャールズの荷馬車を追いかけ、ちゃっかり荷台に隠れて彼の自宅に向かうことになった。一方、彼の娘たち、キャロラインとローラは学校で勉強をしていたが、ローラは見知らぬ黒人少年が窓越しに教室を除いていることに気づいた。しかし、教師の注意を受けてローラが目を離すと、その黒人少年は居なくなっていたのだ。授業が終わって彼女は帰宅すると、鶏小屋の卵を取ってこようとした。すると、そこにはさっきの少年が潜り込んでおり、卵の殻に穴を開け中身を啜っていたのだ。父親のチャールズとキャロライン夫人の居間に連れ出されたソロモンは、チャールズに自分を奴隷として雇ってくれとせがんだ。というのも、ソロモンは勉強がしたくて農場を後にしたので、インゴールズ家で何でもやるから、その代わりに学校へ通わせてくれと頼んだのである。ソロモンは昔父親が奴隷として売られた時の求人広告を持っており、それをチャールズに見せて自分を買ってくれと言い出した。すると、チャールズはそれが1854年当時の制度であると少年に教え、今では奴隷制が廃止されているんだよ、と告げたのである。

Solomon Henry 1Solomon Henry 3









(左: 街中で助けられたソロモン・ヘンリー を演じるトッド・ブリッジズ/ 右: チャールズの家で食事をもらうソロモン)

  親切なインゴールズ一家はソロモンに食事を与え、家の納屋に彼を泊めてあげることにした。ちょっと興味深いのは、ソロモンの入浴シーンだ。チャールズはソロモンを水風呂に入れてやったが、入浴中に何も知らないローラが突然やってきて、彼の上半身を見て驚き、立ち去ってしまう場面があった。このドラマは1870年から80年代が舞台なので、キリスト教的倫理観が厳格に守られており、生娘が裸の男性を見るなんて恥ずかしいことだった。少年といえども見てはいけないのだ。当時のアメリカ社会では、正直や敬虔さが重要視され、それが社会の隅々にまで浸透していたし、何よりも道徳的生活が当り前だった。この場面で面白いのは、ローラを目にしたソロモンが恥ずかしがって、頭から水の中に沈んだ時だ。「もうローラはいないよ」と笑いながら告げたチャールズが、ソロモンの縮れ毛を鷲摑みにして、彼を引き揚げたことだった。スポンジかタワシみたいな彼の髪は摑みやすかったのであろう。今じゃ、どの黒人も皆マイケル・ジョーダンやバラク・オバマみたいに、丸坊主か短髪にしているから変だ。よっぽど、アフリカ人的な髪型が嫌いなんだろう。(今はでもう、若い頃のマイケルジャクソンやボブ・マーレー、アース・ウィンド& ファイアーみたいな黒人は珍しくなった。)

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(左: マイケル・ジャクソン / 中央: ボブ・マーレー  / 右: アース・ウィンド&ファイアー)

  ソロモンの世話を見てやるチャールズは、この黒人少年が抱く夢を叶えてやることにした。彼は娘たちが通う学校にソロモンを連れてきた。その時、彼らは教育委員会のメンバーを務めるハリエット・オルソン夫人と偶然出くわし、ゾっとした彼女は教室に向かう二人を呼び止めたのである。彼女の驚きを察したチャールスは「あの黒ん坊ですか?」と述べた。彼女は露骨に黒人少年を排除することはできないので、チャールズに向かって「学校に通える生徒は、この街に住む人の子供だけなんですよ。さっきあの少年は両親は別のところに住んでいると言ってましたよね」と聞き返した。すると、チャールズは「この少年なんですがね、実は私が以前の結婚でつくった息子でして」と答えたのである。これを聞いたオルソン夫人は戸惑いを隠しきれず、慌てふためいてその場を去ってしまった。もう、チャールズの冗談はブラック・ジョークにもならない。あの当時、黒人女性との結婚なんて御法度で、貞淑なオルソン夫人には考えられぬ暴挙であった。しかも、黒い混血児をつくり、再婚した家庭に引き取るなんて、当時の西歐系婦人には考えられない。オルソン夫人が恐怖で震えるのも当然だが、彼女の困惑ぶりは実に滑稽だった。それにしても、自分の冗談に微笑むチャールスは人が悪いねぇ。オルソン夫人が噂を立てたらどうするんだろう?

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(左: ハリエット・オルソン夫人 / 中央: エヴァ・ビードル先生 / 右: 教室でのソロモンとローラ)

  念願叶って学校に通えたソロモンは幸せだった。そこで、チャールズから任されたエヴァ・ビードル先生は、クラスの教え子にソロモンを紹介するが、嬉しそうなローラを除いて、皆はうつむいたままである。この状態を打破すべくビードル先生が挨拶を促したので、生徒たちは仕方なくソロモンを受け容れることにした。その後、授業が開始され、先生はエッセイを書かせるため、クラスのみんなに「一番何が嫌いなのか」を尋ねた。すると、カールが最初に答えた。彼はチキンが嫌いだと言う。次に、別の生徒が「隣に坐っているお姉ちゃんです」と冗談を述べた。そして、ローラが指名されると、彼女は「宿題です」と答えたので、先生は勉強は大切ですよ、と窘(たしな)めたのである。今度はソロモンの番になった。彼は静かに「黒人(ニグロ)であることです」と口にしたのだ。この答えにクラス一同は重たい空気に包まれる。ビードル先生も沈痛な表情を浮かべていた。さらに、物悲しいBGMが流れ、黒人を奴隷としてこき使ってきた白人の罪が暗示されたのだ。純粋で悲痛な顔を見せる黒人少年と、罪悪感にうちひしがれる白人生徒の姿は対照的だった。これこそ、ハリウッドの左翼による白人たちへの鞭である。

  奴隷制への譴責はさらに続く。学校を終えて夜床に就くソロモンをチャールズが見に来て、二人は短い会話を交わすことになる。話を終えて納屋を去ろうとするチャールズに、ソロモンは無邪気にもこう話しかけた。

ソロモン 「もし、僕が白人なら、父ちゃんは今も生きていたんだ。黒人奴隷だったから、父ちゃんは殺されたんだ。奴隷だと、せいぜい生きて30までさ。」

チャールズ 「君はお父さんを殺した制度が嫌いなんだね。しかし、そんな時代はもう終わったんだ。今から、君には新しい人生が始まるんだよ。」

ソロモン 「でも、何も変わっちゃいないよ。法律も昔のままだし。ねぇ、100歳まで生きたいいと思う?」

チャールズ 「分からないけど。そうだなぁ、みんな老いるまでは生きたいと望むんじゃないか。」

ソロモン 「じゃあ、黒人で100歳まで生きるのと、白人で50まで生きるとしたら、どちらを選ぶの?」

  このような質問を受けたチャールズは戸惑いを示し、はっきりと答えることができない。ただ、暗く深刻な表情を見せるだけだった。ハリウッドの左翼どもは純粋無垢な黒人少年を使って、「これでもか! これでどうだ!」と白人を責め立てる。彼らは道徳を拷問器具にして、アフリカ人を酷使した西歐人を罰することを楽しんでいた。まるで針で胸を刺されたような気分になる白人視聴者は、奴隷を虐待した祖先を糾弾し、白人であることに罪悪感を抱くようになるのだ。したがって、良心的に振る舞いたい白人は、「私はあんな冷酷な白人じゃない」と証明するために、「リベラル派」に転向するのである。また、黒人虐待を以て西歐白人の良心を嬲(なぶ)り殺しにするユダヤ人制作者は、その先にユダヤ人への偏見と差別に凝り固まった白人を弾劾すべく、特別な「仕置場」を用意しているのだ。これが「ホロコースト産業」である。どおりで、ユダヤ人から滅多打ちにされた白人が、祖先の残虐行為を恥じ、有色人種への贖罪に励むようになる訳だ。(『大草原の小さな家』には、ユダヤ人への偏見と彼らとの軋轢を扱ったエピソードがあり、シーズン7第13話「Come, Let Us Reason Together」がそうで、吐き気がするほどの脚本であった。いずれ紹介したい。本当にユダヤ人制作者って嫌な連中だ。)

白人より優秀な黒人を演出

  ハリウッドに蠢(うごめ)く左翼制作者は、善良で優秀な黒人キャラクターが大好きだ。ドラマの視聴者は「学校へ通って勉強がしたい」と懇願するソロモンに同情する。そして、“勤勉な”ソロモンは文字を習う機会や本を与えられると、見る見るうちに頭角を現すようになった。ある国語の授業に参加した時のことだ。ビードル先生は「鳥(バード)」の綴りを生徒に尋ねた。そこである白人の少年が指名され、自信なさげに「B・U・R・D」と答えた。残念。惜しい。次に、ソロモンが指名され、椅子から立ち上がり、ぎこちないが慎重に「B・I・R・D」と正解を述べた。正しいスペリングを答えることができたソロモンは、照れながらも誇らしげだった。「あぁぁ、また有能な黒人のシーンかよぉ~」とボヤきたくなる。アメリカ社会を憎む左翼プロデューサーは、白人俳優だと、チンピラ、シャブ中、偏屈屋、淫売、頑固者、冷血漢、殺人鬼、低能、変態などの配役をあてがい、黒人俳優なら、白人犯罪者を裁く判事とか、白人を押さえつけて説教する警察官、使命感に燃えるFBIの高級幹部、白人より勇敢な高級将校、頭脳明晰なコンピューター技術者、正義を貫く上院議員、白人のクズでも助けようとする人権派弁護士など、現実の世界では少数派に属する黒人を映画の中では多数派にしているんだから、まさしくジョージ・オーエルが描いた1984年の世界、すなわち事実を改竄する「理想の社会」を描いている。

Littile House of the Prairie  Jackson(左 / ソロモンの母と兄のジャクソン)
  ある夜、ソロモンが寝ている納屋に兄のジャクソンが現れた。家出をしたソロモンを必死で捜していた長兄は、弟を連れ戻すべく現実を語ってソロモンを説得しようとした。しかし、ソロモンは農場に戻ることを頑なに拒み、インゴールズ家に残って勉強するんだ、とゴネできかなかった。そりゃそうだろう。家畜みたいな生活より、白人家庭での居候の方がいいに決まっている。呆れ果てたジャクソンは説得を諦め、立ち去る間際に、母親からの贈り物を手渡した。ソロモンの母は息子の為に服を縫っていたのだ。この服を握りしめながら、ソロモンは兄が出て行くのを見守っていたのである。


Don Pedro Colley 2(左 / テイン医師を演じたドン・ペドロ・コリー)
  そんな黒人少年はある日、チャールズと街に出掛けることになった。ある一角で馬車に荷物を積んでいると、ソロモンはドクター・テイン(Dr. Tane)という黒人医師に出逢った。彼は黒人なのに医者であるテインに興味を抱き、自分も勉強して立派になる旨を語り出したのである。しかし、ソロモンはテインが普通の医者ではない事に気づく。テインは白人の患者を診ることなど到底できない。今だって黒人の医師が白人を診療することは少ないし、白人の患者だってなるべく白人の医師にかかろうとする。特に、白人の妊婦だと白人の女医を選ぶという。黒人の男性医師に股間を見られるなんて我慢できない。屈辱だ。亭主だって猛反対するだろう。だから、19世紀のアメリカ社会で、黒人医師が診察するのはインディアンの患者であった。こうした冷酷な現実を知ってソロモンはショックを受ける。黒人が猛勉強したって、白人とは対等になれないのだ。こういった場面を挿入する左翼制作者は陰険で、白人への怨念と憎悪に満ちている。彼らは視聴者に向かって、「お前ら白人は、肌が黒いというだけで向上心を抱く少年を拒絶しているんだ ! 人種差別がいかに恥ずべきものであるか、よ~く胸に刻んでおけ!」と叱っていたのだ。ドラマの放送は1977年だから、まだジョンソン大統領が始めた公民権推進政策が社会に浸透しておらず、その効果が浅い頃である。

  しかし、1970年代はまだ黒人礼讃の時代じゃなかった。黒人の地位は依然として低く、白人社会で平等に生きて行ける状態ではないのだ。いくら幼いとはいえ、黒人社会で育ったソロモンには、それくらいの事は分かっている。たとえ学問を積んでも、立派な医者にさえなれないと悟ったソロモンは、しぶしぶだが自分の家族のもとへ帰ることにした。気の毒に思ってはいるが、どうするとも出来ないチャールズは、それがソロモンにとって最善だと考えた。彼はソロモンを駅にまで送ってやり、帰りのチケットを買ってやったのだ。寄り合い馬車に乗ったソロモンは涙を堪えてチャールズに感謝する。チャールずも別れを惜しみながら、ソロモンが去って行く姿を見送るのであった。

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( 左: 不法入国する南米人たち / 右: 奴隷の子孫で大学を卒業したミッシェル・オバマ夫人 )

  今なら、ドラマはハッピー・エンドで終わっているだろう。チャールズが地元の教育委員会か裁判所に訴え出て、ソロモンは街に残ることができて、学校に通い続けることができるんじゃないか。ひょっとすると、奨学金までもらえて大学に進学することだってあり得る。卒業すれば、裁判官や警察官だって夢じゃない。事実、南米からの不法移民が公立学校に通えるし、運転免許や社会保障番号まで所得して、堂々と地元の企業とか教育団体に勤めているんだから。多民族社会のアメリカなら、犯罪者が平気で法律の壁をぶち破るし、国境の壁だってひょいっと飛び越えちゃうんだから、まさに無法地帯だ。不法入国者の強姦魔だって何回も再入国できるし、刑務所に入ればスポーツや読書の時間が与えられるから、犯罪者へお金を貢ぐ納税者の方が馬鹿らしくなってくる。一般のアメリカ白人は「どうしてこんな社会になっちまったんだ?」と首を傾げながらも、その理由が分からない。自分たちがどんな思想を刷り込まれたのか分からぬ国民は憐れだ。

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(写真 / ユダヤ人だらけのイスラエル社会)

  アメリカにも異邦人や左翼勢力によって、国民精神を改造されている、と気づく保守派もいるが、そうした人々は往々にして「右翼」とか「反ユダヤ主義者」というレッテルを張られて、社会的に抹殺されてしまうのだ。もし、アメリカ社会がアングロ・サクソン人を主流とした西歐世界なら、「白人であることの罪悪感」など持たないだろう。また、「隣近所にユダヤ人や黒人が居なくて寂しい」と感じる白人は居ないはずだ。考えてもみよ。白人だらけの街で、「どうして白人ばかりなんだ?」と悩む馬鹿は居るまい。例えば、江戸時代の日本橋や大坂の堺で、「うぁぁ、日本人だらけだ」と驚く日本人は居なかった。貧乏長屋にだって日本人ばかりが住んでおり、朝鮮人や支那人の住民はいなかったんだから。それで困った日本人がいたのか? 誰も多民族社会を望んでいなかったし、アジア人と共存していないから、異常な日本人が続出したという事例も無かった。

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(写真 / 昔のアメリカ社会に多かった白人 のタイプ)

  しかし、現在は違う。朝鮮人や支那人の軍門に下った連中が、みんなに隠れて大衆操作をする時代に入ったのだ。いずれ、NHKかTBSで朝鮮人をいじめる日本人を描く連続ドラマや、支那人を差別する日本人やフィリピン人を侮蔑する日本人に制裁を加える大河ドラマが制作されるかも知れない。しかし、一般の日本人は脳天気だから、警戒心を持たずに観ているかもね。将来、「日本人に生まれたことが恥ずかしい」と嘆く孫を見たら、その祖父母は何と思うのか。筆者を非難する日本国民は、今のうちによく考えるべきである。




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