無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

映画・ドラマ評論

娘の涙と父の勇気 / 戦場に赴く愛国者(後編)

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


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「パパ、行かないで !」と懇願する娘

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(写真  /  『パトリアット』に出演したスカイ・マコール・バートシアクとメル・ギブソン)

  日本と同じく歐米でも、軍人は愛する者を守るために戦場へ赴く。しかし、武器を取る愛国者は、大切な家族のもとに戻る事ができるとは限らない。むしろ、愛する者を残して天に召されることが多い。『パトリオット』でもこの葛藤が描かれており、主人公のベンジャミン・マーティン(メル・ギブソン)は家族を残して決戦に挑もうとする。彼にはエリザベスという妻がいたが、七番目の子供であるスーザンを産んだ後、病に冒され亡くなってしまう。幼くして母を失った末娘のスーザンは言葉を発することができなくなり、彼女がやっと話したのは、英軍の襲撃を受けた後、兄のガブリエルに対して口を開いた時だ。まぁ、物心ついた頃から母親が居ないというのは、幼い子供にとって耐えがたいことであるから、スーザンが心を閉ざしたのも不思議ではない。

  妻を亡くし鰥(やもめ)となったベンジャミンは、七人の子供を抱えて農園を切り盛りする。しかし、英国に対する入植地の反撥は日増しに強まり、その嵐はマーティン一家が住むサウス・カロライナへも押し寄せてきた。しかし、ベンジャミンは積極的に武器を取ろうとしない。なぜなら、彼は以前フレンチ・インディアン戦争に参加し、恐ろしい体験をしたので、二度とあのような辛い目に遭うのは御免だと思っていたからだ。ところが、長男のガブリエル(ヒース・レジャー)は血気盛んな若者だから、入植地の仲間を救うべく腕まくりをしてやる気満々。喜んで地元の軍隊に入り、イギリス兵をやっつけようとする。

  最初は消極的だったベンジャミンも、息子が英軍に囚われたり殺されたりしたので、次第に植民地軍に加担するようになった。「ゴースト(The Ghost)」なる渾名を持つマーティンは、植民地軍の大佐となり、地元の民兵を率いてイギリス兵を倒してゆく。ある時、英軍が彼の農園にまで押し寄せたので、戦に備えるベンジャミンは亡き妻の妹であるシャーロット(ジョエリー・リチャードソン)に子供達を託すことにした。義理の妹であるシャーロットはベンジャミンに思いを寄せ、やがて彼の妻となる。

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(左 : 「ガブリエル」役のヒース・レジャー  /  中央 : 「シャーロット」役のジョエリー・リチャードソン / 右 : ベンジャミン・マーティンとシャーロット )

  『パトリオット』のクライマックスは、両軍が激突する戦闘シーンにあるが、出征を前にした親子の愛情も見逃せないシーンである。特に、四歳になる末娘のスーザン(スカイ・マコール・バートシアク)が見せる表情が実にいい。入植地アメリカの独立を勝ち取るため、ベンジャミンは長男のガブリエルを伴って戦場に向かおうとする。新たな妻となったシャーロットの脇には、父を見送る子供達がずらりと並んでいた。「これが最後かも・・・」と思うベンジャミンは、愛すべき子供達一人一人に向かって別れを告げ、ギュッと抱きしめる。そして、シャーロットに後を託すベンジャミンは、彼女の唇にキスをした。これを見て、シャーロットに懐いている子供達には笑顔がこぼれた。

 次は、幼いスーザンの番だ。彼女の前に立ち、「グッバイ」と告げるベンジャミン。しかし、母親の死で口が利けなくなった少女は、人形を抱えたまま、険しい表情で父親を見つめている。それでも別れを告げようとするベンジャミンは、彼女の顔をのぞき込むように言葉を掛けた。ところが、スーザンは意外な反応を示す。いとしい娘を抱きしめようとするベンジャミンに対し、スーザンは後ずさりをして父を拒んだのだ。この態度に戸惑ったベンジャミンは無理強いをせず、微笑みを浮かべて諦めた。彼は馬に飛び乗り、息子のガブリエルと共に立ち去ろうとした。

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(写真  / 父と別れる「スーザン」を演じた スカイ・マコール・バートシアク)

  その時である。娘のスーザンは二、三歩前に出て、込み上げてくる感情を口にした。父と兄が遠ざかってしまうことに堪えきれぬスーザンは、勇気を振り絞って「パパ、行かないで !」と言葉を発し、泣きながら父の背中を追うように走り出した。この奇蹟の言葉を耳にしたベンジャミンは、すかさず馬を降り、娘のところに駆け寄る。彼は涙を流しながら走り寄る娘を固く抱きしめた。スーザンが「パハ、何処にも行かないで。約束して !」と懇願する姿を見れば、我々も胸が締め付けられ、自然と目頭が熱くなる。スーザンの顔をしっかりと見つめるベンジャミンは、「約束する。必ず帰ってくるから !」と言い聞かせた。「信じてくれるかい?」と父が問うと、スーザンは首を縦に振って答える。今まで喋ったことがないスーザンが話しただけでも嬉しいのに、彼女はその感情を素直に表した。ベンジャミンはどれ程喜んだことか。彼は何度も確認するようにスーザンを抱きしめた。

  娘を残して戦場に行かねばならぬ父親には、心臓が切り裂かれるほどの悲しみが押し寄せる。というのも、「もう二度とこの子に会えないんじゃないか・・・」という不安が頭をよぎるからだ。死への恐怖より別れの方が辛いこともある。しかし、軍人は祖国を守るため、家族のもとを去らねばならない。たとえ、子供達が孤児(みなしご)になろうとも、自分の生命を国家に捧げることが軍人の義務であり、子々孫々にまで語り継がれる名誉となるのだ。

祖国に殉じる自衛官と日本にぶらさがる帰化人

  こうしたシーンを見ても平和ボケの日本人にはピンと来ないかも知れないが、実際に戦闘を経験するアメリカの軍人には心に突き刺さるものがある。なぜなら、幼い子供を持つ海兵隊や陸軍の将兵は、「もしかしたら、自分も帰ることができないのでは・・・」という予想がリアリティーをもつからだ。事実、戦場ではさっきまで元気だった戦友が兇弾に倒れたり、爆発で命を失ってしまうことは珍しくない。敵の銃弾を喰らった戦友からは鮮血が止めどなく流れ出す。近くに居る仲間は彼を背負って現場を離れようとするが、敵の攻撃が激しくて自分も撃たれてしまう危険性さえある。それでも、戦友を見捨てることはできないから、必死で助けようとする。が、致命傷を負った兵士からは急激に生気が失われてゆく。衛生兵のところに連れて行く頃には、既に死亡しているという場合も少なくない。歴史教科書では、戦没者というのは「数」でしかないが、現実では一人一人が家族や友人を持つ「人間」である。ゆえに、たとえ一兵卒の死であっても、多くの人を不幸にするものだ。哀しいけど、戦場では1ドルもしない銃弾で一人の命が消えてまうから、実戦というのは誠に残酷なものである。戦争を決断する政治家は、自分の評判ばかり気にしないで、この「重み」を認識すべきだ。

  法的に「軍隊」が無い日本で、実戦を経験する者はほとんど居ないけど、少なくとも自衛官はちょっとくらい生死を考えたことがあるはずだ。たとえ、イラクやアフガニスタンに派遣されないとしても、訓練で実弾を使用する自衛官は、戦場で同じような弾が自分に向かって飛んでくると分かる。戦争では何が起きるか予測できないから、運が悪ければ百戦錬磨のベテラン軍曹でも即死となる。この現実を理解できれば、軍人となった者は、自分が何を守っているのか、真剣に考えるようになるだろう。大抵の軍人は「祖国を守るため」と答えるが、「どんな人間が住む国家なのか」という点にまで考えが及ぶ者は少ない。アメリカの海兵隊員や陸軍兵は星条旗ばかり見ているが、祖国の各地に住む「国民」を目にしたとき、どんなことを考えるのか? ちょっと頭のいい白人兵なら判るけど、「アメリカ国民」といってピンからキリまで様々である。南部の白人兵の中には現状に怒っている者がいて、彼らは街角にうろつく黒人やヒスパニック、金目当てでやって来たアジア移民、難民としてやってくるアフリカ人や中東のイスラム教徒などを「同胞」とは思っていないのだ。テキサスやジョージアに代々住んでいる白人は、自分たちの故郷と「仲間」を守るために軍人となったのであり、メキシコからネズミのようにやって来た密入国者のために闘っている訳じゃない。

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(左 : アメリカの軍人が守る子供たち  /  右 : 新たに「アメリカ国民」となった移民)

  有事の際に命懸けで日本を守ろうとする自衛官は、いったい「誰のため」に闘おうとするのか? 現在の日本には、個人的な都合で帰化する在日朝鮮人や、福祉をもらうために来日する支那人、日本国籍をボーナスと考えるインドネシア人介護師、水商売で来日し、そのまま居着いてしまったフィリピン人、貧困から抜け出すためにやって来るベトナム人など大勢いる。我が国の自衛官は、こうした移民を守るために、自分の家族を犠牲にできるのか? もし、イラクやアフガニスタンへ派遣された自衛官がゲリラに殺されれば、その女房子供は深い悲しみに包まれるだろう。夫を亡くした妻は子供を抱えて戸惑うし、父親を突然失った息子や娘はショックのあまり呆然となる。戦場での死亡となれば、その遺体は挽肉のようになっている場合もあるので、幼い子供たちは父親の遺体を見ることはできまい。場合によるけど、子供達は実感の無いまま親の葬儀に参列し、言いようのない悲しみだけを背負って父を見送る破目になる。

  死亡率の高い陸自の兵卒は、自分の妻や子供に辛い思いをさせても、アジア系帰化人のために命を犠牲にできるのか? 愛する我が子が「父(てて)無し子」になるのに、国籍目当てでやって来た支那人は、快適な環境で子孫を増やす。愛国心に燃えた立派な自衛官が大量に死んでも、何百万もいるアジア系移民は一人も戦場で死ぬことはない。中には、北鮮の工作員や人民解放軍に協力する「忍び(スリーパー)」すらいるのだ。有事の際、戦場に赴く自衛官は、泣きじゃくる幼い娘に向かって「お国のためだから・・・」と言えるのか? もし、娘から「パパ、行かないで !」と懇願されたら、どんな自衛官だって涙が込み上げてくるだろう。しかし、国家に殉じることを誓った自衛官は、それを振り切らねばならない。そして、たとえ自信が無くても、「きっと帰ってくるから。約束だ。ママと一緒に待っていなさい」と言い聞かせるんじゃないのか。

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(左 : フィリピンの子供たち  /  右 : 日本にやって来る支那人)

  一方、日本に潜り込んだ朝鮮人や支那人、フィリピン人、タイ人、ベトナム人の親子は、ぬくぬくと日本で暮らし、老後まで安全に暮らすことができる。自衛官の何名かは遺体か、片輪、ダルマ(手足を無くした状態)で帰ってくるのに、「元移民」は最新医療で元気そのもの、心配なのは糖尿病とか腱鞘炎くらいだ。日本人は外人に対して気前が良すぎる。だいたい、ゼニ儲けや快適な環境を求めてやって来る支那人が、体を張って国家に尽くそうと考えるのか? 支那人からすれば、せっかく「より良い生活」を求めて来日したのに、戦争で命を失っては意味が無い。命と銭があっての幸せだ。そもそも、日本人のために命を懸ける支那人なんて、未だかつて見たことがない。

  戦後の日本人は手放して「デモクラシー」とやらを称讃しているが、民衆政治が機能するには、その構成員が戦闘員でなければならない。自分の命と直結するからこそ、公民は祖国の政治を真剣に考えるようになる訳で、「国防は他人に丸投げ」じゃ「パンとサーカス」だけを求めるローマ人と同じで、アリストテレスやプラトンが恐れた衆愚政治への転落だ。米国の属州と成り下がった日本では、一般国民に軍事・外政の興味は無く、誰が防衛大臣なのか知らない者が多い。岩屋毅と聞いたって「誰なの?」と尋ねる国民がほとんどで、大臣となった議員に如何なる国家哲学や軍事知識があるのか判らない。過去には田中直紀が防衛大臣になったけど、軍事を全く解っていない素人だった。単に真紀子の亭主というだけで、政治家としての資質なんかゼロ。民主党の一川保夫に至っては、安全保障の素人を自認し、軍事に無知な者が就任すれば、シヴィリアン・コントロールと思っていたのだ。嘘みたいな話だけど、これが日本の現状である。自民党の林芳正も、なんで大臣になれたのか疑問に思う人物で、キャバクラとかマッサージ店に関してなら少し解るが、国防に関しては素人以下。

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(左 : ブルース・ウィルス  /  モニカ・ベルッチ /  タラジ・ハンソン / 右 : クィーン・ラティファ)

  日本人は自分が戦闘員にならぬ限り、政治を真剣に考えることはないだろう。自分の命や家族を犠牲にしまでも守りたい日本とは、如何なる国家なのか? 選挙権を有する日本人は、生野区(大阪)や大泉町(群馬)、新宿、荒川区、西川口(埼玉)、北池袋、新大久保などを歩いてみるべきだ。こうした地区に住むアジア人を見た後で、自分の命を危険に晒そうと考える者は、いったい何名いるのか? そういえば、2003年に『ティアーズ・オブ・ザ・サン』というアクション映画があった。海軍特殊部隊のウォーターズ大尉(ブルース・ウィルス)は、紛争地帯となったナイジェリアからリーナ・ケンドリックス(モニカ・ヘルッチ)という女性医師を救出する任務を受けたけど、助ける人物が美女だから観客は納得したものだ。もし、救出すべき女性がウッピー・ゴールドバークとかタラジ・ハンソン、クィーン・ラティファじゃ任務をキャンセルしたくなる。命を懸けるなら、それ相応の貴婦人でないとねぇ~。




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残酷なイギリス人を演じたユダヤ人 / 戦場に赴く愛国者(前編)

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黒木 頼景
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異人種が演じる英国軍人

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  ハリウッド映画の中には優れた作品があるけど、時々トンデモない代物や駄作としか言い様がない失敗もある。さらに、感動と憤慨が入り交じった迷作もあるから、映画の評価というのは案外難しい。こうした作品の一つが、2000年に公開されたアメリカ映画の『パトリオット(The Patriot)』である。これはメル・ギブソン主演の映画なので、日本でもかなり観客が入ったはずだ。もちろん、他国でも観客が入ったから、興行的には成功だった。海外の評価はどうであれ、アメリカ人というのは愛国心を揺さぶるような映画を好む。とりわけ、勝利で幕を閉じる独立戦争だと万々歳。泥沼となったベトナム戦争には嫌な思い出が多いけど、遙か昔の独立革命ならギリシア神話みたいで好奇心が湧く。それに、大半のアメリカ人にとったら祖先の過去じゃなくて、馴染みのある「外国史」となるので、気軽に楽しむことができる。日本人はあまり意識しないけど、アメリカの「白人」といったって、家系を辿れば曾祖父が南イタリアの貧民だったり、曾祖母がポーランドの百姓とか、ギリシアの寒村から抜け出した労働者の祖父、ハンガリーから女中として渡ってきた祖母、と十人十色、ご先祖様も人それぞれだ。

  アメリカ人でも歴史に興味を持つ人はいるが、困った事に、青史を繙いて勉強する人より、映画を観て学ぶ人の方が圧倒的に多い。ハリウッドの時代劇には虚構と史実をごちゃ混ぜにした作品が多く、大筋では「歴史っぽい」が、所々に「フィクション」がちりばめられている。つまり、本当のような嘘が巧妙に織り込まれているということだ。したがって、映画を鵜呑みにすると、後で赤っ恥を掻くことになる。特に、日本軍による真珠湾攻撃とか、ナチス・ドイツによる虐殺などを扱った映画は、あくまでも「娯楽作品」と考えた方がよく、絶対に頭から信用しないことだ。

Michael Bay 1(左  /  マイケル・ベイ)
      例えば、ベン・アフレックが出演した『パール・ハーバー』は荒唐無稽な作品で、史実は無視。例えば、日本軍が機銃掃射を行い、民間人や病院を攻撃しているシーンは物議を醸した。だいたい、天皇陛下の帝国海軍が、そんな卑劣な真似をする訳ないじゃないか。(例えば、南雲中将が帰還して、昭和天皇に戦果をご報告したとしよう。その時、中将は「陛下、アメリカの女子供をぶっ殺してきました !」と言えるのか。もし、陛下のお叱りを受けたら切腹ものだぞ ! ) でも、監督のマイケル・ベイ(Michael Benjamin Bay)は気にしなかった。このユダヤ人監督にとったら、ナチスも日本も同じ穴の「悪魔」で、倫理道徳を踏みにじっても気にしない外道となっている。ちなみに、彼が手掛けた作品は日本でもヒットした。スティーブン・スピルバーグと一緒に作った『トランスフォーマー』シリーズや、ベン・アフレックとブルース・ウィルスが共演した『アルマゲドン』、2009年に制作された『13日の金曜日』、1作目のリメイクである『エルム街の悪夢』(2010年)などがある。

  アメリカの観客は『パトリオット』を気分良く鑑賞したが、イギリス人は快く思っていなかった。というのも、映画ではイギリス軍部隊を率いるウィリアム・タヴィントン(William Tavington)大佐が卑劣な悪役になっていたからだ。もちろん、この大佐は歴史上の人物ではない。おそらく、イギリス軍の連隊を率いていたバナスター・タールトン(Banastre Tarleton)をモデルにして設定されたキャラクターと思われる。彼はウィリアム・ハーコート大佐の部隊に属し、チャールストン占領にも加わっていた。タールトン大佐の評判が悪かったのは、彼が入植者のゲリラと闘い、呵責無い決断を下していたからだ。「ワックスホウズの虐殺」(1780年5月29日)で非難を浴びたのは、悪質なゲリラ兵を処分したことに由来する。しかし、彼が入植者の負傷兵や女子供を虐殺したという記録は無い。

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(左 : バナスター・タールトン  /  右 : ウィリアム・タヴィントン大佐)

  ところが、架空のタヴィントン大佐は、冷酷非情なイギリス人となっている。映画の中で、彼は主人公であるベンジャミン・マーティン(メル・ギブソン)の宿敵となっており、反抗的な入植者(アメリカ大陸で生まれ育ち、そこで人生を送るイギリス人)を“あっさり”と処刑したり、マーティンが所有する農園に火をつけたりするのだ。さらに、タヴィントンはマーティンの次男であるトマスをスパイの容疑で捕らえ、縛り首にしようとする。トマスが連行されると、父のベンジャミンは助け出そうとするが、運悪くトマスはタヴィントンによって撃たれてしまう。この冷酷なイギリス人指揮官の蛮行はまだ続く。彼は協力を拒む黒人たちを殺し、その兇行はウェイクフィールドの住民にも及んでいた。この村はマーティンたちゲリラ兵の拠点となっていたから、タヴィントンは村人達に容赦が無い。彼は教会に集まっていた人々に、マーティンの情報を教えるよう脅しをかけた。しかし、誰も応じなかったので彼らを始末することにしたのだ。(一人だけ情報提供者が名乗り出たが、タヴィントンは彼の話を聞くと「助命する」という約束を反故にした。)

  タヴィントン大佐は部下に命じて教会の扉を閉めさせる。大勢の村人たちは教会の中に閉じ込められ、誰も逃げ出すことはできない。反抗的な入植者を罰することに躊躇しないタヴィントンは、部下のウィルキンス大尉に教会を燃やすよう指示した。命令を受けた大尉は戸惑うが、情けを捨てて鬼となり、持っていた松明を建物に向かって投げつける。さらに、松明を手にしたイギリス兵が教会の周りを取り囲み、燃え上がった炎は教会を包み込む。聖堂の中では女達が泣き叫び、男達はたじろぐばかり。建物の外にまで悲鳴は轟(とどろ)く。絶叫を聞くウィルキンス大尉は自失呆然。恐ろしい殺戮を犯してしまったことに動揺しているようだ。しかし、イギリス兵は誰一人として中にいる村人を助けようとはしなかった。タヴィントン大佐はキャンプファイヤーでも終えたかのように現場を後にした。

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(左 : 放火された教会  /  右 : 教会を取り囲むイギリス軍)

Roland Emmerich 1(左  / ローランド・エメリッヒ )
  『パトリオット』を劇場で観たイギリス人はさぞ憤慨したことだろう。支那人じゃあるまいし、イギリス紳士に率いられる正規軍が、片っ端から無辜の民を焼き殺すなんてあり得ない。これは完全な作り話だ。たぶん、焼き討ちのシーンはナチスの蛮行を連想させるよう仕組んだものに違いない。監督のローランド・エメリッヒ(Roland Emmerich)は、1955年、ドイツのシュトットゥガルトで生まれたユダヤ人である。彼はオープン・ゲイ、すなわち世間に自分がゲイであると公表した同性愛者で、ついでに民衆党の熱心な支持者ときている。「進歩派」を気取るエメリッヒは、綺麗事を並べるヒラリー・クリントンのファンで、彼女が大統領選挙に出馬した時は、手弁当で資金集めに奔走したそうだ。こんな人物なら、ありもしない虐殺をでっちあげ、あたかも「史実」のように描くことなど朝飯前だろう。残酷なイギリス人を印象づけるには、ナチスをモデルにすればいい。しかし、ドイツ兵だってこんな虐殺はしないだろう。もし、ナチ党に反対するドイツ人がいても、同じ国民を焼き殺すなんてできない。女子供を焼き殺したのはイギリス軍の方で、ドレスデンの空爆を見れば明らかじゃないか。戦後のユダヤ人はナチスの殺戮を一方的に断罪するが、処刑されたり虐殺されたユダヤ人の中には、ドイツ兵を殺したゲリラやテロリスト、ゴロツキ、共産主義者などもいたから、一概にドイツ軍を責めることはできない。

  「野蛮なイギリス軍将兵」を描いた『パトリオット』は、ある意味、入植者を絶賛してアメリカ白人の「仲間」になろうとしたユダヤ人の作品とも言えるんじゃないか。なぜなら、エメリッヒ監督の他にもユダヤ人がいて、プロデューサーのマーク・ゴードン(Mark Gordon)やゲリー・レヴィンソン(Gary Levinsohn)、ディーン・デルヴィン(Dean Delvin)もユダヤ人だ。ゴードンは日本でもヒットしたTVドラマ『グレイズ・アナトミー』や『クリミナル・マインド』を手掛た大物プロデューサー。相棒のレヴィンソンは、第二次世界大戦を描いた映画『セイヴィング・プライベート・ライアン』やトム・クルーズ主演の『ジャク・リーチャー』を制作したやり手だ。アジア系に見えるデルヴィンは、母親がフィリピン人だけど、父親がユダヤ人という混血児。彼はエメリッヒとダッグを組んで大ヒット作の『インディペンデンス・デイ』とその続編『ID / リサージェンス』を世に送り出した。エメリッヒにはヒット作が多く、ジャン・クロード・ヴァンダム主演の『ユニヴァーサル・ソルジャー』とかハリウッド版『ゴジラ』、異常気象を描いた『ザ・デイ・アフター・トゥモーロー』などがある。

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(左 : マーク・ゴードン  / 中央 : ゲリー・レヴィンソン   /  右 : ディーン・デルヴィン )

  ちなみに、タヴィントン大佐を演じたジェイソン・アイザックは、通常「イギリス人男優」と紹介されるが、実際は英国で生まれ育ったユダヤ人。彼の曾祖父はリヴァプールのユダヤ人・コミュニティーに住んでいたそうで、父親の代にロンドンへ移り住んだそうである。少年時代のジェイソンは、週に2回ほどユダヤ人学校に通っていたらしい。役者になったジェイソンは、ユダヤ人の出自には触れたくなかったそうである。当時の英国だと、まだユダヤ人に対する暗黙の嫌悪感が残っていたので、「ユダヤ人の役者」と思われたくなかったそうだ。ユダヤ人に疎い日本人だと、彼の容姿を見ただけではユダヤ人と気づくことはないだろう。たぶん、ほとんどの日本人はジェイソンを「イギリス人」と思ったはずだ。

  そう言えば、大ヒットシリーズの『ハリー・ポッター』でハリーを演じたダニエル・ラドクリフ(Daniel Radcliff)をユダヤ人と知らない日本人も結構多い。彼の父親アレンはプロテスタントのアイリス人であるが、母親のマーシャはロシア系ユダヤ人の家系に生まれたイギリス系ユダヤ人。ダニエルはあるインタビューの中で母親の血統に触れ、ユダヤ教の信仰心は持っていないけど、自分のアイデンティティーは「ユダヤ人」と断言していた。(Kevin Sessums, Dirty Harry, Daily Beast, January 26, 2009.) 異人種の家庭に生まれたダニエルだが、取材記者から英国のことを訊かれると、「イギリス人」であることをとても誇りにしていると答えていた。しかし、「自分は王党派(royalist)ではない」と釘を刺していた。なぜなら、英国の君主は英国が犯してきた過ちを象徴する人物だかであるという。つまり、イングランドの国王は「悪の象徴」という訳だ。ユダヤ人というのは、いくら愛国者を自称しても、心のどこかでイギリス人を憎んでいる。とにかく、「イギリス人」を強調するダニエルだが、君主政を斥け「共和政」を支持しているそうだ。また、ユダヤ人のダニエルは「差別」が嫌いなようで、社会的に差別される同性愛者を熱心に擁護している。

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(左 : 「タヴィントン」役のジェイソン・アイザック  / 中央 : ダニエル・ラドクリフ  /  右 : 『インペリウム』でのラドクリフ)

  イギリス人の観客はユダヤ人が残酷な“イギリス人”を演じた時、どのような感想をいだくのか? 普通なら、ユダヤ人俳優のジェイソン・アイザックが、イギリス人士官を演じるだけでも不愉快なのに、アングロ・アメリカ人を焼き殺すなんて、いくら映画でも承知できない。こんなのは反英プロパガンダじゃないか。でも、これはある意味、イギリス人にとって良かった。なぜなら、いつもドイツ軍を悪者にしているイギリス人が、ドイツ人の悔しさを理解できるからだ。一方、悪役を演じているアイザックには良心の痛みなど無いだろう。どうせ映画はフィクションだし、彼が演じている軍人は「異教徒のイギリス人」で、同胞のユダヤ人じゃない。ユダヤ人というのは、時たま悪党を演じるが、そのほとんどはユダヤ人の才能を発揮するマフィアとかグローバリストじゃなく、アメリカ人やヨーロッパ人の恥部を描き出す下郎である。ダニエル・ラドクリフは『インペリウム(Imperium)』という映画で「ネオ・ナチ」を演じたが、これはFBIの潜入捜査官というキャラクターであった。ユダヤ人の俳優は人種差別を行う白人を懲らしめるため、敢えて下劣な役を演じたりする。彼らは幼い頃からユダヤ人を毛嫌いする白人を肌で知っているので、レイシストの白人を演じさせたら天下一品だ。

  日本人は『パトリオット』を娯楽作品として楽しんでいたが、もし、日本版の『パトリオット』が作られたら大変なことになる。想像したくないけど、ユダヤ人が大東亜戦争の映画を作り、支那大陸やフィリピンで虐殺を行う日本軍を描いたらどうなるのか? ハリウッドのユダヤ人監督なら、どんな蛮行を捏造しても平気である。例えば、南京で100万の民間人を殺す日本兵とか、フィリピンに侵攻した日本兵による戦争犯罪など、いくらでも考えつく。目つきの鋭い日本兵が現地の女を強姦し、赤ん坊を銃剣で突き刺す場面とか、数名の老人を縄で束ね、ダイナマイトをくくりつけて吹き飛ばすとか、日本人では思いつかない残虐行為を創作できるのがユダヤ人だ。ハリウッドの脚本家や監督は、ショッキングな映像を客に見せつけて世間の話題を攫おうと考える。よく映画の始めに豪快なアクション・シーンを挿入するのは、客の度肝を抜くための「摑み」だ。「あっ!」と思うようなシーンがあれば、観客は銀幕にのめり込む。

  日本人の俳優ならいくら頼まれても、「狂気の帝国軍人」役なんて嫌だし、所属事務所がOKを出すことはないだろう。しかし、朝鮮系俳優なら「OK」を取れるかも知れない。彼らはハリウッド映画にデビューできるなら、どんな役だって構わないと考える。朝鮮系役者なら、「日本国内で燻るなんて御免だ ! オレはもっと広い世界に出て有名になり、脚光を浴びるんだ!」と鼻息を荒くしてもおかしくはない。彼らは日本国籍を持っていても、心は「朝鮮人」のままだ。朝鮮系の役者なら残虐な日本兵を演じても良心は痛まない。むしろ、役者魂をフル稼働させて、迫真のの演技を見せるだろう。そして、場合によっては、アメリカの映画制作者から「いゃあ~、すごいねぇ !」と絶賛を受けるかも知れないぞ。

  一方、日本人の観客は、「何だ、あの朝鮮野郎 ! 柄の悪い朝鮮人を再現しているだけじゃないか !」と反撥するだろう。しかし、ハリウッドの制作者なら、もっと恐ろしい企画を持ち出す可能性もある。例えば、アジア侵略を裏で指図する昭和天皇といった虚構だ。アメリカ人からすれば、「エンペラー」と呼ばれる独裁者が膨張主義を掲げ、配下の軍人が遠征軍を派遣しても不思議ではない。彼らは学者を含めて日本の文献を読めないし、日本の歴史も勉強したことがないから、どんな空想でも適当に膨らますことができる。それにもし、日本人が抗議してくれば、「これはフィクションなので、我々の自由です」と反論すれば済む話だ。演技を褒められた朝鮮系俳優だって、世間から非難されれば、「いや~、あれは指示された役柄なので・・・」と巧みに躱(かわ)せばよい。そもそも、ドキュメンタリー映画じゃないんだから、「何を作ろうが私の勝手でしょ」と言われて終わりだ。日本人からすれば腹立たしいけど、「藝術の自由」を楯にされると反論のしようがないので、矛を収めるしかない。

  『パトリオット』の筋書きには納得できない点もあるが、別の場面には素晴らしい演出があるので、後編でそのシーンを紹介したい。

  

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