無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

邦画評論

若い沖雅也は凄かった / 名作となった「必殺仕置屋稼業」

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黒木 頼景
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今では制作されないタイプの時代

  現在、衛星放送のBS朝日で『必殺仕置屋稼業』が再放送されている。筆者は過去に何度も観たことがあるので、今更「もう一度」でもないのだが、何となく懐かしくなって“つい”観てしまった。個人的な評価を下すなら、必殺シリーズの中で最高傑作は、山崎努が「念仏の鉄」を演じた『新・必殺仕置き人』なんだけど、沖雅也が「市松」を演じた『必殺仕置屋稼業』(1975年放送)も見逃せない。沖雅也は他の必殺シリーズにも登場していて、本作の前である1973年には「棺桶屋の錠」として『必殺仕置人』、1978年に再び起用されて『必殺からくり人・富嶽百景殺し旅』に出演していた。しかし、沖雅也といったら、何と言ってもニヒルな「市松」で、一番よく似合っている。出演当時、沖はまだ23歳か24歳くらいであったのに、ベテラン俳優も真っ青の演技を披露していた。今の若手俳優であんな演技力と存在感を見せる役者は滅多にいないだろう。

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(左: 「中村主水」役の藤田まこと  /  右: 「市松」を演じる沖雅也)

  『必殺仕置屋稼業』は一応、「中村主水(もんど)」を演じた藤田まことが主役みたいなんだけど、物語で異彩を放つのはやはり「市松(いちまつ)」だ。定町廻り同心を務める「八丁堀」こと中村主水は、銭湯の釜焚きを生業(なりわい)とする捨三(すてぞう)を乾分(こぶん)にして「仕置人」を裏稼業にしていた。ある日のこと。主水は人混みの中で、偶然にも竹串を使う市松の殺しを見てしまう。間髪を入れず「殺し屋」の後を追う主水だが、市松の方がすばしっこく、あっけなく巻かれてしまうのだ。奉行所で昼行灯(ひるあんどん)を装う主水は、自分の正体を知る髪結いの「おこう」と出逢ってしまい、彼女から殺しの依頼を受けるが、用心深さゆえに白を切って断ってしまう。だが、おこうは諦めず、執拗に主水を「裏稼業」へと引き戻そうとする。彼女は依頼人である「おいと」に主水を会わせ、無惨な死を遂げた姉の「おみよ」の恨みを晴らしてくれるよう頼んだ。それでも、主水は首を縦に振らず躊躇する。

  ところが、依頼人の「おいと」は絶望のあまり井戸に身を投げ亡くなってしまうのだ。主水はおこうに連れられ、雨が激しく舞う土砂降りの中、おいとの葬儀を目にすると、「仕置き」を引き受けることにした。だが、そこには主水を狙う市松の姿もあった。おこうと別れた主水は、帰る途中に待ち伏せていた市松と出逢う。市松に気付いた主水は静かに口を開く。

  「お前を捜していたんだ」

暗やみを背にする市松は穏やかな表情を浮かべながら口を開いた。

  「死んでもらおう。俺の仕事を見た奴は、生かしておく訳にはいかねぇんだ」と笑みを浮かべる。その時、彼の瞳孔が豹のように、ほんの僅かだけ大きくなった。

  一方、この言葉を聴く主水の顔は「仕置人」の表情になっていた。市松に振り向く主水は「その前に、人ひとり殺しちゃくれねぇか」と頼む。

  すると口元を緩めた市松は表情を和(なご)ます。

  「尻(ケツ)っぺたに十手(じゅって)を挟んだ殺し屋とは呆れるなぁ、ふぅふ」

その表現を耳にした主水も笑い返す。市松は「引き受けた !」とあっさり諒承する。しかし、その瞬間、彼の顔は氷のように冷たくなった。

  「おめぇを冥途に送った後にな」

そして再び笑顔に戻る市松。白い歯を見せる市松は「またな」と穏やかに言い残し、その場を去る。市松の捨て台詞を耳にした主水は緊張と安堵が入り混じっていた。主水は一人闇夜に佇(たたず)む。

  さすが、沖雅也はすごい。映像を観ていない人には分かりづらいだろうが、役者として彼の表情と口調は一流だ。笑みを浮かべながら平然と殺しの予告をするなんて、観ている者の心臓に響くというか、全身が興奮してゾクゾクする。冷徹な殺し屋は怒鳴ったりしない。平常心を保ちながら、残酷な事を述べるから「凄味」があるのだ。当時の沖雅也が22、3歳の若造なんて思えない。現在の若手俳優で彼のような風格を持つ奴がいるのか? 新しい「必殺仕事人」で主水役と似た同心を東山紀之が演じていたけど、アホらしくて見ていられなかった。本人は「演技派」を気取っているんだろうが、どうみても今風の「兄ちゃん」にしか見えない。何も時代劇に出なくったって、現代劇にでも出ればいいじゃないか。(もしかしたら、所属事務所の命令だから断り切れなかったのかもね。筆者には裏事情が分からないので、彼を一概に酷評することはできないが、「適役」じゃないことは確かだろう。)

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(左: 「仕置き」の時の市松  / 右: 主水を刺し殺そうとする市松 )

  必殺シリーズには印象的なシーンが幾つもあるけど、主水が市松と対決するシーンは名場面の一つとなっている。二人が別れてからしばらくして、市松の住処(ヤサ)を見つけた主水は、彼に再会して話をつけようとする。が、市松の姿はそに無い。しかし、まだ座布団は暖かい。主水は市松がそれほど遠くには行っていないと察知する。追跡しようと家を出た主水。すると、隠れていた市松が主水に襲いかかり、彼の背後を取って竹串をその首筋に刺そうとした。羽交い締めにされた主水は動けず、市松は主水の十手を弾き落とす。主水の右手を封じ込めた市松は、背後から語りかける。

  「旦那。こっちから足運びましたのに。死んでもらう前に聞いておこうか。殺しの相手は誰ですかい?」と尋ねた。

  「廻船問屋、近江屋利兵衛だ」と伝える主水。

  「安心しな。仕事は綺麗に仕上げてやる」と、まるで「冥土の土産」のように言い渡す市松。

しかし、主水は死を覚悟するも、その言葉には力があった。主水は静かに語りかける。

  「おめぇも、そう死に急ぐことはねぇじゃねぇか」と市松に向かって説く。

主水の言葉を聴く市松は、彼の刀が自分の脇腹に向けられていることに気付いた。相討ちとなる場面を想像した市松は焦る。すると主水はつぶやくように語りかけた。

  「どっちに転んでも、あまりいい籤(くじ)じゃねぇなぁ。だが、殺しの数は俺の方が上だぜ !」と余裕を見せつける。

  「刀、引いてくれや」と市松は囁く。だが、主水は譲歩しない。主水は言う。

  「ダメだ。俺はカカァ始め、人さま信用しねぇことにしてるんだ」と。

  「わかった。おめぇさんの話に乗った」と市松。小さくうなづく主水。

  だが、市松は次のセリフを吐く。

  「しかし、おめぇさんを殺(や)るのを諦めた訳じゃねぇぜ」

  「わかった」と返事をする主水。羽交い締めを解かれると、主水は反転し市松の正面に身構えた。そして、市松の住処を滑るように後にした。

  主水との刺し違えに冷や汗を掻く市松。緊張がほどけた市松は額の汗を拭った。

  いいねぇ。この緊張感。二人の殺し屋が共倒れ寸前なんて、見ている方が緊迫するじゃないか。殺気が漲る市松に対して、主水もベテランの意地を見せつける。しかも、彼の言葉がいい。女房の「りつ」を始め、誰も信用しない主水。一見すると臆病のようにみえる「八丁堀」は狡猾で用心深い。何度も修羅場をくぐり抜けた仕置人は、仲間でさえ心を許さず、細心の注意を払うことが本能となっている。『必殺仕置屋稼業』の全編を通じて、主水は市松を本気で信用することはなかった。忠実な捨三でさえ、いつ自分を裏切るか分からない、と思っているくらいだ。猜疑心に基づく仲間意識という矛盾に満ちた世界を主水は生きている。裏稼業の人間は一つ間違えば、役人に捕まり、熾烈な拷問を受け、挙げ句の果てに「獄門さらし首」というのが定番だ。仕置人は毎回、銭を貰って地獄の縁(ふち)を歩いているようなものである。だから、仕置人を眺める視聴者は、闇の世界で生きて行く男たちの非情さと、晴らせぬ恨みを晴らしてやろうとする情熱に感動するのだろう。平成の時代劇では甘ったるい人間関係ばかりだ。これでは“大人”の視聴者は馬鹿らしくて観ていられない。世間で辛い思いを噛みしめる中高年の視聴者は、映像の中にもっと残酷で厳しいドラマを欲しているのだ。(平成の「仕事人」では残酷な拷問シーンが無いのも、うるさい視聴者への対策なんだろう。制作スタッフが女子供からの抗議を恐れているのか、どうも及び腰である。)

豪華な脇役が支えた名作

  『必殺仕置屋稼業』には他にも印象的なキャラクターが登場する。頼み人の仲介役を務める「おこう」もその一人だ。「おこう」役は中村玉緒が演じているんだけど、これが意外といい。若い頃の中村玉緒は初々しくて素晴らしい。オバタリアンになった現在の姿しか知らない高校生は、「えっっ~ ?! これが“あの”ダミ声で笑うオバはんなの ?」と驚くんじゃないか。(亡くなった勝新太郎が惚れたのも分かる気がする。それにしても、女優はバナナと同じく賞味期限切れが早いよなぁ。ただし、同級生と比べると段違いだから、一概に「劣化が激しい」とは言えまい。) ドラマの中で玉緒は上方訛りの髪結いを演じていて、それがとても良く板に附いている。新版の仕事人では和久井映見が「繋ぎ役」を演じていたけど、中村玉緒と比べれば明らかに「格」が違う。『必殺仕置人』では野川由美子が仕置人の仲間になっていて、彼女が演ずる「鉄砲玉のおぎん」がまたハマリ役というか、ドラマの中に自然と溶け込んでいた。粋のいい「おぎん」を演じる野川由美子は、まさしく江戸時代に生きていた江戸っ子みたい。度胸と愛嬌があって、啖呵を切れば立て板に水。役者はこうでなきゃ。観ていて気持ちががいい。

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(左: 主水に仕置きを依頼する「おこう」  / 右: 「鉄砲玉のおぎん」を演じる野川由美子 )

  市松とは対照的なのが、もう一人の仕置人である破戒僧の「印玄(いんげん)」だ。温厚そうな新克利(あたらし・かつとし)が演じていてたが、それでも結構似合っていた。 この「印玄」は生臭坊主で、女の裸が大好き。お経の読み方もいい加減。だが、殺しとなれば人格が違ってくる。その怪力を用いてターゲットを抱え上げ、屋根の上に連れ出すと、その背中を押して地面に突き落とすという具合だ。風呂釜に薪をくべる捨三と親しい印玄は、彼の代役を喜んで引き受けたりする。そんな殺し屋坊主は人情に厚かった。ある依頼で市松が「卯之吉」という若者を殺した時だ。彼の父である睦屋佐兵衛(むつみや・さへえ)は裏稼業の人間で、市松とも知り合いである。この佐兵衛は息子を殺した者全員に復讐したくて、仕置人を見つけ出そうとした。そこで佐兵衛は殺しを依頼した親子を探り出し、彼らを脅して仲介役が「おこう」であることを突き止めた。捕まったおこうは佐兵衛の手下により激しい拷問を受けてしまう。しかし、彼女は中々口を割ろうとはしない。

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(左: 「印玄」役の新克利  /  右: 「捨三」役の渡辺篤史)

  一方、おこうが捕まったことを知った主水は、捨三の風呂場でどうするか考えていた。主水の側では市松と印玄も頭を抱えていた。主水は、拷問に掛けられたおこうが地獄の責めに耐えきれず、仲間のことを喋るんじゃないか、と心配していた。そこで市松や印玄彼女をは助けよう、と提案する。だが、成功する見込みが無いと判断する主水は渋った。市松は侮蔑の眼差しで、てめぇの身が可愛いだけだろう、と主水を非難した。しかし、主水は顔が割れていないことを利点と考えている。自分が奉行所の内情を知る同心だから、お前達も安心して裏の稼業が出来るんだ、と反論した。こうした口論が交わされる間も、おこうへの拷問は続いていたのだ。

  佐兵衛とは旧知の仲である市松を怪しんだ主水は、市松が自分たちを売り渡すんじゃないかと疑り、印玄に市松を見張るように言い付けた。そして、場合によっては奴を殺(や)っちまえ、と命じていたのだ。案の定、佐兵衛は市松の前に現れ、命だけは勘弁してやるから仲間を教えろと迫った。それでも、佐兵衛の手下に囲まれた市松は、明言を避けながら、その場を上手く切り抜けることが出来た。遠くに隠れて一部始終を目撃していた印玄は、市松の後を追うも直ぐに見つかり、市松から「八丁堀の指図か? 」と尋ねられる。図星で戸惑う印玄。見透かされた印玄はお茶を濁すも、「俺はお前を信じている」と市松に伝えた。嘘が苦手の印玄は正直に語り、市松はあっさりとその場を去った。

  おこうを見棄てることが出来ない印玄は、風呂場で主水に「おこう救出」を告げ、もし失敗したら後を任せる、と言い残し、佐兵衛の屋敷に向かう。市松も印玄と同行し、天井からロープで吊されているおこうの前で、まず市松が佐兵衛に話をつけ、おこうの身代わりを申し出る。すると、一瞬の隙を突いて市松が手下の一人を竹串で刺す。佐兵衛たちがどよめいていた時、天井に隠れていた印玄がおこうのロープをたぐり寄せ、彼女を抱えて屋根から抜け出そうと図った。しかし、佐兵衛の手下が追ってくる。おこうを抱えた印玄は反撃できない。追っ手が匕首(あいくち)で印玄の脇腹を刺すが、それでも印玄は抵抗できず、おこうのロープを握って、下で待つ市松に渡そうとする。ゆっくりとおこうを下に降ろす間も、印玄は何度も腹を刺され血が吹き出る。やっと、彼女を市松に預けると、印玄は佐兵衛の手下を強引に捕まえ、一緒に地面へと落ちることにした。屋根から飛び降りた二人は即死。壮絶な死を遂げた印玄を前にして「印玄 !」ぶ市松。仕置人の無惨な最期を目にした市松の声が、やけに物悲しい。

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(左: 「おこう」を演じる中村玉緒 / 右: 絶命する印玄 )

  市松はやっとのことで「おこう」を主水のもとへと運ぶが、容赦無い拷問でおこうは虫の息だった。薄れ行く意識の中、顔面蒼白のおこうは主水に対し、「仕置人を辞めたらあきまへんで」と懇願する。主水に抱きかかえられたおこうは、死ぬ間際に初めてその恋心を打ち明けたのだ。彼女は密かに主水に心を寄せていた。仕置き料をコツコツと貯めていたのは、いつか主水と所帯を持ちたいと考えていたからだろう。佐兵衛に捕まる前、彼女は主水に「あんな女房と別れなさいな。私が面倒みるさいに」と冗談交じりで話していたことがある。主水と夫婦になりたいと願っていたおこうの気持ちがいじらしい。だが、その夢も現実の前では儚かった。おこうは主水の腕の中で絶命する。印玄が命懸けで助けたおこうが死んでしまうなんて。印玄の死は何だったのか、と言いたくなる。

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(左: 西尾三枝子  /  右: 大滝秀治)

  TVドラマの醍醐味は、練りに練られた脚本と中心的人物の活躍にあるが、脇を支える役者の存在も見逃せない。1970年代の必殺シリーズには、素晴らしい演技を披露する名脇役が揃っていた。『必殺仕置屋稼業』には、悪役が十八番(おはこ)となっている男優の今井健二が出ていたし、渋さが光る美川陽一郎、『あしたのジョー』で丹下段平の声優を務める藤岡重慶、ゴロツキを演じさせたらピカイチの石橋蓮司、『傷だらけの天使』で知られる岸田森などが登庸されていた。脇役がうまいと主役が栄えるし、ドラマ全体に締まりが出てくる。若い頃の大滝秀治もゲスト出演しており、彼の眼光は鋭く、悪徳商人が良く似合っていた。また、あの頃は女優陣も魅力的で、妖艶な西尾三枝子も出ていた。(今では、人気番組だった『サインはV』も忘却されたドラマだ。)

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(左: 佐藤慶  /  左: 今井健二)

      しかし、何と言っても嬉しいのは、『新・必殺仕置人』の最終回で有名な、佐藤慶がゲスト出演していたことだ。今から考えると、本当に豪華な俳優陣を起用していたんだなぁ、と感心する。NHKの大河ドラマなんかアイドル藝人の紹介番組みたいなもので、とても硬派な時代劇とは思えない。2017年のBS版『水戸黄門』では、武田鉄矢が水戸光圀役を務めるそうだが、こんなの東野英栄郎の頃を知っている視聴者からすればパロディーだ。江戸時代にタイムスリップした金八先生にした方がいいんじゃないか。いくら有名俳優だからといっても、「適材適所」っていうものがあるだろう。

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(左: 石橋蓮司  /  右: 岸田森)

市松の潤んだ瞳

  必殺シリーズには常連俳優も多く、津川雅彦もその一人だ。彼は『必殺仕置人』のみならず、『必殺仕置屋稼業』にも出演しており、市松の父親「市造」と仲間であった「鳶辰(とびたつ)」を演じたことがある。殺し屋稼業を営む鳶辰は市松にとって「伯父貴(オジキ)」みたいな存在で、時々彼の依頼で仕事を請け負うこともあったらしい。しかし、鳶辰は金の為に「市造」を裏切って死に至らしめた過去を持つ。そして、再び彼は配下の殺し屋「源次」を罠に掛け、彼を死に追いやってしまった。つまり、鳶辰は殺す相手に源次が来ることを事前に知らせ、その代わりに大金を頂いていたのである。このカラクリを知った市松は愕然とする。足を洗ったはずの源次は市松の親友であったからだ。源次の女房「おみつ」は、主水たちに恨みを晴らしてくれるよう頼む。仕置きの依頼を知った市松は、「なぜ俺に頼まねぇんだ」と彼女に問い掛けるが、おみつは市松にも足を洗って欲しかった、と告白する。ところが、そのおみつも亭主の位牌を前にして自害してしまうのだ。

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(左: 折り鶴附の竹串が首に刺さった「鳶辰」を演じる津川雅彦  /  右: 鳶辰を殺した直後の市松)

  頼み料をおこうからもらった主水と印玄は、鳶辰を仕置きに掛けるが、その死んだ「鳶辰」は影武者だった。主水の前に現れた本物の鳶辰は拳銃を持っている。主水危うし。捨三が主水の前に立って守ろうとするが、鳶辰は「無駄だ」と言い放つ。ところが、主水に狙いをつける鳶辰に背後から折り鶴が飛んできた。市松が竹串に折り紙を結びつけて、遠くから投げていたのだ。鳶辰の首に刺さった竹串と、その流れ出る血を吸って赤くなる折り鶴は印象的だった。市松は伯父と慕う鳶辰を、自ら手に掛けて殺してしまったのだ。市松にとっては父と親友の仇討ちになるはずだが、どこからともなく悲しみが込み上がってくる。

  鳶辰を殺した市松は、無言のまま竹藪の中に消えて行く。命拾いした主水は、市松を追いかけ感謝を述べた。ところが、主水に背を向ける市松の目には、うっすらと涙にならぬ涙が浮かび、彼の瞳は潤んでいた。いくら悪人とはいえ、鳶辰は市松にとって肉親のような存在である。胸が張り裂けるほど辛い。しかし、主水に振り向く市松は、仕置人の顔に戻っていた。市松は主水にカネを要求する。主水は「おこうからお前の分はもらっちゃいねぇんだ」と伝えるが、市松は「そんなこと、俺の知ったことじゃねぇ」と突っぱねた。主水は絶体絶命のピンチを救ってくれた市松に「嫌」とは言えない。そこで渋々、仕置料の二両を手渡す。小判を摑んだ市松は、「二両か。安い命だな」とせせら笑う。「何を !!」と怒る主水だが、市松はさらりと受け流す。また危ない時があったら助けてやる、と傲慢な態度を示すから、主水や捨三も頭にくる。だが、市松は気にせず、夜の闇に消えて行く。

  このシーンを演じる沖雅也の表情が実にいい。主水たちには涙を見せず、プロの「仕置人」として“ちゃっかり”と料金を請求するんだから大したものだ。観ている者にも冷徹なプロ意識が伝わってくる。だが、市松には冷酷な殺し屋という裏の顔がある一方で、子供と戯れる時の心優しい青年という一面もある。彼が竹とんぼを子供たちに作ってやって、一緒に遊ぶ姿は微笑ましい。闇夜に潜む仕置人の面影すら無いのだ。もしかしたら、悪人と善人を兼ね備えるところに市松の魅力があるのかも知れない。

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(左: 市松を演じる沖雅也  /  右: 最終回で左遷される中村主水)

  それにしても、他の凡庸な俳優だと、市松が口にするセリフは似合わない。沖雅也演ずる市松が述べるからこそ“自然”に聞こえるのだ。日本では「能無し藝人」でも、「二枚目」とか「可愛い」という理由で「タレント」なる英語で呼ばれたりする。所属事務所の「力」で俳優としてデビューできるが、本当に能力や特技があるのか定かではない。しかし、沖雅也には本当にキラリと光る才能があった。彼の演技は天性のものだろう。市松の喋り方とか表情は、練習で表現できるものではない。平成の男優に彼のような人物がいるのか? 筆者は藝能界に詳しくないから断定できないが、その数はたぶん多くはないだろう。とにかく、仕置きを行う時の市松は素晴らしい。光と影のコントラストを重視する必殺シリーズの撮影技法には惚れ惚れする。暗闇から浮き出た市松の顔が、ほのかな光に照らされて、これまた美しい。市松が鋭く磨いた竹串を悪党の首筋に、素早く的確に“ブス”っと刺す瞬間など最高だ。派手な斬り合いより、この方が妙にリアリティーがある。

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(左: 「やいとや又右衛門」 を演じた大出俊 /  右: 「念仏の鉄」を演じた山崎努)

  「昔は良かった」と愚痴をこぼすのは嫌だけど、昭和40年代から50年代にかけてのTVドラマには、制作者の意気込みと気魄が滲み出ていた。もちろん、視聴率を無視していた訳ではないが、それ以上に「良い作品」を世に出そうと必死だったのだろう。『必殺仕置屋稼業』のカット割りとか撮影テクニックに目を凝らすと、まるで映画を一本観ているような気がする。たぶん、監督や脚本家を始めとする制作スタッフが努力を惜しまず、真剣に取り組んでいたからだろう。現在のTV用時代劇だと、作り手が「低予算だからねぇ」とか「事務所のゴリ押し役者がいるからさ」という言い訳を設けて、不甲斐ないドラマの正当化を図っている。こんな下らないドラマなんか、DVD化して一体どれだけの人が観るのだろか? 1970年代の必殺仕置人は何度も再放送され、今でも根強いファンを持っている。人気の高い山崎努や大出俊、緒形拳などの演技は、今でも観賞に耐えうるし、まったく色褪せてない。近い将来、必殺シリーズが復活するかも知れないが、もう感動するような役者は採用されないだろう。もしかしたら、ジャニーズ事務所の若手俳優が登用されたりして・・・。そうなれば、「仕事人」という番組自体が視聴者からそっぽを向かれ、局の重役が闇に葬ってしまうかも。だって、テレビ局の社長は「大鉈(おおなた)をふるう」という必殺技を持っているからね。




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松田優作が日本人になった日/ 帰化朝鮮人の秘めた喜び

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支那人と朝鮮人が隠したい暗い過去が明らかになる !
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私生児として生まれた日鮮混血児

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  前回、『傷だらけの天使』を取り上げ、主人公の二人が在日鮮人の設定だった事について述べたが、現実の世界には朝鮮系のヒーローがいた。今は亡き松田優作である。ハリウッド映画の『ブラック・レイン』に出演し、外国人からも讃美される名優となったものの、癌に体を蝕まれて、惜しまれつつ息を引き取ってしまう。享年40。その若すぎる死は多くのファンを哀しませた。まるで、ギリシア神話に出てくるイカルス(Ikaros)のようだ。迷宮を創ったダエダロス(Daidalos)の息子イカルスは、蠟(ロウ)で固めた翼を身にまとい、天空を自由に飛び回ったが、太陽に近づいたせいて、翼が溶けて地上に堕ちてしまう。優作も星(スター)に近づきすぎたのか、もう少しで世界的名声を掴めたのに、不治の病で還らぬ人となってしまった。天は彼に比類無き才能を与えたが、残酷にも途中で奪ってしまったのである。

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(左:  イカロスの絵画  /  右:  「探偵物語」でベスパーに乗る松田優作)

  優作は栄光の断崖を自らの手で登り、爪で岩を突き刺すように、独力で頂上を目指した。世の中には親の七光りで藝能界にデビューする者は多いが、そんな奴が得る名声など、ホタルの光にも及ぶまい。高島忠夫のダメ息子二人や緒形拳の倅である緒形直人、尾上菊五郎と富士純子の間にできた娘の寺島しのぶ、スティーヴン・シガールの娘という触れ込みで脚光を浴びた藤谷文子など、親が有名人というだけで直ぐドラマに採用され、ちょいと目立つ役がもらえたりする。緒形直人なんて半人前のくせに、NHKの大河ドラマで即“大役”につけてもらえた。こんな若造の織田信長なんて“ちゃんちゃら”可笑しい。オヤジの威光がどれ程のものか、誰にでも分かるだろう。元文部官僚の寺脇研が寺島を持ち上げていたけど、彼女に色気や魅力は感じないし、頑張って「大女優」を演じているのが見え透いているから、観ている方が恥ずかしくなってしまう。この赤い役人は日本の教育をメチャクチャニしたのに、大学に天下って映画評論家を気取っているんだから、豆腐でも顔に投げつけたくなる。

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(左: 高島兄弟  / 中央: 緒形直人 / 右: 寺島しのぶ )


  親が有名でも一人前になった俳優を挙げるとすれば、阪東妻三郎の三男である田村正和くらいかなぁ。長兄と共演した『乾いて候』では妖艶な侍を演じ、『くれない族の叛乱』では大原麗子を相手に、ハンサムな上司を熱演していた。水商売のお姉ちゃん達が“うっとり”したのも分かる。茶の間の奥様たちも、職場の上司や自宅の亭主を横目で見て、「あんな二枚目がそばにいたらねぇ」と溜息をついていた。ただし、阪妻さんに一番顔が似ているのは長男の高廣さんじゃないか。あとは、四代目澤村國太郎の息子である津川雅彦だろう。徳川家康などを演じる時代劇で、ちらりと見せる津川さんの「睨み」は一級だし、『必殺仕掛人』に出演した時など、女を騙してその膏血を啜る悪人役が実にうまかった。優作の次男である翔太にそこまでは要求しないけど、彼の演技を観ていると、もう少し下積みを重ねてからデビューすればいいのに、とつい思ってしまう。まぁ、優作の息子だから、すぐに配役のオファーが来たんだろう。それにしても、長男の龍平は若い時の優作に生き写しだ。彼が無気力で冷たい表情を取った時、優作の顔がその奥から浮かんでくるんだから。確か、龍平がNHKドラマ『ハゲタカ』に出演していた頃だと思うけど、売れない頃の優作を観ているような気になってしまった。優作の肉体は滅んだけど、子供に受け継がれているんだから、多少なりとも悲しみが和らいでくる。

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(左: 田村正和  / 津川雅彦  /  松田龍平 /   右: 松田翔太)

  人気俳優だったから多くの友人を持っていたのは当然だろうが、優作がまだ文学座にいた頃に、女優の桃井かおりや阿川泰子と知り合ったのは偶然の巡り合わせだろう。残念ながら、阿川泰子は女優として成功しなかったが、その後、ジャズ歌手に転向して人気が出たんだから幸運だ。優作が亡くなるちょっと前、古舘伊知郎と阿川氏の番組『オシャレ30・30』に優作が出演し、ファンは彼女と会話する優作の私的な一面を目にすることができた。今では彼女をテレビで見かけないけど、当時は魅力的な美人歌手だった。個人的な感想を述べれば、彼女はジャズの名曲「When the World Tuns Blue」をカバーしていて、アメリカ人シンガーとは違った味わいを出していたけど、これが結構いい。また、阿川氏が番組の最後にペギー・リー(Peggy Lee)の「黄金の耳飾り(Golden Earring)」を歌った時は、とても嬉しく懐かしさが込み上げてきた。今の若い人はペギー・リーの名前を聞いてもピンとこないだろうけど、ジャズ・シンガー界では誰でも知っている大物スターである。私的な話だけど、学生時代に(今は無い)「レコード・レンタル」店でメタル・バンドの「ハロウィーン」とペギーのアルバムを借りたことがある。その時、いつもは寡黙な店長が「お客さん、珍しいかたですね!」と驚いていた。たぶん、こんな組み合わせをする客が他にいなかったのか、あるいはペギーのレコードを借りる人が少なかったのか、理由は分からなかったけど、照れ笑いをするしかなかったのを覚えている。

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(左: 阿川泰子  / 中央: 桃井かおり  /  右: ペギー・リー )

  話を戻すと、優作は女性を前にすれば紳士的だったけど、男に対しては暴力を加えることが頻繁にあったらしい。香川照之の回想によれば、『太陽に吠えろ!』に出演していた時の優作はかなり乱暴だったという。ボス(石原裕次郎)と山さん(露口茂)を除いて、みんなを“ド突いた”ことがあったそうだ。「えっっえ!! じゃあゴリさん(竜雷太)も?」と推測してしまうが、真相はゴリさんに訊くしかかない。でも、さすがに長さん(下山辰平)だけは殴らないだろう。香川の噂話は誇張されていたのかも知れない。しかし、激怒した優作が恐ろしかった事だけは、現場を知らない第三者にも想像できる。ボクサーのように鍛えた体から繰り出されるパンチやキックは凄かった。まぁ、格闘家のイゴール・ボブチャンチンやセーム・シュルトには及ばないだろうが、それなりの破壊力はあったはずだ。ちなみに、ボブチャンチンと対戦した桜庭和志によると、このロシア人から放たれるパンチは特別で、あたかもレンガで殴られているように重かった、そうである。確かに、痛そうだ。ロシアには怪物が多いから、日本人の格闘家が対戦を挑むのは自殺行為である。セルゲイ・ハリトーノフなんか見方を変えれば兇悪殺人犯だよね。

  まだ売れていない頃でも、優作の演技は際立っていた。例えば、以前このブログでも紹介した『大都会/闘いの日々』に、優作はゲスト出演を果たしていたのである。第四話「協力者」で、優作は警察に協力する“たれ込み屋”の弟、松宮次郎を演じていた。松宮は小坪組に属するヤクザで、チクリ屋だった兄貴が殺されたことで、渡哲也扮する刑事たちを恨んでいた。彼は平尾というヤクザが兄を殺害した犯人だと決めつけ、ドスを持って平尾が遊んでいるナイト・クラブに忍び込む。松宮は吐血するくらい病に冒されており、捨て身で兄の敵を討とうとしたのだ。当然、復讐を達成した次郎は警官に逮捕されてしまう。しかし、警察署で取り調べを受けていると、刑事から誤認殺人だと聞かされてしまう。兄はヤクザ仲間ではなく、通りすがりの大学生に殺された事を知り、次郎は愕然とする。最後に、彼はいつも掛けているサングラスをおもむろに外した。すると、彼の左目が皮膚で被さっている。ドラマの中では、何が原因でこうなったのかの説明は無い。ただ、次郎はこの醜い眼を隠すため、いつもサングラスを手放さず、情婦と寝ている時でさえ、決してサングラスを外さなかったのだ。こうした暗い過去を秘めるキャラクターを演じる時の優作は群を抜いている。

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(左: 「大都会」に出演していた頃の優作  /  右: 撮影所で小林麻美と鹿賀丈史の二人一緒の優作)

  TVドラマで異彩を放つ俳優であったが、やはり銀幕に現れる優作の方がいい。今でも根強い人気を誇る『野獣死べし』は独特の薫りを放つ。共演者も中々のものだった。厳しく言ってしまうと、小林麻美は大根役者だったが、クラッシック音楽を愛する伊達邦彦(優作)の相手役として最適だったし、清楚な雰囲気を醸し出す華田令子が良く似合っていた。他に候補者がいたのかも知れないが、大きな瞳が印象的だった小林麻美で正解だったんじゃないか。やはり、映画の中で殺される悲劇のヒロインは、可憐な美人じゃないと衝撃にならない。いくら若くても泉ピン子や岸本加世子じゃ厭だよなぁ。会社員という設定の華田は、社長に頼まれたアルバムを買うためにレコード店を訪れ、そこで偶然にも伊達と鉢合わせとなる。予期せぬ出逢いのシーンは、スラリとした美女だから「絵」になる。真夏の肉まんみたいな醜女だと、気づかれぬよう店を出たくなるじゃないか。この静かなシーンで伊達は刑事の柏木秀行(室田日出男)に尾行されていることを察知し、背後に男がいることを確認するんだけど、まるで背中に眼がついているかのように、“ちらっ”と表情を変えるんだよねぇ。優作はこういった微妙な仕草になると、実にうまい演技をするから凄い。みんなが虜(とりこ)となる所以(ゆえん)である。

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(左: 小林麻美  /  右室田日出男)

  『野獣死すべし』には良質な役者が出ていて、若き日の鹿賀丈史がウェイター役の真田徹夫として登場し、伊達の子分になってしまう。真田と一緒に東洋銀行を襲撃した伊達は、たまたま行内にいた華田に再会し、そぉ~っと彼女に顔を明かす。幽霊のような表情を浮かべたこの強盗は、躊躇無く彼女を殺してしまうのだ。優作が純情な女を殺してしまう時に見せる表情は、観ている者の心臓を凍らせるほど冷たく鋭い。そして、後世に残る名場面で披露する演技が絶品だ。深夜に運行する列車の中で、柏木刑事を前にする伊達の狂気は異次元の世界に属している。「リップヴァン・ウィンクル」の話をする時の優作は、完璧なまでに戦場カメラマンの伊達と融合していたのだ。あの虚ろで異常性に満ちた眼差しは、役者魂に徹した優作にしかできない。また、ロシアン・ルーレットで脅された室田日出男の表情も一級品だった。共に優秀な俳優じゃないと、あのような緊張感は成立しないだろう。たとえ優作が一流でも、相手役が二流じゃ話にならない。大手事務所からねじ込まれた素人役者を登庸して、適当なドラマを乱造しているフジテレビは恥を知れ。今のTV演劇は大人の客では絶えられない。素人同然の小娘が主役を張ったり、与えられた台本を棒読みするだけの小僧など、観る価値すら無いだろう。いかにも「演技派」を気取っているが、その実態は「学芸会」程度の“ままごと”で、子役の方がベテラン俳優に見えてくる。したがって、とてもお客様に観て頂ける代物じゃないから、無料の田舎芝居として放送しているんだろう。

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(左: 真田役の鹿賀丈史  / 右: 伊達役の優作 )

  優作の代表作といったら、TVドラマの『探偵物語』を挙げる人が多いけど、やっぱり「遊戯」シリーズ三部作だろう。第一弾の『最も危険な遊戯』に続いて、第二作目の『殺人遊戯』、そして最後の『処刑遊戯』となっていた。この中では、シリーズ化の切っ掛けとなった『最も危険な遊戯』が一番なんじゃないか。予想外のヒットになったのもうなづける。共演者も良かった。主人公の鳴海昌平(優作)を雇う会長の小日向兵衛に、重厚な演技で知られる内田朝雄を当てていたし、ちょっと演技力が足りないけど、犯罪者の居郷に囲われる情婦、「杏子(きようこ)」を演じていた田坂圭子が意外と役に嵌まっていて良かった。ただ、いきなり強姦した鳴海に惚れるのか、と突っ込みたくなるが、そこは野暮だから考えないことにする。それでも、半裸でワイシャツを着たまま、手料理を作る必然性があるのかなぁ、と思ってしまう。たぶん、脚本家の丸山昇一が憧れたシーンなんだろうけど、大胆に裸を披露する田坂は魅力的だった。

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(写真  / 人質にされた杏子役の田坂圭子)

  それはともかく、映画の後半で面白かったのは、彼女が悪徳警官に捕まり、車で連れ去られてしまう場面だ。悲鳴を上げて連れ去られる杏子を鳴海は走って追いかける。「そんな、いくらなんでもクルマの方が早いだろう」と反論してはいけない。冷静にかんがえれば滑稽だけど、真剣に見入ってしまうのは、鳴海が杏子を邪険にしていても、心の何処かで愛していたからだ。鳴海は半裸でベッドに入ってきた彼女を抱こうともせず、冷たく突き放していたのに、いざ悪党に攫われると無我夢中で追いかけようとするんだから、結構情が深い。映画では大追跡の末に、鳴海が44マグナムで運転手を撃ち、最終的に拉致犯どもを皆殺しにする。杏子の命を救った鳴海だが、波止場で彼女に別れを告げ、無言のまま離れようとする。ところが、不意に引き返して彼女の唇を奪ってしまう。こうした二人の濃厚なキスシーンが、いかにもハード・ボイルド作品といった香りを漂わせている。

  第一作と比べると、『殺人遊戯』と『処刑遊戯』は質的に劣った感じがする。脚本家が替わり、斬新なストーリー展開も無かったから、ちょっとがっかりな作品となってしまった。それでも、共演者が粒ぞろいだったから注目に値する。『殺人遊戯』には、「津山美沙子」役で中島ゆたかが出ていたし、名優の佐藤慶が「勝田省一」役を演じていた。中島ゆたかは妖艶な女優で、クセのある悪女を演じれば右に出る者はいないんじゃないか。どこか冷たい一面を持ち、男に対して情熱的に迫るが、その奥底に別の顔を隠している。しかし、大抵の男なら、こうした美女に弱い。裏切られても離れられない女、といった感じ。世の奥様たちは「男って単純なんだから」と呆れてしまうが、男女の仲が合理的になってしまうと、社会でお金が循環しなくなって、企業や政府が困っちゃうから大目に見てもらいたい。ケインズ卿がいくら有効需要の喚起を主張しても、公共投資には限界があるから、男性がスケベ心を発揮して、恋愛のために大金を使ってもらうのが一番。だって、役人が勝手に税金を浪費するより、国民一人一人がクラブやキャバレーでパァ~と財布を解放する方がいいじゃないか。それに、愚かな恋愛があるから文学作品が誕生するのだ。漬け物石みたいな女房に抑圧されている亭主じゃ主役にならない。だいいち、日本経済の支柱となる中年男性に活力が湧かないし、生活に張りが無くなって寿命が短くなる。例えば、会社に綺麗な女の子がいると、朝早くから出勤したくなるじゃないか。ナマズみたいな「お局」様じゃあ、気が滅入ってくる。批判があると思うけど、ちょっとした浮気心は人生のスバイスだ。

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(左: 中島ゆたか   /   右: リリィ)

  第三作目の『処刑遊戯』は脚本がいまイチなのか、好き嫌いの評価が分かれてしまう。しかし、「叶直子」を演じたリリィが歌う「NAOKOのテーマ」は素晴らしかった。「ルパン三世」で音楽を担当した大野雄二が、挿入歌を作っていたから当然なのかも知れない。この曲には哀愁漂うメロディーにリリィのハスキー・ヴォイスが織り込まれていた。出来る事なら大野氏がピアノを弾く姿を観たかった。とにかく心に残るの名曲であることは確かだ。現在の映画で使われる楽曲には詳しくないので何とも言えないが、昔の邦画には「大人向け」の挿入歌が多かった。例えば、『化石の曠野』で挿入された主題歌を実力派の「しばたはつみ」が歌っていたし、『キャバレー』ではフィリピン人のマリーン(Marlene)がジャズの名曲「レフト・アローン(Left Alone)」を歌っていたのだ。このナンバーはマル・ウォルドロン(Mal Waldron)が作曲し、ビリー・ホリデー(Billie Holiday)が歌っていたことで有名な曲であるが、マリーンが歌う「レフト・アローン」はそれに劣らず素晴らしかった。最近だと往年のスターを懐かしむ歌番組も多くなってきて、筆者もエリック・クラプトンの「クリーム」再結成や、キッスのコンサートを楽しんだことがある。日本のテレビ局もナツメロ番組を流しているが、マリーンやジュリー・ロンドン(Julie London)なんかは取り上げられず、完全に無視。ジュリー・ロンドンが歌う「クライ・ミー・ア・リヴァー(Cry Me a River)」などは心に沁みる逸品なんだけど、地上波や衛星局のプロデューサーは鈍感だから気がつかないんだろう。

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(左: マリーン  / 中央: ビリー・ホリデー  /   右: ジュリー・ロンドン)

日本人になって喜んだ名優

  優作を語るうえで避けられないのは彼の出自である。伝記によれば、父親は日本人であったというが、優作は父の顔を知らず、母のもとで育ったそうだ。彼の母親は在日朝鮮人で、自宅の一階で雑貨店を営みながら、二階を娼婦に貸して収入を得ていたらしい。どおりで優作が普通の家庭を知らず、家庭の団欒に縁が無かった訳である。後に、ホーム・ドラマに出演する優作が戸惑ったのも分かるような気がする。不倫の結果として生まれた「金優作」にとったら、父親と母親が笑みを浮かべて食事をするなんて、夢というか想像すらできない光景だ。温かい家族を体験しなかった優作が、役作りに苦労したのも当然だろう。しかし、そうした逆境を克服し、自らの野望を叶えたのだから、優作は立派だった。

  ちなみに、優作は「朴李蘭(ぼく・りらん)」というペンネームで演劇活動をしていたそうだ。1980年代の後半、優作は実名を出さずに、この筆名で演出やプロデュースを行っていたという。「朴李蘭」というのは、当時大人気だったミュージシャンのボブ・ディラン(Bob Dylan)をもじった名前であるらしい。でも悲しいのは、ボブ・ディランも素性を隠すユダヤ人であった事実である。彼の本名は「ロバート・アレン・ジンマーマン(Robert Allen Zimmerman)」で、カーク・ダグラス(Kirk Douglas / 本名イサー・ダニエロヴィッチIssur Danielovitch)やトニー・カーチス(Tony Curtis / 本名Bernard Schwartzベルナルド・シュワルツ)、ジーン・ワイルダー(Gene Wilder / 本名ジェローム・シルヴァーマンJerome Silverman)と同じ改名ユダヤ人であった。優作がどこまで把握していたのかは不明だが、もしディランたちの苦悩を知ったら何と思ったのか。

Bob Dylan 2Kirk Douglas 1Tony Curtis 1Gene Wilder 1







(左: ボブ・ディラン  /  カーク・ダグラス  /   トニー・カーチス  /  右: ジーン・ワイルダー )

  映画では強靱な肉体と不屈の精神を持つヒーローを演じていたが、私生活では人に見せない“脆い”一面を持っていた。最初の夫人である松田美智子さんによれば、優作は日本国籍が欲しくて彼女に「お前の家の養子にしてくれ」と頼んだそうだ。というのも、『太陽に吠えろ!』で人気役者となった優作は、在日朝鮮人という身分を変えたかったのである。朝鮮人という正体がバレれば、世間から色眼鏡で見られるし、どんな差別に合うか分からない。当時、在日鮮人が日本国籍を取得しようとすれば、面倒な手続きが待っていた。厖大な量の書類を提出しなければならなかったし、「どうして日本人になりたいのか」という理由を述べねばならなかったからだ。優作はこの「動機」を書くために最も多くの時間を費やしたそうだ。そこで、優作は大人から子供までが楽しむ『太陽に吠えろ!』に出演しているので、もし、自分が在日朝鮮人だと露見すれば、みんなが失望するでしょう、と書いていたらしい。特に、子供のたちの夢を打ち砕いてしまうことを懸念したそうだ。

  在日朝鮮人という系譜は名優の背中に重くのしかかっていた。優作は結婚する前から美智子夫人にさえ自分の素性を隠していたそうで、「本当のことを知れば、お前は必ず俺から逃げて行くだろう」と何度も語っていたそうだ。そして、彼女に対し「何事であろうとも、俺を信じ、全てを受け容れてくれるのか」と尋ねていたというから、相当悩んでいたのだろう。優作は美智子夫人が素性を知りながらも別れなかったことを告白されると、「知っていて、それでも、一緒にいてくれたのか」と涙ぐんだらしい。何度も何度も「ありがとう」を繰り返す優作の姿を想像すると、赤の他人であっても胸が締め付けられる。世間に出回る「優作伝説」は色々あるけれど、虚勢を張る朝鮮人ではない、素直に感謝する優作が本当の「優作」なんじゃないか。

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  松田優作の伝記を書く評論家たちは、彼の苦悩を利用して朝鮮人嫌いの日本人を糾弾する。しかし、彼らは優作を利用しているだけで、都合良く実像を歪めていたるだけだ。「日本人を恨む在日の英雄」を作り上げることが彼らの目的なんだろう。巷には色々な「豪快伝」があるけれど、筆者には惚れた女に自分の弱さを見せる優作の方が真実に近いと思えてならない。それに、朝鮮人の私生児という暗い過去を秘めながら、舞台での夢を追い続ける若者だから、優作は偉大になれたのだろう。もしも、大財閥の御曹司として順風満帆の青春を送り、お坊ちゃんの気紛れで役者を目指していたら、平凡な下っ端男優で終わっていたかも知れない。「何としても這い上がってやる!」というハングリー精神があったらこそ、異常なまでの役作りに集中できたんじゃないか。常に完璧さを追求した役者だから、後々まで語り継がれる作品を遺せたのだ。妥協を許さない徹底ぶりは優作の信念から由来するのだろう。気の弛んだ共演者がいると激怒したのは、至高の藝術を分かっていない素人を赦せなかったからだ。研ぎ澄まされた感性を持つ優作は、自分に共鳴しない馬鹿と一緒に仕事をしたくなかったのだろう。

  現在の在日朝鮮人は帰化を簡単に考えるが、以前の朝鮮人には一大決心だった。女郎屋で過ごした外人少年が有名俳優になって、念願の日本国籍を取得できたのは、祝福すべき決断じゃないのか。左翼評論家は在日鮮人への差別に凝り固まる日本人を非難するが、1970年代に帰化した朝鮮人にしたら、ようやく恥ずかしい国籍から解放された、と心の底で嬉しかったに違いない。在日鮮人として生まれた子供は精神が捻れてしまう事が多い。両親や祖父母が朝鮮人でも、内面は日本人みたいになっているから、心が祖国と異国との板挟みになってしまう。それに、たとえ南鮮へ戻っても「半日本人」と蔑まれるし、朝鮮語が拙いから同胞との会話も楽しくない。さらに、朝鮮の風景を目にしたって、ちっとも故郷とは思えないし、惨めな生活に甘んずる賤民を「仲間」と思いたくないのも当然だ。優作は母親が作ってくれた朝鮮漬けを好んで食べていたというが、果たして彼は朝鮮文化を尊重し、その中に溶け込もうとしたのか甚だ疑問である。優作が朝鮮人という出自を恥じたのは、皮膚感覚で朝鮮人の“穢らわしさ”を実感していたからだろう。誇り高い優作が乞食より惨めな朝鮮人を「身内」とみなしただろうか。理不尽な差別を受けた者同士という感情はあっただろうが、積極的な「朝鮮人意識」というものは無かったんじゃないか。大抵の在日鮮人だと、口では朝鮮文化を褒めても、朝鮮半島に戻ろうとはしないはずだ。日本国籍を取得するということは、忌まわしい朝鮮の同胞と手を切るという手段である。在日朝鮮人や朝鮮系国民はこれに反撥するだろうが、「それなら日本国籍を捨てて、南鮮国籍を取得しろ」と言いたい。たぶん、彼らは激怒しながらも日本にしがみつくだろう。

  朝鮮人は日本人になれてもハリウッド・スターにはなれない。優作のファンは『ブラック・レイン』を賞讃し、監督のリドリー・スコット(Ridley Scott)も優作の演技に度肝を抜かれたというが、それはごく限られた人々の感想だ。なるほど、劇中で優作が見せる佐藤浩史の狂気には迫力がある。冷酷非情なヤクザを演じる優作は、主役のマイケル・ダグラスを凌駕していたから、どちらが主役なのか分からない。強烈な印象を観客の目に焼き付けたのは確かだ。しかし、一抹の不安が残る。果たしてハリウッドに進出した優作は、自分の立場に満足できただろうか。事実、『ブラック・レイン』はヒットしたから、優作に様々なオファーが殺到したはずだ。しかし、どの役柄も佐藤と似たり寄ったりで、「不気味な東洋人」といったイメージを拭うのは容易なことではない。「遊戯」シリーズを終えた頃の優作は、アクション映画の出演に飽きており、もっと人間性を掘り下げた作品を求めていた。だから、森田監督の『家族ゲーム』や夏目漱石の小説を映画化した『それから』、有島武郎役の『華の乱』に出演していたのである。そんな優作がハリウッドから提供されるクライム・アクション映画を再び引き受けるのか。

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(写真  /  「ブラック・レイン」での松田優作)

  日本のマスコミは渡辺謙や真田広之がハリウッド俳優になったとはしゃいでいたが、アメリカでは一般の認知度が低く、彼らの顔写真を見せても「誰、この人?」といった反応が普通である。アジア人俳優なんかどれも同じで、西歐系アメリカ人にとって魅力が無い。だから、どの東洋人が「アジア枠」の役についても異論は無いし、途中で役者が交替したって気づかないのである。おそらく、敏感な優作だから、ハリウッドからの侮辱に耐えられないだろう。「アジア系俳優」に分類された優作には、恋愛映画の主人公とか、推理サスペンスの探偵役なんて回ってこない。そもそも、優作には役をこなせるだけの英語力が身についていないから最初から無理な話だ。たとえ、猛烈なレッスンを受けて、ある程度の英語を話せたとしても、ネイティヴが耳にしたら全然ダメで、英語の字幕が必要になってしまう。優作なら言葉の壁にぶつかっても歯を食いしばって頑張ろうとするが、周囲の友人や家族には辛い結果となるはずだ。たぶん、こうした苦難を見かねた日本の監督や脚本家が優作に企画を持ち込み、御機嫌を取りながら日本に連れ戻すだろう。優作は渋るだろうが、彼にとってはその方がいい。

  役者の優作にとって日本とは単なる仕事場ではない。彼を愛し喝采を送るのが日本人なら、そのファンを最も必要とするのは優作である。確かに、有名俳優だから朝鮮人ファンも大勢いるだろう。しかし、優作をトップ・スターに押し上げ、永遠に輝かせるのは日本人である。というより、日本人なかりせば、優作の名声は無かった。絢爛で豊かな文化を持つ日本人がファンになったからこそ、潜在能力を秘めた優作が光ったのだ。もし、彼が朝鮮で生まれ育ち、そのファンが支那人や朝鮮人、フィリピン人、タイ人、マレー人ばかりだったら、アジア大陸で“チヤホヤ”されるだけの田舎役者で終わっていただろう。俳優にとって、誰が支持者になるかは重要だ。ハリウッド・スターを見たって分かるじゃないか。黒人男優のウィル・スミスは人気者だけど、主なファン層はアフリカ系アメリカ人だ。したがって、彼に対する白人層の反応はイマイチだし、日本でも憧れのスターではない。ユダヤ系俳優だって米国で有名になるから嬉しいのであって、いくらイスラエルで人気者になったからとて、その名声は限定されたものになってしまう。多民族地域となったヨーロッパでも人気者になれるとは限らない。

イ・ビョンホン2John Lone 1Mickey Rourke 1Julia Nickson 2








(左: イ・ビョンホン  / ジョン・ローン / ミッキー・ローク / 右: ジュリア・ニクソン )

  ハリウッドに進出したアジア系俳優の末路は悲惨なものだ。例えば、朝鮮人のイ・ビョンホンは『G.I.ジョー』に出演したけど、未だにスターにはなれないし、支那系女優のルシー・リュー(Lucy Liu)は『チャーリーズ・エンジェル』に抜擢されたがセクシー女優とは見なされなかった。彼女がTVドラマの『エレメンタリー』でワトソン役をこなしても、それが白人層に好評だとは聞いたことがない。(ただし、アジア系への偽善的な賞讃ならある。) 昔、ミッキー・ローク主演の『イヤー・オブ・ドラゴン』では、支那系俳優のジョン・ローン(John Lone)が話題になったけど、そのあとはどうなったのか分からないし、アメリカ白人が「名優」として彼の名を挙げることはまずないだろう。共演者の日系女優アドリアネ・コイズミは完全に忘れ去られているし、『ランボー / 怒りの脱出』で有名になったジュリア・ニクソン(Julia Nickson)も、「今どうなっているのか?」なんて誰も気にしていないじゃないか。(TVドラマの『ヒーローズ』に出ていた日系俳優のマシ・オカとか、『アロー』に出ていた福島リラはどうなったんだろう?) ハリウッドに拠点を移した優作だって、これらのアジア系役者と同じ運命を辿ったはずだ。言葉の通じない異民族より、根強いファンがいる日本の方がどれほど有り難いことか。日本人俳優がハリウッドに進出すると、マスコミは格上の俳優として祭り上げるが、案外、米国に暮らす「和風ハリウッド・スター」は日本を懐かしんでいるのかもよ。

Ariane Koizumi 1Lucy Liu 1Masi Oka 1Fukushima Rila 1








(左: アドリアネ・コイズミ  / ルシー。リュー  / マシ・オカ   /  右: 福島リラ )

  優作は幅広い役柄を欲していたが、一般の観客は依然として冷徹な凄腕スナイパーとか、タフで陽気な刑事とかを望んでいたのだ。皮のジャケットを羽織り、長い脚にブーツを穿き、サングラスを掛けた優作が一番格好良い。「遊戯」シリーズの鳴海を演じられるのは、優作しかいないだろう。あの存在感は圧倒的で、他の男優が挑戦しても無理だ。片手でスミス&ウェッソンの44マグナム(しかも8インチの銃身)を撃つのは非現実的で呆れてしまうけど、それでもサマになっているんだからすごい。しかも、彼の走る姿が独特だ。すらりとした細い脚に、“しなやかな”身のこなし。撮影スタッフだって見とれてしまうだろう。ショーケンも『太陽に吠えろ!』で走ったけど、やはり何かが違う。それに、『探偵物語』で名優の成田三樹夫と絡んだけれど、ああしたコミカルな一面を出しながらシリアスな側面を表現できる俳優はそう多くない。優作が人々の記憶に残ったのは、『蘇える金狼』で見せた、銃撃戦のようなシーンや、鍛え抜かれた筋肉をもつ野心家を見事に演じきったこと、吸い込まれるような表情と軽快でも重厚な喋り方があったからだ。もし、ホーム・ドラマで平凡なオヤジを演じたり、ほのぼのとした夫婦を演じたら、優作の魅力は一向に出てこないだろう。たとえ、優作が熱心に文学青年になりきっても、それが後々まで語り継がれる名作になるとは思えない。皮肉なことに、優作が嫌になった初期の強烈な印象が、彼の名声を不動のものにしてしまったのだ。しかし、それでいいじゃないか。一つのことでも傑出するのは大変なことである。ましてや、一人の役者が生きているうちに巨星となり、死後も輝いているんだから大したものだ。

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(左:  成田三樹夫  /  中央:  「探偵物語」での優作 /  右:  44マグナムを手にした優作)

  優作は日本で生まれ育って本当に幸せだった。もし、朝鮮で生まれ育っていたら、南鮮のみで通用するローカル藝人で一生を終えていたことだろう。なるほど、優作は才能に恵まれていたが、それを開花させる舞台が「日本」であったことを忘れてはならない。帰化を果たした優作が素直に喜ぶ姿は屈辱でもなんでもない。日本人のファンは優作が「日本人俳優」であるとこを望むだろうし、優作の家族も「日本の名優」として誇りにするだろう。社会の底辺から成り上がり、渇望した栄光を手にした優作にとっては、短い生涯だったかも知れないが、曠古の業績を遺したから、濃厚な人生だったと言えるんじゃないか。少なくとも、優作が遺した作品は永遠の命を宿しているんだからさ。




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