無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

邦画評論

松田優作が日本人になった日/ 帰化朝鮮人の秘めた喜び

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房

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私生児として生まれた日鮮混血児

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  前回、『傷だらけの天使』を取り上げ、主人公の二人が在日鮮人の設定だった事について述べたが、現実の世界には朝鮮系のヒーローがいた。今は亡き松田優作である。ハリウッド映画の『ブラック・レイン』に出演し、外国人からも讃美される名優となったものの、癌に体を蝕まれて、惜しまれつつ息を引き取ってしまう。享年40。その若すぎる死は多くのファンを哀しませた。まるで、ギリシア神話に出てくるイカルス(Ikaros)のようだ。迷宮を創ったダエダロス(Daidalos)の息子イカルスは、蠟(ロウ)で固めた翼を身にまとい、天空を自由に飛び回ったが、太陽に近づいたせいて、翼が溶けて地上に堕ちてしまう。優作も星(スター)に近づきすぎたのか、もう少しで世界的名声を掴めたのに、不治の病で還らぬ人となってしまった。天は彼に比類無き才能を与えたが、残酷にも途中で奪ってしまったのである。

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(左:  イカロスの絵画  /  右:  「探偵物語」でベスパーに乗る松田優作)

  優作は栄光の断崖を自らの手で登り、爪で岩を突き刺すように、独力で頂上を目指した。世の中には親の七光りで藝能界にデビューする者は多いが、そんな奴が得る名声など、ホタルの光にも及ぶまい。高島忠夫のダメ息子二人や緒形拳の倅である緒形直人、尾上菊五郎と富士純子の間にできた娘の寺島しのぶ、スティーヴン・シガールの娘という触れ込みで脚光を浴びた藤谷文子など、親が有名人というだけで直ぐドラマに採用され、ちょいと目立つ役がもらえたりする。緒形直人なんて半人前のくせに、NHKの大河ドラマで即“大役”につけてもらえた。こんな若造の織田信長なんて“ちゃんちゃら”可笑しい。オヤジの威光がどれ程のものか、誰にでも分かるだろう。元文部官僚の寺脇研が寺島を持ち上げていたけど、彼女に色気や魅力は感じないし、頑張って「大女優」を演じているのが見え透いているから、観ている方が恥ずかしくなってしまう。この赤い役人は日本の教育をメチャクチャニしたのに、大学に天下って映画評論家を気取っているんだから、豆腐でも顔に投げつけたくなる。

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(左: 高島兄弟  / 中央: 緒形直人 / 右: 寺島しのぶ )


  親が有名でも一人前になった俳優を挙げるとすれば、阪東妻三郎の三男である田村正和くらいかなぁ。長兄と共演した『乾いて候』では妖艶な侍を演じ、『くれない族の叛乱』では大原麗子を相手に、ハンサムな上司を熱演していた。水商売のお姉ちゃん達が“うっとり”したのも分かる。茶の間の奥様たちも、職場の上司や自宅の亭主を横目で見て、「あんな二枚目がそばにいたらねぇ」と溜息をついていた。ただし、阪妻さんに一番顔が似ているのは長男の高廣さんじゃないか。あとは、四代目澤村國太郎の息子である津川雅彦だろう。徳川家康などを演じる時代劇で、ちらりと見せる津川さんの「睨み」は一級だし、『必殺仕掛人』に出演した時など、女を騙してその膏血を啜る悪人役が実にうまかった。優作の次男である翔太にそこまでは要求しないけど、彼の演技を観ていると、もう少し下積みを重ねてからデビューすればいいのに、とつい思ってしまう。まぁ、優作の息子だから、すぐに配役のオファーが来たんだろう。それにしても、長男の龍平は若い時の優作に生き写しだ。彼が無気力で冷たい表情を取った時、優作の顔がその奥から浮かんでくるんだから。確か、龍平がNHKドラマ『ハゲタカ』に出演していた頃だと思うけど、売れない頃の優作を観ているような気になってしまった。優作の肉体は滅んだけど、子供に受け継がれているんだから、多少なりとも悲しみが和らいでくる。

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(左: 田村正和  / 津川雅彦  /  松田龍平 /   右: 松田翔太)

  人気俳優だったから多くの友人を持っていたのは当然だろうが、優作がまだ文学座にいた頃に、女優の桃井かおりや阿川泰子と知り合ったのは偶然の巡り合わせだろう。残念ながら、阿川泰子は女優として成功しなかったが、その後、ジャズ歌手に転向して人気が出たんだから幸運だ。優作が亡くなるちょっと前、古舘伊知郎と阿川氏の番組『オシャレ30・30』に優作が出演し、ファンは彼女と会話する優作の私的な一面を目にすることができた。今では彼女をテレビで見かけないけど、当時は魅力的な美人歌手だった。個人的な感想を述べれば、彼女はジャズの名曲「When the World Tuns Blue」をカバーしていて、アメリカ人シンガーとは違った味わいを出していたけど、これが結構いい。また、阿川氏が番組の最後にペギー・リー(Peggy Lee)の「黄金の耳飾り(Golden Earring)」を歌った時は、とても嬉しく懐かしさが込み上げてきた。今の若い人はペギー・リーの名前を聞いてもピンとこないだろうけど、ジャズ・シンガー界では誰でも知っている大物スターである。私的な話だけど、学生時代に(今は無い)「レコード・レンタル」店でメタル・バンドの「ハロウィーン」とペギーのアルバムを借りたことがある。その時、いつもは寡黙な店長が「お客さん、珍しいかたですね!」と驚いていた。たぶん、こんな組み合わせをする客が他にいなかったのか、あるいはペギーのレコードを借りる人が少なかったのか、理由は分からなかったけど、照れ笑いをするしかなかったのを覚えている。

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(左: 阿川泰子  / 中央: 桃井かおり  /  右: ペギー・リー )

  話を戻すと、優作は女性を前にすれば紳士的だったけど、男に対しては暴力を加えることが頻繁にあったらしい。香川照之の回想によれば、『太陽に吠えろ!』に出演していた時の優作はかなり乱暴だったという。ボス(石原裕次郎)と山さん(露口茂)を除いて、みんなを“ド突いた”ことがあったそうだ。「えっっえ!! じゃあゴリさん(竜雷太)も?」と推測してしまうが、真相はゴリさんに訊くしかかない。でも、さすがに長さん(下山辰平)だけは殴らないだろう。香川の噂話は誇張されていたのかも知れない。しかし、激怒した優作が恐ろしかった事だけは、現場を知らない第三者にも想像できる。ボクサーのように鍛えた体から繰り出されるパンチやキックは凄かった。まぁ、格闘家のイゴール・ボブチャンチンやセーム・シュルトには及ばないだろうが、それなりの破壊力はあったはずだ。ちなみに、ボブチャンチンと対戦した桜庭和志によると、このロシア人から放たれるパンチは特別で、あたかもレンガで殴られているように重かった、そうである。確かに、痛そうだ。ロシアには怪物が多いから、日本人の格闘家が対戦を挑むのは自殺行為である。セルゲイ・ハリトーノフなんか見方を変えれば兇悪殺人犯だよね。

  まだ売れていない頃でも、優作の演技は際立っていた。例えば、以前このブログでも紹介した『大都会/闘いの日々』に、優作はゲスト出演を果たしていたのである。第四話「協力者」で、優作は警察に協力する“たれ込み屋”の弟、松宮次郎を演じていた。松宮は小坪組に属するヤクザで、チクリ屋だった兄貴が殺されたことで、渡哲也扮する刑事たちを恨んでいた。彼は平尾というヤクザが兄を殺害した犯人だと決めつけ、ドスを持って平尾が遊んでいるナイト・クラブに忍び込む。松宮は吐血するくらい病に冒されており、捨て身で兄の敵を討とうとしたのだ。当然、復讐を達成した次郎は警官に逮捕されてしまう。しかし、警察署で取り調べを受けていると、刑事から誤認殺人だと聞かされてしまう。兄はヤクザ仲間ではなく、通りすがりの大学生に殺された事を知り、次郎は愕然とする。最後に、彼はいつも掛けているサングラスをおもむろに外した。すると、彼の左目が皮膚で被さっている。ドラマの中では、何が原因でこうなったのかの説明は無い。ただ、次郎はこの醜い眼を隠すため、いつもサングラスを手放さず、情婦と寝ている時でさえ、決してサングラスを外さなかったのだ。こうした暗い過去を秘めるキャラクターを演じる時の優作は群を抜いている。

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(左: 「大都会」に出演していた頃の優作  /  右: 撮影所で小林麻美と鹿賀丈史の二人一緒の優作)

  TVドラマで異彩を放つ俳優であったが、やはり銀幕に現れる優作の方がいい。今でも根強い人気を誇る『野獣死べし』は独特の薫りを放つ。共演者も中々のものだった。厳しく言ってしまうと、小林麻美は大根役者だったが、クラッシック音楽を愛する伊達邦彦(優作)の相手役として最適だったし、清楚な雰囲気を醸し出す華田令子が良く似合っていた。他に候補者がいたのかも知れないが、大きな瞳が印象的だった小林麻美で正解だったんじゃないか。やはり、映画の中で殺される悲劇のヒロインは、可憐な美人じゃないと衝撃にならない。いくら若くても泉ピン子や岸本加世子じゃ厭だよなぁ。会社員という設定の華田は、社長に頼まれたアルバムを買うためにレコード店を訪れ、そこで偶然にも伊達と鉢合わせとなる。予期せぬ出逢いのシーンは、スラリとした美女だから「絵」になる。真夏の肉まんみたいな醜女だと、気づかれぬよう店を出たくなるじゃないか。この静かなシーンで伊達は刑事の柏木秀行(室田日出男)に尾行されていることを察知し、背後に男がいることを確認するんだけど、まるで背中に眼がついているかのように、“ちらっ”と表情を変えるんだよねぇ。優作はこういった微妙な仕草になると、実にうまい演技をするから凄い。みんなが虜(とりこ)となる所以(ゆえん)である。

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(左: 小林麻美  /  右室田日出男)

  『野獣死すべし』には良質な役者が出ていて、若き日の鹿賀丈史がウェイター役の真田徹夫として登場し、伊達の子分になってしまう。真田と一緒に東洋銀行を襲撃した伊達は、たまたま行内にいた華田に再会し、そぉ~っと彼女に顔を明かす。幽霊のような表情を浮かべたこの強盗は、躊躇無く彼女を殺してしまうのだ。優作が純情な女を殺してしまう時に見せる表情は、観ている者の心臓を凍らせるほど冷たく鋭い。そして、後世に残る名場面で披露する演技が絶品だ。深夜に運行する列車の中で、柏木刑事を前にする伊達の狂気は異次元の世界に属している。「リップヴァン・ウィンクル」の話をする時の優作は、完璧なまでに戦場カメラマンの伊達と融合していたのだ。あの虚ろで異常性に満ちた眼差しは、役者魂に徹した優作にしかできない。また、ロシアン・ルーレットで脅された室田日出男の表情も一級品だった。共に優秀な俳優じゃないと、あのような緊張感は成立しないだろう。たとえ優作が一流でも、相手役が二流じゃ話にならない。大手事務所からねじ込まれた素人役者を登庸して、適当なドラマを乱造しているフジテレビは恥を知れ。今のTV演劇は大人の客では絶えられない。素人同然の小娘が主役を張ったり、与えられた台本を棒読みするだけの小僧など、観る価値すら無いだろう。いかにも「演技派」を気取っているが、その実態は「学芸会」程度の“ままごと”で、子役の方がベテラン俳優に見えてくる。したがって、とてもお客様に観て頂ける代物じゃないから、無料の田舎芝居として放送しているんだろう。

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(左: 真田役の鹿賀丈史  / 右: 伊達役の優作 )

  優作の代表作といったら、TVドラマの『探偵物語』を挙げる人が多いけど、やっぱり「遊戯」シリーズ三部作だろう。第一弾の『最も危険な遊戯』に続いて、第二作目の『殺人遊戯』、そして最後の『処刑遊戯』となっていた。この中では、シリーズ化の切っ掛けとなった『最も危険な遊戯』が一番なんじゃないか。予想外のヒットになったのもうなづける。共演者も良かった。主人公の鳴海昌平(優作)を雇う会長の小日向兵衛に、重厚な演技で知られる内田朝雄を当てていたし、ちょっと演技力が足りないけど、犯罪者の居郷に囲われる情婦、「杏子(きようこ)」を演じていた田坂圭子が意外と役に嵌まっていて良かった。ただ、いきなり強姦した鳴海に惚れるのか、と突っ込みたくなるが、そこは野暮だから考えないことにする。それでも、半裸でワイシャツを着たまま、手料理を作る必然性があるのかなぁ、と思ってしまう。たぶん、脚本家の丸山昇一が憧れたシーンなんだろうけど、大胆に裸を披露する田坂は魅力的だった。

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(写真  / 人質にされた杏子役の田坂圭子)

  それはともかく、映画の後半で面白かったのは、彼女が悪徳警官に捕まり、車で連れ去られてしまう場面だ。悲鳴を上げて連れ去られる杏子を鳴海は走って追いかける。「そんな、いくらなんでもクルマの方が早いだろう」と反論してはいけない。冷静にかんがえれば滑稽だけど、真剣に見入ってしまうのは、鳴海が杏子を邪険にしていても、心の何処かで愛していたからだ。鳴海は半裸でベッドに入ってきた彼女を抱こうともせず、冷たく突き放していたのに、いざ悪党に攫われると無我夢中で追いかけようとするんだから、結構情が深い。映画では大追跡の末に、鳴海が44マグナムで運転手を撃ち、最終的に拉致犯どもを皆殺しにする。杏子の命を救った鳴海だが、波止場で彼女に別れを告げ、無言のまま離れようとする。ところが、不意に引き返して彼女の唇を奪ってしまう。こうした二人の濃厚なキスシーンが、いかにもハード・ボイルド作品といった香りを漂わせている。

  第一作と比べると、『殺人遊戯』と『処刑遊戯』は質的に劣った感じがする。脚本家が替わり、斬新なストーリー展開も無かったから、ちょっとがっかりな作品となってしまった。それでも、共演者が粒ぞろいだったから注目に値する。『殺人遊戯』には、「津山美沙子」役で中島ゆたかが出ていたし、名優の佐藤慶が「勝田省一」役を演じていた。中島ゆたかは妖艶な女優で、クセのある悪女を演じれば右に出る者はいないんじゃないか。どこか冷たい一面を持ち、男に対して情熱的に迫るが、その奥底に別の顔を隠している。しかし、大抵の男なら、こうした美女に弱い。裏切られても離れられない女、といった感じ。世の奥様たちは「男って単純なんだから」と呆れてしまうが、男女の仲が合理的になってしまうと、社会でお金が循環しなくなって、企業や政府が困っちゃうから大目に見てもらいたい。ケインズ卿がいくら有効需要の喚起を主張しても、公共投資には限界があるから、男性がスケベ心を発揮して、恋愛のために大金を使ってもらうのが一番。だって、役人が勝手に税金を浪費するより、国民一人一人がクラブやキャバレーでパァ~と財布を解放する方がいいじゃないか。それに、愚かな恋愛があるから文学作品が誕生するのだ。漬け物石みたいな女房に抑圧されている亭主じゃ主役にならない。だいいち、日本経済の支柱となる中年男性に活力が湧かないし、生活に張りが無くなって寿命が短くなる。例えば、会社に綺麗な女の子がいると、朝早くから出勤したくなるじゃないか。ナマズみたいな「お局」様じゃあ、気が滅入ってくる。批判があると思うけど、ちょっとした浮気心は人生のスバイスだ。

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(左: 中島ゆたか   /   右: リリィ)

  第三作目の『処刑遊戯』は脚本がいまイチなのか、好き嫌いの評価が分かれてしまう。しかし、「叶直子」を演じたリリィが歌う「NAOKOのテーマ」は素晴らしかった。「ルパン三世」で音楽を担当した大野雄二が、挿入歌を作っていたから当然なのかも知れない。この曲には哀愁漂うメロディーにリリィのハスキー・ヴォイスが織り込まれていた。出来る事なら大野氏がピアノを弾く姿を観たかった。とにかく心に残るの名曲であることは確かだ。現在の映画で使われる楽曲には詳しくないので何とも言えないが、昔の邦画には「大人向け」の挿入歌が多かった。例えば、『化石の曠野』で挿入された主題歌を実力派の「しばたはつみ」が歌っていたし、『キャバレー』ではフィリピン人のマリーン(Marlene)がジャズの名曲「レフト・アローン(Left Alone)」を歌っていたのだ。このナンバーはマル・ウォルドロン(Mal Waldron)が作曲し、ビリー・ホリデー(Billie Holiday)が歌っていたことで有名な曲であるが、マリーンが歌う「レフト・アローン」はそれに劣らず素晴らしかった。最近だと往年のスターを懐かしむ歌番組も多くなってきて、筆者もエリック・クラプトンの「クリーム」再結成や、キッスのコンサートを楽しんだことがある。日本のテレビ局もナツメロ番組を流しているが、マリーンやジュリー・ロンドン(Julie London)なんかは取り上げられず、完全に無視。ジュリー・ロンドンが歌う「クライ・ミー・ア・リヴァー(Cry Me a River)」などは心に沁みる逸品なんだけど、地上波や衛星局のプロデューサーは鈍感だから気がつかないんだろう。

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(左: マリーン  / 中央: ビリー・ホリデー  /   右: ジュリー・ロンドン)

日本人になって喜んだ名優

  優作を語るうえで避けられないのは彼の出自である。伝記によれば、父親は日本人であったというが、優作は父の顔を知らず、母のもとで育ったそうだ。彼の母親は在日朝鮮人で、自宅の一階で雑貨店を営みながら、二階を娼婦に貸して収入を得ていたらしい。どおりで優作が普通の家庭を知らず、家庭の団欒に縁が無かった訳である。後に、ホーム・ドラマに出演する優作が戸惑ったのも分かるような気がする。不倫の結果として生まれた「金優作」にとったら、父親と母親が笑みを浮かべて食事をするなんて、夢というか想像すらできない光景だ。温かい家族を体験しなかった優作が、役作りに苦労したのも当然だろう。しかし、そうした逆境を克服し、自らの野望を叶えたのだから、優作は立派だった。

  ちなみに、優作は「朴李蘭(ぼく・りらん)」というペンネームで演劇活動をしていたそうだ。1980年代の後半、優作は実名を出さずに、この筆名で演出やプロデュースを行っていたという。「朴李蘭」というのは、当時大人気だったミュージシャンのボブ・ディラン(Bob Dylan)をもじった名前であるらしい。でも悲しいのは、ボブ・ディランも素性を隠すユダヤ人であった事実である。彼の本名は「ロバート・アレン・ジンマーマン(Robert Allen Zimmerman)」で、カーク・ダグラス(Kirk Douglas / 本名イサー・ダニエロヴィッチIssur Danielovitch)やトニー・カーチス(Tony Curtis / 本名Bernard Schwartzベルナルド・シュワルツ)、ジーン・ワイルダー(Gene Wilder / 本名ジェローム・シルヴァーマンJerome Silverman)と同じ改名ユダヤ人であった。優作がどこまで把握していたのかは不明だが、もしディランたちの苦悩を知ったら何と思ったのか。

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(左: ボブ・ディラン  /  カーク・ダグラス  /   トニー・カーチス  /  右: ジーン・ワイルダー )

  映画では強靱な肉体と不屈の精神を持つヒーローを演じていたが、私生活では人に見せない“脆い”一面を持っていた。最初の夫人である松田美智子さんによれば、優作は日本国籍が欲しくて彼女に「お前の家の養子にしてくれ」と頼んだそうだ。というのも、『太陽に吠えろ!』で人気役者となった優作は、在日朝鮮人という身分を変えたかったのである。朝鮮人という正体がバレれば、世間から色眼鏡で見られるし、どんな差別に合うか分からない。当時、在日鮮人が日本国籍を取得しようとすれば、面倒な手続きが待っていた。厖大な量の書類を提出しなければならなかったし、「どうして日本人になりたいのか」という理由を述べねばならなかったからだ。優作はこの「動機」を書くために最も多くの時間を費やしたそうだ。そこで、優作は大人から子供までが楽しむ『太陽に吠えろ!』に出演しているので、もし、自分が在日朝鮮人だと露見すれば、みんなが失望するでしょう、と書いていたらしい。特に、子供のたちの夢を打ち砕いてしまうことを懸念したそうだ。

  在日朝鮮人という系譜は名優の背中に重くのしかかっていた。優作は結婚する前から美智子夫人にさえ自分の素性を隠していたそうで、「本当のことを知れば、お前は必ず俺から逃げて行くだろう」と何度も語っていたそうだ。そして、彼女に対し「何事であろうとも、俺を信じ、全てを受け容れてくれるのか」と尋ねていたというから、相当悩んでいたのだろう。優作は美智子夫人が素性を知りながらも別れなかったことを告白されると、「知っていて、それでも、一緒にいてくれたのか」と涙ぐんだらしい。何度も何度も「ありがとう」を繰り返す優作の姿を想像すると、赤の他人であっても胸が締め付けられる。世間に出回る「優作伝説」は色々あるけれど、虚勢を張る朝鮮人ではない、素直に感謝する優作が本当の「優作」なんじゃないか。

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  松田優作の伝記を書く評論家たちは、彼の苦悩を利用して朝鮮人嫌いの日本人を糾弾する。しかし、彼らは優作を利用しているだけで、都合良く実像を歪めていたるだけだ。「日本人を恨む在日の英雄」を作り上げることが彼らの目的なんだろう。巷には色々な「豪快伝」があるけれど、筆者には惚れた女に自分の弱さを見せる優作の方が真実に近いと思えてならない。それに、朝鮮人の私生児という暗い過去を秘めながら、舞台での夢を追い続ける若者だから、優作は偉大になれたのだろう。もしも、大財閥の御曹司として順風満帆の青春を送り、お坊ちゃんの気紛れで役者を目指していたら、平凡な下っ端男優で終わっていたかも知れない。「何としても這い上がってやる!」というハングリー精神があったらこそ、異常なまでの役作りに集中できたんじゃないか。常に完璧さを追求した役者だから、後々まで語り継がれる作品を遺せたのだ。妥協を許さない徹底ぶりは優作の信念から由来するのだろう。気の弛んだ共演者がいると激怒したのは、至高の藝術を分かっていない素人を赦せなかったからだ。研ぎ澄まされた感性を持つ優作は、自分に共鳴しない馬鹿と一緒に仕事をしたくなかったのだろう。

  現在の在日朝鮮人は帰化を簡単に考えるが、以前の朝鮮人には一大決心だった。女郎屋で過ごした外人少年が有名俳優になって、念願の日本国籍を取得できたのは、祝福すべき決断じゃないのか。左翼評論家は在日鮮人への差別に凝り固まる日本人を非難するが、1970年代に帰化した朝鮮人にしたら、ようやく恥ずかしい国籍から解放された、と心の底で嬉しかったに違いない。在日鮮人として生まれた子供は精神が捻れてしまう事が多い。両親や祖父母が朝鮮人でも、内面は日本人みたいになっているから、心が祖国と異国との板挟みになってしまう。それに、たとえ南鮮へ戻っても「半日本人」と蔑まれるし、朝鮮語が拙いから同胞との会話も楽しくない。さらに、朝鮮の風景を目にしたって、ちっとも故郷とは思えないし、惨めな生活に甘んずる賤民を「仲間」と思いたくないのも当然だ。優作は母親が作ってくれた朝鮮漬けを好んで食べていたというが、果たして彼は朝鮮文化を尊重し、その中に溶け込もうとしたのか甚だ疑問である。優作が朝鮮人という出自を恥じたのは、皮膚感覚で朝鮮人の“穢らわしさ”を実感していたからだろう。誇り高い優作が乞食より惨めな朝鮮人を「身内」とみなしただろうか。理不尽な差別を受けた者同士という感情はあっただろうが、積極的な「朝鮮人意識」というものは無かったんじゃないか。大抵の在日鮮人だと、口では朝鮮文化を褒めても、朝鮮半島に戻ろうとはしないはずだ。日本国籍を取得するということは、忌まわしい朝鮮の同胞と手を切るという手段である。在日朝鮮人や朝鮮系国民はこれに反撥するだろうが、「それなら日本国籍を捨てて、南鮮国籍を取得しろ」と言いたい。たぶん、彼らは激怒しながらも日本にしがみつくだろう。

  朝鮮人は日本人になれてもハリウッド・スターにはなれない。優作のファンは『ブラック・レイン』を賞讃し、監督のリドリー・スコット(Ridley Scott)も優作の演技に度肝を抜かれたというが、それはごく限られた人々の感想だ。なるほど、劇中で優作が見せる佐藤浩史の狂気には迫力がある。冷酷非情なヤクザを演じる優作は、主役のマイケル・ダグラスを凌駕していたから、どちらが主役なのか分からない。強烈な印象を観客の目に焼き付けたのは確かだ。しかし、一抹の不安が残る。果たしてハリウッドに進出した優作は、自分の立場に満足できただろうか。事実、『ブラック・レイン』はヒットしたから、優作に様々なオファーが殺到したはずだ。しかし、どの役柄も佐藤と似たり寄ったりで、「不気味な東洋人」といったイメージを拭うのは容易なことではない。「遊戯」シリーズを終えた頃の優作は、アクション映画の出演に飽きており、もっと人間性を掘り下げた作品を求めていた。だから、森田監督の『家族ゲーム』や夏目漱石の小説を映画化した『それから』、有島武郎役の『華の乱』に出演していたのである。そんな優作がハリウッドから提供されるクライム・アクション映画を再び引き受けるのか。

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(写真  /  「ブラック・レイン」での松田優作)

  日本のマスコミは渡辺謙や真田広之がハリウッド俳優になったとはしゃいでいたが、アメリカでは一般の認知度が低く、彼らの顔写真を見せても「誰、この人?」といった反応が普通である。アジア人俳優なんかどれも同じで、西歐系アメリカ人にとって魅力が無い。だから、どの東洋人が「アジア枠」の役についても異論は無いし、途中で役者が交替したって気づかないのである。おそらく、敏感な優作だから、ハリウッドからの侮辱に耐えられないだろう。「アジア系俳優」に分類された優作には、恋愛映画の主人公とか、推理サスペンスの探偵役なんて回ってこない。そもそも、優作には役をこなせるだけの英語力が身についていないから最初から無理な話だ。たとえ、猛烈なレッスンを受けて、ある程度の英語を話せたとしても、ネイティヴが耳にしたら全然ダメで、英語の字幕が必要になってしまう。優作なら言葉の壁にぶつかっても歯を食いしばって頑張ろうとするが、周囲の友人や家族には辛い結果となるはずだ。たぶん、こうした苦難を見かねた日本の監督や脚本家が優作に企画を持ち込み、御機嫌を取りながら日本に連れ戻すだろう。優作は渋るだろうが、彼にとってはその方がいい。

  役者の優作にとって日本とは単なる仕事場ではない。彼を愛し喝采を送るのが日本人なら、そのファンを最も必要とするのは優作である。確かに、有名俳優だから朝鮮人ファンも大勢いるだろう。しかし、優作をトップ・スターに押し上げ、永遠に輝かせるのは日本人である。というより、日本人なかりせば、優作の名声は無かった。絢爛で豊かな文化を持つ日本人がファンになったからこそ、潜在能力を秘めた優作が光ったのだ。もし、彼が朝鮮で生まれ育ち、そのファンが支那人や朝鮮人、フィリピン人、タイ人、マレー人ばかりだったら、アジア大陸で“チヤホヤ”されるだけの田舎役者で終わっていただろう。俳優にとって、誰が支持者になるかは重要だ。ハリウッド・スターを見たって分かるじゃないか。黒人男優のウィル・スミスは人気者だけど、主なファン層はアフリカ系アメリカ人だ。したがって、彼に対する白人層の反応はイマイチだし、日本でも憧れのスターではない。ユダヤ系俳優だって米国で有名になるから嬉しいのであって、いくらイスラエルで人気者になったからとて、その名声は限定されたものになってしまう。多民族地域となったヨーロッパでも人気者になれるとは限らない。

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(左: イ・ビョンホン  / ジョン・ローン / ミッキー・ローク / 右: ジュリア・ニクソン )

  ハリウッドに進出したアジア系俳優の末路は悲惨なものだ。例えば、朝鮮人のイ・ビョンホンは『G.I.ジョー』に出演したけど、未だにスターにはなれないし、支那系女優のルシー・リュー(Lucy Liu)は『チャーリーズ・エンジェル』に抜擢されたがセクシー女優とは見なされなかった。彼女がTVドラマの『エレメンタリー』でワトソン役をこなしても、それが白人層に好評だとは聞いたことがない。(ただし、アジア系への偽善的な賞讃ならある。) 昔、ミッキー・ローク主演の『イヤー・オブ・ドラゴン』では、支那系俳優のジョン・ローン(John Lone)が話題になったけど、そのあとはどうなったのか分からないし、アメリカ白人が「名優」として彼の名を挙げることはまずないだろう。共演者の日系女優アドリアネ・コイズミは完全に忘れ去られているし、『ランボー / 怒りの脱出』で有名になったジュリア・ニクソン(Julia Nickson)も、「今どうなっているのか?」なんて誰も気にしていないじゃないか。(TVドラマの『ヒーローズ』に出ていた日系俳優のマシ・オカとか、『アロー』に出ていた福島リラはどうなったんだろう?) ハリウッドに拠点を移した優作だって、これらのアジア系役者と同じ運命を辿ったはずだ。言葉の通じない異民族より、根強いファンがいる日本の方がどれほど有り難いことか。日本人俳優がハリウッドに進出すると、マスコミは格上の俳優として祭り上げるが、案外、米国に暮らす「和風ハリウッド・スター」は日本を懐かしんでいるのかもよ。

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(左: アドリアネ・コイズミ  / ルシー。リュー  / マシ・オカ   /  右: 福島リラ )

  優作は幅広い役柄を欲していたが、一般の観客は依然として冷徹な凄腕スナイパーとか、タフで陽気な刑事とかを望んでいたのだ。皮のジャケットを羽織り、長い脚にブーツを穿き、サングラスを掛けた優作が一番格好良い。「遊戯」シリーズの鳴海を演じられるのは、優作しかいないだろう。あの存在感は圧倒的で、他の男優が挑戦しても無理だ。片手でスミス&ウェッソンの44マグナム(しかも8インチの銃身)を撃つのは非現実的で呆れてしまうけど、それでもサマになっているんだからすごい。しかも、彼の走る姿が独特だ。すらりとした細い脚に、“しなやかな”身のこなし。撮影スタッフだって見とれてしまうだろう。ショーケンも『太陽に吠えろ!』で走ったけど、やはり何かが違う。それに、『探偵物語』で名優の成田三樹夫と絡んだけれど、ああしたコミカルな一面を出しながらシリアスな側面を表現できる俳優はそう多くない。優作が人々の記憶に残ったのは、『蘇える金狼』で見せた、銃撃戦のようなシーンや、鍛え抜かれた筋肉をもつ野心家を見事に演じきったこと、吸い込まれるような表情と軽快でも重厚な喋り方があったからだ。もし、ホーム・ドラマで平凡なオヤジを演じたり、ほのぼのとした夫婦を演じたら、優作の魅力は一向に出てこないだろう。たとえ、優作が熱心に文学青年になりきっても、それが後々まで語り継がれる名作になるとは思えない。皮肉なことに、優作が嫌になった初期の強烈な印象が、彼の名声を不動のものにしてしまったのだ。しかし、それでいいじゃないか。一つのことでも傑出するのは大変なことである。ましてや、一人の役者が生きているうちに巨星となり、死後も輝いているんだから大したものだ。

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(左:  成田三樹夫  /  中央:  「探偵物語」での優作 /  右:  44マグナムを手にした優作)

  優作は日本で生まれ育って本当に幸せだった。もし、朝鮮で生まれ育っていたら、南鮮のみで通用するローカル藝人で一生を終えていたことだろう。なるほど、優作は才能に恵まれていたが、それを開花させる舞台が「日本」であったことを忘れてはならない。帰化を果たした優作が素直に喜ぶ姿は屈辱でもなんでもない。日本人のファンは優作が「日本人俳優」であるとこを望むだろうし、優作の家族も「日本の名優」として誇りにするだろう。社会の底辺から成り上がり、渇望した栄光を手にした優作にとっては、短い生涯だったかも知れないが、曠古の業績を遺したから、濃厚な人生だったと言えるんじゃないか。少なくとも、優作が遺した作品は永遠の命を宿しているんだからさ。




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傷だらけの天使は朝鮮人だった?! / 名作に隠された秘話

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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当初の設定は朝鮮人だった

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(左: 萩原健一  /  右: 水谷豊)

  今年の2月か3月頃、偶然にもBS12で『傷だらけの天使』が再放送されていたので、懐かしくなって観てしまった。主演のショーケンこと萩原健一(「修」役)が若いのは当然だが、それよりも修(おさむ)の弟分である亨(あきら)を演じた水谷豊が初々しい。髪をリーゼントにした亨が事ある毎に「アニきぃ~」と纏わりつく演技は、放映した頃から目立っていた。元々は火野正平に依頼するはずの役だったが、正ちゃんのスケジュールが合わなくて、萩原が押す水谷豊に決まったらしい。撮影当時はショーケンの方が有名だったのに、今になって再び観てみると水谷氏の方が妙に印象的である。後に水谷氏は『熱中時代』で教師を、『相棒』で刑事を演じることになるが、筆者の感想としては、「亨」の演技が最高だし、その役が一番似合っている。ちなみに、『熱中時代』のスペシャル版で脚本を担当したのが、チャンネル桜の水島社長だったという。ちょっと意外だ。

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(左: 深作欣二  / 神代辰巳  /  大野克夫 /  右: 井上堯之 )

  裏話によると、新番組としての『傷だらけの天使』は期待したほど視聴率を取れず、打ち切りの形で最終回を迎えることになったらしい。ただし、低視聴率番組であったが、その監督や脚本家、およびゲスト出演者が凄かった。監督には深作欣二、工藤栄一、神代辰巳などを揃え、撮影技師には木村大作、脚本家だと市川森一や鎌田敏夫、音楽は井上堯之に大野克夫、と目を見張るような豪華メンバーが集まっていたのだ。今の高校生だとこうした名前を聞いてもピンとこないだろうが、本当に大物だらけだった。例えば、深作欣二は菅原文太や松方弘樹で知られる『仁義なき戦い』シリーズや沢田研二主演の『魔界転生』、草刈正雄が主役を演じた『復活の日』などを手掛けている。市川森一は『ウルトラセブン』や『帰ってきたウルトラマン』、『太陽にほえろ!』の脚本を書いていた。筆者としては余り好きじゃないんだけど、鎌田敏夫は『ニューヨーク恋物語』や『男女七人夏物語り』、『金曜日の妻たちへ』といったシリーズ・ドラマの脚本家を務めていた。音楽担当の大野克夫は沢田研二の曲を作っていた大御所だ。「勝手にしやがれ」や「カサブランカ・ダンディー」など多数のヒット曲を書いている。

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(左: 岸田今日子  / 右: 岸田森 )

  『傷だらけの天使』は配役の面でも秀逸だった。探偵の修と亨を雇う社長役に岸田今日子が就き、彼女の部下を岸田森(きしだ・しん)が演じていたのだ。岸田今日子はアニメ『ムーミン』の声優としても有名だが、探偵者の社長を演じていた時の彼女は実に若い。ドラマの中で岸田今日子が、映画『エマニュエル夫人』で使われた椅子に坐っているのを観ると、当時の流行が窺われる。岸田森は本当に膝を叩きたくなるような「うまい役者」で、このような名脇役は今では少数派になった。第一話に登場した金子信雄なんか映画ファンには堪らない存在だ。古狸を演じたら右に出る者は無く、彼に匹敵するのはたぶん金田龍之介や小松方正くらいだろう。(また、映画ファンにはお馴染みの室田日出男も出ていた。) ちなみに、岸田森にとって岸田今日子は従姉にあたり、彼女の父親で小説家の岸田國士は叔父になるそうだ。岸田森はシリアスな役から戦隊モノにまで出演する役者だったらしく、円谷プロの『ファイヤーマン』にも出ていたという。やはり、ドラマは主役だけではなく、それを支える脇役がしっかりしていないと駄目で、各人の演技に“締まり”が無くなると、だらけた作品になりやすい。昔のドラマは藝能事務所の介入が少なかったせいか、大根役者がねじ込まれるという悲劇が回避されていたようだ。

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(左: 金子信雄  / 中央: 金田龍之介 /  右: 小松方正)

  ゲスト出演者だって監督のセンスが光る人選だった。例えば、ゲスト女優には関根恵子(現/高橋恵子)、坂口良子、中山麻理、篠ひろ子、桃井かおり、西尾三枝子が出ていて興味が湧く。今では随分とオバちゃんになったけど、若い時の高橋恵子はとても魅力的。第19話「街の灯に桜貝の夢を」では、亨と一緒に個人クラブを営業する酌婦の「明美」を演じている。お金を稼ぎたい亨が自分の部屋をバーに改装し、彼女のヒモになってお客を呼び込むという筋書きで、無茶苦茶な設定だけど面白い。しかし、亨と修は明美にある凄腕の社長「板倉」を色仕掛けでベッドに誘い、その濡れ場シーンを録画させてほしいと頼んだ。彼らはそれをネタに板倉を強請る計画だったのだが、意外なことに騙すはずの明美が板倉に惚れてしまうのだ。修と亨は盗撮フィルムを破棄し、彼女の幸せを願う。しかし、板倉は秘密を打ち明けた明美を殺してしまうのだ。怒り狂った亨は銃を持って板倉を殺そうとするが、側に居た修に止められて涙ながらに断念するという結末だった。

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(左: 関根恵子  /  右: 西尾三枝子)

  第22話「くちなしの花に別れのバラードを」には、可憐な美人女優の篠ひろ子が華道の家元を継ぐ「藤宮葉子」役で出演していた。彼女は落馬により下半身不随となり、車椅子で生活するという設定で、亨と修に偽装誘拐を依頼する。なんと修は結婚式直前の葉子を拐かすと車に乗せて、ウェディング・ドレス姿の彼女を連れ去ってしまうのだ。自由の無い窮屈な生活をしていた葉子は、気晴らしに修に頼んで乗馬クラブに連れて行ってもらう。ドラマでは葉子が乗馬を楽しむ回想シーンが挿入されているが、乗馬服を着た篠ひろ子はとても似合っていた。(やはり、お嬢様役は美人でなきゃ。不細工な女優だと落馬しても同情できない。和泉元彌の母ちゃんみたいな女性だと救う気になれないし、どうしても亀井静香の顔が浮かんでくる。) 乗馬クラブ近くの公園で、修は菓子パンを買って葉子に勧めるが、彼女の“上品な”食べ方を見かねた修は、この御令嬢に“庶民的な”食べ方を教えてやるのだ。パンを噛みつくように頬張る修に倣って、羞じらいながらもパンをかじる葉子が可愛い。下層階級の修と上流階級の葉子が織りなすコントラストが絶妙だった。また、彼女はビー玉遊びも知らず、修に教えてもらっていた。

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(左:  桃井かおり  /  右:  篠ひろ子)

  そんな葉子に好意を寄せる修であったが、葉子は偽装誘拐の他にも陰謀を持っていた。彼女には共犯がいて、修たちを騙していたのだ。しかも、彼女の身体障害は嘘で、実は歩くことが出来たのである。一応誘拐偽装が解決すると、修は葉子に自由な人生を一緒に送ろうと提案する。しかし、彼女は自社ビルに戻ると、側近や弟子たちの説得に折れてしまい、家元の後継者になることを決めてしまうのだ。葉子が側近達と一緒にビルの階段を降りると、玄関で彼女を待つ修を目にする。彼女は修のもとに駆け寄ろうとはしなかった。悲しい表情を見せた葉子が、床にビー玉を落とすシーンがこれまた切なかった。彼女は修との自由な生活より、後継者としての責務を選んでしまったのだ。好きになった女が直前で離れて行くんだから、一途に彼女を待っていた修の心は傷つく。それにしても、哀しみを堪えたヒロインの篠ひろ子は本当に綺麗だった。1970年代の作品だから古臭く見えるけど、こういったラスト・シーンは現在のドラマじゃ滅多にない。「昔は良かった」とは言いたくないけど、今のドラマは余りにも酷すぎる。噂ではフジテレビのドラマが惨敗だという。それなら、お金をかけて独自のドラマを作らず、安い朝鮮ドラマを垂れ流せばいいんじゃないか。大勢の帰化鮮人が観てくれるかもよ。

予期しなかった名作の誕生

  『傷だらけの天使』は、脚本がしっかり練られていたからだろうが、丁寧に描かれた登場人物はどれも印象深かった。また、各エピソードが一つの映画みたいに撮影されていたから、視聴者は茶の間にいても劇場にいるような気分を味わえるからお得だ。携帯カメラで作ったような現代のTVドラマとは大違いである。『傷だらけの天使』には悲しいエンディングの回が結構あって、終わってからも心に残るシーンが多い。例えば、第7話「自動車泥棒にラブソングを」では、修が探偵の仕事で知り合った自動車泥棒の女(川口晶)に惚れてしまう。修たちと一緒に行動するうちに、彼女は泥棒稼業に見切りをつけ、足を洗って故郷に戻ろうとする。しかし、彼女は組織の仲間に殺されてしまうのだ。数日後、亨は偶然その死を新聞で知るのだが、修はまだ気づいていない。亨が修のいる部屋に入ると、ちょうど修は彼女に会いに行くところだった。亨は兄貴に何も言えず、修が笑顔で部屋を出るシーンで終わりとなる。こうした潤いのある結末は、観る者に一滴(ひとしずく)の侘しさを与えるのだろう。『傷だらけの天使』が何度も再放送される所以である。

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( 写真右  /  ショーケンを相手に演技をする川口晶 )

  メインの脚本家を務めた市川森一によれば、当初、修(オサム)と亨(アキラ)の二人は、在日朝鮮人という設定になるはずだった。しかし、日テレ側の反対で実現しなかったという。それもそのはずで、1974年(昭和49年)当時の日本だと、主人公が朝鮮人ではイメージが悪すぎる。せっかく視聴者が二人に感情移入しているのに、在日鮮人では親近感よりも抵抗感が芽生えてしまう。彼らの設定で興味深かったのは、修が中卒で亨が中学中退という学歴であったことだ。「中卒」なまだら解るけど、「中学中退者」とは奇妙である。これでは、亨が朝鮮学校に通っていたんじゃないか、と勘ぐってしまう。市川氏がどういうつもりで在日朝鮮人にしようとしたのか判らないけど、ショーケンと水谷豊が異邦人じゃ厭だなぁ。というのも、ドラマの中で修が亨を叱っているシーンが多いので、短気な「癇癪持ち」の朝鮮人に見えてしまうからだ。いかがわしい任務をこなす探偵でも、純粋な心を抱き続ける修と亨は、やはり日本人の方がいい。

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(左:  修と亨  / 右:  市川森一 )

  それに、日テレ側が朝鮮人の設定に反対したのも当然だ。あんなドラマを放映したら、在日朝鮮人の団体から袋叩きにあってしまうだろう。なにせ、教養のカケラもない亨は、まともに勉強をしたことがないから、新聞を読もうにも漢字が分からない。だから、難しい字を飛ばしながら読んでいた。写真と平仮名で記事を推測しながら理解する亨の姿は滑稽だ。学問が無く社会の底辺で生きる二人は、いかにも在日朝鮮人らしいが、朝鮮人の設定にしてしまうと、異様な風貌をした友人とか、奇妙な癖を持つ親戚が出て来そうで怖い。修には「健太」という幼い息子がいるが、亡くなった妻の実家に預けている。もし修が朝鮮人だと、その子は日鮮混血児となってしまうので、噂話が直ぐ広まってしまう田舎では、祖父母と暮らす子供が不憫だ。亨も片田舎の生まれだが、もし在日鮮人という設定だと、彼が戻る「ふる里」が「朝鮮部落」なんて事にになりかねない。泥にまみれた豚がうろつく貧民窟で、朝鮮人の老婆が路上でキムチを漬けたり、飲んだくれの駄目親爺が暴れていたりでは、目を蔽いたくなる。朝鮮人の視聴者にはよくても、日本人の視聴者だと「気持ち悪い!」とつぶやいて、テレビの前から離れてしまう。せっかく、ビギ(Men's BIGI)の衣装を身に纏ったショーケンが格好良いのに、その正体が在日鮮人じゃぁ、貧乏チンピラのイメージが染みついてしまい、TVドラマが台無しである。

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  今から考えると昭和50年代のドラマ制作者は失敗を恐れず、常に新しいものを追い求め、チャレンジ精神に富んでいたことが分かる。第三話では、名優の室田日出男が元ヤクザのヒモという「高階忠(たかしな・ちゅう)」を演じ、その情婦「有明マリ」には中山麻理が起用されていたのだ。放送時間帯を考慮していなかったのか、ヌードダンサー役の中山麻理は大胆にも乳房を露出してステージに立っていた。日本ってある意味、倫理的リベラルというか、女性の裸体に対して寛容である。シーア派やワッハーブ派のイスラム国では考えられない。地上波での放送なんだから、小学生の子供が見てしまうじゃないか。そう言えば、アメリカやフランスの知識人が驚いていたけど、日本のコンビニでは子供が読む漫画本とエロ本が同じコーナーに並べられているんだから、西歐諸国よりも遙かに“進歩的”なのかも知れない。

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(左と中央:  中山麻理  /  右:  室田日出男)

  低視聴率で最終回を迎えた『傷だらけの天使』は衝撃的であった。修と一緒に田舎暮らしを望む亨は、一生懸命ゲイバーで働き、お客の歓心を買おうと、寒い夜にもかかわらず噴水の中に入ってしまう。この無茶が祟って亨は高熱を出してしまい、修がいない間にわびしく死んでしまうのだ。部屋に戻った修が、毛布にくるまっている亨を起こそうとすると、既に亨は息絶えていた。しかも、二人が暮らしていたペントハウスは解体されることになり、行き場を失った修は亨の遺体をリヤカーで運び、ゴミの埋め立て地に向かったのである。修はブランケットで包んだ亨の遺体をドラム缶の中に入れ、そのまま立ち去ってしまうのだ。「 えぇぇっっっっ! そんなぁ!!」と突っ込みたくなるが、これが自然に思えてしまうから不思議である。こんなのが警察に通報されたら大変な事になるじゃないか。でも、修だとやりそうな愚行である。ただし、亡くなった亨を裸にして、お風呂に入れてやるシーンは泣けてくる。「トルコ嬢(現在だとソープ嬢)」を連れてくるだけのお金が無い修は、ヌード写真をたくさん亨の体に貼り付けて「最後の快楽」を与えてやろうとする。傍から見れば馬鹿らしいけど、亨への愛情に溢れた行為だから、修の“純粋さ”に感動してしまうのだ。このドラマには制作者の情熱と出演者の献身が織り込まれていて、何とも言えない情緒がある。高視聴率を狙ったドラマが低視聴率に終わり、やりたい放題のドラマが名作になるんだから、藝術の世界では何が起きるのか分からない。「楽しくなければテレビじゃない」といっていたフジテレビが一番つまらないんだから皮肉なものである。
  



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