無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

人種問題

シンデレラは黒いユダヤ人 ? / 異人種がメンバーとなる英国王室

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黒木 頼景
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黒いプリンセスを持つ英国人

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(左: メーガン・マークルとヘンリー王子  /  右: アフリカ人の支援に熱心なメーガン)

  英国の主要メディアによると、ようやく英国のヘンリー王子が久しく付き合っていた女優のメーガン・マークル(Meghan Markle)と婚約するそうだ。彼女については以前、「プリンセスは黒人になるのか ? 」 というタイトルの記事で紹介したことがある。ただ、当時は確証が持てなかったので、彼女の素性について言及しないことがあった。 実は、メーガンはアフリカ系ユダヤ人であったのだ。彼女の母親ドリア(Doria Radlan)がアメリカ黒人であることは周知の事実だが、当初、父親のトマス(Thomas W. Markle)はオランダ系アイリス人と伝えられていた。しかし、アングリカン信徒の王子と婚約することになったから、宗教が絡む結婚式が問題となり、彼女の家系が明らかとなった次第である。王族との婚姻となれば、婚約者のプライバシーが詮索れるのは当然だ。ウェストミンスター寺院のスポークスマンによれは、メーガンのユダヤ的系譜はロイヤル・ウェディングの妨げにならないという。(Camilla Tominey, "Prince Harry and Meghan Markle Can marry at Westminster Abbey", Express, May 14, 2017)

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(左: 娘のメーガンと母のドリア   /  中央: 父のトマスと娘のメーガン /  右: メーガンに抱きつく黒人の子供)

  アングリカン教会の聖職者たちが“問題”にしないのは勝手だが、先祖代々イングランド王国に住むアングロ・サクソン系の愛国者からすれば“気になる”問題だ。まづ、メーガンは離婚経験者である。彼女は2011年から2013年まで、映画プロデューサーのトレヴァー・エンゲルソンTrevor Engelson)の夫人であった。ちなみに、彼はニューヨーク育ちのユダヤ人で、二人がジャマイカで結婚式を挙げた時、ユダヤ教のスタイルを用いたそうだ。("Church of England Approves Prince Harry's Potential Wedding with Actress of Jewish Background Meghan Markle", The Algemeiner, May 18, 2017)  メーガンは女優活動において、「種族的に曖昧」とか「ラテン系」、「セファルディー(スペイン系ユダヤ人)」、「エキゾティックな白人」などのレッテルを貼られたそうだが、あるインタビューでは、自らを「ユダヤ人」と称していた。普段は黒人と白人の混血児と自称しているが、心のどこかで父親の血統を意識していたのだろう。

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(左: メーガン・マークル  /  中央: トレヴァー・エンゲルソン /  右: 結婚していた時のトレヴァーとメーガン )

  啓蒙思想が荒れ狂った後の時代だからしょうがないけど、イングランド王国の王族には問題児が多い。何と言っても、ヘンリー王子の父親であるプリンス・チャールズ自身が、ダメ親爺なんだからエリザベス女王も頭が痛いんじゃないか。王太子のチャールズはダイアナ・スペンサー嬢と結婚したのに、こっそりとカミラ・ボウルズ夫人との密通を続け、それをダイアナ妃に察知されてあえなく離婚。しかし、英国の世間には別の悲報が待っていた。よりにもよって、失意のプリンセスが付き合ったのは、お金持ちだが有色人種のエジプト人。そんな二人は「婚約間近では ?」と囁かれた途端に、不審な事故で亡くなってしまい、警察が原因を調べたが手抜き操作もいいことろ。したがって、「交通事故死」とは言っても何となく怪しい。一方、突然訪れたプリンセスの悲劇にブリテン国民は愕然とする。ところが、美しいシンデレラの薨去(こうきょ)を横目に、チャールズとカミラは愛を育(はぐく)み微笑んでいた。親爺がこんな「体たらく」だから、息子のヘンリーが離婚経験者と結婚になっても反対できない。しかも、チャールズの弟アンドリュー王子だって、セイラ妃と離婚して話題となったくらいだから、もう英国王室の夫婦関係はメチャクチャだ。まぁ、ヘンリー八世みたいに、王妃を処刑して離婚した訳じゃないから、かなり穏健になったとも言えるのだが。

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(左: プリンス・チャールズ  / ダイアナ妃 / カミラ妃 /  右: アンドリュー王子)

  英国を含めた歐洲の王族には、根底を揺るがしかねない危険な兆候がある。すなわち、左翼思想の浸透だ。日本の庶民は志村けんが演じる「馬鹿殿」を観て爆笑しているが、伝統を重んずるヨーロッパ貴族はリベラル思想に染まった「若様」が増えたことに危機感を覚えている。過去には、モナコのプリンスが黒人のスチュワーデスと同衾(どうきん)し、貴族仲間が眉を顰めていたこともあるのだ。そもそも、世襲貴族は血統を以て親の爵位を継承するのに、その大切な血筋を軽視するんだから、もう保守派が目眩(めまい)を起こしても不思議じゃないだろう。愛国派のブリテン人は口に出して言わないが、かつてヘンリー王子が付き合っていたクレッシダ・ボナス(Cressida Bonas)嬢の方が“好ましい”と思っている。そりゃあ、声援を投げかけるプリンセスは白人の美女の方がいい。ケムブリッジ公爵夫人になったケイト・ミドルトン嬢も、婚約当時はマスコミから持て囃されたから、日本人も「なるほど」と思ったものだ。しかし、今回は違う。ユダヤ人と黒人の「ハーフ」じゃ気分が暗くなる。他人の色恋沙汰だから野次を飛ばすのはお門違いだが、「よりにもよって、あんな女と結婚しなくってもいいじゃないか !」と臣民が愚痴りたくなるのも当然だ。

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(左: 幼いヘンリー王子を抱くダイアナ妃  / クレッシダ・ボナス / ケンブリッジ公爵夫人になったケイト・ミドルトン / 右: ケムブリッジ公爵夫妻 )

外人系の天皇が出現する?

  我々日本人は“他人事”として英国の王室事情を見物しているが、類似の恐怖は日本の皇室にも忍び寄っている。現実性はかなり低いと推測されるが、もし近い将来、悠仁親王殿下のお妃が支那系ないし朝鮮系だったら、尊皇派の日系国民はどう思うのか? たぶん、日本人の多くは「目出度い」と評して祝福するだろう。だが、本音かどうかは解らない。皇族の自由恋愛を支持する日本人は、親王殿下の意思を尊重し、あからさまに反対する事はないだろう。しかし、心のどこかに“違和感”を覚えるはずだ。心の優しい日系国民は、美智子皇后陛下を讃美したように、新たなお妃を歓迎するだろうが、諸手を挙げて“敬愛”することはできない。なぜなら、皇族は古来の神様を祖先とする貴族であり、庶民はその統治能力ではなく、貴い血統を重んずるからである。我々は皇室を本家の総本家と見なし、陛下を日本民族の最高司祭として崇めてきた歴史があるからだ。

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(左: 昔の朝鮮人女性  / 朝鮮人の赤ん坊 / 朝鮮人のハンサム青年 /  右: 朝鮮系ハリウッド・スターのサンドラ・オー)

  なるほど、支那系とか朝鮮系のお妃といえども、帰化人の子や孫であれば、「日本国民」だから問題は無いだろう。しかし、それは書類上のこと。紙切れ一枚で「日本人」になる訳ではない。アジア人ではない日本人にとり、特定アジア人はどうも好きになれない人種である。経済的利益を求めてやって来たフィリピン人やタイ人の帰化人は、いくら日本語が上手でも「外人」に変わりない。とりわけ、支那人や朝鮮人の子孫となれば、もっと厭(イヤ)だ。これは理屈ではなく感情の問題である。理性で「いけない」と分かっていても、感情で拒絶してしまうのだ。特に、支那大陸や朝鮮半島原産の“おぞましい”種族を目にした日本人は、どうしてもこの特定アジア人を好きになれない。ましてや支那・朝鮮系の皇族なんて論外だ。でも、悠仁親王殿下が朝鮮系のお妃とご成婚となれば、生まれてくる皇子は朝鮮人の子宮から誕生したことになる。そうなると母方の祖父母が朝鮮人で、曾祖父母も朝鮮人となる。もし、お妃の親戚を含むことになれば、数十名の朝鮮人が血族となってしまい、日本の皇統と朝鮮人の血統が融合したことになる。

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(左: 昔の朝鮮で一般なタイプの朝鮮人女性  / 中央: 朝鮮人の家庭 /  右: 現代の南鮮にいるセクシーな女性のタイプ)

  さらに恐ろしいのは、お妃の祖先がゲスな「白丁(ペクチョン)」である場合だ。朝鮮統治時代に流れてきた朝鮮人や、戦後に密入国してきた在日1世には、全員と言っていいくらいロクな奴がいなかったし、その素性だって賤しい。朝鮮で蔑まれた牛の屠殺を生業(なりわい)とする下層民が、敵国日本で子孫を増やし、その一人が皇太子妃になるなんてゾっとする。否、「ゾっとする」どころの話じゃなくて、地獄で上映される「悲劇」のようだ。天皇陛下という「国父」は、日本国民の敬愛や尊崇の上に立脚するのに、未来の天皇陛下が朝鮮人の血筋では、国民の信頼が揺らいでしまう危険性がある。もし、朝鮮系の皇太子が現れれば、反日の南鮮人も「反日」の矛を収めるだろう。なぜなら、日本の中核を無血で征服したことになるからだ。日本人を憎む朝鮮人には、二種類の復讐方法がある。一つは、権力で皇室を叩き潰すこと。もう一つは、朝鮮人が天皇になることだ。考えるのも厭だけど、朝鮮人が日本に君臨し、「李氏日本」が実現すれは、半島の朝鮮人も少しは怒りが治まるんじゃないか。その一方で、国粋派の日本人は不満を募らせるから、結局、どう転んでも日鮮関係は良くならない。つまり、永遠に敵対関係が続くということだ。

異民族が国家を代表する美女に

  第21世紀に入ると、日本と西歐世界で国民国家の崩壊が顕著になった。先進国の公民というのは、同じ民族、つまり似た者同士で一緒に暮らすことを望む傾向が強い。ハプスブルク統治下のネーデルラントが、プロテスタントの連邦(いわゆる「オランダ」)とカトリックのベルギーに別れたのは、その分離嗜好を示す典型例である。ただし、いくら宗教の自由とか価値観の多様化を謳っても、西歐人の根底には同種族の絆を保ちたいという気持ちがある。多元性を口に出来るのは、心の何処かに安心感があるからだ。人種も文化もバラバラな民族が集まっても、国家どころか手芸クラブさえ形成することはできまい。昔、日本に流れ着いたインドシナ難民は、臨時の収容所でイザコザを起こしていたそうだ。理由は簡単。ベトナム系と支那系の難民同士で反目していたからだ。「困った時はお互い様」と考えるのは脳天気な日本人だけで、アジア人は他人を押しのけて自分だけは助かろうと謀る。食糧不足の時は、みんなで食べ物を分け合うより、他人を殺して自分の取り分を増やすことを考えるのが常識だ。「人でなし」の支那人だと、他人を殺してその肉まで食べるんだから、呑気な日本人には到底真似できない。そもそも、人間の「質」が違うのだ。味の素の社員だって、クックドゥー・シリーズで「黒酢酢豚」を考案できたが、「黒酢人肉」は開発できまい。

  話が逸れたので元に戻す。精神的に“おかしい”ドイツでは、また一つ“うんざりする”事件が起きた。2018年の「ミス・ユニバース」に向けて、「ミス・ドイツ」の銓衡会(せんこうかい)が行われたのだが、何とユダヤ系の代表者が選ばれてしまったのだ。この栄冠を手にしたのは、ドイツ南部の都市カールスルーエ(Karlsruhe)で育ったタマー・モラリ(Tamar Morali)という女性である。彼女は姉妹と一緒にユダヤ人学校へ通い、ヘブライ語を勉強したり、ユダヤ人運動にも参加したそうだ。(Tamara Zieve, "For the first time ever, Miss Germany could be a Jew", The Jerusalem Post, November 23, 2017) ところが、タマーの学習熱はこれに留まらなかった。彼女は17歳になるとイスラエルへと留学を果たし、ヘルツィリヤにある私立大(IDC)に入り、コミュニケーションの学位を取ったという。(Jack Morre, "First-Ever Jewish Finalist In Miss Germany Contest", Newsweek, November 27, 2017) さすが、ユダヤ人の民族愛は、ドイツ人と「ひと味」も「ふた味」も違う。ところで、ヘブライ語を流暢に喋ったり、イスラエルにまで留学するゲルマン系ドイツ人は何名いるのか?

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(左: タマー・モラリ  /  右: アナ・ユリア・ハーゲン)

  ミスコンの難関をくぐり抜けたモラリ氏は、「ドイツにおけるユダヤ人」という民族的背景を隠すことなく、堂々と自身の正体を明かしていた。彼女はマスコミからインタビューを受けて、「私はドイツ系ユダヤ人出あることを誇りに思っています」と述べていた。しかも、ヘブライ語で母親に語りかけていたから、取材記者たちには驚きであったという。(Shira Feder, " Meet The First Jewish Contestant For Miss Germany", The Jewish Daily Forward, November 22, 2017) ただし、一般のゲルマン系ドイツ人がどう思っていたかは不明である。なぜなら、彼女は自分自身の達成感だけではなく、イスラエルや全世界に散らばったユダヤ人のためにも嬉しい、と感想を述べていたからだ。仮にも、ドイツを代表しているはずなのに、他国のユダヤ人まで代表していると漏らしているんだから、愛国派のドイツ人にしたらおもしろくない。もっとも、ゲルマン人らしからぬユダヤ人娘が「代表」に選ばれたんだから、彼らは最初から興味が無いのかも知れないぞ。確かに、美意識は十人十色で、ある角度からすれば、タマーは魅力的なユダヤ人女性に見える。だが、西歐人が好む金髪碧眼のアーリア人タイプじゃないから、ゲルマン系男性にとっては少々不満かも知れない。

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(左: アナ・ユリア・ハーゲン   / 中央と右: ジョセフィン・ドナト  )

  人種差別との非難を招くかも知れないが、やはりドイツの代表はゲルマン系美女でなきゃ胸がときめかない。異国の日本で発行される少女漫画にだってゲルマン系のキャラクターが主流だし、映画やTVドラマに登場する悲劇のヒロインにも西歐系美女が多いじゃないか。ちょいと過去の「ミス・ドイツ」を思い起こせば、モラル氏との“格差”というか、“隔たり”は否めない。例えば、2013年に「ミス・ユニバース」ドイツ代表に輝いたアナ・ユリア・ハーゲン(Anna-Julia Hagen)は美しかった。彼女はモラリ氏と違って、ポツダム大学で英米文化を学んだそうだ。2014年にミス・ドイツになったジョセフィン・ドナト(Josefin Donat)も印象的だ。彼女は見るからに快活で、余暇にはスポーツやサイクリングを楽しみ、とりわけドイツ文化を大切にしているという。(ジョセフィン曰わく、「私は全部がドイツ人なの !」だってさ。ユダヤ人であることを誇るモラリ氏とは大違いだ。) 彼女はいかにもヨーロッパ系ドイツ人らしく、伯父さんがパン屋を営んでいるので、毎年クリスマスになると彼女も一緒に「お菓子の家」を作り、家族みんなでキリストの誕生を祝うそうだ。彼女の自己紹介VTRでは、4、5歳くらいの写真も披露され、バレリーナの格好をした写真が映し出されていた。当り前だけど、美人というのは幼い時から可愛い。しかも、ジョセフィンは「ブロンドのエンジェル」という綽名を持っているそうだ。ごもっとも。異論無し。彼女の映像を観れば、「だよねぇ~」とうなづきたくなる。

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(左2枚: ユダヤ人の一般女性  /  右2枚: ミスコンに出場した黒人美女  )

  そう言えば、黒髪のセム系ユダヤ娘は何となく暗くて陰鬱に見えるから、「天使」というニックネームがつくことは稀だ。また、縮れ毛のアフリカ人美女だと、「ダーク・エンジェル」なんていう綽名がつきそうで怖い。だって、平松伸二の漫画に殺し屋を主人公とした『ブラック・エンジェルズ』というヒット作品があるから、「黒い天使」なんで不気味だ。西歐社会では「白」がポジティヴなイメージになっているから、肌の黒いアフリカ系女性にとっては本当に住みづらい。黒人の遺体だと革ジャンの素材にされそうだし、干しぶどうより黒い乳首だとゲルマン人の赤ん坊だって口を閉じる。夜中にタクシーを拾おうとしても、暗闇に溶け込んでいるから素通りされてしまうし、羽子板で遊んだ時、負けた罰として顔に墨を塗られても目立たないから、罰にならない。それに、黒人の宅配業者がベルを押して、「クロネコヤマトの者でぇ~す」と言えば洒落にならないだろう。応対した子供が「ママ、黒猫じゃなくて黒人が来たよぉ」と口走ってしまうから、母親は慌てて子供の口を塞ごうとする。

Johanna Acs 3Sophia Koch 2(左: ヨハンナ・アッチ  / 右: ソフィア・コッチ)
  ドイツ人の美意識には、まだ民族的嗜好が残っているのか、ゲルマン的美女を好むことが多い。例えば、2016年にはヨハンナ・アッチ(Johanna Acs)を選んでいた。「ミス・ユニバース」ドイツ代表を手にしたヨハンナは、音楽家の両親を持っていて、父親はピアニストで、母親はフルート走者にしてオペラ歌手であるという。クラシカル音楽を愛する家庭に生まれたヨハンナは、まさくしヨーロッパ的雰囲気の中で育った。彼女は愛する父からピアノを習い、ドイツ文化を直に継承している。ヨハンナの次にミス・ドイツとなったソフィア・コッチ(Sophia Koch)も魅力的な女性だ。彼女はハル大学でドイツ文学を専攻したそうで、英語はもとより、フランス語とスペイン語を話せるらしい。バレーを含めたダンス全般が好きと語るソフィアも、ミス・ドイツ代表に相応しい美人である。

  歴代のゲルマン系美人と比べると、2018年代表のタマー・モラリは「異邦人」に思えてくる。これは何もドイツだけの現象ではなく、隣国のフランスでも似たような人選が行われていた。例えば、2015年に「ミス・フランス」に選ばれたフローラ・コケレル(Flora Coquerel)のケースだ。彼女の父親はフランス人であるが、母親はベニン出身の黒人である。白人国家から派遣される黒人代表には、白人との混血児が多い。両親とも黒人の候補者だとなかなか選ばれないが、白人の血が混ざった女性だと、顔附きがヨーロッパ人に近くなるので審査が甘くなる。それでも、ケルト系フランス人にしたら不満だ。いくら地に堕ちたフランスといえども、曾てはヨーロッパ文明の中心であったから、「腐っても鯛」の精神が残っている。彼らは自宅で「黒人の代表は真にフランスを代表する女性じゃない」と怒りを募らせているのだ。

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(左: フローラ・コケレル  /  右: イリス・ミトゥネル)

  2017年にはイリス・ミトゥネール(Iris Mittenaere)がミス・フランスに選ばれていたが、彼女のような白人美女なら一般人も納得できよう。ちなみに、彼女は歯科医を目指して勉強していたそうだ。こんな美女が歯科医院に存在するなら、予約が殺到すること間違い無し。もしかしたら、プロ野球のドラフトみたいに、引っ張り凧(だこ)だったりして。(関係無いけど、「痛かったら言ってくださいねぇ~」と一般的に歯医者さんは優しいが、そもそも、ドリルで治療中だと喋れないじゃん。それに、「痛い !」と訴えても、「はい、我慢してねぇ」と却下。こんな調子だから、美人でなきゃ辛抱できないぞ。) やっぱり、旧植民地のニジェールとかギニア、ガボン、セネガル出身者、あるいはその子孫に当たる黒人女性じゃ「フランス代表」に相応しくない。多民族主義を標榜しているガリア系フランス人だって、ちゃんと両眼が揃っているんだから、白人の優勝者を見たいんじゃないか。もし、「カラー・ブラインド」が好きなら、黒人に眼球を潰してもらえばいい。盲人になれば人種の違いは気にならないから。

天皇陛下を貢ぎ物にする国会議員

  日本でも陰鬱な「ミス・ジャパン」が誕生したことがある。当ブログでも以前触れたが、黒人との混血児であるアリアナ・ミヤモト氏がミス・ユニバースの日本代表に選ばれた事がある。マスコミは彼女の美しさを絶讃したが、一般の日本国民は冷ややかで、熱烈な応援はあまり見られなかった。アメリカの保守派サイトでも彼女の選出は注目され、「日本でアフリカ系の女性が代表者となった !」と驚いていた。まぁ、ミスコンは民間団体のイベントだから何をしようが勝手で、第三者があれこれケチをつける筋合いじゃないけど、何となく納得できない。人種平等の建前で開催されるミス・ユニバースと違って、藝能界だと本音の人気投票が行われているから、こちらの方が本当のミス・ジャパンがいるかもしれないぞ。

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(左2枚: カトリーヌ・ドヌーヴ   /   右2枚: グレタ・ガルボ)

  とは言っても、筆者は最近の藝能事情に疎いから、インターネットで調べるしかない。ところが悲しいことに、美人女優ランキングの上位者を見ても、ほとんど「馴染みのない人」ばかり。TVドラマの視聴を怠ると時代遅れになってしまうのかなぁ、と愕然としたものである。辛うじて知っているのはアニメ『ヤッターマン』の「ドロンジョ様」を演じた深田恭子くらい。上位者には「石原さとみ」という女優がいて、最初は気付かなかったけど、最近テレビ放映された『シン・ゴジラ』に出ていた女の子であることが判った。爆笑モノだったが、日系三世の特使を演じていた女優だったので、筆者の記憶に残っていたのだ。なるほど、石原氏は美人なんだろうけど、何であんな設定のキャラクターを与えられたのか理解に苦しむ。もしかしたら、藝能事務所と揉めた監督の嫌がらせなのか、と勘ぐりたくなる。邦画の衰退が著しいから仕方ないけど、今、「銀幕のスター」と呼ばれる女優はいるのか? 子供騙しの映画に出てくるアイドル藝人なら別だけど、本格的な作品で“大人”の観客を惹きつける映画女優がいるとは思えない。無料放送のテレビで気軽に見ることができる女優を、わざわざお金を払って劇場で拝むなんて馬鹿げている。「グレタ・ガルボやカトリーヌ・ドヌーヴ級の女優を !」とまでは要求しないが、せめて若い頃の岸惠子か大原麗子、多岐川裕美くらいの役者を見たい。(個人的趣味なのでご容赦を。)

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(左: 大原麗子  / 中央: 多岐川裕美 /  右: 岸惠子 )

  話がだいぶ逸れてしまったけど、国家を代表するのは、その国民が納得するような人物にすべきなんじゃないか。イギリス人やドイツ人は、もはや内部崩壊を止めることができないから、異民族を吸収しながら変質するしかない。未来のイギリス人やドイツ人は祖先の肖像画を眺め、「昔のイギリス人はザクセン人みたいに白かったなぁ」とか、「第20世紀までのドイツ国民は、北歐人とソックリだったね」と感嘆するはずだ。まことに、祖父母と違う肉体を有する子孫なんて恐ろしい。日本人もこれから別の種族に変わって行くだろう。もしかしたら、現在の我々は、神話時代から続く日本の終焉と多民族社会の勃興に挟まれた世代なのかも知れない。すくなくとも、天皇陛下だけは「日系日本人」であってもらいたいものだ。インド人とかアラブ人みたいな姿をした天皇陛下じゃ悲しくなる。杞憂に終わればいいけど、朝鮮系議員が幅を利かす国会になれば、彼らは間違いなく陛下の南鮮訪問を強要するぞ。かつて、首相になった宮澤喜一は陛下を支那人に売り飛ばした。したがって、将来の国会議員が陛下を朝鮮人に売り飛ばさない、という保障はどこにもない。我々はボランティアでも自称でもいいから、皇室の近衛兵にならないといけないね。




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「保守反動」の知識人だって? / トランプを支援するアメリカ人(Part 2)

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トランプを貶める印象操作

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(左: 支持者の赤ん坊を抱くトランプ  /  右: 娘のイヴァンカと一緒のトランプ)

  北朝鮮の核問題をどうするかで来日したトランプ大統領は、金王朝の抹殺よりも、本国における「トランプ降ろし」の方に心配がある。彼に恨み骨髄の主要メディアと民衆党議員に加え、共和党のエスタブリッシュメントまでもが「ロシア疑惑」に便乗して、目障りな天邪鬼(あまのじゃく)を叩き潰そうと目論んでいるらしい。日本でもトランプ大統領は何をしでかすか分からない風変わりな大統領と思われている。というのも、米国のリベラル系メディアが垂れ流した“濃厚”なトランプ批判を、日本のマスメディアが“希釈”して世間に拡散しているからだ。ただし、報道番組のプロデューサーが画面に出て来て、直接「みなさぁ~ん、トランプはトンデモない奴なんですよぉ~」と言えないから、一声掛ければ飛んでくる御用学者とか、テレビ藝者で食っている評論家を出演させて、自分の代弁者にしているだけ。紅生姜より真っ赤な頭と全共闘崩れみたいな顔附きの制作者が登場したら、一般視聴者は、「何、この人?! 不気味だわぁ」と目を背けてしまうので、民衆に観てもらうには大学の名札を附けた知識人をひな壇に飾る方がいい。日本人は一般的に、テレビ用の木偶の坊が“何”を語ったかではなく、どんな“肩書き”を持っているかで判断するから、左翼メディアはこうした大衆心理をよく弁えている。

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(写真  / トランプを支持するアメリカ国民 )

  御用学者には様々なタイプがいるけど、アメリカ政治を話題にした場合、テレビ局は上智大学の前嶋和弘教授とか早稲田大学の中林美恵子教授を招いたりする。(NHK出身の手嶋龍一はもうお払い箱なのかも知れない。) 「いま世界は」を放送するBSのテレ朝は、こうした常連客ではなく、青山学院大学の教授をしている会田弘継(あいだ・ひろつぐ)と国際教養大学の客員教授をしている小西克哉(こにし・かつや)、アイリス系アメリカ人の藝人パックンを呼んで、トランプ批判をさせていた。今では学者を気取っているが、元々小西氏は通訳者が本業で、昔は日本版の「CNNデイ・ウォッチ」でキャスターを務めていた人物だ。確かに、アメリカの風物や話題には詳しいけど、そんなのは米国本土で飛び交っている情報を和訳しただけだ。一日中、米国のテレビ討論番組やトーク・ショーを見ていれば、一般人でも所謂「アメリカ通」になれるだろう。
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(左: 前嶋和弘  / 中央: 中林美恵子 /  右: 小西克哉)

Patrick Harlan 1(左  /  「パックン」ことパトリック・ハーラン)
  何の“才能”や“特技”があるのか分からないけど、「タレント(才能)」を自称するパックン(Patrick Harlan)に至っては論じるまでもない。日本のテレビ制作者は外国の問題を扱う時、必ず日本語の得意な外国人を起用し、彼らからの「ご意見」を頂戴しようとする。どうせ、台本通りに局アナが質問を投げかけて、外人ゲストが用意された答えを話すという茶番劇なんだろう。これでは、まるで事前に答えを教えてもらった女優が、クイズ番組に出場し、全問正解を達成するようなものだ。テレビ局員にとったら一般人など“ちょろい”もので、局アナが「ハーバード大卒のパックンです!」と紹介すれば、もう一級の「アメリカ通」みたいに思ってしまうのだ。でも、いくら有名大学を出たからといって、比較宗教学なんかを専攻した奴がアメリカ政治について的確な解説をできるのか? せいぜい床屋政談が関の山だろう。たとえ、政治学を専攻したアメリカ人ゲストがいても、そんなのは民衆党贔屓のリベラル派だったりするから、日本人の視聴者は用心しなければならない。日本の庶民は日本語を流暢に話す外人を直ぐ信用してしまうが、その政治信条や家庭環境、民族的素性をよく吟味しないと、一杯食わされる破目になるぞ。

Aida Hirotsugu 1(左  /  会田弘継)
  外人コメンテイターはともかく、注意しなければならないのは会田弘継の方だ。彼は共同通信社のワシントン支局長を務めたから、一応、アメリカの事情には詳しい。だが、その学識は極めて浅いから、時事問題の解説くらいならくらいなら適任だけど、眉唾物の「アメリカ思想史」を専門にしているから、話半分として聴いとくべきだ。笑っちゃいけないけど、彼は「地球社会共生学部」という新設の学部に属している。大学側の説明によると、「共生マインドをテーマに、急成長する東南アジアを学びのフィールドの中心として、教養と社会科学の専門性を併せ持った、グローバル人材を育成」するそうだ。「共生」とか「グローバル人材」なんて掲げている学科に碌なものはないから、たぶんこれも国連を信奉するアホな役人とか教員を養成する機関なんしゃないか。(関係無いけど、こうした文言は小池百合子やルー大柴が好きそうなフレーズである。) 学部の紹介によれば、「世界の経済は、これまで欧米を中心としていましたが、今後、アジアを中心とした経済に変わろうとしている」から、お坊ちゃんやお嬢ちゃん達にタイやマレーシアの社会を学ばせるそうだ。でも、習得する言語は英語が中心なんだって。まぁ、タイ語とかマレー語じゃ学生の評判が悪くなるからねぇ~。

  大学で「保守思想」を解説する会田氏は、トランプ大統領の支持基盤となる、アメリカの白人層について述べていた。この白人たちは東部や西部に群れる左巻きの市民ではなく、中西部や南部に昔から住む中産階級の国民だ。会田氏の評論によれば、こうした白人たちは1950年代のアメリカを懐かしみ、白人中心の社会に戻りたがっているそうだ。しかし、人種平等や多民族主義を暗に「良し」とする会田氏にとったら、トンデモない連中である。彼は著書の中で次のように記している。

  ・・・1950年代は公民権法制定以前の時代でもあり、人種差別があふれていた時代でもあった。南部では黒人をリンチする凄惨な事件がいくつもあった。50年代へのノスタルジアとは、すなわち反動なのだ。トランプ現象は巨大な反動現象とみることができる。(会田弘継 『トランプ現象とアメリカ保守思想』 左右社、2016年、p.139)

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(左: 格好いい黒人ラッパー  / 中央: ミス・コンテストに出場した黒人美女 / 右: 可愛らしい黒人の赤ん坊 )

  会田氏の見解を鵜呑みにすれば、トランプを支持する白人有権者とは、人種差別を肯定し、有色人種を排斥する“守旧派”に見えてしまう。現在の米国を肯定する会田氏は、「トランピズム(トランプ現象)の意味するところは、南北戦争以前の世界、アメリカが再び差別の世界へ戻ってゆくことなのではないか」と疑問を呈している。(上掲書 p.143) なるほど、トランプ支持者には白人が多く、黒人やヒスパニック、アジア人が極めて少ない。だが、米国は元々イギリス系入植者が建てた国なんだから、西歐系白人が政治の主体でも不思議じゃないだろう。むしろ、東歐や南歐からの貧乏移民、ゲットーから這い上がってきたユダヤ人、密入国者だったヒスパニック住民、奴隷の子孫である黒人、出稼ぎ目的でやって来たアジア系帰化人、難民を装ったイスラム教徒の中東アジア人などが、デカい顔をして我が物顔に居坐っている方が異常なんじゃないか。

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( 写真   /  人種混淆で絶滅しそうな西歐人の男女と幼児)

  学者気取りの会田氏は、ルイス・ハーツ(Louis Hartz)の『アメリカ自由主義の伝統』(講談社学術文庫)やラッセル・カーク(Russel Kirk)の『保守主義の精神』を囓って、アメリカの政治思想を分かったような気になっているが、所詮ジャーナリスト上がりであるからなのか、洞察力と知識量に乏しく、ちょっと出来の良い西歐人の大学生が聞けば、「この程度かぁ」と笑いそうな内容である。たぶん、彼は教養人なら精通しているギリシア・ローマの古典や中世史を若い頃に修得していないのだろう。(ジャーナリスト生活が長いと、じっくりと腰を据えて学問に打ち込めないから、仕方ないのかも知れない。あるいは、単に学問的センスが悪いだけだったりして。) 会田氏はリベラル派を自称するマーク・リラ(Mark Lilla)の『破壊する精神』を訳したことがあるので、反トランプ主義と極左思想にかぶれているのかも知れない。ただし、会田氏自身が元から左巻きということも考えられるので、ここでは断定しないことにする。とにかく、俄(にわか)仕込みの知識を披露する会田氏は、リバタリアン派やジョン・ロックの政治思想にも言及し、南部で燻る「反動的保守主義」について講釈を垂れているが、第17世紀の英国で繰り広げられた國體論争や、大法官や枢密院顧問官らによる行政手腕の歴史、あるいはシヴック・ヒューマニズムの伝統をどれだけ理解しているのか怪しいところだ。まぁ、会田氏の認識に反論すると長くなるのでここでは割愛したい。

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(左: ルイス・ハーツ  / 中央: ラッセル・カーク /  右: マーク・リラ)

  しかし、南部系の保守主義に対する会田氏の批評には反論したい部分がある。彼はジョージ・フッツヒュー(George Fitzhugh)の「偉大なる保守的反動」とか「反動的啓蒙」持ち出して、アメリカの伝統に根づく真正保守主義(paleoconservatism)の知識人、とりわけパトリック・ブキャナン(Patrick Buchanan)やサミュエル・フランシス(Samuel Francis)を批判しているから、両者の言論に賛同する筆者としては、「お説ごもっとも」とはうなづけない。フランシスは日本で知られていないが、ニクソン大統領のスピーチ・ライターを務めたパトリック・ブキャナンの方は、日本でも多少知られており、彼の『超大国の自殺』『病むアメリカ、滅びゆく西洋』『不必要だった二つの大戦』を読んだ人も多いんじゃないか。また、1996年に行われたニューハンプシャー州での予備選では、共和党の大統候補であったボブ・ドール上院議員を破って1位となったから、かなり話題になったこともある。CNNの名物番組「クロスファイヤー」を観ていた人なら、「あの論客か !」と覚えている方も多いと思う。

  ブキャナンの主張とトランプの見解はといも似ている、と会田氏は分析する。なぜなら、ブキャナンはアメリカ・ファースト、貿易保護主義、移民排斥、日本やドイツの核武装容認、NATO不要論、日米同盟破棄などを主張していたからだ。ただし、ブキャナンが本気で日米同盟を考えているかは不明だが、「日本人を守る為にアメリカの若者が犠牲になるのは反対」という立場なら分かる。我々だってアメリカ人を楯にして押し入れに閉じ籠もることはしたくない。そもそも、日本人の理想は敵に立ち向かう勇敢な武士であって、お金を払って傭兵の陰に隠れる卑怯者ではないから当然だ。とは言うものの、地上波テレビ局や全国紙は反米を唱えながら、米軍に守ってもらうことを前提にしていたから情けない。これは極左集団のピース・ボートと同じ考えで、いざ海賊に襲われたら、この団体は海上自衛隊に助けを求めたそうだ。日本国内では散々自衛隊を罵倒していたのに、よくそんなことを言えたものである。同僚の辻元清美がどんな感想を述べたのか知りたい。

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(左: パトリック・ブキャナン  /  中央: ドナルド・トランプ /   右: サミュエル・フランシス)

  ブキャナンを批判する会田氏が持ち出したのは主に二つある。一つは、ブキャナンがカトリック信徒だから、米国のプロテスタント主義的自由に違和感を感じているのだという。(上掲書 p.191参照。) もう、こんな馬鹿らしい批判には言葉が出ない。それなら、ブキャナンが敬愛する建国の父祖がプロテスタント信徒なのをどう説明するのか? だいいち、彼の同志や友人にはプロテスタント信徒も多いし、彼自身も宗教心を踏みにじるフランクフルト学派に猛反発して、新旧を問わず伝統的なキリスト教文化を大切にしているじゃないか。ブキャナンは自身のカトリック信仰だけを擁護している訳ではないのだ。ユダヤ人の害悪に疎い会田氏は、「ネオ・コン」のユダヤ人に甘く、アメリカ・ファースト主義が反ユダヤ主義と結びついていると指摘する。そして、ブキャナンやトランプがユダヤ人を怯えさせたり不愉快にさせている、と同情していたのだ。彼はこう述べている。

  「アメリカ・ファースト」がブキャナンを連想させ、忌まわしいナチズムの記憶を刺戟するのだ。(上掲書 p.196)

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(左: ジョン・ミアシャイマー  / ノーマン・フィンケルシュタイン /  ジラッド・アツモン  / 右: クリストファー・ボリン)

  もう、まったく「どこまで「間抜けなんだ?」と問いたくなる。ユダヤ人はアングロ・アメリカをユダヤ人の楽園にするために、西歐系アメリカ人を教育界や政財界、藝能界、メディア界で洗脳してきたんだぞ。しかも、ユダヤ人に楯突く西歐人は社会的に抹殺し、たとえ、同胞のユダヤ人であっても容赦しなかった。イスラエル・ロビーを批判したジョン・ミアシャイマー(John Mearsheimer)とかホロコースト産業を指摘したノーマン・フィンケルシュタイン(Norman Finkelstein)、シオニズムを糾弾するジャズ・ミュージシャンのギラッド・アツモン(Gilad Atzmon)、9/11の闇とシオニストの影を追求したクリストファー・ボリン(Christpher Bollyn)などを想い出せば分かるだろう。会田氏は対独戦に反対していたチャールズ・リンドバーグや「アメリカ第一委員会(America First Comittee)」のメンバーを批判しているが、愛国主義者がアメリカ軍将兵の命や国益全般を優先するのは当然じゃないか。日本軍を利用して「裏口」から対独戦に参入しようとした、フランクリン・D・ローズヴェルト大統領やジョージ・マーシャル将軍の方がよっぽど悪人である。

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(左: チャールズ・リンドバーグ  / 中央: フランクリン・デラノ・ローズヴェルト /  右: ジョージ・マーシャル)

国際主義者を反駁する愛国主義者

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(左: 従来の白人家庭  /  右: 新たな異人種カップルの家族)

  筆者にとって最も腹に据えかねるのは、保守派の愛国者であるサミュエル・フランシスを、一知半解の会田氏が「恐ろしい」知識人と評していたことだ。(上掲書 p.98) 会田氏が何故フランシスを「恐るべき反動」と感じていたかと言えば、彼が「人種秩序の再構築」、すなわち白人が優位な立場を占める社会を再建しようと狙っていたからだという。これまた笑止千万だが、フランシスの思想は保守派の中でも「異端」だそうだ。(上掲書 p.199) 確かに、人種を持ち出せば大抵の保守派白人はたじろぐ。しかし、それは左翼教育が徹底しているからで、西歐系白人は異人種混淆を心の底から願っている訳ではない。サム・フランシスが勇敢な少数者であるだけだ。だいたい、アメリカ白人が自分の血統や種族を肯定し、祖先の偉業を称讃するのがそんなに悪いのか? ヒスパニック系国民は、インディオ系の血筋を堂々と掲げ、「アメリカ大陸は元々我々のものだ」と主張しているが、そのイデオロギーを会田氏はどう評価するのか。ラテン系移民の大義は正論で、アングロ系国民の主張は暴論とするのはおかしい。

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(上イラスト  / 1950年から60年代の頃のアメリカ人 )

  リベラル派のアメリカ人は「多様性(diversity)」が大好きで、色々な人種が混在する社会を素晴らしいと評するが、本当にそうなのか疑問が残る。試しに、米国や日本の不動産屋に、「白人だらけの住宅地」と「黒茶黄色の人種が混在する多民族地区」のどちらが高いか、と訪ねてみればよい。たぶん、相場と利益を重んずる不動産屋は、人目を気にしながら「そりゃあ、白人地区に決まってますわ !」と小さな声で答えるだろう。愛情が絡む養子縁組みだって、白人の赤ん坊の方が遙かに値段が高い。黒人の子は安値をつけても売れ残る。もっと露骨なのはおもちゃ市場で、ある記事に載った玩具店では、美しい白人の人形ばかり売れてしまい、黒い人形は棚に残ったまま。在庫品を抱えた店主は、特別セールにして在庫整理を図ったそうだ。しかし、それでも売れ残ったそうだから、現実の商売は厳しい。経営者はどんな商品が「売れ筋」、つまり「人気商品」になるのかを勉強すべきだ。

William Buckley 10(左  /  ウィリアム・バックリー)
  「アメリカ通」を臭わせる会田氏は、フランシスの主張が反動的で人種差別的なのもだから、ウィリアム・バックリーの『ナショナル・レビュー』誌から追放になったのだ、と述べていたが、それは半分の真実でしかない。当ブログでもウィリアム・バックリーの問題点に言及したから、詳しくは過去の記事を参照してもらえれば分かってもらえると思う。ただ、どうしてフランシスが『ナショナル・レビュー』誌から弾かれたかを簡単に述べるとすれば、それは優雅な生活をしたいバックリーが、ユダヤ人を含む広告主やリベラル思想に傾く執筆陣に日和(ひよ)ったからである。アメリカ社会の宿痾(しゅくあ)を鋭く剔(えぐ)り、その核心を突こうとすれば、どうしても人種に触れなければならないし、絶大な権力を誇るイスラエル・ロビーを批判せねばならない。ところが、裕福なユダヤ人を攻撃すれば、雑誌の存続が危ぶまれるし、テレビ局の仕事も少なくなる。政治番組によく招かれていたバックリーにとっては痛手であり、大幅な収入減となってしまう。上流階級の紳士として暮らしたいバックリーからすれば、人種意識を喚起する執筆者なんか邪魔者以外の何者でもなく、販売部数を減らす元兇にしか過ぎない。リベラル派に擦り寄るバックリーと袂を分かった仲間を挙げてみれば、日本人でも「なるほど !」と解るだろう。例えば、パトリック・ブキャナンやジョセフ・ソブラン(Joseph Sobran)、ピーター・ブリメロー(Peter Brimelow)、ケヴィン・ラム(Kevin Lamb)、ジョン・オサリヴァン(John O'Sullivan)、チルトン・ウィリアムソン(Chilton Williamson)、クライド・ウィルソン(Clyde Wilson)、ジョン・ダービシャイアー(John Dirbyshire)など、みな惜しい人物ばかりだ。

Peter Brimelow 1Chilton Williamson 1Clyde Wilson 1John O'Sullivan 1








(左: ピーター・ブリメロー  / チルトン・ウィリアムソン / クライド・ウィルソン / 右: ジョン・オサリヴァン )

  会田氏はドナルド・ウォーレン(Donald Irwin Warren)が名づけた「ミドル・アメリカン・ラディカルズ(MARs)」を持ち出して、フランシスの言動と彼に同調する白人たちを槍玉に上げていた。ちなみに、このMARsとは有色人種の台頭に疑問を抱き、望んでもいない移民の大量流入や東部支配階級(エスタブリッシュメント)の専横に叛旗を翻した「怒れる白人」のことである。ウォレンが行った1970年代の調査によれば、MARsとは年収3,000ドルから13,000ドルくらいいの所得を有する白人世帯で、北部ヨーロッパ系のアメリカ人が多い。彼らの大半は高卒で、大学に進む者は少なく、プロテスタント信徒よりも、カトリック信徒やユダヤ教徒で、プロテスタント宗派がいても、モルモン信徒やバプティスト信徒である。こうした白人は専門職とか経営職というより、熟練工や未熟練のブルー・カラー(筋肉労働者)であることの方が一般的だ。特徴的なのは、左翼勢力と違って、彼らは政府が金持ちと貧乏人の両方に味方し、中流階級を等閑(なおざり)にしていると考える。MARsの頭には、「富者が貧者の要求に屈し、中間所得層がその法案の為にお金を払う」という認識があるそうだ。(Donald I. Warren, The Radical Center :  Middle Americans and the Politics of Alienation, Notre Dame : University of Notre Dame, 1976, pp.23-29) 

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(左: ドナルド・ウォーレン  /  右: 悩めるアメリカ白人)

  では、サム・フランシスはどの様な見解を持っていたのか。彼はMARsについての文章を残している。白人中間層を支配する階級(ruling class)は、国内問題だと、左翼(リベラル的)イデオロギーを実現する為に、経済計画を強化し、社会改造(social engineering)に取り組む。外政では、巨大組織や国際同盟を通じて国家の枠組みを越えた活動に従事する。そして、地球規模の同志愛を深め、国家の区別や差異を消そうとするそうだ。こうしたエリートはコスモポリタン的倫理を重視するという。この倫理的価値観は小さな町とか家族、ご近所付き合い、世間との絆、伝統的アイデンティティーをあざ笑い、西歐の伝統社会を覆そうと試みる。彼らは大都市のライフ・スタイルとか匿名性を重視し、階級や性別の違いが無く、道徳が撤廃され、根無し草の原子的個人、つまり自分を特徴付ける集団やアイデンティティーをもたない私人を好む。しかも、道徳的束縛や躾を嫌い、物質的快楽に浸り、自惚れを称讃する。そして、彼らは従来の価値観や忠誠心、社会的繋がりをも超越しようとするのだ。(Samuel Francis, "Messages from MARs : The Social Politics of the New Right", in Beautiful Losers : Essays on the Failure of American Conservatism, Columbia and London, University of Missouri Press, 1993,  p.64)

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(左: ジョン・F・ケネディー  /リンドン・B・ジョンソン  / マクジョージ・バンディー /  右: ロバート・マクナマラ)

  フランシスの議論を聞いていると、我々は国際金融の資本家やグローバリストの知識人を思い浮かべてしまう。故郷に根ざした思想を重んずるフランシスは、合衆国の主権を簒奪し、共和政の精神的支柱を蹂躙する「新しいエリート」を糾弾する。この支配者は特に、連邦政府の官僚組織を拡大して問題の解決を図ろうとする傾向が強い。古いエリートは地方と中央の政府、および連邦議会に頼った。しかし、カエサル的政治スタイルを有する新エリートは、ローズヴェルトやトルーマン政権下で、大統領の権能を最大限に利用し、地方と中央政府、議会の権威と権能を貶め、稀薄にしたうえで、最終的に簒奪を試みる。特に、ケネディー政権やジョンソン政権に入っていた“進歩的”でリベラル派のマクジョージ・バンディー(McGeorge Bundy)とかフォードの社長から国防長官になったロバート・マクナマラ(Robert S. McNamara)、彼の後任でスーパー弁護士の異名を取るクラーク・クリフォード(Clark Clifford)、財務長官のクラレンス・ダグラス・ディロン(Clarence Douglas Dillon)、リベラル派の経済学者として著名なジョン・ケネス・ガルブレイズ(John Kenneth Galbreith)などを思い起こせば分かるだろう。

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(左: クラーク・クリフォード  / 中央: クラレンス・ダグラス・ディロン / 右: ジョン・ケネス・ガルブレイズ )

James Burnham 1(左  /  ジェイムズ・バーナム)
  郷土愛に満ちたフランシスは「新たなエリート」を説明する際、高名な政治学者のジェイムズ・バーナム(James Burnham)が名づけた「管理統治者的階級(managerial class)」を用いていた。この人々は赤い貴族(ノーメンクラトゥーラ)のように民衆の上に君臨し、国家を民間企業の如く見なして運営しようとする。日本で言えば、大前研一みたいな奴らで、日本の伝統や風習を「下らない因襲だ !」と足蹴りにして、企業経営者の如く最大限の利益とかコスト・カット、合理的かつ冷酷な解雇・配置転換、知的優越を旨とする。元気な頃の大前は、「これからは地方分権の時代だ ! 古い日本を一度ガラガラ・ポンにて、再編成しよう !」だなんてほざいていた。こんな経営コンサルタントが東京都知事の椅子を狙っていたんだから寒気がする。フランシスはグローバリズムを信奉する新エリートの本性を熟知していた。彼によれば、新エリートたちはナショナリズムを嫌い、インターナショナリズムを好むという。例えば、国連とか共通市場、大英帝国、大西洋コミュニティーなどを使って一般のアメリカ人を操ろうとするらしい。(上掲書 p.73)

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(左: 大前研一  /  中央: 地球をデザインするグローバリズムの絵/  右: ダース・ベーダーのような「闇黒卿」にされたジョージ・ソロス)

  サム・フランシスは連邦政府や官僚機構に潜むパワー・エリートと、政財界で幅を利かせる大富豪たちを非難していた。アメリカでは上流階級のエリートが、リベラリズムを介して左翼かぶれの白人と烏合の衆たる下層民を取り込もうとする。フランシスが言うには、新しいエリートにとって、リベラリズムは非常に便利で、存在と権力を合理化する不可欠の公式であるそうだ。現代のリベラリズムは大衆の上に立つ政府や、官僚による社会的・経済的操作を正当化する。また、リベラリズムは大企業による経済を許し、経営学と功利主義に頼る上級職員は、進歩的思想を持っているという。彼らは先祖代々受け継ぐ遺産とか、敬虔さ、プロテスタントの美徳などを無視する。エリートは社会科学に基づく実践的訓練や行政手腕、ビジネス界で使われる経営手法で民衆を教育してやろうと意気込み、それを高らかに称讃するらしい。リベラリズムは社会的環境を官僚的運営で合理化するだけでなく、コスモポリタン的倫理の地均しをしようと目論む。リベラリズムとコスモポリタニズムは、インテリにアピールしながら、地方色の濃い非中央的制度を視野が狭く田舎的、頑固さや自分勝手の仮面であると描く。小さな町、家族、階級、宗教、倫理、地元の絆は後進的で、抑圧的、搾取を基にすると見なす。勤勉や倹約、自己犠牲、享楽を後回しにする、といった徳目は時代遅れで、清教徒的、絶対主義的、迷信的だと考えるそうだ。(上掲書 p.66)

  サム・フランシスが「過激」と見なされるのは、リベラル派の支配階級を倒すために、健全な常識を有する中流白人や、従来の政治家に見切りをつけた新右翼を動員しようとしたからだ。フランシスは言う。

  MARsと新右翼(New Right)が目指すのは、現在のエリートを追放し、彼らが自らを代わりに据えることである。この「革命」は暴力的叛逆とか大量虐殺、全体主義的支配ではなく、既存のエリートに新たなエリートが取って代わるという意味である。新たな文化的ルネッサンスに、思想や制度を変革する新しい原動力、物質的・精神的生活の開花へと導く革命なのだ。(p.69) 

  フランシスが画策したMARS と新右翼の連合は、社会をコントロールしようとする経営者機構を解体すること、あるいは根本的に修正し、政治問題と既存の制度に対しもっと過激なアプローチを試みることだった。しだって、右派連合の目的は、経営者的エリートが持つ権力機構の地方化、民間化、非中央化である。具体的には、企業や教育界、労働組合、メディアに蔓延(はびこ)る官僚機構の解体を意味するそうだ。

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(左: 1950年や60年代のアメリカ人の一般家庭  / 中央: 昔の貞淑なアメリカ人女性 /  右:  「コリアーズ」誌の表紙)

  会田氏はフランシスがKKK的な人種観を持ち、過激な反動主義者なので、『ナショナル・レビュー』誌のバックリーから破門されたのだ、と述べていた。だが、その「反動」とは何に対してのリアクションなのか? 沈黙する白人層を代表するフランシスは、1950年代に権力を増した国際主義者や人種統合を強制するリベラル派、不法・合法を問わず“無差別”に有色移民を迎える民族団体、グローバリストから巨額な献金を受けてその言いなりになる政治家に反対していたのである。国家の体質を改造・変質させた左翼に反撃を加えたから、「保守反動」と呼ばれるんだから、本当にたまったものではない。それなら、肥満や病気で変調をきたした患者を「元」に戻す医者は、白衣を着た「反動分子」なのか? 例えば、大量の荷物で左に傾いた船を心配した船長が、荷物を右側に移して船を安定させようとしたとする。ところが、その船長が後に乗客から「何で右に傾けたんだよぉ !」と糾弾されたら、日本人はどう思うのか。米国の「右派」やトランプが1950年代を懐かしみ、そこへ再び戻ろうとすることは、左派にとったら「反動」でしかない。

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(左: トランプを非難するアメリカ人  /  右: イスラム教徒のデモ)

  リベラル思想が正しいと思っている左翼白人や恨みに凝り固まった黒人、屈辱を噛みしめるヒスパニック帰化人、銭が命のアジア系移民などは、白人が主体だった西歐的アメリカを唾棄し、人種が入り混じった地球村を理想郷としているのだ。しかし、普通の日本人が現状のアメリカ社会を眺めれば、白血球が体内に入り込んだ黴菌をやっつけるように、白人が異質な侵入者に拒絶反応を示しているように見える。まぁ、米国がどうなろうと知ったことではないが、日本人は学者に騙されず、アメリカ人の愚かさと苦悩を直視すべきだ。我々にとって国家とは、拡大された「家」、すなわち同じ民族が温かい絆を保ちながら生活する共同体である。言うまでもなく、天皇陛下は全国民の家父長で、最高司祭を兼ねる国家元首。大家族のような日本人は国家の栄光を共に歓び、国難を共に憂い、何とかしようと努力する。国内で誰かが不幸に見舞われれば、同胞として救いの手を述べ、その苦しみを共に悲しむ。我々は皇室と共に歩み、喜びと哀しみを分かち合うから、他に類を見ない素晴らしい民族なのだ。我が国は賃料(税金)を払えば誰でも住める雑居ビルではない。アメリカの保守派が日本の真相を知れば、「俺たちもこんな国を持ちたい」と望むだろう。



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