無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

人種問題

日系人が消えて行く日本 / 外来種族に侵食される三流国家

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


好評発売中 !

電力行政の深い闇

  今さら言うまでもないが、日本の衰退は半世紀以上も前か語られてきた。保守派の言論人は毎年正月を迎えると、壊れた蓄音機のように「今年は大変な年になるでしょう」と囁く。でも、その“衰退”を招く要因は何なのか、具体的に、正直に、もっと言えば、露骨に述べることはない。なぜなら、根本的な原因を口にすれば、「極右」とか「民族差別主義者」と呼ばれてしまうからだ。

  敗戦前の日本は江戸時代から伝統を引き継ぎ、尚武の精神を持つ国家だった。しかし、共産主義者と反日分子が大東亜戦争を起こしたため、我が国は無残な敗北を味わい、武装解除の丸腰国家になっている。『正論』や『諸君!』で活躍した知識人は、GHQの検閲制度や罪悪史観を糾弾したが、本当に悪いのは敗戦革命を目指した日本の赤色分子とマッカーサー憲法を歓迎した進歩的文化人だろう。ソ連による日本占領を渇望した共産党や社会党は、日本の“非武装中立”を望んだから、敢えて合衆国の属州であることに反対せず、影ながら後押しをする形で日本人の劣化を歓迎したのだ。こうして数十年が過ぎると、堅実な中流階級でさえ何時の間にか「軍事は米国に丸投げでもいいんじゃないか」と思い始めたのである。経済的に豊かなら、何も頑張って軍隊を持つ必要は無い。「町人国家で良い」というのが一般人の本音だった。

  しかし、こうした“ぬるま湯”状態は冷戦時代の産物で、国際政治のパラダイムが変われば、負のスパイラルでしかない。案の定、安泰に馴れきった日本人の精神は腐蝕し、自分の命を他国に預けても不安に感じることはなかった。日本人は自ら進んで奴隷の人生を選んでいる。なぜなら、自分の運命を自分で決められない状態は奴隷の特徴であるからだ。独立不羈の精神を持たない奴隷は、外敵が来ても自衛できず、あっけなく殺されるか、命乞いをして別の主人に隷属するしかない。こうした「虫けら」には自尊心が無く、どんな屈辱を受けても抵抗せず、酷使されて行くうちに命をすり減らす。現在の日本人は、そこそこ財産を持つ小金持ちなので、筆者が警告しても「そんな馬鹿な」と笑ってしまうのだ。だが、冷静に周囲を見てみれば気づくはず。国防軍を持たず、経済の縮小にも悩む日本は、確実に情けない小国となっている。

a3
(左  / 森山栄治 )
  本来、日本を再建するには、先祖から引き継ぐ「日本人の魂」を覚醒させねばならないが、現実はその逆を歩んでおり、日本人が日本人でなくなっている。最近、ワイドショーや報道番組は関西電力の役員が起こしたスキャンダルに着目し、高浜町の元助役、森山栄治(故人)から多額の金品をもらっていた、と騒いでいる。確かに、3億円もの金品なら賄賂とかキックバックと推測できるが、問題の本質は「袖の下」ではない。重要な点は関西電力と元助役、および関連企業の経営者にある。在日鮮人と同和問題に詳しい三品純によれば、森山氏は「同和のドン」、すなわち現地の同和問題を取り仕切る業界の首領であったという。(三品純 「関電が恐怖した高浜町助役は地元同和のドンだった !」 示現舎、2019年10月2日) 原発行政には様々な利権や問題が複雑に絡み合っているから、地元の住民や企業に“睨み”が利く大御所は、各方面で絶大な権力を持つ。もう亡くなったが、自民党の闇将軍、官房長官を務めた野中広務とか、民主党政権で環境大臣や復興対策担当大臣を務めた松本龍が部落解放運動に深く関わっていたことは周知の事実。大半の国民や議員は、「部落」とか「同和」「在日」と耳にすれば、仔犬のように怯えてしまい、部落解放同盟の政治家が乗り出してくると、ヒラメかバッタのようにひれ伏す。

  地上波テレビは言及しなかったが、森山元助役とツルんでいたことで注目を集める、「吉田開発」の吉田彪社長は帰化鮮人であるという。同社は関西電力から三年間で少なくとも15億円の仕事を受注していたというから、実際はもっと多くの仕事を受けていた可能性もある。吉田社長は高浜町の住人ではなく、以前、舞鶴の部落解放同盟員に森山氏を紹介してもらい、1984年頃、高浜町に来たそうだ。そこから、短期間で不動産会社とゴルフ練習場で大儲けしたらしい。当ブログでは何度も朝鮮人の帰化問題を取り上げたが、在日朝鮮人が日本国籍を取得し、部落解放同盟の力を利用して蓄財に成功するとは、何とも嫌な光景である。

世間を騒がせた帰化鮮人

  「政治的正しさ(PC)」に敏感な大手マスコミは、吉田社長の「帰化鮮人」という素性に触れなかったが、巷の日本人は別の帰化鮮人、これまたウンザリするけど、テコンドー協会の会長である「金原昇」が起こしたスキャンダルに関心を寄せていた。金原会長は「テコンドー協会のドン」と呼ばれているそうで、彼はJOCを通してコーチに支払われる報酬に目を附け、その半分を“上納”させて私腹を肥やしていたという。この「金原体制」に異議を唱える者は排除され、最終的に協会を去る破目になった。また、金原会長は内閣府の調査を避けるため、公益法人の認定を返上し、協会を一般社団法人に切り替えたそうだ。こうして絶大な権力を誇るようになった領袖は、さらに有頂天となり、試合の判定にまで容喙するようになった。例えば、自分の息子が試合に出たとき、審判の直ぐ後ろに立って、“威圧”のオーラを放ったらしい。もちろん、判定は御子息の勝ち。何となくアマチュア・ボクシングの「奈良判定」と同じで、テコンドー試合の「金原判定」と言いたくなる。

Kanehara 1( 左 / 金原昇 )
  週刊新潮の記事によれば、金原昇会長は貧しい家庭で育ったらしく、小学生の時に母親を亡くし、土木作業員の父親に養われたそうだ。在日朝鮮人と聞けば、何となく怖いイメージが漂ってくるが、やはり金原氏もカタギの人間ではなく、高校時代には番長を務めており、上京した時には喫茶店のボーイになったという。ところが、そのまま喫茶店で給仕を続けることはせず、松本市に戻ると金融業を始め、フィリピン・パブや韓国クラブまで手を伸ばし、「マキシム・グループ」の代表になったそうだ。ただし、金融業者といっても「高利貸し」であった。意外なことに、金原氏自身はテコンドーの経験は無く、お金と話術で会長の座を掴んだという。

  ただし、彼には「武勇伝」らしきものがあって、それはヤクザに撃たれたという「拳銃伝説」だ。高利貸しをしていた金原氏が、暴力団との接触を持っていたのは不思議ではない。約30年くらい前のこと。フィリピン・パブを経営していた金原氏は、ヤクザの「みかじめ料」を断ったことがある。そこで、激昂したヤクザは金原氏に向かって発砲し、弾丸は彼の腕を貫通したそうだ。ヤクザと揉めて発砲事件に遭うとは、いかにも高利貸しの朝鮮人らしい。まぁ、帰化鮮人が裏社会と繋がるのはしょうがないけど、よりにもよって、“なぜ”こんな人物が協会のトップになれるのか? 本当にテコンドー協会って「カタギの組織」なのか?

  「マイノリティー」と呼ばれる下層民族は、地元の中流階級とは違った人生を送ることが多い。例えば、歐米社会に住む黒人は、科学者とか裁判官、大学教授、専門職のホワイトカラーになることが少なく、レゲーやラップ音楽のアーティスト、あるいはバスケットボールやフットボールの選手になったりする。言っちゃ悪いが、黒人は頭脳労働より筋肉労働に適している。まともな白人なら、パンチ・ドランカーになるボクサーを選ばず、定年退職まで健康に過ごせる製造業の重役とか、社会的ステータスの高い金融業のディーラーなどを選ぶ。刑務所みたいな公立学校に通う黒人少年は、知的産業に就職できないから、体を張った「ハイリスク・ハイリターン」の職業を目指す。マイク・タイソンを思い出せば分かるけど、ボクシングは兇暴な黒人にピッタリの職業だ。どうせ、黒人の悪ガキどもは、街角や路地裏で喧嘩や殺傷事件を起こして刑務所に収監されるから、それなら、お金をもらってアスリートを殴った方が得である。たとえパンチ・ドランカーになったとしても、最初から脳味噌を使ったことがない「パッパラパー」なんだから、大した違いは無い。

密入国者が「国民」になってしまう日本

  テコンドーと同じく、ボクシング界にも朝鮮人や帰化鮮人は結構多い。肉体的には朝鮮人でも、日本風の「通名」を使ったり、帰化したときに別の名前に変えているから気づかないだけ。「新井」とか「木村」、「金田」といった氏名にすれば日本人のように思われるから都合がいい。半島の朝鮮人はギァアギァア喚くが、帰化鮮人は自ら進んで「創氏改名」をしていることになる。ところで、日本ボクシング連盟の“ドン”といえば、絶大な権力を振るっていた元会長の山根明を思い出す。

Yamane 1(左  /  山根明)
   「文甲明(ぶん・こうめい)」という本名の山根氏は、昭和14(1939)年10月12日、大阪府堺市で生まれた。一応、当時は「日本国民」であったが、昭和20年の敗戦を迎えると身分が激変した。6歳の山根少年は母に連れられ、兄弟と共に祖父の故郷である三千浦に帰ったそうだ。肝心の父親は日本軍の仕事に就いていたので、母親と子供達だけで帰郷したという。山根氏の家庭では日本語が使われていたそうで、幼い少年は日本語しか知らなかったという。だから、「両親の故郷へ帰る」と言われてもピンとこなかったし、朝鮮語を話せなかったから現地で苦労したのかも知れない。

  日本で生まれ育った朝鮮人には、祖国での暮らしは辛く、日本への思いが募る一方だ。山根少年も例外ではなく、11歳で「密航」を試みたそうだ。当時の半島では朝鮮戦争が勃発して生き地獄。同胞に対する虐殺が横行し、女子供でも容赦が無い。したがって、山根氏が祖国脱出を考えてもおかしくはない。だが、密航は成功しなかった。日本に着くと直ぐにバレてしまい、彼とその家族は長崎県の大村収容所に送られたそうだ。当然のことながら、彼は家族と共に強制送還になった。それでも、山根少年は諦めなかった。数ヶ月が過ぎた頃、彼は独りで密航を試みる。ところが、またしても捕まり、再び大村収容所送り。ただし、今回だけは違っていて、収容の知らせが父親の耳に届き、息子は父によって救われる。山根氏の父親は日本の役人に「自費で韓国に戻すから」と約束したそうだが、実際に倅(せがれ)を連れて行った先は自分が住む堺の街であった。

  こうして10数年間、山根氏は無国籍の「逃亡者」として暮らすことになったらしい。密入国者には様々な「不便」や「試練」があって、山根氏は地元の中学校に通っていたものの、無国籍状態が問題となり、最終的に追放処分を下されたという。しかし、日本人は優しかった。彼が大村収容所にいた8ヶ月間、彼は日本語を学ぶ機会を与えられていたのだ。収容所には親切な日本人がいて、1日最低6時間、日本語という「国語」を教えてもらい、1500字ほどの漢字を習ったという。ほんと、日本人は外国人に甘い民族である。朝鮮人が「兄貴」とか「父」と慕う支那人なら、絶対に勉強の機会など与えはしない。。せいぜい、少年を召使いとして“こき使う”か、ロクに飯も与えず虐待の日々といったところじゃないのか。半島の朝鮮人は「残虐非道な日本兵」というイメージを抱くが、実際の日本人は「天使より優しい女神様」といった感じだ。(ちなみに、日本軍にいた従軍看護婦なんて、まさしく白衣の天使で、ナイチンゲールが霞んでしまう程だった。)

  無国籍状態で10代から20代を過ごした山根氏が、在留資格を取得したのは27歳の時だった。その後、ある政治家が口利きを行ったようで、山根氏は昭和55年4月23日、大阪府淀川区で「日本国民」になっている。朝鮮マネーに染まった与党の議員や、反日思想に凝り固まった野党議員らが、在日朝鮮人の支援を続けてきたから、今では大勢の朝鮮人が「日本国民」になってしまった。日本への忠誠心を確かめぬまま、安易に国籍を付与したから、帰化鮮人は様々な恩恵を受けても我々に感謝せず、むしろ平等社会に残存する「民族差別」の方に敏感となっている。今さらぼやいても始まらないが、帰化に関する審査なんて実にいい加減なもので、クレジットカードの取得より簡単だ。

  晴れて「日本国民」になった山根氏だが、合法的な在住が許されたとはいえ、朝鮮人らしい行動様式が抜けきった訳ではない。彼は暴力団の実質的な「舎弟」となっていた。現在、昵懇だった元組長との関係は切れたそうだが、ヤクザとの交流を持つ人物がボクシング連盟の会長になれるなんて、この組織は一体どうなっているのか? 金原氏の件もそうだけど、スポーツ界や藝能界には怪しい人物が結構跋扈している。特に、藝能界だと日本人を装った朝鮮人が多い。例えば、朝鮮人らしい短気な性格を持つ人だと、岩城滉一(李光一)とか和田アキ子(金福子)、木村祐一(朴佑一)などで、無謀な行為を取ったりするのは俳優の金子賢や歌手の西城秀樹(李龍雄)だ。

  金子賢はちょっと寝技が上手くなったので、総合格闘技の大会に参加したが、やはりプロの格闘家の敵ではなかった。対戦相手のチャールズ・“クレイジー・ホース”・゛ネットにボコボコにされ、あっけなくKO負け。それでも懲りない金子は、所英男と対戦するが、これも簡単にねじ伏せられ惨敗。さらに、黒人のアンディー・オロゴンと戦うが、これまた敗戦。今では俳優業に戻っている。

  亡くなった西城秀樹は帰化鮮人でも好感の持てる人物で、筆者も嫌いではない。むしろ、小さい頃から「ハウス・バーモント・カレー」のCMで馴染みがある。意外かも知れないが、西条氏はハード・ロックが大好きで、ジェフ・ベックやレッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリックスなどを好んでいたらしい。音楽評論家の伊藤政則も述べていたから本当だ。しかし、西条氏は無謀な試みをしていた時がある。「レインボー」や「アルカトラズ」のヴォーカルとして名高いグラハム・ボネット(Graham Bonnet)の名曲『Night Games』をカバーすることにし、『孤独のナイト・ゲームズ』と題した日本版を歌っていたのだ。でも、西条氏は西歐人の如き声帯を持たなかったので、ボネットのように高音が出ず、惨憺たる歌唱力でカバー曲を披露していた。当時、筆者はレインボーやアルカトラズのギター・コピーをしていたので、「やめりゃいいのに、どうして・・・」と思ったことがある。たぶん、朝鮮人には「無理なんじゃないか?」という思考が働かないのだろう。しかし、ポジティヴに考えれば、「チャレンジ精神に富んでいる」と言えるのかも知れない。

  脱線したので話を戻す。日本の格闘技界にも矢鱈と朝鮮人が多い。極真会館の創設者である大山倍達とか、後の館長となる松井章奎、ボクシング界では徳山昌守、プロレス界だと前田日明や長州力、総合格闘技では朴光哲や秋山成勲がいるし、野球やサッカーの選手になると相当な数になるだろう。ましてや、朝鮮の格闘技であるテコンドーとなれば、ほとんどが日本名を持つ帰化鮮人か日鮮混血児なんじゃないか。日系日本人なら、空手や柔道、剣道を選択するので、わざわざ朝鮮人が好むテコンドーは選ばない。ボクシング連盟やテコンドー協会で「独裁者」タイプの会長が出現するのは、元々、組織自体が怪しい人物を受け容れる体質をもつからだ。つまり、不当な権力行使を容認する土壌が、何となく存在するということだ。朝鮮人というのは厳格な縦社会を好み、年長者とか上級職員に盲従する癖がある。しかも、親分気質を当然と思うから、傲慢で横柄な人物でも出世しやすい。多少の金銭的不正や権力の濫用があっても、「仕方ない」と諦める気質が濃厚なので、みんなの為に独裁者を排斥しようとはせず、むしろ自分が独裁者になろうとする。南鮮の政治を見れば分かるじゃないか。

  日本の保守派国民は経済政策を切り替えたり、米国からの兵器購入ばかりに目を奪われるが、本当に重要なのは、日本国民の「質」が劣化・変化しないよう防ぐことにある。もし、日本人の肉体が異質になれば、その精神だって一緒に変化し、「日本国民」といいながら、日本国民らしからぬ行動に走ったりするのだ。外交防衛だって、日本人が日本の国益を考えるべきで、アジア系国民に任せたら大変だ。もし、朝鮮系国民が総理大臣や官房長官、外務大臣、防衛大臣、最高裁判事、検事総長、内閣法制局長官、宮内庁長官などに就任したら、本当に寒気がする。北鮮や支那が日本を占領するのに、核ミサイルや戦略爆撃機は必要ない。朝鮮系の総理大臣と防衛大臣が自衛隊の出動を邪魔すればいいのだ。さらに、朝鮮系の財務官僚や日銀総裁が誕生したら一大事。彼らが地位を利用して自衛隊を苦しめ、予算を徹底的に削って貧弱な軍隊にすれば、有事の時に攻撃が楽になる。愛国心に満ちた兵卒や将校、防衛官僚がいたら、人事異動で窓際に追いやればいいし、最初から要職に就けなければいい。防衛学校でも朝鮮系教官をどんどん増やし、主体(チュチェ)思想に共感する士官候補生を養成すれば、自衛隊は簡単に北朝鮮の親衛隊になるじゃないか。下っ端の兵卒や警官が日本人でも、行政府の幹部が朝鮮系や支那系なら、日本は容易に北鮮と支那の属州となる。

Africans 3Africans 2










(西歐社会を反映する写真  / 「日本の将来」を示す黒人との共存社会 )

  日本は着実に「非日本的」になっている。我々は毎年毎年、外国人労働者を大量に受け容れているから、地方の片田舎に行ってもアジア人やアフリカ人に出逢うことが少なくない。以前、当ブログで述べたけど、スポーツ選手には非日系人や混血児が多く混ざっている。例えば、テニス選手の大坂なおみ、サッカー選手の鈴木武蔵、陸上競技のサニブラウンや高松望ムセンビ、女子バレーボール選手の宮部藍梨、バスケットボール選手の八村塁など。また、ニュージーランド国籍から日本に帰化した、ラグビー選手のリーチ・マイケルは、書類上「日本国民」なんだけと、外見的にはフィジー系の南洋土人にしか見えない。日本人はこうしたアフリカ系国民の活躍を喜んでいるが、一般国民は彼らを本当に「同胞」と思っているのか? もし、朝鮮系の選手やアフリカ系混血児がオリンピックの日本代表選手となった場合、日本人選手と同じように応援できるのか?

  おそらく、大半の日本人は彼らを熱心に応援するだろう。しかし、一部の国民は何となく熱気が冷めてしまうはずだ。例えば、韓国のサッカー選手と帰化鮮人の「日本人選手」が戦ったとき、我々はどちらを応援するのか? 「テレビを消す」という選択肢も出てくるはずだ。また、テコンドーの試合だともっと複雑になる。元在日鮮人の日本代表選手と韓国代表選手が戦うことになっても、テレビ画面に釘付けになることはないだろう。どっちが勝っても日本人は嬉しくないし、どんなルールで戦っているのかさえ分からない。「黒人だろうか、帰化鮮人だろうが、日本の代表選手が勝てば素晴らしい」と考える人は別だが、一般の日本人なら段々と嫌になる。不満を漏らす人の中には、「そんなに金メダルが欲しいのなら、1億人くらいアフリカ人を輸入して帰化させればいじゃないか !」という意見だってあり得る。マスコミは平等主義を掲げて綺麗事を並べるけど、いくら東京でオリンピックが開催されるとはいえ、日本の代表選手が黒人や朝鮮人だと厭になる。やはり、日本代表は日系人に限るよねぇ~。

  


人気ブログランキング

憂鬱になるアジア人家庭 / 下層階級の混血児 (後編)

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


好評発売中 !

売れない漫才師の悲惨な家庭

  今では信じられないが、平成の初め頃まで我が国は好景気で、そのバブルが弾けてからかなりの月日が経つ。当時、日本は「国際化の時代」とやらで、政府はアジアからの低賃金労働者が入ってくるのを容認していた。まだ携帯電話が普及していない昭和末期には、「テレフォンカード(calling card)」という前払いカードが好評を博したが、国際電話用に偽造品が流通した結果、困ったNTTは300度数や500度数のカードを廃止し、被害の拡大を防いでいた。筆者は偽カードを購入したことも、掴まされたこともないが、上野にある京成電鉄駅近くで、髭面のペルシア人(所謂「イラン人」)が「偽造テレカ」を売っている場面を目撃したことがある。今では、閑静な住宅地でシャブを売っているペルシア人も、昔はチンケな商売をしていたのだ。

Filipina 11Filipina 13










(写真  /  ゴーゴー・バーで働くフィリピン人ダンサー)

  もう一つ別の外国人として、飲み屋で働くフィリピン人も多かった。来日するフィリピン人の大半は、スナックやパブで働く酌婦(所謂「ホステス」)や踊り子(半裸のダンサー)、フルタイムの売春婦、酌婦兼娼婦、3K職場の労務者という出稼ぎ人で、“いかがわしい”臭いがプンプンしていた。こうしたフィリピン人は「興行ビザ」で来日していたが、「歌手」とか「ダンサー」、「エンターテイナー」といっても、ヤクザまがいのスナックに雇われる廉価な性商品に過ぎず、彼女らを目当てにやって来るお客は、その歌声や踊りなどそっちのけで、服からはみ出る尻や胸ばかりを見つめていたものだ。こうしたフィリピン人の何割かは日本に渡航するため、現地の仲介業者に借金をしていたから、半ば契約奴隷のようだった。彼女達を見ていると、昔の支那人苦力(クーリー)を思い出す。「セミ売春婦」を扱うブローカーは、「私有動物」の女から旅券を取り上げ、外部へ逃げられなくすると、狭くて汚いアパートの部屋に数人単位で押し込め、給料のピンハネをしながら甘い汁をすすっていた。

  もう、30年くらい前になるが、筆者はキャバレーで働くフィリピン人女性と話したことがあり、とても暗い気分になったことがある。具体的な話は紹介できないが、彼女達は実家に貧しい両親や兄弟を抱えており、給料の中から生活費を抜き取ると、残りを家族に送金していたそうだ。店に来る横柄でスケベな日本人の話を聞くと、本当に恥ずかしくなるが、飲み屋にやって来る客なんて、どこの国でもそんなものである。ただ面白かったのは、フィリピン人女性が持つ同胞男性に対するネガティヴなイメージだ。彼女達が口にする「フィリピンの男なんて、だらしなくてイヤ !」という意見は、とても説得力があり、実感がこもっていた。なるほど、フィリピン人の女は現地に駐留するアメリカ兵(ただし白人)と付き合うことが多いし、ブリテン人に家政婦や看護婦として雇われると、何とかしてイギリス人と結婚しなきゃ、と考える人もいるようだ。言いにくいけど、「祖国脱出」がフィリピン・ドリームとなっている。アメリカ人や日本人と違って、彼女達に愛国心は無い。フィリピン国籍など誰も欲しがらないし、「捨てて当然」という考えが土人の間に広まっている。だいたい、フィリピン国民であることに一体どんな誇りがあるのか? 一応「独立国」とはいえ、フィリピンなんて我々が考える「国家」じゃない。フィリピンにあるのは、身分差別とゴミの山、そして貧困の螺旋階段くらいだ。南洋にポツンと浮かぶだけの島に「希望」という贅沢品は無い。

  日本の“アジア化”を目論むフジテレビは、日曜日に「ザ・ノンフィクション」という番組を放送しているが、9月1日は若手漫才コンビの「ぱろぱろ」を取り上げていた。吉本興業に属する和田昭也(わだ・あきや)と大久保健(おおくぼ・けん)は共に日比混血児で、母親が飲み屋で働くフィリピン人であるという。彼らは似た境遇を持つことからコンビを結成し、自身のフィリピン・ネタを主流に漫才を行っているが、お客のウケはあまりよくない。というより、スベってばかり。そもそも、普通の日本人はフィリピンに関心が無い。昭也は後二年もすれば人気者になると思っているが、彼の母親は「そんなの無理」と否定していた。おそらく、後者の方が正解だろう。(でも、フジテレビと吉本のことだから、無理矢理にでもヴァラエティー番組にネジ込んで“人気者”にしてしまう虞がある。地上波は多民族共生のプロパガンダ機関なので、朝鮮系や支那人、黒人系、アジア系の藝人を内緒で後押しする傾向が強い。)

Parpparo 1(左  / 「ぱろぱろ」の健と昭也 )
  昭也と健は小さい頃からフィリピンを意識しながら生活していたんだろうが、一般の日本人は「フィリピン」と聞いても漠然としたイメージしかないし、あるとしてもゴミ溜めに住む貧民か、怪しいキャバレーで働く出稼ぎホステスくらいだ。そもそも、劇場に来るお客は“明るい笑い”を求めているのに、日比混血児の自虐ネタじゃ、笑うに笑えないじゃないか。陰鬱な気分になるために、お金を払う客がいるとは到底思えない。それに、健の両親はこうしたネタに不満を持っている。健の母親にしたら、フィリピン人が日本で抱える深刻な問題を「笑い」にするなんて気分が悪いし、自分や同胞が侮辱されているようで我慢がならない。「もっと、別のネタにしたら」と提案する両親の意見はもっともだ。

  「ぱろぱろ」というコンビ名は「蝶」を意味するフィリピンの言葉らしく、「花から花へと渡り飛ぶ浮気者」を指す隠語らしい。しかし、この名前を附けた二人からは、花の香りよりも、悲惨な臭いが漂ってくる。健の父親である大久保雅之(67歳)は、1992年、フィリピン・ハブで働くレオノール(47歳)と出逢い、彼女が健を身ごもったことで一緒になったそうだ。ただし、当時の大久保氏は別居中とはいえ妻子持ちであったから、形式上とはいえ、彼の恋愛は不貞行為になってしまう。一方、酌婦のレオノールは不法滞在中(overstay)のフィリピン人。彼女は身籠もったと知った時、堕胎しようと考えたが、妊娠に気づいたのが遅く、手遅れということで健を産んだそうである。その時、彼女が心配したのは、息子が無国籍になってしまうとこであった。それを食い止める為もあってか、父親の雅之は妻と離婚し、レオノールと結婚したのかも知れない。

  あまり他人の家族について言いたくないが、妻子持ちの男が、寂しさを消すためにパブに通うことはよくある。そして、飲み屋で知り合った酌婦と親密になり、私生児をつくってしまう話も珍しくない。(筆者もこうしたケースを実際に知っているので、フィリピン人と結婚した日本人の悩みは多少だけど、分かっているつもりである。) アジア人と付き合う日本人は「先の事」を考えない人が多いので、赤ん坊が生まれてから「混血児」という現実にぶち当たり、どうしたらいいのか困ってしまう。一般的に、下流階級の男性は論理的思考が無く、目の前にぶら下がる性欲に溺れてしまうので、祝福されない結婚(または再婚)をすることが多い。もちろん、日本人の両親は民族や風習が違いすぎる嫁を歓迎せず、「何で、あんな人と一緒になるの・・・」と嘆き悲しむ。しかし、埒があかないと悟ったとき、「本人同士が決めたことだから・・・」と諦めるらしい。

  ここで我々が注目すべきは、「結婚」が違法行為を帳消しにしてしまうことだ。本来なら、レオノールと健は国外退去になるべき存在で、結婚したからといって無罪にするのはおかしい。日本の左翼学者や市民活動家は不法滞在者の赦免を求めるが、それよりも、夫の大久保氏が日本国籍を捨ててフィリピン国籍を取得し、フィリピンで就職して、家族共々幸せに暮らせばいいだけの話である。日本の左翼分子は「赤ん坊と母親を強制退去にするのは可哀想だ ! 日本国籍を与えろ!」と叫ぶが、どうしてフィリピン人に故郷で暮らすよう言い渡すことが「残酷な命令」となるのか? もし、日本政府による「家族の引き離し」が冷酷なら、不法入国者や不法滞在者と結婚した日本人の配偶者が、フィリピンに帰化すればいいじゃないか。日本人配偶者は罪を犯していないので、合法的にフィリピン国籍を取得できるはずだ。TBSや共同通信の左翼ジャーナリストは、不逞フィリピン人の強制送還を非難し、追い払おうとする正常な日本人を「右翼」と罵る。だが、彼らこそ「差別主義者」であり、無意識的にフィリピンを馬鹿にしているんじゃないのか? 移民推進派やアジア人支援者にとって、「フィリピンで幸せに暮らす」という選択肢は無い。なぜなら、彼らは「フィリピンで暮らす人生」を、「地獄で生きろ」という厳罰に等しい判決、と考えているからだ。

夫に殺意を持つ外人妻

  健の両親は再婚カップルだが、二人で仲良く飲み屋を経営しているからまだ良い。厄介なのは昭也の方だ。彼の父和田利明(53歳)はプラスチック製造の工場で働く作業員であるという。しかし、しょっちゅう金欠で、足りない分をパチンコで稼いでいる。茨城県神栖市に住む和田氏は、最初日本人女性と結婚していたそうだ。当時の日本はバブル時代であったから、和田氏も時流に乗ってしまったのか、結婚式に600万円(借金)もつぎ込んでしまったという。ところが、豪華な結婚式を挙げたものの、その関係は三ヶ月くらいで破局。離婚してもまだ、300万円ほど借金が残っているそうだ。今は別居中の和田氏だが、後に妻となるミカ(仮名 / 48歳)と出逢ったのは1990年代初めの頃で、知り合った場所はフィリピン・バブであった。

  ミカはマニラ出身で、父親を早くに亡くしていた。彼女は祖国での生活に困り、1990年頃、出稼ぎ目的で姉と一緒に来日したそうだ。二人はフィリピン・パブで働き、その給料を実家に送っていたそうだが、姉は覚醒剤に手を染めてしまい、警察に逮捕されてしまった。当然、姉は強制送還となったが、ミカは一家を支えるため日本に残ることにしたそうだ。パブで働く彼女は、お客として来店する利明と親しくなり、その関係は「客と酌婦」の間柄から「恋人同士の関係」へと移って行く。結婚当初、彼らは幸せだったようで、和田夫妻は三人の息子をもうけている。ところが、二人の関係は長くは続かなかった。原因は利明のギャンブル好きにあったそうで、妻のミカは大激怒。確かに、彼女が憤慨したのも納得できる。せっかくミカがお金を稼いでも、夫がパチンコですってしまうんだから、馬鹿らしくなる。そして、ついに業を煮やしたミカは、子供達を残して夫のもとを去る決心をした。二人は地元の茨城で自宅を構えたが、その邸宅も売却する破目に。昭也は今でも売却された家で過ごした、あの幸せな日々を懐かしんでいるそうだ。

  博打というのは黒魔術で、賭場の支配者は客に幻想を現実になると思い込ませる。そして、この妖術に嵌まった者は、「不幸」という負の利益しか得られない。フジの番組を観た人なら分かると思うが、昭也の父利明はダメ親爺の典型である。何しろ、いつも金欠状態。生活に困ると、息子に電話を掛け、お金の無心をするそうだ。それも、500円、1000円単位の“お願い”なんだから、聞いている方が恥ずかしくなる。心配になった昭也は、父と弟が暮らす実家に戻り、どんな状態になっているのか父に尋ねた。というのも、電気代すら払えない状態になっていたからだ。しかし、父の利明は深い反省もせず、いつもの調子で「何とかなる」とを繰り返し、パチンコで大勝ちしたから、溜まっていた電気代4万円を払うことができたと豪語する。「パチ・プロ」を自認する父は、パチンコで生活して行けると思い込んでいるようだ。しかし、息子の昭也はパチンコで逆転の人生が訪れるとは思っていない。それよりも、まともになって母親と再び一緒に暮らしてもらいたいと願っている。

  この要請に応えようとしたのか、母のミカが父のもとへやって来た。しかし、相変わらずの亭主を見て再び口論が勃発する。ミカはギャンブルでお金持ちになれるとは思っていないのだ。夫の利明は「遊びでやっているんじゃない !」と開き直るが、一般人が聞けば白々しいというか、呆れて「ダメだ、こりゃ・・・」と突き放したくなる。ミカは夫の態度に激怒し言い返す。祖国のフィリピンにもギャンブル場があり、みんな稼ぎたくて通っているけど、儲かった奴なんていないんだ、と力説する。確かに、博打に熱中する者は負けた時の事は直ぐに忘れ、勝った時の喜びを何時までも覚えているから、何回でも店に通い詰める。過去の戦績を合計すれば、損の方が明らかに多いはずだ。

  とにかく、和田家の「話し合い」は、お金にまつわる怒りと恨みに満ちている。(少々脇道に逸れるが、ミカの話し方を聞いていると、「ホント、フィリピンの女って、ゲスな会話しかできないよなぁ~」と思ってしまう。) 利明がミカに反論すると、彼女は激昂し、「ワタシの方がお金いっぱい持っているからね !」と啖呵を切る。しかも、金づるの男(愛人)が何人もいるらしい。一応、勤め先では「独身」で通しているそうだ。この発言を日本人が聞けば、「子供の前で口にする自慢話」じゃないだろう」と思ってしまうが、背中に刺青を彫ったフィリピン人には「勲章」のような誇りになるらしい。(服で隠れていたけど、結構、大きな刺青のようだ。どんな“デザイン”なのか、ちょっとだけ興味がある。)

  全部とは言わないが、アジア系の下流家庭にはトラブルが多い。昭也と向き合ったミカは、息子に衝撃的な告白をした。彼女は昭也に向かって、「なぜ、ワタシが離婚したのか、オマエ分かるか?」と質問する。答えられない息子を見て母は言う。それは、「オマエの父親を殺してしまいそうだから」、と。ミカは自分が稼いだカネを使い込んでしまう亭主を絶えず殺したくなるが、もし本当に殺してしまえば、警察に捕まり、子供達が不幸になるからジッと堪(こら)え、子供達を残して家を出て行ったのだ、と述べていた。なるほど、これなら視聴者だって、彼女の気持ちは理解できる。だが、その一方で、日本人は「フィリピン人と結婚する日本人の家庭は悲惨だなぁ~」と思ってしまい、「でも、こんな男だから、飲み屋の外人と結婚するのかも・・・」と考えてしまう。そもそも、堅気の日本人男性ならフィリピン・パブなんかに行かないし、結婚を前提とした交際相手なら、まともな日本人女性を選ぶはずだ。ノーパン・シャブシャブに通った大蔵官僚だって、結婚相手にタイ人とかフィリピン人は絶対に選ばない。第一、エリート主義の両親が猛反対だ。高級官僚を輩出する名門家族だと、日本人の平民すら眼中になく、もっぱら大企業の御令嬢とか血筋の良い娘を娶ったりする。例えば、外務大臣を務めた岸田文雄の両親や祖父、叔母、叔父、従兄弟を見れば分かるじゃないか。

  日本では“人種”差別は無いことになっているが、庶民の間でも明確に存在する。母親が出稼ぎ来日のフィリピン人やタイ人、ベトナム人だと、生まれてきた混血児は、なるべく母の正体を隠そうとする。事実、大久保健は親友を除いて、クラスメートに親のことを教えていなかった。まぁ確かに、母親が飲み屋で働くフィリピン人じゃ恥ずかしい。健はフィリピン系混血児であることを恥じていた。例えば、家庭の躾や立ち居振る舞いの点で、普通の日本人に劣っていると感じたとき、違うのは母親のせいなんだ、と解釈していたそうだ。昭也もアジア系混血児であることで、辛い思いを味わっていた。例えば、給食でバナナが出ると、友達が“からかい半分”でバナナを差し出し、「全部食え !」と強要したそうだ。昭也は素直に従い、全て食べたという。日本の子供が「フィリピン」と聞けば、バナナくらいしか頭になく、フィリピン人だから猿のようにバナナを頬張ると思っていたのだ。これは一種のイジメに当たるが、子供というのは無意識的に露骨な侮蔑を表すから、それが自殺にまで発展するイジメとは思わない。ただし、こうしたイジメに対する解決策は無く、教師が叱っても事態を悪化させるだけだ。もし、担任教師が日本人生徒を罰すれば、こうしたイジメはもっと陰湿になり、教師の目が届かない所で、残酷な行為が横行する事態になるだろう。教育評論家はテレビに登場して「イジメ対策・防止法」を色々と述べるが、一番の解決策は、親がアジア人と結婚しないことである。

Philippines 12Philippines kids in the street 1










(左 : フィリピンの貧民地区  /  右 : 貧民地区に住むフィリピン人の子供)

  安倍政権は建前上「移民政策は取っていません !」と公言するが、現実社会に生きる庶民は、「そんなのは嘘っぱち」と判っている。コンビニへ行けば、勘定台の所に支那人や南鮮人、ビルマ人、タイ人などがいるし、建設現場にはペルシア人とかトルコ人だっている。筆者も四谷のコンビニで買い物をしたら、中東アジア人のレジ係が勘定をしてくれたし、食堂でマグロ丼を注文したら、その女給は若い支那人だった。夕飯の買い物をしようと
近くの食料店に行けば、時折フィリピン人やビルマ人の客がいて、仕事帰りなのか、3、4人で群れながら買い物を楽しんでいる。ある日、筆者が近所の道を歩いていると、背後からウルドゥー語が聞こえてきた。「えっ !」と驚き、後ろを振り返ると、3人のパキスタン人が自転車に乗っていたから、もう愕然とするよりも、日本社会の崩壊と変質が心配になり、呆然となったことがある。

  政府は外国人の入国管理を厳密にすると言うが、そんな約束はまやかしで、一旦入国を許してしまえば、彼らは決して帰らない。それに、もし彼らが不法滞在者であっても、日本人と性交し、子供を作ってしまえば「勝ち」である。不法滞在者と人権派弁護士が、「人道主義」とか「家族結合の原則」を振りかざすから、日本の役人や政治家は何も言えなくなる。かつて、日本は「日本人の国」であった。しかし、令和からの日本は異民族混淆の時代となり、日本らしい日本は静かに、着実に、一つ一つ徐々に消えて行く。戦前の日本人は大東亜共栄圏の盟主を目指したが、令和の日本人はアジアに埋没する島国となってしまうだろう。保守派は女系天皇論を警戒しているが、それよりも深刻なのは、皇室を支える日本国民の肉体が変わってしまうことだ。



人気ブログランキング
記事検索
最新記事
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: