無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

人種問題

盲目の基準で多様性を ! / 血統を隠したい人々(後編)

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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種の保存を憎む敵対分子

Alexis Bledel 2Lashana Lynch 3







(左 : ブリテンで衰退するイギリス人のタイプ /  右 : ブリテンで勃興する種族のタイプ)

  最近の日本人は歐米人と同じく、国民の“質”が肉体的に変わってきている。一般国民でも、サッカーの国際試合やオリンピック競技を見れば一目瞭然だ。例えば、フランスのサッカー代表チームを見てみると、アフリカ人やアラブ人が主体で、ケルト系のガリア人が何処に居るのか判らない。たとえ、白人選手を見つけても、父親がロシア人かポーランド人であったり、母親がトルコ人やユダヤ人であったりする。日本のスポーツ界にも“国際化”の波が押し寄せ、黒や茶色の選手が目立つようになってきた。

  例えば、陸上競技選手のサニー・ブラウン・アブデル・ハキームとか、テニス選手の大坂なおみである。前者の父親はガーナ人で、後者の父親はアメリカ黒人であるという。アメリカのバスケットボール界で活躍する八村塁もアフリカ系の混血児で、父親はベナン人であるらしい。米国に居住する八村選手は、アフリカ人の血が騒いだのか、「黒人の命も大切だ運動(BLM)」に共鳴し、抗議デモでアメリカ黒人と一緒に歩いていた。筆者の勝手な感想だが、彼は黒人の群れにとても馴染んでいて“違和感”が無い。もし、イチロー選手や野茂英雄が抗議活動に参加していたら、何となく“場違い”に思えてしまうだろう。

  先進国の左翼白人は民族的同質性を尊ぶ日本人を見て、「遅れた考えの持ち主だなぁ~」と見下すが、祖先から継承する遺伝子を保存することは別に悪いことじゃない。肉体だけではなく、相続した遺産の数々を思い出してみれば解ることだ。例えば、江戸時代から続く旧家では、昔からある白壁の藏とか庭の木を大切にするし、お殿様から拝領した刀を鄭重に保存していたりする。また、老舗旅館を経営する五代目とか六代目の主人は、息子や孫に継がせようと考えるし、若女将にする女房だって“それなり”の女性というのが普通だ。いくら「ベタ惚れ」といっても、カラオケ・パブのフィリピン人酌婦とか乳房を見せながら踊るタイ人娘、あるいは、密入国者の親から生まれた博打屋の朝鮮人じゃ世間体が悪い。黒人女性を嫁にすると子供がアフリカ人の顔つきで、縮れ毛の“ちび黒サンボ”にってしまうから、こちらも敬遠される虞(おそれ)がある。

  かといって、イスラム教徒のアラブ人じゃ、宗教的誡律で日常生活がしんどい。ブルカやチャドルを着た若女将が現れたら、お客の方がビビっちゃう。しかも、子供が中東系のムスリムじゃ、学校でイジメられるかも知れないし、給食での豚肉料理が問題になるから、毎日弁当持参になってしまうだろう。やっぱり、日本人には日本人配偶者の方がいい。ただし、美形の西歐人だと話題になって好都合。以前、地上波テレビ局が日本人の旅館経営者と結婚したアメリカ人女性を取り上げ、「青い瞳の美人女将」という企画で、その旅館を紹介したことがある。人種によってはプラスになることもあるので、一概に「外国人は駄目」という訳ではない。(日本のテレビ局は結構レイシストだから、言っている事とやっている事が違っていても、そんなに異常ではない。また、旅館に来た宿泊客も喜んでいたから、左翼分子が言うように、日本人は「排外主義者」じゃないぞ。朝鮮人や支那人が嫌いなだけだ。)

  文化人類学を専攻する左翼学者は、「人種など社会が作り出した概念に過ぎない !」と言って小馬鹿にするが、人間の容姿はその精神に大きな影響を与えるものである。各種族は肉体的に違っており、どの民族もそれぞれの特質を自慢してもいいはずだが、ひょんな事から異民族の中に住み始めると、自分の外見が厭になる場合がある。例えば、嘗てアフリカ人女性は、どっしりした体型や突き出た尻を自慢していたが、アメリカやヨーロッパに住む黒人女性は、貧弱で痩せた西洋人を理想とし、何割かの黒人女性は白い肌や直毛の金髪、青い瞳に憧れている。しかし、ヨーロッパ人女性はコンゴやザイール、ジャマイカに移り住んでも、鼻孔を大きくしたり、肌を焼いて縮れ毛にすることは滅多にない。本当は、風習の違う異国へ移り住むアフリカ人の方が悪いんだが、白人女性が自らの遺伝を誇りにすると、何故か多民族主義者から攻撃され、一方的に“白人至上主義者”と糾弾されてしまうのだ。

Cornelia Grimsmo 11(左  / コーネリア・グリムスモ )
  例えば、ノルウェー人モデルのコーネリア・グリムスモ(Cornelia Grimsmo)は、自分のYouTube番組を持っており、様々な話題で番組を作っているが、ある時、自分のDNAを調べる動画を流した。彼女はDNA検査の簡易キットを購入し、綿棒に唾液をつけ、それを研究所に送って結果を待っていた。後日、コーネリアは番組で返送されたデータを公開し、彼女の細胞にはスカンジナヴィアの祖先であろうと推測される遺伝子が67.1%、アイルランド人24.2%とフィンランド人8.7%の遺伝子が含まれていることが判明した。まぁ、ノルウェー人だから近場の遺伝子が多いのは当たり前なのだが、北歐人でもバルカン半島や北アフリカ、アラビア半島のDNAを含んでいる人は結構多い。たぶん、祖父母とか曾祖父母の中に移民がいたりするのだろう。また、第19世紀のヨーロッパ人はアジアやアフリカに植民地を持っていたから、祖父が赴任先の外国で現地妻を娶っていたというケースも有り得る。それに、祖母がシリア人とかエジプト人との混血であったというケースもあるから、ヨーロッパ人にも様々な混血児がいるようだ。白人に見えるイギリス人やオランダ人でも、DNAを調べたりすると、意外にもイタリア人やギリシア人、あるいはアラブ人やインド人、ユダヤ人などの遺伝子が混ざっていたりするので、本人が驚く場合が多い。だから、第19世紀に種の保存を提唱する優生学が流行ったのも当然だ。

  ここで刮目すべき問題は、コーネリアの動画がどう評価されたかである。彼女の番組は主にファッションとか食事、旅行を題材にしているので、再生回数は平均して1万から3万回数くらいで、そんなに多くない。しかし、遺伝子調査の動画は3ヶ月間で約11万回もあり、彼女としては意外なヒットであったが、高評価の数は1,609しかなく、低評価になると約1万2千に跳ね上がっていた。どのような人物がケチをつけていたのか判らないが、おそらく、ヨーロッパ人以外の視聴者が低評価を下していたのかも知れない。歐米諸国では左翼学者が白人社会を攻撃する赤い“社会学”を発展させ、ヨーロッパ人やアメリカ人を洗脳している。

  例えば、2007年にインドで亡くなったルース・フランケンバーグ(Ruth Alice Emma Grankenberg)は、カルフォルニア大学(Davis校)で「白人研究(whiteness studies)」を学生に教え、白人の罪(white guilt)を植え付けていた。彼女は著書『白人女性、人種問題(White Women, Race Matters)』中で様々な白人にインタヴューを行い、彼らが如何に酷い人種偏見を持っているかを蕩々と述べていた。しかし、彼女が接触する人物は大半が左巻きの白人女性で、高学歴だが頭はクルクルパー。自分が受けた洗脳教育に築いていないのだ。ルース自身もかなり“特殊な人物”で、米国の西海岸にいるマルキスト系知識人。一応、ルースは英国生まれの学者であるが、研究の場所はアメリカとインドであった。彼女はリベラル派の同性愛者で、“パートナー(同棲相手)”はインド人学者のラタ・マニ(Lata Mani)というフェミニスト。この「寡婦?」もカルフォルニア大学で「白人研究」に打ち込んでいた。この二人と比べたら、「おすぎ」と「ピーコ」の方がよっぽど“まとも”に思えてくる。

Ruth Frankenberg 2Lata Mani 5Roland Frankenberg 1








( 左 : ルース・フランケンバーグ  / 中央 : ラタ・マニ  /   右 : ローランド・フランケンバーグ)

  ルースの素性というか血統は明らかではないが、父親のローランドはマンチェスター学派の人類学者で、共産党シンパであった。これは筆者の邪推なんだが、ローランドは世俗派のユダヤ人なのかも知れない。なぜなら、「フランケンバーグ」という家族名はユダヤ人に多いし、彼の母親であるサラの旧姓は「ザイオン(Zaions / シオンの意味)」であるから、英国へ渡ってきたユダヤ人かも知れない。かつて「007 ボンド・ガール」を務めた英国の女優ジェイン・シーモアは、ユダヤ人の父親を持ち、本名は「ジョイス・ペネロープ・ウィルヘルミナ・フランケンバーグ(Joyce Penelope Wilhelmina Frankenberg)」である。(ただし、彼女の母親はオランダ系のプロテスタント信徒。) ローランドも家系を明らかにしていないが、彼はマンチェスター学派の創設者でユダヤ人のマックス・グラックマン(Herman Max Gluckman)の弟子ときているから、何となく「ユダヤ繋がり」という雰囲気が漂っている。

Max Gluckman 2Franz Boas 1Claude Levi Strauss 3Edward Sapir 1







(左 : マックス・グラックマン  /  フランツ・ボアス / クロード・レヴィ=ストロース  /  右 :  エドワード・サピア)

  異文化や外国語を専攻するユダヤ人は、「同胞で群れる」あるいは「惹かれ合う」という性質を持っているので、ユダヤ人の師弟関係は少なくない。日本人は歐米の学者を国籍だけで判断するが、その血統を調べてみると、イギリス人やフランス人ではなく、ユダヤ人の血を引く世俗派や隠れユダヤ人であったりする。例えば、米国で学閥を築いた人類学者のフランツ・ボアス(Franz Boas)とか、フランスの文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss)や、構造言語学で有名なエドワード・サピア(Edward Sapir)、左翼に好評の言語学者ノーム・チョムスキー(Avram Noam Chomsky)もユダヤ人だ。巷の書店で翻訳本がたくさん出ているジャレッド・ダイアモンド(Jared Diamond)、極左社会学者のエルンスト・ゲルナー(Ernest Gellner)、社会心理学者のエミール・デュルケム(David Émile Durkheim)も同類である。ユダヤ人は歐米社会での異人種(異邦人)なので、常に自らの容姿や文化に敏感で、「異質性」を嫌う西歐人に敵愾心を燃やしている。だから、人類学とか社会学を専攻し、西歐人のレイシズムを攻撃しながら、自分達の地位を守ろうと躍起だ。まともな、西歐人学者なら、自らの民族や歴史を貶めて「文化相対性」を叫び、アジア人やアフリカ人と平等になろうとは思わない。

Emile Durkheim 2Ernest Gellner 1Jared Diamond 1Noam Chomsky 1








(左 : エミール・デュルケム   / エルンスト・ゲルナー  /  ジャレッド・ダイアモンド / 右: ノーム・チョムスキー)

   多文化・多民族主義というのは、文化破壊型のマルクス主義に立脚し、ヨーロッパ人の伝統や文化のみならず、その精神と肉体をも破壊し、別の人間に造り変えようとする。なぜか? それは、既存の社会体制とか伝統的な意識を破壊しないと、理想的な“革命”を実現できないからだ。日本の左翼教授が明治維新を嫌う理由は色々あるが、その一つは、日本人が皇室を廃止せず、むしろ建武の中興みたいに皇室の権威を復活させ、あろう事か政治の中枢に据えてしまったからだ。しかも、維新の主体は百姓とか職人(怒れる下層民)じゃなく、朝廷に忠実な武士であったから、フランス革命やボルシェビキ革命を理想とする学者は頭にくるじゃないか。やはり、革命はプロレタリアートが主人公でなきゃ。大塚久雄みたいな東大教授が、「日本には市民革命が無い !」と叫ぶのは、明治維新に“不満足”な点があったからだろう。つまり、血に飢えた百姓一揆とか、皇族を皆殺しにするリンチ裁判が無かったからだ。フランクフルト学派のイタリア人、アントニオ・グラムシが悔しがったのは、イタリアの労働者が革命に対して非常に鈍感で、地主とか神父などの「邪魔者」に従順であった点である。だから、彼は獄中で民衆を変革する指南書を考えていた。

  歐米諸国では、ヨーロッパ人に恨みを抱くユダヤ人や白人に不満を募らせる有色人種が、大学やシンクタンクに潜り込んで、現地人に左翼史観や罪悪感を植え付けている。英国も悲惨な状態だ。例えば、多文化主義を飯の種にしたビク・パレク(Bhikhu Parekh)は、インドからやって来たマルキストであった。この赤いアジア人は「学問的功績」とやらを讃えられ、男爵の地位を授けられた。タリク・マドゥード(Tariq Modood)もイギリス人に恨みを抱く多文化主義者で、ブリストル大学で教鞭を執り、有色移民の地位向上に奮闘していたから、学術界の著名人だ。彼も“学問的功績”を認められて、「大英帝国勲章(Order of the British Empire)」を授けられ、英国アカデミーの会員(Fellow of British Academy)になったという。でも、日本人から見れば、パキスタン人の騎士なんて漫画にもならない。

Bhikhu Parekh 1Tariq Modood 001Victor Adeowale 3Nazir Ahmed 1







(左 : ビク・パレク   / タリク・マドゥード  /  ヴィクター・アデボワール卿  / 右 :  ナジール・アフメッド )

  日本のマスコミアは、ジョンソン首相やヘンリー王子夫妻のゴシップくらいしか報道しないので、ブリテンの貴族院がどうなっているのか、一般国民にはよく分からない。しかし、爵位を持つ議員を眺めていると、「えっ、こんな人が英国貴族なの?」と驚いてしまう。というのも、王室が見境なくアジア人やアフリカ人に爵位を与えてしまうからだ。例えば、ヴィクター・アデボワール卿(Lord Victor Adebowale)とか、ナジール・アフメッド卿(LOrd Nazir Ahmed)、マイケル・ヘイスティング卿(Lord Michael Hastings)、ディリジット・ラーナ卿(Lord Diljit Rana)、ハラー・アフシャー男爵夫人(Baroness Haleh Afshar)、フローエラ・ベンジャミン男爵夫人(Baroness Floella Benjamin)、ヴァレリー・アモス男爵夫人(Baroness Valerie Amos)、ドリーン・ローレンス男爵夫人(Baroness Doreen Lawrence)などを目にすると、「爵位販売でもしているんじゃないか?」と思えてくる。だいたい、君主政を支持するイングランドの民衆は、こうした非英国的有色貴族を尊敬しているのか? こうした連中を前にして、恭しく「マイ・ロード」とか「マイ・レイディー」と呼びかけるなんて、筆者にはとうてい理解できない。

Floella Benjamin 2Valerie Amos 01Haleh Afshar 02Doreen Lawrence 3








(左 : フローエラ・ベンジャミン /  ヴァレリー・アモス  /  ハラー・アフシャー  /  右 : ドリーン・ローレンス )

  英国史を学んだ日本人なら、貴族らしい貴族を想像できるはずだ。例えば、首相を務めたスタンリー・ボールドウィン伯爵(1st Earl Stanley Baldwin)とか、外務大臣を務めたエドワード・グレイ卿(Sir Edward Grey / 1st Viscount Grey of Fallodon)、あるいはチェスタフィールド卿として知られるフィリップ・スタンホープ(Philip Stanhope)、第11代ベッドフォード公爵のハーブランド・ラッセル(Herbrand Arthur Russell)、第9代デヴォンシャイアー公爵のヴィクター・カヴェンデッシュ(Victor Vavendish)、第19代サマセット公爵のジョン・セイモア(John M.E.Seymour)を思い出すんじゃないか。英国貴族なら“それなり”の威厳がなきゃ。日本だって、藩主や家老になる人物には、先祖から受け継ぐ権威の後光があるものだ。

Stanley Baldwin 01Edward Grey 01Herbrand Russell 11th Duke of BedfordDuke of Somerset John Michael Edward Seymour







(左 : スタンリー・ボールドウィン  /  エドワード・グレイ  /  ハーブランド・ラッセル  /  右 : ジョン・セイモア )

Hugh Grosvenor 002( 左 / ウェストミンスター公爵のヒュー・グロスヴナー )
  一般の日本人は英国貴族に興味は無いが、若い日本人女性だと、第7代ウェストミンスター公爵になったばかりのヒュー・グロスヴナー(Hugh R.L.Grosvenor)に目がとまるだろう。彼は若くてハンサムなうえに、約90億ユーロの遺産を相続したというから、誰が見ても魅力的だ。(彼は平成3年生まれで、まだ29歳という青年貴族。) しかも、将来の国王になるプリンス・ジョージのゴッドファーザー(代父)というから凄い。たぶん、西歐諸国の美人モデルや大富豪のお嬢様が狙っているんじゃないか。ちなみに、貴族らしく華やかだと思うのは、ラトランド公爵(Duke of Rutland)の御令嬢であるレイディー・ヴァイオレット(Lady Violet Manners)だろう。この公爵家に生まれた三姉妹は美人との評判で、ヴァイオレットの姉妹には、アリスとエリザベスがいる。彼女達は世間の注目を浴びているから、雑誌やテレビの取材が次々と舞い込んでくる。こうした世襲貴族を見れば、「やはり、こっちの貴族の方がイギリス人らしいよなぁ~」と思えてしまう。

Violet Manners 001Alice Manners 2Violet Elizabeth Alice Manners 1








( 左 : ヴァイオレット・マナーズ /  中央 : アリス・マナーズ /  右 : ラトランド公爵家の三姉妹 )

   脱線したので話を戻す。人種関係を専攻する学者には矢鱈とマルキストが多い。ハムザ・アラヴィ(Hamza Alavi)もパキスタン出身の赤い学者で、サセックス大学やマンチェスター大学で教職に就いていた。ハムザは「人種差別反対運動(Campaign Against Racial Discrimination / CARD)」のメンバーだったけど、彼と一緒に行動していた有名人には、デイヴィッド・ピット(David Pitt)なる人物もいる。名前からすればブラッド・ピット(俳優)やウィリアム・ピット(首相)みたいだが、このピットはグレナダ出身のインド人。でも、顕著な功績があったのか、ハンプステッドの男爵(Baron of Hampstead)に昇格し、「ピットの旦那(Lord Pitt)」と呼ばれていた。多文化主義とくれば、ユダヤ人の活動家を忘れてはならない。法律家のアンソニー・レスター(Anthony Lester)とジャーナリストのジム・ローズ(Eliot Joseph Benn “Jim” Rose)は、「ラニミード・トラスト(Runnymede Trust)」というシンクタンクを創設し、人種問題を取り扱う報告書を作成したり、ブリテン各地を廻って「啓蒙講座」を開いていた。ここの所長を務めていたのが、後に「平等・人権委員会(Equality and Human Rights Commission)」の議長となったトレヴァー・フィリップ(Trevor Phillip)だ。彼は学生時代、ユダヤ人の左翼分子とツルんで白人社会を批判していた。

Hamza Alavi 01David Pitt 01Anthony Lester 11Trevor Phillips 01








( 左 :  ハムザ・アラヴィ / デイヴィッド・ピット  / アンソニー・レスター  /  右 : トレヴァー・フィリップ )

  イギリス人のレイシズムを激しく批判する黒人と言えば、まづ、あの「マイケルX」が頭にに思い浮かんでくる。彼はアメリカの黒人活動家である、あの有名な「マルコムX」に影響を受けた人物で、本名は「マイケル・デ・フレイタス(Michael de Freitas)」という。しかし、後に「マイケル・マリク(Michael Malik)」と改名し、一般的には「マイケルX」の藝名で通っている。彼はトリニタド・トバコ出身の黒人で、もう匙を投げるくらい兇暴なゴロツキ黒人であった。でも、何かと話題になったから、映画や小説で取り上げられている。例えば、ジェイソン・スタテイサム(Jason Statham)とサフロン・バローズ(Saffron Dominique Burrows)が共演した、『バンク・ジョブ(The Bank Job)』という英国映画にも、マイケルXのキャラクターが登場し、ピーター・デ・ジャージー(Peter de Jersey)が演じていた。

Saffron Burrows 4Jason Statham 3Michael X 001








(左 : サフロン・バローズ  /  中央 : ジェイソン・スタテイサム / 右 : 「マイケルX」と称したマイケル・マリク)

Alan Cumming 3(左  / アラン・カミング)
  ちなみに、モデル上がりのバローズもかなりの左翼であるらしく、父親は社会主義者で、母親はフェミニストであったという。娘のサフロンは幼い頃から人種平等や人権思想に熱心で、11歳の時には早くも反レイシズムの団体に所属し、その後、公民権運動の組織を率いる副代表になった。(Charlotte Philby, "My Secret Life" The Independent, 31 May 2008.) さらに、彼女は「バイセクシャル(両性愛者)」である。かつて彼女が交際していたのは、これまたバイセクシャルのハリウッド男優、アラン・カミング(Alan Cumming)だ。(カミングはTVドラマ『インスティンクト』で主演を果たしたが、一般的には『Xメン-2』で「ナイトクローラー」を演じた役者として有名である。) アランもウンザリするような極左分子で、LGBT(同性愛者や性転換者)の支持者にして、ヴィーガン(Vegan / 獣肉忌避者)嗜好の無神論者ときている。でも、何かの功績があるのか、「大英帝国勲章」を貰っているんだって。(余計なお世話だけど、いったいイギリス人は、どんな神経をしているのか?)

  またもや脱線したので話を戻す。CARDの創立メンバーたるランジャナ・アッシュ(Ranjana Ash)も極左活動家(マルキスト)で、このインド人学者は、有名な左翼キャスターであったウィリアム・アッシユ(William Franklin Ash)の再婚相手。(一番目の女房はパトリシア・ランボウルト。) テキサス生まれのウィリアムは元々左翼的傾向が強い青年で、カナダ軍の航空隊に入って「スピットファイアー(戦闘機)」のパイロットになった変人だ。彼は第二次世界大戦に参加した時、不運にも戦争捕虜になってしまった。しかし、戦争中の功績が認められ、国王陛下から大英帝国勲章を授与される。ところが、この叙勲がアメリカ国籍の剥奪になってしまったから、人生とは不可思議なもので、山あり谷あり、「まさか」の落とし穴まである。ウィリアムは軍人生活を辞めて放送業界に転職し、インドへ赴任した時にランジャナと出逢ったらしい。彼は英国共産党(CPGB)に入りたかったが、門前で拒絶されたので、分派の「マルクス・レーニン英国共産党(Communist Party of Britain Marxist-Leninist / CPB-ML)」に入ったそうだ。この「CPB-ML」は「CPGB」と決裂したレジナルド・バーチ(Reginald Birch)が創った政党で、何が違うのか一般人にはよく分からない。

Rajana Ash 1William Ash 3Reginald Birch 01







(左 :  ランジャナ・アッシュ  / 中央 : ウィリアム・アッシユ  /  右 : レジナルド・バーチ )

  ちなみに、名優スティーヴ・マックィーン(Steve McQueen)は1963年、『大脱走(THe Great Escape)』に出演したけど、彼が演じたアメリカ兵のヴァージル・ヒルツはアッシュがモデル。この元アメリカ人は飛行機乗りだったが、マックィーンの方は地上を走るレーシング・カーに夢中だった。マックィーンは元海兵隊員であったから、軍人役は板に附いていたけど、それよりも“絵”になったのは、愛車の「ジャガー」や「フェラーリ」に乗る姿だった。まるで映画のワン・シーンみたい。彼が1968年に出演した映画、『ブリット(Bullitt)』では激しいカーチェイスが満載で、マックィーンはフォード・ムスタングを乗り回していた。(アメリカ人って、今でも燃費が悪いムスタングとかトランザムが大好き。) でも彼の私生活を知るアメリカ人が映画を観ると、半分“趣味”のような仕事に思えてくる。

  毎度の事ながら、一旦、学校が左翼に占領されると、国家は致命的な打撃を受けてしまう。何も知らない庶民の子供達は、強制的に自虐史観を学ばされ、帝国主義の罪過を詫びるよう躾けられる。西歐や北米の学校では、祖先が犯した罪、すなわちアジア人やアフリカ人への虐待を「これでもか !」と執拗に植え付けられるから、小学生や中学生は自分の種族や先祖を誇ることができない。歴史の授業を受ければ、アフリカ人を奴隷にしたとか、アメリカ大陸の原住民を虐殺したと責められ、白人は“根っからの差別主義者”と教えられる。これじゃあ、額に刻まれた刺青と同じだ。こんな教育が普及すれば、一般の西歐系国民が異常なほど卑屈になり、跪いて黒人や南米人に譲歩しても不思議じゃない。

人種的多様性を求められるオーケストラ

  最近、ある興味深い出来事があった。新聞報道によれば、米国のクラッシック音楽界でも「人種的多様性」の嵐が吹き荒れているというのだ。アメリカのオーケストラ楽団は依然として白人が多数派で、有色人種の団員は極僅かであるという。特に、上位の演奏家を見てみると、黒人が締める割合は全体の1.8%に過ぎず、ラテン系でも2.5%であるらしい。(Anthony Tommasini, "To Make Orchestras More Diverse, End Blind Auditions", The New York Times, July 16, 2020.) 多文化主義者や公民権運動の活動家は、国内の人種構成を反映していない楽団を槍玉に挙げ、演奏者の外見に囚われず、実力で以て団員を決めるべきだ、と主張していた。それゆえ、彼らは実力主義に基づく「盲目のオーディション(blind auditions)」を提唱している。

  しかし、これはおかしい。いくらクラッシック音楽とはいえ、楽団は民間の文化的組織であり、所詮、お客様から銭をもらって娯楽を提供する商売に過ぎない。そもそも、私的な藝人集団なのに、「人種や容姿を無視して、実力だけで採用しろ !」と強要するなんて横暴だ。観客からの要望なら分かるが、人権屋とか左翼分子からの脅迫で、特定のメンバーを迎えるなんて馬鹿げている。もし、お客が黒人やヒスパニックの楽団を望んでいるなら、全員が黒人とか、ヒスパニックとアジア人の混成オーケストラを作ればいいじゃないか。どうして白人が主体のオーケストラにイチャモンをつけて、「俺達も入れろ ! 差別だぞ !」と凄むのか? ヨーロッパやアメリカでコンサートにやって来る白人客は、同じ容姿のヴァイオリニストやチェリストが演奏する古典音楽を楽しみたいのだ。

  もし、黒人演奏家に優秀な者が多いのであれば、彼らだけでオーケストラを編成し、高値のチケットを販売すればいいじゃないか。実力で選ばれた演奏家集団なんだから、いくらでも観客を呼ぶことができるだろう。でも、こうした黒人楽団にはスポンサーやプロモーターが附かず、チケットの売れ行きも芳しくない。日本への演奏ツアーなんか企画の段階で「ボツ」だろう。そもそも、黒人演奏家を支援する黒人観客やパトロンが少ないし、アジア人やユダヤ人のクラッシック・ファンでさえ、「黒人ばかりじゃなぁ~」と呟いてチケットを買うことはない。「モータウン・レコード社(Motown Records)」なら、スティーヴィー・ワンダーとかダイアナ・ロス、ライオネル・リッチーを取り揃えて、ジャンジャン儲けるけど、黒人のヴァイオリニストを雇ってJ.S.パッハの協奏曲を上演させても、大した売り上げにはなるまい。(ここでは関係ないけど、令和の高校生や大学生だと、もう「マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)」とか「ファンク・ブラザーズ(The Funk Brothers)」と言っても分からないようだ。大ヒット曲の『Reach Out, I'll Be There』を紹介しても、「それ何? 聴いたことがない !」といった反応しかない。昭和ってもう大昔なんだよねぇ~。) とにかく、有色人種のオーケストラは評判や地位が上がらず、採算が合わない三流集団ということだ。

Stevie Wonder 2Diana Ross 2Lionel Richie 3Marvin Gaye 3







( 左 : スティーヴィー・ワンダー / ダイアナ・ロス   / ライオネル・リッチー  /  右 : マーヴィン・ゲイ)

  たぶん、日本でもアフリカ・アジア・ヒスパニックの演奏団は人気が上がらず、話題にもならないだろう。例えば、ウィーン少年合唱団が来日すれば、そこそこのチケット売り上げとなるが、もし、構成員がトルコ人やイラク人、ソマリア人、モロッコ人、ベンガル人、フィリピン人、カザフスタン人などであったら、いくらオーストリア国籍を持っていても「ウィーンの少年合唱団」とは見なされない。ラジオで彼らの歌声を聞くのであれば問題は無いが、コンサート・ホールに足を運んで目にするとなれば別である。また、東京ディズニーランドに赴く日本人だって、白雪姫やシンデレラの役者が、漆黒のアフリカ人や褐色のアフガニスタン人、整形前の朝鮮人とかフーマンチューみたいな支那人、南洋出身のタガログ族とかサモア人だったらガッカリするだろう。やはり、西歐白人の女性でなきゃ嬉しくない。ディズニーランド側だってお客の“好み”を察しているから、在日のアメリカ人やオランダ人、ウクライナ人、ドイツ人などをこっそり募集して、その中から美人を選んでいる。社会正義とか平等主義などは教科書の中に書かれている絵空事で、実際のビジネスではレイシズムなんか当たり前だ。お客様が満足し、また来場してくれるよう考えるのが商売人で、利益拡大の苦労を知らない大学教授や法務省の役人が口にする「正義・公平」は、単なる子供の戯言(ざれごと)だ。他人の銭で喰っている連中には、商売の厳しさなんか分からない。

  日本ではまだ、アジア系帰化人を“平等”に扱う積極的優遇政策(affirmative action)に晒されていないが、このまま移民が激増すれば、やがて黒や茶色の異邦人を渋々でも雇う破目になるだろう。特に、接客業界の経営者は、店の雰囲気とかイメージを考慮して、窓口とか接待コーナーに若い娘や綺麗な女性を配置するので、どうしても標的にされやすい。これまで、我々は日本の学校や会社であれば、クラスの同級生は日本人で、職場の同僚も日本人と思ってきた。しかし、令和の時代からはベトナム人やフィリピン人の級友がいてもおかしくはなく、息子や娘の結婚相手もアジア系混血児とか、帰化人の子供になる可能性が高い。そうなれば、段々、祖父母や曾祖父母と違った容姿の子孫が誕生することになる。

  昭和の頃までは、庶民であっても家系や血統の重要性を感じていたが、平成の教育では“根無し草の個人”が称讃され、「今が幸せなら、それで良い !」という人生観になってしまった。つまり、野良犬のように成長し、野原で見つけた異性の野犬と交尾する。性欲だけで繁殖する動物は、祖先や子孫に興味が無いから、雑種の仔犬をもうけても気にすることはない。仔犬も成長すれば、自然と親元を離れて行き、好き勝手な生活を送るだけ。残された親犬はひっそりと孤独死。国家・民族意識を失った日本人も同じで、目の前にある餌に関心があるだけで、子供の血統はどうでもよく、孫や曾孫がどんな肉体になろうがお構いなし。そもそも、学校の先生が文明を憎んだジャン=ジャック・ルソーの信奉者で、自然界に住む「未開人」を「理想の人間」としているんだから話にならない。こんな教育を受けた国民は、放埒なセックスを楽しみ、ちょいと美味い料理を食べれば、それで満足。後は、自分の年金が確保され、医療福祉が充実していればOK。国土が支那人に侵掠されても騒がないし、同胞が朝鮮人に拉致されたって平気だ。「今だけ、金だけ、自分だけ !」が高等教育を受けた日本人のモットーだ。面倒な安全保障とか国家の名誉なんて端っから頭に無い。日本は古代ローマ帝国と同じく、気づいたら「亡くなっていた」という運命を辿るのかも知れないぞ。


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アンティファで燃えるアメリカ / 黒人とは共存できない

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黒人暴動の裏にある本音

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(左 : 抗議でも課した黒人  /  右 : 暴動で放火された自動車)

  普通の日本人は遠慮して言わないが、「黒人と一緒に暮らすのは厭だ !」というのが、アメリカ白人の本音である。わからないのは象牙の塔に住む大学教授だけ。昔、“進歩的文化人”という珍獣が流行(はや)ったが、日本の“なんちゃって左翼”というのは、大金を払って有名大学に入り、“学歴”と引き換えに“常識”を失う憐れな人々である。スコットランドの哲人デイヴッド・ヒューム(David Hume)が喝破した通り、我々は理性で判断する時があっても、常日頃は感情で動く。笹川良一なら「人類皆兄弟」で住むが、地球上の各民族は、だいたい“仲間”と“よそ者”を区別する。渡る世間が机上の空論で廻ると思ったら大違い。現実の政治は建前で本能を包み、袖の下からちょいと野心を出すのが流儀だ。いくら綺麗な言葉で「異人種との共存」と語っても、腹の底では「何だ、あんな奴ら!」と嫌うのが一般的である。巨匠ルネ・クレマン監督の映画、「パリは燃えているか(Is Paris Burning?)」では華の都が燃えなかったが、現在のニューヨークやロンドン、パリは有色人種の怒りによって燃えている。「降伏前にパリを破壊せよ !」というヒトラーの命令は無視されたのに、アラブ人やアフリカ人の破壊命令は実行され、フランスやアメリカの都市はしょっちゅう火の海だ。これじゃあ、カール・マルテル(Karl Martell)の功績が水の泡である。(ちなみに、映画の脚本は著名な知識人であったゴア・ヴィダルと、『ゴッド・ファーザー』でお馴染みのフランシス・フォード・コッポラであった。)

  既にテレビの報道で日本人にも知れ渡っているが、全米各地に広まった暴動の切っ掛けは、ミネソタ州ミネアポリスで起こった黒人容疑者の逮捕劇であった。死亡したジョージ・フロイド(George Floyd)は、コンビニエンス・ストアーの「カップ・フード」で偽の20ドル札を使い、クルマでトンズラしようと図ったが、運悪く彼は巡回中の警官に職務質問され、四人の警官により路上で逮捕された。ただ、「お縄」という時にフロイド容疑者が抵抗したので、白人警官のデレク・ショウヴィン(Derek Chauvin)がフロイドの頸動脈を脚で押え、呼吸困難にしたから大騒ぎとなった次第ある。現代は携帯電話が普及したので、街角で何か騒ぎがあれば、直ぐ近くの一般人が事件を映像に収め、それがインターネットを通して全世界に発信されるから、あっという間に世間が騒ぐ。とりわけ、白人警官が黒人に暴力を加えれば、それだけでニュース価値が高くなってしまうのだ。

George Floyd 1Derek Chauvin 2Derek Chauvin 3








(左 :  ジョージ・フロイド  / 中央 : クビになったデレク・ショウヴィン  /  右 : フロイドを逮捕した時のデレク・ショウヴィン )

  アメリカは「多民族共生社会」と呼ばれて久しい。でも、白人と黒人との間には、ガソリンの川が流れている。もし、白人警官が黒人容疑者を過度に殴ったり、死に至らしめると、瞬く間に火花が散って「油の川」が「血の川」に変わってしまうのだ。1992年に起きた「ロサンジェルス暴動」は今でも記憶に新しい。1991年、カルフォルニア州のフリーウェイをクルマで走っていたロドニー・キングは、ハイウェイ・パトロールの白人警官に追跡され、逮捕された。その時、酔っ払っていたキングは、白人警官3人とヒスパニック警官1人に取り囲まれるが、ボブ・サップみたいに暴れ回ったので、警官らに滅多打ちにされてしまう。ところが、その暴行シーンは一般人のジョージ・ホリデーによって撮影されており、その録画映像がTV局で流されたから、さあ大変。過剰な暴力をふるった警官達は裁判にかけられ、もはや有罪確定かと絶望視されたほど。波田陽区じゃないけれど、「残念、刑務所行きですから !」と思いきや、無罪判決でお咎め無し。

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(左 :  ロドニー・キング / 右 :  暴動で荒れ果てたロサンジェルス )

  しかし、この評決に全米の黒人が激怒した。「なぜだ !」と怒り狂う黒人は街中に繰り出し、ロサンジェルスは抗議デモの嵐に包まれる。そして、この“義憤”はやがて“略奪”へと変貌するから、如何にも黒人らしい。至る所からチンピラ黒人が現れ、競うように商店を襲撃。黒人はイナゴのように電気店や雑貨店に群がり、お目当ての品物を手当たり次第に強奪した。日本だと、人々が興奮するのは福袋の争奪戦くらいだが、犯罪が人生の一部となっている黒人だと、ダイナミックな窃盗祭りとなってしまう。イタリア人やカトリック信徒だと、サラセン人による「ローマの略奪」(846年)を思い出してしまうが、現代のアメリカ人は数年おきに異人種の略奪を目にする事ができる。教皇レオ4世はテヴェレ川沿いに防禦壁を築いたが、トランプ大統領は国境沿いに建設するだけで精一杯。とにかく、抗議行動は本来の趣旨を離れ、おぞましい「略奪の祭典」になってしまった。アメリカの中流白人は怯えて口にしないけど、黒人が集まって怒り狂えば、その“ついで”に“略奪”が起きるのは毎度の事だ。黒人はバーゲンセールと勘違いするのか、つい夢中になって強盗をはたらく。

  ロサンジェルスの暴動には、もう一つの“おまけ”がある。野獣と化した黒人は、日頃から自分達を馬鹿にする朝鮮人の店を標的にしたのだ。ある意味、朝鮮人は正直だから、黒人が大嫌い。支那人や朝鮮人にしたら、黒人は「人間」の部類に入らない。彼らはどこに移住しても短気で、直ぐ激昂する癖がある。したがって、襲撃された店の主人が銃を摑んで反撃に出てもおかしくはない。案の定、コリアン商店の亭主や息子は、兇暴な黒人をカラスかネズミの如く次々と標的にした。さぁぁ~すが、朝鮮人は日本人と違う。黒人狩りに容赦は無い。『エクスターミネーター(The Exterminator)』のジョン・イーストランド(ロバート・ギンティー / Robert Ginty)もたじろぐくらいの迫力だ。武装した朝鮮人は、相川七瀬よりも勇ましく、実弾をバン、バン、バンと撃ちまくった。(解らない人は、相川氏のヒット曲「夢見る少女じゃいられない」を聴いてね。それにしても、元「メガデス」のマーティー・フリードマンが相川氏のコンサートでギターを務めるなんて・・・。「Tornado of Souls」を聴いていたファンはどう思ったのか?)

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(左 : 暴徒から店を守ろうとするアジア系アメリカ人  /  右 : 黒人暴徒に反撃する朝鮮系アメリカ人)

  脱線したので話を戻す。当時、大手メディアが垂れ流したビデオ映像には問題があった。というのも、KTLA(ロサンジェルスのローカル局)がバラ撒いた動画は、巧妙に“編集”した代物で、最初の13秒が切り取られいたのだ。日本のワイドショーは実際の状況を説明しなかったが、暴行を受けたキングは、身長約190cmで体重は90kgくらいの巨漢であった。四人の警官が彼を拘束しようとした時、ロドニー・キングは激しく抵抗し、手や脚を押さえる警官を軽く投げ飛ばした。この怪力を目の当たりにした警官達は、「こいつ、エンジェル・ダストでもやっているのか?!」と驚いたらしい。

     この「エンジェル・ダスト(angel dust /phencyclidine)」というのは、幻覚を誘発する麻薬の一種で、服用者(中毒者)は興奮のあまり絶叫したり、意味不明な笑い声を上げて素っ裸になったりするそうだ。現場の警察官は、エンジェル・ダストの常用者が暴れ回るのを知っていたから、キングを「ヤク中じゃないのか?」と誤解した。何しろ、クーン巡査が「テーザー(Taser)」銃を撃っても利かず、二度も針を突き刺すことになったんだから、警官らがビビったのも無理はない。(「テーザー」は離れた距離から針(dirt)を発射し、その電流で対象者を痺れさせるスタンガンの一種。) キングは超人ハルクみたいな怪物で、テーザー攻撃を受けてもへっちゃらで、理性を失ったトドみたいに手の着けようがない。警官が警棒で殴りつけたのも当然だ。

  しかし、KTLAはこの逮捕劇をスクープ映像かスキャンダル事件にしようと考えた。報道スタッフは都合のいい場面だけを取り出して編集し、何も告げずに放送したからタチが悪い。これではNHKやTBSと同じだ。ところが、法廷では編集無しの録画映像が上映され、陪審員は81秒の「犯罪シーン」を目にすることができた。すると、陪審員達は「こんな逮捕劇だったのか !」と初めて知ってビックリ仰天。だから、初めて真相を知った陪審員が、「こんな化け物が相手じゃ、あれくらい殴らないとお縄にできないよなぁ~」と考えても当然である。結局、起訴された警官達は“無罪”判決を受けた。事件の経緯を知ったロジャー・パーロフ(Roger Perloff)弁護士も、判決は妥当だと述べていた。それにしても、アメリカの主要メディアは悉く偏向している。ABCの名物番組『ナイトライン(Nightline)』の司会を務めるテッド・コッペル(Edward J.M. Koppel)や、リポーターのドロシー・ベイリー(Dorothy Bailey)は、この事件を深刻な表情で報道していたが、もしかしたら、彼らはビデオ映像の全部を知っていたのかも知れない。まさか、編集された動画だけを見て、「OK」を出した訳じゃないだろう。(ちなみに、コッペルは英国生まれのユダヤ人。彼の両親はナチ・ドイツを逃れ英国に移住するが、父のエドウィンは敵国人と見なされ投獄されたという。ホント、ユダヤ人は西歐人みたいな顔をしてメディア界を牛耳っている。)

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(左 :  テッド・コッペル  /  右 : 負傷したロドニー・キング)

  話を戻す。米国の主要メディアというのは、何が何かでも人種対立を煽りたいので、白人警官による黒人への暴力を嗅ぎつけると、ここぞとばかりに宣伝する傾向が強い。警察を馘首(クビ)になったショウヴィンは、フロイドの首を締めたことで非難されるが、厳密に言うとフロイドは心臓麻痺で死亡したことになっている。(Amir Vera, " Independent autopsy and minnesota officials say George Floyd's death was homicide", CNN, June 2, 2020.) 被害者の遺体を調べた検死官は、窒息死とは述べておらず、絞殺による死亡とも言っていないのだ。ただし、フロイドの死は逮捕時の押さえつけが間接的な要因となっており、心肺停止へと結びついたのは医師も認めるところである。まぁ、フロイドは元々「動脈疾患」と「高血圧症」を患っていたから、あれだけ頸動脈を押さえつけられれば息が苦しくなってもおかしくはない。

  また、ヘネピン郡(Hennepin County)の検死官によれば、フロイドはメタンフェタミン(metamphetamine)とフェンタニール(fentanyl)を常用していたという。(Chris White, "George Floyd Autopsy Shows Fentanyl Intoxication and Recent Metamphetamine Use", alpha news, June 3, 2020.)  たぶん、日本のワイドショーは言及していないと思うが、要するに、フロイドはヒロポンと鎮痛剤の中毒患者であったということだ。「やっぱり !」とは言いたくないが、問題を起こす黒人には、人に教えたくない暗い事情や過去がある。しかし、マスコミは黒人が被害者になると“穏やか”な表情で撮した写真を掲載する傾向がある。普段の顔は兇暴なのにねぇ~。(日本のテレビ局は矢鱈と被害者や黒人の「人権」とやらに配慮するから、不都合な裏事情は述べない。局から派遣されたワシントン特派員なんか偉そうにしているけど、彼らは現地の報道番組をパクったり、英語の新聞や雑誌を和訳しているだけなんだから。)

  アメリカの黒人や左翼白人は、死亡したフロイドに同情しているが、この黒人が“やらかした”過去の犯罪を知れば、あまり「可哀想」と思わなくなる。何しろ、彼は薬物の配達や銃の窃盗で1997年と1998年(2回)に捕まっているのだ。実際、テキサス州の裁判に掛けられ、ちゃんと“お勤め”を果たしている。世の中には塀の中に入っても懲りない奴がいて、この黒人も例外ではない。ムショ帰りのフロイドは2001年に続き、2002年にも犯罪で捕まっていて、不法侵入の廉で30日間の牢屋暮らし。さらに、2003年、2004年、2005年にも薬物(コカイン)関連の罪で捕まっていたのだ。そのうえ、2007年には黒人仲間5名と強盗をはたらいたというから、もう呆れてモノが言えない。常習犯のフロイドは、水道局員を装ってある女性の家を訪ね、彼女が疑うことなくドアを開けた瞬間、家の中に雪崩れ込んだ。青い作業服を着たフロイドは、彼女の腹に拳銃を押しつけ、麻薬や現金はないのか、と探し回ったらしい。しかし、強盗犯一味はお目当ての“品物”が見つからなかったので、代わりに宝石と携帯電話を強奪し、クルマに乗って現場から立ち去った。("A new start turns to a tragic end for George Floyd", Daily Mail, 28 May 2020.)

  ところが、近所の住民が逃走車のナンバー・プレイトを書留め、警察に番号を通報したので、フロイド達は巡回中の警察官に捕まって裁判所送りに。2009年4月、再び法廷に立った常習犯の黒人は、懲役五年の有罪判決を受けた。こんな前科者だから、フロイドはシャバに戻っても、まともな職に就けない。子持ちで46歳のフロイドが“就職”したのは、ミネソタにあるレストラン。でも、清掃員や給仕じゃない。男優のヴィング・レイムみたいな店の「用心棒(bouncer)」ときている。何しろ、フロイドは巨漢の黒人だから、そこら辺のチンピラにも睨みが利く。彼の地元であるテキサス州ヒューストンの幼なじみは、CBSやPBSのインタヴューを受けて、高校時代の部活動(バスケットボール)や売れないラッパー時代の話をしていた。しかし、彼はフロイドにとって恥となる、碌でなしの犯罪歴には口を閉ざしていた。アメリカのマスコミというのは、被害者が黒人だと妙に過去を“脚色”するから信用できない。

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(左と中央 :  出所後にラッパーとなった時代のジョージ・フロイド  /  右 : 商店を破壊する元気な黒人)

  ついでに言うと、アメリカにも黒人の犯罪傾向を指摘するジャーナリストもいる。だが、こうした人物は大手新聞社から閉め出され、雑誌やテレビ業界からも干されてしまう。筆者は以前からコリン・フラハティー(Colin Flaherty)のファンで、彼の著書『Don't Make the Black Kids Angry』(2015年出版)は、アメリカにおける黒人問題を扱う上で必須文献だ。今、この本は絶版なんだけど、妙に欲しがる人がいるらしく、古書店のオヤジどもは値段をつり上げている。普通、この類いの古書なら10ドルくらいで販売されるのに、意外や意外、1万6千円くらいになっているのだ。(筆者は直ぐに購入しておいて良かったと思っている。こういう「ヘイト本」は人気があっても再版される可能性が少ないし、アマゾンからは「禁書(排除)扱い」にされるから、出版後なるべく早く買っておいた方がいい。この件については、当ブログで以前述べたことがある。)

Colin Flaherty 1black men 111(左 : コリン・フラハティー  /  右 : たくましい肉体を持つ黒人男性)

  フラハティーの本には黒人による犯罪がズラリと収録されており、どれも具体的で驚愕するような事件に満ちている。特に、「ノックアウト・ゲーム(Knockout Game)」は著書の目玉だ。黒人の悪ガキどもは白人の通行人を見つけると、背後や前面からそっと近づき、いきなり渾身の一撃を食らわせて一般人を倒す。当然ながら、いきなり殴られた通行人は気絶して頭から道路に倒れ落ちる。失神による転倒の危険性を知っている空手家やボクサーなら、「馬鹿野郎 ! 何てことしやがるんだ!!」と激怒するが、黒人の悪党はゲラゲラ笑って踊り出し、「やったぜ !!」と仲間内で喜ぶ。そして、彼らはこの「ゲーム」全編を録画し、インターネットに流して自慢するというのだ。ノックアウトされた本人はもちろんのこと、被害者の家族も理性を忘れて怒り狂う。

  フラハティー氏が紹介する動画はどれもこれも凄い。例えば去年、ミネアポリスのダウンタウンにあるターゲット・フィールド・プラザで、白人少年1人と5、6人の黒人少年が口論となり、この白人少年が袋叩きに遭う、という事件が起こった。獰猛な黒人少年らは殴る蹴るの暴行を加え、白人少年のズボンを脱がしたうえ、所持品を盗み、近くにあった植木鉢を投げつけた。さらに、集団リンチは絶えることなく続き、悪ガキどもの一人は、ポップ・ステップ・ジャンプで宙に舞い上がり、白人の腹をめがけて着地する。もう一人、別の黒人は自転車に乗って、倒れている白人に向かって猛突進。自転車は仰向けで倒れている白人の胴体に乗り上げ、被害者は息が止まって悶絶する。

  この暴行シーンは全て街頭に設置された防犯カメラに収められていた。そこで、地元のテレビ局である「KARE11」がこの動画を流したところ、この衝撃映像を目にした視聴者は大ショック。地元民は「信じられない !」と絶句していた。確かに、この集団暴行は常軌を逸している。しかし、もっと深刻なのは、主要メディアであるCBSやNBC、CNNなどが全米ニュースとして取り上げなかったことだ。もし、数名の白人少年が1人の黒人を取り囲んで暴行を加えたら、確実にイヴニング・ニュースのトップ記事となるだろう。新聞社も1面で大きく取り上げるに違いない。そうなれば、全米各地の黒人団体も立ち上がり、白人によるレイシズムを糾弾するはずだ。ところが、ミネアポリスの一件は地方で起きた“些細な喧嘩”に過ぎなかった。黒人による暴力事件なんて“いくらでもある”陳腐な出来事。わざわざ報道する価値も無い。左翼メディアが食らいつくのは、白人による人種差別だけ。黒人が暴動や略奪を繰り返しても、激しく非難しないのが米国メディアの宿痾だ。

  主要メディアの黒人擁護というのは、自覚されないくらい定番となっている。例えば、「フィラデルフィア・インクワイアラー」紙は6月2日の新聞に、「建物だって問題(大切)だ("Buildings Matters, Too")」というタイトルの記事を掲載した。執筆者のインガ・サフロン(Inga Saffron)氏によれば、今回の暴動で多くの建物が破壊され、フィラデルフィアの住民には嫌悪感が漂っているという。特に、焼き討ちに遭った店の所有者には哀しみが溢れているそうだ。なるほど、「建物より人命が上(People ober property)」というのはレトリックで包んだスローガンとしては素晴らしい。でも、「フィラデルフィアのダウンタウンにある建物が破壊されたことは、街の将来にとって壊滅的な出来事」である。

Inga Saffron 3Stan Wischnowski 1Buildings matter








(左 : インガ・サフロン / 中央 : スタン・ウィシュノウスキ    / 右 : 「問題」となった6月2日の記事  )

  サフロン氏は400年間も“制度的な抑圧”を受けてきた黒人に同情しながらも、街のインフラを滅茶苦茶にされたことを批判していたから、一般のアメリカ白人は彼女の論調に賛成するはずだ。しかし、この記事を読んだ黒人達は“カチン”ときたらしい。「黒人が殺された事と建物が壊された事の哀しみが同じなのか?!」という非難が殺到すると、「フィラデルフィア・インクワイアラー」紙は翌日の紙面に謝罪文を掲載した。曰わく、「先日のヘッドライン(見出し)は、Black Lives Matter運動を著しく傷つけるものでありました。建物と黒人の命とは同等ではなく、全く受け容れがたいことであります」、と。("An Apology to our readers and Inquierer employees", The Philadelphia Inquirer, JUne 3, 2020.) そして、新聞社の重役達は編集長のスタン・ウィシュノウスキ(Stan Wischnowski)氏に責任をかぶせ、彼を解任したという。いやぁぁ~、いくら“まともな”意見でも、黒人様の気分を害したらクビなんて、アメリカ人が自慢する「言論の自由」というのは、ちょいと毛並みが違う「自由」なのかも知れない。故・阿藤海さんなら「なんだかなぁ~」と溜息を吐くだろう。

人種対立の背後に支那人の影

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(左 : ジョージ・フロイドの死を悼む黒人参加者  /  右 : 暴動で焼き討ちに遭った建物)

  ジョージ・フロイドの死を切っ掛けとする暴動は、燎原の火の如く全米に広がったが、それを扇動したのは「アンティファ(反全体主義の過激派集団)」だけではなさそうだ。抗議デモを煽った左翼分子の中には、支那人が紛れていたそうで、北京政府の工作員か協力者か未だに判らないが、誰かの指示で火焔瓶を投げつける確信犯らしい。たぶん、FBIや地元警察は連中の正体を掴んでいるんだろうが、一般国民に対しては公表しないだろう。なぜなら、治安当局は実行犯の支那人を“泳がせ”、彼らを監視することでハンドラー(操る者)を突き止めようとするからだ。ウィリアム・バー(William P. Barr)司法長官も「外国勢力」について言及していたから、北京政府の「尻尾」を掴んでいるんじゃないか。(「米暴動『アンティーファが扇動した証拠』 外国勢力の介入も」 産経新聞、2020年6月5日) ただし、具体的な証拠や国名には触れなかったから、一般人が疑う「支那の関与」は推測となってしまう。

  それでも、北京政府が何らかの謀略工作を行っている可能性は高い。習近平は武漢ウイルスの発生を意図的に隠したから、「賠償金をよこせ !  」という要求や「このままじゃ済まないからな !」といった脅しを歐米の政治指導者から受けている。もし、天文学的な賠償金を払うことになれば、習近平政権のみならず支那共産党の崩壊にも繋がりなねない。だから、何としても破滅的な状態を回避せねばならず、そのためには“あらゆる”手段が必要だ。したがって、今回の人種暴動は支那にとって、まさしく願ってもいない“天佑”である。アメリカは対外戦争となれば挙国一致となるが、国内の社会問題となれば麻のように乱れ、内ゲバに終始する。もし、習近平が密かに左翼どもを煽れば、民衆党の反トランプ陣営は自然と政権批判の度合いを強め、トランプ大統領の再選を阻止するかも知れないのだ。支那人にとって、間接攻撃は小さい頃から磨き抜かれた十八番(おはこ)である。引田天功や綾小路きみまろ、古今亭志ん朝師匠も三舎を避ける。しかも、アメリカ国内には支那人留学生のほか、帰化支那人が雲霞の如く存在するから、またもや“お得意”の人海作戦を展開するはずだ。

  アメリカ兵はベトナムでのゲリラ戦に苦戦したが、国内での反戦運動には更に弱かった。昔、岡崎久彦大使が述べていたように、合衆国政府は国内の輿論に弱い。アメリカは怒りで戦うが、それは短期的で、長期戦となれば厭戦ムードが満ちてくる。まさか、北京政府のように、「刃向かう者は皆殺し」という手段は取れないから、どうしても妥協する破目になる。既に、アメリカの主要メディアは暴動騒ぎ一色だ。支那に対する糾弾報道なんて片隅に追いやられている。習近平は米国に植え付けた子飼いの支那人や、金銭に弱いジャーナリストや政治家、支那ビジネスで一儲けしたい経済人を支援してやるだけでいい。街中で暴れ回る黒人は単なる「使い捨て」の駒である。彼らには「操られている」といった疑念は一切無い。白人への恨みを叫び、ついでに略奪を行えばそれで満足。泥棒で得た略奪品は「盗品」と呼ばず、みんなで獲得した「お土産」と呼べば、罪悪感は何処かに消えてしまうだろう。たぶん、黒人家庭では“正義の抗議”を象徴する“記念品”となっているのかもねぇ~。

  アメリカ国内では、リベラル派の知識人が息を吹き返し、「アメリカ市民に対して軍隊を動員するとは何事か!!」と大統領を糾弾しているが、中流家庭のアメリカ白人は小さな声で「トランプ頑張れ !」と支援しているようだ。なぜなら、躾が良くて敬虔な西歐系アメリカ人は、略奪に狂喜する黒人や下品な姿の有色人種を嫌っているので、いくらアメリカ国籍を持っていようとも、あんな連中を「仲間」とは思っていないのだ。だいたい、イギリス系やスコット系のアメリカ人が、メキシコやキューバのヒスパニック、あるいはイラク人やソマリア人、タジキスタン系なのかアフガニスタン系なのか判らぬアジア人に共感を抱き、「我が同胞よ !」と呼びかけるのか? 黒人ならテレビで暴動を聞きつけると、「俺も行かなきゃ!」と急いで支度をする。だが、まっとうな白人だと、「まぁ、何てはしたない !」と吐き捨てるように呟き、「あらっ、もうこんな時間 ! お迎えに行く時間だわ !」と大急ぎ。幼稚園児か小学生の子供を持つ白人の主婦が、電気屋で液晶テレビを盗み、「日本製のテレビをゲットしちゃった !」と大喜びで、母親の実家に届けるなんて事は、まづ無いぞ。

  日本のワイドショーはトランプ批判の映像しか流さないけど、民衆党の牙城となっている州には問題が多い。州知事が極左贔屓やピンク左翼だと、即座に州兵を派遣せず、アナーキストに対して優柔不断な態度を示す。だから、良識を持つ白人は、「いつまでも、何グズグスしてんの?! 早く州兵を用いて鎮圧すればいいのに !」と心の中で思っている。目立たないけど地下水脈のような輿論があるから、トランプ大統領はレイチェル・マドー(Rachel Maddow)やアンダーソン・クーパー(Anderson Cooper)から馬鹿にされ、憲法違反の軍隊派遣だと批判されも、依然として高い支持率を有しているのだろう。

    たとえ、元国防長官のジェイムズ・マティス(James N. Mattis)が反対しようとも、まともな白人は断固たる鎮圧を要求する。「アンティファ」なんかに参加する輩は、アメリカの建国精神に属さないエイリアン(異邦人)だ。つまり、西歐系白人だけが幸せに暮らすアメリカを憎む賤民なのである。黒人はもう論外で、白人天下は厭だが、アフリカで暮らすのはもっと厭、という連中だ。したがって、こんな人種と共存するなんて狂っている。多文化・多民族主義が如何に有害か、誰にでも解るだろう。(日本だと明治大学教授の海野素央なんかがワイドショーに招かれ、「トランプの支持者は右翼や白人至上主義なんですよぉぉ~」といった解説しかしないから、一般の視聴者は適当な反トランプ宣伝しか頭に残らない。この程度で大学教授にななれるんだから、日本の大学は甘いよなぁ~。筆者は笑って済ませばいいけど、気の毒なのは明大の学生だ。一生懸命ずっと受験勉強をして、やっと合格したら、こんな教授の授業を聴く破目になるんだから。しかも、大金を払って。それなら講義を欠席して、スポーツにでも熱中した方がよっぽど健全だ。)

  アメリカで人種対立がいつまでも続くのは、異人種との共存が難しいからである。我々は合理的な計算だけで生きているのではない。とりわけ、日本人は義理人情で生活し、多少理不尽な事があっても、長い目で考え、帳尻を合わせながら生きている。日本が安定した社会なのは、みんなの感情を尊重し、楽しいときも悲しいときも、みんなで分かち合い、同じ民族でずっと暮らしてきたからだ。しかも、民族の国父である天皇陛下がいらっしゃるから、政治で内紛が起きても、最終的に「陛下の臣民」ということで和解する。よそ者、異人種、浮浪者、難民、移民で溢れかえるアメリカ社会には、一族の首長である国王がいないから、一旦内乱となれば血の雨が降るまで収まらない。日本人は日本に生まれた幸せを噛みしめるべきである。



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