無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

朝鮮人について

「鮮ピー」の嘘を撒き散らす「日本人(帰化鮮人?)」

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慰安婦は「鮮ピー」と呼ばれていた

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(左 : 「慰安婦像」と記念写真を撮る朝鮮人  /  右 : 「慰安婦」の補償を求める朝鮮人)

  日本人が朝鮮人を嫌う理由は山ほどあるが、その一つに「しつこい性格」が挙げられる。遙か昔から、朝鮮民族は支那人や蒙古人から軍事的圧力を受け、半永久的な服従を耐え忍んでいた。しかし、こうした隷従の歴史は民族の性格を歪めてしまい、恨み節の“いじけた”人民を作ってしまうものだ。外国から受けた屈辱を如何ともしがたい朝鮮人は、内弁慶となってしまう。国内で威張り散らす両班は、抵抗できない下級の常民を苦しめ、搾取と弾圧のし放題。朝鮮社会で暮らしていたシャルル・ダレ(Charles Dallet)神父が述べていたが、朝鮮の両班は至る所で、まるで支配者か暴君のように振る舞っていたという。(ダレ 『朝鮮事情』金溶権訳  平凡社 東洋文庫、1979年、 p.192) そして、支配階級の圧迫を受けた常民は更に格下の奴卑をイジメ抜く。乞食よりも汚い朝鮮の庶民は、なけなしの金を巻き上げられ、生きる希望さえ奪われていた。

  ところが、奴隷並の扱いを受けていた白丁(ペクチョン)にも、「人間」として暮らせる幸せが訪れてきた。それは日韓併合だ。心優しい日本人のお陰で彼らは日本に渡ることができ、日本名を名乗って「日本国民」になることができた。ヘビやトカゲでも泣いてしまうほど惨めな朝鮮から、高度な文明を誇る日本への移住だから感謝感激どころの話じゃない。ディズニーランドよりも数千倍魅力的な桃源郷というのが日本である。妖怪ベムは人間になりたいと渇望していたが、ついに叶わなかった。しかし、日帝時代の朝鮮人は、「人間」どころか「日本国民」になれたのだ。一般の日本人にはピンとこないが、一人ひとりが大切にされる国なんて、そうあるもんじゃない。当時の朝鮮なんかフィリピン以下で、絶望が全国に立ち籠めていたんだから。しかも、糞尿だらけ。ユーカリの葉を食べてラリっているコアラでも、朝鮮人の臭いを嗅いだら全速力で逃げ出すぞ。

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( 左 : 辛い過去を語る鮮人娼婦  /  右 : 「慰安婦」と称する朝鮮人女性 )

  こうした悲惨な社会に生きてきた朝鮮人は、とにかく不幸で、他人を恨み、その怨念を糧に生きるしかなかった。まさしく「賤民」という言葉がピッタリ。日本では考えられないけど、朝鮮人は日本人に怒りをぶつけることで精神的安定を得ようとする。つまり、自分の“不甲斐なさ”を観るのが厭だから、その原因は全て日帝にあると思いたいのだ。現在、「従軍慰安婦」と呼ばれている老婆は、単なる戦時売春婦に過ぎない。当時の呼称で言えば、「鮮ピー」すなわち「朝鮮人プロスティテュート」である。「柿ピー」みたいな響きだが、「従軍」というのは看護婦や新聞記者に附く言葉で、「従軍看護婦」とか「従軍記者」というのが定番だった。したがって、「従軍慰安婦」なんて戦後の捏造だ。保守派知識人でも、日本の兵が使っていた「鮮ピー」という言葉を用いず、「慰安婦」で押し通しているんだからおかしい。敗戦後も戦闘を継続していた故・小野田寛郎少尉の証言は貴重だった。小野田氏も「鮮ピー」という言葉を知っていて、戦前の性事情を語っていた。帰国後の小野田少尉によれば、朝鮮人の売春宿は当時、「ピー屋」と呼ばれていたそうだ。(たぶん英語の「prostitution」が語源なんだろう。)

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(左 : 朝鮮人の「慰安婦」   /  右 : 支那にいた鮮人売春婦  )

  朝鮮人に歴史を云々するのは無駄なことだ。彼らは理性的に考えないし、過去を正直に検証することもない。自分にとって都合のいい歴史が「正しい歴史」なのだ。そして、朝鮮人は千年経っても恨みを忘れず、日本人全員と天皇陛下が土下座するまで赦さない。街頭で日本人を罵る朝鮮人にとって、鮮人娼婦の実態なんか“どうでもいいこと”である。重要なのは、日本人が如何に残虐で、ずっと朝鮮人を苦しめてきたか、という物語の方なのだ。今回、南鮮人が慰安婦像をベルリンに設置したことで問題になったが、日本憎しの朝鮮人は、西歐世界の各地に「恥の彫像」を設置するつもりなのだ。アメリカやドイツだけじゃなく、出来ればフランス、ベルギー、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、ブリテン、イタリア、スペインなどにも設置したいのだろう。

  そもそも、なんで朝鮮人がドイツやアメリカに行って、恥曝しの「慰安婦像」を設置するんだ? これは明らかにユダヤ人の真似である。歐米諸国に住み着くユダヤ人は、二度と迫害されぬよう政治プロパガンダに精を出す。彼らはアメリカ人やヨーロッパ人に向かって、如何にナチス・ドイツが残酷で、ユダヤ人を迫害してきたか、を繰り返し子供達の頭に叩き込む。その一環として編み出されたのが、ホロコーストに関する記念館とか博物館である。ユダヤ人の図々しさや汚さを知らない日本人と西歐人は簡単に騙され、「なんて酷いことをドイツ人はするんだ ! こうした民族浄化は二度とあってはならない! 」と思ってしまう。ユダヤ人の学者や活動家にとったら、タカリ先の原住民なんてチョロいものだ。お涙頂戴話にコロっと引っ掛かる。そんなに迫害が厭なら、千年前にさっさとイェルサレムに帰っていればいいじゃないか。どうして、過去何百回も迫害を受けてきたのに、ヨーロッパ中をグルグル移転していたのか?

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(左 : 強制収容所のユダヤ人   /  右 : 現代の敬虔なユダヤ教徒 )

  スペインを叩き出されたユダヤ人はパレスチナに戻らず、アントワープとかアムステルダムに移住した。さらに、英国でチャールズ1世が邪魔となれば、オリヴァー・クロムウェルを嗾けて「処刑」を囁く。アムステルダムにいたメナセ・ベン・イスラエル(Menasseh Ben Israel)達は、この護国卿がユダヤ人に同情的と知って大喜び。金貨を手にしたユダヤ人どもは、信仰に酔ったイギリス人と権力を維持したい叛逆者を籠絡して再びイングランドへ入国だ。ユダヤ人の金貸しから200万ギルダーを貰ったオレンジ家のウィリアムは、頑固なジェイムズ2世を叩き出して、イングランドの「ウィリアム3世」になれた。ノルマンディーのギョーム(ウィリアム1世)にくっ付いて渡英したユダヤ人は、長い脛のエドワード1世(Edward Longshanks)によって追放されたが、ネーデルラントのウィリアムを利用することで再入国ができたのだ。(エドワード1世は別名「スコットランドの鉄槌 / Malleus Scotorum」とも呼ばれていた。)

  さらに、フランス革命の平等思想と皇帝ナポレオンのお陰で、ユダヤ人は「フランス市民」となり、ドイツでもゲットーから解放されて「ドイツ国民」になれた。ワイマール共和国時代になると、極左やマルキストのユダヤ人は水を得た魚のように活動し、ポルノ産業でも大儲け。ドイツが平等社会になると、かつての賤民は官僚や医者はもちろんのこと、大学教授から裁判官にまでなれたのだ。アドルフ・ヒトラーはホモ文化を促進するユダヤ人を憎み、穢らわしい異民族を叩き出そうとした。この伍長上がりの総統は、不愉快な異人種が素晴らしいドイツで豊かな生活を楽しみ、自由と繁栄を享受することに腹を立てていた。ドイツはドイツ人の国家であり、ユーデンラント(Judenland)じゃなく、ドイチュラント(Deutschland)である、と。ユダヤ人を強制収容所に放り込んだのは、「今までドイツにタカって旨い汁を吸っていたんだから、その分を返してもらおうじゃないか」、という意図があったからだ。労働作業中にチフスが蔓延し、そのために大勢のユダヤ人が亡くなったことは気の毒だが、日本人やドイツ人だってホロコーストの犠牲者である。連合軍の空爆により、ドイツ人や日本人の女子供は焼き殺され、赤ん坊や老人でさえも丸焼きだった。ヒトラーが戦争犯罪人なら、ローズヴェルトやトルーマン、英雄気取りのチャーチルだって同罪である。

  朝鮮人が慰安婦像をドイツに持ち込むのは赦しがたい反日行為が、それを未然に防ぐことが出来なかった外務省や国会議員はもっと赦せない。ドイツの日本大使館や外務省の高級官僚は、いったい何をしていたのか? 朝鮮人の頭が“おかしい”ことは仕方がない。彼らにも「アホになる自由」がある。だが、日本人が真似をして馬鹿になることはない。在独大使館員はあらゆる手段を使って抗議し、日本の名誉を守るべきじゃないのか ! フランス人やイギリス人の外政官は、祖国の名誉を何よりも大切にするから、自国が侮辱されれば直ちに抗議するし、金銭的な損をしても守り抜こうとする。ところが、日本の政治家は「金にならないから」という理由で馬耳東風。現地の外交官も「天下りとは関係ないから」という理由で動かないし、たとえ僅かな愛国心が残っている者でも、「本朝の議員から叱責されるんじゃ割に合わないよぉぉ~。日本から命令が来るまで黙っていよう !」という方針なのだ。菅総理大臣はアイヌ問題には敏感でも、慰安婦騒動には鈍感である。

国籍付与の際には厳格な審査を

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(写真   /  日本人に支配される前の朝鮮人)

  日本の歴史に関し、南鮮人が騒ぎ立てるのは彼らの勝手だから、半島内での反日活動は放っておくしかない。ただし、南鮮人が就職や結婚で日本に移住し、帰化申請を出すとなれば話は別だ。我々は大切な日本国籍を安易に渡してはならない。もし、朝鮮人に国籍を与えるなら、厳格な審査を通った者だけにすべきだ。クレジットカード並の審査なんて冗談じゃない。東大入試の数百倍厳しくしたっていいほどだ。日本人は大学入試となれば、異常なくらい神経質になり、ちよっとでも不正の疑惑があれば蜂の巣を突いたように騒ぐ。ところが、国籍付与となれば蜂蜜より甘くなる。レンタル会員程度の審査なんだから。朝鮮人が日本国の正式な構成員になるのであれば、心の底から日本に忠誠を誓う者でなければならない。朝鮮人を受け容れるとなれば、本当に皇室を敬うのか、武器を取って日本を守る気があるのか、などの点を調べるのは当たり前だろう。もし、運転免許を取得するくらいの頭で帰化申請をするのであれば、この不届きな鮮人から居住許可を剥奪し、強制送還にすべきだ。在日鮮人は「横暴だ、差別だ、人権弾圧だ」と叫ぶと思うが、どうして彼らは「祖国に帰れ」との文言を「刑罰」と考えてしまうのか? それは天国から地獄への追放を意味するからだ。南鮮人は密かに自国を「地獄の朝鮮(Hell Korea)」と呼んでいるくらいだから、彼らは帰国後の生活を分かっているのだろう。

  毎年毎年、大勢の在日鮮人が帰化しているが、彼らは慰安婦報道の件をどう思っているのか? 法務省の役人は人権など気にせず、帰化しようとする朝鮮人に愛国心や忠誠心があるのか、また同胞による捏造を「嘘」と認識しているのか、などを確認すべきだ。帰化鮮人の中には「日帝」への恨みを抱き続ける者が多く、元売春婦の証言を鵜呑みにはしていないものの、完全に否定する訳でもないので、曖昧にしている者がほとんど。本来なら、帰化人にも「鮮ピー」の証言を吟味させ、どのような嘘をついてきたのかを認識させねばならない。朝鮮人は自分の利益なら嘘でも構わない、という風習を持っているから再教育が必要だ。厳しい検査をせず、こんな民族を「日本国民」にしたら後で後悔するぞ。

  そこで、元売春婦たちが“どのような”証言を述べてきたのかを再確認しなければならない。今では真っ赤な嘘と判明しているが、1990年代には「本当の話」と信じられており、当時の総理大臣である宮澤喜一は朝日新聞に怯え、官房長官の河野洋平と一緒になって平謝り。徴兵逃れと国賊のコンビじゃ仕方がない。それはともかく、正体がチマチイ摑めない臼杵敬子(うすき・けいこ)というジャーナリストが、鮮人娼婦たちにインタビューを行い、その証言を月刊『宝石』に載せていたので、ここで幾つか紹介したい。(臼杵敬子「衝撃の独占告白 :  朝鮮人慰安婦が初めて明かす『旧日本軍の大罪』」 『宝石』 1992年5月号 )

「ふじ子」(1934年生まれ / 取材当時67歳)

  忠清北道の地主であった「ふじ子」の父親は、日本人の「挺身隊狩り」から娘を守るために、見知らぬ男と結婚させ、戸籍上の夫婦にしたそうだ。しかし、彼女の実家は日本人から「反日」と見なされたので、「ふじ子」が17歳の時、日本人が突如として襲いかかり、トラックに乗せたという。(もう、「本当かよぉぉ?」と疑いたくなるが、朝鮮人の話に反論を加えて行くと長くなるので、そのまま伝えることにする。)

  拉致された鮮人娘は「ふじ子」と名付けられ、約30人の女性と共に船に乗せられる。長崎に運ばれた彼女は、約1ヶ月間、日本語と日本の行儀作法、ならびに男性へのサービスを仕込まれたらしい。後に、彼女はトラックに詰め込まれ、九州の何処かにある三階建ての慰安所に連れて行かれたそうだ。慰安所の地下室に閉じ込められた「ふじ子」は、いち早く逃げ出したいと思ったが、もし逃亡したり言うことを聞かなかったりすると、凄惨な拷問に掛けられるので脱出を躊躇ったそうである。それでも、逃亡を謀ったある女性がいたそうで、彼女は失敗すると日本の軍人により酷い仕置きに掛けられた。逃げようとした女郎は、ふじ子達の前で全裸にされ、逆さ吊りにされると、軍刀で乳房を抉り取られたそうだ。さらに、兇暴な日本人は軍刀で女郎の腹を割き、内臓を取り出すと、ふじ子らに投げつけ、「お前達も逃げようとしたらこんな目にあうんだぞ !」と脅かしたそうだ。(上掲記事 p.221.) 

  まともな日本人なら呆れ返って、「あのよぉぉ~、本当にあった話なんだろうな !!」と念を押したくなる。これって、日本人じゃなく、支那人の仕置きなんじゃないか? 山崎努が出演したTV時代劇『新必殺仕置人』でも、こんなシーンは無いぞ。仕置人の巳代松が捕まって、極悪同心から凄まじい拷問を受けたけど、竹刀で叩かれるか、頭を締め付けられるくらいだった。とても、内臓を剔る拷問なんて考えられない。支那人が得意とする「酷刑」なら有り得るけどね。

  血が凍るほどの拷問を目にしたふじ子は、恐ろしくなって便所の窓から逃げようとした。しかし、小娘の企てだからあっさり捕まってしまい、恐怖の仕置きを受ける破目に・・・。彼女は逆さ吊りにされ、気絶すると水を掛けられた。さらに、裸にされると、上半身と背中へ焼きゴテが当てられたという。戦後になっても拷問の跡は消えず、その傷痕(きずあと)が残っていた。部屋に監禁されたふじ子は、1日に5名から10名の客を取らされ、19歳の時に身籠もり、男の子を出産した。赤ん坊は乳母に預けられ、慰安所の1階で育てられたという。ところが、21歳の時、またもや彼女は妊娠してしまい、次男を出産する。空襲が激しくなった時、ふじ子は子供二人を抱きかかえながら逃亡し、敗戦後、ヤミ船に乗って朝鮮に戻ったらしい。故郷に戻ったふじ子は、戸籍上の亭主と暮らしたそうだが、二人の子供は亡くなってしまった。その夫も朝鮮戦争の時、北鮮軍の兵隊に殺されてしまったそうだ。寡婦になったふじ子は再婚し、またもや子供を授かるが、過去については一切触れなかった。しかし、やがて彼女は息子の協力もあって、その重い口を開き、全てを話すようになったという。なぜなら、死ぬ前に是非とも日本の蛮行を明らかにしたいからだ。

  「金田君子」(1921年/ 当時70歳)

  彼女の父親は日帝時代、神学大学を卒業し、忠清南道芙江で牧師をしていたそうだ。1937年、君子が16歳の時、父親が日本の官憲に狙われたので逃亡生活を余儀なくされた。家族はバラバラになり、君子は近くの家で雇われ女中となる。17歳の時、日本人から工場での仕事があると誘われ、鮮人の友達と共に駅へ向かう。そこへ、軍人がジープで迎えに来て、ついつい乗ってしまうが、それが運の尽き。二時間以上かけて慰安所に連行されてしまうのだ。騙された君子は慰安所の日本軍人にすがり、「家に帰してくれ」と頼むが、「なにを文句を言うか。軍人達はお前たちのために戦っているのだ。少し苦労すれば良い日が来る」と叱責されてしまう。抵抗虚しく、彼女は二畳ほどの部屋に押し込められ、「金田君子」という日本名が与えられたのである。(上掲記事 p.222.)

  君子の慰安婦生活は楽なもんじゃない。1日に20名から30名ほどの兵隊を相手にしたので、性器が痛くなったという。そこで、支那人から阿片をもらい吸引するが、無理が祟ったので子宮が滅茶苦茶になったそうだ。1944年頃、朝鮮人の部隊長が同情してくれたので、治療を口実に母の実家に戻る事ができた。しかし、彼女が幸せになることはなく、後に阿片中毒の治療と子宮摘出の手術を受けたらしい。日本の蛮行により、一家離散となり、彼女の家族は行方不明となる。君子は結婚もできず、子供すら持てない身であった。体はあちこちが痛く、安定剤がないと眠れない状態であったという。曰く、「悲惨な私の人生の元兇は日本にある。・・・・日本がわれわれに対し、保障するのは当然だ」と。(上掲記事 p.223.)

「ナガキ ハルコ」(1922年生まれ / 当時69歳)

  「ハルコ」の家は貧しく、12歳の時、彼女は百円で身売りされ、ソウルの裕福な家庭で小間使いになったそうだ。しかし、この家で権力を振るう奥方からイジメられたので、他家に移って子守や女中になったらしい。17歳の時、工場の募集に応じて駅に向かうが、乗せられた列車は異様な雰囲気であった。窓には全て黒い紙が貼られ、どこを走っているのか判らない状態であったという。満洲にある何処かの駅に着くと、15名ほどの女がトラックに積み込まれ、数時間走ったところで下ろされたそうだ。二十畳ほどの部屋に通されたハルコは、兵隊の相手をさせられるが、「新品は将校」ということで、最初は将校の餌食になったという。当時、ハナコは激しく抵抗したが、日本人の将校は「軍の命令だ。服を脱げ !」と命じたので仕方なくそれに従い、暴力的に犯されたそうだ。この後、ハルコは兵卒の相手を命じられ、生理の時も関係なく、日本兵が抱える性欲の捌け口となっていた。ある兵卒はハナコに向かって自分のペニスを「犬のような舐めろ!」と命令し、気に食わなければ殴る蹴るの暴行をはたらいたそうだ。(上掲記事 p.225.) (もう腹立たしくなるが、これって、支那人が作るアダルト・ビデオなんじゃないか? )

  ハナコはどうしても休みたい時には、生理の時の血を体全体に塗りたくり、わざと汚くなって兵隊を遠ざけたという。何とも「おぞましい」手段であるが、そうでもしないと生き延びられない境遇であったらしい。妊娠したり体が弱った女は、掘った穴に棄てられるか、手榴弾で殺されて埋められるかのどちらかだった。(こらっ!、朝鮮ババァ、適当な嘘をついてるんじゃない !) 1945年、彼女は数名の女郎達と一緒に逃亡するが、帰る途中で独りになったしまった。後に、ハナコは一人で商売をしながら細々と暮らすが、日本への恨みだけは忘れなかったという。いつか日本に対する恨みを晴らそうと、そのことだけを胸に秘め、悲惨な人生に耐えていた。日常生活の中で煉炭を見れば、煉炭ガス中毒で死んだ方が楽なのかも知れない、と思うらしい。(上掲記事 p. 225)

  「尹相玉(い・さんおく / 仮名)」(1920年生まれ / 当時71歳)

  当時14歳だった相玉は、朝鮮人の女性を派遣する朝鮮人に騙されたという。この鮮人業者は、彼女に対し「日本での就職を斡旋してやる」と持ちかけ、約20人の女達と共に下関に送ってしまった。彼女達は下関に着くと、一週間後にパラオへと派遣され、日本人の夫婦が経営する慰安所に送られたそうだ。幼い相玉は恐怖のあまり泣きじゃくった。彼女は慰安所から逃げだそうとするが、所詮、小娘の逃亡だから直ぐ捕まってしまう。毎日二人から殴られたので、彼女は聴力を失い、体も傷だらけになったそうだ。時には、銃剣で刺されたこともあったという。それでも、相玉は慰安所を経営する夫婦から毎月30円の給料を貰い、一週間に一度は検診を受けていた。戦後、彼女は10歳年上の男と同棲することになり、義理の息子三人を育てていたが、しばらくすると独りぼっちになってしまい、生活保護を受けながら、よその家で雇われ、留守番役をして暮らしていたという。(上掲記事 p.226.)

「梁清子(やん・ちょんじゃ / 仮名)(1922年生まれ / 当時70歳)

  当時、16歳の清子はチマを被って山道を独りで歩いていた。そこへ日本軍が突然現れ、拳骨で彼女の顔を殴ると、清子は鼻血を出してよろめいた。兇暴な日本人は清子を担ぎ上げ、無理矢理トラックに押し込むと、北支の「タイカチン」へ向かったそうだ。トラックの中には日本人女性が二人と監視員がいて、あとの38人は朝鮮人の娘達であった。みんな18歳以下で、お互いに手を取り合い、「私達はもう死んだも同然だ」と泣いていたらしい。もう一台のトラックには20名ほどの娘達が乗せられていたそうだ。

  「タイチカン」から「オオテサン」へと連行された娘らは、それぞれが板で区切られた二畳ほどの部屋に詰め込まれた。最初、監視は厳しく、五人の兵隊が一時間交代で見張っていたが、やがて番人の数は三名に減ったそうだ。清子は逃げようと考えたが城壁が高く、監視が厳重なため逃亡を諦めたという。彼女は慰安所の外に出る度に、八路軍の捕虜を処刑する「肝試し」を目撃したそうだ。坐らされた捕虜の前には穴が掘られており、日本人は軍刀で捕虜の首を刎ねようとした。しかし、首を切断されても、まだ体が生きているのか、処刑された支那人はピクピク動いていたそうだ。また、日本人はシェパードを放って捕虜を追跡させ、噛みつくよう命じたらしい。清子は気絶した男が穴に放り込まれ、銃剣で刺し殺されるところを何度も見たという。(上掲記事 p.228.)

  女郎となった清子は1日に30人から40人くらいの客を取らされ、休みは1ヶ月に1度で日曜日のみ。次から次へと男どもが押しかけてくるので、腰も足も痛くてしょうがない。死んだ方がマシと思えるくらいだった。月経の時には「生理だ」と客に述べて下着も汚したらしい。しかし、客の兵隊どもは生理を気にせず、コンドームを装着して、清子の体を弄(もてあそ)んだ。驚く事に、清子は慰安所で一度もお金を貰ったことがないという。ただ、1ヶ月に1度、慰安袋が配給されたので、その中に入っていた石鹸や歯ブラシ、クリーム、腹巻き、缶詰などを見つけては喜んでいたそうだ。

  それでも、慰安所の仕事は辛いものだった。兵隊は何か気に食わないことがあると、「朝鮮人が・・・」と罵倒し、「この野郎 ! 朝鮮人のくせに、張り倒してやる !」と侮蔑したそうだ。こうした言葉の暴力があったので、自殺や病気で亡くなる女郎もいたらしい。戦後、清子は故郷に帰るが、父親は留守中に徴用され、南洋諸島に派遣されて戦死。実家には兄だけが残っていたが、その兄も1982年頃には他界する。本籍をソウルに移した清子は、働きながら独りで生きていた。しかし、慰安婦だった過去は誰にも語らず、自分の過去がバレそうになると姿をくらまし、これが元で五回も引っ越しを繰り返していたという。やはり、恥ずかしい過去は何としても隠しておきたかったようだ。彼女は身寄りも無く、水道や便所も無い部屋に住んでおり、月4万ウォンの家賃さえ払えない状態だった。生活保護を受けていた清子だが、月3万ウォンと10kgの米ではとても暮らして行けないので、体調が良い時は宴会の手伝いをしたり、ニンニクの皮むきをして生活の足しにしていたそうだ。生活苦に耐えかねた彼女は、もう自殺しようと考えたが、日本に対する怒りをぶつけるまでは死ぬことはできない、と心に決めていたそうだ。(上掲記事 p.229.) この鮮人老婆は恨みを晴らすまで歯を食いしばって生きていた。

  上掲記事で紹介された身の上話を幾つか紹介したが、一般の日本人はどう思うのか? 1990年当時、こうした「証言」を耳にした一般国民の中には、「えぇぇっ、日本軍はこんな酷いことをしたのぉ?」と驚く人もいたし、「やっぱり、旧日本軍は裏でこんなことをしていたんだ !」と侮蔑する人までいた。今では「作り話」と分かっているが、専門家の検証がなされるまで、こうした「ヨタ話」を信じる人は少なくなかった。それに、朝日新聞や共同通信、NHK、TBSといったマスメディアが煽り立てたものだから、これを真っ向から否定する国会議員などいるはずがない。大半の議員は肯定するか沈黙するかのどちらかだった。

Usuki 002( 左 / 臼杵敬子 )
  日本の一般国民は猜疑心が無いというか、人を信用しやすいので、こうした朝鮮人娼婦を引っ張り出す“仲介人”がどのような人物なのかを調べることがない。だいたい、朝日新聞や毎日新聞と連携する人物なんだから、左巻きなのは当たり前だ。とりわけ、朝鮮問題を取材するフリー・ジャーナリストや南鮮人を支援する活動家とくれば、“カタギ”の人間じゃないだろう。何か裏の顔を隠している人物と考えた方がいい。朝鮮人「慰安婦」を取材した臼杵敬子は謎の人物で、「本当に我々と同じ日系日本人なのか?」と問いたくなる。彼女のプロフィールによれば、一応、香川県出身のフリー・ライターらしいが、もしかしたら朝鮮系帰化人かも知れないのだ。彼女と「禹淑姫(う・すっき)」という朝鮮人は、一体どんな関係にあるのか? まさか、「う・すっき」という朝鮮名の発音から、「臼杵(うすき)」という日本名を作ったとは思えないが、もし何らかの血縁関係があるのなら、それをちゃんと公表すべきだ。

  臼杵氏は1980年代に南鮮へ語学留学をし、その後、慰安婦らの補償請求裁判を支援していたという。これは明確に「プロ市民活動家」の類いだ。朝鮮人との特別な関係を推測されても不思議じゃない。しかも、彼女は「日本の戦後賠償をハッキリさせる会」の代表まで務めているんだから、普通の日本人じゃないだろう。もしかしたら、私的な動機でもあるんじゃないか? 世間通の日本人なら眉を顰めてしまうが、朝日新聞や毎日新聞は令和の時代になっても、彼女の活動を取り上げ、「日韓で活動を続ける臼杵さん」と紹介しているのだ。これじゃあ、覚醒剤所持で捕まったヤクザと同じで、過ちを反省していると述べながら、陰に隠れてシャブを打ち続けているようなものである。朝日や毎日は報道機関というより、報道機関を兼任する活動家の住処(すみか)なんじゃないか? TBSやNHKには朝鮮系の社員が多いけど、新聞社にも日本名で正体を隠し、朝鮮系とバレない社員が潜んでいるのかも知れないぞ。

  ここでは直接関係ないけど、総理補佐官になった元共同通信社の柿崎明二(かきざき・めいじ)も怪しい。彼は以前から、ちょくちょく地上波のワイドショーに出演していたが、テレビに登場するようになったのは本当に偶然なのか? 確証は無いけど、テレビ業界では朝鮮コネクションが極めて強いと聞く。となれば、朝鮮系のテレビ局社員が昵懇の仲間を出演させることも充分考えられる。TBSの『サンデー・モーニング』はその典型例。共同通信社が同じとは思えないけど、秋田県出身だから柿崎氏が「日本人」と考えるのは安直すぎる。両親や祖父母の血筋を確かめないと、正式な「日系日本人」なのかどうか分からない。祖父母が若いときに日本へ帰化すれば、両親は「生まれながらの日本人」となるし、3世の孫だって生まれながらの日本国籍者で、最初から日本名を持って育つ。南鮮の大統領になった李明博は、幼い頃、「月山明博」という通名で大阪に住んでいた。もし、彼が日本に住み続け、日本で就職や結婚をすれば、「日本人」のまま一生を終えていたはずだ。柿崎氏は菅義偉総理とも親しいというが、本当に「秋田県繋がり」だけで意気投合したのか? 菅総理だって家系をはっきりさせるべきだ。以前も述べたが、公職に就く者は少なくとも三世代前の血統を公表すべきである。

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(左 : 李明博  /  中央 : 柿崎明二 /  右 : 菅義偉 )

  日本だと慰安婦問題は議論が尽くされ、朝鮮人による「言いがかり」と判明したが、南鮮人は未だに補償と謝罪を求めている。本当に問題なのは、こうした鮮人に呼応する日本人、つまり朝鮮人に共鳴する反日分子と帰化鮮人の存在だ。帰化鮮人は日本国籍を取得しても、その心は朝鮮人のままで、鼻水を垂らして泣きわめく鮮人娼婦に同情する者が多い。本来なら、在日朝鮮人と帰化鮮人が同胞の嘘に異を唱え、「そんな捏造はやめてくれ !」と訴えるべきなのだ。日本に恨みを抱く朝鮮人がなりふり構わず「虚構」を造り上げてしまうと、それに反撥する日本人は、「朝鮮人って嘘つきだよなぁ~」と思ってしまう。

  在日朝鮮人の中にも“まともな”人がいるから、内心忸怩たる思いのはずだ。同胞の反日活動に嫌気が差している在日鮮人だと、「もうやめてくれ ! こんな嘘を言い続けていると、朝鮮人すべてが“嘘つき”と思われてしまうぢゃないか ! 在日朝鮮人のイメージが悪くなったらどうしてくれるんだ? 本当に迷惑な奴らだ !」と言いたくなるだろう。帰化鮮人で過去を隠す者が多いのは、朝鮮人の印象が悪いと認識しているからで、もし朝鮮が素晴らしい国なら、必死で隠すことはない。帰化鮮人が自らの血筋を恥ずかしいと思うのは、あの悲惨な歴史と馬鹿げた民族を冷静に観ているからだ。日本における朝鮮問題とは、朝鮮人自身の問題である。もし、心から日本国民になりたければ、帰化の前に真実の朝鮮を認め、数々の嘘を「嘘」と断言すべきだ。朝鮮の肉体を絶つことができなくても、同胞との精神的な連帯なら棄てることはできるだろう。もし、帰化鮮人が先頭を切って朝鮮人の反日活動を糾弾し、国家と皇室に忠誠を示せば、彼らを認める日本人も出てくるはずだ。朝鮮人は見栄を張ることで自分を偉大に見せようとするが、日本人が尊敬するのは謙虚な人物、人の目に触れないところで愛国心を発揮する人物なんだぞ。



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娘を攫われた父親

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(左 : 横田滋・早紀江夫妻  /  右 : 拉致された横田めぐみ)

 6月5日、横田滋さんが永眠された。横田氏の御令嬢である横田めぐみ(13歳)さんは、昭和52年(1977年)11月に北鮮工作員により拉致され、未だに救出されていない。第三者としては推測するしかないが、父親である横田氏は、40年以上も娘の安否を心配し、精神が破壊される程の苦しみを味わってきたはずだ。普通、中学生の娘が人攫い遭えば、1日だって我慢できないのに、横田夫妻は何十年も辛抱してきたのだから、拉致被害者を見殺しにした日本政府の怠惰は言語道断。そして、邦人奪還に反対してきた国民の罪も相当重いと言えよう。

   もちろん、被害者の救出を望む国民は結構いたけど、占領憲法を破棄して国防軍を再建しよう、とまで考える国民は、保守派の中でも少なかった。左翼に洗脳されたインテリ国民だと、政府与党に対して「話し合いで解決を」と述べる始末。そもそも、極悪人が君臨する北朝鮮に対して、日本政府が「どうか全員返してください!」と頼めば、金王朝が「悪かった、勘弁してくれ!」と謝って被害者を解放するのか? そんなわけないだろう。傲慢不遜な北鮮人は、「横田めぐみなる女は死んでしまった」と言い放ち、別人の遺骨を渡して誤魔化そう謀った。しかも、「火葬」という口実で入念に遺骨を焼き、DNAの鑑定を難しくしていたから暴力団より悪い。拉致被害者の象徴ともいえる横田めぐみさんに対しても、こんな出鱈目を言うくらいだから、北朝鮮は邦人解放など微塵も考えていないのだろう。警察庁によれば、拉致の可能性が否定できない「特定失踪者」は800人以上いるらしい。

  それにしても、なぜ我々は拉致された同胞を見殺しにするのか? 幾つかの原因が考えられるが、まづ思い浮かぶのは「厄介事は御免蒙る !」という態度だ。つまり、拉致被害者の家族には同情するが、所詮は「他人事」という冷たさである。たぶん、敵対国との軍事衝突を厭がる日本人は、心の底で「俺の娘じゃないから、あとは政府の責任だよなぁ」と思っているのだろう。でも、自分の娘が攫われれば、クルっと態度を一変させるはずだ。おそらく、「核武装でも何でもいいから、北朝鮮を屈服させ、一刻も早く娘を救出しろ !」と叫ぶんじゃないか。息子や娘を持つ日本人なら解ると思うけど、他人の意見はどうであれ、自分の子供は可愛い。

  以前、筆者は米国の番組で紹介されたホームビデオを観たことがある。2011年、テネシー州で映像制作を営むフォトグラファーのダニエル・デュボア(Daniel Dubois)氏は、三歳になる娘のマデリン(Madeline Dubois)の動画をYouTubeに投稿し、大反響を得た。(Sara Malm, "Watch a Three-year-old daughter's dream", Daily Mail, 6 February 2013.)

Madeline Dubois 1(左  / マデリン・デュボア )
  デュボア氏は幼児のマデリンが「列車好き」ということで、誕生日に彼女を駅に連れて行き、念願の列車に乗ることにした。父親のデュボア氏は娘の感動がよほど嬉しかったのか、マデリンの驚きをカメラに収め、それをYouTubeにアップした。すると、この動画を気に入った誰かが拡散したので、今では930万回以上の再生数になっている。こうした個人の映像を見ていると、「よっぽど娘が可愛いんだなぁ~」という感情が伝わってきて微笑ましい。幼稚園児くらいまでの子供は、両親にとって天使みたいな存在である。日本でも「目に入れても痛くない箱入り娘」を持つ親は多い。中には娘の結婚式で号泣する父親もいるくらいだ。ダニエル氏の動画を紹介したアメリカ人のニュース・キャスターも、マデリンの表情を見て笑顔になり、「なんて可愛らしい女の子かしら」と大絶賛。(高校生の娘を持つ日本人の父親だと、「ウチの子も昔はこうだったよなぁ~」と溜息をつくんじゃないか。)

 

北鮮を優先する政治家

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(左 : 日本政府に希望を託す横田夫妻  /  右 : 毎回、「救出」の誓いを述べる安倍総理)

  横田滋さんの訃報を聞いて、安倍晋三総理や菅義偉官房長官といった政治家は、決まり文句の「大変遺憾なことです」と悲しんでみせる。が、「朝鮮人に弱みを握られていたので何も出来なかった」と本気で謝ることはない。記者会見では「断腸の思い」とコメントするが、そんな言葉は単なる二酸化炭素だ。軍隊による奪還作戦なんて最初から無い。というより、端っから考えていないのだ。馬鹿らしくて言及するのも嫌だが、国会議員が口にする「不退転の決意」とか「背水の陣」といった勇ましい言葉は、歌舞伎役者の決め台詞と同じ。小泉進次郎を見ていれは判るじゃないか。国会議員というのは背広を着たカメレオンだから、背景と都合に合わせて色を変えてしまうし、約束したことを出来なかったり、コロっと忘れてしまっても、議員辞職なんかする気は更々無い。「今だけ。金だけ。自分だけ !」が彼らのモットーだ。したがって、「必ず拉致被害者を取り戻す!」という掛け声も嘘。

  一方、少しだけ良心が残っている拉致議連の政治家は、小声で「誠に申し訳ない」と呟くが、心の中では「軍隊が無いんだから、しょうがないじゃん !」といった言い訳で自分を慰めている。確かに、丸腰の町人国家が「対話と圧力」と言ったところで、極悪人の北鮮人が怯むわけがない。むしろ、「拉致被害者の帰国」を餌に、どれだけ身代金を搾り取れるかを計算していたはずだ。何しろ、日本には朝鮮マネー(献金や裏金)に首ったけの政治家がウヨウヨいるし、ハニー・トラップに嵌まったスケベ議員とか、自ら女を要求する図々しい売国奴、賄賂やキックバックをせびる守銭奴、朝鮮人の怨念に共感する反日分子など数えだしたらキリが無い。

  例えば、朝鮮人を持ち上げる小沢一郎や辛光洙(しん・がんす)を支援した菅直人、拉致事件を帳消しにしたい辻元清美、北鮮の接待女性と親しかった前原誠司、南鮮のために尽力する白眞勲、南鮮と北鮮の二股を掛ける河村建夫、日朝友好議連を率いる衛藤征士郎などが直ぐ目に浮かぶ。立憲民主党の中川正春なんて日鮮の仲介業者みたいな議員で、政党はコロコロ変えるのに、朝鮮人への好意だけは不変なんだから、何が信念なのかよく判らない。しかも、北鮮や南鮮の議員と対談すればゴマすり一辺倒。朝鮮人に対する過去の「強制徴用労働」に関しては各国政府が負担し、日本企業の拠出金で支払いましょう、と提案するんだから呆れてしまうじゃないか。(「韓国議員、スペインで日本議員に会って『輸出規制を直ちに中断』要求」 中央日報、2019年7月31日)

Nonaka 1(左  / 野中広務 )
  「永田町の裏道は朝鮮半島に繋がっている」というのが政界の常識である。日本の国会議員は矢鱈と朝鮮人に優しい。過去の政治家、とりわけ自民党の大物議員を見れば明らか。例えば、日本人に恨みを抱く故・野中広務は、小渕内閣で官房長官を務めたが、最大の業績は朝鮮銀行を救ったことだ。(ちなみに、麻生太郎は記者を囲んだ雑談で、「野中なんか部落出身者じゃないか。あんなのが総理になってどうするんだい」と笑ったそうだ。そして、これを聞いた野中は腸が煮えくり返るほど激怒し、政界を引退しても死ぬまで麻生太郎を憎んでいた。) 心から日本社会を呪う野中は、公的資金1兆3千453億円を朝銀に流しても何の罪悪感を抱かず、「当然」とばかりに平気な顔(ツラ)をしていた。(拙書『支那人の卑史 朝鮮人の痴史』の282頁を参照。) 

  この恨み節を原動力とする官房長官は、日本に底知れぬ恨みを抱く辛淑玉(しん・すご)と対談し、如何に我が国が卑劣な国であるかを滔々と語っていた。まぁ、「反日」という共通項で意気投合する部落民と北鮮人だから、どんな話題か誰でも想像がつくけど、野中が自分をどう定義していたかは特筆に値する。彼は辛から「どんな日本人ですか」と尋ねられたとき、「そんな狭い感じで考えたことはなかった」と答えていた。野中は明確に自分のアイデンティティーを述べなかったが、「もっと国際的な視野の日本人をつくっていきたい」と語っていたのだ。野中曰わく

  だけど島国ですから、大陸文化の恩恵を受けて、こじんまりと平和で生きるような状況ができればいいなあと、そう思って政治と関わってきましたよ。(野中広務 / 辛淑玉 『差別と日本人』 角川書店、2009年、p.47.)

  もう、呆れてしまうというか腹が立つというか、こんな人物が地方政治で京都府議や副知事を務め、国会議員になるや自治大臣、内閣官房長官、自民党幹事長といった要職に就いていたのだ。もう目が眩むというか、溜息が止まらず天を仰ぎたくなる。まだ選挙権を持たない高校生は、「どうして野中みたいな奴が選ばれるんだ?」と疑問に思うが、烏合の衆が投票権を持つ民衆政治なんだから仕方がない。これは京都の国民ばかりが異常なのではなく、日本各地の有権者が判断力を失っているからで、衆愚政治はどんな批判が沸き起ころうがこれからも続く。今更、「武家政治の方が良かったなぁ~」と嘆いてもしょうがないけど、どいつもこいつも国家意識の無い候補者なんて酷すぎる。

  でも、大抵、選挙に出馬する奴は、どこか普通と違っている人間である。言動一致を旨とする国士なんて皆無。いくら選挙中に綺麗事を述べても、議員になるや途端にリアリストになるんだから。こうした現実主義者にとったら、「拉致被害者の奪還」なんて「絵空事の妄想」以下の考えだ。さっさと拉致問題を片付けて、北朝鮮の経済復興に邁進する方がよっぽど現実的である。第三世界並の北朝鮮は経済的にボロボロだから、インフラ設備の余地はあちこちにあるし、日本には資金が大量に眠っているから、ジャンジャン使っても減ることはない。財務省の高級官僚だって、プライマリー・バランスの実現を即座に放棄するだろう。金氏朝鮮のためなら、議員も役人も一致協力。マスコミだって挙国一致の大号令だ。金王朝の御機嫌を取るためなら、100兆や200兆の国債なんて端金(はしたがね)程度。いくらでも刷って日銀に引き取らせればいい。北鮮での「公共事業」となれば、干天の慈雨みたいなものだから、政治家と癒着する土建屋は大喜びだし、キックバックをもらう議員だって欣喜雀躍である。(竹下亘や岸田文雄なんか、マイケル・ジャクソンを真似て「ムーン・ウォーク」の祝福をするかもよ。平沢勝栄だと「ドジョウすくい」の安来節かなぁ~。)

  とにかく、日本人は相当頭がおかしくなっている。武漢ウイルスが蔓延すると経済的損失など二の次三の次で、「自粛だ ! 検査だ ! マスクを着けろ !」のオンパレード。感染拡大を防ぐためなら、八割の接触禁止とか都市封鎖、営業の停止など、驚くような方針に従ってしまうのだ。マスコミは連日連夜「命を守れ!!」と大合唱。サタデー・ナイトばかりか、ウィーク・デイから大ハッスル。ウイルス恐慌で日本経済が崩壊しようが、何万人の自殺者が増えようがお構いなし。「命が一番」というのが、政府とマスコミの鉄則だ。違反した奴はみんなでリンチ。でも、北朝鮮に攫われた同胞はどうでもいい。「私の家族じゃないから、日本政府にお任せ」というのが一般国民の本音だろう。ただし、、自分の息子や娘が攫われれば別。毎日毎日、365日、雨の日も雪の日も、台風や黄砂が来ても、夏休み中だって国会議事堂の前で抗議活動をするはずだ。大切な我が子のためなら、たとえ火の中水の中、弾丸の嵐が吹き荒れようとも、大きな声で「救出を!!!」と叫ぶはず。その時は憲法九条なんて完全に無視。核ミサイルの配備・使用だってOKだ。
 
  保守派国民には明らかなことだけど、日本のマスコミが口にする「人権」なんて真っ赤な嘘。これは赤い仲間と支那人や朝鮮人を守るために振りかざす方便に過ぎない。安倍総理だけじゃなく、引退した小泉純一郎を含め、国会議員はほぼ「特定人権」の擁護者ばかり。そうじゃなければ、「ヤルヤル詐欺師」という名が相応しい。一方、朝鮮人の手下となった政治家と知識人が望むのは、被害者家族の高齢化と「あの世行き」である。なぜなら、日本政府が北朝鮮に税金を献上する際、「絶対反対!」と邪魔をするのが家族会であるからだ。おそらく、北鮮に隷属する国会議員は、「早く横田の女房も死んでくれないかなぁ~」と願っているはず。北朝鮮への「戦後賠償」や「経済援助」を促進するには、拉致事件の風化が一番。そして、もし、日本から大量の支援金が運ばれ、あちこちに立派な橋や道路ができるれば、北鮮の人民は金日成に感謝するはずだ。日本人は悔しがるかも知れないが、主体思想に染まった北鮮人ーの庶民は、「やっぱり、将軍様は偉かった。あの忌々しい日本から謝罪金をもぎ取ることができたんだから !」と称讃するに違いない。

  これから日本経済は縮小するが、将来の北鮮には夢がある。すなわち、日本人が貢ぐお金で生活水準が格段に良くなる、という希望があるからだ。これは“おぞましい”予想だけど、何となく“有り得る”未来予測。ホント、特別給付金の10万円くらいで喜んでいる日本人は甘いぞ。朝鮮人なら“やがて”100万円ないし200万円くらいもらえるんだから・・・。



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