無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

朝鮮人について

朝鮮人にも公金を渡せ ! / 日本国籍を取っても異邦人

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黒木 頼景
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「国籍」条項が無い給付金

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(左 : 武漢ウイルスに怯える朝鮮人  / 右 : 反日を掲げる朝鮮人 )

  武漢ウイルスの拡散で日本経済は恐ろしいほど停滞し、多くの日本人が経済的に困っている。そこで、政府からの公的支援が必要になってくる訳だが、安倍政権は財務省の反対もあるのか、迅速な給付金配布ができない。米国のトランプ大統領は、既に多額の支援金を国民に渡しているのに、我が国の首相は官僚の御機嫌を伺って時間を無駄にするんだから情けない。

  ところが、様々な条件を設けた30万円の給付金案が立ち消え、国民一律10万円の支給に変わったからびっくり仰天。これは連立を組む公明党による「ゴリ押し」らしい。もっと言えば、創価学会を始めとする支持基盤への配慮なんだろう。だが、こうした給付金は在日外国人、つまり朝鮮人や支那人といった非日本国民にまで渡される危険性があるので注意を要する。(まさか、無いと思うけど、チンピラとか暴力団員にも支給されたらスキャンダルだ。) 既に、首相官邸で権力を振るう菅義偉が述べたように、政府は「国籍」で差別する気は無いらしい。しかも、公明党の背後には在日南鮮人が控えているから恐ろしい。彼らを率いる民団は、武漢ウイルスの支援策から在日外国人の住民が除外されないよう、公明党の山口那津男代表宛てに要望書を提出したそうだ。民団からは呂団長、徐元喆事務総長、孫成吉生活局長と在日韓国商工会議所の金淳次副会長らが、衆議院第2議員会館を訪れた。そして、公明党からは党新型コロナウイルス感染症対策本部・事務局長の高木美智代政調会長代理(衆院議員)と、同本部員の石川博崇参議院国会対策委員長(参院議員)らが対応したという。(「支援策で外国人除外せぬよう・・・民団が公明党に要望書」、2020年4月10日附「民団新聞」)

  在日南鮮人を束ねる呂団長によれば、武漢ウイルスの影響は日本国民と同様、在日同胞の暮らしや事業経営者にも甚大な被害が出ているという。なので、「朝鮮人を外すな ! ウリ(俺)にもゼニよこせ !」、と叫んでる訳だ。この陳情を受けた高木議員は、「皆様をはじめとする日本に居住している外国人も対象となることを確認した」と述べた。一般の日本国民が聞けば憤慨する内容だが、在日鮮人の信者獲得に熱心な創価学会だから、朝鮮人を“のけ者”にしたくないんだろう。この宗教団体にとって最も大切なのは、生き神様のような池田大作で、次に選挙で奮闘する婦人部とか資金源となる所属信者であるから、日本の「国境」とか「国籍」、「国益」なんか二の次、三の次、地獄の肥溜め程度だ。何しろ、日本人の信者数が年々減ってきているから、創価学会は「新規の信者」獲得に必死だ。とりわけ、政治権力を目指す学会にとって、蔑まされる在日鮮人や帰化鮮人は格好の漁場である。おそらく、幹部連中は朝鮮人の権利拡大や地位向上を餌にして、公明党の支持者を増やそうと目論んでいるんだろう。日本で頼りになる団体を持たない移民や、根無し草のアジア人研修生が増えれば、創価学会の魔の手が伸びてくるから、非常に危険である。

  一連の不吉な予感を強くするのは、NHKニュースが4月16日に流した共産党の意見である。NHKは次のように伝えていた。

  共産党の志位委員長は記者会見で、「最初の30万円の案は不公平で、とてもじゃないが使い物にならず、破綻したということだ。10万円を急いで配るほうが合理的で、所得が多い人には後で税金で返してもらえばよい。外国人も含め、日本に住むすべての人を対象に支給するべきで、今の補正予算案に組み入れて即、執行することを強く求めたい」と述べました。

  志位委員長は“サラリ”と口にしたが、「外国人を含め」ということは、在日支那人や在日朝鮮人、色々な商売で定住するフィリピン人やベトナム人にも支給したい、というこだ。本来なら、経済的に苦しくなった日本人家庭を優先すべきで、外国人に渡す公金があるなら、小さな子供を抱える家庭に配るべきだろう。在日外国人は出身国に支援金を求めるべきで、日本政府は日本人だけを考慮すればよい。常識を備えた日本人は、「世界市民」を「仲間」にしようなんて考えていないはずだ。安倍総理は「国民へ」と述べていたが、もしかしたら「日本に住む人々」といった曖昧な言葉に変わるかも知れないぞ。特に「市民」という言葉は危険だ。「大阪市に住む人々」と言えば、「在日朝鮮人を含む」といった可能性が出てくる。

日本で恥辱を覚える朝鮮人
  
  今回のウイルス騒動で経済的に困っている在日鮮人がいることは確かだが、北鮮人は別にして、南鮮人は彼らの祖国に支援を求めるのが筋である。彼らは南鮮の選挙権を持っているんだから、文大統領に向かって「銭をくれ !」と要求すればいいじゃないか。反日国家に住み着く鮮人が、日本政府に給付金を“せがむ”なんてお門違いだ。戦後直ぐに帰るはずの朝鮮人は、いつまで経っても帰国せず、親子代々日本にしがみつき、我々に迷惑を掛けてきた。「日本国民」と同じ扱いを受けない在日鮮人は、「民族差別だ !  日本人は植民地支配を謝れ!」と発狂し、鼻水垂らして泣き叫ぶ。もし、我々が反論とすると、今度は「日本で税金を払っているから、年金と選挙権をよこせ ! 国籍に関係なく平等に補助金を渡せ !」と言いたい放題。日本政府は銃口を向けて鮮人の日本脱出を阻んでいる訳じゃないのに、彼らは差別的な日本に住み続けている。日本人は朝鮮人に「どうか、いつまでも居て下さい !」と頼んだことはないぞ。むしろ、「早く出て行け!」と毛嫌いする意見の方が多い。だいたい、そんなに「差別」が厭なら、さっさと半島に戻ればいいじゃないか。

  日本人は基本的に朝鮮人が大嫌い。これは生理的拒絶反応だ。理屈で治るものじゃないから仕方ないだろう。我々は朝鮮人と苦楽を共にしたくないし、朝鮮人が困っていても助けたいとは思わない。彼らはタカリ先の日本を自分の「故郷」のように考えているが、日本は朝鮮人の植民地じゃないぞ。だいたい、朝鮮人と“共存”、“同化”、“混血”したいと思っている日本人は何割いるんだ? もちろん、朝鮮人と結婚する日本人もいるけど、大半の鮮人配偶者は素性を隠し、「日本人」みたいに振る舞っている。なぜなら、「朝鮮人」という民族の中に、何かドロドロした汚点や恥ずかしい特徴があるからだろう。在日鮮人や帰化鮮人は仲間と群れれば、「朝鮮人としての誇りを持っている !」と豪語するが、それは偽りなき本心なのか? 最近では、テレビや雑誌が仕組んだ「朝鮮ブーム」のお陰で朝鮮人のイメージが修繕され、自分の出自を暴露する朝鮮系住民も増えたけど、昔は正直に恥ずかしいと思う朝鮮人が多かった。

  1970年代から80年代にかけて、朝日新聞の川崎支局には前川恵司という社員がいたけど、彼は後に朝日新聞の従軍慰安婦報道を批判した元ソウル特派員。たぶん、嘘つきの吉田清治を初めて紹介した朝日社員だから覚えている人もいるはずだし、雑誌『正論』に掲載した記事やチャンネル桜での出演を思い出し、「あっ、あの時の人か !」と頷く人もいるんじゃないか。この前川氏は昔から在日朝鮮人が気になるようで、朝鮮人が抱える問題をしきりに述べていた。彼が紹介した鮮人の中に面白い例があるので紹介したい。

  土木業者のB氏は、鮮人の母親Cを抱えて川崎で暮らす53歳の在日2世。B氏は民族学校に通っていたせいか、「朝鮮人」としての自覚が強かった。ただし、子供の頃は辛いことが多かったようで、民族学校から帰ってくると、近所に住む日本人の子供から侮辱され、イジメに遭っていたそうだ。(前川恵司 「『在日』の今日・明日」、『季刊 三千里』 1981年 第28号、 p.37.) 彼は悪ガキどもから殴られても殴り返すことができなかった、というから相当悔しかったに違いない。B氏は嘆いていたが、彼の両親は働くのが精一杯で、日本人のいじめっ子を叱ってくれなかったそうだ。しかし、本当は日本人とのトラブルを避けたかったんじゃないか。もし、大人が子供の喧嘩に口を出せば、日本人の親も出てくるから、話が余計ややこしくなる。

  朝鮮人に生まれるというのは色々な面で哀しい。例えば、彼は食卓に出されるキムチに手をつけなかったそうだ。もし、うっかり口にしたら、ニンニクの臭いが一日中、口の中に残るから嫌われる原因となる。だから、彼はキムチだけの朝食の時はそれを食べなかった。こうしてキムチ朝食を避け続けたところ、何時の間にか朝食を取らない習慣になってしまったという。確かに、戦前、日本人は朝鮮人の吐く息に卒倒した。朝鮮人はニンニクを好むので、只でさえ不潔な朝鮮人からは、ムカつくような体臭と口臭が漂ってくる。これだから、「朝鮮人」イコール「汚い」、「臭い」、「下劣」、「気持ち悪い」というイメージが附いたのも当然だ。昔ながらの朝鮮は本当に“みすぼらしい”国で、道端を通れば糞尿がそこら中にあったし、家屋は南京虫やダニの巣窟と言っていい。1970年代になっても南鮮は悲惨で、朝鮮の路地裏や飲食街を目にした日本人は目を剝いて驚くことばかり。(以前、当ブログでは「ディープなコリア」について述べた。)

 話を戻す。七年前に両親と帰郷したB氏は、父親から墓参りの義務を告げられ、民族意識を持って生きるよう諭されたそうだ。彼の父親は二年後に亡くなってしまうが、息子は父の言葉を胸に刻んでいた。そこで、B氏は小学生の長女と次女を“本名”で公立学校に通わせることにしたという。何しろ、日本で生まれ育った在日3世は、日本の影響を強く受けてしまい、日本人の意識に近づいてしまうから、朝鮮人としての自覚が薄くなる。だから、本名を貫くことで「朝鮮人」の自覚を持たせたい、という訳だ。B氏は「真理子」のような日本的名前は朝鮮人らしくないから、娘にはちゃんと朝鮮人らしい伝統的な名前を附けて、それをしっかりと主張できる子供に育てたい、と述べていた。でもさぁ~、日本の学校で「金」とか「朴」「崔」といった名前じゃ恥ずかしいよねぇ~。男の子で「太郎」だと「金太郎」になってしまうし、「玉」という名前の少女だと「金玉」になってしまうから、日本人の子供は大爆笑だ。嘘みたいだが、以前雑誌の『テーミス』を読んでいたら、「金玉(キム・オク)」という朝鮮名を目にしてビックリしたことがある。北鮮では普通なんだろうけど、日本だと性転換していないオカマみたいだ。

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(左 : 頭に籠を載せて歩く乳房丸出しの朝鮮人女性  / 右 : 貧乏な時代の朝鮮人 )

  娘に対する民族教育に熱心なB氏であったが、彼には相克があった。というのも、彼は職場で日本名を使っていたのだ。しかも、日々の生活で使う言葉も日本語なんだから言行不一致。これじゃあ、どこが“誇り高き朝鮮人”なのか分からない。彼は開き直って、「俺はどこへ行ってもニンニク臭い民族だ」と腹を括るが、その一方で、朝鮮語を上手く喋ることができないし、祖国の歴史も知らないから、「本当に民族の一人と言えるのか」と悩んでいたそうだ。娘に対しては朝鮮文化の大切さを説くが、祖先を弔(とむら)う祭祀(チェサ)にお金を掛けるとなれば渋い顔になったという。彼の母親は、牛肉や魚肉、菓子、果物などを膳に並べて豪華にしたかったが、その費用だけでも軽く4、5万円を超えてしまうから、B氏は不機嫌になったそうだ。母親のCは、「息子達2世が1世の言うことを半分しか聴かない」と愚痴をこぼしていたが、B氏は「生活に余裕があるなら・・・俺だってやってるさ !」と呟く。確かに、1970年代の鮮人家庭だと、下働きの低所得者が多かったから、「余計な出費をしたくない」という気持ちも分かる。朝鮮人って、死体崇拝なんじゃないか、と思えるほど儀式が大好き。日本人の嫁さんはドロドロした朝鮮の祭祀にウンザリするらしい。

  在日2世の息子や娘に「朝鮮の文化を忘れるな !」と釘を刺す在日1世はいたけど、やはり“現実社会の壁”を身に沁みて分かっていたから、簡単に理想を追求するアホは少なかった。例えば、B氏が娘達を「本名で通わせる」と決めた時、母親のCさん(祖母)は猛烈に反対したそうだ。「本名で通わせるなんて・・・・孫に辛い思いをさせたいのか。日本名でなぜ行かせない」と息子に詰め寄り、B氏の決定に異を唱えた。B氏は家族の中で一番民族意識が強い母が真っ先に賛成してくれるものと思っていたから、母親の反対にショックを受けたらしい。B氏が「民族意識を持たせるには、本名で通わせなくては」と力説するや、母親のCは、「民族意識は家庭の中で教えれば良い」と撥ねつけたそうだ。(上掲文、 p.39.)

  さぁ~すが、苦労を重ねた1世は違う。彼らは朝鮮の過去を肌で知っているし、日本人がその惨めな歴史を知っているのを解っているから、日本人の前では朝鮮文化を誇ることはない。そもそも、在日1世は、貧乏で不潔な朝鮮の中で育ってきたのだ。大半の移民(逃亡者)は「祖国に未来が無い」と悟ったから、日本に渡ってきたのだ。自分が「絶望の国」と判断し、馬鹿にされても仕方ない賤民、と分かっているから、日本社会で朝鮮を自慢できるとは思わない。朝鮮文化を称讃するのは、同胞が集まった宴会の時だけ。日本人がいる職場や学校で「朝鮮自慢」なんて自殺行為に等しい。朝鮮文化に馴染みが無い在日3世や4世の娘達は、日本の友人を自宅に招くことができなかった。なぜなら、もし、日本人のクラスメートが家の中にある“奇妙”な置物とか衣装を目にしたら、「あっ、朝鮮人だ !」とバレてしまうからだ。したがって、羞恥心の強い鮮人少女は、絶対に連れてきたくないし、両親や兄弟を見せることも避けていた。特に、朝鮮訛りが抜けない両親や親戚は、奇妙な日本語を喋るからリスクが大きい。日本の不良と喧嘩する朝鮮高校の不良ならともかく、血統の暴露を懼れる温厚な鮮人少女には同情したくなる。

  公立学校に通ったB氏の弟も、兄の考えには反対したそうだ。曰わく、「日本人の意識が変わらないのに、本名で通学させるなんて・・・・孫最初から子供を谷底に突き落とすと同じだ」、と。(p.39) こうした家族からの反対を受けて、B氏もどれだけの冒険であるのかを痛感したらしい。

  必ず、娘は学校で本名をからかわれ、泣いて帰宅する日が来る。その時、親である自分はどう納得させ、再び学校に通うようにさせるか。どこまで子どもを支えられるか。(上掲文、p.40)

  B氏はこのように悩んだが、それでも意見を変えず、本名で娘を学校に通わせたそうだ。いやぁぁ~、民族意識に目覚めた朝鮮人には附ける薬が無い。朝鮮人というのは、どんなに馬鹿げた考えでも、一旦思い込むと、状況を考えず邁進する癖がある。以前、エレベーターの扉に腹を立てた朝鮮人の障碍者がいた。彼は電動車椅子をフルスピードにしてエレベーターに突っ込んだところ、偶然開いた扉を突き抜け、シャフト(昇降路)の底へ転落してしまった。筆者はこの事故の映像を見た時、不謹慎ながら笑ってしまった。あまりにも滑稽すぎるからだ。「馬鹿は死ななきゃ治らない」というが、激怒した朝鮮人には「理性」というものが無い。たぶん、B氏は「苦難を乗り越えて、強い朝鮮人に育って欲しい」と願ったんだろうが、本名を強いられた娘にすれば、針の筵(むしろ)にくるまれたような境遇だ。こういう家庭に育った朝鮮人だと、グレてしまう可能性が高い。

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(左 : 餅つきをする朝鮮人  /  右 : アフリカ人のように頭に籠を載せる朝鮮人)

  これは致し方ないが、高度文明の日本で育った朝鮮人だと、肉体は鮮人のままでも精神的には「日本人」となってしまう。したがって、野暮ったい両親や祖父母が儒教混じりの訓諭を垂れると、単なる“説教”とか“押しつけ”と感じてしまうのだ。いくら「朝鮮文化は素晴らしい」と教えられても、実際の朝鮮があまりにも悲惨なので、朝鮮に親近感を覚えても、直ぐに「幻想」や「失望」に変わってしまうことがよくある。しかも、日本には言論の自由があるから、朝鮮人にとって不都合な歴史や恥ずかしい風習が簡単に暴かれてしまう。なるほど、テレビ局や学校は朝鮮人に配慮した「朝鮮史」を述べるが、日本の民間人はお構いなしに事実を伝えてしまうから、朝鮮人は悔しがる。例えば、昔定説だった「強制連行」は嘘とバレてしまったし、「従軍慰安婦」も捏造で、朝鮮の女衒が連れた来た「鮮ピー」というのが一般的な呼称だった。在日鮮人にとって、「不逞鮮人」とか「第三国人」という言葉は一刻も早く忘れたい蔑称だが、「ヨボ」という言葉を蒸し返されるとムっとくる。戦前の内地人(日本人)は、外地の半島人(朝鮮人)を「ヨボ」と呼んでいたけど、現在では死語となっている。これは「ヨボヨボな老人」という言葉にも通じているので、侮蔑と感じる朝鮮人もいたらしい。朝鮮に赴任した警察官の今村鞆(いまむら・とも)は、朝鮮の研究にも打ち込んだせいか、朝鮮人に対する思いやりが深かった。彼は日鮮の相互的礼儀を強調し、鮮人の感情を害さないよう訴えかけていた。

  自分は警察処罰令に「内地人にして朝鮮人に対しヨボと呼ぶべららず、但朝鮮語に熟達した内地人にして言語の中にヨボと呼ぶはこの限りに非ず」という一項を挿入したい・・・・。(今村鞆  『歴史民俗 朝鮮漫談』 南山吟社、昭和3年、p.391.)

  まぁ、今村氏は研究者として朝鮮贔屓になったのだろうが、一般の日本人は鮮人に対する卑屈な態度は無かった。例えば、中流家庭の知識人に雇われた女中も素っ気なく、気軽に「先生、何とか云うヨボが尋ねてきて玄関にいますが、どうしましょうか?」と訊くことがあったらしい。今なら放送禁止用語が伏せ字になってしまうが、昔の日本人は言論の自由があったから、遠慮なく使っていた。今村氏は同書で朝鮮人の「処女献上」を述べているが、今の在日朝鮮人だと李朝時代の悪習を知らない場合がある。支那の権力に屈した朝鮮人は、村の生娘を支那人や蒙古人に貢いでいたのだ。慰安婦像で騒ぐ朝鮮人は、支那人が奪い去った少女も一緒に述べるべきなんじゃないか? 日本兵にサービスした鮮人娼婦は大金を稼いだけど、支那人に献上された朝鮮処女は、一体「いくら」もらったんだ? 是非、明らかにしてもらいたい。

  在日鮮人への給付金から随分逸れてしまったが、我々は朝鮮人と運命を共にしたくないのは事実だ。日本人は日本人だけで恐慌を乗り越えたいのであって、朝鮮人を救うのは南鮮にある政府の義務である。日本国民は安倍総理を厳しく非難するが、他の政治家が何をしているのか、もっと注目すべきだろう。でも、女を膝に乗せながら「犬になりたい!」と豪語する「ワンワン高井」は論外。立憲民主党には碌でなしが集まっているのか、高井崇志(たかい・たかし)みたいなクズが本当に多い。しかし、精液で下半身を濡らしている高井よりも酷いのは、同党の鮮系議員である白眞勲(参議院議員)の方だ。今は武漢ウイルスの拡大で大変な時期なのに、この日鮮混血議員は、ヘイトスピーチを更に取り締まるべく、新たな法案作りに邁進しているそうだ。彼は昨年「人種差別撤廃基本法を求める議員連盟」の会長に就任し、ヘイトスピーチをなくしてグローバルな共生社会を目指している。(「ヘイトスピーチ対策、新法案づくりへ意欲」、2020年3月27日附「民団新聞」) 日本国民がウイルス対策と失業の問題で困っているのに、白議員は「同胞」の心配をしているんだから、「どこの議員なんだ?」と尋ねたくなる。白議員曰わく、「自分の人生は日韓関係そのもの」なんだって。だから、日本で暮らす外国人(朝鮮同胞)のために努力しているのか ! でもさぁ、こんな奴に議員報酬を払っているんだから、比例名簿による当選は無くすべきだ。 

   とにかく、日本には北京政府に買収された議員とか、ハニートラップに掛かった議員や官僚、国家転覆を謀る左翼知識人、経済不況を利用して権力を握ろうとする売国奴など、有害分子が実に多い。給付金の金額を云々するテレビ番組は多いけど、在日鮮人や支那人について取り上げるテレビ局はほとんど無いから異常だ。マスコミは意図的に「報道しない自由」を行使して、わざと朝鮮人や支那人に触れないよう努めている。もし、在日アジア人にも給付金が渡されるとなれば、輿論が「何だ、それ !!」と激昂するから、これを避けたいんだろう。「報道しなければ存在しない」というのがマスコミの考えである。我々は表面の騒動に惑わされず、報道されない裏側に目を光らせるべきだ。



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祖国を捨てようとする移民

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(左 : ウイルスを警戒する支那人  /  右 : 「収容所」で看病される支那人患者)

  ここ最近は、連日連夜、マスコミによる武漢肺炎の話題と政府の失策で、非常に気分が暗くなる。ウイルスに感染した高齢者が亡くなっているのは気の毒だが、今のところ、青年と子供の死亡は報告されていないので、「あと、どれくらい辛抱したら、終息宣言が発表されるのかなぁ~」と期待しているのが一般人の考えだろう。特に、飲食店や娯楽施設の経営者は、声にならない閑古鳥の嘆きで頭がいっぱいだ。今年のバレンタインデーや雛祭りは知らないうちに終わったから、飲み屋の姉ちゃんらはヤケ酒を飲んでも酔いが覚めちゃう。来月に予定されている桜の見物だってどうなるか判らない。

  日本を呪うテレビ局は「ウイルスに汚染された日本 !」と題してウキウキしているが、巷の歓楽街はゴーストタウンみたいで大打撃。ロック・コンサートは中止になるし、プロ野球は観客抜きで試合続行だ。(柴田直人のAnthemは、三月下旬に表参道でライブがあるんだけど、熱心なファンとしては、とても心配だ。) 林家こぶ平の独演会なら消滅になってもいいけど、「仮面ライダー・スーパーライブ2020」が中止になるとチビっ子たちがガッカリするので可哀想になる。北海道の感染者数なんか、たいしたことがないのに、安倍政権は全国の小中学校を休校にした。一斉休校なんか、どうせ役人の入れ知恵だろうけど、給食に牛乳を納入する酪農家は大迷惑だ。

  (註 : こぶ平は母ちゃんの威光で「正蔵」を襲名したけど、筆者は認めないから未だに「こぶ平」と呼んでいる。よくまぁ恥ずかしくもなく、あんな素人落語で九代目になれたものだ。海老名の母ちゃんが発した「鶴の一声」と親爺の七光りで昇格したなら、「林家鶴光」とでも名乗ればいいのに。でも、笑福亭のパクリになっちゃうかなぁ。)

  今回の武漢肺炎騒ぎで再認識したのは、支那と朝鮮は“やはり”嫌な国ということだ。南鮮ではウイルスの感染者数が六千人を突破したそうで、政府は感染拡大の防止に努め、街中の道路まで消毒しているそうだ。でも、「如何にも朝鮮らしい」と思ってしまうのは、「新天地イエス教会」という新興宗教団体が、大量感染の原因になっていたことだ。同教会の信者たちが濃厚接触して感染してしまったというが、ここの代表者を目にすると、「あぁ、また、こんな奴が騒ぎを起こしたのか !」と笑いたくなる。教団の信者や一般国民から糾弾された教祖の李萬熙(り・まに)は、記者会見の場で土下座して謝ったけど、ソウル市からは感染拡大の罪と殺人の容疑で告発されたらしい。ホント、朝鮮人は激昂すると理性を失い、何かに責任をなすりつけようとする。精神安定剤としての「リンチ劇」がよほど好きなんだろう。日本人からすると、コロナウイルスよりも、劣等民族の朝鮮人が押し寄せる方がよっぽど怖い。朝鮮人の遺伝子が日本人に浸透する方が遙かに深刻である。武漢肺炎は新薬で対処できるけど、朝鮮人には「附ける薬」が永遠に見つからないから、水際作戦で追い払うか、国内に住み着いた鮮人を駆除するしかない。

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(左 : 李萬熙 /  右 : 熱心な朝鮮人のキリスト教徒)

  ちなみに、「新天地イエス教会」の教義によれば、最期の審判を迎えたとき、教祖が14万4千人を天国に導けるそうだが、その前に牢獄で頓死になる確率の方が高い。異教徒の日本人は死ねば天国に行くと思っているが、キリスト教徒の死者はイエズス・キリストが再臨した時に、「天国行き」か「地獄行き」を判断される。ヤハウエという神様の御前には、主を畏れる者をリストアップした「記録の書」があるというから、普段から敬虔じゃないと名簿に記載されないかも知れないぞ。日本の大学教授は旧約聖書の「マラキ書」なんか読まないで、適当なキリスト教解説で丸め込もうとするから、一般の大学生は気をつけた方がいい。それにしても、キリスト教で不思議なのは、天国の具体的な記述が無いことだ。地獄だと「炉」のような火炎地獄と説明されているが、天国ではどんな楽園があり、何をするのか全く判らない。「義の太陽」が昇ると記されているが、肉体が復活した信者は日光浴でもするのかなぁ~。

  とにかく、朝鮮人のキリスト教徒なんて“いかがわしい”連中で、歐米人のキリスト教徒を目に浮かべて比較したら大間違い。躊躇せず「別物」と考えるべきだ。筆者もニューヨーク州やニュージャージー州で朝鮮人が集う「キリスト教会」を観察した事があるけど、あれは「民族親睦会」で、信徒は朝鮮系アメリカ人と在米鮮人、および鮮人留学生がほとんど。西歐白人なんてまず居ない、と言っていい。朝鮮人というのは、たとえカトリック信徒でも精神異常者だから、日本人は心の壁を作るべきだ。アメリカ人のキリスト教徒は同じ信仰を持つ者と考えているが、実質的には聖書を手にしたカルト集団にすぎない。朝鮮人の教祖なんか、「奇蹟」を用いる詐欺師に近く、もしそうじゃなかったら、信者の娘を狙うスケベ牧師といったところだ。

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( 左 : 朝鮮人のカトリック信徒 /  右 :  プロテスタント教会系の朝鮮人信者)

  聖書には様々な物語があって、その中にはイエズスがある盲人を癒やすエピソードがある。ナザレのイエスズが用いた治療法は一種独特で、地面に唾を吐きかけ、その唾で土を捏ね、盲人の目に塗るというものだ。そして、盲人は命令に従い池に行って目を洗う。すると、あら不思議 ! 目が見えるようになってしまうのだ。(「ヨハネによる福音書」9章6節) 救世主の唾なら効能がありそうだけど、朝鮮人の唾だと黴菌だらけで眼球が化膿しそうである。しかも、ニンニク臭いから卒倒しそうだ。たぶん、朝鮮人牧師だと、「ルカによる福音書」の第21章1節を引用して、信者からの献金を巻き上げようとするだろう。朝鮮の教祖は口八丁手八丁で、脅迫も得意ときているから、「天国行きにはプレミアム・チケットがあるんだけど、一枚どう?」と囁くかも知れないぞ。孫正義みたいな牧師もいるから、「家族割り」まであったりしてね。

  それでも、支那大陸と比べたら、朝鮮半島の感染状況の方が遙かにマシだ。日本のテレビ局は現地の真相を伝えないから、一般国民は徐々に感染が減少しているような“印象”を持っている。が、本場の武漢では壮絶な光景となっていた。感染者を収容した「即席病院(絶滅収容所)」だと、苦しむ患者は“もがきながら”死を待つだけ。もっと酷いのは、まだ患者が生きているのに、「ほぼ死人」との判定を受けて死体袋に詰められるケース。厄介払いなのか、特別待遇で「火葬場行き」となるらしい。さらに、焼却炉が足りなくなった武漢には、北京政府から焼却炉を積んだ自動車が投入されていた。この移動式焼却炉は高性能らしく、瞬く間に死体を焼却できる。ジャパネット高田で販売されそうだけど、人道主義の日本じゃ無理。とにかく、この焼却炉は1日5トン程度の死体を灰にしたというから凄い。さすが、支那人 ! 彼らはこうした仕事になれば優れた能力を発揮する。支那人は社会福祉や隣人愛になると怠けるが、大量殺戮とか証拠隠滅になると妙に俊敏だ。なんか、チャーハンを作る時の支那人みたい。物凄い「火力」を巧みに操るところが共通点。中川家の礼二に演じてもらいたい。

  支那と朝鮮は昔から悲惨な国であったが、現代は事情が違い、外国に逃れることが可能となっている。支那大陸では数年おきに飢饉とか戦争、略奪、疫病、災害が起きて、大量の住民が生命、家族、金銭、住居、財産を失い、流浪の民となって落ちぶれる。生き延びることが出来れば、それだけでラッキー。だから、いつも飯を食うことだけ考えている。「飯、食ったか?」という掛け声が挨拶なんだから、どんな世界なのか想像がつく。一方、朝鮮人は乞食生活が当たり前なので、どんな悲劇が起こっても、常に泣き寝入りしかない。太陽や電灯があっても心は真っ暗で、下層階級の“惨めさ”は永遠だ。日本の浮浪者とは違い、生きている喜びが無い。唯一の幸福は日本統治時代。「医学」や「衛生」という概念すら無かった朝鮮に、清潔な街並みとか安全な生活、明日への希望が芽生えた。これだから、「何としても日本人になりたい !」と思った朝鮮人がいても不思議じゃない。

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(写真  /  昔ながらの伝統的な朝鮮人)

  現在の朝鮮人は日本人が朝鮮人を炭鉱でこき使ったと非難するが、当時の朝鮮人にしたら、日本に移住し、賃金を貰えだけでも大満足。朝鮮には痩せた土地と絶望の毎日しかないんだから、鮮人の仲介業者が「日本での就職があるぞ!」と触れ回れば、即座に多くの村人が集まってしまうのだ。でも、家に閉じ込められている女性にはチャンスが無い。亭主が生きていれば一生「下女」扱いだし、未亡人になればスケベ僧侶の餌食だ。仮に百万分の一でも、朝鮮人女性が自由に東京とか神戸に渡航できたら、同胞が羨む憧れの的になっていただろう。日本の歴史教科書は極左分子が書いているので、その内容は過去をねじ曲げた隠蔽となっている。朝鮮の真実なんて微塵も無い。朝鮮統治は日本人による搾取とか弾圧の歴史というのが定説となっている。これだから、日本の子供は歴史の授業を受けても記憶喪失のままなのだ。

「存在しない人」の通帳をもらった朝鮮人

  朝鮮人や支那人は、祖国で日本人を非難するが、故郷で困った事が起きると、即座に我が国へ逃れようとする。彼らは普段、日本人を罵るが、本当は憧れているので、我々が「来るな !」と警告しても構わずやって来る。それなのに、一旦住み着くと梃子でも動かず、逆に「日本人は差別主義者だ !」と喚き散らす。我々を糾弾することで永住権を得ようとするのが目的だ。こんな調子なので、政治に関心の無い一般人でも、「そんなに嫌なら、さっさと祖国へ帰ればいいのに・・・」とボヤいてしまう。

Matsuzaka 2(左  / 松坂慶子 )
  日本人の親から生まれた日系人には、在日朝鮮人や帰化鮮人の複雑な感情は判らない。たとえ、解ったとしても、実感が伴わないから、所詮「他人事」に思えてしまうのだ。ある興味深いエピソードを紹介する書物として思い出されるのは、松坂英明が出版した『娘・松坂慶子への「遺言」』という回顧録だ。松坂慶子といえば、TBSドラマでバニーガールに扮し、主題歌である『愛の水中花』を唄った女優として記憶されている。もう、40年近く経ってしまったが、昭和54年(1979年)頃の彼女は本当に美しかった。当時、お茶の間で歌謡番組を観ていた中高年男性は、黒いドレスのスリットからチラっと見える美脚に“うっとり”していたが、隣で観ている女房の視線が怖くて「無関心」のフリをするのが大変だった。今だと予約録画して後でコッソリ観ればいいけど、1980年代の初期だと、まだビデオ録画機が普及してなかったから、定刻の時間にテレビの前に坐るしかなかった。つくづく思うけど、美人女優は様々な点で有利。多少歌が下手でも、その美貌で観客を魅了できるんだから。もし、久本雅美や泉ピン子が同じことをしたら缶ビールが飛んでくるぞ。

  それはともかく、松坂慶子には触れられたくない過去があり、それは父親が朝鮮人という出自である。父親の松坂英明は妻となる日本人の「つね子」と姫路で夫婦になったらしい。娘が生まれる前、二人は姫路から東京へ移住しようとするが、引っ越し先での命綱となる「米穀配給通帳」が無い。(戦中に食糧管理法が制定され、この手帳で米の配給を受けることが出来た。また、戦後しばらくの間、この通帳が身分証明書にもなっていたという。) そこで、悩んだ夫婦は飯場(はんば)の親方に頼った。当時、建設作業の親方は色々な土方(どかた)を雇っていたから、彼らが残していった米穀通帳を持っていた。何しろ、土方というのは昔も今も下層階級が大半で、中には何時の間にか失踪する者や、ひっそりと亡くなる者が結構多い。こうした筋肉労働者を束ねる親方は、彼らが返納しなかった米穀手帳を保存し、自分の取り分を増やしたり、別人に“融通”することもしばしば。飯場から居なくなった者は「幽霊」と呼ばれたそうだが、松坂夫婦は三途の川を渡ることなく、「幽霊」の米穀手帳を“入手”することが出来た。(松坂英明・つね子 『娘・松坂慶子への「遺言」』 光文社、1993年、p.13)

  ところが、困ったことに、“譲与”された通帳は「幽霊」となった朝鮮人の遺品であった。記載された名前が「金」となっていたので、英明の女房は日本人だけど、朝鮮人になりすまし、本名が「金」で、日本での通名が「清水」であった。「清水つね子」と名乗った女性は、朝鮮移住者を装った日本人。つまり、日本人が朝鮮人にすり替わり、日本人を騙る在日鮮人の偽名を用いて暮らしていた、ということだ。実に“ややこしい”けど、戸籍が無かった「つね子」にはそうするしかなかった。彼女は幼い頃に売り飛ばされたというから、ちゃんとした戸籍に入っていなかったのだろう。米穀通帳と移転証明書を手にした二人は、神奈川の藤沢に移住し、役場で手続きを済ませると、新たな米穀通帳を手にした。その時に用いた名前が「清水」だったので、「清水英明」と「清水つね子」の誕生となった訳だ。(何か名作映画の『ジャッカルの日』で暗殺者が使う手口みたいだが、在日朝鮮人は様々な方法を用いて「日本人」になりすましていた。)

  英明は無学な女房がちゃんと名前を書けるよう、漢字を避け、「つね」と平仮名にしてやり、日本人らしく「子」を附け加えてやったという。(上掲書 p.14) ちなみに、英明の本姓は「韓」で、姫路で暮らす前は「岡田茂」と名乗っていたらしい。そして、「清水」から「松坂」に替えた訳だから、どれだけ名前の「洗浄(laundering)」をしていたことか。彼は昭和13年、15歳の時に来日したというから、「強制連行」された朝鮮人じゃないぞ。“自発的入国者”と呼ぶべきだ。英明は「つね子」を憐れみ、自分達の過去を振り返りながら、次のように述べていた。

  この世に存在しないものとして、日本人の一員だという証しの戸籍すら与えられなかった、つね子。「お前は日本人じゃない。朝鮮人だろう」の声に怯えつづけた、わたし。わたしたちは、社会の底辺で巡り会い、肩を寄せ合うようにして今日までの長い日々を生きてきました。(上掲書 p.15)

  松坂夫婦の人生を眺めていると、得体の知れない哀しさが漂ってくる。もし、つね子が良家の娘であったら、絶対に朝鮮人とは結婚しないだろう。バブル期の昭和でさえ、朝鮮人との婚約となったら大問題だ。両親兄弟はおろか、親戚一同が大反対となる。朝鮮人男性と結婚した日本人女性なんか不幸の代名詞だ。晴れの披露宴には両親すら出席せず、ガラ空きのテーブルに新婦がポツンと坐るだけ。普通の日本人が、チマ・チョゴリ姿のババアを目にすれば、「何じゃ、こりゃぁぁ !」と悲鳴を上げるぞ。でも、可愛い娘を勘当した両親だって辛いものである。せっかく大切に育てたのに、朝鮮人に嫁ぐなんて、「何かの天罰なのか!?」、と嘆きたくなるじゃないか。姉や妹が鮮人と結婚した兄弟も、込み上げてくる怒りが治まらない。「あんな奴と義理の兄弟になるなんて、真っ平御免だ !」とスネてしまう。ということで、朝鮮人と結婚する日本人には下層階級の者が多かった。なぜなら、彼らは家系や血統を重要視しない、あるいは「どうでもいい」と考える家庭の子供であったからだ。1970年代に刊行された朝鮮人向け雑誌に目を通すと、結婚を許されなかった在日鮮人の惨めさがよく分かる。現在は、日本人の野犬化が進んでいるので、朝鮮人との婚約は問題にならない。一般国民は気づいていないけど、左翼知識人はジャン・ジャック・ルソーの人間観を尊び、キツネ程度の日本人を理想としているのだ。貴族のマナーを憎んだルソーは、自由奔放な野生児を讃美して、文明人を野蛮人に変えようと必死だった。情けないけど、大卒の日本人は知らないうちに洗脳され、野良犬程度のセックスで大満足。彼らと比べたら、血統書附のジャーマン・シェパードやラブラドールの方が由緒正しい。

  松坂夫婦の過去を知ると、英明の生活が何となく憐れに思えてくる。名前を何度も変えて素性を隠しても、「いつバレるか分からない」といった不安の中で過ごす毎日。もし、ひょんなことで血筋が暴露されれば、周囲の日本人から「あっ ! 朝鮮人だったのか !!」と驚異の目で見られてしまうから、逃亡者のような生活だ。血統を隠して生きる朝鮮人にとって、戸籍というのは憎しみの対象でしかない。在日鮮人や帰化鮮人が橋下徹や福島瑞穂を支援するのは、血筋を明らかにする戸籍制度を日本人が温存しているからだ。第三国人が大手を振るう闇市時代なら、いくらでも「背乗り」ができたけど、世の中の秩序が恢復(かいふく)されると、不正手段は難しくなる。でも、在日鮮人の家長は、日本で生まれた子供達に恥をかかさぬよう、朝鮮人の出自を消去しようと謀る。彼らにとって、法務省の役所に赴き、頭を下げて「日本国籍」を懇願するのは屈辱的だが、女房子供のためならしょうがない。

  今なら侮辱的な話となってしまうが、昭和の頃だと、息子や娘の就職が気になるから、早いとこ「日本人」になっておこうと考える親が多かった。朝鮮人は口にしないけど、ちょっと賢い者は朝鮮学校なんて馬鹿らしいと思っていた。だいたい、民族学校に子供を通わせ、金日成の崇拝者にしたら幸せになるのか? 「卒業」したって何の資格も得られないし、就職先はせいぜいパチンコ屋か朝鮮料理屋だ。運が良ければ、素性を隠して歌手や俳優になれるけど、失敗すれば人生は台無しで、刑務所で同窓会というオチになる。一攫千金を狙うとすれば、スポーツ選手になるか、高利貸し、または藝能事務所の社長か風俗業者になるしかなく、あとはヤクザの親分か政治家くらいだ。

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( 左 : 餅つきをしている朝鮮人   /  右 : 調整陣の家族 )

  今や、日本には帰化鮮人や日鮮混血児、およびその子孫で溢れかえっている。もし、普通の日本人が官報の束を手にして、「金」とか「朴」「趙」といった帰化鮮人の名前を見れば、「えぇぇっっっ!!! こんなに朝鮮人が日本人に化けているのぉぉ~」と驚くだろう。そして、「誰が帰化鮮人で、誰が日鮮混血児なんだ?」と疑心暗鬼になってしまうんじゃないか。支那人だって相当潜り込んでいる。朝日新聞を始めとする左翼メディアは、ウイルス汚染の大陸から“戻ってきた”在日支那人を“当たり前”のように報道していたが、本来なら、安倍政権は日本への“再入国”を許さず、直行便で“帰国”するよう命じるべきだった。アジア人に国籍を付与するという事は、日本の命運を左右することに繋がるから、徹底した審査が必要となる。ところが、日本人はレンタル・カードのように与えているから頭が痛い。

  理想を言えば、各申請者の身元を調査し、その思想や行動を吟味した上で、記名投票による国民審査にかけるべきだ。言うまでもなく、厳しい尋問を厭がる申請者には絶対に与えてはならない。支那人や朝鮮人の帰化条件に、町内会単位の連帯責任を附随させれば、安易な国籍付与は少なくなるはずだ。また、朝鮮人や支那人、他のアジア人に帰化申請が下りた場合、誰が許可を与えたのか、その氏名と顔写真を公表すべきである。一般の審査員といえども、その祖先と職業、家族を公表すべきで、公開義務を制度化すれば、多少なりとも、いかがわしい許可を防ぐ事ができるはずだ。それに、こういう作業には、プロの市民活動家が混ざってくるので、危険防止のため、審査を行う日本人には異端審問官のような愛国者を取り揃えなければならない。そもそも、参政権とか年金が欲しい朝鮮人は、つべこべ言わず、愛しい南鮮に戻るべきだ。文句は現地の政府と同胞に要求しろ。納税を滞在の言い訳にする鮮人は、嫌いな日本に税金を納めず、貧民がいっぱい居る祖国に納めればいいじゃないか。「子供が日本語しか喋れない」という朝鮮人は、ちゃんと子供に朝鮮語を習得させ、成人する前に朝鮮へ連れて行き、祖国の復興に貢献させるべきだ。南鮮には徴兵制度もあるじゃないか。南鮮人なら筆者の意見に賛成するぞ。反対するのは、朝鮮人を擁護しながら、心の底で馬鹿にする左翼分子の方だ。




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