無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

朝鮮人について

昔と変わらない朝鮮人気質

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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併合前からダメな朝鮮人

Korea 1950sKorea 1960s







(左: 1950年代の朝鮮人   /    右: 1960年代の朝鮮人)

  世界中どこでも、隣国同士は仲が悪いというが、日本の場合はとりわけ悪すぎる。「なんでよりにもよって、朝鮮と近所なのか」と神様を恨みたい。最近は特に問題が山積みだ。北鮮の核開発を阻止すべく、日本は米国協調して何とか金正恩を説き伏せようとしているが、北の独裁者は一歩も譲らず、核保有国への道を邁進するだろう。日本政府は「北鮮が核武装したらどうしよう」と右往左往しているが、肝心な米国は北鮮の核放棄をどれだけ真剣に考えているのか、いまいち分からない。もしかしたら、何らかの裏取引で核開発を容認し、東アジアに軍事的緊張状態を“あえて”作らせるかも知れないのだ。というのも、“適度な”緊張は軍産複合体にとって「吉報」になるので、軍需特需で経済を活性化させようとするホワイトハウスにとっても「吉兆」となる。どうせ、北鮮の核配備なんか大したことはない。米国は支那の核武装だって許してきたし、そもそも毛沢東を支援したのは米国じゃないか。それに、ペンタゴンは対支那攻撃に関しても「奥の手」を持っているはずだ。北京の皇帝もそれを恐れているから、本気で刃向かわないし、やることは「脅し」と「ハッタリ」に留めている。

  巷の軍事評論家や御用学者は、訳知り顔で米軍の戦略を語っているが、本当のところは分からない。一方、日本政府は合衆国大統領に向かって、「親分、ていへんだ、ていへんだ !」と騒ぎまくるだけ。トランプはもったいぶった物言いで、日本からの最大の利益を出そうと謀っている。余裕しゃきしゃきの米国は、「イザ」となったら全軍を挙げて北鮮を叩き潰す。ニューヨークで悪党相手に商売をしてきたトランプだから、支那人相手に怯まないし、強大な武力を“ちらつかせて”交渉することには慣れている。だいいち、北鮮が米国を攻撃しようとすれば、その前に金王朝と北鮮人は即刻皆殺し。たとえ、核ミサイルを発射しようとしても、事前に察知されて先制攻撃を受けるのがオチだ。悪い奴は残酷だけど、馬鹿じゃない。自分の命が一番大事と思っている。金正日の倅(せがれ)も、そこのところは充分理解しているから、絶対アメリカ軍には手を出さない。結局、とばっちりを受けて困るのは、軍事力を行使できない日本だけだ。

  情けない日本はともかく、アメリカ人でも頭が痛くなるのが、どうしようもない南鮮大統領の文在寅だ。足は南鮮にあっても、心が北鮮にあるんだから呆れてしまう。南北統一を語るが、その主導権は北鮮が握り、後見人が支那人ときている。文が夢見ている統一朝鮮は、金王朝に飲み込まれた祖国で、憎らしいアメリカ人がいない赤い半島なんだろう。南北朝鮮は先祖返りして支那の属国になるんじゃないか。つまり、38度線が釜山にまで届くということだ。青ざめた日本政府は何とかして南鮮を繋ぎ止めようとするだろうが、我々は最悪の事態を想定し、その対応を決めておくべきだ。まず注意すべきは、統一朝鮮から逃げてくる朝鮮人は、南北を問わずに拒絶して、玄界灘に沈めること。手切れ金なら多少は払ってもいいが、難民の受け容れはは絶対にダメだ。朝鮮人というのは有害な外来生物なので、我が国の未来にとって深刻な禍根となる。仏心を出さず、心を鬼にして攻撃すべし。国連がゴチャゴチャ言うなら、日本の負担金を1ドルにまで下げてやれ。困るのは国連で飯を食っている連中だ。また、綺麗事を言う歐米人がいたら、「お前らが自国に引き取って面倒を見ればいいじゃないか !」と言ってやればいい。朝鮮人を迎え入れるのを厭がるのは、歐米人も同じだから、大半は口ごもってしまうだろう。「人権」という言葉は百害あって一利無し。便所に流すべき戯言(ざれごと)だ。

  毎度の事で頭が痛いが、日本人の宿痾(しゅくあ)は「過去から学ばないこと」である。日本人は時代の変化に対応するのが上手で、近代化(西欧化)もすんなりと受け容れ、軍備を整えて大国になれたから、アジア人も同じ事ができると思ってしまう。しかし、日本人は類い希なる「例外」であり、そもそもアジア人ではない。日本人はヨーロッパ人と同じポテンシャル(潜在能力)を持っていたから近代国家になれたのである。「強い」と思われていた支那人は、その蓋を開けてみれば、単なる中華思想に凝り固まった老人で、新たな環境に順応する柔軟性に欠け、何千年でも同じ生活を続けようとする民族だった。他方、朝鮮人は「豆支那人」と呼んだ方がよく、貧困と絶望を背負って生きる乞食に過ぎない。日本人からすると、「彼らには“生きる喜び”があるのか」と疑いたくなるくらい、朝鮮人は惨めな生活に甘んじていた。たぶん、今でもそうだろう。

  日本の歴史教科書では朝鮮統治は極悪非道のように描かれているが、当時の朝鮮人にとっては夢のような時代で、初めて触れる「幸せ」に満ちていた。本来なら、統治者の日本人は朝鮮人を奴隷にしてもいいくらいだ。最初から奴隷のように扱われていた庶民なんだから、日本人が奴卑として引き継いでもおかしくはない。しかし、心の優しい日本人は併合した賤民を「日本国民」に格上げし、本土から厖大な税金を注ぎ込んで、豚小屋より汚い朝鮮に投資を行い、彼らをいっちょ前の人間にしてやったのだ。朝鮮人は日本統治を「残酷だ」と罵って糾弾するが、なら、どうして在鮮日本人の邸宅に朝鮮人の家内奴隷がいなかったのか? 古代ギリシア人やローマ人はもちろんのこと、イスラム教徒だって征服した民族を奴隷にし、こき使っていたじゃないか。また、日本人はなぜアメリカ人のように、半島で奴隷牧場を創設しなかったのか? 朝鮮には簡素な奴隷販売所もなかった。日本人の軍人や官僚が、朝鮮人の男を馬みたいに品評して売買したのか? あるいは、日本の官憲が村々から朝鮮娘を拉致して、奴隷市場に出展し、「商品」にした娘たちを裸にして、競売に掛けたのか? アラブ人や歐米人なら、「どうして日本人はそうしなかったのか?」と訝(いぶか)しむだろう。

白米を食べなかった朝鮮人

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(写真  /  昔の貧しかった頃の朝鮮人)

  日本の朝鮮統治を調べてみると、朝鮮に渡った日本人が如何に「お人好し」で、朝鮮人の本質を誤解していたかが分かる。朝鮮人の暮らしや彼らの風俗を目にした師尾源蔵(もろお・げんぞう)は、現地に住む日本人と会話を交わし、朝鮮人と日本人の違いを述べていた。彼が大邱駅の近くにある旅館に泊まった時、内地人で商売をしているI氏と遭遇したそうだ。彼は太田駅から分岐する湖南線の方面からやって来た日本人であった。I氏は農場を営んでいたそうで、朝鮮人の常傭夫(じょうようふ)が、いつも粟(あわ)ばかりを食べているので、健康と慰労の意味も込めて、「ひとつ白米でも食わせてやろう」と考えたそうだ。しかし、市場と同じ価格の米を買わせるわけには行かないので、農場側の損失を覚悟の上で、仕入値の半額で分配してやったという。値段は1升当たり15銭くらいだった。この価格なら鮮人でも買えるし、白米は粟や麦よりも断然美味しいので、さぞかし彼らの家族も喜ぶだろうと、I氏は思ったそうだ。この「粋な計らい」は如何にも日本人らしい発想で、彼は温情主義を発すると共に、村の社会政策にもなるだろうと考えたそうである。(師尾源蔵 『新朝鮮風土記』 萬里閣書房、 昭和5年、 p.124)

  ところが、I氏はガッカリすることになった。なんと、美味しい白米を分配したら、却って農場への出勤率が減ってしまったのだ。彼は苛酷な扱いをする朝鮮人の地主と違って、鮮農(せんのう / 朝鮮人の農夫)を大切に扱ったので、傭い人の中で不平を漏らす者はなく、みんな気持ちよく働いていたという。現代の我々なら、「じゃあ、どうして?」と疑問に思うだろうが、それは朝鮮人の側に問題があった。驚いたことに、鮮農たちは農場事務所から市価の半額で分配された米を家族で食さず、それを貯えて町の問屋に売りさばいていたのだ。彼らは安く買った米を食わず、依然として粟を常食にし、米を売ったお金で粟を買い、その余った金額、つまり米と粟の差額を懐に入れていたのである。そして、利鞘を得た朝鮮農夫たちは、その金額分だけ仕事を怠けることができたので、農場に出勤せず、自宅でゴロゴロ寝ていたというのだ。「濡れ手で粟」のゼニを得たから、その分だけ楽をしようだなんて、何とも呆れた連中である。I氏は師尾氏に向かって、「貯金に廻すなら、まだ可愛いところがあるんですが・・・ 」と漏らしていた。(空条承太郎じゃないけど、「やれやれ」と溜息が出る。)

  鮮人たちから裏切られたI氏は、彼らに対し「今後、配給する米は転売まかりならぬ !」と厳重に戒告したそうだ。そこで、I氏は原価半額の米を配分する際、分配範囲を「1人1ヶ月3斗」と定め、これを10日目毎に渡したという。一度に希望通り渡してしまうと、また以前のような転売を繰り返してしまうので、全部まとめて与えることをしなかったそうだ。I氏は今度こそ、鮮農の家族が白米を食べ、「やはり粟よりも旨いなぁ」という感謝の言葉を聞けるぞ、と期待したそうである。ところが、またもや失望する破目になった。今度は、近隣の部落から、彼の農場へ「オレたちは鮮農の一族だ」という者が現れ、白米の分配を当て込んでやって来たのである。この押しかけてきた連中は、平気で白米を食し、口々に「白い飯はおいしい」と述べていた。

  話を聴いていた師尾氏は、「朝鮮ではそれほど白米が珍しいのですか?」と尋ねた。するとI氏は答えた。

  そうですとも。貧富の差が甚だしく、また到底内地と比較にならぬ生活程度も低いもんですから、下層社会と云うよりも私共の農村では昔から病人でない限り米は常食として居りません。北鮮地方は殊にそうでせう。しかし地方によつては米を食う所もたくさんありますが・・・・ (上掲書 p. 126)

  病気にならないとお米が食卓に上らないなんて、朝鮮は貧しすぎるせいか、白い飯がまるで高級メロンのように扱われていたのだろう。それにしても、朝鮮人の親類関係というのは誠に複雑で、その親戚範囲というのがこれまた広い。日本人の感覚だと、祖父母から孫の家族に加えて、父親の弟(叔父)とか母親の姉(伯母)、従兄弟くらいなものだろう。ところが、朝鮮人の場合、伯父・叔母・従兄弟はもちろんのこと、同一の先祖から出た者は誰でも家族なのだ。日本人は「一家」と言えば親子兄弟と考えがちだが、朝鮮人は血統を同じくする「一族」と見なす。子孫が何十代にも亙って何千、何万人に脹れようが、朝鮮人の感覚では「一族」となる。朝鮮では“不意に”親戚の者が現れて、居間で飯を食っているという光景は珍しくない。まさしく、「日常茶飯事」といったところ。少し裕福な家庭になると、毎日50人くらいの「親類」が“たかって”きて、朝夕、遠慮無しに飯を食っていたそうだ。在日朝鮮人の回顧談の中にも、ちょくちょく「親戚のオジさん」とやらが自宅に上がり込み、居候になっている話がある。日本人には奇異だけど、朝鮮人の生活では普通なんだろう。ただ、こうした居候を断れないから、朝鮮人の風習は陰湿なのだ。もし、タダ飯を撥ね付けると、「なんだ、あの野郎 !」といった悪名が立ち、社会的制裁を受ける虞(おそれ)があったらしい。

  朝鮮人の悪習はともかく、日本の統治時代は本当に黄金期だった。1990年代の北鮮でも餓死者が出ていたんだから、日本人の支配がどれほど有り難かったことか。日本人が弾圧政治を行い、朝鮮の民衆を搾取したなんてトンデモない。日本で生まれ育った在日鮮人の子供は、同胞から聞かされるヨタ話を鵜呑みにしてしまうが、一次資料を調べればホラ話だと判るだろう。日本の朝鮮統治は曠古の偉業である。奇蹟以上だ。イエズス・キリストだって水をワインに変えるくらいの奇蹟しか行っていないのに、日本人は肥溜めのような朝鮮全体をまともな国家にしたんだから、神様仏様以上の存在である。二代目引田天功の奇術だって、せいぜいトラック一台を消すくらい。それならいっそのこと、金一族を消してもらいたいものだ。でも、「所詮はイルージョン(幻覚)ですから」と言われそう。現実は厳しい。

  脱線したので話を戻す。朝鮮人の行動に呆れるI氏だったが、その彼のもとに白米配給を中止してくれるよう頼む者が、ぼつぼつ現れたそうだ。というのも、傭人(やといにん)が家で白米を食べるようになると、そのおカミさんたちは副食品、つまり「おかず」を用意せねばならないから困ってしまった、というのだ。鮮人の女房たちは毎日の洗濯だけでも大変なのに、余計な支度がまた一つ増えて不平を漏らしていたのである。ちなみに、朝鮮人の洗濯を見ていると、アライグマよりも下手くそなので、つい笑ってしまう。みすぼらしい白い朝鮮服を棒で叩いて汚れを落としているのだが、その仕草が何とも滑稽で、どことなく非効率。呆れたことに、使っている水が汚かったりする。まぁ、小便で顔を洗う民族だから、「清潔」という概念が我々と違うんだろう。朝鮮には銭湯に通ったり、温泉旅行に出掛ける風習が無かったので、いつ風呂に入ったのか分からぬ奴がゴロゴロいた。あれでは野良犬だって「臭い !」と鼻を背けるんじゃないか。ついでに言えば、現代のような歯磨きをせず、ニンニク料理を頬張る朝鮮人の口臭を想像すると、心臓が萎縮するくらいゾッとする。

Korean women laundry 2













(写真  /  洗濯をする朝鮮人)

  とにかく、朝鮮人労働者を相手にしてきたI氏の感想は傾聴に値する。朝鮮人には勤勉、倹約、貯蓄といった概念が無く、「行き当たりばったりに暮らす」という考えが浸透していたそうだ。本当に暢気(のんき)な連中で、働かずに済むなら飯を二三日食わずに、腹が減らぬよう寝て暮らそうと考えるらしい。ところが、いよいよ困ってくると、少しだけ働き出す。働かないことが朝鮮人の自慢なので、I氏は彼らに愛想を尽かしていた。彼は「働き甲斐の無い悪政の祟りは恐ろしいものですなぁ」と述べていたが、悪政が朝鮮や支那の「通常」とは気付いていなかったようだ。日本では「名君」とか「善政」がたくさんあったので、「暗君」や「秕政(ひせい)」が出現すると庶民は歎き、武士や知識人はこれを批判した。つまり、我が国では「悪政」は忌むべき異常事態で、「善政」が普通なのだ。日本は支那や朝鮮とは対蹠的というか、異次元の世界に存在すると言っていい。

  そもそも、朝鮮に上杉鷹山とか保科正之みたいな名君がいたのか? 日本の悪代官だって、朝鮮に渡れば仏様に近い。だいたい、殿様自らが倹約に努め、藩の財政を立て直そうなんて、支那や朝鮮ではあり得ないし、これからもないだろう。現在の朝鮮人は加藤清正とか島津義弘、小西行長なとの武将を憎んでいるが、もし、彼らが朝鮮の支配者になったら、どれほど朝鮮の庶民は喜んだことか。日本の戦国武将は頭脳明晰で行政能力に長け、そのうえ義理人情に厚く、正義感も強いときてるから、残虐な支配者しか知らぬ朝鮮人にとっては天使よりも眩しい存在だ。朝鮮の国王なんて徴税における搾取と、政敵の抹殺くらいが得意なだけで、あとはスケベなことをするか、飯を食ってオナラをするだけ。民衆の生活を良くしようだなんて一切思わない。そのくせ、支那人の書物を真似て、倫理道徳を紙に記す。でも、空理空論の域を出ないから、役立たずの漬け物石みたいだ。海外渡航が出来るようになった明治の頃、初めて“生(ナマ)”の朝鮮を目にした日本人が唖然としたのも当然である。

  結局のところ、日本人は朝鮮人を分かっていないのだ。所謂「慰安婦問題」を巡り、日本政府は韓国政府と「日韓合意」を結んだが、南鮮側は事ある毎にこれを破り、日本人への憎しみを露わにする。おそらく、日本人が何億円渡そうが朝鮮人は納得しないだろう。そもそも、朝鮮人に国際条約を守るという常識は無い。もし、朝鮮人の怒りを宥めるなら、日本政府が天皇陛下を生け贄にして、朝鮮人に引き渡すことだ。安倍総理が宮澤喜一のような売国奴になれば、朝鮮人も“ちょっと”は気が晴れるんじゃないか。しかし、一般の日本国民はこれを絶対に許さない。単なる親善外交であっても、天皇陛下や皇太子殿下を“利用”することは、日本の倫理・常識・憲政・國體に反する。百年経っても陛下のご訪鮮は厳禁だ。日本の国会議員には陛下を「道具」と考えている連中が非常に多く、明治の日本人なら持っていた「尊皇精神」が全く無い。これは、彼らが大学で「主権在民」といった馬鹿げた思想を習っているからだ。国民が絶対神の如き「主権者(sovereign)」となれば、その下に位置する天皇陛下は「主権者の従属者」となってしまう。普通の日本人はこんな畏れ多い発想には同意しないが、大学でクルクルパーにされた議員はその異常性に気付いていないのだ。

  それに、税金で生活する日本の政治家は、朝鮮人が「日帝支配」によって苦しんだ可哀想な民族と思っているから、賠償金をたんまり与えて何とかしてやろうと考える。他人のゼニをくれてやるんだから、彼らは実に気前がいい。朝鮮人に対処するときは、「思いやり」よりも「重い棍棒」を持つべきだ。日本国民は朝鮮の歴史について興味が無いから、朝鮮人の本質が解らず、何回でも裏切られ、簡単に騙されてしまうのだろう。議員に適切な知識を求めるのは非現実的なので、まずは一般国民が良識と知識を持つことが肝要となる。帰化鮮人や朝鮮系国民は、祖先の恥ずかしい過去を隠蔽しようとするが、日系日本人は遠慮無く彼らの過去を暴くべきだ。敗戦後、日本人が在日朝鮮人に対し卑屈だったのは、反論するための知識に欠けていたからである。反日鮮人にとって恐ろしいのは、日本人が本当の歴史を知ることなのだ。当ブログが「ヘイト・スピーチ・サイト」と見なされるのは、朝鮮人について不利な情報を与えるからである。したがって、高校生の良い子は図書館に通って、朝鮮史をもっと詳しく調べてね。




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オリンピックと国籍取得について


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手段としての「国籍取得」

Aileen Frisch 1Kirill Minov & Rebeka Kim







(左: 「南鮮人」となったドイツ系選手のアイリーン・フリッシュ  / 右: ロシア系のキリル・ミノフとレベッカ・キム )

  ここ最近、テレビの話題は平昌五輪に注がれており、ニュース番組やワイドショーはオリンピック関連の報道ばかりだ。筆者は他人のスポーツ行為にはあまり興味が無いので、滅多にオリンピック競技を観ることはない。例外は総合格闘技の番組だけ。(居酒屋で血塗れの喧嘩なんて、そうあるもんじゃ無いからさぁ。) だいたい、知らない人がプレーするプロ野球より、知っている子供が活躍する草野球の方が興奮するし、テニスやサッカー、スキーといった種目なら自分でやった方が楽しいじゃないか。以前、筆者が喫茶店に入ってカウンターでコーヒーを飲んでいた時のことだ。隣に坐っていた二人のオバちゃんが店のマスターと雑談をしており、マラソン選手の話で盛り上がっていた。一人の中年オバちゃんが、「マラソン選手って、爽やかよねぇ。いい顔しているわ!」と褒め称えると、相方のオバちゃんも「そうよねぇ~。私もテレビで駅伝をずぅ~と観ちゃったわぁ。あんなに走れるなんて、やっぱり凄いわねぇ~」とはしゃいでいたのである。筆者は側で聞きながら、「ならさぁ、自分でその辺を走ればいいじゃん。温かい店内でケーキ・セットを頬張っているより、汗をかいた方がよっぽど健康にいいのに・・・」と心の中で呟いてしまった。まぁ、二段腹の中年女性には、長距離走行は難しいのかも知れない。

  ワイドショーを観ている一般国民は、誰がメダルを取ったのとか、どの選手がアクシデントに見舞われたのか、などで大騒ぎしているが、筆者が気になったのは、南鮮のオリンピック参加者に「外国系」選手が混ざっていたことである。報道によれば、今回の冬季五輪に出場した「韓国人」選手150人のうち、10%に当たる15名が歐米からの特別帰化選手であったという。(「韓国の切り札、特別帰化選手に賛否、15人出場『帰化で成果ばかり考えるな』の指摘も」 2018年2月11日附「産経新聞」) 種目別で見てみると、アイスホッケーが10人、バイアスロンで3人、リュージュとフィギュア・スケートでそれぞれ1人づつとなっている。出身国ではカナダから8名、アメリカだと3名、ロシアからは3名、ドイツの1名となっているそうだ。

  建前上、オリンピック選手は自国(祖国)を代表して参加しているはずだが、実際には、自分の利益だけを考えて出場している選手が結構多い。各国とも定員枠があるので、その制限から外された選手は他の手段を考えるという訳だ。そこに野心を抱える国が“取引”を囁く。「ウチの代表になってもらえれば、晴れ舞台に出ることができますよ」と提案されれば、夢を捨てきれない選手は、「じゃあ、御言葉に甘えて・・・」と答えてしまう。外国への「移籍」となれば、多少なりとも気が引けるけが、背に腹は替えられない。どの「枠」でもいいから、オリンピックにさえ出れば売名のチャンスが望めるし、ひょんな事からメダリストになれば、引退後の生活が違ってくる。選手の立場からすると、自分の国籍にこだわって“観戦者”になるよりも、外国に帰化して“挑戦者”になった方がいい。オリンピックに向けて全人生を賭けた選手は死に物狂いだ。

  一方、「外人傭兵部隊」を勧誘する南朝鮮は、何でもいいからメダル数を増やしたい。悲願のノーベル賞は当分のあいだ無理なので、せめてオリンピック大会で脚光を浴びたいと考えている。しかし、なり振り構わぬメダル獲得への執念は、朝鮮人が“見栄っ張り”という理由だけでは説明がつかない。幸せな歴史を持つ日本人には分かりづらいが、朝鮮人には精神を安定させる国家的な“名誉”が必要なのだ。朝鮮史を眺めれば気付くと思うけど、彼らの過去には民族の魂を鼓舞するような栄光が存在せず、「ある」のは他国に踏みにじられた辛い思い出と、惨めな貧乏生活、繁栄の兆しも見えない暗い未来、宗主国への恐怖心とか、言葉にするだけでも憂鬱になる。まさしく、朝鮮人は不幸の見本だ。人類に苦難を教える為に神様が作った民族なのか、と思えてくる。支那人と闘えば百戦連敗。モンゴル人に刃向かえば皆殺し。ロシア人に寄り添えば隷属状態。ただし、日本人に統治された時だけが、朝鮮史で唯一の黄金期であった。小便で顔を洗い、糞で作った薬を飲んでいた朝鮮人が、「格下の東夷」に支配されたら、「まともな人間」に昇格したんだから。しかも、「一等国の公民」にまで出世できたとは ! 日本の乞食より汚かった朝鮮人が、近代文明に浴したんだから、キリストの奇蹟より凄い。イエズスの奇蹟といっても、水をワインに変えた程度。「神の子」と称するナザレの大工だって、朝鮮人の掘っ立て小屋を見たら、人間用の住宅とは思えないから、口笛を吹いて通り過ぎてしまうだろう。

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(左: ティモフェイ・ラプシン  / 中央: アレクサンダー・ガメリン/ 右: 南鮮のアイス・ホッケー・チーム )

  平昌オリンピックで少しでもメダル数を伸ばそうと考えた南鮮人は、ロシア人や西歐人、ならびに朝鮮系の外国人に“南鮮国籍”を与えて強化チームを結成したが、国内外から疑問の声が上がってしまった。歐米諸国は白人が代表選手になったのを嘲笑っていたし、南鮮人にも「おかしい」と感じる国民が出てきたのである。確かに、スラヴ人やゲルマン人の「韓国人選手」なんて滑稽だ。例えば、ロシアからはティモフェイ・ラプシン(Timofey Lapshin)やアレクサンドル・スタロドベッツ(Alksandr Starodubets)、キリル・ミノフ(Kirill Minov)、アナ・フロリーナ(Anna Frolina)といった助っ人がいるし、ホッケー選手のマット・ダルトン(Matt Dalton)やエリック・リーガン(Eric Regan)、マイケル・スウィフト(Michael Swift)、ブライアン・ヤング(Brian Young)はカナダ出身者で、アイス・ダンス選手のアレクサンダー・ガメリン(Alexander Gamelin)はアメリカ人、アイリーン・フリーシュ(Aileen Frisch)はドイツ人ときている。

Ekaterina AvvakumovaKorean Ice Hockey 1







(左: エカテリーナ・アウクノアヴァ  / 右: マット・ダルトンとエリック・リーガン )

Caroline Nancy Park 1(左  / キャロライン・ナンシー・パク )
  テレビ画面に映る朝鮮人らしからぬ選手を見て、大半の朝鮮人はどう思うのか? 南鮮の大人は「複雑な事情」を知っているから「仕方ない」と諦めるが、この「事情」を知らない鮮人の子供は、「ねぇ、どうして白人が太極旗を掲げて参加しているの?」と親に尋ねるだろう。南鮮人の小学生にしたら、アメリカ兵みたいな顔附きの白人が「同胞」だなんて思えないじゃないか。せめて朝鮮人とヨーロッパ人の混血児とか、外国で生まれた朝鮮人でなきゃ。例えば、2013年にカナダ籍から南鮮へ帰化し、アイス・ホッケーチームに加わったキャロライン・ナンシー・パク(Caroline Nancy Park)のような朝鮮系カナダ人ならいいだろう。たとえ、朝鮮語が拙くとも、血統的に朝鮮人ならば、南鮮人だって違和感がないはずだ。

  南鮮の“オリンピック傭兵”となった白人選手は、「特別帰化」で「南鮮人」になったそうだ。しかし、生まれ故郷の国籍を捨てたわけじゃないだろう。たぶん、彼らは“役目”を終えた後に“帰国”する二重国籍者であるはずだ。まさか、一生涯、祖国と袂を分かって南鮮に住むわけじゃないだろう。金銀銅のメダルを取れば、“ある程度”この“仮住まい”に留まるだろうが、“ほとぼり”が冷めれば「我が家」へ帰るんじゃないか。朝鮮語を書けないどころか、話すことさえ出来ないアメリカ人やドイツ人が、いつまでも南鮮に滞在するとは思えない。適当に稼いだから「さらば、コリア !」と吐き捨てて、用無しの国家を後にすることだろう。

  日本でもスポーツの国際大会は世間の注目を引く。ただし、見ていて嫌なのは参加選手が為替のように国籍を変える事だ。観光旅行客が米ドルを日本円やユーロに替える事なら問題はないが、試合に出るためにスポーツ選手が国籍を“手軽”に変えることになれば承服できない。例えば、日本に帰化するということは、日系日本人と“対等”になることだが、同時に等しく“義務”を果たす「公民」になることも意味する。現在の日本人は「権利」意識ばかり強くて、国民としての義務感が薄くなっており、「日本国民とは何か」という意識が低い。とりわけ、「国防の義務」を「苦役」と考え、軍事や安全保障は自衛隊や政府に丸投げだ。普段は「軍国主義反対 !」を唱える“リベラル”派でも、外国滞在中にゲリラやテロリストの捕虜となれば、「自衛隊や日本政府は何をしているんだ ! 早く救出しろ !」と怒り出す。左翼教育で洗脳された連中は、自分に同胞を守る「義務」があるとは考えないし、国家に忠誠を誓う「公民」という概念さえ無い。左翼教師にとって「日本国」とは打倒すべき「悪」であり、自分達を弾圧する「暴力装置」であるから、そもそも「国を守る」という発想が無いのだ。

  オリンピックのために帰化した外人選手たちは、北鮮軍の南進が始まったら、「同胞」を守るべく武装して戦うのか? おそらく、彼らは貴重な“祖国のパスポート”を金庫から取り出して、一目散に退避するだろう。助っ人ガイジンにとり、南鮮の旅券なんて紙屑以下だ。国家を構成する「公民(citizen)」とは、基本的に祖国を命懸けで守る「戦闘員」であるから、帰化の際に行う忠誠の誓いは神聖な儀式でなければならない。だから、日本のようにツタヤ・カードを取得するくらいの簡単な手続き、という国籍付与は異常である。「税金を払ったんだから、日本国籍をよこせ!」と言い張る朝鮮人などは、その尻を蹴飛ばして玄界灘に放り込むべきだ。

忠誠の意味と邦人保護の義務

  昔の日本人は国籍取得に関して真剣だった。第一次世界大戦末期の米国に住んでいた佐々木指月が述べていたけど、忠誠の誓いは“覚悟”を要する決断であったという。ニューヨークに滞在して10年以上にもなる佐々木氏は、役所からの呼び出しを受けて帰化申請の有無を問われたそうだ。兵隊不足に悩んだ合衆国政府は、長期滞在の外国人をも活用しようと図ったらしく、星条旗に敬意を払う佐々木氏は、米国籍でも取得しようかと思ったそうである。ところが、いざ出向いてみると、帰化の条件に戸惑ってしまった。なぜなら、アメリカ人の担当者から「あなたは合衆国のために戦うのか?」と質問されたからである。なるほど、有事の際に銃を取って国家を護るのは「国民の義務」であるから当然だ。

  ところが、佐々木氏は重大な点に気がついた。もし、米国が日本と干戈を交える事になったら、「アメリカ国民」となった自分は、親しみのある日本兵を「敵」と見なし、勇敢に戦わねばならない。たとえ、親戚や友人でも、日本兵であれば容赦無く撃ち殺さねばならず、躊躇って見逃せばアメリカ人の仲間に背く「裏切者」となってしまうだろう。「祖国の同胞に銃を向けるなんて、そんなのは嫌だ。私には出来ない !」と佐々木氏は考えたそうで、アメリカ国籍の取得を断念したという。日本人は生まれた時から「日本国民」であるので、これといって特別に意識しないが、国家に所属するというのは簡単なことではない。納税とか福祉を受ける時にはアメリカ国民であることは有利である。しかし、国防の義務が浮上した時には、「国民」という身分は深刻になる。「平和教育」を受けた日本人だと、「外国の軍隊が攻めてきたら逃げます」と答えるらしいが、一体どこに逃避するというのか? 戦術核による攻撃が無くても、通常兵器による空爆で厖大な被害を受けるから、大抵の民間人は“あの世行き”である。大学の教養課程で、「国際関係論」とか「憲法学概論」という下らない講義を聴いている学生が大勢いるけど、彼らは真面目に国防を考えたことがあるのだろうか? (まぁ、「楽に単位が取れるから」という理由で受講しているだろうけどさ。)

  愚痴になるから言いたくないけど、日本人は安全確保に無頓着だ。一般の日本国民は呑気に外国旅行を楽しんでいるが、危険な目に遭ったらどうするつもりなんだろう? 世界各地ではテロが頻発しているし、比較的安全であるはずの西歐諸国だって、昔の様に“安心”とは言い切れない。地下鉄に乗っていたら時限爆弾が設置されていた、なんてことも有り得るので不安である。以前、アルバニアで暴動が起きたけど、その時、アメリカ人の滞在者は米軍により保護された。もし、日本人観光客が反乱軍とかテロリストに襲撃・拘束されたら、日本政府が自衛隊を派遣して「国民」を助けてくれるのか? 身代金目的の拘束なら、日本政府は多額の税金を極秘裏に払ってくれるけど、兇暴なテロリストが相手になると厄介である。なぜなら、見せしめに「公開処刑」という場合があるからだ。

  有事の際、アメリカ国民なら合衆国海兵隊のヘリを期待できるが、惨めな日本国民だと、情けない総理の記者会見しか想像できない。恐ろしいけど、閣議を開いて小田原評定、なんてことも有り得る。無能な政治家が雁首揃えて井戸端会議に明け暮れ、「自衛隊の特殊部隊を派遣して、もしバレたら、朝日やNHKに叩かれるだろうなぁ」と心配している隙に、日本人捕虜が次々と斬首刑にされかねない。こうなれば、二重の意味で悲劇だ。遺族からは恨まれるし、マスコミはここぞとばかりに、政府に責任をなすりつけるだろう。さらに、国際社会では笑い物。(明治の元勲や帝國陸海軍の将兵が聞いたら怒るだろうなぁ。)

  もうひとつ、邦人救出で気掛かりなのは、旅行者としての在日南鮮人が拘束されるケースである。彼らを救出するのは日本政府なのか、それとも彼らが属する「韓国」の政府なのか? 韓国の南鮮人は在日鮮人を「棄民扱い」にしているから、軍隊を使って助ける気はないだろう。かといって、日本政府が救出するのも筋違いだ。いずれにしても、捕まった在日南鮮人は誰に助けを求めるのか、とても気になる。もっとも、在日北鮮人は諦めるしかない。金王朝に人命重視を求めてもムダである。1ドルでも惜しみ、余計な出費を厭がるだろう。北京政府も同じだ。したがって、活動資金を稼ぐ外国のテロストにとり、朝鮮・支那の人質は厄介者に過ぎない。もう一つ疑問なのは、帰化したばかりの支那系・朝鮮系国民が拘束された場合である。日本政府は彼らを解放して貰うために、数十億円の身代金を払うけど、一般の日系国民は納得できるのか? 福祉目当てで国籍取得を達成した支那人や朝鮮人でも、一旦国籍を取得してしまえば、日系人と同じ「日本国民」であるから、日本国政府には“邦人”救出のの義務が生じる。 

  でも、人質となったアジア系国民の顔や名前を報道番組で目にした日系人は、どんな気持ちになるのか? 「同胞」でもないアジア系帰化人のために、莫大な税金を捨てるなんて言語道断。それに、彼らを助けるために派遣される自衛官とその家族は、本当に「命を懸ける価値がある」と思っているのだろうか? ニヒルな自衛官だと、「これも仕事のうちだから」と自虐的になるだろう。とりわけ気になるのが、救出作戦で殉職した自衛官の妻や子供、両親兄弟友人が、どう思うかである。我々は遺族の子供に対して「君のパパは朝鮮人を救うために亡くなったんだ」と言えるのか? 涙を浮かべる日系人の子供には、なぜ朝鮮系帰化人の為に大切な父親を失ったのか解るまい。北鮮に拉致された日本人の少女を奪還するために殉職するならまだしも、朝鮮人の血統に属する帰化人を助けるなんて馬鹿げている。愛国人に満ちた自衛官の命を犠牲にしてまで、アジア系帰化人の命を助ける価値があるのか? 先祖代々から続く日本人の血統が減って、偽装結婚や利益優先で帰化したアジア人が増えるのは耐えがたい。「在日鮮人が参政権を欲しがっているんだから、彼らに国籍を与えればいいじゃん」と思っている脳天気な日本人は、非日常的な事態をよくよく考えるべきである。
 



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