無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

朝鮮人について

ねじれた心は治らない / 日本人になれない朝鮮系帰化人


日鮮混血児が普通になる

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(左: 朝鮮藝術の傑作 / 右: 朝鮮人の子供たち )


  賤民には二種類いて、意気地無しの弱者と上昇志向の強者だ。他人の国に寄生する「異邦人」ゆえに、自分ではどうしようもならない運命を受け容れて、地べたを這いずりながら“いつの間にか”居なくなる人生を選ぶ者がいる一方で、その悲惨な宿命を撥ねつけ、己の才覚を頼りにして出世を謀る「成り上がり」がいる。こうした野心家が用いる主な手段は二つ。大金を稼ぐか権力を手に入れるかだ。西歐ではユダヤ人がこれに該当し、日本では朝鮮人がその典型例である。

  在日や帰化を問わず、日本に暮らす朝鮮人に共通しているのは、彼らの頭上に君臨する日本人への深い怨念である。これは彼らが代々受け継ぐ朝鮮人の肉体に宿る情念で、その血と骨と肉からほとばしる復讐の炎は何ぴとたりとも消すことはできない。いつか日本人を見返してやりたい、と研鑽を積む朝鮮人はある意味立派だ。ただし、朝鮮人というのは自尊心の塊みたいな連中で、やたらと気位が高く「偉人」「大人」になりたがる。身の程知らずという場合が多いから、案の定、実力不足で失敗する奴が多い。結局、彼らが世間の注目を浴びるのは、婦女強姦で逮捕される時とか、反日活動で暴れ回る時くらいだ。それでも、日本に帰化した朝鮮人が藝能界やスポーツ界で成功することは微笑ましい。和田アキ子や錦野旦(あきら)、岩城滉一、金村義明、長州力などは日本で生活できて幸せだ。南鮮に生まれていたら低学歴を背負ったまま、希望の無い労働者か失業者、事によったら自殺者になっていただろう。朝鮮に「絶望」という枕詞が似合っているのは偶然ではない。

  朝鮮人というハンデを背負いつつも、賤しい身分から抜け出た藝人はまだマシな方である。学問を身につけた知識人などは公害そのものだ。知能が低いことから大学教授にしかなれない鮮人ゴロは、どうにでも解釈できる民俗学とか比較文化学、社会学、政治学、法学を専攻し、学校からの給料を食みながら日本破壊に勤しむ。こんな左翼知識人はシロアリと同類で、なるべくなら駆除したいところだが、「学問の自由」を楯に取るから難しい。特に文系の教授になれば、どんなに馬鹿げた論文を書いても「独自の哲学」と言い張れば済んでしまう。洗脳に近い授業でさえ、それを阻止する手段は無いから、雪崩でサーフィンをする熊と同じだ。ただし、その洗脳様式は違っているようで、1970年代まではゲバ棒を担ぐ左翼がキャンパスを堂々と闊歩していたが、最近は校内のお洒落なカフェテラスに集まって、「原発を廃絶せよ!」とか「安保法制反対!」と議論している。共産党の若い衆でもマルクス・レーニン全集を読破しないそうだから、随分と時代は変わったものである。故・谷沢永一先生が共産主義に傾倒していた頃は、みんな熱心にマルクスの理論を勉強し、誰が一番のマルキストか競ったそうである。そういえば、有名な政治学者のジャイムズ・バーナム(James Burnham)も、若い頃はトロツキー主義者だったから、優秀な若者はほとんど社会主義に憧れていたのだ。

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(左: カール・マルクス  / ジェイムズ・バーナム  / 谷沢永一  / 右: 福山哲郎 )

  とにかく、そんな朝鮮人の中でも、権力の座に就いた朝鮮人は一番厄介だ。森友学園問題でしゃしゃり出てきた福山哲郎(旧姓「陳」)を見ていると、安易に朝鮮人の帰化を許すことが如何に危険かが分かる。彼らは根気強く機会を待つから、常に権力奪取の機会を見逃さない。しかも、朝鮮人には我々が忘れてしまった「ハングリー精神」がある。つまり、どんな手段を使っても社会の階段を昇ろうとする野心を抱いているのだ。確かに、彼らは少数派で世間から見下されているが、それゆえに団結心が強く、日本人を共通の敵として結束を図る。同胞から候補者が出れば表と裏の両方から支援すし、応援された当人も同胞の期待を裏切らぬよう必死になるので、なり振り構わぬ選挙戦を展開し、頭がすり減るほどの土下座でも厭わない。屈辱や惨めさには慣れている。それに、朝鮮系候補者には政治理念なんて高尚な謳い文句は必要ない。朝鮮人の顔をぶら下げて街中を歩き回り、同胞の鮮人に“それとなく”アピールすればいい。その一方で、日本人有権者に対しては歯の浮くような公約を並べてちょろまかせばいいと思っている。バカは甘言を用いて騙すのが一番。要は、どんな方法でも当選すれば出世の第一歩になるという訳だ。

朝鮮人は嫌い!!

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  日本人には致命的な弱点がある。それは何か? 簡単に言えば「心が優しい」という長所だ。日本人が主体の日本社会で、こうまでも朝鮮人が“つけ上がる”事ができたのも、日本人が過剰なまでに彼らの気持ちを忖度し、自分の利益を犠牲にしてまで彼らを“いたわる”心を持っているからだ。朝鮮人には無縁の「気配り」を持っている日本人は本当にお人好しである。彼らの親分格に当たる支那人なら、格下の劣等民族を優遇することなど、天地が逆転しても、はたまた木星が地球に衝突しても絶対にあり得ない。朝鮮人が文句を言ってきても支那人なら前蹴りで叩きのめすか、金属バットで鮮人の頭を殴って場外ホームランにするだけだ。刃向かう奴は皆殺しが支那人のモットーであるし、それ以外の民族でも鉄拳制裁が「グローバル・スタンダード」である。ところが、「相手の気持ちを察する」という神様だってしないことをするのが日本人。旧約聖書を読むと分かるけど、イスラエルの民が聖なる箱を牛に積んで運んでいた時、その牛がよろけて箱が落ちそうになった。そこで、側にいたウザが箱を押さえると、ヤハウエは激怒してウザを打ち殺してしまったという。(サムエル記下 6章 7節) 問答無用の即決死刑なんだから、中東アジアの神様は厳しい。でも、温和な日本人が例外なだけかもよ。

  ここでわざわざ日本人の国民性について触れたのは、朝鮮人が日本社会でどんな育ち方をするのかを考えたいからである。誰でも容易に理解できるだろうが、朝鮮学校に通わず日本の学校に入ってくる朝鮮人は、日本人児童とは違った経験を積みながら成長する。そして、彼らの中には日本人に対して屈折した感情を抱いている者が多い。現在あちこちにいる朝鮮人の子供を見ても余りよく判らないが、昭和の後期に成人した帰化鮮人とか在日鮮人を観察してみれば、彼らの辛い体験がその子供や孫に伝わっていると窺い知ることができる。意識的にせよ無意識的にせよ、朝鮮人の子供が毎日接する両親や祖父母からの影響は絶大なもので、彼らの性格や気質、癖、行動、話し方に至るまで、朝鮮人的な特徴が滲んでいるのはそのためだ。

Sato Katsumi 1(左  / 佐藤勝巳 )
  今はもう殆どの人が忘れかけているが、故・佐藤勝巳が「現代コリア研究所」を運営していた。その研究所の前身は「日本朝鮮研究所」で、そこから『朝鮮研究』という雑誌が刊行されていたことはあまり知られていない。だが、1969年の7月号で朝鮮人教育についての座談会記事があり、興味深い会話があったので紹介したい。集まったのは小学校教員の佐々木勝男と中学校教師の滝尾紀子、奈良和夫、高校教師の野口淳、所員の小沢有作、そして佐藤勝巳という面々だった。当時、日本の学校には10万人くらいの在日鮮人子弟がいたそうで、日本人教師は鮮人生徒への教育と配慮に苦労したらしい。というのも、クラスに朝鮮人の子供がいても、教員がその子の血統や家族構成を知らないこともあったし、日本人の子供たちもその素性を知らなかったり、知っていても知らぬ振りをしていたりと様々で、子供を束ねる立場の教師は異民族の子供をどう扱ったら良いのか、明確な方針が無かったそうだ。歐米白人の子供なら容姿だけで一目瞭然だから、日本人の生徒や教師も「外人の子」と判るし、当人たちだって日本の子供とは違うことを早くから自覚しているから、妙にひねくれることもなく自然に成長することができる。だいいち、彼らが日本人に対して劣等感を抱き、いつまでもその感情に苛まれるケースなどほとんどない。

  ところが、朝鮮人の子供だと複雑だ。まず、見た目で日本人と似ている子がいる一方で、何となく「アジア風」というか、当り前だけれど、“朝鮮人みたいな”顔附きの子供が居るからである。例えば、大統領になった李明博は幼いころ大阪に住んでいて、「月島」という通名(偽名)を持っていたが、近所の大阪人じゃなくてもあの顔を見れば朝鮮人と判るだろう。また、朴正煕は「高木」という日本名を持っており、金泳三は「金村」、金大中は「豊田」を名乗っていたが、彼らの容姿を目にして日本人と考える者はそう多くはいないはずだ。だから、子供でも朝鮮人がクラスメートとして入学してくると、その顔立ちやしぐさから微妙な違いを嗅ぎ分け、「どうも日本人じゃない」と認識するらしい。そして子供は往々にして露骨だから、「えぇぇ~、朝鮮人きら~い。隣に坐らないで!」とか「やだぁ~気持ち悪い、あっちへ行って !」と口にしてしまうことがある。これはいくら教師が注意しても根絶できない拒絶反応だ。幼児でも好き嫌いがはっきりしているようで、美人の保母には抱きつくのに、ブスの保母だと避けてしまう。(たぶん、本能的に反応してしまうんだろうなぁ。) 子供は自分の気持ちに正直なだけに、民族平等の「建前」を仕込む教師には苦労が絶えない。

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(左: 朴正煕   /  朴槿恵  /  金泳三 /  右: 金大中 )

  座談会の席で、奈良氏や小沢氏は子供たちの朝鮮人認識に言及していた。彼らの経験によれば、日本人の子供たちは級友が朝鮮人と判っていても、それに気づかない振りをしていたそうだ。教師の方も特別な配慮を示していたらしく、朝鮮人問題を持ち出せば、日本人生徒が抱いている偏見に火をつけることになるし、朝鮮人生徒にも無用な劣等感を植え付ける事態になるから、なるべく「その事」に触れない方が良いと考えていたらしい。つまり、厄介事を恐れていたということだ。彼らの会談で興味深かったのは、滝尾氏が朝鮮人の子供が居ないことを確認した後で、日本人の子供たちだけにアンケートを行った時の結果である。そこでは大抵の子供が朝鮮人について「何となくいやだ」という回答を書いていたのだ。(「朝鮮をいかに教えるか」 『朝鮮研究』 1969年7月号 No.88、 p.18) 小学生だから具体例を挙げて論述できなかったのだろうが、どうしても好きになれないという感情だけは確かだったのであろう。小沢氏によれば、小学四年生くらいになると、フランスとかスイスは良い国という認識があったそうで、これはテレビや雑誌を通しての感想であったらしい。しかし、僅かな間接情報であっても、日本人の子供にはヨーロッパ人がどことなく素晴らしいと思えたのかも知れない。

  小学五年生を担当していた佐々木氏も、クラスの子供たちにアンケートを行ったことがあるという。彼は以前四年生の子供にも行ったそうだが、まともに答えを書けたのは十人くらいであったそうだ。ところが、五年生になると全員が答えられてというから、一年の差は大きいと言える。佐々木氏は三項目ほど質問を用意したそうで、まず「朝鮮人と言って何を思い出すのか」を問い質したそうだ。すると、ある子供たちは朝鮮料理や朝鮮漬けと答え、またある子供は「朝鮮人の暮らし向きが悪い」とか「面白い言葉を使う」と書いたらしい。中には近所に朝鮮人が経営する飲み屋があるので、「朝鮮人はバーをやっている」と答えた子がいたそうだ。まぁ、普通の子供は朝鮮人を普段意識しないし、アニメや漫画と違って朝鮮人には「これ」といった魅力に乏しいから、この程度の連想しかできないのも無理はない。

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(左: 戦前の朝鮮人  / 右戦: 後の朝鮮人 )

  佐々木氏は危険な事とは知りつつも、「朝鮮人を好きか嫌いか?」という質問を出したそうだ。すると、38名の児童のうち、「嫌い」と選択したのは17名で、「どちらでもない」と答えたのは約20名だったという。ところが、「やっぱり!」というか「当然!」というか、「好き」と答えた子は皆無だった。( 上掲書 p.21) 「嫌い」と答えた子供の中には、朝鮮人の世話を受けた者もいたのに、それでも「好き」と表現しなかったという。そこで、佐々木氏は嫌いな理由を尋ねてみたそうだ。ある子供は「朝鮮がアメリカの飛行機を理由もなく撃墜したからだ」と述べ、別の子は「日本人じゃないから」とか「単純、野蛮だから」と答えていた。さらに、「怒りっぽい」とか「すぐ興奮する」と答えた子が10名ほどいたらしい。佐々木氏はこうした理由をテレビやラジオに影響されたものとか、大人の偏見によるものと考えていたが、案外、大人でも同じような回答を述べるも知れないぞ。特に、ちょっとしたことで直ぐ激怒する短気な朝鮮人とか、興奮して見境も無く喧嘩を始める朝鮮人の不良、あるいは物凄い形相で脅迫してくる在日鮮人の群れといった光景は、誰でも容易に想像がつくだろう。

  日本人教師だってどのように朝鮮問題を扱っていいのか分からないくらいだから、小学生の朝鮮人が自分自身をどう認識したら良いのか戸惑っていても不思議ではない。佐々木氏のクラスには松山君という朝鮮人の児童がいたという。彼はその子を四年生の時から受け持っていたそうで、一番手こずった子供であったと回想している。松山君は教師の前では非常に立派な振る舞いを見せていたのだが、佐々木氏がいなくなると掃除をさぼったり、校庭の片隅でみんなを殴ったりしていたそうだ。佐々木氏は松山君が普段抑圧されているからこのような行動を取るのだ、と推測していたが、本当に周囲からの「抑圧」だけが原因だったのか怪しいものである。もしかしたら松山君の行動は、彼の両親の性格や慣習を反映したものかも知れないのだ。朝鮮人にとっては、床磨きとか便所掃除といった労働は、朝鮮社会で蔑まれていた「奴婢(ぬひ)」や「白丁(ぺくちょん)」のするとこだし、気にくわないことがあると直ぐ暴力に訴える姿は、朝鮮人家庭でよく見かける光景だ。家父長制の残滓を引き摺る朝鮮人家庭だと、酒乱の「オヤジ」は珍しくない。下っ端仕事でむしゃくしゃするのか、朝鮮人の父親は赤提灯で泥酔し、誰も手をつけられないから、引き取りに来た女房子供が肩身の狭い思いをする事はしばしばだった。以前、当ブログでも朝鮮人男性に嫁いだ日本人女性を紹介し、畳の上に大便をする朝鮮人義父について述べたことがある。  

  一般に子供というものは、理路整然とした議論はできないが、周囲に漂う「空気」を読む感覚だけは優れている。大人が注意したり命令した訳でもないのに、親とか教師が敏感となる問題に触れようとはしないのだ。佐々木氏が子供たちに「誰か朝鮮人を知っているか?」と尋ねると、クラスのみんなが松山君に注目し、ざわつき始めたという。しかし、当の松山君は真面目な顔をして静かにしていたらしい。ここで注目すべきは、子供たちが松山君を朝鮮人だと知りつつも、そのことに敢えて言及しようとは思わなかった事である。佐々木氏はそうした情景を目にして辛かったと回想し、子供たちにも彼らなりの「智慧」という心得があったと述べていた。(上掲書 p.22) 子供たちは「朝鮮人」というのが何らかの「下人」と解釈していたのだろう。考えてみれば、「アメリカ人」や「フランス人」、あるいは「白人」とか「黒人」なら平気で口にできるのに、「南鮮人」とか「北鮮人」になると急に口が重たくなるのは変だ。平成の今でも、TBSやNHKのアナウンサーは南鮮人を恭しく「韓国のかた」と呼んだり、「お隣の韓国では」と親しみを込めて紹介したりする。それなら、彼らは「お隣の台湾」とか「お隣のハワイ」と言うのか? TBSは卑屈なまでに北京政府に気兼ねをしていてバレーボールの国際試合を放送した時、台湾人のチームを「台湾」と呼ばず、「チャイニーズ・タイペイ」と呼んでいた。一般の日本人には理解しづらいが、支那人だけは“特別に”二つのチームが出場できるのか? こんな調子だから、日本のマスコミが「半島人」とか「鮮人」、「不逞鮮人」なんて使うはずがない。

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(写真 / 朝鮮人の子供)

  1960年代や70年代の子供だけが朝鮮人に偏見を持っていたのか、と言えば、そうでもなく、教師側も朝鮮人に関する“お決まりの”印象を持っていたそうだ。例えば、キムチに代表される「朝鮮漬け」とか、廃棄物や金属片を拾っていた鮮人が多いことから「クズ屋」、虐げられた民族、野蛮人といったイメージを抱いていたらしい。また、臭いとか、怒りっぽい、白い着物を着ている、日本人より身分が低い、といった意見もあったそうだ。(上掲書p.23) 佐々木氏によれば、朝鮮人については教師も生徒もほぼ一致した感想を持っていたというから、案外まともな観察をしていたのかも知れない。朝鮮人生徒を監督する教師は、日本人らしく公平に彼らの「長所」、つまり「強い根性を持っている」とか「ねばり強い」点を挙げていた。確かに、朝鮮人でも根気強く物事に打ち込むことはあるが、その余波で「恨み深い」とか「しつこい」といった気質が目立ってしまうのだ。いい年をしたババアが子供みたいに地面にしゃがみ込み、「日本人は植民地支配を謝れニダぁぁぁ~」と泣き叫んだり、恐ろしいツラをした鮮人が群れを成して税務署に雪崩れ込み、「我々から税金を取るのは許せなぁ~い !」と連日怒鳴ったりするんだから、日本人が鮮人を馬鹿にしても当然だ。現在でも、国家同士で締結した日韓条約を無効と考え、個人賠償を求める鮮人が雲霞の如くいるんだから参ってしまう。昔、“しつこい汚れに、マジックリン”というTV宣伝があったけど、朝鮮人の「しつこさ」は便器の黄ばみより頑固だ。洗浄剤をふりかけても消えない朝鮮人はナメクジよりも“タフ”である。

  つくづく厭になってしまうけど、朝鮮人を受け持つ日本人教師は大抵、彼らに媚びるか御機嫌を取るかの手段を考えてしまいがちだ。朝鮮人の気持ちを忖度する佐々木氏は、鮮人の子供が怒りっぽいのは彼らの置かれた生活環境、そしてマスコミによる歪んだ民族観にあると判断し、適切な学習を通して解消しようと考えていた。そこで、難解な役目を果たすために、彼が朝鮮人問題を勉強しようとした心意気は良かったが、その勉強方法や参考資料に問題があった。例えば、佐々木氏は朝鮮の歴史や在日問題を調査するに当たって、朴慶植の『朝鮮人強制連行の記録』を読んで勉強していたのである。今ではこの書物が捏造本と判明しているが、当時は事実を暴露した歴史書と考えられていた。朝鮮には魅力が無いので、大半の日本人は朝鮮史を学ぼうとしないから、たとえ教師であっても余程の知識人で無い限り真実の朝鮮史は分からない。だいいち、朝鮮の歴史書を出版する学者がみな左翼か朝鮮シンパなんだから、一般国民が読む「史書」は「宣伝本」か「アジビラ」の類いである。日本では朝鮮問題の専門家と紹介されるブルース・カミングス(Bruce Cumings)などは、朝鮮人に侍る札付きの極左で、朝鮮総督府の資料も読めない低級学者である。したがって、朝鮮人児童のために自ら朝鮮史を勉強しようとする教師は、真面目であればあるほど狡猾な「洗脳本」に引っ掛かってしまい、無意識のうちに自虐史観に染まってしまうのだ。そりゃあ、いくら判断力のある学校教師とはいえ、図書館の棚に並べてある「学術書」が全部「トンデモ本」とは思わないだろう。

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(左: ブルース・カミングス   /  金日成   /   寺尾五郎  /   右: 槇枝元文 )

  日本人教師が無邪気な子供たちに、暗黒の支那大陸や陰惨な朝鮮半島を教えるのは難しいし、時として有害な事だってある。「日本軍は支那を侵略し、朝鮮の人々を抑圧しました」と単純に思い込む教師が、小学生や中学生に一時資料に目を通し、左翼学者の論文を検証しなさい、と指導することなどあり得ない。たいてい、朝鮮人の子供が傷つかぬよう、できるだけ明るい話題や自慢できそうな文化を紹介したりする。例えば、佐々木氏は松山君のリクエストに答えたのか、南北朝鮮について子供たちの前で話をし、「北鮮ではお百姓さんは税金を取られない」とか「北鮮の子供たちは学級費を払わなくてもいいんだよ」と教えていたそうだ。現在の我々なら佐々木氏に向かって「あんたアホか?  こんなの北鮮のデマだよ!」と注意するだろうが、社会主義全盛期の昭和40年から50年代だと、北朝鮮が「地上の楽園」と錯覚する日本人が多かった。進歩的知識人に感化された学校教師は、金日成の指導のもとで貧しくとも真面目に働く人民の姿に感動していたのだ。しかも、日教組のトップには左翼教員の総帥たる槇枝元文(まきえだ・もとふみ)が君臨し、尊敬する金日成を絶賛していたんだから、ヒラ教師が北鮮ファンになっても不思議じゃない。今では忘れ去られているけど、北鮮の嘘を宣伝した寺尾五郎は在日鮮人から物凄く怨まれていた。彼に騙されて祖国に帰った在日鮮人は地獄の日々を過ごす事になったから、日本に残った家族や親戚は恨み骨髄だ。しかし、多少りとも朝鮮人が日本からいなくなったから、結果的には良かった。

盗作の常習犯たる朝鮮人

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(写真  /  歐米のミュージシャンを真似たような南鮮人グループ )

  朝鮮人の子供を憐れむ教師にはあるジレンマがあった。教育者として朝鮮人に生まれた生徒に自信をつけさせてやりたいが、朝鮮人の真実を伝えれば彼らはショックを受けてしまうし、かといって事実を枉げて嘘を教えればいずれバレてしまう。とりわけ、日韓併合による日本統治を教えようとすれば、当時の国際政治とリンクする歴史的経緯を述べねばならないし、それを理解するための基礎知識だって必要となる。また、どうして在日朝鮮人が発生したのかを話し出せば、敗戦後に起きた凄惨な事件や朝鮮人の密入国、闇市での横暴、共産主義運動、政府転覆工作、日鮮共同の暴動など、おぞましい暗黒史に言及する破目になってしまう。朝鮮人の過去は幼い子供の理解を超えているし、本人も聞きたくはない。それにもし、こんな事実を朝鮮人の子供に教えたら、その子は朝鮮人に生まれた事を呪ってしまうだろう。さらに、これを聞きつけた親は「怒髪天を突く」といった勢いで学校に乗り込んでくるから、雪だるま式に問題が大きくなってしまうはずだ。だから、日本人の教師は「キムチって美味しいね」くらいしか発言できない。口に出しては言えないけど、朝鮮文化を賞讃するといったって、クズ野菜の漬け程度しか褒めるものがないんだから、心優しい教師に同情したくなるじゃないか。

  日本人の子供がいる学校のホーム・ルームで朝鮮を称えることは更に難しい。朝鮮人の生徒が胸を張れるよう、出身国の文化を賞讃しようにも、肝心の南鮮があの体たらくだ。昭和の頃なら、教師が言葉巧みに口八丁手八丁で生徒を騙すこともできようが、コミュニケーション手段が発達し、パソコンで様々な情報が入手できる現在では「子供騙し」が通用しないので、朝鮮文化を“持ち上げる”教師は窮地に陥ってしまうだろう。いくらK-Popsとか韓流ドラマを用いて朝鮮文化を「素晴らしい」と讃美しても、虚偽と妄想の二十倍とも三十乗とも思える作品じゃあ、今の子供を丸め込めない。それに、子供が最も関心のあるアニメや漫画の分野では朝鮮人が「常習犯の泥棒」となっているのだ。例えば、タカラトミーが手掛ける「トランスフォーマー」とそっくりな「ハローカーロボット」という南鮮アニメを見たら、子供だって「あっ、朝鮮人がパクってる!!」と騒ぐだろう。南鮮で人気を博しているロボット・アニメの「テコンV」は、日本の「マジンガーZ」の盗作だし、図々しい朝鮮人は事もあろうに「ドラゴンボール」を真似て「スーパーキッド」、「ドラえもん」は「トンチャンモン」、「ピカチュウ」は「パワモン」と称して類似作品を作っているのだ。(2015年3月12日附「産経新聞」)

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(左: 「テコンV」  / 「トンチャンモン」  / 「スーパーキッド」 / 右: 「らむば1/3」  )

  もう呆れて笑ってしまうのは、「らんま1/2」をパクって、「らむば1/3」を作り、「ワンピース」に至っては「ワピース」というコピー作品をこしらえたそうだ。すご~い。これなら「らんま1/4」に引き続き「らんま1/9」、さらに続いて「らんま1/135」とシリーズ化できるんじゃないか。「ゴルゴ13(Golgo 13)」の単行本だって今のところ184巻までしか出ていないが、朝鮮人なら朝鮮訛りで「コルコ14(Colko-14)」を創作したり、百貨店みたいな「パルコ109」とかの漫画を書いて、800巻くらい発売しそうだ。たぶん偉大なる朝鮮人のことだ、「デューク東郷のモデルは朝鮮人だった」と捏造して、超A級スナイパー「ゴルゴ」の起源は朝鮮半島だと言い出しかねない。日本人が「その根拠は何か?」と尋ねれば、伊藤博文を暗殺した金玉均と答えるかも知れないぞ。調子に乗った朝鮮人が「北斗神挙はテコンドーが基(もと)になっている」とか、「空条承太郎や花京院は元在日だ」と言い出したら、日本国民は遠慮無く朝鮮人を戦車で轢いてやれ。どうせ陸上自衛隊は10式戦車を実戦に使えないんだから、自衛官だってこっそり貸してくれるさ。それにしても、朝鮮人の「ウリジナル(オリジナル)」恐るべし。

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(左: 「宇宙戦艦 亀船」   /   右: 「ワピース」)

  テレビ局の御用藝人は南鮮人俳優を「格好いい」と持て囃し、K-Pops歌手が人気を博していると嘯(うそぶ)くが、現実を見れば子供だってそう簡単には騙されない。朝鮮語の曲など何を唄っているのかだか解らないし、鮮人女優の顔は金太郎飴みたいにどれも同じだ。それよりも、朝鮮人が「鉄腕アトム」を模倣して「宇宙少年キャッシュ」を作り、「機動戦士ガンダム」まで盗んで「宇宙黒騎士」を制作していたんだから、日本の子供が朝鮮人を侮蔑してもおかしくはない。それに、「宇宙戦艦ヤマト」をもじって「宇宙戦艦 亀船」を作っていたんだから、さっきまで怒っていた小学生だって腹を抱えて爆笑するだろう。「亀」というスペース・シップじゃ、14万8千光年先のイスカンダルまで何年かかることやら。到着したら乗組員がすべて白骨化していた、という落ちになってしまうかもね。それにしても、「亀船」っていう名前は、どこか脳裡に引っ掛かる。もしかしたら寺沢武一の漫画「コブラ(COBRA)」に出てくる宇宙船「タートル号」を翻訳したのかも知れない。とにかく、「キノコの森」とか「ポッキー」「かっぱえびせん」までパクッて模造品を作るんだから、日本の子供が朝鮮人を馬鹿にしても仕方ないじゃないか。

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( 左: 「ポッキー」と「ペペロ」 / 右: どことなく日本車に似ている起亜の「ソレント」 )

  朝鮮人の盗作文化に関しては、日本の大人だって腹に据えかねている。トヨタの「プリウス」かと思いきや、現代自動車のハイブリット・カーだったりするし、他の乗用車を見てもホンダや日産の模造品かと思うようなクルマが多い。こんな二流品でも米国市場なら値段の安さに釣られて誰かが買ってくれるけど、競争が厳しい日本市場では太刀打ちできないだろう。日本車の海賊版を輸出したって、誰も目に留めてくれないし、お金を出して購入する人はまず居ないんじゃないか。韓国自動車産業協会によれば、2013年に我が国で捌けた販売数は462台で、2014年には321台、2015年だと273台、2016年には371台と増えたが、依然として人気が無い。(Record China, Feb 13, 2017) 南鮮最大手の現代自動車は2000年に販売法人を日本に設立したが、2009年には商用車販売店だけを残して撤退した。ルノー・サムスン自動車は2009年に229台の販売を記録したが、その後は販売台数が激減し、2015年にはゼロになったそうだ。朝鮮人は張り切って日本進出を果たしたけど、日本人でわざわざ朝鮮車を買うお客なんて何人いたのか? 昔、筆者の知り合いで日産の車から現代自動車に買い換えた人がいたけど、新車を購入したのに嬉しさが窺えなかった。その人が元気がなさそうなので、「これ、朝鮮のクルマですよね」と笑顔で筆者が尋ねると、その知人は「うぅぅ~ん」とお茶を濁したまま顔を曇らせ、言葉少なくその場を去ってしまった。後で聞いた話だけど、何らかの「しがらみ」でやむなく購入したらしく、そうとう恥ずかしかったのか、僅かな期間で再び別のクルマを買ったそうだ。

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(左: 現代自動車の「サンタ・フェ」 / 右: ホンダのフット)

  朝鮮人の子供に自信をつけさせるために朝鮮の話をしようとすれば、嫌な事ばかりが頭に浮かぶし、テレビや新聞で流されるニュースはどれも暗いので話題にできない。これは筆者の想像だけど、朝鮮の過去を調べようと本屋に赴き、偶然にも筆者の本を立ち読みしてしまうことは危険だ。今まで知らなかった支那人や朝鮮人の歴史が書かれており、どれもこれも“おぞましい”話ばかりだからきっと衝撃だろう。怖い物見たさで購入しても、そんな場面を生徒に目撃されたら大変だ。「先生があんな変な本を買っていたよ」と学校の噂になるかも知れない。教頭先生から呼び出しを喰らい、「君はあんな不謹慎な本を読んでいるのかね?」と詰問され、同僚の左翼教師からは白い目で見られて、無言の集団リンチに遭ってしまうかもね。PTAの保護者からも「あの先生ヘイト本を読んでいるらしいわよ」と陰口を叩かれ、生徒から「右翼教師」とのレッテルを張られて評判はがた落ちだ。禁書リストがあったらランク・インしそうな本なので読まない方が無難。それに、もともと拙書『支那人の卑史 朝鮮人の痴史』は公共図書館に並ぶ本じゃないし、本屋の店員だって店の片隅に置いて忌避する商品だから、時間が経てば返品されるか処分されるかのどちらかである。たぶん、怒り狂った朝鮮人が焚書にして、数年後には「幻の珍本」となるだろう。こんな訳でいずれは一部のマニアしか知らない絶版本となるから、筆者は前もって自宅に何冊か保存している。「悲しいけど、これって現実なのよねぇ」とボヤいたスラッガー中尉の言葉が、妙に胸へと突き刺さるだけど。(「機動戦士ガンダム」を知っている人には解る名セリフ。)

  昭和が終わって平成になってしまうと、朝鮮人の陰惨な過去を語る人も少なくなった。時たま彼らの横暴が浮上するけれど、数日もすれば世間の意識から消えてしまうので、大事にしたくない在日鮮人や帰化鮮人は黙って堪えている。しかし、その屈辱感は体内に蓄積され、官僚や議員になった朝鮮系左翼は、権力の座に坐るや、かつて自分を見下した日本人に復讐しようとする。在日朝鮮人が参政権を求めれば、平等思想を持ちだしてそれを掩護するし、南北朝鮮が金銭に困れば経済支援を訴える。将来、朝鮮に動乱が起きれば、北鮮から大量の難民が出るから、同胞意識に目覚めた朝鮮系議員は「人道主義の観点から日本政府は難民を受け容れるべきである!」と要求するだろう。しかし、こうした外国人は言葉上「避難民」でも、実質的には「未来の日本国民」である。つまり、一旦我が国に上陸すれば朝鮮に帰ることはないから、そのまま居坐り続け、やがては国籍取得を目指すようになるだろう。そうした時、最も頼りとなるのが同胞の朝鮮系日本国民である。北鮮から逃れてきた難民を、かつての自分や祖先と重ね合わせ、日本政府に「もっと難民を大切にしろ」とか「衣食住の福祉を充実させるべきだ」、「日本語のクラスを用意して、早く難民が同化できるよう支援を」と、言いたい放題の要求を突きつけるだろう。ただし、その財源は全部税金という悪夢が待っている。

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(左: 愉快な朝鮮人の親子  / 右: 科学技術で生まれ変わった朝鮮人女性 )

  あるモバイル調査によると、「生まれ変わるならね大韓民国に生まれたくない」と答えた人が57%もいたそうで、「韓国に生まれたい」と答えた人(43%)も多かったという。(2014年3月1日附「中央日報」) 北鮮人の意識調査なら解るけど、一応「自由な」国家に生まれた南鮮人が、自分の国に再び生まれるのは厭だと答えたんだから、在日鮮人の子供に民族の誇りを教えようとする教師が困ってしまうじゃないか。これなら「血を入れ替えたい」という子供がいたのもうなづける。日本人には朝鮮人に生まれた辛さが解らない。日本人が異質な相手の気持ちを尊重し、なるべく穏便に共存しようとするのは立派だが、屈折したアジア人には通用しない場合があるのだ。日本の朝鮮統治を非難する日本人は、安全な日本で我々に説教していないで、南鮮に移住して毎日毎日、街頭の朝鮮人に土下座して赦しを乞う生活を営むべきだ。しかし、こうした“良心的”左翼だって、しつこい朝鮮人の本質が解り始めたら、国粋主義者か民族右派になって戻ってくるかも知れない。かつて「サウル」とよばれた使徒パウロはダマスカスで回心したけど、ソウルでリンチに遭う日本人の目から鱗が落ちることがあるのか、はなはだ疑問である。したがって、是非ともTBSやNHKの社員を用いて実験したいものだ。きっと見物だぞ。  




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もっと深刻な政治介入を取り上げよ ! / 朝鮮学校への支援を素通りする二枚舌

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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朝鮮人が隠したい過去が明らかとなる !
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左翼議員とグルになるマスコミ

  マスコミによる連日連夜の「森友騒動」にはうんざりする。報道担当者に真相究明の意思はない。彼らにとっては、問題の核心など枝葉末節の「附け足し」に過ぎず、安倍政権を打倒するこに真の目的がある。テレビ局や新聞社に巣くう左翼社員は、支持率を保つ安倍首相の長期政権に辟易していねから、何とかして与党を崩壊させて再び民進党の天下にしたいのだろう。だが、「希望の星」たる民進党はあの体たらく。いくら支援したくても、党首に蓮舫が居坐っている限り無理だ。なぜなら、新聞やテレビが「安倍首相や稲田防衛大臣は嘘をついている、真実を語っていない !」と糾弾したって、肝心の蓮舫が自身の二重国籍問題をうやむやにしたままなんだから効果が無い。仮に、粋がった蓮舫が稲田大臣に「辞任」を要求しても、その批判がブーメランとなって自分の首に突き刺さる。これじゃあ、自らギロチン台に立つようなものである。我々なら彼女にこう質問したい。「二番手(副代表)じゃ駄目なんですか?」ってね。

  マスコミが真剣ではない事は、取材現場で籠池理事長に“ぶら下がりる”記者と、スタジオで偉そうな事を述べるキャスターを見れば分かるだろう。安倍首相から100万円もらったという発言に何の根拠があるのか? そんな与太話を長時間掛けて何回も再放送するなんて異常である。法廷での宣誓証言じゃないんだから、口から出任せでも良いし、記憶違いの適当な放言でもいい。正義漢ぶったジャーナリストの狙いは、籠池理事長と安倍首相の間に「黒い絆」があると“臭わせる”ことにある。(湯船での屁と同じ。) たとえ、その報道が誤りであっても、マスコミは「疑惑」という推測を報道しただけなので、異なった事実に直面しても無罪だ。ワイドショー番組など、新しい事実が出れば“都合良く”過去を忘れて、「皆さん大変な事が分かりました !」と騒ぎ立てる。しかし、自分たちが煽ったニセ情報には触れずじまい。テレビ局ってのは年末になるとプロ野球選手の失敗や珍プレーを特集するくせに、自分たちの「失敗」や「誘導操作」、「偏向報道」は知らぬ顔でパス。でも、素直に謝罪して辞職するする人が増えると、NHKや朝日新聞は社員が激減して困るだろう。「沈黙は金」である。たぶん、「反省回避、隠蔽美徳」という社訓を掲げているんだろうなぁ。

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(左: 安倍晋三  /  安倍昭恵 / 籠池泰典  /   右: 迫田英典)

  もし、マスコミが本当に森友学園問題を解明したいなら、事の発端となった用地売却での大幅な値引きと、その理由、そしてこの契約に係わった迫田英典(さこた・ひでのり)元理財局長を徹底的に問い詰めるべきだ。まずは、どうして9億5600万円の土地が1億3400万円になったのか。また、その値引き(8億2200万円)は妥当だったのかを迫田氏に質問し、納得の行く答えを引き出す方が筋だろう。安倍昭恵夫人の名誉職なんか二の次三の次。そもそも、マスコミは役人を「悪役」にしたって視聴率を稼ぐ事ができないと思っているので、迫田氏や近畿財務局の責任者、今回の取引に絡んだ財務省の高級官僚にメスを入れることはない。フジテレビが言うように「面白くなければテレビじゃない」からだ。陰で民進党を支援するマスコミは、今回の事件を最大限に「こじらせて」、あわよくば安倍政権の崩壊へと運んで行きたいのであろう。国会では軍事や外政の方が優先されるべきなのに、こんな下らない癒着事件で時間を浪費しているとは・・・。何とも腹立たしい限りである。

朝鮮人学校の方が悪質だ

  マスコミ各社は、森友学園の学校建設許可に関して政治家が口添えしたのでは、と大騒ぎしているが、それならもっと前から巨悪の朝鮮学校を問題にすべきだったんじゃないか。籠池理事長は本当に「いかがわしい」人物で、保守派に媚びて人気を得ようとした「営業愛国者」である。だが、少なくとも子供たちを反日分子や政治工作員にしようとは考えなかったはずだ。マスコミは教育勅語の暗唱に異を唱えているけど、そのどこが悪いのかを理路整然と述べていないからズルい。それよりも、日本を目の敵にする子供を育成してきた朝鮮学校の方が深刻である。一般国民は「朝鮮学校」と聞けば、在日アメリカ軍人の子供が通うアメリカン・スクールみたいな教育機関と考えがちだが、その実態は単なる「各種学校」で、日本人が学ぶ「一条校」ではない。そもそも、朝鮮学校の教員などは、将来の北鮮兵を育成する軍事教官みたいなものだから、とても教育者と呼べる人物ではない。だいいち、麻薬密輸で校長が国際指名手配されるんだから尋常ではないだろう。

  それなのに、左翼陣営はこうした危険な「私塾」に公的補助を与えようとしていたのだ。民主政権当時、朝鮮学校を高校無償化の対象から外そうとした時、毎日新聞は社説で反対論を述べていた。

  (朝鮮学校の)生徒たちは、日本に生まれ育った社会の構成員であり、将来もそうだ。高校無償化は「子ども手当」とともに、社会全体で子供の成長を支えるという基本理念に立つ。その意味で子供自身に責任のないことで支援有無の区別、選別をするのは筋が通るまい。北朝鮮の姿勢を理由に除外を押し通すなら、見せしめの措置と国際社会では受け止められかねない。子供たちに疎外感を持たせて何の益にもない。(「毎日新聞」2010年3月11日)

  さぁ~すが、朝鮮贔屓の毎日新聞が掲げる論調である。ちゃんと「国民」という日本語を避けて、どこの国籍だか分からぬ「社会の構成員」という言葉を用いている。まぁ、飼っている犬や猫だって家族の「一員」と見なす日本人だから、毎日新聞社はその思考を利用して、朝鮮人を日本国の「一員」であるかのように表現したいのだろう。だが、日本の法体系においては、ペットに投票権は無いし、国籍を付与することもない。さらに、いくら藝を披露して稼いでも、確定申告での所得控除は適用されず、扶養家族とも見なされない。だいたい、高等中学校は義務教育ではないし、外国人の子供、しかも危険極まりない敵対国の「成員」を、日本人と平等に扱う必要はないのだ。もともと、大半の朝鮮人は戦後に帰国したので、残っている在日朝鮮人は数百名だったはず。したがって、現在も住みつく大半の在日朝鮮人は、不法に忍び込んだ「密入国者」の子供だから、懸案の高校無償化どころか、強制追放の対象者になってもおかしくはない。ところが、左翼のインテリどもは、何かと言えば国連だとか「国際社会からの非難」を持ち出して、朝鮮人駆除を訴える日本人を非難する。しかし、そんなに北鮮人を大切にしたいなら、自分のお金を与えればいいじゃないか。数千万の年収を手にするテレビ局の重役とか、NHKのディレクター、人気キャスターなどは自分の貯金を献上し、宣伝広告を依頼するスポンサー企業にも寄附を呼びかけるべきである。もし、外国が日本の「見せしめ」を批判するなら、そこの政府に北鮮人を引き取って貰えばいいのだ。果たして、どんな「外国」が朝鮮人を受け容れるのか。実に興味深い。

  テレビや新聞は自分の政治目標に熱心なだけで、日本の国益を無視している。彼らは森友学園に対する公的補助を疑問視するのに、朝鮮学校に対する補助金となるや、いつもの矛先が鈍ってくるのだ。例えば、全国にある127の地方自治体は、あろう事か朝鮮学校への補助金を予算に計上しており、平成28年度の予算では総額で3億円を越えるという。(「産経新聞」2016年3月4日) 文科省によると18の都道府県と114の市区町であるらしく、合計の支出は約3億7200万円であるそうだ。こんな大金が朝鮮学校へ流れるということは、その裏に政治家や左翼団体の圧力があるんじゃないか。とりわけ、地方の役所には共産党・社会党系の議員や公務員ばかりではなく、在日鮮人を勧誘したい創価学会の回し者や多民族共生を目標とする「市民活動家」がいるから、朝鮮人から「のべらぼうな}要求が“すんなり”通ることがよくある。左翼議員から「朝鮮人への偏見や差別は駄目 !」という無言の圧力が役所全体に染み渡り、まるで空気のように存在するから、一般公務員や凡庸な議員は恐れをなして「朝鮮人案件」には触れようとはしない。結局、何事についても“穏便に”済ませようと考える。どうせ税金は「他人のゼニ」だ。節約したって自分の給料が増えるわけじゃない。住民のお金を大切にしたって、自分が糾弾されたり左遷されたら損である。だから、朝鮮人には「寛容」で「親切」にするのが一番。

朝鮮人を助ける日本人

  朝鮮人の横暴や阪神教育闘争にいつては、拙書『支那人の卑史 朝鮮人の痴史』(pp.230-235)で触れたから再度述べないが、朝鮮学校の設立に貢献した日本人の政治家についてはちょっと言及したい。

  朝鮮人は日本の敗戦を以て「解放」だとほざいているが、その「戦勝国民」は憎い日本に留まり、愛する祖国に戻ろうとはしなかった。日本政府が「帰れ」と言っても、決して従わず、泣いて喚いてゴネて拗ねる。散々抵抗した挙げ句、「哀号、アイゴォ~ォォ !!」と大声で叫ぶんだから始末に負えない。彼らには「みっともない」という意識が無い。朝鮮の統治権は朝鮮総督府からアメリカ軍に委譲されたので、朝鮮人は独立国の公民ではなく、合衆国の支配下に属する劣等民族、ないし保護領住民といったところだ。それでも、朝鮮に戻って仲間と暮らせば良いのに、彼らは日本に居坐って民族教育を認めろと言い出した。日本各地で朝鮮人が「国語講習所」を開設し、朝鮮人の子供に民族の言語を教えて、朝鮮人の自覚を持たせようと図ったのである。

  当初、朝鮮人の活動家はこうした「寺小屋もどき」を自前で創るしかなく、各人が資金集めや用地取得に奔走したそうだ。東京では西多摩や北多摩、武蔵野、八王子、立川、府中、町田などにある“みすぼらしい”建物や朝連事務所などが「校舎」となり、そこで貧しい朝鮮人の子供たちが祖国の言葉や文化を学んだらしい。しかし、朝鮮人「教師」たちは、校舎を建設するに当たって用地を購入することはなかった。というのも、当時の在日一世たちは、本国の情勢が落ち着けば直ぐにでも帰郷したいと思っていたから、その時が来るまでの間“一時的に”子供を教育すべく「学校」を創ったのである。ところが、その暫定的滞在期間が半世紀以上も伸びたんだから、朝鮮人というのは呆れるほど呑気というか愚図というか、このまま行けば在日5世はおろか、6世、7世・・・15世、23世、とハプスブルク家もビックリするような世襲特権を享受することになるだろう。戦前から朝鮮人は日本の恩恵をふんだんに受けていたのに、我が国の敗戦を見るや、日本人は三等国民だと嘲り、闇市で横暴に振る舞っただけではなく、解放前の皇民化政策を払拭すべく民族教育に邁進したとほざいた。もう恥知らずを通り越して人間のクズである。こんな民族に「戦後賠償を支払え !」という日本人は、日本国籍を捨てて朝鮮人になればいい。そうすれば朝鮮人に囲まれてさぞ幸せだろう。

Ogawa Ryo 1(左  /  小川良)
  日本人の大部分は朝鮮人が嫌いなのに、なぜか定期的にへそ曲がりや変わり者が現れ、「正義」や「博愛」を振りかざして朝鮮人に親切な日本人がいる。朝鮮人学校の建設は主に在日朝鮮人が担っていたが、その陰で日本人も一枚噛んでいたのだ。朝鮮人たちは三多摩朝鮮初等学院を建設するに当たって用地を確保しようとしたが、立川の地主たちはほぼ全員が反対だった。そんな中、「濱田屋酒店」を経営する濱田禎三だけは賛成派に廻ったようで、そっぽを向く地主たちに掛け合ってくれてばかりか、土地の賃貸契約に際し、その保証人にもなってくれたというのだ。(ウリハッキョをつくる会 『朝鮮学校ってどんなとこ ?』 社会評論社  2001年 p.52) さらに、この濱田氏に共鳴したのは小川良(おがわ・りょう)という女性であった。彼女は柴崎と学校周辺に宏大な土地を持つ小川家の嫁で、後に市議会議員となる支援者だった。

  立川市議会に立候補して当選した小川良の実家は、「加屋登」と呼ばれた鈴木家で、旧家の大地主であったらしい。彼女は女学校を卒業後、小川家の長男である宏と結婚したそうで、舅は立川村の助役を務めていたそうだ。嫁の良は普通の主婦であったけど、実家にいた頃、土地代の集金をした経験があったので、それを見込んだ舅は彼女に地代を集める仕事を任せた。多分こうした役目が切っ掛けで、濱田氏と親しくなったのだろう。1942年に夫を亡くした良は実質的に小川家を切り盛りするようななり、戦後になると地元の婦人会を結成するまでになったようだ。そして市議会選挙に二度も当選すると、1961年に全国で初の女性市議会議長になった。こうしたオバちゃん議員というのは実に厄介だ。素人時代には「これ」と言って政治に興味が無かったのに、ひょんな事から政界に進出するや、やたらと弱者救済に励んだりする。当時の朝鮮人というのは乞食か穢多並に貧乏で、地主の娘からすればドブ鼠の集団にしか見えない。だから、比較的裕福な日本人は偶然にも哀れな賤民を助けてしまうと、今までに経験したこともない「快感」を味わってしまうのだ。朝鮮人の老人や青年だけではなく、大勢の無邪気な子供たちから「ありがとう」と感謝されれば、涙が溢れるほどの感動が込み上げてくる。家で仕事をしている頃は単なる嫁だったのに、朝鮮人に土地を貸してあげると、急に神様か救世主のように崇められるんだから、その恍惚感ときたら実にたまらない。だから、もっと感謝されるために自ら進んで朝鮮人の為に働こうとする。朝鮮学校と契約を結んだ頃、彼女の自宅には「なぜ朝鮮人に土地を貸すのか」という抗議の電話がかかってきたそうだが、彼女はそんな非難に全く耳を貸さず、即座に一蹴したそうだ。

  日本人というのは誠にお人好しの民族である。朝鮮人に土地を貸した濱田禎三は、戦前から朝鮮人に親切だったようで、朝鮮人留学生5名を自宅に下宿させたこともあったらしい。(上掲書 p.57) 朝鮮からの留学生は禎三の倅(せがれ)である雍厚(やすひろ)とも親しくなり、彼と兄弟のように生活したそうだ。戦後、父親の禎三は朝鮮に渡って嘗ての下宿人と再会を果たし、たいそう御機嫌であったらしい。その後も面倒を見た朝鮮人たちからの手紙や連絡が絶えなかったので、禎三はますます朝鮮人贔屓となり、「彼らの為に何かせにゃいかん」と考え、土地の取得や学校建設に尽力したそうだ。こうした歴史を繙けば、なぜ貧乏で嫌われ者の朝鮮人が日本で勢力を誇るようになったのか、という理由の一端が分かる。朝鮮人に協力する日本人が居たから、非力な朝鮮人でも日本社会に浸透することができ、経済や政治の面でも財力や権力を築くことができたのである。ただ、こうした日本人支援者は、自らの好意が如何なる結果をもたらすのか分かっていなかった。鼻水を垂らした鮮人の子供に教育を授けたことばかりに満足を覚え、同胞の日本人に害を為す「ならず者」、政府転覆を狙う破壊分子、日本人叛逆者を操るフィクサー、民間人を装う準テロリストなどを育成したとは思っていないのだ。丁度、歐米のキリスト教徒が「難民」となったソマリア人やシリア人を自国に招き入れ、自分の「善行」に喜んでいるが、その入国者が同胞の娘たちを強姦する犯罪者になるとは予想していないのだ。日本人は天使が悪魔を呼び寄せる地獄絵を見ているのに、同じ愚行を真似しようとしているんだから、まさしく多民族主義に罹った重症患者である。

  朝鮮人が日本にいると軋轢や問題を起こすことは昔から分かっていた。吉田茂や白洲次郎が朝鮮人を追い返そうと奮闘したことはよく知られているが、日本を懲罰するために派遣された占領軍の軍人でも、朝鮮人の有害性に気づいているアメリカ人がいたのだ。我が国の教育や宗教を担当した「民間情報教育局(Civil Information and Education Section / CIE)」は朝鮮人の危険性を認識しており、初代局長のケネス・ダイク(Kenneth R. Dyke)大佐に代わって局長に就任したドナルド・ニュージェント(Donald R. Nugent)中佐は、保守派のアメリカ人で反共主義者であったから、教員のレッド・パージに熱心であった。(竹前栄治 『GHQの人びと』 明石書店 2002年 p.60) とりわけ、朝鮮半島が焦臭くなり朝鮮戦争が勃発すると、占領軍総司令部の反共主義者は日本に於ける朝鮮人のサボタージュ(破壊・妨害工作)を深刻に受け止めるようになり、その温床となっている朝鮮人学校の閉鎖を指示するようになったという。

  CIEの教育課で地方連絡官(Field Liaison Officer)を務めたセオドア・フォークナー(Theodore A. Faulkner)は朝鮮小学校を閉鎖すべし、と勧告していたそうである。彼は朝鮮人問題が深刻な山口県に赴き、現地の知事や朝鮮人教師に面会し、朝連下関学校ほか6校を見学したそうだ。彼はそこに勤める教師や学校のカリキュラム、教科書などを調査すると眉を顰めた。というのも、朝鮮学校では北鮮の国旗が掲揚され、生徒や教師が襟に北鮮旗のバッジを附けていたばかりか、日本の教科書を無視して朝鮮語の教科書を用い、朝鮮の歴史や地理に加え、共産主義のプロパガンダまで吹き込んでいたのだ。しかも、朝鮮人の児童が朝連の事務所に出入りしていたんだから、フォークナーが危機感を覚えたのも無理はない。朝鮮学校の「教育」は本質的に「洗脳」であり、北鮮に忠誠を尽くす未来の兵隊を養成する温床であるから当然だ。だいたい、学校閉鎖に反対するため教師が子供たちを動員し、率先して妨害工作に勤しみながら生徒にも協力を仰ぐなど言語道断である。常識外れも甚だしい。現在でも、朝鮮有事の際に米軍の前線基地となる日本には、北鮮軍を攻撃する米軍を無力化するため、多くの工作員が派遣され、在日鮮人や帰化鮮人の協力者が大量に潜んでいる。彼らの中には朝鮮学校の卒業生が混じっているので、こうした学校がスリーパー(本国からの指令で行動を起こす隠れた「草」)の養成機関であることは明らかだ。

  現在、マスコミは森友学園に便宜を計った容疑で安倍首相を非難しているが、それなら左翼メディアが同志とみなす共産党や社会党の過去を報道すべきであろう。戦後間もない頃までは、在日朝鮮人の過激分子や左翼主義者はコミンテルン日本支部(いわゆる「日本共産党」)の庇護下に入っていて、日鮮共同で我が国の体制を転覆させようと狙っていのである。やがて両者は民族の相違から袂を分かつが、水面下での共闘関係は維持していたようで、共産党議員は朝鮮学校を熱心に擁護していた。例えば、阪神教育闘争を経た1949年4月に、朝鮮人が学校への国費援助を国会に請願すると、日本共産党議員の岩間正男はそれを掩護し、調子に乗った在日朝鮮人は、民族差別をされずに教育を受ける権利があると言い張った。さらに、朝鮮人も納税やその他の義務を負っているから、日本政府は朝鮮学校へ国費を投入すべきだとぬかしていたのだ。まったく盗っ人猛々しいというか厚、顔無恥を絵に描いたような連中である。ふてぶてしい居候や不法入国者の分際で、何が「教育を受ける権利がある」だ。朝鮮人は液体窒素の中に飛び込んで頭を冷やせ ! 朝鮮人は日本で商売をしているんだから税金を払うのは当然だろう。日本の社会インフラをタダで使おうなんて太い奴らだ。そんなに税金を払うのが厭なら、さっさと朝鮮へ帰れ。

  たとえ外国人といえども、異国で商売をしたり生活するんだから、現地人以上に税金を納めても不思議ではないし、そもそも国民の権利は先祖伝来の遺産であり、外人が購入できる商品ではない。ところが、日本人には国家意識が薄いから、「国民の権利」を外人に渡しても至って平気。普通の日本人でも国籍を簡単に考えてしまうくらいだから、左翼議員になれば無料配布のティッシュ程度にしか思っていないのだ。日共議員の渡部義通などは朝鮮人議員と見なした方がよい。彼は朝鮮人の金薫外が代表する請願を国会で取り上げ、朝鮮人の利益を代弁していたのだ。

  わが國在留の朝鮮人は、教育基本法によつて民族的差別なく教育を受ける権利を有し、法律に從い、納税その他あらゆる義務を果しているのであるから、朝鮮人学校教育費に対し、國庫負担をなされたいという趣旨によるのであります・・・・。(国会議事録 「衆議院文部委員会24号」 昭和24年5月21日)

  この売国議員は朝鮮人による請願の動機を述べながら、彼らの言い分を正当化していたのである。
  
  かつて日本の帝國主義のもとで、その教育文化をまつたく抑えつけられて、植民地的な教育をしいられて來た朝鮮人が、終戰後民族的な自覚と新しい朝鮮人の養成のために、非常に大きな努力をもつて朝鮮人学校というものを建設経営して來たのであります。ところが日本の文部省はこういう朝鮮人の努力の結果を、また朝鮮人の民族的な当然の要求を無視したやり方で、当時この朝鮮人学校の彈圧を行つたのであります。その結果流血の惨を來しただけではなくて、朝鮮人青年の死亡者までも出すような大阪警察当局の乱暴な取締りとなりまして、非常に社会の耳目を聳動させた事件がございました。(同議事録より)

  日本の極左分子は、政府が朝鮮統治時代に朝鮮人を抑圧し、その文化を奪った前科があるので、国費を与えて朝鮮人学校を支援しろと訴えていたのだ。こんな見解は事実誤認で、朝鮮社会の実態を無視した暴論である。一般教育などひとかけらも無かった朝鮮に大衆教育を与え、無知蒙昧の乞食を一般の「人間」にしたばかりか、栄光ある大日本帝國の「国民」に昇格させたのに、なぜ我々が謝らなくてはならないのか。豚小屋に住む賤民に豪邸をプレゼントしたら、十億円の罰金を請求されるなんて事はあり得ないだろう。野良犬だって餌をもらえば「ありがとう」と聞こえるような鳴き声を上げるものだ。まったく、朝鮮人は根っからのタカリ屋である。もし、国費補助を要求する朝鮮人がいたら、我々は躊躇なく制裁を加えるべきだ。腕力に自信がない日本人女性は、卓球のラケットで朝鮮人の頬をビンタすればいい。彼らが鼻血を出して赦しを乞うても簡単に止めちゃいけないよ。日本人が甘やかすら朝鮮人は何度でも「お金をくれ」とせがむのだ。

隠れ共産主義者の中曾根康弘

  日共議員のついでに中曾根康弘についても述べてみたい。レーガン・サッチャー時代の1980年代、保守思想の波に便乗した中曾根は、日本の保守層をまんまと騙して首相になったけど、その本質は共産党員と変わらなかった。というより、もともと中曾根は左翼陣営に属していたのである。この風見鶏は吉田首相の朝鮮人対策を非難していた。 

  吉田内閣は、たとえば朝連の解散であるとかあるいは朝鮮人学校の閉鎖であるとか、一連の政策をお取上げになつた。私はあれを見て非常に悲しんだのであります。われわれが東亜諸民俗に与えた惨害その他の大きな障害というものは、はかり知れざるものであり、まして朝鮮の人やあるいは台湾の人や中国の人が、日本で現在多少のいろいろな支障を起こしている、そんなどころの騒ぎではないと思う。我々はやはりアジア人として、日本人として、一つのアジアというものを復興して進まなければならない。そういう際に、敗戦国の日本として、今まで迷惑をかけた近隣の諸国人に対して、あまり刺激的な政策をやるということは、私は国家百年のためにとらない。(国会議事録 「衆議院予算委員会5号」 昭和24年11月19日)

  昔から中曾根は左翼と同じ歴史観を共有し、日本はアジアに損害を与え、支那人や朝鮮人に迷惑をかけたと信じていたのだ。案の定、中曾根は朝鮮学校に同情的だった。

  吉田内閣がこの間おとりになつた、たとえば朝鮮人学校の閉鎖という問題を考えてみても、韓国の李承晩系統の南鮮の人が来て、あれをいろいろ調べているようです。私はこれは今後の日韓関係に一つの傷を与えたと思う。やつたことはしようがないが、あれを閉鎖したままでおき、解散したままでおくというようなことは、はなはだ不親切な態度だと思う。たとえば解散を命じたなら、送還するというところまで行かなければならぬ。送還するかぎりは財産をみな持つて向こうへ帰つてよろしい、一千円とか二千円とか制限しない、そういう取扱いをして向こうへ送還するというところまでやつて、初めて閉鎖とか解散とかいうものはやるべきである。学校の問題もそうです。そういうような刺激的な政策を吉田内閣はどうしておとりになつたか。総理大臣のあの措置をおとりになつた時のお考えを承りたい。
  
  中曾根の質問だけを聞いていると、誰もが共産党の議員による発言と錯覚してしまうだろう。それもそのはず、中曾根にもその自覚があった。

  総理大臣にお断りしておきますが、私は何も朝鮮でもなければ、共産党員でもない。私はやはり日本人として、将来の日本のためを思つて率直に申し上げておるのであります。日本が過去において東亜各地でやつた罪業というものは、ぬぐうべからざるものであり、強盗をやつた、強姦をやつた、それくらいのもので拭われるものではない。そういう大きな罪の自覚立つて外交というものは行われなければならない。
  今後このようなことが吉田内閣によつてますます続行されるということになれば、あなたはそのうちにお亡くなりになるからいいかもしれないが、我々はあとになつて大いに迷惑をする。そういう尻ぬぐいを我々はやりたくない。吉田内閣はそのような政策を今後やらぬということを、総理大臣に対して希望して、私の総理大臣に対する質問を終ります。(同国会議事録)

  「愛国者」を気取る中曾根によれば、日本軍の将兵はアジア諸国で「強盗」をやり、そのうえ「強姦」も犯し、一生拭うことが出来ぬほどの罪過を重ねてしまったというのだ。中曾根は政治家にならなければ、NHKか朝日新聞に入社できたんじゃないか。筆者は高校生の頃、日曜日の朝に竹村健一の「世相を斬る」を観ていたけど、彼が中曾根を褒めることだけには違和感を覚えていた。もちろん、凡庸な子供だったから中曾根の過去を知らなかったが、中曾根がアジア人に対して妙に肩入れしていたから、第六感で「こいつは保守を掲げているが怪しいぞ」と思ったものである。普通の子供なら本能的に支那人や朝鮮人の生徒を嫌うし、アジア人との友好なんて馬鹿らしいと思うはずだ。実際、朝鮮語や朝鮮文学を専攻したいと考える高校生は皆無だったし、恋人と旅行す場合、支那大陸を希望するなんて奴はいなかった。たいていは、パリとかミラノ、ローマ、ウィーン、あるいはアメリカなどを選び、あとはエーゲ海附近のどこかでバカンスというのが主流だった。もっとも、売春婦を求める農協団体のオッちゃんたちは、安上がりなアジアを贔屓にしていたから、一概に人気が無かったとは言えないけどね。

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(左: レーガン大統領と一緒の中曾根康弘  / 右: 小泉純一郎親子 )

  産経新聞や雑誌『正論』は中曾根を保守派の重鎮と持て囃していた。しかし、中曾根には独特の厭らしい雰囲気が漂っていたから、正直な国民は分かっていたはずだ。中曾根はインタヴューを受ける時、一瞬だが、ちらっと横目で周囲の反応を確認するしぐさを見せていた。視聴者がこういった癖に気づくと、「こいつ何か嘘くさいぞ」とか「他に別の考えがあるんじゃないか」と思ってしまう。当時、『世相を斬る』には若き代議士の小泉純一郎も出演したことがあり、国防や郵政を熱心に語っていたのを筆者も覚えている。中曾根と違い純ちゃんは腹を据えて、じっと相手を見つめながら持論を述べていた。子供でもテレビ画面に映る小泉氏が信念を吐露していることくらいは分かったものだ。中曾根が選挙に弱く、小泉が強かったのも何となく判る気がする。一般有権者の嗅覚は侮れない。

  横道に逸れるけど、保守思想を「売り」にしていた西部邁なんか、中曾根を「先生」と呼んで媚びていた。一般読者からするとゴマすりにしか思えないが、「リアリスト」をアピールしたい西部氏には必要だったのかも知れない。なにぶん西部氏は全共闘上がりだから、自分の過去を消したくって、「保守派」と目されていた元首相に近づいたんじゃないか。ちなみに、『正論』の編集部は西部を保守派論客と位置づけていたが、彼の取り巻き連中を見れば左翼の変形と判る。筆者は『発言者』を準備号から購読していたけど、西部氏が登庸する執筆者には、誰ひとり保守派の知識人が見当たらなかった。例えば、根暗な保阪正康とか民主党を支持した榊原英資、自称「パンク右翼」の福田和也、田原総一朗の後釜を狙っていた宮崎哲弥、難解な文章しか書けない左翼上がりの絓秀実(すが・ひでみ)とか、毎回つまらない文章を書く佐伯啓思(さえき・けいし)などが「レギュラー登場者」なんだからガッカリする。こんなガラクタ文士を集めて「クウォリティー・ペーパー」だなんて詐欺だろう。

獅子身中の虫を育成する金王朝

  森友学園の籠池理事長が政治家に「口利き」を頼んだのは、永田町に蔓延る因襲が強固に残っていたからだ。確かに、籠池氏は保守派の看板を掲げた“ちんけな”政商だが、あの程度の経営者なら教育界にいくらでもいる。問題なのはこんな“雑魚”ではなく、北鮮という犯罪国家に忠誠を尽くす在日朝鮮人と、彼らとグルになって勢力を拡張しようとする議員や官僚だ。日本を呪う朝鮮人と革命を目指した日本人にとって、共通の敵は愛国派の日本人であるから、日鮮両国の左翼勢力は“合法的に”国家権力と税金を利用し、保守派を殲滅しようと試みる。日本国民にとって深刻な脅威というのは、北鮮が保有する核兵器より、国内で増殖する朝鮮人の存在であろう。例えば、日本がいくら防衛力を強化しても、政府首脳に朝鮮系議員やその手下となった高級官僚が君臨すれば、自衛隊の出動命令は発せられず、動きがとれないイージス艦や最新鋭戦闘機は宝の持ち腐れになってしまう。また、専守防衛を堅持して、北鮮からの第一次核攻撃を受けてから反撃に出るなんて狂気の沙汰である。もっと言えば、自衛隊の中には支那やロシアのスリーパーが潜んでいるから、一旦有事となれば必ずや北鮮の工作員と連携し、各方面で我が国の軍事行動を妨害するはずだ。国家の中枢を乗っ取られた日本に祖国防衛は無理である。

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(左: 金日成  / 中央: 金正日 /  右: 金正恩)

  狡猾な金日成は在日朝鮮人に対し、日本に留まって暮らすよう命令した。それは、日本国内に伏兵を養成するためである。1950年代、北鮮は“赤貧洗うが如し”の状態だったのに、共和国赤十字を通して朝鮮学校へ1億2100万円ほどの支援金を送っていたから驚きだ。在日朝鮮人の教員や父兄は、祖国が苦しい国家予算の一部を割いて、救いの手を差し延べてくれたことに感動し、皆が歓喜の声を上げたり涙を流して感謝したそうだ。(『朝鮮学校ってどんなとこ ?』  pp.94-95) 2001年までに金日成や金正日からの送金は147回に及び、合計446億396万3000円に上ったという。現在の北鮮支配者たる金正恩も先代に倣ったようで、2億1880万円の教育支援金と奨学金を送ったそうだ。(「Daily NK」 2016年4月15日) だが、我々は朝鮮学校を支援したのが朝鮮人だけではなかったことを銘記すべきである。全般的に朝鮮学校が輩出する“偉人”など、強姦魔か暴走族、チンピラ、ゴロツキ、ヤクザの組長くらいだが、こんな学校を支援する日本人は意外に多くいて、その中には有力者も含まれていた。代表的なのはマルキスト学者で東京都知事となった美濃部亮吉だ。

Minobe 1( 左 /  美濃部亮吉)
  朝鮮大学校は1966年4月に各種学校の認可申請を提出したが、なかなか認められず、ようやく許可が下りたのは1968年4月になってからである。というのも、前年の1967年に美濃部が都知事に当選し、極左分子が歓迎する革新都政が誕生したので許可が下りた。それまでは文部省が地方に建つ学校の許認可にに睨みを効かせており、朝鮮学校のカリキュラムを監視していたのである。政府与党も「外国人学校法案」を検討していたくらいだ。もしも、この法案が実現されていれば、文部大臣に教育中止命令や学校閉鎖命令を発動しうる権能が与えられ、監督庁の職員による朝鮮学校への立ち入りが可能となり、その実態を検査できるようになるはずだった。だからこそ、朝鮮人やその仲間たちは必死で抵抗し、その法案は七回も妨害され、ついに1972年、廃案へと追い込まれてしまったのである。朝鮮学校の少年たちはデモ集会に出掛ける親を見送りながら、毎日のごとく「外国人学校法案」に反対するハガキを首相や国会議長、文部大臣に送り続けたそうだ。「勉強」よりも「課外活動」に熱心なんだから呆れてしまうじゃないか。どうりで朝鮮人に左翼の素質がある訳だ。その努力以外の「圧力」があったのか、1960年代になると急に朝鮮学校の許認可数が増えたという。まぁ、朝鮮人の背後には社会党の土井たか子や高沢寅男も控えていたから、役所の中では色々な圧力や脅迫が罷り通っていたのかも知れない。

  マスコミは「報道の自由」や「編集権の行使」を楯に、自分にとって「都合の良い」報道を繰り返している。安倍政権を何としても潰したいマスコミは、取るに足らぬ“小火(ぼや)”でも、ガソリンをふりかけて“大火”にしようとするらタチが悪い。彼らは大衆を操作できるとの自信を持っている。視聴者を間抜けなガキと見なしているから、刺戟的で大袈裟なワイドショーを連日連夜垂れ流すことで、倒閣運動にまで発展させるとこができると思っているのだろう。だが、国家の優先事項を考えれば、拉致被害者を奪還する方が先決なんじゃないか。一般国民だって、どうでもいい下らないリンチ劇よりも、苦難を嘗めた同胞が帰還するシーンを見たいはずだ。北鮮が我が国に向けてミサイルを発射するなら、在日朝鮮人をまとめて突き返してやればいい。福田康夫は「相手が嫌がることはしない」と言ったが、教養のある日本人なら「北鮮が厭がることをすべし」と考えるだろう。コブラにはパイソン(ニシキヘビ)を、悪魔には支那人を、北鮮には同胞を差し向けて、陰に陽に「嫌がらせ」を行うべきである。でも、あの金正恩なら水際で皆殺しにするかもね。




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