無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

日本の政治

支那人に征服される呑気な日本





支那人に狙われた北海道

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(左: 鼻糞をほじる支那人女性  /  右: 食事を楽しむ支那人)

  今や日本人に国防意識は無い。こう言えば「自衛隊があるじゃないか」と反論されてしまうが、筆者が心配しているのは、有事ではなく平時における支那人の浸透が着々と行われている事なのだ。2017年11月12日号の雑誌『サピオ』に産経新聞の宮本雅史・編集員が書いているけど、支那人による北海道の侵掠はめまぐるしい。支那資本によるリゾート地の買収が著しく、支那人客しか来ない、つまり支那人専用のゴルフ場とかキャンプ場があるそうだ。例えば、2016年、シンガポールの企業が赤井川村に270haのキャンプ場を買収したし、2010年には、香港の投資会社が破産した洞爺湖近くのゴルフ場を買収した。さらに、支那系の不動産会社がアパートメントや一戸建てを買収・建設して、支那人用の民泊にするらしい。宮本氏によれば、新千歳空港の近くには「支那人別荘村」があるそうだ。この他にも、北海道の各地で支那人による土地買収が行われており、まるで武器を用いぬ戦争が行われている、と考えてもおかしくはないだろう。

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(写真  /  日本に押し寄せる支那人観光客)

  我々が国防軍を保持するのは、日本の独立や安全を確保するためでもあるが、その前に普通の国民が平凡でもいいから安全で快適な暮らしができるようにすること、さらに国家の繁栄をみんなが享受するためである。いくら自衛隊や海上保安庁が日本の領空・領海を守っていても、空港や港湾から堂々と支那人が乗り込んできて、一般国民の近所に住みつくなら、不愉快で堪らないし、日本に住んでいるとは思えない。大学で呑気に禄を食んでいる教授たちは、「日本もようやく国際化社会になったなぁ」と感心し、「様々な文化が融合する多民族社会の誕生だ」と喜んでいるけど、毎日“あの”支那人や朝鮮人、その他のアジア人と触れ合う一般人からすればたまったもんじゃゃない。ゼニ儲けしか考えていないJRは、支那や南鮮から来る観光客のために、新宿駅などで支那語や朝鮮語による案内放送を行っている。しかし、日本人の乗客にしたら、朝から不愉快な言語が耳について気持ち悪い。駅の表示板を見れば、日本語の下にハングルや簡略漢字が記されており、シンガポールやフィリピンにいるみたいだ。いつから日本はアジア諸国の植民地になったのか?

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(左: 桜の木に登ろうとする支那人  /  右: 桜の木を蹴り飛ばす支那人)

  それにしても、支那人は侵掠の天才だ。銃弾を発することなく他国を征服できるんだから。その秘訣は何か? 答えは至って簡単。支那人らしく行動すればいい。つまり、人目を気にせず堂々と他人の土地に雪崩れ込み、どんなに貧乏でも移住先にしがみつき、あらゆるカネ儲けを考え、自分が死んでも子孫を残し、何百年かかろうが栄えるまで諦めない根性を持っている。支那人というのは地獄に落ちても、何か抜け道はないかと探索する名人だ。お金が命の支那人は、三途の川を渡る時でも銭をケチるし、閻魔様に会えば賄賂を渡して特別待遇をお願いし、拒絶されれば意地悪を考える。さらに、この閻魔様に弱点があれば、敵対する悪魔に甘い話を持ち掛けてやっつけようとするし、地獄の門番にも「うまい話が・・・」と囁く。悪魔を詐欺に掛けて“のし上がろう”とするのが支那人なら、悪魔の親玉に地獄から追放されたのを機に、世俗の世界に戻ろうとするのも支那人である。もしかしたら、パンドラの壺は支那人によって作られたのかも知れないぞ。

チャイナタウンが出現するアメリカ

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(写真  /  シカゴで新年を祝う支那人たち)

  日本でもそうだが、歐米の移住先で支那人が多数派になれるのは、現地人が支那人を嫌うからである。最初、支那人は低賃金労働者(クーリー)とか、不法入国者として都市や村にやって来る。そして、ある程度の支那人がドヤ街住みつくと、自然と貧民が群がる食堂ができ、支那人相手の雑貨店とか低料金の洗濯屋などが現れてくる。こうなると、中流以上の白人は逃げ出し、残った下層白人が支那人と対立することになるのだが、彼らもこの異邦人に我慢がならず、お金を貯めて引っ越しを考えるようになる。後は、引っ越しが出来ない黒人とか南米人といった有色住民が取り残され、彼らは支那人と反目するようになるが、支那人は秘密結社や自治組織を作って対抗するから負けることはない。支那人は権力と金銭を獲得する術を心得ているので、地元の経済界と政治家を牛耳ってしまう。ここで興味深いのは、支那人街と化した地域が経済的に繁栄しても、立ち去った白人が戻ってこないことだ。一旦支那人街に変化した地帯は、余程のことが無い限り未来永劫「支那人の天下」になってしまう。

  ニューヨーク州のマンハッタンやサンフランシスコは支那人街で有名だが、イリノイ州のシカゴも支那人街の被害に遭っている。近年、シカゴにも支那人が続々と入植しているそうで、ブロンズヴィル(Bronzeville)やカナリーヴィル(Canaryville)の人口構成が激変しているらしい。ブロンズヴィルは元々、黒人が住むコミュニティーであったから、それほど住みにくい地域ではないが、支那人が大量に流入したことにより、地価や住宅が高騰し始めたという。さらに、支那人留学生がイリノイ工科大学に入ってきたので、街中で支那語が乱れ飛んでいるそうだ。(Marwa Eltagouri, "Chinatown's South Side neighbors see surge in Asian-American residents", Chicago Tribune, January 27, 2017) 

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(左: シカゴに住む支那人たち  /  右: ドラゴンを用いて祝う支那系住民)

  一方、カナリーヴィルは以前アイリス系移民が住みついた場所なので、比較的白人労働者が多い。しかし、黒人を嫌う支那人は、白人が多いカナリーヴィルの方を好み、こちら側に住居を構えるそうだ。地元で不動産業を営む支那系のチャーリー・シュウによれば、37番と43番通りに挟まれたエメラルド・アヴェニュー沿いにある住宅地の8割ないし9割はアジア人で占められているという。また、アイリス系アメリカ人が自宅を構える地域になると、支那人の購買意欲も増すようで、売り出された住宅の多くが支那人によって購入されているらしい。シュウも六年前にカナリーヴィルに移ってきたそうで、彼はフラー・パーク近くに支那料理店を出したという。

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( 写真 /  シカゴの学校に通う支那人の子供たち)

  ブロンズヴィルがある「ニュー・シティー(New City)」では、アジア系住民の人口増加が著しく、2000年以来500%の増加となっているそうだ。以前のカナリーヴィルなら、アイリス系やポーランド系、イタリア系、ドイツ系の住民が混在し、聖ガブリエル教会(カトリック)で洗礼を受ける人もたくさんいたそうだが、アジア人の殺到で街の風景が変わってしまったらしい。チャイナタウンが形成された地区では、当然ながら商店街が支那人客で溢れ、金色の漢字で書かれた紅い看板が厭でも目に付く。戦前の支那大陸では、上品そうな歐米人が「租界」を作って暮らしていたが、第21世紀の北米大陸では、下劣な支那人がチャイナ版の「租界」を作って楽しんでいる。支那人が群れる地域では、無理をして“異国”の言葉を覚える必要が全く無い。81歳になるサウ・ファン・ラムという支那移民の婆さんは、24年前にシカゴに移り住んで来たが、英語を話せなくてもコレといった不自由は無く、近くの広東料理屋で食事を取り、香港マーケットで買い物を済ませるという。

  英語を全く理解しない支那民が気楽に暮らせるのも、「人権」とか「福祉」を重視するアメリカ人がいたり、同胞を支援する支那人組織があるからだ。例えば、シカゴには「支那系アメリカ人奉仕同盟(Chinese-American Service League)」という団体があって、支那系児童にまつわる教育プログラムや、新入りとか失業者に対する職業訓練、福祉制度に不慣れな高齢者への手助けを提供するらしい。(Marwa Eltagouri, "Here's why Chicago's Chinatown is booming, even as others across the U.S. fade", Chicago Tribune, May 13, 2017) シカゴ・メトロポリタン・エイジェンシーが作成した2015年の報告書によれば、支那系住民の78%が家庭で支那語を喋っており、全体の約4分の3が普通以下の英語能力しかないそうだ。これでは支那系住民の就業率は上がらないし、アメリカ人の福祉担当者だって大変だ。英語が拙い支那人患者が来訪したら、受け容れる側の病院は困ってしまう。

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(写真  /  奉仕同盟の支那系アメリカ人たち)

  だが、支那人の害悪はチャイナタウンに留まらない。裕福になった支那人の二世や三世、そして大金を懐にした支那移民は、同類が溢れるチャイナタウンを避け、中流階級の白人が住む「郊外」にやって来るのだ。昔の支那移民は低所得の筋肉労働者が多いから、マンハッタンやフィラデルフィア、ボストンなどの下町に蝟集したけど、新たな移民は搾取経済で財を成したビジネスマンとか、高学歴のホワイトカラー、不正蓄財をして逃れてきた官僚などである。彼らは金に糸目をつけず高級住宅地に乗り込んでくる。例えば、フィラデルフィアにある豊かな郊外「エクストン(Exton)」では、平均的な住宅価格は34万ドル(約3千740万円)もするそうだ。(Alexia Fernandez Campbell, "Suburbs : the New Chinatown", The Atlantic, May 18, 2016) しかし、ニュータイプの支那人には、こうした高値は障碍にならない。彼らは躊躇いもなくどんどん入ってくる。2000年だと支那系住民が占める町の人口比率はたった6%だったのに、今では20%にもなっているという。支那人恐るべし。イエロー・ペリル(黄禍)の再来だ。

  日本人と違って、支那人には「遠慮」とか「心遣い」というものは一切無い。彼らは中華の民だから、地球がどうなろうと自分がお金持ちになればいいと思っている。神様だって自分の為に存在するので、利益をもたらさなければ用済みだ。アメリカの大手銀行に勤めるシェリル・ワン(42歳)もエクストンに引っ越してきた支那人の一人で、彼女には亭主と二人の子供がいるという。この支那人が言うには、近所の半数がアジア人で、残りの半分が白人であるらしい。シェリルは高学歴支那人であるらしく、情報科学とビジネスの修士号を取得し、幼少時代を過ごしたのはフィラデルフィアの郊外であった。彼女は自宅を構えるにあたり、何としても支那人街を避けたかったそうだ。マンダリン(北京官語)を話すシェリルはこう述べている。「私、チャイナタウンが大嫌いなの。郊外のように綺麗じゃないし、人が沢山いるでしょ」、と。彼女は郊外の住宅地がもつ“静けさ”を好み、子供たちを良い学校へ通わせるための“コネ”も必要ないから郊外が好きなんだって。何でも人脈と賄賂が必要な闇黒大陸を想い出せば、アメリカでの生活は本当に文明的である。そう言えば、南鮮人が朝鮮半島から逃げ出すのも分かるなぁ。小中華の朝鮮でも、「袖の下」と「口利き」が横行しているから、長く住むとノイローゼになるか人間性が腐ってくる。

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(写真  /  レヴンワースの風景)

  世界中の各民族を分類する方法は幾つかあるけれど、国家形成能力で測るのも一つの手段だろう。世の中には、同じ種族が集まると素晴らしい社会を作ることが出来る民族と、同胞が群れると下劣な社会しか作れない民族がある。日本人と西欧人は前者に属し、支那人や朝鮮人、ユダヤ人、アフリカ人などが後者に属すると言えるだろう。もちろん、こう述べれば支那人や朝鮮人は猛反発するだろうが、現実の世界を観てみれば反論しづらくなる。例えば、アメリカに渡ったドイツ移民が片田舎でドイツ村を作ると、地元のアングロ・サクソン系住民が異を唱えることは、まずありえない。同じ文明圏からの移民なら大歓迎だ。興味深いことに、こうしたポジティヴなイメージを利用して作られたのが、ワシントン州にあるレヴンワース(Leavenworth)という街である。ここは観光地としても有名で、多くのアメリカ人や外国人観光客が訪れるという。確かに、街並みがバイエルン風で美しく、歩いているだけで楽しくなる。ゲルマン人は一般的にきれい好きで、公園とか建物の手入れが行き届いており、家の庭先には色鮮やかな花を植えることが多い。また、レストランも街の風景に調和していて、料理を運んでくるウェイトレスもドイツ系なら気さくで明るい。ニンニクの臭いが立ち籠める薄汚い朝鮮料理店とか、どんな食材で料理を作っているのか分からない“不気味”な支那人の料理屋とは大違いだ。

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(左: ドレスデンの街  /  右: ドイツにある美しい村)

  もし、ドイツ人と似ているスカンジナヴィアからの移民が、ミネソタ州やインディアナ州にノルディク・コミュニティーを形成したらどうなるのか。おそらくイギリス系アメリカ人との文化摩擦は無いし、彼らの中には新たな街に移住する者も出てくるだろう。そうなれば、当然そこの不動産価格が高騰するし、経済的にも希望がもてる新興住宅地となる。街にアングリカン教会は建たないかも知れないが、同類のプロテスタント宗派であるルーテル派教会が築かれるだろう。地元の学校にも“同種族”の生徒が通うようになるから、白人保護者からの反対論も無い。これが支那人だと学校の雰囲気が暗くなるし、文化摩擦も多くなるから厄介な問題が増える一方だ。イスラム教徒の流入になればもっと軋轢が増大し、文化摩擦どころか宗教対立にまで発展しかねない。チューダー朝の高級住宅街に、いきなりモスクが建設され、褐色で髭ツラのアラブ系異教徒がうろつき始めたら、上品なアメリカ人でも金切り声を上げるだろう。公共マナーというルールを弁えない支那人だと、平気で道路や床に痰を吐くし、コンビニで買った弁当の食べかすを放り投げる。公園の水飲み場に幼児をのせて、そこに小便をさせる親までいるんだから、観光客の日本人だって目を剝いて怒鳴りつけるんじゃないか。もっとも、支那人からすれば、噴水や台所も「水洗トイレ」なんだから、「いいじゃないか !」となる。それなら、「テメェら、口からウンコを出してみろ !」と言いたくなるよねぇ。(でも、支那人のことだから、案外できる者が居たりして。恐ろしい。)

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(左: ドイツ人のウェイトレス  /  右: 水飲み場で放尿する支那人の子供)

支那人の遺伝子を持つ新世代

  アメリカ白人は滅多に口にしないが、アジア人とかアフリカ人が増えると、異人種間結婚も増えてしまうので心配だ。我が子が支那人と結婚する破目にでもなったら一大事。日本の母親だって息子の嫁が支那人ならゾっとしてしまうだろう。日本人の嫁だって、育った環境や習慣とが違うと、嫁姑戦争の火種になりかねない。最悪なのは、生まれてくる孫が混血児になってしまうことで、片方の祖父母が支那人になってしまうのだ。初孫ともなれば友人に自慢したくなるのに、支那人の血統だなんて恥ずかしい。日本にやって来る“がさつ”で“人でなし”の支那人と同類になるんだから、体中の血管が収縮し、心臓の辺りが苦しくなる。もっと厭なのは、孫の素性を知った友人が“腫れ物”にでも触るかのように気を使い、支那人の子供であることを気にしない“素振り”を見せることだ。友人は「あら、御子息は中国の女性とご結婚なされたの?」と笑顔で受け答えするが、心の底ではどう思っているか分からない。西歐人との間に生まれた赤ん坊なら、「あら、まぁ、元気で可愛い赤ちゃんねぇ」と羨むのに、アジア人だと妙に遠慮がちになる。

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(左と中央: ヒュー・グラントとエリザベス・ハーレー  /  右: ティンラン・ホン)

  映画ファンなら知っているけど、人気男優のヒュー・グラン(Hugh Grant)トが支那人女性との間に子供をもうけたた話は有名だ。以前、彼はイギリス人女優のエリザベス・ハーレー(Elizabeth Hurley)と交際していたことがある。しかし、彼女との破局を迎えたグラントは、意外にもティンラン・ホン(Tinglan Hong)という支那系女性とつきあい始めた。彼女との間にはタビサ(Tabitha / 支那名「シャオ・シュ」)という娘が生まれ、グラントにとっては初めての子供となっている。だが、役者の恋は熱しやすくて冷めやすい。せっかく子宝を授かったのに、グラントは彼女と別れてしまい、今度はスウェーデンのテレビ局でプロデューサーを務めるアナ・エバースティン(Anna Eberstein)という女性と懇ろになった。彼女との間にはジョンという息子が生まれたそうだ。それでも、俳優というのは気紛れなもので、2013年になるとグラントは別れたホンとヨリを戻し、間髪を入れずフェリクスという息子をもうけてしまう。「焼け棒杭(ぼっくい)に火がつく」とはよく言ったものだ。ところが、第二子ができても“やっぱり”ホンとの関係が嫌になってしまい、グラントはその復縁を裁ち切り、エバースティンのもとへと戻ってしまった。欲情が燃え上がった二人は、2105年、愛の結晶である二番目の赤ん坊をもうけたそうだ。少子化担当大臣なら祝福するだろうが、グラント氏の両親はどう思ったのか。スウェーデン人との間に生まれた北歐系の孫と、支那人女性との間に生まれたアジア系の孫を見比べると、第三者でも複雑な気持ちになる。

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(左: アナ・エバースティンとヒュー・グラント  /  右: グラント氏の両親)

  日本人は安易に「技能実習生(実質的には低賃金労働者)」とか、国籍目的の「介護師」を受け容れながらも、移民国家を目指していないと思っている。しかし、現実には続々とアジア移民、特に支那人労働者が日本に流入し、日本は今までの社会とは違う異質な世界になっている。最も恐ろしい兆候の一つは、日本人の肉体、すなわち遺伝子が変わっていることだ。支那人の文化や悪習が浸透することも脅威だが、日本人の家系が「アジア化」する事は見過ごせない。もし、支那人の母親を持つ日支混血児が、「日本人に生まれたかった」とか「支那人の家系じゃイヤだ」とゴネ始めたら、日本人の父親はどうするのか。なるほど、日本で生まれ育てば日支混血児といえども完璧な日本語を話すし、食事の好みや人との接し方も日本風になるだろう。だが、「支那人の血筋」というスティグマ(汚点)が一生つきまとうことになる。高度な文明国の日本に生まれ育ったのに、自分の肉体の半分があの地上最低の国に住む野蛮人と同じだなんて、頭がどうにかなってしまうだろう。こうした子供は本当に不憫だ。支那人の自覚は全く無いし、精神構造も日本人的なのに、肉体は支那風だなんておぞましい。ヤクザの子供に生まれたって、まともな職業に就けばカタギになれるのに、支那人の子供に生まれたら、どんな職業に就いても支那人と見なされてしまうのだ。

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(左: 支那人の少年  /  右: 支那人の少女)

  一般の日系日本人は支那人の流入くらいしか危惧していないけど、帰化した支那人が外国人と結婚することまでは考えていないから実に呑気だ。普通の日系日本人は紙切れ一枚程度で帰化支那人を「日本人」とは見なさないが、合法的手続きを経れば支那人といえどもレッキとした「日本国民」になってしまう。さらに恐ろしいのは、こうした帰化支那人の息子や娘が、帰化朝鮮人の子供とか黒人移民と結婚してしまうケースである。生まれた時から日本国籍を持つ支那系の娘が、日本で活躍する黒人ラッパーとか米軍の黒人兵と結婚し、日本で出産すれば生まれた子供は日本人だ。(黒人兵は女房に懇願されて日本に住みつく場合が多い。) また、帰化したアフリカ人の息子が元在日鮮人の娘と結婚した場合、生まれてくる混血児は最初から「日本国民」の両親を持つことになる。しかし、先祖代々の日系日本人は、こうした混血児を対等な日本人とは思わないだろう。どう見たって黒人にしか見えないし、朝鮮人の親が合法的に日本国籍を持っていても、我々は感情的に納得できない。もし、こうした外人系国民が海外で犯罪を企てて、警察に捕まったら、現地の新聞は「日本人の容疑者が捕まる !」との見出しで報道するだろう。でも、現地に住む日系日本人は、「えぇっ??? この人外人じゃん !」と呟くはずだ。周囲の者は“レイシスト”的意見だ、と非難するだろうが、普通の日本人にしたら自然な反応である。

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(左: 支那人と黒人のカップル  / 中央: 支那人の妊婦  /  右: 支那人と黒人の混血児)

  脳天気に暮らしている日系日本人は、多民族社会に陥ったアメリカを観てみるべきだ。米国の各都市には大勢の支那人が住んでいるけど、西歐系アメリカ人は彼らに向かって「我が仲間よ(My fellow Americans !)」と呼びかけるのか? イギリス系やスコット系のアメリカ人が、ベトナム系やアラブ系、インド系の国民を対等で尊敬に値する同胞と見なすかは、甚だ疑問である。日本人だって、こうした有色系アメリカ人を「真のアメリカ人」とは思わないだろう。例えば、アメリカ文学とか南北戦争を勉強する日本人が、支那系アメリカ人から米国史を教えてもらおうとは思わないし、支那系の教授が主催する講座に出席してアメリカ文化を学びたいとは望まない。出来る事なら、西歐系の学者に出逢いたいと願うはずだ。

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   英語の授業でも同じ事で、仮に、ルシー・リュー(Lucy Liu)みたいな支那人教師と、エリザベス・ハーレーのような英国人教師がいたとして、日本の中学生はどちらを選ぶのか? たとえ両者の学歴が同じ程度で、才能や技量、経歴の点でも差が無いとしても、どちらかと言えばルシーを選ぶ者は少数派で、大多数はエリザベスの方を選ぶだろう。子供は正直だから、建前ではなく本音で選んでしまうものだ。ただし、人種平等を強制する校長先生がいるので、子供たちが持つ「選択の自由」を抑圧し、有無を言わさず支那系教師を押しつけたりする。「自由」を認めることは「差別」を生む結果になるので、リベラル派とか左翼教師は専制君主になりやすい。でも、教室には「個性の尊重」とか「学問の自由」とかの標語が掲げられているんだよねぇ。

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(左: リサ・リング  / ローレン・トム  / ロザリンド・チャオ  /  右: ジョアン・チェン)

  支那移民を受け容れてしまうと、社会の隅々にまで支那人が進出することになる。有色人優遇制度や有色人割当制度を早くから導入した米国では、藝能界やマスコミ界などに多くの支那人が採用される事になってしまった。例えば、支那系ジャーナリストのリサ・リング(Lisa Ling)はABCの有名な「ザ・ヴュー(The View)」という番組に採用されていたし、ナショナル・ジオグラフィック・チャンネルでも番組を持っていた。女優で声優も務めるローレン・トム(Lauren Tom)は、『ウォール街』とか『キャデラック・マン』という映画に出演していた。人気TVドラマ・シリーズの『新スタートレック』に起用されたロザリンド・チャオ(Rosalind Chao)は、ケイコ・オブライエンという日本人の役を演じていたことでも知られている。TVドラマ『ツイン・ピークス』に出演したジョアン・チェン(Joan Chen)は支那生まれだが、1988年、米国に帰化し、支那系の医者であるジム・ラウと結婚したそうだ。近年、多文化主義の台頭もあってか、アジア系の役者があらゆるドラマで起用され、時にはごり押しじゃないかと思えるほど、重要な役どころを与えられている。人気報道番組でも同じで、アジア系のジャーナリストがアンカーになったり、ゲスト解説者になっているんだから、不採用となった白人の女子アナは怒り心頭だ。

日本人が住むから素晴らしい国

  多文化主義を提唱する左翼学者は、しきりにアジア人と彼ら文化を受け容れて、我々に異邦人との「同化」を勧めるが、一般の日本人は支那人や朝鮮人との「融合」など“まっぴら御免”である。彼らの肉体や風習を歓迎することが日本人の精神や文化を豊かにすることなのか? こうしたアジア人との混淆は、決して我々の生活を豊かにすることはない。いや、むしろ衰退・劣化・堕落の原因となるだろう。例えば、ぶっきらぼうで図々しい支那人の子供が日本の幼稚園とか小学校に入ってくれば、日本人の子供は彼らに感化され、日本人らしからぬ行動を取るようになるだろう。支那人の子供は日本人の子供を見倣って悪いことを恥じたりするが、日本人の児童が支那人と接して上品になるとか、立派になるということはない。どちらかと言えば、汚い言葉を覚え、虚言を習得して不正直になるだろう。支那人的雰囲気の中で育てば、五歳の幼児でも一端の詐欺師になれる。これが中学校や高校になったら、どんな事態になるか、考えただけでも背筋が寒くなる。

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(写真  /  支那人の子供たち)

  日本が素晴らしいのは、昔から日本人同士が同じ国で生活し、苦しみや喜びを分かち合いながら、共に頑張ってきたからだ。領主が領民を守り、恩を感じた庶民は武士を尊敬する。我が国には残虐な支配者は稀で、神様だって「裁きの絶対神」ではなく、「慈しみの女神」といったところだ。誰もが敬う皇室が神聖なのは当り前で、天皇陛下を亡き者にしようとする覇者は決して現れない。御白洲に引き出された悪党だって、老いた母の前では号泣するし、裁きを下すお奉行様にだってお目こぼしがある。庶民を虫けら以下に扱う支那の官僚とは大違いだ。支那人は日本に住みついて、初めて人間らしい生活を“体験”する。いや、単なる「人間」以上の「日本国民」を実感するのだ。日本に暮らすと、井戸から美味しい湧き水を飲むことができ、エレベーターや電車に乗っても安心で、暴行被害に遭えば直ぐに警察官が駆けつけてくれる。警官や判事、役人までもが法に忠実で、賄賂を渡さなくても公正な裁判を受けることができ、たとえ刑務所に入っても、安全な食事が提供され、快適なキャンプ生活を送ることが出来るのだ。さらに、刑務所内ではリンチや拷問ではなく、職業訓練が受けられるし、お正月になれば特別メニューがあったり、慰問団による歌謡ショーまである。このように考えれば、生き地獄のような支那から日本に移住したいと考える輩が続出しても不思議じゃない。

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(左: 汚染された空気から肺を守る支那人  /  右: 支那人の労働者)

  日本人は日本の領土や同胞をもっと大切にすべきだ。我が国は善良な神様と人間が共存する理想郷で、空き地だろうが過疎地だろうが、国土の総てが祖先からの世襲財産である。お金をもらったからといって、支那人や朝鮮人に売り渡すべきではない。イングランドから独立したアメリカ人の子孫を見てみよ。彼らは口先では本土を守る愛国者を気取っているが、支那人や黒人、メキシコ人が街に押し寄せると、そそくさと引っ越す。アメリカの白人は、日本人が思い描く故郷という概念を持たない。有色人種のよそ者が商店街に群がると、祖父母の時代から住み慣れたコミュニティーを捨て去り、不愉快な異人種が居ない郊外へと移る。ところが、悪夢には続編があるのだ。引っ越し先にも異邦人が住みつくようになると、賢い不動産業者がどこかの森林を見つけて、ニュータウンを開発し、高級住宅を販売するようになる。逃亡者となった白人は喜んで大金を払い、リベラル派を名乗って偽善に耽るんだから呆れてしまうじゃないか。

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(左: 野外で暮らす支那人  /  右: 傷害事件で眼球を刺された支那人)

  確かに、彼らは薄汚い下層民ではないが、生まれ故郷を愛さない高級浮浪者だ。彼らも地元に教会を建てるが、その土台には殉教者とか聖人の遺骨はなく、コンクリートの塊だけ。幽霊さえもが腰を落ち着ける間もなく、次々と古い教会が壊され、新たな教会が建つ。一方、日本の神社は太古の昔から聳え、立派な教典がなくとも、人々は先祖代々の信仰と伝統を絶やさない。神社を形成する材料は、日本の大地で育った木材が用いられ、何処の馬の骨だか分からぬ木材は使われないのだ。いくら安くても、フィリピンとかタイで伐採された木を使うことはない。日本の宗教は日本人の肉体と精神を持つ者が支え、その魂は親から子へ、子から孫へと受け継がれ、我が国の文化は血の大河を流れて行く。だから、この貴重な河に支那人の小便や朝鮮人の大便、フィリピン人の精液、タイ人の卵子を投げ込んではならない。北海道や沖縄で多少の空き地があっても、支那人に売り渡すということは、神州の一部を永遠に割譲したことになるのだ。我々は国家と国民を想いながら死んでいった英霊に感謝すると共に、先祖から託された国土、すなわち子孫に渡す世襲財産を守って行かねばならない。



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魅力無き日本の外交官

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政治家の責任だろう !

  もう触れるのも厭になるけど、反日左翼のマスコミ、事なかれ主義の国会議員、そして無関心な国民のせいで、「従軍慰安婦」という虚構が「事実」になってしまった。一般的に日本人は朝鮮人を見くびっているが、彼らには朝鮮人独特の“しつこさ”がある。日本人は客観的にモノを考える常識を備えているので、あからさまな捏造だと口にするのをためらってしまうが、アジア大陸の劣等民族は利益の爲なら平気で嘘をつく。我々は先進国の西歐人を念頭に置いて外交を考えてしまうが、アジア人やアフリカ人も存在する事を肝に銘じるべきである。心の優しい日本人は、どの外人とも平等に接しようとするが、第三世界の人間は武士が重んずる恥の概念を持たないから、異次元の「生物」と見なした方がよい。

  特に、朝鮮人や支那人には「都合良く歴史を書き換える」という風習があるので、彼らに知的正直さを求めるのは無駄。したがって、朝鮮半島や支那大陸で、どれほど反日発言が繰り返されようとも放って置くしかない。支配階級から下層の苦力に至るまで、彼らは根性がひん曲がっているし、腹黒いのが“当り前”なんだから。日本人が上等なだけ。そもそも、動物の本能というのは変えることができない。例えば、日本では誰もスカンクに「屁をするな !」とは言わないじゃないか。これと同じで、支那人や朝鮮人に「嘘をつくな !」と言い聞かせるのは、泥棒に「盗むな !」とか、乞食に「毅然たれ !」と説教するのと同じだ。

Koreans in San Francisco 1Koreans 3








(左: サンフランシスコに集まった朝鮮人  /  右: 「慰安婦像」に群がる朝鮮人)

  ただし、朝鮮人が歐米諸国で日本に関する嘘を広める場合は別。彼らは何としても「性奴隷」を“歴史的”事実にしたいと考えている。しかも、朝鮮人は嘘も百回言えば「真実」になると考えているから厄介だ。(実際には、十回くらいで充分と思っていたりして。) とにかく、朝鮮人は米国で「戦場売春婦」をどうしても「日本軍の被害者」にしたい。教養のあるアメリカ人やヨーロッパ人は、最初「本当かなぁ ?」と疑っていたが、あまりにも多くの鮮人が訴えるので、「真実なのでは」と思うようになった。だって、南鮮の大統領から裁判官、歴史学者、教育者、軍人、警察官、老人、女子供まで、あらゆる身分の朝鮮人が皆口を揃えて、「日本人が朝鮮人の娘を攫(さら)ってって行ったニダぁぁぁ !」と泣き叫ぶんだから、「やっぱり本当なのかも」と思うじゃないか。一人や二人の左翼学者ならともかく、百人、千人、一万人が同じ事を訴えれば、日本人を知らない歐米人は「真実」と考えるようになるだろう。まさか、千人中千人が“嘘つき”だなんて、歐米諸国ではあり得ない。西歐人は全国民が「火病」に罹っている社会を想像できないのだ。

Kono Youhei 1(左  /  河野洋平)
  とは言っても、冤罪事件を「真実」にしたのは日本政府である。今でも腹立たしいが、官房長官だった河野洋平が公式に謝罪し、日本政府は公金を南鮮に渡したのだから、歐米人が日本の「有罪」を確信したのも当然だ。たとえ、日本人が「あれは反日左翼と朝鮮人のデマだ」と訂正しても、歐米人は「じぁあ、なぜ日本政府は830万ドルもの賠償金を払ったのか?」と反論するだろう。無実を主張する者が大金を払うなんて考えられない。したがって、どんな正論を述べようが、日本人は自ら濡れ衣を認めた事になる。だいたい、一般国民が嘘をついてまで日本を貶めようとする朝日新聞や東京新聞、NHKにお金を払ってきたんだから異常だ。もし、大多数の国民が精神的に健全なら、とっくに朝日新聞は潰れているだろう。未だに健在ということは、購読者に読解力と判断力が無いという証拠だ。

  それでも、大阪市の吉村洋文市長は慰安婦像を設置したサンフランシスコ市に抗議を行い、姉妹都市関係の解消を表明したから正常だ。南鮮の嫌がらせに憤慨する日本国民なら、吉村市長の決断に反対せず賛成するだろう。ただし、この件に便乗して人気を得ようとする石原伸晃には拍手を送ることができない。彼は今月5日、東京都内で開かれた石原派(近未来政治研究会)の研修会で、サンフランシスコ市が慰安婦像と碑文を公共物化したことを取り上げ、「総領事の責任は非常に重い。総領事といえども、ロビイング(活動)をして、歴史を捏造(ねつぞう)するようなことに対しては、ものを言っていかなければならない」と述べたそうだ。保守派の国民にしたら、「何を今更、国士ぶっていやがるんだ」と吐き捨てたくなる。今まで日本の防衛や名誉について無関心だったくせに、急に親爺の真似をして“タカ派”にでもなったつもりなのか。「お前が言うな !」と叱り飛ばしたい。

  かつて慎太郎は「スパルタ教育」や「独立国家」を喧伝していたが、自分の倅(せがれ)は例外にして甘やかしていたんだから、情けないというか軽蔑したくなる。だいたい、慎太郎の息子達はどれもこれも出来損ないだ。長男は政治家の器じゃないのに、総理・総裁を目指したし、次男の良純は叔父の七光りで俳優になるも、才能と魅力に欠けているので、役者としては三流以下。それでも、気象予報士になれたので藝能界に残っている。残念ながら、三男の宏高は批評する価値さえ無い人物だ。無能というか、しょぼくれた深海魚みたいに政界の底辺をウロチョロしてるだけ。四男の延啓は画家らしいが、その才能は不透明。親爺と叔父の七光りを放つが、世間のスポットライトはまだ遠く、石原ブランドのみが頼みの綱になっている。

Ishihara Shintaro 2石原伸晃Ishihara Yoshizumi 1Ishihara Takahiro 1








(左: 石原慎太郎   /  石原伸晃   /  石原良純  /  右: 石原宏高 )

  威勢の良い伸晃の発言は癪に触るが、米国に派遣された外務省の役人は何をしているのか知りたい。外交官が本省の雑務や現地の仕事で忙しいのは分かるが、日本の名誉を守ることだって重要な任務だぞ。確かに、国政を司る国会議員がどいつもこいつも腰抜けで、マスコミを恐れて左翼に媚びた挙げ句、南鮮人に屈服しているんだから仕方ない。でも、ちょっとくらい国家への無償奉仕をしたっていいんじゃないか。天下り先が消滅となれは、職務に関係無くても全職員が一致団結して抵抗するくせに、英霊の名誉となれば床に落ちた消しゴムの滓(カス)程度なんだから、一体どこの外交官なのかと問いたくなる。平民を相手にする時だけは、「俺は大学を卒業する前に外交官試験に合格したんだ」とか「天皇陛下から直々に任命された“特命全権大使”なんだぞ」と威張るけど、アメリカ人を前にすると仔犬のように従順だ。借りてきた猫だってもっと勇気があるぞ。まぁ、北京政府の犬になるアジア課の連中よりマシかもね。

亡国を導く外交官

Kuriyama 1(左  /  栗山尚一)
  日本の外政に於いて日米関係は一番重要な基軸なので、米国担当の外務官僚が花形なのは分かる。しかし、官邸と外務省の人選には素直にうなづくことができない。だって、歴代の駐米大使を見れば解るじゃないか。最低の部類に入る駐米大使と言えば、故・栗山尚一(くりやま・たかかず / 1992年から95年までの任期)が先ず思い浮かぶ。 当時のアメリカ人が栗山大使を「冷たい魚」とか、陰で「死んだ魚」と評していたことは有名だ。日本人だって「誰、このオっさん ?」とか「あの人、どこかの事務員 ?」と思うくらいだから、外国人がせせら笑ったのも無理はない。どうせ笑われるんなら、タンバリンの達人、「ゴンゾー」の方がいいよね。(ところで、彼は今何をしているんだろう ?)  まぁ、栗山氏の“見た目”は直しようが無いから我慢するけど、その思考は日本の国益にとってマイナスだから赦せない。例えば、栗山氏は支那人が言い出した「南京大虐殺」について肯定はしないが、さりとて徹底的に反論することもなかった。彼は退官後、大学に天下っていたが、対支那関係については、次のように述べていた。

  中国や韓国と日本がまったく同じような歴史認識を持つということは難しいと思います。ただ、基本的に南京事件で何万人死んだ、殺されたといったことの数字で議論することは私に言わせれば枝葉末節の話だと思います。事実としてどのくらいの人が日本軍によって殺されたのかということは、なかなかわかるものではありません。中国側も数字を大きく言うということもあるでしょう。しかし、本質的な問題は、国策を誤って、植民地支配と侵略戦争をやったということを、日本として受け入れるかどうかということなのです。(栗山尚一、 第1話:「日本は過去の歴史に向かい合うべき」、 言論NPO、 2006 年3 月8日) 

  「南京事件」については、保守派言論人が多くの著書を出しているから、一般国民も詳しく知るようになり、支那人のデタラメや謀略工作についている。ところが、栗山氏は日本側の研究をことごとく無視。肝心な虐殺者数については「わからない」と避け、「枝葉末節の話だ」と片付けるも、日本の植民地支配と侵掠戦争だけは反省しろ、と説教を垂れる。反日感情を剝き出しにした江沢民についても同情的で、その外交的失敗を認めながらも、やたらと支那人側に理解を示していた。栗山氏は首相の靖國参拝問題が起こった時、“加害者”の日本と“被害者”の支那を論じて、次のように述べていた。

  しかし、中国に半分責任があるとしても、和解のプロセスというのは、加害者の方がイニシアティブをとらなければならない。被害者の方がイニシアティブをとるという問題ではないわけです。そこの認識が、日本人一般に足りないという気がしているのです。(栗山尚一 、第2話:「靖国問題をどう考えるか」、言論NPO 、2006 年 03 月 10日)

  支那が「被害者」だって? 共産党は漁夫の利を得た盗賊じゃないか。日本の国家利益や国民感情を擁護するはずの栗山氏は、日本人が先ず支那人に土下座し、その赦しを乞うことで両国の和解があると思っていた。一々腹を立ててもしょうがないが、この外交官は我々に「支那人様の“国民感情”を優先しろ」と語っていたのだ。これでは、支那人の忠犬になっていた駐支那大使の中江要介とソックリだ。

  本当に、外務省でアジア担当になる者には、愛国心が無いというか、ロクな奴がいない。当時、栗山氏は「外務省きっての知米派」と評されたそうだが、このアカンタレが駐米大使になれたのは、たぶん「すごろくゲーム」みたいな外務省の人事にあるのだろう。何しろ、マレー大使を務めた栗山氏は、条約局長や外務審議官、事務次官という華やかな職務を歴任したから、最後の花道として駐米大使に選ばれてもおかしくはない。これを「エスカレータ人事」とか「トコロテン方式」と呼ぶかは、個人の自由だ。外務省は彼の能力を評価したからという「建前」を貫くだろうが、一般国民が見れば「役所の論理」で選ばれたとしか思えない。普通、駐米大使に選ばれるような外政官なら、アメリカで幅広い人脈を持ち、ワシントンでの活動はもちろんのこと、現地の政治や社会に精通している人物であるはずだ。

  ところが、栗山氏は英語が下手なうえに、テレビ討論の訓練も受けておらず、マスコミ対策については素人同然だった。これを証明するのが、1995年に起きた逃亡事件である。米国のABCには『20/20』という報道番組があり、そこの制作者が日本軍による慰安婦問題を取り上げることにした。ということで、同番組は駐米大使である栗山氏にインタビューを申し込んだのだが、何と彼は放送直前になって出演を断ってしまったのだ。そこで、栗山大使のキャンセルを受けて、急遽、近藤誠一公使が彼の代役を務めることとなり、流暢な英語を駆使してキャスターのインタビューに答えたという。(古森義久 『亡国の日本大使館』 小学館、2002年 p.172-73)

  天皇陛下の名代である“特命全権大使”が、日本の名誉を守らず、一目散に「敵前逃亡」するなんて、驚くというより目眩がする。いくら英語の遣り取りが苦手だからといって、近藤公使に“災難”を押しつけるとは、本当に卑劣な奴だ。こんな男が駐米大使として赴任してきたんだから、当時の在米日本人がどれほど失望し、恥ずかしく思ったことか。誰だって、「なぜ外務省はこんな奴を寄越してきたんだ !」と恨みたくなる。

Sasae 1(左  /  佐々江賢一郎)
  情けない状況は一向に改善されておらず、現在の佐々江賢一郎・駐米大使も「選良」とは言い難い人物だ。今でも震えがくる暗黒時代、すなわち悪夢のような民主党政権時代に、彼は幻の「佐々江提案」を行った外交官として記憶に残っている。2012年、南鮮側は「日本軍が組織的に、20万人もの朝鮮娘を拉致して“性奴隷”にしたニダぁぁ」と喚(わめ)いていて、勝手につくった虚構を日本政府に押しつけていた。もし、日本政府がこの捏造を認めれば、法的責任を追求され、個人賠償の請求が殺到するのは必然。ところが、佐々江氏は、南鮮の安豪栄・駐米大使から「歴史の真実から顔を背けない勇気と智慧が必要だ」とたぶらかされ、何の反論もしなかったそうだ。

  しかし、幸いな事に、南鮮側は「人道主義の名目による賠償では不充分」と考え、軽々しく佐々江案に応じることはなかった。そうこうしているうちに、民主党政権が倒れ、安倍政権の誕生となったから、佐々江案は消えゆくことになった。しかし、佐々江氏の姿勢は問題である。彼はどのような形であれ日韓合意が出来れば、両国の関係改善に繋がると信じていたそうだから、朝鮮人に対する認識が甘いとしか言いようがない。朝鮮人に対する扱い方は、支那流か蒙古方式しかないのだ。つまり、「理屈を並べず鞭、斧、棍棒で滅多打ちにして、最後に飴少々」という塩梅(あんばい)が最適。朝鮮人を前にして仏心を出すのは愚の骨頂だ。

マスコミ対策の素人が駐米大使に

  朝鮮人に関する認識が小学生以下の佐々江氏では、反日を売り物にするアメリカの左翼メディアや、アジア系の政治家を相手するのは無理だろう。たとえ、報道番組や討論番組に出演しても、アメリカ人のキャスターや評論家を反駁できないし、視聴者への印象だって良くないはずだ。栗山氏と同様に、佐々江氏にも人間的魅力は感じられない。これは筆者の推測になるけど、アジア大洋州局長を務めた佐々江氏は、外務審議官や事務次官を歴任したから駐米大使に栄転できたんじゃないか。外国人記者クラブに出席した佐々江氏の受け答えを聞く限り、とてもアメリカ通とは思えない。これは何も英語が下手という次元の話のではなく、マスコミ対策の訓練を受けていないということだ。

  筆者は英会話能力を以て外交官の資質を判断しないが、言語能力は外交官が習得すべき「技」の一つではないのか。もし、鉋(カンナ)がけの下手な大工がいたとして、その職人が「俺は釘打ちの方が得意なんだけど」と弁明すれば、我々は「アホ、大工なら鉋の腕くらい磨いておけ !」と言い渡すだろう。それと同じで、赴任先の言語くらい自由に喋れなければ、人脈も作れないし、交渉だって難しいはずだ。とりわけ大使クラスとなれば、現地のジャーナリストから鋭い質問を受けるし、テレビ画面に映る機会も多くなるから、魅力的人物でないと好印象を与える事ができない。日本国内なら、自分の部下にインタビューを任せて接待ゴルフに専念できるが、民衆政の米国だと、一番の責任者は駐米大使になってしまい、「詳しい事は広報官に聞いてください」では、日本の評判が悪くなる。やはり、大使館の親分が直々に対応しないとマズい。

  そうなると、流暢な英語のみならず、別の才能も必要になってくる。例えば、相手を和ませるような話し方とか、聴衆の関心を惹くような話題作り、真剣な会話の中にちょっとしたユーモアを織り込む話術など、一般人に好感を持たれる人物でないと、政界で脚光を浴びる大使にはなれない。昔、ジョン・F・ケネディーはジャーナリストに好かれていたが、それは単に彼が民衆党の大統領であったからではなく、パーティーや囲み取材の時など、ユーモアを交えて相手と話をしていたからだ。一方、ニクソン大統領はケネディーのような陽気さが無く、仏頂面というか“ムッ”としている時が多かった。これではマスコミ受けが悪いのも当然だ。

JFK 4Richard Nixon 3Ronald Reagan 2









(左: ジョン・F・ケネディー   / 中央: リチャード・ニクソン  /  右: ロナルド・レーガン )

  歴代の大統領を思い出すと、ロナルド・レーガン大統領は共和党の支持者だけでなく、民衆党の有権者にも評判が良かった。彼がスピーチを行うと、みんなが聴きたかったし、彼のユーモアは今で笑える。筆者が米国にいた時、レーガンに投票したという中高年の民主党員に会ったことがある。彼らが言うには、レーガンは偉大なるコミュニケーターであり、とにかく話が面白いというのだ。筆者もレーガン大統領が演説の時に用いたジョークに笑ったことがある。一例を紹介すると、あるアメリカ人とロシア人がお互いの国が持つ自由について語ったそうだ。当時は冷戦の真っ最中。自由の国を標榜するアメリカ人は、相手のロシア人に対し、こう自慢したという。

   私の国では閣僚が大統領の執務室に入り、「ミスター・プレジデント。私はあなたのやり方に賛成できません !」と率直に言えるんだぞ。

  すると、それを聞いたロシア人は、我が国にも同様の“自由”がある、と反論したそうだ。彼はこう述べた。

  我がロシアでは、共産党官僚がクレムリンに赴き、書記長室に入ることができる。そして、彼は「書記長、私は米国大統領のやり方に賛成できません !」と発言できるんだ。

  このジョークで会場の観客は大爆笑。披露したレーガン大統領も自分のジョークに思わず笑っていたから、とても愉快だった。日本の総理大臣だとレーガン大統領に匹敵する人物はいないだろう。田中角栄でも見劣りする。歴代の駐米大使だって、どいつもこいつも“つまなない”役人で、アメリカの民衆を笑わせる人物ではない。例えば、駐米大使になった柳井俊二は、見るからに「役人」といった感じの中年男性で、気骨がある人物でもなかった。彼は南鮮に媚びたのか、日韓基本条約で個人賠償が否定されていないと仄めかし、以後、朝鮮人が調子に乗る切っ掛けを作った官僚だ。「ミスター外務省」と呼ばれた斉藤邦彦大使も情けなく、PBSに招かれてアイリス・チャンと討論した時、日本側は謝っているじゃないか、と弁明することに必死で、支那人工作員チャンの正体を暴くことはなかった。当時、これくらいの情報すら摑んでいなかったとすれば、日本の外交官が行っている「諜報活動」に疑問が湧いてくる。もしかしたら、外務官僚の情報源はCNNとかBBCの報道で、これらの番組を視聴する事が唯一の「インテリジェンス活動」なのかも知れないぞ。

Yanai 1Saito Kunihiko 1Iris Chang 2








(左: 柳井俊二  / 中央: 斉藤邦彦   / 右: アイリス・チャン )

Ed Lee 2(左  / エド・リー )
  石原伸晃は慰安婦設置の件で山田淳総領事を叱責したが、どの外交官がサンフランシスコに赴任しても、アメリカ人に反論はできまい。第一、サンフランシスコの市長が支那系のエド・リー(Edwin Mah Lee / 李孟賢)なんだから、朝鮮人の味方になっても不思議じゃないし、北京政府の協力者という可能性もありうる。したがって、日本の外交官が説得すべきは、現地にはびこるアジア系アメリカ人ではなく、西歐系のまともなアメリカ白人の方である。米国の一般人には詳細な資料など解らないし、アジア史など勉強したことのない者が大半だから、簡単な説明と力強い態度で挑むしかない。彼らは議論の内容ではなく、発言者の容姿とか態度で判断することが多い。だから、日本の外交官が流暢な英語を話し、ユーモアを交えながら説明すれば好感を持たれるし、単純明快な事実を以て反論すれば、ちょっとくらいはアメリカ人の態度を変えることが出来るだろう。理想を述べれば、知的で若い美女を駐米大使に任命すべきだ。米国でもマスコミは視聴率を気にするし、世間の注目を集める人物に出演を依頼することが多い。日本でもキャロライン・ケネディー氏が駐日大使になった時、マスコミが大々的に取り上げたじゃないか。冴えない格好をした中年男性なら、マスコミは素通りするし、一般人だって新任大使の服装には注目しないだろう。

Caroline Kennedy 1(左  /  キャロライン・ケネディー)
  日本から米国に派遣されるされる外交官なんて、現地メディアはどこも興味を持たないし、報道する価値すら無いと思っている。一方、日本の外交官ときたら諜報活動に疎いくせに、ワインの購入になると熱心でうるさい。こんな連中に何億円も給料を払うなら、英語が得意な美人モデルでもスカウトして、討論技術を仕込んだ方がいいんじゃないか。日本はもっと対外宣伝に力を入れるべきだし、米国のマスコミに対して主導権を持つべきだ。トランプ大統領は主要メディアを介さず、ツイッターを使って国民に見解を表明することで、逆にメディア界を操っている。トランプは権力者の魅力を自覚しており、マスコミはどうしても権力者の発言を追いかけ回すから、その弱みを上手く利用しているんだろう。もし、日本の大使が魅力ある人物なら、その発言は多くのマスコミで取り上げられるし、日本側が主導権を取ってインタビューの条件や日時を指定できるはずだ。押し入れの隅に取り残された仏像の如き大使じゃ、誰も見向きはしないだろう。美人を使った大衆操作も外政の一手段なのだが、心理戦が不得意な役人には無理な注文なのかもね。


  

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