無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

日本の政治

入管法が成立してしまう理由 / 左翼からの非難に怯える一般人

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黒木 頼景
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レイシズムを避ける国民

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(左: 安倍晋三総理大臣  /  右: 混血児の少年)

  日本の未来にとって極めて有害な入管法改正案が、大した抵抗も無く参議院を通過してしまった。これで我が国の将来は暗くなるどころか、歴史始まって以来の大打撃を受ける事になる。というのも、異民族の流入で日本人の肉体が変わってしまうからだ。戦争で空爆を受ければ、多くの庶民や都市が炎に包まれ、木っ端微塵に消滅してしまうが、それでも歯を食いしばって復興することはできる。しかし、子や孫の遺伝子にアジア人やアフリカ人の遺伝子が一旦注入されてしまえば、もうそれを取り除くことはできない。一般国民は未だに危機感を抱いていないが、肉体が変われば精神も変わってしまうのだ。いくら混血児に大和魂を叩き込もうとしても、鏡に映った姿を見れば、自分が日系日本人でないことが判る。常日頃、保守派は「日本の伝統や文化を守れ!」と叫ぶが、その担い手が朝鮮人や支那人、フィリピン土人や越南(ベトナム)人、中東アジアのイスラム教徒じゃ、「本当に守ってくれるのか?」と不安になるじゃないか。

  歐米諸国でもそうだが、日本でスル~と移民法案が通ってしまうのは、マスコミによる誘導操作が働いているせいもあるが、根本的にはレイシズムへの恐怖が人々の心にあるからだ。正直に異民族を嫌う者は、「人種差別主義者」とか「ネオ・ナチ」と罵倒され、社会的地位を失う破目になるから、高額所得者やインテリ層はなるべく言動を慎み、自分だけ異人種のいない安全地帯に避難しようとする。世間体を気にする中流階級も似たり寄ったりで、どんなに不愉快でも、国会議員に苦情を述べたり、街頭に出て「移民反対!」なんて叫ばない。国家意識を失った日本人は、身近に害が及ぶまで移民・難民問題は「他人事」だ。たとえ、食料品店や郵便局で不気味な人相の中東アジア人や奇妙な言葉を話す東南アジア人を見かけても、わざと気付かない振りをして通り過ぎ、余程のことが無い限り接触しようとは思わない。ましてや、我が子が将来アジア人と結婚するなんて想像もしていないし、もしそうなったら猛烈に反対するだろう。

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(左: クリスチャン・ベール  /  ベネディクト・カンバーバッチ  / ルパート・フレンド   / 右: チャーリー・ハナム )

  移民を受け容れた国の末路を知りたければ、第三世界と化した歐米諸国の街を見てみることだ。アメリカ、ブリテン、カナダ、オーストラリア、フランス、ドイツ、スウェーデンなどを目にすれば、鳥肌が立つくらいおぞましい光景にぶち当たる。今や、英国のロンドンはトルコ人やアラブ人、イラク人、ケニア人、ジャマイカ人、インド人、パキスタン人で溢れかえっているから、日本人観光客はイスタンブールかボンベイ、あるいはカブールに迷い込んだ錯覚に陥ってしまう。せっかくアングロ・サクソン人との交流を期待したのに、出逢う人間が悉く茶色または黒い「ブリテン人」ではガッカリする。脳天気な日本人女性だと、憧れのイングランドを旅行した時、「バットマン」を演じたクリスチャン・ベール(Christian Bale)とか、「シャーロック・ホームズ」役のベネデスクト・カンバーバッチ(Benedict Cumberbatch)、「ホームランド」に出演したルパート・フレンド(Rupert Friend)、「ゲーム・オブ・スローン」に起用されたショーン・ビーン(Sean Bean)、「サンズ・オブ・アナーキー」で一躍有名になったチャーリー・ハナム(Charlie Hunnam)みたいな「イギリス人」を期待するけど、れっきとした西歐系白人に遭遇することは非常に少ない。

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(左: イドリス・エルバ  / ベネディクト・ウォン  / リズ・アーメッド  /  右: サーシャ・バロン・コーエン)

  たいていは、「刑事ジョン・ルーサーー」でお馴染みのイドリス・エルバ(Idris Elba)とか、「スラムダンク・ミリオネアー」に出ていたデヴ・パテル(Dev Patel)、「ドクター・ストレンジ」に出演したベネディクト・ウォン(Benedict Wong)、ユダヤ人俳優のサーシャ・バロン・コーエン(Sacha Baron Cohen)、「ヴェノム」に出演したパキスタン系俳優のリズ・アーメッド(Riz Ahmed)、「スター・ウォーズ」で有名になったジョン・ボイエガ(John Boyega)みたいな「ブリテン国民」ばかりだ。かつて、英国バンドの「ジャパン」は日本で話題となり、ヴォーカルのデイヴッド・シルヴィアン(David Sylvian)は日本人女性のハートを鷲摑みにしたけど、彼のようなイギリス人は絶滅危惧種になっている。アングル人の島(イングランド)では、アングロ・サクソン系のハンサム青年に出逢うより、東歐からのジプシーに遭遇する方が多い。ただし、ナンパじゃなくて“ひったくり”だから、嬉し涙じゃなくて悔し涙となる。したがって、英国を訪れたら、イギリス人じゃなくてブルドッグを求めた方がいい。運が良ければ、ウィンストン・チャーチルみたいな顔をした犬に出逢えるかも知れないぞ。

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(左: デヴ・パテル  /  中央: ジョン・ボイエガ   /  右: デイヴィッド・シルヴィアン )

  そもそも、ヨーロッパやアメリカのゲルマン系国民は、なぜ種族の保存を恐れるようになったのか? それは総てとまでは言わないが、多くの場合、国内にユダヤ人を抱えているからだ。各民族は別々に暮らした方が摩擦が無く、平凡だが幸せな毎日を送ることができる。お互いが別々に暮らし、異国の内政に干渉しない事が一番。例えば、北米のイギリス系国民やブリテン本国のアングロ・サクソン人、ドイツのゲルマン系国民、スカンジナヴィア半島の北方種族、北部フランスのガリア系国民などが、「自分達の血統を維持したいから、奇妙な顔附きのユダヤ人とは混淆したくない」と答えたら、ニジェールやカメルーンの黒人が高額な飛行機代を払って、ドイツのニーダーザクセン州やメクレンブルク・フォアポルメン州で抗議デモを起こすのか? ガボンやベニンの片田舎に住むアフリカ人は、チューリンゲンやウェストファーレンで白人が何を叫ぼうが知ったことではなく、アーリア人のナショナリズムに興味は無い。そもそも、ドイツ語なんて解らないから、ネオ・ナチもどきの若造が「ドイツ人の為のドイツラント」を掲げても気にしないのだ。

  日本人だってアフリカ人と同じく、世界各地で湧き起こるナショナリズムに興味は無い。西尾幹二のような反西歐主義者は例外だ。西尾氏は劣等感の裏返しで西歐の白人を執拗に批判しているが、彼はユーラシア大陸の民族主義全般を批判したことがあるのか? 日本の知識人はいつも西歐人ばかり目の敵にする。他の種族には目もくれない。例えば、もし、ウズベキスタンの民族主義者が自国の女性を“天下一”の美人と表したら、日本人は激怒して征伐軍を派遣するのか? 普通の日本人がウズベキスタンに居るクリミア・タタール系の女性とかペルシア系モンゴル人の男性を「理想」とし、彼らの容姿や服装を真似ることはない。彼らがウズベク語で自国民を称讃したからといって、目くじらを立てる日本人は滅多にいないだろう。隣のトルクメニスタンに対しても同様に無関心で、サパルムラド・ニヤゾフ大統領が独裁制を敷いても抗議しなかったし、どんな役者や歌手が存在するのかについても興味が無かった。女不足に悩む新潟や秋田の青年やは、支那や満洲から嫁を購入していたが、テュルク系民族の女性にまで手を伸ばし、上玉を輸入しようとは思わなかった。(まぁ、遊牧民じゃ畑仕事に向かないという点もあったのだろうが。)

  それにしても、アメリカやヨーロッパに居坐るユダヤ人が、なぜナショナリズムに猛反対するかと言えば、それは彼らが他国にタカる寄生民族で、地元民とは異なる肉体を有する別種族だからだ。このセム種族は寄生先の国民が団結し、鼻つまみ者を排除しようとする動きに敏感で、何年暮らしていようと安心することはない。彼らは「異郷にしがみつくエイリアン」という自覚があるので、いつ住処(すみか)を追い出されるのか分かったもんじゃない、と不安に思っている。だから、常に持ち運び便利な金貨とか宝石を貯える一方で、異教徒(地元民)が愛国主義に目覚めぬよう、予めナショナリズムを“悪”と宣伝し、コスモポリタニズムを“善”と刷り込む。(ついでに言えば、ユダヤ人が教育熱心なのも避難対策の一環だ。いくら兇暴な異教徒でも、頭に詰め込んだ知識は奪えないからである。) ユダヤ人にとって、先祖代々から受け継ぐ「国民の権利」というのは恐ろしい。というのも、タカリ先の「祖先」とは無関係のユダヤ人は、親から子へ伝承される「血の権利」を有する「国民」じゃないからだ。

  こんなのは健全な庶民にとったら初歩的な常識だけど、クルクルパーにされた西歐人や日本人には解らない。例えば、大阪や神戸をうろつく在日朝鮮人が、三井とか岩崎といった財閥の御曹司の後を附けて彼の豪邸に忍び込み、数日潜伏してから執事に見つかったとする。そこで、つまみ出されたくない朝鮮人は、「ウリ(私)は人間だから、ここに住む“権利”があるんだぞ !」と屁理屈をこねる。だが、鮮人の首根っこを摑んだ執事は、「何言ってんだ、この不逞鮮人め ! お前なんかに住む権利なんて無いぞ !」と叱り飛ばすだろう。ましてや、この鮮人侵入者が「お前の戸籍にオレを入れろ!」と叫べば、誰でも「おいおい、この鮮人、頭がいかれているぞ!」と驚くに違いない。普通の日本人なら、不法滞在の朝鮮人が“勝手な自説”で豪邸に住む権利があるとか、養子になる権利があるなんて思わないだろう。ところが、大学で「人権」とか「可哀想なユダヤ人」を刷り込まれた秀才は、「人権」問題になるから、参政権や国籍くらいなら与えてもいいんじゃないか、と考えてしまうのだ。彼らは日本人の常識を完全に消去されている。

  ドイツ人はヨーロッパ人の中でも極めて異常な民族で、「人種(Rasse)」とか「民族(Volk)」という言葉を聞くと、膝が震え出し、顔面が引きつる。ユダヤ人はナチスの過去を持ち出してドイツ人を責め立てるが、戦前のドイツ人が自民族を称讃するのは当り前じゃないか。「善人」を気取っているイギリス人やフランス人だってユダヤ人が大嫌いだったし、国際政治では自国民を優先し、世界中どこに行っても自分達の容姿を絶讃していたのだ。だいいち、堂々と植民地を有する西歐人が、アフリカの黒人やアジア大陸の黄色人種を「対等な人間」と見ていたのか? ちょっと考えれば直ぐに分かるのに、学校で洗脳された白人には思いつかない。ところが、ユダヤ人には差別など「常識」で、ユダヤ人が集まれば異教徒の悪口は珍しくなく、シナゴーグでふんぞり返る筆頭ラビでも異教徒を家畜(ゴイム)扱いだ。ユダヤ人はアメリカでもイスラエルでも黒人を嫌っており、この黒い動物と雑婚しようとは思わない。異人種でも理想の結婚相手はゲルマン人。これくらいあからさまなのに、思考の枠組みを変造された西歐人は、ユダヤ人の二枚舌に気付かない。例えば、PC(政治的に正しい言葉遣い)を操るユダヤ人は、ペルシア人(いわゆる「イラン人」)が自国を「アーリア(イラン)」と呼んでも平気だが、ドイツ人やアメリカ人が自国を「アーリア人の共和国」と呼んだら、蜂の巣を突いたように騒ぎ出し、スズメバチ(ワスプ)の如く攻撃を仕掛ける。もう呆れてしまうけど、言論弾圧のターゲットはいつも西歐人だ。

  そもそも、ドイツ人が自国内で自画自賛して何が悪いのか? どの民族にも「手前味噌」の信仰とか風習、文学、偏見はあるものだ。例えば、朝鮮人が自国で「五千年の歴史を有する朝鮮人は世界一優秀だ !」、あるいは「日本人は猿と犯罪者の間に生まれた夷狄だ !」、「日本兵は朝鮮娘を性奴隷にした 」とほざいたとして、いったい何人の日本人が半島に乗り込み、「お前ら、学問的に間違っているぞ!」と説教するのか? 翻って、我が国には頭のおかしい朝鮮人を処罰する法律は無い。もし、日本国内で気違いの鮮人とか、犯罪を実行する不逞鮮人がいれば容赦無く追放すればいいのであって、不愉快な鮮人は出身国に返品するのが妥当である。ユダヤ人も同じで、ドイツ人が穢らわしい居候を追い出そうとしたのも無理はない。ユダヤ人が一掃されたドイツなんて実に清々しいじゃないか。もしユダヤ人が迫害を嫌うなら、“自主的”にイェルサレムに戻ればいいだけの話だ。長年に亙って嫌われているのに、百年、二百年、三百年も居坐る方がおかしい。ユダヤ人は野良犬より質(タチ)が悪く、レコンキスタ後、スペインを追放されたユダヤ人は故郷に戻らず、アムステルダムやアントワープ、フランクフルト、ロンドンに向かったし、ウクライナとかロシアで迫害されると、ブタペストやウィーン、さらにパリにまでやって来た。近場のシリアやトルコに向かえばいいのに、わざわざキリスト教徒の国に忍び込むんだから、何とも図々しい。

Houston Stewart Chamberlain 1(左  /  ヒューストン・スチュアート・チェンバレン)
  現在の教育現場では、第20世紀初頭の西歐で人気を博した人種哲学は不評だけど、非難された学者の言論には「なるほど !」と思える主張がある。例えば、ドイツに帰化したイギリス人に、ヒューストン・スチュアート・チェンバレン(Houston Stewart Chamerlain)という政治哲学者がいて、『第十九世紀の基礎(Die Grundlagen des neunzehnten Jahrhunderts)』という著作で有名になった。(ちなみに、彼の妻は作曲家リヒャルト・ワグナーの娘エヴァである。) 巷の批評によると、チェンバレンは科学的と思われる学問にロマン主義や神秘主義を提供したと言われるが、肝心なのはゲルマン人の肉体を讃美したことにある。そして注目すべきは、ゲルマン人が生死を賭けた闘いを続けており、それは人間生活と社会における総ての武器を用いて戦うべきなのだ、と彼が主張していた点である。

  ユダヤ人がチェンバレンを憎む理由の一つは、彼の革命思想にあった。鋭い知性を持つチェンバレンは、当時のドイツにあった産業が、ほとんどユダヤ人の手に落ちていたことに気付き、それに対して警鐘を鳴らしていたのだ。ドイツ贔屓のチェンバレンによれば、ドイツの産業は高次元の価値を求める精神に鼓舞されるべきで、ユダヤ人の物欲主義を満たす為にあるのではない。そこで、チェンバレンはユダヤ的物質主義を捨て去るために、精神的な革命を欲していたのである。また、ユダヤ人にとってチェンバレンの歴史解釈は憤慨に値する学説であった。彼の歴史観において、神はゲルマン種族に体現され、悪魔はセム種族に体現されていたのだ。(ちなみに、両者の間に繁殖するのが「諸民族の混沌」である。これは様々な人種の私生児的混合物と見なされていた。)

  ただし、これはチェンバレン独自の見解とは思えない。ヨーロッパでは中世の頃からユダヤ人を非難する絵画や思想があったし、そもそもゲットーに閉じ込めるべき賤民であったから、別にチェンバレンだけが不届き者という訳ではない。それに、ユダヤ人の顔は魔女とか悪魔を描く際にとても適していた。(ユダヤ系女優のグレン・クローズなどは、歳を取るにつれ益々「魔女」に見えてくる。もっとも、極左フェミニストのベティー・フリーダンの方がそれらしいけど。) 唾を吐き捨ててキリストを罵るのは典型的なユダヤ教徒だし、不吉な出来事や人攫いが起きるとユダヤ人のせいにされたこともある。文学でも悪役はユダヤ人的人物が多い。例えば、シェイクスピアの名作『ヴェニスの商人』では、高利貸しのユダヤ人シャイロックが有名だし、チャールズ・ディケンズの小説『オリヴァー・ツイスト(Oliver Twist)』に出てくるフェイギン(Fagin)は如何にもユダヤ人的だ。

Fagin (Ron Moody)Fagin (Alec Guinness) 1Al Pacino Shylock 3








(左: ロン・ムーディが演じたフェイギン  / 中央: アレック・ギネスが演じたフェイギン /  右: アル・パチーノが演じたシャイロック)

  映画ではアル・パチーノがシャイロックを、アレック・ギネスがフェイギンを演じていたが、ユダヤ人役者を使う方がよっぽど良かった。例えば、孤児を集めて犯罪をさせていたフェイギン役なら、アダム・サンドラー(Adam Sandler)とかベン・スティラー(Ben Stiller)、ウィリー・ガーソン(Willie Garson)、ユージン・レヴィー(Eugene Levy)などが適役だし、狡猾なシャイロック役ならホアキン・フェニックス(Joaquin Phoenix)とかリーヴ・シュライバー(Liev Schreiber)、ラリー・デイヴィッド(Larry David)、ロン・リフキン(Ron Rifkin)などがピッタリだ。でも、あまりにも見事な「嵌まり役」になりそうだから、制作陣がわざとハズしたんだろう。

Willie Garson 2Eugene Levy 2Larry David 3Joaquin Phoenix 3








(左: ウィリー・ガーソン  / ユージン・レヴィー  / ラリー・デイヴィッド  /  右: ホアキン・フェニックス )

  もう一人、注目すべき人種哲学者として、ルートヴィッヒ・ヴォルトマン(Ludwig Woltmann)が挙げられる。彼は元々マルクス主義者であったが、社会ダーウィニズムに改宗して大衆に大きな影響を及ぼす人物になっていた。この社会ダーウィニズムは第19世紀の頃からヨーロッパで流行し、明治の知識人も相当な影響を受けていたらしい。(英国に留学した夏目漱石はショックを受けノイローゼになってしまった。) これを簡単に言えば、最も進化した種族が熾烈な生存競争に勝ち残り、世界の支配者になるという思想だ。科学技術や産業革命で隆盛を誇る当時の西歐には、白人社会の優越性を確信する者が多かったから、ヴォルトマンだけが突出していた訳ではない。ただ、彼はアーリア人の卓越性を明確に述べていたからユダヤ人に嫌われてしまったのだ。

Ludwig Woltmann 1(左  /  ルートヴィッヒ・ヴォルトマン)
  『政治的人類学(Politische Anthropologie)』という本を書いたヴォルトマンは、ドイツ人の優越性を確信し、それを審美的な言葉で述べていた。彼の人種論はユダヤ人にとって今でも忌々しいものである。この思想家によれば、人種の第一基準は、体型の均整とか、顔面の作りなど、肉体的特徴に見出されるべきものであった。しかも、人種に内在する美的な資質は、自然科学に基礎づけられていると考えていたから、ユダヤ人はここぞとばかりに、「こんな学説はニセ科学だ」と貶すことができた。確かに、人種論は遺伝学とか優生思想を絡めているが、本質的には主観的言論なので、客観的事実に基づく科学とは言い難い。しかし、ユダヤ人の批判は的外れだ。そもそも、ヴォルトマンは文化人類学から出発し、人種哲学を基にして歴史や社会現象を評論しただけである。アルフレーと・ローゼンベルク(Alfred Ernst Rosenberg)の学説と似ていて、最初から数量化されたデータや検証実験を用いた自然科学ではない。つまり、諸民族の過去を独特の視点で解釈し、その未来を主観的に予想するだけなんだから、ユダヤ人の非難は人格攻撃でしかない。

Arno Breker 1(左  / アルノー・ブレーカー )
  とにかく、ユダヤ人にはヴォルトマンの主張が赦せなかった。例えば、ヴォルトマンの言うドイツ人の優越性というのは、北方的な美の理想、すなわちアーリア人の美的理想である。ノルディック種族の男性が持つ均整のとれた胴や頭、その輝く顔に独特の性格を与える内的精神性は人種的資質の証明でもあった。このゲルマン人至上主義者によれば、人種の混淆とは身体的均整と人種的調和の破壊に帰結する愚行である。肉体の“退化”は精神能力の退化でもあり、このような衰退が起こると、ゲルマン的な様式美は混沌の中に水没してしまうのだ。したがって、もし金髪碧眼のドイツ人が黒髪で鷲鼻のユダヤ人と混血すれば、その結果はおぞましいものとなり、ゲルマン種族の汚染に他ならない。たぶん、繊細な美意識を持つユダヤ人には解っているはずだ。ドイツの有名な藝術家アルノー・ブレーカー(Arno Breker)は強靱な肉体美を誇るアーリア人の彫像を造って、ドイツ人の理想美を追究していたが、ユダヤ人の藝術家は同胞の肉体を讃美せず、醜い人物画をせっせと描いていた。だいたい、ナチスの人種哲学を「けしからん!」と非難するなら、ユダヤ人も負けずに「ユダヤ的美男子」の彫像でも造ればいいじゃないか。ところが、それをせずにドイツ人を一方的に激しく責め立てている。もう、救いようがないくらい、彼らは端っから根性がねじ曲がっているのだ。

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(上  /  ユダヤ人を非難する風刺画)

  今から見ればヴォルトマンの思想は“とんでもない”が、帝国主義時代の西歐ではそれほど異常な考え方ではない。先ほどの社会ダーウィニズでは、進化の最先端を走る強い種族が生き残り、その勢力を拡大すると考えられていたから、領土の拡大、つまり他国の征服など当り前のことだった。そもそも、ドイツを非難するイギリス人やフランス人自身が帝国主義者なんだから、銀行強盗が郵便局強盗を叱責するようなものである。ヴォルトマンによれば、支配民族のドイツ人は、その発展に必要な国々を征服せねばならない。さらに、彼は一歩進めて、ゲルマン種族は地上を支配するために淘汰されたのである、と述べていた。こんな思想は周辺諸国にとっては悪夢だ。何と言っても歐洲随一の陸軍を誇るドイツが、自信をつけ「支配民族」に目覚めれば、ポーランド軍やロシア軍など敵ではない。グーデリアン将軍の機甲部隊がやって来れば、勇ましいロシア兵も撤退するしかなく、抵抗すればひねり潰されるだけだ。本当に自信満々のドイツ人は恐ろしい。イギリス人が何とかして封じ込めようと焦った気持ちも分かる。

  戦後の世界では人種平等が金科玉条になっているが、英国のチャーチル首相やベルギーのレオポルド1世と同じく、ヴォルトマンは人間の平等など信じていなかった。彼が望んでいたのは、人種的発展にとって邪魔になる障碍物を取り除くことであった。これも戦前のアメリカ人やイギリス人を見れば不思議じゃない。現在の学界は左翼分子が主流だから、「民族的多様性は社会を強くする」とか、「他の文化との融合は自国の文化を豊かにする」と嘯(うそぶ)く学者が多い。しかし、昔の西歐では自国の文化を保存し、なるべく純粋に保とうとするのが普通だった。これは人間に関しても同じで、白人同士の結婚を奨励し、血統を汚さないよう配慮を心掛けていた。イギリス人やフランス人だって自国の文化や偉人を誇りにし、決して自惚れとは思わなかったはずだ。いくら馬鹿でも、アジア人やアフリカ人を輸入して偉大な混血児を育成しようとは思わなかったはずだ。ヴォルトマンもゲルマン人の偉人を望んでおり、ドイツ社会の至上命令とは、常に社会を指導するような才能ある個人、ないし天才的人物を呼び起こし、生み出すことにあると思っていた。彼によれば、ドイツ人が持続的に活力を維持するために必要なのは、経済的事業ではなく、良き人種の保存であるという。

  入管法の是非からドイツの人種論へと話が逸れてしまったけど、歐米諸国で移民の流入が阻止されなかったのは、一般国民が異民族の侵入に対し無関心で、土壇場になると「人種差別」のレッテルを恐れていたからだ。本来なら、国家の未来に責任を持つ教養人とか、幼い子供を持つ親が異人種の輸入に反対すべきなのに、目に見える利益が無いから、つい「ちょっとくらいなら・・・」と気軽に許してしまうのだ。とは言え、移民法があっけなく通過した背景には別の理由もあった。安い労働者を求める企業には直接“手にできる”利益があったけど、テレビをボケ~と眺めるだけの一般人には、「反対」を表明しても転がり込んで来る現金は一つも無い。それゆえ、マスコミに踊らされて「人で不足なんだから仕方ないわよねぇ~」といった反応になる。普通の国民には目に見えない「マイナスの利益」、すなわち、社会不安の増大とか国民的紐帯の喪失、国民の肉体や文化の変質、伝統社会の崩壊、民族別の分断化などは解らない。残念なことだけど、一般人には恐ろしい未来を予想するだけの知識や判断力が無いのだ。移民を受け容れる日本には、やがて外国人参政権という悪夢が再来するだろう。徐々に国境の壁が低くなり、日本人と外国人の区別は曖昧になるから、左翼が待ち望んだ世界市民の誕生はもうすぐである。たぶん、日本において部外者の侵入が困難となるのは、NHKの本社ビルとか朝日新聞の玄関くらいだろうなぁ。(もっとも、朝鮮人や支那人は例外で、すんなり入れるかもね。)



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日本人の変質と非日系人の増殖

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平成の終わりが日本消滅の始まり
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(左: 安倍晋三総理  / 右: 外国に逃れる難民 )

  11月27日、入管法の改正案しが衆議院を院を通ってしまった。これで日本の質的劣化への流れが加速されたことになる。一般の日本人は外国人労働者の受け容れを単に「労働力の輸入」とだけ考えているが、移民の輸入は異邦人、とりわけアジア人の遺伝子を日本人の遺伝子プールに“混入”することであり、アジア人の祖先を持つ子供が増える事を意味する。正直に言えば、アジア系混血児が全国で続々と誕生するということだ。本来、日本は先祖から受け継いだ国土と国民からなっているのに、歴代の政権は邦人拉致を無視しただけではなく、竹島や対馬、北海道、沖縄の領土侵食を蔑ろにし、国籍の無料配布をしたかと思えば、今度は大量の移民を導入しようと図っている。こんな調子だから、国を愛する一般人は呆れるどころか怒りと悲しみが込み上げてくるだろう。只でさえ、在日朝鮮人との混血児が着実に繁殖しているのに、さらなるアジア人との混血児が増えれば、日系日本人は祖国に住みながら異国にいるような気分になる。(渋谷駅では朝鮮語のアナウンスもあるから、「あれっ、ここ、釜山だったかなぁ?」と錯覚する日本人も出てくるぞ。)

  第19世紀の帝国主義時代、なぜ我が国が明治維新を達成し、富国強兵を掲げて独立を保てたかといえば、日本が“日本人だらけ”の国であったからだ。德川慶喜が大政奉還を行ったのは、水戸藩の尊皇思想を持っていたこともあるが、どの大名にも「日本人」という無意識の“常識”があって、朝廷が日本の中核であるのは当然すぎる前提であった。廃藩置県という荒技も日本ならではの大転換で、朝廷からもらった訳でもない領地を返上し、大名の身分さえ手放したのだから、ヨーロッパ貴族が聞けば戦慄を覚え、「恐ろしい革命だ!」と震え上がるだろう。ところが、意外な結末があった。何と、幕府の権力基盤を無くした德川慶喜が、後に公爵に叙せられ貴族院議員にまでなったのだ。ハプスブルク家の末裔だって、西川きよしみたいに目が飛び出てしまうだろう。支那や朝鮮なら、没落した元支配者は抹殺されるのが通例で、運が良くても片輪になって牢獄行き。権力を失った元皇帝が、優雅に囲碁や絵画、写真、弓道を楽しみながら余生を送るなんて有り得ない。南鮮の大統領も投獄か自殺という末路なんだから。

  東大や一橋大なんかに巣くっている大学教授は、「多様性と寛容性」を学生に説いて、「色々な人々が暮らす市民社会は素晴らしい」と刷り込んでいるが、実際の異人種混淆社会はおぞましく、誰もが互いに不信感を抱きながら、いつも危険と向かい合わせの生活を送っている。黒人や南米人とかアジア人が混在するシカゴやロサンジェルス、デトロイト、ニューヨークを観てみれば解るじゃないか。だいたい、左翼知識人というのは世間知らずで、現実を直視しない偽善者が多い。もし、本当に多民族社会が素晴らしいのであれば、なぜアフリカ人やヒスパニックがひしめく都市部の地価が下がっているのか? アメリカの大富豪はコネティカット州やニューハンプシャー州の森を切り開いて、お城のような豪邸を築き、牧場まで作って乗馬を楽しんでいる。言うまでもないが、豪邸の隣にイスラム教徒の長屋とか、ソマリア難民の収容施設なんか絶対無いぞ。(青山や目黒、恵比寿にアジア難民収容所を建設すれば、高額所得の住民が烈火の如く怒るだろう。彼らは「可哀想な外国人」とは思わない。自分の資産が第一。) バルカン半島のようになったヨーロッパ半島を観れば、人種的多様性に富んだ国家は脆弱で、同種族で暮らしている日本のような同質的国家の方が強くて幸せ、と解る。

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(写真  /  支那人労働者)

  自民党の議員は「入管法を改正しても大丈夫、日本は移民国家にならない」と嘯(うそぶ)いているが、一旦アジア人を受け容れてしまえば、“用無し”になった外人を退去させるのは事実上「不可能」である。例えば、5年の研修期間を過ぎた技能実習生は出身国に帰るよう促すというが、彼らを雇っている企業は「せっかく仕事を覚えたんだから、あと5年くらい残って欲しいよねぇ~」とねだるし、研修生の方も続けて滞在できるよう期間延長を申し出るはずだ。企業側からすれば、5年おきに外人労働者を雇うより、慣れた外人を使い続けた方が楽だから、10年でも20年でも使いたいと考える。彼らを雇う腹黒い経営者は、昇給やボーナスを伴わない廉価な奴隷を持ち続けたいだけだから、5年で外人を交替させるなんてとんでもない。外人労働者の方だって、いつまでも日本に居たいから、雇用主に頼んで長期滞在の許可申請を手伝ってもらうだろう。

  ここで恐ろしいのは、外人労働者が家族の呼び寄せを懇願するケースだ。支那やベトナム、インドネシア、フィリピン、トルコからやって来た労働者は、給料の一部を仕送りするより、一緒に住んだ方が給料の節約になると計算するし、社会福祉が充実した日本での子育てを希望するだろう。特に、「人権」という言葉に弱い日本政府だと、こうした「請願」を無視できず、なし崩し的に認めざるを得ない。おそらく外人の家族が続々と来日するはずた。この悪夢のような現象は、いわゆる連鎖移民(chain migration)である。一般国民は気付いていないが、附帯家族の流入で、日系日本人の負担は雪だるま式に増える。例えば、日本語を話せない配偶者のために語学教室が税金で設置され、子沢山のムスリム家庭やフィリピン人家庭に“たんまり”と子供手当が支給されるだろう。(英国では外人による福祉詐欺なんて当り前。中には、豪華な邸宅に住む難民がいたりする。) 病院だって外人患者で大賑わい。ディズニーランドのローラー・コースターより待ち時間が長くなり、日本人患者は半日くらい病院で過ごす破目になる。

  また、外人労働者が多く住みつく街となれば、地元の公立学校にも多くの異人種が通うようになるから、教師は予想もしない問題でてんてこ舞いだ。日本語さえ“まとも”に話せない子供に、数学や理科なんて端っから無理。学校全体の学力水準が落ちるのは目に見えている。裕福な家庭の子供は、私立学校に通って受験対策が出来るけど、低所得階級の日系人は公立学校で我慢するしかなく、せいぜい塾に通って「どうか受験に合格しますように !」と祈るだけ。昔は「国史」と呼ばれた「日本史」は、いつの間にか「外国史」になってしまい、誰の祖先を念頭に置いて勉強しているのか判らなくなる。歴史担当の先生だって困ってしまう。日本人だけのクラスなら、「元寇の時、鎌倉武士は勇敢に蒙古軍を叩きのめしました」とか、「モンゴル人の手先となった朝鮮人は卑劣で残酷でした」と話して、「我が国の武士はすごい !」と拍手喝采だけど、モンゴル系混血児や帰化鮮人の子供が居るクラスでは、異民族の生徒に気兼ねして“さらり”と流し、年号と北條執権だけ覚えて終わり。頼山陽みたいに称讃したら、「ヘイト・スピーチ」と糾弾されてしまうから、日本史を好きな先生はションボリするしかない。(でも、日本を憎む故に社会科の教員になる人もいるから、ここぞとばかりにアジア系の生徒に配慮する先生がいたりしてね。)

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(左: 支那人の子供たち  /  右: 東南アジアの子供たち)

  クラスの授業が混乱するのは頭の痛い問題だが、民族の違いを切っ掛けとするイジメの発生はもっと厄介だ。本能で生きる日系人の子供は、マレー人やフィリピン人、タイ人の子供とか、いかつい顔をした中東系の子供、南洋土人的容貌の混血児、縮れ毛の黒人などを“生理的”に毛嫌いし、仲間はずれにしたり、イジメの対象にしやすい。しかし、逆の場合もあって、朝鮮人や支那人、ベトナム人の子供が日系人の生徒をイジメる場合だってあるはずだ。こうなった時、担任教師はどう解決するのか? 子供同士のイジメというのは、いつも教師の面前で起こるとは限らない。教師が「人種を基にしたイジメはダメだぞ !」とキツくしかれば、表面上は従う姿勢を見せるかも知れないが、大抵は「うるせぇよぉ !」と子供達が反撥し、却ってイジメが増大する場合もある。なぜなら、叱られた日系人の子供は「なんでアイツらと一緒のクラスなんだ?!」と不満に思うし、「あんな奴らが居ない学校に転校したい」と愚痴をこぼすことだってあるからだ。

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(左: 陽気な朝鮮人青年  /  左: ひょうきんな朝鮮人少女)

  男子のイジメは暴力的になることもあり、マスコミ沙汰になってしまうケースもあるが、女の子のイジメは別の意味でタチが悪い。一般的に女子のイジメは陰湿で、鈍くさい外見のアジア系生徒を目にすると、「変な顔をした混血児なんか気持ち悪い !」と黴菌みたいに扱うし、日系人と友人になりたいアジア系混血児が近寄ってくれば、「こっちに来ないでよ ! アンタなんか、見るからにダサイから、私たちのグループに入れないわよ!」と門前払いにする。PTAの母親達だって派閥を作り、気に入らない母親を除け者にしているじゃないか。(昔、筆者はファミレスでの井戸端会議を耳にし、その悪口談笑に辟易したことがある。) 部活の担任になるだけでも大変なのに、異民族の生徒を受け持つ教師は本当に大変だ。もし、孤独感を味わった混血児が不登校になれば、その子の面倒を見なければならないし、両親と話してもこれといった解決策は無いから、教師と保護者が同じ会話を重ねるだけで、後はお手上げだ。また、最悪の事態も要素できる。もし、イジメられた混血児が自殺すれば校長や教頭は愕然とし、どう対応したらいいのか戸惑う。大抵は「あってはならないことです !」と決まり文句を述べるだけで、謝罪しても勘弁して貰えないから、記者会見は針の蓆(むしろ)に等しい。

  ちょっと考えただけでも、様々な問題を予想できるのに、マスコミが話題にするのは、移民導入で日本人労働者の賃金がどうなるかだけである。来日する外人を技能実習生とか移民と呼ぼうが、複雑な感情を有する人間であることには変わりがない。政治家や官僚、マスコミは一括りに「労働力」と呼んでいるが、入ってくる外国人は、時に怒ったり悲しんだりするから、基本的に日本人と同じ人間だ。目先の銭を求める財界人や政治家は、外人労働者を単に「言葉を話す家畜」と思っているけど、外国人というのは生まれ育った国の風習に慣れ親しんだ人間、良いこともすれば悪いこともする人間なのだ。自民党は外人労働者のプラス面ばかりを前提にして法律を作っているが、移民だって十人十色。家族を大切にする者もいれば、家族を見棄てる者もいるし、真面目に働く勤労者がいる一方、陰に隠れて兇暴な犯罪者がいる。低賃金や劣悪な労働環境に耐えきれなくなった技能研修生(奴隷労働者)は、職場から逃亡するが、その先の人生はどうなるのか? 不法滞在者になった研修生が別の職場に就こうとしても、その身分は正式なものではないから、雇用主は足元を見て僅かな賃金しか払わない。となれば、逃亡したベトナム人やビルマ人は“まとも”な職業に就けず、生活の為に犯罪に手を染めるしかないと考えるだろう。事実、同国出身者の人脈を頼って犯罪組織に入るアジア人も多い。


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(左: フィリピン人の赤ん坊  /  右: フィリピン人の少女)

  一般の日本人は単純に、逃亡する外人労働者や犯罪に手を染めた外人なら、直ぐに強制退去にすればいいいじゃないか、と考えてしまうが、もし彼らが日本人とセックスをして子供を作っていたらどうするのか? たとえ不法滞在者や万引き犯でも、日本人女性と懇ろになって赤ん坊をもうけていたり、結婚を予定する関係になっていれば、役人は強制退去にできず、法務大臣が在留特別許可を乱発して、事実上の永住者にしてしまうことが予想できるのだ。計算高い外国人は結婚や妊娠・出産を利用して滞在許可を得ようとする。カタギの日本人は永住権とか国籍取得のために結婚を利用しようとか、子供を作ろうとは考えないが、アジア人は意外に平気で、「日本人と結婚した方が得」と思えば躊躇などしないし、「どうせ子供を持つんだから、日本で作った方がいい」と考えてしまうのだ。アメリカに潜り込む南米人は、密入国を犯罪と思わず、平然と不法滞在を続け、いつの間にか子供をもうけて、居坐りの根拠にしてしまう。「アンカー・ベイビー」というのは、出身国に強制送還されないための「錨(いかり)」であり、図々しい親がしがみつく柱となっている。

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(左: 昔のゲルマン人少女  / 中央: アフリカ系の「新ドイツ人」  / 右: トルコ系ムスリムの「新ドイツ人」)

  与党も野党も外人労働者を無色透明の家畜と考えて議論を進めているが、こうした契約奴隷だって赤い血が流れる人間なのだ。「契約期間が切れたから即座に帰郷します」という外人は極めて少なく、「せっかく日本にやって来たんだから、ずっと日本で働き、早いとこ家族を呼んで一緒に暮らしたい」と考える方が自然だ。昔、トルコ移民を受け容れたドイツは、期間限定で「こき使う」つもりだったが、予想に反してトルコ人は帰らなかった。それどころか、自分の家族を呼び寄せた挙げ句、堂々と「ドイツ国民」にまでなってしまったのだ。今では金髪碧眼のドイツ人はマイノリティーとなり、黒髪で黒い瞳のイスラム教徒やアフリカ人、ベトナム人、シリア人、イラク人が街中に溢れている。トルコ移民を招き入れた政治家や企業家は責任を取ったのか? 政治家の責任なんて大臣を辞めることくらいで、移民を排除することではない。責任者に責任が無いのがデモクラシーの特徴である。今のままだと、日本もドイツと同じ道を歩むから、日本という国土は存続しても、日系日本人の幸福は激減するだろう。たとえ、国家の構成員は増えても、各人の容貌が変わってしまうから、日系人は何となく憂鬱になる。やがて高齢者の日本人は、昭和の頃に撮った写真を眺めて、日本人が主流だった時代の日本を懐かしむに違いない。
  


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