無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

支那人

支那人とは引っぱたいてから話し合え ! / ドイツ人が見た野蛮人





ドイツ人の支那紀行

  呑気な日本人には支那人を理解することはできない。それは日本人の知能が低いからではなく、支那人が異星人のような生物だからである。マスコミや大学教授は日本人を支那人や朝鮮人と一色単にして、「アジア人」と平気で呼ぶが、ちょっとでも現実を眺めれば、我々と「アジア人」とは水と油以上に離れた存在なのが判るだろう。以前にも触れた譬えだが、日本人はイルカのような愛嬌のある哺乳類で、血に飢えたサメの如き支那人とは、種族の点ばかりか性質においても異次元の世界に属している。ただ、馬鹿な西歐人が海に住むというだけで、イルカとサメを同一視しているに過ぎない。西歐白人が日本人を支那人と同じ「アジア人」と考えるのは彼らの勝手だが、日本人までこの分類を信奉する必要はないはずだ。よく海外旅行をする日本人が、旅先の現地人から「お前は支那人か?」、あるいは「朝鮮から来たの?」と訊かれれば、憮然として「違います。日本人です !」と反駁するのは、心の底でアジア人とは違うことを認識しているからだろう。「あんな奴らと一緒にされたくない」というのは素朴な感情だが、案外、本質的な自己識別なのかも知れない。日本人はアジア大陸には属さない独特な民族というのが我々の本音である。

Chinese 1Korean crowd 2








(左: 支那人  / 右: 朝鮮人 )

  近年、こんな支那人が続々と日本にやって来て永住したり、厚かましくも日本国籍を取得しているのに、一般の日本人ときたら彼らの排斥に消極的である。その理由は「レイシズム」というレッテルを恐れるからだろうが、根本的には支那人に対する無関心が主な原因なんだろう。何と言っても、支那人が持つ民族性を学校で習っていないし、逆に支那人への罪悪感を植え付けられているので、「支那人が嫌い」という心理を表明できないのである。現実の生活では時折、不作法な支那人を目にして不快に思っていても、彼らがどんな連中なのか体系的に分からない。そこで、我々は一時的な嫌悪感として忘れることにしている。意識的か無意識的かは定かではないけど、何となく支那人を毛嫌いすることに躊躇いがあるのは事実だ。でも、こうした態度を取るのも無理はない。だいいち、一般国民は日々の仕事で疲れ果ているし、休暇となれば楽しい趣味に没頭するのが普通だから、貴重な時間を穢らわしい支那人への研究に費やすなんて馬鹿げている。したがって、日本国民の対支那認識が甘くて曖昧なのも不思議ではない。そこで、こんちにの我々にとって有益と思えるので、明治の頃に支那大陸を訪れたドイツ人の話を紹介したい。

Ferdinand von Richthofen 1( 左 / リヒトホーフェン )
  フェルディナンド・フォン・リヒトホーフェン(Ferdinand von Rochthofen)は、1833年、ポーランドとチェコに跨がるシュレジア地方のカールスルーヘに生まれた。彼は大学で自然科学を専攻し、地中にある石炭を調査すべく、地質学者として支那を訪れたという。彼はベルギー人のパウル・スプリンゲルト(Paul Splingaert)を通訳として伴っていたそうだ。スプリンゲルトは元々ベルギーの教会に雇われていた人物だが、二年間の勤務中に支那語を習得したという。もっとも、実際の会話能力は子供並であったそうだが、彼はフランドル語に精通し、拙いけどドイツ語も話せたので、リヒトホーフェンにとっては有り難い存在だった。しかも、スプリンゲルトはいつも朗らかで、正直、誠実、熱心という人物だったから、孤独なリヒトホーフェンにとっては良き相棒だったし、彼のお陰で一人では無理な場所にも行けたから本当に感謝したそうだ。

  こうして心強い友を得たリヒトホーフェンは、未知の暗黒大陸に足を踏み出すことになった。彼は各地で歴史的建造物や大自然を目撃し、感銘を受けた時もあったそうだが、愕然とする場面にも遭遇したそうだ。例えば、支那に特有な“不潔さ”である。文明国からやって来た旅人にとって、至る所で汚穢が散乱し、不衛生が常習化している支那は、とても人間が住む場所とは思えなかった。リヒトホーフェンは支那の印象を述べていた。

  銭塘江(せんとうこう)流域の住民は、他の支那人よりも立派な服を着て、体裁の良い家に住み、料理も北支に比べれば優れている。しかし、清潔とは言えないのだ。皮膚病患者が多いので驚く。(大谷孝太郎 『現代支那人精神構造の研究』 東亜同文書院支那研究部 昭和10年 p.170)

  続いて杭州での見聞を記している。

   杭州の住民は正直で悪意は無いが、同情を喚起するには至らない。耕地と家屋のほか、彼らの頭にあるのは貨幣と秤(はかり)のみ。日常生活において一言たりとも優しい言葉を聞かない。教養を欠き、読むことも書くこともできず、自分の地域以外のものは知らない。それなのに、根掘り葉掘りモノを尋ね、不潔にして煩(わずら)わしく纏(まと)わりつく。(上掲書 p.171)

  リヒトホーヘンが山東省のある村落を訪れた時のことである。彼が石と煉瓦で出来た家屋に入ると、丈夫そうな造りであったが、不潔で悪臭に満ちていたそうだ。(上掲書 p.183) また、山東省の萊州府(らいしゅうふ)を訪れると、住民の性格は善良だが、不潔なことは他の地方と少しも変わりがないと評している。彼がある民家に入りかけた時、襲いかかる悪臭のせいで身の毛のよだち、思わず嘔吐を催してしまったそうだ。リヒトホーフェンの感想によれば、「支那の民家に一ヶ月滞在したら嘔気が徐々に餓死を誘致し、長生きできまい」とのことである。(p.185) 山東省は垢まみれの筋肉労働者たる「クーリー(苦力)」で有名な土地柄だから、鼻が曲がるほど不潔であっても不思議ではない。リヒトホーフェンは村々を訪れたそうだが、そこでは相変わらず貧困が目についた。彼の車が来るのを見かけると、遠くから家を飛び出た子供たちが群がってきて、リヒトホーフェンに金銭をせがんだそうだ。十数人の子供が一斉に物乞いの声を上げるものだから、しょうがなく小銭を投げてやると、強い者が全部拾ってしまい、弱い者はお零(こぼ)れに与れず、ワンワン泣きながら帰っていったという。子供たちは半裸で古い襤褸(ぼろ)切れを少しまとっているだけで、大人ですらちょっとマシなくらいだったから、支那の貧困には想像を絶するものがある。(リヒトホーフェン 『支那旅行記』 上巻  海老原正雄 訳  慶應書房 昭和18年 p.240)

  現在でも、支那大陸に向かった日本人が片田舎に行けば、目を疑うほどの貧困と頽廃を体験するはずだ。土壁で出来た掘っ立て小屋とか、薄暗くて冷たい雰囲気の住宅とかである。こうした家の中に入れば、臭気はもちろんのこと、薄気味悪い気配がするし、段々と陰鬱な気分になるから、早々に立ち去りたくなる。村には惨めな生活ばかりではなく、白痴や狂人が普通に闊歩しており、中には兇悪犯や詐欺師が平然と紛れて住んでいるから、支那は何でもありのジャングルだ。道路に出れば交通違反など当り前で、積載量を無視したトラックが走っているし、ひき逃げがあっても誰も振り向こうとはしない。自分に利害が無ければ「何処吹く風」で散歩するのが支那人だ。こんな連中が歴史的遺産を管理修復するわけがないし、環境保全なんていう高度な公共心を持つはずがない。観光資源になっている萬里の長城だって、「俺のモノじゃないから」という理由で崩れるままに放置されている。それでも、心を入れ替えて修復するかと思いきや、杜撰な工事で原型を台無しにする始末。しょせん、赤の他人が造ったものだから、熱心に保存しようとは思わないのだろう。

  よくNHKは「悠久の支那」と称して支那の大自然を賛美するが、支那の景観といったら朝鮮と同じく「無惨な標本」といったところである。リソトホーフェンは支那の炭田を調査すべく山岳地帯に向かい、山の谷間にある大渓谷を眺めたりしたそうだ。しかし、彼は支那の「大自然」に感動できなかった。リヒトホーフェンはその感想を述べている。

  痛ましくも、支那人達は植物根絶の名人である。現住民の祖先達は森を根抜ぎにした。その次には、灌木の最後の残りが引き抜かれた。私はこれ迄にも、住民達が禿山で灌木の根株を念入りに探し、それを燃料用に掘り起こしているのをよく見かけた。しかし、山東の芝罘(しふう)附近とこの西部地方では、上述の段階でさへすでに過ぎている。とふのは、灌木はとっくの昔に無いからである。それ故、人々は雑草を根抜ぐ迄になっている。山腹や田畑の畔(あぜ)では、屢々(るる)一団の人々が、その為に特製された道具で先ず枯れ草を取り、次にその根を掘り起こす仕事に従事している。幾つかの平面全部が一日で完全に荒らされてしまうのだ。この習慣は古くからのものに違ひない。( リヒトホーフェン 『支那旅行記』   p.248)

  支那人と同じタイプの朝鮮人も、山の木を伐採したままで植林活動をせず、禿山にしていたから日本人は驚いていた。日本統治になるまで、朝鮮人には苗木を植えて樹木を育てるという意識が無く、冬になって寒いから薪にする木を採ってくるという慣習しかなかったのだ。愚かな朝鮮人に植樹活動を教えたばかりか、農業から牧畜、金融、産業、インフラ整備、教育、医療まで広範囲に亙って国家運営を教えた日本人は、神の国から訪れた天使に違いない。ヨーロッパ人はローマ教皇を含め、大天使のミカエルとかガブリエルを一回も目にしたことはないが、朝鮮人は多くの偉大な「日本人」を見ることができた。厳格な規律を誇る帝國軍人とか、献身的な看護婦、熱心な教育者、公正な行政官、有能な企業家など、朝鮮の歴史に一度も現れたことがないタイプの人物が、野蛮国と思っていた日本からやって来たんだから朝鮮人が驚愕したのも当然だ。支那では書物の中にしか「聖人」は居ないけど、日本には普通の庶民の中に「聖人」が居るんだからすごい。「兄貴分」と崇めている支那からやって来るのは、いつも掠奪者か征服者なんだから、朝鮮人には涙と不幸が似合っている。言及するのも嫌だけど、朝鮮の娘を攫って「性奴隷」したと信じている日本人は、朝鮮の肥溜めに頭から浸かっていろ。多分、こうしたアホは朝鮮人の糞尿を「キムチ味」だと錯覚するはずだ。

水増しの運搬料

  話が逸れたので戻す。支那には詐欺師が溢れているが、それを日本人が見分けるのは難しい。なぜならば、職業的詐欺師以外の者でも、“あっと言う間”に詐欺師へと変わるし、詐欺を本職にする支那人はそもそも正体をバラさないからだ。虚言が生活の基本となっている支那では、みんなが本心を隠して他人を騙すから油断も隙もあったもんじゃない。警官だっていつ詐欺師に変身するか判らないし、詐欺師を捕まえた警官だって金銭を騙し取ろうとする極道だから、支那人に誠実さや正直さといった美徳はまず無いだろう。たぶん、詐欺師くらいが唯一の正直者といえるのかも知れない。というのも、彼らは人を騙して稼いでいるという自覚があるからだ。普通の支那人にとって、「詐欺」とは生活上の技術(アート)であって、日本人が考えるような悪徳ではない。支那では騙される方が悪いのだ。支那人はカラスにだって「あんた肌が黒いアルヨ。ワタシ丁度、良い品持ってるから、特別価格で売ってやるよ」と囁いて美白化粧品を勧める連中である。しかも、その化粧品は偽物で単なるドブ水を綺麗なビンに詰めただけ、という代物だったりするから、カラスだって「この鷺(サギ)野郎 !」と鳴いて怒るだろう。でも、支那人は隼(ハヤブサ)よりも早く高飛びする悪党だから、足の速いカラスだって追いつけない。(頭にきたカラスも飛ぶことを忘れてしまうんじゃないか。) 支那人ならきっと『デスノート』の死神リュークだって騙せるぞ。(支那商人ならリュークに偽造リンゴと交換で殺人依頼をしそうだなぁ。でも、支那人が「デスノート」を手にしたもっと恐ろしい。1億人くらい訳もなく殺しそうだもんね。)

  支那人の大量殺戮を話すと長くなるので省略する。再び話を戻すと、リヒトホーフェンは詐欺に遭っていた。広東省の楽昌県(らくしょうけん)にいた時のことである。四川省から来た陳という支那人と出逢い、陳が是非ともと言うので、リヒトホーフェンは彼と一緒に旅をすることにした。ところが、湖南省の宜章県(ぎしょうけん)に着いた時、良き友であったはずの陳が、実は山師であることが明らかとなった。陳はリヒトホーフェンの通訳、買辧(仲介者)および支配人として振る舞っていて、周りの支那人に対しても睨みが利いていたらしい。こうした姿を見てリヒトホーフェンは陳を頼りにするようになり、警戒心を忘れて、つい油断していたしまったそうだ。陳の策略は荷物運搬契約にあったという。公定運賃だと荷物1斤(約600g)につき制銭6枚、輿(こし)だと1挺につき1,600枚かかることになっていた。(「制銭」は「穴あき銅銭」という硬貨。) そこで、リヒトホーフェンはいくらになっているのかと思い、陳に契約書を見せてくれと頼んだが、陳はあれこれ言って中々見せようとはしなかった。それでも、執拗に言い続けたので、やっと契約内容を確かめることができたという。

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(左: 水を汲みに来た支那人 / 右: 阿片を吸引する支那人)

  リヒトホーフェンが契約書に目を通すと、その取り決めは只ならぬものであるとこが判った。荷物は既に目的地に出発してしまったというが、その重量は実際の荷物の二倍になっていたのだ。つまり、荷物は1,621斤(約973kg)と測定された上に、1斤につき12制銭で、輿は1挺3,000枚という計算になっていたのである。さらに、ありもしない雑件に対しても代価が見積もられていて、総額19海関両(銀貨)にもなっていたという。リヒトホーフェンは現地の知事に訴えて、この詐欺師を罰してもらおうと思ったが、異国の地では何が起こるか分からず、心許ないので事を荒立てようはしなかった。そこで仕方なく、陳に料金の一部を払わせたというが、荷物を運ぶ苦力(クーリー)に渡されたのはたったの8両で、後で分かったことだが、リヒトホーフェンは11両も余計に払わされていたそうだ。察するに、その余分な11両は陳の懐に入っていたのだろう。肝心の荷物は先に運搬されたはずなのに、実は適当にあしらわれていたらしく、リヒトホーフェンが出掛けた後を追うようにして運ばれていたそうだ。

  支那人は嘘をついても恥じぬばかりか、それが暴露されそうになると隠蔽のために演技を披露する。日本人だと恥ずかしくて出来ないことでも、支那人にとったら朝飯前というか、タバコを数よりも簡単な事なのだ。リヒトホーフェンは旅の途中で陳に、いずれ詐欺がバレるぞと仄めかしたらしい。すると、陳は顔を真っ赤にして激しく怒り始め、苦力頭(かしら)に向かって当たり散らし、地団駄を踏んで狂ったように飛び回ったという。周囲の者は彼の挙動に恐れをなしていた。その夜、彼らは料亭を宿にして泊まったらしい。翌日、苦力たちは前の晩の宿泊料をリヒトホーフェンにせがんだが、それは彼が支払うものではなかった。しかし、陳は宿屋の主人に4円渡したというのだ。だが、これも陳の狂言。宿屋の亭主はリヒトホーフェンに同額を請求したという。そこで、リヒトホーフェンは道台(地方代官)に申し出て、厄介な詐欺事件の解決を委ねた。彼は約定額を払うので、苦力たちへ平等に分け与えて欲しいと道台に頼んだ。道台によって役人が派遣され、料亭の主人は罰せられたというが、リヒトホーフェンは陳に対する処罰は寛大にしてくれと願い出たという。というのも、リヒトホーフェンはいずれ陳の故郷である寧遠府(ねいえんふ)に行くつもりだったので、陳が先手を打って現地住民を扇動し、報復にでるのではないかと懼れていたからだ。

  案の定、彼が湖南省の郴州(ちんしゅう)にある鉱山を訪れたとき事件は起きた。彼は植物や石炭を蒐集し、船に乗って現地を後にしようとしたらしい。ところが、そうは問屋が卸さなかった。船頭が舟を出そうとすると、暴徒の一群が押し寄せてきて、リヒトホーフェンに危害を加えようとしたそうだ。しかし、恐怖で真っ青になった船頭が間一髪のところで舟を出してくれたお陰で、リヒトホーフェンは難を逃れたという。リヒトホーフェンがお伴の支那人ボーイに陳を見かけなかったかと問うと、その下男はここに来たとき、陳に話しかけられたことがあると打ち明けていた。リヒトホーフェンが予想した通り、陳は復讐を企てており、暴徒の主犯は陳であった。(pp.196-202) まったく、支那人というのは本当に執念深い。しかし、支那風に考えれば、詰めの甘いリヒトホーフェンの方が愚かなのだ。リヒトホーフェンは陳の仕返しを予想していたんだから、何が何でも陳を抹殺しておくべきだった。支那大陸で安全を確保しようと思えば、敵の「殲滅」以外に方策は無い。たとえ女子供であっても、どんな報復をしでかすか判らぬ。何と言っても支那人が相手なんだから、情け容赦なく一族皆殺しが得策である。陳に恩情を掛けて災難を防いだと思っていたリヒトホーフェンは、やはり甘い考えを持つ唐変木に過ぎなかった。支那人なら知識人であっても躊躇なく殺していただろう。

信仰心のカケラも無い支那人

  リヒトホーフェンは済南に赴いた時、ヨーロッパ人の宣教師をお茶に招いたことがあるそうだ。彼が招待したのは、年長の神父とナポリから来たばかりの新米伝道師だったという。互いにヨーロッパ人ということで話が弾んだらしく、話題が西洋人宣教師に及んだそうだ。支那人たちは英国人宣教師のことを幾分軽蔑的に語っていたそうで、彼らを単なる書籍商人と見なしていたらしい。それというのも、宣教師が聖書を手渡す時に、僅かばかりだが代金を取っていたからだ。でも、これは仕方がない。いくら善意の宣教師とはいえ、聖書を無料(タダ)で配る訳にも行くまい。印刷物には元手がかかっているのだ。しかし、彼らが代価を取っていたとはいえ、紙の値段にも達しないほどの額だったから、利潤を追求した訳ではなかった。でも、そんな事で納得するのは支那人じゃない。どんな行為にも必ず「裏」があると考えるのが支那人であるからだ。

  ところが、意外なことに聖書は支那人に好評だった。もちろん、イエズス・キリストの福音に感動したからではない。支那人はこうして配られた本が、自分たちの靴底に敷く“おあつらえ向きの素材”と考えていたからだ。欲ににまみれた支那人はこぞって聖書を購入し、なかには買い占める者まで出たという。こんな調子だから、支那人たちは、宣教師がお金儲けのために聖書を販売しているのだ、と考えていた。(p.262) さぁ~すが支那人。何でも欲得づくの思考が身についている。こんな支那人にとって、救世主とは貧乏大工のイエズス・キリストではなく、大富豪のビル・ゲイツや投資家のウォーレン・バフェットである。もっとも、イエズスが水をワインに変えたと知れば、支那人はその秘訣を聞きたがるかも知れない。フランスで葡萄畑を買い漁るハゲタカだから、神様の「奇蹟」にだって値段があると思うんじゃないか。宣教師たちにとっては気の毒な話だが、「欲望」しか頭にない支那人には、彼らの布教は「聖書ビジネス」にしか見えないのである。

  リヒトホーフェンは商売熱心な支那人を見て、ヨーロッパに居坐るユダヤ人を思い出したというが、彼は商売人としたら支那人の方がユダヤ人よりも優れているのではないか、と考えていた。リヒトホーフェンは著作の中で再三述べていたけど、「利慾の念こそは支那人の普遍的属性である」と喝破していたのだ。例えば、支那では小さな子供さえも貨幣と商売に興味を有している。この少年たちは大人と同様に日々変動する銀の相場を熟知しているからだ。リヒトホーフェンによれば、「売買」が支那人の生活にとって最高の趣味であるらしい。彼らの会話を盗み聞きしていると、あらゆる話が殆どこの種の題目だったという。(大谷 p. 242) リヒトホーフェンは呆れていたが、とことん“がめつい”支那人たちは、小さな取引でもウンザリするほど長い時間を費やす。まず、社交辞令を巧みに交し合うと、胸中に秘めた目的とは反対の趣旨を述べ始めるという。そして、別件の話をしてから、徐々に本筋に進み、最後に大きな取引を持ち掛けるから、手間がかかるのは当然だった。日本人も支那商人からモノを買う時、延々と値段交渉を持ち掛けられて痺れを切らす事もあるだろう。支那人の観光客を相手にする日本人の店員も、しつこく値引きを迫る支那人に腹を立てる者がいるはずだ。そんな時は持っているボールペンで支那人の目玉を刺したくなる。まぁ、心優しい日本人だとランディー・クゥートゥア(Randy Couture)流のクリンチ・アッパーか、北岡悟の得意技であるフロント・チョークで勘弁してやるんじゃないか。(ランディーはUFCの元ヘビー級チャンピオンで、北岡は元DEEPのライト級王者。ちょっとマニアックすぎて御免なさい。)

Randy Couture 2Kitaoka Satoru 3Chinese tourists 2








(左: ランディー・クゥートゥア  /  中央: 北岡悟  /  右: 支那人観光客 )

身の毛もよだつ刑罰

Chinese 04(左 / 飯を食う支那人の子供)
  日本人にとって支那人は永遠の謎である。日本人はどんな地方の日本人と会っても、大抵は相手がどんな人間なのか判るものだが、支那人ときたら「うなぎ」よりも摑み所のない別の動物に見えてしまう。お金儲けや犯罪になればヘラクレスも舌を巻くほどの努力をするが、公共奉仕とか慈善活動となれば死んだ亀のように動かない。そのくせ、いつも何か食っている。映画の中でも、支那人は道端で饅頭(まんじゅう)を頬張ったり、スイカを囓(かじ)っては種を吐いている。熊の手や猿の脳味噌まで口にする支那人は、食える時に食っておくというサバイバル生活が身に沁みているのだろう。常に戦乱が巻き起こる支那で生き延びるには、食えるモノは何でも腹に入れておくのが庶民の智慧なのかも知れない。

  こんな殺伐とした暗黒地帯に暮らす支那人は、腹を割って真実を話すという考えが微塵も無い。本音は墓場に持って行くのが支那人で、同じ鍋を突(つつ)いた程度で仲良しになる日本人とは、体をつくる炭素の次元で違っているのだ。リヒトホーフェンによれば、支那人は全国民こぞって嘘つきらしい。彼は旅の途中に何度も多くの質問をしたそうだが、どの問い掛けに対しても、一つとして本当の返事を聞いたことがなかったという。(大谷 p.244) 物質主義の支那人にあっては、一言一句が貨幣に従って考慮されているらしい。彼らは唯物主義と猜疑心から、嘘と出任せを言うのである。科学者のリヒトホーフェンにしてみれば、支那人というのは文字を尊ぶ民族だが、物事の本質を追究する探究心に欠けている民族だという。彼はこう語っている。

  支那人は好奇心を有するも知識慾を有せぬ。彼らの国家試験に必要とされいること以上に深く立ち入って質問を発することがない。匙は銀であるか銅であるか、書物の中に記号は文字であるかどうか、等というふのが、日に百遍も出会ふ質問であって、一人として事物の理由、方法、外国の風俗習慣、凡そ彼らが眼に見る能はず、手に捉うる能はざるものを問ふものはない。(大谷 p.243)

  結局、支那人というのは仕事を終えたり、銭儲けが済んで腹が膨れれば、あとは阿片でも吸ってゴロ寝しているのが普通なのだ。だから、一文にもならない元素の研究とか自然現象の観察なんて、支那人の人生においては無意味である。雷を目撃してその光の素は何なのかを調べたり、雪の結晶を見てその形に感動するなんて事は支那人に求めることはできない。そんなことに時間を費やすくらいなら、軍鶏(シャモ)の決闘にお金を賭けて興奮する方が、よっぽど意味のある時間の使い方なのだ。

  支那人を観察したリヒトホーフェンは、支那人の冷酷で野蛮な性質に気づいていた。支那人には恐ろしい兇暴性と並んで、軟弱性と無気力が共存し、それらが破壊的な暴力に発展するという。すなわち、支那人には臆病と残忍が併存しているのだ。リヒトホーフェンの見解によれば、この臆病さは官僚からの圧迫と国民の継続的頽廃に由来するという。だが、彼らが臆病なのは、支那人に「人間性」が欠けているからではないか。彼らは人間と動物を区別せず、他人は野獣と変わらぬ生き物だから、殺しても食べても平気である。万人が万人にとって狼だから、ちょっとでも危険なものには近づかないのだろう。もっとも、狼だって支那人みたいに敵を滅多殺しにはしない。狼は必要な獲物だけを捕獲するのであって、支那人は無限大の欲望のために人を次々に殺すから、狼だって尻込みする程の禽獣である。(英国の哲学者トマス・ホッブズだって支那人を知っていたら、ピューリタンくらいで騒がなかったんじゃないか。) とにかく、支那人が臆病なのは、過剰なまでに用心深いからだ。

  拙書『支那人の卑史 朝鮮人の痴史』で、筆者は支那人が捕虜に加える虐待や、眼球を潰して芸妓を「盲妹」する話を書いた。読んだ人は信じられなかったり気分が悪くなったりしたと思うが、あからさまな支那人の本性だからしょうがない。現実は小説よりも残酷なものである。リヒトホーフェンも残酷な話を耳にしたようだ。彼が訪れた湖南省では、残酷な仕置き、というより冷酷な刑罰と呼ぶべき慣習があったという。支那人は女の扱いが矢鱈とひどいのだ。嫁に来て妻となった女は、夫が長期不在中といえども、一切外出はできず、常に姑のもとに留まっているよう義務づけられていた。しかも、家の中は男子禁制となっていたから、亭主は猜疑心が強いというか用意周到であった。こんな具合だから、妻の不貞は全く考えられない。しかし、それでも掟を破る妻がいたらしく、不義密通を犯した女房には、「八つ切り」という酷刑が課せられていたというから驚きだ。別の男と寝た姦婦は役人に連行され、この恐ろしい罰を受けたという。その手順を述べてみると、まず、両方の眉が切り取られ、次に乳房が切り落とされる。さらに、刃物で両腕に上から下へと切り目が入れられ、胸骨の下を刺され、最後に頸(くび)を刺されて出血死になるらしい。(大谷 p.204) こんな戦慄すべき刑罰が実施されていたんだから、支那人の感覚など日本人には到底理解できまい。

支那人に対しては武力のみ

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(写真 / 支那人の群集)

  リヒトホーフェンが心得ていた支那人の取り扱いは、我々日本人にとっても参考となる。支那大陸横断を成し遂げたリヒトホーフェンは、都市部から奥地に至るまでの土地を渡り歩き、各地で支那人に取り囲まれていた経験がある。外国人、特に西洋人はアジア人とは明確に異なる容姿を持っていたので、リヒトホーフェンが現れると、鉱山でも船着き場でも、あるいは宿泊所でも、好奇心旺盛な支那人が押しかけたという。だが、支那人には西洋人への興味がある一方で、夜郎自大の華夷秩序意識があるから、リヒトホーフェンを目にするや「洋鬼子」と罵声を浴びせて、石を投げつける者までいたらしい。しかし、リヒトホーフェンが一人一人に近づくと、急に支那人は蹲(うずくま)ってしまい、意気地無しを晒(さら)すそうだ。彼が観たところ、支那人が「堂々たる態度を持しているのは群れをなして寄り会っている時だけである」という。(p.178) 

  支那人というのは集団になると居丈高になる。凡庸な支那人が大勢で群れていても、大抵は烏合の衆で、遠くから西洋人を眺めていることが多い。ところが、一人でも大胆な不良が現れると、その者が無邪気な群集に影響を及ぼし、暴動すら引き起こすこともできるという。支那人が持つ外国人への反感と侮蔑には、付和雷同的性格が潜んでおり、数名のアジテイター(煽動者)がいれば、いとも簡単に暴徒の集団となってしまうそうだ。だから、この危険性を未然に防ぐためにも、真っ先にこうしたデマゴーグ(大衆の指導者)を引っ捕らえて処罰せねばならない。然るべき厳格な処置を講じれば、他の者は直ちに事の公正を悟り、裁きを下した者に敬意を表する。(p.245) 支那人には「圧倒的力」を見せつけて、どちらが優越者であるのかを示さねばならぬ、ということだ。

Chinese anti-Japanese movement 1Chinese anti-Japanese 2








(写真  / 支那人の反日抗議デモ)

  日本人は未だに理解していないが、支那人に対して甘い対応は全く効果が無いし、時と場合によっては命取りにもなってしまう。支那人というのは実に厄介な連中で、外国人に対して驚くほど根深い自負心を持っている。貧乏な庶民から知識人階級に至るまで、支那人というのはヨーロッパ人に侮蔑心と嫌悪感、さらに畏怖の念を抱いているのだ。特に、鼻持ちならない支那人官僚は、中華思想に凝り固まっているから、彼らの方が外国人よりも遙かに優れていると思っている。ただし、厭々ながらではあるが、ただ一つの点において西洋人の優越を認めていた。それは「武器と軍艦」である。支那人は口であらゆる屁理屈を捏ねるが、武力で屈服するや、信じられぬくらい従順となる。だから、外国人が外政交渉で支那人と対等になろうとするのは誤りで、自分たちの行動様式を相手に投影しただけの幻想だ。日本人は西歐列強の高圧的態度を非難するが、支那人相手の交渉には絶対的武力を以て契約にあたるのが正論である。もし、日本人が支那人との外政交渉を望むなら、彼らの頭を土足で踏みつけながらの対話でなければならない。日本人が圧倒的に有利な立場に立ってこそ、公平な取り決めができるのである。

  現在、日本政府はトランプ政権に「尖閣諸島を米軍が守るぞ」と言ってもらって安心しているが、本来なら日本だけで支那に対抗できるだけの軍事力を持たねばならぬはずである。支那人は力の論理で行動するから、日本人が東亜の平和を望むなら、支那の核兵力を凌駕する程の核武装をすべきなのだ。支那を封じ込めるためには、支那人の支配層まで殲滅できる軍事力が必要で、一般の支那人を何人殺傷しようが無意味である。だいたい、貧弱な自衛隊であの支那人を黙らせようなんて子供の空想にも及ばぬ愚行であろう。支那人が合衆国大統領と交渉のテーブルにつくのは、米軍が支那人を皆殺しにできる厖大な核ミサイルを持つからだ。支那人は粗暴に見えて理性的なのは、恐怖の均衡を熟知しているからで、日本人を馬鹿にするのは、我が軍に攻撃能力が無いと見切っているからである。支那人に対しては「誠意」よりも「棍棒」の方が有効だ。支那人との話し合いに正義は無用。武器を以ての脅迫が支那人に対する切り札である。これが分かっていないのが、外務省とマスコミに居坐っている学校秀才なんだよねぇ~。本当に心から厭になっちゃう。



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誰も知らない朝鮮人歌手

  かなり前、藝人の嘉門達夫が井上陽水の名曲「リバーサイド・ホテル」をパロディー化して、「誰も知らない素顔の八代亜紀」と歌っていたけど、去年の暮れにTBSで放送された「第58回輝く!  日本レコード大賞」で、南鮮人7名から成る「アイコン(iKON)」というグループが最優秀新人賞を獲得したそうだ。しかし、大方の日本人は「誰だ?」という反応だったらしい。韓国事情に詳しい日本第一党の櫻井誠党首も、「意味不明で、『遺恨』なるこのグループ自体誰も知らない」と公言していたそうだ。(2017年1月1日附「産経新聞」) ということは、「レコード大賞」の主催者が朝鮮人に買収されたという事かのかも知れない。まぁ、スポニチとか毎日新聞からの審査員が銓衡(せんこう)に当たり、その結果をTBSが放送するんだから、南鮮人スポンサーか朝鮮系の藝能事務所と一緒に仕組んだ「八百長」なんだろう。

Ikon 1Sakurai Makoto 7






(左: 「アイコン」のメンバー / 右: 桜井誠)

  筆者は邦楽に詳しくないし、いま流行(はやり)の歌手にも疎いから、レコード大賞がどうなっているのか分からない。昔の記憶を辿っても、寺尾聰が「ルビーの指輪」で何かの賞を取ったことだけは覚えている。なぜなら、彼の『リフレクションズ(Reflections)』というアルバムを買ったことがあるからだ。個人的には同アルバムの「ハバナ・エクスプレス」や『Atmosphere』の「ロング・ディスタンス・コール」が好きなんだけど、一般的には「ルビーの指輪」が寺尾氏の代表曲になっている。昨年の放送を直に観なかったのでどうこう言えないが、ネット・ニューズによれば、大賞をもらったのは「西野カナ」という女性歌手であるらしい。筆者は初めて聞く名前だが、世間の人々には有名なんだろう。筆者が知っている流行曲といったら、「キャット・パワー(Cat Power)」ことシャーリン・マーシャル(Charlyn Marie Marshall)の「ニュー・ヨーク」とか、ロウシン・マーフィー(Roísín Murphy)の「ザ・トュルース(The Truth)」くらいだ。シャーリーンがハスキー・ヴォイスで歌う曲はは如何にも都会的で、TVドラマ『パーソン・オブ・インタレスト』の挿入歌になったのもうなづける。あとは、せいぜいジョス・ストーン(Joss Stone)の「ユー・ハッド・ミー(You Had Me)」か、アナスタシア(Anastacia)の「ペイド・マイ・デューズ(Paid My Dues)」といったところかなぁ。

Cat Power 1Roisin Murphy 3Anastacia 3Joss Stone 1







(左: シャーリー・マーシャル / ロウシン・マーフィー / アナスタシア / 右: ジョス・ストーン)

  でも、今回レコード大賞の歴代受賞者を調べて驚いたのは、中森明菜が「ミ・アモーレ」という曲で大賞をもらっていたことだった。といっても、歌っている中森氏に驚いたのではなく、その作曲者が松岡直也だったことに目が止まったのである。彼のジャズ・フュージョンは中々良かったので高校生の時に聴いたことがある。当時は、FMラジオから流れてくるシャカタク(Shakatak)の『ナイト・バーズ』や『インヴィテイションズ』をよく聴いたから、フュージョン音楽は懐かしい。松岡氏も才能豊かなミュージシャンで、彼の曲はラテン風で軽快だった。数年前亡くなってしまったから、彼のライブ演奏を惜しむ人も多いんじゃないか。

  今とても後悔しているのは、筆者の親友N君が中森明菜のファンだったのに、当時の筆者は心の底で「なんだこの子、すごく音域が狭い」と嘲笑していていたからだ。そこで、どんな曲なのか確かめるため、YouTubeで彼女のライブ映像を視聴してみたところ、たくさんの観客がいることに驚いてしまった。今更遅いけど、「中森明菜って可愛かったんだなぁ」と感心してしまい、もっとN君に共感してやれば良かったと反省している。あんなに大勢のファンがいるんだから、中森明菜には魅力があったに違いない。今どんな活動をしているのか知らないけど、往年のファンはまだ彼女の虜になっているはずだ。

Matsuoka Naoya 1Nakamori 1Shakatak 1







(左: 松岡直也  /  中央: 中森明菜   /   右: シャカタク)

  そもそも、「レコード大賞」と言うけれど、現在レコード自体がほとんど販売されていないから、どちらかと言えば「CD大賞」なんじゃないか。でも、昔のLPレコードの方がジャケットを見たときに感動があった。ちなみに、英国だとアナログ盤の方が音に魅力があるというので、売上げが1,500パーセントも上昇したそうだ。筆者が小学生の時、近くのレコード店でよくアバ(ABBA)の「ヴ・レヴー(Voulez-Vous)」や、ザ・ドゥーリーズ(The Dooleys)の「ウォンテッド(Wanted)」などの洋楽アルバムを買っていたので、どんなジャケット・デザインなのか毎回楽しみだった。特に、ジャーニーのヒット・アルバム『エスケープ』で用いられたジャケットには、デザインに合わせて凹凸があったのでとても印象的だった。ところが、CD時代になると、サイズが小さくなったこともあって、ジャケットの魅力が半減して残念だ。小林克也の『ザ・ベスト・ヒットUSA』のオープニングは、色々なアルバム・ジャケットがドミノ倒しみたいに現れる映像だったが、どのジャケットにも特徴があって早送りでも認識できた。ところが、朝鮮人歌手は金太郎飴みたいで、みんな同じく見えるから、どのアルバムか識別しづらい。だから、朝鮮人歌手のアルバム・ジャケットに使用する顔写真なんかどうでもいいんじゃないか。適当にCGで作った方が安上がりだ。

ABBA 1Dooleys 1






(左: アバ  /  右: ザ・ドゥーリーズ )

  原則的に、年末に発表されるレコード大賞は、その年を代表するヒット曲に贈られるものだから、後になってみんなが過去をふり返り、当時を懐かしむ名曲でなければならない。それなのに鮮人歌手の「アイコン」なんてグループは、誰もそんな曲を聴いたことがないし、10年後にふり返っても「何これ?」といった疑問しか湧かず、誰の記憶にも残っていないだろう。たぶん、帰化鮮人だけが覚えているじゃないか。報道によれば、「アイコン」の「DUMB & DUMBER」がオリコン・ランキング1位に輝いたそうで、ビルボード・ジャパンでも1位だったという。でも、直ぐにランキングが急落したというから、関連会社とか特定機関が意図的に購入して、無名の新人グループを釣り上げたという可能性も考えられる。朝鮮人ならやりそうだ。以前、「サイ(Psy)」という鮮人歌手がフランスで人気者になっているというニューズが流れたが、それは在仏南鮮人が大量にCDを買ったからじゃないのか。藝術に厳しい西歐系のフランス人が、この程度の朝鮮人ダンサーを応援するとは思えない。もしかしたら、在仏の代理店が大量にCDをまとめ買いしたから、爆発的に売上げが上昇したのかも知れないぞ。世界に冠たる朝鮮文化の裏には、人には言えない「札束の支柱」があったりしてね。誰も知らない謎の鮮人歌手。デビルマンだって最終回で正体がバレたのに。

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(左: 歐米で大人気というPsy / 右: 驚きを隠せない子供)

  そういえば、「冬のソナタ」という南鮮ドラマがNHKで流行った頃、その主題歌が日本人歌手の三浦和人(雅夢)が作った「愛はかげろう」と酷似しているという噂が立った。昭和の頃に制作された日本のドラマや歌謡曲を、当時の韓国政府が禁止していたにもかかわらず、南鮮人は興味津々でこっそりと観ていた。だから、「冬ソナ」の作曲者は脳裡に焼き付いていたメロディーを、“うっかり”自分の曲に織り込んでしまったのだろう。ただし、これは好意的な解釈で、実際は盗作してもバレないだろうと高を括っていたんじゃないか。窃盗が当り前の南鮮では、「パクリ物」でも「自分が創った」と主張すれば、“オリジナル”作品に変貌するから、日本人がいくら非難しても無駄である。それなら、TBSは毎年レコード大賞に併せて、「韓国パクリ大賞」でも発表すればいいのにね。

日本を売り飛ばす国際商人

  今回の「ヤラセ」疑惑で問題なのは、無名の新人グループが受賞したことではなく、番組の枠組みをそのままにして、朝鮮人に買収されし者が中身を入れ替えたことである。すなわち、朝鮮人勢力が日本の名物番組を乗っ取ったことにあるのだ。もし、番組全体が朝鮮系企業に買収され、タイトルも「韓国レコード大賞」になったら、在日・帰化鮮人を除いてほとんど誰も観ないけど、「日本レコード大賞」という看板を維持したままだから、一般視聴者は裏で何があったかを知らずに見続けていた。この方が遙かに危ないのである。日本国民の日常生活に“ちょっとづつ”朝鮮文化を染み込ませているからだ。昭和時代なら、朝鮮人歌手など一切相手にされなかった。だいいち、朝鮮語の歌謡曲などまず放送されないし、鮮人歌手がバラエティー番組で持て囃されることなど想像もできなかった。在日朝鮮系の俳優や歌手は、その素性が発覚せぬよう、家族や本名を封印して「日本人」のように振る舞っていたのは周知の事実。もちろん、「朝鮮語」を学ぶ学生なんかごく一部で、大抵は英仏独の西洋語を学んでいたのである。このように過去を思い出して現在の日本を見渡せば、如何に洗脳政策が進んでいるかが分かるだろう。

Anzai Takashi 2(左 / 安斎隆)
  テレビ番組を通して、政治・文化的宣伝戦が行われている要因の一つに、スポンサー企業が支那人や朝鮮人に肩入れしていることが挙げられる。南鮮や支那で商売をする国際企業は、現地のアジア人にゴマを擦るため、日鮮連携とか日支友好を口にすることが多い。電通の故・成田豊(なりた・ゆたか)会長が「朝鮮贔屓」で有名だったけど、セブン銀行の安斎隆(あんざい・たかし)会長も成田氏に劣らず、支那・朝鮮に特別な思い入れがあるようだ。安斎氏は日本で支那人や朝鮮人に対する反撥が広がっていることに懸念を示している。

  いま世界的に隣の国に対する排他的な言説が増え、不寛容な差別的言語を吐き捨てる人が多くなっている。そこで私はこれを「隣病」と命名してみた。(「世界は『隣病』の撲滅に動けるか = 平和と発展は近隣諸国の相互理解と尊重から」 Record China, 2017年1月1日)

  たぶん、安斎氏は天空に築かれた高級住宅地に邸宅を構え、会社では大勢の平社員から祭り上げられているから、下界に住む日本の庶民がどんな生活を強いられているのか、今ひとつ“ピン”とこないのだろう。一般の日本人が隣国の朝鮮や支那を嫌うのは、「嫌いになる」だけの充分な理由と、損害を伴った手痛い体験があるからだ。例えば、経済界の重鎮である安斎氏が、支那大陸に進出した日本企業がどれ程の被害を蒙ったのか、知らぬはずがなかろう。戦前の日貨排斥と瓜二つの暴動があったのに、それを「知りませぬ」なんて言い出したら、遠山の金さんじゃないけど、「おい、おい、おい! テメェー、シラを切ろうってんじゃねぇだろうな !」と怒るぞ。せっかく建てた工場を投げ捨てて、命からがら逃げ出した日本人経営者が何人居ると思っているのか? 悔し涙を流して撤退した企業は、何も無かったかのようにひっそりと帰ってきたんだぞ。それなのに、日本人が理由もなく支那人を嫌っているとでも言うのか?

  安斎氏によれば、日清戦争と支那事変、第二次世界大戦を除いて、日本と支那の間は「極めて平和であった」そうだ。彼はこう述べている。

  かつて中国の周恩来は訪中した財界人に対し「日中間には2千年とも5千年ともいわれる交流の歴史があるが、その間に戦火を交えたのは日清戦争から日中戦争、第二次世界大戦までの約50年である。この50年を除くと両国関係は極めて平和であった。世界の歴史の中で隣国関係がこのように長い間平和であった例はない。」と述べている。 私も同感である。

  ちょっと待て。江戸時代はほぼ鎖国状態だったし、明治維新の頃は対外戦争どころじゃなかったんだぞ。征韓論だって無茶なんだから、ましてや清朝との戦闘など、大久保利通が許すわけないだろう。大東亜戦争後は支那と干戈を交えなかったのは、毛沢東が大躍進で無謀な経済政策を国内で強制していたからだ。しかも、それが大失敗に帰すると、今度は「文化大革命」を起こして、自分の“ヘマ”を隠そうとした。

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(写真 / リンチを受ける支那人)

  支那大陸での大虐殺は語り尽くせないが、ちょっとだけ例を挙げてみよう。1967年、湖南省の蚣壩(こうは)区では、八日間で合計1,054名が殺害されたという。すなわち、同区の50人当たり1名が殺された計算になるらしい。(宋永毅 『毛沢東の文化大虐殺』 松田州二 訳 原書房 2006年 p.211) 同区にいた人民公社河難生産大隊は、地主や富農という「人民の敵」を殺しまくったが、その殺戮隊の中に邪悪な推測をする者がいたという。つまり、彼は「被害者の子供達が成長すれば、仇討ちに出るんじゃないか」と怪しんだのだ。そこで、「年寄りも子供も一緒に片付けてしまえばいいんだ」、と提案し、徹底的な殲滅作戦を訴えたのである。区の責任者になっていた葉成虎は、電話口から部下の何興盛に「全員殺しちまえ」と命令し、何興盛は各部隊の隊長に通達を出し、厳命を受けた隊長はそれぞれ実行に移したそうだ。その結果、川の水は血で真っ赤に染まったらしい。(上掲書 p.220)

  しかし、こうした殺人部隊の熱気は醒めなかった。何興盛は空き地に子供や老人を含む大勢の人を集め、殺害する前に、「どうか私を恨まないでくれ。これは命令だし、もし私が諸君を殺さなかったら、私の命が危ないのだ」と語ったそうだ。こう釈明すると、彼は拘束した人々を大きな船に乗せ、31名それぞれの身体に大きな石を括り付け、一人一人「ワンタン」をスープに入れるように、川の中に投げ込んだそうだ。最年長者は74歳で、最年少者は生後56日の嬰児だった。(上掲書 p. 223)

  こらぁぁぁ、テメェー、支那人! それでも人間か? 生まれて間もない赤ん坊を川に投げ捨てるなんて、お前達の血は何色なんだ ! 生産大隊の蔣癩子が嬰児殺しをする前、その赤ん坊を強奪した時に、母親から引き離された子は大泣きしたという。我が子を奪われた母親だって身を引き裂かれるように辛かったはずだ。支那人には「人の情け」っていうものが無いのか? いくら何でも赤ん坊や幼児を殺す時には「こんな事をしてもいいのか」と自問自答し、躊躇いを示すのが人間ってもんだ。日本人なら自分の命を捨てて幼子を守るぞ。だが、こんな連中だから、平気で「通州事件」を起こし、我が国の婦女子を凌辱できたんだ。その支那人がよくもぬけぬけと、ありもしない「南京大虐殺」という嘘で日本人を非難できたものだ。

Cultural Revolution 4Cultural Revolution 6







(写真 / 毛沢東語録を朗読する支那人)

  とにかく、毛沢東の天下では黄砂ではなく、血飛沫(ちしぶき)の嵐が起こったんだから、支那の独裁者はやることがひと味違う。大粛清を以て民衆の不満を逸らすなど、如何にも支那人らしい奸計である。安斎氏がこうした支那の歴史を踏まえた上で、「平和」を語っていたとは到底思えない。支那人の「平和」は核ミサイルの恫喝を基にした「綺麗事」である。安斎氏は東風41の射程距離に入っても、支那人の「平和」を信じるのか? 世間の庶民は財界の大物を無条件に尊敬してしまうが、彼らが学生時代にどんな歴史教育を受けたのか、よく確かめてみる必要がある。安斎氏は東北大学法学部をご卒業したそうだから、ロクでもない左翼教授に洗脳されたのだろう。

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(左: 東風41ミサイル / 中央: 紅い皇帝の毛沢東 / 右: 現在の皇帝である習近平)

支那人との未来志向だって?
 
  政界の長老や財界のお爺ちゃん経営者は、漢籍を教養科目にしているせいか、「実際」の支那人に対して理解がない。しかも、まともな認識がないうえに漢字をやたらと有り難がるから、ニスを塗ったアホに見えてしまう。安斎氏は、日本人が支那人から漢字を貰って学んだから、「支那人の方が上等だ」と思っている。彼の思考様式は、昭和40年代か50年代からの朝日新聞と同じである。

  われわれ日本人は自分たちの固有の言葉を仮名と称した。ひら仮名とカタ仮名の二つだ。しかし中国から取り入れた漢字は真名(真字)と呼んでいる。なんと隣の国から受け入れた字を真実の字と位置付けているのである。ベトナムはとうの昔に漢字を捨てた。韓国は漢字の使用をやめて半世紀になる。日本のように隣の国の言葉を大事に使用し、守り続けているケースは世界の歴史上極めて珍しい。 (Record China 上掲記事)

  こういう老人って、陽明学者として政界にも顔が利いた安岡正篤(やすおか・まさひろ)なんかを好きなんだよねぇ。漢籍に精通しても支那人の本性が分からない腐儒ってこんな人、という典型例である。彼は晩年になるとかなり耄碌していて、訳も解らず婚姻届に判を押してしまったようで、あの占い師ババァの細木数子と夫婦になってしまったのだ。これじぁ、偉い学者も哀れだね。

  未だに「支那人で一儲け」と考えている財界の大御所は老害に過ぎない。たぶん、安斎氏は支那大陸で駄目なら、日本に支那人を呼び込んで、日本でお金を使わせようと企んでいるのかも知れない。人口減少が激しい日本に大量の支那人を輸入すれば、消費活動が活発になってセブンイレブンが儲かるからだろう。だから、支那人に媚びているんじゃないか。安斎氏は若い日本人が支那人に反目するのを見て危機感を抱いているらしい。彼はこう不安を述べている。

  とろが今、日中関係は最も難しい時期に戻ってしまった。日中ともに世代が替わったことが大きい。日本から被害を受けた第一世代の人たちは、日本を恨みつつその偉大さ、恐ろしさを理解していた。だから実利本位に日本と仲良くする国家戦略をとった。日本の側も日中戦争でどういうことをしてきたかを知っていたから、それ(ギルティ・コンシャスネス=罪の意識)を全部乗り越えて国交正常化に漕ぎ着け、未来志向で行こうということになった。(上掲記事)

  安斎氏のような老人は、朝日新聞やNHKの主張を鵜呑みにして信じていた世代なんだろうなぁ。笑っちゃ悪いが、「罪の意識」だってさ。毛沢東自身が日本のお陰で天下を取れたと感謝していたのに、安斎氏は呆れるくらい「便利な馬鹿(useful idiot)」である。日本が蔣介石軍と衝突してくれたので、毛沢東は漁夫の利を得たのに、安斎氏は未だそれに気づいていないのだ。知識が4、50年前のままとは恐れ入る。安斎氏は安倍政権の誕生と、支那への謝罪を拒否する「国民の右傾化」を心配しているそうだ。

  共産党の一党独裁の下で、表現の自由を認められていない現中国のみならず、我が国のマスコミも「犬」と化した。民主主義の選挙結果が作り出した動きとはいえ、ナチスのケースもあるから若い世代の無謀な論調には厳しく対峙していく必要があろう。(上掲記事)

  こういう経済界の重鎮を見ると、つくづく「昔の進歩的知識人を尊敬していた世代なんだな」ってことが分かる。今の若者は左翼知識人からの呪縛が解け、支那人の実態を知るようになったから、正直に「支那人が嫌い」と言っているだけなのだ。昔は、テレビ局と大手新聞社が情報を独占していたから、一般国民は支那の実態を知る術(すべ)が無く、一方的に情報を操作されていたのである。しかし、新世代の保守派知識人が支那の裏事情を暴露するようになったし、それがインターネットでも拡散するようになったから、若者が日教組教育に従わなくなったのだ。こんな事を大企業のトップが気づかないとは。たぶん、安斎氏のような経済界の重鎮は、朝早く起きて日経新聞か朝日新聞を嘗めるように読んでいるからだろう。こういった経営者には、財務省を拝む日経新聞の提灯記事と、支那・朝鮮を神棚に祀る朝日新聞の社説を読んで、「俺って教養人だよな」と自惚れているお爺ちゃんが多い。

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(写真 / 反日デモを繰り返す支那人)

  呆れるほど時代遅れの経営者は、朝鮮人に対する認識も古い。あれだけ朝鮮人の欠点が白日の下に晒され、偽造が国民的特技と分かったのに、安斎氏はまだ朝鮮への罪悪感に苛まれているのだ。

  対韓国でも心配は尽きない。慰安婦問題や竹島問題だけではない。われわれ日本人はどうしても韓国を見下げる風土を持ち続けているようだ。だからヘィトスピーチが後を絶たない。裁判だけでなく政治がしっかりとこれを受け止め絶対に許さないと明確に打ち出さないといけないと思う。(上掲記事)

  「馬鹿につける薬はない」というが本当だ。一体、安斎氏はどんな機関から情報を取っているのか? 我が国の将兵を「強姦魔」と罵る朝日新聞と、朝鮮メディアのみがプライマリー・ソースだとしたら、社会人としても失格だぞ。しかも、竹島を武力占領している韓国に「礼儀をもって接しろ」と説教するなんて異常である。日の丸を燃やし、天皇陛下を「日王」と侮辱するのが南鮮のファッションとなっているのに、そうした無礼な朝鮮人と「仲良くせよ」と発言するんだから、安斎氏には所属する国家が無いんだろう。まさくし、グローバル企業の経営者の鑑である。

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(左: 日本製品のボイコットを訴える朝鮮人 / 右: 慰安婦の補償を求める朝鮮人)

  安斎氏の本音は、隣国の南鮮人や支那人が何をしようと、ゼニ儲けのためなら我慢しよう、利益のためならつべこべ言うな、ということなんだろう。彼は国境を越えた「未来の社会」を描いていた。

  我が国は人口減少が続く中、経済が萎みかねない危機の中にある。だからこそ世界の中で最もグローバル化を必要としているのだ。人、物、金が行き来すればそこには所得が生まれ経済を支えてくれる。 とくに近年のインバウンド増加は大事にしていきたい。そのために隣同士がお互いを理解し、尊重するという「撲滅隣病」対策が緊要であろう。(上掲記事)

  そんなに「隣国」と親しくしたいんなら、日本国籍を捨てて南鮮や支那に永住してはどうか。裕福なビジネスマンなら、アジアのどこでも歓迎してくれるし、豪華な暮らしを満喫できるだろう。安斎氏のような「心優しい人物」は、快適な重役室で理想論を語っていないで、現地に赴いて“生の”朝鮮人や支那人と一緒に生活すべきだ。10年か20年くらい暮らしたあとで、我々に説教してもらいたい。でも、現地で長期生活を過ごした安斎氏が、熱狂的な国粋主義者になって戻ってきたら驚くだろうな。朝鮮人や支那人に対して「ヘイト・スピーチ」を辞さない日本主義者だったら笑ってしまうぞ。周りが反日だらけの南鮮は素晴らしい。何と言っても、日本人を罵る時の朝鮮人って迫力あるからなぁ。とにかく、安斎氏は朝鮮か支那で国籍を取得して、しばらく日本を離れてみることだ。

  次回に続く。(それと、支那人の横暴さや残酷さに関しては、拙著『支那人の卑史 朝鮮人の痴史』第三章を参照してね。)



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