無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

支那人

支那人の自治は不幸の素 / アジア主義者の害毒

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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支那人が支那人を支配すると不幸になる

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(写真  /  抗議デモを行う香港の支那人)

  海外の報道によると、香港での抗議デモには100万人が参加したそうだ。ただし、支那の統計には“水増し”が付き物なので実際どれくらいの人数が集まったのか分からない。それでも、ブルムバーグによると、

  香港では中国本土への容疑者の身柄引き渡しを可能にする条例改正案に反対し、9日の大規模デモに続き12日にも再び抗議活動が街頭で行われた。一部参加者は中心部の主要道路を封鎖。群衆は香港政府庁舎に押しかけ、立法会(議会)への侵入を阻止しようとする警官隊が催涙ガスやゴム弾を使用、負傷者が出る事態となっている。(Alex Millson, Protesters Clash with Riot Police in Hong Kong, Bloomberg, June 12, 2019.)

  海外のニュースを受けて、日本のメディアも香港の騒乱を報道していたが、支那の歴史を学んだ者なら、「またか・・・」と思ってしまうだろう。なぜなら、支那では瀆職や詐欺はもちろんのこと、絶えず暴動や抗議が巻き起こっている。夏目漱石を真似る訳じゃないけど、ごく普通の日本人からすれば、「支那人に生まれなくてよかった」というのが正直な感想だ。我々は幸せを当然として生きているが、支那人は不幸を避けながら生きている。日本の近くにある暗黒大陸だと、「サザエさん」や「ちびマル子」ちゃんみたいな暮らしは羨望の的。支那人というのはピラニアの群れと一緒に暮らしているブルーギルと同じで、ちょっとした油断が命取りとなる。日本人はさしずめ弱肉強食を知らないメダカのような民族だ。

  支那人は我々に向かって「悠久の歴史」を自慢するが、彼らの過去は真っ黒か真っ赤のどちらかだ。暴君や独裁者による圧政があったと思えば、易姓革命で国が乱れ、虐殺、略奪、強姦、放火で生き地獄。平和になっても飢饉や搾取で不幸のどん底だ。それでも、支那人はたくましいから金儲けに邁進する。銭と権が手に入ればバラ色の人生だ。黄色い頭巾を被った叛逆者が天下を取ろうが、赤い頭巾を被った共産主義者が君臨しようが、支那人は臨機応変、権力者に取り入って少しでもいいから甘い汁を吸おうとする。支那人に「国民意識」はなく、あるのは「血族意識」か「中華思想」のみ。他人がどうなろうが知ったことではない。支那人が支那人を「統治」すれば「独裁」しかなく、民衆の不幸が統治者の幸福になる。

アジア主義は日本の滅亡

  日本人は香港人の抗議を観ると民衆に同情してしまうが、あんなのは「毎度の事」で驚くことではない。北京政府による専制支配は前から予想されていたことで、「一国両制」を信じていた知識人がアホなだけである。香港が支那側に返還されるとき、経済評論家の邱永漢(きゅう・えいかん)などは「大陸が香港化される」と嘯(うそぶ)いていた。雑誌『Voice』の読者なら、彼の言動を覚えているだろう。「お金儲けの達人」として崇められていた邱永漢は、1997年に香港が返還されると、一攫千金になると思って香港に移住して喜んでいた。しかし、香港からは嘗ての輝きが急激に消え去り、単に支那人が住む陰鬱な島になってしまった。香港の支那人は言論の自由とか人権を叫んでいるが、そんなモノは端っから支那人には無く、あるとしたらイギリス人に教えてもらった法令遵守くらい。「規則を守りましょう」なんて子供への訓戒みたいだが、人を騙すために約束を結ぶ支那人には、これだって中々難しい倫理である。

  日本のマスコミや歴史家は黙っているけど、なぜ彼らは「西歐植民地主義からの解放」を祝福しないのか? 支那人は残酷なイギリス人の支配から解き放されて嬉しいはずなのに、「同胞」の元へ戻されると、イングランドやオーストラリア、カナダへと逃げるように移住したたがる。おかしいじゃないか ! 日本の学校教育ではイギリス人が支那人に阿片を売り込み、清国にあった銀を巻き上げてボロ儲けしましたと書いている。そして、阿漕(あこぎ)なイギリス人はこの密貿易を林則徐に咎められると、アヘン戦争を起こして南京条約を押しつけました、と嘆いているのだ。悪名高い歴史教科書『ともに学ぶ人間の歴史』でも、このアヘン戦争を取り上げ次のように書いている。

  ・・・イギリスは、広州・上海など5港を開港させ、香港を植民地として獲得し、さらに賠償金・約2100万ドルを支払わせました。(『ともに学ぶ人間の歴史』 学び舎、2018年、p.155.) 

  支那の実態を知らない日本人は、「麻薬漬けにされた可哀想な支那人。イギリス人は強欲な悪党」と思っている。しかし、阿片なんか昔から支那人が楽しんでいる嗜好品で、今のコーヒーかタバコのようなものだ。仕事の後に飲む栄養ドリンクと思えばいい。日本の学校教師は何かと言えばアヘン戦争を口にして西歐列強を非難するが、下層階級の支那人にとったら誰が支配者になろうが関係なく、モンゴル人から満洲人に変わって何百年かしたら、外見の違うヨーロッパ人に支配されたというだけ。考えてもみよ。香港の支那人はイギリス人が君臨したことで赤貧となり、自殺に追い込まれたり、飢餓でバタバタと死に絶えたのか? 現実は逆である。共産党の天下となった大陸からは毛沢東の大躍進や文化大革命を嫌って支那人が逃げだし、“白人支配”の香港へと流れ込んだ。また、日本軍によって解放されたインドシナで内戦が始まると、フランス人を慕うベトナムは難民となって香港に雪崩れ込み、他のベトナム人もこれまた嫌いなはずの白人国家であるアメリカやオーストラリアに避難した。アジア人は何か困ると直ぐ白人国家へと逃げ込む癖がある。

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(左 : 阿片を吸引する支那人  /  右 : 阿片を支那人に売りつけるイギリス人の風刺画)

  日本の一般人はアジア人の本質を吟味せず、勝手に自分の感情を植え付け、彼らも同じ反西歐意識を持つはずだと思い込む。この単純な発想を利用したのが戦前の大東亜主義者であり、日本を対米戦争で破壊しようと目論んだ左翼である。近衛文麿や尾崎秀実、米内光政らの「南進」派は、帝国陸海軍を仏印や蘭印へと向かわせ、英蘭仏と反目させてから米国と衝突するよう仕組んだ。スターリンと日本の共産主義者からすれば、憎き西歐列強と日本を戦わせ、両者をボロボロにしてから戦争の果実をもぎ取る方が賢い、と考えたのであろう。ソ連型の全体主義に憧れた軍官僚や赤い知識人は南進を後押しすべく、それを正当化するような「大義名分」を世間にばら撒いた。「大東亜共栄圏」とか「東亜共同体」といったスローガンは日本人を騙す常套句で、アジアの共産主義化を目指し、ついでに我が国をアジアに埋没させようとする策略である。大東亜新秩序の建設を提唱した大川周明や、日本と朝鮮との合併を説いた樽井藤吉を想い出せば分かるじゃないか。

  こうしたアジア主義をバックアップしたのは、「白人支配の打倒」とか「アジアの解放」を謳った反西歐主義である。大東亜共栄圏を外交理念にしていた近衛文麿が、『英米本位の平和主義を排す』という論文を書いていたのは偶然ではない。公家の筆頭を自認する近衛には、白人から愚弄された屈辱感があり、自分の恨みを晴らすためには日本の独立を捨てても惜しくはなかった。日本人は西歐白人と対等になりたいという願望が非常に強いから、その白人から邪険にされると烈火の如く怒ってしまう。失恋と怨念は双子の兄弟みたいなもので、好意を寄せる歐米人から侮蔑された日本人は、好きでもないアジアへの共感を無理矢理つくり、「黄色人種」という共通点を掲げて白人に復讐しようと考える。だが、元々アジア人には馴染みがないので、生理的に受け容れることができない。同じ黄色人種といっても、支那人や朝鮮人とは全く違うし、インド人やマレー人などは別の宗教に属する茶色い人種だ。それに「アジア人」となれば、ペルシア人やアラブ人、トルコ人、ユダヤ人も含まれるはずだが、これらの民族は日本人との接点はなく、ヨーロッパ人よりも遠い存在である。

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( 左 : 宮崎滔天  / 中央 : 内田良平   /  右 : 頭山満 )

  ところが、戦前の国粋主義者とか右翼、民族主義者などは、ヨーロッパ人の勝手な学説に従い、これといった検証もせず、日本人をアジアの一員と見なしていた。しかし、普通の庶民は自らをアジア人とは思っていなかったし、アジア人への親近感が無かったのは、内地にやって来た朝鮮人と接したときに明らかだった。ロシア人が朝鮮半島を支配するのは困るが、あの貧乏民族を背負い込むのは愚策中の下策である。イギリス人かアメリカ人に譲ればよかった。普通の日本人はアジアと係わりたくなかったのに、知識人にはアジア主義にかぶれ、反西歐主義に共鳴する者が多く、その言説は無責任極まりない。宮崎滔天や内田良平、頭山満たちは支那に対し過大な幻想と期待感を抱き、支那人への援助を惜しまなかった。その一方で、アジア主義者たちは「白人による世界侵略」を糾弾し、日本はアジア民族を覚醒させる希望の光になれと唆(そそのか)していた。(支那人やモンゴル人、イスラム教徒の侵略には無関心だったのに、西歐人の帝国主義だけは赦せないというのは、どういう了簡なんだ ? ) 昭和のアジア主義者には祖国を滅亡させてもアジアを救いたいと考える輩が多かった。例えば、朝鮮問題に詳しかった細井肇は、殊のほか歐米人のアジア蔑視を咎めている。彼は支那を侵食した列強に言及し、

  元来、白人は、有色人種の人格を認めていない。人間が平気で獣肉を食用するように、有色人種の汗血を搾取することを当然の権利のように心得ている。(細井肇 『日本の決意』 大日本雄辯會講談社、昭和7年 p.84.)

  こうした文章を目にすると、「東洋主義者って本当に世界知らずだなぁ~」と思ってしまう。圧倒的優越性を持って他国を征服する民族は、どれもこんな調子で異民族を愚弄するものである。例えばもし、蒙古軍が鎌倉武士を打ち破り、日本各地を制圧したら、モンゴル人は日本人の人格を認め、平等に扱ってくれるのか? モンゴル史を学べば分かるけど、彼らは支配民族として君臨し、平等主義や人道主義を以て異民族を統治することはない。敗北した民族の搾取なんか当たり前。支那人の課税ときたら2年3年先はもとより、10年ないし20年先の徴税だって珍しくない。また、不運にもロシア人に支配されれば、日本人は必ずや農奴にされるだろう。現在、黄色人種の支那人はチベット人やウィグル人を支配しているが、北京の赤い悪党は辺境民族の人格どころか、生命までも踏みにじっている。他方、南鮮人は夜郎自大も甚だしく、誇るモノは何も無いのに、日本人を格下扱いして優越感に浸っているけど、これはどうなのか?

  細井の「扇動文」を読むと、戦前にはびこったアジア主義者の害悪がよく分かる。彼は以下のように煽っていた。

  ・・・世界全土は、日本以外、全く白人の握裏に帰属し、特に東亜十億の生霊は、ほとんど白人の奴隷として、望みなく、光なく、頼りなき、わずかに死せざる境涯に放置されるのだ。この桎梏を除き、鉄鎖を寸断して、東亜十億の生霊を疾痛惨憺の境涯より救ふものは、ただわが日本あるのみ。英雄起る所形良し、侠勇仁愛の国、あに天恩に恵まれざらんや。特に東方日出づる国を国土とし、世界無比の萬世一系、連綿絶ゆるなき皇統を奉戴するわが九千万民こそ、まことに、この大使命を遂行すべき先天的宿命を有つ世界無比の選民と云わねばならぬ。(上掲書 p. 108.)

  細井は日本の国益よりもアジア人の独立を優先させ、日本人は支那人や朝鮮人、インド人、マレー人などを救うために、命懸けでイギリス人やフランス人、オランダ人、アメリカ人と戦わねばならぬ、と強調していたのだ。アジア人との連帯を提唱する日本人には、論語読みの論語知らずが誠に多い。細井の本を熟読したのかどうか分からぬが、内閣総理大臣の斉藤実や陸軍大臣の荒木貞夫、中央教化団体連合理事の丸山亀吉、そして、錦鶏学院の安岡正篤が推薦文を書いていた。今の高校生は陽明学者の安岡を知らないだろうが、平成という元号を発案した人物とされている。一般的には、占い師の看板でテレビに出ていた細気数子の亭主と言えば分かるはずだ。

  日本人は保守派でも実際の政治が解らぬ人が多い。左翼史観を批判する人でも、英国の植民地支配を糾弾する。だが、日本はアジア人の反乱を支援するより、英国が植民地を維持するよう助けるべきだった。なぜなら、イギリス人がインド人やビルマ人を抱えていれば、英国側の負担が増大するし、植民地での厄介事が頻発すれば、日本が「善意の第三者」として活躍する機会があったのだ。日本人は「誠実な調停者」として双方に恩を売り、両者にとっての良き相談役になることができた。強力な帝国海軍を有する日本の提案なら、イギリス人やインド人も一目置くし、妥協したって国内的に言い訳が立つ。インド人の指導者は仲間に「同じ有色人種の日本人による仲介だから」と言えるし、イギリス人も「中立的な日本人による解決策だから」と議会で抗弁できる。しかし、日本が反英主義を掲げ、インドの独立を支援すれば、英国の輿論は反日的となり、親日のイギリス人は窮地に立たされる。第一、イギリス人の恨みを買うだけで、日本が失う利益の方が大きい。日露戦争を想い出せば解るけど、英国との関係を続けていると諜報活動や軍事・外政の面で有利だ。白人への反撥とか黄色人種との連帯など、鬱憤晴らしの感情論に過ぎない。我々は冷酷な計算で動くべきだ。アジア人の味方をして損をするより、西歐人と癒着して国益を増大させた方がいいじゃないか。

  日本は徳川家康のように力を付けるまで辛抱すべきだった。日本が軍事的・経済的大国となれば、歐米人だって日本人を馬鹿にできないし、日本人だって劣等感に悩まず堂々と威張ることができる。西歐人が厭がる人種平等など叫ばず、彼らに対して「日本人だけ特別扱いにしてくれ!」と頼めばいいじゃないか。ヨーロッパ人やアメリカ人は札束ビンタに弱いから、日本が一流国になれば多少の要求は通してくれるだろう。ユダヤ人はあれほど嫌われていたのに、金貨の力で歐米人を屈服させることができた。白人至上主義を口にしているのは主に下層階級の貧乏人で、中流階級の白人は札束の匂いを嗅ぐと急に紳士的となり、土下座だって厭わない。日本人は歐米の知識人を教育し、彼らの不安感を取り除いてやるべきだった。「日本人はアジア人じゃないから安心しな。君たちの人種秩序は壊さない」と約束してやれば、歐米諸国の抵抗だって少なくなるはずだ。事実、レイシストのウィンストン・チャーチルは日英同盟の建前上、あからさまな日本人差別を口に出来なかった。 

  日本人は日本の国益と幸福を一番にすべきで、アジアの問題に深入りすべきではない。北京政府が香港を隷属させるなら、それは支那人の問題で、日本政府は米国を支援するだけでいいんじゃないか。習近平が香港の価値を潰せば、金融市場としての窓口が消失し、香港ドルを利用していた支那人が困るだけだ。北京政府に弾圧される香港の住民は気の毒だが、支那人に生まれたんだから、その運命を甘受すべきだろう。一方、日本人は政治亡命者とか経済難民が流入しないよう、国境を固く閉じるべきだ。支那人というのは簡単に祖国を捨てる連中だから、情に流されない用心が必要だ。彼らは日本人や西歐人が喜ぶ「自由」とか「デモクラシー」を口にして、豊かな国へ移住しようとする。そして、一旦住み着いた支那人は故郷に戻らない。たとえ、「愛国心」を表明し、香港の自由を渇望する者でも、決して信用してはならず、門前払いにすべきだ。歐米や日本に根を下ろした支那人は、同胞の「自由」なんて興味が無く、関心があるのは自分の財テクである。支那のデモクラシーに共感する日本人は、一度頭から氷水を被って冷静に考えるべきだ。支那人の舌は二枚以上あるんだぞ。

  


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支那人は千年経っても支那人 / 元祖地球市民の処世術

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天安門事件は毎度の惨殺

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  今年は天安門事件が起きて30年が経つというので、インターネットや保守派雑誌かの界隈では、北京政府の残虐性が再認識されている。しかし、地上波テレビの方では、あまり触れたくない事件のようだ。ちょっと教養のある日本人だと笑ってしまうが、NHKや民放では池上彰のように誰も殺されなかったと公言する連中が“主流”みたいで、保守派がいくら支那人の実態を叫んでも無駄である。ちょいと余談になるけど、池上は名城大学の教授に納まったそうだが、過去には別の大学でも教えていたそうで、東京工業大学の特命教授の他、信州大学の特任教授や立教大学の客員教授も務めていたという。実態はよく分からないが、池上の講義を受ける学生って、どんな頭をしている奴なんだ? 以前から大学生の学力低下が懸念されていたが、まさか高校一年生くらいの知識量ということはあるまい。たぶん、高校生の時に歴史とか地理を勉強しなかった学生が、面白半分で受講しているんだろうが、低脳クラスに入って恥ずかしくないのだろうか? もしかしたら、単位を楽に取れるから受けているのかも知れない。

  話を戻す。虎ノ門ニュースとかチャンネル桜では天安門事件を取り上げ、支那共産党による民主派勢力の弾圧を非難していた。だが、あんなのは支那人にとったら「毎度お馴染みの大虐殺」だろう。6月4日の殺戮は評論家の石平のような亡命支那人からすれば、友人が殺された悲劇なんだろうが、では「民主主義」とやらを要求する学生が北京政府を打倒したら、本当に民衆を大切にする支那が誕生するのか? 一党独裁を批判する胡耀邦の支持者が共産党を倒せば、一時的に民主的政府が誕生するかも知れない。しかし、天安門事件から生まれた統治機構も、時間が経てば共産党のように人民を弾圧するはずだ。支那の政治的土壌というものは、何千年もの間、悪徳が堆積したヘドロのような沼地で、如何なる外来思想もその中に埋没する運命にある。西歐の議会制民衆政治も例外ではなく、支那人の消化液で溶かされてしまうのだ。亡くなった台湾人の黄昭堂も当時、支那人の本質を述べ、決して「民主派」の学生達を信じていなかった。国民党の白色テロを経験した台湾人は、日本人のように手放しで改革派の支那人を褒めることはできない。

  日本には高等教育を受けた者が結構多いのに、物事の核心を理解できず、表面に現れた事件ばかりに目を奪われる者が大半を占めている。宮崎正弘や渡辺哲也といった保守派の評論家は、トランプ政権による貿易戦争を目にして、「米国は本気で共産党支配体制を潰しにかかっている ! きっと、北京政府は窮地に陥る !」と宣伝するが、我々が心配すべきは一体どれ程の支那人が日本へ押し寄せてくるのか、という問題だ。独裁体制で巨額の利益を得る共産党の幹部は、トランプ大統領の圧力に呻吟するだろうが、一般の支那人にとったら「どうでもいいこと」である。もちろん、米支の激突でとばっちりを食う支那人は大量に出てくるだろう。

  しかし、そんなのは毎度の事だ。支那というのは生き地獄の見本で、戦争が起これば匪賊や惨敗兵が民衆を食い物し、女は強姦、ジジイやババアは用無しだから直ちに抹殺。たとえ、生き延びた者がいても、家屋は放火され、財産は根こそぎ略奪されるから、涙しか残らない。征服者というのは天命を恣(ほしいまま)にする全知全能の神様だ。日本だと敗軍の将が切腹して終わりだけど、支那では赦してもらえず、城内の民衆は皆殺しの目に遭う。「屠城(とじょう)」という言葉がある国は怖い。これに加え、支那では自然災害が当たり前。五年に一度は洪水、三年に一度は旱魃(かんばつ)が起こると言われていたし、旱害(かんがい)や虫害は水害を上回ることもしばしば。災害に遭った農村では、人々が木の皮や草はもちろんのこと、土までも口にしていたそうだ。こうした地方から逃げたした貧民は、大都会に集まって苦力(クーリー)や乞食となるらしい。1934年に甘粛省で起きた災害では、17、18歳の娘が1元で売り買いされたそうだ。でも、支那では自然災害の他に「人災」も多く、酷吏による搾取も酷い。戦前の四川省では役人が30年先の税金まで取っていたそうだ。日本人だと驚いてしまうが、支那だと10年や20年先の徴税なんて珍しくない。(田中香苗 「抗戦に現れた支那人」、東京日日新聞社・大阪毎日新聞社編 『支那人』、昭和14年 p.214)

いつでも逃げ出せる支那人

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(写真  /  出稼ぎ労働者の支那人)

  トランプ政権が本気で北京政府を倒そうとするなら、経済の面から支那に圧力を掛けるのは正しい。昔、レーガン大統領はソ連を経済的に圧迫させて冷戦を終結させたから、トランプ大統領もこれに習っているのだろう。だが、日本人が考慮すべきは、米国が何処の地点を目標にしているか、である。トランプ政権がこのまま経済戦争を続ければ、習近平の敗北に繋がりかねないが、アメリカの議会や財界は北京政府の崩壊までをも望んでいるのか? もちろん、米国が国際的ルールを守る自由主義の支那を求めているのは確かだ。しかし、人民解放軍が持つ核兵器はどうなるのか? アメリカ軍が力尽くで押さえつけようとすれば、北京政府だって力で対抗しようとするはずだ。したがって、米国は「王手」の手前で和平を持ちかけてくる可能性も考えられる。アメリカは支那を穏健な体制崩壊へと導くかも知れないし、悪質な老人幹部を排除して、西側と気脈を通じる新世代に国家運営を任せる、という選択肢もあるだろう。

  もし、そうなると、共産党の跡目を継いで新政府を樹立する勢力は、一体どんな支那人達なのか? 日本人はアメリカ人同様、支那に人民投票の制度が出来れば、“民主的”政府が誕生すると思っている。しかし、支那人が投票で議員(支配者)を選んだら、支那は“まとも”な国になるのか? 鄧小平が登場した頃、日本の進歩的知識人は支那が豊かになれば“普通”の国になると思っていた。たぶん、「衣食足りて礼節を知る」という妄想を信じていたのだろう。だが、豊になった支那は、税金(ODA)を貢いでくれた日本に感謝するどころか、大規模な軍拡を進め、我が国に向けて核ミサイルを配備し、尖閣諸島や沖縄を占領すべく海軍力を増強した。さらに、空軍の近代化に着手し、宇宙への進出とサイバー部隊の準備に怠りがない。

  トランプ政権による経済戦争で青ざめるのは共産党の幹部だけで、一般の支那人は習近平が失脚しようが、共産党が消滅しようが一向に構わない。不況や戦禍が迫っているなら、それに備えるまでだ。支那人は北京政府に抗議しても無駄と分かっているから、自己防衛で災難を逃れようとする。私腹を肥やした共産党幹部は、我先にと海外へ逃れ、避難先の歐米で快適な老後を過ごそうとするはずだ。支那人の大富豪や権力者は狡猾だから、前もってちゃんと脱出ルートや逃亡資金を確保している。それに、彼らの子供や親戚は既にアメリカやヨーロッパで国籍を得ているから、逃亡者はその「家族」という立場を利用して楽々と「移民」になってしまうのだ。小銭を貯めた庶民も同じ考えで、札束に弱い北米や歐洲を目指すし、もし歐米諸国が門戸を閉ざせば、近場の日本に潜り込もうとする。彼らは日本人を「簡単に騙せるチョロい馬鹿」と分かっているから、観光客あるいは技術者、留学生、労働者として来日するし、ビザを入手できなければ、偽造パスポートを購入する。仮に、合法的入国が不可能となれば、密入国だって辞さない。支那人は一旦日本に入り込めば、何とかなると思っている。事実、「人権」とか「人道」を持ち出してゴネれば左翼が助けてくれるし、束になって支那人が騒げば日本人の方が罪悪感を持つ。攻撃こそ最大の防禦なり。支那人は遠慮無くこの弱点を突く。

  支那人にとって支那大陸は「故郷」だが、それは命を懸けて守る「祖国」ではない。支那人は損得勘定で生まれ故郷を捨てるし、事態が変化すれば何食わぬ顔で戻ってくる。米国が関税を上げて北京政府や支那企業を苦しめたって、支那大陸が太平洋に沈む訳じゃない。たとえ、枯れ葉剤で大地が汚染されようが、支那人の目に涙はない。元々、重金属の垂れ流して土壌や河川が汚れているんだから、そこにダイオキシンが加わったからと言って何なんだ? 仮に、米軍がナパーム弾で民家や山林を焼き払っても、支那人は「米軍撤退後に、誰かが街を再建するだろう」と考える。支那の歴史を観てみれば判るけど、宋や明、清が暴動や革命で滅んでも支那人が絶滅したことはないし、時が経てば焼け野原に民衆が戻ってきて市場が出来上がる。荒れ果てた祖国を目にして号泣するのは、如何にもセンチメンタルな日本人の心情だ。支那人はそんなことでめげない。どうせ、巨大市場に目が眩んだアメリカ人がやって来ねんだから心配ない。もしかしたら、日本人がインフラを整備してくれるかも知れないのだ。おそらく、日本の「親中派」が政府を突き動かし、「経済支援」という名目で朝貢を実現させ、経済復興を代行するんじゃないか。国家の再興を自力で行うとするのは日本人だけ。支那人は他人を利用するのが当たり前。「自腹を切って祖国再生を !」なんて考えない。

   日本人は生まれてから死ぬまで、ずっと日本で暮らすのを「当前」と思っている。テレビ局で反日言論を展開している左翼も含め、日本人は金銀宝石を貯め込んで海外脱出に備える、という発想はない。日本の歴史と皇室を憎む日教組職員や共産党員でも、憧れの朝鮮や支那で余生を送ろうとは考えていないのだ。ましてや、一般国民で亡命生活を考えている者などいないだろう。四季折々の風景を楽しみ、美しい自然と歴史遺産に囲まれながら過ごしたいと考えるのが普通の日本人である。だから、経済摩擦や軍事衝突となれば、挙国一致で祖国を守ろうとする。

  しかし、あの支那人達は違う。支那大陸が焦(きな)臭くなれば躊躇なく見捨てるし、住み慣れた地元が戦場となっても振り向かない。自分の家族だけ助かれば一安心。日本人だと愛すべき国土が荒らされたら大変だ。ご先祖様に申し訳ない。伊勢神宮や明治神宮が戦火で灰になったら大騒ぎになるし、江戸城に被害が及ぶとなれば体を張っても守ろうとする。支那人観光客が来て公園が荒らされたくらいでも嫌なんだから、日本人の愛国心は非常に強い。一方、支那人は紫禁城が焼け落ちたって平気だ。「俺の家じゃない」と思えば哀しくない。そもそも、「支那人」というのは異民族の集合体だから、「歴史的建造物」といっても「他人の持ち物」に過ぎない。福建省の客家にとったら、満洲人の宮殿なんか蛮族の“根城”程度だし、契丹人から観れば四川省のパンダなんて単なるデブの熊である。その四川省に住む支那人でも、パンダはチベット人から奪った野生動物なので、絶滅しようが増殖しようがどうでもいい。ただ、銭儲けになるから繁殖させてレンタルしているだけだ。

  日本人は日本にしか住めない特殊民族だが、支那人は根っからの「サバイバリスト」で、沙漠の僻地でも生活することができる。支那人にとり国境はゴムみたいに伸縮自在で、地球の果てまで伸ばすことができるのだ。彼らは幼い頃から、何処へ行っても生きてゆけるよう訓練され、そのための知恵を身につけている。(こうした点はユダヤ人と同じで、彼らは誰も奪うことができない「知識」を頭に収納し、ゼニを稼ぐための「技術」を手に覚えさせている。そして、迫害が起これば直ぐに脱出できるよう、財産は小さな宝石とか金貨にして貯め込んでいる。) 支那人は、地縁、地縁、業縁、神縁、物縁という「五縁」を基にして生きてゆく。つまり、同じ姓の持ち主とか、出身地を同じくする者、同じ土俗信仰や職業を持つ者が、互いに“もたれ合い”ながら異国の地で生計を立てるそうだ。アメリカや日本で「お互いに助け合いながら生きてゆく」と聞けば麗しく思えるが、悪いことも一緒に行うことも多いから、支那人というのは「有害な外来生物」と考えた方がいい。 

  日本人は「平和」が普通で、「戦時(有事・戦乱)」が異常事態と思っているが、支那人にとっては平和が「例外」で、権力者による横暴とか戦争での不幸というのが「通常」だ。それゆえ、支那人はどんな状況にも対応できるよう育てられている。支那人の生態や歴史に詳しい樋泉克夫(ひいずみ・かつお)は、1970年代後半にカンボジアの国境に近いタイの難民キャンプを訪れ、そこで暮らす支那人の「しぶとさ」に感心したそうだ。カンボジアにベトナム軍が侵攻したことで、ポル・ポト軍はタイ国境近くのジャングル地帯へと逃げ込んだ。これを嫌った民衆はタイを目指して移動し始めたという。当時、日本の新聞は地雷が埋め込まれた危険地帯を、着の身着のままで逃れる難民を伝えていたが、難民キャンプを視察した樋泉氏は、実際の現場を目にして驚いたそうだ。なぜなら、そこには華人らしきカンボジア人がいて、洋裁店、美容院、食堂、酒場などが作られていたからである。彼は一休みした食堂の主人に、支那語で「厨房道具はどうしたのだ?」と訊いたらしい。すると、店のオヤジは「タイまで逃げれば、きっと難民キャンプがある。難民キャンプで食堂を開いたら、きっとカネが儲かる。そう読んだから、家族で分担して厨房道具を運んできた」と答えたそうだ。( 樋泉克夫 『中国の宿命』 三天書房、2000年、p.206.)

  さぁ~すが、支那人。やることが違う。危機管理の達人だ。難民キャンプにやって来た華人(華僑や現地化した支那人)は、脱出する前にちゃんと「ゼニ儲け」を考え、食堂を開こうとする者は調理器具を、洋裁店を営もうとする者は縫い針機を、それぞれ担ぎながらの逃避行だった。戦前の日本人も戦禍を逃れる支那人を見たはずだ。侵略軍や惨敗兵を察知する支那人は、捕まる前に旅支度を整え、中華鍋を背負って逃げることがよくあった。支那人は悲惨な生活に慣れているのか、とにかく飯の事を考えて行動する。彼らは革命や戦争で全財産を失っても、「また裸一貫でお金を稼げばいい」と考え、めげることなくゼニ儲けに邁進する。例えば、タイで大手の複合企業を興した謝易初(Chai Ek Chor)は、昔、成立したばかりの共産党に支那の支店を没収され、長年の努力が一瞬で水の泡になってしまった。しかし、彼はこれくらいの不運で事業を諦めなかった。「もう一度、ゼロから始めればいい」と腹を括り、屋台商売からやり直す気概でビジネスに勤しみ、飼料生産や養鶏・養豚業、さらには食料品から不動産業まで、幅広い事業を展開したそうだ。今では彼の「チャロン・ポカパン(Charoen Phokphan)」はタイでも指折りの大手企業になっている。

日本に押し寄せる支那人

  国家消滅という危機を考えない日本人には、波瀾万丈の人生を送る支那人の行動様式は理解できない。彼らは我々の倫理道徳が通用する世界に住んでいないし、住んだこともないのだ。日本人は祖国を守るためなら特攻隊をも実践してしまうが、支那人は支那大陸を守るための玉砕など絶対考えない。まず、自分と家族の命が最優先で、たとえ国土が焦土となっても、自分の財産が安全なら幸せだ。同胞(他人)が何千万、何億人死のうとも気にならない。どうせ、数年も経てば支那人はまた増えてくる。家にはびこるゴキブリだって、毎年バルサンで駆除しているのに、翌年になると再びチョロチョロっと現れるんだから、地球の生物は皆同じではない。薔薇のように可憐だが脆弱な日本人がいる一方で、雑草のように踏まれてもへこたれない、強靱な支那人もいるのだ。もし、米露による全面核戦争が勃発したら、真っ先に絶滅するのは日本人で、最後まで生き残るのが支那人だろう。支那人だと電子レンジの中でも生存できそうだ。

  日本の評論家は米支間の経済戦争をあれこれ分析し、「大変なことになるぞ !」と推測しているが、頭のいい支那人は北京政府と心中することはなく、被害に遭う前にアメリカやカナダ、オーストラリアなどに避難するはずだ。弱肉強食が当たり前の暗黒大陸では、とばっちりを受けるのは馬鹿だけで、貧しくとも頭の良い支那人は、外人に甘い日本へと逃れる。豊で警戒心の薄い日本人は、貴重な日本国籍を無料配布。支那人が飛びつくのも不思議じゃない。日本人は難民としてやって来る支那人を可哀想と考えるが、支那人にとって海外への脱出は引っ越しのような移住である。だいだい、支那人は自国にいても悲惨な生活なんだから、日本での辛い生活など屁でもない。低賃金の筋肉労働者だって、労働基準監督署の庇護が受けられるし、国民健康保険に加入していれば、低料金で高度な医療を受けることが出来るんだから天国だ。支那では病院自体が不潔だし、偽薬を掴まされるなんて事はザラにある。道路を歩けば突然陥没するし、エスカレーターも何時どんな風に故障するのか分からない。毎日が危険の連続で、天寿を全うできる方がどうかしている。支那における人生を考えれば、日本での「苦労」なんて「苦労」じゃない。日本の刑務所には食事と娯楽に加えて人権まであるんだから。

  米国との対決で支那経済が崩壊したって、日本に住み着く支那人にはどうでもいいことだ。共産党の消滅を喜んで、「何時になるのかなぁ~」と期待している日本人がいるけど、もし大量の支那人が「難民」となって押し寄せてきたら、日本政府は阻止できるのか? おそらく、追い返すことができず、大半の支那人を引き取ることになるだろう。そして、支那人は図々しいから、日本の左翼と連動して、帰化手続きを簡略化しようと謀る。中には、日本人と結婚し、楽々と国籍を得ようとする奴がいる。こうして、まんまと「日本国民」になった支那人は、料理店とか雑貨屋を始めて小銭を貯め、チャンスがあれば同類とツルんで権力を目指す。たぶん、数年もすれば蓮舫みたいな支那系国民があちこちの選挙区に現れてくるだろう。以前、当ブログで紹介した李小牧は2015年に国籍を取得して、合法的に選挙に出馬した。いずれ、都市部で支那系候補者が「普通」になる日も近いんじゃないか。参議院選挙だと、立憲民主党の比例名簿に載った支那人が当選しそうだ。習近平もさっさと支那に見切りをつけて日本国籍を取得し、新宿から立候補すれば、案外、日本の総理大臣になれるかも知れないぞ。



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