無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

支那人

支那人は千年経っても支那人 / 元祖地球市民の処世術

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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天安門事件は毎度の惨殺

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  今年は天安門事件が起きて30年が経つというので、インターネットや保守派雑誌かの界隈では、北京政府の残虐性が再認識されている。しかし、地上波テレビの方では、あまり触れたくない事件のようだ。ちょっと教養のある日本人だと笑ってしまうが、NHKや民放では池上彰のように誰も殺されなかったと公言する連中が“主流”みたいで、保守派がいくら支那人の実態を叫んでも無駄である。ちょいと余談になるけど、池上は名城大学の教授に納まったそうだが、過去には別の大学でも教えていたそうで、東京工業大学の特命教授の他、信州大学の特任教授や立教大学の客員教授も務めていたという。実態はよく分からないが、池上の講義を受ける学生って、どんな頭をしている奴なんだ? 以前から大学生の学力低下が懸念されていたが、まさか高校一年生くらいの知識量ということはあるまい。たぶん、高校生の時に歴史とか地理を勉強しなかった学生が、面白半分で受講しているんだろうが、低脳クラスに入って恥ずかしくないのだろうか? もしかしたら、単位を楽に取れるから受けているのかも知れない。

  話を戻す。虎ノ門ニュースとかチャンネル桜では天安門事件を取り上げ、支那共産党による民主派勢力の弾圧を非難していた。だが、あんなのは支那人にとったら「毎度お馴染みの大虐殺」だろう。6月4日の殺戮は評論家の石平のような亡命支那人からすれば、友人が殺された悲劇なんだろうが、では「民主主義」とやらを要求する学生が北京政府を打倒したら、本当に民衆を大切にする支那が誕生するのか? 一党独裁を批判する胡耀邦の支持者が共産党を倒せば、一時的に民主的政府が誕生するかも知れない。しかし、天安門事件から生まれた統治機構も、時間が経てば共産党のように人民を弾圧するはずだ。支那の政治的土壌というものは、何千年もの間、悪徳が堆積したヘドロのような沼地で、如何なる外来思想もその中に埋没する運命にある。西歐の議会制民衆政治も例外ではなく、支那人の消化液で溶かされてしまうのだ。亡くなった台湾人の黄昭堂も当時、支那人の本質を述べ、決して「民主派」の学生達を信じていなかった。国民党の白色テロを経験した台湾人は、日本人のように手放しで改革派の支那人を褒めることはできない。

  日本には高等教育を受けた者が結構多いのに、物事の核心を理解できず、表面に現れた事件ばかりに目を奪われる者が大半を占めている。宮崎正弘や渡辺哲也といった保守派の評論家は、トランプ政権による貿易戦争を目にして、「米国は本気で共産党支配体制を潰しにかかっている ! きっと、北京政府は窮地に陥る !」と宣伝するが、我々が心配すべきは一体どれ程の支那人が日本へ押し寄せてくるのか、という問題だ。独裁体制で巨額の利益を得る共産党の幹部は、トランプ大統領の圧力に呻吟するだろうが、一般の支那人にとったら「どうでもいいこと」である。もちろん、米支の激突でとばっちりを食う支那人は大量に出てくるだろう。

  しかし、そんなのは毎度の事だ。支那というのは生き地獄の見本で、戦争が起これば匪賊や惨敗兵が民衆を食い物し、女は強姦、ジジイやババアは用無しだから直ちに抹殺。たとえ、生き延びた者がいても、家屋は放火され、財産は根こそぎ略奪されるから、涙しか残らない。征服者というのは天命を恣(ほしいまま)にする全知全能の神様だ。日本だと敗軍の将が切腹して終わりだけど、支那では赦してもらえず、城内の民衆は皆殺しの目に遭う。「屠城(とじょう)」という言葉がある国は怖い。これに加え、支那では自然災害が当たり前。五年に一度は洪水、三年に一度は旱魃(かんばつ)が起こると言われていたし、旱害(かんがい)や虫害は水害を上回ることもしばしば。災害に遭った農村では、人々が木の皮や草はもちろんのこと、土までも口にしていたそうだ。こうした地方から逃げたした貧民は、大都会に集まって苦力(クーリー)や乞食となるらしい。1934年に甘粛省で起きた災害では、17、18歳の娘が1元で売り買いされたそうだ。でも、支那では自然災害の他に「人災」も多く、酷吏による搾取も酷い。戦前の四川省では役人が30年先の税金まで取っていたそうだ。日本人だと驚いてしまうが、支那だと10年や20年先の徴税なんて珍しくない。(田中香苗 「抗戦に現れた支那人」、東京日日新聞社・大阪毎日新聞社編 『支那人』、昭和14年 p.214)

いつでも逃げ出せる支那人

Chinese workers 1
















(写真  /  出稼ぎ労働者の支那人)

  トランプ政権が本気で北京政府を倒そうとするなら、経済の面から支那に圧力を掛けるのは正しい。昔、レーガン大統領はソ連を経済的に圧迫させて冷戦を終結させたから、トランプ大統領もこれに習っているのだろう。だが、日本人が考慮すべきは、米国が何処の地点を目標にしているか、である。トランプ政権がこのまま経済戦争を続ければ、習近平の敗北に繋がりかねないが、アメリカの議会や財界は北京政府の崩壊までをも望んでいるのか? もちろん、米国が国際的ルールを守る自由主義の支那を求めているのは確かだ。しかし、人民解放軍が持つ核兵器はどうなるのか? アメリカ軍が力尽くで押さえつけようとすれば、北京政府だって力で対抗しようとするはずだ。したがって、米国は「王手」の手前で和平を持ちかけてくる可能性も考えられる。アメリカは支那を穏健な体制崩壊へと導くかも知れないし、悪質な老人幹部を排除して、西側と気脈を通じる新世代に国家運営を任せる、という選択肢もあるだろう。

  もし、そうなると、共産党の跡目を継いで新政府を樹立する勢力は、一体どんな支那人達なのか? 日本人はアメリカ人同様、支那に人民投票の制度が出来れば、“民主的”政府が誕生すると思っている。しかし、支那人が投票で議員(支配者)を選んだら、支那は“まとも”な国になるのか? 鄧小平が登場した頃、日本の進歩的知識人は支那が豊かになれば“普通”の国になると思っていた。たぶん、「衣食足りて礼節を知る」という妄想を信じていたのだろう。だが、豊になった支那は、税金(ODA)を貢いでくれた日本に感謝するどころか、大規模な軍拡を進め、我が国に向けて核ミサイルを配備し、尖閣諸島や沖縄を占領すべく海軍力を増強した。さらに、空軍の近代化に着手し、宇宙への進出とサイバー部隊の準備に怠りがない。

  トランプ政権による経済戦争で青ざめるのは共産党の幹部だけで、一般の支那人は習近平が失脚しようが、共産党が消滅しようが一向に構わない。不況や戦禍が迫っているなら、それに備えるまでだ。支那人は北京政府に抗議しても無駄と分かっているから、自己防衛で災難を逃れようとする。私腹を肥やした共産党幹部は、我先にと海外へ逃れ、避難先の歐米で快適な老後を過ごそうとするはずだ。支那人の大富豪や権力者は狡猾だから、前もってちゃんと脱出ルートや逃亡資金を確保している。それに、彼らの子供や親戚は既にアメリカやヨーロッパで国籍を得ているから、逃亡者はその「家族」という立場を利用して楽々と「移民」になってしまうのだ。小銭を貯めた庶民も同じ考えで、札束に弱い北米や歐洲を目指すし、もし歐米諸国が門戸を閉ざせば、近場の日本に潜り込もうとする。彼らは日本人を「簡単に騙せるチョロい馬鹿」と分かっているから、観光客あるいは技術者、留学生、労働者として来日するし、ビザを入手できなければ、偽造パスポートを購入する。仮に、合法的入国が不可能となれば、密入国だって辞さない。支那人は一旦日本に入り込めば、何とかなると思っている。事実、「人権」とか「人道」を持ち出してゴネれば左翼が助けてくれるし、束になって支那人が騒げば日本人の方が罪悪感を持つ。攻撃こそ最大の防禦なり。支那人は遠慮無くこの弱点を突く。

  支那人にとって支那大陸は「故郷」だが、それは命を懸けて守る「祖国」ではない。支那人は損得勘定で生まれ故郷を捨てるし、事態が変化すれば何食わぬ顔で戻ってくる。米国が関税を上げて北京政府や支那企業を苦しめたって、支那大陸が太平洋に沈む訳じゃない。たとえ、枯れ葉剤で大地が汚染されようが、支那人の目に涙はない。元々、重金属の垂れ流して土壌や河川が汚れているんだから、そこにダイオキシンが加わったからと言って何なんだ? 仮に、米軍がナパーム弾で民家や山林を焼き払っても、支那人は「米軍撤退後に、誰かが街を再建するだろう」と考える。支那の歴史を観てみれば判るけど、宋や明、清が暴動や革命で滅んでも支那人が絶滅したことはないし、時が経てば焼け野原に民衆が戻ってきて市場が出来上がる。荒れ果てた祖国を目にして号泣するのは、如何にもセンチメンタルな日本人の心情だ。支那人はそんなことでめげない。どうせ、巨大市場に目が眩んだアメリカ人がやって来ねんだから心配ない。もしかしたら、日本人がインフラを整備してくれるかも知れないのだ。おそらく、日本の「親中派」が政府を突き動かし、「経済支援」という名目で朝貢を実現させ、経済復興を代行するんじゃないか。国家の再興を自力で行うとするのは日本人だけ。支那人は他人を利用するのが当たり前。「自腹を切って祖国再生を !」なんて考えない。

   日本人は生まれてから死ぬまで、ずっと日本で暮らすのを「当前」と思っている。テレビ局で反日言論を展開している左翼も含め、日本人は金銀宝石を貯め込んで海外脱出に備える、という発想はない。日本の歴史と皇室を憎む日教組職員や共産党員でも、憧れの朝鮮や支那で余生を送ろうとは考えていないのだ。ましてや、一般国民で亡命生活を考えている者などいないだろう。四季折々の風景を楽しみ、美しい自然と歴史遺産に囲まれながら過ごしたいと考えるのが普通の日本人である。だから、経済摩擦や軍事衝突となれば、挙国一致で祖国を守ろうとする。

  しかし、あの支那人達は違う。支那大陸が焦(きな)臭くなれば躊躇なく見捨てるし、住み慣れた地元が戦場となっても振り向かない。自分の家族だけ助かれば一安心。日本人だと愛すべき国土が荒らされたら大変だ。ご先祖様に申し訳ない。伊勢神宮や明治神宮が戦火で灰になったら大騒ぎになるし、江戸城に被害が及ぶとなれば体を張っても守ろうとする。支那人観光客が来て公園が荒らされたくらいでも嫌なんだから、日本人の愛国心は非常に強い。一方、支那人は紫禁城が焼け落ちたって平気だ。「俺の家じゃない」と思えば哀しくない。そもそも、「支那人」というのは異民族の集合体だから、「歴史的建造物」といっても「他人の持ち物」に過ぎない。福建省の客家にとったら、満洲人の宮殿なんか蛮族の“根城”程度だし、契丹人から観れば四川省のパンダなんて単なるデブの熊である。その四川省に住む支那人でも、パンダはチベット人から奪った野生動物なので、絶滅しようが増殖しようがどうでもいい。ただ、銭儲けになるから繁殖させてレンタルしているだけだ。

  日本人は日本にしか住めない特殊民族だが、支那人は根っからの「サバイバリスト」で、沙漠の僻地でも生活することができる。支那人にとり国境はゴムみたいに伸縮自在で、地球の果てまで伸ばすことができるのだ。彼らは幼い頃から、何処へ行っても生きてゆけるよう訓練され、そのための知恵を身につけている。(こうした点はユダヤ人と同じで、彼らは誰も奪うことができない「知識」を頭に収納し、ゼニを稼ぐための「技術」を手に覚えさせている。そして、迫害が起これば直ぐに脱出できるよう、財産は小さな宝石とか金貨にして貯め込んでいる。) 支那人は、地縁、地縁、業縁、神縁、物縁という「五縁」を基にして生きてゆく。つまり、同じ姓の持ち主とか、出身地を同じくする者、同じ土俗信仰や職業を持つ者が、互いに“もたれ合い”ながら異国の地で生計を立てるそうだ。アメリカや日本で「お互いに助け合いながら生きてゆく」と聞けば麗しく思えるが、悪いことも一緒に行うことも多いから、支那人というのは「有害な外来生物」と考えた方がいい。 

  日本人は「平和」が普通で、「戦時(有事・戦乱)」が異常事態と思っているが、支那人にとっては平和が「例外」で、権力者による横暴とか戦争での不幸というのが「通常」だ。それゆえ、支那人はどんな状況にも対応できるよう育てられている。支那人の生態や歴史に詳しい樋泉克夫(ひいずみ・かつお)は、1970年代後半にカンボジアの国境に近いタイの難民キャンプを訪れ、そこで暮らす支那人の「しぶとさ」に感心したそうだ。カンボジアにベトナム軍が侵攻したことで、ポル・ポト軍はタイ国境近くのジャングル地帯へと逃げ込んだ。これを嫌った民衆はタイを目指して移動し始めたという。当時、日本の新聞は地雷が埋め込まれた危険地帯を、着の身着のままで逃れる難民を伝えていたが、難民キャンプを視察した樋泉氏は、実際の現場を目にして驚いたそうだ。なぜなら、そこには華人らしきカンボジア人がいて、洋裁店、美容院、食堂、酒場などが作られていたからである。彼は一休みした食堂の主人に、支那語で「厨房道具はどうしたのだ?」と訊いたらしい。すると、店のオヤジは「タイまで逃げれば、きっと難民キャンプがある。難民キャンプで食堂を開いたら、きっとカネが儲かる。そう読んだから、家族で分担して厨房道具を運んできた」と答えたそうだ。( 樋泉克夫 『中国の宿命』 三天書房、2000年、p.206.)

  さぁ~すが、支那人。やることが違う。危機管理の達人だ。難民キャンプにやって来た華人(華僑や現地化した支那人)は、脱出する前にちゃんと「ゼニ儲け」を考え、食堂を開こうとする者は調理器具を、洋裁店を営もうとする者は縫い針機を、それぞれ担ぎながらの逃避行だった。戦前の日本人も戦禍を逃れる支那人を見たはずだ。侵略軍や惨敗兵を察知する支那人は、捕まる前に旅支度を整え、中華鍋を背負って逃げることがよくあった。支那人は悲惨な生活に慣れているのか、とにかく飯の事を考えて行動する。彼らは革命や戦争で全財産を失っても、「また裸一貫でお金を稼げばいい」と考え、めげることなくゼニ儲けに邁進する。例えば、タイで大手の複合企業を興した謝易初(Chai Ek Chor)は、昔、成立したばかりの共産党に支那の支店を没収され、長年の努力が一瞬で水の泡になってしまった。しかし、彼はこれくらいの不運で事業を諦めなかった。「もう一度、ゼロから始めればいい」と腹を括り、屋台商売からやり直す気概でビジネスに勤しみ、飼料生産や養鶏・養豚業、さらには食料品から不動産業まで、幅広い事業を展開したそうだ。今では彼の「チャロン・ポカパン(Charoen Phokphan)」はタイでも指折りの大手企業になっている。

日本に押し寄せる支那人

  国家消滅という危機を考えない日本人には、波瀾万丈の人生を送る支那人の行動様式は理解できない。彼らは我々の倫理道徳が通用する世界に住んでいないし、住んだこともないのだ。日本人は祖国を守るためなら特攻隊をも実践してしまうが、支那人は支那大陸を守るための玉砕など絶対考えない。まず、自分と家族の命が最優先で、たとえ国土が焦土となっても、自分の財産が安全なら幸せだ。同胞(他人)が何千万、何億人死のうとも気にならない。どうせ、数年も経てば支那人はまた増えてくる。家にはびこるゴキブリだって、毎年バルサンで駆除しているのに、翌年になると再びチョロチョロっと現れるんだから、地球の生物は皆同じではない。薔薇のように可憐だが脆弱な日本人がいる一方で、雑草のように踏まれてもへこたれない、強靱な支那人もいるのだ。もし、米露による全面核戦争が勃発したら、真っ先に絶滅するのは日本人で、最後まで生き残るのが支那人だろう。支那人だと電子レンジの中でも生存できそうだ。

  日本の評論家は米支間の経済戦争をあれこれ分析し、「大変なことになるぞ !」と推測しているが、頭のいい支那人は北京政府と心中することはなく、被害に遭う前にアメリカやカナダ、オーストラリアなどに避難するはずだ。弱肉強食が当たり前の暗黒大陸では、とばっちりを受けるのは馬鹿だけで、貧しくとも頭の良い支那人は、外人に甘い日本へと逃れる。豊で警戒心の薄い日本人は、貴重な日本国籍を無料配布。支那人が飛びつくのも不思議じゃない。日本人は難民としてやって来る支那人を可哀想と考えるが、支那人にとって海外への脱出は引っ越しのような移住である。だいだい、支那人は自国にいても悲惨な生活なんだから、日本での辛い生活など屁でもない。低賃金の筋肉労働者だって、労働基準監督署の庇護が受けられるし、国民健康保険に加入していれば、低料金で高度な医療を受けることが出来るんだから天国だ。支那では病院自体が不潔だし、偽薬を掴まされるなんて事はザラにある。道路を歩けば突然陥没するし、エスカレーターも何時どんな風に故障するのか分からない。毎日が危険の連続で、天寿を全うできる方がどうかしている。支那における人生を考えれば、日本での「苦労」なんて「苦労」じゃない。日本の刑務所には食事と娯楽に加えて人権まであるんだから。

  米国との対決で支那経済が崩壊したって、日本に住み着く支那人にはどうでもいいことだ。共産党の消滅を喜んで、「何時になるのかなぁ~」と期待している日本人がいるけど、もし大量の支那人が「難民」となって押し寄せてきたら、日本政府は阻止できるのか? おそらく、追い返すことができず、大半の支那人を引き取ることになるだろう。そして、支那人は図々しいから、日本の左翼と連動して、帰化手続きを簡略化しようと謀る。中には、日本人と結婚し、楽々と国籍を得ようとする奴がいる。こうして、まんまと「日本国民」になった支那人は、料理店とか雑貨屋を始めて小銭を貯め、チャンスがあれば同類とツルんで権力を目指す。たぶん、数年もすれば蓮舫みたいな支那系国民があちこちの選挙区に現れてくるだろう。以前、当ブログで紹介した李小牧は2015年に国籍を取得して、合法的に選挙に出馬した。いずれ、都市部で支那系候補者が「普通」になる日も近いんじゃないか。参議院選挙だと、立憲民主党の比例名簿に載った支那人が当選しそうだ。習近平もさっさと支那に見切りをつけて日本国籍を取得し、新宿から立候補すれば、案外、日本の総理大臣になれるかも知れないぞ。



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ロックフェラーの親切心には裏があった

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支那は巨大なマーケット

  支那との対決を露わにしたトランプ大統領は、経済的制裁を以て習近平政権を倒そうとしているのかも知れない。日本の支那専門家は“したり顔”で習近平の凋落を云々しているが、米国はポスト習近平の支那を如何するつもりなのか? なるほど、米国の包囲網で支那は窮地に立たされるが、トランプは次期国家主席と如何なる取引をしたがっているか、諜報組織を持たない我々には判らない。だが、いかにトランプの思惑が成功しても、支那大陸が消滅する訳じゃないし、歐米諸国に永住する支那人も居残るはずだから、支那問題が解決したとは言えないだろう。どんな天変地異が起ころうとも、支那人の銭儲けは健在だし、不穏な空気が大陸に漂えば、小銭を貯め込んだ支那人は、我先にと海外へどんどん逃げて行くだろう。そして、「こうした経済難民が向かう行き先は?」と問えば、まず米国、次にカナダ、オーストラリア、と続いて暢気な日本へとやって来るから大変だ。移民を歓迎する安倍政権を目にすれば、小賢しい支那人は“ここぞ”とばかりに、「ワタシ日本大好きねぇ~」と微笑みながら帰化を申請してくる。

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(左: ドナルド・トランプと習近平 /  右: 支那人の工場労働者)

  日本のビジネスマンも似たようなものだが、アメリカの企業家や投資家は、昔から支那に興味があった。アジア大陸に位置する支那は、アフリカと同じく宏大で資源に恵まれているが、支那人は黒人と違って高度な文明を有し、イナゴの群れを想像してしまうほど人口が多いから、西歐人にとっては、とても魅力がある。とにかく、支那人ときたら、普段はボケーと煙草を吹かしているのに、ゼニ儲けとなれば蟻よりも勤勉に、蜂よりも俊敏で、蛇よりも執念深い。独創的な商品は開発できないが、その代わりに模造品の制作は天下一。アッセンブリー工場でラジオの作り方を教えれば直ぐに覚えるし、面倒な海老の殻剝き作業でも、出来高の賃金制となれば飽きずに何時間でも働く。もっと凄いのは、手っ取り早いゼニを摑める犯罪だ。ピッキングの達人ともなれば、トヨタのレクサスやBMWの高級車でも数秒で盗んでくる。理系の支那人なら、クレジットカードやパスポートの偽造など朝飯前。中には偽造書類をセット割引にして、顧客を増やそうとするんだから商売熱心だ。一般の日本人だと、せっかく大学で勉強したんなら、カタギの職業に就けばいいのに、とつい思ってしまう。

  話を戻す。支那への興味を抱いていたアメリカ人と言えば、大富豪のジョン・D・ロックフェラーが有名だ。支那を有望な市場と見なしたスタンダード・オイル社は、石油商人のウィリアム・ハーバート・リビー(William Herbert Libby)を極東アジアに派遣して、1882年から二年間、市場調査をさせたという。リビーは文明国・非文明国を問わず、一社の石油製品が隅々にまで浸透しているのはビジネス史上類を見ないと述べ、日本や支那、インドでの灯油販売に努めたそうだ。彼は灯油ランプの安全性を宣伝するパンフレットを支那語に翻訳し、スタンダード社の石油製品がサンパン船に積まれて、支那の奥地まで運ばれる光景を目にしたという。

  スタンダード・オイル社は需要拡大を目指して、廉価なランプと灯心を販売し、初めて灯油を購入するお客にはこれを「おまけ」につけたそうである。(ロン・チャーナウ 『タイタン / ロックフェラー帝国を創った男』 井上廣美訳、日経PB社、2000年、 p.434) ロックフェラー家の発想は斬新で、灯油を買いたくなるよう、前もってそれを消費するための製品を将来の客に渡していたのだ。ロックフェラーは「美孚(メイ・フー)燈」というブランド名の灯油ランプを800万個も贈呈し、自社の灯油を支那人に売りつけようと図っていた。また、歴史家のアーネスト・メイ(Ernest May)によれば、スタンダード・オイル社は、赤字覚悟で安い灯油を支那で販売し、市場開拓に励んだという。もちろん、本社の利益でその穴(損失)を埋めたそうだ。(Ernest May and John King Faiebank eds., America's China Trade in Historical Perspective  : The China and AMerican Performance, Harvard University Asia Center, 1986, p. 213)

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(左: ジョン・D・ロックフェラー  / 中央: 灯油ランプ  /  右: フレデリック・ゲイツ)

  何とかして支那を自分の縄張りにしたいと望んだジョン・D・ロックフェラーは、教育を通して支那人を手懐けようと考えた。彼が定期的にバプティスト教会に献金していたのはよく知られているが、ロックフェラーは宣教師を利用して市場獲得を狙ったみたいだ。彼の親しい相談相手だったフレデリック・T・ゲイツ(FRederick T. Gates)牧師は、気前の良い友人の為に一肌脱ごうと思っていた。彼はジョンにシカゴ大学を創設するよう囁いた人物で、全世界にキリスト教倫理とキリスト教文明を広げるための財団を提案していたそうだ。その結果、ロックフェラー家が資金を提供して「オリエンタル教育委員会(Oriental Education Commission)」が設立され、シカゴ大学のアーネスト・デウィット・バートン(Ernest DeWitt Burton)が率いることになった。(Frank Ninkovich, 'The Rockefeller Foundation, China, and Cultural Change', The Journal of American History,  Vol. 70, March 1984, p. 800)バートンも支那の近代化を手伝おうと考えていた。シカゴ大学のヘンリー・プラット・ジャドソン(Henry Pratt Judson)学長は、支那で大学を設置することを社会革命と見なし、そうすることで支那人の間に、科学的精神や高度な倫理観、強靱な人格が生まれるだろうと思っていた。(これは、米国にも勝手な妄想を抱いて悦に耽る高学歴バカがいる、という証拠である。)

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(左: アーネスト・デウィット・バートン  / 中央: ヘンリー・プラット・ジャドソン  /  右: 昔の一般的支那人 )

  ところが、現実の支那は堅い岩盤だった。支那人は甘っちょろい日本人とは違うのだ。支那人の中華思想を前にしたら、アメリカ人の高尚な理想なんて蟷螂(とうろう)の斧どころか、ネズミの髭より脆かった。支那人は福音を伝える宣教師なんかに従わず、それどころか反撥を覚えて危害を加える態度に出たのだ。だいたい、極悪非道が日常の支那人に対し、西歐人が倫理や道徳を説くなんて愚の骨頂である。アメリカ人の宣教師がいくら隣人愛を説いたところで、「血族以外は赤の他人」と見なす支那人の鉄則は変わらず、それどころか、彼らはアホなアメリカ人から、どれくらいお金を巻き上げようかと考える。第一、キリスト教徒になる支那人なんて信じられない。洗礼を受ける支那人には別の魂胆があるはずだ。神様でさえ騙そうとするのが支那人である。聖書には、皇帝(カエサル)の顔が刻印された硬貨を皇帝に返せ、というキリストの言葉があるけど、この教えに従う支那人って居るのか? 「天に宝を」といくら牧師が叫んでも、支那人はスイスの秘密口座にお金を貯める方を選ぶ。毎週教会に通う敬虔な支那人でも、尊敬するのは貧乏大工のイエズス・キリストではなく、巨万の富を築いたビル・ゲイツやウォーレン・バフェットの方である。

  ロックフェラー家から派遣された教育者たちは、やっと現実が解ったようで、支那人に人文学を教える事を諦めたそうである。その代わり、ロックフェラーは支那人に医学を教えようと考えた。新しくロックフェラー財団の秘書になったジェローム・グリーン(Jerome D. Greene)は、「医学への投資は数世紀も燃え続けるランプに明かりを点すようなものである」と述べていた。(上記論文 p. 801) 確かに、医学なら倫理学と違って文化摩擦が少ない。道徳的説教には見向きもしない支那人でさえ、病気や怪我になれば最先端の西洋医学に頼るし、その恩恵を身に沁みて分かるから、積極的に学ぼうと励む。ジョン・D・ロックフェラーも、医学は非党派的で、政権交代に関係無く総ての人々に利益をもたらす、と述べていた。(上記論文 p.802) 財団は「支那医療評議会(China Medical Board)」を設立すると、医学生を養成すべく、1921年、「北京統合医学大学」を建設した。しかし、戦争の嵐でロックフェラー家の野望は一時中断となる。熱心に教育プログラムを推進したものの、支那事変や第二次世界大戦で、過去の努力が水の泡になってしまった。これが再開されるには、ロックフェラー家の飼い犬ヘンリー・キッシンジャーの登場を待たねばならなかった。あのニクソン大統領が日頃「ユダヤ小僧(Jew Boy)」と呼んでいた政治学者が毛沢東と交渉し、堅く閉ざされていた門を開いたのである。

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(左: ニクソン大統領とヘンリー・キッシンジャー国務長官  /  右: 周恩来とキッシンジャー)

  アメリカ人には矢鱈と支那を有望な投資先と見なすビジネスマンが多い。一般的にアメリカ人は歴史を学ばないから、世界中でアメリカ式のやり方が通用すると思っている。しかし、暗黒大陸に住む支那人は、大半が海千山千の匪賊か詐欺師なので、無知蒙昧なアメリカ人は痛い目に遭う。だいたい、地図を見てインドやベトナムがどこにあるのかさえ知らないのが普通のアメリカ人である。度々国際ニュースで取り上げられるイランやアフガニスタンだって、どこにあるのか判らない。「アメリカン・アイドル」(人気テレビ番組)くらいしか興味の無いアメリカ人だと、アゼルバイジャンかロシアを指さして、「このへんに北朝鮮がある」と言ってしまうんだから唖然とする。まぁ、南米に北朝鮮を探そうとする人が居るんだから、ユーラシア大陸を指す人がマシに見えてくる。

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(左: 江沢民とデイヴッド・メロックフェラーとキッシンジャー  /  右: 毛沢東とキッシンジャー)

  アメリカ人にとって漢字は暗号と同じで、支那人の行動様式を記した歴史書なんてチンプンカンプンだ。大卒者だって支那の歴史を勉強しないし、知っているのは萬里の長城くらい。鄧小平の名前を知ってれば立派な教養人である。こんなアメリカ人だから、支那人に対して途方もない幻想を抱くのも無理はない。日本人だって支那人には戦前から騙され続け、戦後になっても再び騙されていた。松下幸之助やヤオハンの和田社長のみならず、経団連のお偉方や財務省の高官、チャイナ・スクールの外交官など、大勢の日本人が虚構の「良き支那人」を信じていたのだ。「バカ」と呼べばそれまでだが、彼らは書物の中に描かれる支那人を「実際の支那人」と思っている。アメリカ人も様々な歴史的建造物を目にして、支那人を偉大な文明人と錯覚しているから始末に悪い。「支那人とは人間の根幹部分が“どうしようもなく”ねじ曲がった最低民族」という認識が無いから、日本人やアメリカ人は同じ過ちを繰り返してしまうのである。トランプが仕掛ける経済戦争で支那は弱体化するだろうが、それでも復活するのが支那である。支那の歴史を思い出せば、繁栄と没落のサイクルが始まった、と判るはずだ。支那の衰退は日本にとっても危険である。我々は混乱の大陸から逃れてくる支那人を受け容れず、断固として跳ね返すことを決めた方がいい。



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