無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

支那人

支那人が嫌がることをせよ ! / 有害民族の駆逐がお勧め

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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嫌いな支那人は追い払え !

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(左 : アメリカで少数派になる子供たち  /  右 : カナダで多数派となる住民の種類)

  武漢ウイルス騒動が契機となり、米支対立が深まるにつれ、局地的な軍事衝突の可能性まで出てきた。もちろん、即座に熱戦となることは無いだろうが、水面下で険悪な駆け引きが繰り返され、弾丸が飛び交わないのに焦(きな)臭い状況がズルズルと続きそうな気がする。巷の政治評論家は「米支戦争の前触れだ !」とか、「トランプ大統領が大胆な経済制裁をするかも知れないぞ!」と推測するが、日本が、すなわち政治家と日本国民がどうすべきなのかにいては具体的に述べない。我が国の知識人やマスコミは、いつも他人が“何”をするのか、あるいは外国が“どうしているのか”を盛んに議論するけど、日本人が主体的にどうするのか、という話題だけは避けている。毎度の事だけど、日本のマスコミは他国の事情を“ご披露”する特ダネ合戦ばかりで、日本を守る提案はほとんど無い。たぶん、どうしていいのか判らないんだろう。

  では、筆者が提案を一つ。支那に対して我々がすべきことは、北京政府やそれを支える支那人が“嫌がること”をすること。外務大臣や総理大臣を歴任した福田康夫は、記者会見で「相手が嫌がることはしません !」とアホな事を口にしていたが、外政は自国の利益を優先しつつ、それと並行して敵国が困るような状況をつくることにある。だから、我々は支那人がどんなことを嫌がるのか、あるいは、どのような仕打ちをすれば支那人が苦しむのかを考えねばならない。攻撃こそ最大の防禦だ。国会議員や大学教授の大半は「常識知らず」なのかも知れない。脳天気なお偉方は思いつかないが、総合格闘技とか将棋のファンなら必勝の戦法を心得ている。

  例えば、キッグボクシング出身の選手は柔道出身の相手に対して、タックルや寝技で戦わず、得意なキックやパンチの連打で倒すといった殴り合いの戦いに終始する。将棋の世界だと、名人や竜王はもちろんのこと、C級2組の棋士だって、勝ちたいと思えば得意な戦法で局面を有利に運び、敵陣の弱点を集中的に攻めて王手をかける。ちょっとオタク的な例になるけど、羽生善治九段はどの戦法も指すが、藤井聡太七段は「居飛車」党であるという。(本人曰わく、振り飛車だと勝率が悪いそうだ。) ベテラン棋士の藤井猛九段は自分の「藤井システム」で戦うが、竜王でもないのに昇龍の勢いがある藤井七段との対局じゃぁ、かなりの苦戦となるから別の戦法を考えているはずだ。何と言っても、勝率一位の若手棋士なんだから。それにしても、この天才高校生、恐るべし。

  話を戻す。強大な軍事力を持たない日本が支那と戦う際、如何なる戦法を用いるべきなのか? それは“出来るだけ”支那人を日本から追放する事である。我が国の自衛隊は核ミサイルや戦略爆撃機を持っていないので、熱戦となった場合、サイバー戦はもちろんのこと、ICBMの「東風」とかSLBMの「巨浪」、巡航ミサイルの「長剣(CJ-10 / CJ-20)」などで威嚇する支那軍には勝てない。したがって、貧弱な武力しか持たない我が国は、まづ謀略戦や内乱を予防すべきだ。それには、国内における支那人の勢力を徹底的に削ぐ必要がある。もし、このまま帰化支那人が増殖すると、支那系有権者がスウィング・ヴォート(swing vote)、すなわち勝敗を決める票になってしまい、接戦で苦しむ候補者が頼みの綱と考えてしまうのだ。

  以前、新宿で立候補した帰化支那人の件を紹介したが、米国の政界では既に支那人の進出は著しく、上下両院にまで支那人議員が存在しているのだ。ただし、難関の上院議員には少なく、ハワイ選出のヒラム・フォン(Hiram Fong / 鄺友良)やインディオの血を引くダニエル・アカカ(Daniel Akaka / 李碩)、支那系タイ人(客家)の母親を持つタミー・ダックワース(Tammy Duckworth)くらいである。しかし、州議会とか市長のレベルになると支那系が多くなり、大統領選挙や下院議員選挙で侮れない票田となってしまうのだ。支那移民が押し寄せる地区では、支那系の市長が誕生し、アジア人が構成する租界のようになっている。

Hiram Fong 1Daniel Akaka 1Tammy Duckworth 2Kris Wang 1








(左 :  ヒラム・フォン / ダニエル・アカカ  /  タミー・ダックワース  /  右 : クリス・ワン )

Lisa Wang 1(左  / リサ・ウォン )
  例えば、カルフォルニア州のキューパティノ(Cupertino)では台湾系のクリス・ワン(Kris Wang)とかバリー・チャン(Barry Chang)が市長に選ばれたし、モントレイ・パーク(Montorey Park)ではベティー・トム・チュー(Betty Tom Chu)とマイク・エン(Michael Francis Eng / 伍國慶)、パロ・アルト(Palo Alto)ではヨウ・イァウェイ(Yiaway Yeh / 葉亜威)が市長になっていた。ご存じの通り、サンフランシスコには支那移民がウジャヴシャ居るので、エドウィン・リー(Edwin Mah Lee)みたいな支那人が市長になってもおかしくはない。東部のマサチューセッツ州でも支那系議員が活躍し、若手のリサ・ウォン(Lisa Wong)がアジア人初の市長に選ばれた。こうした支那人勢力は、地元の支那系有力者と昵懇だし、北京政府から派遣されたエージェントや親子代々の秘密工作員とも手を結ぶ危険性がある。

Barry Chang 2Betty Tom Chu 1Mike EngEdwin Lee








(左 :  バリー・チャン  /  ベティー・トム・チュー  /  マイク・エン  / 右 : エドウィン・リー )

  既にアングロ・サクソン諸国では、支那人の静かな侵略(silent invasion)が着々と進行している。特に、左翼思想や多民族・多文化主義が猖獗(しょうけつ)を極めているオーストラリアやカナダでは、もう治療の施しようがない。オーストラリアに関してはクライヴ・ハミルトン(Clive Hamilton)教授が『Silent Invasion』で述べており、最近、この本は和訳されて出版されている。カナダも極左思想に汚染されており、クルクルパーになった議員は諸手を挙げて支那人やインド人、アラブ人、アフリカ人の移民・難民を受け容れているから、ヨーロッパ系カナダ人は遺伝子プールの保存が難しくなっているようだ。元々、カナダはフランス文化との共存を図って「多文化主義」を採用しただけなのに、ウィル・キムリッカ(William Kymlicka)の如き極左分子が詐欺的弁論を用いて趣旨を変えてしまい、支那文化やインド文化、さらにイスラム教までを混淆させて「多文化共存」を拵えた経緯がある。

  とにかく、支那人を受け容れるというのは非常に厄介で、国家の根幹を破壊・改造しかねない危険性がある。歴史を観れば判る通り、支那人は他人の精神を操る心理戦に長けており、人間の弱点を見つけ出し、そこに付け入って利用するのがとても上手い。彼らは幼い頃から損得勘定で動いており、五歳の子供だって立派に駆け引きができる程の交渉人である。銭ゲバの支那人にとって、羞恥心とか屈辱感は一時的な感情に過ぎず、長期的利益の前では塵と変わりがない。欲望の化身となった支那人は、他人(ひと)に踏まれてもめげず、それを跳ね返して繁殖する雑草と同じ。枯れ葉剤や放射能が降り懸かってきても“へっちゃら”だ。100年後、200年後、千年後に勝てば良い。米国や日本で乞食のような生活が親子3代続こうが、4代目で機会を掴み、5代目が教育を受け、6代目が成功者となれば大成功。後は客家のような大富豪になって財閥を築けばシメたもの。誇り高き日本人ではとても真似できない。

  ということで、外国に同胞の支那人を派遣して、現地を乗っ取ろうと考える北京政府は、盛んに支那移民を支援する。支那人は他人を信用せず、血族である身内しか頼らないから、彼らは一族郎党で出世を図るし、そのためには不正・犯罪・横領・賄賂を厭わない。様々な方面に人脈を築いて豊になるのが鉄則だ。一方、北京政府は外国での諜報活動および対外工作を計画する際、、地元に根付いた同胞を利用しようと考える。支那人というのは、たとえカナダに帰化しようが、心は「支那人」のままなので、私的利益や札束の量で動く。国旗への忠誠心なんか一文の得にもならない。「メープルの布きれ(国旗)」より「メープル・コイン(金貨)」の方がいいし、訳の解らぬ呪文(国歌)より、クズ野菜の方が遙かに重要だ。大根の葉っぱなら油で炒めて夕食になるが、愛国心じゃ腹が膨らむ事はない。

  北京政府は同胞の支那人を外国に送り込んで必要な情報を獲得しようと謀っていたし、それは今でも続いている。こうした諜報活動に従事するのは、大使館に勤務する外政官だけではなく、外政官特権を持たない一般人も加わっており、便更兵のような「工作員(illegals)」が存在するそうだ。歐米諸国にはビジネスマンとか留学生、科学者などの立場で住み着く支那人が結構いるから、北京政府はこうした同胞の中からリクルートすることが結構ある。特に、アメリカの最新科学や軍事技術は垂涎の的なので、北京政府は以前から科学者のスパイを送り込んでいた。例えば、アメリカにある重要な研究施設は狙われやすく、カルフォルニア州にある「ローレンス・リヴァモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory)」とか、テネシー州にある「オーク・リッジ(Oak Ridge)国立研究所」、マンハッタン計画で有名なニュー・メキシコ州にある「ロス・アラモス(Los Alamos)研究所」、核兵器開発で知られる同州の「サンディア(Sandia)国立研究所」は格好の餌食だ。(Jonathan Manthrope, Claws of the Panda : Beijing's Campaign of Influence and Intimidation in Canada, Cormorant Books, Toronto, 2019, p.38.) 

Clive Hamilton 2Will Kymlicka 1Anne Marie Brady 2








(左 : クライヴ・ハミルトン  / 中央 : ウィル・キムリッカ   /  右 : アン=マリー・ブレイディー )

  支那人の権力者は人海戦術が得意で、高度な技術を使った窃盗も考えるが、豊富に存在する支那人を用いて大量の情報を得ようとする。たとえ、一人が持ち込む情報が僅かでも、その数が1万、100万1億となれば膨大な知識の蓄積となる。とりわけ、アメリカやカナダの大学に通う支那人留学生や現地の国籍を持つ支那人は貴重だ。2015年の統計によると、海外にいる支那人留学生は52万3千700人で、そのうちカナダには11万9千335名、アメリカには26万914名もいたらしい。(上掲書、p.39.) こんなにいれば選び放題で、北京政府はめぼしい学生や研究者を「情報提供者」として勧誘していた。カナダ人も迂闊だが、日本人はもっと暢気で、奨学金まで支給して「支那人の皆さんいらっしゃい !」と大歓迎。中曽根康弘から二階俊博に至るまで、自民党の重鎮らは支那人留学生を迎えることが「日中友好」の証しになると思っているのだ。しかし、実際は日本の科学技術を盗むために、東京大学や早稲田大学といった有名大学の理工系学部に入っている。文系学部にやって来る支那人は、歐米の大学に入れない低レベルの“落ちこぼれ”か、日銭を稼いで就職を考える流民、もしくは国籍を狙う偽装移民だ。こうした連中は、就職や結婚で日本国籍を取得しても、日本への忠誠心なんか全く無い。我々が敬愛する天皇陛下も赤の他人で、単なる「穀潰し」か「蛮族の酋長」と思っている。

  オーストラリアよりも酷い侵略を受けているニュージランドには、支那を研究する社会学者のアン=マリー・ブレイディー(Anne-Marie Brady)がいる。彼女によれば、支那人は外国の友人をピラミッド型のヒエラルキー(優劣階層)で分類しているそうだ。つまり、支那人は勧誘した外国人をランク付けているというわけ。なるほど、彼らが手込めにした外国人(協力者)を見れば、利用価値の高い重要人物がいる一方で、たいした影響力も無い下っ端外人もいたりする。例えば、高位高官だと、デイヴィッド・ロックフェラーの子分で、「キッシンジャー・アソシエイツ(Kissinger Associates)」を創設した元国務長官のヘンリー・キッシンジャーが挙げられる。このユダヤ人は、“鄭重に扱うべき友人”で、合衆国政府と揉めた時や外資を誘致する時に役に立っていた。フランスの大統領を務めたジャック・シラクも“頼もしい友人”で、彼は支那が人権蹂躙で国際社会から非難されていたとき、支那との“絆”を断ち切らず、むしろ関係改善に努め、北京政府に武器を売ってくれた恩人である。

Henry Kissinger & Mao 2Henry Kissinger & Xi Jinping







(左 : 毛沢東とヘンリー・キッシンジャー   /  右 : 習近平と会談するキッシンジャー)

  一方、日本の政財界で威張り腐る「親中要人」は、ヤクザに首ったけとなった酌婦か、殴ってもしがみつくシャブ中の娼婦みたいだ。江沢民派や習近平派の支那人からすれば、生け簀で飼っている金魚ていど。「もっとキックバックをちょうだい!」とせがむ雑魚なんか、適当にあしらっておけばいい。例えば、「日中友好議連」の西村康稔や逢沢一郎、小池晃も忘れてはならないが、こうした日本の「友人」は適当に褒めてやれば、黙っていても附いてくるし、「お前の破廉恥写真をバラまくぞ!」と脅せば、大量の献上金(無償海外援助)を持ってくる。逢沢議員なんてガールズ・バーで乳首を揉んでやれば喜ぶし、小池議員には「志位の後釜にしてやるぞ」と囁けば尻尾を振って従うんから。『パンダの鉤爪』を書いたジョナサン・マンソープは、支那人の考えを紹介している。

  友人というのは増やすほど良い。また、我々は誰を友人とすべきかを選ぶべし。特に、我々は友好的な外国人、そして、特別な地位、経済力、学識、政治的な影響力を持つ外国人を友人にしたいのだ。平和的な国際環境を達成するためには最も有利だし、国家の経済を構築するうえで支えとなる。(上掲書、pp.43-44.)

  支那人の手口を研究するブレイディーが言うように、支那人が大切にするのは、自国で何らかの名声や権力、あるいは財力を持つ外国人で、 北京政府の重鎮達が持て囃すのは、「支那人民の古い友人」と呼ぶ外国人である。所謂、「便利な馬鹿(useful idiots)」という奴だ。標的にされたカナダは、リベラル派の牙城みたいな国だから、支那人のスパイやエージェントが入り込むのは誠に容易である。しかも、左翼思想の権化みたいなジャスティン・トゥルードー(Justin Trudeau)が首相になったものだから、浸透工作なんてお茶の子さいさい、ソーセージの摑み取り大会みたいに情報を盗めてしまうのだ。

Stephen Harper 1Chinese in Canada 8Justin Trudeau 2









(左 :  スティーヴン・ハーパー /  中央 : カナダで幸せに暮らす支那人 / 右 : ジャスティン・トゥルードー  )

  例えば、スティーヴン・ハーパー(Stephen Harper)首相率いる保守党政権は、支那企業による「ITFテクノロジーズ(モントリオールを拠点とするハイテク企業)」の買収を食い止めたが、トゥルードー政権はそれを覆し、香港を拠点とする「O-Netコミュニケーションズ」による買収を許してしまった。これにより、軍事技術を有するカナダ企業は支那人のポケットに入っている。(Steven Chase, "Liberals reverse course on Chinese takeover of Montreal high-tech firm", The Globe and Mail, March 27, 2017.) ちなみに、「ITF Technoligies」は指向性エネルギー兵器の製造で有名だ。また、トゥルードー政権は軍事通信機器を製造する「ノーサット・インターナショナル社(Norsat International, Inc.)」の売却を許したので、無線機器を取り扱う支那企業の「ハイテラ・コミュニケーションズ(Hytera Communications)」は同社を買収することができた。

  外国人を勧誘したり手懐けたりする時、北京政府が参考にしたのはソ連の“やり口”であった。支那共産党の外人リクルートは1930年代から始まっており、国際社会における自らの存在や評判を高めるため、支那人は左巻きの西歐人を活用したし、こうした左翼分子も共産党の御機嫌取りに熱心だった。例えば、カナダ人医師で著名なノーマン・ベチューン(Norman Bethune)とか、ニュージーランドの作家で政治活動家のルイ・アレイ(Rewi Alley)、『支那の赤い星(Red Star Over China)』を書いたアメリカ人ジャーナリストのエドガー・スノー(Edgar Snow)などは、毛沢東や周恩来の飼い犬みたいだった。

Norman Bethune 1Rewi Alley 2Edgar Snow 1








( 左 : ノーマン・ベチューン / 中央 : ルイ・アレイ  / 右 : エドガー・スノー )

  ちなみに、ベチューンの支那名は「白求恩」となっている。この名前を聞くと、「あれっ !」と思う日本人は多いと思う。昔、支那公安部の女性通訳を“愛おしい”情婦にした橋本龍太郎は、26億円の無償援助を支那に与え、その上納金で北京政府は長春に「白求恩医科大学附属病院」を、北京に「中日友好病院」を建設することができた。一方、アレイの支那名は「路易」で、彼は支那人の養子を二人向かえ、最初の息子に「アラン」、次の息子に「マイク」と名付けた。アレイがどんな養父だったのか判らないが、彼は同性愛者であったらしい。当時、彼の祖国ではゲイなんて白眼視されていたが、支那人は彼の性癖を“弱点”というか、利用すべき“特質”と見なしていたから、それとなく彼に同性愛の行動を許していたそうだ。こうした厚遇を受けていたから、アレイは支那での生活を肯定的に捉えていたのかも知れない。ルイ・アレイと同じく、支那共産党に忠実だったのは、毛沢東の通訳を務めたアメリカ人のシドニー・リッテンバーグ(Sidney Rittenberg)であった。この赤い外国人は、支那共産党の手下になったイスラエル・エプシュタイン(Israel Epstein)と同じくユダヤ人。(このユダヤ人については次のブログで紹介する。) 

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(左 : シドニー・リッテンバーグ  / 中央 : イスラエル・エプシュタイン /  右 : 毛沢東)

  歐米人と同じく、日本人が支那人の侵略を受けているのは、我々が思想的に弱いからだ。支那人は恥知らずだから、利用できるモノは何でも利用する。「人権」という言葉は支那人にとって「武器」になるが、日本人にとっては「葵の御紋」になってしまう。たとえ図々しい乞食が持っていても、顔の前に掲げられると土下座するしかない。日本の学者は「人権」を金科玉条のように扱うが、単なる「人間の権利」なんて河原の石ころと変わらないのだ。例えばもし、日本にやって来た支那人が我々に向かって、「おい、小日本人 ! お前らの国籍をよこせ!」と小石を投げつけ、我々が抵抗したり反撃しなければ、一方的にやられるだけで、鼻血を出しながら詫びるしかないが、通常、そんなことはないだろう。必ずや、「なんだ、この支那人 !」と激怒し、小石どころか包丁を投げつけ、怯んだところに両脚タックルを掛けて、マウント・ポジションを取るはずだ。あとは、鉄槌を下してボコボコにするだけ。
 
  それよりも、どうして我々は「人権」に怯えなければならないのか? だいたい、日本人が先祖代々受け継ぐ「日本国民の権利」を、下品な支那人や朝鮮人、あるいはペニス・サックを附けたパプアニューギニアの土人が持っているのか? 地球上に住む人間の全ては平等じゃないし、国境を越えて住み着いたからといって、誰でも日本国民や合衆国公民になれる訳じゃない。どこの国も新参者や入国者に対する審査権を持っているし、気に食わない奴を排除する権利すら持っている。ましてや、等しい権利を有する「仲間」となるべき外国人には入念な検査が必要で、忠誠心や能力、血統などに嘘偽りがないかを確かめる試験が必要だ。イスラエルなどはナチスを模範とし、怪しいエチオピア移民を叩き出している。いくら古代ユダヤ人の子孫でも、黒い肌は嫌いだから、ユダヤ人の遺伝子プールを守りたい保守派ユダヤ人は、様々な難癖を付けて出来るだけエチオピア人やスーダン人を排除しようと試みている。

  日本人は根が優しいからユダヤ人のように冷酷になれないが、国家防衛と思ってユダヤ人並に支那人駆除を実行すべきだ。日本は日本人で構成されているから「日本」なのであり、帰化支那人や日支混血児が増えてしまえば、「美しく素晴らしい日本」は無くなってしまうだろう。民族というのは外敵ではなく、異民族混淆による内部崩壊、あるいは民族的自殺によって滅んでしまうものだ。日本では保守派までもが「人権」とか「民族差別」という言葉に弱い。支那人は手段を選ばない「超限戦」を仕掛けているのに、保守派知識人は支那人の流入を許しても、伝統的な日本を維持できると思っている。

  結局、精神的に弱い民族は、強靱な精神を持つ野蛮人に負けるというこだ。もし、我々が「日本らしい日本」を守ろうと欲するなら、いかがわしい手段で帰化した支那人から国籍を剥奪すべきで、支那系国民に対してはポリグラフ(嘘発見器)を使ってもいいから、国家や皇室にタイする忠誠心を検査すべきである。たとえ、日本で生まれ育った子供が居る家庭でも、すんなりと日本国籍を与えてはならず、一般国民による審査会議が支那人申請者の私的な事情を吟味し、拒否権の無い尋問を加えるべきだ。役人の審査は甘っちょろいから、筆者みたいな日本人がキツい尋問に掛けるしかない。もし、どうしても支那人が日本に帰化したいのであれば、要求された個人情報を公開し、国民投票で許可してもらうべきだ。スイスでは住民による帰化審査があるから、日本人が真似しても非難されないだろう。もちろん、左翼陣営は「人権蹂躙だ!」と喚くが、日本を守りたい国民は、断固として支那人排斥を決断すべきである。もし、左翼が反対するんなら、「誰でも東大に合格させろ !」とか、「希望者すべてに朝日新聞社の門を開放せよ!」と言ってやれ。エリート意識満々の左翼インテリどもは、「ダメダメ ! 高級な人間しか入れないんだから !」と怒り出すぞ。まぁ、左翼だって自分の特権だけは守りたいからさぁ~。



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馬鹿を利用する支那人 / 私益に目が眩んだ日本人

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経済で誘惑する北京政府

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  歐米諸国は武漢ウイルスによる被害で、ようやく支那を“敵国”扱いにしているが、我が国は依然として“友好国”と見なしている。もちろん、日本の保守派国民は前から支那を嫌っているけど、政治家は未だに支那との貿易に縋(すが)っているから救いようがない。これじゃあ、まともな日本人は肺炎でなく、「支那依存症」という宿痾で熱が出てしまいそうだ。なるほど、自民党の幹部を眺めれば、どれもこれも支那人か朝鮮人の手下みたいな連中でいっぱいである。悪名高い幹事長の二階俊博や官房長官の菅義偉ばかりじゃなく、「日中友好議員議連」の会長を務める林芳正とか、経済再生担当大臣の西村康稔、消費増税に大賛成の甘利明、支那贔屓の後藤田正晴を看板にする後藤田正純、竹下派の流れを汲む小渕優子、支那人の情婦に溺れた橋本龍太郎を父に持つ橋本岳、朝鮮人と支那人の二股を掛ける河村建夫など、もう列挙するだけでも吐き気がする。

  国民の多くが支那人を嫌っているのは確か。でも、安倍内閣は支那への愛着を捨てきれない。というのも、パトロンとなっている財界が支那経済と連結し、有名企業が支那大陸に“のめり込んで”いるからだ。トヨタ、ホンダ、日産、三菱のみならず、部品メーカーのデンソーやアイシン精機が支那大陸で商売をしているし、上海などでビルディング建設に手を染めてた森ビルも有名である。また、駐支那大使であった丹羽宇一郎が伊藤忠商事の取締役相談役であったことはよく知られている。でも古巣の伊藤忠には、もっと有害な社員がいた。それは瀬島龍三だ。戦前、瀬島は関東軍作戦参謀本部に属し、戦後、ソ連から“解放”されたあと伊藤忠に就職した。この胡散臭い瀬島が、日中国交正常化に熱心だったことは見逃せない。帝國陸軍の元エリート中佐だった瀬島は、“抑留”中にソ連と密約を結んだのか、帰国後、「悲惨な目に遭った苦労人」を演じていたが、愛国的な日本人からは「スターリン放った赤いナポレオンじゃないのか?」、と怪しまれ、希望する陸上自衛隊から門前払いされていた。演技派の瀬島が腹黒い中曽根康弘とグルになっていたのは偶然ではない。

  商社マンの間ではよく知られているが、伊藤忠商事が支那大陸で幅を利かすことができたのは、同社が鄧小平の一派と“太いパイプ”を持っていたからだ。1972年の「日中国交正常化」以前は、住友商事や三菱商事の後塵を拝していたけど、鄧小平の改革解放路線が台頭すると、伊藤忠はいち早く鄧小平の派閥に近づき、蜜のような利権を確保した。日本人は支那人が口にする共産主義を信じて、「支那は共産主義国家だ !」と非難するが、銭ゲバの支那人にとって、マルクス主義なんか、所詮「外来思想」だ。用が無くなれば、チューインガムのように吐き捨てるのが普通である。だから、支那人が伝統的な「銭儲け第一主義」に戻ったのを見て、鄧小平に媚びた伊藤忠は、ある意味賢い。銭のためなら女房も泣かす、というのが商人の本質で、共産党と癒着なんて当たり前。吉本の藝人じゃないけど、「当たり前体操」が日課である。

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(左 : 丹羽宇一郎  / 中央 : 瀬島龍三  /  右 : 藤野文晤 )

  支那では有力な人脈を構築するのが、成功への第一歩だ。鄧小平には鄧樸方という長男がいて、「中国身体障碍者福利基金会」の理事長をしていたから、伊藤忠の中国総代表を務めていた藤野文晤(ふじの・ふみあき)は、これに目を附け、指紋が無くなるほど“もみ手すり手”で鄧一族に奉仕した。藤野氏は日本企業から「ご寄付」を集めることで、一生懸命、鄧一派にゴマすりをしていたそうだ。余計な出費を囁かれた日本企業は、丁寧な恐喝に腹を立てたが、この暗黒大陸では不正や賄賂は“常識”なので、渋々ながらでも従うしかない。まぁ、表に出せないお金でも“必要経費”と考えるべきだろう。

  この藤野氏は根っからの支那贔屓で、伊藤忠を退いた後も、「中国研究所」の所長や「富山県新世紀産業機構アジア経済交流センター」の顧問、「日中経済協力評議会」の評議員などを務めていた。しかし、彼の特徴は日本の国益よりも支那の感情を優先する点にある。単に大東亜戦争に関する知識が無いのか、それとも単に無知を装っているのか、筆者には判らないが、藤野氏は日本が加害者で支那が被害者という図式を信じている。それゆえ、彼は総理大臣が靖國を参拝すべきではない、支那の要求に対して日本側が譲歩すべき、という考えを持っていたのだ。藤野氏は中曾根康弘の例を口実にして、小泉純一郎総理の靖國参拝に異を唱える。呆れてしまうけど、彼は支那に配慮して靖國参拝を止めるよう提言していたのだ。藤野氏曰わく、「他のアジア諸国も嫌がっているんだから、わざわざ寝た子を起こすような真似はするんじゃない !」、と。(だが、「他のアジア諸国」といっても、我々にイチャモンをつけてくるのは、毎度毎度、北鮮と南鮮くらいじゃないか ! ) 藤野氏は『文藝春秋』のインタビューで、「支那を信用しない外交は止めた方がいい」と窘(たしな)め、支那人と付き合うなら「中華世界の一員になる覚悟が必要だ」と述べていた。どうして、支那人と商売するために、日本人が彼らに合わせて、卑しく下品な人間にならなくてはいけないのか?

  財界にはうんざりするほどチャンコロ仲間が多く、「富士ゼロックス」の会長を務めていた小林陽太郎や、経済同友会の代表幹事を務めていた北城恪太郎(きたしろ・かくたろう)も、首相の靖國参拝に反対で、恥ずかしくなるくらい支那人に媚びていた。小林陽太郎は靖國参拝で支那国民の感情を害するんじゃなすか、と心配していたし、北城恪太郎の方は日系企業の活動に悪影響が及ぶんじゃないか、と懸念していた。もう、情けないというか、馬鹿というか、二人とも言葉にできぬほどみっともない。ちなみに、生前、小林会長は「新日中友好二十一世紀委員会」の座長を務めて支那擁護に熱心だった。彼は支那人や南鮮人が歴史問題を持ち出すと、「もうちょっと現実的というか、フレキシブルになってほしい」と望み、支那人が問題にするのは「政治家たちの発言」と述べていた。(「日中韓はより柔軟に、日米経済交流は拡大を」 Nippon Communications Foundation、2014年5月2日。) 北城氏の経歴も華やかで、ビジネス界を離れると、国際基督教大学の理事長に就任し、「文部科学省中央審議会」の委員になっていた。これだから、日本の若者が支那贔屓になる訳だ。

  話を戻す。北京政府は一枚岩ではなく、絶えず有力者による権力闘争が渦巻いているから、特定の人脈だけにしがみつくことは賢明ではない。どの商売人だって、鄧小平の勢力に翳りが見え始めれば、次の人脈を築くのは当たり前。伊藤忠の室伏稔(むろぶし・みのる)社長は、勢力を伸ばす江沢民に接近し、新たなパイプを築くことにした。ただし、伊藤忠の連中を支那に招き、江沢民と面会させようとしたのは「中国・国際友好連絡会」である。この団体は人民解放軍の下部組織で、日本人を籠絡するために存在するような工作機関だ。表面上、中国・国際友好連絡会はシンクタンクを装っているが、米国へ亡命した支那海軍司令部参謀の姚誠(よう・せい)中佐によれば、明らかに諜報・謀略機関だ。そこのメンバーは各国政府の高官らと個人的な関係を結び、丸め込む事が主な任務らしい。(「中国海軍元スパイ、『中国国際友好連絡会』は軍諜報機関」 大紀元時報、2019年6月11日) そういえば、連絡会の会長を務めていた王震は人民解放軍の長老軍人で、胡耀邦を失脚させる程の権力を持っていたから、この組織は単なる民間団体じゃないはずだ。

日本の財界人と政治家を利用する北京政府

  支那人というのは他人を利用して私腹を肥やすのが実にうまい。丁度、イカやサバを針に附けて、巨大なマグロを釣り上げる漁の達人とソックリ。支那人は小学生でも大人の日本人をコロッと騙すことができるから凄い。何しろ、日常生活が「騙し合い」の修羅場なので、支那人は幼いときから“訓練”を受けている。日本人は大学生でも『韓非子』や『厚黒学』を読まないが、支那大陸では漢籍を習っていない子供でも、こうした書物の要諦を心得ているから、謀略戦で日本人は支那人に勝てない。日本の財界人や政治家なんか、いくら偉くても支那大陸に行けば迷子になった鮪や鯛といったところだ。

Liao Chengzhi 001(左  / 廖承志 )
  泥沼状態の日支経済関係と言えば、まず1963年から発足した「LT貿易」が思い出される。これは支那側の代表者である廖承志(りょう・しょうし / Liao Chengzhi)の「L」と、日本側の高崎達之助(たかはし・たつのすけ)「T」を用いて「LT覚書貿易」と呼ばれたそうだ。今では誰もが知っているけど、当時の支那にとって、日本との経済交流は死活問題。何しろ、1958年から61年にかけての「大躍進」は大失敗だ。経済政策の素人である毛沢東が、農業と工業の大増産を目論んだら、さあ大変。当初の目論見とは全然違って、4千万人以上の餓死者が出てしまった。西側の学者によれば、総計約7万6千万人の犠牲者が出たらしい。「さぁぁ~すが支那人!」と言いたくなるほどの悲惨な結末である。したがって、1960年代初頭の支那国内はボロボロ。そこで、「何とかしなくては・・・」と考えた毛沢東と周恩来は、「隣の馬鹿」を利用することにした。

  情けないけど、日本にはお金で動く政治家がゴロゴロいる。狡猾な周恩来は農林大臣や文部大臣を歴任した自民党の松村謙三(まつむら・けんぞう)に目を附け、彼を支那に招いて籠絡しようと考えた。周恩来は紳士的な態度を取ることが得意な支那人。日本人の新聞記者や政治家がこぞって騙されたのも無理はない。マスコミは周を漢籍に精通した教養人と見なすが、その実態は吸血鬼が真っ青になるくらいの極悪人だった。要するに、この腹黒い国務院総理は、支那人が理想とする「大人(たいじん)」を演じただけ。老獪な周恩来は、無防備な村松に「平和五原則」を説き、日支は敵対することなく、友好関係を結ぶべき、と囁いたそうだ。ホント、支那人は天性の嘘つきである。しかし、この口車に乗った松村は、帰国すると早速、経済企画庁の初代長官を務めた高崎達之助を口説き、彼に訪支を勧めたという。ただし、当時の外務省は少し“まとも”で、台湾の方を重要と見なしていたから高崎と周の第二会談を認めなかった。

Matsumura Kenzou 1(左  / 松村謙三 )
  それでも、1960年(昭和35年)、高崎は再度支那を訪問し、周恩来や珍毅(ちん・き)、廖承志と会談して話をとりまとめ、二年後には覚書を交わすことで「LT貿易」に漕ぎ着けた。支那人にとって富をもたらす貿易は非常に大切だけど、それ以上に「人的交流」を実現させることは悲願であった。何といっても、心理戦や謀略工作、たらし込み、賄賂漬け、ハニー・トラップは支那人の得意科目だ。一旦、日本の固い殻を破ればシメたもので、あとはドンドン日本の要人を仲間に引きずり込めばいい。まぁ、数名の日本人は抵抗を示すだろうが、ほとんどの企業家や政治家は銭と女に弱いから、忠犬になるのは時間の問題だ。支那人は大手企業に食い込んだ総会屋とかヤグザと同じだから、一度“深い関係”になると、何時までも離さず、骨の髄が無くなるまでしゃぶり尽くす。支那人が仕組んだ“蟻地獄”から抜け出すのは不可能だから、毒を喰った日本人は死ぬまで支那人の下僕となってしまう。それが厭なら、上海領事館員のように自殺するしかない。(平成16年5月、「劉」というホステスと関係を持った外務省の領事館員は、「唐」という諜報機関の支那人に「バラすぞ!」と脅され、協力者になるよう強要されたが、それを承諾できず、自ら命を絶った。享年46。)

Takahashi Tatsunosuke 2( 左 / 高崎達之助 )
  松村謙三と周恩来との間でLT貿易に関する協議が執り行われると、日支両国における貿易事務所の相互設置と常駐記者交換の覚書が取り交わされた。支那は日本に「廖承志事務所駐東京連絡處」を設立し、日本側は支那に「高崎達之助事務所駐北京連絡所」を建てた。今では悪名高い「日中記者交換」だが、当初はその弊害に気づく日本人は少なく、支那人記者の派遣に関しては「廖承志事務所」が窓口になっていた。ちなみに、東京連絡處」の首席代表に選ばれたのは、これまた「日本通」の孫平化(そん・へいか)である。1964年(昭和39年)に高崎が亡くなると、その後釜には衆院議員の古井喜実(ふるい・よしみ)が納まって、支那とのパイプを維持したという。この古井は内務官僚上がりの代議士で、池田内閣で厚生大臣、大平内閣で法務大臣を務めた人物である。

  高崎の後継者にはもう一人、重要な人物がいて、それは全日空の社長になった岡崎嘉平太(おかざき・かへいた)である。彼は1954年に「国際貿易促進協議会」の常任理事や「日中覚書貿易事務所」の代表を務めたキー・パーソンで、支那との交流にとても熱心だった。その理由の一つが、若い頃の経験にある。大正5年、岡崎氏はまだ19歳。彼は第一高等学校第一部丙類(独法科)の学生で、寄宿舎に住んでいた。そこに支那から龑德柏(りゅう・とくはく)という留学生がいて、岡崎氏はこの支那人と親しくなったそうだ。しかし、この支那人留学生は岡崎氏の心に毒麦を播く。龑德柏が上海の公園に立てかけられた「犬と支那人は入るべからず」という制札の話をすると、岡崎青年は「犬と支那人を同格にするとは何事だ!」と怒り、「これは支那人だけを馬鹿にする侮辱ではなく、アジア人すべてに対する侮辱だ」と思ったそうだ。西歐白人からの侮蔑に憤慨した岡崎氏は、アジア人を馬鹿にするような連中はアジアから追い出さねば、と鼻息を荒くし、いつか、こういうアジア蔑視の思想を撤廃せねば、と意気込んだそうである。

  これが切っ掛けとなって日支問題に興味を持った岡崎氏は、「人間に上下は無い」、「相手の身になって考える」を信条とするようになったらしい。日本の政財界には、西歐白人による支那人蔑視に憤慨する人が多いけど、支那人自身が強烈な差別主義者であることに気づいていないのだ。そもそも、「東夷」と呼ばれた日本人が、「中華」の支那人に同情するなんて、漫才のネタにもならない。支那人から見れば、天皇陛下だって未開族の酋長くらいだ。とすれば、日本の庶民なんて野良犬以下。せいぜい、漢字の恩恵を受けた劣等民族だ。そもそも、我々はアジア人と違う民族なんだから、アジア人がヨーロッパ人に支配されたって憤慨する義理は無いだろう。アジア人は何時も誰かに支配されているんだから、たまたま第19世紀に白人から支配を受けただけ。アジア大陸には、モンゴル人やペルシア人、ロシア人、アラブ人、支那人など兇暴な民族がウジャウジャいるから、一々被支配民族に同情していたら身が持たない。

日本で暗躍する知日派支那人

Liao Chengzhi 002(左  / 廖承志 )
  話を戻す。日本人が支那貿易にのめり込む際に仲介役を務めるのは、日本語を流暢に話し、日本人の行動様式に通じている“知日派”の支那人だ。日本人は「知日派」と聞けば、日本の事情に詳しく、日本人の複雑な気持ちを汲み取ってくれる優しい外国人と思いがちだが、現実的には、日本人を操るのが非常に上手い工作員という方が実像に近い。とりわけ“日本通”の支那人であれば、詐欺師を騙す“黒詐欺”といった感じである。例えば、先ほど述べた廖承志は、孫文の右腕だった廖仲愷(りょう・ちゅうがい)の息子で、東京の大久保で生まれた支那人。彼はカトリック教会のマリア修道会が運営する暁星小学校に通っていたから、日本人並みに日本語を話す。支那大陸に戻った廖承志は嶺南大学に入り、「支那人」として暮らすが、1925年に再来日する。彼は早稲田大学附属第一高等学院で学ぶも、非合法活動に従事したことで放校となったらしい。ところが1954年、彼は「紅十字会」の代表として再び来日し、LT貿易や日中記者交換の取決めで活躍した。また、この「親日支那人」は統一戦線部の副部長であったという。

Cho 1(左  / 趙安博 )
  そういえば、支那共産党で中央外事工作部秘書長を務めていた趙安博(ちょう・あんぱく)も日本への留学生という過去を持ち、彼は旧制第一高等学校に通っていた。1937年に学校を中退すると、彼は支那に戻って八路軍に加わり、延安日本工農学校で野坂参三の助手を務めていたという。そして、敵軍工作部の要員になっていた趙は、延安で日本人捕虜の洗脳をしていたそうだ。もう恐ろしくなる。(ちなみに、野坂参三は日本共産党の重鎮で、スパイとして除名された人物である。) 周恩来も日本への留学経験があったから、日本人を操る術に長けていた。彼は1917年に来日し、1919年に帰国したが、その間、日本を知る機会がたくさんあったという。観察力が鋭かった周恩来は、日本人を軽く見る同胞に異を唱えていた。でも、周の反論を聞いていると日本人はムッとすることがある。例えば、当時の支那人はよく「東洋(日本)は襤褸(ボロ)の邦(くに)」と呼んでいたそうだが、周恩来は同胞の一知半解を批判し、日本は「襤褸じゃない」と思っていたそうだ。今の日本人が耳にすれば、「おい、こら、支那人 !! テメエの国はゴミ捨て場よりも汚く、豚小屋よりも臭いのに、日本がボロ切れみたいな国だって?! ふざけんじゃねぇぞ!!」と激怒し、膝蹴りとクリンチ・アッパーを噛ますだろう。中華思想に染まった支那人というのは、傲慢の100乗を絵にしたような人間である。

   その他の「知日派」支那人といえば、肖向前(しょう・こうぜん)とか、王暁雲(おう・ぎょううん)、孫平化の名が挙げられる。例えば、共産党の指示で本名の「斉守福」から「孫平化」に変身した知日派工作員は、遼寧省の西三村に住む斉献令の長男として生まれた。彼は満洲の奉天省第二工科高級中学校を卒業すると、満洲国にあった経済部税務局の関税課に就職した。そこで働いている時、日本へ留学するチャンスに恵まれたので、彼は東京工業大学附属予備部に留学したそうである。卒業後、孫は成績は良くなかったけど、東工大の本科に入ることを希望し、大学側の温情もあって、応用化学科に進むことができたという。しかし、留学中に没頭したのはマルクス・レーニン主義の書物であっから、本業の勉強はそっちのけだ。結局、四年後(1943年)に中退(除籍処分)し、実家へ戻ることにしたが、帰郷すると支那共産党に入って地下活動家になった。彼は表向き長春にある「徳泰銀行」に就職し、貯蓄係長になっていたが、十数年後、孫は支那の訪日団を手引きする案内役になっていた。(詳しくは、孫平化 『中国と日本に橋を架けた男』 日本経済新聞社、1998年を参照。)

  北京政府へ6兆円以上のODAを注ぎ込んだ田中角栄については、様々な書物が出版されているのでここでは述べない。ただ、日中共同声明が発せられる前、既に財界が支那とのパイプを築いていたことは刮目すべき歴史である。昭和31年頃、八幡製鐵の常務を務めていた稲山嘉寛(いなやま・よしひろ)は、元三菱商事の鈴木一雄に勧められ、支那を訪問することになったという。鈴木氏は殊のほか支那人との交流に熱心で、しきりに周恩来との会談を稲山氏に提案していたそうだ。(この鈴木氏は三菱商事のインドネシア支店長を務めていた人物で、帰国後は神戸商事に勤めていた。ちなみに、稲山氏は後に八幡の社長となり、三男の稲山孝英は自動車販売会社「ヤナセ」の第三代社長となっている。) 稲山氏は米国側の諒解を得た上で支那を訪問したが、その随行メンバーがすごい。八幡製鐵からは斎藤英四郎常務と中井国臣購買副部長が参加し、富士製鐵からは中島正保常務と太田購買部長、日本鋼管からは清水芳夫常務と安田原料部長、川崎製鐵からは塩博常務が団員となっていた。(稲山嘉寛 『私の鉄鋼昭和史』 東洋経済新報社、昭和61年、p.104.)

  彼らが周恩来総理と会談した時、支那側と交渉が難航すると、支那訪問を持ちかけた廖承志がホテルに現れ、親切な助言を授けてくれたそうだ。日本側と支那の担当者は、鉄鋼の輸入価格で揉めていたが、周恩来による「鶴の一声」で解決し、昭和33年2月26日、日中鉄鋼協定」が調印されたという。さぁ~すが、物事の本質を理解していた周恩来は鋭い。輸入価格といった目先の利益より、日本人を“たらし込んで”長期的な利益を狙っていたのだ。チンケな商取引で日本と決裂するより、多少損を蒙っても、将来の莫大な利益を手にする方が賢い。今は含んでも、その後から、大量の経済援助を吸い取ればいいじゃないか。実際、日本政府は多額の税金を支那に貢ぐことになったのだから。

Matsumoto Chiichirou 1( 左 / 松本治一郎 )
  もう、支那による日本搾取を述べるとキリが無い。だいたい、「日中友好協会」とか「国際貿易促進協議会」なんて北京政府から指令を受ける対日工作機関なんだから、そんな団体に係われば知らず知らずのうちに売国奴になってしまうのは当然だ。「日中友好協会」の初代会長に就任したのは「全国水平社」を率いた松本治一郎(まつもと・じいちろう)で、「部落解放の父」と呼ばれた人物だ。彼は参議院の副議長を務めたが、一般的には松本龍(民主党)の養祖父と紹介した方が判りやすい。治一郎は政治家で松本英一の叔父で、甥の長男である松本龍を養子に迎えたという。松本組というゼネコンを背後にした龍は、父英一の跡継ぎとなるや、衆院議員選挙に出馬し、連続当選した。当時は、社会党左派の祖父と同じく、社会党の議員であったが、後に民主党に合流。そして、民主党政権が誕生すると、環境大臣や復興担当大臣になった。松本龍といえば、例の「恫喝会談」で有名だ。彼は宮城県の村井嘉浩知事に向かって高圧的な態度を取り、「人を待たせるんじゃない。長幼の序が判っている自衛官なんだろう!」と凄んでみせたから、その映像をテレビで見た一般国民は背筋が寒くなった。でも、こんな居丈高の議員であるが、ちゃんと「日中友好協会」の副会長になれたんだから、じいちゃんの威光は凄い。

  支那と日本を結ぶ「国際貿易促進協会」も対日工作機関の一つで、元々は日本共産党が創った団体だ。そして、この組織に属していた一人が、稲山氏に対支那貿易を説いていた鈴木一雄で、伊藤忠の藤野文晤も一枚噛んでいて、彼は協会の顧問を務めていた。廖承志と同じく、日本で暗躍していたのは「新華社通信社」の呉学文である。彼は日本陸軍士官学校卒の経歴を持ち、田中角栄を裏から支援して田中内閣の誕生に尽力したという。黒竜江省のハルピンで生まれた呉学文は、日本人の母親を持っているそうで、日本大学を卒業後、支那との貿易を促進するため、様々な政治工作に携わり、「中日友好協会」の理事にもなっていた。しかし、彼は表向きジャーナリストであったが、裏の顔はスパイであったから、1964年(昭和39年)スパイ容疑で国外追放になっている。

Tanaka Kakuei 1Mao Zendong 3Shu Onrai 11









(左 : 田中角栄   /   中央 : 毛沢東  /  右 : 周恩来)

  こうした対日工作機関や支那人スパイはゴマンといて厭になるが、支那との関係を深めた田中角栄はもっと厭になる。もちろん、角栄が支那と癒着したのは利権漁りが第一だが、その根底には支那に対する謝罪意識があった。日中国交回復の時に外務省の中国課長だった橋本恕(はしもと・ひろし)や、アジア局長を務めた売国的官僚の中江要介(なかえ・ようすけ)、駐米大使を務めた栗山尚一(くりやま・たかかず)にも共通するが、田中角栄には支那に対する罪悪感があったらしい。1972年3月23日の衆議院予算委員会で、角栄は川崎秀二から贖罪意識を問われ、次のように答えていた。

  ・・・・私は、中国大陸に対してやはり大きな迷惑をかけたという表現を絶えずしております。迷惑をかけたことは事実である、やはり日中国交正常化の第一番目に、たいへん御迷惑をかけました、心からおわびをしますという気持ち、やはりこれが大前提になければならないという気持ちは、いまも将来も変わらないと思います。(服部龍二 『日中国交正常化』 中公新書、2011年、p.47.)

  日教組の洗脳を受けた日本人は、支那事変や大東亜戦争で日本が多大な損害を与えたと思っているが、そんなことは馬鹿らしい妄想である。だいいち、支那大陸では戦乱や虐殺なんて日常茶飯事。毛沢東や周恩来は、日本が参戦してくれたこと喜んでおり、国民党を駆逐するのに役立った、と思っていたのだ。それゆえ、周恩来や趙安博たちから「戦争賠償なんて、そんな、ご心配なく、いいんですよぉぉ~」と赦してもらったら、角栄たちは感謝感激、もう支那人様々だった。この程度の人物が日本の総理大臣となり、「今太閤」とか「闇将軍」と呼ばれていたんだから、本当に情けない。支那人は戦後賠償を放棄することで日本側に「恩」を売り、何百倍もの援助金を得ようと目論んでいたのだ。事実、巨額のODAで支那は潤って、自国の予算を軍備拡大に回すことができ、日本に向けて核ミサイルを配備することができたじゃないか。ついでに、空軍や海軍を増強して、尖閣諸島や沖縄を狙い、その隙に札束を積んで北海道の土地を買い漁っている。しかも、毎年、在日支那人が日本国籍を取得し、「支那系国民」が増えているのだ。支那人は綺麗な言葉を吐いて日本からお金を巻き上げ、戦車を使わずに我が国の侵掠を進め、日本の都市部で大繁殖。支那人観光客だって「日本は快適だぁぁ~」と大喜び。彼らが日本で武漢肺炎の患者になれば、心優しい日本人の医師や看護婦から手厚い治療を受けることができる。しかも、治療・入院費はタダか国民健康保険で格安料金だ。「日本国民」じゃないのに、日本国民のように扱われるなんて赦せない。どうして半年くらいで外国人が「日本人」と対等になるのか! 現在の日本人にとって脅威なのは武漢ウイルスじゃない。支那人に対する警戒心の欠如、支那人排斥への躊躇である。



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