無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

マスコミ問題

嘘が常套手段のプロパガンダ報道

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


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世論操作が罷り通る現代

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(上記イラスト  /  レメーカーズの対独宣伝風刺画 )

  民衆政治の風向きは、大衆心理の動きで変わってくる。烏合の衆は理性で考えない。自分の感情と好みで一方的な結論を下すのが常。たとえ、判断材料が不充分だったとしても反省などはしないし、そもそも「適切」だったのか、なんて思わない。見たいものがあればお金を払ってでも「のぞき」見る。しかし、うんざりする退屈な話なら、たとえ命にかかわる重大事でも耳を閉ざす。マスコミはこうした群集の性格を理解しているから、複雑な事件は簡単なものに造り替えるし、聴衆が飛びつくものなら、何時間でも取り上げようとする。ただし、都合の悪い情報は最初から伝えずに、隠蔽するのが“いつもの”掟。ニュースはそのまま伝えるものではなく、程良く「料理」するものというのが、マスメディアの性質である。報道番組で大切なのは“真実”でなく“娯楽”の提供であり、楽しくなければニュースじゃない。でも、大衆操作を行う時だけは真剣になる。これだからマスコミは厄介だ。独裁国家での「官製報道」なら誰も端(はな)っから信じないが、自由な国家で行われる「政治宣伝」には不思議なくらい信憑性があって、容易に信じられてしまうから困ったものである。

  毎度のことで呆れてしまうが、日本のテレビ報道は局が違うのに、顔と味が同じという金太郎飴状態。例えば、北朝鮮問題を取り上げる番組は、「北鮮がミサイルを撃ちました!」とか「金正恩が次に取る行動は?」と慌てるだけで、日本人がどうするのかは問わないし、何をすべきか考えようともしないのだ。辺真一みたいな朝鮮人評論家を招いて、延々と北朝鮮の内情を話すだけ。これでは北鮮の宣伝番組を観ているようだ。日本の敵地攻撃能力がどれくらいなのか、を紹介する方がよっぽど視聴者の「ため」になるのだが、そうした情報は大衆に「余計な」智慧を与えるようなものだから却下。「日本人は黙ってミサイル攻撃を受けろ!」がTBSやフジテレビの本音なんだろう。でも、テレビ局にも核シェルターが無いので、自分たちも危ないはずだが、そこまで考えないのが脳天気な左翼の特徴だ。学生運動上がりの連中は、機動隊に殺されないという「確信」があったので、思う存分暴れることができた。もし、警察が機関銃や迫撃砲で対処したら、暴力学生でも「ちょっと待て、酷いじゃないか!」と青ざめたはずだ。甘えん坊の叛乱なんて、いかにも日本的である。

Koike Uriko 2(左  /  小池百合子)
  東京都知事の小池百合子にまつわる報道も同じだ。正直なところ、「いつまで豊洲問題を続けているんだ?」というのが庶民の意見だろう。だいたい、地下水の有毒物質なんて魚市場の商売には影響ないのに、あたかも汚染された水で魚を洗っているかのような印象をテレビ局は与えていたのだ。ちょっとここで筆者の感想を述べれば、最初から築地市場の段階的改修にすれば良かったのに、と愚痴をこぼしたくなる。商売人なら分かるけど、場所を移すのは結構なリスクで、お客の「流れ」が変わってしまうから一大事だ。築地ならお客さんが銀座から“ぶらり”と足を運んでくれるけど、豊洲になれば橋を渡って長い道のりを歩かねばならない。そうなったとき、オッちゃんやオバちゃんたちが豊洲まで来てくれるとは到底思えない。だいいち、東京ガスの跡地を決めた時点で地下水の問題は分かっていただろう。豊洲が選ばれたのは、土地取引でのキックバックと、更地での建設の方が楽だからとの理由じゃないのか。


Hosokawa 2Ozawa Ichiro 1Koizumi Junnichiro 4Abe Shinzou 1








(左: 細川護煕   /  小沢一郎 /   小泉純一郎 /  右: 安倍晋三)

  結局、巨額な損失は庶民にのしかかり、問題の先送りは小池百合子の宣伝材料になっただけだ。小池都知事は「都民ファースト」を叫んでいるけど、実際は都民より自分の方が「優先」なんじゃないか。確かに「都民が一番」なんだろうけど、一等席の前に特別席(アリーナ)があるように、本音では「ユリコ・ファースト」が前提なんだろうね。小池氏は踏み台を選ぶのが上手いから、東京都民も権力奪取の道具にされるかも知れないぞ。彼女は政界進出のために「ビジネス・ワールド・サテライト」のキャスターを務め、日本新党の細川護煕を手始めに、新進党・自由党の小沢一郎に乗り換え、小沢と手を切ったら自民党の小泉純一郎に近づき、色目を使って添い寝をした。失敗したのは総裁選の時で、安倍を見限って石破に乗ったが、その石破が泥船だったので、彼女の立場も沈んでしまったのである。国政での出世がないと悟った小池氏は、脚光を浴びる都知事の椅子を狙い、得意の笑顔と饒舌で、気紛れな都民を手玉に取れた。次は都議選での勝利で、目指すは安倍首相の後釜なのかも知れない。

又聞きが目撃証言となった

  日本のマスコミによる情報操作がひどいのは誰にでも分かるが、歐米のマスコミはそれを更に上回っている。先進国というのは大量の情報が交差する大衆社会なので、政治を牛耳る者は何とかして一般人を思った方向に導こうとする。特に、戦争が起きた時は著しい。身近なところでは9/11テロであるが、その前には湾岸戦争での捏造報道があった。イラクのクウェート侵攻を制裁するため、米国は広告会社の「ヒル・アンド・ノールトン(Hill & Knowlton)」を用いて、ニセ情報を世間に流し、紛争介入を正当化しようとしたことがある。1990年9月5日、ロンドンの「デイリー・テレグラフ」紙にイラク兵が起こした残虐事件の記事が掲載され、西側諸国の一般人は衝撃を受けた。ある「アメリカ人」の証言によれば、イラク兵が保育器を奪うため、中にいた未熟児を放り投げたというのだ。後に、この人物はナイラ(Nayirah)という少女であることが判明し、彼女は米国議会に設置された公聴会に出席し、こう述べたという。

  私は銃を持ったイラク兵が病院にやって来て、15名の赤ん坊がいる部屋に入って行くのを見ました。彼らは保育器の中から赤ん坊を取りだしてその器具を奪うと、赤ん坊を冷たい床の上に放置したまま、立ち去って行きました。(Tom Regan, "When contemlationg war, beware of babies in incubators", The Christian Science Monitor, September6, 2002.)

Nayirah 1Craig Fuller 1George Bush 3








(左: ナイラ  / 中央: クレイグ・フラー /  右: ジョージ・H・W・ブッシュ)

  ところが、彼女は実際にその暴虐を目撃したのではなく、ある友人からその話を聞いて証言したのである。つまり、直接、自分の肉眼で見たのではなく、又聞きの噂話であったのだ。そして、現場に居なかったこの少女は駐米クウェート大使の娘であった。しかも、この話に尾鰭を附けて大々的に宣伝したのが、「ヒル・アンド・ノートン」社で、このPR会社は「自由クウェートを求める市民(Citizen for a Free Kuwait)」という亡命団体から1千70万ドルをもらって雇われていたのだ。さらにに注目すべきは、ここの最高責任者を務めていたクレイグ・フラー(Craig Fuller)社長が、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領の元側近だったことである。ブッシュ大統領がまだレーガン政権時代の副大統領であった頃、フラー氏はその首席補佐官を務めていたのだ。何てことはない、ブッシュ大統領はイラク攻撃をしたいが為に、巧みな演出で世論を煽り、軍事行動の正当性を得ようとしていたのである。「敵を悪魔にして自分を正義の味方にする」というのが戦争の定石だが、ブッシュ氏はそれを実践したという訳だ。

悪魔のようなドイツ兵

  偽情報で敵を「悪魔」にした実例は、第一次世界大戦で行われた心理戦である。連合国側の戦時プロパガンダで最も成功を収めたのは、「手を切断されたベルギーの子供たち」であろう。1914年の暮れに、身体の一部を切り落とすという残虐行為があったらしい。当初、この事件は政府のプロパガンダとは関係のないところで発生したのだが、英米側にとってドイツ兵の残虐性を広めるには好都合の出来事であった。ウィルソン大統領と政府の好戦派は、この悲惨な事件を以て米国の世論を動かすことが出来るのではないか、と踏んでいたそうだ。そして、戦争が勃発すると、続々と痛ましいニュースが飛び込んでくるので、アメリカの参戦をせかす者も増えてきた。1915年から16年になると、「ベルギー支援協会」がベルギーの子供たちを救済すべく、一般のアメリカ人に訴えかけ、ドイツ軍の侵攻に苦しむ子供のために古着や食糧を送ろうと提案したらしい。(米国の参戦にはサミュエル・ウンターマイヤーなどのユダヤ人シオニストが暗躍していたのだが、これについては別の機会で述べてみたい。)

Francesco Nitti 1(左  /  フランチェスコ・ニッティ)
  「手を切断された子供」の話は世界中に広がり、イタリアでも大いに宣伝されたそうだ。当時の財務大臣で、後にイタリアの首相となったフランチェスコ・ニッティ(Francesco Nitti)が、このプロパガンダ報道がもつインパクトについて述べていた。終戦後、こうした悲劇に心を痛めたアメリカの大富豪が、問題となった哀れな子供に是非会いたいと、密使を派遣してきたそうだ。ところが、誰一人としてその子を発見できなかった。そこで、ニッティーと英国のロイド・ジョージ首相が、この報道と他にもあった幾つかの事件について、それぞれの信憑性を詳しく調べてみることにした。すると、いずれのケースも作り話であると判ったそうだ。(アンヌ・モレリ『戦争プロパガンダ 10の法則』 永田千奈 訳、草思社、 2002年、p.94)

  戦時プロパガンダには何でもありで、他にも信じられぬ事件が報道された。例えば、ドイツ軍は従軍看護婦にも重傷を負わせると言われたし、アホらしいけど、ドイツ人は囚人の死体を解体し、潤滑油の原料にしてしまうという話もあったらしい。その他、捕虜の顔に双頭の鷲の刺青を彫る、捕虜の舌を切り落とす、といった捏造まであったのだから唖然とする。ドイツ軍に関する「残酷物語」には拍車がかかって、「ドイツ軍は“わざと”病院に爆弾を落とす」、あるいは「教会を狙って爆撃する」といった報道まであったそうだ。これを聞くと何となく、「30万人の南京大虐殺」という虚構や、「ナチスはユダヤ人の死体から脂肪を取って石鹸を作った」というヨタ話とダブってくるじゃないか。もう聞くのも馬鹿らしくなってくるけど、怪物の如きドイツ兵は、藝術の街や記念建造物を焼き払って祝杯を上げたとか、乳児の喉を切り裂き、女を捕まえては乳房を切り落として笑い声を上げる、といったホラー・ストーリーまであったのだ。(上掲書 p.95) もしかして、英米のプロパガンダ部局は支那人でも雇ったのか? まるで「撫順戦犯所」で製造されたフィクションとソックリだ。

  プロパガンダ用の残酷劇には様々なヴァージョンがあったそうで、先ほどの「手を切断された子供」の話にもフランス版があったという。1915年ルイ・エ・ヴィレンヌ県で「宗教週報」に掲載された、無名作家による「手を切断された少女の祈り」という作品があったそうだ。

  ノール県にある病院で、6歳の少女が跪き祈っているが、その両手は包帯でぐるぐる巻きにされていた。彼女は「神様、私にはもう手がありません」と小さな声でお祈りをしているのだ。というのも、あるドイツの兵隊がその子に対し、「ベルギーやフランスの子供に手は必要じゃない。ドイツの子供だけが手を持てばよい」と述べ、彼女の手を切り落としてしまった。少女は激痛に苦しむが、ドイツ兵は笑っている。この鬼畜は、ドイツの子供じゃないから痛みを感じるはずがない、というのだ。彼女は「神様、ママは気が変になってしまいました。私は独りぼっちです。パパはドイツ兵に連れて行かれました。パパからは手紙が来ません。きっと銃で撃たれたのでしょう・・・」と語っていた。

  このお涙頂戴話にはイギリス版もあったそうで、ある慈善家の貴婦人がパリにあるベルギー難民所を訪れたそうだ。彼女はその中に10歳くらいの少女がいるのに気がついた。この少女は部屋が暑いのに、両手をみすぼらしいマフに突っ込んでいたという。ある時、その子が母親に向かって「鼻をかんで」と頼んだ。これを聞いた貴婦人は、「まあ、あなたのような大きな子供が自分で鼻をかめないなんて!」と笑いながらも、厳しく叱ったそうだ。しかし、その子は何も言わなかった。だが、沈んだ表情の母親が感情を押し殺して口を開いたという。「マダム、この子は両手をなくしたのです」と。すると、その貴婦人は非常に驚き、目を見開いて「えっ、なんですの? もしや、あのドイツ兵が?」と尋ねた。少女の母親は泣き出し、答えはその涙で充分だったという。
 
  いやぁ~、イギリス人ってのは実に感動する話を作るのがうまい。彼らは人間の心理をちゃんと把握しており、不特定多数の第三者でも、いつの間にか耳を傾け聞き入ってしまう。イギリス人が作るドラマに定評があるのもうなづける。大東亜戦争中、日本側のプロパガンダ放送に従事していた池田徳眞も、イギリス人の才能には舌を巻いていた。彼らの「藝術作品」に比べたら我々の「戦争プロパガンダ」なんて子供の絵本並である。日本の軍部は宣伝戦の重要性を理解していなかったから、英文科の学生を「役立たず」と思い込み、厄介払いでもするように、前線に送ってしまったそうだ。これだから小室直樹先生が歎いていたのも分かる。日本人は本当に戦争音痴だった。

ドイツを憎むユダヤ

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(上記イラスト  /  ドイツ兵を悪魔に見立てたレメーカーズの風刺画)

  第一次世界大戦に於ける宣伝戦では、映像や視覚を利用したプロパガンダ作戦が功を奏したそうだ。英米側で注目すべき人物に、挿絵画家のルイス・レメーカーズ(Louis Raemaeker)というオランダ人がいた。ただし、彼は一般的に「オランダ人」と紹介されるが、その正体はオランダに居住するユダヤ人である。フーヴァー研究所もそうなんだけど、彼の経歴を載せる記事は、どれもこれも「オランダ人」としか紹介せず、その民族性にまでは言及しないのだ。唯一の例外は戦時中カウンター・インテリジェンスに係わった、ドイツ人のゲルハルト・クラウゼ博士(Dr. Gerhard Krause)くらいだろう。

Louis Raemaekers Picture(左  / ルイス・レメーカーズ )
  ルイス・レメーカーズは1869年、南部ネーデルラントのルーモント(Roermond)に生まれ、父のヨセフス(Josephus Christianus Hubertus Raemaekers)は本の印刷を手掛ける出版業者だった。母のマルガレータ(Margaretha Amalia Michels)は、夜間学校の教師をしていたそうだ。美術が得意だったルイスは、アムステルダムにある日刊紙「テレグラフ(De Telegraaf)」に就職し、編集長から好き勝手にイラストを書いていいとの許しを得ていたらしい。しかし、1914年に歐洲大戦が勃発し、彼は外務大臣のジョン・ラウドン(John Loudon)に引き抜かれて、反ドイツのイラストを制作するよう依頼されたそうだ。

  レメーカーズはドイツ人を貶める漫画や風刺画を大量に描き、政府から多くの勲章を授与されたうえに一財産築いたらしい。しかし、彼の「力作」はドイツのカイゼルを激昂させたようで、彼の首には1万2千マルクの懸賞金が掛けられたそうだ。こんな訳で身の危険を察知したレメーカーズは、1916年になるとロンドンへ旅立ち、英国の戦時宣伝局を取り仕切っていたチャールズ・マスターマン(Charles Frederick Gurney Masterman)の庇護を受ける事となった。その後、後釜のジョン・バカン(John Buchan)男爵がレイメーカーズの監督官になったらしい。彼らが拠点にしたウェリントン・ハウス(Wellington House)では、様々な対独戦時宣伝の計画が立案され、多くのアジビラや偽情報が製造されたという。偽の残虐報道で有名な「ブライス報告(Bryce Report)」も、こうしたプロパガンダの一環で作成されたものである。

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(左: ジョージ・クリール  / チャールズ・マスターマン   / ジョン・バカン  /  右: ジェイムズ・ブライス )

  レイメーカーズのイラストは、ドイツ人に対する憎しみに満ちており、ドイツ兵は残忍冷酷なサディストで、野蛮人を代表するモンゴル人かフン族の再来であるかのように描かれていた。異民族を破壊する「匈奴」、巨大な人食い人種、平気で子供を屠るカイゼル、歯を剝き出しにしたゴリラ、死に神の如きドイツ兵、殺人を繰り返す悪魔など、レメーカーズはやりたい放題の風刺画を量産し、世界中にばらまいていたのである。ウッドロー・ウィルソンがプロパガンダ局長(head of the U.S. Committee on Public Information)に選んだジョージ・クリール(George Creel)も、このユダヤ人画家に感心していたそうだ。レメーカーズは精力的で、しかも才能に恵まれていた。彼のイラストは英国や米国、フランスなどの新聞や雑誌に転載され、敵国ドイツに対する世間の憎しみを増幅させていたという。ちなみに、大戦の時ネーデルラントは中立国だったから、政府の要人はドイツに対する一方的な罵倒に消極的だったが、「世界市民」のユダヤ人レメーカーズには関係無かった。本当にユダヤ人のドイツ嫌いは年季が入っている。

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( 上記イラスト  / レメーカーズの反ドイツ風刺画  )

  高度な情報化社会になると、プロパガンダが“より”巧妙になってくるから、一般人の我々は自衛のためにも、普段から注意を怠らぬことが必要となる。特に、無料放送の報道番組は危険だ。確かに、テレビ局から垂れ流される政治宣伝は稚拙だけど、繰り返し放送されるから一般国民は、知らず知らず「洗脳」されてしまうのだ。プロパガンダの鉄則は、丹念に何度も繰り返す事にある。残念ながら、「嘘も百回繰り返せば真実となる」は今でも有効だ。昔、土井たか子は「憲法九条学者」と笑われたが、「平和! 平和! 戦争は駄目!」と諦めずに繰り返していた。そのせいか、護憲思想が世間に染み込んでしまった。また、民主党政権が誕生する前には、政権交代で明るい日本が訪れる、とマスコミは大いに煽っていた。しかし、現実は陰惨な時代の幕開けで、応援団のマスコミはその責任を回避し、知らぬ顔を決め込んでいたんだからズルい。今では思い出したくもない憂鬱な時代であった。左翼偏向のマスコミが健全な限り、これからも詐欺的な報道が続くだろう。結局、庶民は昔流行った「自己責任」を覚悟すべきなんだろうなぁ。




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内密の政治宣伝 / マスコミが狙う誘導報道


呆れ果てた教育者

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(左: ナポレオンの戴冠式  / 右: フランス軍のロシア遠征 )

  古代ギリシアの哲人アリストテレスは、貴族政治を「優秀な者による支配(aristokartia)」として賞讃したが、日本で好評な民衆政治については、「最悪な者による支配(kaistokratia)」であると毛嫌いしていた。しかし、高校や大学の先生はギリシア人の政治思想を歪曲し、あたかも「デモクラシー」を“素晴らしい”統治形態であるかのように教えている。プラトンはもとよりアリストテレスが肯定した多数による支配とは、法が君臨する「ポリティア(politeia / 立憲政体)で、無知な群集が国政に参加する“堕落した”政体(demokratia)ではなかったのだ。(アリストテレス『政治学』 1279a-bを参照。) だいたい、学校の社会科教師は大抵が従順なヒラメ(偉い大先生を見上げるだけのヒラ教員)か、実力主義や身分制度を憎む僻み根性の持ち主だから、丸山眞男みたいなフランクフルト学派の詐欺師によって簡単に騙されてしまうのだ。街頭にゴチャゴチャっと集まる烏合(うごう)の衆が、確かな情報に基づいて健全な判断を下せるわけがない。選挙事務所でカツ丼やビールをご馳走になったら、気前の良い候補者に一票入れてしまうのが大衆なんだから。

  今や日本は民衆政治の黄金期。ここ最近、テレビや新聞は森友学園の問題で大はしゃぎしているが、庶民なら「他に議論することは無いのか? 」とボヤきたくなる。でも、「これ」っといった藝人のスキャンダルが無いから、とりあえず政治ネタで頑張ろうと思っているのだろう。そうでなければ、あんな籠池理事長の怪しい問答劇をテレビ局が延々と放送する訳がない。まぁ、各局が連携して騒いだから、そこそこの視聴率を稼いだんじゃないか。それに、民進党を支援するテレビ局は、安倍政権崩壊で政局特番を期待しているはずだ。フジテレビの『ユアタイム』は帰化鮮人の参院議員、福山哲郎(旧姓「陳」)をゲストに招いて野党の追及を“それとなく”応援していた。しかし、こんな朝鮮系議員の戯言(たわごと)より、塚本幼稚園が昭和天皇を利用して商売をしていたことの方が重要だろう。こともあろうに先帝陛下の御真影をホームページに掲載し、「昭和天皇陛下 御臨幸」と称して恰も来園なさったかのように宣伝していたのである。

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(左: アリストテレス  / 福山哲郎  / 籠池泰典  / 右: 菅直人 )

  一般国民だって「まさか、そこまでするとは !」と呆れたんじゃないか。いくら何でも一応は「教育者」なんだから、「やってみたい誇張」と「やってはいけない虚偽」の違いくらい判るだろう。一方、籠池氏がこんな「詐欺師」とバレたので、「形勢不利」と踏んだマスコミは、「そっ~と」森友事件から距離を置いて、「オレは最初から奴を信じていなかったけどね」とか「我々は疑惑を“そのまま”報道しただけだ」と居直るかも知れない。そう言えば、1998年に菅直人が東京の全日空ホテルにキャスターの戸野本優子と一夜を共にしたスキャンダルがあったけど、この「不倫」がマスコミによって暴露された時、未来の総理は「一夜を共にしたが男女の関係は無い」と突っぱねた。戸野本氏からすれば「この裏切り者 !」と叫びたいが、しょせんは「卑怯」が特技の“ちんけな”男なんだからしょうがない。いくら枕元で「君のためなら全てを捨てる覚悟がある」と囁かれても、そんな寝言は支那人の忠誠心と同じで何の保障も無いし、菅直人に「男らしさ」を求める女の方がどうかしている。それに、名前からして菅(かん)だから仕方ない。以前、菅直人がオバマ大統領と会った時、オバマは日本の首相を「ミスター・カン」と呼べなかったそうだ。英語で語りかけると「ミスター・コン」に聞こえるから、アメリカ人は「ミスター詐欺師(Mr. Con)」と勘違いしてしまう。でも、あながち嘘じゃないかもね。

政治プロパガンダが花開いたフランス

  今回の森友学園騒動は国会で取り上げるほどの大事件ではないが、テレビや新聞といったマスコミによる大衆操作、ないし政治プロパガンダが如何に有害かを如実に示す具体例となった。(ちなみに、現在みんなが用いる「プロパガンダ / propaganda」という英語は、元々そんなに悪い意味じゃなかった。これは政治の世界で侮蔑的に用いられただけで、昔は宣教師だって「プロパガンディスト」と呼ばれていたのである。ちょうど、「ゲイ gay」という言葉の用法と似ていて、今は「同性愛者」を指すが、昔は「陽気な人」とか「愉快な人」を意味していた。筆者が米国で独立戦争時代を描いたTVドラマを見ていた時、登場人物たちの会話で「ゲイ」という言葉が使われていて、同性愛者を指す用語ではなかった。) 学校の授業だと「恋愛と金儲け」は教えてもらえないというが、もう一つ日常生活で重要な「マスコミの実態」が授業内容から外されているのだ。大衆時代のテレビ局は絶大な影響力を持っているのに、子供たちには「どのようにして番組が作られているのか」、「誰が運営し、誰が裏で操っているのか」は不明である。ただし、大人になると徐々に判る事もある。例えば、『仮面ライダー電王』に「ハナ」役で出演していた白鳥小百合が降板し、『仮面ライダーカブト』で「日下部ひより」役を務めていた里中唯も降板してしまったが、大人であれば彼女たちが精神的に参ってしまったとか、所属事務所と揉めてしまったんだろうな、と推測できるようになる。しかし、番組を観ているちびっ子には分からない。一緒にテレビを見ている父親が息子から、「ねぇパパ、どうしてお姉ちゃん達はいなくなっちゃったの?」と訊かれて、答えに困ってしまう場合がある。そんな時は、「う~ん、分からないけど、パパも寂しいなぁ」と言って誤魔化すしかない。「売れそうにもない女優だから引退を考えたんだよ」とは言えないからね。

  脱線したので話を戻す。ヨーロッパを見てみると、大衆社会の到来はフランス革命の時とも考えられる。日本の進歩的文化人はルソーやヴォルテールなどに痺れて、民衆が王政を打倒する暴動を美化していたから、いま振り返ってみると本当に情けない連中だった。しかし、現代の左翼思想をもたらした元兇なのでよ~く勉強する価値はある。大革命の実態は殺戮に次ぐ殺戮で、ギロチン台がフル稼働するフランス各地は血の海だった。ジャコバン派の領袖であったジャン・ポール・マラー(Jean-Paul Marat)など大量殺人を趣味にしていたくらい残酷な奴で、余りにも多くの者を死刑台に送りすぎたから、パリには適当な「獲物」がいなくなってしまったそうだ。という訳で、ブラック・リストを眺めるのが好きなマラーは困った。そんなところへ魅力的な若い婦人のシャルロット・コルデーが現れ、この冷血漢を葬ったのだ。彼女がなぜマラーを屋敷内で暗殺できたのかといえば、取次人に反革命分子の陰謀を知っているので、ぜひとも直接伝えたいと言って訪問したからである。彼女の計画を全く知らぬマラーは、いつものようにお酢に浸したターバンを頭に巻き、鼻歌気分で風呂に入っていた。「さて、次は誰を殺そうかなぁ」と政敵たちの名前を羽根ペンで記していたといから、湯気が立っていても寒気がする。そんな鬼畜野郎に近づいたシャルロットは、隠し持っていた包丁で彼の胸を一刺し。肋骨の間に「グサ」っと突き刺さった刃物は、大動脈を切断して心臓を貫いた。抵抗も出来なかったマラーは即死だったという。

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(左: マラー  /中央:  シャルロット・コルデー  /  右: ディドロー )

  血腥い暗殺劇が繰り広げられる一方で、フランス社会には全く新しい複雑な宣伝技術が誕生していた。1789年のフランスは、約2600万の人口を有しており、その内の約60万人がパリに住んでいた。当時の社会でも、ある程度は大衆向けのメディアが発達していたので、検閲はあったものの百科全書派が活躍できる余地くらいは残っていた。日本でもディドロ(Diderot)の『百科全書』は有名である。彼の著作は本質的に思想宣伝を目的とした出版物で、民衆に“新しい”考えを植え付けることができるという実証になった。この本の中には非常識な理論が述べられているが、日本の法学者にはそれが分からない。例えば、「主権者」の項目である。ディドロは危険な「主権者」という怪物を、あたかも人民に奉仕する同志のごとく描いているのだ。「主権者は、市民たちの間に良き秩序と平穏を建設」するため充分な権力を持っていなければならないとか、立法権に加えて執行権まで持つべし、とまで喝破している。(ディドロ、ダランベール編 『百科全書』 桑原武夫訳編 岩波文庫 1971年 p227) そして、こんな独裁者が日本の殿様みたいになると唆しているのだ。

  誰であろうと、主権を委ねられた者は、彼に服従している人民を幸福にすることだけを目的としなければならない。(上掲書 p.229)

  血飛沫の嵐を経験した後のフランスで、保科正之や上杉鷹山みたいに領民をいたわる統治者が、彗星の如く現れるなんて想像できない。ヨーロッパで「主権者(Souverain)」というのは、無制約の権力を有する者を意味し、それは天地創造をなした天主(God)から絶対的な権威と権能を授かった「神の代理者」と見なされる。だから、全知全能の神様から遣わされた「お代官様」だと人民は逆らうことができない。英国のジェイムズ1世やチャールズ1世が固持した「王権神授説(Divine Right of Kings)」を思い出せば分かるだろう。しかし、ラテン・キリスト教世界では、「主権者」と自称する王様だって伝統的慣習を無視することはできないし、教会からの要望や訓戒に従うことが多かった。著名なラテン教父のテリトリアヌス(Tertullianus)によれば、帝国や王国の君主だって「神様の次(Deo secundus)」、つまり地上の皇帝が持つ権力は、天上にいる皇帝が持つ権力に劣るということになっている。

     ところが、フランスでは革命家がキリスト教を抹殺した訳だから、邪魔な司祭や神様は居なくなってしまい、地上の主権者は無制限の権能を有する専制君主となってしまう。こうなりゃ誰を殺そうが何人殺そうが「主権者」の勝手。だから、絶対的暴君に向かって、「こらぁぁ ! お前は人民の行政は幸福になっていないぞ !」と野次を飛ばす民衆なんか皆無。ただし、自殺したい奴は別。という具合だから、たとえ裁判官が王国の慣習法や基本法を蹂躙する「主権者」を見つけても、その支配者に「法」の鉄槌を下すことはできない。法廷で睨みを利かすライオンじゃなくて、ご主人に忠実な仔犬といったところだ。ディドロの『百科全書』が大量に売れたという訳ではないが、その思想は着実に広がっていたというから、梅毒の如き悪の思想は本当に恐ろしい。

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(左: ギロチン台での処刑 / 右: 斬首を見せつけるフランス人)

  フランス革命は逆説(パラドックス)の連続であった。革命家は人民の為と称して王政を転覆させたが、民衆が主体の政治体制など口先だけで、その実態はジャコバン派による恐怖政治。さらに、民衆を唆した革命家が失脚するとナポレオンが現れて皇帝になってしまった。しかも、対外戦争によりフランスの若者は戦死するか負傷するかで、民衆の生活は向上するどころか貧窮するばかり。政体も帝政になったり共和政に戻ったりと、その共和政体も二転三転、でんぐり返しで第五共和政へ、といった感じだ。ドイツ人と戦争すれば負けてばかりで、馬鹿にしていたアメリカ人に二度も助けられて面目丸つぶれ。日本と戦争すればコテンパンに負けて、植民地だったインドシナを奪われる始末。二等国に零落れたフランスは、ルーブル美術館やヴェルサイユ宮殿を外人に見せて外貨を稼く観光地。これじゃあ、あの“だらしない”ギリシア人と同じだ。ブルボン王朝時が懐かしい。あの頃は権威に輝く太陽王がいたのに、今じゃハンガリーからのユダヤ人(サルコジ)が大統領になってしまうんだから。関係無いけど、サルコジってB級映画に出てくるポルノ・スターみたいだ。何となくいやらしい。エドゥワール・ドリュモン(Édouard Drumont)やモーリス・バレス(Maurice Barrès)が聞いたら激怒するだろうなぁ。

Sarkozy 2Edouard Drumont 1Maurice Barres 1









(左: ニコラ・サルコジ  / 中央: エドワール・ドリュモン / 右: モーリス・バレス )

  革命が成功する秘訣は、如何にして大衆を扇動するである。生前、マラーは資格すら疑わしい医者であったが、ジャーナリストを気取って大衆向けの記事を載せた『人民の友(L'Ami du peuple)』を創刊した。『人民の友』は投書欄を設けるという斬新な方針を取り、極端な意見でも認めて掲載するという点に特徴があった。(なんか朝日新聞みたい。) ロベスピエールも負けてはおらず、『憲法守護者(Le Défenseur de la Constitution)』という新聞を創刊し、自らも記事を書いたという。「清廉の士」と呼ばれたロベスピエールは、「自由、平等、救済、博愛」という理念を宣伝したが、薄情なデマゴーグであったことには変わりがない。彼は革命を指導する「前衛」を輩出するため、プロパガンダのエリート細胞が集う「ジャコバン・クラブ」を重視していた。この組織には見事な規律があって、各メンバーを引き締めていたというから、いかにも極左集団らしい。入会には儀式があり、独自の髪型や服装をした会員には、正統性を試される関門があり、内部での粛清や公の場で行われる告白劇があったばかりか、見世物的裁判もあったのだ。これは支那やソ連で行われた人民裁判の魁(さきがけ)とも言えよう。

  こうした革命分子は、フランスを形成したキリスト教を撲滅するや、その空白に「最高存在者」という紛(まが)い物を置いて、民衆を別の宗教に帰依させたのである。要するに若い娘を女神に仕立てた「黒ミサ」と思えばいい。現在のフランスが魅力に乏しく、蛮族に荒らされた廃墟みたいになっているのは、政治や教育からキリスト教を排除する「世俗主義(laïcité)」に冒されたまま、政教分離策を取っているからだ。革命を絶賛する極左分子が国家の中枢に盤踞するというのはどれほど恐ろしいことか、これで分かるだろう。フランス人が誕生させた流血の世界は、古賀新一の漫画『エコエコアザラク』の話どころじゃないぞ。斧や鎌を手にした群集と比べたら、悪魔に扮して「エコ、エコ、アザラク(Eko、Eko、 Azarak)」と呪文を唱える小娘なんか屁でもない。日本では兇暴な外人も心優しくなるんだから。昔、タイガー・ジェット・シン(Tiger Jeet Sigh)がサーベルを持ってアントニオ猪木や山本小鉄に殴りかかったけど、なぜか柄の部分で殴るだけで、刃先で突くことはなかった。もっとも、新宿伊勢丹で猪木と夫人の倍賞美津子に襲いかかった時は一般人も驚いたけど、仕込みの「ヤラセ」だったから本気じゃなかった。リングでは「インドの猛虎」だったけど、普段は礼儀正しいシク教徒なんだから人は見かけによらない。

Robespierre 1Joseph Fouche 2Danton 1








(左: マキシミリアン・ロベスビエール  / 中央: ジョセフ・フーシェ / 右: 処刑された革命家のダントン )

  また脱線したので元に戻す。ロベスピエールが断頭台の露と消えても、彼のライバルであった陰険なジョセフ・フーシェ(Joseph Fouché)が跋扈し、終いにはナポレオン・ボナパルトが現れて皇帝になってしまうんだから、フランス革命のどこが「民主的」なんだ皆目見当がつかない。士官時代フランス人から小馬鹿にされ、フランスの伝統を心から憎むこのコルシカ人は、統領から皇帝に上り詰めると、広範囲に亙る大衆操作に着手した。例えば、戦争の勝敗を自分に有利となるよう伝えていたのである。有名なマレンゴーの戦いに勝利すると、その果実を自分だけの手柄にしたが、敗北となるや他人にその責任を押しつけた。コペンハーゲンの闘いは事実をねじ曲げて伝え、アブキール湾(Aboukir Bay)の海戦ではブリュイ(François-Paul Brueys)のせいにしたし、トラファルガーの海戦ではヴィルヌーヴ(Pierre-Charles Villeneuve)が悪く、ワーテルローの闘いではネイ(Michel Ney)がへまをしたことになっている。まるで大学で講師をイジめる老教授みたい。ちなみに、業績が無いのに「名誉教授(emeritus)」になれるのは日本の大学教授だけ。こんな肩書きはクルマに附ける「枯葉マーク」と同じ。東大総長より『少年ジャンプ』の人気投票で1位を取る方が難しいんだから。

Napoleon 4Napoleonic coin 4Napoleon 1









(左: ナポレオンの肖像画  / 中央: ナポレオンの顔を刻印した金貨  / 右: 馬に跨がるナポレオン )

  ナポレオンは稀代の名戦略家を演出するに当たり、視覚的イメージでも民衆にアピールしようと図っていた。そこで助っ人になったのが数々の名作を残した画家のダヴッド(Jacques-Louis David)で、風采の上がらないコルシカ出身の小男なのに、バイロン風のロマンティックな横顔になっていて、映画俳優のように颯爽と軍馬に跨がり、勇猛果敢な英雄として描かれていたのだ。さらに、ローマ皇帝を真似て自分の顔が刻印された硬貨まで作り、アウステルリッツやイエナ、レーゲンスブルクなどの戦役がある度に発行していたのである。ナポレオンの信仰心など怪しいが、彼は教会組織を自分の為には重宝と考えたので、その親分たるローマ教皇と協約を結び、説教壇から教区司祭に自分の宣伝を手伝わせることを考えていた。確かに、苦労して基礎から宣伝局を作るより、既存の巨大機構をそのまま利用した方が利口である。

謀略の天才ロシア人

  深い闇に包まれたロシアには、領主に酷使される愚鈍な農民と、謀略を得意とする狡猾な官僚というイメージがある。共産主義に邁進するロシア人ときたら、アイデア商品とか家電製品を作れないくせに、戦略爆撃機とか移動式核ミサイルの製造になると驚くような情熱を傾けるから不思議である。そして、もう一つ彼らが得意なのは心理戦、すなわち「謀略・宣伝戦」だ。ソ連の対外工作は巧妙かつ陰険で、脳天気の日本人には千年かかっても真似できない。ボルシェビキを率いたレーニンはプロパガンダの名人で、兵器を用いなくても言葉で敵を屈服させる術に長けていた。ロシアの社会主義者たちは、早くから宣伝活動の重要性を認識しており、検閲官の眼をかいくぐるため、偽りの表題を附けてマルクス主義の教科書を作る組織を作っていたのだ。

  レーニンはゲオルギ・プレハーノフ(Georgi Plekhanov)とパヴェル・アクセルロード(Pavel Axelrod / ユダヤ名Pinches Borutsch)に協力を要請し、機関誌の『イスクラ(火花 / Iskra)』を発行しようと励んでいた。安全の為に印刷所を転々とする必要もあったが、レーニンは1900年12月21日、この機関誌の第一号を発行することができた。この出版物は表面的には紙切れだけど、レーニンにとったら千鈞の重みがあり、久しく夢見ていた闘争の手段となったのだ。革命の炎を燃え上がらせる「種火」となった『イスクラ』は、ロシアの革命運動を集結し、その方向性を固める指導者のプラットホームになっていた。同志のユリウス・マルトフ(Julius Martov / ユダヤ名Yuliy Osipovich Tsederbaum)も執筆者になっていたが、何といってもレーニンが一番張り切っていたらしい。外国で印刷された機関誌は非合法ルートでロシア国内に運ばれ、首都や工業都市などのマルクス主義者グループに配られたという。各グループはきちんと読むよう指示を受け、その新聞は人伝に配布され、相当な読者の目に触れることになった。『イスクラ』は夜中に壁へと貼り出されたが、朝になると警察によって剝がされてしまうことが頻繁にあったらしい。しかし、その間に何百人もの野次馬に読まれていたそうだ。そして、『イスクラ』の制作者であるレーニンは、そこから驚くほどの権威を引き出していたという。(エレーヌ・カレール=ダンコース 『レーニンとは何だったか』 石崎晴己 / 東松秀雄 訳 藤原書店 2006年 pp.99-100)

Lenin 1Georgi Plekhanov 1Pavel Axelrod 1Julius Martov 2








(左: レーニン  / プレハーノフ  / アクセルロッド  / 右: マルトフ )

  1902年、権力の集中を目論むレーニンは、『何をなすべきか(Tchto delat')』というパンフレットを発行し、民衆がバラバラの状態で勝手に蜂起するよりも、細胞組織を以て革命を起こすべし、と訴えていた。レーニンは民衆を厳格な規律で束ね、党の定説・綱領に忠実かつ献身的な少数精鋭集団を利用した方が良い、とする考えを持っていたのである。日本の共産党も完全な縦社会で、本部の掟を破る奴には冷酷な制裁を加え、最終的には抹殺するか、党の息が掛かった精神病院に閉じ込めるかの手段に出るらしい。代々木の支店がモスクワ本店の方針を模倣するのは当然なのかも知れない。事実、ヒラ党員の給料をピンハネし、平民を搾取する日共幹部は、別荘で貴族的生活を送るノーメンクラツーラ(党の支配階級)とソックリである。案外、「日本で共産革命が起きなくて良かった」と喜んでいたのは、宮本顕治とか不破哲郎かもよ。

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(左: 土井たか子  / 宮本顕治 /  不破哲三 /  右: フリードリッヒ・ハイエック )

  ボルシェビキの悪党どもは、全世界をまず思想的に征服すべく、非常に早い段階から宣伝戦を目的とする国際機関の設立に勤しんでいた。1917年頃には、カール・ラデック(Karl Radek / ユダヤ名Karol Sobelsohn)を主幹とする国際プロパガンダのプレス局が設置され、共産主義の世界的普及のために200万ルーブルもの予算が用意されたという。(William Henry Chamberlin, The Russian Revolution, Vol.II, New York, The MacMillan Company, 1926, p.380) また、『ディー・ファルケル(Die Fackel)』というドイツ語の日刊紙が刊行されたが、これはドイツ軍とオーストリア軍の兵隊を対象にしたもので、マルクス主義の基礎を理解させる目的をもっていた。共産主義者というのは実に根気強く、長期的視野に立って民衆を洗脳しようとする。オーストリア出身の偉大な法哲学者であったフリードリッヒ・フォン・ハイエック(Friedrich A. von Hayek)は社会主義者を徹底的に批判していたけど、一つだけ感心していたことがあった。それは左翼陣営が馬鹿にされるような下らない主張でも、諦めずに何度でも繰り返し、次第に人々の頭へその主張を植え付けてしまったからだ。そう言えば、亡くなった土井たか子も「憲法九条」のみを叫ぶ「憲法学者?」だった。昭和から平成までの間、その害毒をもろに蒙った日本人には納得できるんじゃないか。土井の婆さんは正に「継続は力なり」を実践していたわけだ。

Tahara Souichiro 2Kishii 2Otani 2Kanehira 1








(左: 田原総一朗  / 岸井成格  / 大谷昭宏  / 右: 金平茂紀 )

  左翼に報道機関を乗っ取られた日本人は、毎日彼らの洗脳番組や偏向記事に毒されてている。森友学園問題など些細な事件で、一般国民にとったら北鮮の軍事力向上の方が遙かに重要な案件であるはずだ。小野寺元防衛大臣が報道番組に出演し、自衛隊は北鮮が放つ核ミサイルの第一攻撃を受けてから反撃すると述べていたが、日本に向かってくるミサイルを全て撃ち落とすことなど実際には出来ない。我が国が核搭載の原子力潜水艦を持てるようにしたり、F35戦闘機やステルス爆撃機を配備することで、いつでも北鮮を殲滅できるようになれば、クルクルパーの左翼が望む「平和」が可能となる。だいたい、日本が重武装すると侵掠者になるという妄想が罷り通っていること自体が異常で、北鮮や支那にとって不都合だから、その手先になっているマスコミや左翼学者が反対しているだけだろう。現実的に考えるなら、我が国の先制攻撃を肯定することが平和への一歩となる。日本が強くなろうとすると、北鮮の工作員は田原総一朗とか岸井成格、大谷昭宏、金平茂紀などを動員し、猛反対のキャンペーンを盛り上げようとする。彼らを支援するテレビ局は、支那や北鮮を掩護する尖兵、つまり利敵行為の放送局と見なしてもいいはずだ。一般人にとって、街中で銃を乱射するテロリストは危険極まりないが、紙の弾で国民の精神をメチャクチャにする左翼ジャーナリストも同罪だ。今すぐ地上波テレビ局を潰すことはできないが、みんなで購読を中止すれば朝日・毎日・東京新聞を廃刊に追い込める。お金を節約した上に日本を良くする事が出来るんだから名案だと思うんだけど、惰性の購読は止められないのかなぁ。




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