無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

マスコミ問題

美人は信用される? / 犯罪捜査は物的証拠から

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房






権力の濫用と恣意的捜査?

  犯罪捜査は科学的手法と物的証拠を基に行う事が基本である。確かに、目撃証言も重要だが、何せ人間の記憶だから、時と共に曖昧になりがちだし、主観的要素も混じるから決定的とは言い難い。最近ではアメリカのTVドラマ・シリーズ「CSI : 科学捜査班」が好評を博したこともあって、世間に科学的捜査の知識が普及したとも言えるのではないか。プロでもない素人の我々が事件を語るなら、まずもって警察が蒐集した物的証拠を以て論ずるべきであろう。

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(左: 詩織さん  / 右: 山口敬之 )

  こんなことを思ったのは、元TBSのワシントン支局長で、現在は自営ジャーナリストの山口敬之が「準強姦」の疑いを掛けられたからだ。事件の経緯は『週刊新潮』が報じたので、ここでは繰り返さないが、被害者の(伊藤?)詩織さんと山口氏の主張を聞いていると、幾つかの疑問が湧いてくる。問題となった事件は2015年4月に起きた。彼女が仕事や就職の事で山口氏に相談すべく、都内の串焼き店と寿司屋で食事を取ったそうだ。詩織さんの話によると、ビール1杯、グラス・ワイン1杯と日本酒2合を飲んだようで、二件目の寿司屋で気分が悪くなり、そこから意識を失ったようだ。曰わく、酒には強い方ということで、彼女は何か別の原因で酩酊したと考えている。

  意識が遠のき、体が思うように動かなくなった彼女を、山口氏はそのままタクシーに乗せ、ホテルに向かわせたという。詩織さんは嫌がったそうだが、タクシーを降りるだけの気力が無い。結局、山口氏の思うがままにホテルの部屋に連れ込こまれたらしい。一方、山口氏の証言によれは、詩織さんが嘔吐を繰り返したので、彼女の服が汚れてしまい、仕方なく脱がせたようだ。ところが、明け方になって詩織さんが意識を取り戻すと、山口氏が彼女の上に跨がって性行為をしていたので驚愕したという。そりゃそうだ。いきなりオッサンが自分の上にかぶさっていれば無理もない。しかし、彼女は抵抗しようにも体が麻痺していた。頭で思っても、体で彼を撥ね付けることができなかったという。「性行為」の違法性はともかく、その後どのような会話がなされたのか不明である。だが、彼女はホテルを後にすると、病院に向かったらしい。まぁ、「強姦」されたのだから、一目散にホテルを立ち去って、病院に駆け込んだのは正解だ。

  しかし、彼女の記者会見を聴いて疑問に思った事がある。彼女はなぜ医師による検査報告に触れなかったのか? 少しの量では酔うことのない彼女が、寿司屋で気分が悪くなり、泥酔状態のままホテルに連れ込まれ、しかも全身が動かないほどの症状になったのだ。普通ならば、病院で医師に尋ねたはずである。担当医師だって、患者の話を聴けば、何かあったと思うはずだ。少なくとも、「レイプ」されたと語る女性から、全身が動かなかったと告げられれば、何らかの薬物を飲まされたのでは、と考える方が普通だろう。素人でも尿や血液を採取しようと思うはずだし、医者ならば髪の毛まで調べるんじゃないか。もし、フルニトラゼパム(flunitrazepam)のような薬品を飲まされたとすれば、意識喪失の原因も納得できるから、医者は必ず精密検査をするはずだ。避妊具をつけぬ「性交」と「妊娠」を恐れていたくらいだから、レイプ検査以外の項目も要求すべきである。

  記者会見の一部始終を聴いた訳じゃないから断定できないけど、もし病院での検査で薬物反応が出ていたら、詩織さんは声を大にして公表するはずだ。ところが、ニュース番組ではその点が不明確で、記者会見に集まったジャーナリストたちが、何故その点を質問しなかったのか謎である。もし、山口氏が薬物をお酒に混入したのなら、計画的強姦となり、有罪はほぼ確定するだろう。警察だって馬鹿じゃない。医師からの報告を聞いていたはずだ。逮捕状を取ったのも、何らかの証拠が挙がっていたからだろう。それに、担当の警官は医学的報告書だけではなく、ホテルの監視カメラ記録を確認したはずで、たぶんタクシーに設置された車内カメラのデータも入手したはずだ。これに目撃者の証言も加わったのだから、逮捕しない方がおかしい。ちなみに、被害者はお酒を疑っているが、もしかしたら食材に問題があり、何らかの食中毒とも考えられるのだ。例えば、串焼きの鶏肉に問題があったとか、寿司屋の生魚に原因があったのかも知れない。

  詩織さんとマスコミの報道によると、山口氏の逮捕直前に警視庁からストップがかかり、事件の再調査は捜査一課に移ったという。この決定を下したのが、当時の中村格・刑事部長だったらしい。中村氏は最初に事件を担当した高輪署の捜査に不安を持ったそうだ。捜査が不充分で、被害者女性の言い分だけを根拠に逮捕状を取ったので、逮捕の中止を命じたという。新潮社はこの異例な介入に疑問を持ったから、事件を雑誌に載せたそうだ。確かに、所轄が行う逮捕に一々本庁が「待った」をかけるなんて不可解だ。ひょっとしたら、被疑者がTBSの社員と聞かされたので、中村氏が後々のことを考えて「まずい」と思ったのかも知れない。つまり、確固たる証拠をもっての逮捕なら問題ないが、何らかの不備を見つけたから引き留めたとも考えられるのだ。でも、「大手マスコミの人間だから慎重に捜査しろ !」というのも酷い話である。じゃあ、さしたる地位や名声も無い庶民なら、簡単に逮捕してもいいのか? いくら「容疑」の段階といっても、一旦「準強姦」で逮捕となれば、周囲の者に即座に伝わってしまい、あたかも犯人であるかのような印象を持たれてしまうじゃないか。

  それにもし、容疑者が一般の公務員や会社員なら、たとえ無罪放免になっても、妙な「噂」や「評判」が拭えまい。いつまでも「強姦容疑で逮捕された人」という「前科」が残ってしまい、職場での立場がなくなる場合だったあるのだ。事によっては、出世の芽も無くなってしまい、将来が激変してしまうことだったある。「無罪」となった者の家族も、近所や友人からの「ひそひそ話」に怯え、常に他人からの「陰口」を気にするようになるだろう。精神的苦痛には計り知れないものがある。疑いをかけられた本人も悩んでしまうが、家族だって不幸になってしまうのだ。もちろん、被害者の詩織さんも苦しんでいるだろうし、これからも辛い人生を歩む破目になるだろう。だからこそ、慎重な捜査が不可欠だし、もし警察内部で本当に事件の「握りつぶし」が行われたのなら、単なる「準強姦事件」の域を超えて、警察の組織的腐敗、つまり権力の濫用が焦点となってしまうのだ。中村刑事部長が個人的な都合で逮捕を妨害したのなら、それは正当な手続きと法制度の否定となり、警察への信頼が崩壊しかねない。したがって、もし「政治的配慮」で事件を揉み消そうとしたのなら、強姦事件ではなく上級警察官の「瀆職」として内部調査すべきである。

  ただし、今回の一件は週刊誌が騒いでいるような安倍首相や官邸からの指示ではいだろう。いくら山口氏が安倍首相と親しく、「提灯記事」まで書くジャーナリストであっても、政府の要人が警察に手を廻すとは考えにくい。権力濫用の可能性があるとしたら、中村氏個人の恣意的判断と考える方が妥当である。詩織さんは逮捕の中止を政治的圧力と見なしているが、案外、所轄による杜撰な捜査を本庁が訂正しただけなのかも知れないぞ。しかし、これとて単なる推測だから、全ての証拠を閲覧できない一般国民は、渋々でも検察の判断を信じるしかない。世間の一部は、詩織さんが民進党とグルになって安倍攻撃をしていると考えているが、もしかしたら恨みを晴らすためなら何でもよく、妙に“親切な”民進党と組んだとも考えられるのだ。ただし、単なる左巻きのリベラル馬鹿という場合もあるので、軽率な憶測を斥け、用心しなければならない。特にジャーナリストを扱う場合は、判断するのが難しいし、とにかく色々な点で厄介だ。世間には学校の勉強ができるだけで優秀と思い込み、海外の大学で箔をつけて帰国すれば立派なジャーナリストになれると思うアホがいる。歐米の大学でジャーナリスムを専攻するのは、お金を払ってクルクルパーになるようなもので、中には真っ赤な思想に染まっている事にすら気づかない奴もいる。例えば、コロンビア大学なんて黴菌の貯蔵庫と変わらなくて、象牙の塔に見える赤い巣窟なんだから。詩織さんがどういう人物なのか分からぬが、何となく「怪しい」感じが漂っている。

美人は信頼できる? 

  今回の記者会見で考えさせられたのは、被害者本人がカメラの前に現れ、自分の見解を訴えたことだ。普通の女性なら恥ずかしくてカメラの前に出てこられないだろう。だから、自分の顔と名前を晒す詩織さんには相当な信念があるはずだ。好意的に見れば、彼女は本当に「強姦」され、そうされたことに確信を持ち、加害者の山口氏が憎くて堪らないのだろう。ひねくれた見方をすれば、世間の注目を集めたかったということだ。彼女の言い分がどこまで正しく、真相を語っているのかは判らない。肝心な部分は山口氏のメールと言い訳が基礎になっており、彼女の証言はベッドで無理矢理「強姦」されたと気づいた時からで、記憶が飛んでいた夜中の出来事は、まさしく「闇の中」なのだ。ただ、彼女は好きでもない相手から裸にされ、凌辱されたのだから、「準強姦」と考えたのも無理はない。山口氏も「セックス行為」だけは認めているので、これだけは確かな事実だろう。

  事件性については検察審議会や再捜査に委ねるしかないが、興味深いのは世間の反応である。詩織さんが堂々と表に現れ、自らの心境を語ったのは衝撃的だったが、それ以上に被害者が美人であったことに注目が集まった。もし、彼女が50歳の同級生で、凡庸な容姿の中年女性なら、どんな反応だったのか興味深い。これは偏見だが、テレビ画面に映った彼女が話すと、その訴えが真実に思えてくる。なぜかといえば、我々は古代ギリシア人と同様に、「真は美であり、美は善である。また、そうであらねばならない」と考えてしまうからだ。アリストテレスの『エウデモス倫理学』を読んでも、「高貴さ(καλοκαγαθια)」とか「善き人(καλοκαγαθος)」という言葉が出てきて、ギリシア人が「立派な紳士(カロカガソス)」に関して強い意識を持っていたことが分かる。(第八巻三章の2<1248b>を参照。) 現在の我々も美学と道徳を繋げて考える癖を持ち、視覚的に素晴らしい人は倫理的にも優れていると見なしがちである。

Greek Statue 2Venus 2  人間は外見で判断する場合が多い。例えば、ジェラルド・R・アダムズ(Gerald R. Adams)のような研究者によれば、魅力的な子供は、そうでもない子供よりも、勉強が出来て人間関係も良好になると思われがちだし、家族さえ魅力的な兄弟の方が成功を収めるんじゃないか、と考えてしまうそうだ。また、魅力的レベルの高い女性の方が、低い女性よりも好奇心が強く、物事を達成しやすいし、個性を発揮しやすいと考えられる。なぜなら、魅力的な女性は周囲の者から「知的で分別がありそう」と思われるし、実際、彼女たちの方が一貫して知的努力に対して報われてきたからである。つまり、ある知的作業とかホワイト・カラーの職場では、同じ努力をしても魅力ある女性の方が高い評価を受けやすいし、より多くの報酬を得られるということだ。一般人の経験で考えてみても、しばしば高い評価を受ける人は、やり甲斐を感じるし、頑張って次の仕事に打ち込もうとする動機を持つようになる。一旦、成功の喜びを噛みしめれば、更なる努力を重ねるから、ますます成功する確率が高くなるだろう。

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  一概に断定できないが、美女は前向きになり、醜女は後ろ向きになりやすい。成功率や達成感が高い魅力的な人は、自分の可能性に対して楽観的になるし、忍耐力もついてきて、辛抱強くなったりする。しかし、魅力に乏しい人にとって、人生とは長い上り坂を“とぼとぼ”歩くようなもので、辛抱しても得るところが少ない。ブスの僻みが強くなるのは、同じような苦労をして同じような成果を出しても、美人の方が評価され、印象が良かったりするからだろう。演劇界でも度々耳にするが、同じような技量なのに、容貌の優れた人は「美人女優」で、凡庸な外見の人は「演技派女優」と評される。ギャラだって美人女優の方が高いし、主役が廻ってくる率も高い。ところが、ブスは万年脇役だ。ただし、「演技派女優」の方が「若さ」という年齢に左右されずに、第一線での現役生活を続けられるという長所がある。「美しさ」だけが取り柄の大根役者だと、小じわが目立つ年齢になればポイ捨てされるし、若手女優に主役の座を奪い取られてしまうだろう。美人女優はプライドが高いだけに、「格下」の配役に納得しない。年相応の配役、例えば「出しゃばりのオバはん役」とか「意地悪な中年ババア」といったオファーは一蹴りで却下。だから、裏で若手女優をイビったりするんじゃないか。大女優の嫉妬は恐ろしい。

  芸能界で容姿による損得があるのはしょうがないけど、公平であるはずの法廷でもあるらしいから問題である。過去、幾人かの学者によって、被告人の容姿と陪審員の判断に関する調査があったそうだ。ある調査では、犯罪が被告人の魅力によって扇動されたかどうかという点で、陪審員による判決が違っていたという。例えば、詐欺事件では魅力のある被告人の方が厳しい判決を受けるらしい。だが、ルックスに関係の無い強盗事件では、魅力の乏しい被告人の方が厳しい判決を受けたそうだ。(ロビン・T・ラコフ、ラクェル・L・シェール『フェイス・ヴァリュー』 南博 訳、ポーラ文化研究所、1988年、p.203) 納得できないが「やはり」と思ってしまう。一般的に魅力のある被告人は、そうでない人よりも有罪判決を受ける確率が低いし、懲罰も軽くなるらしい。

  日本人のある弁護士によれば、美人の被告人だと判事の対応が違ってくるそうだ。例えば、美女が亭主や恋人から暴行を受けて、その相手を殺してしまった場合、魅力的な女性だと無理からぬ抵抗と考えたくなるし、「よほど辛かったのだろう」と同情したくなるそうだ。美人だと兇悪で残忍な犯人とは思えないからだろう。裁判官も男だから、何となく美しい女性に肩入れをしてしまい、「好意的に」事件を解釈することだってあり得る。法廷に立つ美女が下を向いてすすり泣けば、裁判官も「そうそう、よく反省してるね!」と感心するし、情状酌量の余地もあると思ってしまう。ところが、被告人がブスで裁判中にふて腐れた表情を見せると、裁判官は「こいつ反省していないな ! けしからん!」と思ってしまうのだ。口には出さないけど、外見による印象というものがあるから、裁判官もつい厳しい口調になってしまう。被告人としたら普段通りの表情をしたまでで、生まれつきの険しい人相、あるいは辛い人生で染みついた顔つき、という場合もある。それなのに、裁判官は「反省していない」といった印象を持ってしまうのだ。

  これを踏まえて、詩織さんのケースを考えてみると、何となく彼女に有利なことが分かる。被害者が美人なので、記者会見を観た世間は、涙ぐむ彼女に同情し、加害者の山口氏に嫌悪感を抱く。彼女が「警察上層部からの圧力、何らかのパワー」と言えば、大勢の人が「そうなもなぁ」と考えてしまうだろう。「警察官僚による事件の握り潰し」と聞けば大衆は勘ぐってしまうし、いくら警視庁が公式に否定しても、人々からの疑惑は晴れない。平民の我々には事件の全貌や全ての証拠を調べる事が出来ないので、「準強姦罪」が成立するのかどうかは分からない。仮に詩織さんが検察審議会に不服を申し立てても、起訴に持ち込んで山口氏を有罪にする事は難しいだろう。ただ、検察が独自に犯罪を判断するよりも、裁判で決着をつけた方が、たとえ無駄であっても被害者にとっては少しだけ慰めになる。屈辱を受けた詩織さんからすれば、示談では腹の虫が治まらないんだろうから。

  今回の事件で分かったことがある。まず、ジャーナリストに倫理観の欠如した下郎が多いこと。次に、マスコミ業界ではこうした「強姦まがいの性交」が珍しくない、ということだ。山口氏はベッドに入り込んできた詩織さんに欲情したと言っているが、相談を受けて食事をした時点で彼女を狙っていたんじゃないか。無事に食事を終えたとしても、「いつかは」とか「あわよくば」と考えていたのかも知れないぞ。だいたい、意識朦朧となった女性をホテルの部屋に引き込んで、二人だけで一晩明かすなど普通じゃない。マスコミ業界では「よくあること」なのかも知れないが、一般常識では「ふしだらなこと」である。いくら彼女が酩酊状態だからといって、中年男性が若い女性を自分の部屋に連れ込んで、半裸の状態になれば、性慾が湧いてくるのも当然で、常識人なら前もってそうならないよう自戒するはずだ。恋人でもない女性に黙って、しかも寝ている隙にセックスを行うなど卑劣である。山口氏は彼女から近づいてきたと述べているが、それは彼が勝手にそう思ったからで、少なくとも意識が怪しく、抵抗できない女性と判っていたはずだ。もし、目覚めた彼女が激怒して「強姦」と叫んだら、山口氏はどうするつもりだったのか? 昏睡セックスとなれば「問題行為」となり得るから、TBSに勤める山口氏は焦ったはずだ。それを深刻に受け止めていなかったのは、若いジャーナリストの卵なら適当に丸め込めるという「安心感」や「自信」があったからだろう。彼は「法に触れることは一切していません」と弁解しているが、堂々と話せる「求愛行為」でもあるまい。 もし、下っ端女性の出世欲と引き替えにセックスを求めることが、業界で「よくある」ことなら、重大かつ深刻な「慣習」である。

  たぶん、詩織さんは山口氏を「準強姦罪」に持って行けないだろうが、自身の知名度を上げることには成功したと言えるだろう。「強姦」されたという苦しみを味わったが、二十代で大きな仕事が舞い込んでくる切っ掛けを得たのだ。筆者がもし日テレのプロデューサーとかディレクターなら、ワイドショーやその他の報道番組で彼女を採用する。左翼系のマスコミなら、こうしたピンク系の美人ジャーナリストは便利な存在だ。彼女を「代弁者(マウスピース)」に仕立てて、自分たちが望む意見を喋らせれば、茶の間の視聴者を洗脳できる。復讐心に燃えた詩織さんも就職先が見つかって喜ぶだろう。民進党系と見られる西廣陽子弁護士を選んで記者会見に挑んだくらいだから、左翼分子に嫌悪感はないはずだ。それにいくら駆け出しとはいえ、メディア業界の裏側を知っているはずだから、弁護団の背後にいる政治勢力に気づいているだろう。それを承知でタッグを組んだということは、自分の事件と「安倍降ろし」をごちゃ混ぜにしてもいいと腹を括っているはずだ。本来なら、政局絡みの事件ではなく、警察機構の腐敗に焦点を絞るべきなのに、怪しげな弁護士をパートナーにしてしまったところに胡散臭さがある。

Shiori 1  詩織さんくらいの容姿なら、テレビ向きのジャーナリストになれるし、人気ゲストにもなれるだろう。もし、本人に政治的野心が芽生えれば、参議院選挙にだって出馬できるし、当選だって夢ではない。おそらく、落ち目の民進党や「数」を求める政党が彼女に出馬を打診してくるだろう。どうせ、無党派層は参議院選挙なんか興味ないし、誰が当選したっていいと思っている。それなら、自分の信条を貫き、凛とした姿を示す詩織さんに投票する有権者がいてもおかしくはない。かる~いオツムのリベラル女子とかインテリ気取りの事件記者、左に構えて格好をつける元局アナは、人気の波を利用して世間を泳ぐものである。彼らにとって、「退屈」な選挙ほど嬉しいものはない。与党に「これっ」といった候補者が居ないと、有名人やテレビでよく見かける人に票が集まるからねぇ。

  今回の騒ぎで山口氏は当分、表舞台のテレビや雑誌に登場できないだろう。それにしても、テレビ局に群れるジャーナリストには不埒で「碌で無し」の下郎が多い。大手マスコミのNHKに窃盗犯や痴漢、シャブ中などが多いのは知れ渡っているが、今回のことでTBSにも破廉恥漢がいるということが世間にバレた。また、「報道」を看板にするTBSが、身内の不祥事に対しては反応が鈍くて甘い事も明らかとなった。「共謀罪」を阻止する特集なら組むけど、元社員の「疑惑」に関する「報道特集」は流さないとするテレビ局は、世間の笑い物となるはずだ。いっそのこと、TBSは罪滅ぼしの為に「サンデー・ジャポン」に詩織さんを招き、強姦罪や親告罪について話をさせたらどうか。たぶん、ピンク左翼同士で気が合うかもしれないぞ。関口宏の「サンデー・モーニング」は高齢化が進んでいるから、若い女性が参入すれば活気が戻るかも知れないし、「噂の東京マガジン」ならてこ入れを図って、森本氏のアシスタントに迎えてもいいだろう。視聴率向上のためなら何でもいいと考えるのがテレビ局だから、躊躇しないで詩織さんを採用したらいいんじゃないか。美人ジャーナリストが「女」を武器にしようが「才能」を発揮しようが、判断するのは視聴者たる国民だろう。フジテレビは賞味期限の切れた安藤優子を解任して、「可哀想な」詩織さんでもキャスターに抜擢すれば株が上がるかも知れないぞ。テレ朝も焦るほどの左翼路線を突っ走るフジテレビに相応しい人選だと思うんだけど・・・。




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嘘が常套手段のプロパガンダ報道

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世論操作が罷り通る現代

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(上記イラスト  /  レメーカーズの対独宣伝風刺画 )

  民衆政治の風向きは、大衆心理の動きで変わってくる。烏合の衆は理性で考えない。自分の感情と好みで一方的な結論を下すのが常。たとえ、判断材料が不充分だったとしても反省などはしないし、そもそも「適切」だったのか、なんて思わない。見たいものがあればお金を払ってでも「のぞき」見る。しかし、うんざりする退屈な話なら、たとえ命にかかわる重大事でも耳を閉ざす。マスコミはこうした群集の性格を理解しているから、複雑な事件は簡単なものに造り替えるし、聴衆が飛びつくものなら、何時間でも取り上げようとする。ただし、都合の悪い情報は最初から伝えずに、隠蔽するのが“いつもの”掟。ニュースはそのまま伝えるものではなく、程良く「料理」するものというのが、マスメディアの性質である。報道番組で大切なのは“真実”でなく“娯楽”の提供であり、楽しくなければニュースじゃない。でも、大衆操作を行う時だけは真剣になる。これだからマスコミは厄介だ。独裁国家での「官製報道」なら誰も端(はな)っから信じないが、自由な国家で行われる「政治宣伝」には不思議なくらい信憑性があって、容易に信じられてしまうから困ったものである。

  毎度のことで呆れてしまうが、日本のテレビ報道は局が違うのに、顔と味が同じという金太郎飴状態。例えば、北朝鮮問題を取り上げる番組は、「北鮮がミサイルを撃ちました!」とか「金正恩が次に取る行動は?」と慌てるだけで、日本人がどうするのかは問わないし、何をすべきか考えようともしないのだ。辺真一みたいな朝鮮人評論家を招いて、延々と北朝鮮の内情を話すだけ。これでは北鮮の宣伝番組を観ているようだ。日本の敵地攻撃能力がどれくらいなのか、を紹介する方がよっぽど視聴者の「ため」になるのだが、そうした情報は大衆に「余計な」智慧を与えるようなものだから却下。「日本人は黙ってミサイル攻撃を受けろ!」がTBSやフジテレビの本音なんだろう。でも、テレビ局にも核シェルターが無いので、自分たちも危ないはずだが、そこまで考えないのが脳天気な左翼の特徴だ。学生運動上がりの連中は、機動隊に殺されないという「確信」があったので、思う存分暴れることができた。もし、警察が機関銃や迫撃砲で対処したら、暴力学生でも「ちょっと待て、酷いじゃないか!」と青ざめたはずだ。甘えん坊の叛乱なんて、いかにも日本的である。

Koike Uriko 2(左  /  小池百合子)
  東京都知事の小池百合子にまつわる報道も同じだ。正直なところ、「いつまで豊洲問題を続けているんだ?」というのが庶民の意見だろう。だいたい、地下水の有毒物質なんて魚市場の商売には影響ないのに、あたかも汚染された水で魚を洗っているかのような印象をテレビ局は与えていたのだ。ちょっとここで筆者の感想を述べれば、最初から築地市場の段階的改修にすれば良かったのに、と愚痴をこぼしたくなる。商売人なら分かるけど、場所を移すのは結構なリスクで、お客の「流れ」が変わってしまうから一大事だ。築地ならお客さんが銀座から“ぶらり”と足を運んでくれるけど、豊洲になれば橋を渡って長い道のりを歩かねばならない。そうなったとき、オッちゃんやオバちゃんたちが豊洲まで来てくれるとは到底思えない。だいいち、東京ガスの跡地を決めた時点で地下水の問題は分かっていただろう。豊洲が選ばれたのは、土地取引でのキックバックと、更地での建設の方が楽だからとの理由じゃないのか。


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(左: 細川護煕   /  小沢一郎 /   小泉純一郎 /  右: 安倍晋三)

  結局、巨額な損失は庶民にのしかかり、問題の先送りは小池百合子の宣伝材料になっただけだ。小池都知事は「都民ファースト」を叫んでいるけど、実際は都民より自分の方が「優先」なんじゃないか。確かに「都民が一番」なんだろうけど、一等席の前に特別席(アリーナ)があるように、本音では「ユリコ・ファースト」が前提なんだろうね。小池氏は踏み台を選ぶのが上手いから、東京都民も権力奪取の道具にされるかも知れないぞ。彼女は政界進出のために「ビジネス・ワールド・サテライト」のキャスターを務め、日本新党の細川護煕を手始めに、新進党・自由党の小沢一郎に乗り換え、小沢と手を切ったら自民党の小泉純一郎に近づき、色目を使って添い寝をした。失敗したのは総裁選の時で、安倍を見限って石破に乗ったが、その石破が泥船だったので、彼女の立場も沈んでしまったのである。国政での出世がないと悟った小池氏は、脚光を浴びる都知事の椅子を狙い、得意の笑顔と饒舌で、気紛れな都民を手玉に取れた。次は都議選での勝利で、目指すは安倍首相の後釜なのかも知れない。

又聞きが目撃証言となった

  日本のマスコミによる情報操作がひどいのは誰にでも分かるが、歐米のマスコミはそれを更に上回っている。先進国というのは大量の情報が交差する大衆社会なので、政治を牛耳る者は何とかして一般人を思った方向に導こうとする。特に、戦争が起きた時は著しい。身近なところでは9/11テロであるが、その前には湾岸戦争での捏造報道があった。イラクのクウェート侵攻を制裁するため、米国は広告会社の「ヒル・アンド・ノールトン(Hill & Knowlton)」を用いて、ニセ情報を世間に流し、紛争介入を正当化しようとしたことがある。1990年9月5日、ロンドンの「デイリー・テレグラフ」紙にイラク兵が起こした残虐事件の記事が掲載され、西側諸国の一般人は衝撃を受けた。ある「アメリカ人」の証言によれば、イラク兵が保育器を奪うため、中にいた未熟児を放り投げたというのだ。後に、この人物はナイラ(Nayirah)という少女であることが判明し、彼女は米国議会に設置された公聴会に出席し、こう述べたという。

  私は銃を持ったイラク兵が病院にやって来て、15名の赤ん坊がいる部屋に入って行くのを見ました。彼らは保育器の中から赤ん坊を取りだしてその器具を奪うと、赤ん坊を冷たい床の上に放置したまま、立ち去って行きました。(Tom Regan, "When contemlationg war, beware of babies in incubators", The Christian Science Monitor, September6, 2002.)

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(左: ナイラ  / 中央: クレイグ・フラー /  右: ジョージ・H・W・ブッシュ)

  ところが、彼女は実際にその暴虐を目撃したのではなく、ある友人からその話を聞いて証言したのである。つまり、直接、自分の肉眼で見たのではなく、又聞きの噂話であったのだ。そして、現場に居なかったこの少女は駐米クウェート大使の娘であった。しかも、この話に尾鰭を附けて大々的に宣伝したのが、「ヒル・アンド・ノートン」社で、このPR会社は「自由クウェートを求める市民(Citizen for a Free Kuwait)」という亡命団体から1千70万ドルをもらって雇われていたのだ。さらにに注目すべきは、ここの最高責任者を務めていたクレイグ・フラー(Craig Fuller)社長が、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領の元側近だったことである。ブッシュ大統領がまだレーガン政権時代の副大統領であった頃、フラー氏はその首席補佐官を務めていたのだ。何てことはない、ブッシュ大統領はイラク攻撃をしたいが為に、巧みな演出で世論を煽り、軍事行動の正当性を得ようとしていたのである。「敵を悪魔にして自分を正義の味方にする」というのが戦争の定石だが、ブッシュ氏はそれを実践したという訳だ。

悪魔のようなドイツ兵

  偽情報で敵を「悪魔」にした実例は、第一次世界大戦で行われた心理戦である。連合国側の戦時プロパガンダで最も成功を収めたのは、「手を切断されたベルギーの子供たち」であろう。1914年の暮れに、身体の一部を切り落とすという残虐行為があったらしい。当初、この事件は政府のプロパガンダとは関係のないところで発生したのだが、英米側にとってドイツ兵の残虐性を広めるには好都合の出来事であった。ウィルソン大統領と政府の好戦派は、この悲惨な事件を以て米国の世論を動かすことが出来るのではないか、と踏んでいたそうだ。そして、戦争が勃発すると、続々と痛ましいニュースが飛び込んでくるので、アメリカの参戦をせかす者も増えてきた。1915年から16年になると、「ベルギー支援協会」がベルギーの子供たちを救済すべく、一般のアメリカ人に訴えかけ、ドイツ軍の侵攻に苦しむ子供のために古着や食糧を送ろうと提案したらしい。(米国の参戦にはサミュエル・ウンターマイヤーなどのユダヤ人シオニストが暗躍していたのだが、これについては別の機会で述べてみたい。)

Francesco Nitti 1(左  /  フランチェスコ・ニッティ)
  「手を切断された子供」の話は世界中に広がり、イタリアでも大いに宣伝されたそうだ。当時の財務大臣で、後にイタリアの首相となったフランチェスコ・ニッティ(Francesco Nitti)が、このプロパガンダ報道がもつインパクトについて述べていた。終戦後、こうした悲劇に心を痛めたアメリカの大富豪が、問題となった哀れな子供に是非会いたいと、密使を派遣してきたそうだ。ところが、誰一人としてその子を発見できなかった。そこで、ニッティーと英国のロイド・ジョージ首相が、この報道と他にもあった幾つかの事件について、それぞれの信憑性を詳しく調べてみることにした。すると、いずれのケースも作り話であると判ったそうだ。(アンヌ・モレリ『戦争プロパガンダ 10の法則』 永田千奈 訳、草思社、 2002年、p.94)

  戦時プロパガンダには何でもありで、他にも信じられぬ事件が報道された。例えば、ドイツ軍は従軍看護婦にも重傷を負わせると言われたし、アホらしいけど、ドイツ人は囚人の死体を解体し、潤滑油の原料にしてしまうという話もあったらしい。その他、捕虜の顔に双頭の鷲の刺青を彫る、捕虜の舌を切り落とす、といった捏造まであったのだから唖然とする。ドイツ軍に関する「残酷物語」には拍車がかかって、「ドイツ軍は“わざと”病院に爆弾を落とす」、あるいは「教会を狙って爆撃する」といった報道まであったそうだ。これを聞くと何となく、「30万人の南京大虐殺」という虚構や、「ナチスはユダヤ人の死体から脂肪を取って石鹸を作った」というヨタ話とダブってくるじゃないか。もう聞くのも馬鹿らしくなってくるけど、怪物の如きドイツ兵は、藝術の街や記念建造物を焼き払って祝杯を上げたとか、乳児の喉を切り裂き、女を捕まえては乳房を切り落として笑い声を上げる、といったホラー・ストーリーまであったのだ。(上掲書 p.95) もしかして、英米のプロパガンダ部局は支那人でも雇ったのか? まるで「撫順戦犯所」で製造されたフィクションとソックリだ。

  プロパガンダ用の残酷劇には様々なヴァージョンがあったそうで、先ほどの「手を切断された子供」の話にもフランス版があったという。1915年ルイ・エ・ヴィレンヌ県で「宗教週報」に掲載された、無名作家による「手を切断された少女の祈り」という作品があったそうだ。

  ノール県にある病院で、6歳の少女が跪き祈っているが、その両手は包帯でぐるぐる巻きにされていた。彼女は「神様、私にはもう手がありません」と小さな声でお祈りをしているのだ。というのも、あるドイツの兵隊がその子に対し、「ベルギーやフランスの子供に手は必要じゃない。ドイツの子供だけが手を持てばよい」と述べ、彼女の手を切り落としてしまった。少女は激痛に苦しむが、ドイツ兵は笑っている。この鬼畜は、ドイツの子供じゃないから痛みを感じるはずがない、というのだ。彼女は「神様、ママは気が変になってしまいました。私は独りぼっちです。パパはドイツ兵に連れて行かれました。パパからは手紙が来ません。きっと銃で撃たれたのでしょう・・・」と語っていた。

  このお涙頂戴話にはイギリス版もあったそうで、ある慈善家の貴婦人がパリにあるベルギー難民所を訪れたそうだ。彼女はその中に10歳くらいの少女がいるのに気がついた。この少女は部屋が暑いのに、両手をみすぼらしいマフに突っ込んでいたという。ある時、その子が母親に向かって「鼻をかんで」と頼んだ。これを聞いた貴婦人は、「まあ、あなたのような大きな子供が自分で鼻をかめないなんて!」と笑いながらも、厳しく叱ったそうだ。しかし、その子は何も言わなかった。だが、沈んだ表情の母親が感情を押し殺して口を開いたという。「マダム、この子は両手をなくしたのです」と。すると、その貴婦人は非常に驚き、目を見開いて「えっ、なんですの? もしや、あのドイツ兵が?」と尋ねた。少女の母親は泣き出し、答えはその涙で充分だったという。
 
  いやぁ~、イギリス人ってのは実に感動する話を作るのがうまい。彼らは人間の心理をちゃんと把握しており、不特定多数の第三者でも、いつの間にか耳を傾け聞き入ってしまう。イギリス人が作るドラマに定評があるのもうなづける。大東亜戦争中、日本側のプロパガンダ放送に従事していた池田徳眞も、イギリス人の才能には舌を巻いていた。彼らの「藝術作品」に比べたら我々の「戦争プロパガンダ」なんて子供の絵本並である。日本の軍部は宣伝戦の重要性を理解していなかったから、英文科の学生を「役立たず」と思い込み、厄介払いでもするように、前線に送ってしまったそうだ。これだから小室直樹先生が歎いていたのも分かる。日本人は本当に戦争音痴だった。

ドイツを憎むユダヤ

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(上記イラスト  /  ドイツ兵を悪魔に見立てたレメーカーズの風刺画)

  第一次世界大戦に於ける宣伝戦では、映像や視覚を利用したプロパガンダ作戦が功を奏したそうだ。英米側で注目すべき人物に、挿絵画家のルイス・レメーカーズ(Louis Raemaeker)というオランダ人がいた。ただし、彼は一般的に「オランダ人」と紹介されるが、その正体はオランダに居住するユダヤ人である。フーヴァー研究所もそうなんだけど、彼の経歴を載せる記事は、どれもこれも「オランダ人」としか紹介せず、その民族性にまでは言及しないのだ。唯一の例外は戦時中カウンター・インテリジェンスに係わった、ドイツ人のゲルハルト・クラウゼ博士(Dr. Gerhard Krause)くらいだろう。

Louis Raemaekers Picture(左  / ルイス・レメーカーズ )
  ルイス・レメーカーズは1869年、南部ネーデルラントのルーモント(Roermond)に生まれ、父のヨセフス(Josephus Christianus Hubertus Raemaekers)は本の印刷を手掛ける出版業者だった。母のマルガレータ(Margaretha Amalia Michels)は、夜間学校の教師をしていたそうだ。美術が得意だったルイスは、アムステルダムにある日刊紙「テレグラフ(De Telegraaf)」に就職し、編集長から好き勝手にイラストを書いていいとの許しを得ていたらしい。しかし、1914年に歐洲大戦が勃発し、彼は外務大臣のジョン・ラウドン(John Loudon)に引き抜かれて、反ドイツのイラストを制作するよう依頼されたそうだ。

  レメーカーズはドイツ人を貶める漫画や風刺画を大量に描き、政府から多くの勲章を授与されたうえに一財産築いたらしい。しかし、彼の「力作」はドイツのカイゼルを激昂させたようで、彼の首には1万2千マルクの懸賞金が掛けられたそうだ。こんな訳で身の危険を察知したレメーカーズは、1916年になるとロンドンへ旅立ち、英国の戦時宣伝局を取り仕切っていたチャールズ・マスターマン(Charles Frederick Gurney Masterman)の庇護を受ける事となった。その後、後釜のジョン・バカン(John Buchan)男爵がレイメーカーズの監督官になったらしい。彼らが拠点にしたウェリントン・ハウス(Wellington House)では、様々な対独戦時宣伝の計画が立案され、多くのアジビラや偽情報が製造されたという。偽の残虐報道で有名な「ブライス報告(Bryce Report)」も、こうしたプロパガンダの一環で作成されたものである。

George Vreel 1Charles Masterman 2John Buchan 1James Bryce 1







(左: ジョージ・クリール  / チャールズ・マスターマン   / ジョン・バカン  /  右: ジェイムズ・ブライス )

  レイメーカーズのイラストは、ドイツ人に対する憎しみに満ちており、ドイツ兵は残忍冷酷なサディストで、野蛮人を代表するモンゴル人かフン族の再来であるかのように描かれていた。異民族を破壊する「匈奴」、巨大な人食い人種、平気で子供を屠るカイゼル、歯を剝き出しにしたゴリラ、死に神の如きドイツ兵、殺人を繰り返す悪魔など、レメーカーズはやりたい放題の風刺画を量産し、世界中にばらまいていたのである。ウッドロー・ウィルソンがプロパガンダ局長(head of the U.S. Committee on Public Information)に選んだジョージ・クリール(George Creel)も、このユダヤ人画家に感心していたそうだ。レメーカーズは精力的で、しかも才能に恵まれていた。彼のイラストは英国や米国、フランスなどの新聞や雑誌に転載され、敵国ドイツに対する世間の憎しみを増幅させていたという。ちなみに、大戦の時ネーデルラントは中立国だったから、政府の要人はドイツに対する一方的な罵倒に消極的だったが、「世界市民」のユダヤ人レメーカーズには関係無かった。本当にユダヤ人のドイツ嫌いは年季が入っている。

Ream SeductionReam Kultur 2Ream Germany 2









( 上記イラスト  / レメーカーズの反ドイツ風刺画  )

  高度な情報化社会になると、プロパガンダが“より”巧妙になってくるから、一般人の我々は自衛のためにも、普段から注意を怠らぬことが必要となる。特に、無料放送の報道番組は危険だ。確かに、テレビ局から垂れ流される政治宣伝は稚拙だけど、繰り返し放送されるから一般国民は、知らず知らず「洗脳」されてしまうのだ。プロパガンダの鉄則は、丹念に何度も繰り返す事にある。残念ながら、「嘘も百回繰り返せば真実となる」は今でも有効だ。昔、土井たか子は「憲法九条学者」と笑われたが、「平和! 平和! 戦争は駄目!」と諦めずに繰り返していた。そのせいか、護憲思想が世間に染み込んでしまった。また、民主党政権が誕生する前には、政権交代で明るい日本が訪れる、とマスコミは大いに煽っていた。しかし、現実は陰惨な時代の幕開けで、応援団のマスコミはその責任を回避し、知らぬ顔を決め込んでいたんだからズルい。今では思い出したくもない憂鬱な時代であった。左翼偏向のマスコミが健全な限り、これからも詐欺的な報道が続くだろう。結局、庶民は昔流行った「自己責任」を覚悟すべきなんだろうなぁ。




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