無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

マスコミ問題

内密の政治宣伝 / マスコミが狙う誘導報道


呆れ果てた教育者

Napoleon 2Napoleonic war in Russia 2








(左: ナポレオンの戴冠式  / 右: フランス軍のロシア遠征 )

  古代ギリシアの哲人アリストテレスは、貴族政治を「優秀な者による支配(aristokartia)」として賞讃したが、日本で好評な民衆政治については、「最悪な者による支配(kaistokratia)」であると毛嫌いしていた。しかし、高校や大学の先生はギリシア人の政治思想を歪曲し、あたかも「デモクラシー」を“素晴らしい”統治形態であるかのように教えている。プラトンはもとよりアリストテレスが肯定した多数による支配とは、法が君臨する「ポリティア(politeia / 立憲政体)で、無知な群集が国政に参加する“堕落した”政体(demokratia)ではなかったのだ。(アリストテレス『政治学』 1279a-bを参照。) だいたい、学校の社会科教師は大抵が従順なヒラメ(偉い大先生を見上げるだけのヒラ教員)か、実力主義や身分制度を憎む僻み根性の持ち主だから、丸山眞男みたいなフランクフルト学派の詐欺師によって簡単に騙されてしまうのだ。街頭にゴチャゴチャっと集まる烏合(うごう)の衆が、確かな情報に基づいて健全な判断を下せるわけがない。選挙事務所でカツ丼やビールをご馳走になったら、気前の良い候補者に一票入れてしまうのが大衆なんだから。

  今や日本は民衆政治の黄金期。ここ最近、テレビや新聞は森友学園の問題で大はしゃぎしているが、庶民なら「他に議論することは無いのか? 」とボヤきたくなる。でも、「これ」っといった藝人のスキャンダルが無いから、とりあえず政治ネタで頑張ろうと思っているのだろう。そうでなければ、あんな籠池理事長の怪しい問答劇をテレビ局が延々と放送する訳がない。まぁ、各局が連携して騒いだから、そこそこの視聴率を稼いだんじゃないか。それに、民進党を支援するテレビ局は、安倍政権崩壊で政局特番を期待しているはずだ。フジテレビの『ユアタイム』は帰化鮮人の参院議員、福山哲郎(旧姓「陳」)をゲストに招いて野党の追及を“それとなく”応援していた。しかし、こんな朝鮮系議員の戯言(たわごと)より、塚本幼稚園が昭和天皇を利用して商売をしていたことの方が重要だろう。こともあろうに先帝陛下の御真影をホームページに掲載し、「昭和天皇陛下 御臨幸」と称して恰も来園なさったかのように宣伝していたのである。

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(左: アリストテレス  / 福山哲郎  / 籠池泰典  / 右: 菅直人 )

  一般国民だって「まさか、そこまでするとは !」と呆れたんじゃないか。いくら何でも一応は「教育者」なんだから、「やってみたい誇張」と「やってはいけない虚偽」の違いくらい判るだろう。一方、籠池氏がこんな「詐欺師」とバレたので、「形勢不利」と踏んだマスコミは、「そっ~と」森友事件から距離を置いて、「オレは最初から奴を信じていなかったけどね」とか「我々は疑惑を“そのまま”報道しただけだ」と居直るかも知れない。そう言えば、1998年に菅直人が東京の全日空ホテルにキャスターの戸野本優子と一夜を共にしたスキャンダルがあったけど、この「不倫」がマスコミによって暴露された時、未来の総理は「一夜を共にしたが男女の関係は無い」と突っぱねた。戸野本氏からすれば「この裏切り者 !」と叫びたいが、しょせんは「卑怯」が特技の“ちんけな”男なんだからしょうがない。いくら枕元で「君のためなら全てを捨てる覚悟がある」と囁かれても、そんな寝言は支那人の忠誠心と同じで何の保障も無いし、菅直人に「男らしさ」を求める女の方がどうかしている。それに、名前からして菅(かん)だから仕方ない。以前、菅直人がオバマ大統領と会った時、オバマは日本の首相を「ミスター・カン」と呼べなかったそうだ。英語で語りかけると「ミスター・コン」に聞こえるから、アメリカ人は「ミスター詐欺師(Mr. Con)」と勘違いしてしまう。でも、あながち嘘じゃないかもね。

政治プロパガンダが花開いたフランス

  今回の森友学園騒動は国会で取り上げるほどの大事件ではないが、テレビや新聞といったマスコミによる大衆操作、ないし政治プロパガンダが如何に有害かを如実に示す具体例となった。(ちなみに、現在みんなが用いる「プロパガンダ / propaganda」という英語は、元々そんなに悪い意味じゃなかった。これは政治の世界で侮蔑的に用いられただけで、昔は宣教師だって「プロパガンディスト」と呼ばれていたのである。ちょうど、「ゲイ gay」という言葉の用法と似ていて、今は「同性愛者」を指すが、昔は「陽気な人」とか「愉快な人」を意味していた。筆者が米国で独立戦争時代を描いたTVドラマを見ていた時、登場人物たちの会話で「ゲイ」という言葉が使われていて、同性愛者を指す用語ではなかった。) 学校の授業だと「恋愛と金儲け」は教えてもらえないというが、もう一つ日常生活で重要な「マスコミの実態」が授業内容から外されているのだ。大衆時代のテレビ局は絶大な影響力を持っているのに、子供たちには「どのようにして番組が作られているのか」、「誰が運営し、誰が裏で操っているのか」は不明である。ただし、大人になると徐々に判る事もある。例えば、『仮面ライダー電王』に「ハナ」役で出演していた白鳥小百合が降板し、『仮面ライダーカブト』で「日下部ひより」役を務めていた里中唯も降板してしまったが、大人であれば彼女たちが精神的に参ってしまったとか、所属事務所と揉めてしまったんだろうな、と推測できるようになる。しかし、番組を観ているちびっ子には分からない。一緒にテレビを見ている父親が息子から、「ねぇパパ、どうしてお姉ちゃん達はいなくなっちゃったの?」と訊かれて、答えに困ってしまう場合がある。そんな時は、「う~ん、分からないけど、パパも寂しいなぁ」と言って誤魔化すしかない。「売れそうにもない女優だから引退を考えたんだよ」とは言えないからね。

  脱線したので話を戻す。ヨーロッパを見てみると、大衆社会の到来はフランス革命の時とも考えられる。日本の進歩的文化人はルソーやヴォルテールなどに痺れて、民衆が王政を打倒する暴動を美化していたから、いま振り返ってみると本当に情けない連中だった。しかし、現代の左翼思想をもたらした元兇なのでよ~く勉強する価値はある。大革命の実態は殺戮に次ぐ殺戮で、ギロチン台がフル稼働するフランス各地は血の海だった。ジャコバン派の領袖であったジャン・ポール・マラー(Jean-Paul Marat)など大量殺人を趣味にしていたくらい残酷な奴で、余りにも多くの者を死刑台に送りすぎたから、パリには適当な「獲物」がいなくなってしまったそうだ。という訳で、ブラック・リストを眺めるのが好きなマラーは困った。そんなところへ魅力的な若い婦人のシャルロット・コルデーが現れ、この冷血漢を葬ったのだ。彼女がなぜマラーを屋敷内で暗殺できたのかといえば、取次人に反革命分子の陰謀を知っているので、ぜひとも直接伝えたいと言って訪問したからである。彼女の計画を全く知らぬマラーは、いつものようにお酢に浸したターバンを頭に巻き、鼻歌気分で風呂に入っていた。「さて、次は誰を殺そうかなぁ」と政敵たちの名前を羽根ペンで記していたといから、湯気が立っていても寒気がする。そんな鬼畜野郎に近づいたシャルロットは、隠し持っていた包丁で彼の胸を一刺し。肋骨の間に「グサ」っと突き刺さった刃物は、大動脈を切断して心臓を貫いた。抵抗も出来なかったマラーは即死だったという。

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(左: マラー  /中央:  シャルロット・コルデー  /  右: ディドロー )

  血腥い暗殺劇が繰り広げられる一方で、フランス社会には全く新しい複雑な宣伝技術が誕生していた。1789年のフランスは、約2600万の人口を有しており、その内の約60万人がパリに住んでいた。当時の社会でも、ある程度は大衆向けのメディアが発達していたので、検閲はあったものの百科全書派が活躍できる余地くらいは残っていた。日本でもディドロ(Diderot)の『百科全書』は有名である。彼の著作は本質的に思想宣伝を目的とした出版物で、民衆に“新しい”考えを植え付けることができるという実証になった。この本の中には非常識な理論が述べられているが、日本の法学者にはそれが分からない。例えば、「主権者」の項目である。ディドロは危険な「主権者」という怪物を、あたかも人民に奉仕する同志のごとく描いているのだ。「主権者は、市民たちの間に良き秩序と平穏を建設」するため充分な権力を持っていなければならないとか、立法権に加えて執行権まで持つべし、とまで喝破している。(ディドロ、ダランベール編 『百科全書』 桑原武夫訳編 岩波文庫 1971年 p227) そして、こんな独裁者が日本の殿様みたいになると唆しているのだ。

  誰であろうと、主権を委ねられた者は、彼に服従している人民を幸福にすることだけを目的としなければならない。(上掲書 p.229)

  血飛沫の嵐を経験した後のフランスで、保科正之や上杉鷹山みたいに領民をいたわる統治者が、彗星の如く現れるなんて想像できない。ヨーロッパで「主権者(Souverain)」というのは、無制約の権力を有する者を意味し、それは天地創造をなした天主(God)から絶対的な権威と権能を授かった「神の代理者」と見なされる。だから、全知全能の神様から遣わされた「お代官様」だと人民は逆らうことができない。英国のジェイムズ1世やチャールズ1世が固持した「王権神授説(Divine Right of Kings)」を思い出せば分かるだろう。しかし、ラテン・キリスト教世界では、「主権者」と自称する王様だって伝統的慣習を無視することはできないし、教会からの要望や訓戒に従うことが多かった。著名なラテン教父のテリトリアヌス(Tertullianus)によれば、帝国や王国の君主だって「神様の次(Deo secundus)」、つまり地上の皇帝が持つ権力は、天上にいる皇帝が持つ権力に劣るということになっている。

     ところが、フランスでは革命家がキリスト教を抹殺した訳だから、邪魔な司祭や神様は居なくなってしまい、地上の主権者は無制限の権能を有する専制君主となってしまう。こうなりゃ誰を殺そうが何人殺そうが「主権者」の勝手。だから、絶対的暴君に向かって、「こらぁぁ ! お前は人民の行政は幸福になっていないぞ !」と野次を飛ばす民衆なんか皆無。ただし、自殺したい奴は別。という具合だから、たとえ裁判官が王国の慣習法や基本法を蹂躙する「主権者」を見つけても、その支配者に「法」の鉄槌を下すことはできない。法廷で睨みを利かすライオンじゃなくて、ご主人に忠実な仔犬といったところだ。ディドロの『百科全書』が大量に売れたという訳ではないが、その思想は着実に広がっていたというから、梅毒の如き悪の思想は本当に恐ろしい。

French revolution 1French Revolution 2









(左: ギロチン台での処刑 / 右: 斬首を見せつけるフランス人)

  フランス革命は逆説(パラドックス)の連続であった。革命家は人民の為と称して王政を転覆させたが、民衆が主体の政治体制など口先だけで、その実態はジャコバン派による恐怖政治。さらに、民衆を唆した革命家が失脚するとナポレオンが現れて皇帝になってしまった。しかも、対外戦争によりフランスの若者は戦死するか負傷するかで、民衆の生活は向上するどころか貧窮するばかり。政体も帝政になったり共和政に戻ったりと、その共和政体も二転三転、でんぐり返しで第五共和政へ、といった感じだ。ドイツ人と戦争すれば負けてばかりで、馬鹿にしていたアメリカ人に二度も助けられて面目丸つぶれ。日本と戦争すればコテンパンに負けて、植民地だったインドシナを奪われる始末。二等国に零落れたフランスは、ルーブル美術館やヴェルサイユ宮殿を外人に見せて外貨を稼く観光地。これじゃあ、あの“だらしない”ギリシア人と同じだ。ブルボン王朝時が懐かしい。あの頃は権威に輝く太陽王がいたのに、今じゃハンガリーからのユダヤ人(サルコジ)が大統領になってしまうんだから。関係無いけど、サルコジってB級映画に出てくるポルノ・スターみたいだ。何となくいやらしい。エドゥワール・ドリュモン(Édouard Drumont)やモーリス・バレス(Maurice Barrès)が聞いたら激怒するだろうなぁ。

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(左: ニコラ・サルコジ  / 中央: エドワール・ドリュモン / 右: モーリス・バレス )

  革命が成功する秘訣は、如何にして大衆を扇動するである。生前、マラーは資格すら疑わしい医者であったが、ジャーナリストを気取って大衆向けの記事を載せた『人民の友(L'Ami du peuple)』を創刊した。『人民の友』は投書欄を設けるという斬新な方針を取り、極端な意見でも認めて掲載するという点に特徴があった。(なんか朝日新聞みたい。) ロベスピエールも負けてはおらず、『憲法守護者(Le Défenseur de la Constitution)』という新聞を創刊し、自らも記事を書いたという。「清廉の士」と呼ばれたロベスピエールは、「自由、平等、救済、博愛」という理念を宣伝したが、薄情なデマゴーグであったことには変わりがない。彼は革命を指導する「前衛」を輩出するため、プロパガンダのエリート細胞が集う「ジャコバン・クラブ」を重視していた。この組織には見事な規律があって、各メンバーを引き締めていたというから、いかにも極左集団らしい。入会には儀式があり、独自の髪型や服装をした会員には、正統性を試される関門があり、内部での粛清や公の場で行われる告白劇があったばかりか、見世物的裁判もあったのだ。これは支那やソ連で行われた人民裁判の魁(さきがけ)とも言えよう。

  こうした革命分子は、フランスを形成したキリスト教を撲滅するや、その空白に「最高存在者」という紛(まが)い物を置いて、民衆を別の宗教に帰依させたのである。要するに若い娘を女神に仕立てた「黒ミサ」と思えばいい。現在のフランスが魅力に乏しく、蛮族に荒らされた廃墟みたいになっているのは、政治や教育からキリスト教を排除する「世俗主義(laïcité)」に冒されたまま、政教分離策を取っているからだ。革命を絶賛する極左分子が国家の中枢に盤踞するというのはどれほど恐ろしいことか、これで分かるだろう。フランス人が誕生させた流血の世界は、古賀新一の漫画『エコエコアザラク』の話どころじゃないぞ。斧や鎌を手にした群集と比べたら、悪魔に扮して「エコ、エコ、アザラク(Eko、Eko、 Azarak)」と呪文を唱える小娘なんか屁でもない。日本では兇暴な外人も心優しくなるんだから。昔、タイガー・ジェット・シン(Tiger Jeet Sigh)がサーベルを持ってアントニオ猪木や山本小鉄に殴りかかったけど、なぜか柄の部分で殴るだけで、刃先で突くことはなかった。もっとも、新宿伊勢丹で猪木と夫人の倍賞美津子に襲いかかった時は一般人も驚いたけど、仕込みの「ヤラセ」だったから本気じゃなかった。リングでは「インドの猛虎」だったけど、普段は礼儀正しいシク教徒なんだから人は見かけによらない。

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(左: マキシミリアン・ロベスビエール  / 中央: ジョセフ・フーシェ / 右: 処刑された革命家のダントン )

  また脱線したので元に戻す。ロベスピエールが断頭台の露と消えても、彼のライバルであった陰険なジョセフ・フーシェ(Joseph Fouché)が跋扈し、終いにはナポレオン・ボナパルトが現れて皇帝になってしまうんだから、フランス革命のどこが「民主的」なんだ皆目見当がつかない。士官時代フランス人から小馬鹿にされ、フランスの伝統を心から憎むこのコルシカ人は、統領から皇帝に上り詰めると、広範囲に亙る大衆操作に着手した。例えば、戦争の勝敗を自分に有利となるよう伝えていたのである。有名なマレンゴーの戦いに勝利すると、その果実を自分だけの手柄にしたが、敗北となるや他人にその責任を押しつけた。コペンハーゲンの闘いは事実をねじ曲げて伝え、アブキール湾(Aboukir Bay)の海戦ではブリュイ(François-Paul Brueys)のせいにしたし、トラファルガーの海戦ではヴィルヌーヴ(Pierre-Charles Villeneuve)が悪く、ワーテルローの闘いではネイ(Michel Ney)がへまをしたことになっている。まるで大学で講師をイジめる老教授みたい。ちなみに、業績が無いのに「名誉教授(emeritus)」になれるのは日本の大学教授だけ。こんな肩書きはクルマに附ける「枯葉マーク」と同じ。東大総長より『少年ジャンプ』の人気投票で1位を取る方が難しいんだから。

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(左: ナポレオンの肖像画  / 中央: ナポレオンの顔を刻印した金貨  / 右: 馬に跨がるナポレオン )

  ナポレオンは稀代の名戦略家を演出するに当たり、視覚的イメージでも民衆にアピールしようと図っていた。そこで助っ人になったのが数々の名作を残した画家のダヴッド(Jacques-Louis David)で、風采の上がらないコルシカ出身の小男なのに、バイロン風のロマンティックな横顔になっていて、映画俳優のように颯爽と軍馬に跨がり、勇猛果敢な英雄として描かれていたのだ。さらに、ローマ皇帝を真似て自分の顔が刻印された硬貨まで作り、アウステルリッツやイエナ、レーゲンスブルクなどの戦役がある度に発行していたのである。ナポレオンの信仰心など怪しいが、彼は教会組織を自分の為には重宝と考えたので、その親分たるローマ教皇と協約を結び、説教壇から教区司祭に自分の宣伝を手伝わせることを考えていた。確かに、苦労して基礎から宣伝局を作るより、既存の巨大機構をそのまま利用した方が利口である。

謀略の天才ロシア人

  深い闇に包まれたロシアには、領主に酷使される愚鈍な農民と、謀略を得意とする狡猾な官僚というイメージがある。共産主義に邁進するロシア人ときたら、アイデア商品とか家電製品を作れないくせに、戦略爆撃機とか移動式核ミサイルの製造になると驚くような情熱を傾けるから不思議である。そして、もう一つ彼らが得意なのは心理戦、すなわち「謀略・宣伝戦」だ。ソ連の対外工作は巧妙かつ陰険で、脳天気の日本人には千年かかっても真似できない。ボルシェビキを率いたレーニンはプロパガンダの名人で、兵器を用いなくても言葉で敵を屈服させる術に長けていた。ロシアの社会主義者たちは、早くから宣伝活動の重要性を認識しており、検閲官の眼をかいくぐるため、偽りの表題を附けてマルクス主義の教科書を作る組織を作っていたのだ。

  レーニンはゲオルギ・プレハーノフ(Georgi Plekhanov)とパヴェル・アクセルロード(Pavel Axelrod / ユダヤ名Pinches Borutsch)に協力を要請し、機関誌の『イスクラ(火花 / Iskra)』を発行しようと励んでいた。安全の為に印刷所を転々とする必要もあったが、レーニンは1900年12月21日、この機関誌の第一号を発行することができた。この出版物は表面的には紙切れだけど、レーニンにとったら千鈞の重みがあり、久しく夢見ていた闘争の手段となったのだ。革命の炎を燃え上がらせる「種火」となった『イスクラ』は、ロシアの革命運動を集結し、その方向性を固める指導者のプラットホームになっていた。同志のユリウス・マルトフ(Julius Martov / ユダヤ名Yuliy Osipovich Tsederbaum)も執筆者になっていたが、何といってもレーニンが一番張り切っていたらしい。外国で印刷された機関誌は非合法ルートでロシア国内に運ばれ、首都や工業都市などのマルクス主義者グループに配られたという。各グループはきちんと読むよう指示を受け、その新聞は人伝に配布され、相当な読者の目に触れることになった。『イスクラ』は夜中に壁へと貼り出されたが、朝になると警察によって剝がされてしまうことが頻繁にあったらしい。しかし、その間に何百人もの野次馬に読まれていたそうだ。そして、『イスクラ』の制作者であるレーニンは、そこから驚くほどの権威を引き出していたという。(エレーヌ・カレール=ダンコース 『レーニンとは何だったか』 石崎晴己 / 東松秀雄 訳 藤原書店 2006年 pp.99-100)

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(左: レーニン  / プレハーノフ  / アクセルロッド  / 右: マルトフ )

  1902年、権力の集中を目論むレーニンは、『何をなすべきか(Tchto delat')』というパンフレットを発行し、民衆がバラバラの状態で勝手に蜂起するよりも、細胞組織を以て革命を起こすべし、と訴えていた。レーニンは民衆を厳格な規律で束ね、党の定説・綱領に忠実かつ献身的な少数精鋭集団を利用した方が良い、とする考えを持っていたのである。日本の共産党も完全な縦社会で、本部の掟を破る奴には冷酷な制裁を加え、最終的には抹殺するか、党の息が掛かった精神病院に閉じ込めるかの手段に出るらしい。代々木の支店がモスクワ本店の方針を模倣するのは当然なのかも知れない。事実、ヒラ党員の給料をピンハネし、平民を搾取する日共幹部は、別荘で貴族的生活を送るノーメンクラツーラ(党の支配階級)とソックリである。案外、「日本で共産革命が起きなくて良かった」と喜んでいたのは、宮本顕治とか不破哲郎かもよ。

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(左: 土井たか子  / 宮本顕治 /  不破哲三 /  右: フリードリッヒ・ハイエック )

  ボルシェビキの悪党どもは、全世界をまず思想的に征服すべく、非常に早い段階から宣伝戦を目的とする国際機関の設立に勤しんでいた。1917年頃には、カール・ラデック(Karl Radek / ユダヤ名Karol Sobelsohn)を主幹とする国際プロパガンダのプレス局が設置され、共産主義の世界的普及のために200万ルーブルもの予算が用意されたという。(William Henry Chamberlin, The Russian Revolution, Vol.II, New York, The MacMillan Company, 1926, p.380) また、『ディー・ファルケル(Die Fackel)』というドイツ語の日刊紙が刊行されたが、これはドイツ軍とオーストリア軍の兵隊を対象にしたもので、マルクス主義の基礎を理解させる目的をもっていた。共産主義者というのは実に根気強く、長期的視野に立って民衆を洗脳しようとする。オーストリア出身の偉大な法哲学者であったフリードリッヒ・フォン・ハイエック(Friedrich A. von Hayek)は社会主義者を徹底的に批判していたけど、一つだけ感心していたことがあった。それは左翼陣営が馬鹿にされるような下らない主張でも、諦めずに何度でも繰り返し、次第に人々の頭へその主張を植え付けてしまったからだ。そう言えば、亡くなった土井たか子も「憲法九条」のみを叫ぶ「憲法学者?」だった。昭和から平成までの間、その害毒をもろに蒙った日本人には納得できるんじゃないか。土井の婆さんは正に「継続は力なり」を実践していたわけだ。

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(左: 田原総一朗  / 岸井成格  / 大谷昭宏  / 右: 金平茂紀 )

  左翼に報道機関を乗っ取られた日本人は、毎日彼らの洗脳番組や偏向記事に毒されてている。森友学園問題など些細な事件で、一般国民にとったら北鮮の軍事力向上の方が遙かに重要な案件であるはずだ。小野寺元防衛大臣が報道番組に出演し、自衛隊は北鮮が放つ核ミサイルの第一攻撃を受けてから反撃すると述べていたが、日本に向かってくるミサイルを全て撃ち落とすことなど実際には出来ない。我が国が核搭載の原子力潜水艦を持てるようにしたり、F35戦闘機やステルス爆撃機を配備することで、いつでも北鮮を殲滅できるようになれば、クルクルパーの左翼が望む「平和」が可能となる。だいたい、日本が重武装すると侵掠者になるという妄想が罷り通っていること自体が異常で、北鮮や支那にとって不都合だから、その手先になっているマスコミや左翼学者が反対しているだけだろう。現実的に考えるなら、我が国の先制攻撃を肯定することが平和への一歩となる。日本が強くなろうとすると、北鮮の工作員は田原総一朗とか岸井成格、大谷昭宏、金平茂紀などを動員し、猛反対のキャンペーンを盛り上げようとする。彼らを支援するテレビ局は、支那や北鮮を掩護する尖兵、つまり利敵行為の放送局と見なしてもいいはずだ。一般人にとって、街中で銃を乱射するテロリストは危険極まりないが、紙の弾で国民の精神をメチャクチャにする左翼ジャーナリストも同罪だ。今すぐ地上波テレビ局を潰すことはできないが、みんなで購読を中止すれば朝日・毎日・東京新聞を廃刊に追い込める。お金を節約した上に日本を良くする事が出来るんだから名案だと思うんだけど、惰性の購読は止められないのかなぁ。




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もっと深刻な政治介入を取り上げよ ! / 朝鮮学校への支援を素通りする二枚舌

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左翼議員とグルになるマスコミ

  マスコミによる連日連夜の「森友騒動」にはうんざりする。報道担当者に真相究明の意思はない。彼らにとっては、問題の核心など枝葉末節の「附け足し」に過ぎず、安倍政権を打倒するこに真の目的がある。テレビ局や新聞社に巣くう左翼社員は、支持率を保つ安倍首相の長期政権に辟易していねから、何とかして与党を崩壊させて再び民進党の天下にしたいのだろう。だが、「希望の星」たる民進党はあの体たらく。いくら支援したくても、党首に蓮舫が居坐っている限り無理だ。なぜなら、新聞やテレビが「安倍首相や稲田防衛大臣は嘘をついている、真実を語っていない !」と糾弾したって、肝心の蓮舫が自身の二重国籍問題をうやむやにしたままなんだから効果が無い。仮に、粋がった蓮舫が稲田大臣に「辞任」を要求しても、その批判がブーメランとなって自分の首に突き刺さる。これじゃあ、自らギロチン台に立つようなものである。我々なら彼女にこう質問したい。「二番手(副代表)じゃ駄目なんですか?」ってね。

  マスコミが真剣ではない事は、取材現場で籠池理事長に“ぶら下がりる”記者と、スタジオで偉そうな事を述べるキャスターを見れば分かるだろう。安倍首相から100万円もらったという発言に何の根拠があるのか? そんな与太話を長時間掛けて何回も再放送するなんて異常である。法廷での宣誓証言じゃないんだから、口から出任せでも良いし、記憶違いの適当な放言でもいい。正義漢ぶったジャーナリストの狙いは、籠池理事長と安倍首相の間に「黒い絆」があると“臭わせる”ことにある。(湯船での屁と同じ。) たとえ、その報道が誤りであっても、マスコミは「疑惑」という推測を報道しただけなので、異なった事実に直面しても無罪だ。ワイドショー番組など、新しい事実が出れば“都合良く”過去を忘れて、「皆さん大変な事が分かりました !」と騒ぎ立てる。しかし、自分たちが煽ったニセ情報には触れずじまい。テレビ局ってのは年末になるとプロ野球選手の失敗や珍プレーを特集するくせに、自分たちの「失敗」や「誘導操作」、「偏向報道」は知らぬ顔でパス。でも、素直に謝罪して辞職するする人が増えると、NHKや朝日新聞は社員が激減して困るだろう。「沈黙は金」である。たぶん、「反省回避、隠蔽美徳」という社訓を掲げているんだろうなぁ。

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(左: 安倍晋三  /  安倍昭恵 / 籠池泰典  /   右: 迫田英典)

  もし、マスコミが本当に森友学園問題を解明したいなら、事の発端となった用地売却での大幅な値引きと、その理由、そしてこの契約に係わった迫田英典(さこた・ひでのり)元理財局長を徹底的に問い詰めるべきだ。まずは、どうして9億5600万円の土地が1億3400万円になったのか。また、その値引き(8億2200万円)は妥当だったのかを迫田氏に質問し、納得の行く答えを引き出す方が筋だろう。安倍昭恵夫人の名誉職なんか二の次三の次。そもそも、マスコミは役人を「悪役」にしたって視聴率を稼ぐ事ができないと思っているので、迫田氏や近畿財務局の責任者、今回の取引に絡んだ財務省の高級官僚にメスを入れることはない。フジテレビが言うように「面白くなければテレビじゃない」からだ。陰で民進党を支援するマスコミは、今回の事件を最大限に「こじらせて」、あわよくば安倍政権の崩壊へと運んで行きたいのであろう。国会では軍事や外政の方が優先されるべきなのに、こんな下らない癒着事件で時間を浪費しているとは・・・。何とも腹立たしい限りである。

朝鮮人学校の方が悪質だ

  マスコミ各社は、森友学園の学校建設許可に関して政治家が口添えしたのでは、と大騒ぎしているが、それならもっと前から巨悪の朝鮮学校を問題にすべきだったんじゃないか。籠池理事長は本当に「いかがわしい」人物で、保守派に媚びて人気を得ようとした「営業愛国者」である。だが、少なくとも子供たちを反日分子や政治工作員にしようとは考えなかったはずだ。マスコミは教育勅語の暗唱に異を唱えているけど、そのどこが悪いのかを理路整然と述べていないからズルい。それよりも、日本を目の敵にする子供を育成してきた朝鮮学校の方が深刻である。一般国民は「朝鮮学校」と聞けば、在日アメリカ軍人の子供が通うアメリカン・スクールみたいな教育機関と考えがちだが、その実態は単なる「各種学校」で、日本人が学ぶ「一条校」ではない。そもそも、朝鮮学校の教員などは、将来の北鮮兵を育成する軍事教官みたいなものだから、とても教育者と呼べる人物ではない。だいいち、麻薬密輸で校長が国際指名手配されるんだから尋常ではないだろう。

  それなのに、左翼陣営はこうした危険な「私塾」に公的補助を与えようとしていたのだ。民主政権当時、朝鮮学校を高校無償化の対象から外そうとした時、毎日新聞は社説で反対論を述べていた。

  (朝鮮学校の)生徒たちは、日本に生まれ育った社会の構成員であり、将来もそうだ。高校無償化は「子ども手当」とともに、社会全体で子供の成長を支えるという基本理念に立つ。その意味で子供自身に責任のないことで支援有無の区別、選別をするのは筋が通るまい。北朝鮮の姿勢を理由に除外を押し通すなら、見せしめの措置と国際社会では受け止められかねない。子供たちに疎外感を持たせて何の益にもない。(「毎日新聞」2010年3月11日)

  さぁ~すが、朝鮮贔屓の毎日新聞が掲げる論調である。ちゃんと「国民」という日本語を避けて、どこの国籍だか分からぬ「社会の構成員」という言葉を用いている。まぁ、飼っている犬や猫だって家族の「一員」と見なす日本人だから、毎日新聞社はその思考を利用して、朝鮮人を日本国の「一員」であるかのように表現したいのだろう。だが、日本の法体系においては、ペットに投票権は無いし、国籍を付与することもない。さらに、いくら藝を披露して稼いでも、確定申告での所得控除は適用されず、扶養家族とも見なされない。だいたい、高等中学校は義務教育ではないし、外国人の子供、しかも危険極まりない敵対国の「成員」を、日本人と平等に扱う必要はないのだ。もともと、大半の朝鮮人は戦後に帰国したので、残っている在日朝鮮人は数百名だったはず。したがって、現在も住みつく大半の在日朝鮮人は、不法に忍び込んだ「密入国者」の子供だから、懸案の高校無償化どころか、強制追放の対象者になってもおかしくはない。ところが、左翼のインテリどもは、何かと言えば国連だとか「国際社会からの非難」を持ち出して、朝鮮人駆除を訴える日本人を非難する。しかし、そんなに北鮮人を大切にしたいなら、自分のお金を与えればいいじゃないか。数千万の年収を手にするテレビ局の重役とか、NHKのディレクター、人気キャスターなどは自分の貯金を献上し、宣伝広告を依頼するスポンサー企業にも寄附を呼びかけるべきである。もし、外国が日本の「見せしめ」を批判するなら、そこの政府に北鮮人を引き取って貰えばいいのだ。果たして、どんな「外国」が朝鮮人を受け容れるのか。実に興味深い。

  テレビや新聞は自分の政治目標に熱心なだけで、日本の国益を無視している。彼らは森友学園に対する公的補助を疑問視するのに、朝鮮学校に対する補助金となるや、いつもの矛先が鈍ってくるのだ。例えば、全国にある127の地方自治体は、あろう事か朝鮮学校への補助金を予算に計上しており、平成28年度の予算では総額で3億円を越えるという。(「産経新聞」2016年3月4日) 文科省によると18の都道府県と114の市区町であるらしく、合計の支出は約3億7200万円であるそうだ。こんな大金が朝鮮学校へ流れるということは、その裏に政治家や左翼団体の圧力があるんじゃないか。とりわけ、地方の役所には共産党・社会党系の議員や公務員ばかりではなく、在日鮮人を勧誘したい創価学会の回し者や多民族共生を目標とする「市民活動家」がいるから、朝鮮人から「のべらぼうな}要求が“すんなり”通ることがよくある。左翼議員から「朝鮮人への偏見や差別は駄目 !」という無言の圧力が役所全体に染み渡り、まるで空気のように存在するから、一般公務員や凡庸な議員は恐れをなして「朝鮮人案件」には触れようとはしない。結局、何事についても“穏便に”済ませようと考える。どうせ税金は「他人のゼニ」だ。節約したって自分の給料が増えるわけじゃない。住民のお金を大切にしたって、自分が糾弾されたり左遷されたら損である。だから、朝鮮人には「寛容」で「親切」にするのが一番。

朝鮮人を助ける日本人

  朝鮮人の横暴や阪神教育闘争にいつては、拙書『支那人の卑史 朝鮮人の痴史』(pp.230-235)で触れたから再度述べないが、朝鮮学校の設立に貢献した日本人の政治家についてはちょっと言及したい。

  朝鮮人は日本の敗戦を以て「解放」だとほざいているが、その「戦勝国民」は憎い日本に留まり、愛する祖国に戻ろうとはしなかった。日本政府が「帰れ」と言っても、決して従わず、泣いて喚いてゴネて拗ねる。散々抵抗した挙げ句、「哀号、アイゴォ~ォォ !!」と大声で叫ぶんだから始末に負えない。彼らには「みっともない」という意識が無い。朝鮮の統治権は朝鮮総督府からアメリカ軍に委譲されたので、朝鮮人は独立国の公民ではなく、合衆国の支配下に属する劣等民族、ないし保護領住民といったところだ。それでも、朝鮮に戻って仲間と暮らせば良いのに、彼らは日本に居坐って民族教育を認めろと言い出した。日本各地で朝鮮人が「国語講習所」を開設し、朝鮮人の子供に民族の言語を教えて、朝鮮人の自覚を持たせようと図ったのである。

  当初、朝鮮人の活動家はこうした「寺小屋もどき」を自前で創るしかなく、各人が資金集めや用地取得に奔走したそうだ。東京では西多摩や北多摩、武蔵野、八王子、立川、府中、町田などにある“みすぼらしい”建物や朝連事務所などが「校舎」となり、そこで貧しい朝鮮人の子供たちが祖国の言葉や文化を学んだらしい。しかし、朝鮮人「教師」たちは、校舎を建設するに当たって用地を購入することはなかった。というのも、当時の在日一世たちは、本国の情勢が落ち着けば直ぐにでも帰郷したいと思っていたから、その時が来るまでの間“一時的に”子供を教育すべく「学校」を創ったのである。ところが、その暫定的滞在期間が半世紀以上も伸びたんだから、朝鮮人というのは呆れるほど呑気というか愚図というか、このまま行けば在日5世はおろか、6世、7世・・・15世、23世、とハプスブルク家もビックリするような世襲特権を享受することになるだろう。戦前から朝鮮人は日本の恩恵をふんだんに受けていたのに、我が国の敗戦を見るや、日本人は三等国民だと嘲り、闇市で横暴に振る舞っただけではなく、解放前の皇民化政策を払拭すべく民族教育に邁進したとほざいた。もう恥知らずを通り越して人間のクズである。こんな民族に「戦後賠償を支払え !」という日本人は、日本国籍を捨てて朝鮮人になればいい。そうすれば朝鮮人に囲まれてさぞ幸せだろう。

Ogawa Ryo 1(左  /  小川良)
  日本人の大部分は朝鮮人が嫌いなのに、なぜか定期的にへそ曲がりや変わり者が現れ、「正義」や「博愛」を振りかざして朝鮮人に親切な日本人がいる。朝鮮人学校の建設は主に在日朝鮮人が担っていたが、その陰で日本人も一枚噛んでいたのだ。朝鮮人たちは三多摩朝鮮初等学院を建設するに当たって用地を確保しようとしたが、立川の地主たちはほぼ全員が反対だった。そんな中、「濱田屋酒店」を経営する濱田禎三だけは賛成派に廻ったようで、そっぽを向く地主たちに掛け合ってくれてばかりか、土地の賃貸契約に際し、その保証人にもなってくれたというのだ。(ウリハッキョをつくる会 『朝鮮学校ってどんなとこ ?』 社会評論社  2001年 p.52) さらに、この濱田氏に共鳴したのは小川良(おがわ・りょう)という女性であった。彼女は柴崎と学校周辺に宏大な土地を持つ小川家の嫁で、後に市議会議員となる支援者だった。

  立川市議会に立候補して当選した小川良の実家は、「加屋登」と呼ばれた鈴木家で、旧家の大地主であったらしい。彼女は女学校を卒業後、小川家の長男である宏と結婚したそうで、舅は立川村の助役を務めていたそうだ。嫁の良は普通の主婦であったけど、実家にいた頃、土地代の集金をした経験があったので、それを見込んだ舅は彼女に地代を集める仕事を任せた。多分こうした役目が切っ掛けで、濱田氏と親しくなったのだろう。1942年に夫を亡くした良は実質的に小川家を切り盛りするようななり、戦後になると地元の婦人会を結成するまでになったようだ。そして市議会選挙に二度も当選すると、1961年に全国で初の女性市議会議長になった。こうしたオバちゃん議員というのは実に厄介だ。素人時代には「これ」と言って政治に興味が無かったのに、ひょんな事から政界に進出するや、やたらと弱者救済に励んだりする。当時の朝鮮人というのは乞食か穢多並に貧乏で、地主の娘からすればドブ鼠の集団にしか見えない。だから、比較的裕福な日本人は偶然にも哀れな賤民を助けてしまうと、今までに経験したこともない「快感」を味わってしまうのだ。朝鮮人の老人や青年だけではなく、大勢の無邪気な子供たちから「ありがとう」と感謝されれば、涙が溢れるほどの感動が込み上げてくる。家で仕事をしている頃は単なる嫁だったのに、朝鮮人に土地を貸してあげると、急に神様か救世主のように崇められるんだから、その恍惚感ときたら実にたまらない。だから、もっと感謝されるために自ら進んで朝鮮人の為に働こうとする。朝鮮学校と契約を結んだ頃、彼女の自宅には「なぜ朝鮮人に土地を貸すのか」という抗議の電話がかかってきたそうだが、彼女はそんな非難に全く耳を貸さず、即座に一蹴したそうだ。

  日本人というのは誠にお人好しの民族である。朝鮮人に土地を貸した濱田禎三は、戦前から朝鮮人に親切だったようで、朝鮮人留学生5名を自宅に下宿させたこともあったらしい。(上掲書 p.57) 朝鮮からの留学生は禎三の倅(せがれ)である雍厚(やすひろ)とも親しくなり、彼と兄弟のように生活したそうだ。戦後、父親の禎三は朝鮮に渡って嘗ての下宿人と再会を果たし、たいそう御機嫌であったらしい。その後も面倒を見た朝鮮人たちからの手紙や連絡が絶えなかったので、禎三はますます朝鮮人贔屓となり、「彼らの為に何かせにゃいかん」と考え、土地の取得や学校建設に尽力したそうだ。こうした歴史を繙けば、なぜ貧乏で嫌われ者の朝鮮人が日本で勢力を誇るようになったのか、という理由の一端が分かる。朝鮮人に協力する日本人が居たから、非力な朝鮮人でも日本社会に浸透することができ、経済や政治の面でも財力や権力を築くことができたのである。ただ、こうした日本人支援者は、自らの好意が如何なる結果をもたらすのか分かっていなかった。鼻水を垂らした鮮人の子供に教育を授けたことばかりに満足を覚え、同胞の日本人に害を為す「ならず者」、政府転覆を狙う破壊分子、日本人叛逆者を操るフィクサー、民間人を装う準テロリストなどを育成したとは思っていないのだ。丁度、歐米のキリスト教徒が「難民」となったソマリア人やシリア人を自国に招き入れ、自分の「善行」に喜んでいるが、その入国者が同胞の娘たちを強姦する犯罪者になるとは予想していないのだ。日本人は天使が悪魔を呼び寄せる地獄絵を見ているのに、同じ愚行を真似しようとしているんだから、まさしく多民族主義に罹った重症患者である。

  朝鮮人が日本にいると軋轢や問題を起こすことは昔から分かっていた。吉田茂や白洲次郎が朝鮮人を追い返そうと奮闘したことはよく知られているが、日本を懲罰するために派遣された占領軍の軍人でも、朝鮮人の有害性に気づいているアメリカ人がいたのだ。我が国の教育や宗教を担当した「民間情報教育局(Civil Information and Education Section / CIE)」は朝鮮人の危険性を認識しており、初代局長のケネス・ダイク(Kenneth R. Dyke)大佐に代わって局長に就任したドナルド・ニュージェント(Donald R. Nugent)中佐は、保守派のアメリカ人で反共主義者であったから、教員のレッド・パージに熱心であった。(竹前栄治 『GHQの人びと』 明石書店 2002年 p.60) とりわけ、朝鮮半島が焦臭くなり朝鮮戦争が勃発すると、占領軍総司令部の反共主義者は日本に於ける朝鮮人のサボタージュ(破壊・妨害工作)を深刻に受け止めるようになり、その温床となっている朝鮮人学校の閉鎖を指示するようになったという。

  CIEの教育課で地方連絡官(Field Liaison Officer)を務めたセオドア・フォークナー(Theodore A. Faulkner)は朝鮮小学校を閉鎖すべし、と勧告していたそうである。彼は朝鮮人問題が深刻な山口県に赴き、現地の知事や朝鮮人教師に面会し、朝連下関学校ほか6校を見学したそうだ。彼はそこに勤める教師や学校のカリキュラム、教科書などを調査すると眉を顰めた。というのも、朝鮮学校では北鮮の国旗が掲揚され、生徒や教師が襟に北鮮旗のバッジを附けていたばかりか、日本の教科書を無視して朝鮮語の教科書を用い、朝鮮の歴史や地理に加え、共産主義のプロパガンダまで吹き込んでいたのだ。しかも、朝鮮人の児童が朝連の事務所に出入りしていたんだから、フォークナーが危機感を覚えたのも無理はない。朝鮮学校の「教育」は本質的に「洗脳」であり、北鮮に忠誠を尽くす未来の兵隊を養成する温床であるから当然だ。だいたい、学校閉鎖に反対するため教師が子供たちを動員し、率先して妨害工作に勤しみながら生徒にも協力を仰ぐなど言語道断である。常識外れも甚だしい。現在でも、朝鮮有事の際に米軍の前線基地となる日本には、北鮮軍を攻撃する米軍を無力化するため、多くの工作員が派遣され、在日鮮人や帰化鮮人の協力者が大量に潜んでいる。彼らの中には朝鮮学校の卒業生が混じっているので、こうした学校がスリーパー(本国からの指令で行動を起こす隠れた「草」)の養成機関であることは明らかだ。

  現在、マスコミは森友学園に便宜を計った容疑で安倍首相を非難しているが、それなら左翼メディアが同志とみなす共産党や社会党の過去を報道すべきであろう。戦後間もない頃までは、在日朝鮮人の過激分子や左翼主義者はコミンテルン日本支部(いわゆる「日本共産党」)の庇護下に入っていて、日鮮共同で我が国の体制を転覆させようと狙っていのである。やがて両者は民族の相違から袂を分かつが、水面下での共闘関係は維持していたようで、共産党議員は朝鮮学校を熱心に擁護していた。例えば、阪神教育闘争を経た1949年4月に、朝鮮人が学校への国費援助を国会に請願すると、日本共産党議員の岩間正男はそれを掩護し、調子に乗った在日朝鮮人は、民族差別をされずに教育を受ける権利があると言い張った。さらに、朝鮮人も納税やその他の義務を負っているから、日本政府は朝鮮学校へ国費を投入すべきだとぬかしていたのだ。まったく盗っ人猛々しいというか厚、顔無恥を絵に描いたような連中である。ふてぶてしい居候や不法入国者の分際で、何が「教育を受ける権利がある」だ。朝鮮人は液体窒素の中に飛び込んで頭を冷やせ ! 朝鮮人は日本で商売をしているんだから税金を払うのは当然だろう。日本の社会インフラをタダで使おうなんて太い奴らだ。そんなに税金を払うのが厭なら、さっさと朝鮮へ帰れ。

  たとえ外国人といえども、異国で商売をしたり生活するんだから、現地人以上に税金を納めても不思議ではないし、そもそも国民の権利は先祖伝来の遺産であり、外人が購入できる商品ではない。ところが、日本人には国家意識が薄いから、「国民の権利」を外人に渡しても至って平気。普通の日本人でも国籍を簡単に考えてしまうくらいだから、左翼議員になれば無料配布のティッシュ程度にしか思っていないのだ。日共議員の渡部義通などは朝鮮人議員と見なした方がよい。彼は朝鮮人の金薫外が代表する請願を国会で取り上げ、朝鮮人の利益を代弁していたのだ。

  わが國在留の朝鮮人は、教育基本法によつて民族的差別なく教育を受ける権利を有し、法律に從い、納税その他あらゆる義務を果しているのであるから、朝鮮人学校教育費に対し、國庫負担をなされたいという趣旨によるのであります・・・・。(国会議事録 「衆議院文部委員会24号」 昭和24年5月21日)

  この売国議員は朝鮮人による請願の動機を述べながら、彼らの言い分を正当化していたのである。
  
  かつて日本の帝國主義のもとで、その教育文化をまつたく抑えつけられて、植民地的な教育をしいられて來た朝鮮人が、終戰後民族的な自覚と新しい朝鮮人の養成のために、非常に大きな努力をもつて朝鮮人学校というものを建設経営して來たのであります。ところが日本の文部省はこういう朝鮮人の努力の結果を、また朝鮮人の民族的な当然の要求を無視したやり方で、当時この朝鮮人学校の彈圧を行つたのであります。その結果流血の惨を來しただけではなくて、朝鮮人青年の死亡者までも出すような大阪警察当局の乱暴な取締りとなりまして、非常に社会の耳目を聳動させた事件がございました。(同議事録より)

  日本の極左分子は、政府が朝鮮統治時代に朝鮮人を抑圧し、その文化を奪った前科があるので、国費を与えて朝鮮人学校を支援しろと訴えていたのだ。こんな見解は事実誤認で、朝鮮社会の実態を無視した暴論である。一般教育などひとかけらも無かった朝鮮に大衆教育を与え、無知蒙昧の乞食を一般の「人間」にしたばかりか、栄光ある大日本帝國の「国民」に昇格させたのに、なぜ我々が謝らなくてはならないのか。豚小屋に住む賤民に豪邸をプレゼントしたら、十億円の罰金を請求されるなんて事はあり得ないだろう。野良犬だって餌をもらえば「ありがとう」と聞こえるような鳴き声を上げるものだ。まったく、朝鮮人は根っからのタカリ屋である。もし、国費補助を要求する朝鮮人がいたら、我々は躊躇なく制裁を加えるべきだ。腕力に自信がない日本人女性は、卓球のラケットで朝鮮人の頬をビンタすればいい。彼らが鼻血を出して赦しを乞うても簡単に止めちゃいけないよ。日本人が甘やかすら朝鮮人は何度でも「お金をくれ」とせがむのだ。

隠れ共産主義者の中曾根康弘

  日共議員のついでに中曾根康弘についても述べてみたい。レーガン・サッチャー時代の1980年代、保守思想の波に便乗した中曾根は、日本の保守層をまんまと騙して首相になったけど、その本質は共産党員と変わらなかった。というより、もともと中曾根は左翼陣営に属していたのである。この風見鶏は吉田首相の朝鮮人対策を非難していた。 

  吉田内閣は、たとえば朝連の解散であるとかあるいは朝鮮人学校の閉鎖であるとか、一連の政策をお取上げになつた。私はあれを見て非常に悲しんだのであります。われわれが東亜諸民俗に与えた惨害その他の大きな障害というものは、はかり知れざるものであり、まして朝鮮の人やあるいは台湾の人や中国の人が、日本で現在多少のいろいろな支障を起こしている、そんなどころの騒ぎではないと思う。我々はやはりアジア人として、日本人として、一つのアジアというものを復興して進まなければならない。そういう際に、敗戦国の日本として、今まで迷惑をかけた近隣の諸国人に対して、あまり刺激的な政策をやるということは、私は国家百年のためにとらない。(国会議事録 「衆議院予算委員会5号」 昭和24年11月19日)

  昔から中曾根は左翼と同じ歴史観を共有し、日本はアジアに損害を与え、支那人や朝鮮人に迷惑をかけたと信じていたのだ。案の定、中曾根は朝鮮学校に同情的だった。

  吉田内閣がこの間おとりになつた、たとえば朝鮮人学校の閉鎖という問題を考えてみても、韓国の李承晩系統の南鮮の人が来て、あれをいろいろ調べているようです。私はこれは今後の日韓関係に一つの傷を与えたと思う。やつたことはしようがないが、あれを閉鎖したままでおき、解散したままでおくというようなことは、はなはだ不親切な態度だと思う。たとえば解散を命じたなら、送還するというところまで行かなければならぬ。送還するかぎりは財産をみな持つて向こうへ帰つてよろしい、一千円とか二千円とか制限しない、そういう取扱いをして向こうへ送還するというところまでやつて、初めて閉鎖とか解散とかいうものはやるべきである。学校の問題もそうです。そういうような刺激的な政策を吉田内閣はどうしておとりになつたか。総理大臣のあの措置をおとりになつた時のお考えを承りたい。
  
  中曾根の質問だけを聞いていると、誰もが共産党の議員による発言と錯覚してしまうだろう。それもそのはず、中曾根にもその自覚があった。

  総理大臣にお断りしておきますが、私は何も朝鮮でもなければ、共産党員でもない。私はやはり日本人として、将来の日本のためを思つて率直に申し上げておるのであります。日本が過去において東亜各地でやつた罪業というものは、ぬぐうべからざるものであり、強盗をやつた、強姦をやつた、それくらいのもので拭われるものではない。そういう大きな罪の自覚立つて外交というものは行われなければならない。
  今後このようなことが吉田内閣によつてますます続行されるということになれば、あなたはそのうちにお亡くなりになるからいいかもしれないが、我々はあとになつて大いに迷惑をする。そういう尻ぬぐいを我々はやりたくない。吉田内閣はそのような政策を今後やらぬということを、総理大臣に対して希望して、私の総理大臣に対する質問を終ります。(同国会議事録)

  「愛国者」を気取る中曾根によれば、日本軍の将兵はアジア諸国で「強盗」をやり、そのうえ「強姦」も犯し、一生拭うことが出来ぬほどの罪過を重ねてしまったというのだ。中曾根は政治家にならなければ、NHKか朝日新聞に入社できたんじゃないか。筆者は高校生の頃、日曜日の朝に竹村健一の「世相を斬る」を観ていたけど、彼が中曾根を褒めることだけには違和感を覚えていた。もちろん、凡庸な子供だったから中曾根の過去を知らなかったが、中曾根がアジア人に対して妙に肩入れしていたから、第六感で「こいつは保守を掲げているが怪しいぞ」と思ったものである。普通の子供なら本能的に支那人や朝鮮人の生徒を嫌うし、アジア人との友好なんて馬鹿らしいと思うはずだ。実際、朝鮮語や朝鮮文学を専攻したいと考える高校生は皆無だったし、恋人と旅行す場合、支那大陸を希望するなんて奴はいなかった。たいていは、パリとかミラノ、ローマ、ウィーン、あるいはアメリカなどを選び、あとはエーゲ海附近のどこかでバカンスというのが主流だった。もっとも、売春婦を求める農協団体のオッちゃんたちは、安上がりなアジアを贔屓にしていたから、一概に人気が無かったとは言えないけどね。

Nakasone Yasuhiro 2Koizumi Junichiro 1











(左: レーガン大統領と一緒の中曾根康弘  / 右: 小泉純一郎親子 )

  産経新聞や雑誌『正論』は中曾根を保守派の重鎮と持て囃していた。しかし、中曾根には独特の厭らしい雰囲気が漂っていたから、正直な国民は分かっていたはずだ。中曾根はインタヴューを受ける時、一瞬だが、ちらっと横目で周囲の反応を確認するしぐさを見せていた。視聴者がこういった癖に気づくと、「こいつ何か嘘くさいぞ」とか「他に別の考えがあるんじゃないか」と思ってしまう。当時、『世相を斬る』には若き代議士の小泉純一郎も出演したことがあり、国防や郵政を熱心に語っていたのを筆者も覚えている。中曾根と違い純ちゃんは腹を据えて、じっと相手を見つめながら持論を述べていた。子供でもテレビ画面に映る小泉氏が信念を吐露していることくらいは分かったものだ。中曾根が選挙に弱く、小泉が強かったのも何となく判る気がする。一般有権者の嗅覚は侮れない。

  横道に逸れるけど、保守思想を「売り」にしていた西部邁なんか、中曾根を「先生」と呼んで媚びていた。一般読者からするとゴマすりにしか思えないが、「リアリスト」をアピールしたい西部氏には必要だったのかも知れない。なにぶん西部氏は全共闘上がりだから、自分の過去を消したくって、「保守派」と目されていた元首相に近づいたんじゃないか。ちなみに、『正論』の編集部は西部を保守派論客と位置づけていたが、彼の取り巻き連中を見れば左翼の変形と判る。筆者は『発言者』を準備号から購読していたけど、西部氏が登庸する執筆者には、誰ひとり保守派の知識人が見当たらなかった。例えば、根暗な保阪正康とか民主党を支持した榊原英資、自称「パンク右翼」の福田和也、田原総一朗の後釜を狙っていた宮崎哲弥、難解な文章しか書けない左翼上がりの絓秀実(すが・ひでみ)とか、毎回つまらない文章を書く佐伯啓思(さえき・けいし)などが「レギュラー登場者」なんだからガッカリする。こんなガラクタ文士を集めて「クウォリティー・ペーパー」だなんて詐欺だろう。

獅子身中の虫を育成する金王朝

  森友学園の籠池理事長が政治家に「口利き」を頼んだのは、永田町に蔓延る因襲が強固に残っていたからだ。確かに、籠池氏は保守派の看板を掲げた“ちんけな”政商だが、あの程度の経営者なら教育界にいくらでもいる。問題なのはこんな“雑魚”ではなく、北鮮という犯罪国家に忠誠を尽くす在日朝鮮人と、彼らとグルになって勢力を拡張しようとする議員や官僚だ。日本を呪う朝鮮人と革命を目指した日本人にとって、共通の敵は愛国派の日本人であるから、日鮮両国の左翼勢力は“合法的に”国家権力と税金を利用し、保守派を殲滅しようと試みる。日本国民にとって深刻な脅威というのは、北鮮が保有する核兵器より、国内で増殖する朝鮮人の存在であろう。例えば、日本がいくら防衛力を強化しても、政府首脳に朝鮮系議員やその手下となった高級官僚が君臨すれば、自衛隊の出動命令は発せられず、動きがとれないイージス艦や最新鋭戦闘機は宝の持ち腐れになってしまう。また、専守防衛を堅持して、北鮮からの第一次核攻撃を受けてから反撃に出るなんて狂気の沙汰である。もっと言えば、自衛隊の中には支那やロシアのスリーパーが潜んでいるから、一旦有事となれば必ずや北鮮の工作員と連携し、各方面で我が国の軍事行動を妨害するはずだ。国家の中枢を乗っ取られた日本に祖国防衛は無理である。

Kim 1Kim 2Kim 3







(左: 金日成  / 中央: 金正日 /  右: 金正恩)

  狡猾な金日成は在日朝鮮人に対し、日本に留まって暮らすよう命令した。それは、日本国内に伏兵を養成するためである。1950年代、北鮮は“赤貧洗うが如し”の状態だったのに、共和国赤十字を通して朝鮮学校へ1億2100万円ほどの支援金を送っていたから驚きだ。在日朝鮮人の教員や父兄は、祖国が苦しい国家予算の一部を割いて、救いの手を差し延べてくれたことに感動し、皆が歓喜の声を上げたり涙を流して感謝したそうだ。(『朝鮮学校ってどんなとこ ?』  pp.94-95) 2001年までに金日成や金正日からの送金は147回に及び、合計446億396万3000円に上ったという。現在の北鮮支配者たる金正恩も先代に倣ったようで、2億1880万円の教育支援金と奨学金を送ったそうだ。(「Daily NK」 2016年4月15日) だが、我々は朝鮮学校を支援したのが朝鮮人だけではなかったことを銘記すべきである。全般的に朝鮮学校が輩出する“偉人”など、強姦魔か暴走族、チンピラ、ゴロツキ、ヤクザの組長くらいだが、こんな学校を支援する日本人は意外に多くいて、その中には有力者も含まれていた。代表的なのはマルキスト学者で東京都知事となった美濃部亮吉だ。

Minobe 1( 左 /  美濃部亮吉)
  朝鮮大学校は1966年4月に各種学校の認可申請を提出したが、なかなか認められず、ようやく許可が下りたのは1968年4月になってからである。というのも、前年の1967年に美濃部が都知事に当選し、極左分子が歓迎する革新都政が誕生したので許可が下りた。それまでは文部省が地方に建つ学校の許認可にに睨みを効かせており、朝鮮学校のカリキュラムを監視していたのである。政府与党も「外国人学校法案」を検討していたくらいだ。もしも、この法案が実現されていれば、文部大臣に教育中止命令や学校閉鎖命令を発動しうる権能が与えられ、監督庁の職員による朝鮮学校への立ち入りが可能となり、その実態を検査できるようになるはずだった。だからこそ、朝鮮人やその仲間たちは必死で抵抗し、その法案は七回も妨害され、ついに1972年、廃案へと追い込まれてしまったのである。朝鮮学校の少年たちはデモ集会に出掛ける親を見送りながら、毎日のごとく「外国人学校法案」に反対するハガキを首相や国会議長、文部大臣に送り続けたそうだ。「勉強」よりも「課外活動」に熱心なんだから呆れてしまうじゃないか。どうりで朝鮮人に左翼の素質がある訳だ。その努力以外の「圧力」があったのか、1960年代になると急に朝鮮学校の許認可数が増えたという。まぁ、朝鮮人の背後には社会党の土井たか子や高沢寅男も控えていたから、役所の中では色々な圧力や脅迫が罷り通っていたのかも知れない。

  マスコミは「報道の自由」や「編集権の行使」を楯に、自分にとって「都合の良い」報道を繰り返している。安倍政権を何としても潰したいマスコミは、取るに足らぬ“小火(ぼや)”でも、ガソリンをふりかけて“大火”にしようとするらタチが悪い。彼らは大衆を操作できるとの自信を持っている。視聴者を間抜けなガキと見なしているから、刺戟的で大袈裟なワイドショーを連日連夜垂れ流すことで、倒閣運動にまで発展させるとこができると思っているのだろう。だが、国家の優先事項を考えれば、拉致被害者を奪還する方が先決なんじゃないか。一般国民だって、どうでもいい下らないリンチ劇よりも、苦難を嘗めた同胞が帰還するシーンを見たいはずだ。北鮮が我が国に向けてミサイルを発射するなら、在日朝鮮人をまとめて突き返してやればいい。福田康夫は「相手が嫌がることはしない」と言ったが、教養のある日本人なら「北鮮が厭がることをすべし」と考えるだろう。コブラにはパイソン(ニシキヘビ)を、悪魔には支那人を、北鮮には同胞を差し向けて、陰に陽に「嫌がらせ」を行うべきである。でも、あの金正恩なら水際で皆殺しにするかもね。




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