無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

マスコミ問題

偽善のマスコミを信じる日本人 / 国民を誘導するテレビ局

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黒木 頼景
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集団催眠に弱い国民

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  日本人はお役所と大企業を盲信する癖がある。「支那人は嘘をつかない」と信じる馬鹿はいないが、国民に大切な情報を隠す官僚や、視聴者を誘導するテレビ局を信用する日本人は実に多い。“これ”といった根拠も無しに、「有名で大きな企業は不正を犯さない」と頭から信じているんだから呆れてしまう。NHKがどんなに偏っていても、朝日新聞が捏造記事を報道しても、その存在が揺るがないのは、日本人の持つ巨大組織信仰のせいである。こんにち、新聞の販売部数が激減したとはいえ、未だに朝刊の配達を楽しみにしている国民は絶えず、「全国紙が書いていることだから本当だ」と疑わずに妄信している人が結構いるらしい。

  九月に総裁選を迎える自民党では、安倍総理の再選が濃厚で、対抗馬の石破茂は風前の灯火である。次世代のホープと目される小泉進次郎も、沈み行くボロ船に同乗するつもりがないのか、そろ~と足抜けを図り、石破と距離を取っている。まぁ、自分の将来を考えれば、あんなツラの駄馬に政治生命を賭けるアホは居るまい。ところが、「安倍憎し」のマスコミは違っているようだ。何としても安倍三選は阻止したい。心の底から日本人を恨む朝鮮人の如く政敵を呪っている。新聞社の論説委員とか雑誌の編集長が安倍氏を個人的に攻撃するのは勝手だが、それをあたかも「社会正義」の如く掲げるのは詐欺に等しい。もし、「安倍政権打倒」を訴えるなら、「私は学生時代、共産党に共鳴したので、生理的に自民党が嫌いです」とか、「祖父が在日朝鮮人だったので、帰化したとはいえ、家族が受けた屈辱を忘れません。今でも日本人を恨んでいます」、「立憲民主党の支持者なんだけど、人には言えないから、新聞のコラムで自民党批判をしています」と告白してくれたら、読者の方も書き手の立ち位置や根本思想が判るので、社説を読むときに役立つ。ところが、肝心な批判者が正体を告げず、社名の看板に隠れ、「公平無私の透明人間」じゃ狡いよねぇ。

Abe 2Ishiba 1(左: 安倍晋三  /  右: 石破茂)
  一説によると、讀賣新聞の発行部数は約800万部くらいあるそうだが、その信憑性は未だに健在なのか、本当のところは分からない。ただ、自民党の総裁選に関するアンケート調査には首を傾げたくなる。自民党の総裁選挙は、自民党の一般党員や所属議員の投票で結果が決まるはずだが、なぜか新聞社は「無党派層」のアンケート結果を報道し、「石破への支持が多い」と評しているのだ。これを聞いた一般読者は、「えっ、自民党員以外の一般人でも投票できるの?」と勘違いしてしまうだろう。讀賣新聞の記事によれば、無党派層における石破氏の支持率は46%で、安倍総理は21%に過ぎない。そして、男女別の調査によると、安倍総理を支持する男性は51%で石破氏だと35%、女性の方は、安倍支持が34%、石破氏には37%となっていた。安倍総理を支持しているのは、40歳以下の若者と70歳以上の高齢者で、石破支持者の中核は50歳から60歳の人であるらしい。つまり、新聞やテレビしか頼れる情報が無く、社説に同調する人々が石破支持に廻っているのだろう。

  各都道府県にいる自民党の一般党員が安倍氏に投票しようが、石破氏に乗り換えようが、それは党費を払って自民党を支えている人が決めればいいことで、党員になっていない人に向かって、「誰が自民党の総裁に相応しいか」なんて尋ねるのはお門違いだ。「無党派層」とは部外者に過ぎず、投票権を持たない人々である。アンケート結果を載せた編集部に訊きたいが、讀賣新聞の社長を一般の通行人が決めてもいいのか? 株主でもない一般人が讀賣の本社を訪ねても、「帰れ、どアホ!」と門前払いを喰らうだけだろう。たぶん、讀賣新聞の狙いは、一般国民に安倍総理への不満が募っているんだぞ、と囁きたいのだろう。しかし、それは新聞社が煽ることではなく、一般国民が”自分で”判断することだ。「俺のところは大新聞なんだから、間抜けな庶民は我が社の方針に従え」という態度じゃ読者の反感を招くだけである。

刺青を推奨するマスメディア

  日本のマスコミは真の意図を隠しながら、一般国民を一定の方向に誘導する性癖がある。以前、当ブログでも言及したが、地上波テレビや大手のマスコミは、日本社会に刺青文化を定着させたいようだ。(過去記事A記事B記事Cを参照。) ついでに言えば、筆者はマスコミがよく使う「タトゥー」というカタカナ言葉が嫌いである。ちゃんと日本語で「刺青(入れ墨)」という言葉があるのに、彫った人々に気兼ねしたのか、頻繁に「タトゥー(Tattoo)」と言い換えるので、聞いていて腹が立つ。おそらく、テレビ局は「刺青」という“ドキッ”とする響きが嫌いなんだろう。一般人はどうしても刺青とヤクザを重ねてしまうので、プロデューサーが故意に馴染みのある日本語を避け、外国語を用いているのだと推測できる。制作者側の指示に従うゲスト・コメンテーターも、揃って「タトゥー」を用い、決して日本語の「刺青」を口にしないよう心掛けているのだろう。

  テレビ藝者の俳優とか歌手はどうでもいいけど、脳科学者の茂木健一郎が、一部の藝人が彫った刺青に関して持論を述べていたので、彼の発言だけは見過ごせない。(「茂木氏、タトゥー差別に問題提起『日本の国際的恥』 2018年8月24日附「日刊スポーツ」) なぜなら、茂木氏のような有名人は別の影響力があるからだ。大半の日本人は学歴劣等感や権威崇拝心が強いせいか、矢鱈と大学教授や科学者に対して盲従しやすい。確かに、茂木氏は脳科学の分野においては優秀な研究者なんだろうけど、一般社会の常識には疎いようだ。茂木氏は日本の温泉施設や水泳プールが刺青者を拒んでいる事を知って、「いわれなき差別は撤廃すべきだ。インバウンドのお客さんも増えている今、放置すれば日本の国際的恥である」と指摘した。茂木氏が言うように、なるほど、刺青を彫った人間が全てヤクザ者とかゴロツキとは限らない。しかし、以前の日本ではカタギの人間が刺青を彫るなんて考えられず、もし、刺青を彫るとすれば、それは遊び人とか、沖中仕(おきなかし)あるいは艀人夫(はしけにんぷ)といった下層筋肉労働者、それでなければ街のチンピラとか暴力団員といった裏社会の人間くらいだった。

Mogi 001(左  / 茂木健一郎 )
  茂木氏は「親からもらった身体を傷つける行為」を口実に挙げて、利用者の制限を行っている施設に反論し、こうした意見を「論理的に脆弱」で「批判的思考の深刻な欠如」と斬り捨てていた。確かに、温泉施設側の根拠は説得力に欠けるところがある。刺青を彫る人を譴責するのは、その人の親であって、温泉施設の経営者ではない。温泉施設側の本音は、刺青者が来店すると店の雰囲気が悪くなり、カタギの常連客が減ってしまうことにある。家族連れが訪れる温泉旅館に、刺青を彫った外国人や柄の悪い日本人がやって来れば、大浴場でその絵柄を披露することになるから、子供を持つ親は二度と来なくなる。いくら外国では“普通のファッション”とはいえ、一般家庭の日本人からすればヤクザの風習と同じである。

  例えば、幼い息子と一緒に露天風呂に浸かる父親が、刺青を彫った日本人を見ればギョっとするし、子供を心配する親なら、少しづつ離れようとするはずだ。一緒に来た女房や娘だって厭な顔をするし、「大浴場に行きたくない」と拗(す)ねるだろう。また、いくら外国人とはいえ、胸や首筋にまで刺青を彫った南米人を目にすれば、せっかくの温泉気分が台無しだ。それにもし、幼い息子が大声で「パパ、あのオジさん、胸に蜘蛛の絵が描いてあるよ」と言えば、小声で「コラっ ! 、そんなこと言っちゃ駄目だよ」と叱るしかない。それに、不気味な外国人を見かけた息子や娘が「パパ、何となく怖い!」と怯えたら、料金を払って旅館に泊まった意味が無いじゃないか。温泉の経営者は、こうした「現実」を分かっているから、テレビ局や雑誌の「お説教」なんか無視する。だいたい、刺青外人の来店で日本人客の数が減ったら、評論家やテレビ局は責任を取ってくれるのか? 綺麗事を言う番組制作者は、スポンサー企業に刺青文化を推奨すればいいじゃないか。例えば、入浴剤の製造会社(「ツムラ」とか)に、刺青を彫ったコロンビア人をCF(映像宣伝)に使ってみたら、と助言してみろ。局の専務や常務、営業局のお偉方が真っ青になって駆けつけ、「今回の御無礼を何とぞお赦しください!」と土下座する破目になるんだぞ。番組のチーフ・ディレクターは間違いなく左遷だろうなぁ。

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  茂木氏は刺青者の排除を「国際的な恥」と主張するが、西歐人だって刺青を彫った人間を観れば、マフィアの構成員とか南米やロシアからの下層移民じゃないかと考えるはずだ。確かに、アメリカでは一般白人でも刺青を彫った人物は多い。1990年代になってから急速に刺青文化が拡散し、一般人でも藝人を真似て気軽に彫る人が増えた。今では信じられないが、1980年代まではロック・ミュージシャンでも刺青を彫っている人は少なかった。筆者の記憶だけど、任期ロック・バンド「メタリカ(Metallica)」のジェイムズ・ヘットフィールド(James Hetfield)は腕に彫っていなかったし、「アイアン・メイデン」のスティーブ・ハリス(Steve Harris)やデイヴ・マレー(Dave Murray)も彫っていなかった。ドイツ人ギターリストのマイケル・シェンカー(Michael Schenker)は、ちゃんと両腕に刺青があるけど、UFOやMSG時代の昔は無かった。「ガンズ・アント・ローゼス(Guns N' Roses)」のアクセル・ローズ(Axl Rose)くらいの世代から流行しだし、「アヴェンジド・セヴンフォールド(Avenged Sevenfold)」に至っては最初から全員が彫っている。

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(左: 刺青を自慢するモデル /  右: 企業のマークを刺青にした一般人)

  現在の歐米社会では、女性でも気軽に彫って見せびらかす人が多いし、禁止や反対を示さない親も普通になっている。ただし、刺青を彫った人の血筋や家系、社会的地位、職業、学歴、趣味、性格を注意深く調べてみると、下層階級や低学歴・低所得者、躾の良くない家庭で育った者、左翼の親を持つ者、離婚や別居で崩壊した家庭の子供、傷痍軍人、水商売の従業員などに多いことが判る。敬虔なキリスト教徒の家庭に育った若者や上流階級の子供、大企業で管理職に就くエリート社員、法科大学に通う地方名士の息子、名門大学の伝統ある友愛会に所属する女子学生、国際金融機関の上級ディーラーとか大手保険会社の重役には、刺青者を見つけるのが難しく、各人を丸裸にするしかない。それでも発見できない場合があるから、刺青を彫った者と関心が無い者との間には、透明だが厳然とした境界線があると考えるべきだ。

  なるほど、日本を訪れる観光客で墨を入れている外国人は多いが、その家庭環境や職業・経歴は明らかではない。しかし、一般の日本人が背中に天使の翼を彫ったり、胸元に髑髏マークを彫った外人を見かけると、ちょっとその人の品性を疑ってしまうことがある。日本人は西歐白人ばかりに目を奪われ、中東アジア人に気付いていないが、敬虔なイスラム教徒だと刺青を忌み嫌う人が珍しくない。西歐化されていないトルコ人やアラブ人の親は、息子や娘がファッションで龍とか漢字を彫ることを許さないし、異教徒の十字架なんか彫ったら勘当だ。世界各国にはそれぞれの風習や宗教があるので、刺青を容認するのが世界的趨勢だと思うのは間違いである。ただし、刺青を彫っている外人を観て、即座に拒絶するのも肯定できない。それでも、一般的に刺青のイメージは良くない。例えば、日本人に英語を教えてくれる西歐白人の先生で、首や腕に墨を入れている人は少ないじゃないか。有名大学や英会話学校は世間の評判を気にするから、刺青を彫った教員は採用されないはずだ。茂木氏は刺青を嫌う日本人の感性を批判するが、歐米の学界で見かける科学者の何割が刺青者なのか、具体的な人数を教えてもらいたい。もちろん、刺青をした科学者だっているだろうが、その両親や配偶者、子孫までが背中や肩に刺青を彫っているのか? 日本の常識的学者なら、まず刺青者はいないだろう。仮にその家族に会っても、奥方は良家のお嬢さんだったり、御子息は名門私立の優等生だったりする。彼の友人を捜しても、刺青を彫っている者は皆無というケースだってあるだろう。

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(左: 顔に刺青を彫って後悔した女性  / 右: 脇の下に刺青を彫って自慢する女性 )

  日本では未だに刺青が忌み嫌われており、都市銀行や証券会社、総合商社で働く幹部社員で、刺青を彫っている人なんかいないし、もし彫ったら昇進は望めないだろう。お客と直に接する営業部や窓口の一般社員なら即アウトだ。たとえ、手の甲に「信用第一」と彫っても、一瞬で信用を無くすぞ。偏見を無くそうと呼びかけるテレビ局だって、刺青をした新人アナウンサーは採用しないし、もし刺青者が採用試験に臨んでも、無条件で弾かれてしまうだろう。だいたい、ニュース番組やバラエティー番組に登場する女子アナが、首筋や腕に薔薇とかハートの刺青を彫れば、視聴者からの抗議が殺到するはずた。スポンサー企業だって「何で、あんな社員を番組に出すんだ !」と怒りを露わにするだろう。外見による偏見を撲滅しようと叫ぶテレビ局は、一般国民に説教していないで、自ら率先して刺青社員を起用するべきだ。マイク・タイソンみたいに顔に刺青を彫った女子アナがいてもいいし、腕にびっしりと刺青を彫った司会者かいてもいいだろう。また、局内でふんぞり返る重役たちにも、「オタクのお嬢さんに刺青でもどうですか?」と尋ねてみるべきだ。ただし、どんな反応が返ってくるかは想像できる。

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  テレビ局や新聞社が政治プロパガンダを垂れ流すのは勝手だが、宣伝する前に本音を明らかにすべきだ。非現実的な建前論を以て世論を操作するのは卑怯としか言いようがない。日本の倫理道徳を破壊したいなら、「手前どもは日本社会を腐敗させて、共産主義革命を実行したいのです」と正直に話し、一般国民の偽らざる反応を受け止めねばならない。本当に刺青文化を普及させたいのであれば、まずテレビ局社員が顔や腕に刺青を彫って、世間に認めてもらえばいいのだ。それをせずに、一般視聴者に「偏見を持つな!」はおかしい。フジテレビの社員は、せっかく自社のシンボルマークがあるんだから、みんなで額に彫ってみたらどうか。でも、フリー・アナウンサーを狙う女子アナや、他局へ転職を考えるベテラン社員もいるから、フジの刻印はマズいかも。なら、日の丸にでもするか。全国共通だしね。



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ボクシング界のドンは悪のドンキホーテ? / 朝鮮人への偏見を助長するマスコミ

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「私は韓国人」と名乗ったジャーナリスト

Yasuda 2( 左 / 拘束された安田純平 )
  元信濃毎日新聞社のジャーナリストである安田純平は、2015年、紛争を取材すべく混乱するシリアに潜入し、アル・ヌスラ戦線に拘束されたのでは、と見なされていた。そして、今年の7月25日に撮影されたと思われる映像がインターネットに流れ、テロリストに拘束された安田氏が映し出されていた。銃を構えた男2名の前で、安田氏は命乞いをし、驚くことに、自分の口で「ウマル」と名乗り、「私は韓国人です」と述べていたのだ。この映像を民放の報道番組で観た人は、「えっ !! 韓国人?」と眉を顰めたことだろう。大抵の日本人は行方不明の報道を耳にして、「日本人ジャーナリストが拉致された !」と思っていたから、まさか「韓国人」が攫われたとは考えていなかった。もし、安田氏が「韓国人」ならば、おそらく在日南鮮人なのかも知れない。だが、一般国民には確かめようがなく、本来なら信濃毎日新聞社が「事実」を公表し、彼の国籍を明らかにすべきだ。

  しかし、我が国のマスコミ業界には奇妙な因襲がある。すなわち、「報道しない自由」や「取材しない自由」、「編集権の自由」、「朝鮮人や支那人の素性だと詮索しない自由」、「訊かれるまで黙っている権利」、「社内のスキャンダルは隠蔽する方針」、「自分の情報公開はしない主義」など、唖然とするような掟があるのだ。今回の件に関しては、安田氏が嘘を強要されたという可能性もあるので、彼を一概に「南鮮人」とは断定できないが、かといって在日鮮人である可能性も捨てきれない。毎回思うけど、日本のマスコミは帰化人の素性や経歴を隠す傾向が強いので、一般国民からの信用を失い、このような隠蔽体質が却ってインターネットの暴露サイトを賑わせている。一部のテレビ局は「本人が公表しないので、それを尊重して民族性には触れないことにしています」と答えるが、取材対象がアメリカ人やドイツ人なら、躊躇無く国籍や民族に触れるはずだ。でも、朝鮮人や支那人だと「NG」なんておかしい。安田氏の「韓国人」発言をフジテレビは報道したのに、テレ朝とTBSは意図的に削除して、「助けて」の部分だけしか紹介しなかった。テレ朝の番組しか観なかった人は、安田氏の全映像を目にしないまま、情報が遮断されたことになる。これは明らかな情報操作じゃないのか?

  もう一つ疑問がある。もし安田氏が「韓国人」なら、救出する義務は韓国政府にあるんじゃないか? 彼の「日本国パスポート」はインターネットで公開されているが、なぜか「「純平」という名前だけ映されており、「安田」の姓はモザイクがかけられている。顔写真の部分は鮮明に映っているのに、どうして「安田」の部分を隠蔽するのか不思議だ。おそらく、彼の姓が朝鮮名だからじゃないのか? もし、彼の姓が「安(アン)」といった朝鮮風だと、朝鮮系日本人とバレてしまうから、安田氏の仲間が隠したのかも知れない。また、彼を拘束したテロリストが「韓国人」と名乗らせたのは、安田氏のパスポートが韓国政府発行の旅券だったからかも知れないぞ。安田氏は韓国のパスポートを使って出国し、それを保持したまま拉致されたから、テロリストたちは彼を南鮮人(Korean)と判断したのだろう。しかし、肝心の安田氏は朝鮮語を話せなかったから、やむを得ず「日本語」で助けを求めたのかも知れない。たぶん、中東のテロリストは日本語と朝鮮語の区別がつかないから、そのまま動画を流してしまった、とも推測できる。

  今回の事件で腹立たしいのは、勝手にシリアへ潜り込んだ安田氏が、日本政府に懇願し助けを求めていることだ。彼は渡航前に外務省の警告と禁止を知っていたのに、スクープ映像や特ダネが欲しくて、敢えて危険を犯し、案の定、捕まったら「助けてくれ !」と泣きついたのである。「人権」に弱い日本政府は、安田氏を救出するために、テロリスト組織に身代金を払うかも知れない。今のところ払うとは明言していないが、水面下で交渉している可能性もあるから、国民に内緒で大金を払い、彼を解放してもらうことも考えられる。たぶん、安田氏が無事に引き渡されても、「いくら払ったのか」は公表されないだろう。つまり、金額を発表すれば政府批判が湧き起こるから、身代金の額は伏せておく、ということだ。厄介事に関しては、「うやむや」にするのが一番。外国だと、「テロリストの要求には屈しない」というのが鉄則なのに、日本人は簡単に折れてしまう。だから、テロリストは日本人のジャーナリストに目を附け、拉致が成功すると強請(ゆす)ってくるのだ。日本政府のこうした甘い対応を見れば、他のテロリストも脳天気な日本人を拉致して大金をくすねようとするだろう。こうした不甲斐ない対応をさらけ出せば、外国が日本をテロ支援国と思うのも無理はない。

  ついでに言えば、安田氏の救出が切っ掛けとなって、他の日本人にも拉致被害が発生するかも知れない。しかし、大量のアジア人が聞かした現在、支那系帰化人やフィリピン系帰化人が東南アジアで攫われる危険性もあるだろう。もし第二第三の拉致が起こったら、日本政府は再び大金を払って、犯人と交渉するはずだ。そして、相手の言いなりになって、提示された金額を黙って払うかも知れない。政権の閣僚や外務省の担当官にしたら、提示された身代金などは、所詮「他人のゼニ(税金)」だから、いくら渡したところで自分の腹は痛まない。もし、身代金を値切って拉致被害者が殺害されたら、総理や政府の重鎮が非難されるから、素直に全額払った方が賢いと考えるはずだ。でも、先祖代々日本に住む日系日本人にしたら、「どうして、こんなアジア人に何億円も税金を払うんだ?」と腹立たしくなる。「邦人」と言っても、怪しい方法で入国し、簡単に帰化した外国人だから、普通の日系人にしたら「同胞」ではない。北鮮に拉致された日系国民は30年以上も放置されてきたのに、アジア系帰化人だと即座の救出なんだから忿懣やるかたない。

終身会長が君臨するアマチュア・ボクシング界

  「朝鮮人」という素性を報道しない大手マスコミの例として、日本ボクシング連盟を牛耳る山根明(やまね・あきら)会長の事を挙げることができる。山根会長については各ワイドショーが盛んに取り上げ、唖然とするような問題を取り上げていた。例えば、山根会長がホテルに泊まれば常にスウィート・ルームが用意されるし、大好きな麻雀となれば、大勢の部下達が会長の“雄姿”をじっと観戦せねばならない。でも、テーブルに呼び出された相手は「接待麻雀」と分かっているから、“微妙な”プレーで会長様を勝たせるよう仕組まねばならないから大変だ。テレビ番組の司会者が面白がって茶化していたけど、会長の部屋に用意されるお菓子や飲料水、果物を見ると、「あんなに多種多様なスナックが事細かく指定されるが、本当に必要なのか?」と首を傾げたくなる。しかも、選手が使うグローブは一社の製品が指定され、各選手は大会毎に「独占販売店」で新品を購入しなければならないという。だから、もしかすると、山根会長が販売会社と結託し、割高のグローブになっているんじゃないか、という憶測もあるのだ。

Yamane 1(左  /  山根明)
  こうした問題点もさることながら、何となく気になるのは、山根会長が抱く「偉大さ」への執着と「虚栄心」の発露である。例えば、全国大会が開催される式場では、会長だけに用意される「プレジデント・チェア」があったし、会長がホテルに到着となれば、大勢の者が歓迎の列を作って「お出迎え」しなければならない、という慣行があった。また、大会の開会式で代表生徒による選手宣誓が行われる際には、「山根会長のお陰です」という文言を口にせねばならない。しかし、世話になったことも無い高校生が、無理矢理、目の前のおっさんに向かってお礼を述べるなんて奇妙だろう。こうした理不尽なセリフを強要された選手代表は可哀想だ。

  だが、それ以上に赦せないのは、所謂「奈良判定」と称される八百長判定である。奈良県に愛着のある山根会長は、審判員達に判定の際、奈良県の選手に対し「有利」な判定をしろと、暗にプレッシャーをかけていたという。もし、これに従わない審判がいると、その造反者は大会の途中で帰るよう言い渡されたり、他の大会から排除され、干されてしまうそうだ。だから、審判の中には忸怩たる思いで圧力に屈し、たとえ「不正」と分かっていても、会長の「指示」に従う者がいたという。もちろん、こうした八百長判定に加担した審判は、良心の咎めに悩み、自分の犯した過ちを後悔しているそうだ。(ただし、疑惑の判定は山根会長の件だけではないだろう。他の連盟を取り仕切る幹部たちも、自分の子飼い選手に“甘い”点数をつけたことがあるんじゃないか。)

  しかと、もっと可哀想なのは、不正な判定で「敗者」にされた選手の方である。毎日辛い練習に耐え、全国大会を目指して頑張ってきたのに、「山根裁量」なる贔屓反対で奈良県の選手が勝ってしまうのだ。もうテレビで有名になってしまったが、岩手県出身の佐々木選手は、奈良県出身の中島選手に圧勝のはずだったのに、「山根判定」で中島選手に軍配が上がってしまったのである。この試合映像をYou Tubeで観た人なら誰でも、「まさか、佐々木選手が負けるなんて・・・。そんな馬鹿なことが !!」と叫んでしまうだろう。プロのボクシング選手じゃなくても解るじゃないか。これじゃあ、金メダリストの村田諒太選手が呆れる訳だ。2度のダウンが考慮されないなんて、まともなボクシングじゃない。報道番組によると、「敗者」にされた佐々木選手はショックのあまり、ボクシングを辞めてしまったそうだ。八百長判定を下した審判は佐々木選手に土下座した謝るべきだ。良心が残っている審判なら、自分の弱さを悔やみ、自然と涙が込み上げてくるだろう。

  普通の日本人は裏取引のある八百長試合を特に嫌う。たとえ、国際大会で日本人選手が外国人選手に勝っても、その判定に不正や贔屓があれば、勝者となった日本人選手を侮蔑し、敗者にされた外国人に同情する。同胞だからといって、不正が赦される訳ではない。しかし、南鮮人は違うようだ。「疑惑の判定」と言えば、1988年のソウル・オリンピックで注目されたライト・ミドル級ボクシングの試合であろう。米国のロイ・ジョーンズ・シュニア(Roy Jones, Jr.)と韓国の朴時憲(ボク・シフン)が拳を交え、ジョーンズ選手が圧倒的に有利であったのに、判定は3対2で朴選手の勝利となった。この判定には会場の観客ばかりか、テレビ中継を見ていたアメリカ人や日本人もビックリ仰天。ジョーンズ選手は放心状態だし、彼の応援団からはブーイングの嵐。日本の視聴者だって、「えっっっえぇぇぇ!!!! そんな、まさか ! 信じられない!!!」と驚いたはずだ。全世界が注目する五輪大会で、こんな八百長判定が下されるなんて・・・。とりわけ、朝鮮を知らないアメリカ人の視聴者は、あまりにも“非常識”な判定だったので、何が起こったのか理解できなかった。

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(左: ソウル・オリンピックで闘ったロイ・ジョーンズと朴時憲  / 右: プロ・ボクサーになったロイ・ジョーンズ )

  しかし、アメリカの皆様、南鮮ではこんなの「普通」です。だって、世界で一番立派な朝鮮民族が、世界大会に登場したんですよ。優秀な朝鮮民族が、あんな黒人に「負ける」はずがない。しかも、会場は地元の首都。興奮する朝鮮人たちは、歐米人や日本人を睨み付け、「俺たちの縄張りなんだから、何か文句あんのか?」とヤクザみたいに凄む。フェア・プレーを尊ぶ日本人なら、「だって、ジョーンズの有効打が86で朴は32じゃないか !」と反論するけど、当時はまだ「嫌韓論」が普及していなかったから、朝鮮人への罵倒は遠慮され、津波のような朝鮮人批判は起こらなかった。しかし、日本のボクシング・ファンは明確に八百長と判っていたから、心の底で侮蔑していたはずだ。第一、いくらアマチュアとはいえ、才能に溢れるジョーンズの動きは俊敏で、パンチを放てば的確に朴の顔面を捉えたし、連打の攻撃も抜群だった。ジョーンズは後にプロ・ボクシング界に転向するが、そこでも輝かしい戦績をあげ、ミドル級からヘビー級の4階級を制覇。彼が全世界のボクシング・ファンに知られるビッグ・スターとなったのはご存じの通り。一方、勝者の朴が後にどうなったのかは、ほとんど知られていないし、誰も関心が無い。八百長判定で歴史の汚点になっただけ。いかにも朝鮮人の「英雄」らしい。

  この“いかがわしい”勝利を恥ずかしく思ったのか、試合後の薬物検査を受ける朴は控え室でジョーンズに再会し、自らジョーンズの「勝利」を認めたそうだ。(George Vecsey, "Sports of The Times ; Nice Gesture Substitues For Justice", The New York Times, September 26, 1997)  まぁ、いくら朝鮮人とは言え、少しくらいは「良心」を持っているから、朴選手は母国の失態を詫びに来たんだろう。ちなみに、韓国側に買収されたのは、モロッコとウガンダ、ウルグアイからの審判員であったらしい。言いづらいけど、こうした国からの審判とか役人は、自国で腐敗が蔓延しているせいか、不正を不正と思わない奴が多い。たぶん、狡猾な朝鮮人のことだから、相当な金銭か物品を贈ったんじゃないか。朝鮮人や支那人は狙った相手を接待漬けにして、賄賂をこっそりと渡すのが得意技だから。彼らは相手の弱みを見つけて、そこを突くのが実に上手い。日本人には真似の出来ない藝当だ。

朝鮮人の虚勢と見栄

  山根会長の件に戻すが、この人物はとにかく威光を求めたがる。彼は自分が最高権力者でなければ気が済まない。式典で他の役員が皆パイプ椅子に坐っているのに、自分一人だけ豪華な革張りの「プレジデント・チェア」なんて常識外れだ。(後に、山根会長はこの強要を否定するが、それなら最初から断れ。一つの椅子だけ異常に目立つじゃないか。) しかも、見ず知らずの高校生に「試合を行う事が出来たのも山根会長のお陰です」と強要するなんて尋常じゃない。山根会長はまるで鮮人ヤクザの組長や北鮮の首領みたいに権力を振りかざし、連盟の役員や一般職員を「家臣」のように考えていた。だいたい、「終身会長」に納まること自体がおかしい。これって「終身独裁官」の間違いなんじゃないか。会長の息子である山根昌守(まさもり)も曾ては連盟の副会長に就任しているくらいだから、会長職の世襲を目指していたのかも知れない。

  インターネット上では、山根会長が元在日鮮人で、帰化した僑胞であるとの噂が流れている。(本名は「文甲明」で、父親は「文鳳基」、母親は「蘇斗理」であるらしい。) この情報源は、韓国のスポーツ紙らしく、事実か嘘なのか、今のところ分からない。ただ、山根会長の行動を見ていると、まさしく権力を握った朝鮮人のように思えてしまうのだ。連盟の私物化やグローブの独占販売、恣意的な助成金の分配、接待・歓迎のマニュアル化など、北鮮の金日成や南鮮財閥の総帥を髣髴(ほうふつ)させる行為である。また、山根会長が強要する個人崇拝も金王朝と同じで、「俺のお陰でお前らはボクシングが出来るんだぞ !」という恩着せがましい態度もソックリである。(巨大な彫像をつくらせなかっただけ山根会長の方がマシ。) 一般的に、朝鮮人は自分を「偉大」に見せたがる。山根会長が黒塗りのリムジンでホテルに赴き、大勢の職員を整列させるのも、個人崇拝の実践で、自分を大物にする為の演出だろう。朝鮮人は他人の心を金銭や権力で服従させることができると信じている。しかし、人間の心は謙虚さや無私の精神に魅了されるから、真に偉大な人物は尊敬を強要しないものだ。むしろ、自分を他人より低くし、それがわざとではなく、自然に行っている。日本人はこうした偉人に心を開く。イエズス・キリストが弟子の足を洗った逸話を思い出せば分かるだろう。

  自分の面子を異様に気にする朝鮮人は、常に他人からどう見られているのかが心配になり、矢鱈と虚勢を張って睨みを利かせようとする。人間としての器が極めて小さい朝鮮人の特徴だ。よく自分の家系が卑しかったり、学歴や経歴が無いことに劣等感を抱く朝鮮人は、とにかく名声を求めようと必死になる。例えば、気前よく他人に金銭を与え、豪華な食事に招待して「大人(たいじん)」ぶりを見せびらかす。また、偶然の機会があれば名誉博士号とか何とか勲章をもらおうと考える。たとえ、ボランティア活動に熱心でも、その根底には世間の注目を集めて何らかの地位を手に入れたいという欲があるのだ。そして、朝鮮人の見栄っ張りは有名だ。たまにいるけど、会社の景気が悪いのに、無理して外車にこだわり、新車のカローラより中古のメルセデス・ベンツを選ぶ朝鮮人がいるけど、我々から見れば実に滑稽だ。外見で品性は隠せないんだぞ。高級ブランド・スーツを身に纏っても、しょせん下郎は下郎に過ぎない。でも、親分気取りが大好きな朝鮮人は、後輩に舐められる事を極端に嫌い、懐が寒くても後輩の食事をおごってやるし、たとえ余裕が無くても「何かあったら俺に相談しろ」と粋がる。

  藝能界も同じで、朝鮮系のベテラン歌手や年長俳優は、出来るだけ子分を増やし、彼らの上に君臨する親分になりたいと望んでいる。日本人からすると馬鹿らしいが、人間的魅力や能力に乏しい朝鮮人は、「本当の俺はこんなもんじゃない」と現実を否定し、「本来あるべき姿」を妄想する。つまり、朝鮮人は自分の矮小さを認めたくないのだ。虚勢を積み重ねれば「偉大」に見えると思っているんだからアホは救いようがない。外見を繕えば中身など問題じゃない、とする神経は朝鮮人に共通している。「山根判定」で奈良県選手を大勢「勝者」にしてやれば、いずれ沢山のオリンピック選手が輩出する、と期待するのも朝鮮式の考えだ。ただ、世界レベルのボクシングは実力主義なので、八百長判定で“のし上がってきた”選手だと勝てない。ところが、山根会長は「村田(諒太)をチャンピオンに育てたのは俺だ !」と言い放つ。村田選手をアマチュア・ボクシング界のスターに留めておきたかった山根会長は、プロ・ボクシング界への転向に激しく反対したという。だから、自分に叛旗を翻す村田選手とそのコメントに激怒していたそうだ。事実、日テレが『スッキリ』に山根氏を招いて、村田氏の批判について質問したところ、不機嫌な会長は「生意気だよ !」とひどく「ご立腹」であった。何というか、まるで大手藝能事務所の社長みたいだ。

  もう一つ気になるのは、山根会長と暴力団(森田組)との関係である。日本大学の田中英壽(ひでとし)理事長もそうだったけど、スポーツ競技の「ドン(首領)」には強面(こわもて)の人が多い。山根会長は田中理事長と親しく、日大の客員教授になったというが、どんな「能力」を評価されて教員になったのか? そもそも、暴力団と昵懇の人物が、アマチュア・スポーツ界の総裁になること自体が非常識だろう。一般国民が勤める市役所や民間企業では到底考えられない。高校の先生や部活の顧問たちが頭を下げる「会長様」が、50年間もヤクザの友人なんて、人気漫画の『静かなるドン』(作 / 新田たつお)を髣髴させる光景じゃないか。しかも、山根会長は元暴力団組員から「引退勧告」を命じられたそうで、もし応じなければ会長の“過去”をバラすとの脅しを受けていた。でも、暴露されて困る「過去」って、どんなモノなんだ? ヤクザが切り札にするくらいだから、相当ヤバイ過去なのかも知れないぞ。たぶん、週刊誌は水面下で取材を行っているんじゃないか。だって、地上波テレビじゃ放送できないから。

  とにかく、安田純平や山根明が日系日本人なのか、それとも帰化鮮人なのか分からないが、こうした疑惑が出てしまうのも、マスコミが素性を隠蔽するからだ。話題となった人物がどんな家系なのかを報道することは、「人権」侵害に当たるとは思えない。もし、日本に帰化したアメリカ人やドイツ人がワイドショーで取り上げられたとして、彼らの出身国を述べたらプライバシーの侵害になるのか? ガリア系の在日フランス人を「ケルト人」、フリースラント出身の在日オランダ人を「ゲルマン人」と呼んでも、人種差別的報道にはなるまい。第一、アングロ・サクソン系のアメリカ人、あるいはチュートン系のドイツ人、ノルマン系サクソン人であった帰化人が、カンカンに怒って抗議するとは考えにくい。ところが、朝鮮人になると話が違ってくる。マスコミは通名や改名のみを報道し、本名を隠したまま日系日本人のように扱っている。取材能力の無い一般人は、マスコミの報道を信じるしかないので、内部情報に詳しい人物がインターネットで暴露せぬ限り、事件の真相を知ることはないだろう。朝鮮人や支那人に“特別”な配慮を示すマスコミが多いから、一般国民は益々その猜疑心を深め、非朝鮮系の人物をも「朝鮮系じゃないのか?」と疑ってしまうのだ。隠蔽体質のマスコミが従来の姿勢を改め、ドンドン帰化朝鮮人の闇を暴いて行けば、少しは国民の信頼を回復できるだろう。

  今でも朝鮮人が日本人から嫌われるのは、彼らが不都合な過去を闇に葬り、正体を偽って日本人に成りすますからだ。祖父母や両親が恥ずかしい過去を隠せば、その恥部は子孫に継承され、何時まで経っても朝鮮系は「よそ者」あるいは「鼻つまみ者」のままである。朝鮮系であることを恥じる朝鮮人は、さっさと荷物を纏めて祖国に還るべきだ。日本人は元々朝鮮人を嫌っているので、帰化鮮人は日系人以上に愛国者となるよう務めねばならないし、鮮人の家系を堪え忍んでも日本を愛する理由を見つけなければならない。単に「生活が快適だから」とか「朝鮮語が分からず、日本語しか話せないから」といった言い訳は、永住する資格にはならず、日本人からの侮蔑を招くだけだ。日本人にとっては自然なことでも、血統が違う朝鮮人にとって真の愛国心を持つことは誠に難しい。したがって、たとえ貧しい生活でも、在日朝鮮人や帰化鮮人は日本を去って、朝鮮の同胞と暮らす方がよっぽと幸せだろう。朝鮮人が朝鮮人社会で生活すれば、理不尽な民族差別は無いはずだ。また、朝鮮系の若者は半島に戻って、税金を払ったり、徴兵に応じて祖国の義務を果たすべきなんじゃないか。血税(兵役)逃れが立派な日本国民になるなんて信じられない。“良心的”ジャーナリストは、こうした点に敢えて触れないけど、彼らの遠慮が朝鮮系帰化人への侮蔑に繋がることを認識すべきだ。朝鮮人への嫌悪感を助長しているのは、案外マスコミであったりするから、世にはびこる「リベラル人権派」は皮肉な結果を生んでいる。


  


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