無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

女性について

ブスだと卒業できる 卒業顔の怨念は不滅です

ブスへの慰め

  霞ヶ関官僚には元左翼学生がごまんといる。とりわけ法務省や厚労省で、女性の社会的待遇や地位向上を担当するような女性官僚には、フェミニズムの黴菌に感染した人が多い。試験秀才だから中央官庁に入れたのだろうが、出世競争になると男の官僚に劣るから、怨みを持つ女性が結構いるのだ。有能な女性なら、ファッション・モデル業界といった民間企業に就職したり、独力で自営業でも営めば、嫉妬心や不平を持たなくて済むのに、と筆者はつい思ってしまう。親方日の丸の役所だと、平等思想の建前があるから、異常な性格の持ち主でも容認されるのであろう。役所勤めの女性は結婚よりも職業を高く評価しがちである。外で他人のために働くより、家で子供や夫のために働く方が素晴らしく、重要なことなのに、それが分からない。結婚できなかったり、男から求愛されぬ醜女の怨みとしか思えない。家族より仕事を優先する思想の淵源には、ブスのひがみが見え隠れする。それに、学校で男女平等という左翼思想で洗脳されているから尚更である。そこで、勉強して馬鹿になる女性を少し考えてみたい。

  むかし、国際日本文化研究センターの井上章一・助教授が『美人論』を出版した。(リブロポート 1991年) 井上氏は、昔の日本では醜美について解説する教科書があったことを紹介した。明治の修身教科書は、「美人は徳を失いやすい」と書いたそうである。たとえば「瀧鶴台(たきかくだい)の妻」の物語は、修身科目書が愛用したストーリーであったという。長州の碩学、瀧鶴台の妻は、容姿は醜かったが、心は極めて美しかった。夫に従順でよく家を治めたので、鶴台も彼女を重んじたそうである。心掛け次第で夫に愛される立派な妻になれることを教えたかったのである。修身教科書は「みめ形いと醜かりしが、心ざまは極めて美し」と彼の妻を褒めた。現代の我々には驚きだが、当時の教育界では「容貌(みめ)より心」を強調する美人排斥論、醜婦(しゅうふ)奨励論が盛んだった。

  しかし、深尾韶という小学校教師が『家庭雑誌』(明治40年1月号)に投稿した文章によれば、美人排斥論は現実社会と食い違うらしい。深尾は不美人を褒める修身教育を現実にそぐわないと批判するのだ。彼の教師生活に照らし合わせれば、美人に属する子供の十人中八九は、皆極めて善良な性格を有していた。彼は「自分は世間の美人排斥論、醜婦奨励論に対して此の現象を甚だ不思議に感じました」と述べている。深尾の長年の観察からすると、修身教科書が推奨する良妻賢母の卵は、理想とはかなり離れているのだ。彼は容姿(みめ)よろしかぬ将来の婦人は、「容姿より心」どころか、容姿も心もメチャメチャで、猜疑、嫉妬、意固地、残忍、その他将来婦人の悪徳たるべきものの質量を多く備えているという。そうして深尾は長年の経験上、美人は善人で、醜婦は悪人である、ということを知るに至ったらしい。修身教科書がなぜこんな嘘をつくのかを考察して、教科書執筆者が醜男醜女(ぶおとこぶおんな)なので、苦し紛れに偶然たる美人の毒婦をとらえて、毒婦はすべて美人で、美人は皆品性下劣なる者とコジつけたのであろう、と結論づけた。(p.20)

  深尾氏の見解は我々にも納得できる。昔は、スケ番という不良の女子生徒がいて、派手な化粧に髪にパーマを当てて、長いスカートを引きずっていた。美人も少しは居ただろうが、たいていブスだった。不良だから真面目に勉強せぬ。もとから性格が悪い上に成績も悪くなる。そうすると勉強ができて可愛い女の子は、男子生徒からちやほやされるから、スケ番のイジメの対象になってしまう。なぜか美少女は素直で、ちょと上等な階級の家庭や良家の娘が多かった。一方、ブスのスケ番は荒んでいる家庭の子が多いような気がする。容姿と性格が比例するように思えるのは、筆者ひとりだけではないだろう。

  井上章一は深尾氏の結論に部分的異論を唱える。醜い者が美しい者を妬む気持ちは昔も今も変わらない。もし、醜男醜女の嫉妬心による教科書なら、どうして現代には同じ道徳教科書がないのか、と。井上氏は、明治大正期には美人が勉強を継続しにくかったからだ、と考える。当時の平均結婚年齢はとても低く、十代半ばの娘が結婚することも珍しくはなかった。だから、女学校在学中に嫁に行く女子もいたのである。もちろん卒業する女生徒もいたが、結婚で中退せぬ子には不美人が多かったのも事実であった。そこで当時の人々は、勉学を続けて卒業するような女の子を“卒業面(そつぎょうづら)”、と呼んでいたのである。三輪田元道という教育者も、醜い顔の卒業面に言及していたのだ。今は美人学生だって卒業するのが当然であるが、これは学歴が身分になる現代の特徴からきているから、卒業は容貌との関係は薄いとみてよいだろう。

  著書の中で井上氏は卒業面の代表例を紹介している。廃娼や婦人参政権獲得で指導的立場をとった久布白落美(くぶしろおちみ)という婦人活動家は、娘時代(明治29年)母親に連れられて、大叔母の矢島楫子(やじまかじこ)が院長をつとめる女学院を訪れた。面接試験で、矢島院長は落実をひと目見るなり、母親に「この人はあまり器量がよくないからつづくでしょう」と語ったそうである。(p.23) 矢島院長は偉い。よくぞ言った。あっぱれ。いまなら母親と娘が激怒して裁判沙汰になるだろう。昔の日本はかなり現実容認主義が浸透していたのだ。矢島院長の予言通り、落実は無事ご卒業になったそうである。

  そこで疑問だが、人脈がたいして広くもない小娘が、どうやって嫁ぎ先を見つけたたのか、である。その疑問を解く鍵は授業参観であった。明治・大正時代には、近隣の有力者がしばしば、息子の嫁探しのために女学校を訪れていたのである。彼らは授業参観を通じて、適当な嫁の候補を容姿で選んでいたのだ。顔だけで判断しても大丈夫なのか、と心配になるが、恋愛は容姿から始まることがよくあるから、多分支障は無かったのであろう。それに、授業を聞いている女学生を見ただけで、性格や思想を分かるはずがない。現代の見合い縁談いだって、相手方の写真を見て本人が会うかどうか決めるだろう。当時の学校では、美しい子から順々にクラスを離れることになった。ひとり抜けふたり抜け、最後に残るのはブスばかり。こうした物色参観は昭和の初めまで続いたという。(p.25)

  醜女(しこめ)が辛い目に遭うのは分かるが、美人の女学生にも不幸があったらしい。明治40年に時事新報社主宰の美人コンテストがあり、素人娘のみが審査の対象となった。そこで末広ヒロ子という女学生が一位になったのだが、本人が応募したのではなく、彼女の義兄が内緒で写真を送ってしまったのである。彼女は福岡県小倉市の末広直方・市長の娘で、学習院中等部に通っている16歳の乙女であった。写真取り消しは無理だったが、義兄に頼んで名前だけでも匿名にしてもらい、ヒロ子の写真は末広トメ子という名で掲載された。しかし、時事新報を見たクラス・メートがヒロ子だと気づいてしまった。当時の学習院は乃木希典大将が院長を務めており、謹厳と質素を旨としていたから、ヒロ子は放校処分になってしまった。だが、温情厚い乃木院長はヒロ子の嫁入り先を斡旋したのである。なんと乃木院長は、かの有名な英雄、野津道貫(のづみちつら)・陸軍大将にヒロ子を紹介したのである。すごい。さすがは乃木大将。やることが違う。公爵の野津家にご子息がいらしたから、退学処分になった美女を紹介したのである。どうせ勉強したって公爵夫人にはなれないのだから、不幸中の幸いであろう。

  明治から昭和初期にかけての日本では、女が勉強して出世するのは非常に困難だったし、職業婦人が専業主婦より素晴らしいとは思われなかった。それでも勉強したい女性は少数ながら存在したら、彼女たちは師範学校に進み、教員になったりしたのである。だが、美人だって日本のために貢献したのである。とたとえば、陸奥宗光外務大臣のお亮(りょう)夫人は美人で評判であった。江戸時代までの日本は、身分社会であったため、女性は容姿よりも家柄で上下が決まった。直参旗本の娘と単なる町娘とでは比較にならない。ところが明治になって維新の元勲らが、西洋人相手に舞踏会や晩餐会を開くに当たって、困ったことが起きた。政府高官の夫人が公家や武家の女性では、西洋的社交に不向きだった。しかも、容姿だってたいしたことはなかったのである。そこで藝者上がりの社交的夫人の方が、変な気位の高さがなかったし、西欧文化に適合するのも上手だった。陸奥宗光が再婚した亮子夫人は、元藝妓で「小鈴」と呼ばれていた美女だったし、社交界の華であったという。日本女性の容姿批評で厳しかったイギリス人外交官アーネスト・サトウでさえ、陸奥夫人のお亮さんには「美女」の評価を与えたくらいである。カミソリ陸奥と呼ばれた外務大臣は、女性の趣味も一流だった。

  明治の頃は、人々が醜女(しこめ)を割と平気でからかっていたから、教育者は不美人な女学生を励ますつもりで、あえて「醜婦奨励論」を書いたのではあるまいか。教科書執筆者は、卒業面の女生が世間の嘲(あざけ)りを気にせぬよう、現実を曲げても「美人排斥論」を唱えたのではないか。井上氏は、不美人でも熱心に勉強して修養を積もうとする子が、劣等感を抱かぬよう、世間の冷笑からガードするバリヤーだった、と結論づけている。(p.37)

社会に害をもたらす醜女

   世間が何と言おうとも、結婚できぬ卒業面の女学生が、自立して生きていくために勉強するなら良い。しかし、伝統を重んずる高度倫理社会の日本に、社会主義やマルクス思想が浸透してきたから問題なのである。共産主義者は人間の醜い情念につけ込むのが得意だ。赤い革命家は国家転覆のために、まづ社会の基礎である家族を崩壊させようとする。モラル無き人間を大量生産し、革命の駒に使うのである。まともな家庭に育つ若者は、共産主義に惹(ひ)かれないので、左翼活動家はふしだらで下品な親を生産するか離婚家庭をつくるよう仕向ける。そうすれば性格の歪んだ子供を増やすことができるのだ。共産主義の煽動に靡(なび)くような者には、性格がひねくれた下郎が多いのはそのためである。

  フェミニストになるような女学生には、滅多に美人を発見できない。「恨み」や「憤慨」を意味する英単語「resentment」とは、「(嫌な)感情を再びもつ」ことからきている。フェミニストに共感する女子生徒は、鏡を見る度に自分の顔を不快に思い、世間に対して憤りを感じるようになるのだ。特に男どもは女性を外見あるいは性(ジェンダー)で差別するから許せない。男社会は女性の敵である、との怨念に炎がともる。田嶋陽子や大澤真理、上野千鶴子を見れば、たいていの男は彼女らがなぜフェミニストになったかが分かる。こんな卒業面の女学生なら、さぞかし勉強に集中できたであろう。(だだし、有害な勉強内容だが。) デートなどの煩悩フリーだ。

  フェミニストは女性の地位向上のためなら、物理学や数学を熱心に学ぶよう女子に言えばいい。理系ならジェンダーに関係なく出世ができるし、ノーベル賞だってもらえるではないか。しかし、彼女らはクズ同然の「女性学」を学生に吹き込み、子分を増やすだけである。しかも、大学などの教育機関で給料を取りながら有害科目を教え、誰も読まない駄本を図書館に買わせているのだ。一般国民はテレビに出演して叫(わめ)いている田嶋陽子は知っているが、彼女の著作を読んだ者はまずいないだろう。卒業面のフェミニストが目指す社会は恐ろしく荒(すさ)んでいる。美女の幸せを叩きつぶして、醜女の天下を築こうとしているのだ。男が女性の魅力にうっとりしない「男女平等」社会など、女性にとっても忌まわしい。ファッショナブルな服や化粧が要らない世界が面白いのか。結婚よりも仕事の方が上等なのか。フェミニストが主導する“女性が輝く社会”とは、卒業面の行かず後家が、大いばりできる社会だろう。老婆になったフェミニストを見ると、干からびた水商売のバアさんみたいで、思わずゾッとしてしまう。男に怨念を抱きながら老いるババアを見てもフェミニスト講座をとる女学生は、僻み根性の暗い子だろうし、明るい家庭も築けないだろう。卒業面にシワが寄ったらもっと醜くなるのにねぇ。これ以上言うと背中を刺されそうなので、今日はここでお開きに。




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家族をつぶせ! 福島みずほの日本人憎悪

白人が消滅する西歐世界

   戦争でもないのに西歐世界でゲルマン系やケルト系白人の数が減少しており、その勢いが止まらない。原因は明白だ。若い男女が結婚しないとか、所帯をもって子供を産まない、あるいは一人しか持たぬよう決めているからだ。若者に性欲が無くなったり、生殖機能に異常が生じたわけでもなかろう。巷のメディアではセックス関連の記事や映像、流行などで溢れている。ファッション業界だって男女が恋愛をしているから、異性の気を引くような服が売れるのだ。先進国の少子化は、結婚の意味が不明確になったことや、出産より仕事の経歴と所得の方が重要視されたことが原因だろう。結婚が神聖で人生の一大事だった昔と違い、婚姻が男女間の共同生活契約みたいになっている。いつでも別れられる同棲生活の方が気楽でいいが、結婚した方が税制上、有利で得だから結婚しようとするカップルが多い。結婚生活が経済上の問題なら、生まれる子供は同棲上の「おまけ」程度だ。

  我が国のマスコミは真実を隠して嘘を撒き散らしながら、日本国民を不幸にしたい意図を持つ。なぜか? 全共闘世代が共産主義革命を起こして支配者になる夢があったが、日本の庶民が健全だったため、彼らに従わなかった。共産主義革命は日本人の生活をメチャクチャにして、貧乏にし、家庭を不幸にして、自暴自棄的人生にすることが重要である。平常心と良識を無くした日本人を大量生産することで、革命戦士軍団ができる。しかし、1970年代も末になると革命熱は消滅。元左翼学生は日本を共産主義国にできぬと悟っても、昔の癖が抜けないから、反日行動をついとってしまうのだ。テレビ局に潜む左翼スタッフがいつまでも左翼踊りを止めぬ理由がここにある。フランスのだらしない同棲婚や北欧の冷え切った家庭を理想とするのだ。少子化対策はヨーロッパに見習えと国民に説教垂れる評論家は、脳幹の中まで真っ赤に染まっているのだ。

  先進国の女性が出産・子育てよりもキャリア(career)を重要視するあまり、晩婚化が進み、出産したいと思ったら、卵子が減少し子宮が老化していた、てなことになっている。運良く妊娠できたって、40歳前後の女性では一人産んだら子宮はもうヘトヘトだ。肉体的にも辛い。彼女らが悔やんでも手遅れ。「後悔先に立たず」を噛みしめて晩年を送るのだ。有名なピュー・ヒスパニック・センターの調査報告書を覗いてみればよく分かる。(The New Demography of American Motherhood, Pew Research Center August 19, 2010)

  アメリカ人女性1000人あたりの子供の数か減少しているのである。1990年に10代の母親が533名だったのに2008年には441名になった。これが35歳以上の女性で母親になった者は、1990年に368名だったのが2008年には603名に増えている。つまり、若い母親が減って高齢の母親が増えていることになる。晩婚化が進んだのである。そこで、出生率を人種別で見てみることにする。( 1000人あたりの出生率)
             1990年        2008年
  白人        22                        14
  黒人               62                        33
    ヒスパニック     53                        38
    アジア人              14                        9

米国では白人女性の晩婚化と出生率減少が確実に進んでいるのだ。その反対にヒスパニック人口が増えている。白人の出生数は、1990年で2,713,000人なのに2008年には2,273,000に減っている。一方、ヒスパニックは1990年に595,000人だったのが2008年には1,039,000人に増えている。

  晩婚化と少子化の原因は、キャリア女性の考え方にもあった。人口や結婚について研究しているシルヴイア・ヒューレト(Sylvia Hewlett)は、企業で高い地位につく女性にインタヴュー調査を行った。ある女性(Polsky 44歳)は、地位が安定して次の出世ができた後に、子供をもてたらいい、と考えていたら、子供がもてる年齢を過ぎていた。別の女性で大学の医学研究者(Kate 52歳)は、キャリアのために30代を無駄にしてしまった。「ただ単に注意していなかった」と後悔している。(Sylvia Ann Hewlett, Executive Women and the Myth of Having It All, Harvard Business Review, April 2002)

  さらに困ったことに、高収入で高学歴を持つキャリア職の女性には、適当な結婚相手が少なくなっているのだ。まさか、彼女らより低収入で低学歴の平社員や肉体労働者では釣り合いがとれないし、自分より若い男たちは振り向いてくれないのである。食べ物に例えれば、賞味期限が切れた高級ハムは、見た目が良さそうでも誰も喰わない。ところが、同様の地位をもつ男たちは、結婚相手に高収入の地位が無くても平気で、若くて魅力的な女性を見つけて、結婚してしまうのだ。彼らは歳をとったキャリア女性には感心がない。乳房が干し柿みたいになっても、キャリア女性は桃尻娘みたいなロマンスを持ち続けているのだ。白馬にまたがった王子様ではなく、白衣の介護師が待っていることに気づかない。

  フェミニストが目指す「女性が輝く社会の実現」とは女性が晩婚化し子供をもたない社会を目指しているのだ。専業主婦はセックスしか能が無い低学歴の女がなるもので、高学歴の女性はその才能を企業で発揮して、輝く人生を歩むのだ、と洗脳する。自尊心をくすぐられた大卒女性は、キャリアを積むために貴重な20代や30代を費やしてしまう。30代後半になって、あわてて結婚しても一人子供を産めるだけ。それでも、フェミニストは子育てはつまらないから、社会(職場)復帰を勧めて、専業主婦を断念させようとする。そのために、配偶者控除を無くして夫婦共稼ぎにし、残された子供は託児所に預けろ、と主張する。これは働く女性を助けるためではなく、仲間である社会党・共産党の役人・福祉関係者に職を与えるためである。税金を子育て支援機関に回せば、赤い反日分子が託児所などで増殖するからだ。そして、既婚女性に経済力をつけさせ、離婚をしやすくし、家庭を崩壊させれば、グレた子供が増えて、革命戦士にしやすくなる。左翼弁護士は「明るい離婚」を宣伝してひと儲け。左翼政治家や赤い官僚に騙された「輝く女性」は、しわくちゃになった顔を見つめて、冷たい一人暮らしの老後と死を迎えるだけ。失った時間を返せ、と怒鳴ったって手遅れだ。

幸せな家庭を壊したい福島みずほ

  説明が長くなったが、こうした背景が頭に入っていないと、現在進行している「女性活用社会」の恐ろしい思想が分からないし、推進している人間の正体も曖昧になってしまうのだ。フェミニズムは根が深く、こんな説明では不十分である。今は、簡単な例をひとつ挙げておく。それは男女同権や女性の人権を、長年言い続けてきた社民党の福島瑞穂を取り上げてみる。

  福島瑞穂は極左弁護士であることは知られているが、その個人的過去はあまり知られていない。彼女は祖母、父、母、姉の五人家族に育った。あまり温かい家庭ではなかったのだろう。祖母は瑞穂の顔を覗いて、「おばあちゃんとおかあさんのどっちがすき? 」と聞くことがあった。その質問に瑞穂は答えなかったという。「おかあさん」と答えれば、祖母は不機嫌になるから、沈黙していたのである。父親は母親と妻の間で、微妙な立場にあった。母親はいつも何か心配そうな顔をしていた。瑞穂は母親が何か言葉をため込んでいるようで、母が幸せであると思えなかった。そこで瑞穂は、家制度に押しつぶされたくない、「嫁」とか「奥さん」とかいう役割は将来演じたくない、と決めたそうだ。( 福島瑞穂 「あなたも家から解放される? 」 『サンサーラ』 1991年2月号 p. 126)

  女を鋳型にはめる「家制度」はもうご免だ、と瑞穂は考えていた。結婚式によくある、「XX家」と「YY家」とのスピーチには、ケーキをぶつけたくなるほど嫌いだという。墓でも、「OO家之墓」というのを見れば、骨になってしまった夫と妻、兄弟姉妹、、嫁姑、親子などが来世でもケンカしているようで「ゾーッ」としてしまうらしい。でも、世間には仲睦まじい夫婦だっているし、仲のいい兄弟だっているだろう。「家制度」が心底嫌いだそうで、日本の墓地は暗くて「家」のオバケが出てきそうだって。なら、明るい霊園に墓を建てればいいだろう。

  政治家になる前、弁護士をしていた瑞穂は、離婚の相談を受けたときを回想する。離婚になると「家」の問題が出てくるから、話がややこしくなるのだ、と言う。離婚調停に双方の両親が出てくると話が難航するから厄介なんだって。また、瑞穂は「父親のいない子と息子を結婚させると戸籍が汚れる」から結婚に反対する母親のケースを話す。子供の結婚に関心がある親の方がまともじゃないか。しかし、「家意識」に縛られたことで生じる破談を一般化してしまう瑞穂は、やはり左に傾いている。

  終いには、「家」によって手足をしばられるのは、うっとうしいから「そろそろ終わりにしたいものだ」と語る。「あなたも家から解放される」という新興宗教の教祖に出もなって、金儲けをしようかな、と思う日々を送っていたそうである。(p.127)  いやぁ、本音を語っていたんだね、瑞穂よ。社会主義とか女性解放運動といった洗脳活動を指導する教祖になれたじゃないか。しかも、2億円の個人資産をもてたのだから、庶民よりも裕福になった。結婚してない亭主の渡部彰悟と一緒にいくら稼いだのか言ってみろ。社会党の仲間がうらやむぞ。他人の家庭を不幸にして喜ぶ奴に限って自分の生活は大切にするのだ。「社会に出て輝く女性」を謳っているが、本当は自分が社民党党首になれて輝いただけだろう。

  フェミニストは会社勤めの女性が出世に関して不満を持っていたり、夫婦生活に問題を抱えていることを承知している。そこで、家庭を離れて他人だらけの会社の方が幸せだと囁く。子供が邪魔なら、社会主義者の保母が面倒を見ると提案する。自分の子供は怪しい共産主義者の元で成長し、外で働く女性は我が子を心配しながら、職場で時間を磨りつぶす。家庭なんかつまらぬ場所と考えるようになった女性は、福島瑞穂の罠にかかったも同然。家庭は「拘束服」程度にしか考えていない瑞穂に騙されたと気づいた頃には、子供も夫も離れているか、他人みたいになっているかだ。詐欺に気づいた被害者と変わらない。女性の人権を人一倍叫んでいた瑞穂が、拉致被害者に対しては冷酷だったとを思い出すべきだ。女性の人権を瑞穂のような社会主義者が主張するときは、革命同志をつくるときだけである。日本の女性にはいい加減「女性の権利」とか言ってる「悪徳政治家」を駆除するよう願いたい。女性の権利や幸福を擁護するのは「女性議員」という幻想は捨てるべきだ。



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