無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

慰安婦問題

慰安婦のデタラメが酷い (2)

支那人の手口ではないのか?

   アメリカでは朝鮮系米国人らが「虚偽祭り」に忙しい。性奴隷としての慰安婦像を、何にも関係ない西欧系米国人に見せて、同情を引こうと躍起になっている。正常な日本人からすると、朝鮮人てやっぱり精神異常者なんだなあと、思えてならない。慢性的に精神が錯乱している劣等民族である、と自ら披露していることが分からないのだ。何の物的証拠もないのに、奴隷制をわめき立てている。

  米国人による極東軍事裁判の時でさえ、誰も朝鮮人を性奴隷にした廉(かど)で処刑されていないのだ。敗戦直後なのに、どの紳士的米軍将校も、こうした卑劣な女性拉致を告発していないのだ。朝鮮にいたホッジ陸軍中将だって取り上げなかったのに。陪審制裁判の伝統を誇るアングロ・アメリカ人なら、こんな馬鹿げた訴えを即座に却下してしまうだろう。

  文明国の裁判や歴史研究を知らぬ朝鮮人は、広場で叫べば日本人を有罪にできるという考えをもっている。教養と財産をもつアメリカ紳士なら、キケロの『フラックス弁護』の演説を思い出すだろう。キケロはギリシア人の言語の優美さや知性の鋭さを承認するも、彼らが証言者となる場合、その軽薄さと恥知らずの性格に不信感を抱いていた。

  「だが、この民族は、証言に対する良心と誠意をいまだかつて尊重したことがない。かれらはそもそも、証言に関するあらゆる行為の意義と責任の重さ、そしてその重要性については何も知らないのである。」 (マーカス・キケロー 『フラックス弁護』 1-4-9 「キケロー選集」 2法廷・政治弁論 II 、小川正廣 訳  2000年  岩波書店)


  法廷での真実や正義を知らない帰化南鮮人らは、いかにも後進国出身の三等民族らしい。鼻水垂らして泣きわめいても、みっともないだけなのに朝鮮系住民は続けている。立派な白人紳士や教養のある婦人から白眼視されているのが分からないのだ。朝鮮人に生まれなくって本当に良かった。

  では、朝鮮人売春婦らはいったい、どんな証言をしたのか? 新聞やテレビ番組は慰安婦像設置ばかり報道している。具体的な内容を報道しない。いや、報道したら、米国と日本で立派な教養人が腹を抱えて笑ってしまうからだ。ここで、1992年に公表された慰安婦の証言を抜粋して披露したい。(引用は臼杵敬子 『朝鮮人慰安婦が初めてあかす「旧日本軍の大罪』 光文社月刊誌 『宝石』 1992年5月号)
  

(1) 「ふじこ」 1924年生まれ (67歳) 朝鮮人娼婦

     17歳の時に突然襲われ、トラックに乗せられた。「ふじこ」という日本名をつけられ、約三十人の女と船で長崎に運ばれたという。九州のどこか3階建ての慰安所に送り込まれた。逃亡しようとしたり、言うことを聞かないと凄惨な拷問が繰り返された。逃亡しようとした或る女は、「ふじこ」らの前で全裸で逆さ吊りにされ、軍人が軍刀で彼女の乳房をえぐり、腹を割り、内蔵を取り出して、観ている「ふじこ」ら女どもに投げつけた。「お前たちも逃げようとしたらこんな目にあうぞ」と脅かした。それでも、「ふじこ」はトイレの窓から逃亡を企てたが、捕まり地下室で凄惨な仕置きを受けた。逆さ吊りにされ、気絶すると水をかけられた。上半身を裸にされ、焼きゴテを背中に当てられた。今でもその傷痕(きずあと)が残っているという。(上掲記事 p. 221)

  まったく、朝鮮人は何て想像力豊かな民族なんだろう。支那人ならやりそうな拷問と虐待だが、我が帝国陸海軍の軍人が、こんな仕置きをするわけないだろう。こんなヨタ話を真剣に語る朝鮮ババアには呆れてしまう。もしかしたら、B級ホラー映画の脚本家になれる才能を持っているのかもしれぬ。

つづいて、「ふじこ」はこう語る、

  三階の部屋に監禁され、1日に5名から10名の軍人を相手に売春を強要された。19歳の頃、妊娠してしまって男子を出産。慰安所の1階で乳母に育ててもらった。21歳頃にも、次男を産んだ。空襲が激しくなって、子供二人を抱えて、死にものぐるいで逃げたという。敗戦後、ヤミ船で朝鮮に帰ったが、二人は結局死んでしまった。彼女の夫は、朝鮮戦争の時に北鮮軍に殺され、その後再婚して子供を産んだ。死ぬ前に日本軍の蛮行を全て話して、日本の犯した罪を問いたい。(p.222)

  おいおい、ハバア! いい加減にしろ。日本人の「蛮行」ってのは、虚構(フィクション)のことか? 

(2) 「金田君子」(日本名) 1921年生まれ 70歳

  父は日帝時代に神学大学を卒業した牧師で、日本官憲に狙われ、逃亡生活を送った。一家離散となった君子は近所の家で女中になった。ある日本人が工場で働けばお金になるというので応募して、十数名の女たちと一緒に天津に連れて行かれた。工場だったはずなのに「カナヤマ部隊」に引き渡された。二畳ほどの部屋に入れられ、1日20から30名の兵隊を相手にさせられた。3人くらい相手をすると痛くてしょうがないから、阿片を支那人から貰う。無理がたたり、「子宮が外に出てくる」ほど体がメチャクチャになった。憲兵が治療のため母親の実家に戻してくれた。そこで、阿片治療と子宮摘出手術を受けた。日本の蛮行のため家族は離散状態になり、結婚しても子供が出来ず、貧困生活を送る羽目に。体はあちこちが痛く、安定剤が無いと眠れない。養老院に入っている。日本が賞するのは当然だ。(pp. 222-223)

  こら!チョット待て。1日20から30人の兵隊を相手にしたって言うのか? お前がもっとお金を稼ぎたかったから客を余計に取ったのだろう。いくらなんでも、そんな無茶な回数はなかったはずだ。鬼軍曹は戦場にいても、鬼畜の官憲や軍人は慰安所にいなかったぞ。それより、いくら稼いだのか言ってみろ。手ぶらで実家に戻ったのか? 嘘つけ!

(3) 朴福美 (仮名) 1921年生まれ 70歳

  日本の官憲により強制的にトラックに乗せられた。日本人があちこちで娘狩りをして40名ほどが捕まった。貨物列車に入れられ、天津におくられた。処女であった朴は抵抗したが、結局は犯されて血まみれ。7名いたグループのうち2名が首つり自殺をした。毎日30から40名の兵隊を相手にさせられた。(p.223)

  ああ、また捏造話か。自殺するくらい売春させた、とでも言うのか。アホらしい。

(4) 「ナガキハルコ」 1922年生まれ 69歳

  最初の10日間くらいは「新品は将校」ということで、将校の相手をした。最初の将校は「軍の命令だ、服を脱げ」といい、彼女を暴力的に犯した。生理の時も構わず売春。ある兵卒は自分のペニスを犬のように舐めろと命令し、気に入らないと殴る蹴るの暴力をふるった。どうしても休みたいときは、生理の時の血を体に塗って汚くし、兵を遠ざけた。体の弱った女や妊娠した女は、掘った穴に入れられ、手榴弾で殺された。(pp. 224-225)

   「軍の命令だ」とわざわざ言って裸にさせただと! SMショーじゃあるまいに。それともアダルト・ビデオの強姦シリーズか? それに日本兵が鮮ピーに「尺八(blow job)」をさせたって? お前が、雌犬みたいなマネをしたんだろう。それとも、変態プレー料金にして、別額で取ったのではないか? 妊婦や病人を手榴弾で殺したって? マンガだってもう少しマシだぞ。おい、破廉恥バハア、調子に乗って嘘つくな! 日本兵はマフィア映画の殺し屋か?

(5) 梁 清子(やん きよんじゃ 仮名) 1922年生まれ 70歳

  16歳の時娘狩りで日本人官憲に狙われる。娘を差し出すことを拒否した母親を官憲は靴で蹴ったりした。日本の軍人に見つかり、顔を殴られ怯んだところを担ぎ上げられてトラックに乗せられてしまった。慰安所で、八路軍捕虜の「肝試し」処刑を見せられる。坐った捕虜の首を軍刀で刎ねる。また、シェパードに捕虜を追わせ、噛みつかせて気絶した男を穴に入れ、銃剣で刺殺する。これを何度も観たという。慰安所でお金を貰ったことは一度もない。兵隊らは何か気にくわないことがあると、「朝鮮人が・・・・」「この野郎!朝鮮人のくせに、張り倒してやる!」と罵った。こうした状況のもとで、自殺・病気で死んでいった女も多かった。(p.228)

   「シェパード犬に捕虜を追わせて咬ませた」なんて、ハリウッド映画の見過ぎである。兵隊が殴る蹴るの暴行を加えたなんて、とても信じられない。娼婦は商品で大切に扱われたのである。それなのに、セックスして一銭も貰っていないなど、よく言えるものだ。仕事の客以外の男に惚れたんじゃないか。恋仲の男だったから一銭も取らなかったのだろう。反対尋問のない証言など信用できない。しかし、朝鮮人てのはよくまあ、これだけ想像を膨らまして出任せを口にできるものだ。

  取材した臼杵は左翼ジャーナリストだったのであろう。十代から二十歳前後の娘らが兵隊たちの性欲処理の奴隷として、「公衆便所」のように「消耗品としての存在しか認められなかった女たち。彼女らが生きた戦後はもう一つの生き地獄であった。(p.232) こんな感想を述べている暇があったら、証言の裏を取るべきである。1990年代には、朝日新聞に踊らされて馬鹿げたヨタ話を信じる国民が多かったのだ。当時だってこの朝鮮人老婆の証言は嘘と思っている知識人もいたが、少数派であった。インターネットが普及していなかった時代、テレビと新聞を牛耳っていた左翼分子が、思うがままに世論を操作していたのである。

   古代ローマの政治家マーカス・カトー(Marcus Porcius Cato)は常に口にしていた。
 Ceterum censeo Carthagiem esse delendam  更に言わせてもらうと、カルタゴは滅ぼさねばならぬ
 我々もカトーに倣って言おう。
  「朝日新聞は滅ぼさねばならぬ」



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慰安婦のデタラメが酷い (1)

「従軍慰安婦は鮮ピー」

  
戦前には従軍記者や従軍看護婦がいたが「従軍慰安婦」という名称は無かった。内地(日本)や外地(朝鮮)からの売春婦がいて、朝鮮人売春婦は一般の将兵から「鮮ピー」、売春宿は「P屋」と呼ばれていた。朝鮮人のプロスティテュート(prostitute)なので、略して「鮮ピー」という。マスコミは元軍人等に取材すれば分かるのに、絶対に当時の名称を報道しない。つまり、朝鮮人売春婦の実像がバレないように慎重を心がけているわけだ。朝鮮人売春婦については、故中村粲・獨協大学教授発行の『昭和史研究所會報』が詳しく説明していた。この會報は一般人に知られていないが、貴重な証言がたくさん寄せられていて貴重な資料となっている。この中で面白い体験談を披露しよう。

  ある陸軍主計軍曹のS.G氏が支那で慰安所を設置することになった話である。彼の上官である野田(仮名)大隊長がS氏を執務室に呼び、司令部高級副官からの書簡を提示した。書簡は「慰安所を作ったらどうか」との内容で、大隊長は先輩からの提案を無碍に断れず、S氏に頼んだという。そして、彼の元に現れたのは、中支派遣軍御用達・金山洋行の金山文憲という朝鮮人女衒(ぜげん)であった。ちなみに、「女衒」とは、金に困っている家庭に行って、娘を銭で買う売春斡旋仲介業者である。日本人女衒だと朝鮮語を話せなかったから、朝鮮人女を購入する際の交渉は無理。よって、朝鮮人売春宿を経営していたのは、ほとんどが朝鮮人であった。これを南鮮人は認めたくないのだ。
 話を戻す。その鮮人「金山」はS氏に馴れ馴れしくこう言ってきた。

  「はちめまして。私コント(今度)おたくさまのプタイ(部隊)でオセワになる、コーユー者テス。」と名刺を差し出す。その鮮人はもう慰安所設置を決めていた。S氏が「勝手なことぬかすな。馬鹿者め」とたしなめると、金山
は、
  「なにパカナコトあるか。ここのコウキュウフカントノ(高級副官殿)ワタシにユケゆうた」と反論する。すったもんだで、いろいろな話をした後、
  「コマタ(困った)とのコトタナー。トーショゥ、トーシヨゥ。アイゴー、アイゴー」と言い出した。

  結局、S氏は承諾し、金山と慰安所の見学する事になり、漢口駅へと向かったのである。その附近にはP屋が軒を連ねて建っていたが、スラム街の佇まいで、すえた臭いが漂っていた。(「慰安婦問題 証言と手記 第一回 慰安所はこうして出来た」 『會報』 第14号 平成10年6月10日)
(朝鮮には「ぱぴぷ Pa、Pi、Pu」といった破裂音や「だ(da)」とか「ぶ(bu)」などの濁音が発音できなかったので、日本人が聴くと滑稽に思えた。)

  金山は金に汚いとの評判で、彼用意する鮮人娼婦はブスばかりだったらしい。じつは大隊長の勧誘も実その朝鮮人女衒からの要望であった。慰安所は経営者も売春婦も朝鮮人で、S氏の知る限り、日本人が朝鮮人売春婦を使用していた例は無かったという。日本人の官憲が有無を言わさず朝鮮娘を拉致してきたなど捏造である。

  日本人が朝鮮女を性奴隷にしたのもデマであり、虚構である。鮮ピーらが一体いくら金を取っていたのか。S氏がある鮮ピーに手取りはどれくらいか尋ねたことがある。
  
  「そータネ、平均150円から2百2、30円くらいテスネ。」と答えた。チップは別に取っていたとのこと。

  それがいかに高給であったことか。一等兵・二等兵の給料が8円80銭で、上等兵が10円24銭だった。兵站司令部の田中伍長によれば、鮮ピー等は月に二、三度メリケン袋が弾けるほど10円札5円札1円札を詰め込んで漢口の野戦郵便局からそれぞれの実家へ送金していたのである。ちなみに陸軍大佐の俸給が月額310円の時代であった。これだけ高収入があった鮮人娼婦が、性奴隷だなんてアメリカ人には信じられないだろう。日本人の若者だって驚いてしまう。
  手記には、鮮ピー等が商売熱心だったことも記されている。ちょっと卑猥な話になるが、我慢して欲しい。S氏がP屋で耳にした兵と女の会話が生々しい。

  「イラサイ。 ハヤクココ来い。早くツポン脱げハヤク。・・・サア早くコム(サック)チプン(自分)テハメヨ、はめたらサッサと乗って来い。」しばらくして鮮ピーの声がした。

  「イタイ痛い。このヘータイ ワタシそぞ(処女)ダヨー。お前のチンポオおきのたよ(大きくなった) チョットまて。」
    盛んに唾を吐く音がして鮮ピーが声をあげる。

  「サー兵隊、つばつけたから、ユクリ、ユクリおいて」「イタイ、イタイ、わたしのXXX、こむ(ゴム)タナイヨ、お前のチンポ今まで一番大きいよぉ・・・」

  こんな卑猥な会話の中で、鮮ピーは上乗せ料金を客と交渉したりする。兵隊が払う料金は1円50銭で、ピーの取り分は1円、親方には50銭が入る。1日5人の客を取ったら、10円になり、25日間働いて250円儲かる。陸軍中佐の月給くらいだ。昼間から股を開いて、さっさっと兵隊の相手をしてボロ儲け。(『會報』 第15号 平成10年7月10日)

   これでは朝日新聞が捏造記事を書きたくなるのも無理はない。日本にやって来た元鮮ピーの老婆らは、真実が発覚せぬと踏んで言いたい放題の嘘を並べていたのである。慰安婦報道の一番嫌らしく汚い点は、戦争世代が亡くなりかけて証言者が極僅かになってから、始まったことである。なぜ、昭和30年ないし40年代に騒がなかったのか。生き証人が多く存命していると、朝日やNHKは困ってしまう。反論されるのが怖いのだ。だから、朝日新聞だけが事実隠蔽をしていたのではなく、毎日・読売・共同通信らも同罪である。本気で取材すれば、昭和や平成初期の段階で真相が判明したはずである。読者には真実を伝えないように、わざと怠惰な記事を書いていたのである。そんなヨタ記事新聞を購読していた日本人は、インクで汚れただけの紙切れを有り難く拝んでいたことになる。新聞社には賠償責任がないのだろうか。 


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