無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

日本文化論

大草原でプロパガンダが行われた / 異邦人に乗っ取られるテレビ局(パート2)

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房

支那人と朝鮮人が隠す暗い過去を暴く !
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異邦人支配のメディア界

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(左: かつて主流派だったアメリカ白人の子孫 / 右: 段々と主流派国民となるアメリカ黒人の祖先)

  日本の在京テレビ局は事実上、外国資本ないし外国勢力の手先によって支配されている。日本国民が毎日観ているマスメディアなのに、日本の国益を重視する番組が一つも無く、朝鮮人や支那人を擁護するプロパガンダ放送ならゴマンとあるからだ。これは、テレビ局の内部に学生運動上がりの左翼幹部や反日プロデューサーなどが居坐るからだが、本質的には支那人や南鮮人相手の商売をするスポンサーが背後に控えているからだろう。だから、テレビ局は日本人が支那人や朝鮮人に嫌悪感を抱くような報道はできないし、たとえ事実であってもスポンサーの手前、支那や朝鮮に不都合なニューズは握りつぶすしかない。しかし、インターネットが普及したせいで、情報の隠蔽が難しくなり、結局、庶民がテレビ局を見放すようになって、本来得るはずの広告収入が激減している。フジテレビなどは自業自得だ。「楽しくなければテレビじゃない」と謳っていたんだから、つまらないフジテレビが没落しても当然だろう。

  ところで、異邦人によるメディア支配といったらアメリカが本場だ。日本のテレビ局は、まだ辛うじて日本人が主導権を握っているが、アメリカの主要メディアはユダヤ人に牛耳られている。今では主流国民だった西歐系白人は、脳味噌を教育機関で改造されたうえに、毎日観ているTVドラマや報道番組で更に洗脳されているんだから哀れだ。アメリカ人の娯楽である映画も、多民族・多文化主義に汚染され、楽しいはずの劇場が更生施設か精神病棟のようになっている。つまり、黒人や少数民族に邪悪な仕打ちを行ってきた白人は、自分の身銭を切って、「お前たちは罪深き差別主義者なんだぞ」というプロパガンダ映画を観ているのだ。そして、ユダヤ人が盤踞するハリウッドはマイノリティーを賞讃する作品を次々と世に送っている。

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(左: 「ムーンライト」の黒人男優 / 右: 「フェンセズのワシントンとデイヴィス)

  最近の作品をちょっと覗いてみれば分かるだろう。例えば、1980年代の黒人を扱った『ムーンライト(Moonlight)』、デンゼル・ワシントン(Denzel Washington)とヴィオラ・デイヴィス(Viola Davis)が共演する『フェンセズ(Fences)』は、黒人家庭の葛藤を描いていた。『ヒドゥン・フィギュアーズ(Hidden Figures)』は、1950年代にNASAで活躍した黒人数学者のキャサリン・ジョンソン(Katherine Johnson)と黒人の同僚二名を賞讃する映画だ。さらに、禁断の愛を扱った『ラヴィング 愛という名前のふたり(Loving)』は、黒人女性と白人男性の異人種間結婚を禁じたアメリカ社会を糾弾する内容である。ハリウッドの左翼制作者は実写版のみならず、アニメ映画でも多民族主義を白人の子供たちに押しつける。『モアナと伝説の海(Moana)』ではポリネシア人酋長の娘が主人公で、茶色い肌のマウイ族たちが彼女を助けるべく活躍する。まさに多民族主義時代にふさわしいアニメだ。主人公「モアナ」の声を担当するのも南洋系で、アウリ・クラヴァルホー(Aui'i Cravalho)という少女が声優になっている。もはや、ディズニー・アニメは金髪碧眼の北歐系娘を主人公とはしないのだ。シンデレラや白雪姫なんて時代遅れ。ヒスパニックやアフリカ系の子供たちを惹きつけるため、白人みたいな顔附きの有色人種を主役とし、脇役のキャラクターも様々な人種を取り揃えている。グローバリストのユダヤ人制作者は、全世界の子供たちからお金を巻き上げようと汗をかいている。

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(左: アウリ・クラヴァルホー / 重宝されるハンサムな黒人男性 /  右2枚:  お払い箱になる西歐系女優のタイプ )

  こうした“おぞましい”傾向は、既に1970年代から始まっていたのだ。以前、『招かれざる客(Who's Coming to Dinner)』の異人種間結婚について書いたが、人気TVドラマ『大草原の小さな家(Little House on the Prairie)』でも白人視聴者への「矯正教育」がなされていのだ。

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(左: チャールズ・インゴールズを演じるマイケル・ランドン / 右: 長女のメアリーを演じるメリッサ・スー・アンダーソン)

  このドラマはNHKでも放送された長寿番組で、西部開拓時代のアメリカ人を描いた作品である。物語は白人家庭のインゴールズ一家が中心で、父親のチャールズと母親のキャロライン、長女のメアリー、次女のローラ、三女のキャリーが主人公を成している。今回取り上げるのは、第3シーズンの第18話『黒人少年ソロモン(The Wisdom of Solomon)』である。ドラマはミシシッピの農場で働くある黒人少年ソロモン・ヘンリーが、兄と母親に反抗して家出をするところから始まっている。(はっきりした年齢は分からないが、たぶん10歳に満たぬ少年だろう。) ソロモンは奴隷同然の毎日に耐えきれず、野良仕事に精を出す母親の制止を無視して農場から逃げてしまうのだ。彼はこれといった目的地も無く、偶然にもインゴールズ一家が住む街に流れ着いた。何も食べていないソロモン少年は空腹に耐えかねて、青空市場の八百屋で林檎を一つ盗もうとした。ところが、それを店主に見つかって捕らえられてしまう。すると、すぐ側で馬車に荷物を積んでいたチャールズ・インゴールが間に入って、この少年を救ったのである。

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(左: チャールズ・インゴールズ / 中央: キャロライン夫人を演じるカレン・グラッセル / 右: 娘のローラを演じるメリッサ・ギルバート )

  林檎泥棒で捕まるところを助けてもらったソロモンは、チャールズの荷馬車を追いかけ、ちゃっかり荷台に隠れて彼の自宅に向かうことになった。一方、彼の娘たち、キャロラインとローラは学校で勉強をしていたが、ローラは見知らぬ黒人少年が窓越しに教室を除いていることに気づいた。しかし、教師の注意を受けてローラが目を離すと、その黒人少年は居なくなっていたのだ。授業が終わって彼女は帰宅すると、鶏小屋の卵を取ってこようとした。すると、そこにはさっきの少年が潜り込んでおり、卵の殻に穴を開け中身を啜っていたのだ。父親のチャールズとキャロライン夫人の居間に連れ出されたソロモンは、チャールズに自分を奴隷として雇ってくれとせがんだ。というのも、ソロモンは勉強がしたくて農場を後にしたので、インゴールズ家で何でもやるから、その代わりに学校へ通わせてくれと頼んだのである。ソロモンは昔父親が奴隷として売られた時の求人広告を持っており、それをチャールズに見せて自分を買ってくれと言い出した。すると、チャールズはそれが1854年当時の制度であると少年に教え、今では奴隷制が廃止されているんだよ、と告げたのである。

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(左: 街中で助けられたソロモン・ヘンリー を演じるトッド・ブリッジズ/ 右: チャールズの家で食事をもらうソロモン)

  親切なインゴールズ一家はソロモンに食事を与え、家の納屋に彼を泊めてあげることにした。ちょっと興味深いのは、ソロモンの入浴シーンだ。チャールズはソロモンを水風呂に入れてやったが、入浴中に何も知らないローラが突然やってきて、彼の上半身を見て驚き、立ち去ってしまう場面があった。このドラマは1870年から80年代が舞台なので、キリスト教的倫理観が厳格に守られており、生娘が裸の男性を見るなんて恥ずかしいことだった。少年といえども見てはいけないのだ。当時のアメリカ社会では、正直や敬虔さが重要視され、それが社会の隅々にまで浸透していたし、何よりも道徳的生活が当り前だった。この場面で面白いのは、ローラを目にしたソロモンが恥ずかしがって、頭から水の中に沈んだ時だ。「もうローラはいないよ」と笑いながら告げたチャールズが、ソロモンの縮れ毛を鷲摑みにして、彼を引き揚げたことだった。スポンジかタワシみたいな彼の髪は摑みやすかったのであろう。今じゃ、どの黒人も皆マイケル・ジョーダンやバラク・オバマみたいに、丸坊主か短髪にしているから変だ。よっぽど、アフリカ人的な髪型が嫌いなんだろう。(今はでもう、若い頃のマイケルジャクソンやボブ・マーレー、アース・ウィンド& ファイアーみたいな黒人は珍しくなった。)

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(左: マイケル・ジャクソン / 中央: ボブ・マーレー  / 右: アース・ウィンド&ファイアー)

  ソロモンの世話を見てやるチャールズは、この黒人少年が抱く夢を叶えてやることにした。彼は娘たちが通う学校にソロモンを連れてきた。その時、彼らは教育委員会のメンバーを務めるハリエット・オルソン夫人と偶然出くわし、ゾっとした彼女は教室に向かう二人を呼び止めたのである。彼女の驚きを察したチャールスは「あの黒ん坊ですか?」と述べた。彼女は露骨に黒人少年を排除することはできないので、チャールズに向かって「学校に通える生徒は、この街に住む人の子供だけなんですよ。さっきあの少年は両親は別のところに住んでいると言ってましたよね」と聞き返した。すると、チャールズは「この少年なんですがね、実は私が以前の結婚でつくった息子でして」と答えたのである。これを聞いたオルソン夫人は戸惑いを隠しきれず、慌てふためいてその場を去ってしまった。もう、チャールズの冗談はブラック・ジョークにもならない。あの当時、黒人女性との結婚なんて御法度で、貞淑なオルソン夫人には考えられぬ暴挙であった。しかも、黒い混血児をつくり、再婚した家庭に引き取るなんて、当時の西歐系婦人には考えられない。オルソン夫人が恐怖で震えるのも当然だが、彼女の困惑ぶりは実に滑稽だった。それにしても、自分の冗談に微笑むチャールスは人が悪いねぇ。オルソン夫人が噂を立てたらどうするんだろう?

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(左: ハリエット・オルソン夫人 / 中央: エヴァ・ビードル先生 / 右: 教室でのソロモンとローラ)

  念願叶って学校に通えたソロモンは幸せだった。そこで、チャールズから任されたエヴァ・ビードル先生は、クラスの教え子にソロモンを紹介するが、嬉しそうなローラを除いて、皆はうつむいたままである。この状態を打破すべくビードル先生が挨拶を促したので、生徒たちは仕方なくソロモンを受け容れることにした。その後、授業が開始され、先生はエッセイを書かせるため、クラスのみんなに「一番何が嫌いなのか」を尋ねた。すると、カールが最初に答えた。彼はチキンが嫌いだと言う。次に、別の生徒が「隣に坐っているお姉ちゃんです」と冗談を述べた。そして、ローラが指名されると、彼女は「宿題です」と答えたので、先生は勉強は大切ですよ、と窘(たしな)めたのである。今度はソロモンの番になった。彼は静かに「黒人(ニグロ)であることです」と口にしたのだ。この答えにクラス一同は重たい空気に包まれる。ビードル先生も沈痛な表情を浮かべていた。さらに、物悲しいBGMが流れ、黒人を奴隷としてこき使ってきた白人の罪が暗示されたのだ。純粋で悲痛な顔を見せる黒人少年と、罪悪感にうちひしがれる白人生徒の姿は対照的だった。これこそ、ハリウッドの左翼による白人たちへの鞭である。

  奴隷制への譴責はさらに続く。学校を終えて夜床に就くソロモンをチャールズが見に来て、二人は短い会話を交わすことになる。話を終えて納屋を去ろうとするチャールズに、ソロモンは無邪気にもこう話しかけた。

ソロモン 「もし、僕が白人なら、父ちゃんは今も生きていたんだ。黒人奴隷だったから、父ちゃんは殺されたんだ。奴隷だと、せいぜい生きて30までさ。」

チャールズ 「君はお父さんを殺した制度が嫌いなんだね。しかし、そんな時代はもう終わったんだ。今から、君には新しい人生が始まるんだよ。」

ソロモン 「でも、何も変わっちゃいないよ。法律も昔のままだし。ねぇ、100歳まで生きたいいと思う?」

チャールズ 「分からないけど。そうだなぁ、みんな老いるまでは生きたいと望むんじゃないか。」

ソロモン 「じゃあ、黒人で100歳まで生きるのと、白人で50まで生きるとしたら、どちらを選ぶの?」

  このような質問を受けたチャールズは戸惑いを示し、はっきりと答えることができない。ただ、暗く深刻な表情を見せるだけだった。ハリウッドの左翼どもは純粋無垢な黒人少年を使って、「これでもか! これでどうだ!」と白人を責め立てる。彼らは道徳を拷問器具にして、アフリカ人を酷使した西歐人を罰することを楽しんでいた。まるで針で胸を刺されたような気分になる白人視聴者は、奴隷を虐待した祖先を糾弾し、白人であることに罪悪感を抱くようになるのだ。したがって、良心的に振る舞いたい白人は、「私はあんな冷酷な白人じゃない」と証明するために、「リベラル派」に転向するのである。また、黒人虐待を以て西歐白人の良心を嬲(なぶ)り殺しにするユダヤ人制作者は、その先にユダヤ人への偏見と差別に凝り固まった白人を弾劾すべく、特別な「仕置場」を用意しているのだ。これが「ホロコースト産業」である。どおりで、ユダヤ人から滅多打ちにされた白人が、祖先の残虐行為を恥じ、有色人種への贖罪に励むようになる訳だ。(『大草原の小さな家』には、ユダヤ人への偏見と彼らとの軋轢を扱ったエピソードがあり、シーズン7第13話「Come, Let Us Reason Together」がそうで、吐き気がするほどの脚本であった。いずれ紹介したい。本当にユダヤ人制作者って嫌な連中だ。)

白人より優秀な黒人を演出

  ハリウッドに蠢(うごめ)く左翼制作者は、善良で優秀な黒人キャラクターが大好きだ。ドラマの視聴者は「学校へ通って勉強がしたい」と懇願するソロモンに同情する。そして、“勤勉な”ソロモンは文字を習う機会や本を与えられると、見る見るうちに頭角を現すようになった。ある国語の授業に参加した時のことだ。ビードル先生は「鳥(バード)」の綴りを生徒に尋ねた。そこである白人の少年が指名され、自信なさげに「B・U・R・D」と答えた。残念。惜しい。次に、ソロモンが指名され、椅子から立ち上がり、ぎこちないが慎重に「B・I・R・D」と正解を述べた。正しいスペリングを答えることができたソロモンは、照れながらも誇らしげだった。「あぁぁ、また有能な黒人のシーンかよぉ~」とボヤきたくなる。アメリカ社会を憎む左翼プロデューサーは、白人俳優だと、チンピラ、シャブ中、偏屈屋、淫売、頑固者、冷血漢、殺人鬼、低能、変態などの配役をあてがい、黒人俳優なら、白人犯罪者を裁く判事とか、白人を押さえつけて説教する警察官、使命感に燃えるFBIの高級幹部、白人より勇敢な高級将校、頭脳明晰なコンピューター技術者、正義を貫く上院議員、白人のクズでも助けようとする人権派弁護士など、現実の世界では少数派に属する黒人を映画の中では多数派にしているんだから、まさしくジョージ・オーエルが描いた1984年の世界、すなわち事実を改竄する「理想の社会」を描いている。

Littile House of the Prairie  Jackson(左 / ソロモンの母と兄のジャクソン)
  ある夜、ソロモンが寝ている納屋に兄のジャクソンが現れた。家出をしたソロモンを必死で捜していた長兄は、弟を連れ戻すべく現実を語ってソロモンを説得しようとした。しかし、ソロモンは農場に戻ることを頑なに拒み、インゴールズ家に残って勉強するんだ、とゴネできかなかった。そりゃそうだろう。家畜みたいな生活より、白人家庭での居候の方がいいに決まっている。呆れ果てたジャクソンは説得を諦め、立ち去る間際に、母親からの贈り物を手渡した。ソロモンの母は息子の為に服を縫っていたのだ。この服を握りしめながら、ソロモンは兄が出て行くのを見守っていたのである。


Don Pedro Colley 2(左 / テイン医師を演じたドン・ペドロ・コリー)
  そんな黒人少年はある日、チャールズと街に出掛けることになった。ある一角で馬車に荷物を積んでいると、ソロモンはドクター・テイン(Dr. Tane)という黒人医師に出逢った。彼は黒人なのに医者であるテインに興味を抱き、自分も勉強して立派になる旨を語り出したのである。しかし、ソロモンはテインが普通の医者ではない事に気づく。テインは白人の患者を診ることなど到底できない。今だって黒人の医師が白人を診療することは少ないし、白人の患者だってなるべく白人の医師にかかろうとする。特に、白人の妊婦だと白人の女医を選ぶという。黒人の男性医師に股間を見られるなんて我慢できない。屈辱だ。亭主だって猛反対するだろう。だから、19世紀のアメリカ社会で、黒人医師が診察するのはインディアンの患者であった。こうした冷酷な現実を知ってソロモンはショックを受ける。黒人が猛勉強したって、白人とは対等になれないのだ。こういった場面を挿入する左翼制作者は陰険で、白人への怨念と憎悪に満ちている。彼らは視聴者に向かって、「お前ら白人は、肌が黒いというだけで向上心を抱く少年を拒絶しているんだ ! 人種差別がいかに恥ずべきものであるか、よ~く胸に刻んでおけ!」と叱っていたのだ。ドラマの放送は1977年だから、まだジョンソン大統領が始めた公民権推進政策が社会に浸透しておらず、その効果が浅い頃である。

  しかし、1970年代はまだ黒人礼讃の時代じゃなかった。黒人の地位は依然として低く、白人社会で平等に生きて行ける状態ではないのだ。いくら幼いとはいえ、黒人社会で育ったソロモンには、それくらいの事は分かっている。たとえ学問を積んでも、立派な医者にさえなれないと悟ったソロモンは、しぶしぶだが自分の家族のもとへ帰ることにした。気の毒に思ってはいるが、どうするとも出来ないチャールズは、それがソロモンにとって最善だと考えた。彼はソロモンを駅にまで送ってやり、帰りのチケットを買ってやったのだ。寄り合い馬車に乗ったソロモンは涙を堪えてチャールズに感謝する。チャールずも別れを惜しみながら、ソロモンが去って行く姿を見送るのであった。

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( 左: 不法入国する南米人たち / 右: 奴隷の子孫で大学を卒業したミッシェル・オバマ夫人 )

  今なら、ドラマはハッピー・エンドで終わっているだろう。チャールズが地元の教育委員会か裁判所に訴え出て、ソロモンは街に残ることができて、学校に通い続けることができるんじゃないか。ひょっとすると、奨学金までもらえて大学に進学することだってあり得る。卒業すれば、裁判官や警察官だって夢じゃない。事実、南米からの不法移民が公立学校に通えるし、運転免許や社会保障番号まで所得して、堂々と地元の企業とか教育団体に勤めているんだから。多民族社会のアメリカなら、犯罪者が平気で法律の壁をぶち破るし、国境の壁だってひょいっと飛び越えちゃうんだから、まさに無法地帯だ。不法入国者の強姦魔だって何回も再入国できるし、刑務所に入ればスポーツや読書の時間が与えられるから、犯罪者へお金を貢ぐ納税者の方が馬鹿らしくなってくる。一般のアメリカ白人は「どうしてこんな社会になっちまったんだ?」と首を傾げながらも、その理由が分からない。自分たちがどんな思想を刷り込まれたのか分からぬ国民は憐れだ。

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(写真 / ユダヤ人だらけのイスラエル社会)

  アメリカにも異邦人や左翼勢力によって、国民精神を改造されている、と気づく保守派もいるが、そうした人々は往々にして「右翼」とか「反ユダヤ主義者」というレッテルを張られて、社会的に抹殺されてしまうのだ。もし、アメリカ社会がアングロ・サクソン人を主流とした西歐世界なら、「白人であることの罪悪感」など持たないだろう。また、「隣近所にユダヤ人や黒人が居なくて寂しい」と感じる白人は居ないはずだ。考えてもみよ。白人だらけの街で、「どうして白人ばかりなんだ?」と悩む馬鹿は居るまい。例えば、江戸時代の日本橋や大坂の堺で、「うぁぁ、日本人だらけだ」と驚く日本人は居なかった。貧乏長屋にだって日本人ばかりが住んでおり、朝鮮人や支那人の住民はいなかったんだから。それで困った日本人がいたのか? 誰も多民族社会を望んでいなかったし、アジア人と共存していないから、異常な日本人が続出したという事例も無かった。

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(写真 / 昔のアメリカ社会に多かった白人 のタイプ)

  しかし、現在は違う。朝鮮人や支那人の軍門に下った連中が、みんなに隠れて大衆操作をする時代に入ったのだ。いずれ、NHKかTBSで朝鮮人をいじめる日本人を描く連続ドラマや、支那人を差別する日本人やフィリピン人を侮蔑する日本人に制裁を加える大河ドラマが制作されるかも知れない。しかし、一般の日本人は脳天気だから、警戒心を持たずに観ているかもね。将来、「日本人に生まれたことが恥ずかしい」と嘆く孫を見たら、その祖父母は何と思うのか。筆者を非難する日本国民は、今のうちによく考えるべきである。




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支那人と朝鮮人が大好きな経営者 / 異邦人に乗っ取られるテレビ局 (パート1)

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誰も知らない朝鮮人歌手

  かなり前、藝人の嘉門達夫が井上陽水の名曲「リバーサイド・ホテル」をパロディー化して、「誰も知らない素顔の八代亜紀」と歌っていたけど、去年の暮れにTBSで放送された「第58回輝く!  日本レコード大賞」で、南鮮人7名から成る「アイコン(iKON)」というグループが最優秀新人賞を獲得したそうだ。しかし、大方の日本人は「誰だ?」という反応だったらしい。韓国事情に詳しい日本第一党の櫻井誠党首も、「意味不明で、『遺恨』なるこのグループ自体誰も知らない」と公言していたそうだ。(2017年1月1日附「産経新聞」) ということは、「レコード大賞」の主催者が朝鮮人に買収されたという事かのかも知れない。まぁ、スポニチとか毎日新聞からの審査員が銓衡(せんこう)に当たり、その結果をTBSが放送するんだから、南鮮人スポンサーか朝鮮系の藝能事務所と一緒に仕組んだ「八百長」なんだろう。

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(左: 「アイコン」のメンバー / 右: 桜井誠)

  筆者は邦楽に詳しくないし、いま流行(はやり)の歌手にも疎いから、レコード大賞がどうなっているのか分からない。昔の記憶を辿っても、寺尾聰が「ルビーの指輪」で何かの賞を取ったことだけは覚えている。なぜなら、彼の『リフレクションズ(Reflections)』というアルバムを買ったことがあるからだ。個人的には同アルバムの「ハバナ・エクスプレス」や『Atmosphere』の「ロング・ディスタンス・コール」が好きなんだけど、一般的には「ルビーの指輪」が寺尾氏の代表曲になっている。昨年の放送を直に観なかったのでどうこう言えないが、ネット・ニューズによれば、大賞をもらったのは「西野カナ」という女性歌手であるらしい。筆者は初めて聞く名前だが、世間の人々には有名なんだろう。筆者が知っている流行曲といったら、「キャット・パワー(Cat Power)」ことシャーリン・マーシャル(Charlyn Marie Marshall)の「ニュー・ヨーク」とか、ロウシン・マーフィー(Roísín Murphy)の「ザ・トュルース(The Truth)」くらいだ。シャーリーンがハスキー・ヴォイスで歌う曲はは如何にも都会的で、TVドラマ『パーソン・オブ・インタレスト』の挿入歌になったのもうなづける。あとは、せいぜいジョス・ストーン(Joss Stone)の「ユー・ハッド・ミー(You Had Me)」か、アナスタシア(Anastacia)の「ペイド・マイ・デューズ(Paid My Dues)」といったところかなぁ。

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(左: シャーリー・マーシャル / ロウシン・マーフィー / アナスタシア / 右: ジョス・ストーン)

  でも、今回レコード大賞の歴代受賞者を調べて驚いたのは、中森明菜が「ミ・アモーレ」という曲で大賞をもらっていたことだった。といっても、歌っている中森氏に驚いたのではなく、その作曲者が松岡直也だったことに目が止まったのである。彼のジャズ・フュージョンは中々良かったので高校生の時に聴いたことがある。当時は、FMラジオから流れてくるシャカタク(Shakatak)の『ナイト・バーズ』や『インヴィテイションズ』をよく聴いたから、フュージョン音楽は懐かしい。松岡氏も才能豊かなミュージシャンで、彼の曲はラテン風で軽快だった。数年前亡くなってしまったから、彼のライブ演奏を惜しむ人も多いんじゃないか。

  今とても後悔しているのは、筆者の親友N君が中森明菜のファンだったのに、当時の筆者は心の底で「なんだこの子、すごく音域が狭い」と嘲笑していていたからだ。そこで、どんな曲なのか確かめるため、YouTubeで彼女のライブ映像を視聴してみたところ、たくさんの観客がいることに驚いてしまった。今更遅いけど、「中森明菜って可愛かったんだなぁ」と感心してしまい、もっとN君に共感してやれば良かったと反省している。あんなに大勢のファンがいるんだから、中森明菜には魅力があったに違いない。今どんな活動をしているのか知らないけど、往年のファンはまだ彼女の虜になっているはずだ。

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(左: 松岡直也  /  中央: 中森明菜   /   右: シャカタク)

  そもそも、「レコード大賞」と言うけれど、現在レコード自体がほとんど販売されていないから、どちらかと言えば「CD大賞」なんじゃないか。でも、昔のLPレコードの方がジャケットを見たときに感動があった。ちなみに、英国だとアナログ盤の方が音に魅力があるというので、売上げが1,500パーセントも上昇したそうだ。筆者が小学生の時、近くのレコード店でよくアバ(ABBA)の「ヴ・レヴー(Voulez-Vous)」や、ザ・ドゥーリーズ(The Dooleys)の「ウォンテッド(Wanted)」などの洋楽アルバムを買っていたので、どんなジャケット・デザインなのか毎回楽しみだった。特に、ジャーニーのヒット・アルバム『エスケープ』で用いられたジャケットには、デザインに合わせて凹凸があったのでとても印象的だった。ところが、CD時代になると、サイズが小さくなったこともあって、ジャケットの魅力が半減して残念だ。小林克也の『ザ・ベスト・ヒットUSA』のオープニングは、色々なアルバム・ジャケットがドミノ倒しみたいに現れる映像だったが、どのジャケットにも特徴があって早送りでも認識できた。ところが、朝鮮人歌手は金太郎飴みたいで、みんな同じく見えるから、どのアルバムか識別しづらい。だから、朝鮮人歌手のアルバム・ジャケットに使用する顔写真なんかどうでもいいんじゃないか。適当にCGで作った方が安上がりだ。

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(左: アバ  /  右: ザ・ドゥーリーズ )

  原則的に、年末に発表されるレコード大賞は、その年を代表するヒット曲に贈られるものだから、後になってみんなが過去をふり返り、当時を懐かしむ名曲でなければならない。それなのに鮮人歌手の「アイコン」なんてグループは、誰もそんな曲を聴いたことがないし、10年後にふり返っても「何これ?」といった疑問しか湧かず、誰の記憶にも残っていないだろう。たぶん、帰化鮮人だけが覚えているじゃないか。報道によれば、「アイコン」の「DUMB & DUMBER」がオリコン・ランキング1位に輝いたそうで、ビルボード・ジャパンでも1位だったという。でも、直ぐにランキングが急落したというから、関連会社とか特定機関が意図的に購入して、無名の新人グループを釣り上げたという可能性も考えられる。朝鮮人ならやりそうだ。以前、「サイ(Psy)」という鮮人歌手がフランスで人気者になっているというニューズが流れたが、それは在仏南鮮人が大量にCDを買ったからじゃないのか。藝術に厳しい西歐系のフランス人が、この程度の朝鮮人ダンサーを応援するとは思えない。もしかしたら、在仏の代理店が大量にCDをまとめ買いしたから、爆発的に売上げが上昇したのかも知れないぞ。世界に冠たる朝鮮文化の裏には、人には言えない「札束の支柱」があったりしてね。誰も知らない謎の鮮人歌手。デビルマンだって最終回で正体がバレたのに。

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(左: 歐米で大人気というPsy / 右: 驚きを隠せない子供)

  そういえば、「冬のソナタ」という南鮮ドラマがNHKで流行った頃、その主題歌が日本人歌手の三浦和人(雅夢)が作った「愛はかげろう」と酷似しているという噂が立った。昭和の頃に制作された日本のドラマや歌謡曲を、当時の韓国政府が禁止していたにもかかわらず、南鮮人は興味津々でこっそりと観ていた。だから、「冬ソナ」の作曲者は脳裡に焼き付いていたメロディーを、“うっかり”自分の曲に織り込んでしまったのだろう。ただし、これは好意的な解釈で、実際は盗作してもバレないだろうと高を括っていたんじゃないか。窃盗が当り前の南鮮では、「パクリ物」でも「自分が創った」と主張すれば、“オリジナル”作品に変貌するから、日本人がいくら非難しても無駄である。それなら、TBSは毎年レコード大賞に併せて、「韓国パクリ大賞」でも発表すればいいのにね。

日本を売り飛ばす国際商人

  今回の「ヤラセ」疑惑で問題なのは、無名の新人グループが受賞したことではなく、番組の枠組みをそのままにして、朝鮮人に買収されし者が中身を入れ替えたことである。すなわち、朝鮮人勢力が日本の名物番組を乗っ取ったことにあるのだ。もし、番組全体が朝鮮系企業に買収され、タイトルも「韓国レコード大賞」になったら、在日・帰化鮮人を除いてほとんど誰も観ないけど、「日本レコード大賞」という看板を維持したままだから、一般視聴者は裏で何があったかを知らずに見続けていた。この方が遙かに危ないのである。日本国民の日常生活に“ちょっとづつ”朝鮮文化を染み込ませているからだ。昭和時代なら、朝鮮人歌手など一切相手にされなかった。だいいち、朝鮮語の歌謡曲などまず放送されないし、鮮人歌手がバラエティー番組で持て囃されることなど想像もできなかった。在日朝鮮系の俳優や歌手は、その素性が発覚せぬよう、家族や本名を封印して「日本人」のように振る舞っていたのは周知の事実。もちろん、「朝鮮語」を学ぶ学生なんかごく一部で、大抵は英仏独の西洋語を学んでいたのである。このように過去を思い出して現在の日本を見渡せば、如何に洗脳政策が進んでいるかが分かるだろう。

Anzai Takashi 2(左 / 安斎隆)
  テレビ番組を通して、政治・文化的宣伝戦が行われている要因の一つに、スポンサー企業が支那人や朝鮮人に肩入れしていることが挙げられる。南鮮や支那で商売をする国際企業は、現地のアジア人にゴマを擦るため、日鮮連携とか日支友好を口にすることが多い。電通の故・成田豊(なりた・ゆたか)会長が「朝鮮贔屓」で有名だったけど、セブン銀行の安斎隆(あんざい・たかし)会長も成田氏に劣らず、支那・朝鮮に特別な思い入れがあるようだ。安斎氏は日本で支那人や朝鮮人に対する反撥が広がっていることに懸念を示している。

  いま世界的に隣の国に対する排他的な言説が増え、不寛容な差別的言語を吐き捨てる人が多くなっている。そこで私はこれを「隣病」と命名してみた。(「世界は『隣病』の撲滅に動けるか = 平和と発展は近隣諸国の相互理解と尊重から」 Record China, 2017年1月1日)

  たぶん、安斎氏は天空に築かれた高級住宅地に邸宅を構え、会社では大勢の平社員から祭り上げられているから、下界に住む日本の庶民がどんな生活を強いられているのか、今ひとつ“ピン”とこないのだろう。一般の日本人が隣国の朝鮮や支那を嫌うのは、「嫌いになる」だけの充分な理由と、損害を伴った手痛い体験があるからだ。例えば、経済界の重鎮である安斎氏が、支那大陸に進出した日本企業がどれ程の被害を蒙ったのか、知らぬはずがなかろう。戦前の日貨排斥と瓜二つの暴動があったのに、それを「知りませぬ」なんて言い出したら、遠山の金さんじゃないけど、「おい、おい、おい! テメェー、シラを切ろうってんじゃねぇだろうな !」と怒るぞ。せっかく建てた工場を投げ捨てて、命からがら逃げ出した日本人経営者が何人居ると思っているのか? 悔し涙を流して撤退した企業は、何も無かったかのようにひっそりと帰ってきたんだぞ。それなのに、日本人が理由もなく支那人を嫌っているとでも言うのか?

  安斎氏によれば、日清戦争と支那事変、第二次世界大戦を除いて、日本と支那の間は「極めて平和であった」そうだ。彼はこう述べている。

  かつて中国の周恩来は訪中した財界人に対し「日中間には2千年とも5千年ともいわれる交流の歴史があるが、その間に戦火を交えたのは日清戦争から日中戦争、第二次世界大戦までの約50年である。この50年を除くと両国関係は極めて平和であった。世界の歴史の中で隣国関係がこのように長い間平和であった例はない。」と述べている。 私も同感である。

  ちょっと待て。江戸時代はほぼ鎖国状態だったし、明治維新の頃は対外戦争どころじゃなかったんだぞ。征韓論だって無茶なんだから、ましてや清朝との戦闘など、大久保利通が許すわけないだろう。大東亜戦争後は支那と干戈を交えなかったのは、毛沢東が大躍進で無謀な経済政策を国内で強制していたからだ。しかも、それが大失敗に帰すると、今度は「文化大革命」を起こして、自分の“ヘマ”を隠そうとした。

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(写真 / リンチを受ける支那人)

  支那大陸での大虐殺は語り尽くせないが、ちょっとだけ例を挙げてみよう。1967年、湖南省の蚣壩(こうは)区では、八日間で合計1,054名が殺害されたという。すなわち、同区の50人当たり1名が殺された計算になるらしい。(宋永毅 『毛沢東の文化大虐殺』 松田州二 訳 原書房 2006年 p.211) 同区にいた人民公社河難生産大隊は、地主や富農という「人民の敵」を殺しまくったが、その殺戮隊の中に邪悪な推測をする者がいたという。つまり、彼は「被害者の子供達が成長すれば、仇討ちに出るんじゃないか」と怪しんだのだ。そこで、「年寄りも子供も一緒に片付けてしまえばいいんだ」、と提案し、徹底的な殲滅作戦を訴えたのである。区の責任者になっていた葉成虎は、電話口から部下の何興盛に「全員殺しちまえ」と命令し、何興盛は各部隊の隊長に通達を出し、厳命を受けた隊長はそれぞれ実行に移したそうだ。その結果、川の水は血で真っ赤に染まったらしい。(上掲書 p.220)

  しかし、こうした殺人部隊の熱気は醒めなかった。何興盛は空き地に子供や老人を含む大勢の人を集め、殺害する前に、「どうか私を恨まないでくれ。これは命令だし、もし私が諸君を殺さなかったら、私の命が危ないのだ」と語ったそうだ。こう釈明すると、彼は拘束した人々を大きな船に乗せ、31名それぞれの身体に大きな石を括り付け、一人一人「ワンタン」をスープに入れるように、川の中に投げ込んだそうだ。最年長者は74歳で、最年少者は生後56日の嬰児だった。(上掲書 p. 223)

  こらぁぁぁ、テメェー、支那人! それでも人間か? 生まれて間もない赤ん坊を川に投げ捨てるなんて、お前達の血は何色なんだ ! 生産大隊の蔣癩子が嬰児殺しをする前、その赤ん坊を強奪した時に、母親から引き離された子は大泣きしたという。我が子を奪われた母親だって身を引き裂かれるように辛かったはずだ。支那人には「人の情け」っていうものが無いのか? いくら何でも赤ん坊や幼児を殺す時には「こんな事をしてもいいのか」と自問自答し、躊躇いを示すのが人間ってもんだ。日本人なら自分の命を捨てて幼子を守るぞ。だが、こんな連中だから、平気で「通州事件」を起こし、我が国の婦女子を凌辱できたんだ。その支那人がよくもぬけぬけと、ありもしない「南京大虐殺」という嘘で日本人を非難できたものだ。

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(写真 / 毛沢東語録を朗読する支那人)

  とにかく、毛沢東の天下では黄砂ではなく、血飛沫(ちしぶき)の嵐が起こったんだから、支那の独裁者はやることがひと味違う。大粛清を以て民衆の不満を逸らすなど、如何にも支那人らしい奸計である。安斎氏がこうした支那の歴史を踏まえた上で、「平和」を語っていたとは到底思えない。支那人の「平和」は核ミサイルの恫喝を基にした「綺麗事」である。安斎氏は東風41の射程距離に入っても、支那人の「平和」を信じるのか? 世間の庶民は財界の大物を無条件に尊敬してしまうが、彼らが学生時代にどんな歴史教育を受けたのか、よく確かめてみる必要がある。安斎氏は東北大学法学部をご卒業したそうだから、ロクでもない左翼教授に洗脳されたのだろう。

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(左: 東風41ミサイル / 中央: 紅い皇帝の毛沢東 / 右: 現在の皇帝である習近平)

支那人との未来志向だって?
 
  政界の長老や財界のお爺ちゃん経営者は、漢籍を教養科目にしているせいか、「実際」の支那人に対して理解がない。しかも、まともな認識がないうえに漢字をやたらと有り難がるから、ニスを塗ったアホに見えてしまう。安斎氏は、日本人が支那人から漢字を貰って学んだから、「支那人の方が上等だ」と思っている。彼の思考様式は、昭和40年代か50年代からの朝日新聞と同じである。

  われわれ日本人は自分たちの固有の言葉を仮名と称した。ひら仮名とカタ仮名の二つだ。しかし中国から取り入れた漢字は真名(真字)と呼んでいる。なんと隣の国から受け入れた字を真実の字と位置付けているのである。ベトナムはとうの昔に漢字を捨てた。韓国は漢字の使用をやめて半世紀になる。日本のように隣の国の言葉を大事に使用し、守り続けているケースは世界の歴史上極めて珍しい。 (Record China 上掲記事)

  こういう老人って、陽明学者として政界にも顔が利いた安岡正篤(やすおか・まさひろ)なんかを好きなんだよねぇ。漢籍に精通しても支那人の本性が分からない腐儒ってこんな人、という典型例である。彼は晩年になるとかなり耄碌していて、訳も解らず婚姻届に判を押してしまったようで、あの占い師ババァの細木数子と夫婦になってしまったのだ。これじぁ、偉い学者も哀れだね。

  未だに「支那人で一儲け」と考えている財界の大御所は老害に過ぎない。たぶん、安斎氏は支那大陸で駄目なら、日本に支那人を呼び込んで、日本でお金を使わせようと企んでいるのかも知れない。人口減少が激しい日本に大量の支那人を輸入すれば、消費活動が活発になってセブンイレブンが儲かるからだろう。だから、支那人に媚びているんじゃないか。安斎氏は若い日本人が支那人に反目するのを見て危機感を抱いているらしい。彼はこう不安を述べている。

  とろが今、日中関係は最も難しい時期に戻ってしまった。日中ともに世代が替わったことが大きい。日本から被害を受けた第一世代の人たちは、日本を恨みつつその偉大さ、恐ろしさを理解していた。だから実利本位に日本と仲良くする国家戦略をとった。日本の側も日中戦争でどういうことをしてきたかを知っていたから、それ(ギルティ・コンシャスネス=罪の意識)を全部乗り越えて国交正常化に漕ぎ着け、未来志向で行こうということになった。(上掲記事)

  安斎氏のような老人は、朝日新聞やNHKの主張を鵜呑みにして信じていた世代なんだろうなぁ。笑っちゃ悪いが、「罪の意識」だってさ。毛沢東自身が日本のお陰で天下を取れたと感謝していたのに、安斎氏は呆れるくらい「便利な馬鹿(useful idiot)」である。日本が蔣介石軍と衝突してくれたので、毛沢東は漁夫の利を得たのに、安斎氏は未だそれに気づいていないのだ。知識が4、50年前のままとは恐れ入る。安斎氏は安倍政権の誕生と、支那への謝罪を拒否する「国民の右傾化」を心配しているそうだ。

  共産党の一党独裁の下で、表現の自由を認められていない現中国のみならず、我が国のマスコミも「犬」と化した。民主主義の選挙結果が作り出した動きとはいえ、ナチスのケースもあるから若い世代の無謀な論調には厳しく対峙していく必要があろう。(上掲記事)

  こういう経済界の重鎮を見ると、つくづく「昔の進歩的知識人を尊敬していた世代なんだな」ってことが分かる。今の若者は左翼知識人からの呪縛が解け、支那人の実態を知るようになったから、正直に「支那人が嫌い」と言っているだけなのだ。昔は、テレビ局と大手新聞社が情報を独占していたから、一般国民は支那の実態を知る術(すべ)が無く、一方的に情報を操作されていたのである。しかし、新世代の保守派知識人が支那の裏事情を暴露するようになったし、それがインターネットでも拡散するようになったから、若者が日教組教育に従わなくなったのだ。こんな事を大企業のトップが気づかないとは。たぶん、安斎氏のような経済界の重鎮は、朝早く起きて日経新聞か朝日新聞を嘗めるように読んでいるからだろう。こういった経営者には、財務省を拝む日経新聞の提灯記事と、支那・朝鮮を神棚に祀る朝日新聞の社説を読んで、「俺って教養人だよな」と自惚れているお爺ちゃんが多い。

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(写真 / 反日デモを繰り返す支那人)

  呆れるほど時代遅れの経営者は、朝鮮人に対する認識も古い。あれだけ朝鮮人の欠点が白日の下に晒され、偽造が国民的特技と分かったのに、安斎氏はまだ朝鮮への罪悪感に苛まれているのだ。

  対韓国でも心配は尽きない。慰安婦問題や竹島問題だけではない。われわれ日本人はどうしても韓国を見下げる風土を持ち続けているようだ。だからヘィトスピーチが後を絶たない。裁判だけでなく政治がしっかりとこれを受け止め絶対に許さないと明確に打ち出さないといけないと思う。(上掲記事)

  「馬鹿につける薬はない」というが本当だ。一体、安斎氏はどんな機関から情報を取っているのか? 我が国の将兵を「強姦魔」と罵る朝日新聞と、朝鮮メディアのみがプライマリー・ソースだとしたら、社会人としても失格だぞ。しかも、竹島を武力占領している韓国に「礼儀をもって接しろ」と説教するなんて異常である。日の丸を燃やし、天皇陛下を「日王」と侮辱するのが南鮮のファッションとなっているのに、そうした無礼な朝鮮人と「仲良くせよ」と発言するんだから、安斎氏には所属する国家が無いんだろう。まさくし、グローバル企業の経営者の鑑である。

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(左: 日本製品のボイコットを訴える朝鮮人 / 右: 慰安婦の補償を求める朝鮮人)

  安斎氏の本音は、隣国の南鮮人や支那人が何をしようと、ゼニ儲けのためなら我慢しよう、利益のためならつべこべ言うな、ということなんだろう。彼は国境を越えた「未来の社会」を描いていた。

  我が国は人口減少が続く中、経済が萎みかねない危機の中にある。だからこそ世界の中で最もグローバル化を必要としているのだ。人、物、金が行き来すればそこには所得が生まれ経済を支えてくれる。 とくに近年のインバウンド増加は大事にしていきたい。そのために隣同士がお互いを理解し、尊重するという「撲滅隣病」対策が緊要であろう。(上掲記事)

  そんなに「隣国」と親しくしたいんなら、日本国籍を捨てて南鮮や支那に永住してはどうか。裕福なビジネスマンなら、アジアのどこでも歓迎してくれるし、豪華な暮らしを満喫できるだろう。安斎氏のような「心優しい人物」は、快適な重役室で理想論を語っていないで、現地に赴いて“生の”朝鮮人や支那人と一緒に生活すべきだ。10年か20年くらい暮らしたあとで、我々に説教してもらいたい。でも、現地で長期生活を過ごした安斎氏が、熱狂的な国粋主義者になって戻ってきたら驚くだろうな。朝鮮人や支那人に対して「ヘイト・スピーチ」を辞さない日本主義者だったら笑ってしまうぞ。周りが反日だらけの南鮮は素晴らしい。何と言っても、日本人を罵る時の朝鮮人って迫力あるからなぁ。とにかく、安斎氏は朝鮮か支那で国籍を取得して、しばらく日本を離れてみることだ。

  次回に続く。(それと、支那人の横暴さや残酷さに関しては、拙著『支那人の卑史 朝鮮人の痴史』第三章を参照してね。)



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