無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

日本文化論

紙幣の顔は誰にする? / 明治大帝の肖像画

廃棄される白人大統領

Harriet Tubman 1












(写真/ハリエット・タブマン)

  アメリカでは多民族・多文化主義の浸透が止まらない。低賃金でコキき使える「外国人労働者」を大量に輸入しようとしている日本は、やがて西歐系アメリカ人と同じ苦しみに喘ぐだろう。異民族を導入すれば、遺伝子や日常生活が変わるだけでなく、国家の歴史も塗り替えられてしまうのだ。今のところ、日本人は日本人の過去を「日本史(国史)」として学んでいるが、将来は反日史観に加えて、外国人や混血児の偉人まで学ぶようになるかも知れない。経済界の歴史を学ぶときに、渋沢栄一や岩崎弥太郎ならいいが、ソフトバンクの孫正義やパチンコ屋(マルハン)の韓昌祐が「偉大なる経済人」じゃ嫌だ。日本人の子供には日系日本人の英雄や国士を学ばせたい。日本の庶民はまだ安心しているが、建国者の子孫が少数派になっているアメリカでは、祖先の歴史が希薄になる一方で、かつての「少数派(マイノリティー)」、つまり「有色人種」の過去が濃くなっている。

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(左: 渋沢栄一 / 岩崎弥太郎 / 韓昌祐 / 右: 孫正義)

  先月、合衆国財務省のジャク・ルー(Jacob J. Lew)長官は、新たな20ドル紙幣の肖像画に、黒人女性のハリエット・タブマン(Harriet Tubman)を採用すると発表した。現在の20ドル紙幣にはアンドリュー・ジャクソン大統領の肖像画が印刷されているので、この奴隷所有者であった白人大統領を廃棄して、黒人奴隷の逃亡を助けたアフリカ系のヒロインを据えようという訳だ。まったく、ユダヤ人の財務長官は発想が斬新というか、弱者の味方というか、生まれながらにして非アングロ・アメリカ的なのかもしれない。しかし、ユダヤ人長官のジャック・ルーには更なる野望があった。エイブラハム・リンカンの肖像画が載っている5ドル札と、アレグザンダー・ハミルトンの肖像画が載っている10ドル札にも手を加えようというのだ。

Harriet Tubman 2Andrew Jackson 1









(左: ハリエット・タブマン / 右: アンドリュー・ジャクソン大統領)

  リンカン大統領は今でも人気が高く、2012年にスティーブン・スピルバーグが『リンカン』という映画を作っているくらいだ。ちなみに、この脚本を書いたのは、ユダヤ人のトニー・クシュナー(Anthony Robert Kushner)で、以前にもスピルバーグとタッグを組んでいた。イスラエルの諜報機関であるモサドの暗殺集団を描いた映画『ミュンヘン』で、脚本を手掛けたのがクシュナーだった。彼はコロンビア大学時代、極左学生として名を馳せていたというから、筋金入りのユダヤ人左翼である。とはいっても、コロンビア大学は極左ユダヤ人の巣窟だったから驚くには値しない。また、リンカンを演じたダニエル・デイ・ルイス(Daniel Day-Lewis)もユダヤ系アメリカ人で、父親はプロテスタントのアイリス人であったが、母親がユダヤ人であったので、血統的にはユダヤ人と見なされる。英国生まれとなっているダニエルだが、母親はポーランドから英国に流れてきたユダヤ移民の家系だから、彼をイギリス系俳優と呼べるのかどうかは微妙なところだ。それにしても、ユダヤ人が書いて、撮影し、演じたワスプ(WASP)のアメリカ大統領なんてゾっとするが、これがアメリカ映画界の現実である。とにかく、リンカンを紙幣から外すと国民の抵抗があるから、彼を表に残して、裏にエレノア・ローズヴェルト夫人とマーチン・ルーサー・キング牧師、そしてマリアン・アンダーソン(Marian Anderson)を加えることにしたという。

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(左: スティーヴン・スピルバーグ / トニー・クシュナー / リンカン役のルイス / 右: ダニエル・デイ・ルイス)

  一般の日本人にとって、このアンダーソンなる黒人女性は馴染みがない。しかし、黒人史を半ば強制的に学ばされるアメリカ人には少しだけ知られており、彼女は人種差別時代のヒロインとされているのだ。1939年、「アメリカ革命の娘たち(Daughters of the American Revolution)」という有名な愛国団体が、コンスティテューション・ホール(Constitution Hall)で出演するはずだったアンダーソンに反対したので、彼女はそのホールで歌うことができなかったという。この団体にはエレノア・ローズヴェルトも属していたから、左巻きのファースト・レイディーにはショックだった。それゆえ、この禁止に腹を立てた彼女は脱退を決めたそうだ。エレノアは夫のフランクリンと同じく深紅に近いピンク社会主義者であったから、フェミニストのアイドルを求める左翼系アメリカ人は、何とかしてこの大統領夫人をお札の表紙にしたいのであろう。件(くだん)のアンダーソンは、後にリンカ記念堂の外で熱唱し、人種差別に叛旗を翻したヒロインとして脚光を浴びることになった。この程度でヒロインになるんなら、和田アキ子だって「在日鮮人差別を乗り越えて大物歌手になった」と表彰されてしまうぢゃないか。(ただし、日本人は彼女の肖像画をお札に載せることはしないけどね。)

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(左: ジャク・ルー / マリアン・アンダーソン / エレノア・ローズヴェルト / 右: アリス・ポール)

  一時的ではあるが、排除の危機にあった初代財務長官のハミルトンは、彼を主題とした人気ミュージカル「ハミルトン」によって救われたという。もしも、このミュージカルが不評で、早々にキャンセルという憂き目に遭っていたら、ハミルトンの肖像画も廃棄の対象になっていたかも知れないのだ。しかし、男社会を憎むフェミニストたちは粘り強かった。10ドル札には普通選挙権運動家の女性たちを加えるらしい。ルクレティア・モット(Lucretia Mott)、ソジョナー・トゥルース(Sjourner Truth)、エリザベス・カディー・スタントン(Elizabeth Cady Stanton)、アリス・ポール(Alice Paul)、スーザン・アンソニー(Susan B. Anthony)という女性活動家の肖像画を裏面に載せるそうだ。フェミニスト左翼の活動家が大喜びで歓迎する提案である。ジャク・ルー長官は、彼の後継者がこの決定に拒否権を行使することはないと語っていた。(Jackie Calmes, Harriet Tubman Oust Andrew Jackson in Change for $20, The New York Times, April 20, 2016)

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(左: ルクレティア・モット / ソジョナー・トゥルース / エリザベス・カディー・スタントン / 右: スーザン・アンソニー)

  ルー氏はみんなの意見を汲んでいると言っていたが、彼を支援する者は札付きの左翼どもが中心なんじゃないのか。例えば、ユダヤ人でレズビアンのエレン・デジェネレス(Ellen DeGeneres)は左翼コメディアンとして有名だし、性差別反対の活動家で女優のジーナ・デイヴィス(Geena Davis)も同類だ。人気TVドラマ「グリー」で知られてるアイリス系カトリックのジェイン・リンチ(Jane Lynch)もレズビアンだし、CBSでアンカーマンを務めていたユダヤ人のケイティー・クーリック(Katie Couric)は“リベラル派”ジャーナリストの代表格である。有名紙「ハッフィントン・ポスト」の創設者であるアリアナ・ハッフィントン(Arianna Huffington)は、風見鶏も驚くほどの思想転向者である。彼女はギリシア系アメリカ人で、本名をアドリアネ・アンナ・スタシノポウロウ(Ariadne-Anna Stasinopoulou)と云い、結婚して亭主の「ハッフィントン」姓を名乗っていたのだ。現在は離婚しているが、英国風の名前の方が響きがいいから使い続けている。彼女は保守が時代の潮流になっていた時には「保守派」を装っていたが、地位が安定するにつれ、元の「リベラル」に戻った前科がある。その豹変ぶりには豹もビックリ。まあ、テッド・ターナーと結婚して「保守」の仮面をつけたジェーン・フォンダ(Jane Fonda)と似ている。ベトナム戦争中に「ハノイ・ジェーン」と呼ばれた極左女優だから、「恥」という観念が無いのだろう。離婚してサッサと左翼に戻ったのだから、健康には良かったのかも知れない。

Ellen DeGeneres 2Katie Couric 2Jane Lynch 1Jane Fonda 5Arianna Huffington 2






(左: エレン・デジェネレス / ケイテイー・クーリック / ジェイン・リンチ / ジェイン・フォンダ/ 右: アリアナ・ハッフィントン)

黒人奴隷がアメリカの英雄になる

  それにしても、ハリエット・タブマンて何者だ? こう疑問に感じる日本人がほとんどだろう。アメリカの高校に通った日本人なら分かると思うが、アメリカの子供は多民族主義が染み込んだ歴史教科書を学んでいるから、黒人に対する罪悪感と白人史観への嫌悪にまみれている。黒人の歴史家は白人が主人公のアメリカ史を許せない。白人ばかりが脚光を浴びる米国史では、下っ端の黒人がいつも脇役になっている。だから、黒人もアメリカの歴史を構成する重要な民族にしなければならない。それゆえ、「マイノリティー」の子供にも自信をつけさせる意図もあってか、黒人なら些細な事をしただけでも“偉人”にしてしまう傾向がある。ハリエットの本名は「アラミンタ・ロス(AramintaRoss)」といって、九人兄弟の五番目として生まれ、幼い頃は「ミンティー」と呼ばれていたらしい。メリーランド州のケムブリッジで、奴隷の娘として生まれたハリエットだから、学校教育など高嶺の花であった。当然ながら文盲であり、日記や直筆の文章を残すことが出来なかった。そのため彼女の人生については不明確な部分が多く、信頼できる資料にも乏しい。そのうえ、元奴隷で黒人女性ときていれば、記録を残そうなんて人はいないだろう。そもそも、黒人奴隷同士で手紙の遣り取りなどあり得ない。ただ、よく引用されるエピソードとして、幼い頃に受けた虐待がある。彼女は所有者の主人から金属の棒で頭を打たれ、頭部に重症を負ったことから、一生涯、頭痛や発作、睡眠症に苦しんだそうだ。

  そんなミンティーも1844年になると結婚して、名前を母と同じ「ハリエット」に変えたという。ところが、その二年後に異変が起きた。彼女の主人が亡くなり、ハリエットの家族は売りに出される破目になったのだ。他者に売り飛ばされれば、ハリエットは家族と離れ離れになってしまう。つまり、奴隷市場で一人一人「バラ売り」されるということだ。これだけは嫌だということで、彼女は奴隷の逃亡を助ける「地下鉄道(Underground Railroad)」なる秘密ネットワークを利用し、必死の思いでフィラデルフィアに逃れることができた。当時、合衆国には奴隷制を維持する州と奴隷制を廃止した州に別れており、イリノイやインディアナ、ペンシルヴァニア、ニューヨークなどが「自由州」であった。極秘ルートで逃亡したハリエットであるが、そのまま大人しくしておらず、19回もメリーランド州に戻って、黒人奴隷を連れてきたそうだ。その数は水増しされて300名と伝えられていたが、どうやら70名くらいが本当の人数だったらしい。(Renee Gearhart Levy, The Truth Behind the Myth of Harriet Tubman, Maxwell School of Syrascue University) ハリエットが助けた黒人の中には、当然その両親、兄弟、親類がいたそうで、彼らはカナダやニューヨークに逃れたそうだ。実際に逃亡を助けた奴隷の数が少ないとはいえ、勇敢な行為には違いないから、ハリエットは「黒いモーセ」と讃えられている。しかし、これはちょっと大袈裟だろう。

Kate Clifford Larson(左/ケイト・クリフォード・ラーソン)
  奴隷の逃亡幇助をしたハリエットは、その噂が広まったために、お尋ね者として4万ドルの懸賞金がかけられたと云うが、タブマンの伝記を書いたケイト・クリフォード・ラーソン(Kate Clifford Larson)によれば、こんな金額の懸賞金など全く無かったそうだ。彼女の身の上話を言い伝えているうちに誇張されたものらしい。ハリエットは奴隷の逃亡を助けたばかりか、南北戦争の最中、負傷した黒人兵を介護したり、北軍に逃れてきた解放奴隷の世話もしたという。彼女の貢献はさらに軍事活動にも及んだそうだ。ハリエットは南軍の陣営に接近し、スパイ活動、つまり斥候として敵軍を偵察したらしい。といっても、単に敵地をうろついたり、のぞき見をして敵軍の情報を集め、北軍の白人将校に伝えただけだろう。つまり、同心に耳寄りな情報を伝える岡っ引き程度かそれ以下の存在である。黒人の歴史家や左翼活動家が、黒人のスパイを偉大にしたいがため、過大評価をしている虞(おそれ)があるのだ。例えば、彼女の偵察というものが、敵地のどこに綿や食糧を保管している倉庫があるのか、どれくらいの武器を敵兵が持っているのか、といった簡単な情報収集だったから、黒人の子供にだって出来るじゃないか。たぶん、黒人女がうろちょろしていても、白人たちは気にしなかったのだろう。伊賀の服部半蔵とか、日露戦争時の横川省三や沖禎介とは違うぞ。それでも、歴史上の英雄が少ない黒人たちは、何とかして南北戦争の黒い英雄を持ちたい。だから、ちょっとした功績でも、黄金のように磨き上げるのだ。こうした情熱は朝鮮人とそっくりだ。大爆笑の金日成のパルチザン伝説や、チンピラ・テロリストの金玉均礼讃を思い出せば理解できよう。

  いずれ機会があれば、アメリカの歴史教科書について論じたいが、保守派の知識人が「どのようにアメリカの子供は歴史を学ぶのか」について紹介しないのは変だ。「正論」や「WiLL」でもアメリカ批判の記事はあるが、アメリカ人の教育内容を具体的に紹介する言論人は少ない。筆者はGlencoの「The Americab Vision」とかPrentice Hallの「America」といった歴史教科書をいくつか手元に集めて読んでみたことがある。アメリカ人の歴史観を知るためには、彼らの思想的背景を知ることが重要であるからだ。我々だって、日本人の歴史観を批判するアメリカ人が、日本の歴史教科書を読んでいなかったら、アホな奴と思うだろう。アメリカの大衆は歴史を勉強しないから、映画『パール・ハーバー』で我が軍の零戦が病院を爆撃したり、看護婦を機銃掃射したりするシーンを観て、本当にあったと思っていた。日本人なら「何であのような虐殺をわさわざするんだ ! 無意味じゃないか ! 」と腹を立てて、馬鹿らしく思うだろう。だが、書物で学ばないアメリカ人は、疑いもせず日本兵が野蛮だと思っている。だが、愚かなアメリカ人を非難する前に、まず彼らに教育を授けなければならない。しかも、英語で。面倒だけどしょうがない。

Cesar Chavez 1(左/チェザー・チャヴェス)
  ハリエット・タブマンがジャクソン大統領に取って代わることは、西歐系アメリカ人の保守派にとって一大事である。これは単にお札のデザインが刷新されるだけではない。なぜなら、アングロ・アメリカの文化が徐々に破壊されているからだ。左翼活動家や反西歐主義者、文化マルキストたちは、ちょっとづづ黒人や南米系のアメリカ人を歴史教科書に加えて、別のアメリカ史を造ろうとしている。例えば、キング牧師の日を祝ったり、記念切手を発行し、博物館で遺品を展示したりと、実像を隠しながら虚像を誇張するのだ。(これについては、また別の機会で述べたい。) また、ヒスパニック系の人物を探し出して英雄に祭り上げることも忘れていない。例えば、「ユナイテド・ファーム・ワーカーズ(UFW)」を創設したチェザー・チャヴェス(Cesar Chavez)は、教科書にも取り上げられており、カルフォルニアにおける労働者の守護神になっているのだ。(America: Pathways to the Present, Prentice Hall,p.832) こんな赤いデマゴーグが教科書に載っているんだから、アメリカの教育界における左翼偏向も甚だしい。日教組教育を受けた日本人なら分かるだろうか、アメリカの左翼教科書も悪質で、西歐人の過去を削減しようと企んでいる。多民族主義者はアメリカ史をよほど憎んでいるのだろう。歴史的観光地を訪れれば、ギリシア・ローマ様式の建築物ばかりだし、豪華な会堂や図書館に入れば西歐系白人の彫像がすらりと並んでいたりするから、非西歐系のアメリカ人はそれらを羨ましく思う反面、自分たちが疎外されていると感じ、嫉妬と怨念が心の奥底から湧いてくるのだろう。それゆえ、彼らはアメリカ史の片隅をほじくって、誰でもいいから非白人の人物を“偉大”にしたいのだ。ここで不思議な事がある。ハリエットの自伝といえば、キャサリン・クリントン(Catherine Clinton)の「ハリエット・タブマン: 自由への道」(2004年)とか、ミルトン・サーネット(Milton C. Sernett)の「ハリエット・タブマン: 神話、記憶、歴史」(2007年)などが出版されているが、1990年代以前にはこれといった伝記は無かった。2000年代になって急にハリエットが歴史の表舞台に浮上してきたのだ。たぶん、多民族主義の歴史教育が盛り上がったからだろう。1980年代から中南米の移民が激増したし、黒人の地位も安定し、ぞくぞくとアフリカ研究の講座が誕生したから、「非白人の英雄発掘」が加速したのかも知れない。

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(左: 祖父と一緒のオバマ大統領 / 右: ミシェル夫人と一緒のオバマ大統領)

  建国の志士を祖先にもつアメリカ人や西歐系移民の子孫は、黒人のオバマが大統領になったことで手痛いツケを払っている。白人の中でも反米主義者や社会主義者、ピンク左翼が多過ぎて困っているのに、そのうえ非白人が高位高官になっているんじゃ、白人のアメリカが衰退するのも当然だろう。暴力革命を目指す共産主義者は居なくなったが、西歐文明を根底から破壊する文化マルキストは依然として健在である。ぶち壊すこと自体に喜びを感じる左翼は、次々と伝統文化を叩き潰そうとするから危険だ。彼らの手口は巧妙である。歴史教科書で白人の物語を削ると抵抗が大きいから、黒人やアジア人の歴史物語を増やすのだ。そうすれば相対的に白人の歴史を小さくできる。子供が学校で学ぶ知識の分量と授業時間は限られているから、黒人の歴史を増やせば、白人の過去は圧縮され、簡単な説明しかできない。例えば、「アレクサンダー・ハミルトンは陸軍大尉で財務長官でした」でお終い。ところが、白人の偉人に関しては淡白な教師でも、キング牧師になると途端に熱弁をふるうことがよくある。日本でも同じで、日教組の教師は百姓一揆とか五日市憲法、拷問された小林多喜二になるとベテラン浪曲師も真っ青になるくらい饒舌になる。ところが、明治天皇や児玉源太郎、東郷平八郎といった日本の偉人となると、涼しい顔をして素通りするのが普通で、軍神の広瀬武夫や乃木希典などは大嫌いだから触れようともしない。こんなんだから、祖国の英雄を教えてもらえない日本の子供は不幸だ。

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(左: ジョージ・ワシントン / 中央: トマス・ジェファソン / 右: アレグザンダー・ハミルトン)

  アメリカの歴史教科書は分厚いけど、授業内容はいかがわしく、日本人がアメリカの学校で学んだら、「いったい誰を教育しているのか?」と疑問に思うような授業が多い。それに、アメリカの歴史教育は矛盾をはらんでいる。例えば、ハリエット・タブマンを賞讃するということは、奴隷を持っていた白人を非難し、悪人として扱うことを意味するからだ。解放奴隷や逃亡奴隷の黒人たちは、祖先の仇を討てるからいいけど、奴隷所有者の子孫はどうなるんだ? 黒人奴隷を使って牧場を経営していた白人の子孫は、祖先が極悪人と指定されるんだから、どんな顔して墓参りをするのか? たぶん、死んでしまった曾祖父やそれ以前の先祖については知らん顔を決め込むんだろう。奴隷を所有していたジョージ・ワシントンやトマス・ジェファソンと同じ立場の白人はどうなるのか? まさか、支那人みたいに墓石に唾を吐きかけることは出来ないから、気まずい白人たちはご先祖様が居ないことにするんだろう。黒人たちがどんなに祖先を侮辱しても、現在の暮らしが幸せなら満足というのが、ほとんどの白人が持つ本音なのかも知れない。したがって、アメリカ史は自分とは関係がない他人の過去になっている。これは左翼教師の目的が達成されたということを示唆する。つまり、歴史を意識する高度な文明人を、単なる野生動物並に作り替える計画が成就したのだ。西歐人の肉体を滅ぼすには、まず精神から抹殺せよ、というのが文化マルキストのドグマ(教義)であった。

明治大帝を載せない日本の紙幣

  たしか我が国は立憲君主国であったと思うが、流通している紙幣を手にとって見てみると、国家元首の肖像画がそこには無い。一方、英国の紙幣を見てみると、5ポンド紙幣のみならず10、20、50ポンド紙幣にもエリザベス女王の肖像画が印刷されているし、1ペニー硬貨や5ペンス、10ペンス、20ペンスの硬貨にも女王の横顔が刻印されているのに気づくだろう。カナダ・ドルを銀行で購入すれば、20ドル札に女王陛下の肖像画を見ることが出来るし、オーストラリア・ドルなら5ドル札に同様の絵が載っている。また、図鑑を開いてローマ帝國のコインを調べれば、皇帝や神様の横顔を刻印した金貨や銀貨を見ることができよう。王様や皇帝は一番の有名人だから、どんな庶民でも知っているし、国家が鋳造する硬貨や印刷する紙幣にとってふさわしい人物である。日本の統治機構が発行する日本銀行券なら、その肖像画に最も相応しいのは天皇陛下のはずである。

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(左: 若き頃のエリザベス女王 / 中央: 現在のエリザベス女王 / 右: ローマ帝國の金貨)

  天皇陛下の肖像画を紙幣のデザインに用いないのは、陛下の御真影(写真)を紙幣に印刷すれば、庶民がしわくちゃにするから、陛下に対して申し訳ないとの配慮も、過去にはあったのだろう。しかし、かつては聖徳太子の一万円札があったのだから、その言い訳は通用しまい。それに、新聞に掲載される天皇陛下や皇太子殿下の御真影は、どう処分されているのか? ペットの糞を始末するために使われたりするんだから不敬だろう。しかし、お札を使う奴はいないから、新聞紙よりましである。紙幣に国家元首の肖像画が無いのは、日本政府か日銀の誰かが天皇陛下のデザインに反対したのではないか? もし、福澤諭吉や新渡戸稲造、夏目漱石、伊藤博文が生きていたら、天皇陛下を差し置いてお札の肖像画になることは畏れ多いと述べて、断固拒否していたことだろう。日本全国のみならず世界各国で流通する公的な銀行券なんだから、我々は「なぜ陛下の肖像画」を使わないのかについて知る権利がある。もし、朝鮮人や支那人に遠慮しているとしたら大問題である。昔の千円札には伊藤博文の顔が印刷されていたから、一部の朝鮮人は不愉快に思っていたらしい。韓国統監の総理大臣だったから、朝鮮人が怒る理由も分かるが、日本の紙幣だから我々の勝手である。それよりも解せないのは、二千円札のデザインである。どうして、屈辱的な「守礼門」が印刷されているのか分からない。宮澤喜一の説明によれば、小渕恵三首相の発案だったそうだが、支那人に服していた琉球の象徴を紙幣のデザインに用いるなんて噴飯物だ。本土の日本人は全く使用していないが、沖縄では未だに流通しているそうだから、沖縄の日本人は三跪九拝していた過去には無頓着なんだろう。

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(左: 明治天皇 / 中央: 昭和天皇 / 右: 東郷平八郎)

  普通の日本国民なら、紙幣のデザインに明治天皇か昭和天皇の肖像画が使われることに異論は無いはずだ。左翼学者が「民衆政治や主権在民に反する」とか言って反対するのだろうが、正常な国民はこれといって反対する理由もないから歓迎するだろう。だいたい、女の文学者だからという理由で、樋口一葉を五千円札の顔にするなんて納得できない。国語の教師や文学青年なら馴染みがあるだろうが、娯楽作品やサブカルチャーを好む大勢の庶民には天皇陛下の方が親しみと敬意がある。日本の歴史を貫く皇室伝統の重さと比べたら、文人の存在など鴻毛の如しだ。それに、天皇陛下と国民の紐帯を思い出せば、誰だって陛下の方が紙幣のデザインに相応しいと思うだろう。

  一般の日本人が一番親しみを感じるようになった天皇と言えば、まず明治大帝が挙げられる。何しろ日清日露の戦役を陛下と共に経験した日本人にとって、明治大帝の存在は格別である。敗戦の苦労を分かち合った昭和の日本人ならよく分かるだろう。昭和天皇も特別だが、ここでは明治天皇についてちょっと紹介したい。

  阪神淡路大震災や東日本大震災で被害に遭った日本国民は、天皇陛下のご訪問と慰安のお言葉を有り難く受け取ったに違いない。明治の頃も日本国民は陛下のご配慮に感動したようだ。明治天皇の侍従を務めた日野西資博子爵が、山梨県で大水害が起きた時、御思召しにより現地を慰問に訪れたそうだ。陛下はご政務がお忙しいのに、日野西が帰ってくると、さっそく彼の報告をお聞きになったという。陛下は一時間以上もその悲惨な状況に耳を傾け、罹災者(りさいしゃ)に対して深くご同情を示されたそうだ。ご報告をした日野西は、山梨県の日川村を訪れた際、志村勘兵衛という青年に出逢った事を陛下に話したという。彼の老母は水害で流されてしまったが、柿の木の上に非難して一命を取り留めたらしい。日野西がこの話を上奏している時、ふと陛下のご尊顔を仰ぎ見ると、お聞きになっていた陛下の玉眼には涙が溢れていたそうだ。龍顔(りゅうがん)を拝していた日野西も、感動のあまり声が震えてしまったという。

  志村という人物は中々立派な人物で、大水害で家や倉、田畑が全部流されてしまったのに、一戸だけ残った倉を開いて罹災者たちに食糧を分け与えたという。彼は母親を救い出すことが出来たことを不幸中の幸いと考えていたそうだ。ただ、残念なのは、天皇陛下から頂戴した書画が失われたとこだという。明治13年に陛下が山梨県を御巡幸なされた時、陛下は志村氏の家でご休憩を取られたそうで、その節に、御紋附の銀盃と反物を拝領したそうだ。しかし、水害のためそれらは流されてしまった。家や倉は努力次第で再び取り戻すことが出来るが、御拝領品だけは取り戻すことが出来ない、と彼は涙ながらに悔やんでいたそうだ。これをお聞きになった陛下は、「そうか、実に気の毒である」とおっしゃられ、「以前と同じものをやったらよかろう」とのお沙汰があり、田中宮内大臣を通して志村氏は同じ銀盃を拝受したそうだ。志村青年は夢にも思わぬ再度の恩賜(おんし)に感涙したという。(加藤玄智 編 『明治天皇聖徳餘光』 財団法人明治聖徳記念学会 昭和12年 41~42頁。)

  大東亜戦争で指揮官となった将校には、兵卒の命を粗末にする者がいたが、天皇陛下は常に我が軍の将兵を案じていらっしゃる。明治天皇は日清・日露の戦役で大勢の将校や士卒が負傷したり、病に罹ったり、戦死を遂げたことに御心を痛めていたそうである。そこで、日清戦争で没した軍人の写真や人名簿を振天府に納め、日露戦争の戦没者の写真や人名簿は建案府に納められることになったらしい。日露戦争では十数万にも及ぶ将兵が亡くなったので、陛下は戦病死者の名前が記された人名録をお手元に置かれていたそうだ。側近の者がこの人名録を持参すると、陛下は一兵卒の名前に至るまでお読み遊ばされ、総てを御覧になったという。陛下は時折、「この名前は難しいが何と読むのか」と御下問なされたり、「斉藤や中村の姓は非常に多い」といったお話もされていた。また、陛下は人名録を御覧になりながら、戦没者の親や妻子にまで思いを寄せ、将兵の一人ひとりを大切にされていたという。日露戦争で大勢の将兵が戦死したとの報告をお聞きになった時、陛下は非常に嘆かれ、「いくら戦争でも、かく沢山の兵士を殺しては国の為とはいえ、実に気の毒だ、その父兄に対しても誠に済まん」とおっしゃられたそうだ。日野西たち側近は慈悲深い陛下の御心に、いたく畏(おそ)れたという。(上掲書 44頁。)

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(左: 大久保利通 / 中央: 広瀬武夫 / 右: 乃木希典)

  敗戦後の日本では、反日主義を抱く教師や官僚が事あるごとに皇室を貶めようとしたから、現在の子供は皇室伝統についてほとんど分からない。簡単な例を挙げれば分かるだろう。もし、「11月3日は何の日か」を問われれば、「文化の日」と答えるが一般的で、「天長節」とか「明治節」、あるいは「明治天皇誕生日」と答える子供はごく稀である。4月29日だって「昭和の日」と答えるのが普通で、「昭和天皇誕生日」と答える子供は少なくなっているのが現状だ。中には「天長節って何?」と尋ねる子供だって多いだろう。こんな具合だから、大人といえども、紙幣に天皇陛下の御真影を使うという発想が出てこない。理想を言えば、高額紙幣の一万円札には明治大帝を用い、よく使う千円札には昭和天皇を、五千円札には世界的に有名な東郷平八郎元帥か、維新の功臣で大蔵卿であった大久保利通が妥当なんじゃないか。優秀な科学者である野口英世が採用されてもいいが、日本を代表する人物なら天皇陛下の方が自然である。古代ローマ人は硬貨を鋳造するにあたって、皇帝やその同伴者である神々を刻印した。後世のヨーロッパ人や日本人でさえも、それを訝しく思わないし、ローマ人が国家元首や神様を金貨のデザインに選んだ気持ちも理解できる。日本人はユダヤ教徒やイスラム教徒と違って、偶像崇拝を禁じる文化を持っていないし、君主の肖像画を好む国民性すら持っているんだから、紙幣のデザインに使ってもいいんじゃないか。左翼がかった官僚が密室で決めずに、常識的な国民が堂々と公(おおやけ)で議論すれば、天皇陛下を選ぶ者が現れてくるだろう。もしそうなれば、天皇陛下を公然と否定する連中が、匿名ではなく個人名で浮き彫りになるから好都合だ。それにつけても、アメリカでの文化撲滅は深刻である。異民族や異人種を輸入すると如何に弊害が大きくなるかが分かるし、多民族の共存は“調和”よりも“分裂”を促進すると言えるのではないか。日本人は愚かなアメリカ白人を直視すべきだ。まったく、他国の不幸を知りながら、自国をも不幸にしようとする左翼は本当に許せない。
  



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屈折した日本人の心(後編) / 選ぶなら西歐人

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意外な強制収容所への意見

  真珠湾攻撃で困ったのは、日本に居る兵卒ばかりでなく、米国に暮らす日系人も同じだった。公民権(citizenship)を持っていたのに、敵国人として収容所に送られたのは、明らかな憲法違反である。当時のアメリカ白人が、日系人に人種偏見を持っていたことは確かだ。人種と肉体が違うということは、これほどまでに深刻な事態を招くものであり、知識人がいくら「自由」や「平等」を謳っても、現実は理論通りには行かないものである。普段は紳士的な白人でも、一旦非常事態になると、心の底に隠していた本音を表してしまうのだ。したがって、民族や人種が違っていれば、離れて暮らした方がいい。

  日系人の強制退去の話を聞けば、国籍が違う我々とて、腹の立つことがある。せっかく築いてきた畑や店を没収されたり、手放さなければならなくなり、理不尽さに嘆く日系人の気持ちはよく判る。日系人のマサオ・イノタは、FBIの家宅捜査を受け、様々な財産を持って行かれたらしい。中には、子供が遊んでいたおもちゃのピストルまで押収されたそうだ。(アイリーン・スナダ・サラソーン編『The Issei 一世 パイオニアの肖像』p.200) 商店を経営するツグオ・オガワは、収容所送りになるので、店の商品を処分せねばならなかったという。戦争勃発後は日本人の店だということで、お客の足が途絶えていたし、仕入れのために借金もしていたから、なんとか在庫を処分したかったそうだ。退去まで猶予があったので、問屋に商品を買い戻してもらおうとしたところ、足元を見られてしまったという。市場価格は仕入れた時より高くなっていたのに、買い戻し価格は、仕入れの時と同じ金額であった。「法律違反の疑いが濃かった」が、立場が弱かったので、泣く泣く商品を原価で売ってしまったので、借金を返せなかったという。(p.217)

  多くの日系人にとり、収容所送りは噴飯物であったが、絶滅収容所というわけでもなかったので、辛い日々の中にも救いがあったようだ。リヨ・オリテは当時を回想して、「センターの中で保護されている、と感じました」と語る。収容される前は、石を投げられたり、嫌がらせを受けていたので、センターに送られて、ほっとしたのだろう。(上掲書 p.227) オリテ氏の意見で驚くのは、その収容所暮らしである。「収容所に入ってからは、朝起きて御飯を作らなくても良かったし、風呂は焚いてもらえ、食事も用意してもらえた。皿洗いもしなくてよかった」らしく、「センターでの生活は楽しかったです。戦争中でなかったら、天国でしたね。日本人の身の上に何が起ころうとしているのか分かりませんでしたが、戦争中にもかかわらず、このような生活ができて、ありがたいと思いました」。(p.228) もちろん、悲惨な生活を体験した日系人もいたが、楽観的な人もいたとは驚きだ。

  ニスケ・ミツモリの話も意外である。収容施設に送られたことについて、「私は日本人のためによいことだ、と信じていました」と述べ、「アメリカはキリスト教国で、自分の国民を飢え死にさせるようなことはしない、と思っていたのです」と語っていたのだ。(上掲書 p.229) 彼はインタヴューの質問に対し、率直に答えていた。「強制退去がおこなわれると聞いて、日本人は助かる、と本当に思いました。私たちの心配と不安はこれで解決されるだろう」と思ったそうだ。「たくさんの人が不安をもっていることを聞いていましたので、退去の知らせを耳にして、私は大喜びしました」と語っているんだから驚いてしまう。(上掲書 p.230) 日本で反米思想を吹聴する日本人と違って、米国で実際に「差別」を体験した日系人の昔話は興味深い。確かに、日系人は白人からの理不尽な差別に苦しんだが、その一方で、素晴らしい人物と出逢ったり、日本では見られない「公平さ」も経験したのだ。だから、色々あっても米国を離れなかった。本当にひどい国なら、さっさっと帰国して二度とアメリカの土を踏まないだろう。

  日本人は根が素直で、筋を通すから、何が正しいことか分かっている。「義理」や「人情」を重んずる日系一世のジュヘイ・コウノは、二世に対し「もし、日本人の本当の精神を見せたいなら、日本が勝とうと負けようと、義理のあるアメリカに忠誠を尽くしなさい」と何度も言ったそうだ。彼は対面したFBIの係員に、日本人らしさを語ったという。「私たちはアメリカという国に借りがあります。良い日本人なら、そのことを知っているし、たとえ敵国の人間であっても、アメリカに忠誠を尽くすのです」。(p.290) 戦前の日系移民は、日本人としての誇りを忘れていなかった。恩を仇で返す朝鮮人とは大違いだ。ハワイに住んでいたコウノ氏は、戦争が勃発すると、ホノルルの司令官デロス・エモンズ陸軍中将のもとに行き、軍隊に入りたいと懇願したそうだ。エモンズ司令官は、この志願兵にたいそう心を打たれ、嘆願書を公表するよう、ホノルルの新聞社に渡したという。さっそく、この話は各紙の記事になった。米国に忠誠を誓う日系人2世の勤労部位は、VVV(大学勝利部隊)と呼ばれ、これが基になって、有名な442部隊が編成されたという。(pp.213-214)

  日系人と対照的なのは、人格が歪んでいる朝鮮人だ。朝鮮人は何処に住もうが、我々に妬みや憎しみを持っている。ミネジロウ・シバタはイワシなどを獲っていた漁師である。彼と仲間の日系人は、とんでもない濡れ衣を着せられたそうだ。戦争が始まった頃のこと。現地に住む朝鮮人の医者が、政府にサンペドロの日本人漁師は全員スパイだと告げ口をしたそうだ。そこで、特別調査委員会が設置され、日系人すべてに訊問が行われたが、一人もスパイはいなかった。(p.205) 当り前だ。日本政府に対米工作部隊なんて発想は無かったからだ。昔から朝鮮人は、根拠の無い「妄想」で日本人を貶めていたのだ。こんな連中と顔つきが似ているので、日本人は歐米諸国で損をする事がよくある。そういえば、米国に居たある日本人留学生が、「朝鮮人」と間違われて腹を立てた話を聞いたことがある。支那人や朝鮮人と一緒にされることが、いかに日本人にとって屈辱的なことか。日本にばかり住んでいるジャーナリストには分かるまい。支那・朝鮮に同情的な左翼でも、外国でアジア人として扱われると怒り出す。なぜなら、支那人や朝鮮人と同類に見られるからだ。「あんな奴らと一緒にするな ! 」と言いたくなるのが、海外に住む日本人の本音である。

  櫻井よしこや西尾幹二のような、怪しい「保守派」言論人は、「営業保守」で雑誌に登場するだけで、本当の事実には関心が無いのかも知れない。彼らは日系人の苦労話を一般読者に披露するが、なぜ日系人は米国から脱出したり、亡命しなかったのかを伝えようとしないのだ。政府職員などに拘束され、収容所に輸送される前に、逃亡する余裕はあったはずだ。しかも、要請があれば、日本政府は彼らを引き取る意思もあったはず。それなのに、日系人は難民として日本に帰るつもりはなかった。彼らは心の底でアメリカ人を信頼していたのだ。つまり、虐待して殺すことはないだろう、と踏んでいたのだ。それに、普段の交際から、白人の中にも立派な人物がいるから、死ぬほどこき使われて餓死するなんてことはあり得ない、と信じていたのだ。これが、ロシア人や支那人なら別である。何があっても一目散に故郷の日本へ戻ったに違いない。支那大陸に住んでいた日本人なら分かるはずだ。支那人やロシア人を信用するなんて、どんな馬鹿でもしないだろう。自分の命が懸かっていれば、呑気な「綺麗事」を言ってはいられない。

  日系人の話を聞く時に、一世か二世かを確かめねばならない。一世は自分から進んで渡米したので、アメリカ人から嫌な事をされても、しょうがないと我慢できた。差別を受けて帰国しなかったのは、悪い白人ばかりではなかったからだ。しかし、二世の子供たちは、親の本音を知らないので、単に「有色人種だから差別された」と言って怒っている。ちゃんと親が事情を言い聞かせればいいのだが、子供に辛い思いをさせたという罪悪感から、本当の事が言えないのだ。出稼ぎ人の一世は、所帯を持ったり子供が生まれたりした時、日本に戻るべきだった。それをしないで、グズグズと住み続けたから、悲劇が起こったのである。最初の目的を果たしたら、お金を持って故郷に帰れば良かったのだ。こうした後ろめたさが日系一世にはある。彼らがユダヤ人のように、いつまでもグチャグチャ恨み節を言わないのは、自分で蒔いた種ということが分かっているからだ。

西歐人への好意と反撥

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(左: アルメニア人 / 支那人 / メキシコ人 / 右: アフリカ人)

  よく、日本人は「世界」と口にするが、それは歐米諸国が主流である。アゼルバイジャンとかイエメンを念頭に置いて、「世界」を語る庶民はいないだろう。かなり昔のことで正確には思い出せないけど、藝人の山田邦子がある会話の中で、「アメリカ人」について聞かれて、「私、アメリカ人て、白人のことだと思っていました」と答えていたのを覚えている。アメリカには黒人や支那人、キューバ人、メキシコ人なども多く住んでいるのに、白人だけというのは、余りにも無知である。しかし、庶民が興味を持つのは圧倒的に西歐の白人だからしょうがない。つまり、魅力的な文化を持つヨーロッパ人にしか興味がないのだ。歌手やダンサー、スポーツ選手とかの特殊な才能をもつ人物なら、黒人やヒスパニックでもいいが、たんなる平民だと興味を持てない。黒人が皆バスケット・ボールやダンスが上手というのは偏見である。一般の日本人からすれば、凡庸で無教養な黒人と付き合うことは、これといって何のメリットもない。黒人のフッションが好きな人でも、縮れ毛のアフロ・ヘアーにする、昔の笑福亭鶴瓶みたいな男性は、さっぱり見かけなくなった。また、美白化粧品は高くても買うが、肌を黒く焼いて鼻の穴を大きくする美容整形にお金を払う女性は、まずいないだろう。しかし、金髪に染める女性や男性がいるんだから日本は不思議な国である。

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(左: と中央西歐人女性 /右: 黒人女性)

  今では誰も読まなくなったけど、ナチスの理論家でアルフレッド・ローゼンベルク(Alfred Rosenberg)というエストニア人がいた。彼は工科大学で建築学を専攻したのだけれど、ギリシア藝術やゲルマン種族について興味を持ち始め、『二十世紀の神話』を書いて有名になった。戦後はユダヤ人や左翼学者から非難され、ボロクソに貶されているが、彼が述べたゲルマン藝術の価値や人種的な美の理念には頷くところが多い。だいたい藝術批評なんて学問は、主観的で何とでも言える分野だから、「見方が偏っている」とか「科学的・合理的根拠が無い」、と文句をつけても徒労に終わるだけだ。西洋美術に関する箇所で、ローゼンベルクはギリシア彫刻とゲルマン人の容姿について述べている。

   北方人種と云ふ、種に制約された美が、外的な静力学として現れたのが希臘主義で、かう云つた種に独特な美が内面的動学として現はれたのが北方的な西洋である。ペリクレスの顔とフリードリッヒ大王の頭とは、同一の人種魂、人種的には本来同一である美の理想の緊張幅を表はす二つの象徴である。(アルフレット・ローゼンベルク 『二十世紀の神話』 吹田順助・上村清延 訳 中央公論社 昭和13年 p. 233)

  西洋美術の絵画を鑑賞すれば、いかにギリシア藝術の影響が強いかが分かる。だが、実際のギリシア人なら、日焼けした肌で黒髪の女性の方が普通だったのに、彫刻にするモデルは北方種族の女性なんだから、ギリシアにもスラブ系かゲルマン系の市民がいたのだろう。当時、エジプトは高度文明国だったから、エジプト人の女性が「理想美」になっていてもおかしくはなかった。しかし、古代ギリシア人はエジプト人的容姿が好きではなかった。ルネサンス時代の絵画を見ると、もう白い肌のゲルマニア的女性が主流で、ムーア人みたいな黒髪のアラブ的女性は人気がなかったようだ。ヨーロッパ人は昔から「アーリア的理想美」を追求していたみたいだ。ローゼンベルクは述べている。

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(左: パルマ・ヴェッキオの聖母マリアとイエズス/右: ヴッキオの美人画)

  ヴェネチヤ派のジョルジョーネは彼のヴェーヌスに於いて、正に北方的な婦人美の古典的作品を創造し、また同じくヴェネチヤ派に属するパルマ・ヴェッキオは、金髪碧眼の大きな婦人より外には更に興味を持たなかった。かうした美の理想は極めて強く刻出されたので、黒い婦人達は、美しく、即ち金髪に見えんがために毛髪の色を染め変へるやうにさえなつた。(上掲書 p.235)

  ローゼンベルクの見解はもっともである。我々はラファエロの聖母子像などを観るが、そこに描かれているのは白い肌で金髪か栗毛色の髪をしたゲルマン的娘のマリアと幼きイエズスである。中東アジア系ユダヤ人の親子なら、両方とも黒髪で、鉤鼻、くすんだ肌で、もっと“いかつい”人相をしていたはずである。ミケランジェロのダビデ像も、ユダヤ人ではなく、ヨーロッパ人にしか見えない。もっとおかしいのは、日本の漫画である。日本人で北歐種族の容姿はまず見かけないのに、登場人物が北歐人というのが珍しくない。特に少女漫画雑誌など、スウェーデンかデンマークで出版されたのか、と疑いたくなるような内容である。

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(左: A.J.クック / 中央: ヴィーナスの誕生 / 右: ユダヤ人男性)

  ここでちょっと筆者の体験で申し訳ないが、ある少女と漫画雑誌の話を紹介したい。筆者が学生の頃、あるスカンジナヴィア系アメリカ人の家族と親しかった。憐れに思ったのか、そこの奥方が筆者をよく夕食に招いてくれた。その家を訪れたら、末娘のカレン(小学生1、2年くらいの少女)が日本語を勉強していたのだ。筆者が、「カレン、何やってんだ?」と尋ねると、彼女は「これ読みたいから」と、月刊か週刊の少女漫画雑誌を指した。日本で育ったアメリカ人少女は、魅力的な日本の漫画をどうしても読みたかったので、平仮名を覚えれば読めることに気がついた。漫画には「ルビ」がふってあるので、発音できれば外人の子供でも意味が分かる。母親は中年太りなのに、その娘はとても可愛らしく、いかにも可愛らしい北歐系の子供である。しかも、漫画の主人公と同じ容姿をしてるから違和感が無い。白人の子供が日本の漫画を読んでいる姿が、筆者にはとても新鮮であった。漫画のキャラクターを書いているのが非北歐的日本人で、読んでいる子供が非日本的北歐系アメリカ人なんだから、何だか奇妙であった。

  日本人の保守派には、妙に屈折した西歐嫌いがいるが、庶民は至って正直で、藝術の自由を謳歌している。好きなことを自由に表現できる日本は素晴らしい。ただ、西歐に好意を持つ日本人で問題なのは、日本人のくせに同胞を馬鹿にする連中である。特に、親の仕事により、西歐で育ったりした日本人が、帰国してからアメリカ文化やフランス文化を鼻に掛けて、英語やフランス語ができない日本人を下に見たりする。そして、これに劣等感を抱く日本人もいるから情けない。例えば、自分が英語を喋る事が出来ないと、我が子を英会話スクールに通わせたり、アメリカン・スクールに入学させて、バイリンガルにしようとするのだ。大切な幼児期を二重言語生活でメチャクチャにする阿呆な親がいるんだから、日本の国民教育は地に堕ちている。英語なんて現地に育てば、乞食でも話すことができるのに、それを有り難がっているんだから馬鹿らしい。日本語習得を犠牲にしてまで学ぶものでもなかろう。

  筆者も英語を流暢に話すことを自慢する英文科の女学生と会ったことがあるが、その時「うぁぁ、フィリピン人みたいに上手ですね」とからかってやった。アメリカ人になったつものり彼女は不愉快な顔をして、筆者を睨みつけていた。日本人として生きることを大切にしない、愚かな西洋かぶれは日本から出て行けばいい。そうすれば、どれほど日本が上等な国であるかが分かるだろう。英語なんかより、京都の言葉を話せる方が何倍も素晴らしいのに、「お遊戯英語」に大金を払っている日本人は間抜けである。英語が話せると「国際的ぃぃ!」と考える国民が多いのは、学校で英語の試験を強制され、試験の点数でランク附けされるからであろう。仕事などで必要なら別だが、一般国民にとっては雑談用の英語より、日本史を学んでご先祖様に感謝することの方が先だ。貴重な遺産である日本語を粗末にする日本人は、自ら「根無し草」になる愚か者である。

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(左: ウェルシュ・コーギー / 右: スコティッシュ・フォールド)

  日本人は西歐に対して複雑な感情を持ちすぎる点に問題がある。西歐が好きだと白人になったつもりで「西歐べったり」になるし、西歐で何か不愉快な事を経験すると、「やっぱりアジアがいいな」と思ってしまう。そうして、NHKの罠に嵌まって、「日本はアジアの一員でぇ~す。お隣の韓国と仲良くしましょ~ねぇ」というフレーズに賛同してしまうのだ。外国人と接する時は、日本人同士の付き合い方ではなく、別の考え方をもつべきだ。すなわち、日本人以外の人間は、地球上の生物と考えればいい。例えば、ある日本人が支那大陸のパグが嫌いで、ブリテンで人気のウェリッシュ・コーギーや、耳が折れた猫のスコテッシュ・フォールドが好き、と言っても問題はないだろう。だから、朝鮮半島やルソン島のアジア人が嫌いで、ノルウェーの北歐人やアメリカ大陸のアングロ・サクソン人が好き、と言ってもおかしくはない。白人全員から好かれることを期待する方が愚かであって、日本を好きな白人だけを相手にすればいいのだ。それに、西歐の白人は日本に密入国したり、偽装結婚をして日本国籍を取らないから、我々にとって最も良い外国人である。中流階級の西歐人女性が、日本のキャバレーで裸踊りをしたり、特別滞在許可を得るために、中高年の日本人男性とセックスして子供を産むなんてことはしないだろう。日本人が自国に招いて交流したいと思う外国人は、日本人にとって望ましい外国人であるべきだ。

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(左: 北歐系女性 / 中央: イギリス人女性 / 右: フィリピン人女性)

  日本人が間違いを犯すのは、常識に反した行動を取ったり、本心に背いた選択をする時である。戦前は右翼国粋派を装った左翼が「白人の帝国主義を許すな ! アジアとの連帯を!」と叫んで調子に乗っていたが、常識的に考えれば、白人国家のアメリカやブリテン、オランダ、フランスと争わず、日本も帝国主義の一員になっていれば良かった。インドネシアやフィリピンが白人に支配されたって、日本が困るわけでもないし、内地で日本人差別があった訳でもない。白人国家と貿易を続けていれば、日本の中流階級はもっと成熟したはずである。白人が嫌いな日本人は、歐米に旅行しなければいいだけだ。それに、付き合うなら西歐白人の方が、アジア人やアフリカ人よりも遙かに気分がいい。これは自分の身や家族にかかわる、実際の場面を想像してみれば判る事だ。例えば、アメリカやブリテン、あるいはドイツに転勤することになった日本人夫婦が、現地で子供の学校を探す時の事を考えてみれば分かるだろう。日本人学校や幼稚園が無い地域だと、現地の子供と同じ幼稚園や学校に我が子を通わせねばならない。その時、子供をもつ親は、どんな基準で選ぶのか? もし、幾つかの幼稚園があって選べるとしたら、一番気に入った所に決めるはずだ。例えば、ユダヤ人の幼稚園か黒人ばかりの保育園、イスラム教徒が経営する幼児施設、白人が多いキリスト教系幼稚園、異人種・異民族混合の公立施設などがあった場合、日本人なら白人の幼稚園を選ぶだろう。普通の日本人で不気味なユダヤ教やイスラム教の学校は選ばないし、第一、ヒケもじゃのユダヤ人やアラブ人が先生なら、子供が怯えるし、母親だって嫌がるだろう。また、異民族混淆施設だと、園児の育ちや言葉がバラバラで、我が子の成長が心配になる。

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(左: アフリカ人の子供 / 中央: ユダヤ人 / 右: アラブ人)

  結局、白人だらけの幼稚園が一番良く見えてしまう。もし、若い白人女性ばかりが保母さんで、キリスト教会が経営する幼稚園でも、嫌がらないだろう。普通の日本人なら、自分が好ましいと思う人物に子供を預けるのであって、いくら博士号を持った教育学の専門家であっても、アラブ人やユダヤ人みたいな中東アジア人とか、黒光りのケニア人、褐色のモロッコ人などは避けたい。なるべくなら若くて美しい白人女性の方が子供だって喜ぶし、旦那だって幼稚園のイベントに協力してくれるかも知れない。そういえば、故ダイアナ妃は保母さんだった。スペンサー家のご令嬢が幼稚園で働くなんて驚きだが、彼女は理想的な保育士だった。しかし、未来のプリンセスは、スチュワーデス(air hostess)になりたかったそうだ。英国人作家のポール・ジョンソンとの会話で、ダイアナは素直にその理由を打ち明けていた。

  結婚する前になりたかったのは、客室添乗員だったの。でもね、それになるための知的な教育が充分ではなかったのよ。(Paul Johnson, Brief Lives, Hitchinson, London, 2010, p.93)

   あれだけの美貌があればスチュワーデスくらいになれたかもしれないのに、それを知識が足りないからという理由で諦めたというんだから、何とも“もったいない”話である。もっとも、幼稚園の子供たちは幸せだ。あんな美人なら、「うちの子もその幼稚園に入れたかった」と悔しがる父親も多いだろう。「政治的正しさ」からすれば、白人女性ばかりの幼稚園は、性的・人種的・文化的に“とんでもない”施設だが、日本人の親は黒人ばかりの幼稚園より遙かに“まし”と考えるはずだ。

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(左: イギリス人の子供 / 右: ダイアナ妃)

  前回、高山正之の白人嫌いについて触れたが、日本人は西歐白人に過度な善意や好意を期待するから、それを裏切られた時ショックに感じてしまうのだ。白人に対してなら自ら進んで卑屈になる日本人や、白人と聞けば直ぐ反感を感じる日本は、両方とも片思いが強いからだろう。日本が好きな日本人でも、反日分子に会えば彼らを憎んだり嫌ったりするが、全体として日本人を嫌うことはない。それと同じで、日本を毛嫌いする西歐白人と無理して付き合う必要はない。日本が好きな西歐人だけを歓迎すればいいだけの話だ。地球上の人間を比較して吟味すれば、西歐人が最も好ましい外人であることが分かる。それを無意識的に分かっているから、日本の庶民は熱心に西歐の文化や社会を学び、歐米人と交流したいと望むのだろう。ヒンドゥー語やアラビア語を学ぶ日本人が少ないのは、いくら偉大な文明を持っているとはいえ、インド人やアラブ人に魅力を感じないからじゃないのか。昔、ベトナム戦争が泥沼化した時、散々アメリカを非難した左翼でも、アメリカ文化が好きだったり、留学するならアメリカを選ぶ人が多かった。言行不一致が左翼の特徴だけど、やはり個人の生活となれば、建前ではなく、本音で動いてしまうということだ。日本人の不幸は、我々とかけ離れたアジア人の近くに日本列島が存在し、我々と文化レベルが近い西歐人と地理的に離れている点にある。戦争中、収容所に送られた日系人はアメリカ白人を憎み恨んだが、アメリカを去ることはなかった。彼らはアメリカ白人の中に、怨恨を帳消しにするほど素晴らしいものを見たのだろう。「元日本」の朝鮮半島から一目散に脱出した日本人は、本心に忠実だったからだろう。





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