無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

日本文化論

「アジア人」ではなかった日本人 / 日本だけが沸騰した訳

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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なぜ日本だけが独立国だったのか

  毎年、八月中旬になると、本国民は神妙な顔附きで懺悔式に参加する。夏祭りじゃあるまいし、国会議員から村役場の事務員まで、色々な行事で大忙しだ。大東亜戦争によるアジア侵掠と国民が蒙った悲惨さを忘れないため、というが、反省するならどうして負けたのか、あるいは、どうやったら勝てたのかを研究すべきだろう。だいたい、「善人気取り」のマスコミや学者は、我が国の“軍国主義”を批判するが、肝心の軍国主義者がいなくて、代わりに共産主義者がウヨウヨいたことを意図的に無視する。赤く染まった軍官僚が日本を敗戦に導いたんだから、そっちの方を批判すべきなんじゃないか。現在では明らかとなったけど、帝國陸海軍や官僚組織に潜む共産分子は、「北進」すると大切なソ連が壊滅するから、日本を英米にぶつけるべく、「南進せよ !」と叫んで躍起になっていた。

Sejima 1(左  /  瀬島龍三)
  近衛文麿はもちろんのこと、陸軍参謀の瀬島龍三なども、日本の惨敗を期待していた内の一人だろう。今でも覚えているが、晩年の瀬島はフジテレビが企画した『日本の夜明け』という番組に出演し、自己弁護に務めていた。対談相手の笑福亭鶴瓶は歴史に無知だから、瀬島の正体を見抜けず、ただ感心してうなづくだけだった。学校秀才の参謀らしく、瀬島は饒舌なトークで観客をたらし込むのが実にうまい。しかし、彼は波瀾万丈の人生を語っていても、なぜか「シベリア抑留」時代に触れようとはしなかった。つまり、この赤いナポレオンは「愛国者」の仮面を附けて日本人を裏切り、ロシア人の命令に従っていたから、拉致時代を詳しく述べる事が出来なかったのである。一部の帰還兵が憤慨していたけど、瀬島が語る嘘で塗り固めた「悲劇の軍人像」には腹が立つ。陸軍中佐の瀬島は、参謀本部作戦課部員で軍令部作戦課部員を兼務していたから、失敗を重ねた作戦指導に関しては、普通の士官や兵卒よりも責任が重いはずだ。ところが、『幾山河』を出版してベストセラーにした瀬島は、多くの軍人や民間人が貴い命を失ったことに“胸が痛む”と述べ、自己防衛に成功すると、ちゃっかり「太平洋戦争戦没者慰霊協会」の会長に納まった。まったく、卑劣な野郎は最後まで図々しい。日本を敗戦に導いた共産主義者をここで語り出すと長くなるので省略する。

Aida Yuji 1(左  /  会田雄次)
  毎年、停戦記念日を迎える頃になると、各雑誌は大東亜戦争を取り上げ特集を組む。ところが、戦場に赴き銃撃戦をくぐり抜けた言論人というのは意外と少なく、京都大学の会田雄次先生は論壇において貴重な存在だった。その他の知識人と言ったら、陸軍少尉だった山本七平くらい。ビルマ戦線で散々な目に遭った会田先生は、日本への愛国心と忠誠心を持ち続けていたが、無謀な作戦に駆り出され、囚人生活を味わったせいか、心の片隅にどことなく醒めた人生観を持っていた。その会田先生が帝国主義時代と日本の明治維新を語り出すと、独特な切り口を披露するから非常に面白い。会田先生によると、西歐列強がアジア諸国に迫り来るという危機を迎えて、国論が沸騰し、近代化の達成と国家の独立を維持したのは、唯一日本だけであった。(会田雄次「なぜ日本は世界平和に貢献できないのか」、『日本人の外交感覚』 世界文化社、1992年 p.168) 日本人が長いこと仰いできた支那は、英国の攻撃を喰らうと“あっけなく”大敗し、あろうことか第二首都にまで攻め込まれての降伏だ。アヘン戦争を目の当たりにした日本人は、陋化した幕府ではどうにもならないと悟り、自ら社会改革に着手したから本当に偉い。日本人と異なるアジアの諸民族は、アヘン戦争の経緯が伝えられても、ちょっとした叛乱くらいで、みな無感覚、いわば「眠ったまま」の状態だった。

  西歐列強による戦慄の侵掠に関して、会田先生は「アジアの中で日本ただ一国」が危機感を募らせ、蹶起して近代化を成し遂げた、と述べていた。だが、一つだけ間違いがある。日本はアジアの国ではない。我が国はアジア圏に属しておらず、アジアとは違う文明を築いていた。日本と朝鮮の地理を考えれば一目瞭然だ。大陸に接する朝鮮人は絶えず支那人や北方民族の圧力を受け、侵掠を受ける度に屈辱を味わい、抵抗すれど百戦連敗。だから、いつも従属国のままだった。そのうえ、日本の貧乏人より貧乏。でも、朝鮮人は賢い。モンゴル人や支那人の侵攻を防ぐために、魅力が一切無い汚穢の地域になるという政策を取った。さぁ~すが、朝鮮人は興亡の一手を指してくる。確かに、誰も肥溜めを占領し、その上澄み液を飲もうとはしないだろう。日本人だって、悪臭漂う浮浪者に抱きつこうとは思わないじゃないか。ちなみに、属国になった朝鮮は選りすぐりの「美女」を支那様に献上したというが、その貢ぎ物だって“どれくらい”上玉だったのか怪しいものだ。もし、本当に美女を差し出したとすれば、国内に残ったのは献上できないカスや醜女(しこめ)ということになる。 また、モンゴル人による強姦で生まれた混血児は、周囲からどう扱われたのか、ちょっと興味がある。現在の朝鮮人は「モンゴル顔」が嫌いなようで、顔面工事を用いて繕っている。(朝鮮人が顎を削ったときの骨って気持ち悪い。)

Brumese under the British rulekoreans 40









(左: 英国統治下のビルマ人  /  右: 昔の朝鮮人)

  会田先生の話を聞けば、日本の明治維新は本当に凄かった、と思えてくる。他方、西歐の衝撃に対するビルマの反応は呆れるほど酷かった。会田先生によると、イギリス人は易々とビルマを征服することが出来たという。異民族支配に長けたイギリス人は、「分断して統治する」という伝統的手法を用い、ビルマの少数民族、すなわちモン、カレン、シャン族などを懐柔し、彼らを唆して叛乱を起こさせた。つまり、異なる民族を巧みに反撥させることで、イギリス軍は乏しい兵力でもビルマ人を征服することが出来たのだ。しかし、ここで疑問が湧いてくる。最後の王家であるアラウンパヤ王朝、とりわけ英傑と呼ばれたミンドン王は、いったい何をやっていたのか? とても信じられない話だけど、この王様がやったことは、ビルマやその周辺の学僧たちを集めて、南方仏教の経、律、論の三蔵の経典を校訂し、それを大きな大理石の石版729枚に刻んで、それを一枚づつ嵌め込んだパゴダ(仏塔)を建てただけ。これは数年がかりの大事業で、その建物を披露する1871年には、全アジアから人々を招待し、第五回世界仏教徒大会を開いたそうだ。会田先生は次のように評していた。

  飢えた虎狼が爪をとぎ、牙をみがいている最中にあっって、軍備を整え、国論を対英抗戦で統一するといった手段はまったくもってとっていない。ひたすら祭壇を築き、仏陀の加護を、といってもただ平和を祈ることに巨費を投じていただけである。(上掲書 p.174)

  会田先生も呆れていたが、これでは敵に自国を犠牲として捧げるべく準備をしているようなものだ。案の定、次のチボウ王の時代、ビルマは抵抗らしい抵抗もせず、英国にあっけなく征服併合されてしまった。「憲法九条」という念仏を唱えている日本人は、ビルマ人の愚かさをよく肝に銘じてみるべきだ。武力による進撃には、それを上回る武力で闘わねば勝ち目は無い。「核ミサイルの第一攻撃を受けてから反撃を考えます」と口にする日本の政治家はビルマ人を笑えないぞ。

同族の日本人で構成されていた日本

  日本人だけがなぜ覚醒し、挙国一致で独立を保てたのか、会田先生はその理由を述べなかった。これは筆者の推測になるが、日本の明治維新は、我々が戦闘民族で、しかも同じ種族で長いこと暮らしてきたからじゃないのか。日本人は同じ土地で二千年以上も共同生活を送り、皆が皇室を敬い、その神聖さを疑わなかった。しかも、時折、各地の武士が戦を起こすことで軍人魂が鍛えられ、切磋琢磨しながら武力を高めていくという歴史を辿っていた。日本人の民族の精神が活き活きしていたのは、武士の伝統を温存していたからだろう。注目すべきは、日本の戦争が殲滅戦ではなく、大将の首を取ったら終わり、という淡白な闘争だったことである。「戦国時代」といえども温和な戦さが多く、領民の絶滅を招く収奪すら無かった。例えば、甲斐の武田軍が勝ったら越後の百姓は皆殺しとか、越後の上杉軍が信州に攻め込んだら現地の民衆は悉く血祭りに上げられ、女子供でも串刺しの刑、というのはなかったはずだ。第一、「義」を尊び「信」に厚い謙信が、占領地で掠奪放火強姦の限りを尽くすなんて想像できない。

  でも、支那人の軍閥・匪賊ならやりたい放題。日本人では考えられぬ残虐性を発揮する。勝者になった支那人は敗軍の将兵を容赦無く追討するし、民衆に対する掠奪と強姦が兵卒へのボーナス。血みどろの戦争は閻魔様でも驚く生き地獄と化し、国土と人心はボロボロになる。しかも、不運な者はバーベキューの食材だ。支那人の「目玉焼き」は眼球を炙ったりするから、かなりグロテスク。一方、日本の戦国時代は謂わば煌びやかな絵巻物で、魅力溢れる武将が死闘を繰り広げる英雄譚に近い。ところが、支那人の戦争は宇宙人や蛸でも真っ青になるくらいのホラー映画。支那人に滅びの美学なんで一切無い。あるのは勝者が敗者の顔を踏みつけて雄叫びを上げるだけ。支那の武将はせいぜい、匪賊の頭目か暴力団の首領といったところだ。支那の民衆は統治者から大切にされたことは一度も無いから、信じるのは自分自身と血族くらいで、他人は潜在的な敵か、どうなってもいい虫けらである。だから、支那人はイギリス人やフランス人が攻めてきても、自分の家族さえ助かればいいと思っているし、誰が支配者になろうが、支那が最低の国であることに変わりがない。むしろ、法治主義を実践するイギリス人に征服されて嬉しかった。香港割譲を悲劇と教えているのは日本のアホ教師くらいで、現地の支那人は大英帝国に併合されて幸運だったというのが本音だ。

  強い国家は血で結ばれた者同士が同じ文化や信仰を共有し、君民一体となって団結できるという点に特徴がある。第19世紀にドイツと日本が勃興したのは、こうした國體(こくたい)を有していたからだろう。ドイツはキリスト教で日本は神道という違いはあるが、どちらも戦士気質を尊び、昔から変わらぬ血の絆で結ばれていた。だから、外国からの脅威を感じると、国家の末端まで戦慄が走り、官僚組織から教会、組合、私的クラブまで様々な国家的筋肉が反応する。同質民族で成り立っている国家には、「郷土愛」と「同胞」に共鳴する神経が張り巡らされており、各細胞が密接に繋がっている。日本人が朝野を挙げて国難に立ち向かうことができたのも、朝廷と幕府が祖先と神々の血で結ばれ、庶民も同じ絆を有し、日本全体が運命共同体となっていたからだろう。

  しかし、国内に異民族が蔓延(はびこ)っていると国内に亀裂が生じる。ドイツの場合はユダヤ人で、日本の場合は朝鮮人だ。長いことドイツ人から賤民扱いで、ゲットーからの解放後も異人種と見なされていたユダヤ人は、ナチス政権で大迫害を受け、ゲルマン人に深い恨みを抱いている。ドイツ人意識を持ちながらも「除け者」にされたユダヤ人は、ドイツ人が“種族的”に団結することを極端に嫌う。二度と再び、ゲルマン民族が統一されぬよう、教科書から映画に至るまで、様々な心理・謀略戦を使って分断を図っている。ちょっとしたTVドラマでも非ドイツ化の影が見え隠れする。例えば、ドラマのキャスティングで全員がチュートン系のドイツ人というのは不可能だ。必ずトルコ系とかアラブ系の血が混じった俳優、ないし北アフリカ系やアルバニア、ボスニア、ユーゴ系じゃないかと思える黒髪の俳優が採用され、多民族国家ドイツというイメージが埋め込まれている。最近では、アフリカ人やシリア人の若者まで、ドイツ生まれだから「俺はドイツ人」と言い放っているくらいで、日本人からずば、とても信じられない。

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( 左: ノルマ系少女 / ゲルマン系ドイツ人少年  / アフリカ系ドイツ人女性  /  右: アフリカ系ドイツ人男性)

  かつてはゲルマン人の血で結ばれていたドイツの國體は、ユダヤ人や左翼分子の攻撃で崩壊寸前だ。よく冷酷な獄吏が囚人をいたぶる時、抵抗できぬようアキレス腱を切ったり、五寸釘で手のひらを打ちつけて壁に固定し、ナイフを用いて肉を剝いだり、目玉を剔(えぐ)ったりする。同様に、ユダヤ人はナチスの罪を掲げて、まずドイツ人の精神を叩き潰し、リベラリズムで洗脳してから、その手足の筋を切断し、じっくりと宿敵の肉体を切り刻んで行く。ユダヤ人の仕置きに絶えられなくなったドイツ人は、大粒の涙を流して慈悲を乞うか、自ら進んで「私は悪魔でした。残りの人生を全て贖罪に捧げます」と宣言する。だから、ドイツには左翼思考の国民が多い。昔、肉慾に悩んだ修道士が、鞭を持って自分の背中を叩いたけど、現在のドイツ人は“非ナチス”をアピールするため、異常な自虐を国是に掲げている。トルコ系帰化人やアフリカ系住民なんて本当のドイツ人じゃないのに、ドイツ国籍を持つから「ドイツ人」と見なして、差別主義者の汚名を避けている。もし、正直に「トルコ人や黒人なんか嫌い !」と口にしたら、「ネオ・ナチ」と疑われ、社会的地位まで失ってしまうから、ドイツに言論の自由は無い。

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(左: ゲルマン系ドイツ人の男女  / 右: ヨーロッパに住みつくユダヤ人 )

  日本もドイツと同じ病を抱えている。マスコミ業界や教育界に潜む左翼分子は、日本の同質的社会を「閉鎖的」と非難し、「国際化」の印籠を掲げて外国人の受け容れを後押しする。この潮流に逆らう者は、「右翼」のレッテルを貼られて表舞台に出ることはできない。現在の国会議員で、明確にアジア人の流入や混血児の増大を懸念する者が何人いるのか? LGBTに関するちょっとした失言でも、マスコミの集中砲火を浴びた杉田水脈議員を見れば、どの保守派議員だって懼れをなし、アジア移民に対する反対を堂々と述べることはできない。しかし、勇気ある反対は絶対に必要だ。もし、臆病な日本人ばかりとなれば、アジアから“ここぞ”とばかりに大量の異民族が流入し、日本国民が持っていた民族的一体感はズタズタに切り裂かれ、ご近所への“心配り”は徐々に無くなり、“困ったときはお互い様”という美風も消滅するだろう。あたかも、隣人が誰だか判らぬ雑居ビルに住んでいるようなものだ。只でさえ、日教組教育で日本人の国家意識は薄れているのに、そこに多民族教育が加われば、日本という国家的枠組みまで無くなり、日本人は地球をうろつく放浪集団になってしまうだろう。こうなれば、政治家は特殊利益団体の代弁者に過ぎず、軍事・外政は票にならないから無視となる。おそらく、天皇陛下だけが日本国全体の将来を憂慮される指導者となるが、憲法上、政治権力を持たない元首であるから、結局「お祈り」しかない。

  一般国民が「アジア移民の流入」と聞けば、賃金の低下くらいしか思い浮かべないが、本当に怖いのは、移民の子孫が日本社会で台頭することだ。なるほど、移民一世は教養が無く、筋肉労働に従事する者が多い。しかし、その子供たちは日本の学校で教育されるから、日系人の子供と同じレベルになる。ただし、移民や帰化人の子供がみんな直ぐさま秀才になる訳じゃないが、大勢の子供が勉強し始めれば、その中から優秀な子供だって現れてくる。その優等生が大学にまで進み、専門家となって官庁や民間企業の各界に入り込めば、何をしでかすか分からない。外人系の官僚や議員は、子供の頃に味わった差別体験や屈辱感を一生抱くから、日本人のために尽力することはないだろう。むしろ、無意識の復讐心を燃やし、日本の国益を軽視する。例えば、入国基準を低くしたり、国籍を誰でも取れるような法案を通すかも知れない。また、我々は当然の如く警官や判事を「日本人」と思っているが、多民族化する近未来では、支那系の警察官とか、日鮮混血児の裁判官、華僑系の財務官僚、北鮮系の国会議員などが普通になる。こうしたグローバリズムが日常化すれば、彼らの親戚や同郷人も連鎖して流れ込むから、やがて日本はアジアの一部となるだろう。

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(左: タイ人の子供たち  /  右: マレーシアの女性)

  実際、テレビや新聞がしょっちゅう「アジアの中の日本」と宣伝するから、一般国民の中には自らをアジア人と思っている人が多い。しかし、「アジア」とはヨーロッパ人が勝手に使っている呼称で、基本的には「トルコから東の異民族が住む地域」という意味である。例えば、「西アジア」とは主にトルコ辺りを指す名称で、場合によってはアゼルバイジャンやグルジアを含むこともある。また、我々がよく耳にする「中東アジア」は、シリアとかレバノン、イスラエル、サウジ・アラビからペルシア(イラン)に跨がる地域と考えてよい。そして、「東南アジア」とは、タイやマレーシア、ベトナム、フィリピンなどの地域で、「極東アジア」と言えば、主に朝鮮と日本を指す。でも、普通の日本人が日本人同士で「僕達は極東アジア人だよね !」とは言わないし、トルコ人やアラブ人、ユダヤ人、ペルシア人と同じ文明圏に属しているとは思わない。彼らに親近感を抱く日本人は稀だろう。だいたい、上野のアメ横でシシカバブ(焼き肉)を売っているトルコ人や、新大久保で雑貨店を構える南鮮人を「私たちと同じ種族」と見なす日本人がいるのか? 髭面のパキスタン人やスカーフを被ったマレー人を見たオバちゃん達は、「最近、外人が多くなったわよねぇ~」と愚痴をこぼすくらいで、たとえ日本国籍を持つアジア人が現れても、彼らを“同国人”と思わない。10代や20代の若い女性だと、アラブ人のゴワゴワした胸毛を見ただけで、拒絶反応を起こし、蕁麻疹(じんましん)が出るほどゾっとするだろう。


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(左: トルコ人   /   アラブ人   /   モンゴル人   /    右: フィリピン人)

  そもそも、ヨーロッパ人が日本人をどう呼ぼうが、我々が気にすることではない。日本人は誰が何と言おうとも「日本人」で、朝鮮人でもなければ、支那人でもない。イギリス人やフランス人が、日本人を「黄色人種」とか「モンゴロイド」と呼ぶのは、彼らの自由である。我々は外国人の慣習に干渉すべきではないし、「やめろ !」と厳命することもできない。各民族には国内で自由な言論を楽しむ権利がある。ここでちょっと興味深いのは、モンゴル人との混血児が公立学校に通い、同級生から「モンゴロイド」という綽名をつけられたら、担任の先生はどうやって日系人の子供を叱るのか? もし、朝青龍みたいな顔をした小太りの女の子が、「朝青龍」とか単純に「モンゴル」とからかわれたら、教師たちは「そんなこと言っちゃいけません !」とは言えないだろう。なぜなら、日系人の子供たちが「どうして?」と理由を訊いてくるからだ。日比混血児の場合も同じで、子供同士の喧嘩の際、日系人の生徒が「何だ、このフィリピン野郎!」と罵倒した時、日比混血児の生徒は反論できない。日系人の生徒が級友から「フィリピン人みたい」と言われれば、「何だよ ! 馬鹿にするな !」と言い返せるけど、母親がフィリピン人だと沈黙するしかない。実際、フィリピン的容姿を馬鹿にされて号泣する混血児がいるのだ。教育評論家は「民族差別はあってはならない !」と綺麗事を口にするが、現場の学校では建前など無力で、子供達の間には生理的嫌悪感が渦巻いている。

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(左: 朝鮮人の親子  /  右: フィリピン人の家族)

  日本人のアジア化はかなり深刻だ。最近の幼稚園や小学校では、アジア系混血児の子供が珍しくなく、名前は日本的でも顔附きがタイ人風とかベトナム風といった“アジア的”な子供が多い。しかし、こうした子供たちは確実に投票権を持つ「日本国民」となって行く。そして、「アジア化」の傾向は日本の将来に暗い影を投げかけている。もし、日本が様々な民族と雑居する長屋国家になれば、国家的危機に直面しても、「日本国民」が団結することはないだろう。異民族の血が混じった「国民」は共鳴せず、似た者同士で寄り集まり、各民族ごとに行動するからだ。たとえ支那海軍が尖閣諸島を占領しても、幕末に見られた国民的沸騰は起こらず、無気力なアジア系「住民」が領土侵犯をボケ~と眺めているだけだろう。国土防衛に燃えるアジア系国民なんて有り得ない。むしろ、侵掠を手助けする支那系国民が蹶起するだけだ。アジア移民が増加しても日本列島の地形は変化せず、統治機構としての政府も残るだろう。だが、愛国心に満ちた日本人は「少数派」となるに違いない。やがて、日本社会には「民族的断絶」が顕著となり、日本史上初となる「日系人の終焉」が訪れる。嫌な予感だけど、日本史の授業が「マイノリティーの過去」を学ぶ科目になる日は近いかも。




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日本に怨念を抱く法学者 / 小林節の赤い憲法学 (後編)

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女系天皇を誕生させたい左翼学者

  前回、竹田恒泰が小林節に対し遠慮しがちであることについて述べた。竹田氏は自ら認めている通り、小林教授の『憲法守って国滅ぶ』を読んでいるから、恩師の皇室観がどのようなものか解っているはずだ。小林節の主張を吟味すれば、一般人でも、この対談相手には皇室への尊敬が殊のほか薄く、我が国の伝統に関する愛着が無いことに気づくだろう。竹田氏は対談本の中で糾弾しなかったが、小林節は天皇陛下よりも「国民」を上に位置づけている。すなわち、天皇陛下が我々よりも「格下」の存在になっているということだ。小林節の学説を応用すれば、「主権者」である我々は、陛下の法的地位と将来の運命を決める「権能」を持っていることになる。これは驚嘆すべき発想で、昔の日本人なら畏れ多くて、とても口にすることが出来ない。

  しかし、「天皇制は文化的遺産」と嘲笑う憲法学者には、庶民が皇室に対して抱く尊崇の念は見当たらず、彼にとっては皇室伝統など歴史の遺物に過ぎない。例えば、小林節は男系男子による皇位継承に異議を唱えている。なるほど、小林は憲法第二条、すなわち皇位の世襲制に関しては、歴史的背景を考慮して「当然」と考えているようだが、男系である「必然性は無い」と述べていた。この改憲論者は、男女平等の第21世紀において、国家の象徴を男系に限るなどということは「時代錯誤」と評していたのだ。(『憲法守って国滅ぶ』 p.135) そこで、小林節は現憲法の第二条を改正し、“性別に係わらない”皇位の継承へと変更すべき、と提唱する。つまり、皇太子殿下のもとにお生まれになった一番目の赤ん坊が“たとえ”女の子であっても、性別に関係無く将来の天皇にすべし、というのだ。小林は女帝の先例を挙げながら、皇室の慣行は時代状況の中で変わってきたし、「これからも変わって行くはずだ」と述べ、天皇制といえども男女平等の原則に照らし合わせれば例外ではないと言い放つ。(上掲書 p.136)

  小林節は実に狡猾で、脈々と続いてきた皇室の存在を認めながらも、「これからは“主権者”である国民が皇室の制度を決めるんだ よ !」と宣言していたのである。要するに、男系男子のみによる皇位継承など時代錯誤で、男女平等に反するから、遠慮無く「国民が制定法で変えちまえ !」ということだ。普通の庶民なら、こんな立法を聞けば、「傲慢不遜、陛下に対し不敬であろう !」と激怒するが、小林節は「むしろ健全な憲法感覚」と述べていた。まさしく、「国民主権」恐るべし。もし、国民を代表する議員が多数決で法案を通して、女系天皇も作り出せるとか、皇位継承順位も変更できるということになれば、国民次第で皇室を廃絶し、民主的な「日本人民共和国」の樹立も可能という訳だ。表だって小林節は皇室抹殺を叫ばないが、次のように“提案”している。

  憲法の改正に際しては、是非とも、法制度としての天皇制の存廃を皆で真剣に議論してもらいたい。今のままでは、天皇制は真の国民的合意の上に存続しているとは言えないはずである。(上掲書 pp.136-137)

  皇室の存在に関して国民の合意が無い?  もしかして、小林節の周りに居る「国民」って共産党シンパなのか? 確かに、共産主義にかぶれた大学生やジャーナリスト、進歩的文化人を気取ったインテリ層などは、皇室撲滅を叫んでいたけど、健全な日本人は決して「皇室無き日本」を望まず、皇統の永続を願っている。毎年、正月になれば、多くの国民が宮城(江戸城)に赴き、皇族の御尊顔を拝することを喜んでいるのは周知の事実。そして、何らかのイベントや式典で陛下がご訪問となれば、みんなウキウキしながら陛下のご到着を待ちわびるし、陛下に謁見できれば感涙で咽(むせ)ぶことが多い。大多数の国民が皇室を支持しているのに、改憲の際、わざわざ「国民投票にかけて皇室の存続を決めろ」、なんて狂気の沙汰である。

  日本国民は大東亜戦争の敗北で帝國陸海軍を失ったが、皇室だけは必死で守り、何が何でも残そうとした。それなのに、小林節は「国民の合意が無いから議論しろ」と言う。これはどういう了簡なんだ? 対談相手の竹田恒泰は女系天皇に反対で、男系男子の皇位継承を支持していたはずだぞ。どうして、小林教授に対し、「私はあなたと意見が全く異なります !」と言えないのか? 皇位の継承に「時代錯誤」とか「男女平等」など関係無い。竹田氏は女性天皇を誕生させたいと謀る知識人や政治家に反対し、舌鋒鋭く徹底的に反論していたのに、どうして恩師に対しては黙っているのか? インターネット放送の番組では、女系による継承を斥け、男系男子による皇統を熱心に説いていたのに、恩師については「パス(回避)」なんて卑怯だ。ちゃんと小林節の目を見据えて、きっぱりと否定すればいいじゃないか。わざと「触れない」とすれば、竹田氏には裏の顔があるということだ。

マッカーサー憲法は有り難かった?

  日本では不思議な現象があって、法学部出身者には廃憲論者が極めて少ない。いくら出来の悪い学生でも、現憲法が占領期に作成され、原文が英語ということくらい知っているはずだ。そもそも、日本人の憲法なのに、どうして外国人、しかも日本を「兇悪犯」と断罪する勝者が適当に作った草案なのに、未だにそれを後生大事にしているのか? 「私が武器を持てば再び侵掠者になってしまうので、今後一切軍隊をもちません」という詫び状なんか、さっさと捨ててしまえ ! 現憲法の前文を読めば、誰だって「こんなモノ !」と吐き捨てたくなるじゃないか。さらに、驚愕すべきは、その誕生過程である。つまり、占領軍が準備した帝國憲法改正草案を日本政府が“恭しく”戴き、日本国民が抵抗も無く新憲法にしてしまったことだ。マッカーサー草案が枢密院の審議をすぅ~と通過し、貴族院でも参議院でも圧倒的多数で可決され、再度枢密院にかけられても賛成多数なんだから呆れてしまうじゃないか。国家の基本となる憲法となれば、採決までの議論が白熱し、賛成派と反対派が拮抗するのが普通だ。たとえ、賛成されるにしても、僅差で可決されるのが通常である。なぜ、こうした異常事態が罷り通ったかと言えば、当時、日本はまだ占領期間中であったからだ。

  普通の国だと、占領軍が撤退すれば、こんな穢らわしい「桎梏」は即座に廃棄だろう。ところが、日本では不可能だった。なぜなら、東大を始めとする各大学の憲法学者が、こぞって改正と廃止に反対したからである。本来なら、法学部の教授や卒業生が、マッカーサー憲法の廃止を訴え、廃憲派の圧倒的多数を占めるはずだ。それなのに、法学部出身者のほとんどが護憲派で、憲法改正にすら消極的というのが現状である。日本の弱体化を望む憲法学者は、しきりに「マッカーサー憲法を廃止すれば社会が混乱し、軍国主義の復活になる !」と騒ぎ立てる。学者の権威に弱い一般国民がこうした警告を耳にすれば、「そうなのか ! やっぱり、廃憲は危険な考えなんだ」と思い込む。でも、実際は廃憲の方が改憲よりも簡単で、遙かに効率的なのだ。だいたい、国会議員の3分の2以上を獲得し、国民投票で過半数以上を要するなんて現実的ではない。必ずや、テレビをはじめとするマスコミの大反対が一斉に湧き起こるだろう。

  竹田氏は占領憲法の実態を知っているのに、廃憲派ではない。小林節はよほど戦前の日本が嫌いなのか、占領軍による「押しつけ憲法」でも構わないと言いのけ、呆れたことに、「いいものをくれてありがとう」と感謝の意を述べているのだ。(『憲法の真髄』、KKベストセラーズ、2018年、p.135) また、竹田氏も占領憲法の存続に肯定的である。なぜなら、敗戦後の国際世論には、ソ連につられて「天皇を消せ !」という意見もあったので、マッカーサー憲法が無かったら皇室が滅びていたかも知れないというのだ。したがって、竹田氏は「最終的に日本が残り、皇室が残り、国家として存続したことを考えれば、怪我の功名とでも言ったらよいでしょうか」と評している。(上掲書 p.135) ほぉ~んと、お坊ちゃま育ちは甘いよねぇ~。確かに、マッカーサー元帥の意向で皇室が残ったことは幸いだったが、だからといって、国家の独立と軍隊の設立を否定する置き土産を占領期間が終わっても温存する理由にはならない。竹田氏は「押しつけだから、一方的に無価値とは限らない」と述べているが、日本の衰弱を招く元兇が現憲法にあることを忘れているんじゃないか。

  護憲派も改憲派も「押しつけ」と言うが、憲法問題の核心は、左翼勢力が敗戦と占領を利用して、軍隊無き日本を狙ったことにあるのだ。左翼学者たちは米軍を憎んでいたが、日本の軍事力を封じ込める憲法を有り難く思っていた。なぜなら、敗戦後間もない頃だと、「いつかはソ連の赤軍が日本に上陸し、忌々しい愛国主義者と天皇制を叩き潰し、俺たちの天下になるんだ !」と夢見ていたからである。今となってはアホらしい妄想だが、1960年代までは共産主義国に勢いがあり、我が国のインテリどもは官僚による計画経済の方が優れていて、軍事的にもソ連がアメリカを凌ぐと信じていたのだ。赤く染まった日本の知識人は、ソ連軍が侵攻しやすいように、米軍を日本から追い出し、赤絨毯でスターリンを迎えたいと思っていた。彼らが熱心にスターリンを讃美していたのは、占領された暁(あかつき)に、「私は昔からスターリン元帥を褒めていました」というアリバイを提示するためだ。情けないけど、青瓢箪の知識人は、自分で共産主義革命を実行できないので、ロシア兵にすがって日本転覆を謀っていたのである。左翼から転向した清水幾太郎が告白していたけど、進歩的文化人どもはソ連上陸を本当に心配していたんだって。大学教授なんか、学生の前では傲慢不遜で、偉そうに説教を垂れるが、兇暴なロシア兵を前にすれば、米つきバッタのように土下座するんじゃないか。

靖國神社は本来の神道に非ず?!

  竹田氏は面と向かって指摘しなかったが、小林節には日本に対する怨念があるようだ。例えば、我が国を敗戦に導いた共産主義者の官僚や赤い軍人を批判せず、天皇陛下を熱烈に敬愛する臣民や勇敢に戦った軍人を嫌悪している。彼は大日本帝國憲法で国民が「主権者」ではなく、天皇に従う「臣民」となっていから、敗戦になったのだと考えている。小林節は「いかれた戦争」や「いかれた敗北」という言葉を以て戦前の日本を激しく非難するが、軍国主義者がいなかったことには言及しない。というより、「軍国主義者の不在」に気付いていないのかも知れないぞ。この点に関しては省略するが、第二次世界大戦に詳しかった小室直樹先生は、「日本に軍国主義者なんていなかった」と喝破した。普通の日本人が聞けば驚いてしまうが、じっくり考えてみれば、この発言には納得できる点が多くある。生前、小室先生は「戦争計画も無しに戦争を始める日本は戦争音痴だ !」と怒っていた。まぁ、憲法しか勉強しなかった小林節には理解できまい。

  小林節は一応、神道に理解を示すが、その根底には日本に対する怨みが満ちている。例えば、彼は靖國神社を「大日本帝國の徒花(あだばな)みたいなもの」と評している。(『憲法の真髄』 p. 193) そして、「靖國神社は日本の伝統神道ではなく、戦意高揚のために軍国主義用に特別誂(あつら)えされたもの」、と吐き捨てる。彼は靖國神社に「軍神」が祀られていることを挙げ、竹田氏に向かって「現代的な目的はどこにあるのでしょう?」と尋ねていた。(p.194) もう、溜息しか出ない。この憲法学者は靖國神社の英霊に何らかの現代的な「効用」とか「必要性」ないし「目的」を求めているのだ。靖國神社は爽やかな気分を味わうための水族館じゃないし、リラックス効果を図ったリゾート施設じゃないぞ。我々は国家に命を捧げた英霊に感謝するため、毎年八月になれば靖國神社に参拝し、散華した将兵を偲んで涙を流しているのだ。生きて日本に還ってきた軍人は、戦場で亡くなった戦友に再会するため靖國を訪れるし、遺族も同じ思いでやって来る。それなのに、こうした人々に対して、「現代的な目的は何ですか?」と尋ねる奴がいるのか。小林節にはマンチカンの猫パンチじゃ足りないから、マーク・ハントの右フックが必要だ。それが駄目なら、代わりにミルコ・クロコップの左ハイ・キックでもいいぞ。(これは筆者の希望だけど、蝶野正洋は山崎邦正を叩いてないで、今年こそは小林節をビンタしろ。)

  法学部ばかりじゃないけど、日本の大学が悉く左翼の巣窟になっているのは、赤い教授が長老になって学部を支配し、気に入った講師や助手を「後継者」に指定するからだ。つまり、自分の乾分(こぶん)を出世させて、自分の路線を固めているんだろう。こうした蛸壺状態だと、学界の大御所を批判する若手は育たない。というより、優秀な研究者は芽の内に叩き潰されてしまうのがオチだ。だから、法学部の実態や因襲を目にした秀才は、大学院に進まず、自分で会社を興したり、弁護士資格を取って独立する道を選んでしまうだろう。そもそも、指導教授に媚びて大学院に進むような学生には、「残りカス」のような凡才が多く、最高学府には大学教師にしかなれない駄馬が多い。悲しいことだが、一般国民は文系学部の惨状を知らないから、大学教授に過大な信頼を寄せている。特に、難しい専門用語や六法全書を暗記した学者に逢うと、「うぁぁ~凄ぉぉい ! 私なんか、半分も覚えられない」と感嘆するが、こうした学者には判断力が極めて低い、という事には気がつかない。一般人は裁判官や弁護士が「どんな」風に法律を解釈するのか、という点に着目せず、ただ難しい試験に合格したという「身分」に囚われる。ちょうど、科擧に合格した官僚を羨む支那人と同じで、難しい文章を朗読できるから「優秀」と思い込む。「何でこんな奴が最高裁判事になれたんだ?」と眉を顰めたくなる裁判官は実に多く、島田仁郎とか園部逸夫を思い出せば分かるじゃないか。それにしても、最高裁判事と言えば国家機関の要職なのに、どんな人物が任命されるのかに関心がないんだから、日本人が信じる三権分立は本当に怪しい。

  竹田氏のファンは「新刊がでたぞぉぉ !」と喜んでいるが、小林節がどんな「恩師」なのか、自分の眼で確かめてみるべきだ。対談本だけを読んでいると小林節に騙されてしまうぞ。基本的に竹田氏は左翼思想家ではないが、小林節の影響を受けた結果、無意識的に恩師の思想に染まっているのかも知れない。法学部出身者には「俺はあの難解な法典を暗記したんだ」という根強いプライドがあるので、自分の法思想に揺るぎない自信がある。でも、それが巧妙に植え込まれた赤い思想と自覚できる人物は少ない。「間違い」と気付いても、それを素直に認めず色々な屁理屈を捏ねて回避しようとするのが法律家で、死んでも面子を守りたいと考える。実に厄介な人々だ。まぁ、授業で四年間も勉強した憲法が、下らない紙屑なんて認めたくないからねぇ~。一方、憲法学者は「飯の種が無くなってしまう」と焦るから、必死になって護憲を貫くはずだ。学歴だけが自慢のインテリどもは、波田陽区に「残念でしたぁぁ~」と斬られて、素直に「あっ、そうですね」とは言えないからさぁ。余計なお世話だけど、ギター侍の波田陽区は今、何をしているんだろうか?



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