無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

皇室伝統

無礼な国民を育てる教育 / 皇室を潰したい勢力が蔓延る



皇室伝統を潰したい反日分子

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  いよいよ天皇陛下の譲位が現実のものとなってきた。NHKや朝日新聞に代表されるマスコミ各社は、「生前退位だ !」と触れ回って、一刻も早く陛下を放逐したいと思っているに違いない。歴史を遡ること半世紀以上前、国民が嘆き悲しむ敗戦を、逆に絶好の「チャンス(好機)」と捉えた進歩的知識人やマルクス主義者たちは、皇族を皆殺しにできないまでも、せめて皇室を廃止できはしまいか、と考えあぐねたものである。モスクワ本店のボルシェビキはロマノフ王家を抹殺できたんだから、日本の左翼も「よぉっしゃ、いっちょう俺たちもやってみるか」と張り切った。でも、日本の皇室は歴史と国土に深い根を張っているから、ちょっとやそっとでは倒れない。なぜならば、ロシア皇帝なんかは農奴に鞭打つ専制君主(ドミヌス)に過ぎないが、我が国の天皇陛下は臣民から愛される国父であり、どの国民をも分け隔てなく慈しむ立憲君主であるからだ。日本の儒者は孔子なんかを崇めているが、昭和天皇に比べたら街角の詐欺師みたいなものである。もしも孔子が先帝陛下に謁見すれば、腰を抜かして驚くだろう。「こんな君子がいたのか?!」ってね。支那じゃ「聖人」といえども、どこか腹黒いから当然だ。

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(ロシアの専制君主: 左から  / ピョートル大帝 / アレクサンドル2世 / ニコラス2世 / 右: 聖帝の昭和天皇 )

  マスコミの報道によると、譲位なされる陛下は「上皇」と呼ばれるそうだが、納得できないのは秋篠宮殿下が「皇嗣(こうし)」という呼称になるという決定だ。どうして昔からある「皇太弟」では駄目なのか? 政府や皇室会議は秋篠宮殿下が第一位の皇位継承者と知らしめたいから、という妙な屁理屈を並べていたが、こんな言葉を用いずとも、日本人なら誰でも秋篠宮殿下が皇太子殿下に次ぐ後継者であると判っているじゃないか。「皇太弟」を使うと国民が皇位継承の順位が分からなくなる、なんておかしいだろう。もし、幼い息子が「ママ、次の天皇陛下は誰になるの?」と尋ねたら、「今の皇太子殿下が皇位に就かれて、次が弟君の秋篠宮殿下になるのよ」と教えてやれ。それで事足りるだろう。いい年した亭主が女房に、「なぁ母さん、次の天皇陛下は誰になるんだ?」って訊くのか。こんな亭主なら三行半(みくだりはん)を突きつけてやればいい。

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(左: 天皇皇后両陛下  / 中央: 皇太子殿下と雅子妃殿下 / 右: 秋篠宮殿下 )

  筆者は皇室に詳しくない平民だけど、少なくとも皇室を尊敬しているし、畏敬の念だって忘れたことはない。ところが、政府に雇われた知識人には仰慕の気持ちが無いのだ。敬意を持っているようなフリの皇室会議のメンバーは、日本国民に対して“くどい”ほど「皇嗣」を押しつけるくせに、歐米の外国人に対しては「皇太子」や「皇太弟」を区別せぬ「クラウン・プリンス(crown prince)」と説明します、と述べていた。それなら、我々にも馴染みのある「皇太弟」でいいじゃないか。一般国民はこれで納得するはずだ。皇室会議の御厨貴(みくりや・たかし)は、何か不都合でもあるのか? もしかしたら、「皇嗣」を用いることで皇室の何かをねじ曲げ、少しでも皇統に「手を入れて」かき乱したいという魂胆があるのかも知れない。美智子皇后陛下の呼称だって、どうして「皇太后」じゃなくて「上皇后」とせねばならぬのか? 御厨は「皇太后という呼称は未亡人を連想させるから避けたい」という旨の意見だったが、「上皇」になられる陛下がご存命のうちから「皇太后」で我々に何の誤解があるというのか? 崩御されてもいない陛下がお隠れになった、と多くの国民が勘違いするのか? そんなことはないだろう。皇室の廃絶を願う御厨たちは、国民が早く両陛下の存在を忘れ去るよう期待しているのだろうが、たとえ陛下が「上皇」になられても庶民は決して忘却することはない。御厨たちが「退位」を皇室「抹殺」の第一歩と考えているから、「国民が譲位と崩御をごちゃ混ぜに考える」と心配しているのだろう。

外人たちのプリンチェプス(第一人者)

  敬称に関する日本の公教育は片手落ちどころか欠陥だらけだ。まず、皇室は日本文化とその政治において中核となるのに、これを全くと言っていいほど教えないんだから異常である。赤い教師とグルになるマスコミも、反皇室となれば寝る暇を惜しんで頑張ってしまう。「皇太子殿下」とか「悠仁親王殿下」、「秋篠宮妃殿下」とお呼びすることに問題なく、我々にとっては自然で普通なのに、マスコミは意地でも敬称を用いず、どの皇族にも「さま」で統一しようとする。そのくせ、自分の上司や社長の倅(せがれ)だと「御子息」とか「御曹司」を使い、娘なら「ご令嬢」とか「お嬢様」と丁寧になる。味噌汁だって<「お」「み」「お」附け>と三つも「御」がついているのに、殿下や妃殿下には「さま」だけとは、本当に酷い。いくらTBSやNHKでも、重役の女房が来社した時、偉い上司に向かって「アンタの妻が来ているよ!」と内線電話で伝えないだろう。必ず「ご夫人がお見えになっていますが、どうなさいますか?」と伺うはずだ。ニュース番組でも妙な話し方があって、殺人事件などを扱う時、キャスターは被害者の夫人を「殺された何々さんの妻が・・・」と読み上げて平然としている。自分の女房なら「うちの妻」でいいが、他人の奥さんなら「夫人」と呼ぶべきなんじゃないか。話は変わるけど、観光シーズンを伝える時、公園とか遊園地の近くに「マイカー200台ほどが列を作り・・・」と言うのは滑稽だが、これくらいは許してもいい。誰もそのキャスターが「200台も自家用車を持っているのかぁ」とは思わないだろう。

  横道に逸れるけど、英語能力を自慢する人は矢鱈と横文字を使いたがる。ちょっと昔だと、「快適性」を英語で「アメニティー(amenity)」と言い換え、企業による文化・藝術分野での支援をフランス語で「メセナ(mécénat)」と呼んでいた。それならラテン語風に「パトロン」でいいじゃないか。何も中年男が若い女性を妾にする訳じゃないんだから。今古代ローマなら「パトロン」と言えば、たいてい家長とか族長なんだから。でも今は時代が違っているようで、気取った商売人が普段の会話なのに、「コンプライアンス(法令遵守)」とか「コンセンサス(合意)」、「ウィン・ウィンの関係」なんて使っている。何でわざわざ外国語にするのか分からない。日本人なら互いに知っている日本語で話してくれ、と頼みたくなる。ただし、翻訳しづらい言葉ならいい。例えば、快適さというか、ゆったりとした心地よさを表す「ゲミュートリッヒカイト(Gem
ütlichkeit)」をピッタリの日本語に訳せないのならそのままでもいいし、日本語の「しぶい」をドイツ語に翻訳できないのであれば、そのまま日本語で伝えてもいい。また、「宜しくお願いします」なんていう挨拶は、色々な意味や願望、依頼がギュっと凝縮されているので、英語になんかにとても翻訳できない。それに、頼む相手は人間なんだから、お願いされたって神様じゃないんだ。どだい無理な話だ。

  ついでに言えば、筆者が世間の会話を耳にして「変だ」と思う日本の英単語はたくさんある。例えば、報道機関は集合住宅の長屋(アパートメント)を「マンション(一軒家の豪邸)」と呼ぶ。「ショア・ラ・クリーム(chouà la crème)」を英語で「シュークリーム」と呼べば、「靴墨(shoe cream)」になってしまう。工務店は改築を「リフォーム」と呼ぶけれど、英米諸国なら通常「リノヴェイション(renovation)」だ。昔、「テレフォン・カード」があったけど、英語なら「コーリング・カード(calling card)」なので不思議だった。もっとややこしい和製英語を述べれば、日本人が言う「コンロ」は英語の「ストーブ」で、日本の「ストーブ」は英語の「ヒーター」だ。また、英語の「ローラー・コースター」を何故わざわざ「ジエットコースター」と呼ぶのか分からない。筆者が不思議だったのは、初めて「ツーショット写真」を聞いた時だった。よく判らなかったので、カメラのシャッターを2回押して、写真を2枚撮ることかと思っていたら、友人から二人で撮る写真と教えてもらって驚いた。そこで彼に「じゃあ、3人以上で40人とか50人が写ったら何て呼ぶの? フォーティー・ショット写真か?」と尋ねたことがある。すると、「それは集合写真だよ」と窘められてしまった。また、求人広告店の人に教えてもらったんだけど、男の臨時雇いを求める時にはドイツ語風に「アルバイト」を用い、女性を募集する時は「パートタイマー」を使って、「パートさん大募集」なんだって。男女雇用機会均等法の弊害だそうだ。

  今の社会だと昔ながらの日本語が「ダサい」場合があるようだ。以前、筆者が小遣い稼ぎのため中学生に英語を教えていた時、雑談で「乳母車」とか「襟巻き」と言ったら、女の子たちが「やだぁ、古くさ~い」と笑い転げてしまった。「それじゃあ、何て言うんだ?」と訊いたら、「ベビー・カー」と「マフラー」と答えやがった。でも、英語で呼ぶなら「マフラー」より「スカーフ」の方が普通だし、「消音器」だって「マフラー」だ。さらに、「えりまきトカゲ」だっているじゃないか。英語風に「ベビー・カー」と言えば「小さなクルマ」を連想してしまうから、筆者は彼女たちに「普通ならストローラー(stroller)かプラム(pram)を使うんだよ」と教えた記憶がある。しかし、彼女たちは「そんな英単語聞いたことがなぁ~い」と不満そうだった。「だから勉強しているだろ !」と叱りたかったが、少女といえども、その本質は「小さなオバタリアン」なので反論しないことにした。まったく、「子連れ狼」の大五郎が「ベビー・カー」に乗っていたらおかしいのに。またその時、「ルーズ・ソックス」が思い浮かばなかったので、彼女たちに「あの蛇腹のダブダブ靴下は何って言ったかなぁ」と尋ねたら、また笑われてしまった。

  藝能界の和製英語には、とにかく意味不明なものが多い。例えば、ある歌手の曲が人気となれば、「大ブレイク」と囃し立てるが、筆者は最初聞いた時、「破産か挫折でもしたのか」と推測した。まさか「ブレイク・スルー(break through)」の略語とは思えないけど、真相は謎のままである。おかしな英語が飛び交っているかと思えば、奇妙な言い換えも流行っているようだ。例えば、今だと「盲(めくら)の按摩(あんま)」という座頭市は、「目のご不自由なマッサージ師」と配慮せねばならないし、新宿や原宿の「無宿者」に至っては「ホームレス」と呼ばれている。これじゃあ時代劇が廃れる訳だ。ちょっと前、テレビの時代劇を見ていたら、同心がセリフで「自由」とか「保険」を口にしていたけど、これらの漢語は西洋語の意訳で、江戸時代には使われていなかった。明治以降にできた近代的概念を江戸の武士が用いるなんておかしい。また、当時の武士が乗っていたとされる映画の軍馬もおかしくて、江戸時代にはアラビア産の純血種(サラブレッド)は輸入されていたなったはずだ。明治以前の日本ならポニー程度の小柄な馬が普通だったと思うけど、映像的にはサラブレッド(Thoroughbred)の方がいいのかも知れない。

  だいぶ脇道に逸れてしまったから元に戻す。日本の中学生や高校生は英語を勉強しているが、ある外国の言葉はその歴史と深く結びついている、と習っていないので、我が国の若者には妙な具合に知識が抜けていることが多い。例えば、英国の「皇太子(王太子)」を「プリンス・オブ・ウェイルズ(Prince of Wales)」とだけ覚えるが、その由来までは分からず、西歐史を選択しなければ無知なままだ。だいいち、イギリス人が「よそ者」を意味する「ウェイルズ」と呼んでいたことも知らないんだからしょうがない。つまり、征服者たるノルマン系アングル人にしたら、ウェイルズの住民なんか「ケルト族の外人」でしかない。これはフランス人にも言えることで、彼らはドイツ人を「アレマーニュ(Allemagne)」、すなわち「アレマン族」の「外人」と呼ぶが、そのドイツ人は自分の国を「ドイチュラント(Deutschland / 我々みんなの、人民の土地)」と呼んでいる。大抵の国ではこれが普通で、自国を「我が国」と思わず、「この国」と他人事のように突き放して呼ぶのは日本人だけだ。敗戦後、支那人に命令されて「支那」を「中国(世界の中心)」と「お呼びする」よう庶民に命じた岡崎勝男は、一体どこの国の人間なんだ? 外務省の役人はペニスをちょん切って、支那の宦官にでもなれ。チャイナ・スクールの槇田邦彦なんか、その髭を摑んで引きずり回したくなる。槇田は髭を伸ばすより、性器を切断した方がいい。そうすれば不倫の癖もなくなるだろう。

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(左: 岡崎勝男  / 中央: 槇田邦彦  / 右: 彼らが大切にする反日的支那人 )

  英国の王太子を「ウェイルズのプリンス」と呼ぶようになったのは、国王エドワード1世がウェイルズを征服した頃だ。「長い脛(すね)( Longshanks)」とか「スコット人のハンマー(Malleus Scotorum)」という綽名を持つエドワードは、ウェイルズ征服を目論みた。そして現地人との戦いに勝つと、負けた彼らを寛大に、しかも名誉を以て待遇したという。当時のウェイルズでは、グリフィズのルウェリン(Liywelyn ap Gruffudd)が領地のプリンスになっていて、その弟デイヴィッド(Dafydd)と共に軍隊を率いていた。英国のユスティニアヌスと評されるほど立法活動に熱心な王様だったから、エドワードはウェイルズに州郡や裁判所を設置し、巡回法官までも差し向けて、ウェイルズを英国風に統治しようと試みた。しかし、ウェールズ人はこれに反撥し、自らの文化と慣習を主張して譲らなかったが、それに応ずるエドワードがこれまた頑固一徹の居丈高。したがって、両者の衝突は時間の問題だった。案の定、叛乱が勃発。約束を破ったルウェリンとデイヴィッドをエドワードは許さなかった。今度という今度は容赦せぬとばかりに、彼らを殺すまで戦ったという。結局、ウェイルズの軍勢は破れ、ルウェリンは戦闘中に死亡し、デイヴィッドは捕捉されて絞首刑。デイヴィッドは四つに裂かれて殺されたうえに、その死骸はズタズタに切り裂かれてしまったそうだ。(アンドレ・モーロア 『英国史』上巻 水野成夫 他訳  白水社 昭和14年 p.262)

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(左: エドワード1世  / 中央: ルウェリン / 右: プリンス・チャールズと故ダイアナ妃 )

   ウェイルズ人自身のプリンスは、1282年に殺されたルウェリンと、その後を継いで1282年12月から1283年10月の短い期間しか君臨せず、無惨にも処刑されたデイヴッドを以て終焉を迎えたという。1301年、エドワード1世はウェイルズで生まれ、現地人の乳母に育てられた王子のエドワードを、ウェイルズ人たちにプリンスとして与えようと約束した。そして、イングランドの国王は息子に「プリンス・オブ・ウェイルズ」の称号を授けたのだ。(David Hume, The History of England :from the Invasion of Julius Caesar to The Revolution in 1688(Indianapolis : Liberty Classics, 1983) Vol. 2, p.82) これ以降、次期国王となる王太子は「ウェイルズのプリンス」というタイトルを冠することになる。ところが、ウェイルズ人は隣の王国に編入されず、議会にも代議士を送らなかったという。イングランドとウェイルズが併合されたのは、チューダー朝のヘンリー八世の時代であった。

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(左: 「ファンタスデック・フォー」のグリフィズ  /  中央: 「ホーンブローワー」でホレイショ役  / 右: ジェシカ・アルバ )

  蛇足だが、ウェイルズの征服とエドワード1世で思い出すのは、ウェイルズ出身の男優ヨアン・グリフィズ(Ioan Gruffudd)の家系である。彼は日本でも馴染みがあり、ジェシカ・アルバ(Jessica Alba)も出演した大ヒット映画『ファンタスティク・フォー』に加わっていて、主役格のリード・リチャーズを務めたことで知られている。でも、配役の目玉は美人女優のジェシカ・アルバだったから、忘れてしまった人もいるかも。筆者は彼が主演を果たしたTVドラマの『ホーンブロワー(Hornblower)』の方が好きだ。グリフィズが主人公ホレイショ役を見事に演じていたから感心したものである。日本でも放映されたから覚えている人もいるんじゃないか。件のグリフィズはその系譜を遡ると、ご先祖がエドワード1世に辿り着くそうだ。本当かどうか定かではないけど、あり得ないこともない。デイヴィッド・キャメロン前首相も国王ウィリアム4世の子孫で、キャメロン氏の祖先を見ても、父方の家系にアルフレッド・クーパー卿(Sir Alfred Cooper)がいるし、母方の家系にはデンビ伯爵のウィリアム・フィールディング(William Feilding, Earl of Dinbigh)がいたりする。とはいっても、英国にはスケベ心満載の貴族がたくさんいたから、「御落胤」にも事欠かぬ状態だ。庶民にも伯爵や子爵の血統を持つ人が多い。

英国の貴族社会は複雑だ

  英語を学ぶけど、英国の社会に疎い高校生や大学生は結構たくさんいて、王族や貴族の称号に戸惑う人が珍しくない。例えば、なぜ「プリンス・オブ・ウェルズ」のチャールズは「皇太子」と呼ばれるのに、エリザベス女王の崩御で「王」に格下げになるのか、が分からない。まぁ、たぶんイングランド国王がインド皇帝を兼ねていた頃、日本人の誰かが「皇太子」という訳語を広めたからなんだろう。ドイツのカイゼル(皇帝)になる後継者なら「皇太子」と呼んでもいいが、連合王国の次期国王なら「王太子」でいいんじゃないか。ただ、日本のマスコミは英国の王族だと伝統的な呼称を大切にする。エジンバラ公爵が来日した時は、たしか「フィリップ殿下」と呼んでいたぞ。日本のテレビ局は奇妙で、英国の王族だと「フィリップ様」とか「チャールズ様」と呼ばないのに、我が国の皇太子殿下だと「皇太子さま」なんだから変だ。さらに、北鮮や支那のトップだと絶対に呼び捨てにしないんだから。「きん(金)」とか「しゅう(習)」でいいじゃないか。だって、お世話になっている合衆国大統領を「とらんぷ」と吐き捨てるように呼ぶんだからさ。

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(左: カミーラ公爵夫人  / 中央: プリンス・チャールズ  / 右: 故ダイアナ妃 )

  英国の王室を取り上げる時にややこしいのが、王侯貴族のタイトルである。例えば、チャールズ王太子の妃になったカミーラ・ボウルズ・パーカー(Camilla Parker Bowles)夫人は、旧姓「シャンド(Camilla Rosemary Shand)」で、現在はコーンオォール公爵夫人(Duchess of Cornwall)兼ロスシー公爵夫人(Duchess of Rothesay)となっている。ちなみに、チャールズ王太子の弟アンドリュー王子と離婚したサラ・ファーガソン(Sarah Margaret Ferguson)は、引き続き「ヨーク公爵夫人(Duchess of York)」のタイトルを保持しているから、王室にとって頭痛の種になっているようだ。亭主と別れても貴族の称号だけは欲しいという女心はすさまじい。でも、いくら離婚の慰謝料に不満で、お金に困っているからといっても、飲料水のテレビ広告に出演したり、ショッピング番組の「QVC」に登場することはないんじゃないか。こんな破廉恥をしでかすから、世間のイギリス人は彼女を太ったヨーク公爵夫人をもじって「ダッチェス・オブ・ポーク(Duchess of Pork)」と呼ぶのだろう。それにしても、「豚肉」とはあんまりだ。日本人は秋篠宮妃殿下を戴いたから幸せだ。

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(左: ヨーク公爵夫人サラ  / 右: ショッピング番組に出演するサラ夫人 )

  スコットランドでは「ロスシー公爵夫人」と呼ばれるカミーラ妃は、「プリンセス・オブ・ウェイルズ」にでもなればスッキリするんだけど、亡くなったダイアナ妃が「プリンセス・オブ・ウェイルズ」を離婚後も保持していたし、彼女の人気は不動だから、二番目のお妃であるカミーラ夫人が簒奪するのは無理だ。それにつけても、ダイアナ妃と比べられる彼女も気の毒だ。「お姫様は見かけが大切」とは言いたくないけど、二人の写真を並べると、やはりダイアナ妃に軍配を上げたくなる。それでも、日本人がカミーラ妃を呼ぶ時は、「妃殿下(Her Royal Highness Duchess of Cornwall)」と呼ばねばならない。いくらなんでも「カミーラさま」じゃ失礼だろう。日本の一般国民があまり知らないのは、彼女の公式行事における席順で、カミーラ公爵夫人はエリザベス女王、アン王女(Princess Royal Anne)、アレグザンドラ王女(Princess Alexandra)に次いで第四位となる。アレグザンドラ王女の父はケント公爵ジョージ(国王ジョージ5世の4男)で、母はギリシアとデンマークのプリンセスたるマリーナであった。もし、プリンス・チャールズが王位に就いたとしても、二番目の妃であるカミーラが「王妃(queen consort)」と呼ばれるのかは微妙なところだ。現在、有名な「クィーン・コンソート」と言えば、最近来日したスペイン国王フィリップ6世と結婚したレティシア王妃(Queen Letizia)だろう。西歐のプリンセスが好きな日本人からすれば、彼女が王女たちと一緒に来日しなかったのは残念だ。もし、同伴して来ていたら、きっと「わぁ~、きれい! 可愛い !」と話題になっていただろう。

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(左: 女王エリザベス2世  / アン王女  / アレグザンドラ王女  /   右: カミーラ妃)

  ちなみに、国王の妃は「クィーン」と呼ばれるけど、女王の夫君(prince consort)は、「キング」にならない。現在のケンブリッジ公爵夫人のキャサリン妃は、将来「クィーン」になるだろうげと、フィリップ殿下は「キング・フィリップ」にはならず、スコットランドのエジンバラ公爵(Duke of Edinburgh)になった。これは「キング」の方が「クィーン」より上位になってしまうためで、「キング・フィリップ」は駄目ということだ。ちなみに、フリップ殿下(Philip Mountbatten of Greece and Denmark)にとって有名なマウントバッテン伯爵(Louis Mountbatten, 1st Earl of Mountbatten of Burma)は叔父に当たる。殿下の母君はアリス・ベッテンベルク(Alice Bettenberg)でルートヴィヒ・アレクサンダー・フォン・バッテンベルク(Ludwig Alexander von Bettenberg)の娘である。彼女の弟がビルマにいたマウントバッテン卿なのだ。インド総督を務め、ビルマに君臨したルイス・マウントバッテン海軍元帥は、日本軍によって手痛い屈辱を受けたから、ビルマを失った元兇の昭和天皇を嫌いだった。だから、チャールズ王太子は昭和天皇の崩御に冷淡だったというわけ。敬愛するマウントバッテン卿の影響は意外と大きい。(ちなみに、マウントバッテン卿の父ルートヴッィヒ(ルイス)は、ヴィクトリア女王の孫娘であるヘッセンのヴィクトリアと結婚し、1912年に英国海軍の「第一海軍卿(First Sea Lord)」となった。第一次大戦による英国の反ドイツ感情から、ヘッセンの名門「バッテンベルク家」は、その家名を英国風に「マウントバッテン」と改めたそうだ。)

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(左: ルートヴィッヒ・バッテンベルク  /  ヴィクトリア妃 / アリス・バッテンベルク  /  右 : エジンバラ公フィリップ殿下 )

(バッテンベルク家の系図」)
ルートヴィッヒ・バッテンベルク(父) →娘アリス(姉)→孫フィリップ(公爵)→曾孫チャールズ王太子
ヴィクトリア(母)
                        →弟のルイス・マウントバッテン(インド総督)

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(左: マウントバッテン卿  / 中央: チャールズ王太子 / 右: ウィリアムズ王子 )

  普通の公立学校で英語を学ぶ高校生や、英文科以外の学部を選んだ大学生、あるいは英国史に興味の無い大人には、イギリス人の階級社会は複雑怪奇で、説明されてもチンプンカンプンだろう。街角で見かける英会話教室に「英語好き」の人達が通っているけど、いったい何を学んでいるか分からない。たぶん、日常会話を流暢に話すんだろうが、彼らは礼儀正しく英語を話すことが出来るのか? 赤点学生だった筆者が心配するのは僭越だけど、英文科に進んだ大学生でも西歐貴族の称号や尊称、親戚関係などを知らない人が多い。英国をはじめとする西歐諸国には王侯貴族ばかりではなく、貴族出身の聖職者や軍人がいて、彼らの尊称だって様々だ。例えば、カトリック教会の枢機卿に対しては「猊下(Your Eminence)」だし、主教座大司教に対しては「閣下(Your Excellency)」と呼ばねばならないが、東方教会の総大司教になると「猊下(Your Beatitude)」に変わってしまうから、何ともややこしい。ちなみに、日本人はカトリック教会の「ビショップ」を「司教」と訳し、アングリカン教会やギリシア正教会の「ビショップ」を「主教」と訳するが、この違いが何に由来するのか分からない。キリスト教事典を引いても不明である。で、肝心のローマ教皇は「聖下(Your Holiness)」という尊称だけど、ローマ司教区の長はみんなから「パパ(Papa)」と呼ばれているから、ちょっと微笑ましい。それなら、アングリカン教会の首長であるエリザベス女王は、「ママ(Mama)」と呼ばれるのかな? 

  軍隊の階級や呼称になると、もう複雑でやっかいだから省略する。でもさぁ、有名大学の英文科をご卒業されたお嬢様が、師団とか旅団の規模、海軍大佐と陸軍大佐の違い、様々な下士官の階位、歴史上の有名な海戦および軍人を知らないなんて、どうかしているんじゃないか。これでは洋画のスパイ物や娯楽としての戦争映画、推理小説を元にした作品などを観ても理解できないだろう。(映画「007」のジェイムズ・ボンドが「コマンダー」と呼ばれ、予備役の海軍中佐というのを知らない映画ファンも多い。) 登場人物の階級や組織の上下関係を分からぬまま、単にストリーを追っていっても、何が何やら解らず終いでちっとも楽しくない。もし、日本の歴史を知らぬイギリス人が、我が国の時代劇を観ることになっても、登場人物の役職が判らないし、どの身分が上なのか下なのかも不明だから面白くないだろう。ちょんまげをしたサムライばかりを眺めても、ストーリーは一向に分かるまい。例えば、徳川御三家とか、代官と同心と与力の階級差、外様と旗本の区別など理解不能だから、宇宙人と同じだ。「公儀介錯人」の拝一刃なんか、西歐人にしたら貧乏な「暗殺者」にしか見えないし、遠山の金さんは刺青をしたプレイボーイかと思ってしまう。

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(左: 「007」でボンド役のロジャー・ムアー  / 中央: ピアース・ブロスナン  /  右: ダニエル・クレイグ)

  日本人は相手に対する礼儀を弁えているはずなのに、外国で無礼者になるような教育を施されているんだから、心ある日本人は恥ずかしくなる。それに、学校では皇室について一切教えないんだから異常だ。王室について説明せず、庶民だけの英国史を教えるイギリス人教師なんていないだろう。「天皇め、さっさとくたばれ!」と呪う教師が多いんだから、本当に頭が痛い。こんな状態で陛下の「ご譲位」を国民的議論にしようとするんだから、国会議員というのは国家の根本に関心が無いんだろう。地元の利権にしか興味が無いんなら、地方議員「待遇」の国会議員でいいんじゃないか。明治大帝と伊藤博文が和やかに会話を交わしていた頃が懐かしい。今では「天子さま」と呼ぶ国民は何人いるのかなぁ。




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元号廃止は皇室への憎しみ

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
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紛らわしくて迷惑な元号

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  攻城戦には様々な戦術があって、いきなり本丸を目指した総攻撃を仕掛けず、まずは外堀を埋めてから、敵の補給を断つ兵糧攻めを取る場合がある。天皇陛下を抹殺せんと欲する左翼陣営も同様の手口を取っているようで、皇族を銃殺する直接攻撃を選ばず、心理戦や謀略を用いて間接的に撲滅しようと図っている。共産主義革命があと一歩で実現しそうだった敗戦直後と違って、経済発展を遂げて豊かになった日本社会は、流血を伴う暴力沙汰を好まないし、昭和天皇を心から慕う一般国民は、反日主義を掲げる過激派に同調しなかった。さらに平成ともなれば、世間はもっと保守的になってしまい、朝日新聞は販売部数が減って凋落し、神田神保町の「岩波ブックセンター」まで閉店の憂き目に遭っている。ガラクタ論文を載せた雑誌『世界』を愛読した世代から見れば、学園紛争の面影すら薄くなっているいる現在のキャンパスは、お洒落になったけど、活気が無くてどことなく寂しい。

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(写真 / 全共闘時代の学生たち)

  かつては社会主義国家を夢見た全共闘世代も、定年を迎えてすっかり元気を失ってしまい、たとえ左翼全盛期を謳歌した元学生が集まっても、徒党を組んで国会を包囲するような事はせず、せいぜい昔を懐かしんでフォーク・ソングを合唱するくらい。こんな「同窓会」で盛り上がるのは、どうでもいい自分の出世話か下らない武勇伝、あるいは持病の悩みを共有する、といったところだ。(一旦、中高年が病院や治療薬の話をしだすと、医者の噂話や評判で盛り上がってしまい、もう本当にキリが無い。) それに今じゃ、 長髪でゲバ棒を振り回していた若者も、ナイト・クラブで女の尻を触るハゲ頭の中間管理職になっており、振り回すのは自慢のゴルフ・クラブくらい。大学で暴れ回った過激派も、孫を持つ老人となって立派なお爺ちゃんを演じている。可愛い孫を膝に乗せて、「学校ででイタズラしたらダメだよ。先生の言うことをよく聞かなきゃ」 !なんて説教しているんだから、どのツラ下げて言っているのか見てみたい。

  左翼分子も昔と違って丸くなったのか、大勢で宮城(江戸城)に押しかけ、警護官と殴り合いの乱闘を仕掛けることはない。それよりも、民間企業や官庁で要職に就き、若い頃に嫌った「体制」の内部から、日本社会を破壊しようと考えている。テレビ局のプロデューサーや新聞社の論説委員、役所の局長や課長といった地位を利用して、我が国の解体に精を出している。代表的な例は菅直人だ。全共闘時代、暴力学生の背後に隠れていた菅直人は、昔から逃げることだけが得意の卑怯者で、機動隊と衝突する事はなかったから、捕まって刑務所行きにならなかった。「風が吹けば桶屋が儲かる」というけど、臆病風に吹かれた「意気地無し」が東工大を「無事」に卒業し、市民運動を経てまんまと総理大臣になってしまったのだから、世の中ってのはどう転ぶのか分からない。蝮(マムシ)の道三(斉藤利政)だって、美濃一国が精一杯だったのに、この長州の恥さらしは天下を取ってしまった。(恥ずかしくてたまらない山口県民は、菅直人を「長州出身の首相」には数えていないらしい。そりゃそうだ。) そう言えば、信州大学で左翼学生だった猪瀬直樹も東京都知事になってしまった。でも、「理想」に燃えていた若者だって、権力者になれば批判していた政治家と同じように腐敗するんだから、左翼になる奴の根性は最初から賤しいのだろう。

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(左: 菅直人  / 中央: 猪瀬直樹  / 右: 過激派の学生 )

  左翼勢力は下劣だが馬鹿ではない。彼らは皇室殲滅を目指して長期戦を選んでいる。水滴だって何年も岩の上に垂れれば、いつかはその岩盤を貫くこともあるから、左翼分子は事ある毎に皇室を貶め、その権威が失墜するように陰謀を巡らしている。例えば、皇太子妃殿下が精神を病んで公務を欠席されれば、「雅子さまが可哀想」と称して、「皇室は女性を抑圧している」と非難するし、愛子内親王殿下が皇位継承者になれないと分かれば、「皇統は男尊女卑」と罵る。もし、内親王殿下が皇位に就いて女性・女系天皇が誕生すれば、こんどは返す刀で「正統性無き天皇」と批判し、不正な皇統の廃絶を叫ぶだろう。あと一世代(約30年)もすればアジア系日本人が増えているから、皇室への尊崇は軽くなるし、アジア系議員が皇室への予算を削って、皇族の生活を困難にするかも知れない。もっと恐ろしいのは、これらの政治家がわざと悠仁親王の警護を薄くして、テロリストに有利な条件を提供することだ。警戒心が足りない日本でなら、皇族の暗殺も可能である。悠仁親王を乗せた車の運転手が、事もあろうに居眠り運転をしていたんだから、皇統の危機はリアルと言えるんじゃないか。

  政界とマスコミには反皇室主義者がうようよ居る。まだ天皇陛下の譲位も具体的に決まっていないのに、もう次の元号をどうするのか、という話が持ち上がっているのだ。新聞の報道によれば、政府は平成31年1月1日から新しい元号にする検討を始めたそうで、既に皇太子殿下の即位式が決まっているかのような雰囲気になっている。こうした話題を受けて、早速テレビ朝日の「スーパー・モーニング」が元号について特集を組んでいた。案の定、明治以前に元号はしょっちゅう変わっており、不吉な事が起こると直ぐ改元していたとか、亀が原因で改元となった過去がある、なんて小馬鹿にした解説を行っていたのである。つまり、「元号は重要かも知れないが、そんなに重要なものじゃなかったんだ」と暗に言いたいのだろう。テレ朝らしい陰険な手口だ。

Emperor 1Emperor 3








(左: 天皇陛下と皇太子殿下  / 右: 天皇陛下と皇后陛下 )

  左翼テレビ局は天皇陛下が君臨する治世を嫌うから、我々の時間を区切って支配する元号を憎んでいる。本当は皇室を廃絶したいのだが、それを正直に話すと世間から反撥を喰らうので、如何に改元が我々の生活に損失を与えるのか、その害悪を視聴者に刷り込もうとする。例えば、元号を使うと世界標準の年号、つまり西暦とのズレに悩まされ、年数の換算に手間取ってしまうと愚痴をこぼす。そして、改元があるとカレンダーや手帖を製作する会社に影響が出ると心配してあげる。さらに、運転免許証の更新日を見逃してしまうといった不安まで煽っているのだ。(例えば、テレ朝の番組制作者は、平成35年に更新日を迎える人が新元号のせいで更新に気づかない、と懸念していたのである) この程度のつまらない不便さをあげつらって、如何に改元が庶民の生活に支障をきたすのかを仄めかしていた。

  元NHKの職員であった池田信夫も、元号の不便さを指摘して、我が国は西歐諸国と同じ暦にするべきだと述べていた。

  平成31年と聞いて、とっさに西暦何年のことか、わかる人は少ないだろう。平成31年とは2019年のことだ。今度これが新元号になると、2020年から「新元号」2年、3年…となり、年数の計算は一段とややこしくなる。官庁はいまだに統計データが元号で使いにくいが、元号法は「元号は政令で定める」と規定しているだけで、官庁にも元号の使用を義務づけていない。マスコミで元号を使っているのはNHKと産経ぐらいだが、海外ニュースは西暦だ。では国内と海外の事件を一つのニュースで伝える場合はどうするのか、原則がないので混乱する。(池田信夫 「もう元号を使うのはやめよう」アゴラ 2017年01月10日)

Ikeda Nobuo 1(左 / 池田信夫)
  池田氏と違う庶民なら、「それがどうした? 統計や資料を調べる時に、手帖や年表を参照して計算すればいいじゃないか?」と反論するだろう。そんなに元号が邪魔くさいなら、ジャーナリストやコンピューターを使って仕事をする人は、和暦と西暦を並列した一覧表を手元に置いて仕事をすれば済む話だ。巷のエコノミストなんかは、原油価格の記事を書く時に、いちいち「バーレル」を「リットル」に、「USドル」を「日本円」に換算して説明するじゃないか。アメリカでは石油の量を示す時、未だに第19世紀の古風な「樽(barrel/ニシンを詰めていた樽)」を単位に用い、「ひと樽は42ガロン」と定めているのだ。現在、この樽は取引上の単位で、実物を運ぶ時には55ガロンが入るドラム缶を用いている。ちなみに、米国だと1ガロン(液体)は約3.78リットルで、英国だと1ガロン(英国連邦共通ガロン)は約4.54リットルとなっている。米国とは違い英国の1樽(ビール用の樽)は36ガロンとなるから、同じ英語圏でも話す相手によって誤解が生じてしまう。単位にまつわる話はたくさんあって、例えば、在米日本人がスーパーで「ガロン売りの牛乳ボトル」を見れば、なんでこんな巨大サイズで売っているのか、と驚くはずだ。さらに、給油所に行くとガソリンが、「リットル」ではなくガロン単位で販売されており、馴染みのある「リットル」に換算した時、その安さにまたもや驚いてしまう。(現在、1ガロンの販売価格は、東部だと平均約2ドル30セントで、西部だと2ドル60セントくらい。つまり、1USドルを114円の為替レートで換算すれば、1ガロン当たり約263円で、1リットル70円くらいで販売していることになる。)

  元号を「不便だ」と考える池田氏には理解しづらいだろうが、様々な「モノ」を計る尺度は国によって違うのだ。我が国では面積を示す時、「坪」とか「畳」を用いるが、アメリカだと「エーカー(1 acre / 約4046.8㎡)」とか「スクウェアー・インチ(1 square inch / 約6.45㎠)」を用いる。日本人でもゴルフ・プレーヤーは「ヤード(yard)」を使うし、ボクサーの体重は「ポンド(pound)」や「オウンス(ounce)」で表示されているはずだ。こうした単位は昔ながらの尺度で、啓蒙思想以前に普及していた慣習的度量衡である。歐米人が未だに使っている「時代遅れの単位」は、社会の隅々に浸透している文化だから、池田氏のような「進歩的知識人」がいくら「やめろ!」と言っても、人々は聞く耳を持たないだろう。

  元号を「古臭く」思う知識人は、なぜかキリスト教暦(グレゴリウス暦)だと「良い」と判断する。なぜならば、西歐人の尺度が「グローバル・スタンダードである」と信じているからだ。(共産党系の出版社は宗教を阿片と思っているのに、元号を憎むあまりキリスト教暦に好意を抱いている。) つまり、イエズス・キリストを信じる西歐人が、救世主の誕生年を基準としたカレンダーを用いるから、異教徒の日本人も世界の覇権を握るキリスト教徒に従属せよ、という訳だ。しかも、池田氏は独自の年号を用いる日本を台湾や北鮮並みの孤立国と見なしているようで、我が国は「世界標準圏に所属すべし」と訴えているのである。池田氏は次のように述べている。

  世界的にも公文書で独自の年号しか使わないのは、台湾と北朝鮮ぐらいだ。サウジアラビアも去年、「ヒジュラ暦」をやめた。元号の本家の中国にも元号はない。新たに元号を定めるのはかまわないが、官庁のデータは必ず西暦を併記し、NHKはすべて西暦で統一すべきだ。(池田信夫 「もう元号を使うのはやめよう」)

  池田氏が「元号」の本家である支那も使っていない、イスラム教国のサウジ・アラビアでさえキリスト教暦に切り替えたのだから、我が国もこうした国家に見倣えというのは、昔流行った「バスに乗り遅れるな」という説教じゃないのか。日本はラテン・キリスト教世界とは一線を画す独立国家なので、古来の伝統を捨ててまで外国の慣習に従う義務は無い。「元号」と「西暦」の齟齬を気にする人は、常に暗算をして暮らせばいいのだ。そうすれば、頻繁に頭を使うことになるから、脳の劣化を防止することにも繋がり、意外な「得」をするかもしれないぞ。たかが外国のニュースとの整合性を図るために、先祖から慣れ親しんだ文化を捨て去るなんて馬鹿げている。敗戦後、煩雑で不合理な漢字と仮名を廃止してアルファベット表記にしたらどうか、という意見もあったが、現在の日本人でこれに賛成する者はまずいないだろう。一時期の熱狂が醒めれば、愚かな提案だということが分かる。

「天皇制」廃絶への第一歩

  元号廃止論者には裏の顔がある。彼らは「天皇制」という穢らわしい共産党用語を掲げて、「皇室」という「古代の残滓」は人民の手で打倒できる単なる「制度」である、と国民を洗脳しているのだ。しかし、国民に敬愛されている皇室を一気に潰すことはできないので、とりあえず天皇陛下の即位によって変わる元号をなくしたい。なぜならば、たとえ小さな法的改変でも、皇室撲滅への一歩となるからだ。朝鮮人のように心の底から皇室を呪う左翼分子は、君民一体の日本を「奴隷主(ドミヌス/ dominus)」と「隷属民」から成る専制国家、あるいは「人民を抑圧する支配者」と「秕政(ひせい)に苦しむ庶民」に分断される暗黒社会である、と描く。そのためにまず、「元号」が如何に国民への負担、あるいは弊害となっているのかを宣伝するのだ。

Showa Emperor 2(左 / 昭和天皇)
  「反皇室」を旗印にする共産党の「赤旗」記者ならいいけど、朝日新聞や毎日新聞に巣くう左翼社員は、表だって皇室を非難ことができない。そんな時、「外国の記事を紹介する」という間接的手段で、自分の意見を代弁させようと謀る。しかし、南鮮や支那の報道では日本国民が反撥するので、なるべく歐米諸国のジャーナリストが書いた記事を選んだりする。特に、昭和天皇が重病になられてからの報道は酷かった。「大東亜戦争」の前科を咎める傲慢な外人記者は、昭和天皇に対する敬意など微塵も無かったから、陛下を戦争犯罪人の親玉として扱っていたのだ。歐米のマスコミには、凡庸であるがゆえ極東に左遷されたジャナリストがたくさんいて、社内ではいつも冷や飯ぐらいだから、チャンスが巡ってくるとショッキングな反日記事を書いて世間の注目を集めようとする。特に、刺戟的な見出しで売上げを高めようとするタブロイド紙(大衆紙)は下品だ。記事の質よりも衝撃度を重視する外人ジャーナリストは昭和天皇の病状が悪化した時に、日本人の深い悲しみより、迷惑を蒙った記事を載せたりする。

Aozora 1(左 / 青空千夜・一夜)
  左翼系新聞社だから仕方ないが、「ワシントン・ポスト」紙のフレッド・ハイアット(Fred Hiatt)記者は、昭和天皇が重態となった事で経済的な悪影響が出ていると書いていた。例えば、、昭和63年の秋以降、漫才師の青空一夜(相方は「青空千夜」)は、毎日電話が鳴るのが怖かったらしい。というのも、電話の用件はたいてい仕事のキャンセルであったからだ。彼は「経済的状況が悪くなる一方である」とハイアット記者に話し、「我々の仕事はお笑いだが、今いちばん嫌われているのは笑いなんだ」と嘆いていたらしい。昭和天皇の“せい”で困っていたのは、なにも漫才師だけではなかった。お祝い事に用いられる鯛を販売する業者や、パーティーを華やかにする「コンパニオン」たちも、陛下が病床につかれた九月から仕事が激減したという。誰が決めた訳でもない「自粛ムード」は、様々なイベントやお祭りにも波及し、何とか「フェア」は「展示会」という名称に変わったし、装飾用のテントも赤からグレーに変わったそうだ。

Fred Hiatt 1(左 / フレッド・ハイアット )
  日本を「不気味な国」と伝えたかったハイアット記者は、ことさら悲観的な見解を持つ人物に取材を行っていた。彼はエコノミストのリチャード・ジェラン氏にインタヴューし、「今後も沈滞状況は続く」との意見を引き出し、昭和63年のGNP成長率は0.2%から0.3%は下がるだろうと述べていた。さらに、彼は「自粛ムード」で疲弊する地方を巡り、愚痴をこぼす地元民を訪ね廻っていたのである。ハイアット氏は日光観光協会のカワダ・トシツギ理事が、百物揃千人行列の中止を残念に思っている、と伝えていた。また、毎年恒例の神田古本市が中止になった事にも触れ、出店する本屋が年間収入の5分1を失った、と述べて読者の同情を誘おうとしたのである。名古屋では中日ドラゴンズが数年ぶりに優勝したのに、祝勝会やパレード、百貨店の記念セールが中止となり、何十億円の商売が失われたと伝えていた。それ以外にも、ホテルでは会社の宴会とか結婚式の披露宴がキャンセルされ、海老の卸業者や花屋、ミュージシャンも同じような“しわ寄せ”を喰らったのだという。ある高級ホテルは、パーティーやレセプションが中止されても通常のキャンセル料を要求できないので、5億円の損害を蒙ったらしい。

  こういった反日外人は「公平性」を期すために、一応保守派の日本人にもインタヴューを行うが、興味を持つのは皇室に悪意を抱く左翼分子である。CNNの記者は昔から反日姿勢を取っていた。左翼テレビ局のCNNは開設当初から日本へ食い込んでおり、テレビ朝日と提携して深夜番組の「CNNデイウォッチ」を流していたくらいだから、日本への関心は比較的高いと言えよう。この番組にはフジテレビに鞍替えした安藤優子や広島市長になった極左数学者の秋葉忠利、歌手の山本コータロー、参院議員の武見敬三などがキャスターとして出ていた。CNNの東京支局長だったジョン・ルイスは、呆れて物が言えないが、昭和天皇をめぐる日本の報道を取材するにあたり、なんと極左ジャーナリストの浅野健一を選んでいたのだ。(天皇報道研究会 『天皇とマスコミ報道』 三一書房 1989 年p.118)

  この反天皇主義者は元「共同通信社」の記者で、ジャカルタ支局長や社会部記者を歴任し、退社すると同志社大学に転職した。2014年に教授職の契約が切れるが、定年延長が認められなかったとゴネて大学側と揉めていたらしい。悪名高い「共同通信社」の左翼分子が、極左の巣窟たる同志社と喧嘩していたんだから、何とも滑稽な諍いである。もっとも、北朝鮮の犬であった土井たか子が教鞭を執り、黒ヘルを被った佐藤優や小川和久が「神学」を学んでいた大学だから、紅生姜よりも赤い浅野が教師になっていてもおかしくはない。「やはり」と言えばそれまでだが、かつて浅野は平壌の人民文化宮殿で開かれた「日帝の反人倫犯罪被害者の証言集会」に招かれ、日本人として只一人登壇を求められ、「日本は過去の侵略と占領について謝罪と賠償の義務がある」と述べたそうだ。(浅野健一 「朝鮮を無視する『日韓併合』捏造100年 いま、朝鮮との共存の道を探ろう」 人民新聞社 2010年11月1日) いゃ~、筋金入りの左翼はすごい。最近の若い共産党員はマルクス・レーニン全集も読まない怠け者が多いから、せめて浅野氏くらいは見倣うべきだだろう。ここまで日本を憎んでこそ、一端の革命家になれるってもんだ。

Asano Kenichi 2Doi Takako 2Sato Masaru 1Ogawa Kazuhisa 1








(左: 浅野健一 / 土井たか子 / 佐藤優 /  右: 小川和久)

  昭和63年9月26日、浅野健一はルイス支局長のインタヴューを受けたが、彼は天皇について厳しい記事を書けない報道業界に苦言を呈していた。ドイツではナチスに協力した新聞はみな廃止されたのに、日本では戦前から続く全国紙が敗戦後も生き残ったと不満をぶちまけ、大手のマスコミは天皇に都合の悪い記事を書けないのだ、と嘆いていた。浅野氏によると、天皇は国民の総意に基づく象徴だが、次の天皇をどうやって決めるのか、どのようにして国民の総意を決定するのか、といった点を明示する法律が無いので、「なぜ明仁が自動的に次の天皇になるのか疑問に思う人もいる」と陰口を叩いていた。(上掲書 p.126) でも、そんな不満は共産党員や反日左翼だけの“言い掛かり”じゃないのか。普通の日本人はマッカーサー憲法がどのように規定しようが、天皇陛下を国家元首と思っているし、男系男子による皇位継承は不動の伝統と考えている。左翼どもがギァギャア騒いでも、天皇陛下は昔から、そして今も、未来も、ずっと我々が敬愛をもって仰慕する「天子さま」だ。それが厭なら浅野氏が北朝鮮に移住すればいいじゃないか。ヤクサより残酷な金王朝が歓迎してくれるぞ。

国王史観が当り前のイングランド

  浅野氏は日本国民がずっと慕ってきた陛下を気に入らないそうで、元号も廃止すべきとの意見であった。彼は共同通信社の外信部に配属となっていた時、西暦と元号で悩まされた体験を持っていたという。日本政府は「昭和」を以て情報を発信するが、浅野氏がそれを英文に翻訳する際、換算して西暦に直さねばならなくて、面倒だったと話している。日本政府、特に大蔵省は西暦を受け容れなかったので、民間銀行が文書に西暦を書いてしまうと、いちいち訂正印を押して昭和何年と書き直さねばならなかったからだ。(上掲書 p.130) しかし、単にこれくらいの手間が厭だから「元号を廃止せよ ! 」なんて馬鹿げている。こんな主張を掲げる浅野氏が、どんな思想の持ち主なのかは誰にでも察しがつくだろう。

  「元号が西暦とズレているから計算が厄介だ」とか「毎回換算して西歐人に伝えるのは骨が折れる」といった理由で元号を廃止するのは軽率な文化破壊である。祖先から受け継ぐ伝統は「合理性」とか「経済効率」とは無縁の遺産であるはずだ。日本人は太古の昔から朝廷と一緒に暮らしており、誰も陛下との紐帯を“鬱陶しい”とか“穢らわしい”とは思わなかった。自分が生きている時代が天皇の治世であることは自然であり、天変地異が起こって改元されるのは当然だし、陛下が崩御なされれば全員が悲しむのは必然だった。元号のせいで日常生活が不便だと思うのは、マルクス主義者か反日思想に染まった非国民だけ。イングランド王国の臣民だって君主政は神様の摂理と考えていたのだ。歴史家でなくても一般国民が国王の在位で時代を区切るのは当り前で、「ヴィクトリア朝様式」とか「エドワード朝文学(Edward 7世の治世)」とかの言葉をよく使うし、チューダー王朝時代だと、ヘンリー8世やエリザベス1世の御代は特別である。

Victoria Queen of EnglandEdward VIIHenry VIIIElizabeth I








(左: ヴィクトリア女王  / エドワード7世 / ヘンリー8世 /  右: エリザベス1世)

  イングランドの憲政史を学ぶ者なら分かると思うが、制定法(法令 / statute)などは国王の治世を基にした名称になっている。例えば、「エドワード3世治世第14年第2法法律第1号(14 Edw. III. stat. 2, c. I)」という法律があるし、1830年の制定法は「ウィリアム4世治世第1年法律第2号」と呼ばれていた。1772年の国王婚姻法(Royal Marriage Act)は「ジョージ3世治世第12年法律第11号」だし、1888年の地方統治法(Local Government Act)は「ヴィクトリア治世第51、52年法律第41号」と記されていたのだ。イングランドの行政や司法は国王が中心となっており、天主から塗油を授かった君主は地上に於けるキリストの代理者(Vicarius Christi)となっていた。元々は宮廷が法廷となっていて、国王は正義の執行者として罪を裁き、君臨する王国全体の平和と秩序を保つ守護者であったのだ。したがって、王様は自らの地位を形成する法を犯すことはできない。なぜなら、王位は法と正義の土台の上に築かれているからだ。そして奇妙だけど、もし国王が法に違反した場合の解決策は、国王に対し国王が救済策を与えるよう国王に請願することであった。(英国の慣習法や法思想を説明するとややこしくなるので詳しいことは省略する。)

  ヘンリー3世の時代に名を馳せた英国のローマ法学者ヘンリー・ブラクトン(Henry de Bracton)の格言、「国王は如何なる権利侵害をもなしえず(the king can do no wrong.) 」はあまりにも有名である。ブラクトンはヘンリー3世のもとで20年間も裁判官を務めており、彼はよく次のような点を繰り返し述べていた。すなわち、

  国王は如何なる人の下にもいないが、神(天主)と法の下にある。法が王をつくり、王は法に遵う義務がある。たとえ王が法を破っても、その処罰は神に委ねられている。(Frederic William Maitland, The Constitutional History of England, Cambridge University Press, 1908, pp.100-101)

  イングランドの立法だって国王陛下の臨席のもとで議論されており、貴族も士族議員もみな君主を国政の中核と考えていた。王様がジェイムズ1世のように我が儘だったり、ヘンリー8世みたいに横暴でも、家臣はみんな仕方ないと思って耐えていたんだから、今から考えると驚いてしまう。チャールズ1世に懇願するジョン・エリオット卿なんて可哀想なくらい勤王派だった。(チューダー朝やスチュアート朝の憲政史は面白いんだけど、語り出せばキリが無くて本が数冊できてしまうので割愛する。)

Charles I of EnglandCharles II of EnglandJames I King of EnglandJohn Eliot, Sir







(左: チャールズ1世  / チャールズ2世 / ジェイムズ1世 / 右ジョン・エリオット卿)

  日本人は天皇陛下と共に生きていることを当然と見なしているから、皇室伝統の有り難さに気づかない場合がある。運転免許証の更新やカレンダーの印刷くらいで元号を廃止しようなんて愚の骨頂だ。イギリス人はオリヴァー・クロムエルの時代に君主政を廃止してしまい、チャールス1世を斬首刑にした後で騒然となった歴史がある。共和主義者だったジェイムズ・ハリントン(James Harrington)だって、囚人のチャールズ国王と話しているうちにと、その魅力と人格に惹かれてしまい、王様の処刑に愕然としたくらいだ。護国卿のクロムウェルが亡くなると、息子のリチャードが後継者となったが、1年も経たぬうちにお払い箱。「やっぱりイングランドには王様がいなきゃ」と思ったイギリス人は、君主制が恋しくてしょうがない。そこで、戻ってきたチャールズ2世を大歓迎となった次第である。

  一方、フランス人は底抜けのアホで、ルイ16世とマリー・アントワネットを処刑したら、独裁者のナポレオンが皇帝になってしまった。革命と一連の対外戦争でフランス人の数は激減。ブルボン王朝が復活しなかったフランスでは、政体が猫の目のように変わってダッチ・ロールを繰り返すばかり。しかもドイツ人に負けっぱなしで、アメリカ人に2度も助けられる始末。インドシナでは日本軍にボロ負けで、皇軍が去ったあとで戻ってみたら、現地人に追い出されたんだから情けない。結局、フランスの栄光は王様がいた時代だけである。でも、過去の誇りだけが生き甲斐のフランス人は、口が裂けても「日本は天皇が存続するからいいなぁ」と羨むことはない。これを胸の中でつぶやくフランス人はまだマシな方で、君主政の有り難さを分からぬ唐変木(とうへんぼく)が大半なのだ。もっとも、現在のフランス共和国は、北アフリカの有色人種や東歐人の流民を祖先に持つ「ごちゃ混ぜのフランス人」が主流だから仕方ないのかも知れない。日本人は頓馬なヨーロッパ人や君主政の意味が理解できぬアメリカ人の意見に左右されてはならない。ましてやNHKやTBS、朝日新聞、共同通信に潜む左翼分子の不平など足蹴りにするのが賢明だ。天皇陛下が君臨する日本に住む我々は、嬉しい時も悲しい時も常に陛下と一緒という気分になれる。陛下のご尊顔を拝めば心が弾む、という感情に理屈は要らないだろう。幸せというのは案外目に見えず、普段の生活では気づかないものである。




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