無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

皇室伝統

皇室との絆が薄れる未来 / 陛下と国民が違う種族に

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房

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平成の終わりが伝統的日本の最期になる?!

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  今月の天長節を祝った日本国民は、どんな気持ちで陛下の御言葉を耳にしたのだろうか? 長い統治を振り返ると、天皇陛下も色々な出来事を想い出すようだ。陛下からメッセージを賜った日本人も感極まったんじゃないか。宮城(きゅうじょう / 所謂「皇居」)に集まった国民の中には、陛下の御譲位を惜しんで咽(むせ)ぶ人も居たはずだ。陛下のご尊顔を拝する日本人には自然と涙が溢れてくる。普段、皇室を意識しない人でも天皇陛下を目にすれば、思わず背筋が真っ直ぐになるし、最初は気恥ずかしくても、皆と一緒に「天皇陛下、万歳 !」と叫べば段々と声が大きくなる。有名大学の学者どもが何と言おうと、やはり、陛下は日本の国父である。

Al Grassby 1(左  /  アル・グラスビー)
  こうした君民一体の光景が見られる日本は本当に素晴らしい。1970年代のオーストラリアで移民省大臣を務めたアル・グラスビー(Albert Jaime Grassby)は国民の統一を願い、「家族のような国民(Family of the Nation)」を看板にしたが、オーストラリア国民は纏まらなかった。というのも、当時のオーストラリアは白豪主義を放棄し、大量の異民族を受け容れていたからだ。主流民族であったアングロ・ケルト系国民は、東歐や南歐からやって来る移民とは人種的に違っていたし、非西歐系の移民もイギリス文化に同化できるとは限らなかった。大半の移民は自分達の慣習を守り続け、冷たい感じのするイギリス文化に順応しようとは思わなかった。第一、このスローガンを掲げていたグラスビー自身が移民の息子で、彼の父親はチリ出身のスペイン人。彼は血統的劣等感ゆえにイギリス人への憎しみを抱き続けていた。どおりで、アングロ・ケルト系の国民が反撥した訳だ。(グラスビーが二度目の選挙に出たときに、数多くの脅迫状が自宅に舞い込んできたらしい。)

  多民族主義で沈没したオーストラリアとは異なり、昔の日本は移民や難民を制限したことで多少救われることがあった。国内には皇室廃絶を叫ぶ左翼や、陛下を呪う朝鮮系住民もいたが、大半は皇室存続を望む国民で、君主の居ない共和政体など想像もしなかった。とりわけ、昭和天皇は絶大な人気を誇っていたので、NHKや朝日新聞がどれほど皇室を侮辱しようが国民の敬愛は少しも揺らぐことはなかった。小室直樹先生も力説していたが、日本人が抱く尊崇の念は他に比類が無く、戦前だと共産主義者でさえ、皇室廃絶となれば躊躇いを覚えたそうだ。西歐のキリスト教徒も皇室について学べば、その偉大さに驚愕するかも知れない。救世主たるキリストは復活後、ディディモと呼ばれたトマスの前に現れたくらいで、その後は音信不通。大教皇のグレゴリウス1世の寝室にも現れなかった。ついでに言えば、疑り深いトマスは槍で突かれたイエズスの脇腹の傷口に指を入れて、本当に復活したんだと信じたそうである。(ヨハネによる福音書第20章24-29節)

  カトリック教会だと、天主と信徒の間に神父とか教皇が介在するけど、日本国民と天皇陛下の間には、直接の対面を阻むものは一切無い。陛下は神様の子孫で、最高司祭にして国家元首、しかも陸海空軍を統率する大元帥である。これに加えて、慈悲深き国父ときているから頭が下がる。まともなアメリカ人なら羨ましくてしょうがない。なにせ、アメリカの国家元首ときたら尊敬に値しない奴ばかりが選ばれる。ビル・クリントンは恥知らずの助平だったし、バラク・オバマは誰が父親なんだから判らない赤い黒人マルキスト、ドナルド・トランプは国民の半分から嫌われている大魔王なんだから。彗星に願いをかけても、ジョージ・ワシントンみたいな大統領は二度と現れない。残念 ! (波田陽区はどこに行ったのかかなぁ。)

  アメリカ人は共和政を誇っているが、黒人やヒスパニック、アジア人、アラブ人の国民にしたら、いくら笑顔を振りまいても白人の大統領なんて所詮は赤の他人だ。アメリカ国民同士にも連帯感は無く、支那系移民と朝鮮系三世に“同胞意識”なんて芽生えたことはないし、両者とも黒人が大嫌いで、犬猿の仲となっている。また、白人と黒人の溝が海より深いことは世界的に有名だ。例えば、ハリケーンが荒れ狂って黒人が宿無しになっても、白人は「黒い国民」を助けることはなく、「政府が何とかしろ!」と丸投げ。日本人のような同胞愛は無い。大統領が惨状を視察に来たって、「どうせ票集めだろう」と陰口を叩く者が多い。日本だと、天皇陛下と皇后陛下が被災地をご訪問になり、「大変でしたね。何か困ったことは?」と温かい言葉をかけてくださる。一方、心の傷を癒やされた被害者は感激して涙をこぼす。政治家は薄汚い下心を隠して親切にするが、天皇陛下は無私の精神で、心から国民を心配していらっしゃる。正常な日本人は、こうした陛下の純粋なお心遣いを察知するから、理屈抜きで皇室の有り難みを実感するのだ。

  ここで一つ疑問なのは、帰化人を対象にした皇室に関するアンケートが今までに有ったのか、無かったのかという点である。かなり前から、日本に住みつく朝鮮人や支那人はそれとなく日本に帰化しており、それに伴って日鮮や日支の混血児も増えている。しかし、なぜか大手の研究所による意識調査というものを聞いたことがない。もしかしたら存在するのかも知れないが、一般的には知られていないはずだ。日系日本人からすれば、帰化人の同化は“どのようなもの”なのか、とても気になる。例えば、帰化鮮人は天皇陛下を尊敬しているのか? もし、尊敬している者がいるというなら、全帰化人の何パーセントに当たるのか是非知りたい。というのも、皇室を「嫌い」とか「憎い」、あるいは「廃絶すべし」、「関心が無い」、「どうでもいい」という回答なら容易に推測できるが、「皇室が好きだ」とか「陛下に敬意を持っている」と述べる元在日朝鮮人がいるとは思えないからだ。

  日韓併合により「日本国民」に昇格した朝鮮人は、「一等国のメンバー」になれたと大喜びで、なるべく日本人らしく振る舞おうとした。ところが、大東亜戦争で日本が敗れると掌を返したように「戦勝国」気取り。民族意識に芽生えた朝鮮人は、日本が朝鮮を“植民地”にしたとか、朝鮮人を奴隷にして、その財産を収奪したと言いたい放題。中には、日本との“戦争”に勝った、と妄想する者までいた。(朝鮮人の頭には、勝手な想像を「歴史的事実」に“変換”するアプリがダウンロードされている。たぶん、悪性ウィルスの類いなんだろうけど。) 敗戦後、半島に戻らず日本に居坐った朝鮮人は闇市でボロ儲けしたくせに、それを知らんプリで子孫に隠している。それどころが、不逞鮮人は「第三国人」の立場を利用して横暴の限りを尽くしていた。こんな賤民を祖先に持つ在日鮮人が、日本国籍を所得したからといって立派な帰化人となるのか? 日本に留まり、日本の学校に通うことができた帰化鮮人は、高度な教育を受け、大学にまで進学できるようになった。しかし、日本の発展に貢献しようと志す若者は砂金よりも少ない。日本の歴史や文化を愛する知識人など皆無。帰化鮮人の子供や日鮮混血児の中には、国立大学の教授とか社会評論家になった者もいたが、日本を愛する保守派言論人だけは育たなかった。

Koreans in Old Days 2














(写真  /  日本人に教育される前の朝鮮人)

  技能実習生とか奴隷的移民を輸入しようとする役人や政治家、企業経営者などは、「人手不足」を口実にして、現代版の苦力(クーリー)を再現しようと謀っている。株主を優先する商人は売国奴になっても仕方ないが、国民を代表する国会議員は日本人を優先しなければならない。ノン・ポリの議員は出稼ぎ外人を単なる「アンドロイド家畜」と考えているが、やって来る移民はコントロールできない感情を有する人間だ。そもそも、日本の政治家は外人労働者を甘く見ているんじゃないか。彼らが日本の慣習や文化を尊重して、我々の行動様式を真似ることはない。それどころか、自分達の生活習慣を持ち込んで、日本人に迷惑を掛けることの方が多いはずだ。例えば、食堂に支那人客が訪れると、その食い散らかしは本当に酷い。手羽先の骨を床に捨てるし、テーブルの上はソースや食べ残しで汚れ放題。後片付けする給仕は大変だ。洗面所で放尿する奴がいると思えば、正社員なのに会社の極秘資料を盗んで転売する奴までいる。支那人は隣で話しているだけでも不愉快だ。下品なアヒルみたいに喋るから、お洒落な喫茶店に支那人が入ってくると、落ち着いた雰囲気が台無しになる。

  そもそも、こき使われると分かっていながら日本にやって来るアジア人というのは、自分が生まれ育った国を惜しげも無く捨ててしまう下層民である。彼らは国家意識の観念が極めて薄く、自己犠牲の精神なんか更々無い。例えば、フィリピン人に「フィリピン生まれ」というプライドはあるのか? スペイン人に征服された南洋土人は、米西戦争のオトシマエとしてアメリカ人に売却され、白人を怨みながらも、その容姿と財産に心から憧れていた。さらに、彼らは華僑によって国の経済を支配されているから、何時まで経っても三等国民のままだ。したがって、ルソン島の原住民は侮蔑されながらもジッと耐えるしかない。不甲斐なさが板に附いているフィリピン人は、自国への愛着心など初めから無く、女中でも売春婦でもいいから、豊かな国へ移住したいと熱望する。国籍取得のためなら誰とでもセックスして、あわよくば結婚しようとするんだから、フィリピン人に自尊心というものは無い。こんなアジア人が日本で就職し、日本語を覚えたからといって、立派な日本国民になるのか?

  支那人の場合はもっと悪い。歐米諸国を見れば判るけど、支那人街とゲットーは瓜二つ。だいいち、「支那人がやって来たから文化的に豊かになった!」と喜ぶ白人がいるのか? 歓迎するどころか、我先にと引っ越しをする者がほとんどだ。支那人は銃弾を一発も発射せずに異国を占領できる。筆者の体験話で恐縮だが、「平和的な占領」というのは日常生活ても観察できる。もう10年くらい昔、ある夏の日のことだった。立川方面行きの中央線に乗っていたところ、長椅子に浮浪者が一人で坐っていた。車内に乗客は居たが、誰も同じ椅子に坐ろうとせず、なるべく遠くに立っていた。そして、三鷹駅か東小金井駅で停車したとき、若いサラリーマン風の男性が電車に乗ってきて、誰も坐っていない長椅子を見つけたので、「ああ、良かった !」と思いサッと腰を掛けた。ところが、直ぐに異様な悪臭に気づき、慌てて飛び跳ねてしまった。間抜けなことに、彼は浮浪者が坐っていることに気づかなかったのだ。筆者は驚愕した彼の顔を目にして、グっと笑いをこらえるのに苦労した。それにしても、不潔なルンペンというのは恐ろしいもので、武器を持っていないのに無敵なのだ。電車内には大勢の乗客が居て、迷惑そうに眺めていたけど、誰も文句を言わずに片隅に固まっていた。支那移民というのはこの浮浪者と同じで、まともな日本人は支那人と一緒に住もうとはしないものだ。裕福な者から郊外への逃避が始まり、低所得者のみが街を脱出できず、毎日嫌な思いをしながら暮らす破目になる。

Chinese immigrants in Australia 2Chinese migrant in Canada 2







(左: オーストラリアへの支那移民  /  右: カナダに住む支那移民)

  地球上で最も悲惨な国(支那)からやって来る劣等民族は、日本を変質させる侵掠者に等しい。入管法の改正に賛成した議員の中には、出稼ぎ外人の帰国を信じている者もいるだろうが、一旦彼らが日本に住みつけば本国に戻ろうとする者はごく僅か。何しろ、我が国は安全で衛生的な上に、自然が美しい別天地だ。ゴチャゴチャと汚い街並みが普通の東南アジアとは比べものにならない。日本人はアジア諸国を旅行すると、日本との違いに誰でもアッと驚く。厚かましいアジア人労働者とは異なり、日本人は外国に派遣されても直ぐ日本が恋しくなり、任された仕事を終えれば“さっさ”と祖国へ戻ってくる。北京に派遣された駐在員なら「そう、そう!」と頷くはずだ。役目を終えたのに、そのまま現地に留まり、どこかで引っ掛けた支那人と結婚し、支那国籍を取得するなんてまず有り得ない。南鮮に派遣された日本人も同じで、現地の国籍を取って帰化しようなんて夢にも思わないし、それどころか、「こんな国は二度と御免だ!」と啖呵を切って一目散に帰国するはずだ。

  一方、支那人は銭の臭いに釣られて移動する根無し草。儲け口のありそうな国なら何処でもいい。マルコは母を訪ねて三千里だったけど、支那人は銭を求めて三万里だ。愛国心なんて端っから無い。ポンズ醤油を使ったくらいで幸せを感じる日本人とは根本的に違うのだ。だいいち、大気汚染や土壌汚染の暗黒大陸に未練なんかあるのか? 支那に比べたらベトナムやラオスだって上等国に見える。こんな支那人に永住権や国籍を与えようとする議員と役人は、まともな日本人じゃない。どうして、心と腹が真っ黒の支那人に、緑豊かな日本を献上しようとするのか? 日本という高度文明国に、支那人という野蛮人は相応しくない。京都に群がる支那人観光客を見れば判るじゃないか! もし、鎌倉に朝鮮部落や支那人街ができたら、地元住民ばかりでなく、全国の日本人も激怒するだろう。南青山の児童相談所建設どころの騒ぎじゃないぞ。不動産価格の下落なんか屁みたいなものだ。もし、上海の如き魔都が出現すれば、永久的に支那人の租界になってしまうだろう。

Chinese immigrants in AustraliaChinese migrant in Canada









(上  /  西歐にやって来た支那移民を描いたイラスト)

  敗戦後、日本人は左翼勢力により国家意識を奪われてしまった。その結果として、強靱な魂を以て日本を守ろうとする気概が無い。アジア人が帰化を申請すれば、ポケット・ティッシュのようにくれてやるのも、国家意識が欠落している証拠である。だいたい、普通の日系日本人はアジア帰化人や混血児を自分と“対等”な国民と思っているのか? 例えば、一般の日本人がベトナムやビルマからやって来る出稼ぎ人と親睦を深め、自分の悩みを打ち明ける程の親友になるとは思えない。たとえ、同じ職場で毎日働いていても、日本人は何となく遠ざかるし、外人労働者の方も民族ごとにグループを作り、昼飯や夕飯も同胞と一緒に食べるはずだ。これは言葉の問題ではなく、生理的な拒絶反応だから、法律や社訓で是正することはできない。子供だともっと露骨で、フィリピン人やタイ人の混血児は外見的違いから仲間はずれだ。ファッションに敏感な女の子だと「ダサい子とは付き合いたくない!」と言い放ち、先生が叱っても埒(らち)が明かない。アジア系の生徒を相手にせず、存在しないかのように無視する。学校なのに刑務所のように種族別のグループが出来上がるんだから、現場の教師は頭が痛くなってしまうだろう。

  日本人は昔から気心の知れた同種族と暮らしてきたから、言葉や風習を異にする外人との軋轢を理解できない。同じ感覚や価値観を共有するのを当然と思っているから厄介だ。よく学校や会社で「あいつ、空気読めない奴だよなぁ」と陰口を叩く人がいるけど、外人にしたら、そんなのは超能力の一種だ。空気を読む能力なんてマニュアル本を読んでも分からないし、日本人だって詳しく説明できないから、途中で諦めてしまうだろう。天長節や正月に江戸城へ赴く人だって、アジア人から「どうして義務でもない参拝をするのか?」と訊かれれば、「えっ!」と戸惑い、「だって、陛下がいらっしゃるから」としか答えられない。陛下の龍顔を拝する日本人は、陛下と対面すること自体が嬉しいのである。国旗を振って自然と「万歳!」を叫ぶのも、日本人の血が流れているからで、強制によるものではない。日系日本人が靖國神社に参拝するのも、同じ血を共有する同胞が自らの命を犠牲にしたからだ。馬鹿らしい質問だけど、帰化支那人や朝鮮系国民は靖國神社に参拝するのか? 大東亜戦争で散華した将兵の手紙を読んで、大粒の涙を流す帰化鮮人が居たら会ってみたい。ウミガメよりも珍しい存在だから。

  毎年、宮城には多くの国民が詰めかけているが、いったい何人の朝鮮系日本人や帰化支那人が訪れているのか? 日本の学者は国勢調査とか統計データを集めるのが好きだけど、なぜかアジア系国民の実態調査を避け、彼らの帰属意識を研究しようとはしない。推測ならできるが、実際に、彼らは日本の国家元首をどう思っているのか? 朝鮮系国民の中には、日本生まれの子供や孫、さらに曾孫までいるが、おそらく彼らの中には熱心な皇室支持者はいないだろう。朝鮮人は何十年も日本に住み続けているが、彼らがアメリカとかヨーロッパに留学した時、「私は陛下に忠誠を誓う日本国民です」と公言できるのか? 日本にやって来るイギリス人留学生なら、躊躇わず「私は女王陛下に忠誠を誓うイングランド国民です」と自慢できるだろう。日本だと滅多に会うことは出来ないが、「ウチは代々トーリー(王党派)の家庭でして・・・」と告白するイギリス人もいるくらいだ。第18世紀か19世紀に帰化したオランダ系やスウェーデン系のイギリス人でも、日本人の前で堂々と「私は陛下の忠臣です」と口にできる。さらに、ケインズ卿(John Maynard Kaynes)みたいな人物もいて、祖先を遡ると第11世紀のノルマン人に辿り着く、というからビックリする。

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(左: アングロ系イギリス人  / 右: 移住してくる支那人 )

  宮城に集まった大勢の日本人は「皇室よ、永遠なれ!」と当り前のように願うが、これからアジア人がどんどん増えてくれば、天皇陛下は単なる“有名人”に過ぎなくなる。支那人や朝鮮人は権力志向が強いから、日本の学校で教育を受けると、官僚になるための試験を受けたり、地方や国政の選挙に出馬したりする。いずれ、役所の中に帰化人やアジア系混血児が勤務している光景が普通になるだろう。もっと恐ろしいのは、市会議員とか県会議員、市長、県知事、衆院・参院議員の中に支那系や朝鮮系の人物が増大し、日系人の立場が弱体化することだ。アジア系有権者は政策とは無関係に、「同族」の候補者を支援するから、アジア系の国会議員が誕生する確率が高い。「まさか」とは思うが、宮内庁に朝鮮系の役人が混じったりすることも覚悟しておくべきだ。なぜなら、厚生省から出向してくる官僚もいるから、「有り得ない!」とは言えないのだ。もし、こうした役人が陛下の側近になったら、皇室にどんな損害を与えるのか?  考えただけでも寒気がする。

  日系国民は今のところ不安に思っていないが、このまま移民が増え続ければ、皇室を支持する日本人の比率は減少する一方だ。近い将来、勤皇精神という言葉が死語になりかねない。今のところ杞憂に思えるが、そう遠くない未来に、朝鮮系や支那系の国民が、江戸城に集まった日系人を目にして、「今日、何かあるのか? 」と尋ね、天長節だと判れば、「な~んだ、原住民の酋長が生まれた日か!」と小馬鹿にするかも知れないぞ。日系人は真っ赤になって怒るけど、国会と霞ヶ関がアジア系に支配されていれば、唇を噛みしめて耐えるしかない。あと何十年かして、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」と再び口にするようじゃ憂鬱になってしまうよねぇ~。


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靖國神社を潰そうとする天皇陛下 ? / 国民の不満と戦後の日本

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靖國を去った宮司

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(左: 天皇陛下  /  右: 「脱宗教化」を描いた風刺画)

  今月発売された「週刊ポスト」誌で、靖國神社の小堀邦夫宮司による発言もが大都なり、それが世間で話題となった。記事によると、6月に靖国神社で私的な会議が開かれたそうで、小堀氏はその席で「(天皇)陛下は靖国神社を潰そうとしている」と述べたらしい。(「靖国神社宮司の小堀邦夫氏が退任の意向 会議で『不穏当』発言」 、2018 年10月10日附産経新聞) 天皇陛下は国内外で慰霊活動を行ってきたのに、何故か靖國への御親拝がなかった。それで、小堀宮司は痺れを切らしたのであろう。確かに、天皇陛下による靖國参拝がずっと無い状態はおかしい。一般国民の素朴な感情として、「一度くらいは参拝なされてもよさそうなのに・・・」とつい思ってしまう。そして、英霊の遺族も陛下の御親拝を望まれているはずだ。

  何者かによって意図的に漏洩された会話だが、小堀宮司の「失言」を聞いた日本人の心境は複雑である。最高司祭とも言える今上陛下が在任中、一度も靖國神社に参拝せず、マスコミに遠慮しながら英霊と向き合わないのは異常で、戦歿者の遺族なら納得できない。だが、その一方で陛下が政治に巻き込まれ、支那人や朝鮮人の侮蔑に晒されるというのも嫌なものだ。国民から選ばれた総理大臣でさえ参拝できず、マスコミの非難を恐れているんだから、陛下が御親拝となればトップ記事になってしまうだろう。そして、支那人や朝鮮人は「待ってました」とばかりに、陛下を格好の餌食とし、国内の左翼勢力に援護射撃を要請するはずだ。天皇陛下の側近が恐れているのは、皇室の宗教的行動が世俗の権力闘争に使われてしまうことだろう。

  保守的国民の一部には、「なぜ陛下は散華した将兵の霊を無視するのか?」と不満を述べる者もいるけど、国民の大半が左翼思想に染まり、神道を狂信的宗教あるいは「軍国主義」の道具と見なしているんだから、陛下が問題なく毎年参拝できる訳がない。国民の90%くらいが御親拝支持を表明しているんなら別だけど、「靖國参拝って、右翼的よねぇ~」と考える国民が結構な割合で存在するから、問題はむしろ国民の方にあるんじゃないか。特に、大学教育を受けた国民には神道に対して否定的なイメージを持つ者が多い。医学部とか理工学部の学生で神道やキリスト教史を学ぶ者は少ないし、法学部や社会学部、教育学部といった文系学生になると、神道に対する敵意と言えるほどの憎しみを持っている。

  共産・社会党系の教授から洗脳された青年は、宗教を無知な大衆の「慰め」としか考えず、教養人の信仰とは思わない。真っ赤に染まったインテリにとったら、“高級”な人間とは空想に惑わされない合理主義者で、迷信に囚われる庶民は“低俗”な土人である。田原総一朗や青木理、大谷昭宏といった左翼ジャーナリストが、「天皇!」と吐き捨てる時の表情には、神道への侮蔑も含まれているのだ。彼らは日本について語る時、「我が国」とは言わず、突き放したような態度で「この国」と呼ぶ。帝国陸海軍の場合でも「旧日本軍」と呼んで「我が軍」とは言わない。彼らにとったら、敗戦前の日本は唾棄すべき侵略国で、愚かな因襲と忌々しい制度に満ちているのだ。

  とにかく、左翼は伝統的な日本が大嫌いで、我が国の歴史を撲滅したいと思っている。だから、日本社会の中核である皇室は諸悪の根源と思っているのだろう。共産主義とは人間改造を目標としているから、伝統的社会は素晴らしい革命を邪魔する障碍物に他ならない。ただし、現在の左翼には共産主義国家への憧れはないが、伝統に根づく日本への憎しみだけは、相変わらず「惰性」として生き延びている。彼らには、皇室を廃止した後どうするのか、これといった具体的なプランは無いけど、「差別の源泉となる皇室を潰せ!」という情念だけは残っている。つまり、「君主政を撲滅せよ」という悪名高き「32年テーゼ」が死んでいないのだ。信じられないけど、ソ連のモスクワ本店が倒産したのに、日本のコミンテルン支店は未だに健在だ。上司からの指令が撤回されず、「皇室憎悪」という怨念だけが未だに幽霊の如く漂っている。

  考えてみれば日本の学校教育は幾つかの点でアホらしく、重要な事柄がカリキュラムから抜け落ちている。例えば、人生で大切な「恋愛」と「金儲け」が教えられていないのは周知の事実だが、国防の重要性はもちろんのこと、税金の払い方も素通りで、司法についてもほぼスキップ状態。ほとんどの日本人は軍事を勉強しないことが世界平和に繋がると思っているし、最高裁判事にどんな人物が指名されているのか分からない。国民審査といっても一般人にとったらチンプンカンプンで、聞いたこともない裁判官に〇☓を附けて終わりだ。これで三権分立がある、と満足する国民が一体何人いるのか? 働くようになった国民は納税の義務を有するが、節税しようとしても複雑な税制に辟易するだけで、訳も解らず「お上」に搾り取られる。ビールだって一番搾りくらいなのに、日本人は二番、三番、四番の搾取に耐えている。タックスヘブンを使って脱税できるのは大金持ちだけ。会社員は所得税や市民税、社会福祉税、固定資産税、車検、酒税、燃料費の二重課税で所得の半分くらいを取られているのだ。

  ところが、下らない性教育や人権教育、反日運動、反戦思想、支那人や朝鮮人への特別配慮となれば話が違ってくる。左翼系の歴史教科書には、悲惨な百姓一揆とか、どうでもいい五日市憲法、土地を奪われた可哀想な朝鮮人など、反日思想がてんこ盛りである。(「学び舎」の社会科教科書「ともに学ぶ人間の歴史」は超弩弓の極左本で、嫌だけどいずれブログ記事で紹介したい。ホント、日本の教科書とは思えない凄い内容なんだから。) 日本の学校は反日細胞を養成する洗脳機関か、と思えるくらいだ。我が国の伝統的な信仰を斬り捨てる公教育なんて義務教育じゃない。もし、ギリシアや西歐諸国で子供達にギリシア神話を教えなかったら、古典文学は暗号の塊である。日本各地には昔から神社があって、地方の人々は様々な祭りを楽しんでいるが、学校に通う子供達は神道が何であるのか解らない。悠久の歴史を誇る皇室だって外国の制度みたいだし、なぜ大人が天皇陛下を敬っているのか理解できないはずだ。ちょっとひねくれた中学生だと、皇族のニュース報道を耳にすれば、「なんであの人達は偉そうにしているの?」と尋ねてくる。しかし、親も日教組教育を受けた世代なので、子供の質問に答えることができない。たとえ叱ろうとしても、知識が無いから諦める。一方、左翼がかった親だと、インテリを気取って皇室を馬鹿にするから、子供がその侮蔑的態度が伝播するのは当然だ。

「脱宗教化」に賛成したフランス人

  日本の学校教育が宗教を拒んでいるのは、大革命をしでかしたフランスやマルキスト学者の影響を深く受けているからだろう。左翼教員は歐米諸国の「政教分離」を金科玉条にしているが、これは国教会を設立しないとしたアメリカの国情とか、三十年戦争で宗派闘争に疲れたドイツをよく調べないからだ。英国から独立した米国は、アングリカン教会のような支配的教会を否定しただけで、キリスト教を公共の場所から排除した訳じゃない。建国の父祖はキリスト教倫理の重要性を充分に解っていた。もし、彼らが現在のようなキリスト教排斥の風潮を見たら腰を抜かして驚くだろう。ドイツだって未だにキリスト教国家で、聖書を取り除いたドイツ文化なんて想像できない。ユダヤ人やトルコ人などを「ドイツ国民」と認めるから、ややこしい問題が生じるのであって、国民の大部分がプロテスタントやカトリックならキリスト教的伝統に文句は無いはずだ。

  日本の知識人は赤い狂人が君臨するフランスを理想としている。ところが、この共和国は廃墟の上に建てられた雑居ビルのような国家で、東歐人やアフリカ人、アラブ人、ベトナム人などが流入し、ケルト人と混血して別の社会になっていた。かつて高度な文明を築いたガリア人の子孫は何処かに消え去り、新たな種族が残された文化遺産を自分のものと詐称しているだけ。謂わば、「居候」がいつの間にか「世帯主」になっているようなものだ。例えば、ギニアからの黒人がフランス語を流暢に話し、自信満々に「私はフランス人」と称しても、「確かにフランス人だよなぁ~」と納得する日本人は居ないだろう。もし居たら精神的に相当な重症患者である。流血の革命で国家的自殺を完成させたフランス人に健全な精神を求めても無駄である。公共の場所からキリスト教を一掃した人民に、民族的復活の兆しは無い。

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(左: フランス革命を描いた油絵  / 右: 「ライシテ」を示す挿絵 )

  フランスの政治を勉強すると、必ず「ライシテ(laïcité)」という言葉にぶち当たる。この用語は脱宗教化、すなわち一切の教会から国家を独立させ、宗教的要素を取り除いた世俗国家を正当化する「呪文」である。「ライシテ」という旗を立てた国家では、日常生活に染み込んだ伝統的制度が根こそぎにされてしまうのだ。例えば、教区司教が管理していた信徒の戸籍は役所に移され、未来の国民を育てる学校も神父の手から役人へ、と左翼の管轄となる。結婚するときも、教会の承認なんか無くてもOKだ。神様への誓いなんかどうでもよく、役所の書類にサインすれば即夫婦となれるし、永遠を誓った愛でも紙切れ一枚で無効にできる。民事婚(mariage civil)なら藝人やゲイでも立会人となれるし、離婚調停では弁護士という吸血鬼が仲介人となるので、「父と子と聖霊」を口にする神父はお払い箱。告解を聴いてくれる司祭の出番も無い。それどころか、フランスのキリスト教は空洞化に歯止めが掛からない。日曜日でも教会はガラガラで信徒は老人ばかり。古くからある教会だって神父と信者不足で閉鎖となり、建物までもが解体される有様。その一方で、移民が建築するモスクは激増し、イスラム教徒が大勢訪れて大繁盛。これじゃあ、パリがイスタンブールに見えてくる。

  日本では神道大学は珍しいけど、フランスではカトリック教会の学校なんて珍しくない。しかし、こうしたクリスチャン・スクールも革命の余波を蒙って青色吐息。チョーク・スリーパーを喰らったコナー・マクレガー(Conor McGregor)みたい。左翼分子が社会の隅々にまで浸透し、命令を下す地位(コマンド・ポスト)に就くフランスでは、赤い権力者が教会から学校を取り上げ、抵抗する司祭がいれば学校そのものを潰そうとする。例えば、ナントの市長やフランスの首相を務めたルネ・ワルデック=ルソー(Pierre Marie René Waldeck-Rousseau)は、修道会に対する敵意を剝き出しにしていた。彼は教会の永代財産が増加するのは危険だと言い放ち、共和国が収奪すべし、という主張を広めていたのだ。(ジャン・ボベロ 『フランスにおける脱宗教性の歴史』 三浦信孝 / 伊達聖伸 訳、白水社、2009年, p.104.)

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(左: 聖堂に参列するカトリックの聖職者  / 右: ヨーロッパの修道女 )

  修道院はヨーロッパの文化を豊饒にし、王国の骨格を創った「母」というべき存在なのに、左翼的フランス人はそれを廃絶しようと欲しているのだ。第19世紀末のフランスでは、中等教育を受ける男子の43%が教会運営の学校に通っていたらしい。今でも、名門校とされる寄宿制私立高校や大学には、プロテンタントやカトリックの違いはあるものの、キリスト教系の学校が多い。「リベラル派」を気取る政治家や高級官僚、大富豪でも、子弟の教育となれば真剣で、「聖パウロ」とか「聖アンドリュー」といった名前を冠したミッション系スクールに通わせている。また、宗教を馬鹿にするリベラル派でも、末期的な病気になれば、修道女が献身的に尽くしてくれる「ホスピス」に入ろうとするんだから、本当に図々しい連中だ。共産党が経営する病院にても入ればいいのに。(でも、共産党員ほど敬遠したりして。隠居のコミュニストになると、「あいつらは庶民に対して冷酷だから」と呟いたりするので面白い。)

Rene Waldeck Rousseau 1Émile Combes 1Georges Clemenceau 1










(左: ルネ・ワルデック・ルソー  / 中央: エミール・コンブ   /  右: ジョルジュ・クレマンソー)

  内大臣を務めたエミール・コンブ(Justin Louis Émile Combes)もキリスト教系の学校を憎んでおり、宗教的教育施設を潰そうと躍起になっていた。この急進派議員は神学校を出ていたのに、修道院が経営する学校では子供たちの自由が損なわれると思っていたのだ。ところが、アルジェリアの教育を調べたコンブは、イスラム教やコーランに関しては融和的となり、協調的な態度を見せていた。おそらく、コンブにはキリスト教に対する個人的怨みでもあったのだろう。それはともかく、第19世紀のフランスでは、学校の設立を許認可制とする法律があったらしい。しかし、コンブはそれ以前に創設された宗教学校をも潰したかったので、法を遡及させることにしたという。当時、約125万人の子供たちが修道会系の学校に通っていたのだが、コンブは2500もの学校を閉鎖に追い込んだそうである。(上掲書 p.106.) そして、修道士や修道女を解散させるために軍隊まで動員されたというから念が入っている。

  1904年7月に採択された法律では、修道会による教育が全面的に禁止された。これにより、三万人もの修道士や修道女が亡命を余儀なくされ、イングランド、カナダ、ベルギー、イタリア、スペインに新天地を求めたそうだ。そこで、カトリック教会は一計を考えた。1903年に閉鎖された1万校のうち、5万8千校を俗徒責任者による運営形態にし、再開を試みたのである。この学校で採用される教師は「還族教師」、すなわち司教の許可を得て法衣を脱いだ聖職者、つまり共同生活を離れただけの修道士・修道女であったのだ。すると、これに気付いた左翼議員は、その抜け穴を塞ぐために「還俗教師」を禁止する法案を提出したという。しかし、ジョルジュ・クレマンソー(Georges B. Clemenceau)たちが、この法案は個人の自由に対する侵害であると見なし、上院で否決したそうだ。国王殺しの思想を引き継ぐ連中は、本当に執念深く、骨の髄まで真っ赤である。

  日本人は宗教に無関心なようで神道を未だに守っているから、敬虔な西歐人には奇妙に見える。(神道は「宗教」というより、「神様や自然にふれる心」とか「神聖なものを敬う気持ち」と考えた方がいいのかも知れない。) 確かに、キリスト教とは異なり、神道には平民が気楽に読める聖典とか教義が無いし、いつ神社に赴き、どんな礼拝形式を取ったらいいのか、という典礼も無い。第一、どうやったら神道の信者になれるのか、という条件が曖昧なのだ。神社の宮司が「洗礼」を授ける訳でもないし、「七五三」は入信式でもないから、一般人は神社の氏子にでもならぬ限り、自分の信仰を自覚しないものである。その割には、元旦になると大勢の日本人が初詣に出掛けて、お賽銭を投げたり家内安全を祈願するんだから、神道はかなり寛容だ。ただ、信仰心が薄い日本人でも、100円くらいで「家内安全商売繁盛」を祈るのは図々しいと思うから、千円札や一万円札を入れて、「神様、これで何とかして下さい」と頼み込む。(年頃の女子高生だと無謀にも、「山Pみたいなボーイフレンドが出来ますように !」と祈ったりするが、日本の神様は全宇宙の支配者じゃないから、その力には自ずと限界がある。それに、現実はそんなに甘くはないぞ。) 神様の方も庶民の懐具合を解っているので、無闇に臍(へそ)を曲げないから偉いもんだ。まぁ、足りない分は天皇陛下が熱心に祈ってくださるので、一般国民は時たまの参拝だけで済む。皇室の存在は本当に有り難い。

  週刊誌や保守派は今上陛下のお考えをあれこれ推測するが、陛下が靖國へお出ましにならない本当の理由は誰にも判らない。もしかしたら、側近や国民にも言えない理由があるのかも知れないし、宮内庁の誰かが引き留めている場合だって考えられるのだ。確かに、保守的な国民が苛立つのは解るけど、閣僚の参拝くらいで騒動が起きるんだから、そんな状況では陛下の御親拝なんて無理だろう。まず、朝日や東京、毎日といった新聞を惰性で取ってる国民が購読を止めて、左翼メディアを倒産にまで追い込み、反日報道はマイナスと自覚させることだ。ついでに、NHKに対する支払いも止めて、金満体質のNHK幹部にお灸を据えればもっといい。NHKは国民を強請(ゆす)ったことで受信料が増え、満面の笑みを浮かべているじゃないか。

  結局のところ、国民の意識が変わらないと政治家の行動は変わらないし、大手マスコミが凋落しないと反日報道が減ることはない。だいたい、日本国民が左翼メディアに代金を払い、その資金が靖國攻撃の元手になっているんだから、自業自得の面がある。もし、国民の大多数が靖國神社に賛成で、どのテレビ局も陛下の御親拝を待ち望んでいる、という状況で、陛下が断固として拒絶なさるのであれば、陛下個人の問題となるだろう。しかし、原因は国民の方にある。評論家の一部は「A級戦犯が合祀されているからだ」と言うが、それでは他の将兵はどうなるのか? 生還した軍人はA級戦犯が祀られていようが、亡くなった戦友に再会するため靖國神社に赴く。このことを陛下が知らぬわけがない。政治家の靖國参拝で騒ぐのは、支那人や朝鮮人と日本の左翼勢力だけだ。こんな奴らに気兼ねする日本人は頭がおかしい。小堀元宮司は「洗脳された国民が靖國を潰す」と考えるべきだった。



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