無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

皇室伝統

変節漢の法学者 / 左翼に貶められた皇室 (後編)

占領軍の提灯持ちになった憲法学者

 我が国の憲法学者にはロクな奴がいない。せめて、各大学から憲法学者を一掃できれば、少しは教育機関としての大学を取り戻すことができるんじゃないか。ただ、こうした有害教授を追放するのは、重金属まみれの汚染土を大学から除去して、近所の空き地に棄てるようなものだから、あまり根本的解決にはならないかも知れない。だから、どこかに幽閉して、寿命が尽きるまで待つしかないけど、こういった連中はしぶといから、正常な国民が彼らの動きを監視して、世間に復帰しないよう防止すべきである。そのためにも、「誰が」あるいは「どんな思想」が元兇なのか突き止めなければならない。マッカーサー憲法を批判する保守派論客は、占領軍の左翼分子ばかりに注目するが、それを陰で支えてきた日本の左翼分子も一緒に糾弾せねば片手落ちである。ということで、東京大学法学部の汚染源となった宮澤俊義に注目せねばならない。

Miyazawa_Toshiyoshi(左 / 宮澤俊義)
  憲法学者なら誰でも宮澤の真骨頂「八月革命説」を知っている。簡単に言えば、ポツダム宣言受諾により「革命」が起こったという屁理屈だ。この文言で「天皇主権」が放棄され、「国民主権」を受け容れたから、新憲法は国民によって制定されたと言うのである。でも結局、色々な言い訳をつけているが、敗戦で「総覧者」としての天皇が崩壊し、天皇が君臨する政体から人民が主流の政体に変わったと嘯(うそぶい)いているだけだ。敗戦後、宮澤は保身のためあれこれ考えて、日本には「革命(リヴォルーション)」が起こったのだ、と気がついたらしい。そこで、この風見鶏は自説を『世界文化』誌の1946年5月号(第1巻)に発表し、彼を「大先生」と仰ぐ仲間や弟子が「仰せの通り」と受け容れたから、現在の我々も従っているだけである。何てことはない、国民の多くは宮澤の処世術に相変わらず拘束されているのだ。宮澤の直弟子や孫弟子は口に出来ないが、敗戦国となった日本を実感した宮澤は、もう独立を失ってアメリカの従属国になったんだから、早いとこ占領軍に媚びてゴマを擦っておこうと考えたのである。情けないけど、文弱の憲法学者には尚武の精神はない。公職追放になったら御飯(おまんま)の食い上げになっちゃうから、宮澤は卑屈な米軍の提灯持ちになっても、栄光ある「教授の椅子」にしがみつきたかったのだろう。

  一般的に大学教授が書く学術論文は、難解で回りくどいものが多い。だから、普通の日本人がこんな文章を読めばすぐ飽きてしまうし、たとえ我慢して読み続けても理解不能となって途中で投げ出したくなる。「咀嚼(そしゃく)」どころではなく、「嘔吐(おうと)」を催すのが一般的だ。しかし、真新しい憲法を賞讃したい宮澤は、法理論を知らぬ少年少女にも布教したかったので、子供でもわかる『あたらしい憲法のはなし』( 朝日新聞社 昭和23年)という本を出版した。真っ赤な書籍を朝日新聞が発行するところなんぞ、左翼臭ぷんぷんで非常に香ばしい。ただ、子供向けの本だから、ごちゃごちゃとした議論や用語を極力避け、要点を簡潔に述べているので、法学部卒でない者でも明確に理解できる。本来、学者は“正直に”自らの見解を述べるべきだが、あまりにも分かりやすく発表すると、世間に自分の正体がバレてしまうので、ついつい本性を隠すような文章にしてしまうことが多い。この点だけは、宮澤は例外だった。

  宮澤の本には「突っ込みどころ」が満載で、「おかしい」箇所や「ねじ曲げた」解釈を挙げたら一冊の本が出来てしまうので、天皇に関する項目のみに絞って見て行きたい。では、宮澤は一体何を語ったのか? 天皇についての記述を拾ってみよう。まず、「日本国憲法」の前文について、宮澤が記した説明がとんでもないものであった。

  明治憲法では主権は国民にあるのではなくて、主権は神にあるということになっていた。むかし、神さまが日本の政治は天皇制で行うべきだということを、おきめになった。そこでその神さまの意見に従って天皇制で政治を行うのだ、というのが明治憲法の考え方であった。(p.37)

  こんな風に言われれば、外国人じゃなくても学校に通う子供は、日本が神権政治(theocracy)の国であったと勘違いするだろう。大日本帝國憲法は天皇の由来や存在意義を陳述しただけで、天皇に絶対的支配権があるなどとは主張していない。明治天皇はロシアかモンゴルの専制君主ではなかったし、イスラム教世界の「カリフ」と「スルタン」を兼ねたような権力者でもなかった。ちなみに、スルタンは国家を支配する政治的指導者で、カリフは宗教界の最高指導者である。ただ、イスラム世界は政教分離の世俗社会ではなく、祭政一致の宗教帝國だから、預言者ムハッマドの後継者たるカリフは、とてつもない権力を有していた。カリフ制度のもとでは、民衆の総意が政治に反映されるのではなく、唯一絶対神のアッラーから賜るメッセージが最も尊重され、その御意を宗教指導者が解釈して政治を行うから、民衆(人間)による政治(デモクラシー)ではなく神権政治(セオクラシー)となるのだ。したがって、宮澤が描いた天皇像は、日本ではなくオリエント世界のどこかにある国の指導者をモデルにしていのであろう。

  日本の憲法学者というのは頭が赤く染まっているか、根性がひん曲がっているかのどちらかで、実際にある物事を素直に見ることができない。自分の固定観念にそぐわない現実を見ると、「現実」の方が間違っていると考えてしまうのだ。宮澤は天皇陛下が絶対神(天主/God)から最高権力を手渡されたと思っていたのだ。
 
  明治憲法では神勅主権が根本であった。(p.46)

  ここで宮澤が持ち出す「神勅主権」とは、どうやら中世ヨーロッパで流行っていた「神授権(Divine Right)」を指すようだ。彼は明治維新を経た日本が、天皇親政か天主政治の国と思っていたようだが、そんな風に考えていた日本人はいなかったはずである。いくら明治の元勲が天皇陛下の忠臣だからとて、後醍醐天皇を倣って明治大帝も御親政を、と進言するわけないだろう。たしかに、伊藤博文たちは頼山陽の『日本外史』を愛読していたが、建武の中興を理念としたのは、幕府を倒すためであって、明治天皇を絶対君主にするためではない。あくまでも、イングランドの國體(こくたい)を模範とし、輔弼と輔翼を支柱とする立憲君主を理想としていたのである。そもそも、伊藤博文が憲法学の泰斗であるルドルフ・フォン・グナイスト(Henrich Rudolf H.F. von Gneist)に助言を求めていたのだ。英国憲政に通じていたグナイストが、神授権を主張していたジェイムズ1世やチャールス1世の統治理念を推薦するのか? 「カミソリ陸奥」と呼ばれた陸奥宗光に至っては、ウィーン大学のロレンツ・フォン・シュタイン(Lorenz von Stein)博士のもとで直に勉強したんだぞ。ちょっとでも明治史を知っている者なら、宮澤の歪曲解釈なんて馬鹿らしくて聞いていられないだろう。

Rudolf von Gneist 1Lorenz von SteinIto Hirobumi 1Mutsu Munemitsu 1







(左: グナイスト / シュタイン / 伊藤博文 / 右: 陸奥宗光)

  よく、奇術師が口から次々とカードやコインを出す手品を披露することがある。宮澤も似たような才能があって、口から驚くほど沢山の嘘を吐き出すことができた。日本軍と戦ったアメリカ兵は、「ジャップどもはエンペラー(天皇)を神の化身と考えてやがる。なんて馬鹿な奴らだ。これだから未開部族には科学がわからないんだ」と嘲笑っていた。宮澤もこうした無知なアメリカ人と同じ認識を持っていたらしい。彼は子供たちを相手に、こう釘を刺していた。

  天皇ももとより人間である。生き神さまではない。(p.47)

  こういった愚者を目の前にすると、「あのよぉ~」と溜息が出てしまい、思いっきりハリセンで頭を叩きたくなる。日本人が「神」といった時、それはキリスト教でいう「ヤハウエ」とか「キリスト」を意味するのではない。神聖な存在とか霊的なもの、あるいは超越的な何かを指すから、「ゴッド (God)」と訳すのは間違いである。たまたま、明治期にキリスト教徒が「神」の翻訳語に使ったから混乱が生じたのである。八百万の神が宿る日本には、野球の神様からラーメンの神様までいるから、神様だって十人十色だ。便所の神様だっているんだから。それに、旅館に行けば「女将(おかみ)」が迎えてくれるし、長屋の大家とか棟梁の奥さんで母親みたいな「おかみさん」がいたりする。家庭に帰れば「カミさん」がいるんだから、日本にいくつ神がいるのか分からない。アメリカ人には理解できないだろうが、そのカミさんが怖~い鬼嫁だったりすれば、仏様に神頼みをするくらい日本人は混淆宗教に馴染んでいる。こう考えてみれば、日本人が天皇陛下を神聖な存在と見なしてもおかしくはないだろう。

  戦前、日本国民の多くが天皇陛下を「神様」のように大切にしたことは確かだが、それは「神々しい」権威者であったからで、ギリシア神話のアポロンやゼウスみたいな存在と信じていたわけではない。だいいち、昭和天皇に長く仕えていた西園寺公望や鈴木貫太郎が、陛下を「生き神様」と信じて、崇拝の対象にしていたなんてあり得ないだろう。文部大臣だった安倍能成(あべ・よししげ)が自叙伝の中で書いている。

  (昭和)二十一年の初頭に天皇自身の神性をを否定する詔勅を発布されたが、これは自明のことであって、私は一度も天皇の神性を信じたことなどはない。(『安倍能成 戦後の自叙伝』 日本図書センター 2003年 p.23)

  占領軍は日本人の「天皇崇拝」を破壊する為、先帝陛下に「人間宣言をしろ !」と強要したが、そんなものは端っから必要なかったのである。ちょっと考えて見れば分かるじゃないか。自分が世界を創造した「神様」なのに、わざわざ海洋生物を研究するわけないだろう。神の化身が顕微鏡をのぞいて熱心に魚介類の生態を調べなんて滑稽だ。昭和天皇よりイエズス・キリストの奇蹟を信じているアメリカ軍人の方が、遙かに迷信深いと笑われてしまうだろう。だって、キリストが盲(めくら)や聾(つんぼ)を治したとか、湖の上を歩いた、山を移動させたなんて話を、マッカーサー元帥は信じていたのだ。キリスト教を子供騙しと考えていた勝海舟や福澤諭吉のほうが、よっぽど近代的である。

  宮澤には「天皇制」を潰したいという密かな願望があった。出来れば占領軍が皇室を抹殺してくれれば手間が省けるんだが、どうもその様子がなかった。そこで、「民主主義」の力で皇室を過去の遺物として廃棄することを企んだのである。民衆に「国家の命運を決める主権があるんだから、いつだって皇室を潰すことができるんだよ !」と甘く囁いていたのだ。宮澤はさりげなくその可能性を仄めかしていた。

  主権は国民にある。だから、天皇制も国民の意志(民意)によってきまっいるのである。(p.47)

  つまり、「主権者」たる国民は、自分たちの意志で皇室をどう「処分」するか決めることができる、と述べていたのだ。なるほど、格下の地位に零落(おちぶ)れた天皇なら、上司たる人民がグビにしても不思議ではない。宮澤は悪魔の囁きを続ける。

  新憲法の皇室典範はただの法律であるから、国会が自由にきめるのであり、天皇もこれについて、口を出すことはできない。(p.53)

  「あれぇ~?」どこかで聞いたことのあるセリフだな。こんにちの有識者会議が口にしそうな言葉である。宮澤は未来を予言していたのか? いや、宮澤の思想が現在まで生き延びているのだ。皇室典範は「不磨の大典」じゃないから、どんどん人民が改変していいんだ、という発想が未だに憲法学者の間で継承されているのだ。陛下を憎む憲法学者は、「天皇は口出し」できないんだから、国民が自由に皇室典範を変えてしまおう、と提唱しているのである。普通の庶民なら畏れ多くて口に出来ないのに、大学から給料をもらう左翼分子は、平気で非常識を叫んでいるのだ。学校で恐ろしい「民主主義」、すなわち「人民主権」を吹き込まれた政治家は、皇族じゃなく民間人で「皇室会議」をつくり、勝手に皇室典範を“いじくろう”としているのである。それにしても、まだ未熟な子供に悪魔の思想を植え付けていたんだから、宮澤俊義こそ「悪魔の化身」じゃないのか。いくら東大の偉い先生でも、一皮剝けば「国民の敵」であった。

破廉恥な国際法学者

Yokota_KisaburoKanamori Tokujiro 1(左 / 横田喜三郎 / 右: 金森徳次郎)
  「恥知らず」とは「末代までの恥」を誡める家庭で育った者に対しての罵倒語である。「生き恥を晒すくらいなら腹を切れ !」と教えられた者でなければ、何が「恥」に当たるのかが分からない。東京大学には破廉恥漢が山のようにいるが、なかでも法学部教授で最高裁判事も務めた横田喜三郎は飛び抜けて酷かった。彼の『天皇制』という著書は、皇室廃止を狙った本として、一時期、読書階級の間でかなり話題となった。谷沢永一先生によると、叙勲を前にした横田自身が、天皇陛下を蔑んだ自著を「まずい」と思い、古本屋を巡って片っ端から買い漁ったという逸話がある。一般国民の目に触れたら恥ずかしいから、自分で回収し灰にしたのかも知れない。今では一部の大学図書館でしかお目にかかれない珍品である。通りで、こんなつまらない本が古本業界で高値になる訳だ。

  皇室問題を語る憲法学者は「象徴天皇制」という政治用語が大好きである。マッカーサー憲法で国家元首から「象徴天皇」に変わった天皇像を盛んに宣伝しているのだ。もともと、「象徴(シンボル)」という言葉じたいに悪意はないから、天皇陛下が日本の象徴になってもおかしくはない。天皇機関説の側にいた憲法学者の金森徳次郎は、吉田内閣で国務大臣を務めたことで知られているが、金森は「象徴」となった天皇陛下を説明するにあたって、次のように語っていた。

    富士山は日本の国土の象徴であるが、その内容は富士山を見ることによって日本国土そのものが直感的に理解される、という考えに基づく。桜が咲けば春が来たと思うのは自然な考え方である。すなわち、春そのものは直ちに人が知りうるものでは。けれど、この桜が咲くことによって知るわけで、この意味において、桜は春の象徴であると言えるのだ。(金森徳次郎 「天皇制」 『憲法十講』 民衆大学協会 昭和22年 p.58)

  一般の日本人が金森の比喩を聞けば、大した反論もなく納得することだろう。もし、外国人から日本を代表人物は誰なのか、と訊かれれば、我々は真っ先に天皇陛下を思い浮かべるだろう。我が国を代表し、国家元首に相応しいのは、絶対に天皇陛下である。安倍首相は陛下の筆頭代官であり、民衆から選ばれたといっても、せいぜい行政長官の職に就いている宮廷執事(minister)に過ぎない。想像するのも嫌だけど、鳩山由紀夫や菅直人みたいな奴が日本の顔だったら嫌だ。野田佳彦なんかドジョウ掬いをしている上島竜兵(藝人)みたいだし、蓮舫なんか論外で、日本人じゃなくて支那か台湾の代表に見えてしまう。蓮舫はさっさと政界を引退し、「たけし軍団」に所属して、お笑い番組の司会者にでもなればいいんじゃないか。その方が似合っているぞ。 

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(左: 鳩山由紀夫 / 菅直人 /野田佳彦 / 右: 福田康夫)

  いくら日本がおちぶれたって、国民は野田が「国父」で蓮舫が「国母」なんて決して認めないぞ。それに、地震や火災に遭った日本人が、あの気持ち悪い菅直人の顔を見て喜ぶのか? 仕事の都合で外国に派遣された日本人が、滞在先に福田康夫みたいな外相や首相が来たからといって、歓迎式典に参加したいなんて思わないだろう。出来れば無視したい、というのが本音だ。あんな総理じゃ恥ずかしいから、現地の友人に知られないうちに、そっと帰ってくれと願うんじゃないか。そういえば以前、テレビ朝日や産経新聞は、鳩山由紀夫の幸夫人や安倍首相の昭恵夫人を「ファースト・レディー」と呼んでいたが、だとすると皇后陛下や雅子妃殿下は何番目の「レディー」なのか? まさか、皇后陛下を「セカンド・レディー」とは呼ばないよな ! 我が国のマスコミだと何を言い出すかわかったもんじゃないから不安だ。赤い憲法学者が何と言おうとも、「国父」は天皇陛下で、「国母」は皇后陛下である。

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( 天皇皇后両陛下/     鳩山幸 /  安倍昭恵)

  我が国がもつ悠久の歴史と文化を代表し、國體の神髄を象徴するのが天皇陛下というなら、「象徴」でもいい。しかし、横田の如き左翼学者が「象徴」なる言葉を使う時には、別の意味を含んでいるのだ。横田は「天皇なんてのは、たたが象徴に過ぎないんだから、どうだっていいんだよ !」という態度を取っている。

  天皇が日本の国家と国民統合を目に見えるように感じさせることによって、法律的にどういう意味があり、どういう効果があるであろうか。ほとんど理解できないことである。これらの点から見て、天皇が象徴であることそのことは、あまり重要ではない。(横田喜三郎 『天皇制』 労働文化社 昭和24年 p.65)

  驚いたことに、横田は君主である陛下を重要と見なしていないのだ。もし、陛下が国家元首でないのであれば、なぜ外国の大使が日本に赴任してくると、真っ先に天皇陛下のもとへ拝謁しようとするのか? 横田は答えられまい。外国からの使節は、天皇陛下が日本の君主だと思っているから、馬車に乗って陛下のもとへやって来るのだ。マクドナルドのドライブ・スルーでハンバーガーを買った帰りに、陛下のところへついでに立ち寄ったわけじゃないぞ。横田は陛下を日本の代表とみなす民衆を、それとなく馬鹿にしている。この不遜な学者は、さらにとんでもないことを述べていた。

  天皇が象徴であることは、天皇を見ることによって、日本の国家と国民統合を目に見るという感じるということだけで、あまり重要なことではない。目に見えないものを目に見るように感じるという点で、知的に訓練されていない人の理解を容易にするという利益はあるが、ただそれだけである。(上掲書 pp.64-65)

  何だよ「知的に訓練されていない人」って?  要するに、天皇陛下を拝して喜んでいる国民は、知能が低いとでも言いたいんじゃないか。そんなに東大教授ってのは偉いのか? 左翼知識人は事ある毎に「国民が一番」とか「民衆を大切にせよ」と口走るくせに、心の底では「無知無学の群集」と蔑んでいるのだろう。横田にしたら、東大に合格できない一般人は、偶像を崇拝する低能児としか思えないのだ。

  ところが、横田は天皇陛下が主権者でも元首でもなくなったことに感動していたから、天皇なんかより新たに主権者となった人民の方が重要だとみなしていた。横田は敗戦で陛下が国家元首の地位から蹴り落とされて、よほど嬉しかったのか、「国民が主権者 !」と民衆を持ち上げていた。

    象徴は代表ではない。したがって、天皇は日本の国家や国民を代表するものではない。また、象徴は主権者や元首ではない。したがって、天皇は日本の主権者でもなければ、元首でもない。・・・・それでは、日本の主権者はだれであるのか。日本の主権はどこにあるのか。それは日本の国民である。(『天皇制』 p.67)

  横田は念入りに強調していたが、この「国民」とは天皇を除いた国民であって、人民のことであるという。確かに、陛下は「国民」じゃないが、我々から隔離された存在ではないし、国民と相反する貴族でもない。日本の政治は陛下が君臨することで安泰し、陛下がいつも一緒だから国難に際して団結できるのだ。陛下と共に生きているのが伝統的な日本人である。ところが、横田は天皇陛下を日本から仲間はずれにしたくて堪らないのだろう。この学者は本当に「君民一体」の日本が嫌いなのだ。天皇陛下と臣下の国民を分離したい横田は、占領憲法をもちだして自己正当化に努めていた。

  このように、主権が国民にあって、天皇が単に象徴にすぎないことは、新憲法において、もっとも基本的なことである。(上掲書 p.67)

  マッカーサー憲法が陛下を「象徴」と規定したからといって、それがどうしたっていうんだ? 二千年以上苦楽を共にしてきた陛下と臣民の絆が、占領軍の意向で簡単に切断できると思っているのか? 金森大臣が述べていたが、天皇は国民感情の中心なのだ。「自然の間に天皇の一身に起こる苦難、幸福を、国民は自分の身の苦難、幸福のごとくにも考え、天皇に対して限りない愛着を感じ、また天皇に対して深い尊敬の念慮をもった」のである。(金森徳次郎 『憲法遺言』 学陽書房 昭和48年 p.19) 学者や占領軍がいくら陛下を貶めたくても、素朴に陛下を尊敬する日本人は、「象徴天皇制」なんていう穢らわしい共産党用語を好まない。左翼学者が「天皇!」と呼び捨てにするなら、我々は「天子さま」とお呼びして、陛下に手を振ったり敬礼したりして、彼らの存在を無視すべきだ。

  天皇陛下を呪う学者は、どうにかして皇室を潰したい。そこで、大衆を扇動して国民投票か何かで、合法的に廃絶したいと思っている。横田は国民が皇室廃絶傾けば、皇族をすべて始末できると期待していた節がある。天皇陛下が国民統合の象徴という地位に就くのは、日本国民の総意、すなわち「日本国民の多数の意志による」ものらしい。(上掲書 p.70) 横田は国民が陛下を皇位につけてやっているんだという印象を与えていた。

  国民の多数が天皇をこの地位につけ、日本の国家と国民統合の象徴とするのが適当であると考えたから、それに基づいて、天皇は象徴としての地位についているのである。・・・・天皇の地位は、国民から与えられたものである。国民の意志から伝来したものである。その結果として、もし国民が欲するならば、つまり、国民の多数が欲するならば、天皇の地位を廃止することもできる。天皇をもう国家と国民統合の象徴として認めることをやめ、天皇という地位そのもの、制度そのものを廃止することもできる。(p.70)

  横田は東京大学で学生たちに、「君達はエリートなんだから、一致協力して大衆を導き、天皇を抹殺するよう頑張るんだよ」と言いたかったのだ。警戒心の薄い若者をおだてながら、「皇室なんて君達の胸先三寸いつでも廃絶できるんだ」と煽っていたんだから、横田は教育者としても悪質である。

  現在のマッカーサー憲法は占領期に英語でつくられたのに、横田はまるで日本人が制定したかのように記していた。

  ポツダム宣言と降伏文書の受諾によって、日本の政治の最終的な形態は国民の意志によって決定されることらなった。天皇の地位も、それがどのようなものにせよ、国民の意志に基づくことになった。この地位は、後になって、新憲法で、日本の国家と国民統合の象徴ということに定められてのであるが、それを決定したのは、国民の意志である。(上掲書 p.72)

  軍事占領された日本で、国民の意志が反映された憲法なんてあるわけないだろう。密かに言論の検閲が行われ、気にくわないものや邪魔者は公職追放の対象者にされたのだ。こんな時期に制定された憲法が、日本の國體を尊重していたなんて思えない。アメリカ軍の支配を受け、「戦争犯罪者」の烙印を押された国民に、占領軍が命じた憲法を撥ねつける拒否権があったのか? ちょっと考えれば誰れにでも分かるじゃないか。だいたい、占領軍憲法が国会で全会一致を以て採択されたなんて、アメリカ国民の方が驚いてしまい、俄に信じないだろう。アメリカなら国家の基本法を論ずれば、必ずや全国各地で熱弁が飛び交い、最終的に51対49の僅差で可決されるのが普通である。もっとも、占領軍憲法は合衆国憲法とまったく異質な憲法典だから、正常なアメリカ国民だと歯牙にもにも掛けないだろう。だから、「国民の意志で決定された」なんてセリフは、もう馬鹿らしくて聞いていられないのだ。横田は平気で嘘がつける学者であった。

  それにしても、これほどまでに天皇陛下を侮辱した者が、最高裁判事になれて、文化勲章や勲一等旭日大綬章をもらえたんだから、仰天しても足りないくらいである。一体、横田はどんな顔をぶら下げて陛下の前に立ったんだ? かつて、無礼な言論を吐きまくった憲法学者が、勲章がもらえるとなったら急に天皇支持者になったのだ。普通の日本人なら横田を「破廉恥」と呼び、みんなで陰口をたたくだろう。横田本人だって、世間からの冷たい視線を感じたはずだ。でも、ひとつだけ知りたいことがある。昭和天皇は横田の『天皇制』について、側近から何か聞いていたのだろうか? 陛下は単に、最高裁判事を務め国際法の分野で著名な学者として、横田を叙勲されたのかも知れない。ただ、昭和天皇なら横田の著書を知っても、「あっ、そう」とあっけないお言葉を発して、淡々と勲章を授けた可能性もある。まぁ、昭和聖帝は寛大な君主であらせられたから、占領軍に怖じ気づいた横田を許してやったのかも知れない。本当に、左翼学者は日本に生まれて良かったね。北鮮や支那、ソ連なら強制収容所に放り込まれているぞ。




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ソ連のスパイが関与した憲法作成 / 左翼に貶められた皇室(中編)

マッカーサー憲法を疑わない国民

  現在の日本人は冷戦終結を以て共産主義勢力が消え去ったと思っているが、共産主義の妖怪は日本で未だに健在である。ソ連が崩壊してもロシア人は伝統的な膨張主義を継承しているし、日本の左翼分子も皇室への怨念を棄てていない。我が国を心底憎む左翼勢力は国家破壊をする上で、一番の急所となる皇室を突こうとする。皇室は日本の心臓かつ骨髄、すなわち國體(こくたい)の中枢なので、左翼は昔から皇室撲滅を目指して一斉攻撃を仕掛けていた。日本を共産主義化する上で最も邪魔になるのが皇室だからだ。皇族を皆殺しにせずとも、皇室の権威を失墜させ、皇族を民間人に格下げにすれば、皇族はことごとく平民の海原に沈むことになる。民族の求心力となる元首を失った日本人は、自分たちで選んだ議員しか頼る者がいなくなり、愚劣な指導者に翻弄される烏合(うごう)の衆になるだろう。そうすれば、国民は砂粒のように「バラバラな個人」となるから、全体主義の流れに抵抗する気力が無くなり、赤い知識人や革命家が簡単に国家を乗っ取ることができるのだ。したがって、マスコミや学会の左翼は、強固な皇室伝統であっても、「ちょっとづつ崩せばいい」と考えるようになった。

Douglas MacArthur 1(左 / ダグラス・マッカーサー)
  以前、日本国民は麻原彰晃を絶対視するオウム真理教の信者に呆れていたが、その正常なはずの国民がマッカーサー憲法を盲信するんだから、そう簡単にオウム信者を笑うことはできまい。一般国民は余り口にしないけど、憲法論議に関してずっと不思議な事がある。敗戦後から現在に至るまで、法学部を卒業した日本人の数は定かではないが、死亡者も含めて数万人以上はいるだろう。その中には裁判官や警察官僚、弁護士、企業経営者など専門職に就いた人物もかなりいるはずだ。しかし、彼らの多くは「マッカーサー憲法が反日思想に基づく外国製憲法だから、いいかげん破棄したらどうか」とは思わない。むしろ、日本民族を懲罰するために創られた、この憲法を維持しようと努めている。少なくとも、現憲法の改正や廃止をためらっている。日本国憲法を一度も読んだこともない人や、GHQの占領政策を学んだことがない人なら、マスコミが礼讃する「平和憲法」を鵜呑みにするだろうが、結構な授業料を払って数年間も勉強した国民が廃憲してはならぬ、と考えているんだからおかしい。こんな奇妙な現象がなぜ起きるかといえば、大学で四年間もみっちり洗脳されているからである。もちろん、法学部の卒業生たちは「洗脳された」なんて思っていないだろう。むしろ、高級な法哲学や専門知識を習得した教養人との自意識を持っている。

  裁判官や弁護士を見れば分かるが、彼らは現在の法体系を必死で勉強し、法律家の資格を取って飯を喰っている。だから、せっかく覚えたマッカーサー憲法が廃止されては困るから、学んできたことの根底が覆されるような事態は避けたい。もっと突っ込んで言えば、自分の青春を犠牲にして勉強してきた憲法が、「下らない紙屑」以前の「汚染された有害思想」だなんて認めたくないのだ。しかし、マッカーサー憲法の成立過程を真摯に学べば、我々が鑽仰(さんぎょう)している和訳憲法が、犯罪者への御法度だということが理解できる。気違いやシャブ中に刃物を渡せないのと同じ理論で、前科者の日本に軍事力を与えてはならない、というのが戦争放棄条項の骨子であるのは明らか。であるから、もし法学部の卒業生が正常なら、八割ないし九割の者がマッカーサー憲法の廃止に賛成するはず。ところが、彼らの圧倒的多数は護憲派で、現行憲法の廃止を叫ぶ者を「右翼」と見なしている。在野で占領憲法の無効を訴える南出喜久治(みなみで・きくぢ)弁護士などは、弁護士や裁判官たちから無視されるどころか、その存在さえ知らないという有様だ。南出弁護士の著書『占領憲法の正體』(国書刊行会)の第二章を読めば、誰でも「なるほど、そうだったのか !」と判るはずである。だが、現在の日本では稀な国士である南出氏の著書が、法学部を抱える大学で紹介されることはまずあり得ない。各大学の真っ赤な憲法学者にとったら悪魔の書に外ならないからだ。

  筆者が占領軍憲法の無効に賛成するのは、その制定過程に共産主義者、とくにソ連の手先が関与していたからである。今ではヴェノナ文書が公開されて、夥しい数の共産主義者やその協力者、共鳴者が米国内で活動していたことが分かっている。特に注目すべきは、ソ連のスパイであったトーマス・ビッソン(Thomas Bisson)が、占領憲法の天皇条項作成に深く関与していたことだ。このビッソンはGRU(ソ連軍諜報機関)のエージェントであるジョセフ・バーンスタイン(Joseph Milton Bernstein)にリクルートされた共産主義者で、共産党勢力の機関誌たる『チャイナ・トゥデイ(China Today)』と『アメラジア(Amerasia)』の編集部に属していたという。(John Earl Haynes and Harvey Klehr, Venona: Decoding Soviet Espionage in America, Yale University Press, New Haven, 1999, p.177) 「マルキス(Marquis)」というカヴァー・ネームを持つバーンスタインの同志となったビッソンは、勤め先の「経済戦略会議(Board of Economic Warfare)」を去って『アメラジア』に鞍替えしたのだが、GHQが憲法制定に乗り出した頃、民政局の顧問として来日したのである。民政局といえば、左翼思考のコートニー・ホイットニー准将が局長で、真っ赤な弁護士上がりのチャールズ・ケーディス大佐が次長として君臨していた部署である。そこに筋金入りの共産主義者たるビッソンが加わって、天皇の地位を検討していたんだから、我が国の皇室支持者は戦々恐々であった。

  憲法制定過程を話し出すと長くなるので省略するが、ビッソンらの企みについてちょっと述べてみたい。ケーディスやビッソンたちは、天皇陛下の上に国民を位置づける政体を望んでいたらしい。何しろ戦前の日本は天皇が率いる軍国主義国であったから、「生き神様」と拝まれている天皇が国家元首のままでは、再び野蛮な帝國に戻ってしまうと考えたのである。そこで、国民を「主権者」、すなわち日本における最高の絶対者にすることで、天皇を封じ込めることができると踏んだのだ。この赤い軍行政官たちは別の仕掛けを企んでいた。天皇に代わって主権者となった日本人は、その意思に応じていつでも皇室を廃止できる立場にあったのだ。米軍が皇室を廃止すると叛乱や抗議が巻き起こるので、「民主化」された日本国民が自らの決定で皇室を廃絶する方が望ましい。だから、ビッソンたちは皇室典範と占領憲法を互いに容喙(ようかい)できない対等の法典とせず、新たな皇室典範をマッカーサー憲法の下に置くよう提言したのである。この悪質な置き土産は訂正されることなく、平成の今でも有効だ。世俗まみれの政治家が赤い有識者を選んで皇室会議をつくり、巧妙な言い訳で皇室典範をいじくれば、女系天皇の誕生や女性宮家の創設のみならず、「生前退位」での天皇不在状態や皇室の廃絶まで可能になるのだ。

  皇位の男子継承が危うくなったり、男性宮家の復活が困難なのは、「天皇制」撲滅を狙ったビッソンたちの悪巧みのせいである。ソ連の意向に引っ掛かった占領軍は、皇族の財産を剝奪することによって、男系を存続させる宮家の粛清を図ったのである。戦前まであった世襲財産をもぎ取れば、多くの皇族はその身分を維持できなくなる。もし、米国が英国王室からその莫大な財産没収したら、どんな叛乱が王侯貴族から起きるかは明らかだろう。馬鹿なアメリカ人は封建制を「時代遅れ」考えてしまうが、イングランドに存在する公爵や伯爵などは封建貴族の末裔であり、その主君たる国王はガーター騎士団総長で、アングリカン教会の首長なのだ。したがって、日本に派遣された軍官僚が、いかに愚劣で西歐史に無知だったかが分かるだろう。赤い民政局員とは違うマッカーサー元帥ならこの点を弁えていたはずだ。たぶん、高齢の日本人なら元帥の葬儀が、ヴァージニア州ノーフォークにある監督教会(Episcopalian Church/アングリカン教会系)の聖パウロ教会で行われたことを覚えているだろう。マッカーサー元帥は英国系教会に属していたから、宗教を通して君主政の事情には詳しかった。ちなみに、ロバート・ケネディーも参列した葬儀が、生誕地のアーカンソー州ではなく、ヴァージニアで行われたのは、同州のノーフォークが母親の故郷であったからだ。元帥の宗派を知らなかった日本人は、「どうしてヴァージニアなんだ?」と思ったかも知れない。

  余談だけど、ロナルド・レーガン大統領は、敬虔なキリスト教徒として有名だったけど、一般のアメリカ人は彼の宗派を知らなかった。筆者も何人かのアメリカ人に聞いたことはあるけど、みんな一様に「知らない」と答えていたから面白かった。筆者が「結構有名なチャーチ・オブ・クライスト教会の分派で、ディサイプルズ・オブ・クライスト(Disciples of Christ)の信徒なんだ」と教えてやると、「へぇ~、そうだったのか」とちょっと驚く人がほとんど。そして、筆者が続けて「レーガンが卒業したのはユウリカ・カレッジ(Eurika College)だろ。あそこはディサイプルズ・オブ・クライスト教会の大学じゃないか」と言うと、「何んだ、その大学」と知らない人も多かった。レーガン大統領と同じ教会に属していた有名人といえば、日本でもお馴染みのJ・ ウィリアム・フルブライト上院議員やリンドン・B・ジョンソン大統領などが挙げられる。一般のアメリカ人って意外とキリスト教に無頓着なところがあるから不思議である。

占領軍の反日を支持した左翼集団

  現行憲法をめぐる議論において、保守派の日本人は占領軍ばかり責めるけど、もっと悪い日本人の学者を糾弾することには熱心ではない。彼らは敗戦と占領から多大な利益を享受した戦後利得者である。社会党や共産党の議員が猛烈な反天皇主義者であった事は言うまでもないが、新たな憲法草案を占領軍に提供していた「憲法研究会」を徹底して非難する言論人は少ない。この研究会を構成していたのは、高野岩三郎、馬場恒吾、杉森孝次郎、森戸辰男、室伏高信、鈴木安蔵ら“進歩的知識人”である。高野は労働組合運動の先駆者である高野房太郎の実弟で、ヨーロッパ留学を経て東京帝国大学の教授になった。大正八年に経済学部を独立させると、自らは大原孫三郎が設立した大原社会問題所の所長に納まったくらいだから、どれくらい赤いかが分かるだろう。法政大学にある大原社会研究所なんて、ぞっとするようなマルキストの経済学者や社会学者で溢れている。でも、これで驚いちゃいけないよ。高野は後に第五代NHK会長に就任したんだから。シマゲジ(島桂次)やエビジョンイル(海老沢勝二)の先輩には凄い奴がいたのだ。

Takano Iwasaburo 1Morito TatsuoSuzuki Yasuzo 1Oohara Magosaburo








(左: 高野岩三郎 / 森戸辰男 / 鈴木安蔵 / 右: 大原孫三郎)

  森戸辰男は高野がいた経済統計研究室で助手をしていたことがあるから、高野が率いる憲法研究会に参加していてもおかしくはない。最も注目すべきは、森戸が東京帝國大学経済学部の助教授を務めていた時、「クロポトキンの社会思想の研究」を発表したことで、右派勢力の怒りを買い、朝憲紊乱や新聞紙法違反にあたるとして起訴され、短期間だが巣鴨監獄に入っていたことがある。この時、一緒に追放されたのが、マルクス経済学の代表格であった大内兵衛だ。この大内はもう目眩がするほどの真っ赤な社会主義者で、全体主義やスターリンに夢中になったソ連の礼讃者。しかも、東大の経済学部教授を経て法政大学の総長になった人物である。これを知れば誰でも、どうして法政大学が左翼の巣窟なのかを納得できよう。まさしく極悪フェミニストの田嶋陽子に相応しい大学である。何も知らずに入学した受験生が可哀想だ。でも、こんな奴が片山、芦田内閣で文部大臣を務め、後に勲一等旭日大綬章をもらったんだから、大学生じゃなくても「あぁ~あ、やんなっちゃう」と溜息が出る。

2Hayashi Fusao 1Stalin 5Charles Kades 5








(左: 大内兵衛 / 林房雄 / スターリン / 右: チャールズ・ケーディス)

  下劣な悪党の名前は世間から忘却されるが、その害毒は長く尾を曳くものらしい。現在の高校生や大学生は鈴木安蔵という人物を聞いてもピンとこないが、占領憲法を研究する者なら必ず知っている名前である。鈴木は大正時代末期から始まる治安維持法の適応で捕まったマルキストで、この時彼と連座して逮捕された者の中には、後に転向して『大東亜戦争肯定論』を書いた林房雄(後藤寿夫)や男爵家に生まれた石田英一郎がいた。この京都学連事件で逮捕されたことにより、鈴木は京都大学を中退することになるが、その後も度々治安維持法で検挙されたそうだ。しかし、こんな懲りない極左分子でも昭和25年に学位を取って、静岡大学教授になり、後に立正大学に移って経済学部の教授になれたのである。仏教を奉じる立正大学に日共のイデオローグが君臨するんだから、もう神も仏もあったもんじゃない。しかも、鈴木は昭和40年に、「憲法改悪阻止各界連絡会議」の代表委員になったのだ。鈴木は「改悪阻止」というが、正常な日本人が異常な占領憲法を「改正」し、まともな国になることを「阻止」したかっただけだろう。左翼が使う日本語は、我々の母国語とは違った意味をもっている。

  GHQの到来を奇貨(チャンス)とした憲法研究会のメンバーは、同じ左翼臭のするチャールズ・ケーディスに近づき、自らの草案を提供して大いに採用されたという。研究会のリーダー格であった高野は、「天皇制」を否定して大統領を置くことを提案していたのである。彼の根本原則によれば、「天皇ニ代ヘテ大統領を元首トスル共和制ノ採用」するそうだ。(鈴木昭典 『日本国憲法を生んだ密室の九日間』 創元社 1995年 p.153) そして、日本の主権は国民に属し、日本国の元首は国民の投票で選ばれることになっていた。馬鹿馬鹿しいのは、「国民は生存の権利を有し、国民は休養の権利を有する」という条文である。戦前に生きていた我が国の庶民には、「生存権」が無かったのか? 日本は支那や朝鮮じゃないんだぞ。高野は馬賊や山賊が出没する支那大陸を想定していたんじゃないか。マッカーサー憲法を墨守する左翼の頭には、「人の命を何とも思わない極悪非道の日本人」というイメージしかない。だから、普通の日本人がマッカーサー憲法の改正を提案しただけで、すぐ「兇暴な軍国主義者が復活するぞ!」とか、「あいつ等は人民を弾圧して侵略戦争を始めてしまうんじゃないか」、と心配してしまうのだ。今から見ればアホらしいけど、戦後間もない頃は、日本国民を気違い民族と考える知識人が横行していたのである。

  後編につづく。  




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