無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

アメリカ合衆国

「保守反動」の知識人だって? / トランプを支援するアメリカ人(Part 2)

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黒木 頼景
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トランプを貶める印象操作

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(左: 支持者の赤ん坊を抱くトランプ  /  右: 娘のイヴァンカと一緒のトランプ)

  北朝鮮の核問題をどうするかで来日したトランプ大統領は、金王朝の抹殺よりも、本国における「トランプ降ろし」の方に心配がある。彼に恨み骨髄の主要メディアと民衆党議員に加え、共和党のエスタブリッシュメントまでもが「ロシア疑惑」に便乗して、目障りな天邪鬼(あまのじゃく)を叩き潰そうと目論んでいるらしい。日本でもトランプ大統領は何をしでかすか分からない風変わりな大統領と思われている。というのも、米国のリベラル系メディアが垂れ流した“濃厚”なトランプ批判を、日本のマスメディアが“希釈”して世間に拡散しているからだ。ただし、報道番組のプロデューサーが画面に出て来て、直接「みなさぁ~ん、トランプはトンデモない奴なんですよぉ~」と言えないから、一声掛ければ飛んでくる御用学者とか、テレビ藝者で食っている評論家を出演させて、自分の代弁者にしているだけ。紅生姜より真っ赤な頭と全共闘崩れみたいな顔附きの制作者が登場したら、一般視聴者は、「何、この人?! 不気味だわぁ」と目を背けてしまうので、民衆に観てもらうには大学の名札を附けた知識人をひな壇に飾る方がいい。日本人は一般的に、テレビ用の木偶の坊が“何”を語ったかではなく、どんな“肩書き”を持っているかで判断するから、左翼メディアはこうした大衆心理をよく弁えている。

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(写真  / トランプを支持するアメリカ国民 )

  御用学者には様々なタイプがいるけど、アメリカ政治を話題にした場合、テレビ局は上智大学の前嶋和弘教授とか早稲田大学の中林美恵子教授を招いたりする。(NHK出身の手嶋龍一はもうお払い箱なのかも知れない。) 「いま世界は」を放送するBSのテレ朝は、こうした常連客ではなく、青山学院大学の教授をしている会田弘継(あいだ・ひろつぐ)と国際教養大学の客員教授をしている小西克哉(こにし・かつや)、アイリス系アメリカ人の藝人パックンを呼んで、トランプ批判をさせていた。今では学者を気取っているが、元々小西氏は通訳者が本業で、昔は日本版の「CNNデイ・ウォッチ」でキャスターを務めていた人物だ。確かに、アメリカの風物や話題には詳しいけど、そんなのは米国本土で飛び交っている情報を和訳しただけだ。一日中、米国のテレビ討論番組やトーク・ショーを見ていれば、一般人でも所謂「アメリカ通」になれるだろう。
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(左: 前嶋和弘  / 中央: 中林美恵子 /  右: 小西克哉)

Patrick Harlan 1(左  /  「パックン」ことパトリック・ハーラン)
  何の“才能”や“特技”があるのか分からないけど、「タレント(才能)」を自称するパックン(Patrick Harlan)に至っては論じるまでもない。日本のテレビ制作者は外国の問題を扱う時、必ず日本語の得意な外国人を起用し、彼らからの「ご意見」を頂戴しようとする。どうせ、台本通りに局アナが質問を投げかけて、外人ゲストが用意された答えを話すという茶番劇なんだろう。これでは、まるで事前に答えを教えてもらった女優が、クイズ番組に出場し、全問正解を達成するようなものだ。テレビ局員にとったら一般人など“ちょろい”もので、局アナが「ハーバード大卒のパックンです!」と紹介すれば、もう一級の「アメリカ通」みたいに思ってしまうのだ。でも、いくら有名大学を出たからといって、比較宗教学なんかを専攻した奴がアメリカ政治について的確な解説をできるのか? せいぜい床屋政談が関の山だろう。たとえ、政治学を専攻したアメリカ人ゲストがいても、そんなのは民衆党贔屓のリベラル派だったりするから、日本人の視聴者は用心しなければならない。日本の庶民は日本語を流暢に話す外人を直ぐ信用してしまうが、その政治信条や家庭環境、民族的素性をよく吟味しないと、一杯食わされる破目になるぞ。

Aida Hirotsugu 1(左  /  会田弘継)
  外人コメンテイターはともかく、注意しなければならないのは会田弘継の方だ。彼は共同通信社のワシントン支局長を務めたから、一応、アメリカの事情には詳しい。だが、その学識は極めて浅いから、時事問題の解説くらいならくらいなら適任だけど、眉唾物の「アメリカ思想史」を専門にしているから、話半分として聴いとくべきだ。笑っちゃいけないけど、彼は「地球社会共生学部」という新設の学部に属している。大学側の説明によると、「共生マインドをテーマに、急成長する東南アジアを学びのフィールドの中心として、教養と社会科学の専門性を併せ持った、グローバル人材を育成」するそうだ。「共生」とか「グローバル人材」なんて掲げている学科に碌なものはないから、たぶんこれも国連を信奉するアホな役人とか教員を養成する機関なんしゃないか。(関係無いけど、こうした文言は小池百合子やルー大柴が好きそうなフレーズである。) 学部の紹介によれば、「世界の経済は、これまで欧米を中心としていましたが、今後、アジアを中心とした経済に変わろうとしている」から、お坊ちゃんやお嬢ちゃん達にタイやマレーシアの社会を学ばせるそうだ。でも、習得する言語は英語が中心なんだって。まぁ、タイ語とかマレー語じゃ学生の評判が悪くなるからねぇ~。

  大学で「保守思想」を解説する会田氏は、トランプ大統領の支持基盤となる、アメリカの白人層について述べていた。この白人たちは東部や西部に群れる左巻きの市民ではなく、中西部や南部に昔から住む中産階級の国民だ。会田氏の評論によれば、こうした白人たちは1950年代のアメリカを懐かしみ、白人中心の社会に戻りたがっているそうだ。しかし、人種平等や多民族主義を暗に「良し」とする会田氏にとったら、トンデモない連中である。彼は著書の中で次のように記している。

  ・・・1950年代は公民権法制定以前の時代でもあり、人種差別があふれていた時代でもあった。南部では黒人をリンチする凄惨な事件がいくつもあった。50年代へのノスタルジアとは、すなわち反動なのだ。トランプ現象は巨大な反動現象とみることができる。(会田弘継 『トランプ現象とアメリカ保守思想』 左右社、2016年、p.139)

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(左: 格好いい黒人ラッパー  / 中央: ミス・コンテストに出場した黒人美女 / 右: 可愛らしい黒人の赤ん坊 )

  会田氏の見解を鵜呑みにすれば、トランプを支持する白人有権者とは、人種差別を肯定し、有色人種を排斥する“守旧派”に見えてしまう。現在の米国を肯定する会田氏は、「トランピズム(トランプ現象)の意味するところは、南北戦争以前の世界、アメリカが再び差別の世界へ戻ってゆくことなのではないか」と疑問を呈している。(上掲書 p.143) なるほど、トランプ支持者には白人が多く、黒人やヒスパニック、アジア人が極めて少ない。だが、米国は元々イギリス系入植者が建てた国なんだから、西歐系白人が政治の主体でも不思議じゃないだろう。むしろ、東歐や南歐からの貧乏移民、ゲットーから這い上がってきたユダヤ人、密入国者だったヒスパニック住民、奴隷の子孫である黒人、出稼ぎ目的でやって来たアジア系帰化人、難民を装ったイスラム教徒の中東アジア人などが、デカい顔をして我が物顔に居坐っている方が異常なんじゃないか。

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( 写真   /  人種混淆で絶滅しそうな西歐人の男女と幼児)

  学者気取りの会田氏は、ルイス・ハーツ(Louis Hartz)の『アメリカ自由主義の伝統』(講談社学術文庫)やラッセル・カーク(Russel Kirk)の『保守主義の精神』を囓って、アメリカの政治思想を分かったような気になっているが、所詮ジャーナリスト上がりであるからなのか、洞察力と知識量に乏しく、ちょっと出来の良い西歐人の大学生が聞けば、「この程度かぁ」と笑いそうな内容である。たぶん、彼は教養人なら精通しているギリシア・ローマの古典や中世史を若い頃に修得していないのだろう。(ジャーナリスト生活が長いと、じっくりと腰を据えて学問に打ち込めないから、仕方ないのかも知れない。あるいは、単に学問的センスが悪いだけだったりして。) 会田氏はリベラル派を自称するマーク・リラ(Mark Lilla)の『破壊する精神』を訳したことがあるので、反トランプ主義と極左思想にかぶれているのかも知れない。ただし、会田氏自身が元から左巻きということも考えられるので、ここでは断定しないことにする。とにかく、俄(にわか)仕込みの知識を披露する会田氏は、リバタリアン派やジョン・ロックの政治思想にも言及し、南部で燻る「反動的保守主義」について講釈を垂れているが、第17世紀の英国で繰り広げられた國體論争や、大法官や枢密院顧問官らによる行政手腕の歴史、あるいはシヴック・ヒューマニズムの伝統をどれだけ理解しているのか怪しいところだ。まぁ、会田氏の認識に反論すると長くなるのでここでは割愛したい。

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(左: ルイス・ハーツ  / 中央: ラッセル・カーク /  右: マーク・リラ)

  しかし、南部系の保守主義に対する会田氏の批評には反論したい部分がある。彼はジョージ・フッツヒュー(George Fitzhugh)の「偉大なる保守的反動」とか「反動的啓蒙」持ち出して、アメリカの伝統に根づく真正保守主義(paleoconservatism)の知識人、とりわけパトリック・ブキャナン(Patrick Buchanan)やサミュエル・フランシス(Samuel Francis)を批判しているから、両者の言論に賛同する筆者としては、「お説ごもっとも」とはうなづけない。フランシスは日本で知られていないが、ニクソン大統領のスピーチ・ライターを務めたパトリック・ブキャナンの方は、日本でも多少知られており、彼の『超大国の自殺』『病むアメリカ、滅びゆく西洋』『不必要だった二つの大戦』を読んだ人も多いんじゃないか。また、1996年に行われたニューハンプシャー州での予備選では、共和党の大統候補であったボブ・ドール上院議員を破って1位となったから、かなり話題になったこともある。CNNの名物番組「クロスファイヤー」を観ていた人なら、「あの論客か !」と覚えている方も多いと思う。

  ブキャナンの主張とトランプの見解はといも似ている、と会田氏は分析する。なぜなら、ブキャナンはアメリカ・ファースト、貿易保護主義、移民排斥、日本やドイツの核武装容認、NATO不要論、日米同盟破棄などを主張していたからだ。ただし、ブキャナンが本気で日米同盟を考えているかは不明だが、「日本人を守る為にアメリカの若者が犠牲になるのは反対」という立場なら分かる。我々だってアメリカ人を楯にして押し入れに閉じ籠もることはしたくない。そもそも、日本人の理想は敵に立ち向かう勇敢な武士であって、お金を払って傭兵の陰に隠れる卑怯者ではないから当然だ。とは言うものの、地上波テレビ局や全国紙は反米を唱えながら、米軍に守ってもらうことを前提にしていたから情けない。これは極左集団のピース・ボートと同じ考えで、いざ海賊に襲われたら、この団体は海上自衛隊に助けを求めたそうだ。日本国内では散々自衛隊を罵倒していたのに、よくそんなことを言えたものである。同僚の辻元清美がどんな感想を述べたのか知りたい。

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(左: パトリック・ブキャナン  /  中央: ドナルド・トランプ /   右: サミュエル・フランシス)

  ブキャナンを批判する会田氏が持ち出したのは主に二つある。一つは、ブキャナンがカトリック信徒だから、米国のプロテスタント主義的自由に違和感を感じているのだという。(上掲書 p.191参照。) もう、こんな馬鹿らしい批判には言葉が出ない。それなら、ブキャナンが敬愛する建国の父祖がプロテスタント信徒なのをどう説明するのか? だいいち、彼の同志や友人にはプロテスタント信徒も多いし、彼自身も宗教心を踏みにじるフランクフルト学派に猛反発して、新旧を問わず伝統的なキリスト教文化を大切にしているじゃないか。ブキャナンは自身のカトリック信仰だけを擁護している訳ではないのだ。ユダヤ人の害悪に疎い会田氏は、「ネオ・コン」のユダヤ人に甘く、アメリカ・ファースト主義が反ユダヤ主義と結びついていると指摘する。そして、ブキャナンやトランプがユダヤ人を怯えさせたり不愉快にさせている、と同情していたのだ。彼はこう述べている。

  「アメリカ・ファースト」がブキャナンを連想させ、忌まわしいナチズムの記憶を刺戟するのだ。(上掲書 p.196)

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(左: ジョン・ミアシャイマー  / ノーマン・フィンケルシュタイン /  ジラッド・アツモン  / 右: クリストファー・ボリン)

  もう、まったく「どこまで「間抜けなんだ?」と問いたくなる。ユダヤ人はアングロ・アメリカをユダヤ人の楽園にするために、西歐系アメリカ人を教育界や政財界、藝能界、メディア界で洗脳してきたんだぞ。しかも、ユダヤ人に楯突く西歐人は社会的に抹殺し、たとえ、同胞のユダヤ人であっても容赦しなかった。イスラエル・ロビーを批判したジョン・ミアシャイマー(John Mearsheimer)とかホロコースト産業を指摘したノーマン・フィンケルシュタイン(Norman Finkelstein)、シオニズムを糾弾するジャズ・ミュージシャンのギラッド・アツモン(Gilad Atzmon)、9/11の闇とシオニストの影を追求したクリストファー・ボリン(Christpher Bollyn)などを想い出せば分かるだろう。会田氏は対独戦に反対していたチャールズ・リンドバーグや「アメリカ第一委員会(America First Comittee)」のメンバーを批判しているが、愛国主義者がアメリカ軍将兵の命や国益全般を優先するのは当然じゃないか。日本軍を利用して「裏口」から対独戦に参入しようとした、フランクリン・D・ローズヴェルト大統領やジョージ・マーシャル将軍の方がよっぽど悪人である。

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(左: チャールズ・リンドバーグ  / 中央: フランクリン・デラノ・ローズヴェルト /  右: ジョージ・マーシャル)

国際主義者を反駁する愛国主義者

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(左: 従来の白人家庭  /  右: 新たな異人種カップルの家族)

  筆者にとって最も腹に据えかねるのは、保守派の愛国者であるサミュエル・フランシスを、一知半解の会田氏が「恐ろしい」知識人と評していたことだ。(上掲書 p.98) 会田氏が何故フランシスを「恐るべき反動」と感じていたかと言えば、彼が「人種秩序の再構築」、すなわち白人が優位な立場を占める社会を再建しようと狙っていたからだという。これまた笑止千万だが、フランシスの思想は保守派の中でも「異端」だそうだ。(上掲書 p.199) 確かに、人種を持ち出せば大抵の保守派白人はたじろぐ。しかし、それは左翼教育が徹底しているからで、西歐系白人は異人種混淆を心の底から願っている訳ではない。サム・フランシスが勇敢な少数者であるだけだ。だいたい、アメリカ白人が自分の血統や種族を肯定し、祖先の偉業を称讃するのがそんなに悪いのか? ヒスパニック系国民は、インディオ系の血筋を堂々と掲げ、「アメリカ大陸は元々我々のものだ」と主張しているが、そのイデオロギーを会田氏はどう評価するのか。ラテン系移民の大義は正論で、アングロ系国民の主張は暴論とするのはおかしい。

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(上イラスト  / 1950年から60年代の頃のアメリカ人 )

  リベラル派のアメリカ人は「多様性(diversity)」が大好きで、色々な人種が混在する社会を素晴らしいと評するが、本当にそうなのか疑問が残る。試しに、米国や日本の不動産屋に、「白人だらけの住宅地」と「黒茶黄色の人種が混在する多民族地区」のどちらが高いか、と訪ねてみればよい。たぶん、相場と利益を重んずる不動産屋は、人目を気にしながら「そりゃあ、白人地区に決まってますわ !」と小さな声で答えるだろう。愛情が絡む養子縁組みだって、白人の赤ん坊の方が遙かに値段が高い。黒人の子は安値をつけても売れ残る。もっと露骨なのはおもちゃ市場で、ある記事に載った玩具店では、美しい白人の人形ばかり売れてしまい、黒い人形は棚に残ったまま。在庫品を抱えた店主は、特別セールにして在庫整理を図ったそうだ。しかし、それでも売れ残ったそうだから、現実の商売は厳しい。経営者はどんな商品が「売れ筋」、つまり「人気商品」になるのかを勉強すべきだ。

William Buckley 10(左  /  ウィリアム・バックリー)
  「アメリカ通」を臭わせる会田氏は、フランシスの主張が反動的で人種差別的なのもだから、ウィリアム・バックリーの『ナショナル・レビュー』誌から追放になったのだ、と述べていたが、それは半分の真実でしかない。当ブログでもウィリアム・バックリーの問題点に言及したから、詳しくは過去の記事を参照してもらえれば分かってもらえると思う。ただ、どうしてフランシスが『ナショナル・レビュー』誌から弾かれたかを簡単に述べるとすれば、それは優雅な生活をしたいバックリーが、ユダヤ人を含む広告主やリベラル思想に傾く執筆陣に日和(ひよ)ったからである。アメリカ社会の宿痾(しゅくあ)を鋭く剔(えぐ)り、その核心を突こうとすれば、どうしても人種に触れなければならないし、絶大な権力を誇るイスラエル・ロビーを批判せねばならない。ところが、裕福なユダヤ人を攻撃すれば、雑誌の存続が危ぶまれるし、テレビ局の仕事も少なくなる。政治番組によく招かれていたバックリーにとっては痛手であり、大幅な収入減となってしまう。上流階級の紳士として暮らしたいバックリーからすれば、人種意識を喚起する執筆者なんか邪魔者以外の何者でもなく、販売部数を減らす元兇にしか過ぎない。リベラル派に擦り寄るバックリーと袂を分かった仲間を挙げてみれば、日本人でも「なるほど !」と解るだろう。例えば、パトリック・ブキャナンやジョセフ・ソブラン(Joseph Sobran)、ピーター・ブリメロー(Peter Brimelow)、ケヴィン・ラム(Kevin Lamb)、ジョン・オサリヴァン(John O'Sullivan)、チルトン・ウィリアムソン(Chilton Williamson)、クライド・ウィルソン(Clyde Wilson)、ジョン・ダービシャイアー(John Dirbyshire)など、みな惜しい人物ばかりだ。

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(左: ピーター・ブリメロー  / チルトン・ウィリアムソン / クライド・ウィルソン / 右: ジョン・オサリヴァン )

  会田氏はドナルド・ウォーレン(Donald Irwin Warren)が名づけた「ミドル・アメリカン・ラディカルズ(MARs)」を持ち出して、フランシスの言動と彼に同調する白人たちを槍玉に上げていた。ちなみに、このMARsとは有色人種の台頭に疑問を抱き、望んでもいない移民の大量流入や東部支配階級(エスタブリッシュメント)の専横に叛旗を翻した「怒れる白人」のことである。ウォレンが行った1970年代の調査によれば、MARsとは年収3,000ドルから13,000ドルくらいいの所得を有する白人世帯で、北部ヨーロッパ系のアメリカ人が多い。彼らの大半は高卒で、大学に進む者は少なく、プロテスタント信徒よりも、カトリック信徒やユダヤ教徒で、プロテスタント宗派がいても、モルモン信徒やバプティスト信徒である。こうした白人は専門職とか経営職というより、熟練工や未熟練のブルー・カラー(筋肉労働者)であることの方が一般的だ。特徴的なのは、左翼勢力と違って、彼らは政府が金持ちと貧乏人の両方に味方し、中流階級を等閑(なおざり)にしていると考える。MARsの頭には、「富者が貧者の要求に屈し、中間所得層がその法案の為にお金を払う」という認識があるそうだ。(Donald I. Warren, The Radical Center :  Middle Americans and the Politics of Alienation, Notre Dame : University of Notre Dame, 1976, pp.23-29) 

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(左: ドナルド・ウォーレン  /  右: 悩めるアメリカ白人)

  では、サム・フランシスはどの様な見解を持っていたのか。彼はMARsについての文章を残している。白人中間層を支配する階級(ruling class)は、国内問題だと、左翼(リベラル的)イデオロギーを実現する為に、経済計画を強化し、社会改造(social engineering)に取り組む。外政では、巨大組織や国際同盟を通じて国家の枠組みを越えた活動に従事する。そして、地球規模の同志愛を深め、国家の区別や差異を消そうとするそうだ。こうしたエリートはコスモポリタン的倫理を重視するという。この倫理的価値観は小さな町とか家族、ご近所付き合い、世間との絆、伝統的アイデンティティーをあざ笑い、西歐の伝統社会を覆そうと試みる。彼らは大都市のライフ・スタイルとか匿名性を重視し、階級や性別の違いが無く、道徳が撤廃され、根無し草の原子的個人、つまり自分を特徴付ける集団やアイデンティティーをもたない私人を好む。しかも、道徳的束縛や躾を嫌い、物質的快楽に浸り、自惚れを称讃する。そして、彼らは従来の価値観や忠誠心、社会的繋がりをも超越しようとするのだ。(Samuel Francis, "Messages from MARs : The Social Politics of the New Right", in Beautiful Losers : Essays on the Failure of American Conservatism, Columbia and London, University of Missouri Press, 1993,  p.64)

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(左: ジョン・F・ケネディー  /リンドン・B・ジョンソン  / マクジョージ・バンディー /  右: ロバート・マクナマラ)

  フランシスの議論を聞いていると、我々は国際金融の資本家やグローバリストの知識人を思い浮かべてしまう。故郷に根ざした思想を重んずるフランシスは、合衆国の主権を簒奪し、共和政の精神的支柱を蹂躙する「新しいエリート」を糾弾する。この支配者は特に、連邦政府の官僚組織を拡大して問題の解決を図ろうとする傾向が強い。古いエリートは地方と中央の政府、および連邦議会に頼った。しかし、カエサル的政治スタイルを有する新エリートは、ローズヴェルトやトルーマン政権下で、大統領の権能を最大限に利用し、地方と中央政府、議会の権威と権能を貶め、稀薄にしたうえで、最終的に簒奪を試みる。特に、ケネディー政権やジョンソン政権に入っていた“進歩的”でリベラル派のマクジョージ・バンディー(McGeorge Bundy)とかフォードの社長から国防長官になったロバート・マクナマラ(Robert S. McNamara)、彼の後任でスーパー弁護士の異名を取るクラーク・クリフォード(Clark Clifford)、財務長官のクラレンス・ダグラス・ディロン(Clarence Douglas Dillon)、リベラル派の経済学者として著名なジョン・ケネス・ガルブレイズ(John Kenneth Galbreith)などを思い起こせば分かるだろう。

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(左: クラーク・クリフォード  / 中央: クラレンス・ダグラス・ディロン / 右: ジョン・ケネス・ガルブレイズ )

James Burnham 1(左  /  ジェイムズ・バーナム)
  郷土愛に満ちたフランシスは「新たなエリート」を説明する際、高名な政治学者のジェイムズ・バーナム(James Burnham)が名づけた「管理統治者的階級(managerial class)」を用いていた。この人々は赤い貴族(ノーメンクラトゥーラ)のように民衆の上に君臨し、国家を民間企業の如く見なして運営しようとする。日本で言えば、大前研一みたいな奴らで、日本の伝統や風習を「下らない因襲だ !」と足蹴りにして、企業経営者の如く最大限の利益とかコスト・カット、合理的かつ冷酷な解雇・配置転換、知的優越を旨とする。元気な頃の大前は、「これからは地方分権の時代だ ! 古い日本を一度ガラガラ・ポンにて、再編成しよう !」だなんてほざいていた。こんな経営コンサルタントが東京都知事の椅子を狙っていたんだから寒気がする。フランシスはグローバリズムを信奉する新エリートの本性を熟知していた。彼によれば、新エリートたちはナショナリズムを嫌い、インターナショナリズムを好むという。例えば、国連とか共通市場、大英帝国、大西洋コミュニティーなどを使って一般のアメリカ人を操ろうとするらしい。(上掲書 p.73)

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(左: 大前研一  /  中央: 地球をデザインするグローバリズムの絵/  右: ダース・ベーダーのような「闇黒卿」にされたジョージ・ソロス)

  サム・フランシスは連邦政府や官僚機構に潜むパワー・エリートと、政財界で幅を利かせる大富豪たちを非難していた。アメリカでは上流階級のエリートが、リベラリズムを介して左翼かぶれの白人と烏合の衆たる下層民を取り込もうとする。フランシスが言うには、新しいエリートにとって、リベラリズムは非常に便利で、存在と権力を合理化する不可欠の公式であるそうだ。現代のリベラリズムは大衆の上に立つ政府や、官僚による社会的・経済的操作を正当化する。また、リベラリズムは大企業による経済を許し、経営学と功利主義に頼る上級職員は、進歩的思想を持っているという。彼らは先祖代々受け継ぐ遺産とか、敬虔さ、プロテスタントの美徳などを無視する。エリートは社会科学に基づく実践的訓練や行政手腕、ビジネス界で使われる経営手法で民衆を教育してやろうと意気込み、それを高らかに称讃するらしい。リベラリズムは社会的環境を官僚的運営で合理化するだけでなく、コスモポリタン的倫理の地均しをしようと目論む。リベラリズムとコスモポリタニズムは、インテリにアピールしながら、地方色の濃い非中央的制度を視野が狭く田舎的、頑固さや自分勝手の仮面であると描く。小さな町、家族、階級、宗教、倫理、地元の絆は後進的で、抑圧的、搾取を基にすると見なす。勤勉や倹約、自己犠牲、享楽を後回しにする、といった徳目は時代遅れで、清教徒的、絶対主義的、迷信的だと考えるそうだ。(上掲書 p.66)

  サム・フランシスが「過激」と見なされるのは、リベラル派の支配階級を倒すために、健全な常識を有する中流白人や、従来の政治家に見切りをつけた新右翼を動員しようとしたからだ。フランシスは言う。

  MARsと新右翼(New Right)が目指すのは、現在のエリートを追放し、彼らが自らを代わりに据えることである。この「革命」は暴力的叛逆とか大量虐殺、全体主義的支配ではなく、既存のエリートに新たなエリートが取って代わるという意味である。新たな文化的ルネッサンスに、思想や制度を変革する新しい原動力、物質的・精神的生活の開花へと導く革命なのだ。(p.69) 

  フランシスが画策したMARS と新右翼の連合は、社会をコントロールしようとする経営者機構を解体すること、あるいは根本的に修正し、政治問題と既存の制度に対しもっと過激なアプローチを試みることだった。しだって、右派連合の目的は、経営者的エリートが持つ権力機構の地方化、民間化、非中央化である。具体的には、企業や教育界、労働組合、メディアに蔓延(はびこ)る官僚機構の解体を意味するそうだ。

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(左: 1950年や60年代のアメリカ人の一般家庭  / 中央: 昔の貞淑なアメリカ人女性 /  右:  「コリアーズ」誌の表紙)

  会田氏はフランシスがKKK的な人種観を持ち、過激な反動主義者なので、『ナショナル・レビュー』誌のバックリーから破門されたのだ、と述べていた。だが、その「反動」とは何に対してのリアクションなのか? 沈黙する白人層を代表するフランシスは、1950年代に権力を増した国際主義者や人種統合を強制するリベラル派、不法・合法を問わず“無差別”に有色移民を迎える民族団体、グローバリストから巨額な献金を受けてその言いなりになる政治家に反対していたのである。国家の体質を改造・変質させた左翼に反撃を加えたから、「保守反動」と呼ばれるんだから、本当にたまったものではない。それなら、肥満や病気で変調をきたした患者を「元」に戻す医者は、白衣を着た「反動分子」なのか? 例えば、大量の荷物で左に傾いた船を心配した船長が、荷物を右側に移して船を安定させようとしたとする。ところが、その船長が後に乗客から「何で右に傾けたんだよぉ !」と糾弾されたら、日本人はどう思うのか。米国の「右派」やトランプが1950年代を懐かしみ、そこへ再び戻ろうとすることは、左派にとったら「反動」でしかない。

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(左: トランプを非難するアメリカ人  /  右: イスラム教徒のデモ)

  リベラル思想が正しいと思っている左翼白人や恨みに凝り固まった黒人、屈辱を噛みしめるヒスパニック帰化人、銭が命のアジア系移民などは、白人が主体だった西歐的アメリカを唾棄し、人種が入り混じった地球村を理想郷としているのだ。しかし、普通の日本人が現状のアメリカ社会を眺めれば、白血球が体内に入り込んだ黴菌をやっつけるように、白人が異質な侵入者に拒絶反応を示しているように見える。まぁ、米国がどうなろうと知ったことではないが、日本人は学者に騙されず、アメリカ人の愚かさと苦悩を直視すべきだ。我々にとって国家とは、拡大された「家」、すなわち同じ民族が温かい絆を保ちながら生活する共同体である。言うまでもなく、天皇陛下は全国民の家父長で、最高司祭を兼ねる国家元首。大家族のような日本人は国家の栄光を共に歓び、国難を共に憂い、何とかしようと努力する。国内で誰かが不幸に見舞われれば、同胞として救いの手を述べ、その苦しみを共に悲しむ。我々は皇室と共に歩み、喜びと哀しみを分かち合うから、他に類を見ない素晴らしい民族なのだ。我が国は賃料(税金)を払えば誰でも住める雑居ビルではない。アメリカの保守派が日本の真相を知れば、「俺たちもこんな国を持ちたい」と望むだろう。



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白人に恋い焦がれた反白人主義者

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  いよいよ今月5日、ドナルド・トランプ大統領が来日するそうだ。しかし、日米両国とも、同大統領に対する評価は厳しい。特に、昨年以来の恨みを持つ主要メディアは、トランプが“白人層”から熱狂的な支持を得ていると非難している。恨み骨髄のCNNやABCなどは、いくら否定しても、頻りにトランプと“白人至上主義者”を結びつけようとするから悪質だ。米国では誰がどの政治家を支持しようとも“自由”であるはずなのに、「白人優越論者」だけは「非国民」にするというのはおかしい。その証拠に、リベラル系メディアは黒人過激派の「ブラック・パンサー(Black Panther)」がバラク・オバマを支援しても、この黒人議員を「黒人至上主義者」とは評さなかったし、極左の社会主義者やアナーキスト、元共産主義者、隠れマルキストがオバマの支援者に加わっても騒がなかったじゃないか。れっきとしたコミュニストがオバマと握手したり、スタッフとして選挙を手伝ったら、オバマが「共産主義者」になってしまうが、実際、主要メディアは彼を「赤い黒人」とは呼ばなかった。

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(左: バラク・オバマ  /  右: ブラック・パンサーの黒人たち)

  アホなアメリカ人は論外として、日本人にとって「白人至上主義(white supremacy)」というのは厄介な用語である。まず、言葉の響きが悪い。まるで狂気に満ちた極右勢力みたいだ。しかし、「至高 / 優位(supremacy)」というのは普通の英語で、「制空権(air supremacy)」とか「政務官優位(文民統制 / civilian supremacy)」というように、支配する時や最高を誇る時に使う言葉である。言葉による印象操作は日本でもよくあって、かつては街宣車に乗った「右翼団体」が、紺色の制服を着て「北方領土を返せ !」と怒鳴っていた。これは誠に逆効果で、一般国民は国粋主義や軍国主義を彼らと関連づけ、近寄ってはならない危険なものとみなしていたからだ。しかし、征服された領土を奪還するのは正当で、日の丸を掲げることも異常ではない。国益を優先する事はどの国でも当り前だし、軍備を整えることだって普通である。ただ、厳(いか)つい格好の「右翼」が軍歌を大音量で流しながら巡回するので、怯えた一般国民は否定的な印象を持ってしまうのだ。

  考えてみれば、アメリカで白人が上層を占めるのは当然じゃないか。そもそも、イギリス人入植者が建てた共和国(アメリカ合衆国)なんだから、白人たるアングロ・サクソン系住民が国家の主流であっても不思議じゃない。トヨタとか日産、三菱、住友だって、創業者一族(豊田家、鮎川家、岩崎家、住友家)と採用試験で入社した朝鮮系のヒラ社員が“対等”なわけがないだろう。普通の日本人で、「白人国家だから倫理的に悪い」と言い切る奴が居るのか? もし、「黒色人種の国家は黄色人種の国家より“上等”だ」と言えば問題発言になるし、「英国の核武装は紛争の火種だが、支那の核兵器は平和の礎(いしずえ)だ」と言えば皆が笑うだろう。とにかく、どの人種が如何なる国家を作ろうが、日本人が優劣をつけて非難する事ではない。

  しかし、日本には西歐人を殊さら嫌う人がいて、筆者などが好意的な意見を述べると烈火の如く怒ってしまう。日本国の外には様々な人種や民族が存在し、開国を決めた日本人としては、否が応でも外国人と付き合わねばならない。だから、もし我々が外人と友好を保とうとするならば、西歐人が最も好ましい「地球人」となる。事実、明治期の日本人は西歐から科学技術や社会制度、藝術文化を取り入れようとしたし、官民挙げて留学生を派遣し西歐化を目指した。しかも、個人的な交際も活発で、学術・文化的交流だけでなく、恋愛関係にまで発展する青年までいたのだ。一方、漢籍を以て支那人に好意を抱いていた日本人は、“実際”の支那人を見て驚いた。闇黒大陸の支那では、「理想」であった聖人君子は存在せず、居たのは馬賊、山賊、軍閥、秘密結社という暴力団、殺人鬼、泥棒、詐欺師、ゴロツキ、碌でなし、貧民、白痴などであった。お人好しの日本人が支那人と付き合えば、損をするか騙されるといった具合で、運が悪ければあの世行き。脳天気な日本人は、現実の支那人と接触し、初めて夢から覚めた。もちろん、乞食より汚い朝鮮人は議論するまでもない。朝鮮人と交際するくらいなら、幽霊の方がよっぽどマシだ。少なくとも、幽霊や妖精はニンニク臭くないし、小便で洗顔しないだろう。

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(左: 北アフリカの男女  /  右: アラブ地域のイスラム教徒たち)

  戦前からそうだったが、白人を非難する日本人ほど、無意識的に心の底から白人に憧れている。同じ悪事を犯しても、日本人は白人だけに厳しい。例えば、イギリス人やフランス人、あるいはオランダ人がアジア諸国を侵掠して植民地にした、と非難するが、世界史を見渡せば色々な民族が征服事業に手を染めていたのだ。モンゴル人はユーラシア大陸に巨大な帝国を築いたし、イスラム教徒はアラビア半島を越えて、北アフリカ一帯やイベリア半島にまでその勢力を拡大したじゃないか。(日本の学者は英国の帝国主義を批判するが、香港を支配された支那人は非常に幸運だった。恣意的な専制を行う支那皇帝より、法治を尊ぶイギリス人総督の方が遙かにいい。香港返還の時に、どれだけ大勢の支那人が逃げ出したことか。) また、イギリス人がインドを植民地にしたことは“けしからん”と日本の学者は非難するが、ムガール帝国を創設したバーブル・シャーは無罪放免なのか? ご存知の通り、バーブル(Babur)の父はオマル・シャイフ・ミールザーで、泣く子も黙る征服者ティムールの曾孫であるアブー・サイード・ミールザーを祖とするティムールの直系である。(アンドレ・クロー 『ムガール帝国の興亡』 岩永博 / 杉村裕史 訳、法政大学出版局、2001年 p. 20) こんな事は高校生でも知っているのに、大半の日本人はモンゴル人を帝国主義者とか兇悪民族として非難しない。たとえ、モンゴル人力士が「チンギス・ハーンは民族の英雄です」と表明しても怒らないだろう。だいたい、「何だ、テメェ、モンゴル人の世界征服を称讃しやがって!」と因縁をつける観客がいるのか? 結局、日本人はモンゴル人に劣等感を抱いていないし、彼らは“格下”の民族だから、何を口走ろうが気にしないのだ。

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(左: 白人奴隷を捉えたイスラム教徒の絵画  /  右: モンゴル人のレスラー)

  白人批判論者は根っからの「横恋慕」なので、好意を寄せた白人から肘鉄を食らうと、とたんに逆上することが多い。最初は笑顔で西歐人に擦り寄るが、言葉の発音や人種的容姿が切っ掛けで愚弄されると、「白人なんか何だ ! 偉そうにしやがって ! 黄色人種だからって馬鹿にするな ! お前らみんなレイシストだ !」と憤慨する。こうなるともう、惚れた女にフラれた男みたいで、気分はストーカー並である。日本人は子供の頃から歐米諸国について学んでいるから親近感を覚えてしまうが、歐米の白人は日本人に関心が無いので、日本人を「なんだ、支那人の同類か」としか思わない。歐米諸国に昔から住みつくアジア人は、ほとんどが苦力みたいな出稼ぎ人で、人間的魅力に欠ける連中ばかりだから、外見が似ている日本人は残念ながら、「同じ種族」に分類されてしまうのだ。しかも、ゲルマン語の発音が苦手で、ユーモアの利いた会話も出来ないときているから、話したって面白くない。何らかの特技があれば別だが、「これ」といった能力も無い凡人だと相手にされないのである。

  個人に「好き嫌い」があるように、各民族にも独特な趣味がある。こればかりは他人がどうこう非難しても埒(らち)が明かない。プライドの高い日本人は、西歐人が持つ美意識に直面し、彼らの人種差別を糾弾するが、西歐世界で白人がどのような「好み」を持とうが彼らの自由である。白人の中でさえ醜と美があるんだから、一概に白人が総て高級とは言えまい。ところが、北米や歐洲で黄色人種と分類されると、「なんんでオレを支那人や朝鮮人と一緒にするんだ !」と激怒する日本人がいるから困る。こんな御仁に限って、白色人種が一番美しく、文化的にも洗練されている、と信じ切っているのだ。これは日本人にも多少なりとも非があって、日本人は自らを「アジア人」と思っていないのに、教科書的に「アジア人」と公言するから、本音と建て前の板挟みになる。我々は「肌色民族」と考えて、自分中心の美意識を持てば悩む事はない。総ての事柄についてヨーロッパの学者に追随する義務はないのだ。それに、アメリカ人が日本国内で人種秩序を構築した訳でもないんだから、日本人は国内で幸せに暮らせばいいじゃないか。そんなに白人至上主義が嫌なら、地元で楽しく暮らし、穢らわしい西歐世界に行かなければいい。自分から歐米に出掛けて激昂するなんて間抜けである。支那人嫌いじゃなくても、北京や上海で支那人から「東夷」と馬鹿にされれば、「こんな国、二度と来てやるもんか !」と啖呵を切るじゃないか。そもそも、我々は支那人と付き合う必要は無いし、日本国籍を与えてやる責務も無いんだから、支那人とは係わらない方がいい。

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( 左三枚の写真 ホッテントットの女性/  右: 魅力的なアフリカ人の女性)

  いずれにせよ、美意識などは十人十色で、アフリカで育ったアフリカ人は黒人が一番と思っているし、白人よりも黒人に親近感を覚えている。日本人やヨーロッパ人は腹を抱えて笑うけど、ホッテントットの女性は自身の突き出た尻を自慢していたし、人前で性器を見せびらかしていたのだ。アフリカ人にはアフリカの美意識があるんだから、日本人がそれを否定して、「英国の貴婦人か武士の娘みたいになれ」とは言えまい。良家の日本人は黒人ラッパーなんて「下品だ !」と斬り捨てるが、当の本人たちは「クール(格好良い)」と思っており、派手な腕輪や首輪を附けて自慢しているのだ。筆者がニュージャージー州のある街を歩いていた時、前を歩く黒人の少年四名が、ズボンをずり降ろしてブリープが丸見えだったのを覚えている。これは「サギング(sagging)」というファッションで、日本では「腰パン」とか「サギー・パンツ」とかの名称で知られているようだ。こんな格好は恥ずかしいけど、黒人のミュージシャンやストリート・ギャングたちは「粋」だと思っている。アホには国境が無いようで、彼らに憧れて真似をする外国人もいるようだ。黒人を嫌う朝鮮人にもラッパー・ファッションに憧れる奴がいるんだから、蓼(たで)喰う虫も好き好きである。

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(左サギー・パンツの黒人たち / 右黒人ラッパー )

  各民族は自分の国でなら自由に振る舞ってもいいはずだ。日本人は爆笑するけど、パプアニューギニアの土人が自分のペニス・サックを自慢している。それだってファッションの一種なんだから問題は無い。戦前、支那人は纏足の風習を持っていて、女性の足に並々ならぬ興味を示していた。だから、浴衣姿に裸足で下駄を履く日本人女性を見かけると、妙に興奮したそうである。アマゾンの奥地に棲息するインディオだって、独自の倫理観や美意識を持っている。インディオの娘たちは上半身裸で、乳房を丸出しにしながら暮らしていたが、それを日本人が「はしたない」と咎め、「ブラジャーをつけなさい」と命じる権利は無い。「オッパイ剝き出しは恥ずかしい」と判断するのは日本人やピューリタンの勝手な考えだ。昔の日本では、列車の中で母親が赤ん坊に授乳させていて、それを知った西歐人は驚愕したそうだけど、日本人がやめることはなかった。だいたい、日本人が乳飲み子を持つ母親に欲情するのか。乳房に異常な関心を寄せる西歐人の方が助平なのかも知れないぞ。かつて、フランスでは永井豪のアニメ『キューティー・ハニー』が卑猥で、子供に良くないと批判されたが、フランス人の子供は夢中になって齧(かじ)り付いていた。フランスでは独創的なアニメが無かったから、魅惑的な日本のアニメに釘付けにされたのだろう。しかも、主人公の如月ハニーは白人女性のキャラクターだったから、フランス人にも違和感が無い。フランスの大人は日本人を責めるなら、自分たちでもっと刺戟的なお色気アニメを作ってやれ。

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(左: 朝鮮人のラッパー  / 中央と右: 南米のインディオ女性 )

  日本人は自国で人種差別を受けた訳じゃないのに、西歐人の差別に接すると異常な反応を示す。イングランドやフランスを旅行する日本人は、日本人が西歐人を厚遇するので、同じような歓迎を期待しがちである。だが、日本人の訪問者が全て歓迎されるとは限らない。我々は日本人を受け容れる西歐人とだけ付き合えばいいのであって、日本人を嫌いな西歐人に逢ったら、「あっ、そう」と言って無視すべきだ。自画自賛のアメリカ人は、中東アジア人から憎まれても一向に気にすることはない。バグダッドで星条旗が燃やされても「ふん、沙漠で野糞をする奴らめ ! アメリカに来るんじゃねぇぞ !」と吐き捨てるだけだ。しかし、こうしたイラク人には情けない奴が多い。いざ米国への渡航ビザが貰えるとなれば、長蛇の列をつくって並ぶそうだから呆れてしまうじゃないか。日本人は外人から嫌われることに慣れていないし、八方美人を良しとするから傷つきやすいのだろう。

「家無き子」のアメリカ白人

  日本人は意外に思うかも知れないが、アメリカ白人には「ホーム・カントリー(我が家のような母国)」が無い。日本人は先祖代々日本列島に住んでいるから、全国どこでも違和感が無いし、東北から関西に引っ越しても直ぐ地元に根づいてしまう。プロ野球の各球団には甲子園球場とか神宮球場といった「ホーム・グラウンド」があって、地元のファンが選手たちを温かく迎えてくれる。ヒョウ柄が好きな埼玉のオバちゃんが、アニマル好きの大阪に移り住んだって見分けがつかない。せいぜい、話す言葉が違うだけで、あとは服のプリントが豹から虎に変わるくらいだ。日本人は種族的に同じだから外見で差別できない。(ただし、美人コンテストや女子アナ採用試験は別だよ。) 「中高年のアイドル」と評される綾小路きみまろの名言だけど、「女性は50歳を過ぎれば美人とブスの区別は無くなる」そうだ。だから「会場にお越しの奥様、50年我慢すればいいのです !」と励ましていた。会場のオバちゃんたちは大爆笑。みんな「私の事じゃないわ !」と安心しきっている。日本の中高年女性は世界最強だ。ちゃんと旦那と子供の面倒を見るし、毒舌を聴いてもめげることがない。世界の「男女平等ランキング」で日本が114位なんてアホらしい。(「日本114位、過去最低、世界の男女平等ランキング」 日経新聞 2017年11月2日) 調査した「世界経済フォーラム」の連中が無知なだけだ。

  一方、米国だと話が違ってくる。西歐系アメリカ人には同じ種族同士か和気藹々(あいあい)と暮らせるホーム・タウンが見つからないのだ。どこに住んでも黒人やヒスパニックがいるし、ちょっと繁華街に出掛ければ、支那人やインド人、ユダヤ人が群れており、近年ではイスラム教徒のアラブ人とかアフリカ難民が幅を利かせている。都市部のマクドナルドに行けば、店員は黒人か南米人ばかりで、客も浅黒い下層労働者が多い。駅周辺でタクシーを捕まえれば、運転手はパキスタンやメキシコ、トルコなどの出身者だったりするから、彼らの酷い訛りでお客の白人は戸惑ってしまう。昔、軍事学者のエドワード・ルトワック(Edward N. Luttwak)が成田空港でタクシーに乗ったところ、日本人の運転手が礼儀正しく、親切であったから、とても驚き感動していたという。

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(左: インド人の家族  / 右: ユダヤ人の若者 )

  かつて、アメリカ合衆国はイギリス人を中心にした白人国家であったのに、東歐や南歐からの移民を大量に許したため、異民族がひしめく雑種国家に変わってしまったのだ。リンドン・ジョンソン大統領の「グレイト・ソサエティー」で、異人種との統合を強行し、学校や病院、職場では有色人との混淆が強要され、移民政策でも西歐系優遇措置が撤廃されてしまった。しかも1980年代になると、中南米移民やキューバ難民などが政治勢力を持ち始め、教育現場でも多民族・多文化主義が刷り込まれるようになった。娯楽産業にもこの潮流が渦巻き、テレビをつければ南米人や東洋人がたくさん出ている。かつてのTVドラマや映画には白人役者が多かったのに、今では主役が白人でも、脇役は黒人とか南米人だったりする。1960年代では考えられなかったが、白人女性と黒人男性とのベッド・シーンまで登場したんだから驚天動地の世界だ。第21世紀に突入すると、アメリカ白人が西歐人だけのドラマが見たいと欲しても、そんな番組は存在しないし制作される見通しもない。中世ヨーロッパや北歐ヴァイキングのドラマでさえ、浅黒いムーア人とか支那人が登場するんだから、もうユダヤ人が制作する娯楽映像は本当に怖ろしい。この点に関しては、当ブログで散々述べてきた。

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(左: ベトナム移民  /  右: ムスリム移民)

  米国の公教育は日本の日教組支配に劣らず酷い。表面上は「教育」と銘打っているが、実質的には「洗脳」である。歴史教科書では黒人を始めとする有色人種(マイノリティー)についての記述が非常に目立つ。例えば、プレンティス・ホール(Prentice Hall)の『アメリカ』では、セオドア・ローズヴェルトやウッドロー・ウィルソンの項目で黒人活動家のブッカー・T・ワシントン(Booker T. Washington)を登場させ、「進歩主義」と「人種平等」を強調しているのだ。第一次世界大戦後の文化的発展の章では、黒人のジャズ・ミュージシャンが取り上げられているし、第二次世界大戦のページでは、米国内での人種差別に焦点が当てられている。ついでに言うと、日本軍による上海での空爆という捏造写真も附け加えられていた。今では悪名高い、駅に一人取り残され、泣き叫ぶ幼児の写真が堂々と掲載されていたのだ。(America : Pathways to the Present, Prentice Hall, Needahm, Massachusetts, 1998, p. 667) 近現代の項目になると、公民権運動の解説もあるからなのか、やたらと黒人やヒスパニックの活動家とか文化人の紹介が多くなる。マイノリティー生徒への手厚い配慮があるので、「祖先のアメリカ」を学びたい西歐系の白人生徒にしたら不満であろう。ヒスパニックの偉人が紹介されるなら、「偉大なる白人政治家」とか「立派なアングロ・サクソン軍人」などの紹介が教科書にあってもいいはずだ。しかし、そうした偉人伝はマイノリティーの生徒に劣等感を植え付けるものだから駄目。こんくな風に、小さい頃から本能に反して多民族教育を押しつけられれば、アメリカ白人に“いじけた”子供が増えても当然だ。意図的に白人を抑圧する方針が採用されれば、白人生徒に根強い反撥が育ってしまうのも無理はない。

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(左: 白人家庭  /  右: 帰化申請を済ませた移民たち)

  自由主義を標榜する国家には「自由の選択」が不可欠だ。嫌いな種族と一緒に生活したくない、という選択肢があってもいいし、同じ白人だけで共同体を作りたいという欲求が実現されてもいいはずだ。日本人は日本人だらけの街に住んでも「有り難い」とは思わないが、これは世界的に見て非常に稀なケースである。先進国で同質的な地域に庶民が暮らせるなんて夢みたいだ。嘘みたいだが、アメリカだと高額所得者しか叶えられない生活様式である。カルフォルニアにあるゲーテッド・コミュニティー(屏で囲われた高級住宅地)を見てみれば分かるだろう。こうした「別世界」には警察官が特別に目を光らせており、黒人がちょっとでも近づくと瞬く間に職務質問をかけ、“いかがわしい”連中を追い払おうとするそうだ。だいたい、黒人が乗るクルマなんか馬鹿デカいアメ車と相場が決まっているから、遠くからでも直ぐ判る。高級住宅地の住民は、外国車、とりわけドイツのBMWとかメルセデス・ベンツを選び、自国のクルマを購入することはない。ちなみに昔、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領が日本に乗り込んできて、「アメリカの自動車をもっと買え !」と脅していたが、本国の上流アメリカ人はみんな歐洲車に乗っていたんだから、日本人は唖然としたものである。ブッシュの同類たちはイタリア車のフェラーリを買わずに、フォード社のトーラス(Taurus)を50台くらい買えばいいのに。

緩い白人の分類
 
  アメリカ人に選択の自由があるなら、日本人にも「選択の自由」があってもいいだろう。地球上には色々な民族がいて、他人から指図されずに好きな友人を持ちたいと思っている。私的クラブなどはその典型だ。こう考えれば、多くの日本人が付き合う相手として西歐人を選んでも良いはずだ。我が国には選択の自由があるんだから、どの民族を友人とし、だの民族を遠ざけるかは各人の「自由」である。ただし、自分をあたかも西歐人のように考え、他の日本人を見下すような奴は赦せない。英語やフランス語を流暢に話す輩(やから)が、自分の語学力に酔いしれ、西歐人の基準で日本人を断罪する者がいたりするから不愉快だ。こうした卑屈な日本人は国籍を捨ててフランスやアメリカに永住してみればいい。どうせ、現地で「アジア人」とか「黄色い奴」と見下されて鬱屈するだけだ。中には、数年を経て「やっぱり日本がいい」と懐かしみ、こっそり帰国する日本人がいるから腹が立つ。大橋巨泉なんか一生カナダに住んでいれば良かったのに、晩年は日本に戻っていた。オーストラリアでゴルフ三昧を楽しむと豪語していたのに、つまらなくなって日本のテレビ番組に戻ってきたんだから、最初から引退しなけりゃよかったじゃないか。女優の岸惠子もフランスでの生活を自慢していたが、年を取ると日本で暮らすようになった。西洋かぶれの日本人は、若い頃にパリやニューヨークの生活に憧れるが、段々と日本が恋しくなり、終いには現地の家を売り払って故郷に帰ってくる「出戻り」が多い。日本人には日本の友人が一番で、骨を埋める土地は日本にしかないのだ。

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(左:  タイ人の子供たち /  右: フィリピン人の子供たち)

  他方、アジア人との一体感を強調する人は、タイ語やマレー語、タガログ語を学んで、各地の歴史を勉強すればいいし、一生ベトナムやシンガポールに住み続けてもいいだろう。朝鮮人と結婚したい日本人女性は、日本の姓を諦めて朝鮮名に変えるべきだし、夫に従って南鮮へ移住することも乙なものだ。日本と朝鮮のどちらが素晴らしいか、実際に肌で感じれば、自然と判るだろう。場合によっては、朝鮮人のような顔になるために整形手術を受けるのも一計だし、モンゴル風の顔にすれば朝鮮や支那でモテるかも知れないぞ。日本に朝鮮人を呼び寄せたい日本人は、自分が朝鮮半島に移住すればいい。他の日本人は朝鮮人との「共存」を望んでいないんだから、朝鮮人が居ない町に住みたいし、ガチョウのように五月蠅(うるさ)い支那人も目障りだ。もし、アジア人混在地区と純日本人地区を分けたら、大半の日本人は日本人地区を選択するだろう。多民族共生を宣伝するNHKやTBSの社員でも、ちゃっかりと日本人地区を選ぶんじゃないか。他人の子供はどうでもいいけど、自分の子供だけは日本人スクールに入れて学力を向上させ、日本人の友達と一緒に遊ばせたい、なんて考えるかも知れないぞ。

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(左ゲイリー・ハート  / 右ドナ・ライスと一緒のハート議員 )

  アメリカ白人だって似たようなもので、高額所得者の親は我が子を私立の名門校とか、英国風の寄宿舎学校に入れたりする。社会的には進歩的でも、私生活では保守的なんていう、リムジン・リベラル(口先だけの左翼)がいるから騙されてはいけない。こうした偽善者は職場で「人種差別はいけません」と説教を垂れるが、学生時代からの親友には良家の白人がいたり、同じ階級の恋人がいたりする。結婚相手もハンサムな白人男性やブロンド美女だったりして、“さらり”と友人に見せびらかし、「羨ましいでしょ」と自慢するのだ。もっと露骨なのは、高級職にある白人男性の浮気で、不倫相手はセクシーな白人女性であることが多い。昔、ゲイリー・ハート(Gary Hart)上院議員の不倫がバレたけど、お相手は白人美女のドナ・ライス(Donna Rice)であった。

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(左: エリオット・スピッツァーと夫人  / 右: ビル・クリントンと関係を持った女性たち )

      州検事上がりで、ニューヨーク州知事に上り詰めたエリオット・スピッツァー(Eliot Spitzer)は、ホテルで売春婦と関係を持ちスキャンダルに見舞われたが、そのコール・ガールは魅力的な白人娘だった。(筆者は彼女の顔写真を見たことがあるけど、なるほど“さすが”高級娼婦だ、と感心したことを覚えている。) 黒人や他のマイノリティーに優しいビル・クリントン大統領も、性生活では本音を表していた。本妻のヒラリーは性的魅力に欠けているが、不倫相手のジェニファー・フラワーズ(Gennifer Flowers)はヒラリーと違うタイプの女性であった。 若い頃から数々の浮気を繰り返してきたたクリントン大統領でも、奇妙な事に黒人の姦通相手がいなかった。いたのかも知れないが、マスコミには報道されなかったので分からない。でも、半数くらいは黒人でもいいんじゃないか。だって、アーカンソー州にはたくさんの黒人女性が住んでいるのに、ベッドに誘う女性は綺麗な白人女性ばかりなんておかしい。ビル・クリントンの性生活にはアファーマティヴ・アクションが必要だ。

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(左: ジェニファー・フラワーズ  / 中央: ビル・クリントン /  右: ビルとヒラリー・クリントン )

  アメリカ白人が「白人至上主義」を掲げると、これに拒絶反応を示すアメリカ人や日本人は実に多い。でも、自分の種族を「世界で一番」と考えるのは悪いことなのか? 昭和の頃までの日本だと、「誰よりもパパ大好き」とか「ママが世界で一番好き」と口にする娘や息子がいたものだ。また、親バカのお父ちゃんだと「我が娘は町内一の美人」と自慢することもあったし、ある藝能プロダクションは「国民的美少女」などと称して、若い娘を品定めしていた。日本人は普段の生活で知らず知らずにトンデモないことをしているが、外国人からどうこう言われる筋合いはない。日本人が日本国内で誰を別嬪(べっぴん)と判断するかは日本人の勝手だし、どのラーメンを「天下一」と評するかも我々の自由である。日本語には「手前味噌」という表現があるくらい、個人や社会の評価には眉唾物が混じっているものだ。したがって、西歐系アメリカが西歐文明を世界一優れていると評しても構わないし、北歐のアーリア人が最も美しいと公言しようが彼らの勝手で、そんな戯言(ざれごと)は「手前味噌」となる。ゲルマン人が金髪碧眼を最高美と判定したからといって、日本人がそれに盲従する必要は無く、「そうだね」と褒めてやればいいじゃないか。これに猛反発する日本人には、心の奥底に押さえつけられない「嫉妬心」があるのだろう。自分でも気付いていないんだから重症だ。

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(左: 西歐系のモデル  / 中央: 女優のテレサ・パーマー /  右: モデルの森絵梨佳)

  一口に「白人至上主義」といっても、どの種類の白人を「最高」としているのか判らない。様々なヨーロッパ人が混在するアメリカ社会では、イングランドやドイツ出身の西歐系白人ばかりでなく、ブルガリアとかルーマニア、クロアチア、マケドニアなどからの二級白人でさえも「最高の人種」になってしまうのだ。第19世紀や第20世紀前半の頃だと、アイリス系移民は碌でなしの「白い黒ん坊」と蔑まれたし、南部イタリア移民は白人の部類に入れてもらえなかった。シチリアからのイタリア人なんてムーア人やアラブ人あるいはユダヤ人との混血かも知れないから、とても同じヨーロッパ人とは思えない。南歐のギリシア移民だって「対等な白人」じゃなかった。近代のギリシア人などトルコ人の類似品みたいな容姿で、むさ苦しい貧民というのが一般的な印象だったという。ロシアからのスラヴ系移民など農奴と一緒で、とても英国系アメリカ人と共存できる白人じゃなかった。ところが、現在はみんな「白人」という共通項で「白人至上主義団体」に加入できるのだ。出身国では惨めな生活を送っていた東歐移民でも、その孫は米国で「一等国民」を自称できるんだから大したものである。英国ではいくら白い肌をしていても、労働者だと下層階級と見なされ、「オレは高級な人種だ」なんて口にできない。明確な階級制度がない米国だからこそ、白人という漠然とした理由で威張ることができるのだ。

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(左: 米国のアイリス系国民  / 右: イタリア系移民の子供たち )

  ところが、テレビ漬けになっている日本人には、別の考え方が理解できない。こんなに「ゆる~い」枠組みなのに、下劣な白人どもが騒いでいる映像を目にすると、何の検証もせずにメディアの主張を鵜呑みにする。街頭に出て怒鳴り合っている連中は、失うものが何も無い単細胞の下層白人だ。財産と教養を持つ高級白人はテレビ画面に現れない。自分の生活を維持するだけの資産を持ち、幸せな白人世界に住んでいる上流階級が、自ら進んで社会的地位を捨てる訳がないし、出る必要性も無いから、厄介事には係わらないのも当然だ。また、白人団体に高学歴者が少ないのは、大学で左翼教育が徹底しているからである。有名大学に通う二十歳前後の若者が、老練な左翼教授の嘘や偽善を見抜き、堂々と反駁を加えることなど滅多に無い。優等生ほど従順だから、教えられた通りの「弟子」になるのが通常だ。

  日本でも同じで、裁判官や検事、弁護士を目指す学生は、左翼教授の護憲論を叩き込まれ、卒業してもマッカーサー憲法を金科玉条とし、廃憲論者を「右翼」とか「無知蒙昧の輩」と蔑む。ちょっと前までは、「テレビはNHK、新聞は朝日」というのがインテリ家庭の信条だった。今では笑ってしまうが、思考能力の乏しい試験秀才は、解らないことがあれは前例重視、権威者の意見は絶対、と信じていた。以前、東大附属病院からの医者という触れ込みで、片田舎の医院を営む詐欺師がいた。このクリニックに通う老人たちは、「偉い先生に診てもらって有り難い」と感謝していたそうだ。「東大」の響きを聞く庶民は、もうそれだけで平伏していたのである。だから、適当な診察を受けても疑念を持たなかったし、その詐欺師も一般人の心理を熟知していたので、有名大学の看板を存分に使っていたのだ。

  日本人は米国のマスメディアで、どんな者たちが白人運動を非難しているか、に目を向けなければならない。「メルティング・ポット」を提唱したイスラエル・ザングウィル(Israel Zangwill)や公民権運動を推進したユダヤ人法律家を想い出せばピンとくるはずだ。「白人至上主義者」を憎むユダヤ人プロデューサーが、評論家の口を通して「みなさ~ん、あの集団は下品で暴力的な連中なんですよぉ~」と宣伝すれば、ポップコーンを食べながら観ている白人は、「あら、嫌ねぇ~。私は違うわ!」と身構えてしまう。高学歴の白人視聴者ならもっと拒絶反応が強く、「なんだ、あのクズども」と侮蔑するはずだ。大衆操作のコツは、対象となる人々の感情に訴え、自ら頭を切り換えるように促す事にある。自分で考えた結果だと思い込めば、一般人はその「意見」に確信を持つし、容易に変えようとはしないのだ。心理操作には日本人も苦い経験があるだろう。ここでは長くなるから説明できないが、第二次大戦中、英国は『是でも武士か(The Ignoble Warrior)』というロバートソン・スコットの手による宣伝本に丸め込まれたことがある。イギリス人はそれとなく我が軍の将兵に宣伝戦を仕掛け、「残虐なドイツ人」というイメージを埋め込むことに成功した。イギリス人にしたら日本人など赤児同然で、簡単に操ることができる。ユダヤ人はイギリス人より狡猾だから、謀略戦や心理戦に関して日本人は太刀打ちできない。対抗できるのは極悪人のロシア人や支那人くらいだ。

  日本は江戸時代から高度な大衆社会だから、イメージ操作に引っ掛かりやすい。冷静に考えれば解りそうなものだが、マスコミから巧妙な映像を見せられたり、雰囲気を盛り上げるBGMを流されると、コロっと騙されてしまう。テレビ時代の洗脳から逃れるには、歴史的経緯を勉強するのが一つの方法である。過去の流れを通して見てみれば、「どうして自分の社会が変化したのか」と疑問に思えてくるし、評論家の意見を拝聴しても「何か現実とはかけ離れている」と気付くものだ。ある結婚詐欺師の手口は滑稽で解りやすい。女性を騙してお金をむしり取ろうとした男は、大病院の医者と称して、いつも白衣を着て彼女に接していたという。でも、デート場所にまで白衣で現れるなんておかしい。しかし、この詐欺師を信じ切っている女性は、その白衣姿を疑わなかったそうだ。彼には国際線パイロットというバージョンもあって、カモの女性が待つバーには、いつも制服姿で現れた。でも、いくらパイロットだって、私生活のデートなら制服を脱ぐだろう。ちょっと考えれば「おかしい」と解るのに、頭から信じている女性には無理だった。パイロットはいつも制服に身を包んでいる、という固定観念をもっているから騙されていることに気付かない。まぁ、騙されたくなかったら、物事を柔軟な思考を持ち、世間の常識で判断すべきだ。

  次回につづく。



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