無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

アメリカ合衆国

ケネディー大使の刺青とマルクス主義

左翼メディアが推進するモラル破壊

  いつ頃か知らぬ間に刺青(入れ墨/tattoo)をしている藝人が増えた。日本ではまだそれほど増加していないが、欧米では一般人でも彫っている者が多い。江戸時代なら罪人への刑罰として入れ墨を彫ったが、今はファッションとして彫る者がいるのだ。一昔前なら犯罪者かチンピラ、ヤクザ者くらいが、“シャバ”の堅気衆と違うことを示す象徴であった。

  中学生くらいだと、偉い人だって刺青を彫っていた、と言うかも知れない。人気時代劇の「遠山の金さん」で北町奉行の遠山景元(金四郎)が、お白洲で肩や胸に彫った桜吹雪の入れ墨を見せるのは嘘で、これは根拠のない講談師の作り話。(ちなみに罪人の前で判決を下すシーンも嘘。金さんの顔を見ても気づかぬ下手人なら、刺青を見ても知らぬフリをすればいいのに。日本の犯罪者は意外と正直で素直。ちょっと笑ってしまう。)江戸時代は、博徒や鳶(とび)職、火消し、飛脚などが入れ墨を彫っていた。「武家彫り」をしている侍もいたが、これは少数派であろう。佐渡帰りの前科者みたいで格好悪い。明治時代になると禁止されたが、それでも彫る者もいたらしい。「入れ墨の又さん」こと小泉又次郎は入れ墨をもつ逓信大臣として有名で、鳶職時代に彫ったそうだ。変わり者と呼ばれた小泉純一郎首相の祖父も変人だった。

  アメリカのミュージシャンで入れ墨を彫っている者はとても多いが、1980年代くらいまでは少なかったと思うのだが、確信をもって言えないので断定できない。しかし、筆者の記憶ではメタリカやアイアン・メイデン、ヴィンス・ニール(モトリー・クルー)、リタ・フォード(元ラナウェイズ)なども80年代の頃は彫っていなかったと思う。やはり90年代になってから目立ち始めてきたのではないか。ピュー・リサーチ・センターの調査によれば、18歳から29歳までのアメリカ人のうち、38パーセントが刺青を彫っていると答え、30歳から45歳の層では38パーセントが彫っているという。(Millenials Confident. Connected. Open to Change. Pew Research Center, February 2010, p.57) 普通の生活を営む一般家庭では、子供が入れ墨を彫ったりしたら、家族中が大騒ぎとなるし、友人や教師だって仰天してしまうだろう。入れ墨などはギャングや荒くれ者といった無法者や、社会の底辺で棲息する下層階級のクズが入れるものであった。

マス・メディアによる洗脳

  1990年代頃からだと思うが、有名人が段々と刺青を彫るようになってきた。可愛らしい子役であったドリュー・バリモア(『ET』に出演)やリンジー・ローハン(『フォーチュン・クッキー』がヒット)はいかがわしい芸能界で成長したため、酒や麻薬に溺れる生活を送る羽目になったらしい。そこでついでに刺青を彫ることとなった。他の有名女優も彫っている。スカーレット・ヨハンソン(映画『アヴェンジャーズ』)やヘイデン・パネッティア(TVドラマ『ヒーローズ』でチアリーダー役)、マイリー・サイラス(『ハンナ・モンタナ』に出演した人気歌手)なども彫っている。意外なのは、英国女優のヘレン・ミレン(『RED』に出演)が右手に刺青をしていることだ。彼女はロシア貴族の父とイギリス人の母との間に生まれ、シェイクスピア劇でキャリアを積んだ名女優である。(ちなみに彼女の祖父ピョートル・ミロノフ大佐は日露戦争で我が国と戦った。) テレビ・シリーズ『エリザベス1世』と映画『エリザベス2世(The Queen)』で女王役を演じたミレンは、大英帝国勲章(Order of the British Empire)を授与されたのである。それゆえ「ダーム(Dame)ヘレン」と呼ばれるのだ。叙勲されてエレガントな印象を醸し出すこの女優は、「今となって本当に嫌だわ。ショックを受けている」と語っている。彼女が朝の情報番組『グッド・モーニンク・アメリカ』で語ったところによれば、意識がなくなるほど酔っぱらったときに彫ってしまったものらしい。(Larry Mcshane, Helen Mirren 'disgusted ' by tattoo on her thumb, which she got when 'very drunk', New York Daily News, January 23,. 2010)

  社会的地位の高い人々の間ではタトゥー(刺青)はタブー(禁止)だ。第19世紀だと上流社会でも面白がって刺青を彫る貴族や紳士がいたが、やがてそうしたことは忌み嫌われるようになって、犯罪者や暴走族がするものと見なされるようになった。ケネディー家はアメリカ貴族のように扱われており、日本でも人気が高い。ジョン・F・ケネディー大統領の長女キャロライン・ケネディーは日本駐在の米国大使となり、我が国のマスメディアは大はしゃぎで彼女のフッションや家系を取りあげた。しかし、彼女の腕に彫ってある刺青には触れなかった。むかし彼女は弟のジョン・F・Jr.やいとこのエドワード・ケネディーJr.らと共に香港を訪れたときに、遊びで刺青を彫ることにした。パーラーで彼女が刺青を入れた後、ジョンとエドワードの番になったが、臆病風に吹かれてとうとう彫らなかった。(Melissa Jane Kronfeld, Whaddya Know About Tat, New York Post, December 9, 2008) キャロラインは後に刺青を消したかどうか分からない。今でもそのままかも知れない。でも上院議員に出馬しようとしたときには後悔したらしいから、やはり若気の至りはちと痛い。

  常識がどんどん変化・退化するのが現代なのは仕方ないのかも知れぬ。ミス・アメリカ大会でも問題が起こった。ミス・カンザスのテレサ・ヴァイル(Theresa Vail)が水着審査の時に、右脇腹の刺青を披露したのである。彼女はカンザス州立大学の学生で、17歳の時に陸軍州兵(Army National Guard)へ志願した白人美女である。M16ライフルの射撃やアーチェリーが特技なのはいいが、なにも美しい体に文字の刺青をほらなくったっていいじゃないか、と我々なら思ってしまう。しかし、彼女は「自分の刺青を披露することで人々を勇気づけたかった」と語る。(Kevin Dolak, Miss Kansas Theresa Vail: Tattooed Soldier, Opera Singer Breaks Miss America Stereotypes, abc News, September 12, 2013) つまり、彼女は型にはまった美女コンテストに、新たな穴を開けて外気を入れたかったと言うことだ。反省して後悔するどころか、自慢しているのだ。それでも、彼女は自分を「保守派」だと称し、「刺青はもはやタブーではない」とも語っている。(Amy Kuperinsky, Miss Kansas interview : Theresa Vail is more than just her tattoos, New Jersey.com, September 12, 2013) カンザス州のような中西部の田舎では、まだ保守的な白人層が存在するけれども、テレサのように保守的な家庭の娘にも左翼思想が浸透しているのである。もちろん本人にその自覚はない。

  そうした左翼思想の浸透は娯楽産業やマスメディアが汚染源となっているのだ。なんと少女らに人気のバービー人形にも刺青バージョンがあるのだ。(Christina Cheddar Berk, Tattooed Barbie Sparks Controversy, Media Frenzy, CNBC, October 21, 2011)マテル社のロング・セラー人形で、以前は慎ましやかで優雅なヨーロッパ婦人をモデルにしていたのである。白人の少女が憧れる女性像を提供していたのに、いまや風俗街の「ズベ公」か中南米の立ちんぼ娼婦みたいになっている。日本から影響を受けた米国トギドキ社が、こんな背中に龍を彫った人形を発売するのだ。これではヤクザの情婦と同じではないか。いわゆる「バッド・ガール」シリーズの一つであろうが、下品な黒人や南米人のファッションを取り入れて、顧客の拡大を狙ったのであろう。白人の子供だけでは利益が上がらないから、もっと顧客層を広げる必要があったのではないか。利益優先の商品開発はしょうがないのかも知れないが、今回が初めての騒動ではなかったのである。1999年には刺青シール附きの人形が発売になって物議を醸したこともあった。(Daniel Prendergast and Tracy Connor, Barbie dons new 'punk' look: Mattel defines doll as parents take aim at tattoos and bad-girl image, October 22, 2011)

  刺青バービーだけではなく、他の商品も宣伝に刺青を挿入しているのだ。たとえば、有名な靴メーカーのコンヴァース(Converse)社は、刺青絵柄のチャック・テイラー・スニーカーを販売したのである。自動車メーカーのドッヂ(Dodge)社は「カリバー」を発売するさいに、バンパーに刺青マークを貼り付けていた。タバコ会社のキャメルは刺青デザイナーのスコット・キャンベルを登用したのである。「クール」な印象を消費者にアピールするつもりだったらしい。(Azam Ahmed, Tattoo art flows into mainstream ads, Chicago Tribune, March 8, 2007)ゼニ儲けになれば何でもやるのが、現代のモラル無きアメリカなのである。1960年代まではこうした非常識な製品を発売したら、すぐに社会問題になって経営陣は土下座する羽目になったであろう。それくらい当時のアメリカ人は道徳を重視していたのである。

刺青を後悔する人々

  気軽に刺青を彫ってしまう若者は、就職するときに悲しむこととなる。ブリテン社会学協会(British Sociological Association)の年次会合で、セント・アンドリューズ大学のアンドリュー・ティミング博士(Dr. Andrew Timming)は、刺青は就職率を下げる要因になると語った。(Tattos reduce chances of getting a job, new resarch says, Phys.org September 4, 2013)博士は企業経営者にインタヴューして、刺青をもつ人物を雇うかどうか尋ねたそうだ。ホテルや銀行、市評議会、刑務所、大学、本屋などの経営者に聞いてみたところ、刺青は“汚点(stigma)”としか見られていなかったのである。ある女性経営者は「刺青はその人を醜くする」と語っていた。別の男性経営者は「無意識的にその人物を雇うことを避けてしまう」と打ち明けた。また別の男性経営者は「刺青がある雇用応募者が面談室を出たとき、面接官等が最初に話題にするのがその応募者の刺青だ」という。経営者らは顧客がどう思うかを考えてしまうので、雇うのをためらってしまうそうだ。服の下に隠れている刺青ならまだしも、顔や首、腕、手の甲などの人目につく部分を見たら、顧客が「おぞましい」「むかつく」「芳(かんば)しくない」「だらしない」と思ってしまうからだ。ある女性経営者は「人々は第一印象で判断します。もしお客がドアを開けて入店したとき、店員の拳銃やナイフの刺青を見たら、お客は不快感を抱くでしょう」と現実を語っている。確かに、刺青を彫った人物は良い印象を他人に与えない。首の後ろに蜘蛛の巣を入れたり、人が吊された絵柄や涙顔、死をイメージしたもの、殺人に関したもの、性的な図柄、麻薬や人種に関連したもの、などを見れば普通の人は嫌な感じを受けてしまう。(Brian Amble, Tattoo Taboo: what employers think about ink, Management-Issues, September 4, 2013)とくに社会的地位の高い客や中高年の購買層に対して、店の経営者は神経をとがらせるから尚更である。

  ドラマで描かれる架空の物語と違って現実は厳しい。だから刺青を彫ったことを後悔する人も多いのだ。若い頃の軽率さを悔いて、レーザーで刺青を消そうとする中流階級の女性も多いのである。ブリテン皮膚科学会(British Association of Dermatologists)によれば、刺青を彫った人の3分1が後悔しているらしい。苦痛を伴う刺青除去を一回50ポンドないし300ポンドかけて行おうとする人が結構いるそうだ。ステイシー・パーカーさんは若い頃、軽い気持ちで彫ってしまったが、30歳代になると自分の刺青が恥ずかしくなったという。結婚して子供ができ、仕事でもキャリアを積もうとしているのに、刺青がどうしても気になる。いつもカーディガンを羽織らねばならぬ生活が嫌なのだ。母親として子供には見せたくないという。(Lorraine Fisher, The middle class women desperate to erase youthful indiscretions, and the sheer agony they endure to laser away trashy tattoos, Daily Mail, 21 August 2014)  

  このように刺青は人生の汚点、すなわち体につくる恥部となっているのに、映画やメディアなどでは刺青文化が格好いい(cool)だとされるのは何故か。それは文化マルクス主義(cultural Marxism)の左翼分子が、マス・メディアや映画界、音楽業界に潜んでいるからである。とくに映画界のユダヤ人監督や脚本家、演出家などには左翼が多く、キリスト教に基づく伝統的西歐社会を憎んでいる。躾がしっかりしていて、道徳が身に付いている良家の子女が嫌いなのだ。ユダヤ人社会には、ふしだらで世俗の欲にどっぷり漬かった左翼リベラル思考の親が沢山いる。こうした下劣な親に育てられたユダヤ人青年が、映像業界や音楽業界で活躍すると、倫理に縛られないむき出しの欲望を表現するのだ。躾の良い家庭の娘だって、女優として映画業界に入ってくれば、ユダヤ人の制作者が“アバズレ”女に変えて商品化してしまう。貞淑な白人娘が人前で乳房を出しても、演技派女優と宣伝してもらえば、恥ずかしいとは思わない。貞操観念を侮蔑するユダヤ人は、健全な白人家庭の娘を淫売女優にてし喜んでいる。ゴロツキまがいのユダヤ人によって弄ばれた白人娘にとって、肌を汚す刺青くらい何てこと無いのである。ただし実家の両親は泣いているが。

  ソ連の崩壊で共産主義が消滅したと思うのは間違いだ。西歐キリスト教社会を憎んだユダヤ人マルキストはしぶとく生きている。暴力革命で政府を乗っ取ろうとした共産主義者は、今となってはもう力がない。政治マルキストの衰退である。民間企業を国有化して社会主義経済体制をつくろうとする者もいなくなってしまった。経済マルキストも弱体化してしまったのである。しかし、社会道徳を攻撃し、人々の倫理観を腐敗させようと狙う文化マルキストは健在である。社会の基礎である倫理・道徳・家族を破壊することで、共産主義世界を実現しようとする左翼分子が、まだあちこちで元気に動いているのだ。米国では隠れ共産主義者のオバマが大統領になったし、日本では菅直人が首相になったではないか。菅やオバマのような「とぼけ顔」の共産主義者は、既存の政治体制を内部から食いちぎって崩壊させようとする。組織や制度を合法的に利用して、社会を腐食させるのだ。この種のマルキストが一番厄介である。

  刺青など個人の趣味くらいに考えている日本人は多い。だが、刺青を気軽に彫ることで悪い仲間と交際したり、就職できずに低所得者になってしまうことに気づかない。共産主義者は堅実な家庭を壊して、革命の闘士になるような若者を増やしたいのだ。倫理的な人物や敬虔な家庭など彼らの敵である。社会に不満をもつようにふしだらな生活をさせ、下層階級に転落させることが革命への下拵(したごしら)えである。もう一度ゲバ棒を振り上げ火焔瓶を投げるような若者を獲得するには、不道徳で自暴自棄な人生を送る青年を増やすことである。ヤクザが麻薬中毒者を増やすために、タダで大麻を若者に勧めるだろう。親切なオッさんではない。「大麻なんてタバコと同じさ」とチンピラが大学生に囁き、大麻漬けになったら次に覚醒剤やヘロインを無料で与えるのだ。こうした手口は共産主義者とそっくりである。札付き左翼がつくる映画やドラマを子供に許している親は、こうした恐ろしい連中のことを知らないのだ。しみじみ思うのだが、学校では本当に必要な教育が施されない。気づいたときには遅かった、という悲劇がじつに多いのだ。
  



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日本人が人肉を? アンジェリーナ・ジョリーの背後には・・・

反日映画の舞台裏

  アンジェリーナ・ジョリーが監督を務めた『アンブロークン(Unbroken)』が話題を集めている。映画の内容はつまらないが、原作の小説が問題視されている。ローラ・ヒレンブランド(Laura Hillenbrand)は、日本の軍人が人肉を食べ.る風習をもつと描いているそうだ。筆者は原作を読んでいないので新聞報道だけの知識である。日本人なら馬鹿らしくて付き合っていられないが、欧米の一般人は実話だと思ってしまうだろう。日本人が否定すれば、尚更彼らの疑いが深まり、日本人が真実を隠蔽していると考えてしまうのだ。

  日本の一般国民はすぐ監督のアンジェリーナ・ジョリーを責めるが、そんなことをすれば余計に自体を悪化させてしまうだろう。欧米のメディアはアジア人顔の日本人が、世界的に有名な美人女優にイチャモンをつけていると報じるからだ。マス・メディアは歴史の真実などに興味がない。日本人はアンジーの周囲や背後で誰が暗躍したのかを突き止めるべきである。彼女が歴史の知識を持っているはずがなく、親しい誰かがショッキングな場面や逸話を入れれば、映画が面白くなると助言したのではないか。歳を取れば女優としての価値が低下すると計算しているアンジーは、ハリウッドのユダヤ人や批評家たちに称賛される映画を作りたいだけだ。才能のない女優が監督として成功するには、ユダヤ人や投資家に媚びるしかない。

  欧米のマスコミは日本で『アンブロークン』批判が巻き起こるや、さっそく記事を掲載し始めた。我々が注目すべき人物は、日本兵が捕虜を食べたとする証拠がある、と公言しているミンディー・コトラー(Mindy Kotler) である。この女はアジア・ポリシー・ポイント(Asia Policy Point)を創設し、その責任者に就いていた。コトラーは日本に対して戦争責任を追求する活動家で、慰安婦問題でも米国下院のマイク・ホンダ議員と共に、議会で証言者になっていた。彼女にはおそらく支那人の手が回っており、支那にも招待されている。安倍晋三首相の靖国参拝を批判しているし、支那人外交官も彼女を支援しているのだ。

  このコトラーは支那の利益を間接的に擁護することで、組織の資金を得ていたのかも知れない。ガーディアン紙が日本兵の食人風習について彼女に尋ねた。するとコトラーは、日本軍が戦争捕虜を虐待したり、拷問を加えた事を示す文書がたくさんある、と述べている。それに、日本人が同胞と捕虜を食べたとする法医学的証拠(forensic evidence)や目撃証言がたっぷりある、と答えている。(Ben Child, Angelina Jolie's Unbroken is racist,say Japanese nationalists, The Guardian, 9 December 2014) へぇー、是非その証拠を見てみたい。日本人に食われた遺体の検視報告書でもあるのか? 食人の目撃者とは誰だ? 反対尋問はあったのか? たんなる噂や悪口なら、歴史的事実にならない。だがコトラーのような人物は、組織存立のためなら嘘でも平気で、知的正直さ(intellectual honesty)をもたないから、感情論で逃げ切るだろう。本当は日本政府が彼女を徹底的に調査して、いかがわしい活動や人脈を暴露して破滅させるしかない。捏造垂れ流し専門の札付き左翼には、正々堂々とした議論は望めないのだ。

  欧米メディアが日本について報道するとき、日本人を否定的に扱った記事を掲載することがしばしばある。そんな時には、日本人あるいは日系人記者が協力者になっていたりするのだ。アメリカの国内政治を扱う白人の花形記者は日本語が分からないし、日本についても興味がない。そこで、欧米新聞社が日本人の腰巾着か小姓の記者、つまり有色人種枠で雇ってもらった下男下女に記事を書かせる。AP( the Associated Press)の影山優理・在京記者がそうした一人だ。英語が堪能な彼女は、大手メディアabc Newsに記事を掲載してもらえた。この手のジャーナリストは本当に教養がない、というか一体普段どんな勉強をしているのか、疑問に思うくらい無知である。アンジェリーナ・ジョリーの映画に対する日本の反応を取材するのに、一般国民にはほとんど知られていない竹内睦泰(たけうちむつひろ)という古神道神主兼予備校講師にインタヴューしているのだ。保守論壇を知っている国民でも「この竹内氏は誰?」と尋ねたくなる。彼は日本歴史文化研究機構を主宰しているそうだが、なぜ影山記者が竹内氏を選んだのか分からない。『WiLL』や『正論』の編集部に電話して誰か適当な学者を紹介してもらえばよかったのに、そうしなかったのは影山氏が妙な日本史観をもっているからだろう。(もっとも真実を書いたら、結果として日本の擁護になってしまうので、衝撃的記事にならず、編集部でボツにされてしまうだろう。)

  彼女は記事の中で、日本で反感が沸き起こった『コーヴ』(日本の漁師がイルカを殺すところを盗み撮りしたドキュメンタリー風の映画)に言及している。つまり影山記者は、日本の恥部を暴露した映画が、日本人の逆鱗に触れて上映中止となったことを欧米人に伝えたいのだ。そして彼女は、記事の中立を保つ振りをしながら、記事の最後に、日本人がアジア諸国の植民地化や、帝国陸軍の侵掠を深刻に考えないことを挙げるのだ。たとえば彼女は、「日本の政治家が南京大虐殺の30万人を誇大な死亡者数と主張する」と紹介している。それに、朝鮮人などのアジア女性を日本軍が強制的に性奴隷にしたのに、それを「慰安婦」という婉曲的表現をもちいているし、「性奴隷」という用語に反対する者が日本にいる、と書いて筆を置いている。(Yuri Kageyama, 'Unbroken' May Be Broken in Japan, Still Divided Over War, abc News, December 12, 2014) まったく悪質な記事である。こういう日本人記者は雇い主に気に入ってもらうため、日本をことさら貶める記事を書く。あるいは元々左翼思考をもっているため喜んで日本の悪口を書く奴までいるのだ。しかも、彼らが日本で取材するときは、無名に近い怪しい日本人と札付きの左翼分子を尋ねるのである。だから日本人がこうした偏向記事を読むと、あまりにも無知で固めた取材と感じてしまう。残念なことに、英文で記事を書くジャーナリストには、保守派がほぼゼロに近いのである。

  今回の騒動の根は意外にも深い。『アンブロークン』は元オリンピック選手のルイス・ザヘンペリーニの生涯を描いた映画だが、制作者や配給会社に問題があるのだ。プロデューサーには大物のマイケル・ベアー(Michael Baer)がいて、彼はハリウッドの同業者と共に、イスラエルを訪問するほどのユダヤ人贔屓である。(彼はユダヤ系アメリカ人かもしれない。)別のプロデューサーであるエルウィン・ストフ(Erwin Stoff)はユダヤ系アメリカ人だ。それに演出家にはあの有名なコーエン兄弟がいる。ジョエル(Joel David Coen)とイーサン(Ethan Jesse Coen)はハリウッドのユダヤ人である。日本人でも、ヒット作『ファーゴ』や『ノーカントリー』を観たことがある者も多いだろう。ユダヤ人が牛耳るハリウッドでは、ナチ・ドイツと大日本帝國は悪魔である。だから、どんなに極悪人に描いても構わない。ユダヤ人を迫害したナチスとその同盟者日本は、不倶戴天の敵である。ハリウッド映画では実話に嘘を混ぜても非難されない。

ユダヤ人称賛の映画

  ハリウッド世界でアンジェリーナ・ジョリーがユダヤ人に媚びていても不思議ではない。夫のブラッド・ピットを見れば分かる。彼はクウェンティン・タランティーノ(Quentin Tarantino)監督作品『イングローリアス・バスターズ(Inglourious Basterds)』に出演していたのだ。しかも、彼は快諾して出演したのである。この映画は正常な西欧人や日本人が観れば、胸のあたりが気持ち悪くなる下劣な作品だ。それもそのはず。製作会社はワインシュタイン・カンパニーで、ボブとハーベイ・ワインシュタイン兄弟(Bob & Harvey Weinstein)の会社である。彼らはハリウッドで有名なユダヤ人プロデューサーである。いかにも育ちの悪いユダヤ人で、ヨーロッパ人の紳士がもつ品格や教養のかけらもない兄弟である。日本人女性が、彼らの毛深い胸と中東アジア人的容姿をみたら背筋が寒くなるだろう。

  映画のストーリーを簡単に述べる。第二次世界大戦中のドイツが舞台で、合衆国陸軍中尉のアルド・レイン(ブラッド・ピット)が8名から成るナチス抹殺部隊を率いて、ドイツ軍人を殺しまくるのだ。テネシー出身のレイン中尉には、アパッチ族の血が流れていることから、“アパッチ(the Apache)”の渾名がついている。(主役はいつも西歐系ハンサム俳優にするユダヤ人。)ドイツ兵を捕まえては片っ端から殺すレイン中尉は、部隊の者それぞれがドイツ人100人を捕らえて、その頭の皮を剥ぐよう言いつける。インディアンの血を引くレインという設定から、タランティーノは皮剥を描いたらしい。(インディアンの血をひくイタリア系米国人のタランティーノ自身を投影している)レイン中尉は捕まえたドイツ人の一人を選び、その額にハーケン・クロイツをナイフで刻む。そして彼だけ殺さずに逃がすのだ。それは彼が仲間のところに戻って、他のドイツ人に恐怖の「バスターズ」話を広めるためであった。

  部隊にはユダヤ人のドニー・ドノウィッツがいて、「ユダヤ人の熊(Bear Jew)」の異名をもつ。ドニーはいかにも下品なユダヤ顔をしていて、ドイツ人を捕まえては野球バットで撲殺するのである。ドニー役のエリ・ロス(Eli Ross/ユダヤ人役者)はその映画を「ユダヤ流ポルノ(kosher porn)」と呼んでいる。彼はユダヤ人レポーターのジェフリー・ゴールドバークに語っている。「ドイツ人を死ぬまで殴打する性的満足が深いんだ。つまりオルガニズムを感じんるんだな。」と述べたのだ。(Jeffrey Gol;dberg, Hollywood's Jewish Avenger, The Atlantic, September 1, 2009) ロスは「死ぬまでナチどもを殴るのがオレの性格なんだよ。それを一日中でも観てられるんだ。オレの両親はホロコースト教育にとても関心が高いんだ。祖父母はポーランドやロシア、オーストリアから逃れてきたんだが、その親戚はダメだったんだ。」ユダヤ系アメリカ人には西欧紳士としての品格などひとかけらもないのである。ドイツ軍人とは正規兵であり、アメリカ軍人は名誉をもって闘わねばならぬ事が、ユダヤ人には分からないのだ。人種的にはドイツ人に近い欧米系アメリカ白人が、こんな下劣な殺戮映像を喜んでみているのだ。無意識のうちに自分がユダヤ人に成っていることに気づかない。映画とは恐ろしい洗脳器具である。

  映画中にはもう一人重要なキャラクターが登場する。フランスの美人女優メラニー・ロラン(Mélanie Laurent)扮するショシャナ・ドレフュスである。1941年にユダヤ人狩りを行うナチス親衛隊のハンス・ランダ大佐は、彼女の家族を皆殺しにしてしまう。ユダヤ人家族がフランスの片田舎で酪農を営んでいる設定は少々滑稽だが、タランティーノ監督はユダヤ人のイメージを良くしたかったのだろう。フランスのユダヤ人なら農業よりも、都会で商人か職人の設定が自然だろう。でも、悲劇のユダヤ娘が金髪で青い目をした美女とは。黒髪で陰鬱な顔したブスが普通だろう。(ロランはユダヤ系フランス人) しかも、パリで映画館を営む彼女は黒人の恋人をもつ設定なのだ。えぇぇ。あのー。もう、呆れて声が出ない。今だってユダヤ人女が黒人と交際するなんて有り得ないのに、1940年代に若いユダヤ人女性が付き合うわけないだろう。ユダヤ人社会では黒人なんかアフリカ産の獣(けだもの)である。ユダヤ人観客と映画界のお偉方に媚びたのかも知れない。最終的に彼女は映画館に放火して、館内のドイツ軍人を生きたまま焼き殺すのだ。米国や欧州のユダヤ人観客は拍手喝采する。白人客も釣られて拍手してしまう。

  ハリウッド映画では、ナチ高官といえば必ず冷酷な爬虫類みたいに描かれる。クリストフ・ウォルツ(Christoph Waltz)が演じるハンス・ランダ大佐は、如何にも冷酷で計算高い知能犯という設定だ。ユダヤ人がどのように行動するかを性格に推測し、逃げようとするユダヤ人を捕まえてしまうのだ。こうしたナチ高官は最後には、祖国を裏切って仲間をレイン中尉に売り渡す取引をするのだ。自分だけは助かろうとするランダ大佐を卑怯者にする設定である。しかし結局、レイン中尉はバスターズ隊のウティヴィチに彼の頭の皮を剥ぐよう命じる。最後は大佐の額にハーケン・クロイツが刻まれ、大佐の悲鳴で映画は幕引きとなる。

  『イングローリアス・バスターズ』はユダヤ人がナチスに残酷でも痛快な復讐を果たす夢を叶えている。実際のユダヤ人はみじめで情けなかった。せめて映画の世界では勇敢で男らしい姿を示したい。現実は裕福なユダヤ人やシオニストが、お金で英米の政治家に頼み込んで、何とかユダヤ人難民を受け入れて貰うことで精一杯。アメリカ国民は薄汚い異民族が難民としてやって来るのに反対していた。こうした歴史をユダヤ人は闇に葬り、ナチの悪党を倒した英雄としてアメリカ兵を描く。するとアメリカの白人客は気分が良くなって、ユダヤ人は可哀想だ、反ユダヤ主義を許してはならない、と思い込んでしまう。米国では映画が歴史教科書である。一般のアメリカ人は書物で知識を得ない。大卒白人でも歴史知識がとても怪しいのである。

  ハリウッドの映画制作者が日本人を否定的に描くのは、ユダヤ人が支那人と深い関係にあることも理由のひとつである。日本ではあまり報道されていないが、両者は政治・経済・軍事・外交で結構仲がいい。ウォールストリートのユダヤ人ビジネスマンと支那共産党員が手を結んでいる。そこにイスラエルや米国シオニストも絡んでいるのだ。裏で手を組んでいるユダヤ指導の合衆国と共産支那に、日本は挟み撃ちにあっている。ナチを悪魔にしたいユダヤ人と、日本軍を米支共通の敵にしたい支那が、ハリウッド映画を使ってプロパガンダ戦を展開しているのである。この構図はいずれまた後で述べます。乞うご期待。



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