無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

アメリカ合衆国

オバマ夫人の隠したい過去 / 出来の悪い優等生の論文

2年生をスキップ

Michelle-Obama 8











  今年3月に米国からミシェル・オバマ大統領夫人が来日した。今まで日本を軽視していたのに、急に暇ができたのか、日本を訪問したくなったらしい。日本人より支那人に媚びたオバマ夫人は、亭主のバラクが来日する時、同伴せずに米国で夫を見送ったのだ。黒人ファースト・レディーには、これといった特別な興味が無いから、彼女が来ても来なくてもどうでもよい。人気者のキャロライン・ケネディー大使が活躍した方が、日本人は嬉しいのではないか。落ち目の亭主に代わって、安倍晋三首相と昭恵夫人に会い、ちょっとばかし御機嫌を取っておこうか、といった腹づもりなのかもしれない。普通の日本人なら、どんな素性か分からない黒人女より、イングランド王国の可愛らしいジョージ王子と美人のキャサリン妃を見たい。ミシェル夫人がどこを見学しようが自由だが、外務省の飯倉公館で日本人に説教を垂れたというから、ちょいと批判のひとつでもしたくなる。ミシェル夫人はどの面下げて演説したのか? 自分の過去を棚に上げて、日本人に対して「女子教育の重要性」を訴える、なんておこがましい。

  ミシエル夫人は米国で「Let Girl Learn(少女たちに学ばせよ)」というプロジェクトを熱心に進めているらしい。世界の後進国や貧乏国では、学校に通えない少女が6200万人いるそうで、彼女たちに勉強の機会を与えたいと訴えている。誰も反対しないだろうし、結構なことだ。しかし、日本人に訴えるミシェル夫人は、「もっと国連に金を出せ」とでも言いたいのか? アメリカ国内でも教育が不充分なのに、他国の少女を援助したり、日本人からお金をむしり取ろうとするとは言語道断。ミシェル夫人は日本を訪問するくらいなら、ワシントンの連邦議会に赴いて、合衆国政府によるイスラエルへの巨額な軍事支援を削減するよう提案したらどうだ? 数千億ドル減らして後進国にくれてやればいじゃないか。日本人は教育の大切さを黒人に言われなくても分かっている。それより、ミッシェル夫人はどうだったのか? 彼女は若い頃、黒人という立場で有名大学に入れたが、本当に猛勉強したのか? 日本人に堂々と語れる学生時代だったのか? 脳天気な日本人を騙せても、全ての日本人を騙すことはできないぞ。

Michelle Obama 5  ミシェル大統領夫人は1964年1月17日にミシェル・ラヴォーン・ロビンソン(Michelle LaVaughn Robinson)としてシカゴ生まれた。幼いミシェルは腐敗の都で育ち、兄クレイグとベッドルームを共有するなど、貧乏な長屋暮らしを送ったという。父親のフレイザーは市役所でポンプ係として勤務していた。たぶん下っ端の雑用係従だろう。勤勉な黒人労働者の娘ミッシェルは、学校の成績が良かったらしい。小学校に通った彼女はお利口さんだから2年生を飛ばして進級したという。(Katherine Skiba, Biographer tracks Michelle Obama from a Chicago youth to first black first lady, Chicago Tribune, March 22, 2015) こう聞けば誰でも「えっ ! 第二学年を飛び級か」と驚くだろう。

    しかし、早合点してはいけない。本当にミッシェルが神童だったからか? 怪しいぞ。黒人がいっぱいのシカゴの小学校で、はたしてまともな授業があったのか。中流家庭の白人が通うような小学校で、黒人のミッシェルが頭角を現したのなら、本当に賢い子供だったかもしれない。しかし、その話は鵜呑みにできない。人種隔離の残滓が残る1970年代で、黒人が通う公立学校だとすれば、どれくらいの教育水準だったのか疑問である。 当時の黒人児童の学力はかなり低かったのではないか? 貧困家庭の低脳児に合わせた学習内容だったから、ちょっとマシなミシェルが飛び級できたのかもしれない。つまり、授業内容があまりに幼稚だったから、二年生を抜かしても問題なかったのだろう。英語・算数・理科・社会の全てが低レベルの内容なら、ちょっと勉強すれはマスターできたのではないか? 成績の良い日本の小1でも、2年生を飛ばしていきなり3年生になったら、戸惑ってしまうだろう。とにかく当時の教科書を見てみたい。

  ミシェル夫人は高校でも優秀な生徒だったそうで、兄のクレイグに続いて名門プリンストン大学に進学した。彼女が専攻したのは、経済学とか物理学ではなく社会学で、しかもアフリカ系アメリカ人研究である。「ああ、民族研究ね」とうなづく日本人は事情通かも。米国の大学でアフリカ研究とか黒人学、ヒスパニック文化を専攻した学生の就職先なんてほとんどない。有色人種の不満や愚痴を研究した学生なんて、どの企業が欲しいと思うのか? こんな科目を取った学生が、どんな授業を受けるのかは容易に想像できる。民族学の教師は「教授」の肩書きを持っているが、その実態は大学勤務の左翼活動家と呼んだ方がよい。授業なんか学問とは呼べぬ代物だ。黒人学生が白人社会への怒りを論文に綴れば、花丸印の「大変よくできました」という判子を押して貰える。クズ黒人が集まる学科に白人学生などいない。そこは勉強が不得意な学生が、卒業証書を貰うための学部である。無事に卒業した黒人が学士(bachelor)様となっても、文句だけが得意のロクでなしは、有色人種の政治団体か黒人学校の教師にしかなれない。あとは有色人種優遇制度を利用して、人種平等の原理が建前の役所や、政府関係の民間企業に潜り込めればしめたもの。これを逃せば大卒の失業者だ。

Michelle obama 3  優秀な教授陣を揃えたプリンストン大学で、勉強熱心なはずのミシェルは何をしていたのか? ズバリ言えば左翼活動。ダメな黒人でも怨念を流暢に喋れば喝采を浴びる分野だ。膨大な資料を精査したり、論理的思考を磨く必要は無い。白人によって抑圧されたと叫んでいりゃ合格。ミシェルがドイツ語を習得してマックス・ウェバーの著作を読んだり、ヴィルフレド・パレート(Vilfred Pareto)やタルコット・パーソンズ(Talcott Parsons)の業績を学んだとは思えない。明らかなことは、彼女が第三世界センター(Third World Center/TWC)という極左集団に所属し、その役員会に名を連ねたことだ。この組織は、黒人の結束(Black Solidarity)を推進し、白人社会への憎悪を表明していた。案の定、講演会を開いた時、悪名高いマルキストのマニング・マラブル(Manning Marable)をゲストに招いたという。人種思想にこだわっていた組織のメンバーは、「キャンパスの白人学生は、自覚していなだけで、皆レイシストだ」と主張していた。しかし、そんなTWC役員もレイシストであったから矛盾している。1984年、彼らが会合を開いた時、非白人学生は白人学生を拒む権利があると言い出した。また、彼らは学部長に少数民族(つまり有色人学生)だけの会合を持ちたい、と要求していたのだ。(John Hurley, Black students ,university debate closed meeting policy, The Daily Princetonian, November 29, 1984) こんな要求は不当だろう。もし、白人学生が有色人を排除し、白人だけの会合を持ったら、黒人学生は賛成するのか? きっと大騒ぎして、反対の抗議デモを起こすのではないか。黒人なら人種主義を掲げても批判されないというのはおかしい。

  民衆扇動家だからしょうがないいが、黒人活動家は個々の黒人がだらしないことに目を瞑(つぶ)り、黒人を抑圧する白人社会が悪いと非難する。黒人はいくら能力があっでも、有色人種だから社会の要職に就けないのだ、と言いたいのであろう。自分たちの仲間を増やしたいTWCメンバーは、キャンパスにおける制度的人種差別(institutionalized racism)を取り上げ、大学の経営者側にもっと少数民族を入学させるよう圧力をかけた。調子に乗った彼らは、あろうことか少数民族の教授も増やせと要求したきた。つまり、プリンストン大学は人種差別に凝り固まっているから、有色人種の学生や教員を排除してきたのだ、と主張する。こんなのイチャモンだろう。まるでゴネ得を狙う労働組合の幹部と同じだ。ミシェル・ロビンソン(オバマ)の在籍当時、黒人教授はわずか五人だけ。南米系やプエル・トリコ系の教授はゼロ。でも、大学がどんな人物を雇おうが大学の自由じゃないか。白人教授ばかりでも、大抵の学生は困らないし、学問の質が落ちなければいいのだ。もし、有色人種に優秀な人材が多いのなら、黒人だらけの大学はとっくに名門校になっているはず。黒人が多数派のハワード大学は、未だに黒人のたまり場で、ちっとも一流大学になれない。それに、黒人生徒はスポーツや音楽には興味を示すが、数学や物理といった知的努力が求められる学科には進まない。やはり、黒人生徒ばかりが集まると、勉強しないから、白人学級に混ぜねばならぬ。白人生徒にとっては、迷惑千万な話しだが、黒人はそうでもしないと勉強しないのだ。彼らは自助努力が出来ない。黒人活動家は必ず、白人の名門校に黒人を無理矢理押しつける。そうすれば簡単に高い地位が手に入るからだ。自分たちで私塾をつくって、名門校にする発想がない。黒人に緒方洪庵や吉田松陰、福澤諭吉のような人物が現れないことが、彼らの劣等性を証明しているのだ。

文法的におかしい卒業論文

  ミシェル・オバマが優等生というのは神話だろう。彼女は黒人だから、有色人種優遇制度によって名門プリンストンに入学できたのだ。しかし、難関の有名校に潜り込めても、肉体が変化して白人になれるわけではない。今でも同じだろうが、当時のプリンストン大学も、裕福な白人学生が多かった。中流家庭の白人学生だって、せっかく一流大学に入ったのだから、友人には立派な人物を求める。下層階級の黒人とつきあって何の得があるというのか? それに、黒人学生は人種割当(quota)制度のお陰で大学に入学できたから、必死に勉強して入った白人学生の前では肩身が狭かった。ミシェルは白人学生からの侮蔑を受けたというから、彼女が白人社会を憎む気持ちは理解できる。しかし、左翼活動に没頭して、肝心の学問を疎かにしていたことは反省すべきだ。

michelle obama 1  ミシェルの卒業論文とはどんなものだったか? 当初、彼女の学位論文は固く閉ざされていたが、世間の圧力でようやく公開された。すると読んでびっくり。「なんだこれ」といったのが大方の感想である。卒業論文だから、社会学部で勉強した成果のはず。ところが、タイトルは「プリンストン大で教育された黒人と黒人社会(Princeton-Educated Blacks and the Black Community)」だって。おい、おい。こんなの左翼のアジビラじゃないか。しんぶん赤旗に載せる読者の投稿みたい。100ページにも満たない(実質60ページくらい)パンフレット程度の論文で、参考文献がたったの8冊。本文中に書物からの引用は10個もないのだ。内容はスカスカで文法の誤りがあちこちにある。しかも、文章が黒人英語のままだから、教養あるアメリカ人にとって理解しづらい。いつも話している黒人英語で書いたんじゃないか。彼女にとって普通の表現でも、学術論文としては不可だ。日本人の筆者が読んでもおかしい点に気付く。たとえば、イントロ部分からして変だ。

  ミシェルは第1章から混乱した文法を使っている。
    The Purpose of this study is to examine various attitudes of Black Princeton alumni in their present state and as they are perceived by the alumni to have changed over time.(p.1) 彼女が「they」で指しているのは、「attitudes(態度)」のつもりだろうが、一般のアメリカ人なら「alumni(卒業生)」を指しているように読めるから、意味が通じず、変な文章に思えてくる。ミシェルは代名詞の使い方が分かっていなかった。

  次に、彼女の文章は単語の語順がぎこちない。たとえば、「In years to come if their attitudes do change, is it possible・・・・」(p.1)は「If their attitudes do change in years to come, is it possible・・・・」と書き直した方が良い。ミシェルは読書の習慣を持たず、まともな本を読んだことがないのだろう。基本的な文章の書き方が分かっていないのだ。(という筆者も文章が拙いので他人のことは言えないが。えへへ。ご勘弁を。) 日本人は日本語文法を学ばなくても、何んとなく書けてしまう。しかし、英米人はちゃんと英文法を勉強するから、他人がおかしな文章を書くと、すぐ見抜いてしまうのだ。

  論文の最初から至る所に、へんてこな文章がある。「Will they feel any obligation as a member of the Black community to help other Black in particular who are less fortunate than themselves・・・」(p.2)では「in particular」が余計だ。ミシェルは「彼らは黒人社会の一員として、自分より恵まれない他の黒人を助けようとする義務を感じるのだろうか?」と言いたかったのであろう。だから「As a member of the Black community, will they feel any obligation to help other Blacks who are less fortunate than themselves・・・」と変えた方が良いのでは? 

  もう校正するのが嫌になってしまうが、もう一つだけ説明しよう。彼女は「This realization has presently, made my goals to actively utilize my resources to benefit the Black community more desirable.」と書くが、やはり読みづらい。「presently」は要らない。「It is more desirable for my goal to utilize my resources・・・」 とか「This realization has increased the desirability of my goal・・・」とかにすれば、もっとスッキリするだろう。彼女の論文を読み進むと、うんざりするくらい文法ミスに遭遇する。日本人だって鼻で笑ってしまう作文だ。内容(matter)と文体(manner)がとにかく酷い。ミシェルは学生時代に何冊学術書を読んだのか? もしかすると、黒人左翼のクズ本がほとんどだったりして。

  日本人の筆者がこんな風に、米国のファースト・レディーを批評したら、アメリカ人は嫌な顔をするだろう。しかし、人種主義で黒人を甘やかすことは、黒人のためにもならない。いくら黒人家庭が貧しくとも、今の米国社会なら、いくらでも勉強する機会を持てるのだ。もし、今の米国と幕末・明治の日本を比べてみれば分かる。有名な話しだが、貧しかった勝海舟は日蘭辞書を夜中に書き写して、二冊コピーを作った。一冊は自分で持ち、もう一冊を売ってお金を得たのである。一体何人のアメリカ黒人が辞書を書き写して勉強するのだろうか。黒人の学力が低いのは、社会のせいではなく、彼ら自身の怠惰が元兇なのだ。

Michelle obama 9 (左/バラクとミシェルの似たもの夫婦)

  公教育を向上させようと意欲を燃やすミシェル夫人だが、自分の過去は他人に誇れるのか? 彼女は優秀な子供だったと、アメリカの黒人たちは持て囃すが、実際のところ、アホな黒人生徒と比べて優秀だったのだろう。もし、白人生徒と一緒のクラスで、公平な成績評価を受けたら、凡庸な生徒か劣等生だったかもしれない。大学では左翼活動に夢中だったから、きちんとした学問を身につけぬまま卒業したのだろう。ハーバード・ロー・スクールに進んだが、本腰を入れて勉強したかは不明である。彼女は実力で就職したのか? シカゴ大学病院に雇われた時だって、地元地域の有色人種を世話する仕事だった。これは要するに黒人女性だから出来た仕事だろう。白人職員だと黒人とギクシャクするから、同じ肌をした女を選んだだけ。夫のバラクと同様に、黒人だから名門校に進学でき、就職だって黒人という点を強調したから可能だった。しかも、夫婦揃って反米のマルキスト。心の底から白人社会を憎んでいる。

  オバマ夫人が来日するのは、何らかの政治的目的があるからで、我々としては冷ややかに見ていればよかった。腹立たしいのは、テレビや新聞の報道が、みな提灯記事ばかりだったことにある。なんでいつも日本のマスコミは肝心な事情を報道しないのか。無教養の元左翼学生が、日本人に教育のことで説教しようなんて傲慢だろう。ミシェル夫人に過去を問う記者が誰もいないとは情けない。彼女の論文すら読んだことがないのだろう。夫のバラクがアメリカを心底憎むマルキスト、という事実さえ指摘しないのだから、日本人記者は何を取材しているのか。日本国民に伝えるのは、ゴマすり記事のオンパレードじゃ、インターネットに人気が出るのも当然だろう。未だに新聞購読料やNHK受信料を払っている国民は、もういい加減やめたらどうだ?

   

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星条旗の威光は重い

歴史を実感する建国の子孫

Old-Glory 1  現在の日本人は自国の国旗に崇敬の念を持たず、日本国籍でさえ簡単に外国人に配ってしまう。日本人とは日本人の両親から生まれた者であるから、普段の生活では自分が「何人なのか」とか「自分はいつから日本人なのか」といった疑問が湧かない。両親や祖父母、曾祖父母、遠いご先祖様が皆日本人であるため、改めて日本人であることを再確認する必要が無いのだろう。しかし、近年アジアから支那人や朝鮮人、フィリピン人、タイ人をはじめとする外人が多数流入し、帰化申請を行っている。ところが、彼らに日本への忠誠心があるのかどうかは審査されない。そもそも、日本語だって満足に出来ない者が多いのだ。書類を見ても読めなかったり、手紙一通書くことすら出来ないアジア人が、我が国の歴史をどうやって学ぶのか。彼らにとって、我が国の歴史は関係ない。我々の祖先が子孫のために背負った苦労に、深く感謝する気持ちは無い。劣等国から来た彼らは、たんに生活に便利だから、福祉が受けられる、税制で有利だから、という理由で日本国籍を取得するのだ。もっと悪いのは、日本政府がこうした利益目的の異邦人を排斥しないことである。日本は賃貸ビルでも雑居施設でもない。左翼思想に染まった政治家や官僚は、日本をテナントビル程度にしか考えていないのだ。我々にとって日本は、祖先の遺体で築かれた歴史的生成物である。祖先の肉体が土に還って我が国の大地となっているのだ。

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(絵/独立戦争時代のアメリカ)
  日本と國體が違うアメリカ合衆国ではあるが、かつては建国の民が堂々とその身分を誇ることができた。激戦の末に母国イングランドから独立した入植者は、特別な国家意識を持っていた。血と汗と涙を流して自分たちが勝ち取った独立と自由だから、みんなの共同体(共和国/レース・ププリカ)は神聖なものだった。ところが、月日が経つと東欧や南欧から続々と移民が入ってきたが、これらの移民はアングロ・サクソン系国民が継承する伝統を持たない。専制体制で隷属になれてしまった下層民には、自治能力も無ければ、独立精神も無い。自らの政治(デモクラシー)に対しての責任感も無い。独立戦争以前からの家系に属するアメリカ人は危機感を募らせた。

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(左:シンボルマーク/右:現在の「アメリカ革命の息子たち」メナンバー)
  独立百周年を迎える頃、独立をかけて戦った祖先たちの偉業を子孫が称えるようになり、彼らは亡くなった祖先の功績に強い関心を示すようになった。そんな中、ニューヨークの商人ジョン・オースティン・スティーヴンス(John Austin Stevens)は、1876年に独立戦争の退役軍人の男系子孫を大規模に組織化しようと試みた。しかし、彼はその目標を達成できず、それから7年後、ニューヨークからのイギリス軍撤退百周年を祝う祭典の前後に、ようやく実現することができたという。そのとき結成されたのが、「独立革命の息子たち(the Sons of the Revolution)」であった。ただ、この団体はその後内部対立により分裂してしまい、ウィリアム・マクドゥエル(William Osborn McDowell)が「アメリカ革命の息子たち(the Sons of the American Revolution)」という組織を作った。スティーヴンスの組織は、上流社会のメンバーから成るにピラミッド構造を目指しており、ダイナミックな活動を展開する集団ではなかったことが、分裂の原因だったようである。マクドゥエルはこうした消極的活動に満足せず、愛国的メンバーを全米から集め、広く民衆に呼びかけ、大規模な組織を結成したかったそうだ。そして彼は精力的に、アメリカ人の愛国精神を高めようと努力したのである。

  「アメリカ革命の息子たち」には軍人はもとより、地方の名士や政治家もメンバーになっている。著名な軍人家庭のジョン・マッケイン(John S. McCain III)上院議員やテキサスのリック・ペリー州知事が属している。合衆国大統領だと、ジェラルド・フォードやジミー・カーター、ジョージ・H・W・ブッシュと息子のジョージ・Wがメンバーとなっているが、ジョン・F・ケネディーは入っていない。いくら有名人とはいえ、格下のアイリス人移民の子孫であるし、古くからのアメリカ人家系ではないから無理もない。黒人のバラク・オバマは問題外。アメリカの独立戦争など所詮、白人同士の争いであり、黒人奴隷やアフリカ人には関係ないからだ。黒人はアメリカという国家の支柱にはなれない。所属する文化が違うのだ。たいていのアメリカ白人が休暇をとる「感謝祭(Thanksgiving Day)」だって、黒人は祝う気になれない。奴隷としてアフリカから連行されたことに感謝するのか? 「ハロウィーン」だって、もともとはドイツ人が異教徒だった頃に行っていた祭りだから、アフリカ黒人には縁が無い。それに、アメリカ人がいくら人種のるつぼ(melting pot)を提唱しても、中東アジアからのアラブ人や他のイスラム教徒はアメリカの国民的祭典を祝うことがない。国籍を取得しても文化は受け入れないのだ。ヒスパニック移民は独自の祝日を持つし、ユダヤ人はキリスト教徒の慣習に反発する。日本人は平気で日曜日を休日にしているが、これはキリスト教徒の安息日である。ユダヤ人やアラブ人なら面白くない。アメリカ社会の嫌われ者である支那人や朝鮮人は、たんに経済的利益を求めた結果の帰化人だから、アメリカの歴史的行事には部外者だ。隷属しか知らぬ支那人にとって「独立記念日」は、奇妙な外国の風習に見えてしまう。それに、ジョージ・ワシントンが将軍あるいは大統領だろうが、白い西洋鬼であることに変わりがない。ベンジャミン・フランクリンやアレクサンダー・ハミルトンが、どんな偉人なのかはどうでもいい。支那人は彼らの肖像画が印刷された紙幣を有り難がるだけ。支那人なら「ワシントンなんか大したことないアルヨ。ワタシはフランクリンの方がエライあるネェー。たって、1ドル札の人より100ドル札の人の方がエライあるョ~」とか言いそうである。

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(左:昔のアメリカ革命の娘たち/右:現在の支部メンバー)
  若い共和国アメリカでも、孫の世代になる遠い記憶に郷愁がわいてくる。マクドゥエルのような考え方は各地に広まり、初期入植者の子孫たちが似たような団体を結成するようになった。たとえば、「アメリカ植民地婦人会(National Society of the Colonial Dames of America)」「1812年戦争の娘たち(the National Society United States Daughters of 1812」「メイフラワー号入植者子孫協会(the Society of Mayflower Descendents)」がある。マクドウェルは「アメリカ革命の娘たち」の設立に奔走し、そこにはベンジャミン・ハリソン大統領夫人キャロライン・ハリソン(Caroline Lavina Scott Harrison)の協力もあった。そうしたこともあって、「アメリカ革命の娘たち」を有名にしたキャロライン夫人は初代総裁になる。この組織は全米に愛国主義的活動を展開し、学校にジョージ・ワシントンの肖像画を掲げるよう働きかけたり、校舎に国旗を掲揚すると共に、愛国的な歌を合唱させることも奨励していた。当時は今のアメリカ国歌が無かったので、同団体は「星条旗(スター・スパングルド・バナー)」を国歌にするるよう議会に求めていたのである。現在の米国で、学校に通う子供たちが国歌を斉唱し、星条旗に忠誠を誓う習慣は、こうした団体の尽力によるものであった。

  ベトナム戦争の後遺症や左翼教育の浸透により、アメリカ人でも公の場で星条旗を燃やしたりする者が現れた。こうした冒瀆を表現の自由だという理屈で正当化したのである。しかし、普通のアメリカ人にとって国旗は神聖である。筆者にもある体験がある。西海岸の街で出逢ったフランス系アメリカ人青年と色々話しているうちに、先祖代々受け継いだ牧場を案内してくれることになった。彼の祖先はユグノーだったらしく、色々な昔話を聞かせてもらえて、楽しかったことを覚えている。その時、彼はまだ星の数が少ない古い星条旗を見せようと言った。そこで二人で星条旗を広げようとした時、彼は真剣な表情を見せ、「もし国旗が地面に附くようなことがあったら殴るぞ」と筆者に警告したのだ。当然だと思っていた筆者は大して驚かなかった。しかし、その時ふと考えてしまった。日本で日章旗を広げる時、床や地面に触れないよう細心の注意を払うだろうか? 国旗を神聖なものと扱うだろうか? 憂うべきことだが、我が国の子供は日の丸に対して崇敬の念を持っていない。国旗に敬礼をする軍人を見て、右翼活動家みたいと思ってしまうのが、現在の日本人であろう。

国歌の威信を示すアメリカの星条旗

Joel Poinsett(左/ジョエル・ポインセット)
  キリストへの信仰心が強くないアメリカ人でも、星条旗への崇敬はかなり強い。古代ローマ人が永遠の都ローマを愛したように、西洋系アメリカ人は自由の共和国を愛する。合衆国の偉大さ(grandeur)を象徴する星条旗を見つめるアメリカ人には敬虔な(pietas)感情が溢れている。その国旗にまつわる興味深い逸話があるので、ぜひ紹介したい。

  1825年から29年にかけて初代駐メキシコ公使になったジョエル・ポインセット(Joel Roberts Poinsett)というアメリカ人政治家がいた。後に彼はマーティン・ウァン・ビューレン政権下で陸軍長官となた人物である。ちなみに彼は植物学者でもあり、メキシコで見つけた冬でも赤い花をつける植物を持ち帰った。この植物が彼の名にちなんで「ポインセチア」と呼ばれ、12月でも鮮やかな赤い花を咲かすことから、クリスマスの時期に飾られるようになった。ポインセット公使は、メキシコ駐在時代に起きた事件を、故郷サウスカロライナ州チャールストンで開かれた講演で語ったのである。

  ゴメス・ペドラサ(Gomez Pedraza)がメキシコ大統領に選ばれた時、民衆の不満が爆発し反乱へと発展したのである。怒った民衆は夜中武器庫を襲撃し、通りには大砲を設置するまでに至ったという。ポインセット家の付近は戦闘状態となり、聖アウグスティヌス修道院には都市の庶民や郊外の農夫、役人などが非難していた。この修道院が攻撃されている中、元メキシコ総督の未亡人であるトゥリガレイ(Yturrigaray)夫人がポインセット氏の保護を求めてやって来た。ポインセット公使が彼女を励ましていると、一発の銃弾が彼の上着をかすめ、バルコニーの雨戸にめり込んだ。彼が邸内に引きこもると、怒れる暴徒が彼らの敵であるヨーロッパ人(スペイン人)を匿っている彼の屋敷に集まってきた。この暴民らは家の門を開けるよう要求していたのである。

  門の外では激昂した群衆が罵り、武器を用いて強行突入を試みていた。そこで、ポインセット氏は、アメリカ公使館のメイソン書記官に合衆国の国旗を持ってくるよう命じ、二人はバルコニーに出て、群衆に向かって星条旗を広げたのである。すると、それまで野次を飛ばしていた暴徒らは、急に沈黙しバルコニーに向けていた銃口を下ろしてしまった。ポインセット氏はこの機会を逃さず、彼が誰であるのか、その星条旗が何を意味するかを告げたのである。そして、彼の住居内にいる者すべてに保護が与えられることを伝えたのである。群衆は畏怖の表情を示し、互いに何か話を始めていた。ポインセット氏は自身で包囲している反乱軍と話をつけようと、門番に屋敷の門を開くよう命じた。そこで門番は恐る恐る門を開くと、群衆は潮が引くように後ずさりした。群衆の中にいた反乱軍の指揮官は公使館の知り合いだったので、無事に話をつけることが出来たらしい。こうしてポインセット氏は、トゥリガレイ夫人との約束を守れたのである。彼の屋敷は戦闘中でも暴徒らの襲撃を受けることなく、庇護を申請する者は暴動が沈静化するまで星条旗の元で安全に保護されたという。(George Henry Preble, Our Flag: Origin and Progress of the Flag of the United States of America, Joel Munsell, Albany, 1872, pp.261-262)

  敗戦前までは我が国の国旗には威厳があった。腹の底で日本人を侮蔑する外国人でも、帝國陸海軍の威光には一目置かざるを得ない。西歐白人でも帝國海軍の艦隊を目にしたら、無言の圧力を感じてしまう。だから、戦前の日本人が海外でどれほど日本の軍隊を有り難く思っていたことか。民間の日本人でもその背後に世界屈指の軍隊が控えていたのである。それゆえ、当時の国民は日本人であることを誇りに思えたし、軍人になることを将来の夢にしていた子供がたくさんいたのだ。ところが、敗戦で栄光の帝国陸海軍は消滅。武勇を誇る一等国民が、ゼニが命の三流商人に成り下がってしまった。支那大陸に進出した日系企業が支那人暴徒に襲撃された時、抵抗も出来ずにただ逃げ延びることに必死だったことは記憶に新しい。ならず者の支那人が日本人に気概を加えても、日本政府は軍隊を出動させることが出来なかった。米国人が襲われたら、すぐ海兵隊が派遣され、野蛮な支那人を蹴散らす。上空に現れた海兵隊ヘリが救世主に思えてくる。一方、日本人は大使館からの退去勧告だけ。「各自努力して下さい」のお達しのみで、自衛隊は待機すれど出撃命令はなし。身ぐるみ剥がされて逃れてきた日本人は、何の賠償金も要求できずに泣き寝入り。軍隊を否定し続けてきた国民は、その高い代償を払うまで気がつかない。ゴロツキ支那人をやっつけてくれる軍人さんはもういないのだ。支那人暴徒が日本の国旗を目にしたって何とも思わない。朝鮮人だって土足で踏みにじって笑っている。日本人はこうした屈辱をいつまで無視するのだろうか。もしかしたら、日本国土がイラクのように戦闘地域になるまで理解できないのかもしれない。しかし、馬鹿が死ぬのはいいとして、一緒に巻き添えになるのは嫌である。



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