無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

アメリカ合衆国

オサマ・ビン・ラディン襲撃は八百長だった !

「やらせ」の襲撃が暴露される

Osama 2Seals 5









(左:オサマ・ビン・ラディン/右:合衆国海軍特殊部隊)

  2011年5月、9/11テロの首謀者とされるオサマ・ビン・ラディン(Osama bin Laden)が、パキスタンで潜伏している所をアメリカ軍と諜報局に察知され、海軍特殊部隊に殺害されたと我々は聞かされていた。アジア大陸各地を転々と移動しながら、アメリカ軍の追跡をかわし、部下にテロを命じていた親玉がついに死んだのだ。遺体の写真まで公開されて、人々は一区切りついたような気持ちになった。しかし、何か腑に落ちない。主流メディアはオサマの死を大々的に報道したが、彼が本当にテロの首謀者だったのか、本人の口から告白を得られないまま、大追跡の幕が下ろされた。これじゃあ、アメリカ国民は納得できない。何か裏があるんじゃないか、と勘ぐりたくなるだろう。

Seymour_Hersh(左/セイモア・ハーシハュ)
  当時、マス・メディアは事件の映像を何度も流していた。パキスタンのアボタバッド(Abbottabad)の建物(compound)に隠れていたオサマを、海軍特殊部隊シールズ(US Navy SEALS)が強襲して殺害したことや、部隊員が装着したカメラからの映像を食い入るように見つめる閣僚たちを報道していたのである。ところが、これは「やらせ演劇」の一場面であった。実は、この突入劇は、アメリカとパキスタンの共同制作ドラマなのだ。この実態を最近、セイモア・ハーシュ(Seymour M. Hersh)が暴露した。(The Killing of Osama bin Laden, London Review of Books, Vol. 37, No.10, 21 May 2015) 元ニューヨーク・タイムズ紙のユダヤ人記者で、日本でも「ソンミ村虐殺事件(My Lai Massacre)」を報道したことで有名である。それは1968年に起きたアメリカ軍によるベトナム住民虐殺で、ウィリアム・カリー少尉(Lieut. William Cally, Jr.)などが有罪になったことは、日本でも話題になった。この虐殺事件がキッカケとなり小田実が「ベ平連」を作ったらしい。とにかく、ハーシュはパキスタンの諜報部員やアメリカの軍人に取材して、オサマ襲撃の真相を掴んだという。

  世間に公表された米国の嘘の中で、悪質な部類に入るのが、パキスタン諜報部(ISI)や軍高官でさえ襲撃を知らなかった、という報道である。すなわち、パキスタン陸軍参謀長のアシュファ・カヤニ(Ashfaq Parvez Kayani)将軍や諜報部長アフメド・パシャ(Ahmed Shuja Pasha)将軍が、アメリカ軍の動きを掴んでいなかった、という建前になっていた。ところが、オサマ・ビン・ラディンは2006年パキスタン軍に拘束され、アボタバッドにあるパキスタン諜報部の収容所にいたのだ。ハーシュの取材によれば、パキスタン諜報部のある高官が、2,500万ドルと引き換えに米国へオサマの情報を売っていたという。2011年の時点でも、オバマ政権はビン・ラディンがどこにいるのか見当も付かない、と国民に発表していたから、オバマは白々しい嘘を語っていたのだ。オバマを「いい奴」だなんて宣伝していた日本の評論家は恥を知れ。詐欺師は誠実そうな顔をして、平気で嘘をつける種族である。

  合衆国政府がビン・ラディンの件を知ったのは、ある飛び込み情報がキッカケであった。2010年、パキスタン諜報部の元高官が、イスラマバードにある米国大使附CIAチーフのジョナサン・バンクス(Jonathan Banks)に接近したという。彼はワシントン政府がビン・ラディンのクビにかけた懸賞金をくれるなら、その居場所を教えてやる、という取引を持ちかけたのだ。当初、CIAはその情報屋の話を疑っていたらしい。そりゃそうだろう。単なる“がせネタ”かも知れないし、意図的なニセ情報かも知れないからだ。そこで、CIAは彼をポリグラフ(嘘発見器)に掛けてみたが、どうやら嘘ではなさそうだ、という結論に達した。この情報に信憑性があると分かるや、CIAはさっそくアボタバッドに家を借り、パキスタン人スタッフと共に、拘束されている建物の監視を始めたのである。

Kayani 1Pasha 1









(左:カヤニ将軍/右:パシャ将軍)

  CIAと特殊作戦統合本部(Joint Special Operations Command)がとにかく目指したのは、オバマ大統領の承認を得ることだった。2010年になっても、バキスタン側のカヤニ将軍とパシャ将軍は、アメリカ側にビン・ラディンの居場所は未だ掴めぬとシラを切っていた。パキスタン政府がオサマの拘束をアメリカ側に黙っていたのは、サウジ・アラビアから要請を受けていたからである。サウジは2006年に拘束されるまで、オサマを財政的に支援してきたからだという。国際手配されているテロリストの首領を支援していたことが、アメリカ側に知れると大問題となるからだ。サウジには大規模なアメリカ軍が駐留しているから、そんなスキャンダルが明らかとなったら、アメリカ人から何をされるか分かったもんじゃない。もし、オサマが米軍に捕まって、アルカイーダとサウジの資金援助をバラしたら大変だから、内緒にしておいてね、とパキスタン政府に頼んでいたのだ。もちろん、袖の下を渡していたことは間違いない。

  パキスタン政府の立場は微妙だった。パキスタン軍と諜報部は、東南アジアで起こるテロ活動に対し、アメリカ側と共同して撲滅に務めていたのである。だから、アメリカとの友好関係を保つことは、国防上重要だったし、何よりも米軍からの情報提供は貴重であった。だが、その一方でアフガニスタン内部で権勢を持つタリバンとの関係を維持することも、パキスタン政府にとって有益だった。カブールに於けるインドの影響力に対抗する手前、イスラム教徒に影響力を持つタリバンの存在は、両国の勢力均衡を保つ上で重要だった。カシミール地域をめぐって対立するパキスタンとインドの裏舞台は熾烈である。アメリカ側も、パキスタンを粗末に扱えない事情があった。核兵器を有するパキスタンが、中東のアラブ諸国に核開発技術を流してしまうと、イスラエルを巡って危機が起こった時、大変な事態となるからだ。したがって、胡散臭いパキスタンでも、軍事的関係を保つことは米国の利益にも叶う。アメリカ政府はパキスタン側の行為を咎めず、ビン・ラディン抹殺の協力を要請してきた。パキスタン側としても、引き続き米国から財政援助が得られれば問題はなかった。パキスタン人は対テロ資金が欲しかったし、個人的にも米国製防弾リムジンやアメリカ人の身辺警護官を持ちたかったからだ。

Osama Bin-Laden-CompoundOsam Raid








(左:オサマが拘束されていた建物/右:特殊部隊の襲撃映像をみる閣僚たち)

  オサマ・ビン・ラディンが捕らわれている建物は、パキスタン軍事アカデミーからたった2マイルしか離れていない場所にあった。そして、パキスタン諜報局の基地があるタベラ・ガジ(Tabela Ghazi)からは、ヘリでたった15分の位置にあったのだ。オバマ大統領が気にしていたのは、ジミー・カーター大統領の二の舞にならぬか、という点であった。カーター大統領はテヘランの米国大使館で人質事件が起きた時、救出作戦に失敗して、世間から辛辣な批判を受け散々な目に遭ったのだ。何とか取り繕うとしたが結局、大統領選挙でロナルド・レーガンに負けてしまった。再選を狙うオバマにしたら、ビン・ラディン襲撃作戦を何としても成功させたい。オサマは本当に建物内に居るのか、という確証がオバマは欲しかった。そこでCIAはカヤニ将軍とパシャ将軍に頼んで、オサマのDNAを採取しようとした。両将軍は子飼いの医師アミール・アジスを使って、DNAサンプルを取ってきたのである。アジス医師は以前、病気のオサマを診察したことがあるからだ。アメリカ軍はこのサンプルを調べて、ビン・ラディンのDNAと結論づけたという。

SEALS team 6(左/海軍特殊部隊のメンバー)
  米国はオサマの確認が取れたから、襲撃作戦を練ることになった。特殊作戦本部は襲撃するに当たり、建物の内部情報を欲しかったので、パキスタン人協力者は海軍特殊部隊員やCIAオフィサーなど4名を、パキスタン諜報部に侵入させることにしたという。そうして得られた情報をもとに、ネバダ州に模擬訓練所をこしらえて、部隊員が訓練に励んだらしい。アメリカ軍による拘束所襲撃が迫ってくると、パシャ将軍らはアメリカに頼み事をしてきた。パシャやカヤニらは、自分たちが米軍の襲撃に荷担していたことを公表しないでもらいたいとか、できればオサマの殺害は7日間かそれ以上経ってから発表してもらいたい、と懇願してきた。もし、パキスタン軍部の高官が関与していたと知れたら、民衆がその裏切行為に憤り、激しいデモが巻き起こるだろうし、裏切者の家族に危険が及ぶかも知れないからである。それに公表まで時間を稼げたら、もっともらしい話をでっち上げることができるだろう。たとえば、アフガニスタン国境沿いで、ドローン(偵察機)を用いてビン・ラディンを暗殺した、という話を作ればいい。

Osama 4(左/マスコミに流された出所不明のオサマ死亡写真)
  オバマ政権はオサマ・ビン・ラディンを生け捕りにして、米国で裁判にかける計画はなかったようだ。元シールズの指揮官によると、テロリストのビン・ラディンを活かしておく気はないから、その場で殺すつもりであったという。アボタバッド収容所を攻撃する当日、建物内にいたパキスタン人護衛は米軍ヘリの音が聞こえたら、直ちに撤退するよう命令を受けていた。しかも、パキスタン諜報部は予め、建物周辺の民家に電化製品のスイッチを切るよう命じていたという。米国の特殊部隊(SEALS)チーム6は、速やかに建物に侵入でき、何ら抵抗を受けなかったらしい。襲撃は意外と簡単であった。護衛のパキスタン人は既に立ち去っていたし、ヘリに同乗しいたパキスタン人の連絡将校が、ちゃんと部隊員を案内していたのだ。ビン・ラディンの部屋は三階にあると分かっていたので、一階と二階の階段が鉄の扉で封鎖されていても、爆弾を設置して直ぐに破壊できた。その爆発でオサマの妻はヒステリーを起こしたというが、黙らせるために彼女の膝を撃ったらしい。案の定そこには怯えきったオサマがいて、寝室に逃げたが無駄なあがきである。精鋭部隊のチーム・シックスが銃口を向けているのだから、オサマにできることは何もない。無情な銃声が響いて、テロリストの親玉は即死。あまりにも簡単で楽な襲撃であった。ただ、優秀な特殊部隊員にとっては、無抵抗の老人を射殺したことで何となく後味が悪い。これが、アクション映画だと、激しい銃撃戦を経てようやく悪党にトドメを刺し、部隊の仲間が勝ち鬨(どき)をあげて感動の結末、となるだろう。しかし、現実は娯楽のサバイバル・ゲームより簡単だった。これがジェロニモ(Geronimo-E KIA)というコード・ネームの作戦だった。(Eとは「敵エネミー」の頭文字で、KIAとは<Enemy had been> killed in actionの略で、「オサマは戦闘中に殺された」という意味である。

SEALS 2(左/上陸する海軍特殊部隊)
  オサマ・ビン・ラディンを殺害した特殊部隊員は、何らかの手がかりになるから、部屋にあった本や書類をバッグに詰めて持ち帰ったという。意外かも知れないが、建物内部には、コンピューターや電子機器の類いは一切なかったのである。部隊員が持ち帰った資料をアメリカの分析官が丹念に調べたが、これといった収穫はなく、テロリストに関する重大な情報などまったくなかった。ただの紙くずをヘリで持ち帰ったとは、アメリカ政府も気が滅入ってしまう。オバマはパキスタン側と交わした約束を破って、襲撃をすぐ公表してしまった。襲撃の際に起きた爆発を附近の住民が黙っているわけもないから、隠していたってすぐバレてしまう。それよりも、ビン・ラディン死亡を早速発表した方が、世間も驚くし、オバマにとってもプラスになる。だから、パキスタン人のお願いなど、さっさと無視して、暗殺作戦を公表したのである。いつも通り、マスコミは大騒ぎし、長年追いかけていたビン・ラディンをようやく仕留めたということで、オバマを称賛する者まで現れた。でもさぁ、学期末や夏休みに入る前の5月に、襲撃を設定したんだから、完全にマスコミ対策を考慮してのヤラセだよなぁ。

不可解なビン・ラディンの死

Osama 1(左/指名手配されたオサマ)
  オサマ・ビン・ラディンは9/11テロを計画した実行犯の首謀者だと言われてきた。合衆国政府はCIAなどの諜報機関を信用して、ビン・ラディンの犯行を確定したのだろう。しかし、オサマがテロ計画の主犯ならば、オバマ大統領はシールズ隊員にオサマの生け捕りを命じたはずだ。あのテロ事件で大勢のアメリカ国民が犠牲となったのだから、大量殺人罪の容疑者として米国で取り調べを行い、テロ計画の全貌を白状させるべきである。また、犠牲者の遺族はれっきとした合衆国市民として、最高行政官たる大統領に真相究明を要求する権利のを持つ。家族を失ったアメリカ国民には、オサマを徹底的に問い詰める権利があるはずだ。それなのに、オバマは簡単な生け捕り作戦を実行しなかった。今回のハーシュ記者による暴露記事で、アメリカ国民はオバマに対して憤りを覚えるし、どうしてオサマを射殺したのか疑惑を持つだろう。かりに、拘留所が武装した衛兵に守られていても、最も優秀な特殊部隊のチーム6なら、抵抗を受けてもオサマを生け捕りにできる。それに、敵からの反撃がない突入と分かっていたのだから、簡単にオサマを拘束できただろうし、そもそも特殊部隊でなくてもよかった。外国の軍人のみならず、アメリカ軍の将兵だって不審に思うだろう。どうして、オサマを連行して、アメリカ国民の前に立たせなかったのか? テロの主犯を取り調べずに暗殺するのは、「口封じ」じゃないか、とアメリカ人なら思ってしまう。誰だって、「オサマは用済みかよ」と呆れてしまうじゃないか。したがって、オサマ殺害には何か裏があるだろう、と考えるのか普通である。

Lee Harvey Oswald 1Jack Ruby 2









(左:リー・ハーヴェイ・オズワルド/右:ジャク・ルビー)

  考えてみれば、そもそも「オサマ・ビン・ラディン」て何者なんだ? 本当に9/11テロを計画して命令した張本人なのか? これってCIAが言い出したことで、アメリカ国民は検証できなかったじゃないか。オサマを法廷に引きずり出して、陪審員の前で自白させなきゃアメリカ人は納得しないだろう。なぜ、アメリカでは重要な容疑者が、裁判の前に殺されてしまうのか? ケネディー暗殺の容疑者リー・ハーヴェイ・オズワルドも、ジャク・ルビーに白昼堂々と射殺されてしまった。ちなみに、ルビーはユダヤ人ギャングで、本名をヤコブ・レオン・ルーベンシュタイン(Jacob Leon Rubenstein)という。才能豊かなユダヤ人はマフィア界でも大活躍で、有名ギャングにはユダヤ人が多い。名前を変えて通名にしているので、日本人は彼らの正体に気付かない。(ユダヤ人マフィアについてはまた別の機会で。「また、ユダヤ人かよ」と文句を言われると困るが、日本では情報封鎖や言論操作が酷いので、一般人はユダヤ関連の知識に乏しい。) 「不都合な証人」や「用済みの道具」は消してしまえ、というのかアメリカ社会の常識である。だから、事件の真相や闇の部分を探ろうとする人物は、マス・メディアとか御用学者から「陰謀論者」という烙印が押されてしまう。世間には本当に馬鹿な陰謀論者も居るので、彼らと混ぜてしまえば、真剣な研究者を社会的に抹殺できるのだ。

Jimmy Carter 1Zbigniew Brezezinski(左:ジミー・カーター/右:ブレジンスキー)
  中東アジアのテロリストは部分的に米国によって創造された、と言ってももいいだろう。これって、ソ連がアフガニスタンを侵略した時代まで遡れば、みんなが理解できるんじゃないか。CIAは侵攻してくるソ連軍に対抗するため、現地のイスラム教徒を組織して、屈強なゲリラ部隊を創り上げた。これが後にアル・カイーダ(Al Qaeda)と知られるテロリスト集団である。注目すべき点は、アフガニスタンで米国が主導する軍事・諜報活動において、パキスタン軍は重要な役割を演じたことだ。1979年にソ連が重要拠点たるアフガニスタンを攻略した時、パキスタンの諜報機関(Inter-Service Intelligence/ISI)は、CIAと緊密な連携プレーをとっていた。アフガニスタンでCIAが極秘作戦(covert operation)を実行する時、バキスタンは作戦基地や橋頭堡のような役目を果たしていたのである。当時、外政音痴のカーター大統領を実質的に操っていたズビクニュー・ブレジンスキー(Zbigniew Brzezinski)補佐官によれば、大統領は親ロシア政策を掲げる政府に反対する勢力へ援助を命じたという。ソ連のアフガン侵攻は1979年12月に開始されたが、CIAのムジャヒディーン(Mujahideen/ムスリム・ゲリラ集団)支援は1979年7月に始まっていたのだ。ブレジンンスキーはカーター大統領に、「そんなことをすればソ連の軍事的介入を招きますよ」と警告したそうだ。(「Le Nouvel Obserbvateur, January 1998」でのインタヴィュー記事による。) まあ、CIAとしてもソ連に対する先手を打ったのかも知れない。

Muhammad Zia_ul-HaqZulfikar_Ali_BhuttoBenazir Bhutto 1Murtaza Bhutto 1





(左:ハック将軍/父親のズルフィカール・ブット/娘のベーナズィール・ブット/右:息子のムルタザ・ブット)

  パキスタン人民党の創設者ズルフィカール・アリ・ブット(Zulfikar Ali Bhutto)を排除したことで知られる、ムハンマド・ズィヤー・ウル・ハック(Muhammad Zia-ul-Haq)将軍は、CIAと緊密な関係を築き、大嫌いなソ連に対抗しようとした大物軍人だ。ちなみに、ズルフィカールの娘があの有名なベーナズィール・ブット(Benazir Bhutto)首相で、彼女の暗殺後、パキスタン大統領になったのが、亭主のアースィフ・アリ・ザルダリー(Asif Ali Zardari)である。ブット女史の弟ムルタザ・ブット(Murtaza Bhutto)は姉と対立していて仲が悪かった。彼はハック将軍が航空機事故で死亡した時、暗殺犯じゃないかと疑われたこともある。しかし、ハック将軍がC-130機で墜落死したのは、ソ連の陰謀ではないかと囁かれていた。とにかく、1980年から1990年代にかけて、CIAとISIは40ヶ以上ものイスラム教国からムスリム戦士をリクルートし、ゲリラ戦の訓練を施したり、資金を与えてやったりした。ムジャヒディーンのムスリム兵が米国製の携帯用スティンガー・ミサイルでソ連軍を苦しめたことは周知の事実。ロシア空の侵略者に対抗するゲリラ兵として彼らは、CIAオフィサーや米国軍事顧問からテロ訓練を受けたのだ。つまり、如何にして要人を暗殺するかや、爆弾を車に仕掛ける手口などを教えてもらったのである。米国はイスラム教を対ソ連戦に利用し、ムスリム兵の信仰を鼓舞した。これが後に災いしたのだろう。なんてことはない、イスラム過激派の土壌を育てたのはアメリカだ。

Ronald Reagan 2









(左/ロナルド・レーガン大統領)

  はっきりした確証はないが、オサマ・ビン・ラディンは、アフガニスタンの軍事訓練キャンプで指導を受けたゲリラ兵だったのではないか? サウジ・アラビアの裕福な家庭に育ったオサマは、ムスリム・ゲリラへ資金を注ぎ込んでくれる「金づる」だったのだろう。また、CIAがイスラム教の聖戦を宣伝すれば、これに同調したムスリム大富豪たちがお金をくれるのだ。笑いが止まらないだろう。それに、米国諜報機関と昵懇のサウジ王家なら、聖戦への献金集めに協力してくる。CIAはこうして集められた資金で、ムジャヒディーン戦士をどんどん育成したのだ。イスラム教を推し進めるハック大統領(将軍)とその側近、および国粋的パキスタン政治家は、ムジャヒディーンを直接・間接的に支援し、ソ連潰しに邁進したのである。1985年3月、ロナルド・レーガン大統領は、国家安全保障令166(National Security Decision Directive 166/NSDD)を発令して、ムジャヒディーンに対する軍事的な極秘援助や宗教面での支援を行うよう、指示を出したという。(Michael Chossudovsky, 9/11 Analysis, Global Resarch, September 9, 2010) どおりで、東南、中央および中東アジア諸国でイスラム原理主義が勢いづいたわけだ。NSDD166でムスリム過激派に支援するよう命令が下ったのだから、CIAや米軍が惜しみない武器供与が行っても当然。1983年には武器弾薬の量は1万トンに達し、1987年になると6万5千トンにまで膨らんだという。大統領による極秘作戦の承認ってすごい。NSDD166は巨大な戦争マシーンを生み出してしまったのだ。

闇の関係を築いたブッシュ家

George HW Bush 1April Glaspie





(左:ジョージ・H・W・ブッシュ/右:エイプリル・グラスピー)

  レーガン大統領の下に置かれていたジョージ・H・W・ブッシュが副大統領から昇格したら、湾岸戦争を始めたのは、巨大な中東アジア再編戦争の一環だろう。元CIA長官にしてオイル・ビジネスマンだったブッシュは、恐ろしいグローバリスト集団の一員である。民衆に人気がなかったブッシュは、ウォール街やオイル業界、その他の多国籍企業から支援を受けていたはずだ。クウェートをイラクに侵略させるために、わざとエイプリル・グラスピー(April C. Glaspie)女史をサダム・フセインに差し向け、暗に侵略しても米国は動きませんよ、というシグナルをブッシュは出していた。結果は、米軍の大規模派遣。しかも、息子のジョージ・Wが大統領になったら、イラクを徹底的に攻撃して、国家ごと乗っ取ってしまった。哀れなサダムは捕まって私刑。しかし、拘束されたのがサダム本人かどうか分からない。我々は本物を知らないからだ。イラク戦争で厄介なのは、ブッシュ大統領親子の背後に「ネオ・コン」というユダヤ人組織が張り付いていたことだ。この集団はイスラエルのために米国で活躍する役目を課せられており、中東情勢の大変革を米国にやらせるためにイスラエルが操っているのは見え透いている。

William Kristol 1Norman Podhoretz 1Charles-Krauthammer 2Daniel Pipes







(左:ウィリアム・クリストル/ノーマン・ポドレッツ/チャールズ・クラウトハマー/右:ダニエル・パイプス)

  「ユダヤ人シオニスト」って国籍はアメリカでも、忠誠心はイスラエルにあるから、本来なら裏切者か売国奴のはずだ。「ネオ・コン」といっても、数人の例外を除いたら、その実態はユダヤ人サークルである。日本人でもその西歐人とは違う顔ぶれを思い出せば分かるだろう。たとえば、ウィリアム・クリストル(William Kristol)、ノーマン・ポドレッツ(Norman Podhoretz)、チャールズ・クラウトハマー(Charles Krauthammer)、ダニエル・パイプス(Daniel Pipes)、マイケル・ルービン(MIchael Rubin)、ジェニファー・ルービン(Jennifer Rubin)、ポール・ウォルフウッツ(Paul Wolfwitz)、リチャード・パール(Richard Perle)など、有名なネオ・コン人物を挙げただけでも、西歐人じゃなくて、セム系ユダヤ人だということが分かる。彼らのほかにロバート・ケーガン(Robert Kagan/ギリシア系)とかフランシス・フクヤマ(Francis Fukuyama/日系)といった非ユダヤ人がいるけど、主流はユダヤ人である。まことに異人種の支配は気持ち悪い。ウォルフウィッツの師匠たるヘンリー・スクープ・ジャクソンや1970年代の民衆党については長くなるので省略。

Michael Rubin 1Jennifer RubinPaul-wolfowitz 2Richar Perle







(左:マイケル・ルービン/ジェニファー・ルービン/ポール・ウォルフウィッツ/右:リチャード・パール)

  ユダヤ人ネオコンに囲まれたジョージ・W・ブッシュ大統領が、ラディン家と親しかったのは有名だ。オサマの兄サレム(Salem)は、ジェイムズ・バス(James Bath)のビジネス・パートナーにして親友であったから、オサマとサレムの父モハメッド(Mohammed)は、バスの友達ジョージ・W・ブッシュに資金を調達してやったのである。裕福なモハメッドがお金を流した企業とは、ジョージ・H・W・ブッシュが投資していた「アルブスト(Arbusto/スペイン語で「ブッシュ」を意味する)」という石油会社であった。(Roger MIller, Bush & Laden George W. Bush had ties to billionaire bin Laden brood, American Free Press) そこで、お得意様の財産を今度は、ブッシュ家が関与している「カーライル・グループ(Carlyle Group)」が運用してあげる、といった麗しい関係を築いていたのである。ブッシュ家とラディン家を仲介したジェイムズ・バスは、テキサス州のナショナル・ガード空軍に在籍していた時、ブッシュ家の長男ジョージと仲良しになった。ブッシュ家のダメ息子ジョージが「アルブスト」を創立するというので、BCCI繋がりでサウジ・アラビアの大富豪カリード・ビン・マフーズ(Khalid bin Mahfouz)とサレム・ビン・ラディンを紹介して、出資金提供をお願いしたというわけ。なんて心優しい親友なんでしょう。でも、国際投資銀行のBCCI(Bank of Credit and Commerce Investiment)って、あの元国防長官クラーク・クリフォードも絡んでいた、スキャンダルを抱えた金融機関。昔から色々と怪しいビジネスを行っていたんだなぁ。こんなジャイムズ・バスは、ブッシュ大統領がCIA長官時代に、中東アジアで重宝していた臣下(または小遣い)であった。サウジで人脈を築いたバスは1978年、サレムのためにヒューストン・ガルフ空港まで購入してあげたという。いやぁ~、友達思いというか、お客様を大切にするバスは偉いねぇ。

Salem_Bin_LadenJames Bath 1 Bush 4








(左:サレム・ビン・ラディン/中央:ジェイムズ・バス/右:ジョージ・W・ブッシュ)

  ブッシュ家と昵懇の仲だったラディン家のオサマが偶然にも、9/11テロの首謀者なんて、現実は小説よりも奇なりと言えよう。ジョージ・ブッシュ大統領は、オサマを心底いたわっていた。テロ事件の約2ヶ月前、持病を抱えるオサマはドバイにある米国の病院で治療を受けたらしい。(Anthony Sampson, CIAagent alleged to have met Bin Laden in July, The Guardian, 1 November 2001) フランスの新聞『フィガロ』によれば、CIAのエージェントがお見舞いに訪れたんだって。きっとブッシュ大統領からのお言葉でも伝えたんじゃないか。中東アジアでゲリラ兵募集に尽力してくれた功労者に報いるのは人情だ。CIAもオサマの容態が心配だったのだろう。でもさぁ、その当時だとアルカイーダの情報を掴んでいなかったのか? いえいえ。ちゃんと掴んでいたみたい。ブッシュ大統領は、シークレット・サーヴィスがアメリカ国内に潜伏するアルカイーダ部員を探っていたら、余計なことすんなと嗅ぎ回ることを禁止したそうだ。捜査中止命令を受けたシークレット・サーヴィスやFBI捜査官らは、憤懣やるかたない気分だったが、最高司令官の厳命じゃしょうがない。ところがその年の9月に、あの大規模テロが起きて防諜組織が激怒したのは有名な話だ。

William McRaven 2(左/ウィリアム・マクレイヴン)
  オサマ・ビン・ラディンを見ていると、JFK暗殺事件で生け贄となったリー・ハーヴェイ・オズワルドを思い出す。CIAが雇っていた駒が、世紀の大事件で利用されたのである。9/11テロは未だ真相は不明だが、余りにも怪しい行為や矛盾点、謎めいた人脈が多すぎるのだ。ワールド・トレード・センターの崩壊やペンタゴンへの攻撃など、科学的に不可能な現象が起こった。それなのに、優秀な科学者を有する合衆国政府は調査しようとしない。オサマ・ビン・ラディンだって、本当はどんな人物なのか正体がはっきりしないのだ。2001年からパキスタン軍に拘束されるまで、病人のオサマが消息不明なんて信じられない。アメリカの諜報網にすぐ引っかかるはずなのに、その追跡を“するり”とかいくぐり、逃亡生活を送れたとは凄いじゃないか。しかも、本人は生きていたかどうか分からないし、ビデオ・メッセージだって「ヤラセ」臭い。CIAが逃亡物語の脚本を書いていたんじゃないか? あるいはアメリカ政府機関ではない、グローバリストに雇われた傭兵組織が何らかの計画を仕組んだとも考えられる。パキスタンで殺されたオサマだって、本人かどうか分からないし、別人か影武者かもしれない。オバマ政権がオサマの殺害現場写真や遺体写真を公表しなかったのはなぜか? 死体が世間に公表されたら、どんなマイナス効果があるんだ? あれだけ指名手配写真が流通していたのに、遺体写真は禁止だなんておかしいだろう。元特殊部隊指揮官のウィリアム・マクレイヴン(William McRaven)は、合衆国政府からオサマの遺体写真をすべて破棄するよう命じられたという。(Stephen Braun, SOCOM chief's email shows effort to shield bin Laden photos, Marine Corps Times, February 11 , 2014) AP通信社がマクレイヴンに写真を見せてくれと頼んだのが、破棄命令のキッカケだったのかも知れない。それ程までして隠したい写真とは何なんだ? だいたい、公開裁判にかけることもせず、拘留場所で抹殺してしまうとは、政府による私刑ではないのか? 9/11テロの真相解明を、ことごとく握りつぶす合衆国政府は異常である。「陰謀論」が横行しているのだから、みんなの前で証拠を公開したらどうなんだ? 

Osama Death 1
















(襲撃時に死亡したオサマの映像写真)

  アメリカ合衆国はかつて共和国であった。共和国(レース・プブリカ)とは「みんなのもの」という意味で、国家が特権階級や王侯貴族の私有物ではないことを表明していたのである。ところが、現在のアメリカはどうだろう? 国民から代議士が選ばれているのに、重要なことは国家機密にされて一般国民は知ることができないし、中には完全に湮滅(いんめつ)れた事件や作戦があって、永久に不明とされたファイルがあるはずだ。過去をほじくり出そうとする者は「陰謀論者」として片付けられ、大学や研究機関の知識人は厄介事に首を突っ込まない。テロ計画者は、わざと滑稽な陰謀論を巷に流して、真相究明者を「いかがわしい素人研究者」として排斥する。また、真相にちょっと触れるような情報を流すが、その中に偽情報を混ぜておき、後でその嘘を第三者に暴くよう勧めて、真相究明を断念させるのだ。こうした謀略や偽情報操作を用いて、事実を隠蔽しようとする。世間は時が経てば忘れるし興味も薄れるから、真相などどうでも良いと考えてしまう。何十年後かすれば、単なる歴史の一コマとなり、誰も責任を取る必要がない。9/11テロだって、いずれ懐かしの悲劇程度になるし、オサマ殺害だって、たんなる重大事件のひとつに過ぎなくなる。アラブの春だって、エジプトやリビアに訪れても、すぐ灼熱の嵐に変わってしまい、人々の記憶から消えてしまうのだ。一般人は中東アジアの各地で起きた事件を結びつけて考えない。日本のマスコミは、海外ニュースを翻訳して垂れ流すだけで、どんな背景があるのかを説明しない。もっとも、その能力がないのかも知れない。しかし、そんなメディアにお金を払っている日本人は滑稽である。NHKは最高額の受信料を取れたといって、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)で大はしゃぎだそうな。NHK職員はスズメのように小躍りする鷺(サギ)じゃないか。


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Karl_Marx 1Obama 5










(左:カール・マルクス / 右:バラク・オバマ)

  左翼政権というのは恐ろしい。国益より同志愛を優先し、同国人より外国人をいたわる。我が国でも民主党が政権を取った三年間は悪夢の連続だった。ロシアの手先である鳩山由紀夫が首相になり、国中を引っかき回し、安全保障までズタズタにしたら、二進も三進も行かなくなって政権を放り投げ。それを受けた菅直人は更にひどかった。北鮮人とダッグを組む売国奴が選んだ女房役が仙谷由人。日本政府は北京と平壌の本社から指令を受ける支店となってしまった。我が国か被った損害は相当なものだろう。アメリカ人も同じような愚行を犯してしまった。初物が好きなアメリカ人は、黒い鯛に喜んだが、中身が腐っていることに気付かなかった。肌の色は見えても、脳味噌の色までのぞけない。黒人初の大統領だと大はしゃぎしたが、まさか筋金入りのコミュニストだと思わなかったから、その害悪を実感するまで時間がかかってしまった。

Cass SunsteinTodd Stern 1Mark Lloyd 3David Ogden 3







(左:キャス・サンスタイン/トッド・スターン/マーク・ロイド/右:デイヴッド・オグデン)

  政権内部にどんな人物を入れたかで、少しはオバマの正体が分かるはずだ。その一部をちらっと紹介したい。まず、政府による規制が好きなキャス・サンスタイン(Cass Sunstein)は、銃規制に乗り出し、国民が武器を所有する権利を取り上げようとした。つまり、武装して独立を保つべしとの憲法精神を踏み潰す。いかにもユダヤ人らしい発想だ。もう一人のユダヤ人トッド・スターン(Todd Stern)は、地球温暖化を盾にして政府による規制を強化しようとした。気候変動より、権限拡大に関心があるだけ。同じ黒人だからオバマに選ばれたマーク・ロイド(Mark Lloyd)は、反米のベエズェラ大統領ヒューゴ・チャベスを称賛していた。この独裁者による民衆政治を褒めるくせに、米国では差別と偏見が満ちていると不満を漏らす。彼は国内のラジオ局に白人が多すぎるから、有色人種や同性愛者をもっと雇うように勧告したという。これが、いわゆる「公平ドクトリン(Fairness Doctrine)」と呼ばれる政策であった。アメリカ白人が自由に発言できるメディアは、もうラジオくらいしか残っていなかったのに。ロイドは保守派の番組を狙って、“不公平な”局に対し2億5万ドル以下の罰金を科そうとした。自由が好きなアメリカ白人は、こんな検閲や脅迫に怯えていたのである。

Eric HolderEric Holder 2Black Panthers New 2







(左:若き日のホールダー/中央:司法長官になったホールダー/右:武装したブラック・パンサー)

  米国はイングランドからの白人によって建てられたからしょうがないのに、要職が白人によって占められているとオバマは怒っていたのだ。そこで、大統領の権能をもって、従来白人が就いていた役職に黒人を据えたのである。“黒人初”の司法長官にエリック・ホールダー(Eric Holder)を起用した。オバマの同志ホールダーは、不法移民に対して優しいだけではない。密入国者なんか大した問題じゃないのだ。プエルトリコのテロ集団FALN( Fuerzas Armadas de Liberación National)にも恩赦を与えようと努力したくらい。有色人種なら犯罪者であっても、慈悲深い理解力を示すのがホールダー。オバマが大統領に出馬した時、何と新ブラック・パンサー党(New Black Panthers Party)が、投票所の前で白人有権者を脅していたのだ。1980年代以降落ち目だった黒豹党の過激派が、オバマが登場したことで俄(にわか)に活気づいた。アフリカのゲリラ民兵みたいな服装をして、手に警棒を持った黒人が、少しでも白人有権者が投票所に来ないよう嫌がらせをしていたのだ。これでは、女性や高齢者は恐くて投票をためらってしまう。しかし、ホールダー司法長官は、黒人過激派の選挙妨害に対して取締を強化せず、やたらと寛大だった。なぜなら、彼はこの兇悪な黒人どもを「俺の仲間(my people)」と呼んでいたからである。(Steven Nelson, Holder says experiences of ‘my people’not simolar to contemporary voter intimidation, The Daily Caller, March 3, 2011)

Loretta Lynch 2(左/ロレッタ・リンチ)
  こんな黒人過激派を擁護するホールダーを選んだオバマは、ホールダーの後釜にロレッタ・リンチ(Loretta Lynch)という黒人女性を据えようとした。リンチはホールダーと同じく、不法移民が引き続き米国に滞在して、仕事を持てるようにたり、アメリカ国民と同等の権利や福祉を受けられるようにすべし、との意見を公表していた。しかも、オバマが不法移民を赦免しようとするのは合法だ、と弁護していたのだから、共和党員は彼女の司法長官任命に強く反対していたのである。しかし、彼女は上院で承認され、またもや“黒人女性初”という称号を冠した司法長官が誕生してしまった。このぶんだと、黒人初の「国防長官」とか「国土安全保障省長官」とかも出てくるだろうし、やがては黒人女性大統領が誕生するかも知れない。たぶん「白人女性大統領」が実現した後、「黒人女性」あるいは「白色ユダヤ人」、「ヒスパニック」といった初の大統領が、ぞくぞく登場するだろう。候補者の能力や政策などそっちのけで、ただ黒人だから、女性だから、肌が浅黒いからなどの理由で、世界最強の合衆国軍を率いる最高司令官が決まるのだ。こうなれば、ローマ帝國のカリギュラやネロが君臨した時代と大して変わらない。米国は衰退の一途をたどるのみ。

Black Panthers 3Black Panthers new 4








(左:昔のブラック・パンサー/右:新たなブラック・パンサー)

 共産主義者は敵対する社会を道徳的に腐敗させる手口をよく使う。武闘派ではないオバマは、陰湿な文化破壊論者のコミュニスト。オバマはホールダーの手下に、次官としてデイヴィド・オグデン(David Ogden)を置き、表現の自由を守る番人とした。ただし、ポルノ産業界の自由を擁護する彼の経歴を見込んでの人事である。(Matthew Schmitz, David Ogden and the New Pornographers: Why the Senate Should Reject His Nomination, Public Discourse, February 12, 2009) 彼は学校の図書館でも、子供たちが何であれ望むサイトに、不自由なくアクセスできるようにすべき、と主張していた。さすが「家族の価値」を強調するオバマならではの人選である。人権を尊重するオバマは、胎児殺しに理解を示す。保守的キリスト教徒なんかの雑音にとらわれず、中絶擁護の代弁者ドーン・ジョンセン(Dawn Johnsen)を司法省の法律顧問にしてあげた。女性の自由意志を強調する彼女は、中絶が規制されると妊婦は「単なる胎児の容器(fetal containers)に過ぎぬもの」、と見なされてしまうので、女性の選択と自由を尊重すべし、と主張していた。(Steve King, Johnsen's Radical Views Will Alienate Pro-Life Americans, Townhall, March 26, 2009) つまり、他人が女性に堕ろすなと禁止せず、女性が自分の意志で決断すれば良いという考えだ。でもさぁ、中絶反対派が妊婦を受精卵の保管庫とは思わないだろう。赤ん坊を殺すことに異議を唱えているだけだ。何も喋れない赤ん坊なら殺してもいい、とするなら誰が赤ん坊の弁護士になるのか? だいたい、胎児の抹殺を「選択の自由」に分類するとは、ちと酷いのでは?

Dawn Johnsen 1Elena Kagan 1Sonia Sotomayor 3Cecilia Munoz








(左:ドーン・ジョンセン/エレーナ・ケーガン/ソニア・ソトマイヤー/右:セシリア・ムニョス)

  前例無き人事を行うことが好きなオバマは、裁判所でも白人社会の慣例を破壊しようとしていた。最高裁判事にユダ人女性のエレーナ・ケーガン(Elena Kagan)を指名したのである。ケーガンは最高裁判事になる前に、何ら裁判官としての経歴を持たなかった。ハーバード大学の学部長をしていただけだが、長所はホモに理解と同情があるだけ。レズビアンのケーガンは、仲間のホモに対して思いやりがあったということだ。軍隊に於ける同性愛者の存在を認めることを力説していたというから、軍のモラルを大切にする将校らは大激怒。でも、オバマは白人天下の軍隊が大嫌いだから平気だった。ヒスパニック団体から熱烈な支持を受けていたオバマは、彼らに報いるため同類のソニア・ソトマイヤー(Sonia Maria Sotomyor)を最高裁判事に指名した。彼女はプエルトリコからの移民を両親に持ち、左翼思想で知られていたのだ。アメリカ白人を嫌いなソニアは、経験豊富な賢いラテン人は、そうした人生経験を持たぬ白人よりも、より良い判断を下すのだ、という信条を表明したいた。これって、特定人種に対する偏見じゃないのか? ご心配なく。米国では大丈夫。人種差別は白人がするものと相場が決まっているので。ヒスパニックや黒人には、白人が持っていない言論の自由が認められているのだ。

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(左:ジョージ・ソロス/右:メリンダとビル・ゲイツ夫妻)

  中南米系有権者に恩義があるオバマは、選挙で大変お世話になったラ・ラザ(National Council of La Raza)というヒスニック団体にも、鄭重なお礼をしたのである。(ちなみに、この「ラザ」という語は「人種」を意味し、インディオの子孫たちが、白人を打倒して失地を回復する意図を示している。) この団体には南米系の極左分子が集まっているが、その資金源は大富豪から流れていた。たとえば、カーネギー、ロックフェラー、フォードの諸財団はもちろんのこと、ビル・ゲイツの財団やシティー・グループ、ジョージ・ソロスのオープン・ソサエティー財団からも巨額の寄付金が注入されていた。下層の過激派と上層のエリートが裏で結託していたのだ。そして、この異様な連合体が、民衆党を動かす一大勢力となっている。民衆党議員が不法移民の受け入れに積極的なのは、こうしたヒスパニック組織によって支持されているからだ。オバマはラ・ラザの副総裁を務めていたセシリア・ムニョス(Cecilia Munoz)を大統領附上級補佐官にした。権力の中枢に潜り込めたムニョスは、一生懸命不法入国者の合法化に取り組んだ。この裏事情を知れば、なぜ多くの密入国者に恩赦が与えられていたのが分かる。

Myril Bennett Axelrod 2 Sone, KGBDavid Axelrod 2








(左:ミリル・ベネット・アクセルロッド/中央:イシドール・ストーン/右:デイヴィッド・アクセルロッド)

  選挙参謀というのは政治家にとって頼みの綱である。選挙に当選しなければ何も始まらないからだ。オバマの選挙を取り仕切ったデイヴッド・アクセルロッド(David Axelrod)は、首席補佐官だったラーム・エマニュエル(Rahm Israel Emanuel)と双璧をなすユダヤ人スタッフであった。デイヴィドが子供の頃から政治に興味を持っていたのは母親の影響で、いかにも左翼家庭で育ったユダヤ人らしい。母親のミリル・ベネット(Myril Bennett)は、デイヴッドの父ジョージが亡くなり、アブナー・ベネットと再婚したため、「ベネット」の姓を名乗っていた。この母ちゃんは、ロシアからやって来たユダヤ移民の娘で、本名はミリル・ジェシカ・デイヴィッドソン(Myril Jessica Davidson)という。彼女も未来の息子と同じくジャーナリストであったが、勤め先が「PM」という左翼系日刊紙であった。その新聞社で共に働いていたのが、あの悪名高いソ連のスパイ、イシドール・ストーン(本名はユダヤ人名のIsidor Feinstein/別名イジー・ストーンIzzy Stone)である。(Paul Kengor, The Quest for David Axelrod's Leftist Roots, The American Spector, April 2014) ストーンに関する情報は、亡命したKGB将校オレグ・カルーギン(Oleg Kalugin)の証言で明らかとなったが、ミリルは下っ端の左翼だったから注目されなかったのかも知れない。彼女の思想がどれくらい息子デイヴィッドに伝染したかは不明である。ただ、母親の考え方は子供に継承されることがよくあるから、デヴィッドの左翼思考は母親譲りかも知れない。彼はオバマのもとを去ったあと、英国の労働党にねぐらを見つけ、ユダヤ人党首のエド・ミリバンド(Ed Miliband)の選挙参謀に就任した。また、ユダヤ人脈による転職だ。エド・ミリバンドは兄のデヴィッドと同じ極左政治家で、父のラルフは有名な共産主義者。彼は第二次大戦中に、ポーランドから亡命してきた迷惑なユダヤ難民である。ラルフは資本制国家のイングランドを心から憎んでいた。英国にはこうした有害ユダヤ人が数多く流入していたのだ。

Ed & David MilibandRalph_Miliband









(左:エドとデイヴィッドの兄弟/右:父のラルフ・ミリバンド)

共産主義者の仲間がつどう白亜館

  オバマが住み着いたホワイト・ハウスは、共産主義者の伏魔殿(ふくまでん)と化してしまった。黒いコミュニストが占拠する赤い屋敷となったから、さしずめアメリカ版クレムリン宮殿だ。スターリンが生きていたらさぞかし喜んだであろう。隠れ共産主義者のオバマは、ミサイルや戦車を使わずに、敵国アメリカの首都を制圧できたのだ。彼は憎い西欧人を炭疽菌で殺さず、まず黒人仲間を各省にばらまいて、アメリカの統治機構を半永久的に麻痺させることに成功したのだ。そのオバマが引き込んだ左翼黒人の一人が、ヴァリリー・ジャレット(Valerie Jarrett)である。彼女はオバマに気兼ねなく話をできる、親密な上級補佐官であり、やましい過去を共有する同志であった。

Valerie Jarrett 2James Bowman3Barbara Taylor Bowman









(左:ヴァレリー・ジャレット/中央:父のジェイムズ・ボウマン/右:母のバーバラ・ボウマン)

  このヴァレリー・ジャレット(旧姓Valerie June Bowman)は1956年イランのシラズで生まれた。彼女の父ジェイムズ・E・ボウマン(Dr. James E. Bowman)医師は産婦人科も務める病理学者で、合衆国政府が外国に派遣した医療団に属していたという。この職業がもとでイランに赴任し、その地で娘ヴァレリーが生まれたというわけだ。母親のバーバラ・テイラー・ボウマン(Barbara Taylor Bowman)は幼児心理学を専攻しており、後にエリクソン研究所の設立に係わることになる。ペルシアの古都に生まれ育ったこともあって、ヴァレリーはフランス語とペルシア語、そしとちょっとした英語が話せたらしい。こうした生活環境からして、彼女には多文化主義や人種的多様性に賛同する素地ができていたということだ。ヴァレリーはペルシャ風にスパイスの利いたラム肉や米が好物らしい。ちなみに、ペルシア人には日本の唐揚げ弁当が好評だ。中東アジアで育ったせいもあってか、異民族に対しても違和感がないし、イスラム教文化を尊重している。

Obama and Momobama childhood(左:母のアンと一緒のオバマ/右:幼い頃のオバマ)
  ヴァレリーはオバマと似たような過去を持つ。オバマは母スタンリー・アンがインドネシアのイスラム教徒ロロ・ソエトロと再婚したことから、イスラム教の学校に通い、ムスリム文化に親しんでいた。だから、大学時代にイスラム教徒の富豪からお金を貰えたのだ。浅黒い容姿をしたヴァレリーは米国でなら、露骨な人種差別を受けただろうが、イランでは浅黒い子供が珍しくないから、比較的平穏に暮らせたらしい。しかし、イラン(「アーリア人」の国を意味する)のペルシア人は肌の白い「アーリア」人を理想といている。父親ジェイムズは合衆国陸軍で軍医を務めたから、黒人であることの悲哀を味わった。だから、米国を後にしてペルシア人と暮らすことに何の抵抗もなかったのである。幼年期に外国暮らしをする経験を共有するオバマとヴァレリーが、様々な人種・文化的背景を持った人物に対して同情を寄せ、白人に対して憎しみをもつ傾向があるのは理解できる。(Jeffrey Bartholet, Many Obama Advisers Have Lived Abroad, Newsweek, January 16, 2009)

  その他にオバマとヴァレリーが持つ共通点は、異人種結婚による複雑な血統であろう。ヴァレリーの顔を見ていると何人なのか判別しにくい。ヴァレリーにはちょっとばかり西欧系の血が混ざっているが、基本的には黒人とアメリカ原住民の混血児である。しかし、それだけではなかった。彼女にはユダヤ人の血も流れている。かつて、父ジェイムズは娘ヴァレリーに、彼の祖父(つまり彼女の曾祖父)がユダヤ人であることを告げたという。(Nathan Gutman, Presidential Aide Valerie Jarrett Discloses Her Jewish Roots, Forward, March 7, 2011) 彼女は子供の頃、過越の祭り(Passover)に出席したことがあった。ユダヤ人の家系であることを知ったヴァレリーは、「私の友達にとって、なんと素晴らしい驚きなんでしょう」と喜んでいた。そりゃそうだろう。ホワイト・ハウスには首席補佐官だったラーム・エマニュエル(Rahm Emanuel)という筋金入りのシオニストがいたし、後に首席補佐官となり財務長官に任命されたジャク・ルー(Jacob Joseph Lew)もユダヤ人だ。オバマの腹心で選挙参謀だったデイヴッド・アクセルロッド(David Axelrod)もユダヤ人である。その他のスタッフや閣僚にもユダヤ人が多いのだから。

william ayers & dohrn(左/ウィリアム・エアーズとバーナディーン・ドーン夫妻)
  ユダヤ人の血統を持ち、イスラム文化に親しんでいたヴァレリーは、確かに国際人だろうが、英国の文化と伝統に根ざすアメリカ合衆国に愛着があるのかは定かではない。口では愛国心を唱えていても、白い肌のアングロ・アメリカ人が建てた国家に対する気持ちは、実際どうなのか、やはり疑問だ。しかし、そんなことより彼女の人格形成にとっては、母親の家系と思想の方が、遙かに影響していたと思われる。母バーバラの実家であるテイラー家には、ロバート(Robert Rochon Taylor)という父親(ヴァレリーの祖父)がいて、シカゴの住宅開発局(Chicago Housing Authority)で初の黒人局長であった。しかも、バーバラの祖父ロバートは、マサチューセッツ工科大学(MIT)を卒業した初の黒人学生である。(Thomas Lifson, All in the family: Valerie Jarrett and the Chicago communism, American Thinker, March 26, 2014) 学問で人種の壁を破った家系に生まれたバーバラが、教育分野で活動したのは自然なことかも知れない。ただ、バーバラの思想的背景や人脈が問題なのだ。児童教育に熱心なバーバラは、慈善活動家のアーヴィン・ハリス(Irvin Harris)の支援をうけて、エリクソン研究所(Erikson Institute/Chicago School for Early Childhood Education)を共同で創設した。その研究所の理事会に名を連ねていたのが、シカゴで著名なトマス・エアーズ(Thomas Ayers)である。オバマの師匠で過激派テロリストたるウィリアム・エアーズ(William Ayers)の父親だ。しかも、ウィリアムの妻で過激派同志バーナディーン・ドーン(Bernardine Dohrn)も、エリクソン研究所の役員であった。(Aaron Klein, New York Times profile scrubs Valerie Jarrett's radical ties, World Net Daily, July 6, 2013) オバマの左翼仲間が集うエリクソン研究所は、彼が大統領になるや「景気刺激策」の一環で、5百万ドル(約5億4千万円)ほど貰えたそうだ。いやぁー、麗しい相互扶養である。他人のゼニ(税金)だと気前よく友達に配ることができる。

Vernon-D-Jarrett 3Frank Marshall Davis 1(左:ヴァーノン・ジャレット/右:フランク・マーシャル・デイヴィス)

  実の母親が極左連中と仲間なら、義理の父親ヴァーノン・ジャレット(Vernon Jarrett)も、オバマ・コネクションに連なっていた。ヴァレリーはウィリアム・ロバート・ジャレット(William Robert Jarrett)と結婚したことで、ヴァーノンは舅(しゅうと)になる。このヴァーノンという義父は、表向きシカゴ・サン・タイムズ紙のコラムニストだったが、その裏の顔はコミュニストだった。あぁぁぁ、と驚くのはまだ早い。彼は何とあのフランク・マーシャル・ディヴィス(Frank Marshall Davis)の同志であった。このブログの読者なら、えっ ! 、フランクって、あのオバマの大好きな「フランクおじさん? 」と尋ねるだろう。そう、父親が誰か不明なオバマに白人社会への憎しみを植え付け、共産主義思想を伝授した人物である。なんかTVドラマのストーリーみたいに、登場人物が過去で繋がっている。

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(左:フランク・マーシャル・デイヴィス/右:フランクと似ているオバマ)


  ヴァーノン・ジャレットはテネシー州のノックスヴィル大学を卒業すると、シカゴに移り住み、左翼新聞社シカゴ・ディフェンダー(Chicago Defender)の記者となった。この「シカゴ・ディフェンダー」紙は、アメリカ共産党の影響を強く受けており、フランク・マーシャル・デイヴィスも寄稿していたらしい。デイヴィスと共産党を通して繋がっていたジャレットは、表向き記者仲間として共に働いていたのだ。1946年、ジャレットは共産党のシカゴ評議会員に選出された。この支部は後に、「民衆政を目指すアメリカ青年(American Youth for Democracy)」という、もっともらしい名前で通っていたが、いわゆる共産党青年部に過ぎない。ジャレットの党員歴は、聯邦下院の非アメリカ活動委員会で暴露されてしまった。(Hearing before the Committee on Un-American Activities, House of Representatives, EighthCongress, first Session on H.R. 1884) デイヴィスはシカゴからハワイに移って、そこでオバマの母親アンと知り合うが、共産党員としての活動が目立つようになると、FBIの監視対象になった。FBI職員が遠くの海岸やビーチ・ハウスに隠れて、デイヴィスの写真を撮っていたらしい。

  1948年にジャレットはシカゴ・ディフェンダー社を辞め、赤い同志オスカー・ブラウン(Oscar Brown)と一緒に「ニグロ・ニュースフロント(Negro Newsfront)」というラジオ番組を始めた。それと同時に、シカゴ・トリビューン紙で、初の黒人コラムニストになり、後にシカゴ・サン・タイムズ紙の編集委員にもなったという。メディア界での立場を利用して、ジャレットは政界に食指を伸ばした。彼はシカゴで初の黒人市長になるハロルド・ワシントン(Harold Washington)を支援し、悪の街シカゴを黒人が支配できるよう画策したのだ。シカゴ政界で暗躍していたジャレットは、若きオバマに最初から注目していた。そりゃ友人のフランクが可愛がっていた坊主だから当然だろう。シカゴの州下院議員だったキャロル・モズリー・ブラウン(Carol Moseley Braun)が、聯邦上院議員に出馬した時、オバマは裏で活動していたらしい。オバマのような左翼活動家が黒人票をかき集めたので、ブラウンは黒人女性初の上院議員になれたし、クリントン政権下ではニュージーランド大使になれた。オバマが所属していた「プロジェクト・ヴォート(Project Vote)」という組織は、政治に関心が薄い有色人種に働きかけて、有権者登録を勧めてマイノリティー票を増やそうとしていた。だから、シカゴではたくさんの黒人議員が当選できたのである。ワシントン市長が誕生したのも、ジャレットのような共産主義者が熱心に選挙活動をしたからである。

Carol Moseley BraunHarold-WashingtonRichard Daley 1Valerie Jarrett 5








(左:キャロル・モズリー・ブラウン/ハロルド・ワシントン/リチャード・デイリー/右:ヴァレリー・ジャレット)

  黒人が権力者になれば、そこに新たな黒人が集(たか)ってくる。ジャレットはジャヘナリストの立場を駆使してハロルド・ワシントンを市長にしようと奔走した。すると、今度は晴れて当選したワシントンのもとに、義理の娘ヴァレリーが顧問としてやって来た。彼女は次ぎにあの悪名高いリチャード・デイリー(Richard Daley)市長の下で、補佐官代理を務めたのである。その頃、ヴァレリーはオバマの婚約者であったミッシェル・ロビンソン(後のオバマ夫人)を、陣営に雇ったのである。こうした経緯が背景にあったから、ヴァレリーはオバマが上院議員選挙に出馬した時に、財政部門を取り仕切ったのである。大統領になったオバマは、お返しにホワイトハウスに招いて、上級アドヴァイサーにしてやったのだ。左翼たちは互いに助け合って権力を掴み、ひとたび要職に就けば、仲間を引き込んで権勢を拡大する。公職をもらった同志は、さらに仲間を呼び寄せるので、まるでネズミ講のように同類が増える。左翼というのは、人選を能力ではなく同志という理由で行う。無能であっても黒人であったり、共産党員であればいいのだ。 

Valerie Jarrett & Obama  オバマの周辺を調べると、日本人でさえうんざりするくらいだから、愛国者のアメリカ白人なら尚更しょんぼりしてしまう。建国当時のアメリカ人は、まさか将来黒人が大統領になって、フランス革命思想を広めるとは想像していなかった。独立戦争を戦った元イギリス臣民の子孫は、先祖から受け継いだ共和国を、もはや「ホーム・カントリー」と呼べなくなっている。「ホーム(我が家)」という懐かしく、暖かい国家ではなく、不法入国者や奴隷の子孫、不気味な異人種が混在する雑居房が、現在のアメリカ合衆国である。この国籍を持つ異邦人が、祖先の遺産を食いつぶしているのだ。個人の家庭に譬えるなら、見ず知らずの人間や、敵対するよそ者、犯罪者、ゴロツキが家の中に土足で入ってくる状態といったところか。代々守ってきた家訓をこの侵入者や居候(いそうろう)が、勝手に変更したり、祖先の遺品をぶちこわすか換金してしまうようなものである。そして遺産相続となるや、彼らはどこからか「権利」を持ち出して、「オレにもよこせ」と要求する。こんな図々しさに、抵抗できない世帯主は情けない。もし、侵入者が大勢居坐って、家人と多数決で物事を決めるようになったら、屋敷ごと奪われてしまうかも知れない。また、役所と居候が結託すれば、侵入者がいつの間にか養子となって主人の戸籍に入っているかも知れないし、土地の権利書も書き換えられてしまうだろう。こんなことは一般家庭で現実には起きないが、国家になると起こってしまうのだ。アメリカは既に手遅れの状態になっているから、国家の中身が変化し、土地は同じだが、そこに住む人間は違っている。移民を受け入れようとしている日本も、アメリカの二の舞になることは確実。他国が社会実験をしたら失敗したのに、日本の左翼はそれを我が国でも再現したいと願っている。賢者は歴史に学ぶというが、それより一般人は現在の失敗を直視すべきだ。  




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