無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

アメリカ合衆国

愛される大統領の理由 / 「偉大なる対話者」レーガン

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


好評発売中 !

民衆党員も愛した共和党の大統領
Ronald Reagan 002Ronald Reagan 3








(左: 若い頃のロナルド・レーガン  /  右: 大統領になったレーガン)

  日本には“いつも”天皇陛下がいらっしゃるから、誰が総理大臣になろうが「まぁ、しょうがないか!」と我慢できる。だが、共和国だと事情が変わってくる。人民投票で選ばれる国家元首には、どうしても劣悪な者や凡庸な者が混じってしまう。言い換えれば、民衆の平均的資質の半分もない代表が誕生するということだ。しかし、血統による世襲君主だと、民衆の気紛れや無知で選ばれる訳じゃないから、比較的まともな王様が即位するし、“たまに”だが偉大な帝王が現れる。日本人は容易に明治大帝や昭和聖帝を思い浮かべるが、西歐人だとこうした幸運はまだ経験したことが無い。ましてや、共和政のアメリカ合衆国だと貴族的大統領なんてほとんどなく、想い出されるのは、戦争を楽しんだ赤いフランクリン・D・ローズヴェルトか、暗殺されたリベラル派のアイドル、ジョン・F・ケネディーくらいだ。

FDR 001JFK 3Lyndon_Johnson 1









(左: フランクリン・D・ローズヴェルト  / 中央: ジョン・F・ケネディー  /  右: リンドン・B・ジョンソン)

  ただし、多くのアメリカ国民から愛されたロナルド・W・レーガン大統領はちょっとタイプが違っている。歴代大統領の中でも、レーガン氏は上位のクラスに入る人物かも知れない。何しろ、レーガン大統領は民衆党支持者を共和党に引き入れた功労者であるからだ。1970年代のアメリカはリベラル色が非常に強く、ベトナム戦争の後遺症もあって、左翼や反米主義者が社会の至る所で大きな顔をしていた。都市部と人心は荒みきっていて、「古き良きアメリカ」の面影は遠い過去の遺物となっていたのだ。例えば、紳士となるべき青年はだらしない服装で無精髭を生やし、フリーセックスと称して淫行三昧。勇ましく反戦を唱えるが、その本性は卑劣極まりない弱虫。同様に、アメリカ人女性も礼儀を弁えるレディーとはかけ離れていた。フェミニズムを信奉する女学生なんて、学歴を積んだ娼婦に等しい。いくら世界平和と人類愛を訴える若者といっても、その正体は快楽と怠惰に耽るフラワーチルドレンとかヒッピーの類いで、マリファナを売買して小銭を稼ぐロクでなしだ。こうした時代に選ばれたのは、根っからの悪党であるリンドン・ジョンソンとか、至って平凡なジェラルド・フォード。エスタブリッシュメントではない事を「売り」にしたジミー・カーターは、海軍士官上がりの政治家だが、どちらかと言えばジョージア州によくいる牧師か、ピーナッツ畑で働く農夫が相応しい。人権外交を掲げたジミー・カーターは、民衆党員でも厭になるくらい無能な大統領だった。

Gerald Ford 001Jimmy Carter 2Ronald Reagan 1









(左: ジェラルド・フォード  / 中央: ジミー・カーター  /  右: ロナルド・レーガン)

  TVドラマやドキュメンタリー番組を観れば分かるけど、当時のアメリカは風紀が乱れた上に、スタグフレーションに苦しんでいた。カーター政権は何とかしようと打開策を模索したが、二進も三進も行かない状態だ。(「スタグフレーション」は景気停滞とインフレが併存する状態。) しかも、イランの人質奪還作戦が失敗に終わったので泣きっ面に蜂の状態だった。そこに現れたのが元カルフォルニア州知事のロナルド・レーガンだ。大統領選に出馬したレーガン氏は69歳という高齢だったが、レイムダックのカーターを破って当選。二期目を目指した1984年の大統領選では、特筆に値するほどの大勝利だった。対立候補は元副大統領のウォルター・モンデールであったが、絶大な人気を誇るレーガン大統領は騎虎の勢い。全米50州のうち49州を獲得する地滑り的勝利を収めた。モンデールが取れた州は、地元のミネソタ州だけ。恥ずかしくて逃げたくなる程の惨敗だ。

Walter Mondale 1(左  /  ウォルター・モンデール)
  今の共和党員の中にはレーガン大統領に心酔した保守派が結構いる。大学生の頃、レーガン大統領に魅了されて民衆党を去り、新米の共和党員になった人もいるくらいだ。筆者が米国に居たとき、時たま中高年のアメリカ白人と雑談する機会があった。そうした時、「1980年と84年の大統領選挙で誰に投票したのか?」と尋ねてみると、圧倒的に「レーガンに入れた」と答える人が多かった。元々民衆党員だったけどレーガンを気に入り、共和党に鞍替えした、というオっちんやオバちゃんが珍しくなく、政策よりも「人柄」で選んでいたそうだ。特に、南部の白人保守層は民衆党に嫌気が差していたから、リベラル派を批判するレーガンの登場は彼らにとって渡りに船だった。南北戦争以来、南部は民衆党の牙城で、親子代々民衆党員というのは非常に多い。ところが、「レーガン革命」で南部諸州はオセロ・ゲームのように「青(民衆党)」から「赤(共和党)」へと変わってしまった。レーガン以降、今でも南部と中西部は共和党の安全地帯となっている。

Ronald Reagan childhood(左  /  幼い頃のレーガンと両親)
  それにしても、レーガン大統領の魅力とは何だったのか? 彼のニックネームは「ダッチ」だが、世間は彼を「偉大なる対話者(Great Communicator)」と呼んでいた。(レーガン氏はアイリス系アメリカ人だったが、幼少時、彼の父親が「小さくて太ったオランダ人<fat little Dutchman>みたいだ」と評したことから附いた綽名であるそうだ。) レーガン大統領と言えば、「信念の人」というイメージが強い。元ハリウッド俳優だったから演技が上手いという理由も挙げられるが、それでも彼は真摯な態度を以て人々に接したと言えるのではないか。レーガン氏はかつてこう述べていた。「もし、あなたが心底信じているものがあれば、それを達成するまで、何度も繰り返し述べるだけの価値はある」と。(Lee Edwards, "What Made Reagan a Truly Great Communicator", The Heritage Foundation, February 5, 2018)

  確かに、自ら「正しい」と思った事なら、何遍でも口にできるし、たとえ困難にぶち当たっても迷わず貫くことができるだろう。親の地盤を継いだだけの二世議員など、筋金入りの共産党員と比べたら稚児に等しい。「共産主義社会を実現するためにも、現体制と天皇制を必ずや倒してみせる !」と心に誓う共産党員は、雨にも負けず、貧乏にも挫けず、批判をモノともせず、ただひたすら我が道を歩む。池田大作にぞっこんの創価学会婦人部も同類で、名誉会長様のためなら、たとえ火の中水の中、肥溜めが見えても怯まない。愛人にうつつを抜かす後藤田正純とか、毛並みがいいだけの岸田文雄じゃ勝てないぞ。また、二階俊博に寄り添って支那利権のお零(こぼ)れに与ろうとする中堅議員なんか、親分の顔を伺うだけの木偶の坊だから、100円の風見鶏よりもセコい。ところが、確固とした信念を持つ政治家は違う。目先の利益に敏い周りの者からは、「頑固者」とか「厄介な奴」と思われがちだが、それにめげず、1年、2年、10年、20年と続けていると「中々たいした奴だ」という評価を得る。というのも、大半の政治家は高邁な理念を掲げるが、それをマスコミから非難されると直ぐに引っ込め、大衆迎合の政策に舵を切るからだ。

Robert Taft 1Barry Goldwater 1Harry Byrd 2James Eastland 2







(左: ロバート・タフト  / バリー・ゴールドウォーター  / ハリー・バード  /  右: ジム・イーストランド)

  こう言えば、「レーガン大統領だって民衆党から共和党に鞍替えしたじゃないか」という批判もあるが、レーガン氏は非常に切り返しが上手かった。彼はある演説の中でこう述べていた。「私は民衆党を去ったのではない。民衆党が私のもとを去ったのだ」と。1930年代から40年代にかけて、フランクリン・D・ローズヴェルトは絶大な人気を誇り、保守的な国民でも彼の虜となったから本当に凄かった。映画業界で組合活動をしたいたレーガンにとっても、ローズヴェルトはヒーローで、民衆の味方と考えられていた。しかし、その後の民衆党政権は社会主義思想に染まったまま、リベラル路線を突き進み、反撥を招いても人種混交を推し進め、共産主義にも融和的になっていた。これじゃあ、保守的アメリカ人の気持ちが離れていったのも当然だ。南部の白人層には保守的で敬虔なキリスト教徒が多かったのに、民衆党の中枢には、人種平等主義者とかフェミニスト、反戦主義者にして反米主義者、武力闘争も辞さない黒人過激派、綺麗事を並べるだけの白人リベラリスト、西歐的アメリカに恨みを抱くユダヤ人、深紅や朱色のマルキストが盤踞していたのである。だから、南部白人には保守派のロバート・タフト(Robert A. Taft)上院議員に好意を持つ者や、大統領選で有力候補になったバリー・ゴールドウォーター(Barry Goldwater)とレーガンに靡く者が続出したのだ。一方、リベラル派に乗っ取られた民衆党にも、1960年代までは保守派が存在しており、ヴァージニア州知事を経て連邦議会に進出したハリー・バード(Harry F. Byrd, Sr.)上院議員とか、ミシシッピー州選出のジム・イーストランド(James O. Eastland)上院議員が重鎮となっていた。

ジョークが得意で愉快な大統領

Mikhail Gorbachev 1
(左  /  ミハイル・ゴルバチョフ)
  レーガン大統領の魅力と言えば、彼の人格から滲み出るユーモアのセンスである。この第40代大統領はアメリカ国民に直接語りかける能力に長けていた。日本の政治家は自分の言葉で喋るとボロが出るから、危険を回避するためにも、役所に頼んで演説原稿を書いてもらう。しかし、官僚の作文を朗読するだけでは、聴いている方も飽き飽きするから却って逆効果だ。たとえ拙くとも、正直な気持ちを自分の言葉で述べた方がいい。その点、レーガン大統領は“役者”が一枚、二枚、否、十枚くらい上手(うわて)だった。この偉人は演説の秘訣を披露する。「聴衆に語りかけよ。ただし、彼らの頭ではなく。放送業界あるいは、政界の特別用語で話しかけては駄目だ。日常で使う普通の言葉を用いなさい」と。確かに、レーガン氏のスピーチは簡潔で面白く、誰にでも分かる。だから、レーガン大統領が話し始めると皆がジっと彼の方を見つめ、その内容に耳を傾けるのだろう。

  人前で喋るときに肝心なのは、面白くて簡潔なこと。そして、真心(まごころ)を添えて語りかけることだ。日本の政治家だと、各業界のお偉方に対する胡麻すりや、票集めを狙った自己宣伝に努めるので、聴衆は最初から「居眠り」モードになる。だが、米国の政治家はジョークから始めようとする。つまり、落語の「枕」みたいなものだ。レーガン大統領は演説が巧みで、彼がパーティーや記者会見に現れると、みんな「今日はどんなジョークが聞けるのかな」と楽しみにしていた。そこで、数ある名作ジョークの中から幾つか紹介したい。

  冷戦時代のソ連では常にモノ不足で、ロシアの民衆は食糧を買うために店の前で長い行列に並ぶのが普通だった。雪が降る寒い日でも、長時間外で待っているんだから、日本の東北人も呆れてしまうだろう。1980年代、こうしたロシアを茶化すジョークは結構あった。

  あるロシア人労働者が、お酒を買おうと店の外で長蛇の列に並んでいた。そして、この男は友人に向かって、「もう、我慢できない。ゴルバチョフの奴を撃ち殺してやる!」と言い放ち、その場を去ったという。二時間後、彼は戻ってきた。友人が「どうだった? ゴルバチョフを殺せたのか?」と尋ねたところ、この怒れる男は「いやぁ~、ゴルバチョフを殺したい連中の列が、酒屋の行列より長くてさぁ」と答えたそうだ。(Tristin Hopper, "The CIA has declassified a bunch of jokes. Here are the best ones", National Post, September 20, 2018) こうしたジョークを聴くと、アメリカの聴衆は大爆笑。

  別のジョーク。冷戦時代には西側と東側のスパイ合戦が激しく、しばしばアクション映画の題材にもなっていた。ロシア人の諜報員が西歐諸国に潜入するのはザラだから、スパイに関するジョークも珍しくない。

  ある時、アイルランドで活動しているロシア人スパイに緊急事態が発生したので、クレムリンのお偉方は急いで連絡役を派遣することにした。そこで諜報機関の親玉は密使にこう告げる。潜入スパイは「マーフィー」という名前の人物だ。接触するときには「今日はいい天気だが、今夜はもっと素晴らしくなるでしょう」という“合い言葉”を使うんだぞ。密命を受けた男はさっそくアイルランドに渡り、小さな街の酒場に入った。彼はパブのカウンターに肘を突き、酒を一杯注文する。そして、バーテンダーに声を掛け、「どうやったらマーフィーと接触できるんだ?」と尋ねた。

  質問を受けたバーテンダーはこう答えた。

  「そうだなぁ、お客さんが会いたがっている農夫のマーフィーなら、あそこの道を2マイル下ってみな。農家が見えるから、そこを左に曲がるんだ」

  バーテンダーは続けて言う。「もし、靴職人のマーフィーに会いたきゃ、外の通りの向かいにある建物の二階にいるからさ!」

  この話を聴くロシア人は酒をグィっと飲み干し、例の「合い言葉」である「今日はいい天気だが、今晩はもっともっと素晴らしくなるでしょう」という不思議な言葉を述べてみた。すると、バーテンダーは「ああ、スパイのマーフィーのことだね ! 彼ならさぁ・・・」と教えるところで、観客席から笑いが起きる。これは、街の誰もが秘密の「合い言葉」とロシアからの潜入スパイを知っている、というジョークだが、アメリカの大衆はこうした笑い話が大好きだ。とりわけ、レーガン大統領が話すと更に面白い。

  こうした愉快な話は日本の議員や官僚にも参考になる。日本の国会議員が何らかの問題を交渉するため渡米し、記者会見を開くことがあるけど、そうした時に、グチャグチャと細かな事を説明したり、一方的に我が国の立場を主張しても、アメリカ人にはほとんど通じない。むしろ逆効果だ。彼らは支那人や朝鮮人みたいな顔をした日本の政治家に興味は無い。会社の命令で取材しているだけだから、日本側の立場を理解しようとせず、どこかに矛盾や欠点がないかを調べる。つまり、やって来た外人議員の「あら探し」をするという訳だ。日本の政治家は英語が不得意なうえに、下らない演説しかできないから、アメリカ人は誰も振り向かない。しかも、相手にするのは国務省や商務省の役人ときているから、アホな子供のように扱われて鄭重に追い返されるだけだ。それなら、面白い演説を英語で話せるよう訓練し、アメリカの民衆を相手に話をした方がいい。ただし、一般のアメリカ人は難しい事は分からないから、政治演説はなるべく「伝えたい事」だけに絞り、それを手短に話すに限る。演説の序盤から中盤に掛けては、誰でも分かるジョークやユーモアを交えて話し、最後の1、2分で要点を伝えればいい。そうすれば「日本側にも一理ある」と思うアメリカ人も出てくるし、好印象を持った人は具体的に聞いてみようという気になる。

  しかし、いくら「面白い」といっても、レーガン大統領は単に愉快なオジさんという訳ではない。簡潔だが力強いメッセージをアメリカ国民に訴えかけていた。例えば、大統領から直接的に「強いアメリカに戻ろう」とか、「敬虔な信仰を持ったアメリカ人」になろうと言われれば、一般国民はその真摯な呼びかけに心を打たれる。カーター政権の頃までのアメリカは本当に惨めだった。1970年代だと、国内で反戦活動家が大手を振ってアメリカを糾弾し、ベトナムで戦った将兵を「赤ん坊殺し」と罵ることもあったという。屈辱的なサイゴン陥落を想い出せば、どれほどアメリカ人が意気銷沈したかが分かるじゃないか。しかも、本国は景気低迷で失業率が上昇するし、街中では星条旗を踏みにじる者まで現れた。「かつてのアメリカは何処へやら」で、社会的モラルはボロ切れのようにズタズタである。悪いことは重なるようで、当時は社会保障の増大が肯定され、黒人社会には「福祉依存の母親」が当り前のように存在していた。これを目にしたレーガン大統領は、福祉を拡大する大きな政府に危機感を覚え、社会主義を促進するリベラル派に反対した。また、ベトナム戦争で亡くなったり負傷した将兵を慰め、国家に尽くした軍の名誉を恢復したから、保守派の多くから愛されたのも当然だ。

Mikhail Gorbachev & Reagan 1(左  /  軍縮会談のレーガンとゴルバチョフ)
  愛国心を鼓舞するレーガン大統領は、無責任な平和を口にし、ソ連との軍事交渉で緊張緩和を要求する左翼に対し、毅然とした態度を示していた。中でも衝撃的だったのは、レーガン大統領がソ連を「悪の帝国(Evil Empire)」と呼んだことだ。筋金入りの左翼は別にして、第二次大戦後の知識人は一般的に社会主義への“憧れ”や、人前では隠したい“共感”を持っていたので、露骨に批判する事はできなかった。しかし、レーガン大統領には遠慮が無い。はっきりと、明確に、ソ連を「邪悪」と断罪したのだ。これにはリベラル派も驚いた。従来の政治家だと、どこかしらに遠慮とか躊躇(ためら)いがあって、ロシアに対して強硬な姿勢を取れず、軍縮会議でも何らかの譲歩をしてしまうのだ。カーター大統領は軍の技術面については詳しかったが、軍隊をどう用いるのか、あるいは敵国を相手にどう交渉を進めるのかについては素人同然だった。

  ところが、レーガン大統領は大違い。悪い奴には圧倒的な武力で対抗すべし、と本能的に解っていた。だから、ソ連やそのシンパを遠慮無くたたっ斬る。左翼との対決に情けは無用。保守派はどんな奴が相手なのかをよく観察すべきだ。リベラル派は保守派の弱みを突く。すなわち相手の気持ちを忖度し、手加減してしまう保守派の良心を見透かす。保守派が反撃する前に、その弱点を容赦無く叩いて、優位に立とうとするから実に狡猾だ。したがって、保守派も先制攻撃を用いて、積極的にリベラル派を攻撃する方がいい。否、そうすべきだ。

George H W Bush 1(左  /  ジョージ・ブッシュ)
  昨年亡くなったジョージ・H・W・ブッシュ元大統領はレーガン政権で副大統領を務めていたが、人間的魅力には乏しい人物だった。見るからに偉そうな役人といった感じで、一般民衆は親しみを持てなかったという。演説の時に人を笑わせようとジョークを披露しても、何となく無理しているようで、ちっとも面白くないから、聴衆は義理で笑うしかなかった。しかし、レーガン大統領は天性の素質があったのか、政治権力をちらつかせなくとも多くの人が近寄ってきた。しかも、選挙となれば大喜びで全米各地を遊説し、各地の民衆は陽気な大統領の姿を目にして拍手喝采だ。レーガン大統領は本当に選挙に強かった。彼はまさしく国家元首に相応しい大統領で、米軍の白人将兵なら、レーガン大統領から勲章をもらいたいと望むはずだ。それとは逆に、徴兵逃れをしたビル・クリントンとか、隠れマルキストのバラク・オバマじゃ厭になる。後々まで残る記念撮影をするんだから、隣に立つ最高司令官は偉大でなきゃ。サンタクロースと一緒に写真をとる子供だって、白髭のオジさんがスケベとか黒人じゃガッカリするだろう。やはり、憧れの人は立派でないとね。




人気ブログランキング

静かなる精神改造 / 性から始まる破壊工作

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


好評発売中 !

NHKによる精神革命
Angela Ponce 5Gay couple 3








(左: 「ミス・スペイン」に選ばれた元男性のアンジェラ・ポンス  /  右: 幸せそうなゲイのカップル)

  赤色革命を目指す勢力は一枚岩ではない。軟弱なピンクから朱色の偽善家、真っ赤な確信犯までと様々だ。こうした人物の中には、まどろっこしい演説よりも銃を構えて現体制を打倒しようとする武闘派がいたり、選挙で政権を奪取しようとする悪党もいる。しかし、こうしたゴロツキよりも厄介なのは、既存の社会機構に深く浸透し、内部から組織を侵蝕しながら、仲間を増やして乗っ取ろうとする連中だ。戦前は暴力革命に惹かれた若者が多かったが、1960年から70年代になると“現実派”が主流となり、政界や官庁、学校、新聞、テレビ局などに入ってチャンスを伺う者が増えてきた。多少冷静に考えてみれば分かるけど、ヘルメットを被ってゲバ棒を振ったからといって、そう簡単に権力を握れるものではないし、穏健な大衆は過激な大学生に嫌悪感を覚えて離れてしまうから、共産主義革命なんて夢の又夢である。

  第一、日本は「革命家」で喰って行ける国じゃない。革マルに入ってプロのテロリストになるんなら別だが、快適な教室で人気者になりたいと欲するだけの俗物だと出世に目が眩むし、肝心の財布が寂しくなるから自分の将来が心配になる。それなら、役所や会社に入って左翼活動を副業にした方がいい。 市役所の職員や霞ヶ関の官僚になれば終身雇用だし、給料も恩給保障されているから安心だ。左翼は本質的に図々しいから、「善き事は他人の銭で」というモットーを基本とする。しかも、「困った人を助ける」という名目で社会福祉を増大すれば、役所の権力がそれに附随して膨れ上がるし、赤い同志にも役職を与えることができるから一石二鳥だ。もちろん、彼らが手にする原資はいつも税金。これなら惜しみなく与える事ができる。なるほど、他人のゼニをばらまくだけだから自分の懐は痛まない。

  新聞社に勤める左翼分子も同じ穴のムジナで、彼らの給料はアホな購読者からのお金で賄われている。だいたい、新聞記者なんて会社に寄りかかっている「社員」に過ぎないのに、読者の前では「独立不羈のジャーナリスト」を名乗っている。「社会正義」を飯の種にしているだけのタカリ屋が「正義の味方」なんてチャンチャラ可笑しい。冷暖房完備のオフィスで筆を動かしてるオっさんは、「社会の木鐸」じゃなくて、木魚を叩く生臭坊主ていど。単に会社の方針に沿って提灯記事を書くだけなら大学生にもできるじゃないか。憐れなのは30年以上も新聞社で暮らしている記者で、会社の肩書きを失えば“ただの人”になってしまい、人を唸らせるよう文章を書けなくなってしまうのだ。昔は、筆一本で渡り歩くことが出来る“独立派”のジャーナリストがいて、各社が三顧の礼を用いて招いたものだ。明治の頃を思い出せば分かるが、陸羯南(くが・かつなん)や黒岩涙香(くろいわ・るいこう)、三宅雪嶺(みやけ・せつれい)、徳富蘇峰(とくとみ・そほう)、内村鑑三(うちむら・かんぞう)、長谷川如是閑(はせがわ・にょぜかん)など豪華絢爛。彼らはどこの新聞社に入っても腕を振るうことができた。今の新聞記者で他社から「実力」を買われて、「ウチに来てくれないか !」と“お呼び”のかかる者はいるのか? 退職後は会社に天下り先を用意して貰って大学教授になるくらいの連中じゃ一生無理だ。

Kuga Katsuman 1Tokutomi Soho 1Kuroiwa 1Uchimura Kanzou 1








(左: 陸羯南  / 徳富蘇峰  / 黒岩涙香  /  右: 内村鑑三)

  他人の銭を湯水の如く使う連中といえば、真っ先にNHK職員が目に浮かぶ。何千億もの予算を確保するNHKは、全国各地の庶民から巻き上げた受信料を元に、巧妙な反日番組を熱心に作っている。NHKが狡猾なのは、娯楽作品をたくさん提供しながら、そこに少量の教養じゃなく、害毒を混ぜていることだ。脳天気な国民はNHKが放送するスポーツ番組や歌謡ショー、大河ドラマなどを観て喜んでいるが、その裏で制作される邪悪な特番に気付かない。また、腹立たしいことに、NHKは国民のお金で仲間を養っている。支那人や朝鮮人の学者とか左翼系有名人をゲストに招いて有名にし、地方での講演活動をしやすくしているのだ。これじゃあ、「皆様のNHK」と称する公共放送は、平壌か北京の声を代弁する日本支局みたいなものである。不愉快な過去を思い出したくないけど、何の学問的業績もない姜尚中を寵愛したNHKは、一体どこの放送局なのか? (ちなみに、東大教養学部の教授だった姜は、マックス・ウェバーの研究を専門にしていたというが、どこに主著があるのか判らない。そもそも、彼の学術的貢献なんて聞いたことがないぞ。)

  最近、またもやNHKから害毒が垂れ流された。何と、来年の1月15日から支那語のニュースや番組をインターネット動画で配信するサービス「NHK華語視界(かごしかい)」が始まるそうだ。(「中国語のニュースや番組 NHKがネットで動画配信へ」 NHK NEWS WEB 2018年12月19日) NHKの言い訳によると、世界には支那語を話す人々が多く、東京オリンピックの開催により支那語圏からの訪問客が増えるので、日本のトレンドや情報を伝えたいだって。これに加えて、医療技術やアジア各国のドキュメンタリーも流すらしい。NHK国際放送局の高井孝彰専任局長は、日本の文化のみならず災害情報なども発信したい、と“もっともらしい”理由を述べている。しかし、本音としては、日本に住みつく支那移民のために娯楽や情報を提供し、彼らの安全な暮らしを支えたいということなんだろう。そんなに在日支那人が好きなら、NHK職員の給料を削減して予算にすればいいじゃないか。どうして日本国民の受信料を流用するのか? NHKは「国際化時代」を名目にして、支那文化を全国各地に充満させ、日本人の「支那嫌い」を取り除こうと謀っている。確かに、腐った魚の臭いでも、毎日嗅いでいると我々の鼻は鈍感になるから、そうした人間の特質利用し、「日中友好」を狙っているに違いない。

男子に生理が?

  国民の意識を無理矢理にでも変えてしまおうとする連中は世界各国にいるようで、リベラル派が牛耳るブリテンでは恐ろしい洗脳教育がなされている。日本人には信じられないが、英国の子供達は新たな性教育の授業で、「性別を問わず全ての人には生理がある」と教えられるそうだ。この改正された教育方針はある報告書に基づいているそうで、「性転換した少年および男性、非両性保有者には生理があり、月経は全てのジェンダーが持つ特質」らしい。(Helen Horton, "Boys can have periods too, children to be taught in latest victory for transgender campaigners", The Telegraph, 16 December 2018) 普通の日本人男性だと、「えっ ?! 何言ってんの?」と理解できないだろうが、要するに、女の子になった“元男子”への配慮がなされいる、という事だ。でも、性転換した少年のために、「誰でも生理があるのよ」と教えるなんて馬鹿げているんじゃないか。だいいち、現場の教師はどう思っているんだ?

  日本の学校でこんな授業が行われたら、息子を持つ父親が怒鳴り込んでくるし、母親だって担任の先生に猛抗議するだろう。もし、小学生の息子が、「ママ、僕にもナプキンが必要なの?」と訊いてきたら、母親はどう答えるのか? たぶん、夫に向かって「ねぇ、あなた何とか言ってよ !」と頼むんだろうが、戸惑った亭主は「えっ、何で俺が説明しなくちゃならないんだ」と逃げ出す。まるで、「クレヨンしんちゃん」に出て来そうな場面だけど、一般家庭で性教育なんて絶対にタブーだ。だいたい、日本の父親だと性については何も語らないし、どうやって赤ん坊が出来るのかさえ恥ずかしくて教えられないだろう。したがって、「性転換」や「同性愛」などは最初から論外だ。英国の保守党議員であるデイヴィッド・デイヴィス(David Davies)氏は新聞記者のインタビューを受けて、子供にあんな事を教えるなんて正気じゃない、と答えていた。ゲイやレズビアンを支援するNHKなら、英国の性教育に賛同するだろうが、まともな日本人なら「ドアホ !」と一喝するはずだ。

  歐米や日本の左翼にとって、憧れのソ連が崩壊したことは衝撃的事件で、夢にまで見た共産主義世界は本当の「夢」になってしまった。しかし、彼らのエートス(行動様式)には慣性の法則があるようで、目標を失っても走り続けている。すなわち、現状の社会を破壊しようとする心情が残っているのだ。とにかく、左翼は伝統的なものなら何でも叩き潰そうとする。皇室や王室があれば「憎しみの対象」として廃絶しようとするし、国境があればレイシズムの元兇と考え、ちょっとづつでもいいから崩したいと考える。だから、男女を区別する風習や道徳があれば、それを撲滅したいと望んでしまうのだ。たぶん、人種差別が悪なので、男女区別も駄目ということなんだろう。彼らにとっては、労働者を搾取する資本家や黒人を差別する白人は死刑に値する極悪人だから、LGBTの少数派を排斥する正常者も抹殺の対象者となる。

  第21世紀は本当に価値観が激変した時代になってしまった。毎年恒例のミス・ユニヴァースを見れば一目瞭然だ。日本人でも薄々気付いていると思うが、大会の優勝者が「人種的配慮」で選ばれるのは、もう公然の秘密となっている。1999年に優勝したのは、ボツワナ代表のムプル・クェラゴベ(Mpule Kwelagobe)だし、2007年だと日本代表の森理世、2011年にはアンゴラ代表のレイラ・ロペス(Leila Lopes)、2017年なら南アフリカ代表のデミ・レイ・ネル・ピータース(Demi-Leigh Nel-Peters)という結果であった。これじゃあ、期待して観ている方が白けてしまうじゃないか。

Mupule Kwelagobe 2Leila Lopes 1Demi-Leigh Nel-Peters 2Riyo Mori 1








(左: ムプル・クェラゴベ  /  レイラ・ロペス / デミ・レイ・ネル・ピータース /  右: 森理世)

  今年2018年の優勝者はフィリピン代表のカトリオーナ・グレイ(Catriona E. M. Gray)であったが、注目すべきはスペイン代表のアンジェラ・ポンス(Angela Maria Ponce)の方である。(ちなみに、グレイ氏は「フィリピン代表」であるが、父親がドイツ人なのでゲルマン系フィリピン人となっており、土着民とはかなり違った容姿になっている。) 一見すると、ポンス氏はファッション・モデルのように思えるが、元々はエンジェル・マリオ(Angel Mario Ponce Camacho)という名前の男性だった。以前の「ミス・ユニヴァース」だと、出場者は「生まれながらの女性」に限られていたが、2012年、性転換者のジェナ・タラコヴァ(Jenna Talacova)が異議を申し立てたので、主催者がルールを変更し、「女性に生まれ変わった元男性」でも参加できるようになった。ついでに言うと、当時の主催者はドナルド・トランプ。美女に囲まれることを好んだ不動産王でも、世間の圧力に対抗できず、しぶしぶながらも性転換者を許すんだから、時代の変化とは恐ろしいものである。

Catriona Gray 9Angela Ponce 1Jenna Talacova 2







(左: カトオーナ・グレイ  / アンジェラ・ポンス  /  右: ジェナ・タラコヴァ)

ホモが珍しくないアメリカ

  最近、ブロードウェイの演劇で、1970年代に話題となった『トーチ・ソング(Torch Song)』がリメイクされたという。これは同性愛者を主人公にした演劇で、ユダヤ人俳優のハーヴェイ・ファイアーシュタイン(Harvey Firestein)が主演と脚本を務めた作品である。彼はゲイであることを公表した初期の役者で、告白した当時は社会に衝撃と嫌悪感を与え、有名ジャーナリストのバーバラ・ウォルターズ(Barbara Walters)がインタビューを行ったくらいだ。今回のリメイク版で主役に抜擢されたのは、マイケル・ユーリー(Michael Urie)という若い男優で、彼も同性愛の性癖があるようで、LGBTの良き理解者であるという。

Harvey Firestein 1Harvey Firestein 3Michael Urie 1







(左: ハーヴェイ・ファイアーシュタイン  / 中央: 『トーチ・ソング』に出演していた頃の若きファイアーシュタイン  /  右: マイケル・ユーリー )

  こんな気色の悪い演劇を手掛けるくらいだから、制作陣に同性愛者がいても不思議ではない。案の定、プロデューサーのリッチー・ジャクソン(Richie Jackson)はゲイである。彼は若い時にファイアーシュタインの『トーチ・ソング』を劇場で観て非常に感銘を受けたそうだ。米国で同性愛のTVドラマや映画を手掛ける連中は、たいてい私生活でもドラマと同じような人生を送っている。ジャクソンは以前、支那系俳優のブラッドリー・D・ウォン(Bradley Darryl Wong)を「パートナー」とし、代理母を通して子供をもうけていた。(こんなカップルに育てられる養子は本当に不憫だ。) しかし、子の親となった二人は間もなく離別し、独身に戻ったジャクソンは、大富豪の息子であるジョーダン・ロス(Jordan Roth)と同棲を始めたという。不動産王の父親と劇場プロデューサーとの間に生まれたジョーダンはブロードウェイ・ミュージカルに興味を抱いたのか、「ジュジャムシン劇場(Jujamcyn Theaters)」の支配人となっている。

Richie Jackson & Bradley Wong 1Richie Jackson & Jordan Roth 3









(左: リッチー・ジャクソンとブラッドリー・ウォン  /  右: リッチー・ブラッドリーとジョーダン・ロス)

      「異常」な要求が次々と「正常」な権利となるアメリカ社会では、同性愛者の結婚も「正当な権利」となっている。ゲイの結婚式なんてゾッとするが、彼らも「人権」とやらを持つ「アメリカ国民」なので反対できず、不本意ながらも承認されているようだ。合法となれば人々に躊躇が無くなり、祝福する連中も現れてくる。リッチーとジョーダンの「結婚式」はニューヨークにある劇場で行われ、その会場には著名なユダヤ人の大物が招かれていた。例えば、音楽業界のドンであるデイヴッド・ゲフェン(David Geffen)とか、CBSの社長と会長を務めたレス・ムーンヴス(Les Moonves)、ゴールドマン・サックスの会長だったロイド・ブランクフェイン(Lloyd Blankfein)、有名ブランド「GAP」の元最高経営責任者を経て、アパレル業界大手の「J.Crew」で会長を務めるミッキー・ドレクスラーMillard "Mickey" Drexler)など、ビックリするほどの面子が揃っていた。しかも、ニューヨークで不動産業を営んでいたドナルド・トランプも招待客の一人であったというから凄い。さぁ~すが、ユダヤ人の金持ちは人脈が広いよねぇ~。

David Geffen 2Les Moonves 3Lloyd Blankfein 2Mickey Drexler 2








(右: デイヴィッド・ゲフェン  / レス・ムーンヴス  / ロイド・ブランクフェイン  /  右: ミッキー・ドレクスラー)

  左翼陣営によって精神を改造される恐怖というのは、現代のアメリカ社会を見ればよく解る。今の若者は何とも思わないだろうが、80歳代の保守的なアメリカ人が人生を振り返れば、歎きと悲しみに覆われ、「古き良きアメリカは完全に消滅してしまった」と落胆するはずだ。1960年代以前のアメリカは信じられないほど敬虔な社会で、「僕はゲイでぇぇ~す!!」なんて口が裂けても言えなかった。もし、息子が男の恋人なんか作ったら、大黒柱の父親は激怒し、「男に惚れるとは何事だ ! 恥を知れ ! この馬鹿者が !!」と罵り、胸ぐらを摑んでぶん殴るだろう。側でこの叱責を見ている母親だってショックのあまり気絶しそうだ。「私はこんな子に育てた覚えはないわよ !」と泣き崩れる姿が目に浮かぶじゃないか。ところが、第21世紀のアメリカだと「ミー・トゥー運動」みたいに、「俺はゲイなんだ !」とか、「私はレズビアンなのよ !」と平気で口にする。

  この潮流は留まるところを知らず、性転換した元男子とか元女子、両性を兼ね備えた生徒が学校に現れ、男女兼用の便所、あるいはトランス・ジェンダー用の設備を作れと要求する。しかも、これにユダヤ人の人権屋とかリベラル派が加勢するので問題が非常にややこしくなる。例えば、ユダヤ人団体の「ケシェット(Keshet)」や「法律・社会運動ユダヤ人連盟(Jewish Alliance for Law and Social Action )」、「反名誉毀損同盟(Anti-Defamation League)」などは「差別」となれば目くじらを立てて政治的圧力を掛けてくるから、どんどん“性的平等”が実行されてしまうのだ。(Ron Kampeas, "Liberal USJewish groups ballot measures on immigration, transgender rights", The Times of Israel, 6 November 2018) こんなユダヤ人を見れば、アメリカ人だって米国版ナチ党を待望してしまうだろう。現在のアメリカ人は迫害されたユダヤ人を「可哀想」と思い込み、異人種を追放したヒトラーを絶対悪と見なしているが、それなら、この憐れなユダヤ難民を受け容れた結果、大切な祖国がどうなってしまったのか、彼らはよく考えてみるべきだ。政界や財界のみならず、若者に多大な影響を及ぼす教育界やメディア界に浸透したユダヤ人は、アメリカのキリスト教的倫理を踏みにじり、西歐的精神を腐蝕させてきた。彼らにアングロ・サクソン人の伝統を尊重する気持ちなんか微塵も無い。あるのは自分達を蔑んできた西歐人への憎しみだけだ。ゆえに、彼らは「こんな社会は叩き潰してやる !」と意気込む。まるで、日本人を恨む在日朝鮮人みたいだ。

  左翼リベラル派というのは、日本や欧米を問わず、その精神の奥底に深い怨念を宿している。だから、現地の伝統的社会を打倒するために、如何なる手口を用いようとも着実に壊そうと決意する。合法的手段を用いる時は「法的な抜け穴はないのか?」と詮索するし、他人の銭を流用する場合には、「人道主義」とか「国際化時代」を持ち出す。NHKの左翼分子は支那移民や帰化人を助けるという名目で支那語放送を開始するし、JRや私鉄も「支那人観光客のため」と称して駅構内で支那語のアナウンスを実施する。他方、街中には支那語や朝鮮語の看板や案内図が氾濫し、日本に支那人や朝鮮人が住むのは「当然」となっているのだ。こうした「アジア化」が至る所に蔓延すれば、一般国民は感覚が麻痺するから、「アジア的日本」に疑問を抱かない。

  民放もNHKに倣ってアジア人歓迎放送を垂れ流す。フジテレビは支那人観光客の到来を歓迎するし、TBSは昔から移民と難民を招きたがっている。テレ朝や日テレは朝鮮系の藝人を出演させ、日本人の鮮人嫌悪を中和させようと謀っていた。どおりで、健康だが頭のおかしい日本人が増える訳だ。皮肉なことだけど、現在の日本で意外と正常なのは現実に目覚めた元共産主義者かも知れない。「今更プロレタりア革命なんて無理だよなぁ」と疑う共産党員なら、NHKやTBSなどのメディアが詐欺師だと判る。そして、支那からやって来る詐欺師は安倍政権の詭弁を見抜いているのか、「移民政策は取りません」という安倍総理の言葉を聞いて、「あっ、移民歓迎のサインなんだ !」と喜ぶ。普段から他人を騙している支那人には、日本人には無い鋭い感性が備わっているのかも知れないぞ。




人気ブログランキング
記事検索
最新記事
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: