無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

アメリカ合衆国

マケインの暗い過去 / 「ハノイ・ホテル」での囚人生活

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黒木 頼景
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徹底したネガティヴ・キャンペーン
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  8月25日、共和党の大物議員であったジョン・シドニー・マケイン3世(John Sidney McCain III)が脳腫瘍のため81歳でこの世を去った。彼の死は党派を超えた悲しみとなり、いつもは民衆党贔屓のジャーナリストさえマッケインの昇天を歎き、各テレビ局がこぞって彼の葬儀を放送したので、日本でも多くの国民がその放映を目にしたはずだ。葬儀には軍人や議員だけでなく、歴代の元大統領も出席したから、まるで国葬のような雰囲気に包まれていた。ところが、一人だけ重要人物が欠けていたのだ。それはドナルド・トランプ大統領である。

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(左: ジョン・マケインの柩  / 右: ドナルド・トランプ )

  「トランプ憎し」のマスコミは、大統領のイメージを貶める絶好のチャンスと思ったのか、「偉大なる上院議員の葬儀に欠席するとは何事か !!」と大激怒。リベラル・メディアは「人間としての器が小さい頑固者」という印象を世間に与えるべく、悲しみの表情を浮かべるバラク・オバマやビル・クリントンの姿を映した。間抜けなアメリカ国民は、反対政党の議員であっても、その死を悼む元大統領に感動していたが、オバマの偽善は有名で、カメラを前にすれば鰐の涙を流すことができるし、アカデミー主演男優賞を獲得できる程の腕前を持っている。クリントンに至っては「いつものこと」だ。女房のヒラリーに浮気がバレれば何度でも否定できるし、愛人と恋人を手玉に取るくらい朝飯前。女房、愛人、娼婦を相手にしても、「君だけを愛している!」と平然と口にできるし、目薬無しでも同じ涙を何度も流せる。「飾りじゃないのよ、涙は」と歌うのは井上陽水と中森明菜くらいだろう。オバマとクリントンとって涙は大衆向けのサービスだ。

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(左: 葬儀に参列したオバマ夫妻とブッシュ夫妻  / 右: 葬儀に参列したクリントン夫妻とチェイニー夫妻 )

  偽善がプンプン臭うクリントンやブッシュ、オバマに比べたら、「俺は葬儀に行かないぞ!」と言い切るトランプの方が清々しい。本心を偽って教会に赴き、柩(ひつぎ)の前で涙ぐむなんて、誰もが厭だろう。選挙のために参列する議員の方がよほど薄汚い。嫌いな奴の葬儀には出ないという信念を貫くトランプは、ある意味、男らしいんじゃないか。生前、マケイン上院議員は同じ党に属していても、悉く大統領と意見を異にし、移民問題に関しては政敵に等しい存在であった。というのも、マケインは共和党議員であったが、外国人の受け容れに関しては民衆党寄りで、亡くなったエドワード・ケネディー上院議員と親しかった。日本ではあまり報道されないが、ケネディーは矢鱈と移民に優しく、不法移民まで庇う極左議員。たぶん、溺れる女を見棄てて自分だけ助かった“例の”スキャンダルを常に気にしていたから、マスコミに叩かれぬよう、いつも彼らの御機嫌を伺っていたのだろう。朝日新聞に擦り寄っていた宮澤喜一を思い出せば分かるはずだ。この元総理は「徴兵逃れ」という後ろめたい過去を持っていた。

闇に葬りたい過去を持つ英雄

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(左: 負傷したマケイン  /  右: 解放されたマケイン)

  実は、この卑劣なケネディーと馬が合ったマケインにも、人には触れられたくない過去があったのだ。マケインが政界に進出できたのは、不運にもベトナム戦争で敵軍の捕虜となり、恐ろしい苦難に堪えて帰国を果たした「英雄」だったからである。ところが、彼の輝かしい「過去」には暗い影があった。時は、1967年10月26日、海軍パイロットのジョン・マケイン少佐は「A-4スカイホーク(Skyhawk)」に搭乗し、任務遂行を図ったが、その途中で北ベトナム軍の攻撃を受け、ソ連製の地対空ミサイルで撃墜されてしまった。ところが、脱出時にヘマをやらかしたのか、彼は片脚と両腕を負傷することになった。一般の日本人は事情を知らないから、彼の捻れた腕を見て、「拷問でかなり痛めつけられたんだなぁ」と勘違いする。これは明確な証拠に基づく話ではないが、ある帰還兵の話によれば、マケインは治療を受けるため、北ベトナムに軍事情報を提供したそうだ。そして、彼が介護されたギ・ラム病院には、ベトナム人民軍の総司令官たるヴォー・クエン・ザップ将軍まで訪れたらしい。

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(左: パイロット時代のマケイン  / 右: ヴォー・グエン・ザップ )

  ベトナムで捕虜となったアメリカ兵の間では、マケインが鄭重な「もてなし」を受けたという噂が飛び交っていた。なぜなら、マケインは下層階級の兵卒と違って、海軍兵学校を出た軍人一家の息子で、人質としての価値が非常に高い囚人であったからだ。彼の父親は太平洋艦隊司令官のジョン・S・マケイン・ジュニア提督で、祖父は第二次世界大戦でウィリアム・ハルゼイ提督(Adm. William Halsey)のもとで空母を指揮したジョン・S・マケイン・シニア提督である。こんな家系のお坊ちゃんと判れば、北ベトナム軍とソ連の軍事顧問は拷問などせず、至れり尽くせりの待遇を与えて味方にしようと考えるはずだ。ベトナム人やロシア人にとって、生け捕りにしたアメリカ兵を嬲(なぶ)り殺しにするなんて造作も無いことで、場合によったら、ロシアン・ルーレットの余興を開いて賭の対象にするだろう。しかし、独裁国の諜報員は狡猾だ。捕虜の有効利用を考える。ロシアの軍事顧問は捕まえたマケインを好待遇で寝返らせ、「苦難に耐え抜いたヒーロー」に仕立てあげてから、「渋々ながら」を装って米国に送り返す。この作戦の肝はね拘留期間である。ベトナム軍は彼を即座に返却せず、五年半「ハノイ・ヒルトン(ホア・ロア収容所の別称)」に引き留め、「英雄神話」を作らねばならない。ベトナム側の脚本だと、マケインは「仲間の解放を優先したため、帰国が遅れたエリート軍人」、則ち、自己犠牲を厭わない英雄なのだ。

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(左: ジョン・マケイン・シニア  /  ジョン・マケイン・ジュニア / ジョン・マケイン3世 /  右: ジョン・マケイン4世)

  日本人はアクション映画の影響が強すぎて、フィクションと現実の区別がつかないから、捕虜生活の実態が分からない。人気映画の『ランボー』ではベトコンに捕まったジョン・ランボーが凄まじい拷問に耐え抜くシーンがあったけど、実際の戦争では有り得ない。あんなの嘘。尋問されれば直ぐに答えた方が賢い。ここではあまりに残酷なので具体的に書けないが、アジア人の肉刑に耐え抜くアメリカ人などいないだろう。もし、解放されてもボロボロの身体となり、片輪になって還ってくるだけだ。ハノイの収容所にぶち込まれていた捕虜の一人にデニス・ジョンソン(Dennis Johnson)というアメリカ兵がいて、彼は脚を骨折していたが、ベトナム人から治療を受けることはなく、そのままであったという。ジョンソンによれば、マケインはいつも皆と隔離されており、髭を剃り、清潔な服を着せてもらって、快適な生活を送っていたそうだ。解放された時のマケインを見れば、「やけに健康そうだなあ」と疑問に思ったアメリカ人もいたんじゃないか。

Bob Smith 2Robert Dornan 2Al Santoli 1









(左: ボブ・スミス  / 中央: ボブ・ドーナン / 右: アル・サントリ )

  カンボジアで極秘作戦に従事していたジャク・マックラム(Jack McLamb)によれば、マケインが拷問されたという形跡は無いらしい。ベトコンは大切なマケインをコードネーム(「ソングバード / Songbird」)で呼んでおり、この九官鳥は32本のプロパガンダ・フィルムに出演したそうだ。ソ連の諜報機関(GRU)から派遣されたロシア人将校は、「ハノイ・ヒルトン」に泊まっているアメリカ人捕虜の尋問を行っていたが、その際、通訳担当の少年「T」が同伴したそうである。マケインの尋問にも「T」が通訳を務めたそうで、もし、ソ連がマケインを「エージェント」にしていたというなら、1969年12月から1973年3月まで収容されていた彼の生活記録が残っているはずだ。運命の女神は残酷なのか、それとも気紛れなのか、マケインにとって悪夢となる1991年が訪れた。冷戦に敗れたソ連が崩壊し、多くの機密書類がKGBとCIAの間で交換されたという。ところが、上院の外交委員会で権力をふるうマケインは、執拗に機密ファイルを封印し、戦争捕虜を取り戻すチャンスを潰してしまったのである。これは実におかしい。誰よりも捕虜を救出したいマケインが、なぜ捕虜奪還の情報を遮断し、被害者家族の邪魔をしたのか? マケインの妨害工作に多くのアメリカ人家族が憤慨し、ボブ・スミス上院議員(Sen Bob Smith)やボブ・ドーナン下院議員(Rep. Bob Dornan)、元議会スタッフのアル・サントリ(Al Santoli)などが不満と疑念を述べていた。

Tracy Usry 1(左  /  トレイシー・アスリ)
  1991年、ベトナムでの戦争捕虜に関する上院の公聴会が開かれ、帰還兵であるトレイシー・アスリ(Tracy Usry)が呼ばれて証言を行っていた。彼はアメリカ人捕虜が定期的にソ連の諜報将校から尋問を受けていたと述べたが、これに憤慨したマケインは、しばしば彼の証言を遮り、捕虜がソ連の将校から尋問を受けたことは無い、と反駁したそうだ。ところが、元ベトナム軍のブイ・ティン大佐によれば、そうした尋問は実際に行われていたそうで、彼はアスリの証言を肯定し、マケインの反論を斥けた。当時、共産党内部で要職に就いていたティン大佐は、ソ連の政治局から発せられる電報や書類を読むことができる身分だったから、ソ連の軍人が尋問する場面を目にしても不思議ではない。

Bui Tin 1(左 / ブイ・ティン )
     マケインの議事妨害には眉を顰めたくなるが、彼がティン大佐と抱き合う姿はそれ以上に驚きだった。まるで旧友にでも再会したように、マケインは証言席の方に歩み寄り、曾ての憎き敵を温かく抱擁したのである。いくら何でもこれはおかしい。五年以上も自分を苦しめたベトナム人に対し、罵詈雑言どころか、一発も殴らず、感動の抱擁なんて、あまりにも寛大すぎるじゃないか。シベリアで生き地獄を味わった日本兵が、戦後にロシア軍将校と和解し、笑顔で抱き合うなんて想像できない。ソ連の犬に成り下がった日本人なら別。まぁ、普通の日本兵なら怒りで全身が震え、たとえ人前であろうとも、渾身の力を込めて殴りかかるだろう。

  アメリカのテレビ局はマケインの葬儀を放送し、彼に同情的なジャーナリストや政治家を番組に招いて、故人の素晴らしさを語らせていたが、戦争捕虜の家族を招いてマケインの「悪行」を暴露させることはなかった。民衆党の上院議員ならともかく、共和党の議員が亡くなったからといって、あんなにも大袈裟な特集を組むのは解せない。いくら欠席したトランプを貶めたいからといって、リベラル派のマスコミが「保守派」の共和党議員を心から称讃するのか? 確かに、マケインは外政に関しては「カタ派」に見えたが、内政面ではリベラル派の偽装保守であった。民衆党のジョセフ・リーバマン上院議員と同じタイプの政治家と思った方がいい。マケインを偲ぶのであれば、「ハノイ・ジェーン」と呼ばれた女優のジェーン・フォンダと一緒に論評すべきだ。両者ともベトコン側の宣伝係となり、その過去を封印して人気者になったことで共通している。フォンダはエアロビックスで注目を集め、CNNの創設者であるテッド・ターナーと結婚できた。マケインはヘンスリー家のご令嬢シンディーと結婚し、政界に進出してアリゾナ州の大御所になった。(シンディー夫人の父ジェイムズ・ヘンスリーが創設した「ヘンスリー(Hensley Beverage Company)」社は、アメリカの大手飲料メーカー。)

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(左: ジョン・マケインとシンブィー夫人  /  右: 反戦活動家のジェーン・フォンダ)

  日本のマスコミは本当に怠慢で、マケインが大統領候補になった時でも、彼の過去に言及することはなかった。もっとも、オバマのドス黒い過去すら触れずに「パス」なんだから、マケインの謎を見逃しても不思議じゃない。これは少々不謹慎だが、もしトランプが数年後に亡くなったら、米国のマスコミはどんな特番を放送するのか? もしかしたら、マケインよりも格下に扱い、放送時間も微妙に短縮するかも知れない。また、トランプを心から憎むCNNやCBS、PBSなどが、どんなゲスト・コメンテーターを用意するのか見物である。まさか「偉大な大統領が亡くなり、本当に残念です」とは言えまい。たぶん、遺族に対する同情でお茶を濁すんじゃないか。一方、トランプだって負けてはいないだろう。強気のトランプなら遺言で、「オバマとブッシュだけは呼ぶな !」と釘を刺すかもしれないぞ。おそらく、ヒラリー・クリントンも排斥されるだろうが、彼女だって行きたくはない。たとえ葬儀に招待されても、ヒラリーなら仮病を理由に欠席するんじゃないか。アメリカのリベラル派はトランプの死去に対し「アホが死んで良かった!」とそっぽを向くだろうが、故人を偲んで哀悼の辞を述べるのは、意外にも安倍総理とプーチン大統領だったりしてね。ついでに言うと、アメリカとの友好を維持したいのであれば、日本人は横須賀基地の近くにトランプ像を建てるべきだ。米国に慰安婦像を建てる朝鮮人と、合衆国大統領の記念碑を建てる日本人の「どちら」が立派なのか、アメリカ人によ~く考えさせればいい。外務省の役人に外交を任せるとロクなことにならないから、日本の庶民が日本人らしく振る舞った方が良いときもある。




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アジア人役者だらけのチャイナ映画 / 支那人であることが恥ずかしい (前編)

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主要配役がみんなアジア人

Crazy Rich Asians 1











(写真  / 「クレイジー・リッチ・エイジア」ン」のキャストたち )

  戦後から平成の初めくらいまで、日本で「洋画」と言えばハリウッ映画で、次々とヒット作や名作が生まれるほど勢いがあった。ところが、最近は感動作が少なくなり、ネタ切れかと思えるほど凋落している。確かに、巨大な制作費を掛け、ふんだんにCGを使っているから、映像だけは鮮やかで豪華だ。しかし、感動が無い。アクション映画は派手なだけで深みが無いし、ラヴ・コメディーを見てもユダヤ人の下品な笑いがてんこ盛りである。しかも、政治的配慮により、銀幕に映し出される役者はストーリーとは関係無く、意図的に黒人やヒスパニックにされているのだ。手荒な殺人鬼や麻薬の売人は白人にする一方で、正義漢に燃えた弁護士や愛国心に篤いFBI捜査官、優秀な大学教授あるいは科学者などは不思議と黒人になっている。現実のアメリカ社会を見れば「えぇぇ~、違うじゃん !」と言いたくなるが、黒人俳優に知能が低いチンピラ役をあてがうと妙にリアルだからNG。

  人権派やソフト左翼が定番のハリウッド役者たちは、心にもなく“現実の社会”を反映するよう、黒人やヒスパニック、アジア人の俳優を起用しろと叫ぶ。が、都合の悪い「現実」には目を閉ざして沈黙を守っている。例えば、北歐系の白人女性を狙って強姦する黒人やアラブ人とか、仲間同士になると黒人を馬鹿にするユダヤ人などは絶対に題材とならず、企画段階で却下だ。また、ヒスパニック国民の比率が上昇した今日だと、不法移民を扱う映画は、“良き”南米人を描かねばならない。メキシコとかホンデュラスから密入国する外来生物は、祖国で頻発する暴力や腐敗から逃れてくる弱者で、アメリカ人が嫌がる3K職場で文句を言わず、真面目に働く勤労者となっている。劣悪な現場で汗をかくメキシコ人のオヤジは、不法滞在を続ける愛しい家族のため、身を粉にして働く大黒柱だ。そして、彼の娘や息子は英語を話せない両親を助ける親孝行な子供であり、地元の学校に通って優秀な成績を収め、大学にまで進もうとする立派な生徒。ハンディキャップを克服して就職した移民は、白人の偏見にもめげず、日夜努力して出世を成し遂げる、といったシナリオが多い。

  一方、不法入国者の外人が辿り着いた田舎町には、人種差別に満ちた白人が住んでおり、真面目に暮らすヒスパニックを迫害したり、白眼視する冷酷な人物として描かれている。ハリウッドの左翼にとって密入国は深刻な犯罪ではなく、日常よくあるスピード違反や駐車禁止よりも軽い「過ち」なのだ。ICE(入国管理局)に怯えながら暮らすヒスパニックは、いつも弱者で家族思いの善人となっているが、摘発する白人の連邦職員は杓子定規の冷血漢。人気TVドラマの「CSI : マイアミ」には、不法移民を扱ったエピソードがあったけど、やはり悪人は意地悪な南部の白人で、被害者は心優しい黒髪のメキシコ人という筋書きである。劇場で観る映画でも不法移民に同情的な脚本が多く、ハリソン・フォードが出演した『正義のゆくえI.C.E.特別捜査官(Crossing Over)』はリベラル派の宣伝映画といっても過言ではない。

  毎度のことだけど、この作品はユダヤ人監督のウェイン・クレイマー(Wayne Kramer)が脚本を手掛け、配給会社はこれまたユダや系の「ワインシュタイン・カンパニー」であった。プロフィール上、クレイマーは南アフリカ出身の作家兼監督と紹介されるが、その種族にまで言及されることは滅多にない。だから、大半の日本人は彼がユダヤ人ということを知らずに作品を観ている。日本の保守系雑誌は米国の事情を“さらり”と述べるだけで、アメリカで有名な論客や学者を紹介することはないから、一般国民は井の中の蛙(かわず)といったところだ。例えば、弁護士でコラムニストのデビー・シュラッセル(Dabbie Schlussel)は、クレイマーのプロパガンダ映画に憤慨し、自身のブログで彼の正体をバラしていた。しかし、日本の映画評論家たちは一切触れることはなかったし、これからもないだろう。(チャンネル桜の前田有一に期待しても無駄である。) ユダヤ系保守派のデイヴッド・ホロウィッツ(David Horowitz)と組むダニエル・グリーンフィールド(Daniel Greenfield)もクレイマーの偽善について暴露記事を書いていたが、『WiLL』や『正論』で紹介されることはなかった。(たぶん、そう思うけど、あったらご勘弁を。)

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(左: デビー・シュラッセル  /  右: ダニエル・グリーンフィールド)

  ついでに言えば、主役のハリソン・フォードがユダヤ系なのはもちろんのこと、共演者がこれまたすごかった。あの極左俳優のショーン・ペン(Sean Penn)が国境警備隊の役を演じていたのだ。それにしても、我々が観ている「アメリカ映画」なるものは、本当にアングロ・アメリカを反映する作品なのか? なぜなら、ユダヤ人が物語を作って、ユダヤ人役者が演じ、ユダヤ系メディアが宣伝して、ユダヤ人の配給会社が上映し、ユダヤ人批評家が絶讃したりする。これじゃぁ、どこが「アメリカ映画」なのかよく分からない。映画に限らず、製品の質と生産地は「別」と考えるべきだ。例えば、正体不明の雑種牛を神戸で飼育しても、本物と同じA5等級の神戸牛になる訳じゃない。駄馬やロバをイエメンで育てても、高額なサラブレッドにならないのと同じ理屈である。

Wayne Kramer 3Harrison Ford 2Sean Penn 1









(左: ウェイン・クレイマー  / 中央: ハリソン・フォード  / 右: ショーン・ペン )

  こうしたハリウッドでは、あらたな潮流が生まれているそうだ。最近、アジア人俳優を主役にした『クレイジー・リッチ・エイジアンズ(Crazy Rich Asians)』という映画が公開された。この作品はシンガポール生まれの作家であるケヴィン・クワン(Kevin Kwan)の小説を基にした映画で、メイン・キャラクターを含めた役柄が皆アジア人ということで話題になっている。通常、映画のメ主役を張るのは西歐系アメリカ人で、アジア人の役者はよくて準主役、特別な事情がなければ単なる「脇役」程度が定番だ。ところが、米国におけるアジア人の台頭を計算したのか、映画会社がアジア人役者で固めた作品にGOサインを出した。

Kevin Kwan 1(左  / ケヴィン・クワァン )
  原作者のケヴィン・クウァンはシンガポール生まれの支那人で、裕福な華僑の家族のもとで育ったお坊ちゃん。(Lauren Christiansen, "Crazy Rich Asians Author Kevin Kwan on the Lavish Culture of Asia's Upper Crust : The Reality Is Simply Unbelievable", Vanity Fair, June 11, 2013) 彼の曾祖父はシンガポールで最も古い金融機関「華僑銀行」を設立した人物であるという。ケヴィンの小説には、子供時代に起きたエピソードが幾つか盛り込まれているそうで、上流階級の思い出話といったところだ。富裕層に生まれた華僑の子供らしく、ケヴィンは英国風の学校に通い、外見は支那人でも中身は西歐人と思い込んでいる。(いくら英語を流暢に話せるからといって、イギリス人になれる訳じゃないのに、支那人というのは「形式」さえ整っていれば「俺様は英国的紳士」と考えてしまう。実にふてぶてしい連中だ。) ただし、名誉の観念は育たなかったようで、彼は徴兵逃れをしてシンガポール政府から睨まれている。たぶん、懲役を避けたいから罰金で済まそうという考えだ。いかにも支那人らしい発想である。

  映画化された『クレイジー・リッチ・エイジアン』は、一応米国のテレビ局で取り上げられたが、煌(きら)びやかなセットが満載なだけで、肝心のストーリー自体は至って平凡。しかし、左翼リベラルの評論家たちは大絶賛で、出演者たちの才能を褒めちぎっていた。まぁ、アジア人とか黒人を持ち上げることで、「私はレイシストじゃありませんよ !」というメッセージを発しているのだろう。まさか、「こんなつまらない映画なんてお金の無駄使いだ。でも、劇場で昼寝をしたい人はどうぞ !!」と言える訳がない。アジア系アメリカ人からの反応を考慮すれば、嫌でも「推薦」するしかないし、正直に酷評したって利益はないどころか、仕事が減ってしまうから絶対に駄目。日本だって似たようなもので、普段は“辛口”の映画評論家「おすぎ」も、配給会社の意向を察知すると嘘八百のお世辞を述べるらしい。ただ、どうしょうもない駄作の場合は、「セットやキャスティングがとても豪華」と褒めて、作品自体の「質」には触れないよう心掛けている。そう言えば、「食いしん坊万歳」に出ていた梅宮辰夫が言っていたけど、嫌いな郷土料理が出ると、「歯ごたえがありますねぇ~」とお茶を濁し、決して「味」については言及しなかったうだ。だって、料理を作ってくれた人を前にして、素直に「えぇぇ~、こんなの気持ち悪くて食えないよぉぉ~」とは言えまい。嘘も方便だけど、正直は美徳にならず、ということだ。

  批評家の「お墨付き」を得たクウォンの映画は、どこにでもありそうな恋愛コメディーで、昔からあるハリウッド映画のアジア版に過ぎない。特徴といったら、役者を黄色人種にしただけ。もし、これが白人役者を登用した作品なら、全米ロードショーで必ずや失敗するタイプのラヴ・コメで、DVDレンタル専用のB級映画といった感じである。(有名な「ラジー賞Razzie Awards」にノミネートされるんじゃないか。) 映画のストーリーを簡単に言えば、台湾系女優のコンスタンス・ウー(Constance Wu)が演じるレイチェル・チューは、訪問先のシンガポールで文化ギャップに遭遇し、大変な経験をしながらも現地の人々と心を通わせる、というストーリーだ。彼女はニューヨーク大学で経済を教える教授で、同僚の大学教授ニック・ヤングと恋仲となる。そして、ニックと結婚するレイチェルは、シンガポールに住む彼の母親エレノアを訪ねることになるのだが、将来の義母とアメリカ人のフィアンセは育ちや考え方で食い違う。これもよくあるハリウッド製ラブ・コメの設定だ。当初はぎこちない二人だが、やがてエレノアとレイチェルは理解し合う仲となり、エレノアは息子の嫁としてレイチェルを受け容れる。

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(左: コンスタンス・ウー  / 中央: ヘンリー・ゴールディング  /  右: ミッシェル・ヨー)

  お金持ちの坊ちゃん「ニック」を演じるのはマレーシア人男優のヘンリー・ゴールディング(Henry Golding)で、彼は8歳の時イングランドに移住し、大人になってからクアラルンプールに戻って理容師になったという異色の人物だ。一方、不動産業を営む母エレノアを演じたのは支那人女優のミッシェル・ヨー(Michelle Yeoh)で、彼女の出世作と言えば、「007 / トゥモーロー・ネヴァー・ダイ(Tomorrow Never Die)」であろう。ピアース・ブロスナン演じるジェイムズ・ボンドに協力する支那人エージェント役をこなしていた女優である。もっとも、邦画ファンの人には、『SAYURI』の藝者「豆葉(まめは)」を演じた女優として馴染みがあるんじゃないか。この作品では、支那人女優のチャン・ツッィーが主役を務め、共演者には渡辺謙や桃井かおりがいた。ちなみに、この映画はロブ・マーシャルが監督を務めたが、当初、スティーヴン・スピルバーグも興味を示していたという。しかし、友人の映画プロデューサーであるデイヴィッド・ゲフェン(映画会社「ドリーム・ワークス」のユダヤ人)が難色を示し、「嫌な予感がするから、やめておけ !」と助言したそうだ。案の定、『SAYURI(ゲイシャの回想)』はヒットせず、失敗作の烙印が押されて、日本人の記憶からも消え去って行く。さすが、ユダヤ人は同胞の仕事に関しては、偽善的なリベラリストにならず、冷徹なリアリストになる。

Ziyi Zhang 2John Chu 1









(左: チャン・ツッィー  /  右: ジョン・チュー)

  こんな下らない映画を絶讃する評論家なんて、口にするのも穢らわしいが、制作者側にもトンデモない奴が潜んでいた。監督を務めたのはジョン・チュウ(Jon M. Chu / 朱浩偉)という支那系アメリカ人で、『G.I. Joe バック2リベンジ』を手掛けた人物だ。ただし、この続編は興行収入の面で成功したけど、内容的には陳腐の一言に尽きる。要するに、コンピュータ技術をふんだんに使って豪華にしただけのアクション作品だ。卑屈なコメンテイターにはウケたようだが、独立系の批評家からは厳しい評価を受けたらしい。監督もさることながら、『クレイジー・リッチ・エイジアン』のプロデューサーは、もっともっと凄い人物で、ニーナ・ジェイコブソン(Nina Jacobson)という大御所である。彼女は以前、ディズニー社のスタジオ重役を務めており、映画の『パールハーバー』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズを手掛けていたことで、その名を轟かせている。しかし、彼女もリストラの嵐に遭ってしまい、ディズニー社をクビになった。しかし、遣り手の女プロデューサーは挫けなかった。ジェイコブソンは独自の映画スタジオ「カラー・フォース(Color Force)」を設立し、大ヒット映画の『ハンガー・ゲイムズ』を生み出すことになった。

Nina Jacobson 2Bruce Cohen & Dan Jinks









(左: ニーナ・ジェイコブソン  /  右: ゲイ・プロデューサーのブルース・コーウンとダン・ジンクス)

  ただし、ジェイコブソンは敏腕プロデューサーであるが、人権を掲げる典型的な極左ユダヤ人。おまけにレズビアンときている。同居するパートナー(女房?)は同業者のジェン・ブリークリー(Jen Bleakley)という女性で、娘のジョジーと息子のノアという二人の子供を育てている。さらに、藝能界にいる同性愛者LGBTのために「アウト・ゼア(Out There)」という組織まで作ったそうだ。刮目すべきは、この団体を一緒に設立したユダヤ人プロデューサーのブルース・コーエン(Bruce Cohen)である。彼は同性愛者が登場する映画『アメリカン・ビューティー』や『ミルク』を手掛けたことでも有名だ。ハリウッドのユダヤ人は、どうしてキリスト教徒が作った西歐社会でゲイやレズビアンを大切にするのか? 保守的なヨーロッパ人を批判する前に、ホモを毛嫌いするユダヤ人社会で同性愛者の「人権」とやらを叫べばいいのに、ことさら異教徒の国で同性愛を擁護する。ユダヤ人には革命家が多いから、けったいな問題児はユダヤ人社会に封印すべきだ。ちょうど、兇暴なブラックバスは美しい琵琶湖に入れず、ブルーギルやピラニアがウジャウジャいる肥溜めに閉じ込めて、共食いさせる方が良いのと一緒。ユダヤ人同士の喧嘩は見物である。

  それにしても、朝鮮人同様、支那人は嘘で固めた映像を作るのが上手で、自分を偉大に見せたいとする虚栄心に満ちている。原作者のクウァンは西歐人への劣等感に苛まれているのか、「シンガポールはマレーシアでもなければ、支那でもない。俺たちの国はもはや小さな漁村じゃないんだ !」と粋がっていた。(Tessa Wong, "Crazy Rich Asians : The film burdened with crazy Asian expectations", BBC News, 18 August 2018) 映画の中では登場人物のアジア人が豪華な邸宅に住み、高級な服に身を包んで、華やかなパーティーを楽しんでいるが、そんな光景はヨーロッパ貴族の生活を再現して、アジア人に置き換えただけの紛い物である。つまり、シンガポールの華僑による稚拙な猿真似ということだ。例えば、白人に憧れる支那人の娘が、どうしても西歐人になりたいと望み、豪華なドール・ハウスを買ってきて、金髪のバービー人形ではなく、アジア人のフィギュアを入れて喜んでいたら、歐米人と日本人はどう思うのか?

  とにかく、支那人はカナダ籍を取得しようが、アングロ・カナダ人にはなれないし、在米歴が半世紀に及んでもワスプ(WASP)にはなれない。よく華麗な在米生活を送る支那人が、白人気取りで流暢な英語を話しているが、たとえブリテン風アクセントで喋っても、所詮それは彼らの言語じゃなく、借りてきた他人の母語である。「選択の自由」を与えられた日本人が英語を学ぼうとすれば、十中八九、支那系アメリカ人ではなく西歐系アメリカ人を選ぶし、英国史を勉強しようとすれば、インド人やエジプト系ブリテン人ではなく、アングロ・サクソン系の教師を望むはずだ。クルマ選びも同じで、ポルシェやBMWを買うときに、ディーラーから「支那製にしますか、それともドイツ人が作ったものにしますか?」と尋ねられれば、絶対に「ドイツ製の方を」と答えるだろう。せっかく大金を叩いて買う高級車が、「メイド・イン・チャイナ」じゃ厭になる。(それに、支那製だと欠陥車かも知れないので不安だ。高速走行中にタイヤが外れそうで怖い。) アメリカ人だって支那製の星条旗では不満だ。やはり、合衆国の国旗はアメリカ製でなきゃ。

Katy Perry 2Christina Aguilera 2Kylie Minogue 1Justin Timberlake 2








(左: ケイティー・ペリー  / クリスティーナ・アギュレラ  / カイリー・ミノーグ  /  右: ジャスティン・ティンバーレイク )

  朝鮮人のポップ音楽にウンザリした日本人なら、支那人の茶番劇を観てアホらしく思ってしまうが、次第に「憐れだなぁ」と思えてくる。しかし、西歐人を気取った朝鮮人だと永遠に分からない。南鮮からやって来るポップ歌手は、ブリトニー・スピアーズ(Britney Spears)やクリスティーナ・アギュレラ(Christina Aguielera)、ケイティー・ペリー(Katy Perry)、カイリー・ミノーグ(Kylie Minogue)、ジャスティン・ティンバーレイク(Justin Timberlake)などを手本にして、いかにもアメリカ風味のミュージック・ビデオを制作しているが、アメリカ人が見れば「猿のコピー・キャット」にしか思えず、大爆笑間違いなし。支那人だらけのラヴ・ロマンスも同じで、お金を払って観るほどの代物じゃない。よく支那人の映画制作者は、西歐白人ばかりが主役で現実の多民族社会を反映しておらず、全く以て「けしからん!」と怒るが、じゃぁ、支那人を主役にしたらヒット作になるのか? カンフー映画なら大丈夫だろうが、ロマンティック・コメディーじゃ間が持たない。5分で飽きる。

Megan Boone 2Kathryn Morris 2Stana Katic 3Emily Deschanel 3








(左: メーガン・ブーン  /  キャスリン・モリス / スタナ・カティク  /  右: エミリー・デシャネル )

  いくら支那人が多いアメリカとはいえ、支那人の女優を看板にしてドラマを作ったら自爆作品になってしまうだろう。例えば、女性を主役にしたTVドラマだと、圧倒的に白人女性が抜擢されている。日本でも人気が出たドラマ・シリーズを思い出せば分かるじゃないか。例えば、『ボーンズ』のエミリー・デシャネル(Emily Deschanel)とか、『コールド・ケース』のキャスリン・モリス(Kathryn Morris)、『キャッスル』のスタナ・カティク(Stana Katic)、『ブラックリスト』のメイガン・ブーン(Magan Boone)などを見れば明らかだ。それに、現実をよく解っているユダヤ人制作者は、主役級のキャラクターに支那人を起用することはない。かつて、ラヴ・コメの女王といったらメグ・ライアン(Meg Ryan)で、彼女が出演した映画『恋人たちの予感(When Harry Met Sally)』は日本でもヒットした。この作品を手掛けたのはユダヤ人監督のロブ・ライナー(Rob Reiner)で、「ハリー」役にはユダヤ人コメディアンのビリー・クリスタル(Billy Crystal)が起用されていた。もし、恋人の「サリー」役にミッシェル・ヨーが抜擢されていたら、誰も見に行かず、劇場には閑古鳥が鳴いていたことであろう。そもそも、冴えないユダヤ人の男とマレーシア生まれの支那人女が惚れ合ったからといって、何が面白いのか? ユダヤ人の観客でさえ興味が湧かず、別の映画を観に行こうと考えるはずだ。

Rob Reiner 1Meg Ryan 1Billy Crystal 2









(左: ロブ・ライナー  / 中央: メグ・ライアン  / 右: ビリー・クリスタル )

  支那人監督の夢が叶ってアジア人主体のハリウッド映画を制作できたけど、本当に楽しんだアジア系観客は、いったい何人いたことか。日本には自らを「アジア人」と思い込んでいる国民が結構いるけど、こうした映画を観て心から共感するお客が多いとは思えない。アメリカで作られた「洋画」なのに、出演者が支那人やマレー人ばかりじゃ、ボリウッド(インド)映画と大した違いは無いだろう。せいぜい地上波テレビでの無料放送が期待されるくらいで、それすら観ない人が大半なんじゃないか。日本を舞台にした『SAYURI』で、チャン・ツッイーが京都の藝者を演じていたけど、それなら故・夏目雅子とか黒谷友香、吉瀬美智子といった日本人女優の方がよっぽど適している。(いま人気の若手女優は誰なのか分からない。 ) 何はともあれ、支那人が日本人を演じると、何となく香港映画に見えてしまう。アメリカ人は気にならないが、日本人が観るとやはり違和感がある。NHKや朝日新聞は頻繁に「アジアの中の日本」と言うが、庶民感覚からすれば「アジアから外れた日本」という気がしてならない。支那人を愛する左翼分子は、遠慮無く日本国籍を捨てて、さっさと憧れの支那に移住すべきだ。

  後編に続く。

 

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