無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

アジア論

高山正之は日本版朝鮮人 / 劣等感に苛まれた日本人

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房

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悔しさが原動力となる反米感情


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(左 : インドネシアを支配していたオランダ人  /  右 : アフリカのピグミー族を紹介する西歐白人)

日本人はカルト宗教の信者となっているのか、毎年毎年、飽きもせず八月になると「反戦・平和」の念仏を唱え、大東亜戦争でアジアに迷惑をかけたと反省している。しかし、保守派の一般人と評論家は左翼の自虐史観に反撥し、「そんなことはない ! 日本は侵掠国家でも犯罪国家でもないんだ ! 」と反論する。確かに、軍の上層部は愚かだったけど、末端の兵卒は愛国心に燃え、死に物狂いで戦っていたから、「戦争犯罪人」と言われれば腹が立つ。そこで、保守派の言論人は大東亜戦争の一面を評価し、「日本は対米戦争で負けたけど、我々が戦ったことでアジアの植民地は西歐列強の軛(くびき)から解放され、戦後、続々と独立できたのだ」と主張し始めた。

  こうした大東亜戦争肯定論は林房雄の著書で囁かれていたが、復活したのは渡部昇一先生の功績が大きい。昭和の末から平成にかけて、渡部先生の『日本史から見た日本人 / 昭和編』や『かくて昭和史は甦る』は大ヒット。左翼史観でガッカリしていた若い世代は、渡部先生の著作を貪るように読んでいた。獨協大学の故・中村粲先生と同じく、渡部先生が大東亜戦争の一面を評価したのは、それまでの歴史家があまりにも我が国の軍隊を侮辱していたからで、日本の敗戦を誤魔化すためではない。日本国民が大東亜戦争の本質を知る上で、我々の目を曇らせたのは、深田祐介が文藝春秋社から出した『黎明の世紀』(1991年)だ。深田氏はアジア諸国の指導者を東京に集めた昭和18年の「大東亜会議」を高く評価していた。しかし、この国際会議は対米戦争が始まってから招集されたもので、当初からある戦争目的ではない。むしろ、亡国政策を正当化するためのカモフラージュと考えた方が適切である。

  深田氏は大東亜会議は傀儡政権の代表を集めた茶番劇に非ず、と述べていたが、東條英機首相の本音を覗いてみると、言行不一致に思えてくる。例えば、東條は日本の影響下に入るアジア諸国を“内面指導”で発展させ、全体を“満洲化”しようと思っていたのだ。(『黎明の世紀』, p79-81.参照。) 昭和17年には「大東亜省」の設置を巡り、東條首相と東郷茂徳外相の間で大論争が起こり、東郷外相はこうした措置を日本からの内政干渉と見なし、相手国に不快感を与えかねないと危惧していた。なるほど、我が国はインドやタイ、ビルマ、フィリピンなどを西歐列強の植民地支配から解放しようと考えたのであろうが、その「善意」の下には陸軍による管理体制が潜んでいた。現在の高校生でも呆れてしまうが、小磯内閣は昭和20年3月になっても、まだ嘘くさい「悠久の大義」とやらを信じ、最高戦争指導会議で「第二回大東亜会議を四月中旬に行う」と考えていたのだ。昭和20年3月といえば、日本各地で庶民が空爆の被害に苦しみ、焼け野原で唖然としていた時期じゃないか。それなのに、「第二回の会議を開催」なんて、もうアホ丸出しである。

  それはともかく、役所が指導する行政と言えば、昭和時代、すなわち「護送船団方式」全盛時代を知っている世代なら、「厭だねぇ~」と解るはずだ。特に、銀行員ならピンとくるんじゃないか。大蔵省は何の法的拘束力も無い「通達」を銀行に送って、“それとなく”各銀行を動かしていた。令和の大学生なら、「こんな紙切れ、ポイっと捨てちゃえば !」と言ってしまうが、お役人様の“さじ加減”怯えていた銀行員に、そんなマネは出来ない。天皇陛下からの「綸旨」みたいに、恭しく頂戴するのが普通だった。軍官僚の東條首相にしたら、日本は家父長で、アジア諸国は養子か後輩みたいなものだから、「内面指導」なんか当たり前。今だって財務官僚は、国税職員を引き連れて民間企業を脅しているんだから。

  まぁ、深田氏の肯定論などはまだ無邪気なもので、悪質なのは「保守派」を装う西尾幹二の方だ。『正論』や『諸君 !』、『Voice』で活躍していた頃から、西尾氏は歐米諸国の帝国主義を糾弾し、白人によるアジア支配を呪っていた。西尾氏はニーチェの研究家を気取っていたが、中央公論社から出した主著『ニーチェ』は哲学書ではなく、単なる評伝といった類いの代物で、本棚の奥に隠れている印刷物に過ぎない。筆者が前々から不思議だったのは、あれほど白人を非難する西尾氏が、一体どんな願望でドイツ留学を希望し、現地の教授や学生らと交流していたのか、である。というのも、筆者は学生時代、渡部昇一先生が出版した『ドイツ留学記』(上/下巻)を購入し、夢中になって読んだことがある。先生が経験したドイツでの生活や現地人との交流はとても魅力的だった。

Nishio Kanji 1(左  /  西尾幹二)
  ところが、西尾氏は自分のドイツ留学の体験をほとんど述べず、明かしたのは、せいぜいバイエルン州立図書館で古い書物や雑誌をコピーしたというエピソードくらい。約二年間ほど留学していたのに、この白人嫌いの大学教授は留学先の大学名も公表せず、友人や地元民との接触すら話したことは無かった。西尾氏はドイツの大学に留学してもゲルマン人とは交際せず、話し相手はもっぱらトルコ人やエジプト人の学生とか、ギリシア系やポーランド系の帰化人ばかりだったのか? ドイツの哲学を専攻し、ドイツ人教授のもとで勉強したのであれば、少しくらい当時の想い出とか、ハプニングや失敗談などをチャンネル桜で披露してもいいんじゃないか。渡部先生はテレビの対談番組や雑誌の座談会などでも、恩師との交流や貴族の館に招かれた話などを紹介していたぞ。西尾氏もチャンネル桜の対談番組に出演し、充分な時間があったはずだが、熱心に語るのは白人による虐待とか人種差別ばかりで、留学時代の楽しかったエピソードや、ドイツ人と交わした会話、食事や自宅に招かれた時の体験談などは皆無。まさか、「独り部屋に籠もって、ずっと勉強」という事はないだろう。

  今年、小池百合子は前々から疑われていたカイロ大学時代を暴露され、『女帝』を呼んだ日本人の多くが唖然とした。小池都知事とその父、勇二郎の面倒を見た朝堂院大覚(松浦良右)によれば、小池百合子のアラビア語は素人以下で、とても通訳になる程の腕じゃなかったそうだ。でも、竹村健一のアシスタントをしていた頃は、「カイロ大学を首席で卒業した才女」という触れ込みで、周りの関係者は語学の達人と思っていた。一応、小池百合子はアラビア語を話せるが、それは庶民のお喋り程度。とても学術論文を書ける能力じゃない。では、西尾幹二はどのくらいドイツ語が達者で、ゲルマン系のドイツ人と“どんな”交友関係を持っていたのか?

  語学能力はともかく、西尾氏は心の底から西歐の白人が嫌いなようだ。彼はアメリカ人の人種差別には殊のほか敏感で、人種差別と闘った日本を肯定し、大東亜戦争の大義は正しかったと思っている。ベストセラーになった『国民の歴史』でもアメリカ白人を非難し、日系移民に対する排日法を槍玉に挙げていたが、この吊し上げは一方的である。そもそも、なぜ日本人は「出稼ぎ先」としてアメリカを選んだのか? 明治の日本人だって、アメリカ合衆国が黒人奴隷を持ち、有色人種への差別に満ちていると知っていたはずだ。それなのに、自分から進んで渡米しようなんて馬鹿げている。でも、当時の日本人は精神異常者ではない。例えば、もし、家政婦として働く中年女性が、高い給料を貰えるからといって暴力団組長の自宅を選んだから、我々はどう思うのか? 一部の日本人は「愚かなバアさんだ」とせせら笑うが、別の人々は「きっと、その組長は筋道を通す昔気質の任侠なのかも・・・」と思うだろう。ただし、この家政婦が怖い組員と接触して怖い目に遭ったり、拳銃の流れ弾に当たっても、我々は「自業自得だ」と言い放ち、さほど同情することはない。世の中には高い給料だが危険な職業と安い給料だが安全な仕事がある。選ぶのは本人次第。米国の人種差別が厭なら、支那人が大勢いる満洲へ行けばいいじゃないか。

  西尾氏とは違い、出稼ぎ人となった日系1世は、アメリカを素晴らしい国と考え、希望を抱いていた。彼らの中には、日本での下らない仕事に愛想を尽かし、アメリカで一旗揚げようと考える者もいたらしい。西尾幹二や高山正之に扇動された日本人は、アメリカを差別大国と侮蔑し、白人天下の国と罵っていたが、アメリカへ渡って未来を開拓しようと考えていた日系1世は、彼らなりの夢や志(こころざし)を持っていた。例えば、「アイ・ミヤザキ」という女性は、女学校を卒業し、小学校の教師になったが、結婚相手には巡査のような下っ端じゃなく、軍の将校とか医者との結婚を望んでいたそうだ。彼女はこう述べていた。

  夫について私の理想は大変高かったので、日本では希望がかなえられず、アメリカに行くことを決心しました。自由で、大きな国に行き、私が助け、一緒に働くことのできる連れ合いを見つけたかったのです。(アイリーン・スナダ・サラソーン編 『The一世 パイオニアの肖像』 南条俊二 訳、読売新聞社、1991年p.48.)

  「タカエ(高枝)・ワシズ」という女性は、九人兄弟の貧しい農家に生まれ、畑で母や叔母の手伝いをしていたそうだ。彼女は渡米の理由をこう語っている。

  私の村からは、たくさんの人がアメリカに渡りました。私は村で粗末な扱いを受けたので、村が嫌いで、村を出たいと思っていました。(上掲書 p.51.)

  もし、アメリカが西尾氏の言う通り、差別と虐殺に満ちた国なら、どうして当時の日本人は、自前で、すなわち自分の貯金をはたいて、積極的に渡航したのか? 当時の日本人はいくら地元が嫌いでも、おぞましいアジア大陸に移住しようとは考えず、白人が主人となっているアメリカを選んだ。もちろん、アメリカが白人の国で、黒人とアジア人を侮蔑する差別社会であることは承知していた。が、そんなのは現状を見れば我慢できる些細な事だ。快適な教室で歴史の授業を受ける現代人には、身分格差が残り、貧乏な状態を耐え忍んでいた祖先を理解できない。高山氏のファンには納得できないだろうが、多くの出稼ぎ人は胸を弾ませる移民であった。西尾氏や高山氏の追随者は、米国の排日移民法を批判するが、元々は定住者に心変わりをした日本人の方が悪い。もし、帰国を念頭に置いた出稼ぎ人のままであったら、それほどの問題にはならなかったはずだ。確かに、戦争中は様々な嫌がらせを受けたけど、基本的に彼らはアメリカが大好きで、所帯を持って骨を埋める覚悟であった。実際、強制収容所から解放されても帰国せず、米国に留まった人も多いから、評論家の意見はともかく、アメリカ人は大したものだ。実際の生活を営む日系人は、悪い白人ばかりじゃなく「良い白人」もいると知っていたのだろう。一方、朝鮮半島に住んでいた内地人(日本人)は、敗戦後、自分の財産すら顧みず、さっさと日本に戻ってきた。やはり、肌で知る朝鮮人とは一緒に暮らしたくはない。

Takayama 001(左  / 高山正之 )
  西尾幹二と何となく似ているのは、「保守派」言論人の高山正之だ。筆者は高山氏のコラムに概ね賛成するが、彼の西歐批判には賛成できないところがある。なぜなら、彼は日本の国益よりも、個人的な感情を優先して歴史や政治を語っているからだ。高山氏は日本軍がインドシナやビルマに攻め込んだ日本軍を支持するようなコラムを書いているが、根本的に「南進論」は破滅への序曲であり、日本を敗戦革命に向かわせるための策略であった。ソ連を守りたい近衛文麿と昭和研究会の悪党は、心の祖国を攻撃する「北進論」を何としても阻止したく、必死で「南進論」を論じていた。もし、日本が北進を選択したら、ソ連はドイツ軍と日本軍との挟み撃ちになって敗北だ。モスクワのスターリンにしたら悪夢である。だから、日本の赤色分子を焚きつけるしかない。日本が英米仏蘭と激突すればシメたもの。石油資源を確保するためとか、アジア解放などは南方へ舵を切らせるための口実に過ぎない。

  八紘一宇とか五族協和などを叫びながら、西歐列強の植民地主義を批判するアジア主義者というのは、白人への嫉妬心や劣等感に苛まれる連中だから、どうしても国益主義者ではなく、怨念の塊になりやすい。共産主義にかぶれた日本人左翼は、ロシア人にとったら「便利な馬鹿」に他ならず、「南進論」の推進役には適任である。現在の日本人もそうだが、白人を批判する者ほど実は白人にベタ惚れで、片思いの白人からフラれると激怒し、ストーカーのように纏わりついたり、復讐心ゆえの放火魔になったりする。例えば、今でも我々はオーストラリアの白濠主義に目くじらを立てるが、あの大陸に住む国民が白人ばかりで何が悪いのか? 日本人は日本列島を大切にすべきで、日本を捨てて濠洲に移り住む奴の立場なんかはどうでもいい。皇室への忠誠心を棄てて外国に忠誠を尽くす日本人なんか不届き千万。何で庇う義理があるのか? それよりも、我々は不評の白濠主義を支持し、濠洲のイギリス人を味方につけた方がいい。そうすれば、ソ連と戦う時に背後が安心だし、英国との関係だって良くなる。

  だいたい、アジア人でもない日本人が、どうして有益な歐米人を敵に回し、情けないアジア人の“盟主”になろうとするのか? 個人の交友関係と同じで、親しくすべきは裕福で上品な人であり、アカンタレの下層民じゃない。歐米人と友好的な関係を築けば、最新の科学技術を見せてもらうことが出来るし、将来のどこかで役に立つ貴重な情報(intelligence)を手に入れる機会も増えてくる。もし、軍人や商人がヨーロッパ貴族と親しくなれば、様々な情報を集めることができるので、外政の裏取引や軍事バランスにおいて日本が有利な立場を占めることも出来る。日本の諜報員がもたらす些細な情報で、日本兵が救われることもあるし、敵国の裏をかくことさえ可能となるのだ。しかし、歐米諸国と対立すれば、日本へ入ってくる諜報は極端に少なくなり、それと比例して政府の判断にもミスが多くなる。保守派国民は、恨みを晴らす事と国益を優先する事のどちらを重要と思っているのか? 

  高山氏は大東亜戦争中、日本軍が東南アジアで君臨していたフランス人やオランダ人、イギリス人を蹴散らした、と称讃しているが、こんなのは「強盗」を「正義」の名目で正当化する詭弁にすぎない。西歐人に恨みを抱く高山氏は、日本からの恩恵を受けながら日本人を恨む朝鮮人とソックリだ。この元産経記者はビルマやインドを支配するイギリス人を日本が成敗したと歓喜し、積年の怨みが晴れたように清々しく思っている。彼は『白い人が仕掛けた黒い罠』という著作の中で、ヤンゴン大学のタン・タット教授に言及し、「神のごとく振る舞った英国人が青ざめた」というタン教授の言葉を紹介していたが、日本の敵対行動は日本の国益になっていたのか?

  保守派の日本人は高山氏と同じく、「我が軍の将兵は、オランダ人やフランス人といった傲慢な白人を打ち破り、アジアの民をその鎖から解放したんだ !」と喜んでいる。しかし、アジア人というのは日本人が命を懸けて助けてやるような人間じゃない。日本人は“ちゃんとした”教育を与え、それなりに豊かになれば、日本のように繁栄し、独立国になれると思っていた。しかし、アジアの民は昔から隷属根性の持ち主で、強い者に巻かれる方を選ぶ。日本軍が騎虎の勢いならば尊敬するが、その形勢に翳りが見えると、掌を返すように元の「御主人様」に靡こうとする。

  高山氏は後にインドネシアの大統領となるスカルノを例に取り、彼の背信を挙げていた。インドネシアの独立記念塔には、地下ホールがあり、その中には歴史の展示場があったそうだが、オランダ人による強制栽培の話や残酷なオランダ人農園主の記述は無かったという。代わりに、恩人の日本軍に対する悪口があり、「オランダ軍が降伏すると、日本軍はインドネシアの資源や労働力を搾取した」と書いてあったそうだ。(高山正之『白い人が仕掛けた黒い罠』 ワック出版、2011年、p.30.) もっと情けないのは、日本人の悪口を言いふらして「良心派」を演じる反日分子がいた事だ。東アジア研究を専攻する早稲田大学の後藤乾一(ごとう・けんいち)教授は、ウンザリするほど酷かった。この早大教授によれば、「日本軍はスマトラのブキティンギで村人に防空壕を掘らせ、完成後に底なし穴へ三千人全員を生き埋めにした」らしい。(上掲書 p.28) 俄に信じられないが、実際にあった本当の話なのか?

  まぁ、左翼の巣窟になっている早稲田大学だから、こんな教授がいてもおかしくはない。ついでに言うと、昭和18年初頭、東條首相は「近くビルマとフィリピンに独立を与える」と表明したが、インドネシアは“除外”されていた。スカルノにとっては大きな衝撃であったらしく、「インドネシア民族の頭上に打ち下ろされた鉄槌である」と述べていた。彼の仲間であるモハマッド・ハッタも眉を顰め、「インドネシアに最も不愉快な侮辱と刺戟を与える」発言と憤慨していたそうだ。(『黎明の世紀』 p.178.) このハッタはスカルノと組んで独立運動に奔走した人物で、後にインドネシア国民教育協会の会長になっている。

  アジア大陸には様々な民族がモザイクのように暮らしているので、普通の日本人にはその複雑怪奇さが解らない。歐米人は日本人よりも頭がいいから、この対立構造をうまく利用していた。例えば、マレー人とかインド人を支配するときには、華僑を雇って間接統治を行い、直接の恨みを買わぬよう心掛けていた。土人の矛先は支那人に向くから好都合。また、インド人も英国の下僕となっていたので、御主人様に命じられれば、ビルマ人を虐(いじ)めることなんて朝飯前。彼らには「同じアジア人同士だから仲良くしよう」という気持ちは無いのだ。例えば、「サヤ・サンの叛乱」では、自由インド国民軍の中核となっていたパンジャブ・ライフル部隊がビルマ人を殺しまくったらしい。(『白い人が仕掛けた黒い罠』 p.46.)

  英国の「尖兵」となって活躍したグルカ人も同様で、ブリテン島からやって来た支配民族(master race)に忠実だった。例えば、日本の第15師団はインパール街道でブリテン軍の戦車部隊と遭遇したことがある。負傷者を抱えた日本軍は山へ逃げたそうだが、驚くような悲劇があった。高山氏が紹介した栃平主計曹長の記録は注目に値する。栃平氏は川沿いの道に輸送を待っていた重傷者30人の担架を目にしたらしい。そこへグルカ兵が現れ、容器に入っている液体を振りかけていたという。焼け付くような暑さだったので、曹長は負傷兵のために冷たい水を掛けてくれたのだろうと思っていた。ところが、このグルカ兵が撒いていたのはガソリンだった。次の瞬間、地獄の炎が担架を包み、日本兵の体からは黒煙が立ち上る。想像しただけでも恐ろしいが、辺り一面は火の海だ。(上掲書 p. 50.) ミッションヒルでブリテン軍の攻撃を受けた野戦病院でも、瀕死の日本兵は同様の地獄を見た。ブリテン軍の士官は捕虜にした傷病兵の検分を終えると、人々かをトラックに載せ、何処かへ輸送させたという。ところが、路上に残った傷病兵にはガソリンが掛けられ、地獄の炎で蠢くことに。この惨状を目撃した島田上等兵は、同胞の悲鳴を耳にしたそうだ。

  日本人は日本のために戦うべきで、アジア人の独立とか名誉のために命を懸けるべきではない。むしろ、英米仏蘭のアジア支配を支援すべきである。なぜなら、植民地経営は利益よりも負担の方が大きくなるからだ。例えば、イギリス人はインド人やビルマ人を傘下に収めていたが、時々起こる叛乱には手を焼いていたから、鎮圧となれば軍隊を派遣し、結構な費用と時間がかかる。しかも、人的被害が出れば、その後始末のコストも馬鹿にならない。となれば、日本は英国の負担が重くなるよう、その帝国主義を継続させ、現地のイギリス人官僚や軍人に「貸し」を作った方がいい。日本は「善意の第三者」としてイギリス人とインド人の仲介役となり、双方の面子を立ててやれば、頼もしい叔父貴(おじき)になれる。当時の日本は強力な海軍を有する大国だ。イギリス人でも日本人の言うことなら無視できないし、インド人も心の底でイギリス人に憧れているから、イギリス人と妥協する余地がある。日本は英国に「貸し」を作っても、それを「返せ」と要求せず、「何も無かった」かのように付き合うべきだ。そうすれば、イギリス人だって「いつか、この礼はするから」と考えるだろう。日本は本当に困った時だけ、昔の「借し」を仄めかし、本国のブリテン政府や植民地のイギリス人に動いてもらう方が得である。

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(左 : インド人の召使いを持つイギリス人  /  右 : 第二次世界大戦前のアフリカ人労働者)

  日本人は植民地の白人を“やっつけた”ことで気分爽快となるが、歐米諸国を敵に回すことは全般的に見て損である。例えば、日露戦争の時、日本は日英同盟があったお陰で本当に助かった。英国側からロシア軍の情報をもらえたし、英国の海底ケーブルを利用させてもらったことで、無線通信の欠点を補うこともできた。一方、インド人やビルマ人と仲良くなっても、戦艦の建造とか化学兵器の開発に役立つわけでもないし、日本の知的水準が向上するわけでもない。列強各国の内部情報すら入ってこないし、戦争になった時の仲介役にもならない。地下資源に恵まれていても、アジアの土民には画期的なた掘削技術とか輸送設備が無いから、宝の持ち腐れである。日本人が上等な知識を得るのは、いつも歐米諸国からで、東郷平八郎は若い頃、元の敵だった英国に留学したし、秋山真之はアメリカ、兄の秋山好古はフランス、乃木希典と川上操六はドイツへ留学した。戦前の優秀な大学生や青年士官は、科学や軍事を学ぶためにタイとかフィリピンに留学したのか?

  日本の保守派国民は歐米人への憧れと反感に苛まれているから、高山氏の白人批判に与することが多い。しかし、支那人やロシア人は日本を弱体化するために、この劣等感や怨念を巧みに利用する。狡猾な工作員は、バカどもを戦わせ、「漁夫の利」を得ようと考える。確かに、歐米と日本が正面衝突すれば、両者とも多大な損害を出し、勝者ですら国内がボロボロとなるから、毛沢東やスターリンのような極悪人は大喜びだ。実際、第二次世界大戦の勝者は支那とソ連の独裁者である。高山氏のようなジャーナリストは地政学や戦略論に弱いから、蛸壺史観に嵌まりやすい。すなわち、長期的、巨視的、世界史的な思考を持たず、日本国内だけで通用する感情論に夢中で、自分がどうなってしまうのか予想できないのだ。なるほど、日本の将兵が大量の血を流したお陰で、アジア人は独立できたんだろうが、肝心の日本が米国の属州じゃ、英霊は何のために戦ったのか判らない。

  高山氏は激怒するかも知れないが、彼のような日本人は我々に恨みを抱く在日朝鮮人とソックリだ。朝鮮人は日本人から多大な恩恵を受け、日韓併合で「国民」にもしてもらったのに、「搾取された」とか「差別された」「虐げられた」と言いたい放題。それなら、さっさと朝鮮半島に帰ればいいのに、子や孫、曾孫の世代になっても日本に居坐り、帰化申請で「日本国民」になろうとする。高山氏のような日本人は、奴隷制を持っていたアメリカ人やインドを植民地にしたイギリス人、インドネシアで暴君となっていたオランダ人を糾弾するが、一般国民は歐米の白人と絶交しようとは思わない。そもそも、ウイグル人やチベット人を虐殺する支那人と「友好関係」を築こうとする財界人があちこちにいるくらいだから、日本の民衆は外人の不幸に対して冷淡だ。

  筆者が「みっともない」と思うのは、日本人の二重思考である。高山氏の追随者は、日米同盟から恩恵を受けても、アメリカ白人の人種差別をあげつらい、日本人はパリの講和会議で人種差別撤廃を訴えた、と自己称讃。でも、実際の日本は違う。特に敗戦後の日本では、人種差別なんか普通だった。赤線の娼婦は黒人兵とも付き合い、中には黒人の子供を身籠もる女性がいたから大変だ。アフリカ人の顔つきで、縮れ毛の黒い子供なんて、実家の両親に会わせることはできない。たとえ、両親が受け容れても、近所の人々は噂話で持ちきりだ。都会のインテリだって本質的に変わりがない。彼らは大っぴらに声を上げないが、ひっそりと陰口を叩いて忌み嫌う。こんな塩梅だから、黒い赤ん坊を産んでしまったパンパンは、我が子を孤児院に預けるかドブに棄てるしかない。東南アジアに派遣された日本人も、人種平等の観念なんか無かった。高学歴で名門の紳士だと、現地のアジア人を見て、「こんな土人どもと一緒にされてたまるか !」と侮蔑していたそうだ。

  高山氏のような日本人は、個人的な体験から白人に恨みを持つ場合が多い。例えば、英国や米国に行ったとき、英語が上手く喋れず悔しい思いをしたとか、白人の同級生や同僚から小馬鹿にされ激怒したことがある、といったトラウマを抱えている。だいたい、白人が主体の国家に行って「白人の天下なんてけしからん !」と憤慨する方が間違っている。日本だって日本人が主体で、日本人が優先される国家じゃないか。ウガンダやナイジェリアに行った日本人で、「現地では黒人が威張っていて、日本人を支那人と間違え愚弄している。実にけしからん !」と怒る奴がいるのか? 昔、ガーナ人は日本人を「黄色いチビ」と馬鹿にしていたが、いきり立って街頭デモを起こす者はいなかった。厭な国には行かなければいいだけ。他人の心を強制的に変える事は出来ないので、日本人を嫌う白人に「差別はやめろ !」とか「日本人を好きになれ !」と言っても無駄である。我々は日本人を好きな歐米人とだけ付き合えばいい。

  一部の白人から馬鹿にされたから白人に反撥する高山氏を見ていると、「精神が弱いのかなぁ~」と思ってしまう。劣等感に悩んでいる人やその劣等感を隠している人は、馬鹿にされることに敏感で、直ぐカッとなる。丁度、いじけた心を持つ在日鮮人が、「チョーセンジ」という言葉を聞いて激昂するのと同じだ。朝鮮人に生まれたことを恥じる在日鮮人は、ガラスの精神を持っており、ちょっとでも差別に遭うと狂ったように怒り出す。強い精神を持つ日本人は、外人の誹謗中傷に一々怒ることはない。日本人を侮蔑したり嫌ったりする白人がいてもいいじゃないか。日本人の素晴らしさを解らぬ白人の方が馬鹿なだけだ。知能が高く、国家や民族性を勉強した歐米人なら、日本人をアジア人と同じタイプとは思わないし、違った評価をして尊敬することさえある。

  たぶん、高山氏が出逢った白人というのは、教養や品性を持たぬジャーナリストなのかも知れないぞ。高山氏は新聞記者時代、ロサンジェルスに駐在したというが、どんな人物と交流し、如何なる種類の白人と付き合っていたのか? 上智大学の故・篠田雄次郎とか、同僚だった渡部昇一先生はドイツ人やイギリス人の友人を多く持っていたが、西尾幹二や高山氏が日本に友人を招いたという話は聞いたことがない。チャンネル桜がアメリカやドイツに取材班を派遣し、彼らの友人を訪ねたらいいのに、と思ってしまう。世界には差別と偏見が充満しており、こうした悪徳は何も歐米人に限ったことではない。支那や朝鮮、ロシアでは昔から庶民が奴隷だったし、インドはカースト制度で雁字搦めだ。イスラム教徒がアフリカ人を購入し、奴隷として売り飛ばすなんて当たり前。ユダヤ商人はローマ時代から奴隷を扱っており、米国のロードアイランドは奴隷貿易の中継地点として有名だ。まともな日本人は西歐以外の民族と国家について調べた方がいい。

 


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イメージが悪いアジア / 出身国を隠す異邦人

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国籍を隠そうとする日本政府

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(左 : 植木に唾をを吐きかける支那人  /  右 : 公衆の面前で脱糞する支那人女性)

  日本の政治家やマスコミは、アジア人やアジア諸国絡みの政治問題および社会事件が起きると、なぜか国籍や素性を隠そうとする。武漢ウイルスが問題となった1月以降、総計で約95万人ほどの支那人が入国しているはずだが、政府は旅行者がその後どうなったのか、支那人の感染者数や入院患者数がどれほどなのか、具体的に発表しないから実に奇妙だ。国益を考えるはずの議員や官僚ならば、厄介者となるアジア人の動向を追尾するはず。ところが、法務省の役人ときたら、不信感を抱く国民から情報公開を求められても、「個人のプライヴァシーに係わる事なので・・・」と要求を却下する。だが、こうした回答はおかしい。なぜ、「特段の事情」で入国した外国人や、肺炎発症者の国籍を明らかにせず、色々な理由をつけて公表を渋るのか? 日本人が発症者となれば、感染した病院とかホテル、通勤ルート、住んでいる県などを公表するのに、支那人や朝鮮人となれば“極秘”扱いだ。(俳優の石田純一が泊まったホテルは、事件が発覚した後、休業に追い込まれたそうである。) 長崎に停泊中のクルーズ船からも、ウイルスの感染者や発症者が輩出されたそうだが、病院へ搬送された患者がどんな人物で、感染者はどういった国籍の者なのか、依然として分からない。

  国会議員や高級官僚は直ぐ「人権」を持ち出すが、「古来からの権利」、すなわち親子代々日本に住む日系の日本国民にとったら、そんな概念は道端の雑草か馬糞ていどの戯言(たわごと)である。我々が持つ「知る権利」の方が優先されるべきだろう。そもそも、どうして支那人や朝鮮人が入国者や発症者になると、個人や家族のプライヴァシーが特別扱いされるのか? もし、自覚症状の無いアメリカ人やイタリア人の旅行者が日本国内で発症したら、役所は直ぐさま感染ルートを調べるし、本人にも事情を訊いて、接触した人々に注意を呼びかけるはずだ。一方、報道を耳にして驚く日本人の方だって、「あの時、この外人と話をしたから、もしかして・・・」と怪しみ、周囲に移さないよう自宅待機を選ぶだろう。マスコミの心配とは違い、普通の日本人は発症者がイタリア人とかアメリカ人と伝えられても、「まぁ、わざと日本へ駆け込んで来た訳じゃないし、たまたま本人が気づかないうちに感染したんだから、患者を責めるのは酷だよなぁ~」と思うはずだ。

  加えて、もし、患者が合法的に来日した西歐人なら、殊さら国籍公表を拒む理由は無いだろう。武漢ウイルスは国籍を選んで飛んでくる訳じゃない。だいたい、NHKや民放が「今日、アメリカ人の発症者が病院に搬送されました !」と報道して、激怒する在日アメリカ人っているのか? テレビ局や新聞社に潜む左翼分子は、常日頃「ネット右翼どもは外国人を差別するヘイト集団だ !」と激しく罵るが、筆者はアメリカ人やフランス人、カナダ人、オーストラリア人の感染者に憤り、街頭デモを行う一般国民を見たことがない。(朝日や毎日新聞の記者は、保守派国民と職業右翼を同等に扱うから注意が必要だ。) また、日本のテレビ局が国籍別の患者数を報道しても、横須賀や横田の米軍士官が抗議するとは思えない。日本の法務省だけが異常で、アジア贔屓の官僚どもは、万が一、朝鮮人や支那人の入国者数や患者数を発表すれば、必ず右翼どもが大騒ぎするから、そうならないよう在日支那人や朝鮮人を保護しなくちゃ、と予め思っている。

  こうした予防策をよくよく考えてみると、アジア人への配慮を心掛ける連中ほど、アジア人を劣等民族と思っているんじゃないか。平和な日本において、“庇護すべき憐れな外国人”とくれば、アジア人だけだろう。もし、これがイギリス人とかドイツ人、あるいはケルト系フランス人なら、特別配慮なんて考えない。一般の日本人も欧米人に対して特殊な敵愾心は無いから、たとえ在日イギリス人や来日ドイツ人が窃盗や暴行をはたらいても、「悪い奴がいるもんだなぁ」と呆れるだけで、イングランドやドイツといった国を悪人の巣窟とは思わないはずだ。一般国民は遠慮して口にしないけど、「アジア」というのは未だにマイナスのイメージが強い。

  例えば、政府が郵送した妊婦用のマスクの中に、不潔なマスクが混ざっていた、という事件が起きた。これを受けて菅義偉官房長官は、4月20日の記者会見に臨んだが、製造元や輸入業者の名前を明らかにしなかった。当初、政府は5月までに厚生労働省のホームページで公表すると述べていた。(菊地直己、姫野直行、吉川真布『異物混入・・・アベノマスクに批判続く 製造社名は来月公表』 朝日新聞、2020年4月21日) ところが、激怒した国民が「なに寝ぼけた事言ってやがるんだ ! どうして5月まで待つんだ?!」と抗議したから、厚生労働省は慌てて方針を見直し、マスクの受注会社を明らかにした。政府は興和、伊藤忠商事、マツオカコーポレーションに依頼し、契約額はそれぞれ約54.8億円、約28.5億円、約7.6億円で、合計約90.9億円になったそうだ。(浜中慎哉「『アベノマスク』受注先、興和、伊藤忠など3社」 毎日新聞、2020年4月21日) ただし、残り1社の名前が公表されていないから、どうにも解せない。なぜ、安倍政権は第4の会社を明らかにできないのか?

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(左 : 職場の工場で熟睡する支那人労働者  /  右 : 不潔な工場で食品を製造する支那人)

  こうした謎の会社はともかく、製造元は公表され、受注した会社は支那やビルマ、ベトナムにある工場で作られたマスクを輸入していたそうだ。これを聞いた一般国民の中には、「だから、虫や髪の毛が付着していたり、ガーゼが変色していたのか !」と納得した者もいたんじゃないか。俄に信じられないけど、妊婦用に配ったマスク50万枚の内、80もの市町村から苦情が届き、その件数が何と1千901件に上ったという。「まさか !」と否定したいが、新聞やテレビが伝えていたから本当なんだろう。(朝日新聞の報道によれば、その後も苦情が増え、143市町村から7千870枚の不良品が報告されたそうだ。) でも実際に、こんな穢れたマスクが配布されたのか? 反日分子による捏造とは思いたくないけど、第三者による真偽の検証を望みたい。まぁ、世間の賛否は様々だが、安倍政権はこんなマスクに466億円も払ったというんだから、本当に税金の無駄遣いである。欲しくもないマスクを郵送し、図々しい外国人に給付金を配るくらいなら、疲労困憊の医療のスタッフに特別ボーナスを渡せばいいのにねぇ~。

朝鮮文化が日本でウケている?!

  日本に住み着く支那人とか朝鮮人といったアジア人は、恥ずかしさを感じているせいか、自らの血筋や素性を隠すことが多い。政治家でさえ帰化した事実を隠蔽するくらいだから異常である。ところが、西歐人だとかなり違う。さすがに、外見で直ぐバレてしまうから嘘は難しいけど、自分の国籍とか家系を恥じる事ほとんど無い。例えば、イギリス人やドイツ人、スウェーデン人、ベルギー人などが商売や留学で来日した場合、自分の国籍を曖昧にすることはないし、日本人とヨーロッパ人との間に生まれた混血児も、堂々と親の出身地や民族性を明らかにする。例えば、日本で活躍する女流棋士のカロリーナ・ステチェンスカ氏は、日本語を理解するポーランド人であるが、自分の出身国を隠さないし、日本の将棋ファンで彼女を応援する人は少なくない。(将棋ファンの筆者もその一人だ。ただし、「えりりん(山口恵梨子)」と番長(香川愛生)」の次だけど。)

  今から約30年前、筆者は新宿の厚生年金会館で行われたアクセプト(ドイツのロックバンド)のコンサートに行った時、偶然近くに綺麗な女性が坐っていたので、声を掛けたことがある。最初、「アメリカ人かなぁ~」と思って話していたが、雑談しているうちに彼女の父親がドイツ人で母親が日本人ということが分かった。確かに、ドイツのバンドを見に来ているんだから、在日ドイツ人のファンが居ても不思議じゃない。しかも、東京なんだから尚更だ。我ながらアホらしく思うが、勝手にアメリカ白人と決めつけていた当時の自分が恥ずかしい。後日、彼女のことを友人に話した時、ふと「日独混血児だと、なぜ気軽に血筋を話すことができるのか?」と疑問に思った。そして、「もし、彼女が日支混血児か帰化鮮人なら、正直に話してくれただろうか?」と自問自答したことがある。(ちなみに、一般の人々はヨーロッパ人との混血児なにると、なぜか「ハイブリッド」じゃなく「ハーフ」と呼んでいた。筆者は都知事の小池百合子と違い、奇妙な横文字じゃなく、出来るだけ日本語を使う事にしている。)

  日教組教育に染まった日本人は気づかないが、普通の日本人はかつて「同胞」であった朝鮮人よりも、ユダヤ人を迫害したドイツ人の方に親しみを覚え、大日本帝国の一部となった朝鮮よりも、「邪悪な帝国」と蔑まれるドイツの方に多大な敬意を抱いている。敗戦前から日本人はドイツ陸軍を模範とし、勇猛果敢なドイツ軍将兵に畏敬の念を抱いていた。さらに、医学や化学、物理学などで驚異的な成果を出すゲルマン民族に追いつこうと励んでいたのも周知の事実。言うまでもなく、西歐文明に憧れていた青年は、大学でドイツ語を学び、ゲーテの文学やカントの哲学に没頭していたものだ。こうした好みは平成になっても変わらず、ドイツの文化・藝術は依然として魅力的である。音楽雑誌の『Burn』を読んでもらえば判るけど、ドイツのロック・バンドは日本でも結構人気を博している。例えば、先ほど紹介したアクセプト(Accept)の他、スコーピオンズ(Scorpions)、プライマル・フィアー(Primal Fear)、ガンマ・レイ(Gamma Ray)、ハロウィーン(Helloween)、ブラインド・ガーディアン(Blind Guardian)、レイジ(Rage)など、ロック・ファンなら直ぐ思い浮かぶはずだ。バッハやワーグナーといった古典音楽もそうだけど、日本人はドイツ人の音楽に共鳴する点が多い。

Klaus Meine 1Ralf Sheperd 2(左 : クラウス・マイネ / 右 : ラルフ・シーパース)
  ちなみに、ドイツ人で日本の音楽を気に入った人もいる。例えば、「スコーピオンズ」のヴォーカリスであるクラウス・マイネは、来日公演で「荒城の月」を唄っていたし、筆者はコンサート会場で実際に「プライマル・フィアー」のラルフ・シーパースが、「朧月夜(おぼろづきよ)」を唄うのを聴いたことがある。あんな筋肉隆々のドイツ人なのに、しんみりと「菜の花畑~に~・・・」と唄うんだから、聴いている方が可笑しくなる。ラルフ本人は気に入っていたようで、二度目の来日公演でも唄っていた。NHKの反日社員は矢鱈と南鮮を「お隣の韓国」と呼び、笑顔で朝鮮人を持ち上げるが、日本語を知らない朝鮮人のロック歌手が、日本の童謡をコンサートで唄うことがあるのか? 確かに、来日した南鮮人歌手が日本語で唄うことはあるけど、それは日本への親しみというより、札束を目的としたリップサービスだろう。

  日本人は英語が苦手でもアメリカ人やイギリス人のロック・バンドを好み、何枚もCDを買ったり、高額なチケットを購入して来日公演に駆けつけたりする。だが、日本人は本当に南鮮人歌手を好きなのか? なるほど、フジテレビやNHKは熱心に鮮人ミュージシャンを支援し、「今、若者の間ではK-POPが大人気となっています!!」と宣伝する。案の定、何割かの日本人はテレビ局のヤラセに嵌まって、鮮人歌手や鮮人俳優のファンになってしまった。それでも、朝鮮語を覚えて一緒に唄う観客は少ないはずだ。そもそも、高校生や大学生の何パーセントが朝鮮語を学んでいるんだ? 高校や大学で「優秀」と評される青年は、朝鮮の文学や宗教、藝術、歴史を自分の専門にすることはない。(帰化鮮人の子孫は別。) 仮に、地政学や安全保障を専攻する大学生が、朝鮮半島の政治や社会を調べることがあっても、それは必要に迫られた“付け足し”程度で、本腰を入れて勉強する領域じゃない。朝鮮というのはせいぜい、「日本にとっての厄介者」とか「大国に翻弄される属州」という小国でしかないのだ。

  教養と常識を有する日本人は朝鮮文化に見向きもしないが、テレビ局の影響をモロに受ける若者はちょっと違うらしい。朝日新聞の記事だから「眉唾物」という側面は拭えないが、神宮桃子という記者によれば、10代から20代の若者を中心に、南鮮の化粧品や「韓国っぽい」メイク、および南鮮のファッションが人気であるという。神宮氏が取材した渡辺愛佐さん(22歳)によると、Kポップ・グループの「TWICE」などの影響で、下まぶたや髪の毛をキラキラさせるのがはやっているらしい。しかも、「顔立ちが似ていてマネもしやすい」から、もし「韓国の友人が使っていれば日本製の化粧品も使う」そうだ。 (神宮桃子 「カワイイ韓国、若者の憧れに 第3次ブームが呼ぶ消費」朝日新聞、2020年1月22日)

  筆者は女性のファッション事情に疎いから、実際どうなっているのかよく分からない。ただ「本当なのか?」という疑問だけは持っている。何となく怪しいけど、渡辺氏曰わく、
  
    韓国に憧れるのは「自分にとって新しい世界だし、かわいいから」。中学生のころ、KポップのKARAや少女時代の「ダンスがキレキレで完璧な姿」にひかれた。韓国語を勉強し、年4回は韓国へ。バイトは韓国料理店でしかしたことがない。「日韓関係が悪いと言うけど、実際は文化が混じり合っていると思う。日韓の架け橋になりたいし、友人が私の持ち物を見て『韓国の?』と関心を持ってくれるだけでもうれしい。韓国を体験せずに『嫌い』と言わないで」(上掲記事)

  朝日新聞の神宮氏によれば、今、「第三次韓流ブーム」が来ているそうだ。「えっ、そうなの !」と驚く人も多いだろうが、「一流新聞」を自称する朝日が堂々と述べているんだから、あながち「嘘」ではあるまい。ただ、どうしても腑に落ちない事が幾つかある。(良い子のみんなは笑っちゃいけないよ。) 韓国カルチャーに詳しいライターの桑畑優香さんによれば、第3次は2017年頃から到来したそうで、SNSを通じて“感度の高い若者”に拡散したらしい。(じゃあ、南鮮文化を嫌いな日本人は、「鈍感な中高年」や「感度が低いオバタリアン」なのか?) また、桑畑氏の分析によると、南鮮の庶民文化は、「TWICE」好きの小学生や「BTS(防弾少年団」の影響で、10代の男性にも広がっているらしい。とりわけ、この主役は「韓流第2世代」であるという。つまり、1次世代の親を持ち、その影響で韓国に親しみを抱き、生まれた時から韓国ドラマや料理が身近にある世代ということだ。化粧品やグルメといった消費が伴うのも特徴らしい。まぁ、世間は広いから“こうした”家庭もあるんだろうが、何となく子供が気の毒になる。

Korean Plastic Surgery 1Korean Plastic Surgery 7







(左 : 南鮮の科学技術で「人気者」に変身する鮮人歌手  /  右 : 「顔面工事」を準備する朝鮮人)

  専門家の桑畑氏によれば、南鮮を直接訪問できない10代でも、SNSを通して「かわいい世界観に共感」するそうで、「架空の韓国がネットで増殖している」らしい。朝鮮人が“創造”した「可愛い世界観」なんて、日本文化の“パクリ”なんじゃないか。1980年代に育った南鮮人は、政府による禁止にもかかわらず、日本のドラマや雑誌をこっそり輸入して観賞していた。そして、この世代が1990年代以降、ドラマのプロデューサーとか、脚本家、監督、漫画家になっているんだから、大半が日本の模倣(つまり、剽窃ないし盗作)だろう。ただ、若い南鮮人は泥棒作家の正体を知らないから、「韓国のオリジナル文化は凄い!」と真面目に信じている。何とも幸せな民族だ。

  事情通の桑畑氏によれば、贔屓筋には朝鮮語を学び、南鮮へ留学する人もいるらしく、ファン層の2極化を感じるそうだ。たぶん無理だけど、どんな「日本人」が朝鮮語を勉強しているのか、友人からの生情報を知りたい。(南鮮の大学に留学して、朝鮮語で論文を書くなんて、相当、朝鮮語に精通していないと出来ないぞ。) 一方、こうしたブームがあっても、「嫌韓」を煽るメディアや、それに共感する人も目立つから、桑畑氏は少々不満なようだ。彼女は言う。

   2次ブームが終わったのは、嫌韓本やヘイトスピーチが若い人にも影響した可能性がある。だけど今は、SNSで情報を好きにとれるので、韓国が好きな人も嫌いな人もいる。一方的に流されずに自分で判断するという点では、健全になったのでは・・・。(上掲記事)

  インタヴューを行った神宮氏や桑畑氏の分析によれば、日本における南鮮文化の流入や韓流ブームを邪魔するのは、「嫌韓本」を購読する日本人や「ヘイトスピーチ」で朝鮮人を批判する日本人となる。でも、「韓流ブーム」が消えたのは、本当に朝鮮を嫌う日本人せいなのか? これは筆者の推測だけど、第一次や第二次の南鮮ブームが下火になったのは、元々「流行」自体が八百長だったからなんじゃないか? つまり、サッカーの国際試合を口実に、NHKと電通がグルになって仕掛けた一大キャンペーンであったということだ。実際、NHKの海老沢勝二会長(1997年から2005年迄まで在職)は、殊のほか熱心に南鮮ドラマの放送を続けていたし、電通の成田豊会長は「日韓友情年2005」という実行委員会で副委員長を務めていた。さらに、民放を上手く利用して、南鮮文化を広めたという“功績”を評価されたのか、2009年、成田氏は南鮮の政府から「修交勲章光化章」を貰ったそうだ。

  そういえば、悪夢のような民主党政権時代、どこの民放でも「韓流ドラマ」という煩わしい駄作が毎日放映されたので、ウンザリした国民は本当に多かった。これじゃあ、激怒した国民が「花王デモ」を呼びかけたのも当然だ。2010年、TBSはゴールデン・タイム(夜9時の枠)に「IRIS-アイリス」という南鮮ドラマを放送したが、予想通り低視聴率のまま終わってしまった。焦ったTBSはTV宣伝による「ゴリ押し」と「サクラ(札束で動く藝人)」を使って人気を捏造しようとしたが、一般視聴者はやはり冷淡で、期待された興味を持たなかったようだ。ちなみに、成田会長が南鮮人との交流に熱心だったのは、商売の他に、彼がカトリック信徒であったからである。ここでは詳しく述べないが、日本のカトリック信徒には反日分子や南鮮贔屓が何割か紛れ込んでおり、執拗に「日鮮友好」を推進する輩が多い。(以前、筆者は「正協会」を調べたことがあるけど、ゾッとするような連中がウジャウジャいた。)

   地上波テレビや新聞社は、こぞって朝鮮の民衆文化を称讃するけど、一般の日本人で熱心なファンになる人は少ない。確かに、テレビ番組の巧妙な宣伝に引っかかって「韓流ファン」になる若者もいるんだろうが、洗練された趣味を持つ大人や、藝術作品の“質(クウォリティー)”を厳しく吟味する教養人だと、朝鮮ドラマなどは観るに値しない三流のB級作品。時間と金銭を使って観賞する代物じゃない。NHKやフジテレビがゴリ押しする「K-POP」だって、アメリカ人グループの「猿真似」か、日本人アイドル歌手を模範にした「贋作」に過ぎない。朝鮮人のロック・バンドになると更に滑稽で、日本では全く知られていないのだ。日本のロック・バンドである「ラウドネス」や「アンセム」、「B'z」などは、南鮮でも知られているが、朝鮮人のロック・ミュージシャンなんて聞いたことがない。たとえ、音楽雑誌で紹介されても、コンサート会場に駆けつける日本人ファンなんて極僅かだろう。

  文化水準の高い日本でも、アイドル歌手のファン程度なら簡単に騙せるが、ロック・ファンとなれば、アーティストへの評価が厳しくなるので、いくら業界が「梃子入れ」しても、湧き上がるような爆発的人気とはならない。日本人はジミー・ペイジ(Jimmy Page)やエリック・クラプトン(Eric Clapton)、エディー・ヴァン・ヘイレン(Eddie Van Halen)といった一流ギターリストなら、何年経っても人気が衰えないし、何時までも憧れの対象である。最近、アメリカのロック・バンド「キッス(KISS)」が最後のワールド・ツアーを始め、日本にもやって来たが、ファン層を見ると子連れの客までいたから驚きだ。というのも、50年近く人気を誇っているバンドだから、親子でファンになっているケースもある。数年前、筆者が武道館で英国のロック・バンドである「ジューダス・プリースト」のコンサートを観に行った時、近くに坐っていた青年(たぶん高校生)は母親と一緒に来ていた。最初、「えっ、親子で来たのか?!」と驚いたけど、筆者もファンになってから30年以上も経つので、妙に納得し、「光陰矢の如しだなぁ~」と思ったことがある。日本では洋楽ファンは少ないはずなのに、なぜか来日公演となると、どこからともなく大勢のファンが詰めかけてくる。とても不思議だ。

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( 左 : 電通が宣伝しなくても歓迎されるゲルマン系西歐人 /  右 : 電通やNHKが持て囃す「クール」な朝鮮人)

  平成になってから、テレビや雑誌で八百長の「南鮮ブーム」が仕組まれ、朝鮮の出自を告白する藝人も増えた。こうした風潮に便乗したのか、一般の在日鮮人や帰化鮮人も恐怖心から解放されて、家系を明かす事ができるようになった。しかし、こうした「暴露鮮人」は依然として少なく、大多数の帰化鮮人やその子孫は出自を隠している。なぜなら、こうした「解放ムード」は藝能界で暮らす特殊な鮮人のみに許される環境だからだ。名も無き一般鮮人は、厳しい現実を解っている。気軽に暴露を勧める知識人は、自分が朝鮮系じゃないから、「差別を気にせず、本名を明かし、民族の誇りを示しましょう !」と呼びかける。しかし、そんな煽(おだ)てに引っ掛かったら大変だ。民族熱に浮かれた本人はいいけど、親兄弟は堪ったもんじゃない。必死に隠していた血筋を会社の同僚や学校の友人にバレてしまうのだ。中には恥ずかしくて悔しい思いをする者もいるんじゃないか。

  昔(1970年代前半)、東京都立大学で在日朝鮮人問題を研究していた小沢有作(おざわ・ゆうさく)が、「アジアから見た日本、朝鮮から見た日本」というテーマでゼミを開いた事があるそうだ。その時、小沢助教授は、受講生にエッセイを書かせたそうで、その内の幾つかを紹介していた。ある知識人家庭に育った善良な女学生は、次のように記していたという。

  朝鮮人という言葉を聞くと、まずかわいそうな人達というイメージが湧く。貧乏で、さげすまされていた、あわれむべき人としてである。こういった感覚がどのようにして形成されたのか、自分には分からない。私の母も差別観をもっている。それについて聞いた時、母は、朝鮮人というと貧しい、ずる賢いなどの印象をもってしまうこと、けれどもそれは表にあらわすべきではないと思っていること等を話してくれた。父からもはっきり聞いたことはなかった。今の私が、父母からだけの影響をうけているわけではないが、少なくとも、家では明らかに朝鮮人蔑視をあらわす言葉を聞いたことがない(と思う)のに、自分の中に蔑視が育ってしまっていた。(小沢有作「日本人の朝鮮観」、『季刊 三千里』、1975年冬4月号、pp.40-41.)

  この他にも、朝鮮人に対する日本人のエッセイはあるけど、この女学生は比較的温厚であり、一般的な意見を代表していると思う。もし、学校で「まともな授業」、すなわち遠慮の無く朝鮮人の風習や歴史を教えていれば、もっと辛辣な随筆を書く学生が現れてくるはずだ。平成や令和の日本で朝鮮人の実態を露骨に言う日本人が少ないのは、長年に亙り、日教組が左翼史観を吹き込んできたからである。日本に帰化した朝鮮人や支那人、あるいはその子孫である4世とか5世は、おぞましい「過去」が一般に知れ渡ることを恐れている。支那や朝鮮の歴史は、あまりにも“惨め”で、恥辱と悪徳に満っているから、日本で生まれ育った子孫には堪えられない。帰化支那人が親の血筋を隠したり、日本人を装う在日朝鮮人が、祖父母の経歴を誤魔化したりするのは、心の底に屈辱感や羞恥心があるからだろう。

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(左 : 日本の左翼陣営が歓迎する勤勉な朝鮮人  /  右 : 日本企業の経営者が招きたい支那人労働者)

  とにかく、我々はアジア人の感情を忖度することなく、入国や帰化を許す場合には、平等に申請者の素性や国籍を公表すべきだ。支那人や朝鮮人の親は「子供達が傷つく」と言って暴露を厭がるが、どうして自分の出身国や祖先を教えるのを躊躇うのか? 支那人や朝鮮人の血統は「汚点」なのか? ここでは、アジア人の屈折した感情とマルクス主義に基づく多文化主義に言及する余裕が無いので省略するが、日本人は支那人や朝鮮人に譲歩すべきではない。密入国者の祖先を持つ朝鮮人や、政治的なコネ(人脈)を使って入国した支那人が、我々に対して「仲間にしてくれ」と頼むなら、洗いざらい過去の罪を白状し、強制退去を前提とした審査に臨むべきだ。支那人と昵懇の政治家に頼んで国籍を得た支那人とか、永住権を目的に来日した支那人なんて、まともな外国人じゃない。日本で支那人や朝鮮人に対する嫌悪感が絶えないのは、彼らの「やましさ」と法務省の「隠蔽体質」に原因がある。帰化鮮人なんて「妖怪人間」のベムみたいだ。「早く人間になりたい !」と願う妖怪少年は、「何時の間にか日本人」になった朝鮮人と似ている。なぜなら、両者とも素性がバレるのを懼れているからだ。「チョーセンジン」とか「支那人」という言葉を嫌う異民族は、日本人の差別心を非難するが、問題の本質は彼らの精神に存在するんじゃないか。



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