無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

移民問題

鮮血の儀式は自国で行え ! / 譲歩する受け容れ國

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黒木 頼景
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 戦慄のイスラム教

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(写真  /  ヨーロッパで激増する有色人種)

  歐米諸国のみならず、日本でも「移民」という異民族が流入したことで人種的および文化的摩擦が起こっている。アメリカでの人種対立は有名で、白人国家に黒人が混在しているものだから、毎日のように学校や職場で諍いが勃発し、全米ニューズとなれば深刻な社会問題になってしまう。これに加え、宗教が絡んでくれば話は更にややこしくなる。キリスト教徒のヨーロッパ人同士なら、せいぜいカトリック教会とアングリカン教会の棲み分け、あるいはルター派とカルヴァン派との教義的相違くらいで、今さら目くじらを立てるほどではない。だが、ユダヤ教徒やイスラム教徒がイチャモンをつけてくれば、即、信仰の全面対決となるから、適当な妥協点を見出すのは難しい。なぜなら、主流民族のキリスト教徒からすれば、「何で俺達の国でアイツらに譲歩しなきゃならないんだ?」と不満になるし、移住してきたイスラム教徒からすれば、「政治の場で劣勢に立つのは仕方ないが、信仰の面で異教徒に屈服するのは我慢がならない !」と意固地になるからだ。

  神道には壮大な哲学体系とか膨大な経典、厳格な誡律といったものが無いから、日本人はイスラム教やユダヤ教を奇異の目で見てしまう。しかし、アジア大陸のメジャーな宗教を見渡すと、何らかの教義や誡律のある方が普通である。特に、イスラム教は解りやすいというか、いかにも宗教らしい宗教だ。(詳しくは小室直樹著『日本人のためのイスラム原論』を参照。) 礼拝の仕方から食事、断食、巡礼など、具体的なことが詳しく規定され、日々の生活を隅々まで支配している。ところが、日本だと宮司や神主に訊いても、何をしたら願いが叶うのか解らないし、伝統的な参拝方法があっても、各人が勝手気ままに解釈し、違反したからといって処罰がある訳でもない。日本の宗教は性倫理に疎く、正妻、側室、妾、愛人、恋人、何人までが許されるのかも分からないから、日本の男は原則、無制限。日本人はイスラム教徒が4人も妻を持てることに驚くが、日本人は100人だってOK。愛人を全部「養女」にしてしまえば、一緒に住めるじゃないか。(この場合、扶養控除がどうなるのかは分からないけど。)

  誡律があったはずの仏教も、日本で普及すれば、いつの間にか骨抜きにされて「日本教」になってしまう。したがって、タイやベトナムの仏教徒が来日すると、日本の仏教徒を見てビックリ仰天。出家したはずの「比丘(坊主)」が妻子持ちなんだから。しかも、結婚前に女房とデートしたのはディズニーランドで、プロポーズがクリスマス・イヴとなれば、「本当に仏教徒なのか?」と尋ねたくなる。しかも、所有しているクルマが豪華。メルセデス・ベンツとかボルボなんだから羨ましい。中には、お寺が駐車場を経営する場合も。宗教法人には税制優遇がいっぱいだから、お坊さんは結構お金持ちである。(筆者が知っている「兼業坊主」は高価なボルボに乗って葬式場へと向かっていた。もちろん、髪を伸ばしていて、綺麗にパーマがかかっていたから、「坊主刈り」とは無縁である。) 大半の僧侶は真面目な聖職者なんだろうけど、中には“不可思議”な坊さんがいて、檀家の信者に「煩悩を捨てなさい」と説教するが、自身は夫婦生活や子供の進学、銀行ローンで悩んでいたりする。これじゃあ、どっちが心理カウンセラーを必要としているのか判らない。

  大量のアジア移民を許している日本ではあるが、まだ深刻な民族紛争や人種問題が浮上していないので、一般の日本人はまだ異文化の波に鈍感である。しかし、移民の津波を毎年受けている歐米諸国では、日本人みたいにノホホンと構えている事はできない。アフリカやアジアから来るイスラム教徒は、キリスト教世界に住んでも自らの生活を変えることはせず、遠慮なく独自の風習や信仰を貫いている。しかし、受け容れ側のヨーロッパ人からすれば堪ったもんじゃない。例えば、毎年、アーシュラー(Ashura)の日に行われるイスラム教の行事は、不愉快というより鳥肌が立ってしまうほどの恐怖である。ヒジュラ歴(イスラム教のカレンダー)における最初の月の10日目は、「カルバラの戦い」で殉教したフサイン・イブン・アリー(Husayn ibn Ali)を偲ぶ記念日であるという。この祭りは、主にアフガニスタンやイラク、イラン、レバノン、バーレイン、パキスタンで行われているそうだ。

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(写真  /  祭りで身体を傷つけるイスラム教徒)

  ただし、この宗教記念日には「タトビール(Tatbir)」という恐ろしい風習(儀式)があるので、ヨーロッパ人やアメリカ人だと到底受け容れることはできない。何と、この祭りに参加するイスラム教徒は、刃物で自分の身体、特に頭を傷つけ、血を流すことで自分の罪を浄化できると信じているのだ。もちろん、これは教義で決められている訳ではなく、民間の俗習というか、慣習的な要因で実践されているらしい。(Christy Cooney, 'Ashura festival sees children left covered in blood as devout Muslims use knives to slice their head open', The Sun, 10 September 2019) とはいえ、自分の頭皮を切り裂いて血を流す訳だから、西歐人がゾッとするのも当然だ。プロレスのリングでラッシャー木村が出血するのは「定番」だからいいけど、一般の平信徒が鮮血を流すなんて異常である。(現在の高校生や大学生が知っているレスラーといえば、蝶野正洋とか天龍源一郎、小川直也くらいだろうが、筆者が子供の頃はアントニオ猪木とか藤波辰爾、ミル・マスカラス、スタン・ハンセン、などが人気であった。悪役レスラーのタイガー・ジェット・シンはいつもサーベルを持って登場するが、なぜか剣先で相手を刺さず、グリップで殴っていた。意外にも、リングを離れると温厚なインド紳士であったから、たぶん八百長を上手に演じるビジネスマンであったのだろう。ちなみに、筆者が小学生の時、リングの側で観戦したときのシンは怖かった。)

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  脱線したので話を戻す。大人のイスラム教徒が血塗れになるのは怖いけど、幼い子供が泣きながら血塗れになるのはもっとおぞましい。歐米の上流階級が目にすれば、きっと眉を顰めるし、敬虔なキリスト教徒の婦人が目にすれば、警察官や児童養護施設の職員に連絡してしまうだろう。もし、“いかつい”顔のイスラム教徒が、パリやロンドン、ベルリンなどで身体に鞭を加えたり、ナイフで頭皮を切り裂いたら、おそらく政治問題となるに違いない。日本だって例外じゃないぞ。もし、上野や新宿、目黒でパキスタン人やイラク人が集結し、息子の頭に刃物を押しつけ、鮮血が吹き出したら、商店街のオっちゃんやオバちゃんは「ギャぁぁぁぁ~ !!!」と悲鳴を上げてしまうだろう。若い女性だと腰を抜かして、その場から逃げるように立ち去り、交番の警官に「不気味な外国人が殺傷沙汰を起こしています!!」と通報したりする。儀式の善し悪しは別にして、イスラム教徒の風習は我が国の気質にそぐわない。神道の儀式では清らかさが重視されるから、羊や牛を屠殺して捧げ物にしないし、子供や女を傷つけるような風習は無いから、アジアの宗教とは異質である。

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異民族の要求に屈する日本人

  日本人はイスラム教徒が溢れ出すフランスやブリテンを横目で見て、「あんな風になったら大変だなぁ~」と暢気に構えているが、我々にとっても異民族の浸透は他人事ではない。何しろ、アジアからの移民にはイスラム教徒が大勢混じっているのだ。以前、渋谷にある在日トルコ大使館前で、トルコ人とクルド人の乱闘があったけど、この光景を目撃した日本人は、「えっ、トルコ人って、こんなににいるの?」と驚愕したはずだ。筆者は先月、夜の10時頃、上野にあるアメ横を歩いてみたが、まるで東南アジアの繁華街を旅している気分になった。御徒町駅付近には、支那人や朝鮮人はもちろんのこと、中東アジア人も結構多く、煙が立ちこめるケバブ料理店の前で群れていた。既に、日本の田舎でもアジア人は珍しくなく、商店街や道路でもよく見かけるし、公共施設でもアラブ人やパキスタン人がいたりする。この前、筆者が公営プールに行ったら、胸毛と髭の濃いアラブ系の男が泳いでいて、「これじゃあ、ドイツと同じだ・・・」と“つい”嘆いてしまった。ドイツでは水泳プールでアジア系移民による性的事件が起こっている。例えば、中東アジアの若者が、水着で肌が露出した若い女性に近づき、性的な“ちょっかい”、あるいは暴力的な行為で逮捕される、という事件があった。

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(左 : 異人種混淆のクラス  /  右 : ヨーロッパに住み着いたイスラム教徒)

  異民族が押し寄せると、以前に無かった問題が発生してくる。しかも、解決しようと図れば、日本人が譲歩を強いられる、という事態が起こってしまう。一般国民は「そんな馬鹿なことはあるまい !」と思ってしまうが、学校教育を見てみれば、「あっ !」と気づくはずだ。学校に通う外国人、主にアフリカ人やアジア人が増えると、多文化・多民族教育が強化され、「異民族に対する偏見はいけません ! もっと寛容な精神を持ちましょう」と勧められるが、そうした注意の大半は強制的なものである。もし、茶色い肌のマレー人やインド人、イスラム教徒のアラブ人やペルシア人がクラスメートになれば、日本の子供は「うわぁぁ、変な奴がいるぞ !」と毛嫌いし、「何だ、あいつら !」と拒絶反応を示す。ところが、担任の先生は「差別をしちゃいけませんよ ! みんな平等なんだから。外見が違っていても仲良くしなさい !」と説教する。でも、子供は正直だから、「えぇぇ~、だって気持ち悪いじゃん・・・」と本能的に反撥するから、中々説得できない。

  小学校から大学に至るまで、左翼教師や人権屋は日本人が持つ「良心」や「道徳心」を突いて、自己反省を促し、異人種に対する警戒心や拒絶心、嫌悪感を抹殺しようとする。普通の日本人は““素直”に「あんな人たち嫌い !」と思ってしまうが、教師に従順な優等生や躾の厳しい家庭の子供は、「先生の言う通りだ。外人だからといって黴菌と思っちゃいけないんだ」と考えてしまう。日本人の幸せを憎む左翼学者は、無垢な日本人を学術用語で惑わし、その倫理道徳観を最大限に利用する。彼らはインテリの口調を以て、「人種差別は倫理的に赦されず、社会正義に反している !」とか、「異民族を嫌う者は視野の狭い頑固者で、理性ではなく感情で物事を判断する低脳児である」と罵る。そして、「正義感の強い教養人は異文化に理解を示し、寛容な精神に溢れています」と言い出す。

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(左 : 白人女性を性的な餌食にした犯罪者  / 中央 : 性犯罪に遭った白人女性  /  右 : 増え始めた異人種のカップル)

  こうして、左翼分子は日本人を優先する愛国者や移民に反対する保守派を牽制すると、レイシズム撲滅の解決策を提示する。例えば、人種偏見を矯正する「モラル・トレーニング」を提唱し、異民族と接触する子供達に人種や文化の相違を気にせず、異文化のポジティヴな側面を見るよう示唆する。次に、イスラム教徒や支那人、朝鮮人などに関する知識を授業で増やし、否定的なステレオタイプを捨てさせ、「人種」などは右翼どもが勝手に作った幻想で、社会的構築物に過ぎない、と諭す。第三に、「異文化や異民族を嫌う日本人の方こそ間違っており、違った文化を受け容れぬ者は井の中に等しく、無知蒙昧の輩である」と教え、外国人を排斥する日本の島国根性をせせら笑い、異民族にオープンな者を称讃する。つまり、彼らは日本人が持つ自然な拒絶反応を批判し、「日本人が自らを変えるべし」と命令するのだ。

  しかし、これはおかしい。なぜ、我々の方が押しかけてきたアジア移民に罪悪感や引け目を感じ、自ら進んで反省しなければならないのか? 招待されたわけでもないのに我が国に移住してくるイスラム教徒が反省すべきだ。彼らの方が日本の文化や國體を尊重し、我々の生活様式に同化すべきなんじゃないか。もし、イスラム教を保持したければ、家の中だけで信仰し、一歩外へ出たら日本社会に合わせろ。日本人のやり方に一々文句をつけるな、と言いたい。西歐社会に住み着くイスラム教徒は本当に図々しくて、学校で出される昼食が「ハラール(イスラム教で赦された食材や料理)」に反しているから、「別のキッチンでイスラム教徒用の料理を作れ」とほざく。日本の学校でもイスラム教徒の子供が増えれば、学校給食が別々になり、日系人用の食事と別の献立が用意されるに違いない。そうなれば、給食費が高騰し、日系人側の保護者から苦情が出るだろう。

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(左 : 激減する西歐系の子供  / 中央 : 西歐で増え始めたアフリカ系の子供  /  右 : 過激派のイスラム教指導者)

  また、アジア移民の親は学校に対し、「宗教的アクセサーや民族衣装を認めよ」と迫るから、「人権思想」とか「異文化尊重」という言葉に弱い教育委員会は、腰砕けになってしまい、人権・宗教上の観点からの「特例」として認めてしまうことが多い。こうなると、教室にブルカやチャドル、サリーを来た女子生徒が現れ、日本の公立学校とは思えなくなる。学校が「多文化主義」という方針を取れば、日本人生徒だって黙っちゃいないだろう。「パーマを認めろ !」、「私は髪を金色に染めたい」、「刺青やピーアスをしてもいいじゃないか」、「ファッショナブルな私服を着て登校したい」など、次々と要求が出てくるに違いない。インド人やアラブ人の生徒に「例外」を認めれば、学校側は日本人の生徒にだって同様の「特例措置」を認める破目になるだろう。かくして、学校の風紀は乱れ、高額所得者や上層中流階級の親は公立学校を避け、名門私立校に我が子を通わせようとする。荒れ果てた公立学校に残るのは、私立に逃避できない低所得者か下層階級の日本人だけ。かつて日本人は民族的な絆を持っていたが、これからは民族や所得、身分、階級でバラバラになってしまうだろう。グローバリストの商人どもは「当然だ」と吐き捨てるが、祖国を愛する日本の庶民は「大変だ ! どうしよう ?!」と後悔するに違いない。「バイきんぐ」の小峠英二なら「なんて日だ !」で済むけど、現実の社会では洒落にならない。「なぁ~、にぃ?!」と言って笑えるのは、「クールポコ」の小野ちゃんくらいだよねぇ~。(それにしても、あのコンビは今どうなったんだろう?)



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黒人に突き落とされた親子 / 犠牲者になる子供 (Part 1)

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黒い手に突き落とされた少年


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(左 : アンゲラ・メルケル  /  右 : ヨーロッパに群がるアフリカ難民)

  我が国がドイツと軍事同盟を結んでいた頃、同国はヒトラーの支配にあっ。今では徹底的に否定されているが、ナチ党が君臨していた頃、一般のドイツ人はそれほど不幸でもなかった。忌々しいユダヤ人が一掃されて、ドイツの街がアーリア人だらけになったら、何となく快適で毎日が楽しくなる。ドイツに占領されたフランスでもユダヤ人は排斥が起きたが、ユダヤ人に戻ってきて欲しい人よりも、「ユダヤ人をフランスから追い出せ !」と主張し、ドイツ軍に協力したいという人の方が多かった。(言葉や行動に表さなかったフランス人も多いんじゃないか。)

  ナチスへの評価は別にして、「同じ民族同士で暮らしたい」というのが、口には出さない西歐人の本音だ。異人種が雑居する現在のドイツを見れば、温厚なドイツ人だって、ふと「ナチスの頃は良かったなぁ~」と思ってしまうだろう。当時、大半のドイツ人はチュートン系で、ゲルマン民族の特徴を備えていた。例えば、文豪の森鷗外や外交官の青木周蔵、あるいは帝國陸軍から派遣された川上操六少将や乃木希典少将がドイツに滞在した時、出逢った住民はオランダ人やノルウェー人みたいな白人で、黒いアフリカ人や褐色のアラブ人が「ドイツ国民」ということはあり得なかった。もし、エチオピアから来た黒人がドイツ語で「私はドイツ人」と名乗れば、日本人留学生は「えっ、何を言ってるの?」と困惑したことだろう。明治や大正時代にドイツやオーストリアに渡った日本人は、「西歐人=白人」という観念に囚われていたから、浅黒いドイツ人とかサラセン人のイスラム教徒など予想していなかった。

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(左 : ナチ・ドイツが大切にしたゲルマン人の子供  /  右 : 「理想」とされたドイツ人の子供たち)

  話を戻す。昔のドイツと比べたら、今のドイツはかなり異なっている。白人だから「ドイツ人」だろうと思えば、ロシア系とかポーランド系だったりするし、ドイツ人を僭称する東歐系ユダヤ人だったりする。民族の“入れ替わり”というのは実に恐ろしい。というのも、先の戦争でドイツ兵が大勢亡くなったし、捕虜として虐殺された者や、ロシア人に連行され“いつの間”にか消えて行った者もいるから、実際、どれ程のドイツ人が消滅したのか判らない。しかも、こうしたドイツ人の撲滅に加えて、戦後は移民や難民が流入し、現地人と混血したから原型を失った雑種が普通になっている。これは遺伝子レベルでの“抹殺”だ。チュートン的肉体は変質の危機に瀕している。例えば、アムステルダムのフランドル人とチューリンゲンのザクセン人が結婚して子供を産んでも、その赤ん坊は普通の北方種族になるが、フランクフルトに住むトルコ系二世とチューリンゲンで帰化したモロッコ人が夫婦となれば事情は違ってくる。二人の間に子供が生まれれば、たとえドイツ国籍を有していても、非ドイツ人に見えてしまう。また、母親がチュートン系のドイツ人でも、父親がソマリア人だったりすると色黒の混血児が生まれてしまい、顔つきもアフリカ人のようになってしまうのだ。ドイツ民族の存続を願うドイツ人が、非西歐人の流入に危機感を覚えるのも当然だろう。

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(左 : 増え始める「新たな人種混淆家族」  /  右 : 減少するゲルマン系親子)

  敗戦により、ドイツ人は戦勝国とユダヤ人によって、凄惨な仕置きを受けた。平等主義や人道主義でリベラル派に染められてしまい、ドイツ人には多民族主義に対抗する力が無い。「嫌だなぁ~」と思っても、移民や難民が来れば、渋々ながらではあるが、一応受け容れる。ただし、一部のドイツ人は政府の方針に激怒するから、夜中に難民収容所へ忍び込んで、建物に火を附けたりするそうだ。しかも、地元警察は本気で放火魔を捕まえようとせず、意図的に「手抜き捜査」をするらしい。かつて、ドイツには鋼鉄の如き愛国心があったけど、今ではアイスクリームよりも溶けやすく、使い古したパンティーのように伸び縮みする。それも仕方なく、ちょっとでも人種的嫌悪感を示せば、即座に「ネオナチ」と糾弾されるんだから、たまったもんじゃない。一般のドイツ人が尻込みするのも当然だ。マトモなのは、“右翼”政党と呼ばれる「ドイツのための選択肢(AfD)」を支持する国民くらい。日本人だってドイツに住めば、AfDを支援したくなるだろう。試しに、ベルリンやハンブルク、フランクフルト、ブレーメンといった都市を訪れてみよ。まるで北アフリカにでも迷い込んだ気分になるだろう。ゲルマン系白人との出逢いを期待した日本人の観光客が、実際にドイツへ行ってみると、あちこちで浅黒い非ヨーロッパ人を目にする。これじゃあ、旅行会社に「何だ、あれは ! ゼニ返せ !」と言いたくなるだろう。

  移民や難民を大量に受け容れたドイツには、日本で報道されない様々な事件が起こっている。例えば、先月下旬に起きたフランクフルトの悲劇はその一例だ。時は7月29日、場所はフランクフルト中央駅のプラットホーム。8歳の男の子は母親と一緒に列車を待っていた。すると、いきなり黒人に突き飛ばされ、線路内に落ちてしまう。母親は素早く反対側の窪地に身を潜めて助かったが、幼い息子は何もできず、到着したICE列車に轢かれてしまい、そのまま亡くなってしまったそうだ。('Boy dies after being pushed in front of train', Deutsche Welle, 29 July 2019.) 大人でさえ無防備の状態で攻撃されれば何もできない。ましてや、8歳の子供なら尚更だ。この犯人は次に78歳になる女性に狙いをつけ、同様のことをしたらしい。しかし、襲われた老婆は何とか持ちこたえ、線路内に落ちずにプラットホームに留まることができたという。

Habte Araya 1Habte Araya 3(左 : ハプテ・アラヤ  /  右 : 「模範的難民」としてのアラヤ)

   フランクフルトで起きた殺人事件は瞬く間にドイツ中に報道され、ドイツ国民のみならず歐米諸国の人々に対しても大きな衝撃を与えた。というのも、この恐ろしい殺人を犯した黒人が、“模範的”なアフリカ難民であったからだ。逮捕されたのはハプテ・アラヤ(Habte Araya)というスイスから来たエリトリア人で、三人の子供を持つ40歳の父親であった。(Lucy Middleton, Man who pushed boy, 8, under train was used in campaign to promote integration, Metro, 21 July 2019.) 彼は2006年にエリトリアを去ってスイスへ渡り、そこで難民庇護を申請すると、2008年を得たそうだ。スイスはヨーロッパ諸国の中で最も移民規制の厳しい国であったが、やはり時流には勝てず、ある程度の異邦人を受け容れている。ただし、田舎のスイス国民だと、ある程度であるが、率直にモノを言うようで、「アフリカ難民とか中東アジア移民は嫌い !」とはっきり拒絶するらしい。地域に根を張った人々は、都会のリベラル派国民よりも健全である。

  詳しい理由は公表されていないが、アラヤはスイスのバーゼルから列車に乗って、ドイツのフランクフルトにやって来たそうだ。驚愕の殺人行為を実行した黒人は、その背景も驚くべきものだった。何と、彼は現地に同化した「優等生」として称讃され、「ポスター・ボーイ」にもなっていたのだ。(Guy Birchall, Eritrean refugee who pushed boy , 8, to his death under Frankfurt train was a poster boy for migrant integration, The Sun, 1 August 2019.) 地元に“溶け込んだ”と称される、このエリトリア人は、2017年、スイス労働救済局(Schweizerischen Arbeiterhilfswerks)に起用され、宣伝用ポスターのモデルになっていた。しかし、彼は精神を病んでおり、今年の1月から休職していたそうだ。('Man accused of Pushing Boy Under German Train Was Wanted by Swiss, U.S. News & World Reports, July 30, 2019.) 精神に異常を来した元難民は、更なる異常行為をはたらく。アヤラはドイツに向かう前、妻と子供をアパートに閉じ込めていたそうで、発覚を恐れたのか、隣人にはナイフを以て脅しをかけていたそうだ。しかし、アラヤが去った後、通報を受けた警官がアパートに駆けつけ、家族を保護したので良かった。逃走中の夫はスイスで指名手配を受けることになる。

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(左 : 「ポスター・ボーイ」となったアヤラ  /  右 : 事件の現場検証)

  こうした異邦人による犯罪報道を聞く度に、ドイツ人は独りになった時、「またか !」とウンザリする。大声で感情を爆発すると周りから“ネオナチ”呼ばわりされてしまうので、誰も居ない場所か、家族だけが居る自宅で本音を漏らす。幼い頃から“リベラル教育”とやらを受けたドイツ人は、どんなに理不尽で嫌な事でも、人種が絡むと無口になる。公然と自分の意見や感情を示すことができるのは、失うものがほとんど無い下層階級の白人か、愛国心に目覚めた保守派国民だけ。世間体を気にする中流階級のドイツ人は、出来るだけ被害に遭わぬよう日頃から注意し、なるべく有色人種がいない地域に住もうとする。お金持ちは移民や難民が寄りつけない高級住宅地に住んでいるから安心だ。子供が通う学校だって、目玉が飛び出る程の授業料を要求するエリート校だから、貧乏黒人は来ない。第一、入学願書さえ何処にあるのか分からないときている。それに、ドイツ語を読めないので、最初から無理。

  こうした臆病な国民は、左翼リベラル系の主要メディアに盲従し、「お前らは間違っている !」と抗議することはない。むしろ、自ら進んで「リベラル」となっている。「人権」を金科玉条にするドイツのメディアは、これまた左巻きを得意とするスウェーデンの報道機関と同じく、外国人、とりわけ中東アジア人や北アフリカ人といった有色人種に殊のほか“親切”で、イラク人やソマリア人が強盗・殺人・強姦を犯しても、その氏名や写真を滅多に公表することはない。なぜなら、髭面の窃盗犯や、黒い肌をした殺人鬼が新聞の一面に載ったりすると、現地の白人が激昂し、移民排斥の感情に駆られるからだ。偽善が似合うドイツの報道機関は、個人の犯罪が特定の民族、つまり犯罪者が属する種族や信仰に結びつかないよう、犯人の民族的出自や国籍、宗教を隠す傾向があるという。(Ines Pohl, After Frankfurt tragedy, should German media report a suspect's nationality?, Deutsche Welle, 29 July 2019.)

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(左 : エリトリア人の難民   /  右 : 海を渡って歐洲に潜り込もうとするアフリカ人 )

  ドイツや北歐諸国は、多くの自国民が被害に遭っても、犯罪者の「人権」を擁護する。例えば、フランクフルト事件の9日前、北ライン・ウェストファリアのフェルデにある駅で、34歳の女性が28歳の男に突き飛ばされ、電車に轢かれて死亡するという事件が起きた。逮捕された容疑者はコソボ・セルビア系の外人であったが、ニュース・メディアでは「ジャクソンB」としか報道されなかった。たぶん、「人権への配慮」なんだろうけど、どうして名前と写真を公開したらマズいのか? 配慮すべきは亡くなった人の怨念であり、被害者になりうるドイツ国民の安全だろう。マスコミは正直な報道が危険であり、自分たちの政治思想にとって不都合と考えている。つまり、人種平等や多民族共生といったイデオロギーの崩壊を恐れているからだ。もし、「特別な配慮」をせず、ありのままの報道すれば、兇悪事件を起こす犯人の中に有色移民や難民が多いことに国民が気づき、移民や難民の受け容れを拒絶するようになってしまうだろう。これではマズい。だから、犯人の人相や素性を必死になって隠す。

  また、非ヨーロッパ系移民は本名を捨てて西歐風の名前に変えたりするから、警察やマスコミが容疑者の名前を公表しても、犯人がアフリカ人とかアラブ人と判らない場合がある。裁判になって初めて黒人と判るケースもあるから、テレビや新聞だけで事件を知る一般人には、どんな人物なのかさっぱり分からない。さらに、我々が注意すべきは、外人の悪党を擁護する弁護士とか支援者、市民活動家、大学教授、政治評論家の中にユダヤ人が紛れていることだ。直接的に擁護しなくても、スウェーデン国内で多民族主義を掲げるバーバラ・スペクター(Barbara Lerner Spectre)とか、「BuzzFeed」でリポーターを務めるジュリア・レインシュタイン(Julia Reinstein)、ブレア政権で移民・難民担当大臣を務めたバーバラ・ロッシュ(Barbara Roche)がいるから、移民の排斥は非常に困難だ。日本人はこうした人物を目にして、「現地人」と思ってしまうが、血統を調べてみれば「よそ者」ということが判る。ユダヤ人は何世代現地に住もうが、あるいは現地人と混血をしようが、歴史と伝統を愛するヨーロッパ人ではない。

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(左 : バーバラ・スペクター    / 中央 : バーバラ・ロッシュ   /  右 : ジュリア・レインシュタイン  )

  とにかく、移民や難民による犯罪を耳にする度に、保守的なドイツ人はアンゲラ・メルケル首相の態度に腹が立つ。本来、ドイツの宰相が優先すべきは、親子代々ドイツに住むチュートン系のドイツ国民であるべきなのに、メルケルときたら、「人道主義を重んずる善人」と称讃されたいので、国民そっちのけで大量の移民や難民を受け容れてしまった。そのせいでドイツ国民の生活は、見るも無惨な状態になっている。安全で快適な生活を送るメルケルはいいかもしれないが、警備員を雇えない一般のドイツ国民はいつ外人に襲われるのか判らない。いくら家の窓や鍵を頑丈にしても、外出先で強盗に遭ったり、ナイフで刺されれば命がいくらあっても足りないじゃないか。フランクフルト駅で突き飛ばされた母親も、まさか今日、息子と一緒に線路内に落ち、我が子の死を目撃するとは予想していなかったはずである。日本の高齢者だって他人事じゃないぞ。例えば、新宿駅や渋谷駅を利用した人が、1時間後に駅のプラットホームから突き落とされ、命を落とすと“予想”しているのか? 巣鴨に行くつもりが「あの世」じゃ洒落にならない。しかも、お寺参りで長寿と安全祈願の予定ならブラック・ジョークだ。

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( 左 : 難民を歓迎するメルケル首相  /  右 : 「新たな時代」のドイツで普通となる多民族学校 )

  日本人は移民や難民について、本当に暢気で無関心である。選挙では待機児童や少子化が問題となるが、子供が育つ環境に関する議論は無い。高齢者は余生が短いからいいけど、幼稚園児や小学生はこの先、50年、60年、70年と生きる訳だから、社会に責任を持つ中高年は、子供が利用する駅や道路での安全性、学校での治安、クラスの民族構成、学力水準の低下などを考慮せねばならない。高度成長期を楽しんだ老人は、日本人ばかりの同級生を持っているけど、孫の世代は日本人ばかりの教室で学んでいるわけじゃない。昔では考えられなかった、アジア人が混ざっているクラスでは、民族別のグループが形成されるし、容姿に関連した陰湿なイジメも起こる。給食だって従来とは違い、イスラム教に即したメニューが登場してしまうのだ。ある学校ではキムチが出ているという。昔なら、朝鮮料理なんて考えられなかった。また、現在は学校を離れても危険がつきまとう。公園には変質者がいるし、駅には殺人鬼、道路には誘拐犯がいたりする。

  一般国民は気づいていないが、安易な外人労働者の輸入には危険が伴う。最近、インドで起きた幼児虐殺事件が話題になった。ジャールカンド州ジャムシェドプルにあるタタンガル駅で、二人の男(Rinku SahとKailash Kumar)が3歳の幼女を攫ったという。この拉致犯は、あろう事か、幼い子供を輪姦してしまい、殺害して首を刎(は)ねてしまったのだ。(The Times of India, August 2, 2019) もし、日本で拉致された幼女が首を切断され、警察がその頭部を捜索するという事態になったら大騒になるだろう。3歳の女の子を強姦するだけでも鬼畜の所業なのに、さらに首を切断するなんて人間の犯罪とは思えない。普通の日本人がこうした事件を耳にすれば、身震いするほどの嫌悪感を覚えるが、税金で暮らす国会議員には馬耳東風である。彼らは低賃金労働者にしか関心がない。日本人より安い時給で、真夜中でも働くインド人は大歓迎。「移民労働者」という身分で表玄関を通れなければ、「留学生」とか「研修生」という名目で裏口から入国すればいい。多少の変態や前科者が混じっていても、それは奴隷貿易に付随する必要悪だ。輸入車に缼陥(けっかん)車があるなら、輸入家畜にケダモノがいても仕方ない、という理屈である。日本の民衆は鈍感なので、ドイツの社会問題は、テレビを見ているだけじゃ分からない。ドイツ人と同じ不幸を“体験”して初めて理解できる。ただし、息子や娘を失った後で、「移民・難民反対 !」と叫んでも遅いんだけどねぇ~。

Part 2に続く。 


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