無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

移民問題

優秀な留学生とワクワクするような日本

支那人の卑史 朝鮮人の痴史 教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 [ 黒木 頼景 ]
支那人の卑史 朝鮮人の痴史 教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 [ 黒木 頼景 ]

机上の空論よりも酷い妄想

  国家は外敵の攻撃により消滅することもあるが、内部から溶解して崩壊することもある。元々、日本は日本人により構成され、日本人同士で暮らしてきたから、稀に見る素晴らしい国となった。赤やピンクに染まったインテリ供は滅多に口にしないけど、アジア大陸の後進国と日本が決定的に違うのは、日本人がアジア人と共生しないで暮らしてきたからだ。異民族がひしめき合うユーラシア大陸では、民族的摩擦や懐疑心が常に存在し、偏見や差別で干戈を交えてきた。大量殺戮に慣れたアジア民族は、他人を排除し、身内だけで利益を分かち合うのが普通である。

  日本の不幸は朝鮮と合併したことだ。日韓併合で李朝の鮮人は「賤民」から「人間」、「半島人」から「日本国民」へと昇進する幸福を味わった。しかし、穢族(わいぞく)を受け容れた日本人は大迷惑。支那人ですら「臭い奴ら」と蔑んでいたくらいだから、日本人が驚愕したのも当然だ。あのニンニクが原因となる口臭は強烈である。でも、日本人は根が優しいから、朝鮮人を完全には駆除できず、相手の事情を察して「少しの間なら・・・」と在日鮮人の残留を許してしまった。ところが、朝鮮人は恥も外聞もなく、生まれつき図々しいから、口では「帰る」と言いながら、5年、10年、20年と居座り続け、その間に子供を拵えて2世3世4世5世の子孫を作ってしまった。しかも、日本名を使って「日本人」に成りすましているんだから始末に悪い。こうして一旦、異民族の移住と帰化を黙認しまうと、もう他のアジア人やアフリカ人を排除できなくなる。朝鮮人に定住や帰化を許しているんだから、支那人やフィリピン人、ベトナム人を拒む理由は無くなるし、たとえ有っても言えないだろう。だいたい、「人権」といった下らない概念に踊らされ、不用意に国境の水門を開ける日本人の方が悪い。暗黒大陸からの濁流は怒濤の如く押し寄せるものだ。

DeguchiUeno Chizuko 1(左 : 出口治明  / 右 : 上野千鶴子 )
  本音で暮らす国民なら「嫌なものは嫌 !」と言えるが、大学で禄を食む知識人は建前を尊ぶ。とりわけ赤い教授となれば、空論のために国家が滅亡しても至って冷静、何処吹く風で対岸の火事といったところ。なぜなら、彼らは自分の提案が実現しても、今の地位と名誉は不動と思っているからだ。「何があっても自分の身分と収入は揺るがない」というのか彼らの確信である。マスコミが持て囃す大学教授とか評論家は、妄想に近い持論で飯を食っているので、責任感というものが一切無い。例えば、東京大学で害毒を垂れ流した上野千鶴子(うえの・ちづこ / 東京大学名誉教授)や、立命館アジア大平洋大学で学長に就任した出口治明(でぐち・はるよし)を見ていいると、「なんで、こんな人物が大学に棲息しているんだ?」と呆れてしまうし、「誰が雇ったのか?」と訊きたくなる。

  最近、この二人が対談し、移民についても述べていた。しかし、あまりにも幼稚な意見を述べていたので、「本気で思っているのか?」と驚いてしまう。

  上野 /  留学生も積極的に採用すればいいですね。人口問題、人手不足という点から考えても、移民国家になるという選択肢はもっと検討されていいでしょう。

  出口 / まずは留学生から始めるのがいいと思います。若い時は感受性が鋭いのです。18歳と30歳を比べたら、18歳のほうがいろんなことに影響を受けやすい。若い時に日本の大学に来てもらったら、日本を好きになるし、柔軟性もあるから理解も早いのです。

  上野:その人たちにそのまま日本に定着してもらうような積極的な政策が必要ですね。彼らは、出身国では階層が高い人たちです。しかも日本の国内で教育を受けているから、最高の人材です。この人たちを日本の経済に取り込まないのは、損失です。
    (出口治明 /上野千鶴子 「日本人は『移民は優秀な人』だとわかっていない」 東洋経済 Online 、2020年12月25日)

  歐米諸国の知識人も似たり寄ったりだが、どうして日本のインテリどもは、人口減少や人手不足となると、安易に移民を求めてしまうのか? 日本人の子供が減ったから、アジア人やアフリカ人を連れてきて人口増加を図るなんて馬鹿げている。もし、日本の人口が1億人から5万人へと減ったら、5千万人の支那人や黒人、インド人、マレー人を受け容れるのか? なるほど、我が国の人口を維持するのは大切だが、日本人は日本人と暮らすことを好むので、アジア人を輸入しても日本の庶民は喜ばないだろう。むしろ、異質な民族を毛嫌いする日本人が増えるんじゃないか。たとえ表面上、「移民が入ってきても仕方ない」と言う人でも、内心では帰化人を外人扱いで、「あの人達」と呼ぶはずだ。

  ツムジまで左巻きの上野氏は、日本に来る留学生を「階層の高い人達」と称讃するが、日本の大学に潜り込む支那人は、対日謀略を目的とした工作員か、科学情報を盗み取るためのスパイ、もしくは支那を脱出したい棄民組だろう。南鮮からの留学生だって、祖国に絶望した離脱者か、出世競争に敗れた負け組の類いだ。ベトナムやインドから来る留学生も、祖国と同胞を見捨てた逃亡者に過ぎない。こうしたアジア人は卒業しても祖国に戻らず、日本企業に就職し、同国人か日本人と結婚して日本国籍を得ようとする。確かに、アジア人留学生は“優秀”だから、故郷に「ポテンシャル(発展する能力)」が無いと判るし、同胞を「アカンタレ」と思っているから、さっさと先進国へ移住しようと考えるのかも知れない。しかし、自分の祖国を簡単に棄てる奴が、日本を心から愛し、日本のために尽くそうと考えるのか?

Black Muslim student 3Armine Hartyunyan 01Filipino woman 1Black Muslim student 7








(写真  /  移民推進者が魅力的と感じるアジア人やアフリカ人の女性達)

  一般の日本人は明確な排斥主義者にはならないが、アジア人に対しては否定的なイメージを持つ者が多い。例えば、東南アジア人との縁組みなんて嫌いだ。もし、自分の息子がキャバレー勤めのフィリピン人と結婚したり、箱入り娘が黒人とセックスして未婚の母となったら大騒ぎだろう。これは単なる杞憂じゃない。今や、日本各地の大学ではアジア人留学生が増えているから、日本人とアジア人との「国際結婚」が“普通”となっている。そうなれば、幼稚園や小学校では混血児が当たり前となり、日系人の子供は4、5歳の頃から多文化教育を受ける破目になるだろう。昔、ルソン島やビルマで闘った日本兵は、現地人の子供を観て「外人」と思ったが、今では同じ顔つきの子供が「日本国民」となっている。

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(写真  /  日本人女性の恋人や結婚相手になり得る人々)

  もっと恐ろしいのは、多文化主義に染まった娘がイスラム教徒の男に惚れてしまうことだ。アラブ人やマレー人にはイスラム教徒が多いから、日本人女性が彼らと結婚すれば、イスラム教に改宗する可能性は高い。もし、チャドルやブルカを着た娘を彼女の両親が目にしたら卒倒するかも知れないぞ。日本人は気づかないけど、イスラム圏だと50歳や60歳の中年でも、20歳くらいの娘を嫁にするから、自分より年上となる「義理の息子」だって有り得る。もし、髭面のイラク人とか中高年のクルド人から、「お父さん、お母さん」なんて呼ばれたら、義理の両親はどう思うのか? 絶句する人もいれば、作り笑顔しか思いつかない人もいるだろう。中には小指が震えて心拍数が上がってしまう人もいたりして・・・。正月に孫が実家に来ても、祖父母と違う料理になるなんて不幸だ。祖父母が大好物のカツ丼を食べているのに、孫がイスラム教に則ったハラル・ミートじゃ泣けてくる。もちろん、調理をする台所も別々になるだろう。日本人は不浄な食材を用いるから。

英語が公用化になっても、営業会話は日本語のまま

  歐米諸国は異民族を受け容れて後悔し、「更なる移民は御免蒙る !」と必死なのに、我が国の大学教授ときたら、移民増加で日本が幸せになると思っている。出口学長は立命館の留学生が如何に優秀かを自慢していた。 

 出口 / 立命館アジア太平洋大学(APU)の国際学生は、労働市場ですでにかなりの人気を集めています。英語入試で入ってきますから母国語に加えて英語が話せますし、日本語もAPUで鍛えています。日本の大企業はもはや日本だけではやっていけなくなって、アジアに出て行っていますから、APUの学生を採用したいのです。それで面白いのは、ある企業の人事担当者が、仕事はなんとか英語でもできるけれど、飲みに行っての英語はしんどいと。でもAPUの学生は英語も日本語も母国語もできますからね。

 上野 / 日本の文化とか慣習などの暗黙知にも習熟していますからね。

 出口 / 4年間別府で生活していますから。

 上野 / 素晴らしいですね。

  今更、極左の上野千鶴子について、あれこれ批判してもしょうがないけど、いくら何でも、異民族の流入が「素晴らしい」とは・・・・。もう「附ける薬」が見当たらない。出口氏は「国際学生」と呼んでいるが、こうした留学生は日本での就職や定住を目的にしたアジア人じゃないか ! 一般の日本人が香港の支那人やフィリピン人、インド人、マレー人と英語で会話したいと願っているのか? ユニクロや楽天では社員が英語でコミュニケーションを実践しているというが、一般社員は最高経営者とは違っているようだ。例えば、ユニクロの「ヒラ社員」には、困っている人がいるらしい。

   社員Tさん(20代男性)

 英語に対する意識は確かに上がりましたが、同じ部署の日本人同士は日本語で会話することがほとんどです。日本人同士で英語を使うことは、めったにありません。(会議などでは)頑張って英語を使いますが、日本語に比べると言いたいことが表現できず、困っています。(社内の英語)研修などで学ぶ機会はあるのですが、業務をこなしてから勉強となると、正直、やる気も上がりきらないことも多いです。TOEICも受けていますが、仕事で使う英語だけでスコアアップはできないので、参考書を買って自習しています。これからは英語ができないと、昇進にも影響しそうですから、必死です。

   社員Aさん(30代女性)

 英語に対する意識は確かに上がりましたが、同じ部署の日本人同士は日本語で会話することがほとんどです。日本人同士で英語を使うことは、めったにありません。(会議などでは)頑張って英語を使いますが、日本語に比べると言いたいことが表現できず、困っています。(社内の英語)研修などで学ぶ機会はあるのですが、業務をこなしてから勉強となると、正直、やる気も上がりきらないことも多いです。TOEICも受けていますが、仕事で使う英語だけでスコアアップはできないので、参考書を買って自習しています。これからは英語ができないと、昇進にも影響しそうですから、必死です。 (佐々木 真 「英語強制」丸5年 ユニクロ社員はペラペラか?社員は「困っています」 PRESIDENT Online、2017年3月22日)

  以前、柳井正社長は「英語でグローバル企業に」と張り切っていたが、下っ端の社員は苦労しているようで、日本人同士になると“こっそり”と日本語で会話しているようだ。そりゃそうだろう。日本人の先輩と後輩で英語の会話なんて馬鹿らしいし、親しい同僚と雑談するのに、わざわざ英語で話すなんて有り得ない。だいいち、お互いに必要な英単語や、適切な慣用句を知らなかったらどうするんだ? もし後輩が「先輩、この場合klutz(頓馬)と goofy(馬鹿)のどちらを用いたらいいんですか?」と尋ねたら、日本人の先輩は英語で説明するのか? イタリア系アメリカ人の社員が目撃すれば、「idiota(アホ) !」と言って笑うぞ。Aという女性社員(30代)が次のように述べていた。
 

   会社全体を見ると、公用語を英語にしても、部署によってその浸透度はかなり違いがあります。海外の支社や取引先と連絡をよく取る人は英語必須ですが、日本人同士だと会議をしても日本語で進めてしまうことがほとんどです。大人数であったり、上司が同席したりする会議であれば頑張って英語を使いますが、言いたいことの5割も言えないのが正直なところです。

  国際化を楽観視する出口学長は、留学生が英語や日本語を習得しているから、就職しても日本人の上司や同僚と意思疎通ができると思っている。だが、それはアジア人が極少数の場合で、アジア人が増えれば彼らだって母国語で会話をし始めるし、付き合う友人も同国人が多くなるはずだ。グローバル化した日本企業では一応「英語」が「共通語」となるが、気軽に話し合うのは同じ出身国の社員となり、ちょっと複雑で微妙な会話となれば母国語となってしまうだろう。したがって、もし「グローバル化」を強力に推し進めれば、それに反撥するように民族別のグループ(派閥)が形成され、却って「ローカリズムの強化」となるかも知れない。

  社内での英会話に熱心な「楽天」でも、社員の反応は似たり寄ったりで、TOEICの成績でプレッシャーを感じる人もいれば、会社の方針に反撥する人、モチベーションが下がって退社する人もいるようだ。ある「楽天」社員は次のように述べていた。


   英語ができなかったら会社にいられない、という嫌なプレッシャーがかかり、余計な不安だけが高まって勉強が進まないという人の話を聞きました。焦るばっかりで、ぜんぜん集中できないのだとか。本当に気の毒です…。 (「やっぱりいた… 楽天英語公用語化で「取り残されてしまった人たち」 J-Cast 、2012年11月02日)

  こうした「英語熱」だけの“せい”じゃないだろうが、辞めた社員の空白は別のスタッフが埋めることになるので、他の社員に“しわ寄せ”が来ることもあるらしい。「楽天」の三木谷社長は意気揚々と「社のグローバル化」を図っているが、肝心の業務環境は日本語のままなので、「何のために英語を勉強したのか?」と呆れる人もいるようだ。興味深いことに、英語公用語化の徹底度合いは、社のフロアによって微妙に違うらしい。30代の男性営業スタッフは言う。

   「楽天タワーには1号館と2号館があるんですが、1号館には事業部や開発部など主要な部署が入っていて、社長室もそこにあるんです。それで、英語の徹底度は1号館の方が高いんですよ。社長室に近いってこともあるんじゃないですかね」

    2号館には「楽天トラベル」や「楽天リサーチ」、結婚相談サービスのオーネットなど国内向けサービスを行うグループ会社があるので、こうした部署では堂々と日本語のコミュニケーションが行われているそうだ。ある楽天社員によると、

  「英語公用語化とはいっても、顧客が日本人のサービス運用や営業などには、当然外国人はほとんど配属されていません。だから仕事で英語を使う必要は全くないんです。大きな会議では英語の資料を作ったりしますが、仕事は基本、コテコテの日本語です」

  柳井社長や三木谷社長は普段の会話でも英語なんだろうが、社長の方針に振り回される社員にとったら大迷惑だ。たぶん、一般社員は“臨機応変”の態度を取って、上手くやっているんだろう。だいたい、現実を無視した命令が実行されれば、その迷惑を被るのはいつも“下っ端”の社員である。だから、ビクビクするヒラ社員は面従腹背で社長に従い、“居酒屋で陰口”というのが定番だ。たぶん、「英語の公用化」という厳命は自然と空洞化し、外人と話す重役だけが守る“掟”になってしまうだろう。もしかすると、言い出した社長も次第に日本語で話すことが多くなって、いつの間にか「やっぱり、日本語でなきゃ仕事が捗らない !」という結論になってしまうかも・・・。(なら、最初から日本語で和気藹々と仕事をすればいいのにねぇ~。)

優秀な移民が入ってくる?!

  東大教授を引退した上野千鶴子は、札付きの左翼として有名だから、今更あれこれ批判しても意味が無い。ただし、出口氏の方はあまり知られていないので、どんな思想の持ち主なのか知っておくべきだ。一応、彼は慶應義塾大学や早稲田大学で講師となった経歴があるらしいが、元々は保険会社の経営をしていた人物だ。出口氏は日本生命に入社し、ロンドンにある現地法人の社長や国際業務部長を経て、ライフネット生命を開業したという。2017年にそこの代表取締役会長を辞めて、立命館アジア太平洋大学の学長に就任したそうだ。こんな経歴だから、出口学長は日本という伝統国家を民間企業のように考えてしまうのだろう。つまり、日本へ利益をもたらす人間なら、どんな種族でも“お構いなし”という訳だ。上野氏と出口氏の対談を聞いていると、「この人達は日本を雑居ビルの類いと思っているんじゃないか?」と思ってしまう。普通の日本人なら唖然とするが、我が国へやって来る移民は「中産階級以上の人々」らしい。

 上野 / 国際労働力移動の研究によると、わかっているのは、移民は出身国の中産階級以上だということです。底辺の人たちが押し出されて来ているわけではない。移民というのはその社会の真ん中より上の人たちが来てくれるんです。

 出口 / 祖国を離れてご飯も言語も違うところに行くという人は平均的に見たら、意欲と体力も能力も優秀な人に決まっています。それに冒険心や好奇心がある。

 出口 / チャレンジ精神もある。

 上野 / 移民家事労働者たちもそうです。

 出口 / 歴史的に見たら、移住する人は押しなべて優秀です。

 上野 / 移民家事労働者は教育歴も中等以上だし、出身階級も低くないし、非常に好奇心があって冒険心のあるインディペンデントな女性たちだということが研究からわかっております。いま日本の外国人対策って定住拒否ですね。働いてもらってあとは帰れ、と。

 出口 / 5年で帰れと。なんともったいない話でしょう。みすみすダイバーシティーにあふれる社会をつくるチャンスを逃しているのではありませんか。

  もう、目眩がしてくるが、アジアからの移民が「チャレンジ精神に溢れた中産階級」なんて、どんな頭をしたらこうした意見になるのか? しかも、家事労働に従事する移民が中等以上の教育を受けた人々で、好奇心と冒険心を兼ね備えたインディペンデントな女性とは・・・。ちびまる子ちゃんのセリフじゃないが、「トホホ」と言いたくなる。もし彼らの言う通りなら、日本にやって来るフィリピン人やタイ人の女中は、教養と知性に溢れた“独立不羈の人”となるはずだが、それは全移民の何割を占めるのか? アジア人を歓迎する会社というのは、家畜のような労働者を求めるブラック企業が多い。こうした疚(やま)しい会社を経営する連中は、高い給料と快適な労働環境を“当然”と見なす日本人を嫌っている。なぜなら、人件費削減で利益を目指す経営者は、設備投資や環境改善にお金を使いたくないからだ。

  アジア人は日本での定住と国籍取得を望んでいるから、多少の苦労も厭わず、3K職場であっても我慢して働いてくれる。しかし、彼らの子供は決して親の職業を選ばない。日本で生まれ育ったアジア人や混血児は、日系人の子供と同じような職業を選ぶので、監獄のような工場には見向きもしないだろう。したがって、継続的に廉価な労働者を欲しい企業は、もっと貧乏な底辺国、例えば、ラオスやカンボジア、バングラデッシュといった三流国から「研修生」を連れてくるし、アジア人が駄目ならルワンダとかエチオピアから黒人を集めてくるだろう。なるほど、彼らも好奇心が強く、一攫千金を求める冒険家だ。仮に、南アジア人の賃金が高くなれば、支那大陸の内陸部で労働者を募集し、パッケージで連れてくればいい。支那人は銭となれば潜在能力を発揮する。ピッキングや偽造カードの製作でも判る通り、非常に優秀で努力家だ。たとえ日本語が分からなくても、札束を見れば、即座に作業の要領を習得することだろう。

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(写真  /  優秀なアジアの若者)

  でも、近所に住む日本人は心配になる。引っ越し費用が無いのに、自分の町内が支那人だらけになったら一大事。子供が通う小学校や中学校には、変な日本語を話す支那人やアジア系の混血児が増えてしまうし、不気味な雰囲気となるから地価の下落は避けられない。自宅を売却して引っ越そうとしても、既に不動産価格が下落しているから、住宅ローンの残金を返済することすら出来なくなる。特に、新築を購入したばかりの日本人にとったら悪夢だ。出口学長は「ダイバーシティー(多様性)に溢れる社会」を歓迎しているが、普通の日本人は動揺を隠しきれない。そもそも、日本の庶民は支那人や朝鮮人、フィリピン人、ベトナム人との共存を望んでいるのか? 大学の近くで下宿を探している女子大生でも、マレー人やベンガル人、ケニア人、トルコ人がひしめく長屋は選ばない。日本人は西歐白人が住む下宿なら大喜びだけど、アジア人だらけの集合住宅なんて真っ平御免だ。そもそも、日本人は矢鱈と西洋風の住宅が大好きで、不動産業を営む大家は、2、3階建ての長屋(所謂「アパートメントハウス」)でも、「何とかハイム」とか「メゾン・ド・何々」という名前を附けたがる。アメリカやヨーロッパ風の「御洒落なアパルトマン」なら人気が出るけど、朝鮮風のオンドル住宅じゃ借家人は見つからないぞ。

  東京大学は上野氏を「名誉教授」にしているが、正常な日本人だと「ヤバイ人」にしか見えない。彼女は日本を構成する公民を“誰でもよい”と考えている。上野氏が述べた意見は本当に恐ろしい。

  上野 / いつも言うのですが、女性は子宮と共に移動します。現地で妊娠、出産するなというのは、人権侵害です。日本政府は移民の家族形成をさまたげる政策ばかりとってきました。少子化を嘆くなら、外国人にも日本で産んでもらえばいいのです。

  日本の未来を心配する日系日本人は、不景気で加速化する少子化を何とかしようと知恵を絞っているが、上野氏は効果的な解決策を見つけたようで、「移民に子供を産んでもらい、日本の人口を増やせばいいじゃないか」という意見である。なるほど、日本人女性が赤ん坊を産まないのであれば、支那人やフィリピン人に産んでもらおうという訳だ。確かに、アジア移民の夫婦が平均して3、4人くらい子供をもうければ、日本の人口はアッという間に1億5千万人くらいに増えるだろう。さらに、アフリカ人を輸入すれば少子化の流れは止まり、20年後には1億か2億人くらいの増加を見込める。おそらく、日本の総人口は軽く3億人を突破するだろう。しかし、日本人の祖父母を持つ日系日本人は、こうした人口増加を歓迎するのか? たぶん、NHKやTBSの社員とか移民賛成派の大学教授は、支那系混血児や黒い国民が増えてハッピーなるだろう。しかし、伝統的な日本人は故国喪失感を抱き、毎日が憂鬱になる。

 上野氏と同じく、出口氏も外国人の受け容れに賛成で、外国人は日本人と一緒に暮らすことで我々の言語や文化を理解するから、異邦人との共生は可能であるそうだ。APU(立命館アジア大平洋大学)の出口学長は言う。

  「研修生」という曖昧な表現ではなく、社会が移民としっかり向き合い、どうしたら移民の人たちが自分たちの社会に溶け込めるのか、それを本格的に考えない限り、日本の発展はないと思います。APUも実は20年前の開学のとき、別府の町に外国人が入ってくることに対して、地元の方から「外国人が何1000人もきたら、この町はいったいどうなるのや?」と反対を受けました。今は何の問題もありませんが、一番、外国人と日本人が仲よくなる秘訣は、1回生は原則全員寮に入り、日本人と一緒に住むことでした。2年目から町に出てアパートなどに住むわけですが、1年間、文化が違う国や地域の人たちと暮らしていると、留学生も日本のルールに則って全員ゴミ出しができ、お盆や初詣で地元の人たちとも楽しく交流できるわけです。言語、文化を理解することが一番の共生の鍵だと思います。(出口治明 「人口減少対策に「移民」は機能するか? 」 Diamond Online 、2020年10月18日)

  数年間くらい地元の日本人と一緒に暮らせば、外国人が日本に同化するなんて幻想である。もし、この方法で移民の統合が成功するなら、西歐諸国の外人問題はとっくに解決しているはずだ。しかし、出口氏には冷酷な現実が理解できないようで、異邦人を混ぜた方が日本のためになると思っている。彼は亜細亜大学の九門大士(くもん・たかし)教授と対談し、「優秀な留学生」と「日本経済の発展」について語っていた。(出口治明 「貧しい国」に転落した日本。外国人と混ぜた方が強くなる / 日本企業が外国人材を活かすための条件(3)、山崎 良兵 日経BPクロスメディア編集部長司会、 日経ビジネス、2020年10月15日)

  九門 :ファクト=事実をベースに意識を変えていく。それがなかなか進まないのが残念だと私も思います。留学生の話をすると、優秀な外国人材が日本に来てくれる状況が今後も続くと、多くの人が思い込んでいるようです。

  出口 :それは完全な間違いで、「幻想」だと思っています。立命館アジア太平洋大学(APU)の学生は約6000人ですが、その半分の約3000人が90の国や地域から来ています。学生数が100人以上いるのは、インドネシア、韓国、ベトナム、中国、タイ、バングラデシュの6カ国(順不同)です。しかしAPUの留学生の成績におけるトップ100人のデータを見ると、最近は中国や韓国の学生はほとんど入りません。この理由は明確で、韓国は1人当たりGDPが日本とほぼ同じです。中国はまだ日本の半分以下で1万6000~7000ドルですが、人口が多いので、日本の平均よりもはるかに収入が高い家庭がたくさんあります。つまり韓国や中国の最優秀層の学生はアメリカやヨーロッパに留学できるのです。それでもAPUがなぜこれだけ多くの留学生を世界から集められるのかというと、世界の大学における“ミシュランの三ツ星”を3つ持っているからです。

  出口学長の自慢話を聞いていると、「へぇぇぇ~、さすが孔子学院と昵懇の立命館は違うなぁ~」と感心する。さぞかし、国際感覚で洗練された大学には、アジア諸国から優秀な学生が集まってくるのだろう。でも、こうした優等生は祖国の発展に寄与することなく、同胞を見限って異国に渡る裏切者だ。出口学長と九門教授は、仲間を見捨てる連中が、どんな類いの人間なのか想像できないのだろう。彼らは租税回避を狙う「永遠の旅行者」と同じである。アジア人が日本に住むのは「都合がいい」からで、我が国の歴史や文化を敬愛し、国家防衛に努めたいからじゃない。しかし、出口氏や九門氏によれば、我々は優秀な留学生を招くために、「もっと魅力ある日本」に改善しなければならないという。

  出口:アジアの優秀校のトップクラスの学生は、国内の大学を目指さずに、世界的な評価が高いアメリカやヨーロッパの大学に入学しようとします。米国の有名大学の年間の学費は5万ドル(約550万円)、6万ドル(約660万円)程度と高額で、親がお金を出すのは大変です。そこで他の国の大学を探し始める。大学界における“ミシュランの三ツ星”がないと大学を選びにくい。世界に2万5000あるとされる大学などの高等教育機関を高校生や親はすべてチェックできません。どこかで良い教育を受けようと考える時、頼りになるのは国際的な評価(“ミシュランの三ツ星”)です。それを獲得していくのがAPUの戦略です。APUは米国などの大学と比べると学費が安く、春入学に加えて秋入学を実施しており、さらに英語で入試を受けられるので外国人が入学しやすい。・・・・

 それでもAPUはおそらくバイパス(迂回道路)の1つで、海外からの留学生は、お金があればアメリカや欧州に向かうでしょう。中国や韓国からの留学生がAPUの成績優秀者のトップ100になかなか入らないのは、両国の優秀層が欧米に留学するからです。中国からは約37万人がアメリカに留学しています。つまりベトナムやインドネシアがより豊かになれば、どうなるのか。留学したい学生がどこに行くかを白紙で考えたら、社会全体がワクワク・ドキドキしている経済が成長している国でしょう。日本が優秀な人材を集めるには、経済が活性化する社会をつくっていかないといけません。安全性、気候の良さなどをアピールする手もありますが、実は日本にはワクワク・ドキドキする社会環境がありません。(上掲記事/  「貧しい国」に転落した日本。外国人と混ぜた方が強くなる)

  もう開いた口が塞がらないが、日本が「ワクワク・ドキドキする国」でないと他国の優秀な頭脳が集まらない、とは・・・。移民推進派はよく「高度な人材を招いて国力アップ !」と主張するが、どうして日本の子供を立派にしようと考えないのか? 文部省は「反戦教育」とか「反日思想」だと熱心で、後の文科省は「ゆとり教育」や「多分主義」で日本人の劣化を加速していた。こうした「愚民化政策」を長年に亙って実行してきたのに、この上さらに教育予算を削って日本の平均学力を下げようとするとは、一体どういう了簡なんだ? 問題となっている状況を改善せず、大量のアジア移民を受け容れれば、彼らの子供が公立学校に雪崩れ込むことは必然で、更なる学力低下は火を見るより明らかだ。文部官僚はリベラル思想で学級崩壊を招き、理数科教育すら手抜きなんだから、日本人の学力が落ちるのも当然だ。公教育を信用しない親は、余計な学費を払って我が子を塾に通わせているが、本来なら塾に通わなくても勉強する子供を育てるべきなんじゃないか? 日系人の子供をほったらかしにして、「優秀なアジア人を勧誘しましょう !」なんて馬鹿げている。

  理系に限らず文系の教授も、「日本はもっと優秀な留学生を集めるべし !」と熱弁を振るうが、世界中から有能な学生や学者を集めているアメリカ人は、本当に幸せなのか? なるほど、アメリカの大学は外国から優秀なユダヤ人やインド人、アラブ人、支那人などを受け容れて、科学技術や文化面で繁栄を極めている。しかし、その副作用として、極左思想のユダヤ人が伝統文化を破壊し、有色人種が西歐系アメリカ人の遺伝子を損ねている。移民の流入に警鐘を鳴らすパトリック・ブキャナン(Patrick Buchanan)は、アメリカの伝統保守層で人気を誇っているが、日本の知識人には不人気で、どちらかと言えば「右翼」とか「頑固な守旧派」といった評判だ。

  ユダヤ人や支那人による害毒は既に顕著だが、南米人やインド人、アラブ人、エチオピア人などの流入も深刻な社会問題で、異人種の混淆は白人の国民的紐帯をズタズタにする虞(おそれ)がある。社会学者のロバート・D・パットナム(Robert D. Putnam)が執筆して話題となった『孤独なボウリング(Bowling Alone)』や、チャールズ・マレー(Charles Muray)の『階級「断絶」社会アメリカ(Coming Apart)』、左翼から批判されたサミュエル・ハンティントン(Samuel P. Huntington)が出版した遺作の『分断されるアメリカ(Who Are We?)』を読めば解るじゃないか。

  戦前から日本は朝鮮人を受け容れてきたが、彼らが日本のためになったのか? もちろん、朝鮮人は賭博業(パチンコ)や飲食業で日本のGDPを伸ばしたのだろうが、その反面、日本社会に恨みを抱き、反日運動の強力な推進剤になってしまった。しかも、日本の都市部に不愉快な鮮人コミュニティーが出来てしまってガッカリだ。朝鮮人や支那人にとって日本は「心ときめく楽園」となるが、日本人にとったら、朝鮮半島や支那大陸はアジア版のソドムとゴモラに過ぎない。アジア人留学生を歓迎する上野氏や出口氏は、駄目な日本に住んでいないで、さっさとアジア諸国に移住して、そこで若者の育成に励んだらどうか。もちろん、日本に舞い戻らぬよう、日本国籍を棄ててもらいたい。




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斬首となったフランス人教師 / 多民族主義の報復

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街中で起きた戦慄のテロリズム

Macron vs Le Pen 01Beheaded at Sainte Honorine







( 左 : マクロン大統領とル・ペン党首  /  右 : 殺人現場の封鎖を行っているフランスの警察官 )

  日本では「犬も歩けば棒に当たる」と言うが、先週フランスの高級紙『ル・モンド』の記事を色々と眺めていたら、戦慄の事件を見つけたので驚いた。何と、街中の道路で首無し遺体が転がっていたのだ。殺害されたのは、「コレージュ・ボワ・ドゥ・ドラヌ(collége du Bois-d'Aulne)」という中学校で地理や歴史を担当する教師、サミュエル・パティー(Samuel Paty)47歳だ。(Cécile Cahmbraud, Elise Vincent et Nicolas Chapius, "Attentat de Conflans : ce que l'on sait de l'enquête au lendemain de l'assassinat d'un enseignant", Le Monde, 17 octobre 2020.)

Samuel Paty 1(左  /  サミュエル・パティー)
  この事件はイヴリン(Yvelines)県のコンフラン・サント・オノリーヌ(Conflans-Sainte-Honorine)で起きた悲劇で、犯行現場は勤務先の学校から僅か300mほど離れた路上であった。(Louise Couvelaire, "L'effroi des habitants de Conflans-Sainte-Honorie aprè le meurtre d'un enseignant, décapité <par un monstre>", Le Monde, 17 octobre 2020.) 10月16日金曜日、午後5時くらいに、帰宅途中のパティー先生は殺人鬼に襲われたそうで、彼が学校を去る前、教え子のサミア(12歳)は先生に向かって「良い休日を ! (Bonne vacances, monsieur !)」と呼びかけたそうだ。まさか、「永遠の休暇」になるとは誰も予想していなかった。あの惨殺死体を観ちゃうと、山口百恵の「いい日旅立ち」を唄う気にはなれない。訃報を聞いた生徒達も相当なショックを受けていることだろう。

  それにしても、パティー氏を殺した奴は如何なる人物なのか? 初期の報道では名前が伏せられていたが、二日ほど経ってから実名が報じられるようになった。犯人はロシア生まれのチェチェン人で、アブドゥラ・アブエズィヴッチ(Abdoullakh Abouyezidvitch)という18歳の難民である。( 英国では 「アボウラ・アンゾロフAboulakh Anzorov」という名前で伝えられていたから、ロシアでの通名とチェチェンでの本名があるのかも知れない。) こういう事件が起きると毎回毎回、腹立たしくなる。というのも、歐洲の報道機関が犯人の実名や顔写真を公表しないからだ。さすがに、今回は実名を公表したけど、通常は顔写真が公表されず、何者なのか判らない。今のところ、犯人の家系や遍歴が公開されるかどうかは不明だ。

  これが北歐だと家族名や入国・帰化の経緯までもが隠匿されるから、犯人がスカンジナヴィア系の白人なのか、それともアラブ系やアフリカ系の移民なのかさえ判らず、一般国民が苛立つことがしばしばある。たぶん、顔写真や素性を公開すると、有色移民への批判が高まるから、政府は何としても犯人の人相を曖昧にするのだろう。ただし、幾人かの警官義憤に駆られて逮捕者の容姿をリークする。憤懣やるかたない原住民の警官は、馴染みのジャーナリストに“それとなく”犯人の肉体的特徴を仄めかす。例えば、「褐色の人物」とか「変なアクセントで話す色黒の男」、「北アフリカでよく見かけるような青年」など、北方種族でないことを臭わせる表現方法にするのだ。こうした匿名情報を耳にすれば、勘のいいノルウェー人やスウェーデン人は、「ああ、やっぱり中東アジアやアフリカからの移民か難民だな !」と推察できる。

  人権思想を振り回す左翼は、矢鱈と移民や難民を庇いたがる。しかし、ヨーロッパ人ではない異人種が流入すれば、予想もしない民族対立や文化的軋轢が起きるのも当然だ。一般的に、フランス人は言論・信仰・表現の自由に高い価値を見出すが、イスラム教徒にすれば、そんな価値観は二の次で、最も崇高なのはコーランの教えであり、唯一絶対神アッラーへの服従なのだ。刑法、民法、憲法なんかイスラム教の誡律に比べたら屁みたいなもので、世俗の人間が勝手に決めたルールや合意に過ぎない。国会議員が通した制定法(positive laws / legislation)やローマ人の市民法(ius civile)なんて、所詮、人間が拵えた文言だから、いつだって修正・変更・廃止ができる。ところが、神様(天地創造主)が人間に授けた天主法(ius divinum)は神聖かつ不変である。これを人間が覆すことはできないし、絶対に許されることではない。キリスト教の特徴は、ユダヤ教が大切にしていた誡律の骨抜きだから、聖書の律法を守ることが救済の必要条件となっているユダヤ教やイスラム教とは大違いだ。ましてや、世俗にドップリ漬かったフランス人にとったら、イスラム教の誡律なんて不合理そのもの。アホらしい因習か悪癖の塊でしかない。

  そもそも、なぜサミュエル・パティー教諭は殺害されたのか? それは10月初旬、彼が自由スピーチのクラスで預言者ムハンマドの風刺画を生徒達に見せたからだ。この授業は教員室でも物議を醸していたというから、相当ヤバい内容を含んでいたのだろう。彼の同僚も賛成できなかったそうだ。この同僚教師はPTAの反応を述べていた。

  サミュエルは表現の自由クラスで裸のムマンマドを描いた絵を子供達に見せてしまったんだ。それで、このことが保護者達にバレて、父兄達を激怒させてしまい、彼に対する脅迫があったわけ。(Holly Christodoulou, Peter Allen and Britta Zeltman, School Terror Paris attacker asked kis to point out teacher who showed Mohammed cartoons in class before beheading him", The Sun, 17 October 2020.)  

  どうやら、パティー氏が見せたイラストなるものは、2015年に話題となった『シャルリー・エブドー(Charlie Hebdo)』誌に掲載された風刺画であったようだ。この雑誌のせいでアルカイーダ系のイスラム教徒が銃を乱射し、12名の犠牲者が出たことは日本でも報道され話題になった。パティー氏の授業に憤慨した保護者も少なくなかったようで、授業の録画映像を目にしたある父親は、パティー氏を「ゴロツキ(voyou)」と罵り、イスラム教徒への憎悪(haine)を掻き立てていると非難した。(上掲記事  / "L'effroi des habitants de Conflans-Sainte-Honorie aprè le meurtre d'un enseignant, décapité <par un monstre>")

Charlie Hebdo 4Charlie Hebdo 7Charlie Hebdo 1









( 『Charlie Hebdo』誌の表紙を飾ったイラスト / 左 : 裸の預言者ムマンマド  /  中央 : 預言者のムハンマドと気づかずに捕虜を殺そうとするムスリム・テロリスト   / 右 : 「憎しみよりも強い愛」というキャッチ・フレーズで同性愛を讃美する風刺画   )

  今回の犯人であるアブドゥラも不謹慎な異教徒に腹を立てたようで、彼は犯行の前、中学校の生徒にどの人がパティー先生なのかを尋ねていた。そして、標的を確認すると、アブドゥラは長く鋭いナイフ(約30cmの肉切り包丁)を手に持ち、帰宅途中のパティー氏を殺害。このテロリストは被害者の首を刎(は)ねて、その生首を撮影すると、自分のツイッターで拡散したそうだ。金曜日のツイッターには以下のメッセージが添えられていた。

  慈悲深きアッラーの名において、不届きな異教徒の親玉であるマクロンに告げる。俺はムハンマドを見くびる地獄の犬を処刑してやったんだ。恐ろしい厳罰を加えてお前の仲間を黙らせたんだぞ。(上掲記事 / "Attentat de Conflans : ce que l'on sait de l'enquête au lendemain de l'assassinat d'un enseignant")

  パティー氏の遺体から切断された生首は血塗れで、彼が薄目を開けながら絶命していたことが判る。筆者はこの生首写真を手に入れたが、残念ながら、ライブドア社の検閲があるので公開できない。たぶん、犯人がツイッターで流布した衝撃写真は削除されているので、一般国民だと入手できないが、インターネットを探せば何処かにあるはずで、資料を残したい人が自分のサイトで保存している場合もある。歐米の大手マスコミは残酷な映像を隠す傾向が強いので、犯罪者の宣伝写真を公開することはないだろう。主要メディアが紹介するのは、せいぜい、モザイクを掛けた現場映像か、遠くから撮影された映像だけである。事件の重要性を伝える証拠写真は警察内部にしかない。

  殺人鬼のアブドゥラは犯行後、直ぐに警察官に取り囲まれ、BB弾の空気銃を手にして抵抗したそうだ。しかし、無謀にも彼は警察官に抵抗したので、至近距離から10発の弾を喰らって死亡したそうだ。アブドゥラは撃たれる間際、「アッラーは偉大なり ! (Allahou Akbar !)」と叫んでいた。(射殺の模様は近所の住民が携帯電話で撮影していたので、その録画映像を大手のマスコミが流している。) この衝撃的な事件を受けて、エマニュエル・マクロン大統領は哀悼のメッセージを発表した。彼はイスラム教徒によるテロ事件を糾弾し、「我々の同胞である一人が殺害されました。信じるかどうかは別にして、彼は自由を教えたがゆえに殺されたのです」と述べていたが、こんな言い草は責任逃れに過ぎない。

Jean Marais 11Kishi Keiko 1Kishi 8








( 左 : ジャンメマレー  / 中央 : ジャン・マレート一緒の岸惠子  /  右 : 『約束』で萩原健一と共演した岸惠子 )

  マクロンのスピーチはYouTubeでも視聴できる。でもさぁ~、フランス語って哀しい演技をする時には便利な言葉だよねぇ~。マクロンはまるで『忘れえぬ慕情(Typhon sur Nagasaki)』(1965年)に出演したジャン・マレー(Jean Marais)みたい。(この映画ではフランス帰りの岸惠子が共演していたけど、若い頃の彼女はとにかく美しかった。しかし、筆者の個人的好みを言えば、1972年に萩原健一と共演した『約束』の方がいい。ショーケンとラヴ・シーンを演じる岸惠子は魅力的で、今でも色褪せない。ちょっと愚痴になってしまうが、昭和の映画って、お金を出して見るだけの価値はあったよなぁ~。)

Emmanuel Macron 245Beheaded protest 2








(左 : エマニュエル・マクロン  /  右 : 「私は教師」という紙を掲げるデモ参加者)

  まともなケルト系フランス人であれば、「お前らがアラブ人やトルコ人や黒人を引きずり込んできたから、こんな目に遭うんじゃないか ! 俺達は褐色のイスラム教徒なんかを望んでいないし、受け容れたいとも思わない。フランスはフランス人が住むヨーロッパ白人の国だぞ! つべこべ言わず、あいつらなんか全員叩き出せ !」と言うんじゃないか。マクロンのようなグローバリストやリベラル派が、フランスを異民族が溢れる「人種の坩堝(るつぼ)」にしておきなから、恐ろしい事件が起きると、深刻な表情で哀悼の意を述べるんだから、保守派が激怒するのも無理はない。国民戦線を率いてきたジャン=マリー・ル・ペン(Jean-Marie Le Pen)などは、異民族の危険性を散々警告してきたのに、一般国民は彼を「極右」とか「ネオナチ」と呼んで罵っていた。ル・ペン氏を侮辱していたフランス人は今、その愚かさの“ツケ”を払っている。日本のマスコミはパティー氏に同情し、テロを非難する左翼分子を称讃しているが、「私は教師よ ! (Je Suis Enseignant)」と紙に書いて、それを掲げながら行進する連中なんて、「私はバカでした !」と告白しているのと同じだ。このデモに参加している者は、前々から移民や難民の流入に反対していたのか?

Jean Marie le Pen 2Marine Le Pen 3Marion_Maréchal-Le_Pen 01








( 左 : 父親のジャン・マリー・ル・ペン  /  中央 : 娘のマリーヌ・ル・ペン / 右 : 孫娘のマリオン )

  異邦人を受け容れる地元民は、よそ者がしでかす犯罪をキツく咎めないが、異邦人の方は原住民を非難する。英国のダーラム大学で教鞭を執っていたダーナ・ナウザー・ジャフ(Dana Nawzar Jaf)は、フランス人警官の過剰防衛に異議を唱えていた。自らを「クルド人活動家」と名乗るジャフ氏は、自身のツイッターに怒りの声明を載せていた。「私はムスリム容疑者を冷酷に殺したフランス人警官を全面的に糾弾する」、と。("Anger as writer condemns brutal police murder of Islamist terrorist who beheaded French teacher", NewsColony, 18 October 2020.) つまり、ジャフ氏は同じ信仰を持つアブドゥラに同情し、刃物程度の武器で抵抗したチェチェン人を射殺したフランス人を赦せないのだろう。おそらく、彼はアブドゥラが「容疑者」の段階なのに、人種的な憎しみで殺してしまったヨーロッパ人を呪っているんじゃないか。

Dana Nawzar 001(左  / ダーナ・ナウザー・ジャフ )
  まぁ、ジャフ氏は左翼雑誌の『New Statsman』に時々投稿していたというから、殺人犯の“人権”とやらに関心があるのだろう。彼は2009年にイラクからブリテンにやって来た交換留学生で、少数派のクルド人らしいから、異国で苦しむマイノリティーに共感してしまうのだろう。たぶん、イングランドで同様な殺人が起きても、ジャフ氏はムスリムのテロリストを庇うはずだ。しかし、筆者が解せないのは、彼の心に惨殺された被害者への憐憫が無いことだ。そもそも、彼は父親を失った子供がどうなるのか分かっているのか?  日本や歐米の「なんちゃってリベラル」には、人間の心理を無視する輩(やから)が多い。一般人は同種族の人間に“より”多くの親近感を抱くものだ。いくら政府が多民族教育とか同化政策を取っても、容姿が違う民族には自分の感情を移入できない。ブリテンに住む中東アジア人は、近所のアングロ・サクソン人よりも、フランスやドイツに住むアジア人に対して親近感を持つ。「遺伝子上の利益(genetic interest)」を蔑ろにするのは、歐米の白人と日本人くらいだ。

  日本のマスコミも今回の殺人事件は衝撃的だったのか、ネット・ニュースで“ちょっと”だけ伝えていた。しかし、恐ろしい流血事件程度の扱いで、物事の本質を剔った報道ではない。コンフラン・サント・オノリーヌの悲劇は、単なるムスリム・テロではなく、移民政策の失敗を如実に示している。すなわち、同化することが難しい異人種を受け容れた結果、自国民が多大な被害を蒙り、その責任を誰も取らないということである。第二次世界大戦後、労働者不足を解消すべく、フランスの政治家はアルジェリア人やモロッコ人を輸入したが、そうした異邦人がどんな生活をするのか、如何なる感情を抱いて現地人を観るのかについて考えもしなかった。これは「敢えてしなかった」と言い換えてもいい。なぜなら、もし真面目に将来を考え、現実的な同化政策を検討してしまうと、必ずや「移民はやめよう」という結論になってしまうからだ。

Catherine Deneuve 4Nathalie Delon 4Christiane Taubira 3mixed race woman 12







(左 : 消えゆくタイプのフランス人 : カトリーヌ・ド=ヌーヴ   / ナタリー・ドロン  / 増加するアフリカ系の政治家  /  右 : 人種が判らぬ新世代のフランス人)

  日本でも同じだけど、目先の経済的利益を追求する者にしたら、異人種の危険性を喧伝する保守派は厄介者だ。彼らを黙らせるためには、「極右」とか「ネオナチ」というレッテル貼りが有効である。大衆は新聞やテレビを盲目的に信じるから、とにかく洪水のように洗脳番組を流し、嫌悪感を催すアジビラをばら撒くことが肝要だ。数人の左翼が叫んでも効果は無いが、百人ないし千人が大合唱すれば、どんな嘘でも「本当」になる。憐れなのは、左翼マスコミの連携プロパガンダに取り込まれた一般人の方である。彼らは何も考えないし、基礎知識も無いから、マスコミが垂れ流す宣伝文句を復唱するだけ。大卒者でも自分が受けた洗脳教育に気づいていないから容易に騙される。一般国民が移民や難民の有害性に気づいたこ時には、既に手遅れ。家族を殺されたって泣き寝入りするしかない。

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(左 :  減少する西歐系の親子   / 右 : フランスで増殖するタイプの家族 )

  とにかく、血塗れで道端に転がっていたパティー氏の生首は、恐ろしく衝撃的で何とも痛ましい。現在、日本人は武漢ウイルスで騒いでいるが、これから始まる本格的な移民社会の方がどれ程おぞましいかに気づいていないのだ。江戸時代には斬首刑があったけど、それは山田朝右衛門が職務で行っていた介錯であり、八丁堀や深川でチェチェン人やイラク人がうろつくことはなかった。「斬り捨て御免」は時代劇が作ったフィクションで、もし、日本橋あたりで殺傷事件が起きたら、それこそ“てんやわんや”の一大事。それくらい江戸時代の日本は平和で、庶民の常識が世の中の「常識」になっていた。我々はあまりにも幸せな社会で暮らしてきたので、それが失われる事を夢にも思わない。脳天気すぎるので、アジア人やアフリカ人が入ってきても、それが続くと思っている。しかし、現実は進歩的文化人の空論とは違うぞ。
 


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