無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

ヨーロッパ

サムライを演じたフランス人 / アラン・ドロンの祖国は今・・・

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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「国民戦線」を支援した人気俳優

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(写真  / アラン・ドロン )

  フランスで行われたマクロン対ル・ペンの一騎打ちは、「やはり!」と呟きたくなるような選挙結果であった。前者が投票数の約6割を獲得し、約4割弱ほど獲得した後者を破ったことになる。こうなったのも、フランスの国民はドイツ人と同じくらい左翼教育に染まっており、多民族・多文化主義を金科玉条のように考えているからだ。しかも、国民の大半が何らかの非西歐的な家系に属し、その先祖を辿れば外国人というケースが多い。異人種間結婚が普通で、ナショナル・アイデンティティーが十人十色という国家で、移民排斥を掲げるマリーヌ・ル・ペンが躍進し、決選投票にまで漕ぎ着けたんだから、負けたル・ペンの方が輝いていたと言えるんじゃないか。ただし、多数決原理の政治体制だから、彼女が負け犬であることには変わりがない。

  今のフランスを見ていると、一旦崩壊した国が如何に惨めであるかが判る。大革命で国家の心臓たる王室を撲滅し、王国を護って民衆を導く貴族まで殺しまくったフランス人には、恐怖政治と遠征での惨敗、政体の不安定さに、国威の低下という負のスパイラルが待っていた。かつてはカトリック教会の長女だっのに、今じゃ政教分離の「ライシテ(世俗化/laïcité)」で、教会には日曜でも閑古鳥が鳴いている始末。売却されてディスコに変貌した教会はまだ良い方で、維持費が掛かって邪魔だから解体される教会があるという。ゾっとするけど、これがフランスの現状だ。フランス人が自慢する「文化」は過去の遺物でしかない。悲しいことに、フランスの基礎を築き、その骨格を育て、文化を熟成させた君主政が無くなると、残った廃墟にはヘドロのような文化が堆積し、そこに芽生えるのは左翼思想という雑草ばかり。フランス人は怒るかも知れないが、日本人が憲政史を勉強する時に、國體を損ねた愚かな実例として挙がるのがフランスである。フランスはやることなすこと、ことごとく駄目だった。栄光あるフランス陸軍でさえ衰退し、外人部隊におんぶにだっこ。我が帝國陸軍と対峙したら仔犬も同然だったので、フランス人が悔しがるのも無理はない。フランスはスペインと同じく、太陽が沈んだままの帝國になっていた。

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(左: ブリジット・バルドー  /  中央: アラン・ドロン /   右: マリーヌ・ル・ペン )

  今回の大統領選挙で特徴的だったのは、マクロン氏の抜擢より、国民戦線の健闘だった。マスコミの報道だと、この政党の支持者には「ネオ・ナチ」もどきの若者や失業者、下層階級の労働者が多いとされているが、隠れファンとして、フランスの現状に危機感を覚える知識人や有名人が含まれている。意外なことに、往年の映画スターであるブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)やアラン・ドロン(Alain Delon)が国民戦線支持を表明していたのだ。今の中高校生は知らないと思うけど、バルドーは1960年代のフランスを代表するセックス・シンボルで、女優業だけではなく歌手としても活躍をしていた才女であった。藝能活動では第一線を退いたが、動物愛護活動では有名で、家畜の屠殺に反対してベジタリアンになったそうだ。そんなバルドーは国民戦線に共鳴し、マリーヌ・ル・ペンがフランスを救うのだ、と期待していたようで、この女性党首を21世紀のジャンヌ・ダルクに譬えていたという。(David Chazan, Brigitte Bardot calls Marine Le Pen `modern Joan of Arc', The Telegraph, 22 August 2014)

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(左: ジャン・マリ・ル・ペン  / 中央: マーロン・ブランドー /  右: メル・ギブソン )

  アラン・ドロンも国民戦線の綱領を理解したようで、全面的に支持すると公言していた。ドロンはル・ペン親子が孤独な闘いを続けていたことに感銘を受け、もう彼らだけではない事を告げたのである。(French legend Delon `supports' far-right, France 24, October 10, 2013) 有名人が「極左」政党を支援するのは普通だが、こうした「極右」政党を支持することには、かなりの覚悟を要する。左翼に分類されるなら、社会党でもマルキスト団体でもいいし、アナーキストになっても許されるだろう。しかし、国家の歴史や伝統を重視する保守系政党になると風向きが変わってくる。とりわけ、祖国を異質な民族から守ろうとすれば、業界から“干される”危険性まで考えねばならない。そう言えば以前、名優のマーロン・ブランドーが、CNNの「ラリー・キング・ライヴ」に出演し、ハリウッドがユダヤ人に支配されていると暴露した。というのも、彼は高齢で映画出演のオファーも無くなったから、“正直”に語ることができたのだ。アル中だったメル・ギブソンみたいに、まだ現役生活を続けているのに、ユダヤ人を批判するなんて軽率である。案の定、総攻撃を食らって撃沈。実際、ギブソンは業界から村八分にされ、失意のどん底だった。彼は親しい友人のジョディー・フォスターやゲイリー・オールドマンの助太刀で、勝ち誇ったユダヤ人に詫びを入れたそうだ。本当にユダヤ人の懲罰は恐ろしい。

クールな殺し屋は日本人がモデル?

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(左: と中央若い頃のドロン  /   右: アランとナタリー・ドロン )

  平成の今と違って、昭和40年代や50年代、西歐だと1960年代から1970年代の頃、「人気者」と評された俳優や歌手は本当に凄かったし、追っかけファンも多くて熱狂的だった。しかし、携帯やパソコンが普及した現在では、八百長記事が横行し、本当に人気があるのか、実際にファンがいるのか、とにかく怪しい藝人でいっぱいだ。ちょっと前、偶然にも朝のテレビ番組を観たところ、南鮮の「トゥワイス」という歌手グループが人気者になっているという話を聞いた。なんでも、日本の若者に多くのファンが居るそうだ。筆者は流行文化に疎いからよく解らないけど、そんな朝鮮人娘たちが人気者になっているとは思えない。(あくまでも筆者の勘だから、本当に高い人気を博しているのかも知れないよ。) ただ、フジテレビの番組だったから、眉唾物というか「宣伝」報道という側面が否めず、「ヤラセ」感が拭えなかったのも事実だ。渋谷の街頭では若い女の子達がキャーキャー騒いでいたが、何となく「仕込み」のファンじゃないかと疑ってしまった。なぜなら、よく詐欺師が「サクラ」の客を集めて一般人から大金を巻き上げることがあるからだ。例えば、ペテン師が実際は500円の壺なのに、5万円とか50万円と吹っかけて、高級品と紹介する詐欺商法があるからだ。仕込み客が一斉に「安い!」と叫びながら、続々とその壺を購入すると、カモの一般客までが釣られて「私にも一つちょうだい!」と欲しがり、大金を渡してしまうことがある。フジテレビはこの手法を採っているのかも知れない。

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  日本のテレビ局が持て囃す朝鮮人男優とは異なり、アラン・ドロンは日本でも本当にファンが多かった。昭和の頃だと、フランス映画というのはハリウッド映画とひと味違っていて、人間関係を濃厚に描く深みに特徴があったし、何処となく物悲しいフィナーレで幕を閉じる作品が多かった。アメリカの恋愛映画などはハッピー・エンドがほとんどで、最初から結末が予想できるから安心というか単純なものであった。現在はフランスで制作されてもハリウッド映画みたいな作品が主流だから、フランス映画の独創性は皆無に等しく、フランス語を喋る役者が演じているだけの亜流フィルムといったことろだ。世界市場で売り込むためのグローバル商品と化したフランス映画なんて意味が無い。これなら英語が得意なフランス人は、米国へ行ってハリウッド・スターになった方が利口である。

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(左と右: 映画でのアラン・ドロン  /  右:  マリー・ラフォレ)

  しかし、アラン・ドロンが出演したフランス映画には渋みがあった。彼の代表作である『太陽がいっぱい』は名作で、ハリウッドでもリメイク作品が制作されたほどだ。(筆者は子供の頃に本作を観て感動し、滅多に無いことだが、二、三回繰り返し観たことがある。) 粗筋を話すと以下の通り。貧しい青年のトム・リプリー(ドロン)は、大富豪の息子で友人のフィリップと一緒にヨットに乗り込んだ。しかし、ちょっとした口論でフィリップを殺してしまい、死んだ友人の体をロープで巻いて海に投げ捨ててしまう。すると、リプリーは裕福な「元友人」になりすまし、フィリップの恋人であったマルジュ(マリー・ラフォレ)まで自分の女にしてしまったのだ。まんまとフィリップにすり替わったリプリーは、浜辺で太陽を浴びながら幸福感に浸っていた。しかし、そこへ警察が現れたのである。運命の悪戯なのか、殺害したフィリップの遺体に巻いたロープが海中で船のスクリューに絡まっており、ヨットがマリーナに引き上げられた時、ロープの先に遺体が繋がっていたのだ。何も知らないリプリーは売店の女給に呼び出され、彼を待ち構える警官のもとへ向かうところでフィナーレとなる。観客だけが悲劇の逮捕を分かっているラストであった。

  ルネ・クレマン監督が手掛けた『太陽がいっぱい』は、1960年に公開された作品で、劇場でこの映画を観た日本人も多いだろう。たぶん、懐かしいと思う中高年の奥方もいるはずで、銀幕に映し出されるアラン・ドロンに見とれたという女性も多いんじゃないか。当時、彼の評判は相当なもので、フランスを代表する人気俳優であった。後に彼が来日すると、「サクラ」を用意しなくても本物のファンが殺到し、映画雑誌の『スクリーン』などは、ドロン氏の特集を組んだ程である。フランス国内では「演技力が今ひとつだ」と貶す批評家もいたが、日本人女性はそんな悪口に耳を貸さず、サングラスをかけ、くわえ煙草のハンサム男優にぞっこんで、眺めるだけでも充分だった。それに、彼が出演した作品はある程度成功し、人々の記憶に残る映画であったから、運の良い役者とも言えるだろう。例えば、チャールズ・ブロンソンと共演した『さらば友よ』とか『ボルサリーノ』、三船敏郎が共演者だった『レッド・サン』、ジャン・ギャバン(Jean Gabin)も出演した『地下室のメロディー』、レザー・スーツ姿のマリアンヌ・フェイスフル(Marianne E. Faithfull)が話題となった『あの胸にもう一度』などがある。

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(左: チャールズ・ブロンソン  / ジャン・ギャギン  /  アラン・ドロン /  右: マリアンヌ・フェイスフル)

  筆者としてはジプシーの悲哀を描いた『ル・ジタン(Le Gitan)』を推薦したいが、日本では一般的に『サムライ』の方が有名だろう。この映画でドロン氏は寡黙で律儀な殺し屋のジェフ・コステロを演じていた。このキャラクターは、実在したギャングのフランク・コステロ(Frank Costello)をモデルにしたという。今のアクション・ドラマでは珍しいけど、主人公のジェフは無言のまま“いつもの”仕事に取りかかった。どんよりと曇った空からは雨が降りしきっている。トレンチコートを羽織って、中折帽(fedora)を被ったヒット・マンは、路上に駐めてある他人の車に乗り込む。銀幕には、雨が滴り落ちるフロント・ガラス越しに、ジェフの冷静な顔が映し出されているのだ。彼は懐から鍵の束を取り出し、一つ一つハンドルの鍵穴へと差し込む。何本か試すうちに偶然にもエンジンがかかった。彼はゆっくりとクルマを運転し、さびれた街角のガレージへと消えて行く。ジェフがクルマから降りると、そこにはいかがわしい男が待っていて、即座にナンバー・プレートを付け替える。ジェフは馴染みの「修理屋」から何枚かの書類を受け取り、代わりに札束を無言で手渡す。余計な事を一切言わず、ジェフはその盗難車に戻り、何事も無かったかのようにガレージを後にするのだ。

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  改めて自分の「所有物」となったクルマを運転するジェフは、ある建物へと向かっていた。彼が建物の玄関を通って、ある部屋を訪ねると、そこには女性の姿があった。彼を迎えたのは息を呑むほどの美女。すなわち、ジェフの情婦ジャーヌであった。彼は別の場所で「仕事(暗殺)」をするので、ジャーヌにアリバイを頼んでいたのである。とまぁ、ドロンは口数の少ない冷静な殺し屋を演じているから、女性じゃなくても観ている者は彼の虜になってしまう。この映画は「ノアール・ギャング・スリラー(Noir gangster thriller)」と評される作品で、フィルムが微妙に青暗くなっており、独特の雰囲気を醸しだしていた。低予算で作られる最近のTVドラマと比較すれば判るが、テレビで放送される刑事モノとかサスペンス劇場などは、電気屋で購入したビデオ・カメラで撮影された素人作品かと思ってしまう。子供の学芸会を親が録画するんなら解るが、いくら何でもプロの映画人が作ったドラマにしては貧弱すぎる。やはり、劇場で観る微かに暗い映像は格別である。しかも、どこか暗い影を秘める役者のドロンには、哀愁漂う暗殺者が良く似合っていたので、一層ドラマに磨きがかかっていた。

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(左: レノー・ヴェルレー  / 中央: 映画でのベッド・シーン /  右: ナタリー・ドロン )

  『サムライ』で注目すべきは、ジェフの情婦を演じていたナタリー・ドロン(Nathalie Delon)の存在である。彼女は実生活におけるアランの妻で、当時はまだ駆け出し女優だった。ナタリーが有名になったのは、翌年に制作された『個人教授(Le leçon particulière)』に出演してからだ。この映画は筆者にとっても思い出深い作品で、まだ小学生だったけど、フランス人の哀しい恋愛劇に魅了されたものである。当時、ニコール・クロワジール(Nicole Croisille)が歌う『Where Did Our Summers Go』に感激したので、EP盤のレコードを買って毎日聞いていた。(レコードの針から伝わる、ちょっとした「雑音」が実にいい。ジャズも澄み切った音のCDより、ノイズの入ったレコード盤の方が「味」があったりするから不思議である。) この挿入歌を気に入ったのは、映画の最終場面と絶妙にマッチしていたからである。

  ちょっと物語を話すと、主人公のオリヴィエ(ルノー・ヴェルレー)は年上の女性フレデリク(ナタリー)と親しくなり、肉体関係まで持ってしまうが、彼女には中年男性の恋人フォンタナがいたのだ。二人は喧嘩して一時的に別れていたが、フレデリクの心はまだフォンタナの許(もと)にあった。それを察知したオリヴィエは、彼女が住む建物を訪れて帰ろうとした時、フォンタナに電話を掛け、フレデリクの居場所を教えたのである。電話を切ったオリヴィエは建物から出て、外に駐めてあった電動自転車に跨がった。彼が不意にその建物を見上げると、部屋の窓越しにフレデリックが立っていて、無邪気に笑みを浮かべていたのだ。フレデリクは「またね!」という軽い「さよなら」を口にしていたが、オリヴィエの深刻な別れには気づいていなかった。何事も無かったかのように去り行くオリヴィエ姿が痛ましい。愛する女性を諦めた表情は、観ている者にとっても辛かった。このラスト・シーンにクロワジールの歌声が響き渡るんだから、誰でも胸が締め付けられるような気持ちになるだろう。

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(左: ニコール・クロワジール  / 中央: 映画でのフレデリクとオリヴィエ  /  右: ナタリー・ドロン )

日本女性が憧れたフランス人の色男

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(写真   /  様々な時代のドロン)

  ハリウッド映画じゃないからメガ・ヒットにはならなかったが、『サムライ』は後の作品に影響を与えたそうで、ジョージ・クルーニーが孤高の殺し屋を演じた『ラスト・ターゲット(原題/ The American)』や、ライアン・ゴスリンがプロの逃がし屋に扮した『ドライヴ』などは、ジェフ・コステロをモデルにしていたそうだ。それにしても、なぜドロン演じる殺し屋が「サムライ」なのかいまいちピンとこないが、監督のジャン・ピエール・メルヴィル(Jean Pierre Melville)が大のサムライ・ファンで、様々な武具や刀のコレクションを持っていたからだという。フランス人の藝術家や知識人には、日本の武術や東洋の神秘に関心のある人がたまにいて、西洋の軍人とは本質的に違う日本の武人に興味を抱くそうだ。ただし、彼はユダヤ人で本名を「ジャン・ピエール・グランバック(Jean Pierre Grumbach)」というらしい。「メルヴィル」というラスト・ネームは、有名作家の「ハーマン・メルヴィル(Herman Melville)」から拝借したそうだ。

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(左: ジョージ・クルーニー  / 右: ライアン・ゴスリン )

  日本贔屓のユダヤ人は他にもいて、日本でも人気のある作家のアンドレ・モロワ(André Maurois)はフランス系ユダヤ人で、本名は「エミール・サロモン・ウィルヘルム・ヘルツォーク(Émile Salomon Wilhelm Herzog)」である。ちなみに、『源氏物語』を英訳して話題になったアーサー・ウェイリー(Arthur Waley)もブリテン系ユダヤ人で、本名は「アーサー・デイヴィッド・シュロス(Arthur David Shloss)」という。さらに言えば、日本の合気道を米国で広めたハリウッド・スターのスティーヴン・セガール(Steven Seagal)もユダヤ人で、彼の父親がロシア系ユダヤ人であったらしい。元「メガデス」のギターリストであるマーティ・フリードマンは米国生まれだが、大学に入って日本語を勉強したらしく、我々と同じくらい流暢に日本語を話している。彼は日本に移り住んで活動を続けており、NHKの音楽番組では、世良公則と一緒に「銃爪(ひきがね)」を演奏していた。その時、あの有名なダグ・オードリッチ(Doug Aldrich)も参加していて、マーティーと共にリード・ギターを弾いていたから、何とも豪華な組み合わせだった。とにかく、一見すると西歐人に見える日本通でも、実はユダヤ人だったという場合が多い。やはり、歐米諸国で不可思議な異国に興味を持つのは、根無し草のコスモポリタンなのかも知れない。

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(左: ジャン・ピエール・メルヴィル  /  アンドレ・モロワ/ アーサー・ウェイリー / 右: マーティ・フリードマン )

  アラン・ドロンが出演した映画には、他にも興味深い作品があるけれど、彼の全盛期は1970年代までで、80年代に入ると、TVドラマくらいしか良いオファーがなかった。それでも、スターはスターで、何かと言えば話題にされるし、結構人気もあったから、日本のマツダと契約して「カペラ」の宣伝役となり、テレビ・コマーシャルにも出ていた。ハンサム男優は歳を取っても魅力的で女にモテる。ナタリーと別れても女優のロミー・シュナイダー(Romy Schneider)と付き合っていたし、1987年にはオランダ人モデルのロザリー・ブレメン(Rosalie Breemen)と結婚した。彼女との間には、娘のアヌースカ(Anouchka)と息子のアラン・フェビアン(Alain-Fabien)をもうけている。特に、アヌースカは溺愛しているようだ。まぁ、年を取ってからの娘だからしょうがない。

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(左: ロミー・シュナイダー  / ロザリー・ブレメン  /  アヌースカ・ドロン  /  右: アラン・フェビアン・ドロン)

  でも、アランにはもう一人箱入り娘がいるのだ。ナタリーとの間には息子のアンソニー(Anthony Delon)が生まれていて、彼にはアリソン・ル・ボルジ(Alysson Le Borges)という娘がいるので、アランにとっては孫娘になる。美しい娘と孫娘をもってアランには笑顔が絶えない。そりゃ、アリソンみたいな孫がいれば嬉しくなるのも当然だ。もし、アランが彼女を連れて街中でも歩けば、事情を知らない他人が、「アランの奴、また愛人でも作ったのか? それにしても、今度の女は随分と若いんじゃないか」と呆れるだろう。色男だと60歳や70歳になっても、若い娘が近寄ってくるから、本当に羨ましい。ただ、彼の家族を見て思うのは、女房を選ぶ時にはその人種や民族に配慮すべき、ということだ。

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(左: 父のアランと娘のアヌースカ   /   右: 孫娘のアリソン・ル・ボルジ )

  もし、アランが歌手のドナ・サマー(Donna Summer)やジャネット・ジャクソン(Jannet Jackson)、女優のガボレイ・シディベ(Gabourey Sidibe)やオクタヴィア・スペンサー(Octavia Spencer)などと結婚したら、アンソニーのような息子は生まれないし、アリソンのような孫娘さえ望めないだろう。エルビス・プレスリーの孫娘として有名なライリー・キーオ(Riley Keough)だって、母親のリサ・マリーがマイケル・ジャクソンの精子で産んでいたら、あんな容姿にはならない。自分と同じ種族に生まれた子供や孫に囲まれたアラン・ドロンが、中東アジアや北アフリカの移民を歓迎しないのも当然だ。

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(左: アリソン・ル・ボルジ  /  ライリー・キーオ  /  オクタヴィア・スペンサー /  右: ガボレイ・シディベ )

  かつてアラン・ドロンに夢中になった日本のご婦人たちも、結構な年齢になっているだろうが、それでもドロンの映画をDVDで再び観賞すれば、若い頃の情熱が蘇ってくるかも知れない。たぶん、本棚か押し入れに所蔵する映画のパンフレットなんかを取り出して、アラン・ドロンの写真を眺めたりするんじゃないか。映画好きの奥様達がデニーズなどに集まって、昔話に花を咲かせたら、あっと言う間に時間が過ぎてしまうだろう。一旦、中高年のオバちゃんたちが井戸端会議を始めると、何時間でも居坐り続けるから、支店長は困ってしまうけど、彼女たちはお構いなしだ。

  ケーキやパイを頬張りながら、「あぁ~、私もアラン・ドロンみたいな相手と結婚していたらなぁ~」と歎く。

  すると、そばにいる「元」お嬢様が「うちの亭主ときたら、定年退職してから、いつも家でゴロゴロしているんだから、もう嫌になっちゃう」と愚痴をこぼす。

  それに対し、プリンを食べる友人が「そうよねぇ~。まったく邪魔なんだから。どっか行ってくれないかしら」と相槌を打つ。さらに追い打ちを掛けるように、もう一人のオバちゃんが、「やっぱり、男はハンサムでなきゃ。私も生まれ変わったら、二枚目と一緒になりたいなぁ」と溜息をつく。そして、「いい男がいたら、うちの旦那を捨てて、一緒にドロン”しちゃうかも!」と駄洒落を交えて現実不可能な夢を語り出す。

  日本のオバタリアンはロマンチストというか、図太い精神の持ち主というか、世界一タフな生き物である。こんな雑談がお開きになるのは、「あっ、ワンちゃんの散歩の時間だわ。もう帰らなくっちゃ!」というのが切っ掛けなんだから。そんな時、「旦那の夕飯は?」と聞きたくなるが、「冷凍庫にチャーハンがあるから!」という解答があるかも知れないので、何となく怖くなる。「俺もアラン・ドロンに生まれたかったなぁ」という亭主の小さなつぶやきが、やけに寂しい。
  


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根こぎにされた国民 / 強力な君主の統治で栄えるフランス 


揺れ動くフランス国民

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(左: エマニュエル・マクロン  /  右: マリーヌ・ルペン)

  いよいよフランス大統領選挙の第二幕が近づいてきた。フランスの次期国家元首に選ばれるのは、リベラル・グローバリズムの権化たるエマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)なのか、それともポピュリスト・ナショナリズムを掲げるマリーヌ・ル・ペン(Marine Le Pen)なのか、誰にも分からない。ただ、フランス国民は両極端の選択肢に直面しているようだ。マクロン氏はEUへの残留に賛成で、国境を越えた資本や労働の自由を堅持したいと望んでいるらしい。如何にも、ゴールドマン・サックスとロスチャイルドの手先が口にしそうなセリフである。一方、ル・ペン女史は「フランス第一主義」を叫んで、祖国の精神と文化を守ろうと訴えていた。彼女は父親から組織を禅譲されたが、国粋主義剝き出しの看板では一般受けしないと考えたのか、支持層を広げるために、女性の権利保護や失業対策、ユダヤ票への配慮などを盛り込んでいる。ちなみに、国民戦線副党首であるルイ・アリオ(Louis Aliot)氏は、彼女の私的伴侶(パートナー)で、アルジェリア系ユダヤ人というから、ル・ペン家に纏わり付いていた反ユダヤ主義の印象を少しだけ緩和したようだ。

  マスコミの下馬評によれば、中道左派のマクロン氏が優勢で、大半の評論家は有権者の6割が彼に投票するだろうと考えられている。対するル・ペン候補は、その過激思想の背景も相俟って、4割ほどの票しか獲得できないだろうと見られていた。ただ、二回目の選挙でどの集団が分裂し、如何なる裏切り者が出るか分からないので、一概にル・ペン候補が不利とは言えまい。保守派のフランソワ・フィヨン(François Fillon)に投票し人がル・ペンに靡くかも知れないし、表面的には左翼のジャン・リュク・メランション(Jean-Luc Melanchon)を支持していた人でも、マクロンが嫌いという理由だけで彼女に投票するかも知れないのだ。さらに、マクロンが当てにした浮動票や無党派層の中に、投票所に行かない怠け者や白紙投票をするへそ曲がり、口先だけの支援者がいたりするから、思ったほどマクロン氏の票が伸びない場合だって考えられる。だから、決戦投票前に色々言っても、結局は「捕らぬ狸の皮算用」となってしまうのだ。

  日本人の我々にはどうでもいいんだけど、今回の選挙で特徴的なのは、両候補者を支持する人々の温度差である。なるほど、マクロン氏は若くて知性的な経済通なんだろうけど、今ひとつパンチに欠けるというか、新鮮なのにインパクトの弱い候補者である。オランド大統領の経済閣僚を務めていたんだから、少しくらい社会党支持者の間で人気があってもよさそうなのに、「何が何でもマクロンに!」といったラヴ・コールが乏しいのだ。ちょっと醒めたフランス人だと、「あの野郎は自国の女(ル・ペン)を蹴って、他国の女(メルケル)にすがりつくつもりなんだ。まぁ、フランス女の尻より、ドイツ女の膝枕が好きなんだろうな。姐さん女房が好みだしねぇ」と冗談を言ったりする。とにかく、フランス人の行動は予想できない。国家の政体だって、恐怖政治から独裁制、帝政が崩壊して王政復古になったと思ったら、帝政に逆戻り。戦争に敗れて再び共和政に戻るが、内紛が絶えず、第三、第四、第五共和政とクルクル変わって、猫の目だって一緒に廻って船酔いしそうだ。こんな移り気のフランス国民だから、マクロン氏だって気が気じゃない。

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(左:  ル・ペン / 右: メルケル首相 )

  他方、ル・ペン候補には熱心な支援者が結構いる。父親の代からの支援者に加え、野蛮な移民やイスラム教徒の流入で、国民戦線の支持者に鞍替えした人も多いという。フランス人というのは、上から下の者まで偽善に満ちており、口では「自由、平等、博愛」と言うが、その実態は、自分が自由に振る舞い、平等なのは同じ階級の者で、明言せぬが白人のみ。「博愛」といったところで、それは「同志」に向けられた限定的な友情で、へんてこりんな顔をした「部外者」や「外国人」は別。たとえ、レセプションで歓迎の抱擁をしても、大切な自宅には招かない。ル・ペン氏の支持者は「極右」と評されるが、その用語が適切なのか、甚だ怪しい。だって、フランスという国家を護ることが「右翼」なら、「よそ者」や「浮浪者」、「違法移民」を自宅から追い出す世帯主も「極右」になってしまう。たいいち、左翼メディアの思考に従えば、好中球や好酸球といった白血球だって、異質な物を排除しようとする「保守派」で「攻撃的」な「極右」となってしまうじゃないか。

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(写真  /  現代の多彩な「フランス人」)

  こうした奇妙な思考形態を持つ点では、日本人もフランス人と同じである。外人とか「見知らぬ者」を取り除いたり、突き放したりするのは、ごく自然な反応である。例えば、家族だけてハワイ旅行や外食に出掛ける「家族主義者」は、ことごとく排他的で、自己中心的な人々である。もし、その辺をうろつく在日鮮人が「俺も一緒にハワイに行きたい」と頼んでも、「テメーなんかを連れて行くか、このドアホ !」と叱りつけるだろう。こういう馬鹿の処理には、鼻の孔(あな)に鉛筆を突き刺して、思いっきり引きずり回すのが一番だ。また、もしも不法移民の支那人が「ワタシも寿司を食いたいアルヨ!」とすがりつき、「お前たち、家族だけでご馳走を楽しむのは、日中友好に反するゾォ~」と“いちゃもん”をつけてくるなら、洗濯機の中に放り込んで、図々しさを洗い流してやればいい。「極右」というレッテルは、「極左」が常識人にこすりつける鼻糞と同じだ。フランスの事情に詳しいとされる産経新聞の山口昌子などは、国民戦線の議員やそのメンバー、および非党員の支持者を「極右」と評するが、どんな立場からそう呼ぶのか明らかにはしないから、我々は注意して彼女の意見を聞いた方がいい。この手の左巻きジャーナリストは、憧れの朝日新聞に入りたかったが、採用試験に落ちたので、しぶしぶ格下の産経新聞に入社したとも考えられるからだ。特別論説委員だった千野境子は更に酷いぞ。

力強い王様が大好きなガリア人

  現在のフランスは廃墟の上に建てられている。元々フランスはゲルマン系のフランク族がガリア人と融合することで誕生した王国だ。しかも、カエサルに征服されたケルト人は荘厳なローマ文明を吸収して、ガリア・ローマ人に大変身。貴族階級のガリア人たちはローマ化して、「カエサル」とか「ユリウス」、その後は「アウグストゥス」などのローマ人的名前をつけることが流行になっていた。旧い名家に生まれた者でさえ、もうガリア人の祖先を自慢しなくなり、その代わり、「ヴィーナス」や「ヘラクレス」の子孫だ、と言い始めたんだから呆れてしまうじゃないか。また、ガリア人の女を娶り、ケルト人たちと混淆するようになったフランク人貴族も、ゲルマン語をすっかり忘れて、母親が話すラテン語を喋っていたんだから、フランス人は本当にローマ人が好きだった。よくフランス人が「ローマ帝國の継承者」とか、「カトリック教会の長女」という言い方を口にするのも、こうした歴史があるからだろう。

  今の我々は共和政のフランスしか見ていないけど、かつてフランスは世襲王家を戴く君主国だった。右も左もフランス国民の多くは共和政を讃美し、何かにつけては「フランスの偉大さ(la grandure de la France)」を口にするが、その「偉大さ」も今では随分と霞んでいる。日本人の子供だってクスクス笑って、「何これ?(Qu'est-ce que c'est?)」と馬鹿にするだろう。フランスの知識人は斜(はす)に構えて、王室が無い「共和国(res publica)」や大衆参加の「代議制民衆政体(démocratie représentative)」を自慢するけど、フランスが輝くのは「たいてい」と言っちゃなんだけど、絶対的とも言える王様がいるときだった。イスラム教徒を駆逐したカール・マルテルを始めとして、ザクセン人を殺しまくったカール大帝(シャルルマーニュ)、プランタジネット家をフランスから追い出したフィリップ・オーギュスト、フランスの統一をもたらしたアンリ4世、領土拡張が趣味だったルイ14世、とフランス人は威厳に満ちた大様が大好きだった。あのコルシカ生まれの砲兵将校ナポレオン・ボナパルトだって「フランスの英雄」なんだから。ロシア遠征で惨敗を喫しても、過去の戦歴に痺れてしまって、未だに讃美者がいるから困ってしまう。

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(左: カール・マルテル  /  カール大帝 / フィリップ・オーギュスト  /  右: ナポレオン・ボナパルト )

  大革命でフランスが共和政になったが、その指導者で一番の人気者といったらシャルル・ド・ゴール将軍を挙げる人が多い。今でも、タカ派や保守派に「ゴーリスト」を名乗る人は結構いて、豪胆な指導者のもとで「フランスの栄光」を取り戻そうとする。結局、王様みたいな大統領とか国父と呼べる皇帝が欲しいんじゃないか。民衆から選ばれた“ちんけ”なユダヤ人のサルコジとか、斜陽族の集まりと化した社会党の“死骸”オランドじぁ、“パッ”としないよねぇ~。国王ルイ14曰く、「フランス王は神と剣のみに由来する」そうだ。いやぁ~、すごい。さすが太陽王だけあって、神々しくて眩しい。この王様は王太子への教訓として次のような言葉を述べたという。

  人々に王を与えたもの(神)は、人々が王を神の代理人として尊敬することを望まれ、王にのみ、人々の行為を吟味する権利を保留しておかれた。臣民として生まれた者は誰でも、無分別に服従することこそ、神の望まれるところなのである。(ユベール・メチヴィエ 『ルイ14世』 前川貞次郎 訳 白水社 1959年 p.33)

  フランスは太古の昔から分裂傾向が激しく、ローマ帝國が瓦解した後、ガリアでは諸王国が乱立し、蛮族のモザイクになってしまったくらいだ。(アンドレ・モロワ 『フランス史』 上巻 平岡・他訳 新潮社 昭和31年 p.36) フランス人が懐かしむカロリング帝國は、比類無き強大な権力と卓越した政治手腕を持つカール大帝が君臨したからで、もしルイ16世のような王様が後継者になったら帝國の維持は絶対に無理だ。たぶん、敬虔で立派な騎士だったフィリップ3世(Philippe le Hardi)でも難しいだろう。とくにかく、フランスでは国王の家臣とか官僚が幅を利かせ、議会を開いても各人が好き勝手なことを言い出すから、討論は停滞して結論は出ない。グズな政治家や軍首脳のせいでフランスがドイツに占領され、亡命生活という苦い経験を味わったド・ゴール将軍は、議会政治の非効率性や因習的宿痾に嫌気が差していた。フランスの命運を担う元首は、無責任な議員や気紛れな民衆から推戴されるのではなく、天命を受けて民を導く者でなければならない。フランスの英雄は投票用紙の束からでなく、ほとばしる愛国心と非凡な才能に突き動かされて自ら現れるのだ。

Louis XIV 01Charles de Gaulle 2Charles de Gaulle 1








(左: ルイ14世  /   中央と右: シャルル・ド・ゴール )

  ド・ゴールは人民投票で選ばれたとはいえ、その気概は君主に近く、共和国大統領は分割できぬ国家権能を有する唯一の人物と見なしていた。彼は1964年1月31日にこう述べている。

  事実、大統領は我々の憲法によれば、国民の命運に責任を負うために、国民自身によって地位につけられた、国民の人物であります。・・・危急の場合、大統領はあらゆる必要な事を行う責任を取らねばならない。かかる大統領は明らかに、国家権限を保有し、代表すべき唯一の者であります。(フランソワ・モーリヤック 『ド・ゴール』 岡部正孝 訳 河出書房新社 昭和41年 p.215)

  フランスの存亡と自分の運命を結びつけるド・ゴールは、祖国の統治を担うのは自分しかいないと確信し、「私こそフランスだ!」と喝破していたそうだ。(上掲書 p.47) フランスを体現すると豪語した将軍は、君主制の伝統を尊重していたのか、数々の発言が王侯貴族風であった。民衆に媚びるオランド大統領の口からは、こんな言葉は出てこないだろう。いわんや、マクロン氏の口から出たら滑稽だ。もし、彼がド・ゴール将軍を真似て、こうした虚勢を吐いたら、フランス人の左翼でも「国際金融業者の下僕である!」の間違いじゃないのか、とせせら笑うだろう。大統領や首相といった最高行政官は、ローマの執政官みたいに威厳がなくちゃ格好悪いし、外国の手先とか根無し草のユダヤ人じゃ厭だよねぇ。

Nicolas Sarkozy 1Charles de Gaulle 4










(左: ニコラ・サルコジとフランソワ・オランド  /  右: 閲兵式でのド・ゴール将軍 )

  フランスの政治は複雑で不確定要素が多いから、筆者としてはマクロンが大勝するのか、ル・ペンが逆転するのか分からない。偉い学者や評論家によれば、マクロン候補がリードしているというから、たぶん彼が大統領に当選するんだろう。もし、ル・ペン氏が僅差で勝利となれば、彼女のファンは大喜びで、世界中のマスコミは大騒ぎとなるに違いない。しかし、どちらが当選してもフランスは大揉めになるだろう。予想通りマクロン氏が大統領に就任すれば、閉塞感や暗い雰囲気が蔓延したままで既成の政治が行われるし、ル・ペンが選ばれても移民の群れを押し返す事は困難だから、支持者の失望が募るばかりだ。しかも、フランスのEU離脱となれば、EUそのものの存在が危うくなり、ドイツ主体の経済聯合になってしまうだろう。ただし、英国のテレザ・メイ首相にしたらその方がいい。

  オランドが去ってマクロンが大統領になるフランスって、何となく陰鬱で袋小路に入っているように見えるから、関係無い日本人でもフランス国民が哀れに思えてくる。日本人は皇室があって本当に良かった。どんなに愚劣な宰相が選ばれても、国家元首は天皇陛下だから、ちょっとだけ救われた気分になる。フランス人は口が裂けても言わないだろうが、悠久の歴史を誇る皇室を目にすれば、「俺たちもブルボン王朝があったらなぁ」と私的につぶやくんじゃないか。でも、皮肉が得意な日本人だと、「大丈夫だよ。フランスには強いサッカー・チームがあるんだからさ!」と励ますだろう。今じゃ「フランスの栄光」なんてサッカーの国際試合にしかないんだから。
 



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