無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

ユダヤ人

アインシュタインの意外な正体

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黒木 頼景
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黒人組織との連帯

Einstein & Mileva Mariceinstein 1












(左 : アルバート・アインシュタイン博士とミルヴァ・マリッチ夫人  / 右 : 黒人と協調するアンイシュタイン )

  日本人は科学者に対してある種の先入観を持っているそ。それは、難しい学問を専攻する科学者は優秀な頭脳を持つゆえ、きっと人格的にも素晴らしい方々に違いない、という思い込みだ。しかし、本当にそうなのか? 例えば、ノーベル賞をもらって話題となった益川敏夫・京都産業大学教授は、「憲法九条の会」に賛同し、占領憲法の改正やその廃止に反対していたし、自衛隊の海外派遣にも異を唱えていた。それなら、支那やロシアからの核攻撃をどう防いだらいいのか、科学的に教えてもらいたい。左翼組織というのは雑草と同じで、どこにでも蔓延るし、踏まれても直ぐ立ち直る。赤い毒キノコも真っ青になるくらい繁殖力旺盛で、「九条科学者の会」という団体まであるんだから。ここの賛同者名簿には、物理学者の池内了(いけうち・さとる)名古屋大学名誉教授や江沢洋(えざわ・ひろし)学習院大学名誉教授といった知識人が名を連ねている。科学者といっても、その政治思想はまちまちで、常識を備えた保守派もいれば、子供っぽい理想を口にするリベラル派や、昔を忘れられない学生運動家上がりの碌(ロク)でなし、朝鮮人と協調する極左分子までいるから、用心が必要だ。

  歐米諸国でも科学者には、格好ばかりのピンク・リベラル派とか、真っ赤に染まった確信左翼、破壊思想を表面に出さない隠れ共産主義者、研究室の中だけで社会改革を唱える大学教授などが多く、社会学部や法学部のゴロツキ学者と五十歩百歩だ。一般の日本人にとっては意外かも知れないが、かの有名なアルバート・アインシュタイン博士も左巻きの要注意人物だった。「まさか ! 相対性理論で知られる天才科学者が・・・」と驚いてしまうが、実際、博士は合衆国政府に目を附けられた“とんでも”ない左翼だった。あまり知られていないが、アインシュタインは米国の人種差別を糾弾する黒人の仲間で、心の底ではアメリカ社会を憎んでいたらしい。でも、ユダヤ人という彼の属性を思い起こせば、「まぁ、仕方ないか !」と納得できる。当時の合衆国には、根強い反ユダヤ主義が浸透しており、「ユダ公なんか不愉快だ !」と公言するアメリカ人は少なくなかったし、「ユダヤ人お断り」と表明するホテルもあった。以前、当ブログで紹介したように、アイヴィーリーグの大学も、評判が落ちることを気にしてユダヤ人の入学制限を行っていたから、一般人がユダヤ人を毛嫌いしても不思議じゃない。米国へ逃れてきたアインシュタインも、アメリカ人の中にドイツ的人種観、つまりヨーロッパ人が持つ独特の嫌悪感を見たんじゃないか。

Peter Bucky 1( 左 / ピーター・バッキー )
  一般的に、ユダヤ人というのは自己中心的だ。他国に寄生する自分たちを反省せず、セム種族を排斥するヨーロッパ人の方を非難する。でも、日本人が西歐史を丹念に調べれば、なぜヨーロッパ人が根強くユダヤ人を「よそ者」とか「タカリ屋」と蔑むのか、その気持ちくらいは解るはずだ。一方、ユダヤ人は被害者意識に凝り固まっている。ある時、アインシュタインは友人であるピーター・バッキー(Gustav Peter Bucky)のインタビューを受けて、次のように答えていた。(ちなみに、バッキーは放射線医療を専門とするドイツ人医師として世界的に有名。)

  私自身ユダヤ人であるから、黒人が差別の犠牲者としてどのように感じていたのか、理解できるし、同情することもある。(Matthew Francis, How Albert Einstein Used His Fame to Denounce American Racism, Smithsonian Magazine, March 3, 2017)

  アインシュタインはヒトラーが台頭する前の1931年、アメリカで起きた「スコッツボロー少年(Scottsboro Boys)」裁判に憤りを覚えたことがある。彼はセオドア・ドライサー(Theodore Dreiser)の委員会に参加し、不当な裁判に抗議の声を上げていたという。ちなみに、ドライサーはドイツ系移民の有名作家で、彼の作品『アメリカの悲劇』や『シスター・キャリー』は日本語にも翻訳されている。たぶん、新潮文庫や岩波文庫で読んだ人も多いんじゃないか。ただし、彼は確信的社会主義者で、米国共産党(CPUSA)にも属していたから、筋金入りの左翼だ。(日本の文学者は赤い作家の作品に共感するのか、利益そっちのけで熱心に翻訳したがる。新聞社もそうだけど、日本の出版社や文化人というのは、本当にマルキスト知識人が大好きだ。マルクスの遺影でも神棚に飾っているんじゃないか。そういえば、レーニンをミイラにして崇拝する唯物論者って何者なのか、筆坂氏にでも教えてもらいたい。)

Theodore DreiserScottsboro Boys 01













(左 : セオドア・ドライサー /  右 : 「スコッツボロー事件」で有罪判決を受けた黒人達)

  米国では「スコッツボロー少年」裁判は有名で、小説のヒントやTVドラマにもなっている。この裁判は強姦事件を扱ったことになっているが、実際は10代の黒人9名が列車の中で白人の男女と揉め事になり、それが原因となって裁判になったらしい。真相は、生意気な黒人との諍いで頭にきた白人女性2名が、口から出任せで「レイプ」されたと騒ぎ立て、それを警察が真に受けて裁判沙汰になってしまった、という次第である。当時、黒人が白人女性を強姦したとなれば、終身刑か死刑というのが相場だったから、有罪となれば大変だ。事実、有罪判決を受けたチャーリー・ウィームズは105年の懲役刑を受けたし、クラレンス・ノリスは死刑を宣告されたという。もっとも、ノリスは後に脱獄したそうだ。裁判の信憑性には色々な疑問があったので、結局、有罪判決を受けた黒人たちは後に減刑や取り消しの決定を受け、ちゃんと保釈されたという。まぁ、陪審員すべてが白人だったから、アラバマの法廷に立った被告人が有罪となったのも当然だ。

  この不当裁判に関しては、NAACP(全米有色人種地位向上協会)や共産党が猛烈に抗議していたが、他のユダヤ人も一緒になって非難していた。例えば、詩人のアレン・ギンズバーグ(Irwin Allen Ginsberg)は、『アメリカ』という作品の中で扱っていたし、エレン・フェルドマン(Ellen Feldman)は『スコッツボロー』という小説を書いている。しかし、その一方で、黒人に同情するアインシュタインに批判的な人物もいたという。例えば、高名な物理学者であるロバート・ミリカン(Robert Andrews Millikan)だ。彼はアインシュタインが左翼陣営に与している指摘し、その政治思想も“ナイーヴ”すぎると苦言を呈していた。

Allen Ginsberg 2Ellen Feldman 1Robert MillikanHenry Ford 1










(左 : アレン・ギンズバーグ  / エレン・フェルドマン  / ロバート・ミリカン  /  右 : ヘンリー・フォード)

    また、自動車王にして反ユダヤ主義者としても知られるヘンリー・フォード(Henry Ford)も、アインシュタインの言動には眉を顰め、遠回しに批判していたそうだ。でも、アインシュタインはこうした陰口を気にしていなかった。彼はNAACPの創設者であるW.E.B.デュボア(William Edward Burghardt Du Bois)と交友関係を持っており、デュボアに頼まれて短い寄稿文まで書いている。ちなみに、このデュボアも筋金入りの共産主義者で、毛沢東の支那やソ連のスターリンを褒めていたから、まるでオバマ大統領みたいだ。彼はスターリンについて次のように述べている。

  ヨシフ・スターリンは偉大な男だ。第20世紀の中で、彼に匹敵する人物はまずいないだろう。彼は飾り気がなく、落ち着いており、勇気を持っている。彼は滅多に平静さを失わず、問題をゆっくりと考え、明確で確固たる決断を下す。スターリンはこれ見よがしの派手な行動を決して取らないし、威厳を伴う立場から気恥ずかしそうに離れることもない。彼は農奴の息子だが、躊躇いや緊張も無く、悠然と偉い人の前に立っていた。そして、これは一番よく彼の偉大さを証明するものであるが、この人は庶民を知っており、その問題を感じ取り、自らの運命に従うことができる。(E.B. Du Bois, 'On Stalin', National Guardian, March 16, 1953)

Du Bois 01(左  / W.E.B.デュボア )
  ここまで独裁者スターリンを讃えるとは、いゃ~恐れ入る。デュボアはスターリンが粛清した人数を知っていたのか? 毛沢東やスターリンと比べたら、ヒトラーなんて凡人だ。第三帝国の総統なんか、強制収容所でユダヤ人をこき使ったくらいで極悪人にされているんだから、西歐人が如何にユダヤ人から洗脳されているかが分かる。(有名な「ガス室殺人」は根拠無き都市伝説だ。もし疑う人がいるなら、科学的報告書と反対尋問を経た証言を示して欲しい。)

  アインシュタインはアメリカ白人やドイツ人の人種差別を非難していたが、彼自身もレイシストであった。アインシュタインの文書を編纂したツェヴ・ローゼンクランツ(Ze'ev Rosenkranz)が嘆いていたけど、この天才物理学者は東洋人に対しての人種的偏見に満ちていた。特に、支那人に関しては辛辣だ。曰わく、「支那人は食事を取るとき、ヨーロッパ人のようにベンチに坐って食べようとはせず、鬱蒼とした森の中で用便をする時のようにしゃがみ込む。支那人の子供は、どれもこれも生気が無く鈍感だ」と。さらに、続けて「もし、支那人が他の人種に置き換わったら嘆かわしい事になるだろう。我々のような者にとっては、ちょっと考えただけでも恐ろしい」と述べていた。(Alison Flood, 'Einstein's travel diaries reveal shocking xenophobia', The Guardian, 12 June 2018)

  歐米人はアインシュタインの支那評論にショックを受けているが、支那人の生態を知っている日本人ならさほど驚かないだろう。日本人だって、もし東京や京都が支那人だらけになったら発狂するし、隣に支那人が引っ越してくれば大騒ぎだ。何しろ、自分の住む町が支那人街になったら悪夢だし、自宅の資産や地価の暴落だって免れない。また、自分の息子や娘が支那人と結婚するかも知れないし、そうなれば失神どころか高血圧で入院したくなる。アインシュタインは支那人に対して結構“冷めた目”を持っていて、自分の日記に「たとえ、支那人が馬のように使われても、決して良心の呵責は感じない」とまで書いていた。(筆者も思わず「その通り !」と膝を叩きたくなる。)

Chinese 111Chinese old times 2(写真  /  食事を取る支那人)

  しかし、アインシュタインは支那人ほどではないが、日本人に対しても侮蔑的な言葉を述べていた。ただし、良い面も述べていて、「日本人はこれ見よがしに派手なことをせず、慎み深く礼儀を弁えており、とても魅力的だ」と書いていた。それでも、アインシュタインの言葉には棘がある。例えば、「日本人には芸術的必要性があるが、知的必要性はそれほどでもないようだ。もしかしたら、生来の性質なのか?」と疑問を投げかけている。たぶん、浮世絵とかの美術は素晴らしいが、自然科学といった学問で劣っているから、それを民族的な弱点と思ったのだろう。アインシュタインは知性と人種を結びつけていたから、支那人やインド人と同じ顔つきの日本人を見くびり、似たり寄ったりの劣等種族と考えていた節がある。ところが、アインシュタインはまことに図々しく、こんな偏見を持っているのに、ナチスの人種論やアメリカの優生学には目を吊り上げていた。日本人なら笑ってしまうが、アインシュタインの批判を聞けば、まるで銀行強盗が郵便局強盗を叱りつけているように思えてしまう。

  ついでに言えば、ユダヤ人は一般的に黒人が嫌いで、個人的に親しくなるとこはない。ユダヤ人の男ときたら、ゲルマン系女性を見れば積極的にアプローチするのに、アフリカ系となるや冷静沈着、下半身が萎(しぼ)んでしまうほどだ。在米日本人なら誰でも知っているが、ニューヨークには大量のユダヤ人が住んでおり、黒人も溢れるほど住んでいる。ところが、アフリカ系ユダヤ人というのは滅多に見ない。ユダヤ人が経営する宝石店とか電気店、あるいは食材店に赴くと、対応する従業員は大抵アシュケナージム系かセファラディーム系で、シリア人やトルコ人みたいな人物がほとんど。ユダヤ人学校に行っても、白人系の子供ばかり。つまり、ユダヤ人には同族結婚が多いということだ。

Jared Kushner & Ivanka 2Jew 5white model 9












(左 : ジャレッド・クシュナーとイヴァンカ夫人   / 中央 : ユダヤ人男性  /  右 : ゲルマン系の西歐人女性 )

     ただし、世俗的ユダヤ人も増えているから、異教徒や異人種と結婚する者も多い。ただ、それはヨーロッパ人が相手という場合に限る。典型的なのはジャレッド・クシュナーみたいなユダヤ人で、白人女を漁って女房にしようと企む。つまり、アーリア人種に憧れるユダヤ人は、イヴァンカ・トランプみたいなゲルマン系女性を好むということだ。たぶん、彼らにとって黒人女性は端っから「論外」なんだろう。そもそも、ユダヤ人社会では黒人差別など問題にならず、皆が当然のように黒人を馬鹿にする。イズラエル・ザングウィルが提唱した「人種の坩堝(るつぼ/ melting pot)」とは、ユダヤ人がヨーロッパ人と性的に交わって混血児をつくることで、アフリカ人やアラブ人と融合し、色黒の子孫を増やすことではない。

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(左 : アフリカ系ユダヤ人男性  / 中央 : 魅力的な黒人女性  /  右 : 昔の黒人女性 )

我が儘な傲慢亭主

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(左  /  ミルヴァと子供達)

  アインシュタインの恥部はこれだけではない。何と、彼は暴力亭主でもあったのだ。日本人女性なら「えぇぇ~、信じられなぁ~い。嘘でしょ~」と否定したくなるが、天才博士の評伝を書いたウォルター・アイザックソン(Walter Issacson)によれば本当らしい。平和主義者で知られるアインシュタインは、一旦家庭に入ると別の顔を現す。かなりの亭主関白というか、高圧的な態度を示す専制君主であったという。科学者でもあった妻のミルヴァ・マリッチ(Mileva Maric)は愛人というより、女中のような扱いを受けていた。それでも、彼女は子供たちのために、夫からの仕打ちに堪えていたそうだ。

  現在のアメリカ人やヨーロッパ人女性が聞けば、髪の毛を逆立てて糾弾しそうだが、アインシュタインは ミルヴァに対し、「妻の心得」というべき「服従の掟」を言い渡していた。例えば、次のようなルールである。

 (1) いつも夫の部屋をきちんと片付けておくこと。
 (2) 1日に3回、食事を持ってくるとこ。(彼は自分の部屋で食べることがあるから。)
 (3) 夫の服を洗濯し、きちんと畳んでおくこと。
 (4) 寝室と書斎をきれいにしておくこと。(もちろん、妻は夫の机を使うことを許されていない。)

  こんな“命令”を受ければ腹立たしくなるが、それに従ったとしてもミルヴァには何の見返りもなかった。ところが、夫のアルバートは更なる“掟”を付け加え、「条件リスト」なるものを突きつけたという。

 (5) 外出時、妻(ミルヴァ)は夫(アルバート)の側に坐ることや同伴することを期待してはならない。
   (6) もし、夫が要求すれば妻は話しを止めねばならない。
   (7) もし、夫から要求されれば、妻は口答えせず、直ちに寝室や書斎から退出しなければならない。
  (8) 妻は言葉や行動を問わず、子供達のいる前で夫を貶してはならない。

  普通の若い日本人女性なら、「何様のつもりなの!」と激怒するだろう。同様に、現在の歐米諸国で、少なくとも白人中流階級の家庭なら、こんな要求を突きつける夫など想像できない。亭主関白を実践するアインシュタインの態度を見ると、まるでシーア派かワッハーブ派のイスラム教徒のように見えてしまうが、「ユダヤ人」という素性を思い起こせば、「やっぱりねぇ~」と納得できる。元々、ユダヤ教では男尊女卑が当たり前で、女は男のあばら骨から創られた附属品のようなものである。女に知性なんか無い。黙って男に従うのが常。ところが、日本人は違う。歴史を振り返れば、紫式部とか北条政子、北政所、春日局がいたし、今でも旅館の女将や棟梁の御上さん、レジ係の熟練パートタイマー、「お局様」と呼ばれる中高年の銀行員、ナイト・クラブで重役を叱りつける銀座のママといったふうに、女性でも尊敬される人物が多い。女性のラビを認めず、熟年女性でも子供扱いにするユダヤ教徒とは大違いだ。

  女房を隷属させるだけでも“けしからん”ことなのに、アインシュタインときたら不貞行為にも熱心で、別の女と交際することも数々あった。ミルヴァは「子供達のため」と思って専制亭主に我慢していたが、ついに堪忍袋の緒が切れて別居することに決め、ハンスとエドワードを連れてチューリッヒに移り住んだという。そして、五年後の1919年、彼女は離婚を申し出て承諾される。日本人は単純に「アインシュタイン博士も“ついに”女房から捨てられてたのか・・・」と哀れむが、ところがどっこい、鰥(やもめ)となったアルバートは欣喜雀躍だった。というのも、彼は既に別の女性と付き合っていたからだ。それも只の女性ではない。独身に戻ったアインシュタインの交際相手とは、「エルザ(Elsa)」という「いとこ」であった。つまり、どういう事かと言えば、アルバートの母ポーリン・コッチ(Pauline Koch)とエルザの母ファニー・コッチ(Fanny Koch)は姉妹という関係であったから、アインシュタイン博士は伯母の娘と結婚したことになるのだ。

Einstein & ElsaEinstein & Margarita Konenkova












( 左 : エルザとアインシュタイン  / 右 : アインシュタインとマルガリータ・コネンコヴァ  )

  ただし、エルザが「内縁の妻」となったのは1912年。ということは、アインシュタインはミルヴァと離婚する前から彼女と付き合っていたことになる。つまり、この「近親カップル」は、重婚みたいな不貞行為をはたらいていた訳だ。アインシュタイン博士は1919年にエルザと再婚するが、その浮気性は治まらず、四年も経たないうちに秘書であるベティ・ニューマン(Bette Neumann)に手を出したという。まぁ、天才物理学者といえども「男」だから、浮気性のスケベでも致し方ない。でも、昆虫学者じゃないんだから、目の前に綺麗な蝶が飛んでいたからといって、後先考えず捕まえるというのは問題だ。1936年、アインシュタイン博士はエルザとも別れてしまい、再び独身となる。しかし、またもや愛人がいて、エルザと暮らしている間、具体的に言えば1929年から1932年にかけてエセル・ミチャノウスキー(Ethel Michanowski)という女性と付き合っていた。さらに、博士は1931年頃からマーガレット・レンバック(Margarete Lenbach)という女性とも恋愛関係を持っていたそうだ。つまり、二股どころか三股をかけていたということになる。('New letters shed light on Einstein's love life', NBCNews, July 10, 2006)

  昔は日本人でも妾の一人や二人持っていても珍しくなかった。例えば、政界の大御所である三木武吉が、妾を五、六人ほど抱えていたことはよく知られている。でも、アインシュタインの場合はちょっと問題があった。最後の愛人と呼ばれるマルガリータ・コネンコヴァ(Margarita Konenkova)は、何とソ連のスパイであったのだ。もう、目眩がしちゃうけど、ソ連は天才科学者から何らかの情報を引き出そうとしたのだろう。ちなみに、アインシュタインが彼女に送った恋文は、サザビーズのオークションにかけられたそうだ。余計なお世話だけど、66歳の科学者が51歳のロシア人女性にどんな恋心を抱いていたのか、熟年男女の関係はちょっと気持ち悪い。

  こうした話しを聞くと、副総理を務めた山崎拓を思い出す。若い愛人の為に独自の『エロ本』を作成した拓ちゃんは、彼女のお母さんを交えて「三人プレー」を望んでいたという。精力旺盛の拓ちゃんは、学生時代から柔道に励んでいたせいか、ベッドの上でも“寝技”が得意だった。もっと気持ち悪いのは、デリヘル嬢にのめり込んだ逢沢一郎議員(自民党)だ。馴染みの「L」という店では、会員ナンバー「4」番というから、開店当初からの常連客である。思わず笑ってしまうが、風俗業界で「ちくび」という渾名をつけられた代議士は、同伴した風俗嬢に乳首を攻められると、「もっとつねって !」と命令し、恍惚感で悶絶したそうだ。逢沢氏は出張女性の体にむしゃぶりつき、延長を繰り返して、8時間もプレーを楽しむというから凄い ! 山崎拓(山タフ)さんに劣らぬ「タフさ」を持っている。でも、あの世に行った松下幸之助が聞いたら、さぞ激怒するだろうなぁ。(逢沢氏は「松下政経塾」の一期生。) とにかく、次の衆議院選挙が楽しみだ。

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(左 : お茶目なアインシュタイン  / 中央 : 山崎拓  /  右 : 逢沢一郎)

  脱線したので話を戻す。ヘブライ大学のアインシュタイン・アーカイヴに勤めるバーバラ・ウォルフ(Barbara Wolff)も、博士の手紙や日記を整理していたから、複雑な気持ちなんじゃないか。尊敬すべきユダヤ人の偉人が、浮気性の暴力亭主だったなんて、イスラエルの子供達にどう説明したらいいのか? まぁ、ユダヤ人のシオニストはヒトラーと密約を交わして、ドイツの同胞を追放したんだから、あまり善悪にこだわらないのかも知れない。「建国の父」と呼ばれるセオドア・ヘルツェルなどは、自己嫌悪のユダヤ人で、同胞をイスラエルに移住させるため「彼らの財産を奪い取ってしまえ!」と述べていたんだから。イスラエルのユダヤ人はヒトラーの言葉と勘違いしたそうだ。話しを戻す。下着のように女を変えるのはいいけど、アインシュタインは情報漏洩に関して鈍感だった。自分の業績がどれほど重要なのか分かっていないんだから。よりにもよって、ソ連のスパイを愛人にするなんてルーズ過ぎる。マンハッタン計画の統括者がアインシュタインを「左過ぎる」と警戒し、研究チームに入れなかったのも当然だ。

  科学者の評価に人格は関係ないけど、アインシュタイン博士みたいな人物とは友人になりたくない。確かに、世界的に有名な天才物理学者だから、付き合っても損は無い。ただ、博士夫婦と親しかったリスベス・ハートウィッツ(Lisbeth Hurtwitz)にはショックな事があった。1913年3月14日の日記に記されているが、彼女は母親と一緒にミルヴァ夫人を訪ねたことがあるそうだ。ところが、この親子はアインシュタイン夫人を見てビックリ。ミルヴァの顔には酷い痣(あざ)があり、顔が腫れ上がっていたのだ。夫のアルバートは「歯の具合が悪いんだ」と言い訳を述べていたが、家庭内暴力の結果であることは明らかだった。それにしても、痣ができるほど女房の顔面を殴るとは ! 確か、アインシュタイン博士は「平和主義者」として知られていたはずだが・・・。でも、家庭では「イワン雷帝」だったりして。今なら、暴行を受けたミルヴァ夫人の顔は携帯で撮影され、SNSで世界中を駆け巡るだろう。そして米国の「ニューヨーク・ポスト」紙や英国の「デイリー・ミラー」紙、日本の「フライデー」などで大特集となるはずだ。フジテレビなら同じユダヤ系のデーブ・スペクターを招いて、アインシュタイン博士の擁護をさせるかもねぇ~。
 
  

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ド・ゴール将軍が隠した過去 / ユダヤ人のフランス

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ロスチャイルドが仲介役になった

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(左 : ロンドンで「自由フランス」の宣伝を行うシャルル・ド・ゴール将軍   /  右 : フランスに誕生したヴィシー政権)

  先週、チャンネル桜を観ていたら、近代史家の林千勝(はやし・ちかつ)が我那覇真子(がなは・まさこ)の番組に出演し、日米戦争や歐洲の歴史について語っていたので結構楽しかった。林氏は『近衛文麿 野望と挫折』の続編として、『日米戦争を策謀したのは誰か !』を出版し、近衛の背後で何が起こっていたのか一般国民に伝えている。筆者からすると「久しぶりにロックフェラーやロスチャイルドの話かぁ~」という感じだった。なぜなら、筆者も大学生の頃、国際金融や歐米の外政を勉強する一環として、ロックフェラー家やロスチャイルド家の歴史を調べた事があるからだ。ただし、筆者はフリーメイソンとかイルミナティーとかの娯楽ネタを含んだ「陰謀論」は嫌いで、基本的には金銭欲や権勢欲に基づいた現実政治の方に興味がある。また、ユダヤ人に関して知りたければ、エンターテイメントで創られるオカルト的な書籍より、ちゃんとした歴史書とか学術論文の方がいい。例えば、ダニエル・ガットウェン(Daniel Gutwein)の『The Divided Elite』は第一次世界大戦前後の英国におけるユダヤ人の実情を知る上で大いに役立つ。(ただし、この洋書は一般の図書館で見かけないので、読みたい人は高いけど自腹で購入するしかない。)

  近衛文麿の正体や謎の「自殺」を丹念に調べた林氏は、近衛を動かしていた連中に話を進め、世界政治を操るロスチャイルド家や有力な国際金融資本家、歐米に潜む共産主義者などに言及していた。しかし、我那覇氏には基礎的知識が足らないのか、丁寧な説明を聞いていても、いまイチ理解していないように見えた。まぁ、普通のお嬢さんだと、歐米史は複雑怪奇で分かりにくいし、人物名や地名にも馴染みが無いから、大筋を説明するだけでも一苦労だろう。たとえ、学校で世界史を習っていても、第一次世界大戦以降の歴史は「時間切れ」のため、重要な事件と年号を覚えるだけで、焦った教師が親切心からプリントを渡してサっと流す程度だ。したがって、一般人にとって、現代史は血なまぐさい戦争と難しい専門用語が“てんこ盛り”の暗黒史に過ぎない。こんな教育状態で、ドイツやフランスの軍人とか政治家、英米仏独に張り巡らされたロスチャイルドの人脈を説明するなんて無理。長年ブリテンに住み着き、各界にはびこるユダヤ人を紹介するとなれば、一年でも足りないくらいだ。

  とにかく、林氏がロスチャイルド家の影響下にあるフランスの政治家に言及すると、我那覇氏は無邪気な鳩みたいに「えっ、そうなんですか?」と驚いていたが、フランス史を多少学んだ者なら苦笑してしまうだろう。日本人には実感が無いが、フランスはアメリカやブリテンと等しくユダヤ人にとっての楽園だ。フランス革命で旧体制が破壊されると、ケットーに閉じこもっていたユダヤ人は一斉に流出し、各界に進出した。政界も例外ではなく、首相になったレオン・ブルム(Léon Blum)や内務大臣のジョルジュ・マンデル(Georges Mandel)、司法大臣に就任したアドルフ・クレミュー(Adolph Crémieux)は日本でも知られている。(マンデル内相の本名は「ルイ・ジョルジュ・ロスチャイルドLouis-Georges Rothschild」というが、フランス・ロスチャイルド家とは違う家系に属しているという。)

Leon Blum 1Adolphe Cremieux 1Raymond Aron 2Marc Bloch 1










(左 : レオン・ブルム  /  アドルフ・クレミュー   /  レイモン・アロン   /  右 : マルク・ブロック )

  ちなみに、日本では「フランス人」として紹介されている知識人でも、素性は「ユダヤ人」という人物は結構多い。例えば、政治学者のレイモン・アロン(Raymond Aron)や歴史家のマルク・ブロック(Marc Bloch)、世界的に有名な社会学者のエミール・デュルケム(Émile Durkheim)もユダヤ人だった。昔、村松剛教授が贔屓にしていた作家で歴史にも詳しいアンドレ・モロワ(André Maurois)もユダヤ人で、本名は「エミール・ソロモン・ウィルヘルム・ヘルツォーク(Émile Salomon Wilhelm Herzog)」というから、直ぐにユダヤ人と判る。最近だと、NHKなどのマスコミが持て囃すエマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)やフランス政府の政治顧問を務めたジャック・アタリ(Jacques Attali)、左翼学者が大好きな哲学者のジャック・デリダ(Jacques Derrida)やシモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil)もユダヤ人だ。

Emile Durkheim 1Andre Maurois 1Jacques Derrida 1Simone Weil 2











(左 : エミール・デュルケム  /  アンドレ・モロワ  / ジャック・デリダ  /  右 : シモーヌ・ヴェイユ)

  話を戻す。政治家や商売人を問わずユダヤ人というのは政財界にコネを持っていて、イギリス人やフランス人にとっても便利な存在だ。時は、1940年5月。ドイツ軍の進撃は破竹の如く凄まじかった。英仏軍はダンケルクまで撤退を余儀なくされ、フランス軍は壊滅寸前。ドイツ人からすれば、パリまでは指呼の間といったところで、あと数週間で占領できる。ブリテンの首相となったウィンストン・チャーチルは、この状況に直面して意気消沈。失敗続きの劣等宰相チャーチルは、自分じゃ何も出来ないけど、フランス軍には何とかして奮闘してもらいたいと思った。そこで、この碌でなしは陸軍大臣のアンソニー・イーデンと相談し、早急かつ秘密裏にフランス側の首脳と接触しようと考えた。しかし、ブリテン側はフランスのポール・レイノー(Paul Raynaud)首相と内務大臣のジョルジュ・マンデルに、どうコンタクトを取ったらいいのか分からない。チャーチルとイーデンは正規の外交ルートを使っては危険と判断したので、別の方法で迂回しようと試みた。

Winston Churchill 1Anthony Eden 1Georges Mandel 2Paul Raynaud 1










(左 : ウィンストン・チャーチル  / アンソニー・イーデン  / ジョルジュ・マンデル  /  右 : ポール・レイノー)

  すると、イーデンが友人であるモリス・ド・ロスチャイルド(Maurice de Rothschild)の事を想い出す。モリスはフランスの上院議員だし、主要な政治家にも顔が利く。早速、イーデンはこのユダヤ人男爵に電話を掛け、会談の意図を説明したそうだ。数日後、ブリテンの指導者達はパリに向かい、お忍びでリッツ・ホテルに入る。モリスは極秘会談のために私的な晩餐会を提供し、自らホストを務めたという。この密談の結果、英仏の首脳はある一人の陸軍大佐をロンドンに送ることにした。フランスがナチ・ドイツに降伏しても、その支配に抵抗すべく、ブリテンに設立された「自由フランス」を率いることが出来る指導者、そして非凡な才能と鋼鉄の意思を持つ軍人、すなわち若き日のシャルル・ド・ゴールであった。案の定、一ヶ月ほどでレイノー内閣は倒れ、背が高く傲慢とも思えるド・ゴール大佐がロンドンに「逃走」し、形だけの「フランス亡命政府」を樹立したのである。


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(左 : シャルル・ド・ゴール  / 中央 : モリス・ド・ロスチャイルド  /  右 : フィリップ・ペタン)

  レイノー政府の後を引き継いだフィリップ・ペタン元帥は、直ちにヒトラーとの休戦を要求し、対独講和を主張するヴィシー政権が誕生した。一方、ペタン元帥とそりが合わなかったモリス・ド・ロスチャイルドは、イングランドに移住しようと考える。だが、ド・ゴールは彼の訪英に反対だ。なぜなら、この将軍は自分がロンドンに亡命した経緯を知るユダヤ人を煙たがっていたからだ。つまり、チャーチル達の策略でロンドン行きを命じられた過去を皆に知られたくなかったのである。ド・ゴール将軍にしたら、「あのモリスが誰にバラすか・・・」と不安で堪らない。たぶん、モリスなら自分がお膳立てした密会を自慢げに吹聴したことだろう。こうなりゃ、ロンドンへの移住を邪魔するしかない。

  そこで、ド・ゴール将軍はモリスを丸め込み、バハマのナッソウに向かわせることにした。こうして脳天気なモリスはバハマに渡り、そこで約一年半、兄のジェイムズが送ってくれる資金を頼りに、優雅な亡命生活を送ったそうだ。ただし、彼はドイツによって「国家の敵」と指定され、フランス国籍はもちろんのこと、地元に残してきた財産を没収され、終身刑まで宣言されたという。彼の親戚も財産没収の被害に遭ったけど、アート・コレクターとしても有名だったモリスには我慢のならない仕打ちであった。彼は美術品だけではなく、父から相続した豪邸、例えばフォーブル・サントノレ通りにあるホテルやセーヌ・エ・マヌルにある城「シャトー・ダルマンヴィリエール」もナチスにより略奪されたのである。(Herbert R. Lottman, The French Rothschilds : The Great Banking Dynasty Through Two Turbulent Centuries, Crown Publisher, New York, 1995, p.231.)

Maurice de Rothschild HoteldePontalbaLionel Rothschild on throne










(左 : フォーブル・サントノレ通りにあるホテル・デ・ポンタブラ  / 右 : ロスチャイルドの風刺画 )

  フランス人は建前上、ナチ・ドイツの占領を恨んでいるが、ナチスの反ユダヤ政策に関しては憤慨しておらず、むしろ歓迎したくらいで、協力する者がいても不思議ではなかった。そもそも、フランス人はユダヤ人が大嫌い。愛国者になればなるほど、ユダヤ人がデカい顔をして快適に暮らしていることに腹が立ってくる。当たり前だけど、フランスはフランス人の国であって、ガリツィアやロシアの如きユダヤ人が群れるゲットーじゃない。この賤民を排斥する点において、フランス人とドイツ人は利害を共有していた。フランス人もユダヤ人を「血統」で分類ており、ヴィシー政権は1940年にできた3月10日法で容赦なくユダヤ人を排除していたという。

Pierre Masse 1(左  /  ピェール・マセ)
  例えば、上院議員のピェール・マセ(Pierre Massé)の懇願は門前払いだった。彼は軍からユダヤ人が追放されるという知らせを聞くと、ペタン元帥に対して抗議文を送りつけたという。その書簡の中で、彼は自分の兄が第36歩兵連隊の中尉であったこと、さらにこの兄が1916年ドゥオモンで戦死したことを述べていた。さらに、娘婿が第14連隊に属する陸軍中尉で、1940年5月にベルギーで戦死したことや、第23連隊の中尉である甥のJ・F・マスも1940年に戦死したこと、息子のジャックも第62大隊に属し、1940年6月に負傷していることなどを告げていた。(Suzan Zuccotti, The Holocaust, the French and the Jews, University of Nebraska Press, Lincoln and London, 1993, p.59.) しかし、ヴィシー政権は情に流されず、ユダヤ人のピエール・マスを逮捕し、ダンシー(Dancy)の収容所へ送ってしまった。ユダヤ人歴史家のスーザン・ズコッティによれば、マスは次にアウシュヴッツの収容所へと移され、恐ろしい「ガス室」で殺されたそうだ。(上掲書 p.60.) 毎回嫌になるけど、何でユダヤ人は科学的検証や反対尋問を経ない「噂話」を「歴史的事実」にしてしまうのか。全民族でバラバラにプロパガンダ(政治宣伝)を行うんだから、ユダヤ人というのは本当に恐ろしい民族である。

  シャルル・ド・ゴール将軍がユダヤ人に対し、実際どのような「本音」を持っていたのか分からないが、彼の「自由フランス」にはユダヤ人が群がっていた。例えば、レオン・ブルムの元アドヴァイザーで左翼エコノミストのジョルジュ・ボリス(Georges Boris)はド・ゴールに近づき、経済問題の補佐官になった。そのほか、彼は週刊誌『ラ・マルセイエーズ』の編集者となり、政治プロパガンダの担当者にもなったそうだ。戦後、首相をはじめ国防相や財務湘を務めたミシェル・ドブレ(Michel Jean-Pierre Debré)もド・ゴールのもとへとせ参じたユダヤ人の一人である。元々彼はヴィシー政権に仕えていたが、ドイツの迫害を受けレジスタンスに転向したという。戦後の国連体制で「人権」思想の毒をばら撒いたルネ・カシン(René Cassin)もド・ゴールの側近となり、法律顧問に納まったユダヤ人である。レオン・ブルム政権で財務湘になったピェール・メンデス・フランス(Pierre Mendès-France)も、これまたユダヤ人。彼はヴィシー政権下で逮捕され、六年の禁固刑を宣告されるが、何とかしてフランスを脱出し、ロンドンのド・ゴールに合流したそうだ。こうした側近に囲まれたことから、ヴィシー政府のフランス人はド・ゴールを「ユダヤ人の従順な召使い」と揶揄したらしい。

Georges Boris 1Michel Debre 1René Cassin 1Pierre Mendes France 1










(左 : ジョルジュ・ボリス  /  ミシェル・ドブレ  /  ルネ・カシン  /  右 : ピェール・マンデル・フランス )

  一旦、ユダヤ人が根を張った国では、ユダヤ人を無視・排斥して政治を行うことはできない。彼らは“本能”的に結束し、敵対する異民族と戦おうとする。ただ、それは剣や銃を交える闘争でなく、銭と筆を用いた謀略戦だ。ブリテンもそうだけど、フランスでは政界の裏側に有力なユダヤ人がウヨウヨいる。林氏がどの程度ユダヤ人について調べたのか分からないが、追及してゆくうちに歴史の「泥沼」に嵌まってしまう可能性が高いから気をつけた方がいい。ユダヤ人に関する資料を眺めると、その膨大さに目が眩んでくる。「汗牛充棟」なる言葉があるけど、歐米の図書館はよく床が抜け落ちないものだ、と感心してしまう。




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