無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

ナチス/ヒトラー

ヒトラーは国際金融業者の敵だった ! / 対独戦の裏側

両替で儲けたユダヤ人

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  日本では毎年毎年、夏になると“反省祭り”が鳴り響く。NHKや民放は特番を組み、日本が如何にして“無謀な戦争”に突入し、アジア諸国を侵掠したか、と大騒ぎ。日本の軍国主義者はアジアの民衆に多大な損害を与え、日本国民にも言葉に出来ぬほどの犠牲を強いたと糾弾する。しかし、祖国の敗戦を喜ぶ左翼は、海軍の米内光政や陸軍の瀬島龍三を一切批判せず、皇室撲滅を狙っていた近衛文麿も素通りだ。一般人は風見章の悪行さえ知らないんだから、NHKの戦争特番は誰のために作っているのか、と質問したくなる。BS-NHKなんかは、『英雄たちの選択』で近衛文麿やリヒャルト・ゾルゲを取り上げても、ソ連を助けたかった共産主義者については沈黙というより、意図的な無視を決め込んでいた。大学の左翼学者も同じ穴のムジナで、アメリカ人を嫌いなくせに、米軍の無差別焼殺や核攻撃を「空襲」とか「原爆投下」と呼んで、その残虐性を薄めようと図っている。

  さらに、国民からゼニを搾り取るNHKは、共犯者のドイツに対しても誹謗中傷の匕首(あいくち)で心臓や背中を突き刺す。物的証拠や科学捜査も無いのに、ナチスによる「ガス室殺人」を宣伝し、反対尋問に基づかない「噂話」や「証言」でさえ、決定的な「証拠」のように取り扱う始末。チフスで亡くなったユダヤ人を焼却すると「ホロコースト(燔祭)」になるらしいが、本当のホロコースト犠牲者は、地獄の炎で包まれたドレスデンのドイツ人であり、焼夷弾で殺された日本人の女子供である。焼夷弾で逃げ道を絶ってから、絨毯爆撃の炎で住民を皆殺しにするなんて鬼畜の殺戮だ。ブリテン軍も同罪で、1944年、モンテ・カッシーノ(Monte Cassino)にある修道院を爆撃したんだから、無辜の聖職者と民間人を殺したことになる。

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(左 :  破壊されたモンテ・カッシーノ修道院  / 右 : 猛烈な空爆を受けたドレスデンの街)

  だいたい、日独の攻撃からソ連を救い、東歐諸国をスターリンに献上したことが、英米の「勝利」なんだから、ノルマンディー上陸作戦や硫黄島の激戦で亡くなったアメリカ兵は成仏できないだろう。(まぁ、大半はキリスト教徒の兵卒なので、イエズスの再臨で復活し、天国に行けるかも知れないが、日本兵の首を切断し、金歯や所持品を盗んだ悪党どもは地獄行きだ。)

  普通の日本人が「第二次世界大戦」と聞けば、直ぐにナチ・ドイツによるユダヤ人の迫害・虐殺といった“お決まりの悲劇”を思い浮かべてしまうが、この歐洲大戦の根底には、国際金融業者の損得勘定が絡んでいる。つまり、ユダヤ人の投資家や銀行家による暴利に気づいたアドルフ・ヒトラーは、彼らの軛(くびき)からドイツ経済を解放したので、恐ろしい“仕置き”を受けることになった。ユダヤ人学者はバベルの塔が埋まるくらい、多くの書物を刊行し、お涙頂戴の迫害悲劇を垂れ流す。だが、そんなのは真相を隠すための煙幕に過ぎない。ユダヤ人の追放や強制収容は、ナチスが掲げる政策の一環に過ぎず、当時のヨーロッパ人なら「いい気味だ!」と言いたくなるほどの快挙であった。日教組の洗脳を受けた日本人は気づいていないが、千年以上も他人の王国や領土にタカリ続ける居候は、ジプシーのような鼻つまみ者である。ユダヤ人は迫害や虐殺を咎める前に、自分達の図々しさを反省すべきだろう。

Thomas Aquinas 001(左  / 聖トマス・アクィナス)
  ナチ・ドイツの経済政策について述べる前に、我々が認識すべき点は、貨幣の本質と実態を知ることだ。現在、日本国民は紙幣や硬貨を当然のように使っているが、この紙切れ(or金属)は、基本的にモノとモノを交換する時の「媒介物」に過ぎない。中世のヨーロッパ人(ローマ・カトリック教会の信徒)は、市中に出回る貨幣を売買の際に用いる潤滑油、あるいは交換を手助けする金属と見なしていた。金や銀のコインという「貨幣」は、元々「人々に奉仕するモノ」であったから、これを用いて「利潤」を得る事は不届きな所業、すなわち罪深い事と考えていたのだ。こうした思想は聖トマス・アクィナス(Thomas Aquinas)の『神学大全(Summa Theologiae)』や、グラティアヌス(Gratianus)が編纂した『法令集(Decretum Gratiani)』を読めば分かる。

  中世キリスト教世界の貨幣観や倫理観は、我々日本人のものとはかなり違っており、経済用語の意味も現在のものとは幾つか異なっている。例えば、「利子(interest)」は「中間にあるもの」、すなわち「差額」を意味し、ここから転じて「蒙った損害の補償」を意味するようになった。要するに、お金を貸した人が金銭を貸したことにより何らかの損害を受ければ、損害賠償(interest)を受け取るのは「正当」というわけ。また、貨幣の「貸借(mutuum)」から生じる利益というのが「「徴利(usura)」で、現在の英語で言えば、「暴利」とか「高利」を指す「usury」となる。

  中世スコラ学の泰斗である聖トマス・アクィナスや、教会法(canon law)を編纂する神学者によれば、高利貸しというのは詐欺師に等しい。なぜ、こういった考え方になるのかと言えば、それは「所有権と使用権が分離しているもの」と「両者が一体化しているもの」があるからだ。例えば、ある人が家屋を誰かに貸した場合、大家さんはその“所有権”を保持したまま他人に家を貸して利益を得る。つまり、借主は“使用権”を得ただけ。しかし、ワインを販売する酒屋の主人は、使用権と所有権を一緒に渡してしまうのだ。まさか、ワインの“使用権”だけを販売し、お客が飲み終わった後に、「“所有権”を返せ !」と強要する商人はいないだろう。ワインを飲んだ客が胃袋から吐き出したって、そんなのは「貸したドリンク」の「返却」にならない。パンを作るために買った小麦だって、使用権と所有権を一緒に購入したわけだから、両者は分離不可能である。

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(左 : ヨーロッパで鋳造された金貨  /  右 : ヨーロッパ各地で流通した銀貨)

  少々ややこしいが、もし、ある人が他人へ使用のために所有が必要なモノを貸せば、その所有権も借手に移ってしまうから、貸手は所有権に基づいて使用料を請求することは出来ない。貸借される貨幣も小麦やワインと同じで、消費されるもの、購入に用いるもの、と見なされる。ゆえに、お金の「貸し借り」で使用料(徴利)を求めることは不当になってしまうのだ。もう一つ面白いのは、「貨幣不妊説(sterility of money / barren metal theory)」と呼ばれる見解である。つまり、金属で作られた貨幣は、生殖といった行為をする生命体とは違うので、「それ自体は増えたり減ったりしない」という考え方だ。アリストテレスに倣った神学者らは、「貨幣は貨幣を生まない」とか、「貨幣は自らの価値以上の価値をもたない」と述べていた。まぁ、冷たい岩石の如き貨幣(硬貨)は、不妊の無生物であるから、生殖や交配を通じて繁殖する植物や動物とは違っていても当然だ。それゆえ、いくら他人へ1ヶ月とか6週間くらい貸したからといって、1枚の金貨が2枚の銀貨を産むわけじゃない。

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(左 : 昔ながらのユダヤ人両替商  /  右 : 1934年当時のイスラエルで営業していた両替商)

  ところが、ヨーロッパに住み着いたユダヤ人は、計算高い商売人で、同胞のユダヤ人には利子を取らずに貸してあげるけど、異教徒(キリスト教徒)のヨーロッパ人は高利で貸し付ける。なぜなら、ヨーロッパ人は牛や豚のような家畜人間で、穢らわしい動物と一緒。しかも、「赤の他人」だから、容赦なく取り立ててもいい。シャイロックの如きユダヤ商人は、「おい ! テメー、判ってるんだろうな ! お前に貸してやった金には、ちゃんと利子が附いているだぞ ! 期限が来たら、きちんと耳を揃えて返せよ !」と迫ったのである。一方、借金をしたヨーロッパ人からすれば、「どうして材料を仕入れるために借りた金属、物々交換の際に用いる潤滑油(貨幣 / コイン)を使ったからといって、余計なゼニを払う必要があるんだ?」と考えてしまうのだ。例えば、金貨を使っているうちに半分に割れたら問題だけど、金貨を囓(かじ)っても、涎(よだれ)が附くくらいで、金の含有量は減らないだろう。

  ユダヤ人というのは未熟な文化しか持たないゲルマン人と違い、アラブ人とかペルシャ人と同じ狡猾な通商民族で、アジア大陸でも古株の種族だ。彼らは昔から計算や商売が得意で、神殿に群がって儲ける「両替商」は評判の良くない連中だった。イェルサレムの神殿には周辺地域から大勢のユダヤ人が訪れ、捧げ物をしたり礼拝をしたりで大賑わい。参拝客のユダヤ教徒は、生け贄にする動物を買うのが普通だった。例えば、お金に余裕のある人だと子羊を購入するが、貧乏人はちょっと安い鳩で済ませる。そして、神殿に入る際には、誡律で決められた入場料というか、天主へ献納する半シェケルを払うことになっていた。(出エジプト記第30章13節) この「シェケル(shekel)」というのは、当時のユダヤ人が用いていた重量単位で、貨幣の名称でもあった。聖書を読んだ人なら解るけど、当時の各硬貨は以下のような価値になっていた。

   1 タレント (talent / kikkar) = 60 ミナ (maneh) = 3,000 シェケル(shekels)

  紀元前のユダヤ教徒は、神殿の前で両替商からシェケル硬貨を購入したが、それは色々な土地からやって来る参拝客が、独自の硬貨を持っていたからだ。異教徒の国で鋳造された硬貨には、皇帝や領主といった支配者の横顔や動物の姿、あるいは地元の神々が刻印されていたので、偶像崇拝を嫌うユダヤ教からすれば“穢らわしいコイン”となっていた。そこで、巡礼者のユダヤ人は両替商に頼み、自分の硬貨とシェケル硬貨を交換してもらっていたのだ。しかし、こうした為替業者に激怒したのがイエズス・キリストで、神殿の境内に踏み込むと、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを引っくり返してしまった。(マタイによる福音書 : 第21章12節  /  マルコによる福音書 : 第11章15-17節 /  ヨハネによる福音書 : 2章13-17節)

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(左 : ローマ帝國の金貨  / 右 : ユダヤ人が使っていた シェケル硬貨)

  救世主も若くて血の気が多かったのか、「神聖な神殿の境内で穢らわしい銭儲けをするとは何事だ!」と怒り狂ったのである。イエズスの言い分によれば、神殿は本来「祈りの場」であるはずなのに、ユダヤ人どもは「強盗の巣」にしてしまった、というのだ。今だと器物損壊罪に問われてしまうけど、過激な救世主は激昂したから、羊や鳩の販売業者や両替商を目にしたとたん、縄で鞭を作り、羊や牛を全て境内から追い出してしまった。それでもイエズスの怒りは治まらず、両替商の金を摑んで撒き散らしたというから凄い。でも、これじゃあ、当時のユダヤ人がイエズスを怨んでも当然だ。

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(左 : ユダヤ人の両替商を神殿から追い出すイエズス・キリストの絵  /  右 : 縄を振るってユダヤ人を駆逐するイエズス)

  ユダヤ人はヨーロッパ人を丸め込むのが上手(うま)い。ローマ軍の攻撃により「民族離散(ディアスポラ)」に遭ったというのはフィンションに近い。そもそも、“可哀想なユダヤ人”というのは、ヨーロッパに居坐るための政治プロパガンダである。実際は、離散の前からユダヤ人の浸透は始まっており、ローマ帝國での生活が快適だったから、そのまま居着いてスペインやドイツ、フランス、イングランドに散らばっただけ。彼らはローマ兵にくっ付いて商売人や書記官になったり、略奪品を購入する古物商を営んでいたのだ。それゆえ、捕虜になった敗戦国の女を売買する奴隷商人とか、色々な国の硬貨を扱う両替商がいても不思議じゃない。ヨーロッパでの「甘い汁」を知ったユダヤ人は、スペインで迫害されてもイェルサレムがあるカナンに帰らず、フランクフルトやロートリンゲン、アムステルダムに逃れ、移住先で金貸しや宝石商になっていたのである。

King William 3 of England(左  / イングランド国王ウィリアム3世 )
  有名なのはエドワード1世により追放されていたユダヤ人が再びイングランドに戻ってきた歴史だ。ピューリタン革命という内戦が起こり、オリヴァー・クロムウェルが国王のチャールズ1世を処刑すると、「ここぞ !」とばかりに強欲なユダヤ人が英国へと舞い戻ってきた。さらに、「名誉革命」という内紛で、スチュアート家のジェイムズ2世がフランスに追放されると、オラニエ家のウィリアム3世がイングランド国王に即位したのだが、この総督・君主にはユダヤ人の金融業者が背後に控えていた。

  例えば、オラニエ・ナッソー家のウィリアムがイングランドへと渡る時、ユダヤ人のフランシスコ・ロペス・スアッソ(Francisco Lopez Suasso)は、この王様を支援すべく、200万ギルダー(gulden)も貸し付けていたのだ。フランシスコはマラーノ系(Marrano / 「豚野郎」という意味)の金融業者、すなわちキリスト教に改宗したユダヤ人で、同胞の間では「アブラハム・イスラエル・スアッソ(Abraham Israel Suasso)」と呼ばれていた。驚く事に、このセファラディー系のユダヤ人は、ネーデルラントで第二代アヴェルナ・ド・グラ男爵(Baron of Avernas de Gras)という貴族であった。彼はモーゼス・メンデス・ダ・コスタ(Moses Mendes da Costa)という銀行家の娘と結婚していたのである。ちなみに、このユダヤ人モーゼスに関する詳しい経歴は不明で、ある説によれば、彼はイングランド銀行の株を保有していたというし、別の説に従えば、イングランド銀行の理事であったらしい。

経済的奴隷状態から抜け出したナチ・ドイツ

Hjalmar Schacht 001
(左  /  ヒャルマー・シャハト)
  ユダヤ人が歐米諸国で金融業界を牛耳っていることは、第一次世界大戦前から有名な話である。敗戦国のドイツはヴェルサイユ体制で雁字搦め。軍事的に弱体化されるし、膨大な賠償金の支払いで精一杯。札束が紙クズよりも安くなるほどのハイパー・インフレだから、一斤のパンを買うために一輪車で紙幣を運んだほどである。こんな超インフレを前にしたら、誰だって匙を投げるに決まっている。でも、ヒャルマー・シャハト博士(Dr. Hjalmar Schacht)は、「レンテンマルクの奇蹟」でドイツ経済の宿痾を治したから、「魔術師」の異名で呼ばれたのも頷けよう。

  では、シャハトは如何にしてドイツ経済を蘇生させたのか? それは、国家の信用を基にした独自の特別「通貨」を利用したことにある。何と、ドイツは国民の労働力を担保にして国債を発行したのだ。もし、ブリテンやアメリカから借金をすれば、必ず利子を附けて元金を返済しなければならない。しかし、ドイツ帝國自身の中央銀行、ライヒスバンクが“お墨附き”を与えて、小切手でも商品券でも発行すれば、それが「通貨」として信用される。これが単なる個人商店の商品券だと怪しまれるが、偉大なる国家の保障を受けた紙幣だから、国民は安心して受け取るのだ。実際、政府は公共事業を行う際、労働手形を用いて道路や橋を建設していた。仕事を請け負う民間事業者が、その労働力に応じて「労働手形」を発行すると、それを自治体が受け取って、この手形が銀行へ渡って、銀行は通貨を自治体に渡し、そのお金を使って自治体は公共事業を行う、という仕組み(循環)だった。

Gottfried Feder 001(左  /  ゴットフリード・フェダー)

  ヒトラーを単なる狂人と見るのは間違い。彼は慧眼の持ち主だった。ヒトラーの凄い点は、利子附の外国通貨や借金、および外国人に支配されたライヒスバンクに頼らず、「自分達の通貨」で経済を廻そうとした点にある。これは、まだ駆け出しの活動家であったヒトラーが、ゴットフリード・フェダー(Gottfried Feder)の講演を聴いたのが切っ掛けであった。後のドイツ総統は『我が闘争』の次のように述べている。

  わたしが初めてゴットフリート・フェーダーの「利子奴隷の打破」についての講演を聞いたとき、わたしはすぐ、ここでは理論的な真理が問題となっており、ドイツ民族の将来に対して計り知れぬ意義のあるものになるに違いない、と思った。国民経済から株式資本を鋭く分離することによって、資本一般に対する戦いと同時に、独立した民族的自己保存の基礎を脅かされることなく、ドイツ経済の国際化に反抗する可能性を示したのだ。わたしは、困難きわまりない闘争がもはや敵対性民族に対してでなく、国際資本に対して攻撃せねばならないことを知らなかったことよりも、ずっとはっきりとドイツの発展が目にうつったのである。フェーダーの講演の中にわたしは、この来たらんとする闘争に対する力強い合いことばを感知したのである。(アドルフ・ヒトラー 『わが闘争』 (上巻) 平野一郎・将積茂・訳、角川書店、昭和48年、p.302.)

  日本では一般的にシャハトの方がよく知られており、フェダーの方は経済学者や歴史家にしか馴染みがない。しかし、ドイツ経済の蘇生を勢いづけたのは、歴史に埋もれたフェダーの理論であった。彼が提案した金融論をかいつまんで言えば、民間の銀行ではなく、国営化された中央銀行を通して貨幣を供給することに経済復興の要諦があった。(Stephen Zarlenga, The Lost Science of Money, New York : American Monetary Institute, 2002, p.590.)  大半の日本人は「何を言ってるんだ?」と意味が摑めないが、英国のイングランド銀行や米国のFRB(連邦準備制度理事会)がどうやって貨幣を発行しているのかを理解すれば納得できるはずだ。

  アメリカ合衆国には国家直営の中央銀行は無い。FRBという民間銀行が通貨を発行しているだけ。ジキル島で作られた連邦準備制度(Federal Reserve System)は、ロスチャイルド家やその手下であるモルガン家に富をもたらす法的な枠組みに過ぎない。各州にある連邦準備銀行を統括する連邦準備理事会(Federal Reserve Board)は、「政府機関」を看板にしているが、実際は通貨マフィアの評議会となっている 。昔、ニューヨークの犯罪組織が話題となったけど、ボナンノー(Bonanno)、ガンビーノ(Gambino)、コロンボ(Colombo)、ジェノヴィーゼ(Genovese)、ルッケーゼ(Lucchese)といった五大ファミリーが麻薬じゃなく、「金融」でカルテルを組んだと思えば、FRBの正体が判りやすい。一般のアメリカ国民は、誰がどんな風にFRBを運営しているのか知らないし、どんな連中が大株主になっているかさえもシラされていないのだ。たとえ、FRBの議長が公に現れたって、そんなのは“表の支配人”に過ぎず、裏に控える“大御所”はマスコミに登場せず、遠く離れた何処かに隠れている。

  連邦準備制度の「いかがわしさ」は、1994年にエドワード・グリフィン(G.Edward Griffin)が、『The Creature from Jekyll Island(邦訳本 : 「マネーを生み出す怪物」)』で暴露した。そもそも、FRBは何も無いところから米ドルを発行し、利子を附けて貸し出しているんだから、独裁者や悪代官よりもタチが悪い。元々、貨幣の鋳造は封建領主や国王の特権で、そこから得られる利益を指していた。英語の「seigniorage」が君主の特権と貨幣鋳造の利益を意味していることを思い出せば理解できるだろう。となれば、FRB議長となったアラン・グリーンスパン(Alan Greenspan)やベン・バーナンキ(Benjamin Shalom Bernanke)、ジャネット・イェレン(Janet L. Yellen)は、アメリカ共和国に君臨するユダヤ人領主だったのかも。

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(左 :  FRSを創ったJ.P.モルガン   / アラン・グリーンスパン / ベン・バーナンキ  / 右 : ジャネット・イェレン)

  これは実に奇妙な仕組みなんだけど、FRBは「国家の銀行」を装って「信用」を生み出し、緑色の紙幣を印刷している。そもそも、国民から選ばれた訳でもない理事どもが、自分達の都合で勝手に通貨の供給量とか利率を決め、景気を左右しているなんて“おかしい”じゃないか ! (ちなみに、グリフィンの翻訳本は好評なんだが既に絶版で、アマゾンに出された古本は1万円以上の値を付けている。この名著は馬渕睦夫がユダヤ人や金融史を論ずる時の「ネタ本」だろう。筆者は、ずいぶん昔に原書と翻訳本を購入していたが、こんなに高騰するとは思わなかった。経済史を専攻する大学教授の“業績”なんかは、ほとんどが“クズ本”で、強制的に買わされた学生が古本屋に売却することが多い。5千円の豪華本でも、買い取り価格は5百円くらいで、通常は100円セールの棚で売れ残っている。)

  金融システムを研究するスティーヴン・ザーレンガー(Stephen Zarlenger)によれば、ヒトラーは「法定不換紙幣(fiat money)」を使って経済不況を解決したという。この「フィアット・マネー」というのは、「金や銀の裏付けは無いが、法貨として定められた紙幣」のことを指す。本質的には今の1ドル札とか100ドル札と同じである。緑の紙切れには有名な大統領の肖像画やピラミッド、鷲、連邦議事堂、白亜館が印刷され、財務長官の署名までも記されているが、純金とは交換されないし、額面とは見合わない印刷コストになっている。もし、100ドル札で10億ドルを用意したとしても、その印刷代が4億ドルとか6億ドルになることはない。 自動車なら半額くらいの生産コストがかかってしまうが、印刷した紙なんて100万ドルもかからないだろう。貨幣はモノやサービスの交換に際して使われる媒介物だから、インフレにならない程度の量が出回り、経済規模に応じて供給されればいいのだ。

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(左 : ハイパー・インフレのせいで大量の紙幣を運ぶ破目になったドイツ人  /  右 : 紙屑同然のマルクで遊ぶドイツ人)

  ユダヤ人による国際金融のカラクリと私有(民間)銀行による借金漬けに気がついたヒトラーは、債務地獄に陥らないよう、外国からの資金を借りずに、独自の「特別マルク」を発行し、物々交換の経済に切り替えてドイツ経済を恢復させようと図った。ドイツ帝國銀行は対外債務を全て現金で支払うことはせず、元本の50%は現金で返済するが、残りは特別なマルクで支払うことにした。つまり、手持ちの金や外貨を減らしたくないから、輸入代金や借金の利子を商品券もどきの貨幣で払うことにしたのだ。特別なマルクというのは、例えば、ドイツでの旅行に使える「ライザマルク(Reisemark)」であったり、ドイツでの投資に用いたり、輸出するドイツ製品を購入するための「レジスター・マルク(Registermark)」、ドイツの人民および大義のために使われる「アスキ・マルク(Askimark)」などであった。(John Weitz, Hitler's Banker : Hjalmar Horace Greeley Schacht, Boston : Little Brown and Comapny, 1997, p.155.) 普通の日本人は大学生でも、こうしたドイツ経済の歴史を知らないし、特殊なドイツ・マルクがあったことすら聞いたことがない。ユダヤ人に対する迫害ばかりを勉強する日本の青年は、洗脳教育に気づかないまま、暢気に卒業するから本当に憐れだ。

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(写真  /  旅行用に発券されたドイツノ政府の小切手)

  西歐諸国の資本家や金融業者は、ドイツの新しい「経済プラン」に憤慨したが、東歐諸国や南米諸国の輸出業者はそれ程でもなかった。何しろ、人口約七千万のドイツは魅力的な市場であったから、ドイツの貿易圏は徐々に拡大し、英米仏のブロック経済圏と肩を並べるくらいにまでに成長した。ルーマニアやハンガリー、アルゼンチン、ブラジルなどの国々は、原材料や食料をドイツへ輸出し、輸入代金として「ドイツの商品券」を貰うことになったが、ドイツの工業製品は魅力的だったから、「買ってもいいかなぁ~」という気分になっていた。こうした物々交換は日本でも可能で、もし我々が楽天市場でアニメのお宝フィギアとか読み終えた漫画本を売って、楽天ポイントを貰えば、そのポイントを使って映画のDVDとかドッグ・フードを購入するだろう。右から左へと資金を流すだけで、巨額の利益を得るユダヤ人に対し、ヒトラーは忌々しく思っていた。ユダヤ人の方も怒りに震えていたから、ドイツ製品をボイコットしたり、プロパガンダ映画を作って反撃していたのである。

  ヒトラーの経済政策に加えて、シャハトの借金減額作戦も功を奏した。シャハトは対外債務に苦しむ祖国を救うべく、アメリカやブリテン、フランスなどと交渉し、借金の軽減に努めていた。借金の利子を減額してくれないとドイツ経済は破綻し、元金すら返済できなくなるぞ、と脅したんだから凄い。膨大な金額の借用書が紙切れになってしまうかも、と思えば、債権者の方も考え直すしかない。結果的に、シャハトの開き直りは成功だった。実際、ドイツの国富は目減りする一方だった。債務返済と失業に苦しむドイツからは、見る見るうちに「ゴールド」が減っていったから、金本位制の通貨発行なんて無理。ドイツ帝國銀行が保有していた金の量は、1930年の頃、約30億マルクくらいあったのに、1932年には9億9,100万マルクに減少し、1939年にはたった7,800万マルクしか残っていなかったのだ。(Franz Leopold Neumann, Behemoth : the Structure and Practice of National Socialism 1933-1944, Chicago : Ivan R. Dee, 2009, p.333.)

  ヒトラーが称讃したゴットフリート・フェダーの貨幣論は、嘗てのアメリカで流行った「グリーンバック(Greenback)」運動とソックリ。エイブラハム・リンカン大統領は南北戦争を乗り切るために「グリーンバック(緑色の政府紙幣)」を発行したんだけど、これは「アメリカ合衆国銀行」とか「北米銀行」といった民間銀行が創り出す貨幣とは大違い。怖い金融業者に利子を払わず、みんなで紙幣をグルグル使い回せるから気分爽快だ。フェダーもドイツ政府が支配する中央銀行による不換紙幣の方がいい、という見解だった。しかし、輪転機(紙幣を印刷する機械)で儲けていた銀行家は腸(はらわた)が煮えくり返っていた。せっかく、元植民地を金融で牛耳っていたのに、あの髭面野郎が独自の紙幣を刷って利益を駄目(ふい)にしてしまったのだ。在野の歴史家の中には、暗殺者のジョン・ウィルクス・ブース(John Wilkes Booth)は単なる舞台俳優じゃなく、ロスチャイルドの手下に雇われた傭兵なんじゃないか、と疑う者がいるくらい。(例えば、Xaviant Hazeの『The Suppressed History of American Banking』第8と9章を参照。) 

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(左  : エイブラハム・リンカン  /  中央 : ジョン・ウィルクス・ブース /  右 : 裏側が緑のインクで印刷された1ドル紙幣 )

     普通のアメリカ人や日本人は、どうしてもナチスの残虐性や侵略行為などに注意が向いてしまうが、経済・金融面から眺めてみれは、違った光景が見えてくる。そもそも、第一次世界大戦で負けた後、ドイツは経済面でも戦勝国に蹂躙されていたから、ヒトラーやナチ党の幹部が復讐心に燃えても当然だ。例えば、ドイツの中央銀行である帝國銀行は、まるで民事再生を受けた企業のように扱われ、理事会の半分が外国人で占められていた。さらに、理事会が人事権を握っていたから、貪欲な外人どもが恣意的に総裁とか役員を決めていたのである。ドイツ国民にとって承服しがたいことは無数にあって、何と、ヴェルサイユ条約で課せられた賠償金には、戦争で被害を受けた財産への賠償のみならず、当初は条約に無かったブリテンやフランスの「戦費」まで含まれていたのだ。これじゃあ、堪忍袋の緒だって切れてしまうだろう。こんな仕打ちを受けたから、ナチスの綱領に「ヴェルサイユ条約の破棄」が明記されていても不思議じゃない。

  直感に優れたヒトラーと国民主義のフェダーにより、ドイツ第三帝國は独自の通貨を発行し、「自給自足経済(autarky)」を拡大した。一方、ブリテンやアメリカのエスタブリッシュメント、とりわけ金貸しで儲ける国際金融資本家は大激怒。ドイツ人をこき使って金銭を搾り取ろうとしたのに、あのチョビ髭伍長が勝手な経済政策をやらかして、懐に入ってくるはずの利益が飛んでしまったのだ。世界を股に掛ける投資家や銀行家にとって、庶民を主体とする国民経済やナショナリズムは言語道断、邪魔な障碍物でしかない。英米で“しこたま儲ける”ロスチャイルド家にとったら、国家社会主義を掲げるドイツの総統は抹殺すべき対象となる。

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(左 : ヒトラーとムッソリーニ  /  右 : 仮装パーティーで憧れの「ヒトラー」に扮した近衛文麿)

  ということで、ロスチャイルド家やシオニストの一派は、飼い犬にしていたウィンストン・チャーチルを首相に押し上げると共に、アホな日本人を嗾(けしか)けて世界大戦の導火線に火を付けた。極東の島国では丁度、共産主義にかぶれた近衛文麿が破滅への道を準備し、ローズヴェルト大統領が「最初の一撃」を待ち構えていたから、日米開戦の勃発は秒読み状態。英米の国際金融業者は、日本の共産主義者を利用すれば、愚鈍なアメリカ国民でも「戦争賛成」になる、と考えたはず。スターリンと仲良しのチャーチルは、日本軍が真珠湾を奇襲したとの知らせを受けた時、「これでアメリカの参戦は決まりだな !」と安心し、その晩は熟睡できたそうである。マーバラ侯爵のバカ息子を「英雄」と見なしているイギリス人は間抜けだが、未だに山本五十六を擁護している日本人はもっと愚かで、呆れるほど救いようがない。

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(左 : スターリンとローズヴェルト  /  右 : チャーチルとスターリン)

  日本の歴史教科書は、ヒトラーの反ユダヤ主義や人種差別、東歐への膨張政策、覇権を求めた世界征服、独裁による全体主義、占領地での侵掠行為ばかりを強調するが、西歐諸国で隠然たる権力を行使するユダヤ人についての記述はほとんど無い。ヒトラーの反ユダヤ政策が英米のユダヤ人を奮い立たせた事は確かだが、それよりも大富豪の金銭的な損失とかナショナリズムの勃興といった問題の方が深刻で、ソ連を造ったユダヤ人にとっては赦しがたい謀叛であった。第二次世界大戦というのは、ある意味、「民衆政治vs全体主義の戦い」じゃなく、ユダヤ人と組んだアングロ・サクソン人とユダヤ人を排除したいゲルマン人の死闘である。もし、我々が先の大戦を「共産主義を拡散するユダヤ勢力(英米)とユダヤ人支配に刃向かうナショナリズム国家(独伊)との闘い」と見れば何となく筋が通る。(ドイツに占領されたフランス人は不機嫌だったが、ユダヤ人を追放するヴィシー政権には満足だった。) そうでなければ、どうして英米がソ連と組んで枢軸国と戦争をしたのか解らない。

Christian Rakovsky 1(左  / クリスチャン・ラコフスキー )

  ヒトラーに関する評価や伝記はたくさんあるが、ルーマニア国籍を持つブルガリア人社会主義者で、のちにソ連の外政官となったクリスチャン・ラコフスキー(Christyan Rakovsky / 本名 : Krastyo Georgiev Stanchev)のコメントは興味深い。彼はドイツの貨幣制度について、1938年1月にこう述べていた。


  この教養無き凡人、ヒトラーは天賦の直感力を持ち、専門知識を持つシャハトの反対にもかかわらず、極めて危険な経済システムを創り出した。必要性のみに駆られ、あらゆる経済理論に無知であったが、彼は国際資本家や高名な個人金融業者を出し抜いてしまった。ヒトラーはほとんど金(ゴールド)を保有していなかったから、それを通貨の基礎にすることはできなかった。彼がお金を創るために利用できた唯一の担保は、ドイツ国民が持つ技術的な才能と、素晴らしい勤勉性であった。技術と労働が彼のゴールド(金)になっている。・・・諸君も知っているように、ヒトラーは奇術のように六百万以上の熟練労働者のために失業を一掃してしまったのだ。(Richard Tedor, Hitler's Revolution : Ideology, Social Programs, Foreign Affairs, Chicago, 2013, p.47.)

  歐米や日本におけるヒトラーの評価は非常に厳しく、冷酷な独裁者とか全体主義者のレイシスト、民族抹殺を図った狂人など、罵詈雑言の嵐である。しかし、当時のドイツ人労働者にとっては恩人で、経済不況と失業から庶民を救ってくれた救世主。ドイツから追い出されたユダヤ人は恨み骨髄だったけど、ゲルマン系のドイツ人からの評判は良かった。しかも、失った領土を恢復し、忌々しいユダヤ人を追い払ってくれたから万々歳。ただし、戦争末期になるとドイツ兵の命を粗末に扱ったから、ヒトラーの愛国心やナショナリズムは自分中心の主義主張であった。それでも、ヒトラーの功績は無視できず、移民の波に怯えるドイツ人や他の西歐人にとっては、理想の政治家となっている。日本人はヒトラーの名前を聞くだけで耳を塞ぎ、歴史の真相から目を逸らしてしまうが、せっかく言論や学問の自由があるんだから、ユダヤ人を懼れないでナチスの歴史を勉強すべきなんじゃないか。
  
  


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ナチスを育てた米国の資本家 / 隠された西歐史

ヒトラーに資金を流した黒幕

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(左 : ドイツ兵を前にするヒトラー   /  右 : ウォール街の大物 J.P.モルガン)

  西歐世界における歴史教育は非常に厄介だ。なるほど、歐米諸国では優秀な大学教授や有名な研究者が、膨大な資料に基づき様々な歴史書を出版してきたし、現在も続々と新刊本が出ている。かつてのソ連圏や支那、朝鮮で出版される歴史書なら、「こんなのは政治プロパガンダの一種だろう」と笑われてゴミ箱行になるところだが、名門大学の権威者が世に出した“学術書”となれば話は別だ。一般人は準聖書の如く扱い、謙虚な心を以て恭しくその青史を繙く。まさか、歴史の真実を隠蔽するための偽典とは思わない。なぜなら、多少、解釈や判断の違いがあっても、あからさまな捏造は無いからだ。しかし、高名な学者であっても、何らかの“不都合な事実”を葬るため、意図的に言及を避けたり、陰謀論として却下するから一般国民には注意が必要だ。

  従来の学校歴史観だと、英米はソ連を同盟国にして、極悪のドイツ、イタリア、日本を成敗したことになっている。さらに、英米の勝利は「ファシズムに対するデモクラシーの勝利」となっているから片腹痛い。なぜなら、どうして極悪の共産主義国、すなわち全体主義のソ連が同盟国となっているのに、リベラル・デモクラシーの勝利と宣言できるのか? しかも、アメリカは大虐殺を厭わない毛沢東を支援して、支那大陸の赤化を推進した張本人。朝鮮戦争だって、ディーン・アチソンやジョージ・マーシャルの不可解な言動を調べれば、米ソの「出来レース」だと判る。東アジアは米国から遠く離れた化外の地。冷たい“緊張状態”が続くことは、エスタブリッシュメントにとって必ずしも損な状態ではない。ノルマンディー上陸作戦だって甚だ怪しく、ポーランドを含めた東歐諸国をソ連に貢ぐための策略じゃないのか、と思えてくる。もし、本当に歐洲を救いたければ、フランスの海岸じゃなくバルカン半島から上陸し、北上しながら反撃すればいいじゃないか。英米の一般人は、ポーランドがヒトラーの手から解放され、スターリンの懐に入ったから嬉しいのか?

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(左 : 「ルマンディー上陸作戦」に参加したアメリカ兵   /  右 :  第二次大戦で勝利したロシア兵)

  もちろん、一般のアメリカ国民や連合軍の将兵は、米国と歐洲を救うべく、多大な犠牲を払ったと思っている。しかし、大戦が勃発する原因や経緯、戦後の経済体制や国際秩序を冷静に見つめてみれば、何となく割の合わない結果であることに気づく。普通のアメリカ人やイギリス人は絶対に口にしないけど、「どうも、腑に落ちない。日独に勝ったとはいうものの、俺達の生活は良くならないどころか、以前よりも悪くなっている。第一、ナチズムを一掃したら、今度は故郷に有色人種が増えちまった。アーリア人を殺して、アフリカ人が隣人なんて真っ平御免だぞ。これなら、ドイツと一緒に組んでユダヤ人を中東に叩き出しておけばよかった。あれだけ多くの血を流したのに、その結果がこの程度なんて・・・」と嘆いてしまう。そもそも、大戦前にブリテン帝國の崩壊と英国病を予想したイギリス人は、いったい何人いたんだ? また、南洋戦線で日本兵を撃ち殺した白人兵は、本国での人種平等、つまり黒人との混淆やユダヤ人との共生を望んでいたのか?

  第二次世界大戦の隠された目的は、独立を高めるドイツ帝國への懲罰処分にあった。我々はナチ・ドイツがヨーロッパ諸国を侵掠し、ユダヤ人を迫害したから、正義と秩序を守る英米が蹶起(けっき)した、と習っている。しかし、こんなのは子供騙しの御伽噺だ。大戦の理由は幾つかあるけど、そのうちの一つは、歐米世界を牛耳る闇組織の誤算にあった。ロスチャイルド家の指令を受けたウォーバーグ銀行が、レーニンのボルシェビキに資金を流したことはよく知られている。日本人は「ロシア革命」と思っているが、実質的には「ユダヤ人によるクーデタ」と呼んだ方がいいだろう。嘘だと思う日本人は、ボルシェビキの幹部を一人一人じっくりと眺めてみれはいい。

  ポグロムを以てユダヤ人を度々迫害してきたロマノフ朝ロシアは、ユダヤ人にとったら不倶戴天の敵であるから、一家皆殺しは当然の結果である。しかし、革命の目的はそれだけではない。ロシアの富を収奪しようとする連中にとって、買収の効かないロシア皇帝は邪魔者でしかなかった。もし、外国人勢力がロシアの天然資源を根こそぎ奪い、民衆を低賃金労働者にして搾取すれば、必ずやロマノフ王朝は介入してくる。おそらく、外国企業は国外追追放になってしまうだろう。でも、子飼いのレーニンが支配者になれば、共産党が唯一の窓口になるから、党の幹部に甘い汁を吸わせておけば、後は国際企業のやりたい放題。巨大な資金を有するオルガルヒのような悪党、つまりロシア人の“フリ”をしたユダヤ人が、ロシアの至る所で跋扈し、ロシアの石油や稀少金属を掘り出して巨万の富を得るだろう。もちろん、ボルシェビキの一般党員は「赤色革命」の輸出に夢中だ。しかし、裏から資金を流していた連中は違う野望を抱いていた。そして、世界政府の樹立を目論む大富豪は、レーニン亡き後の指導者にレフ・トロツキーを充てようと考えていたのだ。

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(左 : ウラジミール・レーニン  / 中央 : レフ・トロツキー  / 右 : ヨシフ・スターリン )

  ところが、グルジア人のヨシフ・スターリンが、国際金融業者の計画に大きなズレをもたらした。スターリンは巧妙な策略を用いてトロツキーを欺き、レーニンの葬儀に参列できないよう仕組んでしまう。意識朦朧のレーニンから「後継者の指名を受けた」スターリンは、独裁者として赤いロシアに君臨する。しかも、冷徹な目で現状を捕らえる大元帥は、トロツキーの永続革命論を斥け、一国社会主義で自分の土台を固めようと考えた。これはトロツキーを「操り人形」にしようと考えていた資金提供者にとっては番狂わせのパプニングだ。彼らはスターリンを甘く見ていたのかも知れない。知識人型のレーニンと違って、暴君型のスターリンは金持ちどものペットになる気は更々無かった。レーニンは資本家の足元にひれ伏したが、スターリンは彼らの尻(ケツ)を舐めるのが大嫌い。ユダヤ人のパトロンに頭を下げるくらいなら、自前で金を稼ぐ方がいいと考えた。実際、スターリンは金に困って強盗になったし、売春婦を搾取する女衒にもなっていた。やはり、革命家は暴力団の闘士でなきゃ。

  ボーダレス・エコノミーを夢見る資本家達は、「絶大な権力を手に入れたスターリンを何とか制禦しなければ !」と思い、このグルジア人を懲らしめる政敵を創ろうと考えた。そこで目に附けたのが、当時、まだ駆け出しの政治家であったアドルフ・ヒトラー。なんと、ロンドンやウォール街を牙城とする大物ビジネスマンは、現地の企業を通してヒトラーに活動資金を渡していたのだ。この経緯については、アンソニー・サットン教授が詳しく述べている。フーバー研究所に属していたサットン教授は、ウォール街とボルシェビキの関係を明らかにしたことで有名だ。彼の三部作を読めば、どんな人物がヒトラーのパトロンになっていたかが判る。

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(左 : アンソニー・サットン  /  中央 : エミール・ラーテナウ /  右 : ヴァルター・ラーテナウ )

  ヒトラーの台頭を助けた企業として挙げられるのは、米国の有名企業である「ジェネラル・エレクトリック社(General Electric)」である。この会社はベルリンにある「ドイツ・ジェネラル・エレクトリック社(Allgemeine Electricitäts Gesellschaft / A.E.G.)」と提携し、国家社会主義者のヒトラーを支援するスポンサーになっていた。「A.E.G.」というのは、エミール・ラーテナウ(Emil Rathenau)がトマス・エジソンの特許を取得して設立した、「ドイツ・エジソン電器会社(Deutsche Edison Gesellschaft für angewandte Electricität)」が前身となっている。そして、エミールの息子というのが、ワイマール共和国で外相を務めたヴァルター・ラーテナウ(Walter Rathenau)ときている。彼は1922年に暗殺されてしまうが、元々は父親の跡を継いでA.E.G.の経営を担っていた人物だ。

  ドイツでA.E.G.をパートーナーにしていたのが、アメリカの「ジェネラル・エレクトリック(GE)」で、GEの経営陣には、日本でも有名なオーエン・ヤング(Owen D. Young)とジェラルド・スウォープ(Gerard Swope)がいた。第一次大戦後、ベルサイユ体制で痛めつけられたドイツは、不況とハイパー・インフレーションに見舞われ、賠償金の返済にも困っていた。これを憂慮したアメリカは、ドーズ案とかヤング案を用いてドイツの経済復興を助けようとした。当時のカルヴィン・クーリッジ大統領は、特別委員会を設置し、元銀行家で副大統領になったチャールズ・ドーズ(Charles Dowes)を委員長にしてドイツへ派遣する。オーエン・ヤングが議長となった委員会では、「ヤング案」という計画が作成され、これが新たな賠償方式となった。このヤング委員長はGEの会長で、復興支援を模索する傍ら、ドイツの電器産業を束ねる計画、すなわちカルテルを結成しようと目論んでいたのだ。彼は他の企業の経営にも携わっており、「Radio Corporation of America」の会長や「OSRAM」と「A.E.G.」の経営者、ニューヨークのFRB副議長も務めていた。(註 / 「オスラム : OSRAM」というのは、電球などの照明器具を製造するドイツ企業で、ここの日本法人は神奈川県にある。)

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(左 : オーエン・ヤング  / 中央 : ジェラルド・スウォープ / 右 : チャールズ・ドーズ  )

  ジェラルド・スウォープはGEの社長で、「A.E.G.」や「OSRAM」の経営にも携わっていた。彼も様々な役職を兼ねており、RCA(ヤングが創設したラジオ局や電気機器、レコード会社を手掛ける多国籍企業)、NBC(三大ネットワークの一つ)、ニューヨークの「National City Bank」の経営陣にもなっていたが、ヤングと同じくモルガン商会の代理人であった。J.P.モルガンの手下は他にもいて、GEの経営陣に属するクラーク・ヘインズ・マイナー(Clark Haynes Minor)は、「International General Electric(I.G.E.)」の社長であった。ヴィクター・カッター(Victor M. Cutter)もGEの経営陣に加わっており、彼はボストンの「First National Bank」を任されていた。

  ドイツの経済界でカルテルを形成しようと図るGEは、大手企業のA.E.G.を傘下に納めようと画策した。1929年8月、1,400万マルク相当の株がGEの手に渡り、両者の人的関係や技術提携は濃密になった。1930年1月になると、A.E.G.の重役会議にはGEの三人衆、すなわちクラーク・マイナーとジェラルド・スウォープ、E. アーサー・ボールドウィン(E. Arthur Baldwin)が送り込まれた。(註 : ボールドウィンは「International General Electric Company」の副社長を務めていた。) GEの野望は壮大で、このアメリカ企業はドイツの大手企業である「シーメンス&ハルスケ(Siemens & Halske)社」にも食指を伸ばし、電器業界の独占を目指していたのである。しかし、GEの目論見は達成されず、シーメンス& ハルスケ社は独立を保つことができた。(このS&H社はシーメンス社の一部門で、かのシーメンス社は電気・通信技術をはじめ、発電機やロータリー・エンジンなどの開発も手掛ける大手企業。大正3年に発覚した「シーメンス事件」は有名で、帝國海軍の高官が贈賄を受けたとのスキャンダルが騒がれ、山本権兵衛内閣は総辞職に追い込まれた。)

  ウォール街からやって来た投資家や企業家は、貪欲にもドイツ企業の支配に励んでいた。GE社の「International General Electric(I.G.E.)」は、「A.E.G.」株の約30%を取得し、「Gesellschaft für Electrische Unternemungen」社の株だと全体の約25%、「Ludwig Lowe & Co.」も餌食となって、全体の約25%を占められていた。(「G.E.U」は投資会社から始まった電力供給会社で、鉄道事業も手掛けていたドイツ企業。「Ludwig Lowe」の方は、機械製造の会社で、武器弾薬の生産も行っていた。) IGEはOSRAMにも影響力を持ち、A.E.Gの経営陣を通して操っていたという。

  シーメンス社が間接的にヒトラーへ献金を行った事はあっても、直接的に渡したという証拠は無いらしい。でも、「A.E.G」や「OSRAM」からの資金提供は明らかで、「国家信託機構(Nationale Treuhand)」を介して資金を流していたそうだ。(Anthony C. Sutton, Wall Street and the Rise of Hitler, Seal Beach, California : '76 Press, 1976, p.53.) 米国のビジネス業界と連動するドイツ企業もヒトラーに資金提供をしており、染料や肥料、窒素の生産で有名な「I.G. ファーベン(Interessengemeinschaft Farbenindustrie)」も直接的に献金を行っていた。A.E.G.から数名の役員がI.G. Farbenに出向しており、A.G.Eの会長を務めるヘルマン・ブュヒャー(Hermann Bücher)とユリウス・フレッチハイム(Julius Flechtheim)、そしてヴァルター・フォン・ラス(Walter von Rath)の三名は、I.G. Farbenの重役でもあった。

  A.E.G.のウァルター・ファーレンホルスト(Walter Fahrenhorst)は、「フェニックス社(Pheonix A.G.)」や「ティッセン社(Thyssen A.G.)」、「デマグ社(Demag A.G.)」の重役を兼ねており、この三社はともにヒトラーへの献金を行っていたという。(上掲書、p.57) また、潜水艦や戦車に使われるバッテリーを製造していた「Accumulatoren Fabrik 社」もA.E.G.の重役二名、アウグスト・フェファー(August Pfeffer)とギュンター・クァント(Günther Quandt)を迎えており、2万5千ライヒス・マルクの献金をヒトラーに渡していた。ちなみに、クァントは「Accumulatoren Fabrik 社」が発行する株の75%を個人的に持っていたそうだ。A.E.G.のポール・マムロス(Paul Mamroth)とハインリッヒ・ファールス(Heinrich Pferls)は「OSRAM」の重役で、同社はヒトラーに4万ライヒス・マルクの献金を行っていた。

  鉄鋼業から始まり兵器産業へと進出した「クルップ社(Krupp)」も「I.G.E」と繋がっていた。GEは子会社の「Carbolony Company」を使ってクルップ社とカルテルを組み、「炭化タングステン(tungsten carbide)」の値段を吊り上げた。1920年代、この素材は1ポンド当たり50ドルしかしなかったのに、Carboloyが特許を用いて独占を図ると、1ポンド当たり453ドルまで高騰したという。これにより、両社は大儲け。I.G.E.と提携したクルップは、60万ライヒス・マルクの資金をヒトラーに提供していた。

  学校の教科書を疑わない日本人は、ナチスとヒトラーの話を聞けば、直ぐにホローストや侵略戦争を頭に浮かべてしまうが、「誰が伍長上がりの活動家に銭を渡したのか」を考えることはない。政治家になるには理念や情熱だけでは不充分で、必ず活動資金が必要となる。ユダヤ人の害悪を訴える退役伍長は、大企業の御曹司でもなければ、貴族の道楽息子でもない。露骨に言えば、大勢の乾分(こぶん)を抱えたルンペン親分だ。潰しの利かない武闘派の手下に飯を与えるだけでも精一杯。だから、アメリカやブリテンからやって来た怪しいビジネスマンでもOKとなる。「シドニー・ウォーバーグ(Sidney Warburg)」というペンネームで出版された『Financial Origins of National Socialism』によれば、ウォーバーグ自身が1929年から1933年にかけて、5回ほどヒトラーと会談し、このドイツ人が資金を欲していると分かったので、約2500万ドルを送金したという。

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(左 : ポール・ウォーバーグ  / ジェイムズ・ポール・ウォーバーグ  / マックス・M・ウォーバーグ  / 右 : エリック・H・M・ウォーバーグ )

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  もちろん、この「シドニー・ウォーバーグ」というのは実在の人物ではない。しかし、巷ではこの本がポール・ウォーバーグ(Paul Warburg)の息子であるジェイムズ・ポール・ウォーバーグ(James Paul Warburg)によって書かれたんじゃないか、という噂が流れた。なぜなら、第一次大戦で有名になったドイツ軍のエーリッヒ・ルーデンドルフ(Erich Friedrich Wilhelm Ludendorff)将軍の再婚相手で、未亡人となったマチルデ(Mathilde Friedrike Karoline Ludendorff)夫人が、ニュルンベルク裁判でジェイムズ・P・ウォーバーグがウォール街とナチスの橋渡しになっていた、と証言したからだ。しかし、マックス・M・ウォーバーグ(Max Moritz Warburg)の息子であるエリック・H・M・ウォーバーグ(Eric Hermann Max Warburg)は大激怒。マチルデ夫人の言説を「でっち上げただ!」と言い放った。この「シドニー・ウォーバーグの虚説」に対して憤慨したエリックは、これを掲載した各新聞社に抗議し、正式に取り消してもらったそうだ。(ロン・チャーナウ 『ウォーバーグ : ユダヤ財閥の興亡』 下巻、青木榮一 訳、日本経済新聞社、1998年、 pp.298-299.) 

  ちなみに、チャーナウの翻訳本は全訳ではなく、大切な「註」も省略しているので、本の価値が半減している。せっかくの労作なのに、肝心の註を省いたから台無しだ。まぁ、数頁にわたる脚注を附けると値段が高くなるから割愛したんだろうが、翻訳者の青木氏と日経新聞社はアホな事をしたものだ。

  話を戻す。「シドニー・ウォーバーグ」の本は元々、ネーデルラントのアムステルダムにある「Van Holkema & Warendorf」という老舗の出版社から刊行された書籍である。ところが、この小冊子は極めて少数しか販売されなかったので、今では稀覯本となっている。ただし、ここに隠れた価値を見出した人がいたので、スイスでドイツ語版が出版されたという。さらに、ドイツ語版を基にして英訳本が出版され、 1980年代に入って「Research Publications」が復刊した、という次第である。現在は、「Omnia Veritas社」が出版しているので、日本人でもアマゾンで購入できる。原書の『De geldbronnen van het nationaal socialisme : drie gesprekken Hitler』(Amsterdam : Van Holkema & Warendorff, 1933)が誰によって書かれたのかが不明だから、安心して信用できる資料とはならないが、もしかすると、内情に詳しい誰かがこっそりと暴露したのかも知れない。全くの素人が出鱈目を書いたとは思えないから、たとえウォーバーグ家が否定しても、幾つかの箇所は事実なのかも知れないぞ。日本の歴史学者は、こうした点に目を附けて詳しく調べるべきなのに、ユダヤ人の書いた学術書ばかりを有り難がるんだから本当に情けない。

  我々は学校で社会科の授業を受け、テレビや雑誌でも第二次世界大戦について聞いている。しかし、その歴史観、あるいは説明の枠組みを誰が作ったのか、に関しては興味が無い。生前、外務省の外政官でサウジ・アラビアやタイに赴任した岡崎久彦大使が語っていたけど、敗戦国では戦時プロパガンダが暴露され、様々な嘘が明らかにされているが、戦勝国では戦時プロパガンダがそのまま残ってしまうらしい。不正確な情報が否定ささず、修正もされないまま温存され、やがてそれが「定説」となってしまうのだ。ナチ・ドイツに関する「歴史」もその危険性があり、ナチス側の反論は悉く斥けられ、英米の学者やユダヤ人の一方的な解釈と論説で「正統な歴史書」が綴られている。

  そもそも、事後法に基づくニュルンベルク裁判自体が違法だし、検事と判事が“グル”なんて論外だ。勝者側の裁判官はドイツ側の弁護士が証拠の提出を求めても却下するし、英米側が持ち出してくる「証拠」だって、どんな「味付け」がなされているのか分からない。公式な報告書だって巧妙な捏造かも知れないし、調査官が米国側の工作員という可能性もあるのだ。日本人はユダヤ人の証言を鵜呑みにするが、科学的捜査に基づく物的証拠も無いのに、それを「真実」と思うのは間違っている。だいたい、「宣誓証言」でもない「噂話」や「感想」を「事実」と宣伝するのは異常だ。もし、米国と英国の政府がドイツと日本を裁くなら、英米の極秘ファイルも公開すべきだろう。しかし、いくら日本の弁護士が機密資料の公開を求めても米国は応じまい。つまり、英米は「疚しい過去」や「不都合な真実」を隠したまま、日独を裁いたということになる。たぶん、アメリカの弁護士や裁判官は、心の底でこうした魔女裁判を「リンチ法廷」と見なしているはずだ。でも、自分の社会的地位を守りたいから、誰もが口をつぐんで知らぬ顔。悧巧な者は無口だ。

Deborah Lipstadt 001David Irving 222







(左 : デボラ・リプシュタット  / 右 : デイヴッイド・アーヴィング  )

  歐米の知識人に勇気のある人は少ない。A.J.P.テイラーやパトリック・ブキャナンのように、従来の「歴史観」に刃向かったら、ユダヤ人勢力の総攻撃を食らって自滅となる。日本でもそうだけど、有名になる知識人というのは、民衆から尊敬されたいと望み、出来ることなら優雅な生活を送りたいと欲する高級種族。しかも、綺麗事を語るのが大好きな偽善者。日本学術会議にたむろってい連中をみれば判るじゃないか。リムジン・リベラルの先生達は、真実を喋って貧乏暮らしなんて真っ平御免である。英国のデイヴッイド・アーヴィング(David Irving)は、普通の大学教授が怠けて調べないドイツの一次資料を丹念に調べ、驚きの事実を数々公表したが、歐米ではネオ・ナチとか異端の歴史家扱い。ユダヤ人学者のデボラ・リプシュタット(Debora Lipstadt)から目の敵にされたアーヴィングは、「ホロコースト否定論者」との因縁をつけられ、訴訟沙汰に巻き込まれて多額の罰金を科せられた。こうした迫害を受けたアーヴィングは、憐れなことに破産状態へと陥った。こんな惨劇を見れば、普通の知識人はビビってしまうだろう。だから、ちょっと賢い歐米人は、どんなにユダヤ人が事実をねじ曲げ、勝手な歴史観をバラ撒こうが、絶対に反論しようとは思わない。日本人は自由な言論空間にいると思っているが、それは鉄壁の枠組みが透明で目に見えないからだ。しかし、勇気を持って主流の枠組みから逸脱し、「陰謀論」と馬鹿にされる世界に立ってみれば、別の景色が見えてくるかも知れないぞ。
  
  

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