無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

ナチス/ヒトラー

ヒトラーを崇拝した英国貴婦人 / ユニティー・ミットフォードの理想



失敗だった英国の戦争

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(左: ユニティ・ミットフォード  /  右: アドルフ・ヒトラー)

  一般的に日本人は戦争音痴だ。戦争とは銃撃戦だけではなく、謀略が渦巻く心理戦をも含んでいる。そして、戦争には目的があって、いくら戦闘で勝っても、当初の目的を達成できなければ意味が無い。第二次世界大戦を見ていると、最大の勝者はスターリンのソ連で、最も悲惨なのは敗者のドイツ人と日本人である。アメリカは半々で、ブリテンはどちらかと言えば、負け組だ。「なにぃぃぃ?!」とクールポコの小野ちゃんみたいに目を剝いて驚くのは学校秀才だけ。教科書の記述は一応正しいけど、真相を語っているとは限らない。ブリテン政府はドイツがポーランドに手をつけたことで戦争を始めたが、結局ポーランドはスターリンの手に落ちてしまった。ヒトラーが悪くて、スターリンなら良いなんておかしいじゃないか。それに、どうしてイギリス人の兵卒がポーランド人の為に死ななければならないのか? 誰だって怪訝に思うだろう。普通のイギリス人はイングランドの為に闘うが、世界各国を防衛するために死ぬのは御免である。

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(左: ローズヴェルト  / 中央: スターリン /  右: チャーチル)

  第二次大戦で勝者となった英国だが、戦争が終わると経済はガタガタになっており、しかも優秀な人材が大量死。生き延びた将兵も負傷したり、精神がズタズタになって役立たずになってしまった。宣伝番組としか言いようのないドキュメンタリー映画は、格好が良くて「健康な英雄」に多くの時間を割くが、戦場で呻(うめ)き声を上げる負傷兵のシーンはほんのちょっぴり。実際の戦場では、爆弾の破裂で片足や指が数本吹っ飛んだり、破片が目玉に刺さって失明なんて珍しくない。また、大やけどで顔がケロイド状態なった兵卒なんて、本当に惨めである。これだから、前線に駆り出された労働者階級が戦果に不満を持っても当然だ。彼らはチャーチルの口車に乗ってドイツを倒したが、ふと気がつけば大英帝国も消え去っていたのである。必死で戦ったイギリス人からすれば冗談じゃない。奇妙なことに、ブリテン王国を勝利に導いたチャーチル首相は、栄光に包まれた「国家の英雄」と称されていたが、選挙区のイギリス国民からは不評で、再選に臨むとあえなく落選。チャーチルの没落は自業自得だからしょうがないけど、その“とばっちり”が一般国民に降りかかっていたのである。何と、自慢の植民地を失ったら、旧植民地から続々と有色人種がやって来たのだ。白人が主人公の島なのに、アフリカの黒人やアジアからの褐色人種が上陸し、まるでイギリス人のように街に住み始めたのである。これじぁ、イギリス人だって「蘇れ ! ヒトラー !」と叫びたくなるじゃないか。

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(左: アドルフ・ヒトラー  /  右: 三巨頭会談)

  だいたい、ドイツでアーリア人とか北方種族が主人になってもイギリス人は一向に困らない。イギリス人自身が白人至上主義者で、「オレたちが世界で一番優秀」と信じていたのだ。インドや支那で君臨していたイギリス人は、たとえ謙虚になっても「私たちは有色人種と対等なのかなぁ」とは思わない。大英帝国の臣民なら、「オレたちは生まれながらの支配民族」と考えるのが当時の常識で、今でもイギリス人は密かにそう思っている。ところが、ドイツ人を悪魔にして打倒したイギリス人は、ナチズムに関係するもの総てを廃棄したことでしっぺ返しを食っている。イングランドでアングロ・サクソン至上主義が「駄目」となったら、イギリス人はどこで自分たちの「ホーム」を見つけたらいいのか。ケニアやギニアの黒人が、アフリカ大陸で黒人至上主義を唱えても誰も彼らを譴責しないのに、同じ事をイギリス人が唱えれば袋叩きに遭ってしまう。モンゴルでは世界征服を達成したチンギス・ハンが未だに民族の英雄なのに、アメリカ人や日本人はモンゴル人を厳しく非難しないのだ。ジョージ・W・ブッシュ元大統領は、ヒトラーとナチ・ドイツを罵倒したのに、チベット人の虐殺者たる胡錦濤と笑顔で握手した。ユダヤ人の大量虐殺は悪だが、チベット人の民族的抹殺はOKなんておかしい。

  確かにヒトラーは領土拡張を欲したが、ドイツ軍によるイングランド征服を目指した訳ではない。しかし、ソ連への侵攻なら考えていた。というよりやる気満々だ。戦場で戦う破目になるイギリス人の兵卒なら、「そりゃ結構だ。さっさとロシア人どもを片付けてくれ。オレたちは共産主義なんか大嫌いだ。君主政撲滅なんてとんでもない。ドイツ兵はロシア兵と戦って共倒れしてくれ。ポーランドなんて関係ねぇ。オレたちには女房子供がいるんだ。国王陛下万歳 !」と考えるはずだ。ヒトラーが英国との同盟を望んでいたことは明らかで、それなら英国政府はドイツ政府にソ連への攻撃を唆(そそのか)すべきだった。建前上、協力者になれないのであれば、裏からこっそりと支援すればいいじゃないか。ついでに、日本も南進論を取らず、北進を決定して、日独でソ連を挟み撃ちにすれば良かった。まぁ、そんなことをすれば近衛文麿や尾崎秀実以下、ソ連シンパの統制派軍人や革新官僚が困ってしまうけどね。

変人貴族のご令嬢

  つい長くなったが、大戦前、イングランドとドイツの同盟を夢見たイギリス人女性がいた。その名はユニティ・ヴァルキューリ・ミットフォード(Unity Valkyrie Mitford)である。彼女は1914年8月8日、第二代リーズデイル男爵(2nd Baron Redesdale)ことデイヴッド・ベルトラム・フリーマン・ミトフォード(David Bertram Freeman Mitford)の娘として生まれた。母親はトマス・ギブソン・ボウルズの娘シドニー(Sydney)である。リーズデイル卿は子沢山で、息子一人と娘六人をもうけていた。長女がナンシー、次女がパメラ、三番目が息子のトマスで、四番目がダイアナとなる。ダイアナの妹が五番目のユニティで、六番目がジェシカ、末っ子の七番目がデボラであった。ユニティに「ヴァルキューリ」という名が附けられたのは、祖父のアルジャノン(Algernon)がリヒャルト・ワーグナーの信奉者かつ支援者であったからだ。リーズデイル卿は幾つもの所領を持っており、グロチェスターシャーのバッツフォードには宏大な領地があって、そこに建てられたチューダー朝の城に住んでいた。

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(左: 幼い頃のユニティ  / 中央: 成人した頃のユニティ /  右: ミットフォード家の集合写真)

  普通の日本人だと英国貴族の生活に憧れてしまうが、現実はそれほど甘くはなく、貴族の家庭に生まれたからといって、その子供たちが幸せな日々を過ごせるとは限らない。六番目の娘ジェシカの回想によると、教育はスパルタ式で、白い漆喰の壁に囲まれた部屋はとても寒く、部屋には暖房が無い。冬になると洗面器の水が凍るほどだったという。住む家に温かみが無かったのはしょうがないが、家族にも温かさが無かったのは哀しいことである。唯一の息子であるトマスは嫡男として大切にされたのだが、娘たちの教育はおざなりで、養鶏場の費用ほどにはお金を掛けてもらえなかったそうである。娘たちの誰一人として長期間の学校生活を送った者はいなかったという。ただし、ユニティだけが例外的に寄宿学校へ通わせてもらえたそうだ。しかし、お転婆娘というか気性の荒いユニティは直ぐ学校を辞めてしまい、彼女を受け容れてくれる学校はどこにもなかったらしい。家庭教師にもヘビを使った悪戯(いたずら)で困らせたそうだ。

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(写真  /  ミットフォード家の子供たちと両親 / 左下の女の子がユニティ )

  娘たちが変わっていたのは、両親が変人だったからであろう。リーズデイル卿夫人のシドニーは厳格なうえに冷たい感じの女性で、近寄りがたい人物と周囲から見られていた。彼女の話はいつも辛辣で、気性の激しい毒舌家であったというから、お世辞にも愛嬌のある奥方と評することはできない。他方、夫のリーズデイル卿は相当な癇癪持ちで、彼は度重なる激しさで義歯を噛み砕いてしまうほどであったという。こうした性格の上に外人嫌いときているから、とても人に好かれるような人物ではない。彼はアウトサイダーの全てを軽蔑していた。ドイツ人は「フン族」と呼ばれ、フランス人は蛙を食べるからだろうか「カエル」、田舎者としか思えないアメリカ人、長年の敵であるカトリック信徒、そして黒人やユダヤ人などはもう論外。唯一の例外はアメリカ人作家のジャック・ロンドン(Jack Griffith London)だ。リーズデイル卿はロンドンの『白い牙』を愛読書にしていたそうで、この本以外は読んだことがないと自慢していたらしい。作家のロンドンは日本でも馴染み深く、彼は日露戦争を取材するために来日したこともある。米国へやって来る黄色人種に反対していたが、日露戦争に勝った日本人の事は尊敬していたそうだ。でも、彼は無神論者にして社会主義者だった。変人のリーズデイル卿がファンになったのも分かるような気がする。

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(左: ジャック・ロンドン  / リーズデイル卿デイヴッド・ミットフォード / シドニー・ミット・フォード夫人 / 右: 息子のトマス・ミットフォード )

  こんなリーズデイル卿夫妻は趣味も変わっていて、彼らはカナダのオンタリオ州に土地を購入していて、そこで金鉱探しをしていたそうだ。そして、1914年の冬、身籠もっていたシドニー夫人は金鉱採掘者たちの居住地、「スワスチカ(Swastika)」でユニティを出産したという。後にナチ・ドイツに夢中になる娘が、こんな名称(ハーケンクロイツ / 鉤十字)の土地で生まれたんだから、何とも運命的な誕生である。ちなみに、ナチスの鉤十字は右向きのスワスチカで、昔のインドだと神様や太陽を表していたようだ。一方、太陽を国旗のデザインにしている日本のお寺や染め物、家紋に用いられる「まんじ」には、左卍が多いよね。一般人は気にしていないけど、子供に尋ねられた教師や親は、どう答えているんだろか? でも、即座に「ナチスのまんじとは逆なんだよ。でねぇ、永遠の勝利とか女神、魔術を表しているんだよ」と説明できる人は、相当なオタク族に見えてしまう。

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(左: ユニティと両親  /  右: ミットフォード家の子供たち)

  イギリス人にはエキセントリック(eccentric)な人物が多い。しかし、リーズデイル卿の奇行はイギリス人でも眉を顰めるだろう。例えば、彼は「チャイルド・ハント(子供狩り)」に興じたことがあるそうだ。それは、猟犬を引き連れたリーズデイル卿が、娘たちの残した足跡を辿って追い詰めるという遊びであった。村の住民たちは驚いたそうだが、子供たちは結構この「遊び」を楽しんでいたそうだ。今なら幼児虐待で児童福祉局が出動する騒ぎとなるだろう。父親が変人なら母親も変人だった。シドニー夫人は何の予防であれ、娘たちに決して予防接種を受けさせなかったという。また、ユダヤ人は癌に罹らないと頑なに信じていたようで、豚肉を用いないユダヤ式の食事を導入したそうだ。ユダヤ教徒の「コーシャ」なんて美味しくもないのに。支那人ならどんな金持ちだって豚肉を断つことはない。やはり、支那料理では豚肉が一番いい食材なんじゃないか。でも、豚の鼻を食べる支那人や豚の足まで食べる朝鮮人は厭だなぁ。豚足は考えようによっては気持ち悪い。散々ウンコを踏みつけた足にかぶりつくなんて。もし、毎日ウンコを掬っていたお茶碗に御飯を盛ったら、日本人はどう思うのか。「洗ったから気にしないでね !」と言われても、気にしちゃうよねぇ。

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(左: 幼い時の ダイアナとデボラ /  右: 幼い時のユニティとジェシカ)

  こんな家庭で育ったユニティは、12歳で既に大柄だったという。姉のナンシーから「不格好(Boud)」という綽名をつけられたユニティは、大人になると近衛兵並に身長が伸び、180cmくらいの背丈があったそうだ。ユニティは大きな碧い目を持ち、相手をじっと見据える目つきで、手足が長い。ナチ党員から見れば、理想的な金髪碧眼の美女という姿であったが、妹のジェシカによれば、毛むくじゃらのヴァイキングであったらしい。それでも、十五歳になったユニティがパーティーに出れば人目を引いたし、姉のダイアナが結婚式を挙げたセント・マーガレット教会でも目立っていたという。

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(左: ナンシー・ミットフォード  / パメラ / ジェシカ / 右: デボラ )

  姉のダイアナはたぶん、姉妹の中で一番の美貌を誇っていたのかも知れない。同じ姉妹でもばらつきがあって、ダイアナとユニティ、デボラは美人タイプで、ナンシーは少し凡庸、ジェシカはやや劣るといった感じ。面白いことに、ダイアナとユニティはナチズムに夢中になったが、ジェシカはコミュニズムに傾倒し、極左グループと付き合うようになり、スペイン内戦が勃発すると、スペインに渡ってしまったというから、相当な入れ込みようである。もし、ジェシカがユニティを凌ぐほどの美人であったら、共産主義者になっていたかどうか疑わしいところだ。あんな暗い教義に惹かれる女性というのは、どこか精神に歪みが生じている異常者、あるいは僻(ひが)みっぽい性格のブス、物事を否定的に見てしまう根暗人間に多い。共産主義者になる人は、自分の努力で社会を豊かにしようとはせず、他人の財産を奪って気前よく分配することに「正義」を見出す。彼らは自分で稼ごうとはせず、他人の財布に嫉妬を覚えるんだから、精神的に賤しいと言えるんじゃないか。

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(左: ダイアナ・ミットフォード  /  右: ダイアナの子供たちと一緒のユニティ)

  つまらなそうな人生を送るユニティに一大転機が訪れたのは、ダイアナの不倫が切っ掛けであった。美貌を誇るダイアナは、娘たちの間で人気の高いブライアン・ギネス(Bryan Guinnes)と結婚できたのだ。言うまでもなく、ブライアンはビールやウィスキーの製造で有名なギネス家の御曹司で、莫大な遺産を相続した青年である。1932年の夏、ユニティは姉夫婦が主催する仮面舞踏会に出席し、そこには億万長者のオズワルド・モズレー卿(Sir Oswald Mosley)が参加していた。彼は保守主義と自由主義を代表する議員として政界に登場するが、やがてプレイボーイの社会主義者となり、労働党政権に入閣するや、大臣にまで上り詰めた。しかし、モズレーは自分が提出した経済政策が却下されると、労働党に背を向け、自らの政党を設立するまでになったという。ドイツのナチ党を模範にして結成された政党は「新党(New Party)」と呼ばれたが、総選挙で惨敗するや、この「新党」は解散の憂き目に遭ったそうだ。しかし、これでモズリー卿の政治生命が終わった訳ではない。ユリウス・カエサルとムッソリーニを理想とするモズリー卿は、英国でファシズムによる政治を目指したという。

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(左: オズワルド・モズレー  / 右: モズレー率いる黒シャツ隊 )

  件(くだん)の仮装パーティーに現れたモズレー卿は、全身をファシストの黒で固めていたので格好良かった。妖艶な雰囲気を醸し出すファシストには危険な香りがある。特に、堅実な家庭生活を営む、貞淑そうなな奥方は身を引き締めなければならない。どんな女性にも「魔が差す」という瞬間がある。夫と二人の子供を持つダイアナであったが、モズリー卿との間に芽生えた禁断の愛に落ちてしまった。当時のモズリー卿は知的なうえにハンサムであったというから、ダイアナが惹かれたのも無理はない。1933年、ユニティは姉の不倫相手に紹介され、モズレー卿が行った「ハイル・ザ・ファシスト !」という挨拶に感動したらしい。このファシスト貴族に魅了されたユニティは、1932年に出来たばかりの「ブリテン・ファシスト連合(British Union of Fascists)」に感銘を受け、躊躇いも無く入会したそうだ。黒シャツ隊の「ハイル・モズレー」はドイツ式の敬礼を真似ただけで、これといった独創性は無い。その方針だって完全にナチ政権を模倣したもので、モズレーに対する絶対服従が党の綱領になっていたそうだ。

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(左: デボラ・ミットフォーの結婚式  / 右: デボラ )

  黒シャツ隊に夢中になったユニティだが、彼女には全体主義とか国家社会主義の理論など、どうでもよかった。そんなものより、連隊旗とか髑髏マークの旗を靡かせた軍隊式行進や、威勢の良い音楽の方がお気に入りで、退屈な日常をドラマチックな世界に変える「運動」に興味を示したのである。そして、ユニティにとっては体に合わせて仕立てた党の制服、つまり今風に言えばコスプレ姿で闊歩することが嬉しかった。しかし、彼女は女の勘がはたらいていたのか、モズレーはヒトラーに匹敵するほどの人物にはならない、と気づいていた。そこで、彼女はファシズムの本場、ドイツに向かうことにしたのである。ミットフォード姉妹の人生は様々である。ダイアナは亭主を捨ててモズレーに寄り添い、やがてモズレー夫人となる。ユニティーはミュンヘンに渡ってヒトラーの追っかけとなり、ジェシカは共産主義に心酔して作家となるのだ。そして、末っ子のデボラは、デヴォンシャイアー公爵夫人(Duchess of Devonshire)となった。

次回につづく。




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アーリア人の血が流れる大河 / ナチスの知られざる社会革命 (2)

ユダヤ人は寄生虫

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  歴史の授業は政治プロパガンダのように胡散臭い。数学や物理の授業では、いくら左翼教師といえども、嘘の公理や曖昧な計算を教えないだろう。しかし、歴史になると捏造、偏向、隠蔽がてんこ盛りとなる。ナチスに関する授業では、使う教科書は全てメイド・バイ・ジュー(ユダヤ製)みたい。数学では問題を解くのに、様々な角度から考えて解を見出すのに、歴史だとユダヤ人が決めた既成の解釈しか許されないのだ。ドイツ史を学ぶのにユダヤ人の視点から見るのは、どう考えてもおかしいじゃないか。日本人だって他人事じゃない。例えば、日本人が国史を勉強する時、朝鮮人の視点で書かれた教科書を使ったらどんなことになるか分かるだろう。日韓併合は侵略行為になり、伊藤博文暗殺は快挙とされ、、朝鮮総督府は帝国主義の象徴となるに違いない。こうした推測は、赤い教科書執筆者がマルクスやエンゲルスをどう説明しているのかを読めば一目瞭然。ユダヤ人がヒトラーを説明すれば、ドイツ帝國の総統は悪魔の権化となる。執念深いユダヤ人の手にかかれば、歴史学は宗教となり、ナチスを多角的に解釈しようとする者は正統論への叛逆者と見なされてしまう。哀れな異端者は、恐ろしい顔をしたユダヤ人が居並ぶ異端審問所で裁かれ、「レイシスト」か「ネオ・ナチ」の焼き鏝(ごて)をジューと押されて公開処刑。権力を握ったシャイロックは、切り裂きジャックより兇暴だ。

  ヨーロッパの歴史上、ユダヤ人は幾たびも迫害され、その都度たくさんのユダヤ人が殺されてきた。しかし、ユダヤ人が殊更ヒトラーを憎むのは、彼がユダヤ人の一番痛い所を突いたからだ。気取った学者ではないヒトラーは、遠慮無しに「ユダヤ人は、つねに一定の人種的特性をそなえた民族だったのであり、決して宗教だったのではない」と喝破した。(アドルフ・ヒトラー 『わが闘争』 上巻 平野一郎・将積茂 訳 角川文庫 昭和48年 p.436) ヒトラーの表現は上品とは言えないが、率直な意見であることは疑いない。ヒトラーは放浪のユダヤ人をバッサリ斬り捨てる。ヒトラー曰く、

  かれらは典型的な寄生虫であり続ける。つまり悪性バチルスと同じように、好ましい母体が引き寄せられさえすればますますひろがってゆく寄生動物なのである。そしてかれの生存の影響もまた寄生動物のそれと似ている。かれらが現れるところでは、遅かれ早かれ母胎民族は死滅するのだ。(上掲書 p.434)

こう言われれば、ユダヤ人も反論したくなるだろう。しかし、彼らが他人の領地に居坐って、異教徒の国家であっても構わずに、独自の共同体を形成したのは確かだ。自分たちの信仰を維持できるなら、ゲットーの中で暮らすことも厭わなかった。ナチス批判者でさえ、こうした事実は否定できない。

  ぬるま湯のワイマール時代が突然終焉を迎えて、ナチ党が政権を握ったことでユダヤ人の運命が一変してしまった。ナチスの政策を知って全ユダヤ人が驚愕。いかに立派な肩書きを持つ者でも、人種の観点からユダヤ人と判断されれば、ゲットーに住むみすぼらしいユダヤ人と変わりがない。たとえ、先祖伝来のユダヤ教を捨てて、キリスト教に改宗した者であっても、ユダヤ人と規定されてしまうのだ。しかも、父親がゲルマン人でも、母親がユダヤ人なら、その混血児はユダヤ人になってしまう。ヨーロッパ紳士に変身したつもりのユダヤ人にとってピンチ ! ナチ党が練り上げた人種論の前では、大富豪のユダヤ人と貧乏なユダヤ人が平等になってしまうだ。そして、ユダヤ人との烙印を押された者は、国外追放に遭ったり、強制収容所に送られた。ドイツ国民と自負していたユダヤ人の中には、外国に移住するくらいなら、ドイツで嫌がらせを受けた方がマシだという者もいたそうだ。マダガスカル島に追放されるなんて想像しただけでも震えがくる。それくらいユダヤ人にとって、ドイツは素晴らしい国家だった。だから、ユダヤ人の恨みは地獄より深い。

  ナチスによるユダヤ人迫害で特徴的なのは、そのユダヤ人論に遺伝子学や優生学といった科学が加わったことにある。従来の反ユダヤ主義だと、たいてい神学者や聖職者によるユダヤ批判が主流であった。彼らは、ユダヤ人が「主キリストを認めない異教徒であるからけしからん」とか、「あいつらは金貸しで民衆から利子を取る不届者」といった内容がほとんど。中には、ユダヤ人をキリスト教徒にして同化させようと努力するローマ教皇までいたのだ。例えば、第16世紀の教皇グレゴリウス13世は、ユダヤ人をキリスト教徒に改宗させるため、毎週土曜日に説教集会を開催したという。土曜日といったら、ユダヤ人に取って安息日であるから、料理だってしちゃいけないのに、教会で異教の説教を聞く破目なるなんて、もう目が眩むほどの驚天動地である。しかし、そんなことローマ教皇にとっては、どうでもよい事。12歳以上のユダヤ人住民に対して、その3分1が常に出席するよう命令が下された。そこには警官達がユダヤ人の子供達に鞭を振るって、教会に押し込める光景があった。教皇にとったら、シナゴーグでラビの説教を耳にするよりも、神父の有り難いお話を拝聴する方が遙かに価値ある。教会の入り口には番人が立っており、指定の人数がちゃんと出席しているかを確認したそうで、説教中に居眠りをする奴がいたら鞭でひっぱたかれたという。ところが、こうしたキリスト教徒の努力も空しく、まったく効を奏さなかったらしい。週に1度の集会が、段々と年に5回となり、レオ12世の頃一時復活したようだが、次第に消滅し、ピオ9世が就任した時に廃止されたそうだ。(David Philipson, Old European Jewries, The Jewish Publication Society of America, Philadelphia, 1894, pp.144-145)

Herbert Spencer 1(左/ハーバート・スペンサー)
  中世の頃だとユダヤ人をキリスト教徒にする事がユダヤ人対策のように考えられたが、フランス革命以降、信仰はどうであれユダヤ人を対等な市民にしようとする思想が流布し始めた。民族にとらわれない普遍主義が啓蒙思想の結果だから、異質な文化で育ったユダヤ人でも、その恩恵を受けることが出来たのである。しかし、解放気分を満喫していたユダヤ人に暗雲が立ちこめてきた。冷徹な科学が勃興してきたのである。当時のヨーロッパは帝国主義時代にあった。列強間で弱肉強食は当り前。チャールズ・ダーウィンが進化論を唱えたら、その影響が政治学に及んでしまった。日本でもハーバード・スペンサーの社会ダーウィン主義(Social Darwinism)が流行し、西欧列強の底力を垣間見た知識人は相当な衝撃を受けた。イギリス人の桁外れな国力を目の当たりにすると、政治家はもちろんのこと文学者の夏目漱石でさえ戦慄を覚え、日本の将来を悲観したくらいだ。弱い国は強い国に倒され、征服され、隷属の憂き目に遭ってしまう時代に、どの国も富国強兵策を取るのは当然の選択であった。一等国になるには科学技術を発展させ、重化学工業を中心とした経済を推進しなければならない。しかし、いくら資本があっても国民が腑抜けじゃ独立は守れないだろう。だから、まず国民が健全で優秀でなきゃ。日本人は昔から、人は石垣とか人は城と思ってきた。ならば、その建築素材を良質にしなければ、城が崩れてしまうじゃないか。そこで、健全な国民を育成し、強靱な国家を建設するために、政治学と衛生学が融合したのである。

優生学の勃興

  現在だと「民族衛生学(Rassenhygiene)」とか「優生学(Eugenics)」という学問は響きが悪い。こんな言葉を聞けば、世間はすぐ「アーリア人至上主義」とか「劣等民族撲滅政策」を連想し、拒絶反応を起こしてしまう。しかし、第19世紀末から第20世紀前半にかけて、優生学は強大な国家や健全な社会を構築する上で重要な学問であった。産業革命が従来の社会を工業化したから、社会が豊かになったし、医療も進んだことから人口が増えた。工業化は悲惨な労働環境を産み出したが、昔の「間引き」のように、負担となる子供を殺す必要はなくなったから、一概に悪いとは言えないだろう。女工哀史を聞いて泣いてる小娘は、雇用が増えたことを忘れているのだ。しかし、光あれば影がある。田舎が都会になると、どうしても犯罪者が増えたり、様々な社会問題が発生してしまう。それに、医療が発達したといっても、病人を完全に治せるわけでもないし、身体障碍者や精神異常者を治癒するには、まだ医学が未熟であった。それでも、国家を維持・発展させるためには、こうした厄介な問題を避けるわけには行かなかったのである。

  福祉国家は西歐と日本に現れた特殊な現象であった。日本人は社会福祉を当然のように思っているが、世界的に見れば、支配層が一般人の医療や生活水準を考慮するなんて滅多にない、ごく稀なことである。その証拠を求めるなら、アフリカやインド、支那を見てみればいい。アフリカは半永久的な貧困社会で、人がどんな風に生きて死んでも支配者は気にしないのだ。黒人には同胞愛がない。アフリカで人道活動をしているのは西歐の白人である。カースト制の残滓が濃厚なインドでは、未だに階級差別が著しい。下層民なんか路上で野垂れ死にしたって構わないし、膨大な人口を擁するインド政府にとって、各インド国民の福祉などいくら予算があっても足りないのが現実。便所だって無い家庭が多く、屋外で大便をする庶民など珍しくもない。支那に至っては最悪で、エイズ患者で溢れている村があるくらいだ。治療も受けられず、薬さえ手に入らない支那人はニセ薬を飲んで我慢する。腹が減って野菜を食べたら農薬で中毒死。医療を受けられず、苦しいから自殺しようと農薬を飲んだら、助かってしまう。農薬が偽物で害がなかったらしい。支那では病院が黴菌の貯蔵庫だし、医者が臓器密売業者だから、基本的に近づくのは危険である。そもそも、他人を殺して喰う支那人が、家族でもない者の生活を気にするわけないじゃないか。「国民の生活が第一」と謳う日本政府は例外中の例外だ。また、困ったらお役所に頼る日本人は、本当に幸せな国民である。支那人や朝鮮人は端っから役人に頼らない。縋(すが)るのは一族だけ。だから、悪事をするときも一族郎党でグルになる。

  福祉国家が成立するには、みんなが同じ容姿をした仲良し民族で、その生活水準もほぼ同じ事が前提となる。こうした国家では、各国民の命が重要視されることはもちろん、国民がどんな生活を送るのか、という質まで考えてもらえるのだ。ある国民が病気になれば、彼の治療費を一部みんなで負担する健康保険制度は、第三世界でなくても高嶺の花。アメリカ人でも当分ムリ。福祉国家だと、身体障害者を抱える家庭があれば、政府が支援金を出して、その家庭が惨めな生活をしないよう取り計らう。日本人は当然と思っているが、こんな至れり尽くせりの国家など世界で数える程しかないのだ。したがって、民衆が福祉を重視する先進国では、どうしても官僚指導の社会になりやすい。そこで、専門知識を持った技術集団が、社会を維持・管理するという発想になる。優生学もこうした分野の一環で、合理的管理の具体化に他ならなかった。(シーラ・フェイト・ウェイス「ドイツにおける『民族衛生学』運動」 / マーク・B・アダムズ 編集 『比較「優生学」史』 佐藤雅彦 訳 現代書館 1998 p.29) 無知な民衆に政治を任せておくと、馬鹿な政治家しか選ばないから、長期的視野に立って政策を講じる官僚が偉くなる。政治の素人は問題が起きてから騒ぐのが普通で、予測できる社会問題を未然に防ぐことに頭が回らない。知識人が社会主義に惹かれるのは、知性に秀でた者が社会を管理すべきだと主張できるからだ。社会主義者は専門家の自尊心をくすぐることに長けている。頭の良い奴が社会制度を設計し、人々の生活を改善できることを正当化するイデオロギーは、アカデミックな世界に住むインテリには魅力的だった。これが社会工学、すなわちソーシャル・エンジニアリング(social engeneerinh)というものだ。

  国民の健康や生活環境を配慮するのが「公衆衛生学」なら、民族の健全性や種族の保存を目的とするのが「民族/人種衛生学」である。民衆の生活水準を上げるためには、医学や化学といった自然科学の進歩が欠かせない。昔は、結核に罹れば助からなかった。正岡子規が吐血して苦しんだことは、TVドラマ『坂の上の雲』でも描かれていたから、ご存知のかたも多いはず。今でもそうだが以前は、伝染病は恐ろしい現象で、コレラやチフスが発生したら一大事。現在では防疫対策や細菌学が発達したから、パニック状態は起こりづらいが、科学が未発達な時代には、伝染病は深刻な問題だった。そこで、当時の医学者や細菌学者は、人々の栄養不足状態や劣悪な生活環境に注目したという。こうなれば、医療は社会問題まで考慮することになる。例えば、炭鉱労働者に肺を患う者が頻発すれば、労働環境に問題があるとされ、職場の状況を改善せねばならなかった。また、貧民地区で伝染病が発症すれば、住宅環境を改善し、清潔さを保つ街づくりが推奨されたのだ。こうした公衆衛生学が民族・人種に適応されれば、国民の肉体や遺伝を維持・管理しようとする発想になる。

  ドイツの「民族衛生学」ないし「優生学」の運動を牽引したのは、ほぼ全員が正規の訓練を積んだ内科医であった。伝染病を防ごうとする医者が細菌を調べるように、遺伝病を調べる専門家は「優生学」を学んだのだ。専門知識を身につけた医師は、国民と国家の健康を管理する守護者という自負を持っていた。(上掲書 p.33) こうした医師の出現には理由がある。第20世紀前半には未曾有の大惨事をもたらした第一次世界大戦があったことを忘れてはならない。欧州各国の政治家や軍人は、予想を上回る戦死者や負傷者が出たことに顔を曇らせた。何と言っても、王室や国家が消滅するという事態まで起こったのだから、青天の霹靂どころじゃない。注目すべきは、優秀な人材が数多く失われたことだ。勇敢な将兵は率先して突撃していったし、「高貴な義務」に燃えた貴族も、戦場でバタバタと斃れてしまった。イギリス人の将校が、パブリック・スクールの卒業アルバムを見て涙を流したという逸話は有名である。そこで、人種学を専攻する者はふと気づいた。優秀な人物が戦地で亡くなる一方、卑怯な平民や臆病な兵卒、障害を持つ片輪といった役立たずは生き延びている。国家に貢献する人物が減少しているのに、国家に負担となる劣等者は増えているのだ。社会進化論だと、熾烈な競争により強者が生き残り、弱者が淘汰されるはずであった。しかし、現実には、国家にとって必要な有能な人材が消滅し、無駄飯喰らいが増殖するという「逆淘汰」が起こっている。この現象は帝国主義時代には不吉な兆候と見なされたのだ。

Alfred_Ploetz(左/アルフレート・プレッツ)
  人にはそれぞれ天職(Vocation /Beruf)がある。聖職者は人道主義を説いて弱者を助け、優生学者は人種を語って強者を増やそうとする。前者は天上に宝を積むことを説くが、後者は地上で力をつけるよう励ます。政治家は来世よりも現世を見つめるから、優生学者に耳を傾けねばならない。ドイツの衛生学で著名な学者に、アルフレート・プレッツ(Alfred Ploetz)という人物がいた。彼は、もともとブレスラウ大学で経済学を専攻していたが、在学中に社会主義思想に傾倒し、次第に汎ゲルマン主義に目覚めたという。チューリッヒで医学に転向したプレッツは、弱者救済のために、国家を支える国民が犠牲となっていることに疑問を感じたらしい。確固たる民族主義を奉じていたプレーツは、フランスの代表的人種論者ゴビノー伯爵(Joseph Arthur Comte de Gobineau)に共感を抱いていた。有名なアレクシー・ド・トクヴィルに仕えていたゴビノー伯爵は、アーリア人こそ世界で最も優秀な種族と主張していたが、その素晴らしい特質は異民族との混血により損なわれている、と警告したそうだ。こうした指摘に賛同していたプレーツは、異民族と共存する祖国を見つめ、ドイツ民族の質的退化(Entartung)を懸念していたという。

  当時のヨーロッパ人なら誰でも、西歐文明を築いた白人の優秀性を信じていたから、アルフレート・プレッツがドイツ民族の優越性を確信していても不思議ではない。彼の民族衛生学はアーリア人の人種的純粋性を維持するために応用され始めたのだ。ワイマール時代の優生学には、急進的な反ユダヤ主義が内包されていなかった。主な関心事といったら、社会的に価値の低い「劣等者(Minderwertingen)」は、財政的に国家の負担になっている事と、劣等者に浸食されるという生物的脅威から国民を守る事であった。ワイマール期のドイツ知識人にしたら、祖国の地政学的状況は深刻である。何しろヴェルサイユ体制でドイツの軍隊は縮小されたし、ハイパー・インフレで経済はガタガタ。その上、西欧列強と野蛮なロシアに包囲されているのだ。ついでに言えば、第一次大戦での敗北は人種問題を孕んでいる。学校の歴史教師は余り言及しないが、フランスによって占領されたラインラント地方には、黒人との混血児がいて、ドイツ人にとって恥辱であった。フランス軍はモロッコ兵から成る北アフリカ人部隊を持っていたので、占領軍に黒人兵が混ざっていたのだ。この黒人兵がドイツの白人女性を強姦したから、黒い混血児が生まれてしまった。我々だってこうした凌辱を知れば、ヒトラーがフランスを激しく憎む気持ちを理解できよう。誇り高きドイツ人にとって、有色人種との混血は唾棄すべきものであった。不思議なことだが、プレッツにはユダヤ人に対する嫌悪感はなく、むしろユダヤ民族擁護論まで述べていたという。彼にはまだ、ユダヤ人という異民族による「アーリア人への人種的汚染」という考えはなかったのだ。

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(左: ラインラントの混血児/中央: 黒人系ドイツ人/右: 黒人兵の巨大なペニスに繋がれるドイツ女性)

  ワイマール共和国時代で最も声高に「優生学」を唱えていたのはフリッツ・レンツ(Fritz Lenz)であろう。彼は「ドイツ民族衛生学会(Deutsche Gesellschaft für Rassenhygiene)」ミュンヘン支部の代表格で、アルフレート・プレッツの直弟子を自任していたという。「北方人種」崇拝者のプレッツと信条を共にしていたレンツは、フライブルク大学の医学生だった頃、人類学者のオイゲン・フィシャー(Eugen Fischer)に出逢い、北方種族意識が強化された。ドイツ民族の人種的優越性を主張していたレンツだが、その民族衛生学では、身体に現れる人種差ではなく、精神に染み出す人種差の方を重要視していたそうだ。彼が各民族に序列をつければ、白人の北方種族が頂点に立ち、アフリカの黒人は最下位となる。意外なのは、ユダヤ人の取り扱いだった。ユダヤ人は中近東民族と東洋民族の混成種族としながらも、ユダヤ人を北方種族と同等の「文化的生産の高い人種」に分類していたという。当時の優生学者たちはまだ、各民族の文化や精神に力点を置いていたから、学問に秀でたユダヤ人は優秀民族に分類されたのだ。レンツはユダヤ人に多くの美質を認めていたが、全部を肯定していたわけでもない。ユダヤ人はお金儲けに熱心で、政治的にリベラルな傾向を持っていたから、レンツにとっては不愉快な点と映った。それでも、ユダヤ人の中にはレンツを称賛する者がいたらしい。彼がユダヤ人の民族性や心理構造を客観的に描き出したからだで、レンツもユダヤ人からの評価にご満悦だったという。

Arthur de Gobineau 1Fritz Lenz 1Eugen Fischer 1










(左: ゴビノー伯爵 / 中央: フリッツ・レンツ / 右: オイゲン・フィシャー)

  ワイマール時代のドイツだと、ユダヤ人は根強い差別にもかかわらず、相当な市民的自由を謳歌していた。大学や研究機関のみならず、メディア界や芸術分野でもユダヤ人はそこら中に居たし、商売で豊かになる人物もいたから、目立ってしょうがない。ドイツ人からしてみれば、虫の好かないユダヤ人が要職に就いていれば腹が立つし、挙国一致で国難を乗り切ろうとする国民にとって、ユダヤ人は苦労を共にする仲間(同族の兄弟)とは思えなかった。そんな不満が国民生活の根底に流れていたところに、ヒトラー率いるナチ党が現れたもんだから、ユダヤ人憎悪の感情が燎原の火の如く広まったのである。しかも、ナチスのイデオローグには、ユダヤ人の肉体を攻撃する者がいたから、弁舌が得意なユダヤ人も参ってしまった。ユダヤ教を馬鹿にされれば、その信仰を棄ててキリスト教徒になればいいし、野暮ったい生活やマナーを批判されれば、ドイツ紳士を見習って西歐風に改めればいい。しかし、ユダヤ人はその肉体的特徴を理由にして排斥されると、どうすれば良いのか分からなくなる。ヒトラーはドイツ国民に“ユダヤ人は異教徒ではなく異人種なのだ”、と強調したからユダヤ人は真っ青になった。従来の反ユダヤ主義者とはひと味もふた味も違ったのだ。しかも、甘っちょろいヨーロッパ貴族と違って、ヒトラーは妥協を嫌う鋼鉄の意思が売り物で、ユダヤ人の十八番、札束のビンタで籠絡できない。まさに、ユダヤ人にとって最強の敵であった。

ドイツ民族の血の大河

  ユダヤ人が最も憎んだナチスのイデオローグといったら、必ずヴァルター・グロス(Walter Gross)が挙げられる。奇怪な容姿を持つユダヤ人に対して、美しいゲルマン人の血統を守ろうと呼びかけたグロスは、ユダヤ人の痛いところを突いたから憎まれても当然だった。「血統で繋がる民族の改良」を訴えたグロスは、「国家社会主義人口政策・人種構成啓蒙局」の創設責任者に任命された医者である。彼は教養ある中産階級出身のドイツ人で、保守的なゲッチンゲン大学に入って、医学生となった。大学時代は学内でも一番の反ユダヤ色の濃い「ドイツ・フォルク攻守同盟(Deutschvolkischen Schultz-und Trutz-Bundes)」に所属していたという。21歳の時、この医学生はナチ党に入り、二年後に友人らと共同で、国家社会主義学生同盟ゲッチンゲン支部を設立したくらい熱心な党員であった。グロスと緊密な関係を持つ同志にアヒム・ゲルッケ(Achim Gercke)というナチ党員がいて、1933年に内務大臣に就任した人物である。彼は学生時代に、ドイツ国内のユダヤ人50万のデータを集め、索引カードを作った。人種と遺伝的情報に関するデータで、そこからユダヤ人の体制破壊力を突き止めようとしたらしい。(クローディア・クーンズ 『ナチと民族原理主義』 滝川義人 訳 青灯社 2006年 p.151) 膨大なデータを丹念に集めて緻密に分析しようとする態度は、いかにも合理的精神に満ちたドイツ人らしい行為である。粗雑な社会で育つ支那人やロシア人では、こんな発想は浮かばないだろう。“手抜き”で定評のある朝鮮人に至っては、学者でも「ケンチョナヨ(大丈夫)」精神が溢れているから、データ収集はいい加減だし、分析をしても捏造が混じっているから信用できない。ゲルッケの研究方法を知れば、ドイツ人がなぜ科学分野でイギリス人よりも優秀で、先駆的業績を築いたのが分かるだろう。

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(左: ヴァルター・グロス / 中央: アヒム・ゲルッケ / 右: 北方人種の女性)

  グロスの功績はドイツの一般国民に「純血の重要性」を覚醒させたことにある。ドイツ民族(フォルク)を陶冶し、鍛えることを専門にしたグロスは、「歴史に脈打つ血の声」に耳を傾けよ、と大衆を啓蒙するため、人種に関する知識の普及に全力を尽くした。グロスは「ドイツのフォルクは、人種の繁栄について何を知っているのだろう。今日に至るまでフォルクは何も知らない。彼らは自分を個人として考え、偉大なる生命の鎖にリンクした一人ということすら気づかない」と嘆いていた。(上掲書 p.155) 人種政治局(ORP)を率いるグロスにとってもどかしいのは、ドイツの民衆が彼と同じ水準の知識を有していなかったということだ。平凡な生活を送る一般人には、人種混淆によるドイツ民族の変質や、缺陥(けっかん)遺伝子による精神異常者の発生、異民族による文明の衰退を学問的に説明されたって分からない。元々、ユダヤ人排斥は感情的な要素が基本だから、ドイツ民族の純潔性を守ろうとしたら、国民の心情に訴えるしかないのだ。ドイツ人は何事も理屈をつけないと納得しない国民だから、我々なら直感で分かることでも、一々科学的あるいは論理的説明を付け加えて説得せねばならない。だから、グロスが一般向けの絵入り雑誌「新しいフォルク(Neues Volk)」を発行したことは正解だった。この「新しいフォルク」はアメリカの「ルック(Look)」誌や「ライフ」誌をモデルにしていて、中程度の教養雑誌を編集方針にしていたという。やはり、大衆には込み入った屁理屈よりも、「望ましいもの」や「醜悪なもの」をモチーフにした写真を見せた方が分かりやすい。

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(写真/「新しいフォルク」誌の表紙)

  不格好な肉体を持つことで悩むユダヤ人にすれば、ドイツ人がアーリア的容姿を称賛することは許せない。セム種族のユダヤ人には、自らの肉体美を彫刻にして披露するなんてことは出来ない。みんなから笑われるに決まっている。それに、ユダヤ人自身が、その奇形な体と遺伝子を嫌っていたからだ。したがって、ユダヤ人のヴァルター・グロスに対する執拗な攻撃は色々あるが、彼が「フォルクという血の大河」を叫んだことは、ユダヤ人の神経を逆撫でする行為であった。グロスは若者に向けたラジオ演説の中で、個人の肉体的・精神的性質はその遺伝子により決定されるだ、と力説していた。しかし、これは余りにも環境や教育を軽視した考え方である。確かに、身長や筋肉は遺伝の要素が強いが、知的能力は必ずしも遺伝の結果とは限らない。人間の精神は複雑だから、持って生まれた能力と教育で伸ばせる能力があるはすだ。こうした瑕疵にもかかわらず、グロスの演説には納得するところがある。グロスはこう述べた。

  我々が持つ体と魂は、我々が生まれる以前の先代から受け継いだものである。60年ないし80年も経てば我々は生きていないだろうが、その遺伝子は我々の子供とその子供の子供に伝承されるのだ。我々がこのことに気づけば、数百数千年間に亙って流れてきた血の大河がすぐに見えてくる。つまり、これがドイツ民族なのだ。(1934年10月10日, Rasse. Eine Rundfunkrede von Dr. Groß, Rassenpolitisches Amt der NSDAP, Berlin, 1934)

  ドイツ民族の血統を重視する思想は、国家社会主義教師連盟の会長であったハンス・シェム(Hans Schemm)や教育・文化大臣のベルンハルト・ルスト(Bernhard Rust)にもあり、彼らは学校教育に民族主義を導入したのである。教育省がドイツの子供に民族の自覚を促すのは当然だろう。それが人種と遺伝を強調するものであっても、異民族混淆社会を推進する多民族主義よりマシである。当時の子供たちは、「神聖なるドイツ人の血」を称える詩歌を暗記したという。

  汝の血を清く保て。君だけの血ではない。遙か昔から連綿として続き、未来へ向かって流れ行く。それは数千の祖先の血を伝え、未来はその中を流れ行く。汝の永遠の命のケープを清く保て。(クーンズ p.191)

  国民教育には祖国を愛する子供を育てるという主旨があるから、外国人には賛成できない所があっても仕方がない。ゲルマン人ではないユダヤ人にとって、太古から脈々と流れるドイツ人の血統は承知できなくても当然だろう。しかし、自らの系譜を自慢することは、ユダヤ人だって何千年も前から行ってきたことだ。ユダヤ教徒は「アブラハム、イサク、ヤコブ」の子孫であることを誇りに思っていたし、子供達をシナゴーグに集めて毎回言い聞かせてきたことである。ユダヤ教が他民族蔑視なのは有名だ。同類のアラブ人でさえ怒ってしまう。アブラハムと女奴隷のハガルとの間に生まれたのがイシュマエルで、彼がアラブ人の先祖である。その後、正妻のサライとの間にイサクが誕生し、彼がアブラハムの嫡男でユダヤ人の先祖になった。ユダヤ人の聖典には野蛮な歴史が刻まれている。旧約聖書の「ヨシュア記」を読めば、日本人は気分が悪くなるだろう。虐殺に次ぐ虐殺で、カナンに住む諸民族を皆殺し。エリコを占領した時、ヨシュアたちは町の女子供、老人はおろか牛や羊、ロバに至るまで、ことごとくメッタ殺しにしてしまった。(ヨシュア記6章20-21節) アイの町に突入した時だって、男女併せて1万2千人も殺した挙げ句、町に火を点けて焼き払ってしまったのだ。(ヨシュア記8章24-26節) どんな民族にも残酷な過去がある。ユダヤ人はアダムやノア、アブラハムの末裔であることを自慢してもいいが、ドイツ人がゲルマン種族の子孫である主張したらダメというのはおかしい。

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(左: ハンス・シェム/ベルンハルト・ルスト/北欧系女性/右: ユダヤ人女性)

  クローディア・クーンズを始めとするナチス反対論者は、グロスたちの人種政策や民族主義を茶化したり、似非科学に基づく狂信的思想だと断罪する。彼らはグロスの理念がユダヤ人絶滅政策への道を準備したと非難するが、ユダヤ人がなぜヨーロッパに長いこと居坐ったかになると、僅かしか触れないのだ。中には全く言及せずに一方的なドイツ批判に終始する場合がある。反ユダヤ主義は、ユダヤ人がいるからこそ成立する排斥運動だろう。日本にはユダヤ人が流入しなかったから、戦国時代でさえ反ユダヤ主義者がいなかった。ユダヤ問題を解決したければ、ユダヤ人に国外退去を勧めるのが、ユダヤ知識人の努めだろう。その意味で、シオニズムは理に叶った帰還事業である。感情的に対立する集団は、離ればなれに暮らすのが一番だ。

  我々がナチスの歴史を勉強する時、どうしてもユダヤ人の著作で学ぶようになっている。反ユダヤ主義とユダヤ人抹殺がセットになれば、誰だってその野蛮性に恐れをなして目を背けてしまうだろう。ユダヤ人擁護者の狙いは、ヨーロッパ人がユダヤ人を欧州から追放することは悪である、と誰もが反応するよう調教することにある。西歐人はユダヤ人の説教を従順に聴くが、その反対の状況を議論をしない。ドイツがドイツ人ばかりの国になったら、ドイツ人にとってどんな弊害があったのか、という点を考えないのだ。ユダヤ人が居なくなって寂しく思うドイツ人は何割居たのか? 変人を別にすれば、まずいないだろう。歴史上、スペイン人やイギリス人はユダヤ人を追放したが、国王にユダヤ人の再入国を懇願する臣下はいなかった。(買収された者は別。) また、ユダヤ人と結婚することは、ドイツ人の幸せに結びついたのか? ナチスはゲルマン民族の容姿が劣化することを恐れ、異人種結婚や人種混淆に反対した。一方、ユダヤ人は異人種や異教徒との婚姻を歓迎したのか? 今だって黒人との混血児を持つユダヤ人家庭は稀である。ユダヤ人は積極的に西歐人と交際したがったが、アフリカ人やイスラム教徒には冷淡で、浅黒い肌をした非ヨーロッパ人を当然のように侮蔑した。ユダヤ人に人種差別が無かったと考えるのは、世界史を無視している見解だ。

ユダヤ人の北方種族讃美

  日本人には無意識の西歐人崇拝があり、特に“レイシズム反対論者”にその傾向が強い。「えっ、何言ってるの ? 」と不思議がる人は現実をよく見てみよう。ナチスの「ゲルマン民族優秀論」や「アーリア人至上主義」を聞くと、目くじらを立てて怒る人がいる。しかし、ドイツ人が自国民を絶賛したっておかしくはないだろう。日本人なら支那人が遠い昔から中華思想を持っており、ずうっと日本人を東夷、すなわち東方に住む野蛮人と見なしていたのだ。(ちなみに、支那人は自らを東洋人とは考えない。世界の中心たる支那から見ると、朝鮮や日本が「東洋」である。) その支那人に隷属していた朝鮮人は、支那人が勝手に作った華夷秩序を心から信奉し、日本人を格下の弟分あるいは無知蒙昧な夷狄と思っていた。だから、今でも朝鮮人は「天皇」の称号を認めず、天皇陛下を「日王」としか呼ばないのだ。それでも、日本には雲霞の如き「日中友好団」や「日韓友好議連といった売国奴が後を絶たないし、国民の多くもそれを“けしからん”と思っていない。ところが、西歐白人が自らを称賛し始めると、「白人至上主義だわ ! 」とか「レイシズム絶対反対よぉ~」とわめき散らす。支那人の野郎自大は許されるのに、西歐人の自画自賛は禁止という論理はどこから来るのか? 本音では西歐人を羨んでいるからだろう。好きと告白できない者に対して、意地悪になることはよくあるじゃないか。

  ナチスの人種論を否定するのは、ほとんどの学者にみられる特徴である。「アーリア人讃美など、とんでもない」というのが一般的な反応だろう。しかし、「どうしてそれが悪なのか ? 」については様々な答えがある。一番ポヒュラーなのが、ユダヤ人の虐殺に繋がったからという答えだろう。しかし、他民族に対する殺害なら、世界各地にあったし、どの時代にも見られる惨劇である。イランのアフマドネジャド大統領がCBSの番組で語っていた。「どうしてアメリカ人は特定民族の悲劇ばかりに注目するのだ ? 」というイラン大統領の質問に、一般のアメリカ人はまともに反論できないだろう。彼らはただ「ガス室での大量虐殺は人類史上、例をみないから最大の罪」と答えるだけだ。しかし、そのガス室殺人には物的証拠かない。もし、散々宣伝してきた大量虐殺が捏造だったら、他に類を見ない世紀の詐欺になるだろう。だから、ユダヤ人は必死になって隠蔽しようとする。生まれた時からユダヤ人のプロパガンダに曝されているアメリカ人は、ユダヤ人に洗脳されていることに気づかないのだ。日本人も西歐人と同じ洗脳を受けているので、ドイツの人種論に反発するよう仕込まれている。

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(イスラエルのモデルたち/左: バー・ラファエリ / バー・ペイリー / リナ・マクーリー / 右: エイガム・ロドバーグ)

  ユダヤ人はヨーロッパ人にたかることで、魅力的な文化を創ってきた。その証拠にイスラエルの文化には魅力がない。才能豊かなユダヤ人が密集しているのに、世界に冠たる文化の発信地になっていないのである。実際のところ、ユダヤ人は同胞ばかりで暮らしていると、何となく息苦しくなり、活気を失ってしまうのだ。アメリカに住むユダヤ人は、ウキウキしながら創作活動に専念し、ハリウッドでたくさんの映画を制作している。ところが、イスラエルのテル・アヴィブやイェルサレムは、いっこうに藝能界のメッカにならない。ユダヤ人は西歐人が居ないと元気が出ないのだ。欧米に潜むユダヤ人学者は、ナチスのゲルマン的理想美を手厳しく批判しているのに、本場イスラエルのユダヤ人は北方種族の容姿を理想の美としてるから呆れてしまう。イスラエルの美人コンテストを見れば、評価の高い出場者は西歐人と全く区別がつかない。第二次大戦前のヨーロッパで、鉤鼻に悩んでいたユダヤ人が嘘のようだ。映画界やファッション界はもちろんのこと、売春業界でも人気のある女性は北欧系か東欧系スラブ人である。ただし、北欧人娼婦は高価で数が少ない。それでもユダヤ人が白人売春婦を求めたので、目ざとい闇のブローカーは、経済的に苦しいロシアやウクライナを巡り、貧しい白人娘達をかき集めた。いわゆる「ナターシャ貿易」である。ロシア人女性にはよく「ナターシャ」という名前が多いから、こうした俗称がついたのだろう。人種主義者のナチ党員とスケベなユダヤ人は、ともにアーリア人の遺伝子を好んでいたわけだ。

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(左: メラニー・ローラン / ジェイミー・リー・ニューマン / ナタリー・ポートマン / 右: スカーレット・ヨハンソン)

  ユダヤ人は天主ヤハウエ(民族の神様)がくれた土地が嫌いだ。ドイツで迫害を受けた大多数のユダヤ人は、祖先の土地カナン(パレスチナ)に向かわず、白人が主流のアメリカやカナダ、オーストラリアに移住した。あれほど西歐のキリスト教徒から毛嫌いされたのに、またもや異人種で異教徒の国へ流れ込んだのである。憧れの国アメリカではユダヤ人が大繁殖。政治・経済・行政・学界・メディア界を次々と征服して勢いが止まらない。中でもハリウッドはユダヤ人の牙城となった。映画会社は全てユダヤ人が所有し、娯楽産業はユダヤ人の天下になっている。しかし、映画やドラマに出演する役者は、ユダヤ人だけで独占できない。ユダヤ人役者ばかりでは観客が寄りつかないのだ。したがって、お客様の御機嫌を取らなくてはならない。それでも時々、主役がユダヤ人という場合もあるが、そんな時は共演者を西歐人にする必要がある。監督がユダヤ人だったりすると、男優はユダヤ人らしい顔つきの者が採用されるが、女優となれば西歐人か西歐人と同じような容姿のユダヤ人が起用されるのだ。ナタリー・ポートマンやスカーレット・ヨハンソン、ジェイミー・リー・ニューマン、メラニー・ローランを見れば分かるだろう。

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(左: アダム・サンドラー / ケイト・ベッキンゼール / ティア・レオーニ / 右: ドリュー・バリモア)

  ナチスの反ユダヤ主義者は、醜い姿のユダヤ人男性が、金髪碧眼のドイツ人女性に言い寄ることを、盛んに糾弾した。当時のユダヤ人なら言いがかりだと反論しただろう。しかし、ハリウッドで成功したユダヤ人男優は、ブロンドの西欧系女性を共演者に選んで恋愛映画を作ってしまう。例えば、アダム・サンドラーは『ウェディング・シンガー』でドリュー・バリモアを、『クリック/もし昨日がえらべたら』ではケイト・ベッキンゼール、『スパングリッシュ』だとティア・レオーニを選んでいた。サンドラー氏はユダヤ人女優が嫌いなのか? もう一人、人気コメディアン男優のベン・スティラーも西欧系女優が好みである。『ミート・ザ・ペアレンツ』ではテリー・ポロ、『メアリーに首ったけ』だとキャメロン・ディアス、『ポリーmy love』ならジェニファー・アニストンと共演していた。(ただし、実際に決定権を握っていたのは監督だろう。でも、主役の意見が反映された可能性もある。) アメリカの西欧系国民は、ユダヤ人がでっち上げる理想の社会を、映画を通して擦り込まれる。ユダヤ人は娯楽作品で、反ユダヤ感情を中和しようと画策してきた。西欧社会にすっかり溶け込んでいるユダヤ人のイメージは不動のものとなり、ユダヤ人に対して違和感を持つ者は、世間から道徳的に批判されるのだ。ハリウッドで鍛え抜かれたユダヤ人と比べれば、ヨセフ・ゲッペルスなど凡庸な素人監督に見えてしまう。やはり、プロパガンダ映画や心理戦にかけてはユダヤ人の方が数百倍も上手(うわて)である。

Ben Stiller 4Cameron Diaz 2Teri Polo 2Jennifer Aniston 4








(左: ベン・スティラー / キャメロン・ディアス / テリー・ポロ / 右: ジェニファー・アニストン)

  ナチスが北方種族の肉体を誇りに思い、それを異人種の遺伝子で損なわれないように、純粋性を保とうとしたこと自体は悪くなかった。どこの国のナショナリストだって、自国民を自慢するものだ。アメリカ黒人は自らを「アフリカ系」と称し、アフリカ人の祖先を持つことを肯定している。マーティン・ルーサー・キング牧師は、「黒は美しい」と公言していた。それならナチ党の高官が「白は美しい」と断言してもいいはずだ。こんなフレーズは、昔の西歐人なら常識である。人間の美には、世界基準がないので、各民族が独自の価値観を持っていても不思議ではない。例えば、アフリカの原住民たるホッテントットは、突き出たデカい尻を自慢していたし、太っていることだって恥ずかしいと思わなかった。西歐人や日本人なら、不格好な黒人を見て笑うだろうが、違った美意識を持つ民族には、どうして可笑しいのか分からない。ユダヤ人もヨーロッパ人から侮辱を受けて憤慨したが、それなら彼らは中東アジアに戻って、ユダヤ的美意識を仲間同士で分かち合えば良かった。他人の土地に住みながら、他人の価値観に文句をつけていたユダヤ人こそ、本当は反省すべきなのだ。  

ホッテントットHottentot 1Black Amani-Terrellmursi 12








(左: 枚ホッテントットの女性 / 中央: ふくよかな黒人女性 / 右: オシャレなアフリカのムルシ族)

  ヒトラーの第三帝国を継承したのは、おそらくイスラエルであろう。皮肉だが現実は動かせない。イスラエルはユダヤ人という種族に基づくレイシスト国家で、異民族を排除する政策を国是としている。ユダヤ人の強硬派は、地元民たるアラブ人をパレスチナから追い出して、獲得した領土を固有のものとした。抵抗するパレスチナ人は、テロリストに指定して徹底的に弾圧。ヨシュアがカナンの地で異民族を皆殺しにしたように、シャロン首相もアラブ系イスラム教徒を根絶やしにしようとした。イスラエル政府は世界に散らばった同胞に帰還を勧めたが、異民族が流入したり、避難民が押し寄せることは頑なに拒否。ユダヤ難民を拒絶したイギリス人やアメリカ人を怨んだのに、住むところを失ったイラク人やシリア人がやって来ると冷たくあしらった。ところが、ユダヤ人の肉体・遺伝子を持つ者なら、無神論者や共産主義者でも受け入れてもらえるのだ。見事なレイシズムとナショナリズムである。ユダヤ人のレイシズムは、それだけではない。ユダヤ人至上主義者のラビは、ユダヤ人娘にアラブ人と結婚するような真似はするな、と説教する。もっと熱心なユダヤ民族主義者になると、ユダヤ人社会を清潔にするため、同性愛者を殺害しようとするのだ。今年、イェルサレムで開催されたゲイ・パレードで、6名のユダヤ人がイシャイ・シュリッセルという超保守派ユダヤ教徒に刺される事件が起きた。街頭に殺人鬼がいたけど、イスラエル政府はもっと冷酷だ。エチオピア系移民を計画的に抹殺しようとしたのだ。予防注射という口実でエチオピア系女性にこっそり不妊薬を注射したことがバレてしまった。処刑されたナチ高官はあの世で、さぞほくそ笑んでいるだろう。ヒトラーやゲッペルス、ヒムラーがこぞって拍手をしているのが目に浮かぶ。

  ナチスとユダヤ人について書くと、うんざりするほど長くなってしまうので、中途半端な形で終わるしかない。本当はもっと深い原因を述べる必要がある。ユダヤ人迫害を理解する上で、なぜユダヤ人がゲットーから解放されたのかや、ユダヤ人の自己嫌悪についても触れないと、問題の核心に迫れない。また後で触れたいと思う。





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