無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

ナチス/ヒトラー

アーリア人の血が流れる大河 / ナチスの知られざる社会革命 (2)

ユダヤ人は寄生虫

Hitler 10













  歴史の授業は政治プロパガンダのように胡散臭い。数学や物理の授業では、いくら左翼教師といえども、嘘の公理や曖昧な計算を教えないだろう。しかし、歴史になると捏造、偏向、隠蔽がてんこ盛りとなる。ナチスに関する授業では、使う教科書は全てメイド・バイ・ジュー(ユダヤ製)みたい。数学では問題を解くのに、様々な角度から考えて解を見出すのに、歴史だとユダヤ人が決めた既成の解釈しか許されないのだ。ドイツ史を学ぶのにユダヤ人の視点から見るのは、どう考えてもおかしいじゃないか。日本人だって他人事じゃない。例えば、日本人が国史を勉強する時、朝鮮人の視点で書かれた教科書を使ったらどんなことになるか分かるだろう。日韓併合は侵略行為になり、伊藤博文暗殺は快挙とされ、、朝鮮総督府は帝国主義の象徴となるに違いない。こうした推測は、赤い教科書執筆者がマルクスやエンゲルスをどう説明しているのかを読めば一目瞭然。ユダヤ人がヒトラーを説明すれば、ドイツ帝國の総統は悪魔の権化となる。執念深いユダヤ人の手にかかれば、歴史学は宗教となり、ナチスを多角的に解釈しようとする者は正統論への叛逆者と見なされてしまう。哀れな異端者は、恐ろしい顔をしたユダヤ人が居並ぶ異端審問所で裁かれ、「レイシスト」か「ネオ・ナチ」の焼き鏝(ごて)をジューと押されて公開処刑。権力を握ったシャイロックは、切り裂きジャックより兇暴だ。

  ヨーロッパの歴史上、ユダヤ人は幾たびも迫害され、その都度たくさんのユダヤ人が殺されてきた。しかし、ユダヤ人が殊更ヒトラーを憎むのは、彼がユダヤ人の一番痛い所を突いたからだ。気取った学者ではないヒトラーは、遠慮無しに「ユダヤ人は、つねに一定の人種的特性をそなえた民族だったのであり、決して宗教だったのではない」と喝破した。(アドルフ・ヒトラー 『わが闘争』 上巻 平野一郎・将積茂 訳 角川文庫 昭和48年 p.436) ヒトラーの表現は上品とは言えないが、率直な意見であることは疑いない。ヒトラーは放浪のユダヤ人をバッサリ斬り捨てる。ヒトラー曰く、

  かれらは典型的な寄生虫であり続ける。つまり悪性バチルスと同じように、好ましい母体が引き寄せられさえすればますますひろがってゆく寄生動物なのである。そしてかれの生存の影響もまた寄生動物のそれと似ている。かれらが現れるところでは、遅かれ早かれ母胎民族は死滅するのだ。(上掲書 p.434)

こう言われれば、ユダヤ人も反論したくなるだろう。しかし、彼らが他人の領地に居坐って、異教徒の国家であっても構わずに、独自の共同体を形成したのは確かだ。自分たちの信仰を維持できるなら、ゲットーの中で暮らすことも厭わなかった。ナチス批判者でさえ、こうした事実は否定できない。

  ぬるま湯のワイマール時代が突然終焉を迎えて、ナチ党が政権を握ったことでユダヤ人の運命が一変してしまった。ナチスの政策を知って全ユダヤ人が驚愕。いかに立派な肩書きを持つ者でも、人種の観点からユダヤ人と判断されれば、ゲットーに住むみすぼらしいユダヤ人と変わりがない。たとえ、先祖伝来のユダヤ教を捨てて、キリスト教に改宗した者であっても、ユダヤ人と規定されてしまうのだ。しかも、父親がゲルマン人でも、母親がユダヤ人なら、その混血児はユダヤ人になってしまう。ヨーロッパ紳士に変身したつもりのユダヤ人にとってピンチ ! ナチ党が練り上げた人種論の前では、大富豪のユダヤ人と貧乏なユダヤ人が平等になってしまうだ。そして、ユダヤ人との烙印を押された者は、国外追放に遭ったり、強制収容所に送られた。ドイツ国民と自負していたユダヤ人の中には、外国に移住するくらいなら、ドイツで嫌がらせを受けた方がマシだという者もいたそうだ。マダガスカル島に追放されるなんて想像しただけでも震えがくる。それくらいユダヤ人にとって、ドイツは素晴らしい国家だった。だから、ユダヤ人の恨みは地獄より深い。

  ナチスによるユダヤ人迫害で特徴的なのは、そのユダヤ人論に遺伝子学や優生学といった科学が加わったことにある。従来の反ユダヤ主義だと、たいてい神学者や聖職者によるユダヤ批判が主流であった。彼らは、ユダヤ人が「主キリストを認めない異教徒であるからけしからん」とか、「あいつらは金貸しで民衆から利子を取る不届者」といった内容がほとんど。中には、ユダヤ人をキリスト教徒にして同化させようと努力するローマ教皇までいたのだ。例えば、第16世紀の教皇グレゴリウス13世は、ユダヤ人をキリスト教徒に改宗させるため、毎週土曜日に説教集会を開催したという。土曜日といったら、ユダヤ人に取って安息日であるから、料理だってしちゃいけないのに、教会で異教の説教を聞く破目なるなんて、もう目が眩むほどの驚天動地である。しかし、そんなことローマ教皇にとっては、どうでもよい事。12歳以上のユダヤ人住民に対して、その3分1が常に出席するよう命令が下された。そこには警官達がユダヤ人の子供達に鞭を振るって、教会に押し込める光景があった。教皇にとったら、シナゴーグでラビの説教を耳にするよりも、神父の有り難いお話を拝聴する方が遙かに価値ある。教会の入り口には番人が立っており、指定の人数がちゃんと出席しているかを確認したそうで、説教中に居眠りをする奴がいたら鞭でひっぱたかれたという。ところが、こうしたキリスト教徒の努力も空しく、まったく効を奏さなかったらしい。週に1度の集会が、段々と年に5回となり、レオ12世の頃一時復活したようだが、次第に消滅し、ピオ9世が就任した時に廃止されたそうだ。(David Philipson, Old European Jewries, The Jewish Publication Society of America, Philadelphia, 1894, pp.144-145)

Herbert Spencer 1(左/ハーバート・スペンサー)
  中世の頃だとユダヤ人をキリスト教徒にする事がユダヤ人対策のように考えられたが、フランス革命以降、信仰はどうであれユダヤ人を対等な市民にしようとする思想が流布し始めた。民族にとらわれない普遍主義が啓蒙思想の結果だから、異質な文化で育ったユダヤ人でも、その恩恵を受けることが出来たのである。しかし、解放気分を満喫していたユダヤ人に暗雲が立ちこめてきた。冷徹な科学が勃興してきたのである。当時のヨーロッパは帝国主義時代にあった。列強間で弱肉強食は当り前。チャールズ・ダーウィンが進化論を唱えたら、その影響が政治学に及んでしまった。日本でもハーバード・スペンサーの社会ダーウィン主義(Social Darwinism)が流行し、西欧列強の底力を垣間見た知識人は相当な衝撃を受けた。イギリス人の桁外れな国力を目の当たりにすると、政治家はもちろんのこと文学者の夏目漱石でさえ戦慄を覚え、日本の将来を悲観したくらいだ。弱い国は強い国に倒され、征服され、隷属の憂き目に遭ってしまう時代に、どの国も富国強兵策を取るのは当然の選択であった。一等国になるには科学技術を発展させ、重化学工業を中心とした経済を推進しなければならない。しかし、いくら資本があっても国民が腑抜けじゃ独立は守れないだろう。だから、まず国民が健全で優秀でなきゃ。日本人は昔から、人は石垣とか人は城と思ってきた。ならば、その建築素材を良質にしなければ、城が崩れてしまうじゃないか。そこで、健全な国民を育成し、強靱な国家を建設するために、政治学と衛生学が融合したのである。

優生学の勃興

  現在だと「民族衛生学(Rassenhygiene)」とか「優生学(Eugenics)」という学問は響きが悪い。こんな言葉を聞けば、世間はすぐ「アーリア人至上主義」とか「劣等民族撲滅政策」を連想し、拒絶反応を起こしてしまう。しかし、第19世紀末から第20世紀前半にかけて、優生学は強大な国家や健全な社会を構築する上で重要な学問であった。産業革命が従来の社会を工業化したから、社会が豊かになったし、医療も進んだことから人口が増えた。工業化は悲惨な労働環境を産み出したが、昔の「間引き」のように、負担となる子供を殺す必要はなくなったから、一概に悪いとは言えないだろう。女工哀史を聞いて泣いてる小娘は、雇用が増えたことを忘れているのだ。しかし、光あれば影がある。田舎が都会になると、どうしても犯罪者が増えたり、様々な社会問題が発生してしまう。それに、医療が発達したといっても、病人を完全に治せるわけでもないし、身体障碍者や精神異常者を治癒するには、まだ医学が未熟であった。それでも、国家を維持・発展させるためには、こうした厄介な問題を避けるわけには行かなかったのである。

  福祉国家は西歐と日本に現れた特殊な現象であった。日本人は社会福祉を当然のように思っているが、世界的に見れば、支配層が一般人の医療や生活水準を考慮するなんて滅多にない、ごく稀なことである。その証拠を求めるなら、アフリカやインド、支那を見てみればいい。アフリカは半永久的な貧困社会で、人がどんな風に生きて死んでも支配者は気にしないのだ。黒人には同胞愛がない。アフリカで人道活動をしているのは西歐の白人である。カースト制の残滓が濃厚なインドでは、未だに階級差別が著しい。下層民なんか路上で野垂れ死にしたって構わないし、膨大な人口を擁するインド政府にとって、各インド国民の福祉などいくら予算があっても足りないのが現実。便所だって無い家庭が多く、屋外で大便をする庶民など珍しくもない。支那に至っては最悪で、エイズ患者で溢れている村があるくらいだ。治療も受けられず、薬さえ手に入らない支那人はニセ薬を飲んで我慢する。腹が減って野菜を食べたら農薬で中毒死。医療を受けられず、苦しいから自殺しようと農薬を飲んだら、助かってしまう。農薬が偽物で害がなかったらしい。支那では病院が黴菌の貯蔵庫だし、医者が臓器密売業者だから、基本的に近づくのは危険である。そもそも、他人を殺して喰う支那人が、家族でもない者の生活を気にするわけないじゃないか。「国民の生活が第一」と謳う日本政府は例外中の例外だ。また、困ったらお役所に頼る日本人は、本当に幸せな国民である。支那人や朝鮮人は端っから役人に頼らない。縋(すが)るのは一族だけ。だから、悪事をするときも一族郎党でグルになる。

  福祉国家が成立するには、みんなが同じ容姿をした仲良し民族で、その生活水準もほぼ同じ事が前提となる。こうした国家では、各国民の命が重要視されることはもちろん、国民がどんな生活を送るのか、という質まで考えてもらえるのだ。ある国民が病気になれば、彼の治療費を一部みんなで負担する健康保険制度は、第三世界でなくても高嶺の花。アメリカ人でも当分ムリ。福祉国家だと、身体障害者を抱える家庭があれば、政府が支援金を出して、その家庭が惨めな生活をしないよう取り計らう。日本人は当然と思っているが、こんな至れり尽くせりの国家など世界で数える程しかないのだ。したがって、民衆が福祉を重視する先進国では、どうしても官僚指導の社会になりやすい。そこで、専門知識を持った技術集団が、社会を維持・管理するという発想になる。優生学もこうした分野の一環で、合理的管理の具体化に他ならなかった。(シーラ・フェイト・ウェイス「ドイツにおける『民族衛生学』運動」 / マーク・B・アダムズ 編集 『比較「優生学」史』 佐藤雅彦 訳 現代書館 1998 p.29) 無知な民衆に政治を任せておくと、馬鹿な政治家しか選ばないから、長期的視野に立って政策を講じる官僚が偉くなる。政治の素人は問題が起きてから騒ぐのが普通で、予測できる社会問題を未然に防ぐことに頭が回らない。知識人が社会主義に惹かれるのは、知性に秀でた者が社会を管理すべきだと主張できるからだ。社会主義者は専門家の自尊心をくすぐることに長けている。頭の良い奴が社会制度を設計し、人々の生活を改善できることを正当化するイデオロギーは、アカデミックな世界に住むインテリには魅力的だった。これが社会工学、すなわちソーシャル・エンジニアリング(social engeneerinh)というものだ。

  国民の健康や生活環境を配慮するのが「公衆衛生学」なら、民族の健全性や種族の保存を目的とするのが「民族/人種衛生学」である。民衆の生活水準を上げるためには、医学や化学といった自然科学の進歩が欠かせない。昔は、結核に罹れば助からなかった。正岡子規が吐血して苦しんだことは、TVドラマ『坂の上の雲』でも描かれていたから、ご存知のかたも多いはず。今でもそうだが以前は、伝染病は恐ろしい現象で、コレラやチフスが発生したら一大事。現在では防疫対策や細菌学が発達したから、パニック状態は起こりづらいが、科学が未発達な時代には、伝染病は深刻な問題だった。そこで、当時の医学者や細菌学者は、人々の栄養不足状態や劣悪な生活環境に注目したという。こうなれば、医療は社会問題まで考慮することになる。例えば、炭鉱労働者に肺を患う者が頻発すれば、労働環境に問題があるとされ、職場の状況を改善せねばならなかった。また、貧民地区で伝染病が発症すれば、住宅環境を改善し、清潔さを保つ街づくりが推奨されたのだ。こうした公衆衛生学が民族・人種に適応されれば、国民の肉体や遺伝を維持・管理しようとする発想になる。

  ドイツの「民族衛生学」ないし「優生学」の運動を牽引したのは、ほぼ全員が正規の訓練を積んだ内科医であった。伝染病を防ごうとする医者が細菌を調べるように、遺伝病を調べる専門家は「優生学」を学んだのだ。専門知識を身につけた医師は、国民と国家の健康を管理する守護者という自負を持っていた。(上掲書 p.33) こうした医師の出現には理由がある。第20世紀前半には未曾有の大惨事をもたらした第一次世界大戦があったことを忘れてはならない。欧州各国の政治家や軍人は、予想を上回る戦死者や負傷者が出たことに顔を曇らせた。何と言っても、王室や国家が消滅するという事態まで起こったのだから、青天の霹靂どころじゃない。注目すべきは、優秀な人材が数多く失われたことだ。勇敢な将兵は率先して突撃していったし、「高貴な義務」に燃えた貴族も、戦場でバタバタと斃れてしまった。イギリス人の将校が、パブリック・スクールの卒業アルバムを見て涙を流したという逸話は有名である。そこで、人種学を専攻する者はふと気づいた。優秀な人物が戦地で亡くなる一方、卑怯な平民や臆病な兵卒、障害を持つ片輪といった役立たずは生き延びている。国家に貢献する人物が減少しているのに、国家に負担となる劣等者は増えているのだ。社会進化論だと、熾烈な競争により強者が生き残り、弱者が淘汰されるはずであった。しかし、現実には、国家にとって必要な有能な人材が消滅し、無駄飯喰らいが増殖するという「逆淘汰」が起こっている。この現象は帝国主義時代には不吉な兆候と見なされたのだ。

Alfred_Ploetz(左/アルフレート・プレッツ)
  人にはそれぞれ天職(Vocation /Beruf)がある。聖職者は人道主義を説いて弱者を助け、優生学者は人種を語って強者を増やそうとする。前者は天上に宝を積むことを説くが、後者は地上で力をつけるよう励ます。政治家は来世よりも現世を見つめるから、優生学者に耳を傾けねばならない。ドイツの衛生学で著名な学者に、アルフレート・プレッツ(Alfred Ploetz)という人物がいた。彼は、もともとブレスラウ大学で経済学を専攻していたが、在学中に社会主義思想に傾倒し、次第に汎ゲルマン主義に目覚めたという。チューリッヒで医学に転向したプレッツは、弱者救済のために、国家を支える国民が犠牲となっていることに疑問を感じたらしい。確固たる民族主義を奉じていたプレーツは、フランスの代表的人種論者ゴビノー伯爵(Joseph Arthur Comte de Gobineau)に共感を抱いていた。有名なアレクシー・ド・トクヴィルに仕えていたゴビノー伯爵は、アーリア人こそ世界で最も優秀な種族と主張していたが、その素晴らしい特質は異民族との混血により損なわれている、と警告したそうだ。こうした指摘に賛同していたプレーツは、異民族と共存する祖国を見つめ、ドイツ民族の質的退化(Entartung)を懸念していたという。

  当時のヨーロッパ人なら誰でも、西歐文明を築いた白人の優秀性を信じていたから、アルフレート・プレッツがドイツ民族の優越性を確信していても不思議ではない。彼の民族衛生学はアーリア人の人種的純粋性を維持するために応用され始めたのだ。ワイマール時代の優生学には、急進的な反ユダヤ主義が内包されていなかった。主な関心事といったら、社会的に価値の低い「劣等者(Minderwertingen)」は、財政的に国家の負担になっている事と、劣等者に浸食されるという生物的脅威から国民を守る事であった。ワイマール期のドイツ知識人にしたら、祖国の地政学的状況は深刻である。何しろヴェルサイユ体制でドイツの軍隊は縮小されたし、ハイパー・インフレで経済はガタガタ。その上、西欧列強と野蛮なロシアに包囲されているのだ。ついでに言えば、第一次大戦での敗北は人種問題を孕んでいる。学校の歴史教師は余り言及しないが、フランスによって占領されたラインラント地方には、黒人との混血児がいて、ドイツ人にとって恥辱であった。フランス軍はモロッコ兵から成る北アフリカ人部隊を持っていたので、占領軍に黒人兵が混ざっていたのだ。この黒人兵がドイツの白人女性を強姦したから、黒い混血児が生まれてしまった。我々だってこうした凌辱を知れば、ヒトラーがフランスを激しく憎む気持ちを理解できよう。誇り高きドイツ人にとって、有色人種との混血は唾棄すべきものであった。不思議なことだが、プレッツにはユダヤ人に対する嫌悪感はなく、むしろユダヤ民族擁護論まで述べていたという。彼にはまだ、ユダヤ人という異民族による「アーリア人への人種的汚染」という考えはなかったのだ。

Rhinelandbastards 2Rhinelandbastards 3Rhinelandbastards 6








(左: ラインラントの混血児/中央: 黒人系ドイツ人/右: 黒人兵の巨大なペニスに繋がれるドイツ女性)

  ワイマール共和国時代で最も声高に「優生学」を唱えていたのはフリッツ・レンツ(Fritz Lenz)であろう。彼は「ドイツ民族衛生学会(Deutsche Gesellschaft für Rassenhygiene)」ミュンヘン支部の代表格で、アルフレート・プレッツの直弟子を自任していたという。「北方人種」崇拝者のプレッツと信条を共にしていたレンツは、フライブルク大学の医学生だった頃、人類学者のオイゲン・フィシャー(Eugen Fischer)に出逢い、北方種族意識が強化された。ドイツ民族の人種的優越性を主張していたレンツだが、その民族衛生学では、身体に現れる人種差ではなく、精神に染み出す人種差の方を重要視していたそうだ。彼が各民族に序列をつければ、白人の北方種族が頂点に立ち、アフリカの黒人は最下位となる。意外なのは、ユダヤ人の取り扱いだった。ユダヤ人は中近東民族と東洋民族の混成種族としながらも、ユダヤ人を北方種族と同等の「文化的生産の高い人種」に分類していたという。当時の優生学者たちはまだ、各民族の文化や精神に力点を置いていたから、学問に秀でたユダヤ人は優秀民族に分類されたのだ。レンツはユダヤ人に多くの美質を認めていたが、全部を肯定していたわけでもない。ユダヤ人はお金儲けに熱心で、政治的にリベラルな傾向を持っていたから、レンツにとっては不愉快な点と映った。それでも、ユダヤ人の中にはレンツを称賛する者がいたらしい。彼がユダヤ人の民族性や心理構造を客観的に描き出したからだで、レンツもユダヤ人からの評価にご満悦だったという。

Arthur de Gobineau 1Fritz Lenz 1Eugen Fischer 1










(左: ゴビノー伯爵 / 中央: フリッツ・レンツ / 右: オイゲン・フィシャー)

  ワイマール時代のドイツだと、ユダヤ人は根強い差別にもかかわらず、相当な市民的自由を謳歌していた。大学や研究機関のみならず、メディア界や芸術分野でもユダヤ人はそこら中に居たし、商売で豊かになる人物もいたから、目立ってしょうがない。ドイツ人からしてみれば、虫の好かないユダヤ人が要職に就いていれば腹が立つし、挙国一致で国難を乗り切ろうとする国民にとって、ユダヤ人は苦労を共にする仲間(同族の兄弟)とは思えなかった。そんな不満が国民生活の根底に流れていたところに、ヒトラー率いるナチ党が現れたもんだから、ユダヤ人憎悪の感情が燎原の火の如く広まったのである。しかも、ナチスのイデオローグには、ユダヤ人の肉体を攻撃する者がいたから、弁舌が得意なユダヤ人も参ってしまった。ユダヤ教を馬鹿にされれば、その信仰を棄ててキリスト教徒になればいいし、野暮ったい生活やマナーを批判されれば、ドイツ紳士を見習って西歐風に改めればいい。しかし、ユダヤ人はその肉体的特徴を理由にして排斥されると、どうすれば良いのか分からなくなる。ヒトラーはドイツ国民に“ユダヤ人は異教徒ではなく異人種なのだ”、と強調したからユダヤ人は真っ青になった。従来の反ユダヤ主義者とはひと味もふた味も違ったのだ。しかも、甘っちょろいヨーロッパ貴族と違って、ヒトラーは妥協を嫌う鋼鉄の意思が売り物で、ユダヤ人の十八番、札束のビンタで籠絡できない。まさに、ユダヤ人にとって最強の敵であった。

ドイツ民族の血の大河

  ユダヤ人が最も憎んだナチスのイデオローグといったら、必ずヴァルター・グロス(Walter Gross)が挙げられる。奇怪な容姿を持つユダヤ人に対して、美しいゲルマン人の血統を守ろうと呼びかけたグロスは、ユダヤ人の痛いところを突いたから憎まれても当然だった。「血統で繋がる民族の改良」を訴えたグロスは、「国家社会主義人口政策・人種構成啓蒙局」の創設責任者に任命された医者である。彼は教養ある中産階級出身のドイツ人で、保守的なゲッチンゲン大学に入って、医学生となった。大学時代は学内でも一番の反ユダヤ色の濃い「ドイツ・フォルク攻守同盟(Deutschvolkischen Schultz-und Trutz-Bundes)」に所属していたという。21歳の時、この医学生はナチ党に入り、二年後に友人らと共同で、国家社会主義学生同盟ゲッチンゲン支部を設立したくらい熱心な党員であった。グロスと緊密な関係を持つ同志にアヒム・ゲルッケ(Achim Gercke)というナチ党員がいて、1933年に内務大臣に就任した人物である。彼は学生時代に、ドイツ国内のユダヤ人50万のデータを集め、索引カードを作った。人種と遺伝的情報に関するデータで、そこからユダヤ人の体制破壊力を突き止めようとしたらしい。(クローディア・クーンズ 『ナチと民族原理主義』 滝川義人 訳 青灯社 2006年 p.151) 膨大なデータを丹念に集めて緻密に分析しようとする態度は、いかにも合理的精神に満ちたドイツ人らしい行為である。粗雑な社会で育つ支那人やロシア人では、こんな発想は浮かばないだろう。“手抜き”で定評のある朝鮮人に至っては、学者でも「ケンチョナヨ(大丈夫)」精神が溢れているから、データ収集はいい加減だし、分析をしても捏造が混じっているから信用できない。ゲルッケの研究方法を知れば、ドイツ人がなぜ科学分野でイギリス人よりも優秀で、先駆的業績を築いたのが分かるだろう。

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(左: ヴァルター・グロス / 中央: アヒム・ゲルッケ / 右: 北方人種の女性)

  グロスの功績はドイツの一般国民に「純血の重要性」を覚醒させたことにある。ドイツ民族(フォルク)を陶冶し、鍛えることを専門にしたグロスは、「歴史に脈打つ血の声」に耳を傾けよ、と大衆を啓蒙するため、人種に関する知識の普及に全力を尽くした。グロスは「ドイツのフォルクは、人種の繁栄について何を知っているのだろう。今日に至るまでフォルクは何も知らない。彼らは自分を個人として考え、偉大なる生命の鎖にリンクした一人ということすら気づかない」と嘆いていた。(上掲書 p.155) 人種政治局(ORP)を率いるグロスにとってもどかしいのは、ドイツの民衆が彼と同じ水準の知識を有していなかったということだ。平凡な生活を送る一般人には、人種混淆によるドイツ民族の変質や、缺陥(けっかん)遺伝子による精神異常者の発生、異民族による文明の衰退を学問的に説明されたって分からない。元々、ユダヤ人排斥は感情的な要素が基本だから、ドイツ民族の純潔性を守ろうとしたら、国民の心情に訴えるしかないのだ。ドイツ人は何事も理屈をつけないと納得しない国民だから、我々なら直感で分かることでも、一々科学的あるいは論理的説明を付け加えて説得せねばならない。だから、グロスが一般向けの絵入り雑誌「新しいフォルク(Neues Volk)」を発行したことは正解だった。この「新しいフォルク」はアメリカの「ルック(Look)」誌や「ライフ」誌をモデルにしていて、中程度の教養雑誌を編集方針にしていたという。やはり、大衆には込み入った屁理屈よりも、「望ましいもの」や「醜悪なもの」をモチーフにした写真を見せた方が分かりやすい。

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(写真/「新しいフォルク」誌の表紙)

  不格好な肉体を持つことで悩むユダヤ人にすれば、ドイツ人がアーリア的容姿を称賛することは許せない。セム種族のユダヤ人には、自らの肉体美を彫刻にして披露するなんてことは出来ない。みんなから笑われるに決まっている。それに、ユダヤ人自身が、その奇形な体と遺伝子を嫌っていたからだ。したがって、ユダヤ人のヴァルター・グロスに対する執拗な攻撃は色々あるが、彼が「フォルクという血の大河」を叫んだことは、ユダヤ人の神経を逆撫でする行為であった。グロスは若者に向けたラジオ演説の中で、個人の肉体的・精神的性質はその遺伝子により決定されるだ、と力説していた。しかし、これは余りにも環境や教育を軽視した考え方である。確かに、身長や筋肉は遺伝の要素が強いが、知的能力は必ずしも遺伝の結果とは限らない。人間の精神は複雑だから、持って生まれた能力と教育で伸ばせる能力があるはすだ。こうした瑕疵にもかかわらず、グロスの演説には納得するところがある。グロスはこう述べた。

  我々が持つ体と魂は、我々が生まれる以前の先代から受け継いだものである。60年ないし80年も経てば我々は生きていないだろうが、その遺伝子は我々の子供とその子供の子供に伝承されるのだ。我々がこのことに気づけば、数百数千年間に亙って流れてきた血の大河がすぐに見えてくる。つまり、これがドイツ民族なのだ。(1934年10月10日, Rasse. Eine Rundfunkrede von Dr. Groß, Rassenpolitisches Amt der NSDAP, Berlin, 1934)

  ドイツ民族の血統を重視する思想は、国家社会主義教師連盟の会長であったハンス・シェム(Hans Schemm)や教育・文化大臣のベルンハルト・ルスト(Bernhard Rust)にもあり、彼らは学校教育に民族主義を導入したのである。教育省がドイツの子供に民族の自覚を促すのは当然だろう。それが人種と遺伝を強調するものであっても、異民族混淆社会を推進する多民族主義よりマシである。当時の子供たちは、「神聖なるドイツ人の血」を称える詩歌を暗記したという。

  汝の血を清く保て。君だけの血ではない。遙か昔から連綿として続き、未来へ向かって流れ行く。それは数千の祖先の血を伝え、未来はその中を流れ行く。汝の永遠の命のケープを清く保て。(クーンズ p.191)

  国民教育には祖国を愛する子供を育てるという主旨があるから、外国人には賛成できない所があっても仕方がない。ゲルマン人ではないユダヤ人にとって、太古から脈々と流れるドイツ人の血統は承知できなくても当然だろう。しかし、自らの系譜を自慢することは、ユダヤ人だって何千年も前から行ってきたことだ。ユダヤ教徒は「アブラハム、イサク、ヤコブ」の子孫であることを誇りに思っていたし、子供達をシナゴーグに集めて毎回言い聞かせてきたことである。ユダヤ教が他民族蔑視なのは有名だ。同類のアラブ人でさえ怒ってしまう。アブラハムと女奴隷のハガルとの間に生まれたのがイシュマエルで、彼がアラブ人の先祖である。その後、正妻のサライとの間にイサクが誕生し、彼がアブラハムの嫡男でユダヤ人の先祖になった。ユダヤ人の聖典には野蛮な歴史が刻まれている。旧約聖書の「ヨシュア記」を読めば、日本人は気分が悪くなるだろう。虐殺に次ぐ虐殺で、カナンに住む諸民族を皆殺し。エリコを占領した時、ヨシュアたちは町の女子供、老人はおろか牛や羊、ロバに至るまで、ことごとくメッタ殺しにしてしまった。(ヨシュア記6章20-21節) アイの町に突入した時だって、男女併せて1万2千人も殺した挙げ句、町に火を点けて焼き払ってしまったのだ。(ヨシュア記8章24-26節) どんな民族にも残酷な過去がある。ユダヤ人はアダムやノア、アブラハムの末裔であることを自慢してもいいが、ドイツ人がゲルマン種族の子孫である主張したらダメというのはおかしい。

Hans Schemm 2Bernhard Rust 2Nordic Beauty 3Jewish woman 3








(左: ハンス・シェム/ベルンハルト・ルスト/北欧系女性/右: ユダヤ人女性)

  クローディア・クーンズを始めとするナチス反対論者は、グロスたちの人種政策や民族主義を茶化したり、似非科学に基づく狂信的思想だと断罪する。彼らはグロスの理念がユダヤ人絶滅政策への道を準備したと非難するが、ユダヤ人がなぜヨーロッパに長いこと居坐ったかになると、僅かしか触れないのだ。中には全く言及せずに一方的なドイツ批判に終始する場合がある。反ユダヤ主義は、ユダヤ人がいるからこそ成立する排斥運動だろう。日本にはユダヤ人が流入しなかったから、戦国時代でさえ反ユダヤ主義者がいなかった。ユダヤ問題を解決したければ、ユダヤ人に国外退去を勧めるのが、ユダヤ知識人の努めだろう。その意味で、シオニズムは理に叶った帰還事業である。感情的に対立する集団は、離ればなれに暮らすのが一番だ。

  我々がナチスの歴史を勉強する時、どうしてもユダヤ人の著作で学ぶようになっている。反ユダヤ主義とユダヤ人抹殺がセットになれば、誰だってその野蛮性に恐れをなして目を背けてしまうだろう。ユダヤ人擁護者の狙いは、ヨーロッパ人がユダヤ人を欧州から追放することは悪である、と誰もが反応するよう調教することにある。西歐人はユダヤ人の説教を従順に聴くが、その反対の状況を議論をしない。ドイツがドイツ人ばかりの国になったら、ドイツ人にとってどんな弊害があったのか、という点を考えないのだ。ユダヤ人が居なくなって寂しく思うドイツ人は何割居たのか? 変人を別にすれば、まずいないだろう。歴史上、スペイン人やイギリス人はユダヤ人を追放したが、国王にユダヤ人の再入国を懇願する臣下はいなかった。(買収された者は別。) また、ユダヤ人と結婚することは、ドイツ人の幸せに結びついたのか? ナチスはゲルマン民族の容姿が劣化することを恐れ、異人種結婚や人種混淆に反対した。一方、ユダヤ人は異人種や異教徒との婚姻を歓迎したのか? 今だって黒人との混血児を持つユダヤ人家庭は稀である。ユダヤ人は積極的に西歐人と交際したがったが、アフリカ人やイスラム教徒には冷淡で、浅黒い肌をした非ヨーロッパ人を当然のように侮蔑した。ユダヤ人に人種差別が無かったと考えるのは、世界史を無視している見解だ。

ユダヤ人の北方種族讃美

  日本人には無意識の西歐人崇拝があり、特に“レイシズム反対論者”にその傾向が強い。「えっ、何言ってるの ? 」と不思議がる人は現実をよく見てみよう。ナチスの「ゲルマン民族優秀論」や「アーリア人至上主義」を聞くと、目くじらを立てて怒る人がいる。しかし、ドイツ人が自国民を絶賛したっておかしくはないだろう。日本人なら支那人が遠い昔から中華思想を持っており、ずうっと日本人を東夷、すなわち東方に住む野蛮人と見なしていたのだ。(ちなみに、支那人は自らを東洋人とは考えない。世界の中心たる支那から見ると、朝鮮や日本が「東洋」である。) その支那人に隷属していた朝鮮人は、支那人が勝手に作った華夷秩序を心から信奉し、日本人を格下の弟分あるいは無知蒙昧な夷狄と思っていた。だから、今でも朝鮮人は「天皇」の称号を認めず、天皇陛下を「日王」としか呼ばないのだ。それでも、日本には雲霞の如き「日中友好団」や「日韓友好議連といった売国奴が後を絶たないし、国民の多くもそれを“けしからん”と思っていない。ところが、西歐白人が自らを称賛し始めると、「白人至上主義だわ ! 」とか「レイシズム絶対反対よぉ~」とわめき散らす。支那人の野郎自大は許されるのに、西歐人の自画自賛は禁止という論理はどこから来るのか? 本音では西歐人を羨んでいるからだろう。好きと告白できない者に対して、意地悪になることはよくあるじゃないか。

  ナチスの人種論を否定するのは、ほとんどの学者にみられる特徴である。「アーリア人讃美など、とんでもない」というのが一般的な反応だろう。しかし、「どうしてそれが悪なのか ? 」については様々な答えがある。一番ポヒュラーなのが、ユダヤ人の虐殺に繋がったからという答えだろう。しかし、他民族に対する殺害なら、世界各地にあったし、どの時代にも見られる惨劇である。イランのアフマドネジャド大統領がCBSの番組で語っていた。「どうしてアメリカ人は特定民族の悲劇ばかりに注目するのだ ? 」というイラン大統領の質問に、一般のアメリカ人はまともに反論できないだろう。彼らはただ「ガス室での大量虐殺は人類史上、例をみないから最大の罪」と答えるだけだ。しかし、そのガス室殺人には物的証拠かない。もし、散々宣伝してきた大量虐殺が捏造だったら、他に類を見ない世紀の詐欺になるだろう。だから、ユダヤ人は必死になって隠蔽しようとする。生まれた時からユダヤ人のプロパガンダに曝されているアメリカ人は、ユダヤ人に洗脳されていることに気づかないのだ。日本人も西歐人と同じ洗脳を受けているので、ドイツの人種論に反発するよう仕込まれている。

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(イスラエルのモデルたち/左: バー・ラファエリ / バー・ペイリー / リナ・マクーリー / 右: エイガム・ロドバーグ)

  ユダヤ人はヨーロッパ人にたかることで、魅力的な文化を創ってきた。その証拠にイスラエルの文化には魅力がない。才能豊かなユダヤ人が密集しているのに、世界に冠たる文化の発信地になっていないのである。実際のところ、ユダヤ人は同胞ばかりで暮らしていると、何となく息苦しくなり、活気を失ってしまうのだ。アメリカに住むユダヤ人は、ウキウキしながら創作活動に専念し、ハリウッドでたくさんの映画を制作している。ところが、イスラエルのテル・アヴィブやイェルサレムは、いっこうに藝能界のメッカにならない。ユダヤ人は西歐人が居ないと元気が出ないのだ。欧米に潜むユダヤ人学者は、ナチスのゲルマン的理想美を手厳しく批判しているのに、本場イスラエルのユダヤ人は北方種族の容姿を理想の美としてるから呆れてしまう。イスラエルの美人コンテストを見れば、評価の高い出場者は西歐人と全く区別がつかない。第二次大戦前のヨーロッパで、鉤鼻に悩んでいたユダヤ人が嘘のようだ。映画界やファッション界はもちろんのこと、売春業界でも人気のある女性は北欧系か東欧系スラブ人である。ただし、北欧人娼婦は高価で数が少ない。それでもユダヤ人が白人売春婦を求めたので、目ざとい闇のブローカーは、経済的に苦しいロシアやウクライナを巡り、貧しい白人娘達をかき集めた。いわゆる「ナターシャ貿易」である。ロシア人女性にはよく「ナターシャ」という名前が多いから、こうした俗称がついたのだろう。人種主義者のナチ党員とスケベなユダヤ人は、ともにアーリア人の遺伝子を好んでいたわけだ。

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(左: メラニー・ローラン / ジェイミー・リー・ニューマン / ナタリー・ポートマン / 右: スカーレット・ヨハンソン)

  ユダヤ人は天主ヤハウエ(民族の神様)がくれた土地が嫌いだ。ドイツで迫害を受けた大多数のユダヤ人は、祖先の土地カナン(パレスチナ)に向かわず、白人が主流のアメリカやカナダ、オーストラリアに移住した。あれほど西歐のキリスト教徒から毛嫌いされたのに、またもや異人種で異教徒の国へ流れ込んだのである。憧れの国アメリカではユダヤ人が大繁殖。政治・経済・行政・学界・メディア界を次々と征服して勢いが止まらない。中でもハリウッドはユダヤ人の牙城となった。映画会社は全てユダヤ人が所有し、娯楽産業はユダヤ人の天下になっている。しかし、映画やドラマに出演する役者は、ユダヤ人だけで独占できない。ユダヤ人役者ばかりでは観客が寄りつかないのだ。したがって、お客様の御機嫌を取らなくてはならない。それでも時々、主役がユダヤ人という場合もあるが、そんな時は共演者を西歐人にする必要がある。監督がユダヤ人だったりすると、男優はユダヤ人らしい顔つきの者が採用されるが、女優となれば西歐人か西歐人と同じような容姿のユダヤ人が起用されるのだ。ナタリー・ポートマンやスカーレット・ヨハンソン、ジェイミー・リー・ニューマン、メラニー・ローランを見れば分かるだろう。

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(左: アダム・サンドラー / ケイト・ベッキンゼール / ティア・レオーニ / 右: ドリュー・バリモア)

  ナチスの反ユダヤ主義者は、醜い姿のユダヤ人男性が、金髪碧眼のドイツ人女性に言い寄ることを、盛んに糾弾した。当時のユダヤ人なら言いがかりだと反論しただろう。しかし、ハリウッドで成功したユダヤ人男優は、ブロンドの西欧系女性を共演者に選んで恋愛映画を作ってしまう。例えば、アダム・サンドラーは『ウェディング・シンガー』でドリュー・バリモアを、『クリック/もし昨日がえらべたら』ではケイト・ベッキンゼール、『スパングリッシュ』だとティア・レオーニを選んでいた。サンドラー氏はユダヤ人女優が嫌いなのか? もう一人、人気コメディアン男優のベン・スティラーも西欧系女優が好みである。『ミート・ザ・ペアレンツ』ではテリー・ポロ、『メアリーに首ったけ』だとキャメロン・ディアス、『ポリーmy love』ならジェニファー・アニストンと共演していた。(ただし、実際に決定権を握っていたのは監督だろう。でも、主役の意見が反映された可能性もある。) アメリカの西欧系国民は、ユダヤ人がでっち上げる理想の社会を、映画を通して擦り込まれる。ユダヤ人は娯楽作品で、反ユダヤ感情を中和しようと画策してきた。西欧社会にすっかり溶け込んでいるユダヤ人のイメージは不動のものとなり、ユダヤ人に対して違和感を持つ者は、世間から道徳的に批判されるのだ。ハリウッドで鍛え抜かれたユダヤ人と比べれば、ヨセフ・ゲッペルスなど凡庸な素人監督に見えてしまう。やはり、プロパガンダ映画や心理戦にかけてはユダヤ人の方が数百倍も上手(うわて)である。

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(左: ベン・スティラー / キャメロン・ディアス / テリー・ポロ / 右: ジェニファー・アニストン)

  ナチスが北方種族の肉体を誇りに思い、それを異人種の遺伝子で損なわれないように、純粋性を保とうとしたこと自体は悪くなかった。どこの国のナショナリストだって、自国民を自慢するものだ。アメリカ黒人は自らを「アフリカ系」と称し、アフリカ人の祖先を持つことを肯定している。マーティン・ルーサー・キング牧師は、「黒は美しい」と公言していた。それならナチ党の高官が「白は美しい」と断言してもいいはずだ。こんなフレーズは、昔の西歐人なら常識である。人間の美には、世界基準がないので、各民族が独自の価値観を持っていても不思議ではない。例えば、アフリカの原住民たるホッテントットは、突き出たデカい尻を自慢していたし、太っていることだって恥ずかしいと思わなかった。西歐人や日本人なら、不格好な黒人を見て笑うだろうが、違った美意識を持つ民族には、どうして可笑しいのか分からない。ユダヤ人もヨーロッパ人から侮辱を受けて憤慨したが、それなら彼らは中東アジアに戻って、ユダヤ的美意識を仲間同士で分かち合えば良かった。他人の土地に住みながら、他人の価値観に文句をつけていたユダヤ人こそ、本当は反省すべきなのだ。  

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(左: 枚ホッテントットの女性 / 中央: ふくよかな黒人女性 / 右: オシャレなアフリカのムルシ族)

  ヒトラーの第三帝国を継承したのは、おそらくイスラエルであろう。皮肉だが現実は動かせない。イスラエルはユダヤ人という種族に基づくレイシスト国家で、異民族を排除する政策を国是としている。ユダヤ人の強硬派は、地元民たるアラブ人をパレスチナから追い出して、獲得した領土を固有のものとした。抵抗するパレスチナ人は、テロリストに指定して徹底的に弾圧。ヨシュアがカナンの地で異民族を皆殺しにしたように、シャロン首相もアラブ系イスラム教徒を根絶やしにしようとした。イスラエル政府は世界に散らばった同胞に帰還を勧めたが、異民族が流入したり、避難民が押し寄せることは頑なに拒否。ユダヤ難民を拒絶したイギリス人やアメリカ人を怨んだのに、住むところを失ったイラク人やシリア人がやって来ると冷たくあしらった。ところが、ユダヤ人の肉体・遺伝子を持つ者なら、無神論者や共産主義者でも受け入れてもらえるのだ。見事なレイシズムとナショナリズムである。ユダヤ人のレイシズムは、それだけではない。ユダヤ人至上主義者のラビは、ユダヤ人娘にアラブ人と結婚するような真似はするな、と説教する。もっと熱心なユダヤ民族主義者になると、ユダヤ人社会を清潔にするため、同性愛者を殺害しようとするのだ。今年、イェルサレムで開催されたゲイ・パレードで、6名のユダヤ人がイシャイ・シュリッセルという超保守派ユダヤ教徒に刺される事件が起きた。街頭に殺人鬼がいたけど、イスラエル政府はもっと冷酷だ。エチオピア系移民を計画的に抹殺しようとしたのだ。予防注射という口実でエチオピア系女性にこっそり不妊薬を注射したことがバレてしまった。処刑されたナチ高官はあの世で、さぞほくそ笑んでいるだろう。ヒトラーやゲッペルス、ヒムラーがこぞって拍手をしているのが目に浮かぶ。

  ナチスとユダヤ人について書くと、うんざりするほど長くなってしまうので、中途半端な形で終わるしかない。本当はもっと深い原因を述べる必要がある。ユダヤ人迫害を理解する上で、なぜユダヤ人がゲットーから解放されたのかや、ユダヤ人の自己嫌悪についても触れないと、問題の核心に迫れない。また後で触れたいと思う。





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ヒトラー萬歳とつぶやく労働者 / ナチスの知られざる社会革命 (1)

ケインジアンだったヒトラー

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  欧米人が学ぶ近代史の教科書は、ユダヤ人の歴史観に基づいている。欧米人はヒトラーと聞けば、すぐ「悪魔」とか「ユダヤ人虐殺者」を連想し、冷静に考えず感情的な拒否反応を示す。しかし、ナチ・ドイツだって西歐史の一部であって、長い歴史から見ればそんなに異質なものでもない。最も異様なのは、肉体はヨーロッパ人なのに、精神がユダヤ人的思考に染まっていることだ。特にイギリス人とアングロ系アメリカ人は、ドイツ人と同じゲルマン種族なのに、なぜかユダヤ人を同胞のように考えている。第三帝国のドイツ軍人を悪魔の手先と決めつけ、冷酷で残忍な殺人マシーンと見なすのに、今まで散々嫌ってきたユダヤ人が迫害されると、まるで血族が侮辱を受けたように感じるのだ。もし、西歐人が健全な精神を持っているなら、ドイツ人の歴史的背景を考慮するだろう。本来なら、戦闘停止ともなれば、騎士道精神を思い起こして、ドイツ軍人の奮闘を称え、ドイツ人に対する虐殺を反省するはずなのに、現実だとそうなっていない。西歐人はユダヤ人から繰り返し、「反ユダヤ主義の道徳的罪」を擦り込まれている。学界とマスメディアがユダヤ人に牛耳られているから、彼らは紳士的態度を忘却し、敗者のドイツ人を口汚く罵るというユダヤ的性格に染まっているのだ。アメリカやブリテンの紳士階級は、乃木大将がステッセル将軍に対して示したような武士道に気づかない。日本人はユダヤ人の洗脳を拒絶して、多様な角度からドイツ史を学ぶべきである。

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(左: アウトバーン / 右: フォルクス・ワーゲンを試乗するドイツ将校)

  ナチス時代のドイツ経済を学ぶ時には、ナチ党の政治思想を併せて考えないと理解しづらい。ヒトラーが不況のドイツ経済を有効需要を生み出すことで回復させたことは、様々な学術書で語られている。ヒトラーがケインズ経済学を実践したことは、あちこちで説明されよく知られているから今さら珍しくもない。不景気で失業者が街に溢れているなら、ピラミッドでもスフィンクスでもいいから、何か仕事をつくって失業者に職を与えればいい。象徴的な公共事業がアウトバーンで、ナチ・ドイツが、全長約5,000キロ・メートルに及ぶ自動車道路網を建設したのは誰でも知っている事実。ヒトラーはアウトバーン公社を作って、ドイツ国内に高速道路網を張り巡らし、モーターライゼージョンをいち早く先導したのだ。ヒトラーが偉かったのは、政治家に徹したからだろう。高名な学者で銀行家だったヒャマル・シャハト博士(Dr. Horace G. Hjamar Schacht)や経済官僚が、あれこれ反対したり、出来ないことを並べても、鉄の意志でもって自分の信念を貫いた。

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(左: フォルクス・ワーゲンの説明を受けるヒトラー / 中央: ヒャルマー・シャハト / 右: アーサー・ラッファー)

  総統にとっては失業者救済と景気回復が優先課題。そのために役人は智慧を絞れ。ヒトラーは大学教育を受けていなかったから、生半可な知識で躊躇することがなく、かえって直感が鋭かった。官僚が優秀なのは、過去の事例を暗記しているからで、未来のことになったら急に愚鈍となる。仮にアイデアを出しても凡庸なものがほとんど。失敗や責任を怖れるから、ギャンブルには不向き。クビになる心配のないヒトラーだから、大胆な事ができたのだ。こうした点はロナルド・レーガン大統領と似ている。レーガン大統領も経済学には素人だが、減税による景気回復や軍拡による強いアメリカ、信仰によるモラルの復活を目指した。巷の経済学者は、大統領の相談役だったアーサー・ラッファー(Arthur Laffer)教授のラッファー曲線を揶揄したり、減税による双子の赤字を云々するが、アメリカ人の生活は良かったし、軍事予算が増えて研究開発が盛んになったから、結果的に見れば良い方じゃないか。アメリカの国際的地位は沈まなかったし、ドルが紙くずになることもなかった。経済学者は強力な軍隊が外政に及ぼす役割に触れないから、片手落ちの議論を繰り返す癖がある。レーガン大統領は無名のユーレカ・カレッジ(Eureka College)に通っていたくらいだから、とても経済理論を勉強していたとは思えない。教室に籠もって教科書を朗読するより、フットボールや乗馬で体を動かす方が得意だった。しかし、政治家はガリ勉タイプより、世間通の常識人であるべきだ。レーガン大統領は、物事の本質を見抜く炯眼の持ち主だったから、学者がぎゃーぎゃー批判してもへこたれなかった。(言っちゃ悪いが、経済学者は政治家の方針にケチをつけるのが商売だから、庶民は常識を持って彼らの意見を聞かなくてはならない。)

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(左: フットボール選手のレーガン / 軍服姿のレーガン / 右: 乗馬を楽しむレーガン)

  大規模な道路建設事業で雇用を創出したことは、色々な経済学者が書いているから、ここでは繰り返さない。重要なのは、ヒトラーが理想的な労働者の生活についてヴィジョンを持っていたことだ。日本の政治家なら道路工事は、地元有権者へのアピールと土建屋からのキックバックが目的だろう。しかし、ヒトラーは違った。彼は支配民族として相応しい生活をドイツ人が送れるように考えたのである。もちろん、劣悪な道路で自動車が消耗するのを防いだり、交通・輸送にかかる時間の短縮を狙ったものとも言えよう。しかし、何はともあれ、一般労働者でも車を手に入れ、ドライヴを楽しむことが出来るようになったのだ。裕福とは言えない庶民でも、真面目に働けば休日に家族を車に乗せて、ピクニックに出掛けることが可能になったのである。大変なクルマ好きであったヒトラーが、フェルディナンド・ポルシェ博士に国民車(フォルクス・ワーゲン)の設計を依頼したことはとても有名だ。ヒトラーが国民車のデザインをスケッチしたこともよく知られている。三流とはいえ、元は画家だったので、外見には敏感なのだろう。ユダヤ人が描くヒトラーは、誇大妄想に取り憑かれた狂人とか、低能で残酷な独裁者であるが、実際の彼は具体的に考え、細かいことにまで気を配る政治家であった。だから、国民車は庶民ても購入できる手頃な価格にしたかったし、エンジンは水冷式にすべしと提案していた。しかも、クルマの交換部品まで頭に入れていたというから賢い。一般人は自動車の値段ばかり気にするが、本当は維持費も考慮に入れなければ、いつか後悔することになる。メルセデス・ベンツを買って大喜びの日本人には、交換部品の値段を見てビックリという人もいただろう。

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(左: ヒトラー / 中央: フォルクス・ワーゲン / 右: フェルディナンド・ポルシェ)

  ヒトラーのドイツと比べたら、我が国はとても貧しかった。同時代の日本人を思い出してみれば分かるだろう。1930年代に、我が国の労働者が自動車を購入して、日曜日に家族でドライヴを楽しむなんてあり得なかった。庶民の交通手段はバスとか自転車くらいで、都会だとフォードやGM製の円タクがあったが、カフェに勤める女給(ウェイトレス)が、帰りがけに乗るようなクルマではなかった。オートバイだって外国製が主流で、給料の20倍なしい30倍もしたから高嶺の花だった。ちなみに、昭和40年代頃までの日本は呑気な時代で、自動車免許を取れば大型バイクも乗れたのだ。スクーターさえ危なくて乗れないオバちゃんが、ハーレー・ダヴィドソンのような大型バイクに乗ることを許可されていたのだ。まあ、昔は大型バイクを購入する人が少数派だったからだろう。自動車ブームは高度成長期を待たねばならず、日本のモータライゼーションは遅れていたのだ。高齢者なら昭和30年代のホンダ・スーパー・カブを覚えているだろう。一家に一台の自家用車はまだ贅沢品で、当時は自動二輪が一般的。昭和30年代後半からようやく自動車の時代となり、スバル360などが人気で、その後にトヨタ・カローラやマツダ・ファミリアといった乗用車が人気車種となった。

  昔の日本人はクルマを運転することだけでも胸がワクワクしたし、恋人とデートする時にクルマを持っていることは自慢だった。クルマ離れの若者を見ると、新車販売のディーラーは昔が懐かしい。戦後、フルブライト留学生としてアメリカに渡った日本人は、中流家庭の労働者が大きな家に住み、自家用車を所有していることに驚いたという。何と言っても、ライフスタイルが違っていたのだ。小室直樹先生はフルブライト留学生で渡米した時、アメリカ人家庭の冷蔵庫を見て驚いた。冷蔵庫には食糧がいっぱい詰まっていたのだ。コカ・コーラとホット・ドッグを手にして、フットボールの試合を観戦したり、野外で映画を見るのがデートの定番といった時代である。比較的裕福な家庭の出身だった竹村健一も、戦後はソースを掛けただけのご飯を食べていたというから、アメリカに留学した時は日米の格差を実感したことだろう。あまりにも、生活水準が違っていたのである。こう考えると、ナチ・ドイツが実現した庶民の生活が如何に凄かったかが分かるだろう。

Harley Davidsonスーパー・カブ








(左ハーレー・ダヴィッドソン/右ホンダ・スーパー・カブ)

  こうした生活水準を実現するには、まず景気を回復させ、雇用を確保することだ。それには、公共事業を増やすと共に、個人消費を刺戟しなければならない。 そこで、帝國金融省大臣のフリッツ・ラインハルト(Fritz Reinhardt)は、様々な政策を打ち出した。1933年6月の第一次失業削減法は、10億マルク(ライヒス・マルク)を投じて全国の建設事業を活性化させたのだ。公共建築物や商業施設、住宅、農場などの修理や改築を促進し、その際にはドイツの建築資材が使われるよう法律で定めた。同年夏には建築物修復法が通り、小規模な事業者に5億マルクが投入され、住宅所有者が建物を修繕したり増築したりすると、費用の20パーセントを政府が負担してくれたのだ。また、商業建築物の所有者は、改築のときエレベーターや換気システムの設置をすれば補助の対象になった。住宅や商業ビルだと、高額な費用になるし、関連産業の裾野が広いから経済効果も抜群。不動産所有者が建物を新築する時には、地元の銀行や貸付組合から融資を受けることができた。その際、政府は金利を肩代わりするため、借り主にクーポン券を支給したという。さらに、1933年9月の税制控除法では、修繕した者に税控除を認めるという気前よさ。それでも腰が重い人がいるかも知れないので、政府は短期借り入れを低金利の長期借り入れに乗り換えるよう手助けした。この法律のお陰で、債務者が払う金利が7パーセントから4ないし3パーセントにまで減ったという。(Richard Tedor, Hitler's Revolution,  Chicago, 2013, p.42-43)

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(左: トヨタ・カローラ / 右: スバル360)

  景気刺戟策と税収はセットになっているから、経済政策では税制も重要になる。多くの国で税は重くなるし複雑になりがちだ。ワイマール時代のドイツでも同じで、賠償金を払うためもあったが、ドイツ国民は重税感に喘ぎ、複雑な税制にも辟易していた。各地方自治体が税や料金の徴収を行っていて、全国規模の徴税システムが整っていたなかったから、重複行政でコストが嵩み効率が悪かった。ラインハルトは複雑な徴税の仕組みを簡素化して行政の無駄を省こうとしたのだ。それには、地方がバラバラに集めていた税を国家が徴収することにし、全国共通の税制に変えることにした。中央政府が地方政府の予算を計算し、全ての歳入を手にして、それを地方の役所に分配するこという塩梅(あんばい)。各国民は一年間の納税通知書を受け取り、毎月の分割で納めるようになった。また、国民が個別に納税しに行く制度では、税務署の業務が忙しくなるので、ドイツ政府は企業の会計課が従業員の給料から税金を天引きするように指示したという。日本人の源泉徴収は、ドイツに倣った制度であった。いかにも効率を重視するドイツ人らしい発想だが、日本のサラリーマンが納税意識を失ったことは、日本の民衆政治にとって大きな打撃である。ラインハルトの方針は、大企業にとって増税となったが、長期的には、労働者に対する減税政策は商業を活性化させ、政府の収入を増やしたと言えよう。

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(左: フリッツ・ラインハルト / 右: フォルクス・ワーゲンのポスター)

  政府の歳入を増やすには、増税をするより、経済規模を拡大した方が良い。国民の懐からお金をむしり取るよりも、個人消費を増やして、売上税や法人税で歳入を確保した方が、国民だって納得するだろう。例えば、ドイツの自動車産業は減税措置の恩恵を受けた。1933年4月の車輌税法は、個人が購入した自動車やバイクにかかる税や料金を一気に撤廃したのである。自動車を所有したり運転したりする際の消費者負担が削減されたことで、販売数が飛躍的に伸びた。1932年に工場が生産していた自動車の数は43,430台だったのに、ヒトラーが政権に就くと92,160台に跳ね上がった。新車生産台数は増大し、自動車工場で雇われる労働者数は、1932年の34,392人から四年間で110,148人にも増えたという。政府は5千万マルクを投じて減税措置を行い、古くなった車の所有者に買い換えを勧めたのである。日本人だってヒトラーみたいに減税してくれる政治家を望んでしまうだろう。(左翼は安倍首相をヒトラーになぞらえるが、消費税を上げた安倍氏はヒトラーと反対の政策をとったのだ。) 日本で自動車にかかる税金は相当なものだ。自動車を購入すれば、取得税をとられ、毎年自動車税を払って燃料にも税金がかかっている。腹立たしいのは、ガソリン税に消費税を掛けるという二重課税だ。庶民は民間の自動車保険を契約した上に、車検まで受けなくてはならない。車検制度は不要なのに未だに存在する。だいたい、新車なのに三年くらいで故障する日本車なんて今時あるのか? クルマが贅沢品で粗悪だった頃の税制が、廃止されずにすうっと続いてきたのだ。車検がなくなって困るのは、ドライバーではなく、修理工場であろう。民衆政治では民衆への税負担が増えるというのは皮肉なものだ。

家庭重視のナチ・ドイツ

  ナチ・ドイツの経済政策は政治思想と密接に絡んでいる。財政出動や減税措置は、あるべき社会を実現するための手段であった。ヒトラーの性道徳や宗教観には不埒なものもあったが、彼の家族観は意外とまともなので感心する点が多い。例えば、女性は家庭を持って良き母たれ、という価値観があった。逆説(パラドックス)みたいだが、ヒトラーは国家の私物化を図ったため、かえって国家を健全にしてしまった。世界で最も素晴らしいドイツ帝國にするため、その成員たるドイツ人を立派な国民にとようとしたのだ。それには、まず家庭をしっかりとした基盤にする必要がある。こうしたイデオロギーから、ナチスは結婚を奨励し、職業婦人よりも良き妻で子沢山の母を優遇したのだ。例えば、ラインハルトの失業削減法は、月に1パーセントの金利で、1,000マルクを新婚カップルに貸し出した。この貸付金はクーポン券(購買券)の形で渡され、その券でもって家具や家庭雑貨、衣類を替えるようにしたのである。クーポン券にしたのは、現金で渡すと何らかの借金返済とか、他の目的に使用されることを危惧したからだ。現在の日本でも子育て補助を現金支給にしたら、不道徳な親はパチンコや酒、タパコに使ってしまう懼れがあるので、文房具とか体操着などしか買えない限定商品券にした方がよい。婚姻奨励貸付金は、過去2年間で6ヶ月以上勤務経験のある花嫁が対象で、寿(ことぶき)退社を条件にしていた。それに、職場から女性がいなくなれば、その空席に失業していた男性が就くことが出来る。

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(左: ドイツ人の親子 / 中央ドイツ人の大家族 / 右: 子供と母親のポスター)

  帝國政府による貸付は少子化対策の一環でもあった。お金で子供を増やそうという発想はけしからんが、現実の生活ではお金が問題になるのでしようがない。この政策では、子供が1人生まれると、その借金の25パーセントが返済免除になるという仕組みであった。したがって、2人目、3人目を出産する度に返済免除が増えて行き、4人目を産めば、その借金はチャラとなる。つまり、子供を4人産めば借金が形を変えたプレゼントになるという訳だ。1936年までに、政府は75万組のカップルにこの融資を行ったという。妊婦だけにご褒美をくれるだけでは、他の庶民からも不満が出てきそうだから、一般労働者に対しても消費促進政策がとられた。公共事業に従事した労働者には、4週間の労働に月25マルク分の商品購入券が支給され、指定小売業者の店で衣服や世帯道具を購入できたし、クリーニングなどの支払いも出来たという。これには大型百貨店から小規模焦点を保護する目的もあった。

  新婚家庭が増えれば、それに伴う消費も増大する。住宅需要が伸びた結果、建築屋の現場に雇用が生まれ、それに伴い家具屋も繁盛した。こうした結果、1933年度の製造業は50パーセントも増大し、工場では暖房器具や、厨房・台所用品の生産で大わらわ。政府は小規模な住宅を購入する新婚夫婦に対して、不動産税を取らなかった。所得税や売上税の減税を実施した分は、失業補償の減少や歳入増加で相殺されたのである。様々な補助金政策や減税処置を行っても、雇用の安定や失業手当の減少、経済活動の回復・増加で支出とのバランスを取ることができたのだ。日本では家族破壊思想が政府や官庁で蔓延しているから、日本人撲滅政策がとられている。独身女性を増やすため、男女雇用均等法をつくり、年金も夫婦ではなく離婚を前提とした掛け金の支払い、扶養家族控除も縮小するといった方向に動いている。つまり、主婦になるメリットを減らし、家事よりも出稼ぎの方が得になる税制にしているのだ。しかも、保育所を増設することで、子育ては他人に任せるよう促す。親子の絆を脆くし、砂粒のような子供を増やすことか目的だ。霞ヶ関に蝟集(いしゅう)する赤い官僚にとって、共稼ぎをする夫婦や、離婚しても明るく生きる老人、孤独な人間が寝泊まりするだけの冷たい家庭が、民主的な日本の理想である。女性の扱いにおいては、日本人やアメリカ人の方が遙かに異常だ。女性を兵卒にしなかったナチ・ドイツよりも、女性を海兵隊員にしたり、ゲイを軍隊に認めたりするアメリカの方が、民主的と言われるが、日本人ならドイツの方が常識的に思える。子供を産む女性を尊敬しない国家は衰退するだけだ。

西歐にあった農本主義

german countryside 2German Village, Rothenburg-ob-der-Tauber






(写真/ドイツの田舎)

  一般的に、ドイツは新興工業国というイメージがあるけれど、ナチスは農業国としてのドイツを重視する思想を持っていた。これは人種と国土を強調するナチスの思想からすれば、それほど不思議ではない。ゲルマン人は掠奪を行う戦士である一方、家畜を育てたり、小麦を栽培したりする農民であった。イングランドへ渡ったアングル人やザクセン人は定住する土地が欲しかったし、アメリカ大陸へ入植したイギリス人が開拓農民になったのは興味深い。ゲルマン民族は大地に根付く生活が好きだし、都市よりも田園に郷愁を感じる。田舎の生活が理想になるのは、西歐に封建制度があったからだろう。地方の統治者と領民に活力が漲る西歐と日本には共通点が多い。ロシアからアラビア、インド、シナに至るアジア大陸と違い、西歐と日本では土地を介して支配者と領民の間で親子のような独特な感情が生まれた。意外かも知れないが、ここから自由主義と民衆政体が発展したのである。日本人は勘違いしているけど、西歐の絶対主義は封建制度があったから打破されたのだ。封建制のもとで鍛えられた騎士がいたからこそ、社会の支柱たる中流階級が勃興したのである。下層階級の庶民が政治意識に目覚めて、代議制が誕生したなんて信じる奴はいないだろう。

  各地の風土は、その宗教にも現れている。アラブ人やユダヤ人、フェニキア人といった中東アジアの民族は、基本的に商業で儲ける連中で、農村より都市に住むことを理想とする。彼らは城壁で囲まれた都市の中で暮らし、その中には様々な人間や産物が流れ込み、異民族混淆社会というのが普通。こうした城塞都市だから、魅力的だが怪しげな宗教家が現れて、人種や民族にこだわらない普遍宗教が台頭するのだ。不特定多数の民族を束ねる信仰だから、その戒律は簡潔で厳格となる。イスラム教はその典型で、どんな生まれの人間でも入信できるが、その生活はきっちりと規定される。沙漠の宗教には、日本的な曖昧解釈がない。一方、気運壮大な普遍的宗教を持たないゲルマン民族は、もっぱら自然や先祖を崇拝する多神教(アニミズム)が主流だ。神様や精霊が森や湖、川、山に住んでいて、人間みたいな感情を持っているし、人々が祈願すれば雨や豊作をもたらしてくれる。中東の神は唯一絶対の超越者で、人間が神に奉仕するのか定番。しかし、農村の神様はどことなく寛容である。神様だって子供みたいにすねるし、女神に至っては人間を誘惑する妖婦だ。しかも、人間に奉仕してくれることが多く、不条理な要求を人間に押しつけない。

German countryside 4Forest of Germany 2








(写真/ドイツの森林と山里)

  ゲルマン種族には、陰鬱な都会生活と健全な田園生活というイメージがある。空気のよどんだ城壁の中に密集するセム人種よりも、澄んだ空気と美しい自然に恵まれた田園に暮らすアーリア種族のほうが好ましい。イギリス人だって、むさ苦しい外国人や労働者が密集するロンドンより、清らかな小川が流れ、牧草が生い茂るノーフォークの方がいいだろう。また、ドイツ人を非難するフランス人やオランダ人でも、ゲットーから出てきたユダヤ人と一緒に都会で暮らすより、牧場で草を食べる羊や畑を耕す農夫を見ながら過ごした方が、よっぽと気持ちがいい。巨木の神秘性を崇めていたドイツ人は、「土に還れ」とか「聖なる森」といった言葉に惹かれてしまう。鬱蒼とした森林を目にすれば、自然の中を歩くワンダーフォーゲルがドイツで発生したのも納得できる。愛国主義と民族主義を掲げたアルターマーネン同盟(Artamanen Gesellschaft)などは、農本主義を土台にしていると言えるだろう。農業は人間が大地を耕し、大地から栄養を吸収した作物を供給するから、しばしば郷土愛と結びつく。しかも、農民は行商人とか貿易商と違って、親子代々同じ村に生まれ育つから、耕作地との一体感が強い。封建制では武士と百姓は共に一所懸命になる。

  ナチ・ドイツの東部殖民や農地開拓に影響を与えたのは、ハインリッヒ・ヒムラーの片腕として頭角を現したリカルド・ヴァルター・ダレ(Richard Walther Darré)である。彼は『北方人種の生命源としての農民精神(Das Bauerntun als Lebensquell der nordishen Rasse)』や『血と土の新貴族(Neuadel aus Blut und Boden)』を書いて、ドイツ人たることを自覚し、大地に根付く北方種族の農民を強調した。こう聞いて「あ、素晴らしい」と思う欧米人はまずいない。ドイツ民族主義者のダレやウィリバント・ヘンチェル(Williband Hentschel)が、北方種族の醇化(じゅんか)とかゲルマン民族の共同体を説くと、日本人や欧米人は直ぐ拒絶反応を起してしまう。我々が持つナチス思想への嫌悪感は、長年に亙るユダヤ人の宣伝が築き上げたものである。一旦確立した歴史観は容易に修正できない。ユダヤ人がドイツ人に対して持つ怨念は千年続くだろう。日本人にとって、ドイツ人がゲルマニアで、どんな理念を掲げて国家を作ろうが知ったことではない。学校で洗脳された日本人は、アーリア人讃美と聞けば眉をひそめるが、ユダヤ人の選民思想には無頓着だ。外人がどんな価値観を持とうが自由だろう。日本人は血みどろのイエズスといったフィギュアが教会にあっても気にしないし、大勢のドイツ人が復活した救世主を崇めていることには関心がない。教養ある紳士までもが、キリストの奇蹟を信じ、水の上を歩いたとか、山を動かしたと信じていても、日本人は彼らを気違いとか低能児とは思っていないのだ。イエズス・キリストを讃美するキリシタンが、異民族や異教徒を殺したからといって、キリスト教を禁止しろと叫ぶ日本人はいないだろう。ナチズムへの異様な嫌悪感は、ユダヤ人が積み重ねてきた努力の成果である。

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(左: ヴァルター・ダレ / 中央: 湖の上を歩くキリスト / 右: 十字架に磔となったキリスト)

  ヒトラーの台頭でユダヤ人は窮地に追い込まれた。妥協を許さないヒトラーの発言により、ユダヤ人が異人種であることが再確認されたのだ。戦後、アングロ・サクソン世界に移住したユダヤ人は、快適な西欧社会から二度と追放されぬよう、徹底的に反ユダヤ主義の芽を摘むことにした。各界に浸透したユダヤ人は、執拗にヒトラーの悪魔化とナチズムへの侮蔑を、西歐人に植え付けたのである。ただ、この洗脳はユダヤ人と同類のアラブ人やトルコ人、エジプト人には効果がなかった。彼らはユダヤ人の舌に騙されない。ところが、狡猾な中東アジア人と違う西歐人は単純だから、ユダヤ人学者の口車に乗ってしまい、自分もユダヤ人になったような錯覚を持ってしまった。肉体はドイツ人に近いのに、思考はユダヤ風に染められているのだ。ドイツ人が北方種族であることを公言したって、そんなのは手前味噌で、大抵の民族が同じような主張をしているから、さして驚くことでもないだろう。例えば、モンゴル人がモンゴロイド至上主義を提唱し、世界を股にかけたモンゴル帝國を絶賛したって、我々は目くじらを立てて怒らない。モンゴル人が純粋なモンゴロイドだけで民族共同体を建設し、ゲルマン種族や日本民族を排除したって、我々は平気だし「どうぞご勝手に」と言って無視するだろう。それに、もし彼らがミス・モンゴロイド大会を開いても、我々は嫉妬に狂って「ネオ・ナチのモンゴル人に反対 ! 」と叫けばない。

  だから、ドイツ人がアーリア人至上主義やドイツ民族優越論を唱えたって、それは彼らの「手前味噌」であり、普通の日本人なら「夜郎自大だねぇ~」といって笑ってお終い。ドイツ人が郷土のドイツに、「純血の北方種族から成る共同体」を創ろうとするのは、彼らの自由である。居候のユダヤ人が激怒したからといって、西欧系アメリカ人や関係ない日本人までもが、ドイツ人を非難するのはおかしい。大学やテレビ局でユダヤ人が反ナチズムを繰り返し、ユダヤ知識人が大量の本を書きまくるので、我々は正常な判断力を失っているのだ。皮肉なのは、イスラエルのユダヤ人がナチ党と同じ異民族迫害を繰り返し、ユダヤ民族至上主義を掲げ、黒人の抹殺を謀ったことだ。ユダヤ人も自分の国家を持つと、ドイツ人と同じように振る舞うから面白い。ユダヤ人もアラブ人との混血を不純と見なし、ユダヤ人娘がアラブ人男と結婚せぬよう注意する。また、ユダヤ教徒は祭司階級の「コーエン」が古代からの血統を守ることに異議を唱えない。日本人がイスラエル版ナチズムを知らないのは、マスコミや知識人による情報封鎖と知識の隠蔽が原因である。

  北方種族のドイツ人が美しい農村に住み、純粋な子孫を増やすことを理想としたことを念頭に置かないと、ナチ・ドイツが実行した農村対策が分からない。当時のドイツでは、不景気の影響で農民の多くが借金に苦しんでいた。若い世帯はより良い仕事を求めて農村を去り、もっと稼げる都会に出てしまったのだ。1933年9月、政府は国家食糧生産団(Reichsnährstand)を創設し、農村や漁村の経済を改善しようとした。1,700万人の組織会員は農村の荒廃に歯止めをかけ、工業地帯への人口流出を防ごうとしたのである。そこで政府は農作物価格の統制に乗り出した。当然、食料品価格が上昇したから、一般国民には不評である。市場原理で決まる商品価格に政府が介入すれば、ひずみが起きるのも当然だ。サービス産業と違い、農業は各地域の伝統文化の保存や好ましい環境維持に必要だから、どうしても特別な配慮がなされてしまう。今日でもフランス政府による農民保護政策は、商業的側面より文化的事業の色合いが濃い。日本でも、稲作が廃れ農村が疲弊すれば、食糧自給の崩壊ばかりではなく、古来からの地元文化や信仰が消滅する事になるだろう。農政は単なる利潤追求では済まされないところに難しさがある。

  ヒトラーは強靱な農民階級が国民の健全性に不可欠であると考えていたから、農家に対して様々な優遇措置を講じた。国家食糧生産団は農場への不動産税を軽減し、借金を帳消しにする政策までとったのだ。こんな荒技は民衆政ではなかなかできない。独裁政だから思い切った決定を下すことができたのだ。この徳政令で借金を抱えた農家は新たなスタートを切ることができたから、農民がヒトラーを支持したのもうなづける。これとは別に、政府は地方補助公団(Landhilfe)を創設し、12万人の失業者を農場で働けるようにした。政府は彼らに給料を保障し、訓練を施したうえに、住宅まで用意したのである。学校を卒業したての若者に臨時雇用を確保し、夏休みに学生が農場で働けるよう手配した。ヒトラーは第一次大戦の時、英国による海上封鎖でドイツ人が食糧不足に苦しんだことを忘れていなかった。大戦中は75万人(主に女子供であった)が、栄養失調で亡くなっていたので、ヒトラーは食糧の自給自足ができるよう目指したのである。現在でも、日本人は農産品の自由化を賛成する一方で、食糧の国内生産や農村文化の維持を心配をしているから、TPP交渉では慎重になるのだろう。ナチスがやった社会主義政策だから一概に悪とは思えないし、戦後の西欧諸国もドイツと同じような保護主義を取っていたのだ。

ドイツの労働者がヒトラーを熱烈に支持

Nazi Women 2






(写真/ナチス式敬礼をするドイツ人女性)

  ナチ党は国家社会主義政党だから、労働者のための政策を推進するのは当然だった。戦後、アメリカやブリテンのユダヤ人やその追従者が、激しくナチスを罵倒したので、日本人もナチスを自動的に拒絶するよう調教されているのだ。確かに、ナチ体制下のドイツだと、ユダヤ人は辛い目に遭っていたから、良いことはなかった。住み慣れた地域を追い出され、財産を没収された上に、強制収容所に送られたのだから、恨み骨髄でも当然だろう。しかし、そもそもドイツはドイツ人の国であるから、ドイツの歴史を学ぶ時には、ドイツ人の立場や視点で考えなくてはならない。それに、注意しなければならないのは、ユダヤ人じゃないけど、左翼思想を持つドイツ知識人が正体を隠して学術本を書いていることだ。自虐史観で本を書き、自分だけは正義を体現していると仄めかす人物があちこちにいる。歴史や経済の本を出版するのは特殊なドイツ人だし、書物を執筆できない労働者は自分の意見を表明できない。しかも、戦後のドイツ罪悪史観により、労働者は本音を語ることはなかったし、あったとしても言い訳めいたものだった。我々はユダヤ人の恨み節ではなく、ナチ党がドイツ人にもたらしたプラスとマイナス面を検討すべきなのだ。

  第二次世界大戦における戦争経済を述べるとキリが無いから、ここでは戦争以外の事柄について考えたい。ナチ政権の出現によって、ユダヤ人は散々な目に遭ったが、ドイツ人労働者の生活水準が向上したことは確かだ。労働者はヒトラーのお陰で生活が良くなってしまった。例えば、ヒトラーは賃金形態の見直しを行ったのである。役職による給料ではなく、働きや能力に応じた報酬にすべしという考えだった。これは今日の保険会社と似ていて、やり手のオバちゃん外交員は、外回りでたくさんのお客と契約を結べば、オフィスで命令・監督する係長より給料が高かったりする。上司だから部下よりも給料が多いとは限らない。ヒトラーも同じ考えだった。ただし、特筆すべき点がある。ヒトラーは上流や中流階級を嫌っていたが、上層階級を引きずり下ろすことで、下層階級を向上させようとはしなかった。それはドイツ国民が階級ごとに対立し、同質民族の共同体を引き裂くことになるからだ。

  ヒトラーは労働者の賃金ばかりではなく、労働環境や待遇にも関心があった。彼は会社経営陣による労働者の搾取を非難し、労働者の酷使に対して懲罰を加えようと提案したのである。1934年1月に政府は労働規制法を制定し、労使間にある階級区別や差別的序列をなくそうとした。職場では命令者から指図されて盲従する労働者ではなく、指導員と従事者との関係になって、協力しながら仕事をせよと勧告したのである。これは、今日で言うブラック企業への行政指導みたいなもので、弱い立場の派遣社員や臨時社員を保護しようとする規制に近い。労働者保護の背景には、ヒトラーの個人的経験も含まれていたようだ。1942年5月20日の夕食で語ったことは興味深い。ヒトラーは秘書や店員、藝人として働く女性が、きちんとした生活ができるくらいの収入を得られるようにしてやった。ヒトラーによると、それまでの女性は小間使いのように扱われていたけれども、能力に応じた給料を得られるようになったらしい。ヒトラーのお陰で彼女たちは、生活のために男友達に頼るという惨めな生活から抜け出せたのだ。

Nazi Germany 1Nazi Germany 2







(写真/ナチスを歓迎するドイツの民衆)

  伍長上がりのヒトラーは、下働きの女性に同情したのだろう。彼は劇場の踊り子達が酷い待遇を受けていることに憤慨したのだ。コメディアンにはユダヤ人が多く、ベルリーナ・メトロホールといった劇場で15分ほど下品なお喋りをすると、月に3千ないし4千マルクも稼ぐことができたという。それなのに、踊り子達には70か80マルクしか払われない。しかも、彼女たちは15分の出番のために、一日中稽古をつづけるのだ。はした金にしか思えない給料のせいで、彼女たちは街角に立つしかなく、劇場は売春宿と変わりない場所になっていた。ヒトラーは踊り子達の給料を180ないし200マルクほどに引き上げて、踊りに集中できるようにしてやったのだ。その結果、劇場は本当に綺麗な女の子だけを雇うようになり、彼女たちには本格的な訓練が与えられたそうだ。さらに、劇場は踊り子達に教育を施すようになり、年齢的な限界を迎えれば、引退して結婚できるようになったという。( ヒュー・トレヴァー・ローパー 解説 『ヒトラーのテーブルトーク 1941-1944』 下巻 吉田八岑訳 三交社 1994年 pp.169-170)

  庶民の生活を熟知していたヒトラーは、上流階級の経営者やオーナーが、身分の低い労働者を奉公人か召し使い程度に扱って侮蔑するのを許せなかった。だから、政権を握った時に、労働者が望むような社会にするため、政治権力を揮ったのである。もっとも、企業経営に政府が介入するのは弊害が多いが、当時は雇用者側と従業員側の区別が著しかったので、雇われ人には権利といったものは、ほとんどなかった。民間企業の工場やオフィスというのは、株主や経営者の私有物であり、政府が口を挟むものではなかったのに、ナチス時代になると公的な領域に変貌したのである。現在の日本でも、悪質な企業が存在するから行政が介入する場合がある。例えば、ある全国チェーンの衣料品店では、名ばかりの正社員が無料残業や不規則な勤務時間を強いられたりする。24時間営業の牛丼屋だと、店長にさせられたヒラ社員は、パート・タイム社員より苛酷な勤務になる場合があった。無茶な売上げノルマを課されたり、連続で夜勤を命令された者が、ノイローゼになって自殺したケースもあったらしい。筆者も知り合いから聞いた話がある。その人の伯父さんは小規模の運送会社に勤めていて、長距離トラックの運転手をしていた。ある日、お昼休みなので、一緒に乗っていた助手は食堂に行き、その運転手はトラックの中で一人弁当を食べた。休憩時間が終わったので助手がトラックに戻ってみると、相方の運転手は居眠りしているように見えた。しかし、体をゆすっても起きず、亡くなっていたそうだ。昼夜かまわずの無茶な勤務を続けていたので、心臓に負担がかかっていたらしい。明確な原因は分からないが、不規則な仕事は寿命を縮めてしまうものだ。現代の社会問題を考慮すれば、ヒトラーの労働者保護政策は先駆的なものであったと言えよう。

  ユダヤ人にとって冷酷な殺人鬼であるヒトラーでも、ドイツ人労働者にとっては親分肌の為政者であった。非西欧系のセム人種たるユダヤ人は強制収容所に押し込められたが、同胞のゲルマン人労働者には新しいタイプの住宅が供給されたのである。ワイマール時代のドイツだと、労働者の住宅は酷いもので、一部屋あるいは二部屋に台所しか附いていない住宅が、全戸数の47パーセントを占め、およそ90万世帯が狭苦しい生活を強いられていた。新築住宅軒数は1929年がピークで、317,682戸となっており、1932年には141,265戸であった。半数近くが小さな家屋で、400万から600万の住宅が近代化の必要があったという。多くの住宅で電気が通っていなかったり、上下水道が完備されていなかったから、シャワーや浴槽すらない家庭が珍しくなかった。こうした惨めな生活状態を鑑みて、子供を作る気がしない夫婦が増えてしまうことをナチスは懸念したのである。そこで、ヒトラーは労働者の住宅事情を改善すべく、政府が主導権をとって快適な住宅を供給しようと考えたのだ。

  ドイツ労働省は「国民住宅(Volkswohnung)」という新型住宅を提案した。このタイプにはベッド・ルーム二つと台所、浴室が附いている。ドイツ労働戦線(Deutsch Arbeitsfront)は、労働者の家族がゆったりと暮らせるよう、広々とした住宅を作りたかった。そこで、帝國住宅局長官のシュタインハウザー博士は、民間企業と共同でこの住宅建設に取り組み、実現化を目指したのである。一方、ドイツ労働戦線は協力した企業を表彰し、好意的な宣伝もしてやったというから、今日で言えば役所や政党が企業のイメージアップを手伝ったということだ。フォルクス・ワーゲンの時と同じく、ヒトラーは具体的な構想を持っていた。彼はセントラル・ヒーティングを備えた住宅に、石炭と電気を併用した調理器具とお湯が出るシャワーを設置することを提案したのだ。この独裁者は細かいことにまで気がついていた。シャワー附き住宅を建築する際、子供でもシャワーを使えるよう、壁の低い所にもシャワーを設置するよう命じたのだ。菜食主義者で知られるヒトラーは、一般人の健康や公衆衛生を考慮した政策を実行したのである。

夢の海外旅行を企画したナチス

  ナチ・ドイツがテレビ放送を開始したり、ラジオの普及に務めたりしたことはよく知られている。しかし、ドイツ政府は庶民に娯楽だけを提供したのではない。当時、裕福な家庭しか持てなかった冷蔵庫を、一般家庭でも購入できるくらいのものにしたのだ。つまり、政府は高級品だった冷蔵庫を、基本的な構造にして生産し、手頃な値段で販売できるよう、製造業者に開発を命じたのである。これは凄い。1930年代の日本で冷蔵庫を購入できる労働者などいなかった。昭和20年代くらいまでは、氷を入れて物を冷やすタイプの冷蔵庫が普通で、電気で冷やすタイプが一般に普及するのは昭和30年代からだった。それまでは冷蔵庫は高級家電。ディスカウント・ストアーの無い時代には、一台8万円くらいの値段で、当時のサラリーマンがもらう給料の10ヶ月分くらい。昭和30年代後半から40年代になって、ようやく冷凍室附の冷蔵庫が普及したから、日本はかなり遅れていたのである。冷房なんかまだ先の話で、百貨店で涼むのか一番だった。

冷蔵庫 1Albert Speer 2Robert Ley 1Hitler 8








(左: 氷で冷やす冷蔵庫 / アルバート・シュペーア / ロバート・レイ / 右 :民衆と握手するヒトラー)

  ヒトラーが抱いた労働者の理想は、住宅供給ばかりではなかった。新型住居を作っても、住宅街や環境をどうするのかまで考えないと支那人と同じだ。ナチ党員には労働者が田舎に住むことを提案する者がいたが、ヒトラーはそんな計画は無駄だと一蹴り。藝術家肌の総統は、快適で美しい街並みをもった住宅地を描いたのである。有名な建築家のアルバート・シュペーア(Albert Speer)博士や労働戦線リーダーであるロバート・レイ(Robert Ley)博士と相談して、ヒトラーは住宅地のデザインを練った。自動車が行き交う大通りから離れた場所で、美しい景観を保つ住宅街にしたかったらしい。歩行者や自転車用の道を整備し、散歩道や公園を有した閑静な住宅エリアを望ましく思っていたのだ。ヒトラーの計画に基づいて建設される住宅には、工場で予め切断・加工された材料が使われたので、レイ博士の計算によると、建築コストを半分にまで削減できたという。

  一般労働者にとって関心が高いのは、今でもそうだが住宅と健康である。当時の職場だと、薄暗い電灯のもとで仕事をしたり、雑音でうるさい工場で長時間働くから、健康を損ねる労働者が多かった。ホーム・ドクターなど持てなかったから、病院で診察を受けるのは、本当に具合が悪くなったり、緊急を要する時だけ。現在のアメリカだって健康保険に加入していない労働者は多いし、医療費が高額なので、ちょっとした病気なら薬局に行って薬を買うのが普通だ。中には、アメリカでの薬代が高いので、カナダに渡って安い薬を買う者さえいるという。当時のドイツだと、病院や医者がいない田舎もあったから、今より死亡率が高かった。そこで、国民の健康を守るため、レイ博士は終身医療券を各国民に支給して、政府が治療代の面倒を見ることにした。これは我々の国民健康保険制度と似ている。さらに、ナチスは病気になった労働者の給料も考えていたのだ。病気に罹った従業員は、療養中でも給料の70パーセントを貰うことができたという。また、家族の看病をするため休む従業員にも、経営者は同様の給料保障をする義務があった。政府はこうした一連の出費を抑えために、病気の予防策を重視する。ドイツ労働戦線は、国民の健康増進を図るため、温泉地や休養所、娯楽施設をつくって、労働者が週末を過ごせるようにしたのだ。政府はまた、労働者に病気を防ぐ助言を与えたり、規則正しい生活や健康な毎日を送れるよう教育したという。

  庶民が仕事と家庭に安心できるようになると、どうしても娯楽が必要になる。そこで、労働戦線は「喜びを通して力を恢復する(Kraft durch Freude)」というスローガンを掲げて、「慰安公団(歓喜力行団 / KdF )」という部局を創った。労働者は休日に家でごろ寝したり、だらだら過ごすべきではない、という発想からリクリエーションの重要性を説いた。ヒトラーは気力・体力の回復には旅行が一番と考えていたらしい。こうしたことから、慰安公団はドイツ国内のリゾート地だけではなく、外国旅行まで計画したのである。ナチス政権以前、休暇で旅行を楽しめる庶民なんかほとんどいなかった。慰安公団は低価格のパック・ツアーを用意したから、低所得の労働者家庭でも旅ができたのだ。この団体旅行では交通費、食事代、宿泊代が含まれており、利用者は登山、水泳、娯楽施設、ハイキング、キャンプ等を自由に選べた。1934年には200万人以上の国民が短期の休暇旅行を楽しんだという。この数は年々増加し、1938年になると約700万人が参加し、観光客で賑わうリゾート地は大繁盛となった。

Wilhelm Gustloff 2Wilhelm Gustloff, pool









(左: ウィルヘルム・ガストロフ号 / 右: 船内の水泳プール)

  こんな事は独裁者ヒトラーだから実現したのであって、企業経営者からの献金で当選した政治家では、反対を喰らって断念するしかない。1933年11月、ヒトラーは全ての企業が社員に充分な賞与が払われるよう命令した。以前なら、労働者の約3分の1は労働契約を結んでおらず、休暇(バケーション)のない雇用形態だった。1931年だと、賃金労働者の30パーセントは、年に4ないし6日しか休暇が貰えなかった。ところが、61パーセントを占める多数派は、年に3日だけだったという。ナチス政権は全ての労働者が半年以上勤務すれば、最低でも年に6日の休暇を得られるよう保障したのだ。勤続年数の長い労働者なら、一年で12日間の有給休暇を貰えるようにしたのである。後にレイ博士は4週間の有給休暇を労働者が取れるように奮闘したそうだ。こうして、多くの国民がドレスデン号やモンテ・オリヴァー号に乗って、航海に出発したのである。

Norway 1Portugal 1








(左: ノルウェーのフィヨルド / 右: ポルトガルの城)

  手頃な価格の団体旅行は労働者に大変好評で、KdFの客船は、労働者にとって夢の船になった。1934年の暮れに行われたノルウェー・ツアーには、8万人の労働者家族が参加し5日間の航海を楽しんだ。KdFの船はこの他、イタリアのジェノア、ナポリ、パレルモ、バリにも向かう便があった。ドイツ人を乗せたKdFの客船がイタリアやポルトガルの港に停泊すると、地元の住民はドイツの労働者が休暇旅行を楽しめることに驚いたという。南欧の庶民にとって、海外旅行は上流階級の娯楽であり、平民が手を出せるレクリエーションではなかったからである。1938年には港のドックで働く労働者1,465名が、ウィルヘルム・ガストロフ号に乗船し、無料クルーズを楽しんだ。もっとも、旅行の費用は会社持ちだったこともあって、経営者側の負担になったらしい。しかし、現在では普通の事になっているから、ナチスは時代に先駆けた福祉政策を実行したことになる。ノルウェーやスペイン、ポルトガル、イタリアを回ったKdFの客船は、貧しい労働者家庭に外国旅行という経験をさるという快挙を達成したのである。現在のアメリカ人だって、外国旅行などしたことがない労働者はたくさんいて、キャンピング・カーで他の州を旅するくらいだ。仮に外国旅行ができても、車に乗ってメキシコ旅行では、ちょっと夢がない。

  筆者は社会主義に反対の立場を取るので、ヒトラーの政策に賛成できない点も多いし、ナチスが実現した制度や法律の危険性を承知している。しかし、ドイツの歴史は当時の価値観で判断すべきで、現在の価値観やユダヤ人の怨念で裁くべきではない。現在の我々はユダヤ人による一方的な価値観の刷り込みにより、冷静な判断を下せなくなっている。「ヒトラー」とか「ナチス」という言葉を聞いただけで、ある種の拒絶反応を示すよう躾けられている。パブロフの犬と同じだ。ヒトラーのしたことを少しでも肯定すると、世間は直ぐ「ネオ・ナチ」というレッテルを頭に思い浮かべてしまう。しかし、ナチ・ドイツの歴史は、西歐史の枠組みの中で検討すべきで、ユダヤ人の目や頭を通して眺めるものではない。特にナチスの人種論に至っては、欧米人はおろか日本人でも常識的に考えられないのだ。図書館に行けば、ユダヤ人によって書かれた本が、棚にびっしり並べてあるし、授業ではユダヤ人に同情する学者かユダヤ人教授により講義が行われている。映画やTVドラマはユダヤ人が出演して、ユダヤ人によって制作され、ユダヤ人の投資家がお金を出して、ユダヤ人の会社が配給しているのだ。さらに、ユダヤ人が支配するマス・メディアによって宣伝されているから異常である。もう嘆くしかないが、一般人はこうしたことに疑問すら持たないし、高等教育を受けた者ほど思考が硬直しているのだ。こうした精神病を治療するには大変な努力を要する。次回はナチスの人種論を取り上げてみたい。




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