無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

教育論

犯罪者を推薦する教育 / 犠牲者になる子供 (Part 2)

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房

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ゲイの藝が問題だ

Drag Queen 24Amber Heard 2










(左 : 子供達に本を読み聞かせるドラッグ・クィーン  /  右 : 子供達が好ましく思うアンバー・ハード)

  国家の存続や繁栄には、良き教育が極めて重要だ。いく立派な制度を構築しても、それを運用するのは国民だから、国家の成員が劣化すれば、国家の衰退と繋がってしまうだろう。現在の日本が顕著なまでに萎縮し、かつての輝きを失っているのは、教育の主導権を反日左翼分子に渡しているからだ。進歩的文化人は戦後の“民主主義”教育を称讃したが、そこから排出されたのは売国奴の議員や官僚、経済人がほとんどで、明治の元勲を凌ぐ為政者が現れたという話は聞いたことがない。

  一方、戦後の知識人から唾棄される封建制からは、偉人や英雄が続々と生み出されていた。明治政府には一流の人物が集結し、まさに「綺羅星の如し」である。薩摩藩の「郷中(ごじゅう)教育」は今でも有名で、加治屋町などは金鉱かダイヤモンドの原産地みたいだ。そこからは西郷隆盛や大久保利通はもとより、陸軍元帥の大山巌、陸軍大将の黒木為楨(くろき・ためもと)、海軍元帥の東郷平八郎、陸軍少将の篠原国幹(しのはら・くにもと)、村田新八が排出されたし、海軍大将の樺山資紀(かばやま・すけのり)や川村義純(かわむら・よしずみ)、首相になった黒田清隆も郷中教育を受けた世代である。明治を創った政治家や軍人は、江戸時だの教育を受けた武士で、知力や体力はもちろんのこと、倫理・道徳の点でも優れていた。現在の国会議員は金のためなら国土や皇室を平気で外人に売り渡してしまうけど、明治の為政者なら死んでもそんな真似はできない。名誉を尊ぶ武士は「末代までの恥」を恐れていたし、何よりも愛国心の塊だったからだ。今の議員や官僚は「引退するまでバレなければいい」というのが信条である。

Kuroki Tamemoto 1Kabayama 1Kawamura 1Kuroda 1










(左 : 黒木為楨    /     樺山資紀      /     川村義純  /   右 : 黒田清隆  )

  アメリカにも昔は恥を避ける文化があったけど、左翼リベラル教育が浸透した結果、子供の倫理観は急激に低下し、卑劣な事を躊躇なく行う者が増えてしまった。やはり、教師のクウォリティーが劣化すると、国民道徳も比例するらしい。今年の三月、テキサス州にある「ヒューストン公共図書館」で“ある問題”が発生した。「ドラッグ・クィーン(Drag Queen)」に扮したボランティアの男が、何と性犯罪の前科者であったのだ。ちなみに、この「ドラッグ・クィーン」というのは、ケバケバしい化粧をした女装の男を指す。語源は定かではないが、一説によればイディッシュ語から由来しているそうで、ロング・スカートを引き摺る姿から名付けられたようである。

  世間の注目を浴びたアルバート・アルフォンソ・ガルザ(Albert Alfonso Garza)という男は、「タティアナ・マラ・ニーナ(Tatiana Mala Nina)」というドラッグ・クィーンを演じ、子供たちの前で本を読み聞かせていた。しかし、フレンドリーな対応と違って、その本性は卑劣で暴力的であったらしい。ガルザは身の丈5フィート11インチ(約180cm)、体重200ポンド(約90kg)の巨漢で、8歳の少年に暴行を加えた過去があるそうだ。('Oops ! Texas library apologizes for hiring sex offender to dress in drag & read to kids,' RT, 16 March 2019.) 図書館の責任者は、バックグラウンド・チェックが甘かったと謝罪したが、それ以前に、図書館側の教育方針に問題があるんじゃないか。だいたい、なんで化け物じみた変態が子供相手の教育者になるんだ? たぶん、子供が「ドラッグ・クィーン」の容姿を面白がり、朗読する本に興味を持ってくれるかも、と期待したのだろうが、教師というのは子供の人格形成に影響を与える人物だから、その選定には細心の注意を払わねばならない。

Albert Alfonso Garza 1Drag queen 2











(左 : 「タティアナ・マラ・ニーナ」に扮したガルザ   / 中央素顔のアルバート・アルフォンソ・ガルザ  /  右 : 子供と戯れるドラッグ・クィーン)

  そもそも、読書の楽しみを教えるのに、あんな怪物が必要なのか? 子供の知的好奇心を呼び起こしたければ、躾の良い家庭で育ち、ある程度の教養と品格を備えた若い婦人を雇うべきだ。心理学者の実験でも明らかなように、幼い子供は美しい人や魅力的な人物に興味を示す。大人は「忖度」や「建前」を大切にするから、どんな醜女(しこめ)に会っても笑顔を作るけど、子供は何となく嫌悪感を抱き、“本能的”に避けるそうだ。人間の性(さが)だからしょうがないけど、子供は魅力的な人の方に関心を示し、安心感からか信頼を寄せるらしい。したがって、幼稚園で本に興味を持たせるためには、ブスな保母さんより美形の保母さんを雇う方がいい、と言えよう。普通の子供は美輪明宏やウッピー・ゴールドバーグみたいな怪獣より、若くて優しい慈母の方に寄り添ってくる。(詳しいことは、Rebecca A. Hoss and Judith H. Langlois, Infants Prefer Attractive Faces, in Oliver Pascalis and Alan Slater, eds, The Development of Face Processing in Infancy and Early Childhood : Current Perspectives, Nova Science Publishers, New York, 2003.やIgor Bascanziev and Paul L. Harris, In Beauty We Trust : Children prefer information from more attractive informants, British Journal of Developmental Psychology, Vol. 32, 2014.を参考にしてね。)

  ただ、一般人が「美しい顔」を選ぶと個人的趣味で違ってくるから、専門家の意見を参考にした方がいいのかも知れない。好ましい顔の研究をしているケント大学のクリストファー・ソロモン博士(Dr. Christopher Solomon)によれば、女優のナタリー・ポートマンが最も好ましい顔つきであるそうだ。また、ロンドンを拠点として世界的に有名な整形外科医のジュリアン・デ・シルヴァ博士(Dr. Julian De Silva)は、古代ギリシアの美を研究されたそうで、ギリシア人が理想とした美に最も近いのは、モデルで女優のアンバー・ハード(Amber Heard)らしい。(Stephanie Harrison, It's official, Amber Heard's Face is perfect, Beauty Crew, May 25, 2017.) 何と、アンバーは理想の美に91.85%マッチするんだって。 (筆者が幼児なら、スペインのレティシア妃とかオランダ人モデルのアナベル・ヴァン・トレド(Anabel van Tredo)みたいな女性がいいなぁ、と思うんだけど、こうした保母さんになると保護者の父親が殺到してしまうから、「ミラクルひらる」くらいが丁度いいのかも。)

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(左 : アンバー・ハード  / ナタリー・ポートマン  / レティシア妃 / 右 : アナベル・ヴァン・トレド )


テロリストを模範にする教育カリキュラム

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(左 : アメリカの公立学校に通う黒人の子供達  /  右 : 戦闘的な「ブラック・パンサー」のメンバー)

  地球上の様々な民族が集まるカルフォルニアでは、学校の種類も多種多様で、高額所得者をターゲットにした名門私立がある一方で、下層階級しか集まらない少年院もどきの公立学校がある。国内が分裂したアメリカだと、学校の教育理念や運営方針もまちまちで、西歐文明を尊ぶ英国風の寄宿学校と、多文化主義を標榜するヒスパニック学校とでは似ても似つかない。ただし、世間の注目を浴びる問題が起こるのは、たいてい貧乏人や下賤な子供が通う底辺校の方である。最近、カルフォルニアの州教育省が「民族学モデル・プラン(Ethnic Studies Model Plan)」なる計画書を発表して話題となった。これは「エスニック・スタディーズ」の授業で用いられる手引書(ガイダンス)なんだが、その内容が驚くほど酷い。例えば、指導内容の中に資本制(capitalism)に関する記述があるのだが、「キャピタリズは家父長制やレイシズム、白人至上主義、弱者差別と結合した「権力と抑圧の形式(form of power and oppression)」であるというのだ。(Williamson M. Evers, 'California Wants to Teach Your Kids That Capitalism Is Racist', The Wall Street Journal, July 29, 2019.) 時代錯誤も甚だしいが、要するに、資本制と資本家は悪魔の権化という訳だ。

  日本と同じく米国でも、教科書や参考書を執筆する人物には、伝統を破壊したい極左分子や白人に恨みを抱く有色人種、学生運動や反戦運動から退いたベテラン左翼が多い。黒人執筆者になると、矛盾を矛盾と感じない人物が多く、白人国家に居坐り続けながら、黒人の地位向上を叫んだり、魅力の無いアフリカ文化を称讃する。そんなに黒人が素晴らしいのなら、どうして米国の黒人は「祖先」が住んでいた「故郷のアフリカ」に戻らないのか? イギリス人が建てたアメリカに不満なら、黒い同胞がたくさんいるアフリカに引っ越すべきだろう。アフリカには困っている黒人が多いから、“優秀”な黒人の医者や教師、商人、科学者はルワンダやガーナに移住して、仲間を助ければいいじゃないか。それに、アフリカに行けば、みんな同じような顔つきなんだから、「黒人」という理由だけで差別されることはない。また、祖先が住んでいた旧大陸では“偉大”と見なされる文化に毎日浸ることができるし、裸同然の格好で陽気な音楽やエキゾティックな踊りを心ゆくまで楽しむことができる。どうして、民族学を専攻した黒人学生は、アフリカでの「幸福な人生」を選ばないのか不思議である。

  教育省のカリキュラムではサラリと書かれていたが、教師達は授業で「重要人物」の伝記を引用するよう勧められていた。ところが、この偉人伝が問題なのだ。何と、推奨されているのは、黒人極左のアンジェラ・デイヴィス(Angela Davies)とか、ポスト・コロニアル理論でお馴染みのフランツ・ファノン(Frantz Fanon)、「ブラック・パンサー」の共同創設者であるボビー・シール(Bobby Seale)、警官殺しの犯人ムミア・アブ・ジャマール(Mumia Abu-Jamal)、銀行強盗をはたらき、刑務所を脱獄した逃亡者のアサータ・シャクール(Assata Shakur)、黒人解放を目指した革命家のジョージ・ジャクソン(George Jackson)、「国民解放部隊(FALN)」を率いていたオスカー・ロペス・リベラ(Oscar López Rivera)、殺人未遂犯のロリータ・レブロン(Lolita Lebrón)であった。日本人ばかりではなく、アメリカ人だって、「まさか、そんな・・・」と絶句してしまうが、カルフォルニア州は何を血迷ったのか、こうした兇悪犯を子供達の「手本」にしたいそうだ。

Frantz Fanon 1(左  /  フランツ・ファノン)
  お花畑で句すら日本人は、こうした名前を聞いてもピンと来ないだろうが、米国の左翼知識人を勉強したことがある人なら、「定番の面子だなぁ」と思うだろう。まず、フランツ・ファノンは日本でも有名で、『地に呪われたる者』や『黒い皮膚・白い仮面』という翻訳書も出ているから、知っている人も多いはず。ファノンはアルジェリアの独立戦争で活躍した精神科医で、フランス人を始めとする西歐の白人に恨みを抱いていた。「ポスト・コロニアル」なんてヨーロッパ史を呪う怨念学に過ぎず、まともな学生が専攻する授業ではない。植民地批判とか民族学の授業を取る学生は、たいてい白人を憎む劣等生で、卒業してもロクな職に就けず、“まっとうな”人生を送ることができないクズばかり。こうした受講生が書く論文なんて読む価値すら無い。たいてい、征服者の白人に対する恨み辛みを書けば、100点なんだからチョロいものである。ちょうど、朝鮮系学生が日帝支配について論文を書く場合と同じ要領だ。

  1966年に「ブラック・パンサー」を創設したボビー・シールズは、出来もしない黒人の自立や自己決定、教育の普及、住宅事情の改善、医療制度の充実などを口にしていたが、結局は武闘派の赤い革命家の域を出なかった。彼が率いるブラック・パンサー党は、過激な民族闘争に「アフリカへ戻れ」という理論と公民権活動をごちゃ混ぜにしたゴロツキ団体で、マルクス主義のスバイスが表面に掛かっている程度の代物だ。頭目のシールは度々逮捕されており、16件の罪で起訴され、4年の実刑に服している。1968年にシカゴで開かれた民衆党大会では、暴動を扇動した廉で有罪になっていた。

Bobby Seale 01George Jackson 1Black Guerrilla Family 1










(左 : ボビー・シールズ   / 中央 : ジョージ・ジャクソン   /  右 : 「ブラック・ゲリラ・ファミリー」の囚人達 )

  ジョージ・ジャクソンは一部の日本人には知られている黒人である。なぜなら、ユダヤ人歌手のボブ・ディランが1971年にシングル・カットした楽曲の題名にもなっているからだ。(ユダヤ人って本当に左巻きが似合っている。天性の素質があるんじゃないか。) 黒人というのは、学校よりも監獄で勉強するようで、セコい強盗をやらかしてムショに入ったジャクソンは、檻の中でマルクス・レーニン主義や毛沢東思想に初めて触れたという。有害書物を読んで過激派に変身した囚人は、クウェンティン州立刑務所に収容されたストリート・ギャングどもを集めて、「ブラック・ゲリラ・ファミリー(Black Guerilla Family)」を結成したそうだ。アメリカの黒人にとって刑務所は「出会いの場」になっている。もっと呆れてしまうのは、強姦魔や殺人鬼が器具を使って体を鍛えることができることだ。兇悪犯は監獄でヨボヨボになる方がいいのに、現実は逆で、出所する頃には健康で筋肉隆々となっている。こんな奴らが道路や公園で子供や女性に目を付けたらどうなるのか。

Jonathan Jackson 4Jonathan Jackson 3( 左 : ジョナサン・ジャクソン /  右 : 判事らを人質にするジョナサン)
  1970年、ジャクソンは仲間の囚人二名と脱獄を図り、看守のジョン・ミルズを殺してしまう。この罪でジャクソンは死刑判決を受けるが、弟のジョナサンは兄を助けようと、ブラック・パンサーの仲間を連れてフロリダ州の地方裁判所に殴り込み、人質をとって兄の釈放を要求した。銃で武装したジョナサンは、ヘイリー判事やゲイリー・トーマス検事らを楯にして要求を突きつけるが、ヴァンに乗り込もうとしたところを、駆けつけた警官に撃たれてあの世行き。人質になったヘイリー判事も、重傷を負ってしまい間もなく死亡する。アホな兄弟は救いようがなく、死に方まで似ていた。兄のジョージは囚人仲間と共に脱獄を試みるが、刑務所の中庭に出たこところで警備員に射殺されてしまった。まぁ、弟が待っている地獄へ渡ったんだから、そう寂しくないだろう。

Lolita Lebron 1(左  / ロリータ・レブロン )
  プエルトリコ人のロリータ・レブロンは、本名を「ドロレス・レブロン・ソトマイヤー(Dolores Lebrón Sotomayor)」といい、ブエルトリコのナショナリズムを叫んだ過激派である。1954年、彼女は武装した仲間と共に連邦下院議員を襲撃し、5名の議員を負傷させたという。大量殺人を試みたロリータ一味は有罪判決を受け、25年間の懲役刑に服した。でも、たった25年で済んだのは、1979年にジミー・カーター大統領が恩赦を与えたからだ。しかし、出所したレブロンは反省する気持ちなどは更々無く、キューバ政府から「プレイヤ・ギロン(Playa Giron)」勲章をもらってウキウキしていた。ちなみに、この勲章を最初に授与されたのは、ソ連の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンであった。が、その他の受賞者も実に興味深い。例えば、ソ連書記長のレオニド・ブレジネフ、PLOの議長を務めた職業テロリストのヤセル・アラファト、KBGの手下になっていたのに「英雄」に祭り上げられた南アフリカのネルソン・マンデラ、黒人共産主義者の手本になっていたアンジェラ・デイヴィスなどである。たぶん、創価学会の池田大作も、カストロ議長に頼めば勲章の一つくらい貰えたんじゃないか。資格は充分だしね。

Brezhnev, Leonid 1Arafat 1Nelson Mandela 2Angela Davis 1










(左 : ソ連のブレジネフ書記長   / PLOのヤセール・アラファト議長  / ネルソン・マンデラ  /  右 : アンジェラ・デイヴィス)

  歴代大統領の中でも「最低」の評価を受けるカーターは、穀潰しの人権派らしく、悪党のレブロンに恩赦を与えてしまった。他方、不倫大王に相応しいビル・クリントンは、退任間際の1999年、プエルトリコ人テロリストのロペス・リベラに恩赦を与えたそうだ。しかし、リベラはこれを拒否した。なぜなら、クリントンがリベラの仲間である囚人に恩赦を与えなかったからだ。リベラが率いていたテロ組織「国家解放武装団(FALN)」は、1974年から1983年の間に120件以上の爆破テロを起こしており、リベラ自身も煽動罪や強盗、武器弾薬の密売などで起訴され、55年の実刑判決を受けていた。クリントンの慈悲により、刑期が短くなったとはいえ、リベラが釈放されるのはまだ先の話で、おそらく2025年くらいだろうと思われていた。

Oscar Lopez Rivera 3(左  / オスカー・ロペス・リベラ )
  ところが、極悪人には黒い守護天使がついていた。2017年1月、もう直ぐ退任というバラク・フセイン・オバマ大統領は、リベラに寛大な慈悲を与え、年老いたテロリストを解き放ってしまったのだ。これには、「ワシントン・ポスト」紙の有名なユダヤ人二名が激怒した。すなわち、編集者のチャールズ・レイン(Charles Lane)とコラムニストのチャールズ・クラウトハマー(Charles Krauthammer)の二人である。彼らが異議を申し立てたのも当然で、駐車違反や脱税程度の軽犯罪者ならいいけど、テロ事件を起こして懲役刑となった過激派を釈放するなんて言語道断だ。しかし、隠れ共産党員のフランク・マーシャル・デイヴィスに薫陶を受けたオバマは違う。常識人と根本的に考え方が違っているのだ。白人社会に攻撃を仕掛けた有色人種なら、ある意味、社会正義の戦士とも考えられるから、恩赦を与えても不思議じゃない。(このデイヴィスに関しては、以前、当ブログで触れたので、過去記事Aを参照のこと。)

  FBIから指名手配を受けていたアサータ・シャクールは、本名を「ジョアン・デボラ・バイロン(JoAnne Debora Byron)」といい、ルイス・チェスマード(Louis Chesmard)と結婚したので、「ジョアン・チェスマード(JoAnne Chesmard)」という名前になった。この黒い極左分子は、元「黒人解放部隊(Black Liberation Army)」のメンバーで、ホテルでの強盗未遂、クィーズ地区での銀行強盗、リチャード・ネルソンの殺害、警官の殺人未遂などの廉で逮捕され、終身刑の判決を受けた人物である。


Assata Shakur 1Werner Foester 1Assata Shakur & Kakuya











(左:  アサータ・シャクール / ウェルナー・フォースター  /  右 : 娘のカクヤと一緒のアサータ )

  今では人々の記憶から薄くなっているが、アサータは「ターンパイク銃撃事件」で注目を集めた犯人だ。1973年、アサータはザイド・マリク・シャクール(本名 / James Costan)とサンダィアタ・アコリ(本名 / Clark Squire)を連れてクルマに乗り込み、フィラデルフィア経由でワシントンに向かう途中だった。しかし、パトロール中のジェイムズ・ハーパー(James Harper)巡査に目を付けられ、予想外の事態に直面する。ハーパー巡査は自動車のテイルランプが壊れていることに気づき、彼らに停車を命じて、三人を尋問しようとした。しかし、ハーパー巡査は不審に思ったので応援を呼ぶことにしたそうだ。すると間もなく、連絡を受けたニュージャージー州警察のウェルナー・フォースター巡査が到着し、ハーパーと一緒に尋問しようとした。しかし、シャクール達は身の危険を感じたのか、いきなり銃撃戦を始めたそうだ。アコリがセミ・オートマチックの拳銃をぶっ放すと、その弾丸がフォスター巡査に命中し、衝撃を受けたフォスターは倒れる。そして、アコリはフォスターの拳銃を奪って、2発彼の頭に撃ち込み、トドメを刺した。ハーパ巡査の証言によると、その発砲は「処刑」に等しかった。この銃撃戦を仕掛けた三人はクルマで逃走を図るが、負傷したザイドは逃走5マイル先で死亡。アサータは腕と肩に銃弾を受け、追跡する警官に見つかって投降したという。アコリは大掛かりな警察の包囲網に引っかかって逮捕された。

  様々な事件で裁判を受けたアサータは、有罪判決を受けニュージャージー州クリントンの刑務所送りとなったが、1979年、「コレクティヴ(THe Collective)」という過激派組織が脱獄の手引きをしてくれたので、まんまと刑務所から抜け出すことができた。そして、この脱獄犯は赤い離れ小島のキューバに亡命する。カストロの王国で自由の身となったアサータは、1987年に自伝『Assata : An Autobiography』を執筆し、1993年には共著で『Still Black, Still Strong』を出版した。さらに、1987年にはNBCのインタビューを受けて自らの無罪を主張するといった図々しさを見せていた。フォスター巡査は壮絶な最期を遂げたが、アサータはキューバで娘に再会することができた。逮捕されてから生まれた娘のカクヤ(Kakuya)は、ニューヨークに住む祖母(アサータの母親)の手で育てられたそうだ。娘と幸せに暮らすアサータは、キューバ政府から1日13ドルの生活費を支給されていたという。(一方、アサータの身柄には、FBIとニュージャージー州警察から200万ドルの懸賞金がかけられている。)

  NBC(米国のテレビ局)の記者を前にして、自らの潔白を主張するアサータの姿は実に忌々しい。裁判の陪審員が白人ばかりであったから、人種差別によるリンチであるとも述べていた。白人社会の差別と戦うアサータには、心強い味方が多く、その一人が極左活動家のアンジェラ・デイヴィスだ。デイヴィスはアサータを「正義について揺るぎない信念を持ち、人に対して思いやりのある人物だ」と評していた。(Tim Walker, 'Assata Shakur : Black millitant, fugitive cop killer, terrorist threat ...or escaped slave?', The Independent, 18 July 2014.) 警官殺しの脱獄犯を「憐れみ深い人間(compassionate human being)」と褒めるデイヴィスとは、いったい何者なのか。日本の左翼にとっては偉人なんだろうけど、普通のアメリカ人から見れば、元「ブラック・パンサー」のメンバーで、白人社会に恨みを抱く革命分子に過ぎない。米国共産党と昵懇のデイヴィスは、1979年に「レーニン平和賞」をもらうほどの極左活動家で、キューバや東ドイツ、ソ連を訪ねて、フィデル・カストロやエーリッヒ・ホーネッカーの歓迎を受けた。また、デイヴィスは黒人解放組織とも仲良しで、ジョナサン・ジャクソンが法廷に殴り込んだ時に使用した銃は、デイヴィスが購入したものである。(左翼って裏で色々な繋がりを持っているものだ。)

Angela Davis 5(左  / 大学教授になったアンジェラ・デイヴィス )
  しかし、驚くのはまだ早い。刑務所か地獄がお似合いのデイヴィスは、何と教職を目指し、サンフランシスコ州立大学で教鞭を執っていたのだ。しかも、教えていたのは「民族学(ethnic studies)」なんだから、もう頭がクラクラしてくる。米国で民族学を教える奴は、たいてい黒人の公民権運動家とかヒスパニックの極左分子なんだから。その後、デイヴィスはカルフォルニア大学タンタ・クルーズ校の教授に納まり、フェミニズム講座を持ったそうだ。「またかよぉ~」と嘆きたくなるが、文化破壊型の共産主義者は、少数民族とか障碍者、あるいは女性に対する差別を「手段」にして、憎い社会を内側から腐蝕させ、徐々に叩き潰そうとする。

William Kunstler 11(左  / ウィリアム・クンスラー )
  ちなみに、アサータの裁判で弁護を担当したのは、有名なユダヤ人弁護士のウィリアム・クンスラー(William Kunstler)であった。クンスラーは「アメリカ自由人権協会(ACLU)」の所長を務め、「憲法権利擁護センター(Law Center for Constututional Rights)」の共同創設者でもあったから、彼がどんな人物であったのか、大凡の見当がつくだろう。彼の依頼者の中には、マーチン・ルーサー・キング牧師やマルコムX、ニューヨークで悪名高いイタリア系マフィアのボス、ジョン・ゴッティー(John J. Gotti, Jr.)、6人もの命を奪った連続殺人鬼のルミュエル・スミス(Lemuel Warren Smith)、米国共産党(CPUSA)と親しく、星条旗を燃やして話題となったグレゴリー・ジョンソン(Gregory Lee Johnson)、プエリトルコ人ギャングで殺人罪に問われたサルヴァドール・アグロン(Salvador Agron)など、極悪人が勢揃いだ。さらに、1993年に「ワールド・トレイド・センター」を爆破したテログループの主犯、オマー・アブドゥラフマーン(Omar Abdel-Rahman)の裁判も担当したといから、クンスラーは相当な左翼人権派弁護士である。

John Gotti 01Lemuel Warren Smith 1Salvador Agron 1Omar abdel Rahman 1











(左 : ジョン・ゴッティー   /  ルミュエル・スミス   /  サルヴァドール・アグロン   /  右 : オマー・アブドゥラフマーン )

  普通の日本人なら、こうした過激派の素性を知れば、とても子供達に教えるような人物ではないことを判るはずだ。しかし、カルフォルニア州の教育省は、極悪人の鑑(かがみ)としか言えない人物を、あたかも「偉人」の如く扱い、彼らの伝記を推薦本にしている。これじゃあ、アメリカの子供がおかしくなる訳だ。日本の教科書も酷いけど、アメリカの教育カリキュラムも負けず劣らず酷い。黒人犯罪者の伝記を読む黒人生徒は、どんな感想を持ち、如何なる評価を下すのか。もしかしたら、何割かの生徒は黒人テロリストや殺人鬼に「模範(role model)」を見出し、「社会正義」を掲げる真っ赤な革命家になるかも知れないぞ。フランクフルト学派の共産主義者に鼓舞されたバラク・オバマは、劣等生だけど法科大学院に進み、コミュニティー・オーガナイザー、すなわち貧民地区の黒人を先導して社会改革を達成しようとする活動化になった。さらに、「黒人」という利点をアピールして、連邦上院議員となり、合衆国大統領にまでなれたのだ。恐ろしいじゃないか。

  まぁ、セコい市民活動家であった菅直人が、日本の総理大臣になれたんだから、我々もそう簡単に笑って居られまい。いずれ、山本太郎を模範とした帰化鮮人や帰化支那人2世とかが政界に進出するだろうし、大学の教授や高校・中学の教師にもアジア系が増えるだろう。公立学校に通う日系人の子供が、朝鮮人テロリストの偉人伝を読むようになったら世も末である。考えたくないけど、近い将来、もしかしたら金玉均とか金天海の評伝が推薦図書になるかも。移民の激増に無関心な日系日本人は、恐ろしい未来を覚悟した方がいいぞ。


  

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皇室を蔑ろにする学校教育

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教科書が無視する国家元首

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  もう間もなく平成が終わり、新たな元号を迎えることとなる。今上陛下が譲位をなされ、皇太子殿下が即位なされると聞けば、やはり日本は君主国だと実感するし、皇統が存続するのが嬉しい。ところが、不思議なことに、日本の学校では皇室や神道についてほとんど教えることが無いのだ。天皇陛下が日本の国家元首で、国體(constitution)の中枢なのに、社会科の教科書では全くと言っていいほど触れられていないんだからおかしい。

  また、いくら政教分離の原則があるからといって、日本古来の信仰を無視するなんて馬鹿げている。日本各地に神社があり、夏祭りともなれば皆で御神輿を担ぎ、元旦には大勢の参拝客が来るんだから、少しくらい神道の由来や重要性を教えたっていいんじゃないか。我々が英語を学び、西歐史を勉強するとき、キリスト教を抜いたら牛肉の無いハンバーガーを食べているようで味気ない。もし、西歐諸国でサンタクロースとイエズス・キリストの違いが分からぬ高校生がいたら、アホというより相当な重症患者である。しかし、日本の中学生や高校生だと、「皇室って何?」と真面目な顔で訊いてくる。まぁ、学校の先生が教えてくれないからしょうがない。でも、ちょっと頭の弱い女子高生だと心配だ。こうした少女は「禁裡(きんり)」と耳にすれば、「麒麟(キリン)?」と聞き直してくる。だから、親はちゃんと「天皇陛下がお住まいになる宮中のことだよ」と教えてあげないといけない。ところが、最近だと親も無知だから、一緒に「何だろう?」と首を傾げてしまうのだ。

外国の教科書なのか?

  以前、「学び舎」の歴史教科書『ともに学ぶ人間の歴史』が話題となったので、筆者も購入して読んでみたが、その内容と指導方針に腰を抜かすほど驚いた。(「国民の歴史」なら分かるけど、「人間の歴史」って何だ? もしかしたら、「地球市民の歴史」と言いたかったりして。) 一応、日本語で書かれているが「一体、どこの国で使う教科書なんだ?」と疑いたくなるほど呆れてしまう代物なのだ。筆者は中学校で習った内容を覚えていないから、どうこう言えないが、「ここまで酷いとは・・・」と絶句したくなる。この教科書はなるべく皇室のことには触れないよう努めており、明治大帝の記述はあっても、"ほんの"ちょっぴり。仕方ないから大日本帝国憲法のことに言及するが、見出しには「天皇主権の憲法」と掲げ、「大日本帝国憲法は、天皇が主権をもつと定めています」と書いている。(『ともに学ぶ 人間の歴史』学び舎、2018年 p. 186) 

  もう呆れてしまうが、もし天皇陛下が「主権」を持っているなら、陛下が勝手に憲法を修正したり、廃絶しても良いことになるじゃないか。日本人は気づいていないけど、キリスト教では創造主ヤハウエが主権を持つから、不届き者を雷で成敗してもいいし、偶像崇拝者をイスラエル人が皆殺しにしても構わない。だいたい、維新の元勲を信頼し、国民を大切にしていた陛下が、ロシアの専制君主みたいに振る舞うのか? まったく、馬鹿げた記述だ。でも、教科書執筆者と政府の役人は、東大法学部の反日思想を忠実に受け継ぐから、誰が何と言おうとも絶対疑わない。

  もっと凄いのは、昭和天皇に関する記述が無い事だ。唯一の例外は、マッカーサー将軍と昭和天皇を撮影した写真だけ。(p. 259) あとは、日本を恨む記述がほとんど。例えば、米軍による空爆を語るページでは「町は火の海」(p.246)と題した記述で、原爆投下のページなにると「人間をかえせ」(p.250)、本土決戦の項では、女子学徒隊が手榴弾を投げる練習をしたとか、竹槍で突く訓練(p.252)をしましたと書き、もう暗黒史観のオンパレード。気分が落ち込むどころの話じゃない。日本人であることが厭になる。それどころが、この教科書には国民が如何に昭和天皇を愛したのか、その記述は微塵も無い。翻って、朝鮮人に対する記述は愛情と配慮に溢れている。左翼がよく引き合いに出す「三・一独立運動」となれば、丁寧な説明がなされ、「独立マンセー」との表題が附いている。おまけに、残虐な日本人によって「逮捕された柳寛順」の写真まで載せているのだ。(p.212)

  極左の執筆者はたとえ歴史を枉(ま)げようとも、日本軍の非道を宣伝したいのか、「南京事件」を取り上げ、日本軍は「国際法に反して大量の捕虜を殺害し、老人・女性・子どもをふくむ多数の市民を暴行・殺害しました」と書く。(p.235) さらに、今では見向きもされない笠原十九司(かさはら・とくし)の『体験者27人が語る南京事件』を引用し、夏淑琴(か・しゅくきん)のホラ話(p.235)を紹介する。まともな日本人なら「えっ、こんな本をまだ信じているの?!」と唖然とするが、「学ぶ会」代表の安井俊夫や不破修は確信犯だから何を言っても無駄。多少知識のある親だと、我が子の食事や健康に注意し、成人病の元になるジャンク・フードを禁止するだろう。ところが、子供の頭に詰め込まれる授業内容となれば無関心。有害思想が子供に注ぎ込まれているというのに、進学にしか興味がないんだから、教育ママというのは学歴しか考えない愚か者だ。

  それにしても、いくら義務教育とはいえ、無邪気な子供に極左思想を植え付けるなんて赦せない。文科省の官僚は、こんな教科書を用いて日本を愛する心を育成できると思っているのか? 左翼分子が公教育を握ると、国家は必然的に衰退する。日本が経済的に発展しても、軍事・外政の面で三流国になっているのは、国家を支える人間の「質」が劣化しているからだ。革命を夢見た教育界の左翼は、若者を反日分子へと育成し、革命予備軍を作ろうと必死である。それには、愛国精神の涵養とか民族精神の勃興は邪魔で、何としても撲滅せねばならない。

  ましてや、天皇陛下への敬愛なんて御法度だ。「天皇制」は「打倒すべき巨悪」なんだから、皇室への知識をゼロにして、天皇への嫌悪感をそれとなく匂わせるのが一番。(註 / 「天皇制」とは共産党用語で、朝鮮人が言う「日王」と同じくらい穢らわしい言葉である。) 露骨に天皇撲滅を書くと、世間の皇室支持者が騒ぐから、赤い執筆者は日本史に流れる尊皇主義を"それとなく"消去する、という手段を取る。皇室に関する知識を持たない若者にとって、陛下の存在は有名藝人程度。たとえ、皇室行事を聞いても、テレビ局のイベントくらいにしか思わない。神道の儀式などは、もう遠い外国の出来事と同じで、自分に関係ないとソッポを向く。ただし、皇室のスキャンダルともなれば興味津々。テレビや雑誌はこぞって暴き立て、皇族をリンチに掛ける。いかがわしい小室圭の執念を話題にし、秋篠宮家を総攻撃だ。週刊文春と週刊新潮はテレビの牽引役を引き受け、援護射撃にも抜かりがない。

天皇陛下に感動する日本国民

  神道に関する説明は色々あって、知識人による議論はまちまちだ。國學院大學の学長を務めた神道学者の河野省三によれば、神道は日本民族祖先以来の道で、その道は日本民族の性格に根ざした生活信条であるという。(『国民道徳本義』天地書房、昭和7年、p. 76.) また、神道は日本民族の伝統的信念、ならびに情操であるから、その本質は日本人の民族性、すなわち根本的国民性を基礎としているそうだ。(p.81) つまり、神道は壮大な思想体系を有する宗教ではなく、日本人の日常と密接に繋がっている自然崇拝なんだろう。

  日本人の信仰において、純粋な「心」はその中核を成している。河野氏によれば、日本人が先祖代々奉じた神道は、明き心を重んじ、黒(さたな)き心に反する潔い心であるという。(上掲書 p.84) 皇室と国民の関係も、こうした心に基づいている。天皇陛下に関しては様々な議論があるけど、皇室が存続しているのは、国民が陛下を敬愛し、陛下も国民を慈しんでいるからだろう。もし、こうした絆が無ければ、いくら皇室行事を華々しくしても、陛下への支持は続かないし、自然消滅は避けられない。だからこそ、左翼陣営はあの手この手を使って、何としても陛下と国民との紐帯を切断しようとするのだ。

 ということで、筆者は左翼が嫌がる天皇陛下の素晴らしいエピソードを紹介したい。明治大帝は庶民から熱烈に尊敬された天皇であるが、側近にとっても神様のような存在だった。当時の碩学で有名な元田永孚(もとだ・ながざね)も明治天皇に心酔した臣下の一人だ。元田は肥後熊本の出身で、家は五百五十石の士籍であったというから、立派な家系で育ったお坊ちゃんと言えるだろう。幼い頃から優秀な永孚は、成長すると数々の役職に就いていた。高瀬町奉行や藩侯の侍読を経て、皇室に召されると、明治天皇の侍講(じこう)になったのはご存じの通り。

Motoda 1 (左  / 元田永孚 )

  明治4年、陛下が御年二十の時、碩儒(せきじゅ)の元田は五十四歳であったというから、親子ほど歳の離れた関係である。陛下は彼を師父としていたく尊敬され、臣君水魚の御親しみがあったという。時は明治10年11月、菊花御宴の日のことだ。元田には陛下から「出師の表を吟(ぎん)ぜよ」との御諚(ごじょう)があった。そこで、元田は声を上げて十一、二句まで吟じたが、途中で声が枯れてしまい、その後の句を詠むことが出来なくなったという。すると、陛下は「元田に茶を与えよ」と仰せになったので、元田は茶を賜り、しばし喉を潤すと、調子を取り戻したのか、今度は楠正行(くすのき・まさつら)を詠じた自作の詩を吟じたそうである。そして、陛下は興味深くお聞きになったという。

  ところが、陛下の飲酒がお盛んになったので、西四辻(にしよつじ)侍従はちょっと心配になり、「度が過ぎるのでは・・・」と申し上げた。すると、陛下からは「案ずるな」というお達しを受けたそうである。そこで、西四辻侍従は機転を利かし、「さらば、しばらく御座を移して、菊畑の夜景をご覧遊ばされては」と申し上げたところ、陛下は意外なお言葉を口になされた。「菊花や月はいつでも観ることができるが、元田の詩は来年もその音声が今夜の如くとは限らない」と。「朕は菊花よりも元田の詩吟を愛する」と仰せられたのだ。これを聞いた元田は陛下の御前にもかかわらず、声を挙げて咽(むせ)び、陛下にひれ伏したまま、顔も上げられぬほど感激の涙を流したという。(小林彌一『隠れたる明治天皇の御聖徳』明治天皇聖徳會編纂部、昭和 13年、pp. 11-12) 

  明治大帝は素直に好みを語っただけなんだろうけど、こうしたお言葉を"さらり"と口になされるところが凄い。垢にまみれた政治家だと計算ずくのセリフとなってしまうが、明治大帝は心から元田の詩吟を楽しみ、そのお気持ちを自然と口になさった。日本人は陛下のこうした純粋な心に触れると、感情を揺さぶられ、思わず涙を流してしまうのだ。何ら見返りを求めない、「無垢な心」というのは滅多にあるもんじゃない。

  陛下が国民を如何に大切にしたか、その逸話を話すとキリがないけど、一つ紹介したい。明治22年、大日本帝国憲法が発布された時、東京の上野公園で大祝賀会が開かれることになったので、是非とも両陛下の御同列御臨幸を仰ぎたいという要請があったらしい。そこで、宮内省が陛下に奏請したところ、陛下は「ならぬ」と仰せられた。後に、狼狽した宮内官の話を耳にした伊藤博文は大いに驚き、早速参内して陛下に懇願したというが、やはり駄目だった。

  仕方なく御前を退くとき、伊藤公が「両陛下が御同列で御臨幸なされば、国民はどれくらい喜ぶことか」と独り言を呟いたそうだ。すると、陛下は「伊藤 !」と仰せになられた。伊藤公はハッと驚き、陛下に応え奉つると、陛下は「今、汝は何と言いしか」と御下問になったそうである。そこで、伊藤公は陛下の御同列があったら、さぞ国民は大いに喜ぶことでしょう、と申した。意外なことに、陛下は「確(し)かとそうか」と御念を押されたので、伊藤公は「左様でございます」と御答えしたところ、陛下は「国民が喜ぶのであれば」と仰ったそうである。かくして、2月12日、両陛下の御同列と御臨幸があったので、東京府民はもちろんのこと、遠い所からも国民が押し寄せて大賑わい。駆けつけた国民は両陛下を拝したことで感極まり、皆が万々歳の様子であったという。(上掲書 pp.25-27.)

Japanese people 2Japanese people 3










(左: 敗戦後の御巡幸で陛下を迎える人々  / 右: 天皇陛下に拝謁する平成の日本人 )

  現在でも、近くで皇室の行事があれば、ひと目陛下のお姿を拝見したい、と大勢の人々が集まるけど、明治の頃だともっと熱狂的な歓迎があったはずだ。近所のオっちやん、オバちやんたちも、「天子様がいらっしゃるそうだぞ!!」と大騒ぎになるから、あちこちの家庭でお出迎えの準備で忙しくなる。次に紹介するエピソードも感動的な話である。

  明治11年8月、陛下が北陸御巡幸の途中、新潟の行在所に立ち寄られた時の事である。陛下は伊東侍医を召され、「北越でよく眼病者を多く見受けるが、何故であるか細かに調べよ」と仰せられた。そこで、伊東侍医は直ちに病院へと向かい、その原因を問い質して伏奏に及んだそうである。しかし、陛下は更に懸念されたので、金1千円を賜り、「これで治療方法を講ぜよ」と仰せられた。側近の者はいたく感激し、これを聞いた新潟県民も深く陛下の御仁慈に浴して感泣したという。(上掲書 pp. 20-21.)

  こうした話を聞けば現在の日本人でも、当時の庶民が如何に陛下の聖恩に感激したのか分かるだろう。明治天皇はとにかく「国民第一」で、自らの生活よりも国民の生活の方が大切であった。しかし、なぜ陛下にまつわる素晴らしい話が中学や高校で無視されるのか? それは教育を支配する左翼陣営が困るからだ。「国民を慈しむ天皇」なんて絶対にダメ。もし、こんなことがバレたら、生徒が天皇陛下を尊敬しちゃうから全面禁止。日本の学校では北京政府も驚くほどの検閲が行われている。今のところ頼みの左翼議員が劣勢で、憎い皇室を廃止できないから、左翼教師は「皇室無視」の授業を行うしかない。ということで、当分の間は辛抱し、天皇は「セレブ程度」に留めておく。日本の学校教育では、決して「仰ぎ見る君主」にしないことが肝要になっている。

Emperor Akihito 3Empress Michiko 1Empeor Akihito 5












  皇室を潰したいテレビ局も同じ穴の狢(ムジナ)になっている。ワイドショーは皇室の宗教的儀式より、どんな元号になるのか、賭博業者のように新元号の予想に大はしゃぎ。民間企業の何社かは懸賞金や賞品を揃えて、民衆の意見や提案を募集していたけど、こんなのは競馬の予想屋と同じだ。テレビ局は毎日飽きもせず、皇室を低俗化することに熱心で、一般国民はこれに気づかない。悲しいけど、これが大衆化社会の実態である。皇族にスキャンダルがあれば、針の穴ほどであってもトンネルほどの穴に拡大しようとするのが反日メディアだ。眞子内親王殿下はもちろんのこと、佳子内親王殿下もアイドル歌手のように扱われ、視聴率稼ぎの道具に過ぎない。反論できぬ皇族を針で突く卑劣なやり方にはヘドが出る。不敬罪が無いから仕方ないけど、皇族とジャニーズ・タレントが同じレベルなんて嫌だよねぇ~。



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