無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

教育論

教育格差が拡大する将来の日本

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房


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格差社会における教育の質

white kids 2Black children in America 2







(写真  / 「教育格差」社会で成長するアメリカの子供達 )

  日本の国民はかつて教育熱心だった。しかし、今きや教育は銭儲けか見栄を張るための道具と化し、「学歴」という看板を積んだロバの大量生産になってしまったようだ。ほとんどの日本人は目先の事件に目を奪われ、長期的な視野を持って現在を見る事ができない。今年は武漢ウイルスが蔓延して、多くの国民が生死の境をうろついたから、視聴率至上主義のマスコミは大喜び。マンネリ化した「花粉症騒ぎは何処へやら?」だ。政府は感染症患者を見つける一方で、地方の国民に旅行を勧めている。どうせ、税金をばら撒くだけの選挙対策だろう。だが、テレビのワイドショーは二階俊博を糾弾せず、連日連夜、武漢ウイルスの脅威を煽って二次感染の嵐を待っている。老人は武漢肺炎に怯え、中高年は飲み会を断念してショボクレているが、未来を背負う子供達はマスクを着けながら遠隔授業を受けていた。

  本来なら、小学校から大学まで新入生を迎えて陽気な勉強生活を送っているはずなのに、今年は、みんなでマスクを装着し、「リモート授業」とやらでお勉強だ。(既に中学生や高校生は学校へ通っているようだが、大学生は未だに学級閉鎖で憧れのキャンパス・ライフは無いらしい。)でも、いくらパソコンの画面を通しての遣り取りといっても、これじゃあ「通信教育」と同じじゃないか。小学生なら休み時間に皆で遊んで給食を食べる、という“楽しみ”があるはずなのに、4月から自宅待機で母親相手の“個人学習”じゃ厭になってくる。独りっ子だと毎日「ママと一緒」でつまらない。やはり、学校で「プロレスごっこ」とか「ボール遊び」で汗をかかなきゃ。(筆者が子供の頃はアントニオ猪木とかスタン・ハンセンが人気だったから、“自習”時間には「卍固め」や「コブラ・ツイスト」の練習で忙しかった。しかし、今、冷静に考えて見れば判るけど、本当の格闘技であんな複雑な技を掛ける奴はいないだろう。そもそも、敵の協力を得て必殺技をカマスなんて有り得ない。)

  「インターネットを通しての授業」なんて聞こえはいいが、こんな授業を子供は喜んでいるのか? 確かに、知識というものは、最終的に本人の努力次第であるが、身につける過程において“どう”勉強するかは非常に重要だ。自宅でポツンと坐って練習問題をこなしているだけじゃ味気ない。友達と席を並べて切磋琢磨したり、侃々諤々の議論を通して考えることも大切なのである。いくら、のんびりした性格のボンクラだって、隣の友人が一生懸命勉強していれば“競争心”に火が付くし、「一番になりたい !」という野心を抱く子供だっているだろう。また、“優越感”を得るために一生懸命、辛い鍛錬に励むこともあるはずだ。おそらく、このまま「リモート授業」が長期化したり、「自宅学習」の時間が多くなれば、色々な家庭環境にある子供達の間で、取り返しのつかない教育格差が生まれてくるだろう。

  教育評論家は否定するかも知れないが、子供の人生は親の遺伝子や家庭環境で、かなり違ったものになる。例えば、黒人の親を持つ子供はその遺伝的肉体のお陰で優秀な短距離走者とかボクサーになれるし、美人の遺伝子を有した女性は、高額所得のスーパー・モデルとか映画女優になれるだろう。(ただし、男性ファッション・モデルは高給取りになれないそうだ。意外だけと、男のスーパー・モデルというのは滅多に存在しない。) スポーツ分野とは異なり、知的分野だと後天的要素が大きくなるので、本人の努力次第で夢を叶えることもできる。例えば、一般の科学者とか技術者、演奏家、法律家、建築士、医者、薬剤師になろうと思えば一般人でもなれるし、オリンピックで金メダリストになるくらいの狭き門じゃない。しかし、下層階級の親に育てられた子供だと事情が違ってくる。彼らはいくらホワイトカラーの職種を望んでみても、そこに辿り着くまでの学力が不足しているし、大学あるいは大学院に進むための費用を賄えない。やはり、高学歴の親とか、高額所得者の親、あるいは教育熱心な親を持つ子供の方が有利だ。

  日本の教育現状に関しては様々な本が出版れており、松岡亮二の『教育格差』といった新書も出ているので、一般人でも手軽に知ることができる。松岡氏の著書では、親の学歴とか収入、社会的地位、住んでいる地域とか学校の種類で子供の学力が左右されることが述べられているが、その中でも注目すべき点は、親から子へと相続される「文化資本」であろう。これはフランスの左翼社会学者、ピエール・ブルデュー(Pierre Bourdieu)とかイェール大学のポール・ディマジオ(Paul DiMaggio)が研究して有名になった。我々でも予想がつくけど、こうした文化資本には3つの形態があるらしい。すなわち、本や美術品などの物財である「客体化された文化資本」、学歴や資格などで承認される「制度化された文化資本」、そして言語力や知識、教養など、簡単に相続されない「身体化された文化資本」である。これらの資本は主に、家庭を通して“ゆっくり”と時間を掛けて伝承される遺産であり、この継承者は高い成績を上げたり、教師から好意的な評価を受けるそうだ。

Pierre Bourdieu 1(左  / ピエール・ブルデュー)
  マルキストの変種としか思えないブルデューだが、このフランス人が研究した文化的再生産(Cultural Reproduction)の論文を読んでみると、階級社会で雁字搦めにされたフランス社会への怨念がひしひしと伝わってくる。確かに、家庭のタイプで子供の知的水準が決まってしまう確率は高い。親がどんな読書をしているのか、子供を連れて博物館や劇場に赴いたり、海外旅行を何回経験したのか、あるいは、どんな課外活動に参加したのかや、文化に関する親子間の会話などを調べてみれば、「この親にして、この子あり !」と頷けることもある。ただし、中には「鳶(トンビ)が鷹(タカ)を産む」というケースもあるから、一概に「平凡な親はダメ」とまでは断定できない。でも、一般的には「蛙の子は蛙」というケースが大半だ。昔はよく、恋愛ドラマや少女漫画のキャラクターに惚れて、アホな母親が幼い娘にピアノを習わせたりしたが、大抵の子供は意味が解らず、三日坊主で厭になったものである。第一、母親自身がクラシカル音楽を聴かず、楽器なんか弾いたこともないんだから、子供からすれば迷惑以外の何モノでもない。

  だいたい、勝手な願望で我が子に夢を託す親の方が間違っている。娘にショパンやモーツアルトを勧めているくせに、本人はカラオケ店に行って、八代亜紀や石川さゆりの曲を大熱唱とくれば、厳しいレッスンを受け子供は不満爆発だ。もし、娘をピアニストにするなら、先ず母親が弾き馴れたピアノ曲を娘に聴かせ、如何に美しいメロディーであるのかを示すのが先だろう。学校の勉強も同じで、学問に熱中したことが無い親が、子供に対して「有名校を目指した猛勉強しなさい!」と言ったところで、息子や娘は馬耳東風である。もし、父親が「勉強しなくちゃ駄目だぞ!」と叱る一方で、その愛読書が『ヤング・ジャンプ』とか『ビッグコミック・スペリオール』じゃ説得力ゼロだろう。取っている新聞も『スポニチ』で、パソコンを開けばエロ動画のオンパレードじゃ、子供だって百科事典には目もくれず、お父ちゃんと同じ趣味に没頭するぞ。

  国立教育政策研究所の調査報告書によれば、両親共「非大卒者」の家庭だと蔵書数(雑誌や教科書、電子書籍を除いた冊数)は10冊くらいで、専門書や学術書は極めて少ない。一方、「大卒者」の親がいる家庭では蔵書数が格段に増え、100冊を超えるケースもある。まぁ、高学歴の教養人なら、シュテファン・ツヴァイクの伝記とかカント全集、エドワード・ギボンの『ローマ帝国の興亡』などが書斎にあるんじゃないか。しかし、小説すら苦手な労働者階級だと、せいぜい『こち亀』の単行本全200巻とか、『ミナミの帝王』全197巻、『キャプテン翼』全37巻が関の山だろう。ただし、漫画の中には『ゴルゴ13』とか『沈黙の艦隊』など、国際政治を扱ったジャンルもあるから一概に悪いとは言えまい。極左学者のエルンスト・ゲルナーとかエリック・ホブズバウム、白井聰、姜尚中の有害図書を読むくらいなら、健全な精神に基づく教養漫画を読んだ方がよっぽどマシである。

  ヨーロッパと比べたら日本はほとんど身分格差の無い平民社会だ。しかし、それでも家庭によっては「知的雰囲気」がかなり違ってくる。例えば、親が子供に勉強を教えるとか、何らかの技術を授ける時には、やはり高等教育を受けた親の方が頼もしいし、与える知識の量が断然多い。これは日常会話を調べてみても明白で、高学歴の親だと理数系の知識や藝術にまつわるエピソード、あるいは外国の歴史や地理について詳しく述べることができる。最近は、遠隔授業で英語の教科書を学んだり、数学の練習問題を説いたりする子供が増えたけど、理数系の科目を苦手とする親だと中学生の宿題でも苦労するし、高校の数学や物理となればお手上げだ。非進学校卒の母親が子供の前で、微分積分の問題や数列、あるいは代数幾何を説明するなんて無理だし、かといって横の亭主に助けを求めても、同じ程度の頭だったりするから、「明日、先生に訊いてみようね !」でお終いとなる。だいたい、ギリシア文字なんか習ったことがないから、「ラムダ(λ)」、「ファイ(φ)」、「シグマ(ς)」、「ゼータ(ζ)」を見ても発音できない。かろうじて判るのは「カッパ(κ)」とか「オメガ(Ω」、「ベータ(β)」くらいで、「カイ(χ)」とくれば、「X-Japanの“エックス”じゃないの?」と目を丸くする。

  アメリカの大学に通った人なら入試で「SAT」を受けるから実感すると思うが、数学の試験を英語で受けると、色々な和訳用語が判って頷くことがよくある。例えば、有名なのは「関数」で、昔は「函数」と書いたけど、英語だと「function」である。ちなみに、「保形関数」は「automorphic function」、「楕円関数」は「ellipetic function」と言う。「素数」は「prime number」で複素数は「complex number」だ。(中学生には難しいけど、一応説明すると、任意の実数a、bと「虚数単位imaginary unit」の「i」を用いたa+ibという表現が複素数。) 面白いのは「虚数」で、これは「虚しい」からではなく、「想像上の数」ということで、英語だと「imaginary number」だ。「ユークリッド幾何学」の「幾何学」は「geometry」の和訳で、この学問は元々耕地の測量に用いられたから「ge(地)」という言葉がついている。高校生の良い子は数学の先生に「シケリアのディオドロス(Diodorus Siculus)について教えて !」と頼んでね。そうすれば、古代バビロニアで世界史を記した人物とナイル河の氾濫などを詳しく説明してくれるから。あと、ついでに古代ギリシアの数学についても訊いてみればいい。ピタゴラス学派の秘伝を暴露したヒッパソス(Hipasos)なんか、神罰を受けて海で溺れたそうだから。学校の先生は質問しないと教えてくれないから、何も質問しないで黙っていると損である。

  脱線したので話を戻す。息子や娘の勉強を監督する親にとって、子供からの“素朴”な質問は結構答えるのが難しい。例えば、息子が「ねぇ、ママ、どうして負(マイナス)と負(マイナス)を掛けると正(プラス)になるの?」と訊けば、「うぅぅ~ん、決まりだから !」と答えるしかない。まさか、複素数平面を持ち出して説明する訳にも行かないだろう。紙に横軸(実軸)を書いて、縦軸(虚軸)を引き、「i」を1回掛けると90度回転し、2回掛けると180度回転するから、と解説しても、子供はチンプンカンプンだ。高校生だって普通の子はフリードリッヒ・ガウス(Johann Carl Friedrich Gauss)を知らないから、「ガウス平面(Gaussuan   plane)」を説明されても、半数くらいの生徒は鳩みたいにキョトンとするだけ。(あるいは、コロッケさんのティラノサウルスみたいになっちゃう。) 高校生の数学になると親だって匙を投げるから、研究所に勤める科学者とか技術者の親じゃないと、子供に数学や理科を教えることはできない。例えば、文系の親が「バーゼル問題」を訊かれたって、母親は「今、洗濯物にアイロンかけるから、パパの帰りを待っていてね !」と答えるので精一杯。国文科の母親なんか、逆数が並ぶ数式を見ただけで目眩がする。素数なども「遠い記憶」となっているから、「ルジャンドル予想(Legendre's conjecture)」など“問題外”で、せいぜい「双子素数」を覚えているくらい。サイン・コサイン・タンジェントの三角関数でも記憶が曖昧なんだから、教科書の座標を見たら厭な過去が蘇るだけだ。

Friedrich Gauss 01Adrien Marie Legendre 1Dattaraya Kaprekar 1









(左 :  フリードリッヒ・ガウス / 中央 : エドリアン・マリー・ルジャンドル / 右 : ダタトレヤ・R・カプレカ )

  一方、文化資本が豊かな親だと、様々なトピックで我が子に知識を授けることができる。例えば、息子を連れて車に乗っている時、前方を走るクルマのナンバー・プレイトを指して、「カプレカ数(Kaprekar's numbers)」を探すこともできるのだ。この「カプレカ操作」は結構病みつきになる。例えば、「173」とか「293」、「495」といった3桁の数字を並べ替え、最大の数から最小の数を引いて元の数になれば「カプレカ数」である。(この数字に気づいたダタトレヤ・R・カプレラ<Dattatreya Ramchandra Kaprekar>は、英国式の教育を受けたインド人であったが、英国の大学教授とはならず、インドの学校で教師になっていたそうだ。)

   173   は       731 −  137  = 594   (残念 !)       
       293   は       932  −  239  = 693   (残念 !)
       495   は       954   − 459  =  495   (当たり !) 

 もし、これが「5829」とか「6174」という4桁の数字になると、

    5829  は     9852 −   2589 = 7263  (ハズレ!)   
        6174 は      7641 −   1467 =  6174    (ビンゴ!)

日本の一般家庭と同じく、労働者階級の父親だと理数系の学問はおろか、歴史や地理でも「ギブ・アップ」となってしまう。しかし、子供の頃から聖書だけは読んでいたりするから、初代皇帝のアウグストゥスやティベリウス帝を含むローマ史とか、地中海の地理くらいは知っている。ただし、当時の知的遺産には無縁だから、プラトンやアリストテレス、ストア派のギリシア哲学なんかは解らない。たとえ、「ヨハネの黙示録」を読んで、神様(天主、救世主イエズス)が「アルファであり、オメガである」と教えられても、かろうじて森羅万象を支配する主権者、ないし全宇宙を設計した超越者といった程度のイメージだ。(「ヨハネの黙示録」1章8節、21章6節、22章13節を参照。) とは言っても、神様はあまりにも漠然としているので、その実態は中々摑めない。例えば、もし天主ヤハウエが「有限」だと宇宙の創造主にならないし、「有限」の外がどうなっているのかが問題になってしまう。だから、西洋の神学者は「無限」と考えることにしていた。でも、今じゃ「宇宙は複数有るかも知れない !」というので、「一体、神様はどんな世界を拵えたのか?」と科学者を悩ます謎となっている。(昔の科学者には「理神論者(deist)」が結構いたものだ。)

  それでも、ちょいと教養のあるオヤジなら、「神様は無限なんだけど、数学上の無限には種類があるんだぞ。例えば、最も濃度の小さい“アレフ・ゼロ”があって、その集合に1とか何か別のモノを加えると、“アレフ・ゼロ1”とかになっちゃうんだよねぇ~」と教えることができる。これは集合論と1対1対応を使って説明できるので、中学生や高校生の子供にも理解できる。ところが、藝能ゴシップしか興味の無い親だと、「アレフ(alep)」といったヘブライ文字を聞いたって、何のことやら解らないので、TVドラマの「アルフ(ALF)」しか思いつかない。(この番組は、1986年から1990年にかけて放送されたNBCのコメディー・ホームドラマで、「メルマック星」からやって来た犬型の宇宙人が「ターナー家」に住む居候となる喜劇。日本ではNHKが放送し、宇宙人「アフル」の声優を所ジョージが担当していた。)

  目に見えないけど、親子で相続される「文化資本」が、なぜ重要なのかと言えば、それが子供の知的好奇心を喚起するからだ。田舎の公立学校や所謂「底辺校」で勤務する教師なら共感すると思うが、労働者階級の家庭では、親が子供の勉強とか生活態度に干渉しない“放任教育”が通常となっている。親自身が凡庸であったり、元不良だったりするから、幼い子供に本を読み聞かせる事はないし、自然現象に関しても無頓着で説明する事はない。大抵、帰宅してもパチンコに行くか、テレビの野球観戦にかじりつく程度。子供との会話で豊かな教養を授けるなんて皆無だ。両親が近所の噂話で夢中になっているかと思えば、子供はその隣でTVゲームとかスマートフォンに熱中となる。読書の習慣は一向に身につかず、参考書なんか部屋の隅で「積ん読」状態。こんな子供が相手じゃ、いくら学校教師が張り切っても、学力向上なんて夢のまた夢である。

  文科省の高級官僚は、学習指導要綱をいじくれば何とかなると思っているが、凡庸な腕白小僧と低学力の児童をまかされた教師は堪ったもんじゃない。こうした子供に欠けているのは、家庭で育まれる「知的好奇心」なのだ。最初からアホというのであれば救いようが無いが、非教養人家庭に生まれた子供は、TVアニメとか漫画を無限に許され、一日中ボケ~と眺めるだけである。彼らは自分で積極的に物事を探求しようとせず、只、刺戟的な映像を求めるだけ、というか、送られてくるのを待っている。それゆえ、自分から文章を読んで、何が書かれているのかを探求しないし、そもそも理解しようとする意欲が無い。もっと悲惨なのは、その気力さえ湧かない子供が居るということだ。

Breaking Bad 2(左  /  『ブレイキング・バッド』の主役と共演者)
  不運な状況が重なり、知識不足となった子供は、いくら成長しても、別の視点から物事を考える能力が無い。文系に進んだ者にも、数学とか理科の知識が必要なのは、抽象的な思考を身につけたり、多角的に見る習慣を養うためだ。様々な教養を積むことは、将来の職業に役立つ。例えば、大人になってから異業種の者と会話する時、余計な知識を備えていると、ひょんなことで意気投合となり、人脈を広げることもできるのだ。以前、筆者が友人と雑談をしていた時、米国の人気TVドラマ『ブレイキング・バッド(Breaking Bad)』に言及したことがある。シーズン2か3の時、合成麻薬を密造する登場人物が厄介な遺体を処理するために、浴槽の中に酸を入れて死体を溶かそうとするシーンがあった。そこで、筆者が「あんなに時間がかかるなら、フルオロアンチモン酸(fluoroantimonic acid)で溶かしちゃえばいいのに・・・」と呟いたところ、「おい、それは危険過ぎてマズいだろう !」という答えが返ってきたが、「でも、妙案かもなぁ~」と感心していた。

  普通の犯罪者なら、工場でかすめ取った硫酸を使うけど、ドラマの主人公は優秀な化学者であったから、「マジック酸」を考えてもおかしくはない。俗に言う「マジック酸(Magic acid)」とは、五フッ化アンチモンとフルオロ硫酸の混合物で、かなり危険な猛毒だ。それよりも凄いのが「フルオロアンチモン酸」で、100%硫酸よりも20京倍強いという。だから、人間の遺体なんか一瞬で溶かすことができる。学校で教える理科の教科書は、スリルに欠けるから退屈な解説や実験が多い。無味乾燥の授業で化学式や元素記号を暗記させるより、「どうやったら核爆弾が作れるのか」とか、「最強の化学・生物兵器はどんなものなのか」といった話をして、生徒に興味を持たせる方が効果的。何の目的も無く、ただ「受験の科目だから」という理由で、物理や化学を勉強する生徒は存在するけど、全体からすれば少数派である。

  普通の家庭で育った凡庸な子供は、研究所に勤めるプロの科学者を目指していないから、一般教養の科学でいいはず。知的好奇心を持たずに、理科の授業を受けるのは苦痛なだけである。話を戻すと、こうしたアホな雑談をしても、ある人々にとっては「刺戟的な会話」となるそうだ。情報のアンテナを広げる企業経営者とか投資家は、一風変わった人物にも興味を抱き、「何か知らないけど、面白い奴だ」と見なす。だから、彼らは「今度、俺の家でパーティーを開くけど、来ないか?」と誘ったりする。特にアメリカ人のビジネスマンには、変人を招く趣味があるので、彼らには藝術家とか知識人の友人は少なくない。

  脱線したので話を戻す。放任主義と娯楽生活で成長した子供は、インテリ家庭の子供が集う名門私立じゃなく、地元の子供が通う公立学校に入る。だが、親からの文化資本をもらっていないので、学校の勉強だけで青息吐息で四苦八苦。知識の積み重ねが問われる数学や英語では、段々と追いつけなくなり、気がつくと成績は「中の下」か「底辺をウロチョロ」だ。中学で躓いた生徒は奈落の底へ一直線。大学受験を目指す進学校じゃなく、競争心が全く無い不良高校か工業高校に入るから、もう大学進学など考えない。担任の教師だって、英単語の綴りさえ覚えていない生徒に英作文を教える訳だから、心の底で「投げやり」となってしまうのだ。子供の学力水準アップには、どのような友達を持つのかも重要で、ディスコ通いを優先するような連中とツルめば学問なんか藪の中。(亡くなった立川談志師匠も、娘の教育には相当手を焼いたらしい。)

  しかし、家庭の躾が良く、向上心に燃えた友人を持ては、それに釣られて「自分も頑張ろう」という気持ちになる。よく、アメリカの黒人が白人学校に通いたがるのは、「勉強する雰囲気」と「優秀な級友」を欲しいからだ。もし、黒人だらけの公立学校に入ってしまえば、周りは下品な不良か、犯罪者予備軍、学問とは無縁のヒップ・ホップ・ダンサーくらい。とても勉強する環境じゃないだろう。だから、中流階級の黒人は我が子を白人と混ぜてもらって、その学力を少しでも引き上げたいと願っている。(ヒラリー・クリントンやオカシオ・コルテスみたいなリベラル派は反撥するけど、現実はやはり否定できない。)

Black boys in Sagging PantsBlack children in America 4







(左 : 黒人街をうろくつ黒人少年  /  右 : 黒人が主流の公立学校に通う子供達)

  下層階級の子供は電車内や学校でも、携帯電話とか電子タブレットに夢中だが、上流階級の子供は案外「伝統的な教育」を受けている。上層中流かスーパーリッチの親は子供の生活に介入し、電子機器の使用を制限したり、TVゲームやスマートフォンを与えなかったりする。例えば、「マイクロ・ソフト社」の創設者であるビル・ゲイツ(Bill Gates)や、「アップル社」の共同創設者で2012年に亡くなったスティーヴ・ジョブス(Steve Jobs)は、自分の子供を心配し、ハイテク機器を与えなかったそうだ。たとえ与えても、その使用時間を制限したらしい。ゲイツ氏はメリンダ夫人との間に、ジェニファー、ローリィ、フィーブという三人の子供をもうけているが、この大富豪は娘がビデオ・ゲームに目覚めると、その使用時間に一定の制限を加えていたという。(Chris Weller, "Bill Gates and Steve Jobs Raised Their Kids Tech-Free And It Should've Been a Red Flag", The Independent, 24 October 2017.)

Bill Gates 02Steve Jobs with family 1








(左 : ビル・ゲイツ氏の家族  /  右 : スティーヴ・ジョブズ氏の家族)

  一方、ジョブズ氏はロウリーン夫人との間に息子のリード、娘のエリンとイヴをもうけていた。IT産業で成功したジョブズ氏は、新製品のiPadが世に出た時、子供達にその使用を認めなかったそうである。シリコン・ヴァレーの重役達は偽善者というか二枚舌の持ち主で、他人の子供には最新型のスマートフォンや高性能のタブレット、あるいは高価なパソコンを売りつけているが、自分の子供には“昔ながら”の教育を施し、“紙”の本を与えて「創造性」が豊かになるよう育てている。高度な知識を持つアメリカ人は、電子機器の中毒性に気づいているので、可愛い我が子に与えることをためらう。ハイテク産業の大御所たちは、巨額な宣伝費をかけて新製品を売り込んでいるくせに、「こんなモノを与えたらウチの子供が馬鹿になるじゃないか!」と危惧している。一方、何も知らずに買い与えている平民の親は、子供と一緒に大はしゃぎ。高額な通信料金を払っても、新製品の魅力にゾッコンだから、子供への影響なんて考えない。それにしても、こうしたIT業者を眺めていると、つい、禁煙を信条とするタバコ会社の経営者を思い浮かべてしまう。大企業を運営する者は、巷の流行に流されず、長期的な視野で物事を考える。だから、易々とハイテク教育に追従しないのだろう。

  家庭における知育とか徳育に加え「食育」も大切な科目だ。日本人はビックリしちゃうが、アメリカの下層階級には太った子供が多い。これは子供の健康を管理する親が、食材や栄養分に無頓着で、ジャンクフードや加工食品を気軽に与えてしまうからだ。日本でも、子供を連れてマクドナルドに入る母親がいるけど、フレンチ・フライなんか「パーム・オイル」で揚げだ毒と変わらないぞ。頭が空っぽな親は、息子や娘と一緒に有害食品を口にしているけど、子供を太るために金を払っているとは思わない。アメリカでは「カウチ・ポテト族」が生まれるほど、ポテト・チップスの人気は高いが、これも少量の毒を食べているのと同じだ。ジャガイモを油で揚げると成分のアスパラギンがアクリルアミドに変化するので、かなり有害である。この「アクリルアミド(acrylamide)」は接着剤や塗料に用いられる物質だから、本来なら子供に食べさせる代物じゃない。筆者はファストフードを食べないけど、アメリカの黒人を観察するため、昔、NYのバーガーキングやマクドナルドに入って、黒人客の親子連れを眺めたことがある。ミッシェル・オバマ夫人は黒人の成人病を防ごうと躍起になっていたけど、黒人の肥満って中々根絶できないぞ。

  アメリカで子育てをするのは大変で、いくら自宅で健康な料理を作っても、子供が友達の家に招かれれば、家庭の努力は一瞬で水の泡だ。何しろ、提供されるのがバケツに入ったアイスクリームか、巨大なオレオ、恐ろしく甘いスニッカーズ、チョコレートに砂糖を加えたブラウニー、脂肪がつきやすいラザーニャとか冷凍ピザときている。三宅一生の服を気に入っていたジョブズ氏は、健康を気遣っていたのか、前々から菜食主義者で、特に日本の料理を好んでいた。まぁ、有害食品のベーコンを焼いてハッシュド・ポテトを貪るアメリカ人からすれば、日本の食事はどれも健康食品に見えるんだろう。正体不明のホットドックに保存料てんこ盛りのケチャップをかけて喰うのは庶民階級のアメリカ人くらい。高額所得のエリート・ビジネスマンは食事の“質”を考慮し、なるべく有害食材を回避するよう普段から心掛けている。アメリカ社会を詳しく調べてみれば判るけど、下層階級の労働者が異常に太っている一方で、大企業の重役とか知識人には痩せている人が多い。これは、「自分の健康を管理できない奴が会社を管理できるのか」という思想に基づいているからだ。

  現在、保守派国民は日本の学力が落ちていると心配している。でも、そんな事は何十年も前から分かっていることだ。軍隊を放棄した日本では兵器の開発や製造が疎かになったから、科学技術が段々と衰退したのは当然の帰結である。また、左翼教師が学校を占拠し、平等主義を以てエリート撲滅に邁進していれば、日本人の知的水準が低下し、愚民が増えるのも当たり前だ。思考能力が劣る文科省の官僚は、学校に銭をばら撒けば学力が向上すると思っている。しかし、そんなことをしても、公立学校で問題となっている無気力児童の改善にはなるまい。親が出来ないことを教師に求めるなんて、基本的に間違っている。只でさえ、教師には余裕が無く、雑務に追われているのに、これ以上「きめ細かな教育指導」なんて無理。教師の方が不登校になってしまうだろう。

  とにかく、学校の改善より厄介なのは、親と子供が持つ意識の改革で、これは家庭の問題となるので非常に難しい。教育論は誰でも参加でき、様々な「持論」が飛び交ってしまうので、結局、「現状維持」か「他人任せ」という方針になってしまいがちだ。そもそも、日本人自身がどんな国家を目指しているのか曖昧なんだから、国民教育は各家庭の自由裁量となってしまうだろう。高学歴で高収入の親は、子供を学習塾に通わせ、有名大学に送り込むのを目標としている一方で、学歴と所得が低い親は、子供に相続させる文化的遺産が無いから、本人の努力を期待するしかない。昔の日本ならこれでもいいが、アジアから安い労働者が入ってくる時代となれば別。異人種が増える「これからの日本」だと、公立学校は益々酷くなるはず。アジア移民の子供と一緒にされた日本人の子供は学力低下に悩み、低所得の仕事にしか就けないから、下層階級の悪循環に陥って一生抜け出すことができない。教育格差と身分階級が固定化する未来はすぐ間近である。



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犯罪者を推薦する教育 / 犠牲者になる子供 (Part 2)

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ゲイの藝が問題だ

Drag Queen 24Amber Heard 2










(左 : 子供達に本を読み聞かせるドラッグ・クィーン  /  右 : 子供達が好ましく思うアンバー・ハード)

  国家の存続や繁栄には、良き教育が極めて重要だ。いく立派な制度を構築しても、それを運用するのは国民だから、国家の成員が劣化すれば、国家の衰退と繋がってしまうだろう。現在の日本が顕著なまでに萎縮し、かつての輝きを失っているのは、教育の主導権を反日左翼分子に渡しているからだ。進歩的文化人は戦後の“民主主義”教育を称讃したが、そこから排出されたのは売国奴の議員や官僚、経済人がほとんどで、明治の元勲を凌ぐ為政者が現れたという話は聞いたことがない。

  一方、戦後の知識人から唾棄される封建制からは、偉人や英雄が続々と生み出されていた。明治政府には一流の人物が集結し、まさに「綺羅星の如し」である。薩摩藩の「郷中(ごじゅう)教育」は今でも有名で、加治屋町などは金鉱かダイヤモンドの原産地みたいだ。そこからは西郷隆盛や大久保利通はもとより、陸軍元帥の大山巌、陸軍大将の黒木為楨(くろき・ためもと)、海軍元帥の東郷平八郎、陸軍少将の篠原国幹(しのはら・くにもと)、村田新八が排出されたし、海軍大将の樺山資紀(かばやま・すけのり)や川村義純(かわむら・よしずみ)、首相になった黒田清隆も郷中教育を受けた世代である。明治を創った政治家や軍人は、江戸時だの教育を受けた武士で、知力や体力はもちろんのこと、倫理・道徳の点でも優れていた。現在の国会議員は金のためなら国土や皇室を平気で外人に売り渡してしまうけど、明治の為政者なら死んでもそんな真似はできない。名誉を尊ぶ武士は「末代までの恥」を恐れていたし、何よりも愛国心の塊だったからだ。今の議員や官僚は「引退するまでバレなければいい」というのが信条である。

Kuroki Tamemoto 1Kabayama 1Kawamura 1Kuroda 1










(左 : 黒木為楨    /     樺山資紀      /     川村義純  /   右 : 黒田清隆  )

  アメリカにも昔は恥を避ける文化があったけど、左翼リベラル教育が浸透した結果、子供の倫理観は急激に低下し、卑劣な事を躊躇なく行う者が増えてしまった。やはり、教師のクウォリティーが劣化すると、国民道徳も比例するらしい。今年の三月、テキサス州にある「ヒューストン公共図書館」で“ある問題”が発生した。「ドラッグ・クィーン(Drag Queen)」に扮したボランティアの男が、何と性犯罪の前科者であったのだ。ちなみに、この「ドラッグ・クィーン」というのは、ケバケバしい化粧をした女装の男を指す。語源は定かではないが、一説によればイディッシュ語から由来しているそうで、ロング・スカートを引き摺る姿から名付けられたようである。

  世間の注目を浴びたアルバート・アルフォンソ・ガルザ(Albert Alfonso Garza)という男は、「タティアナ・マラ・ニーナ(Tatiana Mala Nina)」というドラッグ・クィーンを演じ、子供たちの前で本を読み聞かせていた。しかし、フレンドリーな対応と違って、その本性は卑劣で暴力的であったらしい。ガルザは身の丈5フィート11インチ(約180cm)、体重200ポンド(約90kg)の巨漢で、8歳の少年に暴行を加えた過去があるそうだ。('Oops ! Texas library apologizes for hiring sex offender to dress in drag & read to kids,' RT, 16 March 2019.) 図書館の責任者は、バックグラウンド・チェックが甘かったと謝罪したが、それ以前に、図書館側の教育方針に問題があるんじゃないか。だいたい、なんで化け物じみた変態が子供相手の教育者になるんだ? たぶん、子供が「ドラッグ・クィーン」の容姿を面白がり、朗読する本に興味を持ってくれるかも、と期待したのだろうが、教師というのは子供の人格形成に影響を与える人物だから、その選定には細心の注意を払わねばならない。

Albert Alfonso Garza 1Drag queen 2











(左 : 「タティアナ・マラ・ニーナ」に扮したガルザ   / 中央素顔のアルバート・アルフォンソ・ガルザ  /  右 : 子供と戯れるドラッグ・クィーン)

  そもそも、読書の楽しみを教えるのに、あんな怪物が必要なのか? 子供の知的好奇心を呼び起こしたければ、躾の良い家庭で育ち、ある程度の教養と品格を備えた若い婦人を雇うべきだ。心理学者の実験でも明らかなように、幼い子供は美しい人や魅力的な人物に興味を示す。大人は「忖度」や「建前」を大切にするから、どんな醜女(しこめ)に会っても笑顔を作るけど、子供は何となく嫌悪感を抱き、“本能的”に避けるそうだ。人間の性(さが)だからしょうがないけど、子供は魅力的な人の方に関心を示し、安心感からか信頼を寄せるらしい。したがって、幼稚園で本に興味を持たせるためには、ブスな保母さんより美形の保母さんを雇う方がいい、と言えよう。普通の子供は美輪明宏やウッピー・ゴールドバーグみたいな怪獣より、若くて優しい慈母の方に寄り添ってくる。(詳しいことは、Rebecca A. Hoss and Judith H. Langlois, Infants Prefer Attractive Faces, in Oliver Pascalis and Alan Slater, eds, The Development of Face Processing in Infancy and Early Childhood : Current Perspectives, Nova Science Publishers, New York, 2003.やIgor Bascanziev and Paul L. Harris, In Beauty We Trust : Children prefer information from more attractive informants, British Journal of Developmental Psychology, Vol. 32, 2014.を参考にしてね。)

  ただ、一般人が「美しい顔」を選ぶと個人的趣味で違ってくるから、専門家の意見を参考にした方がいいのかも知れない。好ましい顔の研究をしているケント大学のクリストファー・ソロモン博士(Dr. Christopher Solomon)によれば、女優のナタリー・ポートマンが最も好ましい顔つきであるそうだ。また、ロンドンを拠点として世界的に有名な整形外科医のジュリアン・デ・シルヴァ博士(Dr. Julian De Silva)は、古代ギリシアの美を研究されたそうで、ギリシア人が理想とした美に最も近いのは、モデルで女優のアンバー・ハード(Amber Heard)らしい。(Stephanie Harrison, It's official, Amber Heard's Face is perfect, Beauty Crew, May 25, 2017.) 何と、アンバーは理想の美に91.85%マッチするんだって。 (筆者が幼児なら、スペインのレティシア妃とかオランダ人モデルのアナベル・ヴァン・トレド(Anabel van Tredo)みたいな女性がいいなぁ、と思うんだけど、こうした保母さんになると保護者の父親が殺到してしまうから、「ミラクルひらる」くらいが丁度いいのかも。)

Amber Heard 8Natalie Portman 7Letizia 3Anabel van Toledo 3










(左 : アンバー・ハード  / ナタリー・ポートマン  / レティシア妃 / 右 : アナベル・ヴァン・トレド )


テロリストを模範にする教育カリキュラム

black kids in America 2Black Panther 4










(左 : アメリカの公立学校に通う黒人の子供達  /  右 : 戦闘的な「ブラック・パンサー」のメンバー)

  地球上の様々な民族が集まるカルフォルニアでは、学校の種類も多種多様で、高額所得者をターゲットにした名門私立がある一方で、下層階級しか集まらない少年院もどきの公立学校がある。国内が分裂したアメリカだと、学校の教育理念や運営方針もまちまちで、西歐文明を尊ぶ英国風の寄宿学校と、多文化主義を標榜するヒスパニック学校とでは似ても似つかない。ただし、世間の注目を浴びる問題が起こるのは、たいてい貧乏人や下賤な子供が通う底辺校の方である。最近、カルフォルニアの州教育省が「民族学モデル・プラン(Ethnic Studies Model Plan)」なる計画書を発表して話題となった。これは「エスニック・スタディーズ」の授業で用いられる手引書(ガイダンス)なんだが、その内容が驚くほど酷い。例えば、指導内容の中に資本制(capitalism)に関する記述があるのだが、「キャピタリズは家父長制やレイシズム、白人至上主義、弱者差別と結合した「権力と抑圧の形式(form of power and oppression)」であるというのだ。(Williamson M. Evers, 'California Wants to Teach Your Kids That Capitalism Is Racist', The Wall Street Journal, July 29, 2019.) 時代錯誤も甚だしいが、要するに、資本制と資本家は悪魔の権化という訳だ。

  日本と同じく米国でも、教科書や参考書を執筆する人物には、伝統を破壊したい極左分子や白人に恨みを抱く有色人種、学生運動や反戦運動から退いたベテラン左翼が多い。黒人執筆者になると、矛盾を矛盾と感じない人物が多く、白人国家に居坐り続けながら、黒人の地位向上を叫んだり、魅力の無いアフリカ文化を称讃する。そんなに黒人が素晴らしいのなら、どうして米国の黒人は「祖先」が住んでいた「故郷のアフリカ」に戻らないのか? イギリス人が建てたアメリカに不満なら、黒い同胞がたくさんいるアフリカに引っ越すべきだろう。アフリカには困っている黒人が多いから、“優秀”な黒人の医者や教師、商人、科学者はルワンダやガーナに移住して、仲間を助ければいいじゃないか。それに、アフリカに行けば、みんな同じような顔つきなんだから、「黒人」という理由だけで差別されることはない。また、祖先が住んでいた旧大陸では“偉大”と見なされる文化に毎日浸ることができるし、裸同然の格好で陽気な音楽やエキゾティックな踊りを心ゆくまで楽しむことができる。どうして、民族学を専攻した黒人学生は、アフリカでの「幸福な人生」を選ばないのか不思議である。

  教育省のカリキュラムではサラリと書かれていたが、教師達は授業で「重要人物」の伝記を引用するよう勧められていた。ところが、この偉人伝が問題なのだ。何と、推奨されているのは、黒人極左のアンジェラ・デイヴィス(Angela Davies)とか、ポスト・コロニアル理論でお馴染みのフランツ・ファノン(Frantz Fanon)、「ブラック・パンサー」の共同創設者であるボビー・シール(Bobby Seale)、警官殺しの犯人ムミア・アブ・ジャマール(Mumia Abu-Jamal)、銀行強盗をはたらき、刑務所を脱獄した逃亡者のアサータ・シャクール(Assata Shakur)、黒人解放を目指した革命家のジョージ・ジャクソン(George Jackson)、「国民解放部隊(FALN)」を率いていたオスカー・ロペス・リベラ(Oscar López Rivera)、殺人未遂犯のロリータ・レブロン(Lolita Lebrón)であった。日本人ばかりではなく、アメリカ人だって、「まさか、そんな・・・」と絶句してしまうが、カルフォルニア州は何を血迷ったのか、こうした兇悪犯を子供達の「手本」にしたいそうだ。

Frantz Fanon 1(左  /  フランツ・ファノン)
  お花畑で句すら日本人は、こうした名前を聞いてもピンと来ないだろうが、米国の左翼知識人を勉強したことがある人なら、「定番の面子だなぁ」と思うだろう。まず、フランツ・ファノンは日本でも有名で、『地に呪われたる者』や『黒い皮膚・白い仮面』という翻訳書も出ているから、知っている人も多いはず。ファノンはアルジェリアの独立戦争で活躍した精神科医で、フランス人を始めとする西歐の白人に恨みを抱いていた。「ポスト・コロニアル」なんてヨーロッパ史を呪う怨念学に過ぎず、まともな学生が専攻する授業ではない。植民地批判とか民族学の授業を取る学生は、たいてい白人を憎む劣等生で、卒業してもロクな職に就けず、“まっとうな”人生を送ることができないクズばかり。こうした受講生が書く論文なんて読む価値すら無い。たいてい、征服者の白人に対する恨み辛みを書けば、100点なんだからチョロいものである。ちょうど、朝鮮系学生が日帝支配について論文を書く場合と同じ要領だ。

  1966年に「ブラック・パンサー」を創設したボビー・シールズは、出来もしない黒人の自立や自己決定、教育の普及、住宅事情の改善、医療制度の充実などを口にしていたが、結局は武闘派の赤い革命家の域を出なかった。彼が率いるブラック・パンサー党は、過激な民族闘争に「アフリカへ戻れ」という理論と公民権活動をごちゃ混ぜにしたゴロツキ団体で、マルクス主義のスバイスが表面に掛かっている程度の代物だ。頭目のシールは度々逮捕されており、16件の罪で起訴され、4年の実刑に服している。1968年にシカゴで開かれた民衆党大会では、暴動を扇動した廉で有罪になっていた。

Bobby Seale 01George Jackson 1Black Guerrilla Family 1










(左 : ボビー・シールズ   / 中央 : ジョージ・ジャクソン   /  右 : 「ブラック・ゲリラ・ファミリー」の囚人達 )

  ジョージ・ジャクソンは一部の日本人には知られている黒人である。なぜなら、ユダヤ人歌手のボブ・ディランが1971年にシングル・カットした楽曲の題名にもなっているからだ。(ユダヤ人って本当に左巻きが似合っている。天性の素質があるんじゃないか。) 黒人というのは、学校よりも監獄で勉強するようで、セコい強盗をやらかしてムショに入ったジャクソンは、檻の中でマルクス・レーニン主義や毛沢東思想に初めて触れたという。有害書物を読んで過激派に変身した囚人は、クウェンティン州立刑務所に収容されたストリート・ギャングどもを集めて、「ブラック・ゲリラ・ファミリー(Black Guerilla Family)」を結成したそうだ。アメリカの黒人にとって刑務所は「出会いの場」になっている。もっと呆れてしまうのは、強姦魔や殺人鬼が器具を使って体を鍛えることができることだ。兇悪犯は監獄でヨボヨボになる方がいいのに、現実は逆で、出所する頃には健康で筋肉隆々となっている。こんな奴らが道路や公園で子供や女性に目を付けたらどうなるのか。

Jonathan Jackson 4Jonathan Jackson 3( 左 : ジョナサン・ジャクソン /  右 : 判事らを人質にするジョナサン)
  1970年、ジャクソンは仲間の囚人二名と脱獄を図り、看守のジョン・ミルズを殺してしまう。この罪でジャクソンは死刑判決を受けるが、弟のジョナサンは兄を助けようと、ブラック・パンサーの仲間を連れてフロリダ州の地方裁判所に殴り込み、人質をとって兄の釈放を要求した。銃で武装したジョナサンは、ヘイリー判事やゲイリー・トーマス検事らを楯にして要求を突きつけるが、ヴァンに乗り込もうとしたところを、駆けつけた警官に撃たれてあの世行き。人質になったヘイリー判事も、重傷を負ってしまい間もなく死亡する。アホな兄弟は救いようがなく、死に方まで似ていた。兄のジョージは囚人仲間と共に脱獄を試みるが、刑務所の中庭に出たこところで警備員に射殺されてしまった。まぁ、弟が待っている地獄へ渡ったんだから、そう寂しくないだろう。

Lolita Lebron 1(左  / ロリータ・レブロン )
  プエルトリコ人のロリータ・レブロンは、本名を「ドロレス・レブロン・ソトマイヤー(Dolores Lebrón Sotomayor)」といい、ブエルトリコのナショナリズムを叫んだ過激派である。1954年、彼女は武装した仲間と共に連邦下院議員を襲撃し、5名の議員を負傷させたという。大量殺人を試みたロリータ一味は有罪判決を受け、25年間の懲役刑に服した。でも、たった25年で済んだのは、1979年にジミー・カーター大統領が恩赦を与えたからだ。しかし、出所したレブロンは反省する気持ちなどは更々無く、キューバ政府から「プレイヤ・ギロン(Playa Giron)」勲章をもらってウキウキしていた。ちなみに、この勲章を最初に授与されたのは、ソ連の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンであった。が、その他の受賞者も実に興味深い。例えば、ソ連書記長のレオニド・ブレジネフ、PLOの議長を務めた職業テロリストのヤセル・アラファト、KBGの手下になっていたのに「英雄」に祭り上げられた南アフリカのネルソン・マンデラ、黒人共産主義者の手本になっていたアンジェラ・デイヴィスなどである。たぶん、創価学会の池田大作も、カストロ議長に頼めば勲章の一つくらい貰えたんじゃないか。資格は充分だしね。

Brezhnev, Leonid 1Arafat 1Nelson Mandela 2Angela Davis 1










(左 : ソ連のブレジネフ書記長   / PLOのヤセール・アラファト議長  / ネルソン・マンデラ  /  右 : アンジェラ・デイヴィス)

  歴代大統領の中でも「最低」の評価を受けるカーターは、穀潰しの人権派らしく、悪党のレブロンに恩赦を与えてしまった。他方、不倫大王に相応しいビル・クリントンは、退任間際の1999年、プエルトリコ人テロリストのロペス・リベラに恩赦を与えたそうだ。しかし、リベラはこれを拒否した。なぜなら、クリントンがリベラの仲間である囚人に恩赦を与えなかったからだ。リベラが率いていたテロ組織「国家解放武装団(FALN)」は、1974年から1983年の間に120件以上の爆破テロを起こしており、リベラ自身も煽動罪や強盗、武器弾薬の密売などで起訴され、55年の実刑判決を受けていた。クリントンの慈悲により、刑期が短くなったとはいえ、リベラが釈放されるのはまだ先の話で、おそらく2025年くらいだろうと思われていた。

Oscar Lopez Rivera 3(左  / オスカー・ロペス・リベラ )
  ところが、極悪人には黒い守護天使がついていた。2017年1月、もう直ぐ退任というバラク・フセイン・オバマ大統領は、リベラに寛大な慈悲を与え、年老いたテロリストを解き放ってしまったのだ。これには、「ワシントン・ポスト」紙の有名なユダヤ人二名が激怒した。すなわち、編集者のチャールズ・レイン(Charles Lane)とコラムニストのチャールズ・クラウトハマー(Charles Krauthammer)の二人である。彼らが異議を申し立てたのも当然で、駐車違反や脱税程度の軽犯罪者ならいいけど、テロ事件を起こして懲役刑となった過激派を釈放するなんて言語道断だ。しかし、隠れ共産党員のフランク・マーシャル・デイヴィスに薫陶を受けたオバマは違う。常識人と根本的に考え方が違っているのだ。白人社会に攻撃を仕掛けた有色人種なら、ある意味、社会正義の戦士とも考えられるから、恩赦を与えても不思議じゃない。(このデイヴィスに関しては、以前、当ブログで触れたので、過去記事Aを参照のこと。)

  FBIから指名手配を受けていたアサータ・シャクールは、本名を「ジョアン・デボラ・バイロン(JoAnne Debora Byron)」といい、ルイス・チェスマード(Louis Chesmard)と結婚したので、「ジョアン・チェスマード(JoAnne Chesmard)」という名前になった。この黒い極左分子は、元「黒人解放部隊(Black Liberation Army)」のメンバーで、ホテルでの強盗未遂、クィーズ地区での銀行強盗、リチャード・ネルソンの殺害、警官の殺人未遂などの廉で逮捕され、終身刑の判決を受けた人物である。


Assata Shakur 1Werner Foester 1Assata Shakur & Kakuya











(左:  アサータ・シャクール / ウェルナー・フォースター  /  右 : 娘のカクヤと一緒のアサータ )

  今では人々の記憶から薄くなっているが、アサータは「ターンパイク銃撃事件」で注目を集めた犯人だ。1973年、アサータはザイド・マリク・シャクール(本名 / James Costan)とサンダィアタ・アコリ(本名 / Clark Squire)を連れてクルマに乗り込み、フィラデルフィア経由でワシントンに向かう途中だった。しかし、パトロール中のジェイムズ・ハーパー(James Harper)巡査に目を付けられ、予想外の事態に直面する。ハーパー巡査は自動車のテイルランプが壊れていることに気づき、彼らに停車を命じて、三人を尋問しようとした。しかし、ハーパー巡査は不審に思ったので応援を呼ぶことにしたそうだ。すると間もなく、連絡を受けたニュージャージー州警察のウェルナー・フォースター巡査が到着し、ハーパーと一緒に尋問しようとした。しかし、シャクール達は身の危険を感じたのか、いきなり銃撃戦を始めたそうだ。アコリがセミ・オートマチックの拳銃をぶっ放すと、その弾丸がフォスター巡査に命中し、衝撃を受けたフォスターは倒れる。そして、アコリはフォスターの拳銃を奪って、2発彼の頭に撃ち込み、トドメを刺した。ハーパ巡査の証言によると、その発砲は「処刑」に等しかった。この銃撃戦を仕掛けた三人はクルマで逃走を図るが、負傷したザイドは逃走5マイル先で死亡。アサータは腕と肩に銃弾を受け、追跡する警官に見つかって投降したという。アコリは大掛かりな警察の包囲網に引っかかって逮捕された。

  様々な事件で裁判を受けたアサータは、有罪判決を受けニュージャージー州クリントンの刑務所送りとなったが、1979年、「コレクティヴ(THe Collective)」という過激派組織が脱獄の手引きをしてくれたので、まんまと刑務所から抜け出すことができた。そして、この脱獄犯は赤い離れ小島のキューバに亡命する。カストロの王国で自由の身となったアサータは、1987年に自伝『Assata : An Autobiography』を執筆し、1993年には共著で『Still Black, Still Strong』を出版した。さらに、1987年にはNBCのインタビューを受けて自らの無罪を主張するといった図々しさを見せていた。フォスター巡査は壮絶な最期を遂げたが、アサータはキューバで娘に再会することができた。逮捕されてから生まれた娘のカクヤ(Kakuya)は、ニューヨークに住む祖母(アサータの母親)の手で育てられたそうだ。娘と幸せに暮らすアサータは、キューバ政府から1日13ドルの生活費を支給されていたという。(一方、アサータの身柄には、FBIとニュージャージー州警察から200万ドルの懸賞金がかけられている。)

  NBC(米国のテレビ局)の記者を前にして、自らの潔白を主張するアサータの姿は実に忌々しい。裁判の陪審員が白人ばかりであったから、人種差別によるリンチであるとも述べていた。白人社会の差別と戦うアサータには、心強い味方が多く、その一人が極左活動家のアンジェラ・デイヴィスだ。デイヴィスはアサータを「正義について揺るぎない信念を持ち、人に対して思いやりのある人物だ」と評していた。(Tim Walker, 'Assata Shakur : Black millitant, fugitive cop killer, terrorist threat ...or escaped slave?', The Independent, 18 July 2014.) 警官殺しの脱獄犯を「憐れみ深い人間(compassionate human being)」と褒めるデイヴィスとは、いったい何者なのか。日本の左翼にとっては偉人なんだろうけど、普通のアメリカ人から見れば、元「ブラック・パンサー」のメンバーで、白人社会に恨みを抱く革命分子に過ぎない。米国共産党と昵懇のデイヴィスは、1979年に「レーニン平和賞」をもらうほどの極左活動家で、キューバや東ドイツ、ソ連を訪ねて、フィデル・カストロやエーリッヒ・ホーネッカーの歓迎を受けた。また、デイヴィスは黒人解放組織とも仲良しで、ジョナサン・ジャクソンが法廷に殴り込んだ時に使用した銃は、デイヴィスが購入したものである。(左翼って裏で色々な繋がりを持っているものだ。)

Angela Davis 5(左  / 大学教授になったアンジェラ・デイヴィス )
  しかし、驚くのはまだ早い。刑務所か地獄がお似合いのデイヴィスは、何と教職を目指し、サンフランシスコ州立大学で教鞭を執っていたのだ。しかも、教えていたのは「民族学(ethnic studies)」なんだから、もう頭がクラクラしてくる。米国で民族学を教える奴は、たいてい黒人の公民権運動家とかヒスパニックの極左分子なんだから。その後、デイヴィスはカルフォルニア大学タンタ・クルーズ校の教授に納まり、フェミニズム講座を持ったそうだ。「またかよぉ~」と嘆きたくなるが、文化破壊型の共産主義者は、少数民族とか障碍者、あるいは女性に対する差別を「手段」にして、憎い社会を内側から腐蝕させ、徐々に叩き潰そうとする。

William Kunstler 11(左  / ウィリアム・クンスラー )
  ちなみに、アサータの裁判で弁護を担当したのは、有名なユダヤ人弁護士のウィリアム・クンスラー(William Kunstler)であった。クンスラーは「アメリカ自由人権協会(ACLU)」の所長を務め、「憲法権利擁護センター(Law Center for Constututional Rights)」の共同創設者でもあったから、彼がどんな人物であったのか、大凡の見当がつくだろう。彼の依頼者の中には、マーチン・ルーサー・キング牧師やマルコムX、ニューヨークで悪名高いイタリア系マフィアのボス、ジョン・ゴッティー(John J. Gotti, Jr.)、6人もの命を奪った連続殺人鬼のルミュエル・スミス(Lemuel Warren Smith)、米国共産党(CPUSA)と親しく、星条旗を燃やして話題となったグレゴリー・ジョンソン(Gregory Lee Johnson)、プエリトルコ人ギャングで殺人罪に問われたサルヴァドール・アグロン(Salvador Agron)など、極悪人が勢揃いだ。さらに、1993年に「ワールド・トレイド・センター」を爆破したテログループの主犯、オマー・アブドゥラフマーン(Omar Abdel-Rahman)の裁判も担当したといから、クンスラーは相当な左翼人権派弁護士である。

John Gotti 01Lemuel Warren Smith 1Salvador Agron 1Omar abdel Rahman 1











(左 : ジョン・ゴッティー   /  ルミュエル・スミス   /  サルヴァドール・アグロン   /  右 : オマー・アブドゥラフマーン )

  普通の日本人なら、こうした過激派の素性を知れば、とても子供達に教えるような人物ではないことを判るはずだ。しかし、カルフォルニア州の教育省は、極悪人の鑑(かがみ)としか言えない人物を、あたかも「偉人」の如く扱い、彼らの伝記を推薦本にしている。これじゃあ、アメリカの子供がおかしくなる訳だ。日本の教科書も酷いけど、アメリカの教育カリキュラムも負けず劣らず酷い。黒人犯罪者の伝記を読む黒人生徒は、どんな感想を持ち、如何なる評価を下すのか。もしかしたら、何割かの生徒は黒人テロリストや殺人鬼に「模範(role model)」を見出し、「社会正義」を掲げる真っ赤な革命家になるかも知れないぞ。フランクフルト学派の共産主義者に鼓舞されたバラク・オバマは、劣等生だけど法科大学院に進み、コミュニティー・オーガナイザー、すなわち貧民地区の黒人を先導して社会改革を達成しようとする活動化になった。さらに、「黒人」という利点をアピールして、連邦上院議員となり、合衆国大統領にまでなれたのだ。恐ろしいじゃないか。

  まぁ、セコい市民活動家であった菅直人が、日本の総理大臣になれたんだから、我々もそう簡単に笑って居られまい。いずれ、山本太郎を模範とした帰化鮮人や帰化支那人2世とかが政界に進出するだろうし、大学の教授や高校・中学の教師にもアジア系が増えるだろう。公立学校に通う日系人の子供が、朝鮮人テロリストの偉人伝を読むようになったら世も末である。考えたくないけど、近い将来、もしかしたら金玉均とか金天海の評伝が推薦図書になるかも。移民の激増に無関心な日系日本人は、恐ろしい未来を覚悟した方がいいぞ。


  

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