無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

イングランド / ブリテン

黒いアン・ブーリン / 多民族主義で改造される英国

支那人の卑史 朝鮮人の痴史 教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 [ 黒木 頼景 ]
支那人の卑史 朝鮮人の痴史 教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 [ 黒木 頼景 ]

黒人女優が英国王妃を演じる !

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( 左 : クレア・フォイ  / 右 : ジョディー・ターナー=スミス )

  現在、歐米諸国では多文化・多民族主義が蔓延し、国家の根源が浸食・破壊の憂き目に遭っている。グローバリズムに抵抗するナショナリズムや伝統的社会を憎む左翼分子は、同質的な国民を憎み、歴史的遺産を撲滅すべく、あらゆる心理作戦や宣伝工作を行っているようだ。そのうちの一つが、国民意識の改造である。左翼革命を達成するためにミサイルや戦車は要らない。一般人が抵抗できないよう、その頭(精神)を変えてしまえばいいのだ。サーカスのピエロは肉体で虎や豹に勝てなくても、こうした動物を小さい頃から餌で手懐け、火や鞭を使って調教すれば、どんな猛獣でも従順になる。飼い慣らされた猛獣は、その牙や爪の使い方を知らず、本来の衝動にさえ気づかない。飼い主様からマタタビを貰えばイチコロだ。信じられないけど、人間も同じである。

  かつて、イギリス人は七つの海を支配する大帝国を築いたが、今では彼らの国際的ステータスは凋落し、植民地を失ったばかりか、本国すらボロボロの状態である。一応、昔ながらの王室は保持しているものの、国家を構成する公民はアングロ・サクソン人以外の者がほとんど。同胞がケルト系のスコット人やアイリス人ならいいけど、インド人やパキスタン人とか、ジャマイカの黒人や髭面のアラブ人じゃ頭が痛くなってくる。イングランドの都市部や繁華街を歩けば、金髪碧眼の北方種族よりも、アジア人やアフリカ人の方が目立つ。ロッチデールやブラッドフォードなどでは、住民の大半が東歐の移民か有色人種なんだから、日本人旅行者さえ「こんなので大丈夫なのか?」と不安になってくる。

  しかし、ブリテンの学校では異民族が共存する混淆社会を大絶賛。インド系やアラブ系の学者達は、左翼白人の支援を受けて多民族社会の実現に邁進している。もかも、それをマスコミがバックアップしているんだから、イギリス人の若者が左巻きになるのも当然だ。彼らは生まれた時からアジア人やアフリカ人と一緒に学んでいるので、イギリス人だけの社会なんて知らないし、人種の坩堝を“ごく自然な状態”と考えている。しかし、古き良きイングランドを覚えている中高年は、黒人が大手を振るって闊歩する光景を苦々しく思っているはずだ。右翼にもなれない内気な後期高齢者は、「私が幼い時は、こんなんじゃなかった」と独り呟く。こうした老人は落ちぶれたイングランドと一緒に埋葬される運命にあるのだろう。

  一方、英国の主流メディアは多民族主義の先駆者だ。とりわけ、1997年に設立された「Channel 5」は左翼思想の急先鋒。このテレビ局は、近々チューダー朝を扱ったドラマ・シリーズを放送するそうだ。しかし、世間の注目を集めたのは、歴史ドラマの制作ではなく、その配役にあった。何と、「Channel 5」は有名なヘンリー8世の妃となったアン・ブーリン役に、黒人女優のジョディー・ターナー=スミス(Jodie Turner-Smith)を起用したのだ。これには、温厚なイギリス人も驚愕した。歴史好きの国民だと、「えっっっ!!  嘘だろう !!」と背中に戦慄が走ったらしい。日本人の中にも、多少イギリス史を学んだ人もいるから、「まさか、そんなぁぁ~?!」と驚いてしまうだろう。TVドラマに興味が無いイギリス人だって、「いくら何でも、黒人女優をアン・ブーリン役にするなんて酷い !」と思うんじゃないか。

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( 左 : ジョディー・ターナー=スミス  /  中央 : アン・ブーリン  /  右 : アン・ブーリン役のジョディー )

  でも、ドラマのエグゼクティヴ・プロデューサーを知れば、「さもありなん」と納得するだろう。このドラマを制作したのは、リベラル派の歴史家と思われるダン・ジョーンズ(Dan Jones)である。一応、彼はケンブリッジ大学で英国史を学び、有名なデイヴィッド・スターキー(David Starkey)の講義を取ったそうだ。しかし、クールな“教え子”となっているが、師匠の歴史観は受け継がなかった。(Oliver Marre, "They're too cool for school : meet the new history boys and girls", The Observer, 28 June 2009.)  何よりも我々がゾッとするのは、ダンのモダンな肉体だ。ケンブリッジ大学卒の歴史家というのに、ダンは入れ墨を彫ったジャーナリストになっていたんだから。さすが、令和の時代というか、第21世紀の西歐諸国は昔と違っている。世間の目を気にせず、肌に恐ろしい刺青を入れるくらいだから、従来の常識に囚われない人物なんだろう。さすがに、我が国ではまだ刺青に対する拒絶反応があるので、大学教授や国家公務員、都市銀行の行員、百貨店の従業員で腕や首に龍や蜘蛛の刺青を彫る奴はいないだろう。たぶん、いないと思うけど、もしかしたら、いるのかも・・・

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(左 : 刺青を彫ったダン・ジョーンズ /  右 : マッサージを受けるジョーンズ )

  もう一人の制作者、リンゼイ・ミラー(Lynsey Miller)監督も注目すべき人物だ。彼女はマスコミの取材を受けて、この配役はベストな選択と豪語していた。まぁ、ブリテンにはリベラル思想に染まった白人が多いから、有色人種を使う事で“社会正義”や“平等主義を”実践しているんだろう。ミラー監督のようなスコット人は、異民族や嗜好が違う人にも親切にすることで、「誰にでも優しい善人」を演じている。これは彼女が過去に手掛けた作品を見れば分かることで、NFTS(National Film and Television School)の卒業過程で制作したコメディー・ドラマの『Conception』は、ゲイを主人公にした作品だ。このドラマのプロデューサーはセシリア・フルギュール(Cecilia Frugiuele)で、脚本はエヴァン・プレイシー(Evan PLacey)が担当していた。

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(左 : リンゼイ・ミラー  /  右 : エヴァン・プレイシー )

  今や舞台演劇の脚本家として知られているプレイシーは、センセーショナルな作品を世に送り出す左翼作家として有名だ。そして、彼はユダヤ人。現在、プレイシーはカナダで活躍しているが、元々は子役で、脚本家に転向してからは、ブリテンやフランス、ドイツなどで作品賞を貰っているそうだ。しかし、ユダヤ人の脚本家だから、情熱を傾ける演劇には論争の的になるテーマが多い。例えば、2010年に手掛けた舞台『Mother of Him』では、三人の女性を強姦したマシュー・カポウィッツ(Matthew Kapowitz)が題材になっていた。このマシューもユダヤ人で、プレイシーはマシューの悩める母親を描いたそうだ。ホント、ユダヤ人は同胞をネタにして映画やドラマを作る事がお得意だ。

  プロデューサーのフルギュールも、これまた問題児で、公開した作品には眉を顰めたくなる。彼女がデジィリー・アカヴァン(Desiree Akhavan)と共に制作した『The Bisexual』は、“両性好み”を主人公にした作品である。つまり、男と女を肉体的に愛することができる人物を描いた作品ということ。何しろ、デジリー自身がバイセクシャルなんだから、自分の性的嗜好を盛り込んだTVドラマと言えるんじゃないか。このドラマは「Channel 4」で放送されたが、ブリテンのテレビ局ときたら、どれもこれもリベラルばかり。BBCからITV、Sky Group、My5に至るまで、ほぼ全てが左巻きで、違いといったら深紅かピンクの色合いくらいだ。

Cecilia Frugiuele 002Desiree Akhavan 4









(左 : セシリア・フルギュール /  右 : デジィリー・アカヴァン)

Christiane Amanpour 1(左  / クリスティアーヌ・アマンプール)
  ミラノ育ちのフルギュールは、民族とか国籍の違いを気にしないそうで、ペルシア系アメリカ人のアカヴァンと仲良しである。今はバイセクシャルの人物と同棲しているデジリーだが、彼女は元移民で、幼い頃、両親に連れられてシーア派革命のイランを逃れている。NYのブロンクスで育ったデジリーは、スミス・カレッジで演劇を学び、その後ニューヨーク大学の修士課程に進むと、ロンドン大学のクィーン・メアリー校に留学したそうだ。ホメイニ師のイラン革命(1979年)で脱出したペルシア人は多く、11歳の時ブリテンへ逃れたクリスティアーヌ・アマンプール(Christiane M.H. Amanpour)は、そうしたペルシア人の一人だ。彼女の父親モハメッドはイスラム教徒であるが、母親のパトリシア・ヒルはカトリック信徒なので、彼女は西洋風の教育も受けたという。CNNやPBS、CBSといった大手メディアで活躍するアマンプールは、ペルシア湾岸戦争の時、現地レポーターとして活躍したから、日本でも「CNNの名物アンカー」として知られている。

Sumner Redstone 3( 左 / サムナー・レッドストーン)
  それにしても、「アン・ブーリン」役に黒人を起用するなんて、「チャンネル5は気でも狂ったのか?」と言いたくなるが、チャンネル5の親会社を知れば、誰でも「あっ、そうかぁ~。仕方ねぇなぁ~」と納得するだろう。皆様ご存じ、「チャンネル5」はアメリカの大手メディア・グループ、「ヴァイアコム(ViacomCBS Networks)」が所有するTV局である。したがって、多民族主義なんか当たり前だ。この「ヴァイアコム」は、今年亡くなったユダヤ人のメディア王、サムナー・レッドストーン(Sumner Murray Redstone)が築き上げた帝国である。彼の本名はユダヤ風の「ロスシュタイン(Rothstein)」だ。現在は、娘のシャリ・エリン・レッドストーン(Shari Ellin Redstone)が総帥を務めている。ユダヤ人は銭のためなら社会道徳も性倫理もお構いなし。番組が話題となり、視聴率や人気が上がればそれでいい。英国の王族が白人でも黒人でも構わないし、そもそもアングロ・サクソン人だけの王国なんて赦せないから、片っ端から異教徒の文化を踏みつけてる。それなら、さっさとイスラエルに戻って、頑固なユダヤ教徒の文化や誡律を破壊すればいいのに、なぜか西歐に寄生するユダヤ人は祖国に帰らない。とても不思議だ。

濡れ衣を着せられて処刑された王妃

  問題となったアン・ブーリンは「悲惨な王妃」として知られている。何しろ、あの気紛れで残酷なヘンリー8世の愛妻となった訳だから、斬首刑の運命は決まっていたのかも知れない。今回のドラマではアフリカ土人のような貴婦人となっているが、本当のアンは魅力的で知的な女性であった。彼女はロンドンに住む裕福な商人家族の娘で、宮廷でもひときわ目立っていたらしい。(Alfred Frederick Pollard, Henry VIII, London : Longman, Green and Co., 1905, p.187.) 彼女は国王の“愛人”になる前、フランスに渡り国王フランソワ1世の妃であるクラウデ(Claude)に仕える侍女をしていた。その後、イングランドに戻り、ヘンリー8世に見初められたが、アンは「結婚前」に子供を宿していたそうだ。まぁ、好色で強引な王様だから、キャサリン妃との離婚前に、愛人とベッドを共にしたんだろう。

  日本でもヘンリー8世の性欲はよく知られており、「ブラッディー・メアリー」を産んだ最初の王妃、アラゴンのキャサリンは非常に気の毒な女性である。キャサリンは亡くなった兄アーサーの寡婦で、弟のヘンリーからしたら義理の姉だった。男子の後継者を望んでいたヘンリーは、キャサリンが産んだ娘を見てガッカリする。第16世紀だと、まだ産み分け技術が無い時代だから、キャサリンが男の子を授からなくても彼女のせいじゃない。期待を掛けたアン・ブーリンだって、結局はエリザベス(後の女王)という娘を産んだ訳だから、赤ん坊の性別は神様が決めるものと考えるべきだ。しかし、どうしても嫡男を欲しかったヘンリーは諦めきれなかった。王子を待ち望むヘンリーであったが、肝心のアンは妊娠しても流産してしまう。残念なことに、彼女が身籠もった赤ん坊は男の子であった。ところが、彼女の産婆によると、その子は畸形児であったという。だから、死産でなくてもヘンリーが満足したかどうかは分からない。

  ただ、ヘンリーは相当落胆したそうで、この流産を切っ掛けに彼の愛情は急速に冷めていった。それよりもマズいのは、アンが畸形児を身籠もったという事実だ。当時、畸形児を産む女性は、何らかの罪を犯したから不幸な目に遭うのだ、という迷信があったので、ヘンリーと側近の者はアンを魔女や悪女の類いと考えたそうである。そこで、ジェイン・シーモア(Jane Seymour)に目を附けていたヘンリーは、邪魔な女房が疎ましくなり、アンを排除すべく、国王暗殺や不義密通、近親相姦などの罪をでっち上げ、叛逆者の囚人にした。ロンドン塔に送られた王妃は、斬首刑にされて絶命する。

   次に王妃となったジェイン・シーモアは、アンと違って控えめで、王族の血を引く謙虚な女性であった。彼女は初代クラレンス公爵ライオネルの子孫であるから、エドワード3世の血筋となる。(興味深いことに、ヘンリーが妻にした女性は皆、国王エドワード1世の子孫であるという。) 1536年、ジェインは妊娠するが流産してしまう。しかし翌年、彼女はエドワード6世を産むことができた。ところが、不幸にも彼女は産褥で亡くなってしまう。次に娶ったクリーヴズのアン(Anna von Kleve)は恋女房になるはずだったが、半年足らずで離縁。でも、処刑されず、金銭的にも恵まれ、お城で余生を過ごすことが出来たから比較的幸せだ。

  ところが、アンの次に王妃となったキャサリン・ハワード(Catherine Howard)は、当時まだ10代の娘であったから、ちょっと憐れ。さすがに、50歳くらいになる中年との結婚だから、今の基準で考えれば淫行みたいな関係に見えてしまう。でも最初は良かった。しかし、キャサリンにも悲劇の嵐が訪れ、彼女は姦通の容疑を掛けられ、これまた処刑台の露となった。

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(左 : ジェイン・シーモア / クリーヴズのアン / キャサリン・ハワード  /  右 : キャサリン・パー )

  最後の王妃となるキャサリン・パー(Catherine Parr)は、二度の結婚を経てヘンリー8世の妻となった才女。キャサリン妃はヘンリーと神学について議論が出来るほどの教養人だった。ちなみに、このヘンリー8世は若い頃、文学や乗馬に長けた英邁な王子様で、神学の勉強においても優秀だった。当時の教養語はフランス語であったから、アン・ブーリンに宛てた恋文もフランス語で書いている。ヘンリーは元々熱心なカトリック信徒で、ちっともプロテスタント信仰に魅力を感じていなかった。マルティン・ルターの提案が現れた時、ヘンリーは自ら反駁書を記した程で、この功績によりローマ教皇から「信仰の擁護者(Fidei Defensor)」という称号を貰うことができた。(アンドレ・モーロア 『英国史』 水野成夫 訳、白水社、昭和14年、p.375.)

  一方、キャサリン・パーは最初にエドワード・バー卿(Sir Edward Burgh)と結婚し、その後ラティマー男爵のジョン・ネヴィル(Baron John Neville)と再婚していた。ちなみに、ヘンリーの娘であるメアリーとエリザベスが宮廷に戻ってこれたのは彼女のお陰であった。ヘンリーが崩御した後、キャサリンはトマス・セイモアと再婚する。ヘンリー8世は亡くなる前、キャサリン妃に年金を渡していたから、彼女は威厳を保ちながら暮らすことができた。まぁ、王様が先に旅立ったので、彼女は処刑されず、意外と幸運だったのかも知れない。

  過去、映画やTVドラマで「アン・ブーリン」役を演じた女優は結構いる。例えば、イギリス人女優のクレア・フォイ(Claire Foy)は2015年、歴史ドラマ『ウォルフ・ホール(Wolf Hall)』でアン・ブーリンを演じていた。彼女が演じるアン・ブーリンは普通だけど、ジョディー・ターナー・スミスよりは遙かにマシだ。さらに、クレアはTVドラマ『ザ・クラウン(The Crown)』でエリザベス2世を演じている。彼女の声は女王陛下よりも低いけど、まぁ、美人女優だからイギリス国民は満足しているんじゃないか。エリサベス女王だって『ザ・クラウン』の噂くらいは聞いているから、クレアの抜擢に異論はあるまい。これがもし、ジャマイカ系女優のラシャーナ・リンチ(Lashana Rasheda Lynch)だったら、女王陛下だけじゃなく、一般のイギリス人も激怒するはずだ。彼女は007シリーズの最新作『No Time To Die』で、新たな「00」エージェントに扮している。しかし、この起用はジェイムズ・ボンド・シリーズを支えていたイギリス国民に不評で、「何で、あんな黒人に・・・」という不満が地下水脈に漂っている。ホント、真っ赤に染まった映画制作者には誰でも呆れてしまう。

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(左 : クレア・フォイ  / 中央 : 「アン・ブーリン」役のクレア  / 右 : 「エリザベス2世」を演じるクレア  )

Harry Enfield as Queen-Elizabeth-in-David-Walliams 02(左側 : 「エリザベス2世」を演じるハリー・アンフィールド / 右側 : 女王の側近を演じるデイヴィッド・ウィリアムズ) 
 ちなみに、筆者はBBC One が放送した『Williams & Friends』が大好き。この喜劇の中で、男優のハリー・アンフィールド(Harry Enfield)がエリザベス女王に扮している。これは如何にもイギリス人が作りそうなコメディー番組なんだけど、ハリーの演技がとにかく絶品だ。もう、ずっと抱腹絶倒となる。女王陛下に対しては誠に失礼なんだけど、腹筋が痛くなるほど笑ってしまうのだ。米国の『サタデー・ナイト・ライヴ』でもエリザベス女王を用いたパロディーを作っていたが、あれはただ下品なだけで全く面白くない。なぜなら、クスっと笑えるユーモアのセンスに欠けていたからだ。『Little Britain』も大人気シリーズだったが、イギリス人の脚本家が描く滑稽なイギリス人はとても素晴らしい。日本で放送されたのかは分からないけど、今ならNetflixtかアマゾン・プライムで視聴できるんじゃないか。これはコメディー好きの方にお薦めできる。それにしても現在、日テレやフジテレビのお笑い番組はどうなっているのか?

  ヨーロッパ半島の北側にある島国は異民族混淆で悲惨な状態にあるけど、我が日本でも異民族共生の津波は徐々に訪れている。最近、高校駅伝があったらしく、その大会で脚光を浴びたのは、日本人じゃなくケニアからの留学生であった。駅伝でアンカーを務めたワングイ・エスター・ワンブイ選手は、岡山県にある興譲館高校の生徒であるそうだ。しかし、彼女は何らかの手違いで実年齢を疑われてしまった。そこで書類を丹念に調べたところ、彼女の疑惑は晴れ、マスコミの話題となっている。ただ、昭和生まれの筆者には素直に喜ぶことができない。昭和の頃までは、高校駅伝といえば日本人選手が主流で、黒人選手なんて存在しなかった。プロ野球には黒人選手がいたけど、高校野球ではいなかったと思う。でも、令和の日本は以前の日本とは違ってきている。最近、地上波のテレビ番組を観ると、帰化鮮人とか黒い混血児を目にするので、「ここは日本だよなぁ?」と不安になることも多い。国境の壁が年年低くなり、アジア系帰化人が増えているので、あと数十年すれば、日系日本人の方が珍しくなるんじゃないか?

 


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ブリテン人とは誰なのか ? / 不都合な側面を見ない日本人(後編) 

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武漢ウイルスよりも怖い難民
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(左 : ヨーロッパに行った支那人の旅行者  /  右 : 日本に来た支那人旅行者)

  大東亜戦争で敗北して以来、我々の精神は溶解したまま復興の兆しが無い。現在の日本人は武漢肺炎の蔓延で「景気が悪くなった」とか「消費増税で売り上げ低迷だ」、「東京五輪は中止かも?」、「イタリアへの卒業旅行が頓挫して残念だ」といった愚痴をこぼしてばかりだが、我々は一体“どんな”日本を望み、どのような“国家”を目指して政治を行っているのか? 目先の利益が消滅し、懐具合が寒くなったので、「これからどうしよう?」と困惑する気持ちは分かるが、ウイルス騒ぎが終熄したら我々は大切な日本を再建せねばならない。まさか、「このまま日本経済が疲弊してもいいや ! 老後まで何とか生活できれば、後の事は政治家がやるだろう !」と思っている国民は少数派だろう。大半の日本人は「何とかせねば !」と考えてるはずだ。(と願いたいたいけど、実際はどうするのか、不安だなぁ~。)

  ところが、地上波テレビと新聞だけが“情報源”の国民は、どら焼きを食べながらボケ~と画面を眺め、マスコミの恐怖ニューズと誘導操作に振り回されている。(テレ朝の玉川徹と左翼が好む上昌広などは、日本を沈没させることに喜びを感じているんじゃないか。) 一般国民は感染への恐怖ばかりに目を奪われ、北鮮に攫われた同胞の奪還とか、北方領土や竹島の領土浸蝕、国防軍の創設、理数科目を重要視する教育改革、太陽光発電を破棄するエネルギー政策、立太子礼などは頭の片隅にもない。もっと心配なのは、日本にやって来た支那人が大陸に戻らなくなることだ。何しろ、支那大陸はウイルス騒動で都市部がゴーストタウンとなり、国全体の経済がボロホロになっている。しかも、習近平の権力基盤ですら危なくなってきているから、いつ権力闘争が始まってもおかしくはない。となれば、計算高い支那人だ。彼らはいち早く海外脱出を考えるし、既に国外に居る支那人は故郷に戻らず、逃亡先での定住を考えている。

  という訳で、支那人にとったら我が国は格好のターゲット。情けないけど、日本はオーストラリアやアメリカと違って、愕然とするほど甘っちょろい。しかも、悪知恵にかけては支那人が世界で一番。とりあえず旅行者のフリをして潜り込めばシメたもの。後はクズグス居坐って、永住権や国籍をネダれば自動的に貰えるから、黙ったまま遠慮するなんて愚の骨頂だ。カラスだって美味い餌が目の前に落ちていれば、とりあえず銜(くわ)えるだろう。それなら、禿鷹(ハゲタカ)よりも狡猾な支那人が、日本国籍を鷲摑みにしたっておかしくはない。ましてや、絶望大陸に生まれた劣等民族が、日本の生活を一度でも体験すれば、「あんな祖国には帰りたくない !」とゴネても当然じゃないか。支那人は「恥」という概念を持たないから、自分達を棚に上げて、「日本から追い出すのは、重大な人権違反だ !」と言い出しかねない。

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(左 : 外国に移民した支那人労働者   /  右 : 日本にやって来そうな出稼ぎ支那人 )

  移民や難民というのは、ある意味、新型ウイルスよりも恐ろしい。なぜなら、老人は別として、若者がウイルスに感染しても、二、三週間ほど我慢すれば恢復(かいふく)できる。しかし、支那人や朝鮮人の遺伝子が一旦、日本人の遺伝子プールに混ざってしまえば、それを取り除くことは永久に不可能だ。肉体が変化すれば精神も変化する。これは自然科学を専攻しない者でも理解できるだろう。例えばもし、日本人女性が支那人男性と肉体関係を結び、その精子で孕(はら)んだとする。当然、生まれてきた赤ん坊は父親のDNAを受け継ぐから、支那人のような顔つきになってしまう。さらに、段々と成長して行くにつれ、父親とソックリな青年になる確率は非常に高い。これはベトナム人やパキスタン人、アラブ人、アフリカ人の場合でも一緒。混血児は従来の日本人とは違う“タイプ”の国民になってしまうのだ。暗黒大陸では一人っ子政策が取られたために、結婚適齢期の男性に対し、女子の数が不自然なくらいに少ない。したがって、大量の支那人男性が到来すれば、何パーセントかの日本人女性は必ずや支那人と性交するから、日本人の子宮から異質な赤ん坊が続々と輩出されるだろう。もしかしたら、毛沢東や江沢民のような容貌の「日本人」が誕生するかも知れないし、習近平や鄧小平の親戚みたいな「日本人」だって出現し得る。

  ヨーロッパでは既に「人種の変質」が起こっている。森鷗外や乃木希典が留学した頃のドイツには、ゲルマン人らしいドイツ人が大勢いたけど、最近の「ドイツ人」には、トルコ人やアラブ人みたいな顔つきの国民が増えてしまった。これじゃあ、フリードリッヒ大王の家臣というより、スレイマン1世のイエニチェリ(常備歩兵軍/ Yeniçeri)みたいだ。ナチスの“前科”を背負ったドイツ人は、常に外国からの非難を受けているから、「人権」という葵の御紋を目にすると、仔犬みたいに怯えて跪く。かつて勇猛果敢だったゲルマン人でも、「針の筵(むしろ)」で簀(す)巻きにされれば、涙を流して赦しを乞うしかない。それでも、祖国を愛するドイツ人なら、移民や難民の群れに立ち向かい、ドイツ国家をドイツ的に保とうとするはずだが、圧倒的多数のドイツ人は「移民容認」のリベラル派になっている。

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(左 : ギリシア国境に集結したシリア難民  / 右 : ギリシアに通行許可を迫るシリア難民 )

  ここのところ、ギリシアには「シリア難民」が押し寄せている。しかし、彼らは「難民」を装う「経済移民」で、ドイツでの“豊かな”生活を狙っているのは明々白々。キャラバン隊を組んだシリア難民は、国境にあるフェンスを突破しようとギリシアの機動隊とぶつかり、是が非でもヨーロッパ圏内に雪崩れ込もうとする。ギリシアの国境警備隊は、襲い来るゴロツキどもを警棒や催涙弾で蹴散らそうとするが、暴徒化したシリア人は一向にめげない。紛争地帯からの連中は、機動隊の攻撃に対し、投石や火炎瓶で応戦する。日本は間抜けなほど平和だから、「暴力反対 !」の掛け声で丸く収まる。牛歩戦術くらいしか思いつかない野党議員だと、「ぎゃぁぁぁ~」と叫んで失禁するだけ。炎に包まれ警備隊員なんて、最近では見かけないから、日本の若者が見たらショックだ。懐かしむのは、全共闘の老人くらいじゃないのか。

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(左 : 国境のフェンスに突入しようとするシリア難民  /  右 : 催涙弾で撃退されるシリア難民)

  シリア難民に「夢」を抱かせたのは、トルコのエルドアン大統領である。おそらく、これはトルコのEU加盟を拒絶した白人への“嫌がらせ”なのかもむ知れない。細菌兵器を使うとEUから報復されるので、それならウイルスよりも厄介で、ワクチンも利かない「難民」を送りつけよう、という肚(はら)なんだろう。なるほど、マーヴ(多弾頭)化された「大量破壊兵器」は恐ろしいけど、大量難民はもっと危険で恐ろしい。まさか、報復としてドイツの白人をトルコやシリアに送るわけにもいかないし、かといって、アフリカの黒人を送ったら、もっと深刻な問題となってしまうだろう。とにかく、通常兵器なら防衛システムや先制攻撃で無力化できるが、相手が人間だと拳銃すら発砲できず、せいぜい水鉄砲か催涙弾で応戦するしかない。

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(左 : ギリシアの機動隊に攻撃を加えるシリア難民  /  右 : 炎に包まれた機動隊)

  敗戦国のドイツに劣らず、戦勝国のブリテンも移民や難民で困っている。スペインの無敵艦隊を破り、ナポレオンの大陸軍を蹴散らしたアングロ・サクソン人でも、丸腰の貧乏人には勝てなかった。何しろ、アフリカ難民やシリア難民は「人権」という兵器を持っているんだから。しかも、国内には外敵を呼び込もうとする「内通者」や「裏切者」がウヨウヨいる。これでは、雲霞(うんか)の如きゲリラ兵を相手に闘っているようなものだ。イギリス人は政治的自由と寛容な精神を自慢しているけど、この長所が致命的な害毒となる。ホスト国の御主人様は人種的多様性を讃え、多文化主義でイスラム教まで認めたのに、アジア人やアフリカ人は「イギリス社会」に同化しなかった。

  常識的な日本人なら分かると思うが、いくら学校でイングランドの言葉や風習を教えたって、パキスタン人やケニア人がサクソン人やデイン人になる訳がない。アフガン人の子供はアフガニスタンの文化に親しみを持つし、エチオピア人の親から生まれた子供は大抵「黒いブリテン人」となる。スンニ派のアラブ人家庭で育った子供が、自然とカンタベリー大聖堂に通ったり、キリスト教徒のヘンリー6世を尊敬することは滅多にない。支那人の子供なら、5、6歳でもマモン(金銭)の神を崇拝するだろうが、地上に宝を持たないイエズス・キリストなんか単なる大工の小倅(こせがれ)だ。ビル・ゲイツやウォーレン・バフェットの方が遙かに偉い。蛙の子が蛙なら、支那人の子は常に支那人だ。在英支那人の小学生が、ウェストミンスターの大聖堂に赴き、“祖先の息吹”を感じることはないし、「ソールズベリーのヨハネス(John of Salisbury)」と聞いたってピンとこない。たとえ、「ウィリアム・フィッツスティーブン(William Fitzstephen)」の名を耳にしたって、「それって、ローリング・ストーンズかブラック・サバスの元メンバーか?」て訊いてしまうだろう。と、まぁ、こんな調子だから、支那人がエリザベス女王の礼拝に参加して、「ゴッド・セイヴ・ザ・クィーン」を熱唱したって、そんな“忠誠心”は“どことなく”胡散臭さい。やはり、西歐系のブリテン人でなきゃ。

  移民を受け容れるなら、同種族の者に限る。例えば、デンマーク移民がマルグレーテ女王からエリザベス女王に忠誠心を移してもおかしくないし、ベアトリクス女王の臣下だったネーデルラント人が、エリザベス女王の忠臣になっても違和感は無い。戦国時代の日本人だって、忠誠心をコロコロ移していたじゃないか。例えば、藤堂高虎は浅井長政や豊臣秀長、秀頼、徳川家康、秀忠などに仕え、何度も主君を代えていたが、家康は死ぬまで高虎に信頼を置いていた。また、南朝の天皇に仕えていた者が、数十年後に北朝の天皇に仕えても不思議じゃない。どの天皇陛下も日本の皇統に属しているから、後は政治的な立場が問題となるだけだ。日本人は昔から日本人なので、生まれ故郷の方言を喋っていても、引っ越し先の言葉を覚えるし、何処の藩に移ろうが、容易く現地に同化できる。尾張生まれの加藤清正が、肥後で人気者となり、今でも熊本の偉人なんだから、日本国内の移住は楽なものである。

「ブリテン人とは何か?」という質問

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(左 : ブリテンに住むアジア系ブリテン人  /  右 : 非西歐系のブリテン人)

  昔から同じ民族で暮らしてきたから仕方ないけど、日本人は異民族の侵入に対して、あまりにも楽観的すぎる。同じ島国のブリテンでは、大量の異邦人を抱えてしまい、悩んだ挙げ句、多文化主義と同化政策を掲げて頑張ったけど、結局失敗だった。精神的に変わったのは移民じゃなく、ホスト側であるイギリス人の方で、有色人種に遠慮するあまり、自分達の文化や伝統を毀損してしまった。イングランドの教養人は、「アングロ・サクソン人の藝術や肉体、および歴史は素晴らしい」と言えなくなり、一方的に譲歩するばかり。イスラム教徒が宗教的誡律を楯に取れば、イギリス人の方がそれに配慮を示すし、浅黒い連中が「白人の作家ばかりで不公平だ。もっとアジア人やアフリカ人の作品を授業で取り上げろ !」と拗(す)ねれば、シェイクスピアやミルトンの作品を削ったりする。歴史家のデイヴィッド・スターキー(David Starkey)や評論家のロジャー・スクルートン卿(Sir Roger Scruton)などは、差別主義者の白人で、リベラル派が主流のマスコミ界では日陰者扱いだ。(惜しいことに、保守派知識人のスクルートンは、今年の1月に亡くなってしまった。)

David Starkey 2Roger Scruton 1








(左 : デイヴィッド・スターキー  / 右 : ロジャー・スクルートン )

  移民を大歓迎したブレア政権時代、ブリテン社会は民族的・文化的多様性を肯定的に見ていた。しかし、一部の保守派国民と知識人は、移民の同化に懐疑的で、トニー・ブレア首相とジャック・ストロー外相の方針に大反対。スコットランドはスコット人の国で、イングランドはイギリス人の国であるというのが、彼らの考えだった。そこで、大衆に阿(おもね)るBBCは、「ブリテン人らしさ」とは何かを調べるため、読者からの意見を求めることにした。("What makes you British?", BBC News, 21 November 2002) BBCの「あなたは自分をブリテン人だと思いますか?」という質問に対し、多くの答えが寄せられたが、普通の日本人が読むと首を傾げたくなるような意見が結構あった。例えば、「イーチェン・リ(Yichen Li)」という支那人らしき読者の返答は興味深い。

  ブリテン人であることに関しては、本当に特別なものは全く無い。連合王国(UK)というのは、EUに加盟する二十数カ国中の単なる一国である。我々ブリテン人は「ブリテン人」というよりも、「ヨーロッパ人」という感覚を持っている。我々はブリテンではなく、ヨーロッパの遺産と文化を称讃すべきだ。それはなぜか? 先ず、ブリテンの人々は世界中からやって来た者であるということだ。次に、ブリテンの非移民たち、すなわち、この島に数百年住んできた人々は、100%原住民であるブリトン人やケルト人の子孫とはいえず、むしろ、フランス人やドイツ人、ノルマン人、ローマ人との混血である。

  この「リ(Li)」という「ブリテン人」がどんな素性で、どのような人種の国民なのか分からない。でも、チューダー朝やスチュアート朝から住んでいるイギリス人の子孫とは思えず、「アジア移民の家系に属する人物なのでは?」と推測したくなる。読者からの投稿を大切にするなら、せめて顔写真と簡単なプロフィールを載せるべきだ。ちなみに、筆者が「ブリテン人」と言うときは、イギリス人やスコット人、アイリス人、ウェイルズ人を纏めた「総称」として用いている。ブリテン連合王国(UK)というのは、イングランドやスコットランド、ウェイルズ、北アイルランドで構成されているので、単に「英国」と述べてしまうとややこしい。だから、筆者は敢えて「ブリテン」という国名を使っている。

  次は、バルバドスの「リンダ・バローズ」という読者からの意見だ。

  私の両親はガーナとフィンランドからの出身者で、私はイングランドで生まれたんだけど、イギリス白人の養子となったから、その二人が私の母と父になっているの。養父母には四人の実子がいて、もう一人の養子は、アイリス人とトリニダード人の混血よ。(註: 「トリニダード」は西インド諸島にある共和国。) 私達は皆ブリテン人で、誇りに思っているわ。私の両親、姉妹、教育は全てこの偉大なる国から与えられたもので、ブリテン万歳よ。今、私はバルバドスに住んでいるけど、ブリテンはいつだって私の故郷よ。

  たぶん、この「バローズ」という女性は、浅黒い混血児なんだろう。どういう事情でカリブ海の島に住んでいるのか分からないが、似たような種族と一緒に暮らした方が幸せだ。ロンドン在住のサフィアという投稿者は、中東アジアからの移民だ。

  私はアフガニスタンで生まれ、幼い時に、ちゃんと合法的に、両親が私を連れてここへやって来たの。ということで、私はアフガン系ブリテン人。ブリテン人であると共に、アフガン人であることに誇りを持っているわ。ブリテンには文化的および宗教的多様性があり、私はそれを評価している。公民であることは、肯定的な意味で社会に貢献していると言えるし、他の人達と調和しながら暮らしている、と言えるわね。私達は良き事柄を称讃せず、あまりにも愚痴を言い過ぎていると思うわ。

  幼い時に非西歐世界からやって来た移民でも、よく「私は出身国の文化に誇りを持っている」と公言するが、一体、どんな遺産を自慢しているのか? そんなにアフガニスタンの文化に誇りを持っているなら、ブリテン島に住んでいないで、祖国に戻って暮らせばいいじゃないか。アフガニスタンの文化を持ち込まれたイギリス人は大迷惑だ。

  次は「ミッシェル・ウォン」という支那系ブリテン人の投稿者。

  私は支那系なんだけと、人々が「どこから来たのか?」って訊くから、「私はブリテン人」て答えているの。私は誇りを持ってブリテン人と言えるし、いつもそう思っているわ。ブリテン人であるということは、単にブリテンの旅券を所持しているというより、この偉大なる国に何が起こっているのか、例えば犯罪とか、健康保険制度や移民に関心を持っていることだと思う。私は両親を歓迎してくれた国家、そして性別や人種を基にした差別とは関係なしに、私がしたいことを出来る自由を与えてくれた国に誇りを持っているの。

  「ウォン」という支那系住民が「ブリテン人」としての“自己識別”を持っているのは勝手だが、親子代々イングランドに住むイギリス人は、支那系国民を同胞の「ブリテン人」とは思っていないぞ。周囲の人々が「どこの出身だ?」と尋ねるのは、彼女がイギリス人あるいはケルト人らしからぬ外見を持っているからだろう。

  マンチェスターに住む「ポール・ディーキンズ」という読者は、リベラル思想に染まっているが、自覚の無い愚者を示す典型例である。

  ユニークで誇りある「ブリテン人らしさ」という考えは時代遅れで、異なった民族的背景を持つ人々に対して失礼だし、恥ずかしさを与えるものだから時代遅れだよ。啓蒙主義時代の今にちにおいて、文化的遺産なんて重要じゃない。未来が重要なんだ。つまり、私の将来や君の将来、そして社会全体の将来。人々は過去じゃなく、もっと自分自身に対して、自分の可能性や業績の方に意識を向けるべきである。

  まぁ、野蛮で貧しい南洋土人ならともかく、歴史と伝統を誇るイギリス人なら、祖先が歩んできた歴史は非常に重要と思うはずだ。「今日」があるのは「過去」の蓄積があるお陰で、野生動物の集落とは根本的に違うのだ。土から飛び出してきた竹の子だって、孤立無援で伸びたのではなく、ちゃんと地中深く、地下茎で他の竹と繋がっているものだ。一本だけポツンと生えている竹なんて見たことがない。もし、過去が重要でないのなら、彼が喋っている英語は無味乾燥のうめき声になってしまうだろう。画家や作曲家も過去の古典を学んで、新たな作品を生み出しているじゃないか。

  「シャヒード・フセイン」という読者は、ブリテン国籍を持っているんだろうが、名前からするとイギリス人とは考えにくい。この「フセイン」なる人物によれば、「ブリテン人」というのは以下の通り。

  ブリテン人であるということは、あれやこれやについて不平を述べることで、心の底から何かに感謝することじゃない。人々は天気、保険制度、道路、学校、犯罪、といったものを嘆き、誰も満足なんかしちゃいないのさ。そういやぁ、君主制度があったなぁ。みんなは彼らを追い出そうとしているみたいだが、我々は誇るべきなんだろうし、王族に満足以上のものを持っていると思うよ。彼らはブリテン人で、道徳的価値を持った一族なんだから。

  「フセイン」という投稿者は、おそらく中東アジアからの移民か、その子孫なんだろうが、イングランドやスコットランドに対する愛情は無い。たぶん、自分を「ブリテン人」とは思っていないし、「ブリテン人」かどうかを訊かれることに反撥や不快感を抱いているのだろう。なぜなら、中東アジアからの移民は、鏡に映った自分の顔を眺めると、ゲルマン系の「イギリス人」とは“別物”と思ってしまうからだ。いくらなんでも、髭面のイラク人やシリア人が、ウィリアム王子やキャサリン妃を目にして、「ウェイルズのプリンスとプリンセスは俺達の仲間だ」とは思わないだろう。ウェイルズのケルト人だって、「俺達は昔から外人扱いで、アングロ・サクソン人じゃないからなぁ」とグチるくらいだから、アラブ人がイングランドの王族に親近感を持つことはない。

  「匿名希望」とする投稿者は、イングランドに住む人物らしいが、どうやらメキシコ出身者らしい。彼は次のように答えた。

  俺をブリテン人にするものは何かって? 何も無いさ。俺はここに五年以上住み、税金を払い、生活の糧を稼いで、アクセントも身につけたんだが、未だに自分のことを「メキシコ人」と思っている。

  そりゃそうだろう。もし、会社勤めの日本人がメキシコに派遣され、10年間も現地で暮らし、所得税や固定資産税を払ったからといって、自分を「メキシコ人」とは思わない。たぶん、普通の日本人は、20年間メキシコに住んでスペイン語を習得しても、「私は日本人 !」と言い続けるはずだ。もし、日本から杉良太郎がやって来れば、喜んでコンサート・チケットを購入するし、懐かしい日本語で「すきま風」を唄うんじゃないか。さらに、天皇陛下の御訪問となれば、一目散に駆けつけ、直立不動で最敬礼だ。日本人は外国、特に第三世界に住むと、矢鱈と愛国主義者に変貌するから、実に面白い。

  マレーシア在住の「サイモン・ボトレー」という読者は、先祖代々の「ブリテン人」なのかどうか分からず、とても怪しい。

  私にとってブリテン人であることは、連合王国ないしその属領で生まれたこと、そしてブリテン旅券を持っているということだ。肌の色とか、血統、生活様式とは何ら関係ない。もし、こうしたことを覚えていれば、あんなに多くの人種問題を抱えなくて済んだのに。

  連合王国のパスポートを持っていれば「ブリテン人」という発想は、根無し草の帰化人によく見られる現象だ。ブリテン島の白人とは違うタイプの「ブリテン国民」は、国王と臣民との赤い絆(crimson thread of kinship)に興味が無い。アングロ・サクソン系のブリテン国民なら、コモンウェルスのカナダやオーストラリアに移住しても、女王陛下への忠誠心に変化は無く、イングランドの生活様式のまま過ごすことになる。むしろ、イギリス文化を“自分の歴史的遺産”と見なす人々は、パキスタン人やケニア人の風習を交えた「多文化主義」に反撥し、より一層「私はイングランドからのカナダ人」とか「アングロ・ケルト系のオーストラリア人」という意識を強くするものだ。

  イングランドの「ボブ」は、上記の読者と比べれば、ちょっとだけマシである。

  ブリテンに住む多くの人々は、ブリテンが何を意味するのか、あるいは、ブリテン人を誇るというのは何なのか、分かっちゃいないんだ。なぜなら、今や我々を結束させるものは何も無いし、何の指針も無いときている。労働党のPC(政治的に正しいとされる言論)部隊は、我々に多文化主義を押しつけることに敏感で、我々が如何に違っているのかを定義しようとする。だが、主要な問題は、現在、我々を結びつけるもの、すなわち我々全員が集結するための御旗が無いということだ。我々が目にする人種のトラブルは、こうした缼落が根底にあるからなんだろう。我が国へ住み着こうと考える移民は、「ブリテン人」という意識を鼓舞されるべきだし、我が国が持つ栄光の歴史や寛容的な社会を誇りに思うべきなんだ。彼らもこういった感情を共有すべきなんじゃないか。ただし、彼らは自分のルーツや文化的遺産にも誇りを持つべきだと思うよ。

  次は日本に住む「ジョン」から

  ブリテンはいつも新たな文化や移民から発展している。これを適合させることは、他の国よりも上手い。私はいつもアメリカに賛成する訳じゃないけど、帰化や国籍取得の手続きには、その国の歴史や言語を学ぶことが含まれるし、国旗への忠誠を誓うことも推奨される。ブリテン式の帰化も良い事例だ。私は新たな経験や文化は要らないと言っている訳じゃなく、ホスト国を敬い、その言語や慣習を学ぶべし、と言っているのだ。私は日本に住んでいる。かなり違った文化ではあるが、そこから何かを学ぼうとしているし、これを尊敬すべく、自分自身を変えようと試みている。

  イングランドの「アダム」も現状の民族的多様性に反対なようだ。

  ブリテンという概念が「多文化主義社会」を意味するといのは馬鹿げている。ブリテンの文化はフィッシュ&チップスと午後の紅茶なんだ。庇護を申請する難民や移民は諸手を挙げて歓迎されるべきなんだろうが、我々の文化を積極的に受け容れ、ブリテン人になりたいという興味を真摯に示す場合に限るべし。

  一応、BBCが紹介する読者欄だから、局内の職員が“一般人”に扮して意見を投稿する、といった“ヤラセ”はないと思う。日本の新聞だと、日教組に属していた退職教師とか、労働組合の元幹部、新聞記者と昵懇の左翼活動家、社員から小遣いを貰って意見を寄せるプロ市民、編集者が気に入るような左巻きの大学生などの回答が掲載されるから信用できない。だが、八百長を仕掛けないBBCとはいえ、「あなたはブリテン人をどう思いますか?」とか、「あなたにとってブリテンとは何ですか?」いう問いかけに返答をよこす読者というのは、大半が有色人種か、白人との混血児、あるいは左巻きのアイリス人やピンク系のイギリス人などである。保守的で教養のあるイギリス人は、新聞社が意見を募集しても反応しないし、人種が絡む質問には沈黙を決め込む。なぜなら、本音を語れば左翼から叩かれるし、信じてもいない綺麗事をわざわざ送信するのは馬鹿げているからだ。第一、そんなことに議論に巻き込まれるのは御免蒙る、と考えるのが一般人の心情である。したがって、BBCや他の新聞に掲載される「読者の声」というものは、ほとんどが非白人の愚痴か不満、あるいは嘆きや怒りである。

  こうした質問への反応は日本でも同じで、もし、NHKや朝日新聞が「あなたにとって日本とは何ですか?」とか、「あなたが日本人と感じるのは、どんな時ですか?」と質問すれば、普段から怒りを抱く朝鮮人や支那人が多数投稿してくるはすだ。ただし、彼らは日本名(帰化したときの名前)や偽名(通称)を使ったり、匿名を希望して元の国籍や血統を隠すから、アンケートの結果を読む日本人は、“編集者が導きたい方向”へと陥ることになる。朝鮮系混血児や帰化鮮人は、まるで「先祖代々からの日本人」みたいに装って、あれこれと辛辣な日本批判を口にするからタチが悪い。また、帰化支那人やその子孫は、「祖父母の文化(すなわち支那文化)を誇りに思います!」と平気で述べるから、我々は爆笑しそうになる。しかし、あからさまに大爆笑とは行かないから、そこは「大人」の態度で応対し、「そうかい、よかったねぇ~。中国4千年、あれっ、5千年の歴史だったけ? まぁ、どちらにしても凄いよねぇぇぇ~」と褒めるだろう。

   だいたい、もし、支那人が偉大なる文明を持っているとしたら、どうして彼らの祖国はあんなに悲惨で汚く、同胞に悪人が多いのか? 支那大陸で正直なのは「詐欺師」くらいだろう。詐欺師は自分が他人を騙しているとの自覚があるし、それをビジネスにしているから言葉と行動、あるいは職業と結果が一致している。日系日本人人は気の毒だから口にしないが、日本に定住する支那人や日本名に変えた帰化支那人が自らを恥じるのは、祖国にいる“元同胞”を見た時だ。日本で報道される“トンデモ”ない行動や驚愕の事件を耳にすると、カラオケ・ボックスか金庫の中に入りたくなる。日本での高級な暮らしに慣れた支那人は、「武漢で餓死の赤ん坊が発見されました!」とか、「支那人の警官がデモ隊のリーダーを拉致しました!」、「不特定多数の支那人が武漢ウイルスを日本に持ち込みました!」との報道は聞きたくないし、道路に痰を吐く支那人観光客を見れば目を背けたくなる。

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(左  : 食肉を路面に降ろすゴミ回収車  /  右 : 食料を運ぶ清掃局のトラック)

  日本では「衣食足りて礼節を知る」と言うが、支那では「衣食が足りたら、もっと欲しくなる」というのが常識だ。支那人は大金持ちや高級官僚になっても、卑しい品性はそのままだ。例えば、外出制限を受ける武漢市では、食料が足りなくなり、市民が一括して食肉を購入したそうだ。ところが、武漢市当局は千個の冷凍食肉をゴミ収集車で運搬したという。("Wuhan community officials removed from office for using garbage trucks to deliver meat to residents", Global Times, March 12, 2020.) ちょっと信じられないが、清掃局のトラックには袋詰めにされた食肉が積まれており、その運搬車が市内に到着すると、運転手が荷台を傾けて、パック詰めの肉を道路にぶちまけたというのだ。これじゃあ、住民が激怒したのも当然である。この失態は世界中に報道され、区の共産党幹書記や幹部が解任されたというけど、彼らは運搬命令を下す際、“不潔”という概念が頭に無かったのか? 日本なら「常識外れ」だし、絶対に有り得ない。これまた呆れるしかないが、武漢市の役人は何と、ウイルスまみれの救急車でも野菜や食肉を運んでいたそうだ。支那人というのは、学問や藝術では凡庸なのに、謀略や犯罪となれば奇想天外のアイデアを思いつく。それにしても、生ゴミと生肉の区別が無いとは、さぁ~すが、支那人!! 日本人は完敗だ。

  イギリス人は異質な支那移民を受け容れたことで、祖国を台無しにしてしまった。彼らはイングランド各地に建設されたチャイナタウンを見てガッカリしているけど、日本人だって、これからドンドン恐ろしい目に遭うだろう。支那人や朝鮮人といったアジア人は、いくら日本国籍を取得しても、所詮、「紙切れを持った異邦人」に過ぎない。昔の日本人は日本人の両親から生まれ、日本人の祖父母と曾祖父母を持っていたから、殊さら「私は日本人 !」という意識を毎日確認する必要は無かった。しかし、これからは違うぞ。職場や学校に行けば、毎日「アジア人の血統に属さない原住民」、すなわち「日系日本人」という認識を抱くようになる。もし、「日本人とは日本語を話す地球人」なんていう定義が定着したら恐ろしい。だが、あと数十年もすれば、幼稚園や小学校で「君、日系人なんだ ! 珍しいねぇ~」という子供同士の会話が聞こえてくるかも知れないぞ。



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