無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

イングランド / ブリテン

ダイアナ妃の死亡は永遠に謎

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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目撃されたバイクは何処かに消えた?

Princess Diana 7Queen Elizabeth 21









  「あぁ、あれから20年 !」と感嘆れば、綾小路きみまろみたいだが、今年は英国のダイアナ妃が亡くなってから20年目になる。筆者が彼女の訃報を知ったのは、米国の学生寮に居た時だ。確か、調べ物をしていた夜の出来事で、テレビをつけていたら速報が入ってきたのを覚えている。彼女が乗っていた車が、パリのトンネル内で事故を起こしたという報道だったから、にわかに信じられなかった。当初、スピードの出し過ぎで交通事故を引き起こしたものと思っていたのだが、次第に事故の状況が明らかになるにつれ、筆者には疑念が生じてきた。原則として、筆者は根拠無き「陰謀論」に与しない。邪推を重ねることで結論を出すことに同意できないからだ。もちろん、世界には本当の「秘密工作」や「謀略殺人」があるから、一概に全ての「陰謀論」を否定することはできない。でも、それを信じるには、何らかの理由や証拠が必要だから、怪しい事件を追及する時は、公表された事実に基づき常識的な判断をした方が無難だ。

  日本でも1997年8月31日に起きたダイアナ妃の「交通事故」は、テレビや新聞で大々的に報道されたから、ここでは敢えて詳細に述べない。そこで、主要な点だけを挙げてみたい。ダイアナ妃はエジプト人の恋人ドディ・アル・ファイド(Dodi Al Fayed)と一緒に、パリの高級ホテル「リッツ」に滞在していた。しかし、パリでもパパラッチ(追っかけ撮影者)が五月蠅(うるさ)く、藝能記者を嫌ったダイアナとドディは、「リッツ」を抜け出し、凱旋門近くにあるドディのアパルトマンに向かうことにした。そこで、午後10時頃に運転手のアンリ・ポール(Henri Paul)が呼ばれたのである。彼は「リッツ」ホテルの副警備室長で、午後7時にはその日の通常業務を終えていたそうだ。

Diana 28Dodi Al Fayed 1Henri Paul 2Trevor Rees-Jones 3








(左: ダイアナ妃  / ドディ・アル・ファイド  / アンリ・ポール  /  右: トレヴァー・リース・ジョーンズ )

  ドディたちはパパラッチを出し抜こうと、囮の車をホテルの玄関に廻すことを思いつく。つまり、陽動作戦を用いてパパラッチの注意を逸らそうという訳だ。深夜0時近くなって作戦は決行された。リッツ・ホテル専属の運転手フィリップ・ドアノーが、囮のリムジンで表から発進すると、その隙にそっと、ダイアナとドディを乗せたメルセデス・ベンツが裏から出ていった。ドディとダイアナを後部座席に乗せた車は、アンリ・ポールがハンドルを握り、助手席には護衛役のトレヴァー・リース=ジョーンズ(Trevor Reese-Jones)が陣取っていた。

  ところが、老獪なパパラッチどもは、こうした“稚拙な”子供騙し引っ掛からなかった。雲霞の如き「たかり屋」は、ホテルの周囲をぐるりと取り巻いていたし、一攫千金を狙うハイエナどもはホテル従業員の一人、クリスチャン・マルティネスを買収していたのだ。彼がパパラッチに情報を漏らしていたので、ダイアナとドディの動きは筒抜けだった。当時、マスコミはドディが指輪を購入したという情報をキャッチしていたので、「もしかしたら、ダイアナとの婚約間近かなんじゃないか?!」と期待していたのだ。もし、左指にエンゲージ・リングを嵌めたダイアナを真っ先に撮影できれば、どれほどの大金が懐に転がり込むのか判らない。ゲスどもが興奮したのも当然だ。

  公式の事故報告書によると、ダイアナたちを乗せたベンツは、時速130km近くで直線道路を走行し、トンネル内にあるコンクリート柱に激突したという。その時のスピードは、時速100km弱であった。この衝突にはオートバイに乗ったパパラッチが絡んでいたのだが、なぜかフランスの司法当局はこれを無視。何とも奇妙な話だ。通常の交通事故なら、捜査官は全ての関係者を洗い出し、目撃者も含めて尋問を行うはずである。そうでないと事故の全体像が摑めないからだ。しかし、事件の捜査では、何人かの重要人物が無視されていたのである。例えば、アルマ・トンネル内で白いフィアット・ウノ(Fiat Uno)がベンツに接触して事故を誘発したのだが、運転手への徹底した追求は無かった。もちろん、フランスの捜査当局は運転していたジェイムズ・アンダンソン(James Andanson)を尋問したが、奇妙なほどアンダンソンは余裕で答えていたという。というのも、彼はフランスとブリテンの諜報機関に人脈(コネ)があり、以前からこれを周囲に自慢し、捜査官にもそれとなく臭わせていたのである。

James Andanson 1James Andanson Fiat Uno









(左: ジェイムズ・アンダンソン  /  右: 白いフィアット・ウノ)

  ところが、三年後に思わぬ悲劇が起きた。ナント近くの森でアンダンソンの焼死体が発見されたのだ。(Noel Botham, The Murder of Princess Diana, Pinnacle Books, ,Kensington Publishing, New York, 2004, p.264) フランスの警察は自殺と判定したが、何となく腑に落ちない。なぜなら、焼死体を見た消防士の話によると、アンダンソンの頭部には「2発」の銃弾が撃ち込まれていたからだ。拳銃自殺というのは解るが、第一発目を自分の頭に撃ち込んだ者が、続けて第二発目を撃ち込めるとは思えない。日本人の自殺者なら、第一発目で即死だ。まぁ、ヨーロッパには奇人変人に加えて、タフな「超人」がいるんだろう。くれぐれも「実行部隊が口封じのために殺したんじゃないか?」と疑っちゃいけないよ。「陰謀論」を否定する警察の公式発表なんだから。とにかく、不可解なことは他にもあって、紹介したら長くなるので省略する。

  話を戻すと、実際、アルマ・トンネルに入って行くベンツとオートバイを見た、という目撃者は複数存在した。例えば、写真現像助手のブノワ・ブーラは、高スピードでベンツを追跡するオートバイが存在したと語っている。(リチャード・ベルフィールド 『暗殺の政治史』 德川家広 訳  扶桑社 2008年 p.241) また、恋人と一緒にランチァに乗っていた学生のマリーン・ボケンは、時速110kmから120kmで走行しながらベンツを抜くオートバイに追い越されたと記憶していた。当日、近くを歩いていたアニック・カトリーヌという女性と、彼女の夫であるジャン・クロードは、高速で走るベンツを目撃したが、ベンツの直ぐ横を大型車が走っていたと証言している。そして彼らの娘マリー・アニエスは、二人乗りのオートバイを至近距離から目撃し、事故の後、そのオートバイが勢いよくトンネルを走り抜けて行ったというのである。

  さらに、反対方向から来た目撃者もいたという。金融アナリストのクリストフ・ラスコーは、トンネルに入って行ったベンツの直ぐ後ろを、オートバイが二台走って行ったと証言している。エンジニアリング・コンサルタント会社に勤めるティエリー・ハケットの証言は重要である。アンリ・ポールが運転するベンツの横には、明るい色のオートバイが終始寄り添っていて、トンネル内に入っても、そのオートバイはピッタリとくっついていたらしい。彼の記憶によれば、ベンツはオートバイから走行妨害を受けていたという。また、ベンツとオートバイは共に時速120kmを越える猛スピードで走っていたというのだ。

  さらに、気になる証言もあった。トンネルに入ったベンツがフラッシュの光に包まれた、というのだ。これを述べる証人は三名いて、その内の一人は先ほどのブノワ・ブーラである。他の二人、クリフォード・グールーヴァドゥーとオリヴィエ・パルトゥッシュは、トンネル近くで佇んでいた。パルトゥッシュによると、ベンツの前には一台の自動車がいて、わざとスピードを落としてベンツの前進を阻み、オートバイが近づきやすいようにしていたそうだ。トンネル内部で、ベンツの前を走行していたフランソワ・レヴィストルも、同じタイプの明るい色をしたオートバイを目撃していた。二人乗りのバイクが蛇行しながらベンツの前に出て来て、強烈なフラッシュを浴びせかけたというのである。その直後、ベンツは左右にジグザク走行をするようになったそうだ。

  だが、レヴィストルの証言には信憑性が無かった。というのも、彼は裏社会の人物であるからだ。レヴィストルは以前、ケチな詐欺で有罪判決を受けていた。確かに、前科者の証言は当てにならないが、偶然起きた事故現場には「善良な一般人だけが居合わせる」とは限らない。悪党だって自動車を運転するから、“偶然”にも悲惨な事故を目撃することだってある。例えば、新宿にある違法賭博場や売春ホテルで火災が起き、放火の可能性があったら、警察官は目撃者がヤクザやチンピラの助平でも、不審な人物を見たという証言を信じて、一応それなりの捜査をするだろう。レヴィストルのケースも同じで、元犯罪者でも「事実」を語っている場合がある。しかし、フランスの警察は彼が若くて魅力的な女と結婚していたから怪しいと判断したそうだ。(上掲書 p.243) 日本人なら「えっ ?! 何それ? 事件と関係無いじゃん!」と突っ込んでしまうが、流血の大革命以来、フランス人は精神を病んでいるから仕方がない。一方、レヴィストルによると、警察は証言を変えるよう圧力を掛けてきたそうだ。

  警察が圧力を掛けたという証人は、レヴィストルだけじゃなかった。セリーヌ・バンジューは現場から猛然と走り去るバイクを目撃していたし、カメラマンのグレゴリー・ラッシンジャーも、白っぽい大型のバイクが事故発生の直後に走り去ったと証言している。事故発生の直前と直後に明るい色のオートバイが現場に居たという事実に関しては、他にも数名の証人がいたのだが、警察はそれら全てを無視した。アメリカ人のマーケッティング・コンサルタントであるブライアン・アンダーソンは、反対方向からタクシーに乗って現場近くを通りかかったのだが、三台のオートバイがまるで襲撃するかのようにベンツを追跡していた、と語っていた。その内の一台がベンツを追い越し、その直ぐ後に事故が起きたという。フランスの警察はアンダーソンから話を聴かず、アメリカ人観光客による「悪口」と書いたメモだけを残して、あとは無視。「そんなアホな !」と思うのは真面目な日本のお巡りさんだけ。

Richard Tomlinson 1(左  /  リチド・トムリンソン)
  不可思議な事件には、信用できそうで、できない人物も現れるから、我々は注意しなければならない。1998年の夏、フランス警察に英国の元諜報員(MI6)であるリチャード・トムリンソン(Richard Tomlinson)が接触してきた。彼の話を鵜呑みにはできないが、その事件では「閃光銃(フラッシュ・ガン)」が使われた可能性があるというのだ。(トムリンソンの目的が何なのか断定できないが、ここでは一応彼の話を信じることにする。) 以前、彼が国連職員を装ってボスニアに赴任した時、「閃光銃」を使ってユーゴスラビアの大統領ミロシェヴッチを暗殺する計画があったらしい。強力な「閃光銃」を携帯したバイク乗りが、ミロシェヴッチの専用車の前に躍り出て、閃光を放つことで運転手の視界を奪い、分厚いコンクリートの壁にでも衝突させて殺そうとしたそうだ。こうした「閃光銃」は兵器市場で一般に販売されているので、決して入手困難な代物ではない。実際、1983年、東ドイツの秘密警察シュタージュが西側に亡命したルッツ・アイゲンを「閃光銃」で暗殺したというから、全くの絵空事とは思えない。トムリンソンは情報を伝えようとステファン判事に接触しようとしたが、なぜかフランス警察に逮捕され、袋叩きに遭ったそうだ。肋骨を折られたトムリンソンは、ラップトップ・パソコンとオーガナイザーを没収され、MI6に引き渡されたという。我々には本当のところは判らない。ただ、彼はMI6とCIA、DST(フランスの諜報機関)が手間を掛けて妨害したと主張し、これらの諜報機関は何かを隠したがっていると結論づけた。

  酷いのは警察官だけではない。フランスの裁判官はベンツのスピードとオートバイに乗ったパパラッチとの間には、明確な関係は存在しないと結論づけた。確かに、証言者たちの話に食い違いがあった。しかし、他の事故や事件でも、目撃証言が完全に一致することはあるまい。むしろ、各人の証言が微妙に食い違っている方が自然だ。人間の記憶には信頼できる部分と、思い込みや曖昧さによる部分があるから仕方がない。だからこそ、警察官は様々な証言と物的証拠を付き合わせて、事件の全体像を再現しようとするのだ。注目すべきは、ベンツが熾烈なカーチェイスを繰り広げていたという点で、証言者の全員が一致していた事である。それにのに、事件を担当したエルヴェ・ステファン(Hervé Stephan)判事は、「ダイアナとドディを追い回している者はいなかった」と喝破した。(上掲書 p.247) つまり、このフランス人判事は何が何でもパパラッチを無罪放免にしたかったのである。どうしてなのか? 常識的に考えると、「歪曲的判断」が混じっているとしか思えない。

Richard Dearlove 1Alma tunnel 2










(左: リチャード・ディアラヴ /  右: 監視カメラが作動していなかったアルマ・トンネル)

  もう一つ附け加えると、事故当日の夜、ベンツが通った道路の監視カメラが、なぜか「オフ」になっており、“偶然”なのだろうが、アルマ・トンネルの監視カメラもスイッチが「オフ」になっていた。どうして11台ものカメラが作動していなかったのか解らない。たぶん、機械の誤作動や故障が「偶然」にも重なったのだろう。まったく、偶然の「一致」というのは怖ろしい。もし、誰かがスイッチを「オフ」にしたのであれば、その人物は確実に尋問されるから、容疑者が居なかったということは、何らかの「故障」なんだろう。まさか、リチャード・ディアラヴ卿(Sir Richard Billing Dearlove)が部下に命じた訳じゃあるまい。ちなみに、彼は当時、英国諜報組織(SIS / MI6)の長官を務めていた人物である。監視カメラ記録の映像でベンツの様子や、パパラッチの行動を確認できないのは残念だが、機械の不具合はよくあることだから、ダイアナ妃は“たまたま”運が悪かったのだろう。

誰の血液なのか判らない !!

  異常な捜査と判断は他にもあった。ステファン判事は“不適切”な証拠に基づき判決を下していたのだ。事故で死亡したアンリ・ポールの血液は、彼の胸元から掬い上げたもので、しかもラベル附けがいいかげんだったという。血液標本が「汚染」されている可能性は高く、分析方法も不正確なものだった。ところが、この検査結果がマスコミに公表されたのだ。ブリテン人の検死官であれば絶対に使わない証拠品である。まともな検査が実行されたのは、事故が起きてから五日が経った頃で、その時は血液標本を太腿の動脈から採取するという、信頼性の高い方法が取られたそうだ。しかし、第二回目の検査結果は、第一回目のものと小数点第二位まで一致するという「稀有」なものだった。「なにぃぃぃ?!」と驚いちゃいけないよ。ちゃんとしたフランス人の検死官や科学者が行った検査なんだから。でも、事故を調べていたリチャード・ベルフィールド(Richard Belfield)は、ある検死医の話を紹介していた。この専門家によると、そんな検査結果はあり得ないという。血液検査というものは、5分の差で違った結果が出るからだ。しかも、最初の標本がきちんと貯蔵されていたという記録が無い。それで検査結果が一致したというなら奇蹟だ。(たぶん、イエズス・キリストがフランス人の為に血液採取をしてくれたのだろう。昔、神様は水をワインに変えることができたから、古い血液を新鮮な血液に変えてくれたんじゃないか。)

  検死医の話まだ続く。報告書によれば、アンリ・ポールの血中一酸化炭素濃度は20%を越えていた。これに関して疑問が湧き起こったので、フランス当局は説明を迫られたという。しかし、ステファン判事と同様に、血液検査の結果を説明する破目になったペパン医師も信頼することはできない。といういのも、彼が最初の血液検査を担当した医師であるからだ。ペパン氏によると、運転手のアンリ・ポールが吸い込んだ一酸化炭素は、エアバッグのものであるという。しかし、これは妙だ。なぜなら、ベンツのエアバッグを膨らませる気体は窒素で、ポール氏が吸い込んだと推測される一酸化炭素ではない。しかも、「公式」の検死報告書では、ポール氏が「即死」となっていたのだ。彼は車の衝突で首の骨が折れ、大動脈が心臓から引き千切られたこともあって、エアバッグが開いた時には、何も吸い込むことができなかったはずである。死体の血液が血管を循環するなんてあり得ない。これは火災事件の場合でも同じだ。例えば、ある遺体が意図的に火災現場に置かれても、煙を吸い込んで肺が汚れるということはない。なぜなら、死体は呼吸しないからだ。

Henri Paul at Ritz HotelDiana inside Ritz Hotel









(左: リッツ・ホテルで録画されたアンリ・ポール   /   右: 録画ビデオに映るダイアナ妃)

  こうなると、フランス側の説明は苦しくなる。もし、アンリ・ポールが事故の直後に一酸化炭素を吸っていないとすれば、リッツ・ホテルに居た時、既に彼の血中に多量の一酸化炭素が溶け込んでいたことになる。しかし、半減期が4時間の一酸化炭素の血中濃度が、事故の衝突時に20%ということは、衝突の4時間前にその倍の40%で、衝突の2時間前、午後10時には中間値の30%くらいということになる。しかも、血液検査によれば、ポール氏は空腹にウィスキーのシングル・ショットを7杯流し込んでいたことになるそうだ。多量の一酸化炭素に加え、それ程のアルコールを摂取していれば、アンリ・ポールは千鳥足でフラフラなはず。ろれつが回らず、足が持たれるはずなのに、ホテルで録画された監視ビデオを見ると、彼の動きは滑らかで、しゃがみ込んで靴紐を結んでいたのだ。さらに、ドディの警護員二人と談笑をしていたというから驚く。とても酔っ払いには見えない。我が国では、夜中に警察官が酔っ払い運転の取締を行っているが、いったい彼らの何名が「しらふ」の酔っ払いを信じることができるのか? 白線の上を真っ直ぐ歩けないのが、普通の酔っ払いなんだぞ。まぁ、フランス人は日本人と神経の構造が違うのだろう。

  アンリ・ポール氏の両親は、息子の血液標本を信じていないそうだ。1999年以来、彼らは第三者によるDNA検査を行うため、問題となった血液標本を求めたが、フランスの行政と司法から妨害され、言いようのない不満を積もらせていた。まぁ、遺族としては当然だろう。血液検査にいつて理に適った唯一の説明は、血液標本がアンリ・ポール以外の人物から採ったということだ。パリの法医学研究所の死体置き場は、信じられぬほどの混乱をきたしており、書類や血液標本がきちんと保管されていなかった。基本的な書類仕事は手つかずで、血液標本が「いつ」「誰から」「どれだけの分量」が採取されたのか、何も記録が残っていないのだ。まともな組織学的分析も行われておらず、冷凍保存すらなされていなかった。これじゃぁ、誰の血液標本か判らないし、ポール氏の標本が本物かどうかも怪しいものである。案の定、アンリ・ポール氏に関する報告書では、血液標本の記述がメチャクチャだった。これに輪を掛けて、ドディ・アル・ファイドの血液標本もひどい。当初の報告では、彼の血液や尿が採取され、コカインの反応が出たと言われていたのに、新しい報告書では「いかなる標本も採取されなかった」と記されていたのだ。じゃあ、最初の報告書は何だったのか?

ダイアナが妊娠 ?

Princess Diana 9
  もっと驚くのは、ダイアナ妃の検死記録である。なんと、彼女の遺体は検死前なのに防腐処理が施されていたのだ。(Noel Botham, The Murder of Princess Diana, p.226) 専門家による検査が行われていないのに、腰から上にかけて保存処理をするなんて異常である。このトンデモない「処置」は、プリンス・チャールズの代理人を務めるマイケル・ジェイ卿(Sir Michael Jay)が、フランス当局に要請したものであるらしい。だが、事故当時ダイアナ妃は離婚していたから、遺体に関する要請は、遺児であるウィリアム王子か、スペンサー家の兄弟というのが筋だろう。ダイアナ妃の遺体は英国に運ばれ、ウエスト・ロンドンのハマースミス・フルハム遺体安置所で司法解剖が行われたそうだが、助手のロバート・トムプソン氏によれば、遺体には幾つかの詰め物がなされていたという。そして、これらの「詰め物」はフォルムアルデヒト(formaldehyde)、あるいはフォルマリン(formalin)が染み込んでいたそうで、臭いですぐ判ったそうだ。フランスの法律では死体解剖前に防腐処置をしてはならないと定められている。なぜならば、こうした薬品が毒物検査を台無しにしてしまうからだ。たとえ、交通事故でも直ぐさま毒殺の可能性を否定すべきではない。

  もう一つ異例なのは、ダイアナ妃の妊娠検査が行われなかったことだ。通常、彼女くらいの年齢なら、遺体の検死で妊娠の有無を調べる規則になっている。それなのに、妊娠していたかどうかを調べないなんておかしい。これは、「誰か」からの「禁止命令」があったからじゃないのか? 「デイリー・メール」氏のスー・リード(Sue Reid)記者によれば、ドディと交際していたダイアナは、ロンドンの病院で“こっそりと”妊娠検査を受けたそうだ。もちろん、この「お忍び」検査は公表されていなかった。また、確認は取れないが、ダイアナ妃は親友のローザ・モンクトン(Rosamond Mary Monckton)に、生理の状態を密かに打ち明けていたらしい。(彼女は「スペクテイター」誌の編集者ドミニク・ロウソンDominic Lawsonと結婚したから、「ロウソン」姓になっている。) もし、ローザがダイアナの妊娠を聞き出していたなら、必ずや弟のアンソニー・モンクトン(Anthony Leopold Colyer Monckton)に伝えたはずだ。彼は表向き英国の外政官となっているが、トムリンソンによれば、対外工作を行うMI6の諜報員らしい。(Noel Bothan, p.229) ローザはダイアナの元へ派遣された「お目附役」だった可能性が高い。つまり、王室の安全と威厳を守る警護官たちは、御転婆娘が何をしでかすか分からないので、ローザに「親友」になる任務を与え、ダイアナの私生活を逐一報告するよう命令した訳だ。

Rosa Monkton & Dominic Lawson 1Diana & Rosa Monckton 1









(左: ローザ・モンクトンと夫のドミニク・ロウソン  /  右: ローザとダイアナ妃)

  残念ながら、遺体の厳格な検査が行われていなかったので、ダイアナ妃が妊娠していたかどうかは永遠の謎になっている。もし、彼女がドディの子を身籠もっていたら一大スキャンダルだ。なぜなら、将来の国王になるウィリアム王子に、エジプト人の血統に連なる弟か妹が誕生する事になるからだ。ダイアナ贔屓の大衆や貴族を憎む左翼分子、北アフリカ一帯の有色人種、世界中のイスラム教徒などは、こぞって歓迎するかも知れないが、西歐世界の一等国を自負するイギリス人は、茫然自失というか、あまりのショックで目が眩んでしまうだろう。とりわけ、第二次世界大戦の災禍をくぐり抜け、イングランドの栄光を誰よりも大切にするエリザベス女王にしたら、絶対に赦せぬ暴挙である。貴族というのは血統が重要で、有色人種の血が混じるなど言語道断。将来のイングランド国王たるウィリアムに、異教徒で浅黒い異父弟や変な顔の妹がいたら、他のヨーロッパ貴族は陰でクスクスと笑うに違いない。満座の席で笑い者にされるなんて、生き恥もいいとこだ。息子の元嫁を斬首刑にしたいと考えても不思議ではない。(アン・ブーリンを処刑したヘンリー八世の例もあるから、王妃殺害も不可能じゃないだろう。)

  異常なことは他にもある。例えば、事故現場ではベンツが衝突でグチャグチャになっており、中にはダイアナやドイディが閉じ込められている。警察が到着したのが午前0時30分頃。駆けつけたレスキュー隊は午前0時44分に負傷したダイアナを車から引き出し、ストレッチャーに乗せると救急車で病院に運ぼうとした。既に午前1時30分近くになっている。ジャン・マルク・マルティノ(Jean-Marc Martino)医師によれば、緊急搬送されるダイアナは重傷を負っていたが、瀕死の状態ではなかったという。(Noel Botham, p.211) だから、緊急治療を受ければ、まだ助かるという可能性が残されていたのだ。ところが、信じられぬ「搬送」が行われてしまった。重症患者に振動を与えてはならぬということで、歩行速度と同じくらいのノロノロ運転。しかも、すぐ近くに幾つかの病院があったのに、救急車は一番遠いピテェ・サルペトリア病院(Pitié-Salpêtrière hospital)を目指していた。それでも、距離はたったの4マイル程だ。ようやく病院に着いて時計を見てみれば、午前2時6分になっていた。つまり、ダイアナ妃が事故現場から治療室に運ばれるまで、約1時間40分ほどかかったということだ。一部の者はこの“ゆっくり”とした「緊急搬送」に疑念を抱き、「ダイアナの治療が手遅れになるように、わざと呑気にしていたんじゃないか」と考えている。

Diana Mercedes 3Diana Mercedes 4








(写真  /  トンネル内で衝突事故を起こしたベンツ)

  第二の例は、事故現場の清掃作業だ。真夜中のアルマ・トンネル内で大事故が発生したから、破損した車の部品や粉砕されたガラス片が道路一面に散らばっていた。ところが、その六時間後にトンネル封鎖は解除され、衝突現場の反対車線に市の清掃車が入った。信じられないが、この清掃車は道路に洗剤と水を撒き、ブラシでゴシゴシと路面を洗っていたのだ。(Noel Botham,  p.225) 当時、パリには「ニューズウィーク」誌の特派員クリストファー・ディキー氏が居たそうで、彼は朝の7時頃に現場を訪れたとき、我が目を疑ったそうだ。普通の自動車事故でも、もっと慎重に捜査が行われるはずなのに、ダイアナの事故は軽くあしらわれていたからである。外国の王妃が死亡した事故の翌朝に、現場の道路が通行再開になるんなて前代未聞だろう。もし、日本で皇太子妃殿下、あるいは秋篠宮妃殿下が交通事故で亡くなった場合、事故現場の道路がどのような状態になるのか、警察官や裁判官、弁護士、法学者じゃなくても分かるだろう。証拠となる現場は総ての部外者を遮断した「結界」となり、超一流の鑑識と刑事だけが通行を許される。こうした特別捜査では、髪の毛一本、粉塵一つすら見逃さない入念な作業になるはずだ。たとえ交通事故と判断しても、「もしや?」という場合があるから、一切の疑問が残らぬよう調べるのが基本である。それくらい皇族の死亡事故は慎重に行われるものだ。

Street Cleaner 1Street cleaner 2







(写真  /  道路の清掃車)

  筆者は捜査権能を持たない一般人なので、ダイアナ妃の事故を「謀殺」とは断定できないが、だからといって偶然の「交通事故」とも思えない。余りにも“常識外れ”な捜査や手続きが多く見受けられるので、アンリ・ポールの酔っ払い運転とは認めることができないのだ。呆れてしまうけど、大抵の先進国では現場保存が鉄則なのに、それを無視して数時間後に清掃車がトンネル内に入ってしまった。これじゃあ、証拠隠滅」と疑われても文句は言えまい。本来なら、数週間くらいは封鎖され、徹底的な事故原因の究明が行われるはずである。メルセデス・ベンツを製造したダイムラー・ベンツ社だって、事故車を検査させてくれと英国当局に頼んでいたのだ。もし、本当に不注意による「自動車事故」ならば、どのようにベンツがよろめき、柱に激突したかコンピューターを使って再現できるし、分析結果を公表すれば、世界中の技術者や科学者から意見を聞くこともできるだろう。日本にだって交通事故の調査を請け負う専門家がいるから、必ず納得の行く説明がなされるはずだ。いい加減な「陰謀論」が横行するのは、きっちりとした科学的調査を行わないからだ。誰の目にも明らかな「物的証拠」を以て検証するのが捜査の定石である。事故の真相は調べて行けば行くほど確実になるはずだ。もし、その解明を恐れ、妨害あるいは否定する人がいれば、その方がよっぽど怪しい。

エリザベス女王による暗殺命令 ?

  イングランドの巷では、エリザベス女王かエジンバラ公爵が「暗殺」の指令を下したんじゃないか、と勘ぐる者がいるらしい。なぜなら、捜査の基本を無視した「捜査」が行われたからだ。たとえ、酔っ払い運転による過失事故でも、「外国勢力による偽装殺人じゃないか」と考えるのが、諜報組織の常識である。最初から「事故」と断定するのはおかしい。英国の王族は世界中のテロリストに狙われているから、自動車事故を装った「殺人」だってあり得る。トンネル内の様子を記録した監視映像が無いんだから、どんな事態だったのかを検証し、正確な原因を究明するのが普通じゃないか。日本人だってMI5やMI6の調査能力を分かっているはずだ。もし、英国の諜報機関がフル稼働して調査したら、どんな偽装殺人だって解明されてしまうだろう。それなのに、異例とも言える杜撰な捜査が行われたんだから、訝(いぶか)しんでも当然じゃないか。(事故がスコットランドヤードの管轄権ではないフランスというのもミソだ。国内で事故が起きれば、「厳密な」捜査をしなければいけないから。) 実際、イギリス国民の中には、「王室の誰かが介入したから、手抜き捜査になったんだ」と勘ぐる者がいる。それを裏付けるかのように、フランス側の捜査を指揮したジャン・クロードミュール(Jean-Claude Mules)署長は、誰だか判らない上級者から不可解な指令を受け、渋々従っていたのだ。

Queen & Duke 1Prince Charles 1








(左: エリザベス女王とエディンバラ公爵  /  右: プリンス・チャールズとカミラ夫人)

  仮に、エリザベス二世やフィリップ殿下が、ダイアナ妃の「暗殺指令」を下したとしても、筆者は非難しないし、君主として正当な義務を果たしたものと考えている。なぜなら、イングランド女王は王室の威光を守るのが務めなんだから、それを傷つける者を抹殺しても不思議ではない。筆者は無知ゆえに不幸な結婚をしたダイアナ妃を憐れむし、幼くして母親を亡くした王子に同情を惜しまない。しかし、王族、とりわけ次期国王の母となった事実を忘れて、自分勝手に振る舞う愚行は肯定できない。たとえ、プリンス・チャールズが不貞を犯し、カミラ・ボウルズとのヨリを戻しても、プリンセスの矜持と義務だけは維持するべきだ。もし、子供を産まず、爵位と国籍も棄てて、一人の平民として暮らすならよい。だが、彼女は王族の一員となってしまったのだ。王位継承者を産んだ以上、気ままな生活は諦めるしかない。

Diana & Harr 1Diana 6Prince William & Henry 1









(左: ウィリア王子を抱くダイアナ妃  / 中央: ダイアナ妃のポートレイト / 右: ウィリアム王子とヘンリー王子 )

  もし、女王による「暗殺」の認可が下りたとして、その裁決を知ったイギリス人や日本人は、非道な殺人を命じた女王を糾弾するかも知れない。いや、必ず非難するだろう。しかし、王とは血族・部族(kin)の首長(cyning)である。王家の血統を重視するエリザベス女王から見れば、異民族のエジプト人、しかも有色人種で異教徒の子がウィリアム王子と対等になるなんて我慢できない。アラブの混血児が英国の王族みたいに扱われるんだから、ダイアナを呪い殺したくなるのも理解できる。こんな事が罷り通れば、インド人やパキスタン人、ケニア人、モンゴル人の血が混じった英国貴族が普通になってしまうじゃないか。女王陛下には気の毒だけど、将来的にイングランドのアングロ・サクソン系国民は、アフリカ系とかインド系の王子や王妃を戴くことになるだろう。一方、「コスモポリタン」とか「地球市民」を掲げる左翼は万々歳。黒い肌をしたアフリカ系ブリテン人も、ようやく“自分たちの”王様を持てると大喜びだ。となれば、ユダヤ人の英国貴族と結婚した日本人でも、れっきとしたイギリス人貴族になれるかも知れないぞ。もっとも、日本国民は依然として「日系イギリス貴族」を「日本人」と見なすだろうが。

Mohamed al Fayed 2Diana & Dodi 1Prince Charles 2










(左: ドディの父親モハメッド・アル・ファイド  / 中央: 休暇を楽しむドディとダイアナ /  右: プリンス・チャールズ)

  まぁ、あり得ないけど、もし、ドディとダイアナの間に息子や娘が誕生していたら、英国のみならず世界中のマスコミが囃し立て、イングランドとエジプトの特殊な関係を云々するだろう。そして、左翼リベラル派の教育を存分に受けたウィリアム王子とヘンリー王子は、同じ子宮から生まれた赤ん坊を祝福するはずだ。父親のプリンス・チャールズや祖母のエリザベス女王、祖父のエジンバラ公は激怒するだろうが、世間に気兼ねして表面上、ドディとの混血児を受け容れるだろう。悔しいけど、「人種差別」というレッテルを回避するため、女王は不本意でもダイアナの子に祝福を与えねばならない。しかし、そんな事態になったら、末代までの恥辱だ。だから、それとなく側近に彼女の「謀殺」を命じたとしても非難できない。王室の名誉を守るためには、非情な手段を用いる時もある。ただ、将来、国王になったウィリアム王子は、自らの勅命で極秘ファイルの開示を求めるかも知れない。だからこそ、王室は総ての証拠を湮滅したのだろう。そうすれば、たとえウィリアム王子が暗殺を疑っても、事実の確かめようがないから安心だ。イギリス人というのは、あらゆる事態を想定して極秘作戦を立てるから、事件後の処理もうまい。うるさく嗅ぎ回る奴がいれは黙らせるか、密かに抹殺してしまうし、不都合な事実を隠すためなら偽情報を流して世間を惑わす。八百長報道なんか朝飯前。王室に仕える心理戦の達人は、、真実という「木の葉」を隠すためなら、子飼いの専門家やジャーナリストを動員して、巨大な「森」まで作る連中だ。気がつかないのは日本人だけ。

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(左: 一応、幸せそうなダイアナ妃  /  右: ダイアナ妃の葬儀を見送る家族)

  なんか、まるで「謀殺」があったように述べてしまったが、これはあくまでも推測に過ぎない。真相は依然として闇の中だ。ダイアナ妃の死亡事故には疑問が尽きないが、歴史学者が頼りとする公式文書が、英国政府による捏造という場合もあるから、事件を解明する学術書は出てこないだろう。ダイアナ妃は36歳で亡くなったが、人々の記憶には美しくて若いシンデレラとして残っているんだから、英国の大衆としては満足なんじゃないか。ただ、エリザベス女王が最後の審判でどう裁かれるのか興味がある。まさか、有罪を下す主イエズス・キリストが、不敬罪(Lèse-majesté)に問われることはないよね。




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レモネードの味は塩っぱかった / アジアの波に沈み行く英国

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常識が無くなったイングランド

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(写真  /  レモネードを売るイギリス人の少女)

  明治維新を成功させた日本人は西歐諸国に近代日本の模範を求め、その中でも英国は“一等国”との評価を獲得し、多くの日本人が尊敬したものである。しかし、第二次世界大戦後、その大英帝国も北海の底に沈んでしまったかのようだ。かつてイギリス人はスペインを太陽の沈んだ帝國と馬鹿にしたが、今度は自分が「英国病」に罹って零落(おちぶ)れてしまった。ドイツとの激戦が原因なのだろうが、戦後に行った国策が間違いの元である。労働者不足という口実で、アジアやアフリカ、カリブ海諸国などから有色人種を輸入してしまったのだ。この背景には、旧植民地の人民を繋ぎ止める方針があった。当時、差別的取り扱いに憤慨するアジア人は、独立の情熱に掻き立てられ、宗主国との訣別を求めていたのである。困ったイギリス人の政治家は、宥和政策を取ることで関係を保とうと図り、「君たちはイギリス人と“対等な”権利を持っているんだよ」と説得したのだ。

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(左: ジャマイカの人々  /  右: パキスタンからの親子)

  しかし、言葉だけでは不充分である。そこで、この甘言を証明するため、厭々ながらではあったが、劣等種族に英国への上陸を許すことにしたのだ。ところが、輸送船の「ウィンドラッシュ(Windrush)」号から降りてきた黒人を目にして、白い肌のイギリス人は戦慄を覚えた。カリブ海諸国からやって来たジャマイカ人は、見た目から中味までイギリス人とは大違い。とても「隣人」にしたいと思う人間ではなかった。だが、どんなに厭でも、一般のイギリス人は外来生物に対抗する手段は無い。こうした我慢を重ねるイギリス人には、さらなる試練が待ち構えていた。何と、海外の支配地で「劣等種族」と見下されていた連中が、事もあろうにイングランドの都市に流れ込み、法的保護を受ける「同等者」となってしまったのだ。さらに、彼らの悪夢は続く。西印度諸島の移民に追随するかのように、インドやパキスタン、ビルマ、トルコ、エジプト、イラク、フィリピン、香港などから有色人種が乗り込んできたのだ。こうして、アングル人とザクセン人の島は、世界市民の共同長屋になっていった。

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(左: 少数派になったイギリス人の親子  /  右: イギリス人の親子を描いた絵画)

  「国柄」というのは、国民の「質」で決まるものである。観念と理屈を振り回し、気違いじみた政治を繰り返すフランスと違って、ブリテンの国民は経験に基づき現実可能な政治を行ってきた。そのブリテン国民が大切にしたのが「常識」で、イギリス人の「常識」と言えば健全で、直ぐサミュエル・ジョンソン博士(Dr. Samuel Johnson)を想い出すくらい、日本人にも知れ渡っている。ところが、最近ではそうでもないらしい。些細な事件でも、イングランドの変質を示すこともあるのだ。

レモネードを売ったら違法だった

  アンドレ・スパイサー(Andre Spicer)というニュージーランド出身者の教授には、5歳になる娘がいる。ロンドンにあるCASSビジネス・スクールで教職に就くスパイサー氏は、娘に「企業家精神」の楽しさを教えるため、公園の近くで何か売ることを提案したらしい。そこで、最初はオモチャでも売ろうかと考えたのだが、最終的にレモネードを売ることになったそうだ。そこで、父と娘はせっせとレモンを搾り、作ったレモネードを瓶に詰めたという。こうして綺麗な黄色のドリンクを持参すると、娘が描いたレモンの看板を掲げ、Sサイズのカップで一杯50ペンス(約70円)、Lサイズで1ポンド(約144円)という値段で販売した。(Andre Spicer, My five-year-old daughter was fined £150...for selling lemonade, The Telegraph, 20 July 2017) 丁度、販売所の近くにある公園でミュージック・フェスティヴァルがあったから、大勢の人がレモネードを買ってくれたそうで、テーブルの前でお客に対応する少女は、「レモネードはいかがですか?」と声を張り上げ、自分の商品が次々に受けて行く光景を見て、自慢に思っていたそうだ。

Andre Spicer 3Andre Spicer 2








(左: アンドレ・スパイサー  /  右: スパイサー氏の娘)

  小さな女の子が「売り子」だったせいか、レモネードはアッという間に完売し、彼女の小さな缶はお金でいっぱいになったという。初めてモノを売った少女にとっては至福の瞬間である。ところが、この幸せに満ちた少女は、奈落の底に突き落とされるのだ。そろそろ店終いとなった時の事である。突然、親子の前に警察官が現れ、無許可販売の廉で罰金を150ポンド科すというのだ。確かに、スパイサー親子は営業許可を申請していなかった。法的には有罪となる。そこで警官は今すぐ罰金を払うなら90ポンドで済むと伝えたそうだ。すると、その少女は泣き出してしまった。彼女は父親に何度も「私、何か悪いことでもしたの?」と訪ねたらしい。父親のスパイサー氏はどう説明していいものか途方に暮れたらしい。そんな親子を横目に、件(くだん)の警察官は事務手続きをすませると、その場を後にした。

  父親に慰められたものの、少女のジッョクは治まらず、彼女はすすり泣きながら家路へと向かったらしい。困り果てたスパイサー氏は娘に対して「今度はパパがちゃんと許可を取ってあげるから、またやろうね」と話しかけたのだが、傷心の娘は「いや」と答えるだけだった。「もう怖いのはイヤ !」というのが彼女の固い意思であったという。まぁ、むりもない。好調な売れ行きでニコニコ顔だったのに、いきなり警官に注意されて罰金を科せられたのだから。それにしても、5歳の少女に150ポンド(日本円で約21,600円)の罰金なんて酷じゃないか。レモネードの売上げが消えてしまうだろう。だいたい子供がドリンクを売ったくらいで目くじら立てるなんて、野暮天もいいところだ。粋な江戸っ子なら、こんな酷いことはしないぞ。可愛らしい少女が一生懸命呼びかけていれば、「お嬢ちゃん、オジちゃんにも一杯くれないかい?」と声をかけ、大目の代金を渡し、「おつりはいいよ !」と言い残して去って行くだろう。交番の巡査だってヤクザと少女の違いくらい判るから、余程のことが無い限りイチャモンはつけない。たぶん、ニコっと笑って通り過ぎるんじゃないか。もし、幼い子供から罰金を巻き上げたなんて話が広まったら、近所のオッちゃんやオバはんから「この鬼!」と罵られるから、上司の警察署長だって平謝りとなる。

  警察官から注意を受けたスパイサー氏は、この顛末をシカゴにいる従兄弟に話したそうだ。彼によると、もしそんなことをアメリカでやったら、子供の企業家精神を損ねたとマスコミが騒ぎ、全米に広がるスキャンダルになるらしい。また、スパイサー氏の同僚もこの事件を残念に思ったらしく、意図の曖昧な厳格法にウンザリしたそうだ。間もなく、この「事件」はマスコミに取り上げられ、各地から非難の声が沸き起こった。そりゃそうだ。MP(国会議員だって眉を顰めるんじゃないか。この騒動を聞きつけた現地タワー・ハムレットの評議会は、そうとう慌てたらしく、早速スパイサー氏に陳謝し、罰金刑を撤回したという。まぁ、この事件は全英のみならずオーストラリアやアメリカのメディアにも取り上げられたから、地元の議員たちが焦ったのも理解できる。只でさえ兇悪犯罪が溢れている英国で、警察官がこの程度の事件を取り締まっているんだから、庶民が激怒するのも無理しない。

移民で溢れかえる街

  この騒動は評議会の謝罪で一件落着となったが、「事件」が起きた場所がどうも気になる。というのも、「タワー・ハムレッツ(Tower Hamlets)」というのは、グレイター・ロンドンの中にある地区で、バングラデッシュをはじめとするアジア系移民が非常に多い。タワー・ハムレッツの全人口は約30万人で、その約32%がバングラデッシュからの移民で占められており、白人の割合でさえ約31%であるというから、他の有色移民を加えれば、相当な数の住民が非英国人になる。それを象徴するかのように、2014年にはバングラデッイシュ生まれのルトファー・ラーマン(Lutfur Rahman)が市長に選ばれた。しかし、ラーマン市長は政治腐敗と違法行為により、その地位を失い、25万ポンドの支払いと被選挙権停止の罰則を受ける事になった。現在はイギリス人のジョン・ビッグス(John Biggs)が市長になっているが、辞職に伴う市長選では、ラーマンの推薦を受けた同類のバングラデッシュ系政治家、ラビナ・カーン(Rabina Khan)が候補者になったというから、もう英国の選挙とは思えない。これは、あまりにも大量に移民を容れると自国に「租界」ができてしまうという実例だ。

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(左: ルトファー・ラーマン  / 中央: ラビナ・カーン   /  右: ジュン・ビッグズ)

  こうした背景を考慮に入れて、スパイサー氏の「事件」を見て行けば、一つの仮説を立てたくなる。なぜ、路上での販売に許可が必要になっているのかと言えば、「自由営業」を許してしまうと、移民たちが勝手にあちこちで商売を始めてしまうからだろう。中流階級のイギリス人なら、“ちょっとした”小遣い稼ぎとか、社会勉強としての商売になるが、アフリカ人やアジア移民の子供が行えば、それは「生活の為の商売」となってしまうのだ。インドやパキスタン、イラク、ケニア、ジャマイカといった非西歐諸国からの移民は、趣味とか勉強のためにレモネードを売ることはない。彼らはイギリス人なら振り向かないエスニック料理の屋台を始め、家計を支える「本業」にしてしまうのだ。こうした屋台は街頭の一角を占領し、道路を塞いで通行の妨げとなる。だから、営業許可が必要となるのだろう。だいたい、まともな白人なら、路上販売の仕事など論外だ。

Tower Hamlets 4Tower Hamlets 2








(写真  /  タワー・ハムレッツの風景)

  日本でもこうした規制が段々と必要になってくるだろう。なぜなら、日本の「常識」を持たない外国人が増えれば、我々の意表を突く商売を始めたりするからだ。筆者はある光景を目にしたことがある。東京の四谷に聖イグナチオ教会があって、日曜日にはミサがあるから、日本人ばかりではなく、外国人のカトリック信徒がたくさん集まってくる。以前のことだが、教会の前にある狭い道路の歩道に、南米人の屋台が出現し、串刺しの肉なんかを焼いて販売していたのだ。たぶん、ミサに訪れる南米人のお客を狙ってのことだろうが、日本人ならそんなことはしないだろう。小さな車(箱形のミニ・ヴァン)から煙がモクモクと出ていたのを今でも覚えている。しばらくして、この交通妨害は警察に通報されたので、南米人の屋台はなくなった。しかし、非常識な商売を行う外国人が日本から逃げ出したわけではない。街頭でエスニック料理を販売する連中が、「高度な技能」を身につけた外国人なんてことは有り得ないから、どこか別の場所で似たような商売をしているはずだ。

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(左: 昔から住んでいるイギリス人の子供  /  右: 新たなブリテン人の生徒たち)

  英国のみならず、日本でも移民を歓迎する人や、それに対して無関心な人が多い。しかし、こうした事態を放置すると、我々の常識が破壊され、何でもかんでも法律で規制しないと社会秩序が守れなくなってしまうだろう。昔の日本なら、世間の常識や家庭の躾で社会の治安が守られていた。警察官だって巡回が比較的楽で、麻薬事件や殺人事件はあったものの、生命の危険を感じたり、拳銃の使用を覚悟する瞬間は少なかったはずだ。日本人が犯罪者なら、手口も単純で身元捜査も簡単だ。しかし、外国人となれば、身元調査が難しくなる。密入国者になると国籍、定職、定住地も無いし、事情を訊く親類さえいないのだ。中には内戦を生き抜いた元ゲリラという奴もいる。こんな連中が住み着いたら、日本社会がもっていた民族的絆はズタズタにされ、人々の接触がギスギスしたものになるし、何をするにしても法律に抵触しまいか、とビクビクするようになるのだ。ほのぼのとした町内が過去の遺物となり、規制と罰則で雁字搦(がんじがら)めにされた日本なんて厭なものである。今となっては、庶民の常識で生活できた時代が懐かしい。
  



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