無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

frank marshall davis を含む記事

オバマの整形は過去を隠すためだった? / 混血児の反抗

教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
成甲書房

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多民族社会となった日本

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(左: 若い頃のオバマ  /  右: 大統領になったオバマ)

  最近、街中でアジア人やアフリカ人見かけることが珍しくない。幼稚園でも日本人かと思ったら混血児、というケースも増えてきた。確かに昭和の頃も、在日や帰化した朝鮮人、昔から住みつく支那人がいたけど、現在ほど堂々としていなかったと思う。学校に通う朝鮮人の子供は「朴」とか「金」といった姓を捨てて、日本式の「通名(偽名)」を本名にして暮らしていたし、「劉」とか「李」という支那人女性は日本人と結婚して正体を「洗浄」することに努めていた。ところが近年、偽装移民や経済難民が激増し、日本人との通婚もあって、日本国籍を取得したアジア人が目立っている。さらに、昔では考えられなかった黒人との結婚も増えたので、黒い肌のアフリカ系日本人が増えてしまった。黒い陸上選手や漫才師、どう見ても「ミス・アフリカ」みたいな「ミス日本」まで誕生したから、もう日本はシンガポールかフィリピン並の多民族国家である。

  「人種の坩堝(るつぼ)」に鈍感な日本人は、ヴァージニア州シャーロッツヴィルで起きた人種対立を対岸の火事として見ていたが、その動乱が実際に日本でも起きるとは考えていないから何とも呑気だ。敗戦後、在日朝鮮人が我が国に住みついて何十年も経つが、日本人は朝鮮人とは同化したくないし、朝鮮人の肉体を持ちたいとも思わない。ヨーロッパ人から見れば、日本人も朝鮮人も同じ黄色人種で、ちょっと見ただけでは判別が難しい「アジア人」だ。しかし、我々は自らをアジア人とは思っていないし、朝鮮人や支那人と同類の地球人とは思っていない。例えば、アメリカに赴任したビジネスマンや留学生が、現地人から「君、朝鮮人 ?」と訊かれれば、即座に「いいえ、日本人です !」と反駁するだろう。日本人は朝鮮人に間違われるような「屈辱」に耐えられないからだ。ここでちょっと興味があるのは、帰化鮮人の親を持つ日鮮混血児がどう反応するかである。旅券上では「日本国民」となっているが、半分は朝鮮人だから、「コリアン・ジャバニーズ」とでも答えるのだろう。もっと知りたいのは、帰化した支那人夫婦から生まれた支那人の子供が留学生になった場合だ。彼らは何と答えるのだろうか? おそらく、「コリアンではない」と否定するだろうが、「日本人です」と訂正するのかどうか分からない。 たぶん、「支那系日本人」ですと答えるのかも知れない。中には図々しく「ジャパニーズ」と答えて、素性を隠す奴もいるはずた。色々あるけれど、 アジア系帰化人や彼らの子供たちが持つ自己識別(identity)は複雑である。

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(左: 黒人との混血児  /  右: 白人と黒人のカップルとその混血児)

  アジア系帰化人の子供やアジア系混血児は、それとなく日本人を装い、自らの家系を曖昧にしようとするが、黒人との混血児はそうも行くまい。アフリカ人の片親を持つと、生まれてきた子供はたいてい縮れ毛の黒髪で、大きな鼻と唇が特徴となる。こうした混血児は幼稚園の頃から、他の子供たちと違う人相を意識するし、年頃になればアフリカ人の容姿を気にしたりするから、黒人と結婚した日本人の親は口には出せない罪悪感でいっぱいだ。黒い亭主(あるいは女房)と結婚する前は、「他人の目なんか気にしない!」と啖呵を切って夫婦(めおと)になるが、セックスの結果として誕生する黒い赤ん坊を見て不安になる。本来なら愛すべき我が子なのに、友達や同僚に何となく披露できない。跡継ぎを祝福する日本人の祖父母も、親しい茶飲み友達に写真を見せて、「うちの孫なんだけど」と自慢できずにいる。「いけない」と思いつつも「ためらい」が生じてしまうのだ。普通なら「あらぁ、可愛いぃぃ !」と褒めてあげたい友人も、「あら、元気そうな赤ちゃんじゃない !」と外見に触れないよう心掛ける。幼稚園の保母さんだって「えぇ、お母様、当園では平等にお世話しますから、どうぞご安心を」との気遣いを忘れない。日本人の子供に対してなら附け加えない「一言」である。こうした微妙な心遣いと雰囲気は有り難いが、混血児を持ってしまった親には辛いものがあり、考えてはいけない「後悔」が頭をよぎってしまうのだ。

触れたくない友人からの証言

  日本のマスコミは御用学者や馴染みの解説者を動員し、シャーロッツヴィルの衝突事件を批判していたが、人種対立というのは感情のぶつかり合いなので、他人がどうこう言って解決する問題ではない。米国の主要メディアは「白人至上主者」から支援されているトランプ大統領を糾弾する一方で、白人と黒人の平和的共存を訴えていた。本音で暮らす日本人からすれば、白々しい偽善に過ぎないが、アメリカのリベラル放送局は素知らぬ顔で屁の河童。彼らは多人種社会の調和を主張する前大統領のバラク・オバマを称讃していた。もう、ウンザリするほどの黒人贔屓だが、オバマの過去をほじくれば、マスコミの「ヨイショ」がいかに下らないかが解る。以前、当ブログでオバマの出生と家族について書いたから、ここでは繰り返さない。(記事1記事2を参照。) ただ、彼が子供時代を過ごしたハワイでの友人、キース・キヨシ・カクガワ(Keith Kiyoshi Kakugawa)が貴重な証言を述べていたから、ここで紹介することにする。

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(左: キース・カクガワ  / 中央: バラク・オバマ・シニアとアン・ダナム /  右: 孫のバリーと祖父のスタンリー・ダナム)

  オバマの友人であるキース・カクガワは日本人と黒人の混血児で、オバマの自伝『マイ・ドリーム(Dreams from My Father)』に出てくる「レイ(Ray)」が彼である。この親友は後に麻薬や強姦で有罪判決を受け、刑務所に服役したから、あまり表舞台には現れてこない。しかし、彼との思い出は否定できなかったようで、自伝の中に数々のエピソードが記されている。(バラク・オバマ 『マイ・ドリーム』 白倉三紀子 / 木内裕也 訳 ダイヤモンド社 2007年、 第4章、pp.84-100.を参照。) それでも、オバマには絶対に触れたくないエピソードがあった。これはオバマの過去を調査するジョエル・ギルバート(Joel Gilbert)が、服役中のカクガワと接触し、直接彼から聞いた話だ。(もちろん、カクガワの一方的な記憶だから正確さを欠くかも知れないが、彼の体験談を検証する手段が無いので、とりあえず彼を信用して話を進めることにする。)

 001Obama 10(左: 父親のオバマ・シニア  /  右: 息子のオバマ・ジュニア)
  高校時代、バリー(オバマの愛称)はレイ(キース・カクガワ)と一緒にあちこち遊び回っていたようだ。1977年のある日のこと、彼らはワイキキにあるスポーツ店を通りかかった。その時、バリーがある黒人男性を目にして興奮したそうだ。何と、その人物はバリーがいつも写真で見ている「父バラク・オバマ・シニア」であった。胸を弾ませるバリーが、「あの人はボクの父さんだ」と言ったので、キースは「嘘だろう !(No Way !)」と答えて驚いたらしい。そこでバリーは「父親」のもとへ駆け寄る。映画なら「感動的な親子の再会 !」となるはずだが、現実はドラマのようにハッピーではなかった。バラク・オバマ・ジュニアは「父」に向かって「ボクはあなたの息子です!」と告げるが、優しく迎えてくれるはずの「父親」は怖ろしいほど冷たく、抱きかかえるどころか邪魔なガキとして追い払ったそうだ。この冷酷な態度にバリーは大変なショックを受ける。キースが鮮明に覚えていたのも当然だ。

  「父親」と教えられていたアフリカ人から袖にされたバリーは、胸が張り裂けるほどの哀しみに打ちひしがれたという。彼は帰宅するや、母親のアン、祖父のスタンリー、祖母のマデリンに怒りをぶちまけ、彼らの「嘘」を非難した。「あの写真に映っている黒人はボクの父親なんがしゃない !  本当の親爺はフランクだ !」、というのがバリーの確信であったという。フランクはバリーと度々会ってくれるし、小遣いまでくれる。まるで「実の父親」みたいだ。しかも、他人とは思えないほど優しい。「虚構の父親」に気づいたバリーは、「フランクこそがボクの本当の父さんなんだ」と判った。孫の怒りをどうにか鎮静化しようと考えた祖父スタンリーは、キース・カクガワに向かって、「あの男が父親じゃないのは分かっているが、バリーの前で二度と父親のことを持ち出んじゃないぞ !」と釘を刺したそうだ。日米の主要マスコミは、「ケニアからの父を尊敬するオバマ」と紹介し、このフィクションを盛んに宣伝したが、実際の「ケニア人留学生」は黒人少年を邪険にする「他人」だった。

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(左: オバマとオバマ・シニア  / 右: オバマとフランク・マーシャル・デイヴィス )

  この「事件」を知った者は、自伝の第三章に書かれている父との再会がアホらしく思えてくる。自伝によると、バリーは母親のアンと一緒に「父親」のバラク・シニアと再会したそうだ。この父は「バリー、長い間会えなかったけど、やっと合えてかったよ。本当によかった」と温かく迎え、「バリー、学校ではずいぶんと頑張っているみたいだな。おばあちゃんに聞いたよ」と話したらしい。(上掲書 p.75) 息子のバラクは照れていた。そして、笑顔の父親をじっと見つめていたそうだ。日本の庶民なら「あ~ぁ、やっちまったか!」とつぶやくだろう。 上院議員になったバリーは、架空の父親を描いたのかも知れない。つまり、「笑顔で迎えてくれる父」を夢見た少年は、大人になってからその「空想」を「事実」に替えてしまったのだ。野良犬でも追い払うかのようにバリーを無碍に拒んだバラク・シニアは、息子の自伝の中で「心優しいパパ」に変身したのだ。こんなお伽噺に感動した黒人が何人いたことか ! どうせ、指導役のビル・エアーズ(William Ayers)が、感動物語にすべく脚色・創作したんじゃないか。元爆弾魔のエアーズによれば、弟子のバリーには全く文才が無かったので、ほとほと疲れたそうだ。「ハーヴァード大に進んだエリート」なんて作り話で、「口が達者なだけの黒人」というのがバラク・オバマ・ジュニアの正体である。日本人は素顔の八代亜紀と黒柳徹子ばかりか、もう一人、オバマの素顔も知らなかった。噂によれば、スッピンの黒柳徹子は誰だか判らないそうだ。高校生の諸君は、「えぇぇっ、じゃあ、人間に変身した(註 / 化粧を取った)デーモン小暮と同じゃん!」と言っちゃいけないよ。世の中には「禁句」というモノがあるんだから。

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(左: ジョエル・ギルバート  /  中央: 逮捕時のウィリアム・エアーズと財団役員になった頃のエアーズ/  右: ムスリム風のバラク・オバマ)

  自伝では「父の不思議な力」に魅了されたそうだが、実際には「父の冷たさ」に傷ついたというのが本当のところだろう。バリーにとって人生の教師は、自伝の中に登場する「フランク」である。自伝を読んだ白人や日本人は不可解に感じるだろうが、オバマは「フランク」が何者なのかを明確に説明していない。この「フランク」とはハワイ在住の黒人ポルノ小説家で、母のアンと非常に“親しい”フランク・マーシャル・デイヴィス(Frank Marshall Davis)である。オバマがなぜファースト・ネームだけにしたのかと言えば、フランクはハワイで活動する極左分子であったからだ。もちろん、フランクは米国共産党員であることを周囲に隠していた。もし、こんな事を保守派有権者が嗅ぎつけたら大変だ。まさか、シカゴ選出の上院議員になったオバマが、隠れコミュニストを慕っていた、なんて告白できる訳がないじゃないか。どの箇所にも明言は無いが、「黒人とは何か」を教えてくれたフランクこそ、人種問題で悩んでいたバリーにとって一番の相談役であり、後の人生を決定づけた恩師でもあった。

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(左: フランク・マーシャル・デイヴィスとヘレン・キャンフィールド  / 中央: アン・ダナム /  右: 母親と一緒のオバマ )

  このフランクは口にするのも憚れるほど下品な黒人で、白人社会を憎んでいるのに、付き合う女は白人という矛盾の塊であった。オバマの母アン・ダナムと懇ろになる前、ヘレン・キャンフィールド(Helen Canfield)という白人女性と結婚しており、息子と娘をもうけていた。フランクはジャーナリスト上がりの詩人という仮面を持っていたが、実際は女を弄(もてあそ)ぶ変態左翼である。彼のドキュメンタリー・フィルムを制作したジョエル・ギルバートによれば、アンは彼の指図でストリッパー役を演じていたらしい。アンらしきストリッパーと一緒に映っているハニー・ハーロウ(Honey Harlow)の写真もある。残念ながら、プログ運営のライブドア社による検閲があるため、裸になった「アン」の写真は掲載できない。写真に映っているヌードの女性は、化粧が濃い点を除けばアンとソックリなので、もし多くの人々が検証すれば真実がはっきりするはずだ。

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(左: 若い頃のアン・ダナム   / 中央: 「アン」とされるストリッパー  /  右: インドネシアにいた頃のアンとバリー)

  アンらしき女性と親しいハニー・ハーロウは、「ハバ・バハ(Hubba Hubba)」というストリップ劇場に出演するヌード・ダンサーであった。この店はハワイに駐留する米兵が通う風俗店だったようで、現在は店終いとなっている。ただ、「ハバ・ハバ」の看板に「ヌード・ショー」というカタカナがあるから、日本人観光客も訪れていたのだろう。キース・カクガワによれば、フランクはこの店にバリーを連れて行き、酒やドラッグを共にしていたという。性道徳が厳しかった1950年代に、未成年をストリップ劇場に誘う「おじさん」なんて明らかに下劣だ。でも、こんなフランクに付き随うバリーも不届き者である。とにかく、我々が刮目すべきは、こんな助平話ではない。重要な事は、オバマがフランクとの交流を通して彼の共産主義思想や白人への憎しみを吸収したことだ。大統領になったオバマには国際金融とか財政再建、軍事外政などはちっとも解らなかった。ところが、アメリカの人種問題となるや、キラキラと目を輝かしていた事だけは確かだ。彼は人目を引く話術を披露し、側近からの台本無しに喋る事ができた。やはり、苦い経験を基にした演説には迫力がある。ただ、フランクとの思い出を堂々と話せなかったのは残念だ。彼と一緒に裸の女を堪能した、なんて言えまい。もし、オバマが大統領選挙に出馬した時、こんな子供時代の事がバレたらどうなっていたことか。でも、主要メディアはハワイでの生々しい過去には触れず、無邪気な子供時代ばかりを報道していた。フランクとオバマのことに言及した全米ネット局は無かったと思う。我々は如何にマスコミの情報操作を受けているかが分かる。

オバマの母親はストリッパーだった?

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(左: ハニー・ハーロウとレニー・ブルース  /   右: 映画でレニーを演じたダスティン・ホフマンとヴァレリー・ペリン )

  ところで、このハニー・ハーロウとは何者なのか? 彼女は本名をハリエット・ジョリフ(Harriett Jolliff)と言い、当時人気を博していたストリッパーである。そして、ハニーは有名なコメディアンであったレニー・ブルース(Lenny Bruce)の元女房。(別名「ハニー・ブルース・フリードマンHoney Bruce Friedmanともいう。) レニーの本名はレオナード・アルフレッド・シュナイダー(Leonard Alfred Schneider)といって、下品な漫談を得意とするピン藝人のユダヤ人であった。映画ファンなら彼の人生を描いた『レニー』を覚えているんじゃないか。ドラマの中では、同じユダヤ人の男優ダスティン・ホフマン(Dustin Hoffman)がレニー役を演じ、ハニー役をヴァレリー・ペリン(Valerie Perrine)が演じていた。(註 / 当時、ホフマンはユダヤ人であることを隠していたから、一般の日本国民は知らなかった。) ヴァレリーは今ひとつ成功しなかった女優だが、映画の『スーパーマン』に出ていたことで一応のキャリアを積んだことになっている。彼女はスーパーマンと敵対するレックス・ルーサーの恋人役を務めていた。その後はパっとしない役ばかりで、大した女優人生ではなかったから、人々の記憶に残っていないのも当然だ。

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(左写真: 右側の女性がにハニー・ハーロウで、彼女の左隣に「アン」と思われる女性が映っている  / 右: レニー・ブルース )

  ユダヤ人のコメディアンだから仕方がないが、レニー・ブルースはその下品なトークで知れ渡っていた。1961年、サンフランシスコのジャズ店で卑猥な言葉を吐いてしまい、それが問題となりって警察沙汰になってしまったそうだ。しかし、レニーは懲りず、同年、今度はロサンジェルスの店で、またもや卑猥な言葉を口走ってしまった。当時は社会道徳が厳しかったから、レニーは警察に目を附けられていたのである。この手の藝人は警察を恐れないから、レニーは1962年、シカゴの店でまたもや卑猥な言葉を使ってしまった。そして今度は裁判にかけられたという。ところが、彼には強い味方が現れた。映画監督のウッディー・アレン(Woody Allen)、歌手のボブ・ディラン(Bob Dylan / 本名 Robert Allen Zimmerman)、ゲイの詩人で反戦活動家のアレン・ギンズバーグ(Allen Ginsberg)、小説家で批評家のノーマン・メイラー(Norman Mailer)、といったユダヤ人が群がってきて、レニーの罪を軽くしようと奮闘したのである。彼らの支援活動には、黒人作家で公民権活動家としても知られるジェイムズ・ボールドウィン(James Baldwin)まで加わってきた。それにしても、ユダヤ人の団結力はすごい。スズメバチやデーモン族と同じく、ユダヤ人は同胞が窮地に陥ると、どこからともなく助っ人がやって来るんだから。(TVアニメ「デビルマン」には悪魔の一族が出ているので参照してね。)

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(左: ウッディー・アレン  /  ボブ・ディラン /  ノーマン・メイラー /   右: アレン・ギンズバーグ)

  脱線したので話を戻す。ジョエル・ギルバートはオバマの母親アンを調べて行くうちに、彼女の恥ずかしいヌード写真を入手した。その内の何枚かは、ストリッパーのハニー・ハーロウと一緒に映っている写真なのだが、厚化粧をしているので、隣の女性が本当にアンなのかどうか判らない。ただ、ポルノ小説家のフランクが、愛人のアンを唆(そそのか)してヌード写真を撮らせたという可能性もある。一般的にアンは文化人類学を専攻する研究者として知られているが、その裏に無神論者で左翼リベラル派の顔を持つ。父親のスタンリー・アーマー・ダナムは息子が欲しかったのに、娘が生まれたのでがっかりしたそうだが、それでも諦めきれず「スタンリー」という男の子の名を附けてしまった。アンは一緒に通学していたエレイン・ジョンソンに、ファーストネームについての不満を漏らしていたそうだ。束縛の強い父親に反抗したのか、娘のアンは「自由思想的」な、つまり左翼思想に惹かれていったという。彼女が通っていたマーサー・アイランド高校には、二人の左翼教師がいたそうで、彼らは生徒に政治色の強い本を紹介していた。例えば、教師のヴァル・フォウバートは、アイン・ランド(Ayn Rand)の『肩をすくめるアトラス(Atlas Shrugged)』とか、ウィリアム・H・ホワイト(William H. Whyte)の『オーガニゼイション・マン(The Organization Man)』を紹介し、もう一人の教師ジム・ウィザーマンは、サルトルやキルケゴール、マルクスの『共産党宣言』などを教えたそうだ。

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(左: ストリッパーの「アン」と思われる女性とオバマの母たるアンの歯を比較した写真  /  右: アンと「アン」らしきストリッパー)

  彼らの左翼偏向教育は保護者からの批判を招き、学校側も相当困ったらしい。ところが、アンの両親だけは気にしなかったというから、ダナム家は元から左に傾いていたのだろう。(母はメソディストで父はバプティスト派のキリスト教徒であったが、彼らの信仰心は空っぽで、“日曜だけ”の信者であった。) こうした家庭に育ったアンは、ハワイ大学でロシア語のクラスを取り、そこでケニアからの留学生であるバラク・オバマ・シニアと出逢ったそうだ。当時、ロシア語を勉強するアメリカ人は非常に珍しい。今だって、文法や表記の違う外国語を学ぶ学生は少数派だから、1950年代に敵対国の言語を勉強するアメリカ人は、よほどのロシア好きである。アンの経歴には謎が多く、ジャーナリストのウェイン・マドセン(Wayne Madsen)は、アンがCIAのフロント組織で働いていたエージェントであると見なしている。これを述べると長くなるので省略するが、アンがフォード財団に雇われて働いていたことは興味深い。彼女の上司はピーター・フランツ・ガイトナー(Peter Franz Geithner)で、彼の息子は後にニューヨークの連銀で総裁を務めたティモシー・ガイトナー(Timothy Geither)だ。つまり、大統領になったバラク・オバマは、母の上司の息子を財務長官にしたのである。アン・ダナムの旅券記録が抹消されていたり、息子のバラクがコロンビア大学在学中パキスタンに渡っていたのは、アンが何らかの裏家業(CIAの仕事)に従事していたからだろう。(不思議な事に、バラクはコロンビア大学での思い出を具体的に語ろうとはしない。また、同時期に在学した者で、オバマを見かけた者がほとんどいないのも変だ。)

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(左: 幼い時のアンと両親のダナム夫妻  / 中央: ピーター・ガイトナー  /  右: ティモシー・ガイトナー)


偽造された疑いの強い出生証明書

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(上写真  /  オバマが公表した簡易証明書)

  とにかく、バラク・オバマには不審な点や疑問点が多い。オバマがなぜ二つも社会保障番号(Social Security Number)を持っていたのか不思議だったが、キース・カクガワによると、当時ハワイではアイデンティティー詐欺とか不正な身分証明書が横行していたので、アンとオバマは何らかの方法で別の身分を購入したらしい。なぜなら、アンがどの病院で息子を出産したのか不明だし、父親が本当にケニア人の「バラク・オバマ・シニア」なのか判らないからだ。オバマには病院が作成した正式な出生証明書が無い。彼が大統領になってから公開した簡易証明書は偽造である。オバマがマスコミに披露した証明書と、他のアメリカ人が持つ同時期の証明書とは明らかに違う。ジョエル・ギルバートは1961年にハワイで生まれた黒人の出生証明書を入手した。ちなみに、オバマの誕生日は1961年8月4日である。そこで、1961年8月25日に生まれたブルース・ラエル・ヘンダーソン(Bruce Lael Henderson)の証明書と比較すると、オバマの証明書にある致命的な「ミス」が浮き彫りとなる。ブルースの父親と母親は黒人なので、両親それぞれの人種欄を見ると、「ニグロ(Negro)」と記されている。1960年代のアメリカでは、まだ「アフリカン・アメリカン」という呼称はなく、一般的に黒人は「ニグロ」と呼ばれていたのだ。

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(上写真  /  ヘンダーソンの出生証明書)

  もう一人のアフリカ系アメリカ人の出生証明書を紹介する。1961年6月9日に生まれたジェイムズ・ホウィットニー・グレイヴリー・ジュニア(James Whitney Gravely, Jr.)は、ハワイ人を母に持つが、父親のジェイムズ・シニアは黒人である。だから、彼の人種欄には「カラード(Colored)」とタイプされていたが、「ニグロ(Negro)」に訂正されていた。というのも、以前は黒人を「有色人種(カラード)」と呼んでいたので、職員が間違って「カラード」と印字したのだ。そこで、やむなく横線を引いて「ニグロ」と訂正したのである。以上の例から解ることは、1960年代に生まれたバラク・オバマが黒人の父親を持っていたのなら、親の人種を明記する欄には「ニグロ」と書かれているはずだ。ところが、大統領になったオバマが提出した簡易証明書に記されていたのは、「アフリカン(African)」という言葉だった。まともなアメリカ人や日本人なら、「あれ?  おかしくない ?」と思うだろう。どうして、昔に作成された書類に「今風」の用語が使われているのか、全く以てわからない。

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(上写真  / グレイヴリーの出生証明書 )

  しかも、オバマが公表した出生証明書の活字をよく見てみると、矢鱈とタイプ印字が鮮明なのだ。1961年に作成された「本物」の書類だと、活字のインクが紙に染み込み、いかにも旧式のタイプで打ったように見えるのが普通である。ところが、オバマの証明書はコンピューターで作成された為なのか、妙に紙から印字が浮き上がっているのだ。これは急いで拵(こしら)えたから、細部まで丁寧に「再現」できなかったのだろう。「アフリカン」と表記したのも、「作成者」が昔を知らない若者である可能性が高い。つまり、「政治的に正しい」言葉を教え込まれた世代が手掛けたということだ。もしかしたら、オバマはCIAやNSAのプロフェッショナルではなく、CGに詳しいだけの側近とか捏造の素人に依頼したのではないか? だから、杜撰な書類になったのかも知れない。しかし、合衆国大統領が偽造書類を提出するなんて変だ。出生証明書の原本もなければ、出生を示す当時の新聞告知すら無いなんておかしい。アン・ダナムと大学で一緒だったニール・アバクロンビー(Neil Abercrombie)は、オバマが大統領になった時、ハワイの州知事になっていたので、オバマの出生証明書を捜そうとした。だが、州知事の力を持ってしてもダメだったという。

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(左: オバマトヘンダーソンの証明書にある活字  /  右: ニール・アバクロンビー)

昔と鼻が違うオバマ

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(左写真:  2002年のオバマと2008年のオバマ /  右: フランク・マーシャル・デイヴィス )

  謎の多いバラク・オバマだが、意外なことに彼は整形手術を受けていた。ちょっと見ただけでは気づかないが、昔の写真と比べてみると鼻の形が微妙に違っているのが判る。美容整形外科のデイヴィッド・ホルコム(David Holcolm)氏によれば、僅かながら整形の跡が見られ、鼻の尖端をやや細くしたようだ。( Jerome Corsi, "Yet another secret about Obama's life, World Net Daily, October 24, 2012) 美容整形についての著書があるウェンディー・ルイス(Wendy Lewis)氏も同意見だという。しかし、なぜオバマは微妙な整形をしたのか? 一般的に考えれば、「見た目を良くするため」というのが答えであろが、その一方で、「だんだんと父親に似てくるからマズいと思ったから、顔に修正を施した」という意見もある。つまり、幼い頃優しくしてくれたフランク・マーシャル・デイヴィスの面影が浮き出てくるからだ、という。これは主観的な見方だから意見が分かれるけど、バラク・オバマ大統領は、「父親」と称されるケニア人留学生、バラク・オバマ・シニアと似ていないのだ。常識的に考えればおかしい。年を取るにつれ、息子は父親に似てくるのが普通なのに、バリーは最初から似ていないのだ。それよりも、可愛がってくれた「フランクおじさん」の方に近づいている。日本人には顔の判定が難しいので、ぜひ多くの黒人から意見を仰ぎたい。

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(左: 幼少期のオバマ / 中央: 高校時代のオバマ /  右: キース・カクガワ)

  本当にオバマは闇に包まれている。だが、一つだけ確かなことは、彼が白人たちを憎んでいたことだ。オバマは七年生の時、初めて「クーン(黒人への別称で「アライグマ」を意味する)」と呼ばれたので、その言葉を発した少年を殴ったそうだ。(『マイ・ドリーム』 p.94) 鼻血を出した少年は、「なぜ殴るんだよ?」と言って涙を流したそうだが、心に傷を負ったのはバリーの方だった。バリーは黒人少年でも、自宅に戻れば白人の母親と祖父母がいる。いくら母親が差別をする者たちを「偏狭な人たちなのよ」と諭しても、浅黒い混血児のバリーには納得できない。高校生のバリーは黒い日系人の友、「レイ」ことキース・カクガワを連れて、あるパーティーに行ったことがあるという。しかし、黒人にしか見えなかったバリーは、白人娘から相手にされなかったそうだ。白人の母から生まれたのに、周囲から「黒人」と蔑まれ、黒人の仲間に入ろうとしても「完璧な黒人」じゃないから、何となく「仲間」に馴染めない。日系黒人のレイに向かって、「白人なんかあんなものさ !」と冷たく言い放つバリーだが、心の何処かで白人になりたいと思っていた。

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(左: オバマとジェネヴィヴ・クック  /  右: アレックス・マクニア )

  シカゴで「コミュニティー・オーガナイザー(左翼の扇動家)」になったバリーには、ミッシェル・ロビンソンという黒人の妻ができたが、学生時代のバリーには白人娘の恋人がいた。ニューヨークのコロンビア大学に編入する前、バリーはオキシデンシャル・カレッジという大学に通っていて、彼はオーストラリア外交官の娘であるジェネーヴィヴ・クック(Genevieve Cook)という白人女性と付き合っていたそうだ。意外にモテたのか、バリーはアレックス・マクニア(Alex McNear)という白人女性とも交際していたのだ。ハーヴァード大学に入った時、あるいは政治活動に勤しんでいた頃、バリーはしっかりとした黒人意識を持っていたのだが、多感な二十代前半の頃は白人に憧れていたようだ。白人社会を憎む一方で、魅力的な白人娘が現れると、下半身が疼(うず)いてしまったのだろう。だが、黒人女性を女房に持ったバリーは、黒人として生きることを固めたのだ。

憎しみが原動力となる共産主義者

  「オバマはコミュニスト」と聞いて訝(いぶか)しむ日本人もいるが、オバマは文化破壊型の左翼、つまりフランク学派に属する共産主義者なのだ。ただ、オバマにはマルクスやレーニンの著作を学んで共産主義社会を目指すという意図は無い。ユダヤ人と同じように、有色人種を抑圧する白人社会を叩き潰したいだけなのだ。冷戦時代、米国に潜入したロシア人工作員は、白人に対して不満を募らせる黒人を利用して、敵国の内部を混乱させ、人種対立を以て合衆国政府を揺さぶろうとした。ソ連の共産主義者は生物兵器ではなく、邪悪な政治思想や道徳的頽廃、民族対立などを撒き散らして米国にダメージを与えようとしたのである。したがって、黒人が持つ怨念や憎悪は、ソ連の工作員にとって便利な道具となっていた。怒りに燃える黒人には、民間企業の国有化とか計画経済、上部・下部構造とかはどうでもいい。「憎い白人に一矢報いたい」とか、「傲慢な白人を見返してやりたい」、「威張り腐った奴らを倒したい」という執念があるだけ。オバマもそうした「怒れる黒人」の一人なのだ。

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(左: マルコムX   / 中央: アンジェラ・デイヴィス  /  右: タバコを吹かすオバマ )

  オバマを見ていると、実に哀れだ。白人国家を憎む黒人は、心の奥底で白人に憧れるが、鏡を見るたびに復讐心が燃え上がってしまう。つまり、黒人に生まれた自分の肉体を呪っているのだ。「なぜ黒人なんだ」という怒りと悲しみが入り混じっているから不憫でもあり、どうしようもない運命なのである。オバマが黒人指導者のマルコムXや、極左活動家のアンジェラ・デイヴィス(Angela Yvonne Davis)に共感を覚えたのは、胸の奥で燻る苦悩から自分を解放してくれたからだ。マルコムXは白人の血が流れる母親から生まれたが、その母は白人の血を嫌っていた。なぜなら、マルコムの祖母は白人に強姦されて娘を産んだからだ。そして、孫のマルコムは人種や民族の壁を超越したイスラム教を以てアフリカ系黒人の統一を図った。表面上キリスト教徒だったオバマは、民族を超越するマルコムの主義に感動したのだろう。オバマもイスラム教にたいそう理解を示している。一方、アンジェラ・デイヴィスは米国共産党に属する過激派で、白人社会を転覆すべく公民権運動の急先鋒になっていた。彼女は過激な黒人団体のブラック・パンサーと気脈を通じ、オバマも密かにブラック・パンサーから支持を受けていた。米国のリベラル・メディアはトランプ大統領とKKKやネオ・ナチの繋がりを無理矢理こじつけていたが、オバマを明確に支持する兇悪な過激派黒人には触れなかったから卑怯だ。

Black Panthers 1Jeremiah Wright 2










(左: 「ブラック・パンサー」の黒人たち   /  右: ジェレマイア・ライト牧師と一緒のオバマ )

  以前、オバマが親しくしていたジェレマイア・ライト牧師(Rev. Jeremiah Wright)が世間の注目を浴びたことがある。この黒人牧師は白人社会を心底憎み、説教壇から「主よ、アメリカを呪いたまえ !」と言い放った。この映像は全米に放送されたから、一時大騒ぎになった。オバマとライト牧師は家族ぐるみで親しく、共通の感情を有していたという。すなわち、黒人に生まれた悲哀である。抑えようのない憤慨と、受け容れがたい運命、繰り返し行われる差別など、黒人の人生には幸せが少ない。ミッシェル夫人も同類で、彼女は夫が大統領候補になるまで、合衆国を恥ずかしく思っていたそうだ。白人は滅多に口にしないが、アメリカ黒人の心は捻れている。それもそのはずで、アングロ・サクソンの国家に居坐りながら、遠いアフリカを理想国にしているからだ。彼らの矛盾は甚だしく、白人という種族とその文化を憎むが、今さら貧しいアフリカに移住したくはない。立派な国家を創ることができない無能黒人は、白いアメリカを黒くすることができないが、せめて茶色、あるいはごちゃ混ぜのドブ色にしたいと考えている。寛大な心を以て人種の統合を訴えかけたオバマだが、その胸には憎しみの炎が燃えていた。正常な日本人だと馬鹿らしくて見ていられないだろう。だが、大半のアメリカ白人は左翼に調教されているから、肉眼で見てもこれに気づかないのだ。

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(左: オバマトミッシェル夫人   /   右: 学生時代のオバマ)

  日本人は黒人に生まれたオバマを見ても、「あら、そうなの」としか思わないが、混血児の危険性は日本にも忍び寄っている。支那人や朝鮮人ばかりでなく、フィリピン人やタイ人を親に持つ混血児が増えれば、日本に恨みを抱く子供が増えてしまうのだ。彼らは日本の歴史や伝統を愛さない。たとえ、「日本が好き」と答える子供でも、心の奥に深い悲しみや劣等感を宿しているから、ひょんなことで押さえつけていた感情が噴き出してしまうのだ。純粋に我が国を愛せるのは、日本人の両親から生まれ、日本人として成長し、日本人の肉体を受け継ぐ祖先の子孫だけである。アジア人の血が混ざるというのは、日本への反撥、憎悪、怨恨が混ざるということだ。日本を守る気概は日本人の血が根源であり、帰化手続きの書類に使われるインクではない。日本人の魂は日本人の体に宿る。この原則を忘れたのが古代のローマ人であり、その失敗を繰り返したのがフランス人、ドイツ人、イギリス人といった西歐人で、我々は今、崩壊過程のアメリカ合衆国を見ている。いくら日本が神国でも、怠けていればやがて神様に見棄てられるぞ。
  




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赤い蜘蛛の巣が張られたホワイト・ハウス

どいつもこいつもコミュニスト

Karl_Marx 1Obama 5










(左:カール・マルクス / 右:バラク・オバマ)

  左翼政権というのは恐ろしい。国益より同志愛を優先し、同国人より外国人をいたわる。我が国でも民主党が政権を取った三年間は悪夢の連続だった。ロシアの手先である鳩山由紀夫が首相になり、国中を引っかき回し、安全保障までズタズタにしたら、二進も三進も行かなくなって政権を放り投げ。それを受けた菅直人は更にひどかった。北鮮人とダッグを組む売国奴が選んだ女房役が仙谷由人。日本政府は北京と平壌の本社から指令を受ける支店となってしまった。我が国か被った損害は相当なものだろう。アメリカ人も同じような愚行を犯してしまった。初物が好きなアメリカ人は、黒い鯛に喜んだが、中身が腐っていることに気付かなかった。肌の色は見えても、脳味噌の色までのぞけない。黒人初の大統領だと大はしゃぎしたが、まさか筋金入りのコミュニストだと思わなかったから、その害悪を実感するまで時間がかかってしまった。

Cass SunsteinTodd Stern 1Mark Lloyd 3David Ogden 3







(左:キャス・サンスタイン/トッド・スターン/マーク・ロイド/右:デイヴッド・オグデン)

  政権内部にどんな人物を入れたかで、少しはオバマの正体が分かるはずだ。その一部をちらっと紹介したい。まず、政府による規制が好きなキャス・サンスタイン(Cass Sunstein)は、銃規制に乗り出し、国民が武器を所有する権利を取り上げようとした。つまり、武装して独立を保つべしとの憲法精神を踏み潰す。いかにもユダヤ人らしい発想だ。もう一人のユダヤ人トッド・スターン(Todd Stern)は、地球温暖化を盾にして政府による規制を強化しようとした。気候変動より、権限拡大に関心があるだけ。同じ黒人だからオバマに選ばれたマーク・ロイド(Mark Lloyd)は、反米のベエズェラ大統領ヒューゴ・チャベスを称賛していた。この独裁者による民衆政治を褒めるくせに、米国では差別と偏見が満ちていると不満を漏らす。彼は国内のラジオ局に白人が多すぎるから、有色人種や同性愛者をもっと雇うように勧告したという。これが、いわゆる「公平ドクトリン(Fairness Doctrine)」と呼ばれる政策であった。アメリカ白人が自由に発言できるメディアは、もうラジオくらいしか残っていなかったのに。ロイドは保守派の番組を狙って、“不公平な”局に対し2億5万ドル以下の罰金を科そうとした。自由が好きなアメリカ白人は、こんな検閲や脅迫に怯えていたのである。

Eric HolderEric Holder 2Black Panthers New 2







(左:若き日のホールダー/中央:司法長官になったホールダー/右:武装したブラック・パンサー)

  米国はイングランドからの白人によって建てられたからしょうがないのに、要職が白人によって占められているとオバマは怒っていたのだ。そこで、大統領の権能をもって、従来白人が就いていた役職に黒人を据えたのである。“黒人初”の司法長官にエリック・ホールダー(Eric Holder)を起用した。オバマの同志ホールダーは、不法移民に対して優しいだけではない。密入国者なんか大した問題じゃないのだ。プエルトリコのテロ集団FALN( Fuerzas Armadas de Liberación National)にも恩赦を与えようと努力したくらい。有色人種なら犯罪者であっても、慈悲深い理解力を示すのがホールダー。オバマが大統領に出馬した時、何と新ブラック・パンサー党(New Black Panthers Party)が、投票所の前で白人有権者を脅していたのだ。1980年代以降落ち目だった黒豹党の過激派が、オバマが登場したことで俄(にわか)に活気づいた。アフリカのゲリラ民兵みたいな服装をして、手に警棒を持った黒人が、少しでも白人有権者が投票所に来ないよう嫌がらせをしていたのだ。これでは、女性や高齢者は恐くて投票をためらってしまう。しかし、ホールダー司法長官は、黒人過激派の選挙妨害に対して取締を強化せず、やたらと寛大だった。なぜなら、彼はこの兇悪な黒人どもを「俺の仲間(my people)」と呼んでいたからである。(Steven Nelson, Holder says experiences of ‘my people’not simolar to contemporary voter intimidation, The Daily Caller, March 3, 2011)

Loretta Lynch 2(左/ロレッタ・リンチ)
  こんな黒人過激派を擁護するホールダーを選んだオバマは、ホールダーの後釜にロレッタ・リンチ(Loretta Lynch)という黒人女性を据えようとした。リンチはホールダーと同じく、不法移民が引き続き米国に滞在して、仕事を持てるようにたり、アメリカ国民と同等の権利や福祉を受けられるようにすべし、との意見を公表していた。しかも、オバマが不法移民を赦免しようとするのは合法だ、と弁護していたのだから、共和党員は彼女の司法長官任命に強く反対していたのである。しかし、彼女は上院で承認され、またもや“黒人女性初”という称号を冠した司法長官が誕生してしまった。このぶんだと、黒人初の「国防長官」とか「国土安全保障省長官」とかも出てくるだろうし、やがては黒人女性大統領が誕生するかも知れない。たぶん「白人女性大統領」が実現した後、「黒人女性」あるいは「白色ユダヤ人」、「ヒスパニック」といった初の大統領が、ぞくぞく登場するだろう。候補者の能力や政策などそっちのけで、ただ黒人だから、女性だから、肌が浅黒いからなどの理由で、世界最強の合衆国軍を率いる最高司令官が決まるのだ。こうなれば、ローマ帝國のカリギュラやネロが君臨した時代と大して変わらない。米国は衰退の一途をたどるのみ。

Black Panthers 3Black Panthers new 4








(左:昔のブラック・パンサー/右:新たなブラック・パンサー)

 共産主義者は敵対する社会を道徳的に腐敗させる手口をよく使う。武闘派ではないオバマは、陰湿な文化破壊論者のコミュニスト。オバマはホールダーの手下に、次官としてデイヴィド・オグデン(David Ogden)を置き、表現の自由を守る番人とした。ただし、ポルノ産業界の自由を擁護する彼の経歴を見込んでの人事である。(Matthew Schmitz, David Ogden and the New Pornographers: Why the Senate Should Reject His Nomination, Public Discourse, February 12, 2009) 彼は学校の図書館でも、子供たちが何であれ望むサイトに、不自由なくアクセスできるようにすべき、と主張していた。さすが「家族の価値」を強調するオバマならではの人選である。人権を尊重するオバマは、胎児殺しに理解を示す。保守的キリスト教徒なんかの雑音にとらわれず、中絶擁護の代弁者ドーン・ジョンセン(Dawn Johnsen)を司法省の法律顧問にしてあげた。女性の自由意志を強調する彼女は、中絶が規制されると妊婦は「単なる胎児の容器(fetal containers)に過ぎぬもの」、と見なされてしまうので、女性の選択と自由を尊重すべし、と主張していた。(Steve King, Johnsen's Radical Views Will Alienate Pro-Life Americans, Townhall, March 26, 2009) つまり、他人が女性に堕ろすなと禁止せず、女性が自分の意志で決断すれば良いという考えだ。でもさぁ、中絶反対派が妊婦を受精卵の保管庫とは思わないだろう。赤ん坊を殺すことに異議を唱えているだけだ。何も喋れない赤ん坊なら殺してもいい、とするなら誰が赤ん坊の弁護士になるのか? だいたい、胎児の抹殺を「選択の自由」に分類するとは、ちと酷いのでは?

Dawn Johnsen 1Elena Kagan 1Sonia Sotomayor 3Cecilia Munoz








(左:ドーン・ジョンセン/エレーナ・ケーガン/ソニア・ソトマイヤー/右:セシリア・ムニョス)

  前例無き人事を行うことが好きなオバマは、裁判所でも白人社会の慣例を破壊しようとしていた。最高裁判事にユダ人女性のエレーナ・ケーガン(Elena Kagan)を指名したのである。ケーガンは最高裁判事になる前に、何ら裁判官としての経歴を持たなかった。ハーバード大学の学部長をしていただけだが、長所はホモに理解と同情があるだけ。レズビアンのケーガンは、仲間のホモに対して思いやりがあったということだ。軍隊に於ける同性愛者の存在を認めることを力説していたというから、軍のモラルを大切にする将校らは大激怒。でも、オバマは白人天下の軍隊が大嫌いだから平気だった。ヒスパニック団体から熱烈な支持を受けていたオバマは、彼らに報いるため同類のソニア・ソトマイヤー(Sonia Maria Sotomyor)を最高裁判事に指名した。彼女はプエルトリコからの移民を両親に持ち、左翼思想で知られていたのだ。アメリカ白人を嫌いなソニアは、経験豊富な賢いラテン人は、そうした人生経験を持たぬ白人よりも、より良い判断を下すのだ、という信条を表明したいた。これって、特定人種に対する偏見じゃないのか? ご心配なく。米国では大丈夫。人種差別は白人がするものと相場が決まっているので。ヒスパニックや黒人には、白人が持っていない言論の自由が認められているのだ。

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(左:ジョージ・ソロス/右:メリンダとビル・ゲイツ夫妻)

  中南米系有権者に恩義があるオバマは、選挙で大変お世話になったラ・ラザ(National Council of La Raza)というヒスニック団体にも、鄭重なお礼をしたのである。(ちなみに、この「ラザ」という語は「人種」を意味し、インディオの子孫たちが、白人を打倒して失地を回復する意図を示している。) この団体には南米系の極左分子が集まっているが、その資金源は大富豪から流れていた。たとえば、カーネギー、ロックフェラー、フォードの諸財団はもちろんのこと、ビル・ゲイツの財団やシティー・グループ、ジョージ・ソロスのオープン・ソサエティー財団からも巨額の寄付金が注入されていた。下層の過激派と上層のエリートが裏で結託していたのだ。そして、この異様な連合体が、民衆党を動かす一大勢力となっている。民衆党議員が不法移民の受け入れに積極的なのは、こうしたヒスパニック組織によって支持されているからだ。オバマはラ・ラザの副総裁を務めていたセシリア・ムニョス(Cecilia Munoz)を大統領附上級補佐官にした。権力の中枢に潜り込めたムニョスは、一生懸命不法入国者の合法化に取り組んだ。この裏事情を知れば、なぜ多くの密入国者に恩赦が与えられていたのが分かる。

Myril Bennett Axelrod 2 Sone, KGBDavid Axelrod 2








(左:ミリル・ベネット・アクセルロッド/中央:イシドール・ストーン/右:デイヴィッド・アクセルロッド)

  選挙参謀というのは政治家にとって頼みの綱である。選挙に当選しなければ何も始まらないからだ。オバマの選挙を取り仕切ったデイヴッド・アクセルロッド(David Axelrod)は、首席補佐官だったラーム・エマニュエル(Rahm Israel Emanuel)と双璧をなすユダヤ人スタッフであった。デイヴィドが子供の頃から政治に興味を持っていたのは母親の影響で、いかにも左翼家庭で育ったユダヤ人らしい。母親のミリル・ベネット(Myril Bennett)は、デイヴッドの父ジョージが亡くなり、アブナー・ベネットと再婚したため、「ベネット」の姓を名乗っていた。この母ちゃんは、ロシアからやって来たユダヤ移民の娘で、本名はミリル・ジェシカ・デイヴィッドソン(Myril Jessica Davidson)という。彼女も未来の息子と同じくジャーナリストであったが、勤め先が「PM」という左翼系日刊紙であった。その新聞社で共に働いていたのが、あの悪名高いソ連のスパイ、イシドール・ストーン(本名はユダヤ人名のIsidor Feinstein/別名イジー・ストーンIzzy Stone)である。(Paul Kengor, The Quest for David Axelrod's Leftist Roots, The American Spector, April 2014) ストーンに関する情報は、亡命したKGB将校オレグ・カルーギン(Oleg Kalugin)の証言で明らかとなったが、ミリルは下っ端の左翼だったから注目されなかったのかも知れない。彼女の思想がどれくらい息子デイヴィッドに伝染したかは不明である。ただ、母親の考え方は子供に継承されることがよくあるから、デヴィッドの左翼思考は母親譲りかも知れない。彼はオバマのもとを去ったあと、英国の労働党にねぐらを見つけ、ユダヤ人党首のエド・ミリバンド(Ed Miliband)の選挙参謀に就任した。また、ユダヤ人脈による転職だ。エド・ミリバンドは兄のデヴィッドと同じ極左政治家で、父のラルフは有名な共産主義者。彼は第二次大戦中に、ポーランドから亡命してきた迷惑なユダヤ難民である。ラルフは資本制国家のイングランドを心から憎んでいた。英国にはこうした有害ユダヤ人が数多く流入していたのだ。

Ed & David MilibandRalph_Miliband









(左:エドとデイヴィッドの兄弟/右:父のラルフ・ミリバンド)

共産主義者の仲間がつどう白亜館

  オバマが住み着いたホワイト・ハウスは、共産主義者の伏魔殿(ふくまでん)と化してしまった。黒いコミュニストが占拠する赤い屋敷となったから、さしずめアメリカ版クレムリン宮殿だ。スターリンが生きていたらさぞかし喜んだであろう。隠れ共産主義者のオバマは、ミサイルや戦車を使わずに、敵国アメリカの首都を制圧できたのだ。彼は憎い西欧人を炭疽菌で殺さず、まず黒人仲間を各省にばらまいて、アメリカの統治機構を半永久的に麻痺させることに成功したのだ。そのオバマが引き込んだ左翼黒人の一人が、ヴァリリー・ジャレット(Valerie Jarrett)である。彼女はオバマに気兼ねなく話をできる、親密な上級補佐官であり、やましい過去を共有する同志であった。

Valerie Jarrett 2James Bowman3Barbara Taylor Bowman









(左:ヴァレリー・ジャレット/中央:父のジェイムズ・ボウマン/右:母のバーバラ・ボウマン)

  このヴァレリー・ジャレット(旧姓Valerie June Bowman)は1956年イランのシラズで生まれた。彼女の父ジェイムズ・E・ボウマン(Dr. James E. Bowman)医師は産婦人科も務める病理学者で、合衆国政府が外国に派遣した医療団に属していたという。この職業がもとでイランに赴任し、その地で娘ヴァレリーが生まれたというわけだ。母親のバーバラ・テイラー・ボウマン(Barbara Taylor Bowman)は幼児心理学を専攻しており、後にエリクソン研究所の設立に係わることになる。ペルシアの古都に生まれ育ったこともあって、ヴァレリーはフランス語とペルシア語、そしとちょっとした英語が話せたらしい。こうした生活環境からして、彼女には多文化主義や人種的多様性に賛同する素地ができていたということだ。ヴァレリーはペルシャ風にスパイスの利いたラム肉や米が好物らしい。ちなみに、ペルシア人には日本の唐揚げ弁当が好評だ。中東アジアで育ったせいもあってか、異民族に対しても違和感がないし、イスラム教文化を尊重している。

Obama and Momobama childhood(左:母のアンと一緒のオバマ/右:幼い頃のオバマ)
  ヴァレリーはオバマと似たような過去を持つ。オバマは母スタンリー・アンがインドネシアのイスラム教徒ロロ・ソエトロと再婚したことから、イスラム教の学校に通い、ムスリム文化に親しんでいた。だから、大学時代にイスラム教徒の富豪からお金を貰えたのだ。浅黒い容姿をしたヴァレリーは米国でなら、露骨な人種差別を受けただろうが、イランでは浅黒い子供が珍しくないから、比較的平穏に暮らせたらしい。しかし、イラン(「アーリア人」の国を意味する)のペルシア人は肌の白い「アーリア」人を理想といている。父親ジェイムズは合衆国陸軍で軍医を務めたから、黒人であることの悲哀を味わった。だから、米国を後にしてペルシア人と暮らすことに何の抵抗もなかったのである。幼年期に外国暮らしをする経験を共有するオバマとヴァレリーが、様々な人種・文化的背景を持った人物に対して同情を寄せ、白人に対して憎しみをもつ傾向があるのは理解できる。(Jeffrey Bartholet, Many Obama Advisers Have Lived Abroad, Newsweek, January 16, 2009)

  その他にオバマとヴァレリーが持つ共通点は、異人種結婚による複雑な血統であろう。ヴァレリーの顔を見ていると何人なのか判別しにくい。ヴァレリーにはちょっとばかり西欧系の血が混ざっているが、基本的には黒人とアメリカ原住民の混血児である。しかし、それだけではなかった。彼女にはユダヤ人の血も流れている。かつて、父ジェイムズは娘ヴァレリーに、彼の祖父(つまり彼女の曾祖父)がユダヤ人であることを告げたという。(Nathan Gutman, Presidential Aide Valerie Jarrett Discloses Her Jewish Roots, Forward, March 7, 2011) 彼女は子供の頃、過越の祭り(Passover)に出席したことがあった。ユダヤ人の家系であることを知ったヴァレリーは、「私の友達にとって、なんと素晴らしい驚きなんでしょう」と喜んでいた。そりゃそうだろう。ホワイト・ハウスには首席補佐官だったラーム・エマニュエル(Rahm Emanuel)という筋金入りのシオニストがいたし、後に首席補佐官となり財務長官に任命されたジャク・ルー(Jacob Joseph Lew)もユダヤ人だ。オバマの腹心で選挙参謀だったデイヴッド・アクセルロッド(David Axelrod)もユダヤ人である。その他のスタッフや閣僚にもユダヤ人が多いのだから。

william ayers & dohrn(左/ウィリアム・エアーズとバーナディーン・ドーン夫妻)
  ユダヤ人の血統を持ち、イスラム文化に親しんでいたヴァレリーは、確かに国際人だろうが、英国の文化と伝統に根ざすアメリカ合衆国に愛着があるのかは定かではない。口では愛国心を唱えていても、白い肌のアングロ・アメリカ人が建てた国家に対する気持ちは、実際どうなのか、やはり疑問だ。しかし、そんなことより彼女の人格形成にとっては、母親の家系と思想の方が、遙かに影響していたと思われる。母バーバラの実家であるテイラー家には、ロバート(Robert Rochon Taylor)という父親(ヴァレリーの祖父)がいて、シカゴの住宅開発局(Chicago Housing Authority)で初の黒人局長であった。しかも、バーバラの祖父ロバートは、マサチューセッツ工科大学(MIT)を卒業した初の黒人学生である。(Thomas Lifson, All in the family: Valerie Jarrett and the Chicago communism, American Thinker, March 26, 2014) 学問で人種の壁を破った家系に生まれたバーバラが、教育分野で活動したのは自然なことかも知れない。ただ、バーバラの思想的背景や人脈が問題なのだ。児童教育に熱心なバーバラは、慈善活動家のアーヴィン・ハリス(Irvin Harris)の支援をうけて、エリクソン研究所(Erikson Institute/Chicago School for Early Childhood Education)を共同で創設した。その研究所の理事会に名を連ねていたのが、シカゴで著名なトマス・エアーズ(Thomas Ayers)である。オバマの師匠で過激派テロリストたるウィリアム・エアーズ(William Ayers)の父親だ。しかも、ウィリアムの妻で過激派同志バーナディーン・ドーン(Bernardine Dohrn)も、エリクソン研究所の役員であった。(Aaron Klein, New York Times profile scrubs Valerie Jarrett's radical ties, World Net Daily, July 6, 2013) オバマの左翼仲間が集うエリクソン研究所は、彼が大統領になるや「景気刺激策」の一環で、5百万ドル(約5億4千万円)ほど貰えたそうだ。いやぁー、麗しい相互扶養である。他人のゼニ(税金)だと気前よく友達に配ることができる。

Vernon-D-Jarrett 3Frank Marshall Davis 1(左:ヴァーノン・ジャレット/右:フランク・マーシャル・デイヴィス)

  実の母親が極左連中と仲間なら、義理の父親ヴァーノン・ジャレット(Vernon Jarrett)も、オバマ・コネクションに連なっていた。ヴァレリーはウィリアム・ロバート・ジャレット(William Robert Jarrett)と結婚したことで、ヴァーノンは舅(しゅうと)になる。このヴァーノンという義父は、表向きシカゴ・サン・タイムズ紙のコラムニストだったが、その裏の顔はコミュニストだった。あぁぁぁ、と驚くのはまだ早い。彼は何とあのフランク・マーシャル・ディヴィス(Frank Marshall Davis)の同志であった。このブログの読者なら、えっ ! 、フランクって、あのオバマの大好きな「フランクおじさん? 」と尋ねるだろう。そう、父親が誰か不明なオバマに白人社会への憎しみを植え付け、共産主義思想を伝授した人物である。なんかTVドラマのストーリーみたいに、登場人物が過去で繋がっている。

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(左:フランク・マーシャル・デイヴィス/右:フランクと似ているオバマ)


  ヴァーノン・ジャレットはテネシー州のノックスヴィル大学を卒業すると、シカゴに移り住み、左翼新聞社シカゴ・ディフェンダー(Chicago Defender)の記者となった。この「シカゴ・ディフェンダー」紙は、アメリカ共産党の影響を強く受けており、フランク・マーシャル・デイヴィスも寄稿していたらしい。デイヴィスと共産党を通して繋がっていたジャレットは、表向き記者仲間として共に働いていたのだ。1946年、ジャレットは共産党のシカゴ評議会員に選出された。この支部は後に、「民衆政を目指すアメリカ青年(American Youth for Democracy)」という、もっともらしい名前で通っていたが、いわゆる共産党青年部に過ぎない。ジャレットの党員歴は、聯邦下院の非アメリカ活動委員会で暴露されてしまった。(Hearing before the Committee on Un-American Activities, House of Representatives, EighthCongress, first Session on H.R. 1884) デイヴィスはシカゴからハワイに移って、そこでオバマの母親アンと知り合うが、共産党員としての活動が目立つようになると、FBIの監視対象になった。FBI職員が遠くの海岸やビーチ・ハウスに隠れて、デイヴィスの写真を撮っていたらしい。

  1948年にジャレットはシカゴ・ディフェンダー社を辞め、赤い同志オスカー・ブラウン(Oscar Brown)と一緒に「ニグロ・ニュースフロント(Negro Newsfront)」というラジオ番組を始めた。それと同時に、シカゴ・トリビューン紙で、初の黒人コラムニストになり、後にシカゴ・サン・タイムズ紙の編集委員にもなったという。メディア界での立場を利用して、ジャレットは政界に食指を伸ばした。彼はシカゴで初の黒人市長になるハロルド・ワシントン(Harold Washington)を支援し、悪の街シカゴを黒人が支配できるよう画策したのだ。シカゴ政界で暗躍していたジャレットは、若きオバマに最初から注目していた。そりゃ友人のフランクが可愛がっていた坊主だから当然だろう。シカゴの州下院議員だったキャロル・モズリー・ブラウン(Carol Moseley Braun)が、聯邦上院議員に出馬した時、オバマは裏で活動していたらしい。オバマのような左翼活動家が黒人票をかき集めたので、ブラウンは黒人女性初の上院議員になれたし、クリントン政権下ではニュージーランド大使になれた。オバマが所属していた「プロジェクト・ヴォート(Project Vote)」という組織は、政治に関心が薄い有色人種に働きかけて、有権者登録を勧めてマイノリティー票を増やそうとしていた。だから、シカゴではたくさんの黒人議員が当選できたのである。ワシントン市長が誕生したのも、ジャレットのような共産主義者が熱心に選挙活動をしたからである。

Carol Moseley BraunHarold-WashingtonRichard Daley 1Valerie Jarrett 5








(左:キャロル・モズリー・ブラウン/ハロルド・ワシントン/リチャード・デイリー/右:ヴァレリー・ジャレット)

  黒人が権力者になれば、そこに新たな黒人が集(たか)ってくる。ジャレットはジャヘナリストの立場を駆使してハロルド・ワシントンを市長にしようと奔走した。すると、今度は晴れて当選したワシントンのもとに、義理の娘ヴァレリーが顧問としてやって来た。彼女は次ぎにあの悪名高いリチャード・デイリー(Richard Daley)市長の下で、補佐官代理を務めたのである。その頃、ヴァレリーはオバマの婚約者であったミッシェル・ロビンソン(後のオバマ夫人)を、陣営に雇ったのである。こうした経緯が背景にあったから、ヴァレリーはオバマが上院議員選挙に出馬した時に、財政部門を取り仕切ったのである。大統領になったオバマは、お返しにホワイトハウスに招いて、上級アドヴァイサーにしてやったのだ。左翼たちは互いに助け合って権力を掴み、ひとたび要職に就けば、仲間を引き込んで権勢を拡大する。公職をもらった同志は、さらに仲間を呼び寄せるので、まるでネズミ講のように同類が増える。左翼というのは、人選を能力ではなく同志という理由で行う。無能であっても黒人であったり、共産党員であればいいのだ。 

Valerie Jarrett & Obama  オバマの周辺を調べると、日本人でさえうんざりするくらいだから、愛国者のアメリカ白人なら尚更しょんぼりしてしまう。建国当時のアメリカ人は、まさか将来黒人が大統領になって、フランス革命思想を広めるとは想像していなかった。独立戦争を戦った元イギリス臣民の子孫は、先祖から受け継いだ共和国を、もはや「ホーム・カントリー」と呼べなくなっている。「ホーム(我が家)」という懐かしく、暖かい国家ではなく、不法入国者や奴隷の子孫、不気味な異人種が混在する雑居房が、現在のアメリカ合衆国である。この国籍を持つ異邦人が、祖先の遺産を食いつぶしているのだ。個人の家庭に譬えるなら、見ず知らずの人間や、敵対するよそ者、犯罪者、ゴロツキが家の中に土足で入ってくる状態といったところか。代々守ってきた家訓をこの侵入者や居候(いそうろう)が、勝手に変更したり、祖先の遺品をぶちこわすか換金してしまうようなものである。そして遺産相続となるや、彼らはどこからか「権利」を持ち出して、「オレにもよこせ」と要求する。こんな図々しさに、抵抗できない世帯主は情けない。もし、侵入者が大勢居坐って、家人と多数決で物事を決めるようになったら、屋敷ごと奪われてしまうかも知れない。また、役所と居候が結託すれば、侵入者がいつの間にか養子となって主人の戸籍に入っているかも知れないし、土地の権利書も書き換えられてしまうだろう。こんなことは一般家庭で現実には起きないが、国家になると起こってしまうのだ。アメリカは既に手遅れの状態になっているから、国家の中身が変化し、土地は同じだが、そこに住む人間は違っている。移民を受け入れようとしている日本も、アメリカの二の舞になることは確実。他国が社会実験をしたら失敗したのに、日本の左翼はそれを我が国でも再現したいと願っている。賢者は歴史に学ぶというが、それより一般人は現在の失敗を直視すべきだ。  




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